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1 第14章 銀河間物質 1. 概要 宇宙にはざっと 1000 億個もの銀河があると考えられている。 1000億個という数字を聞くと、宇宙は銀河で埋め尽くされている ように思われるかもしれない。ところが、銀河と銀河の平均距離は 5 Mpc もある。銀河の平均的なサイズは 10 kpc 程度なので、 じつは宇宙空間は空っぽに近い。 では、どのぐらい空っぽなのだろうか? まず、大気を考えてみ よう。空気中の 1cm³あたり分子が約 10 16 個存在する。大気圏を飛 び出すともうそこは宇宙である。隣の星まで行くのに光の速さでも 4年かかるおそろしいほど何もない。それでも銀河系内の星間空間 にも物質は存在する(第 13 章)。星間空間のガス密度はおよそ 1cm³ あたり原子数個である。銀河系円盤の外側まで行くと、そのガス密 度はさらに1/100になる。そして銀河系を飛び出すと、もはやそこ でのガスの平均密度は 10 -5 個 cm —3 ほどでしかない。空気と比べる と、まさにそこは空っぽといってもよい空間であることがわかる。 この果てしなく薄いガスの広がる銀河と銀河の間の空間のこと を銀河間空間と呼び、そこに存在する物質を銀河間物質 (inter galactic medium、IGM)と呼ぶ。一般に、銀河間物質からの光の放 射はきわめて弱く、その検出は難しい。しかし、本章で述べるよう に、クェーサー吸収線と呼ばれる「影」という形で、そこに確かに 物質があることを我々は知っている。天文学は長い間、光り輝く星 や色鮮やかな銀河を主な研究対象にし、銀河間空間についてはほと んど注目してこなかった。しかし最近になって、宇宙全体の進化を 考える上でこの空間にある物質が、非常に重要な役割を果たしてい たことが認識され始めてきた。 昔の宇宙、すなわち、まだ現在ほど銀河や星がなかった時代には、 空っぽという言葉が似合わないほど、バリオンの大部分はこの銀河

第14章 銀河間物質 - 愛媛大学cosmos.phys.sci.ehime-u.ac.jp/~tani/BBALL/FINAL/Chap-14.pdf1 第14章 銀河間物質 1. 概要 宇宙にはざっと1000億個もの銀河があると考えられている。1000億個という数字を聞くと、宇宙は銀河で埋め尽くされている

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第 1 4 章 銀 河 間 物 質

1 . 概 要

宇宙にはざっと 1000 億個もの銀河があると考えられている。

1000 億個という数字を聞くと、宇宙は銀河で埋め尽くされている

ように思われるかもしれない。ところが、銀河と銀河の平均距離は

約 5 Mpc もある。銀河の平均的なサイズは 10 kpc 程度なので、

じつは宇宙空間は空っぽに近い。

では、どのぐらい空っぽなのだろうか? まず、大気を考えてみ

よう。空気中の 1cm³あたり分子が約 1016 個存在する。大気圏を飛

び出すともうそこは宇宙である。隣の星まで行くのに光の速さでも

4年かかるおそろしいほど何もない。それでも銀河系内の星間空間

にも物質は存在する(第 13 章)。星間空間のガス密度はおよそ 1cm³

あたり原子数個である。銀河系円盤の外側まで行くと、そのガス密

度はさらに 1/100 になる。そして銀河系を飛び出すと、もはやそこ

でのガスの平均密度は 10- 5 個 cm—3 ほどでしかない。空気と比べる

と、まさにそこは空っぽといってもよい空間であることがわかる。

この果てしなく薄いガスの広がる銀河と銀河の間の空間のこと

を銀河間空間と呼び、そこに存在する物質を銀河間物質 (inter

galactic medium、 IGM)と呼ぶ。一般に、銀河間物質からの光の放

射はきわめて弱く、その検出は難しい。しかし、本章で述べるよう

に、クェーサー吸収線と呼ばれる「影」という形で、そこに確かに

物質があることを我々は知っている。天文学は長い間、光り輝く星

や色鮮やかな銀河を主な研究対象にし、銀河間空間についてはほと

んど注目してこなかった。しかし最近になって、宇宙全体の進化を

考える上でこの空間にある物質が、非常に重要な役割を果たしてい

たことが認識され始めてきた。

昔の宇宙、すなわち、まだ現在ほど銀河や星がなかった時代には、

空っぽという言葉が似合わないほど、バリオンの大部分はこの銀河

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間空間に存在し、無数の小さなガス雲が宇宙空間に漂っていた。細

い糸状あるいは薄いシート状になって宇宙に広がり、巨大なネット

ワークを作り上げている銀河間物質は、銀河の重力に引き寄せられ、

銀河内で星を作るための新鮮なガスを絶え間なく供給しているの

ではないかというシナリオも提起されている。逆に、銀河内からは、

銀河風によって銀河間空間へ物質、特に重元素の放出があったこと

はほぼ間違いなさそうだ。銀河は広大な宇宙空間の中で決して孤立

した存在なのではなく、絶えず周囲の空間と物質の交換を行ってい

るかもしれないのだ。こうした新しい宇宙の描像は、天文学者たち

の関心を集めてきているが、銀河と銀河間物質の相互進化を理解す

るのを一層難しくしている。

銀河間物質の中でも比較的大きなガス雲はまさに星が爆発的に

誕生する前のガスの貯蔵庫と目され、また宇宙初期にはこの銀河間

空間自体のイオン化状態が劇的に変化した時代があったと考えら

れている。これらの出来事は、銀河そのものの形成を考える上で必

ず理解しなければならない問題になっている。今や、空っぽだと思

われた銀河間空間に存在するわずかな物質こそが、宇宙の謎を解く

鍵ではないかと、熱い脚光を浴びている。

2 . ク ェ - サ - 吸 収 線 系

2- 1 概 要

クェーサー吸収線系とは、遠くにあるクェーサー(12 章参照)か

らの光が観測者に届くまでの間に、視線上にある物質によってクェ

ーサーのスペクトル上に生じる一連の吸収線の総称である。これら

は、図 14-1 に示すように、銀河間空間にあるガス雲が背後からや

ってきたクェーサーの光を吸収することで生じる。吸収線の波長は,

ガス雲を構成する原子の種類とその電離状態、およびガス雲の赤方

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偏移で決まり,吸収線の強さはガス雲がそこに大量に存在すれば大

きくなる。

ガス雲の量は柱密度 (column density) という観測量で測定さ

れる。柱密度とは、視線方向に積分して得られる密度のことである。

例えば、水素原子の柱密度 N H は次式で定義される。

𝑁! = 𝑛!  𝑑𝑙

[注 : 式 の 中 の H は ロ ー マ ン に し て く だ さ い ]

ここで n H は水素原子の数密度(cm-3)である。視線に関して積分

するので、柱密度の単位は cm-2 になる(今の場合、単位面積当たり

の水素原子の個数)。

クェーサー吸収線系の場合、クエーサーと我々を結ぶ視線上にあ

るガス雲中の原子や依存などの柱密度に応じてクェーサーのスペ

クトル上に吸収線を作ることになる(図 14−1)。

銀河間物質は多くの場合、“光”を放射していないので、その存

在すら観測するのが難しいが、クェーサー吸収線を使えば“影”と

してその存在を知ることができる。

図 14-1: クェーサースペクトル上に吸収線系ができる概念図。遠

くにあるクェーサーから放たれた光は、途中銀河間空間を通過する

際に、そこにある物質によって一部が吸収される。クェーサーと

我々を結ぶ視線上にあるガスの種類、量、距離に応じて、クェーサ

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ーのスペクトル上に様々な吸収線を作ることになる。この吸収線

(=影)を調べることで、光を放射しない銀河間物質の様子がわか

る。

次節で詳しく述べるが、クェーサー吸収線系は、中性水素による

吸収線と金属による吸収線に大別される。前者は、柱密度によって

大きい方から順に、減衰ライマン・アルファ吸収線、ライマン・リ

ミット吸収線、そしてライマン・アルファの森に分類される(図

14-2 参照)。

宇宙に最も多く存在する元素は、最も軽くて簡単な元素である水

素だが、イオン化(電離)していない基底状態にある水素原子のこと

を中性水素(対語は電離水素)と呼ぶ。この章では特に断らない限

り“水素”は中性水素を指す。現在の銀河間空間にある水素のほと

んどは電離しているが、ところどころに中性水素ガスの雲が浮かん

でいる。中性水素によるクェーサー吸収線系の宇宙における存在比

を調べてみると、図 14-3 に示したように柱密度 10 桁にわたって1

つのべき関数で表されることがわかっている。

図 14-2: クェーサー吸収線系の種類。クェーサーのスペクトル上

に吸収線系がどのようにあらわれるかを示す。 (Michael Murphy,

University of Cambridge)

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図 14-3: クェーサー吸収線系の分布関数。横軸に吸収線の柱密度、

縦軸にその頻度を示す。密度の低い(系の質量が軽い)ものほど存

在比が大きいという傾向は銀河と同じ。しかし柱密度 1012 から 1022

個 cm−2 までの 10 桁にわり、ほぼ1つの直線に乗っていることがわ

かる。

(Tytler 1987, ApJ, 321, 49 より)

これらの吸収線の密度、金属度、速度などの測定から、銀河間物

質の物理状態・化学状態および進化、銀河外縁部ハローの状態およ

び進化、クェーサーのごく近傍でのガスの物理状態、背景紫外線放

射、大規模構造の進化などがわかる。

クェーサー吸収線系の観測は、その背後にある天体からの光を用

いて、自ら光輝くことのない銀河間物質の様子を調べるというユニ

ークな手法だが、銀河間物質だけでなく他の天体に応用される場合

も多い。例えば、クェーサー中心から放射圧によって吹き飛ばされ

たガス雲が幅の広い吸収線として観測されることがある。このよう

な観測からはクェーサー自身の活動性についての情報が得られる

(第 12 章 )。

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クェーサーは宇宙でもっとも明るい天体の1つであるために背

景光源としての役割を果たし、はるか遠方(現在では赤方偏移 7)ま

での宇宙空間の情報を得ることができる。近年では明るい背景光源

という意味でクェーサーだけでなく、ガンマ線バースト(7 章参照)

も同種の手法が応用され、その視線上にある銀河間物質についての

観測が進められている。クェーサーやガンマ線バーストに比べて 2

桁ほど暗い銀河は、背景光源としては使えないが、将来的にもっと

大きな望遠鏡ができれば応用できると期待されている。

2- 2 減 衰 ラ イ マ ン ・ ア ル フ ァ 吸 収 線 系 (D L A )

クェーサー吸収線系の中で 1020 . 3 個 cm—2 よりも大きな水素の柱密

度を持つ天体を、減衰ライマン・アルファ吸収線系(Damped Lyman

Alpha system; 以下 DLA と略する)と呼ぶ。吸収量が大きい水素の

ライマン・アルファ吸収線(電子の主量子数 n=2 から 1 に落ちる遷

移を表し、水素の場合は波長 121.6nm で紫外域にある。)ではその

減衰翼(吸収線の裾野に見られる輪郭)が卓越しているためにこの

名前がついている。クェーサーのスペクトル上に大きな吸収線とし

て現れるので、十分遠方にあってもその吸収線は識別しやすい。

DLA は高い中性水素の柱密度を持つが、これは我々の銀河系、あ

るいは他の銀河の持つ典型的な量とほぼ同程度である。このことか

ら DLA は水素ガスの吸収線としか観測されないが、銀河と何か密接

に関係があると考えられている。特に遠方宇宙における DLA はどう

だろう?星はガスから生まれる。密度の高いガスの塊があれば、い

ずれはそこから大量に星が生まれて銀河になる。そう考えると、遠

方宇宙における DLA は、銀河になる前のガス雲である可能性がある。

その場合、形成途上の銀河の性質を調べることができることになる。

DLA は水素の吸収線として検出されるが、それに付随する金属吸

収線も同時に検出される場合がある。このような場合には、そのガ

ス雲の金属度やガスの運動についての情報も得られることになる

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ので、そのガス雲の中で、どのような星形成活動が行われているか

がわかる。DLA の金属量は、同時代の銀河に比べるとずっと低いが、

ライマン・アルファの森のそれよりも高く、また宇宙年齢とともに

緩やかに増大する傾向がみられる。この結果は、DLA 内部での局所

的な星形成によるものだと考えられている。

DLA と銀河の関係を探るためには、DLA に対応する銀河を直接検

出することが望ましいが、実際には非常に難しい。背後にある明る

いクェーサーの光が明るすぎて、そのごく近くにある、しかも暗い

銀河を検出しなければならないからである。それでも、80 億光年

以内(z<1)にある数十個の DLA については、対応する銀河が見つか

っている。

中性水素原子の柱密度が銀河系とほぼ同程度であることから

DLA には円盤銀河が対応するのではないかと考えられていた。しか

し、実際に直接検出された銀河は、楕円銀河、円盤銀河、不規則銀

河、とその形態はばらばらである。100 億光年以上の遠方において

もライマンブレーク銀河(5 章)などの遠方銀河との類似性や相違

点などが探られ始めているが、いまだにその正体は謎のままである。

2- 3 ラ イ マ ン ・ リ ミ ッ ト 吸 収 線 系 (L L S )

水素の柱密度が 1017 個 cm—2 よりも大きく、1020 . 3 個 cm—2 よりも小

さな吸収線をライマン・リミット吸収線系(Lyman limit system;

LLS)とよんでいる。ライマン・リミットとは、基底状態にある水

素原子を電離させるのに要するエネルギーに相当し、波長では

91.2 nm の紫外線に相当する。101 7 個 cm— 2 よりも柱密度が高いと、

このエネルギーを持つ光はほぼ完全に通過できなくなる。

この種族のガス雲が、これよりも柱密度の高い DLA とどのような

関係にあるのかは議論の的となっている。例えば、次のような説が

提案されている。

・ DLA よりも質量の軽いガス雲

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・ DLA がある程度星形成を起こしてガスが減少した状態

・ DLA の外縁部のややガスの薄い部分を見ている

しかしながら、今のところ結論は出ていない。

2- 4 ラ イ マ ン ・ ア ル フ ァ の 森

水素の吸収線系の中でもっとも柱密度の低い(<1017 個 cm—2)も

のがライマン・アルファの森(Lyman α forest)と呼ばれる吸収線

群である。吸収線がスペクトル上で森のように密集(図 14-4)し

ていることからこの名前がついている。ライマン・アルファの森の

発見によって,銀河間空間には,中性水素ガスが雲のような固まり

となっている銀河間雲として存在していることがわかった。ライマ

ン・アルファの森の吸収線の幅や深さを測ることにより、銀河間雲

の質量は 107-108 M☉ であることや、吸収線の数を数えることによ

り、銀河間雲は銀河の数の 1000 倍程度存在していることがわかっ

てきた。

このような軽いガス雲の候には、以下のようなものがある。

(1) 冷たいダークマター(4 章参照 )に基づく密度ゆらぎの成長を

考えた時に、もっとも低質量、もっともスケールの小さな密度ゆら

ぎをもつガス雲

(2) 冷たいダークマターの重力に支えられたガス雲

(3) 周囲の熱くて薄いガスの圧力によって支えられているガス雲

これらは、これから銀河に成長していくか、あるいは銀河になりそ

こねたガス雲と考えられている。

ライマン・アルファの森の金属量は DLA よりも1桁小さい。また

宇宙空間でほぼ一様に分布していることがわかっている。

クェーサーの近傍(<数 Mpc)では、局所的な紫外光が強いため

に、ガス雲内の中性水素はイオン化され、ライマン・アルファの森

の数が減る。この効果は近接効果(proximity effect)と呼ばれてい

る。

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図 14-4: 近くのクェーサーのスペクトル(上図)と遠くのクェーサ

ーのスペクトル(下図)。遠くのクェーサーのスペクトルの左側(波

長が短い方)に数多く見える吸収線が、ライマン・アルファの森。

2- 5 金 属 吸 収 線 系

クェーサー吸収線系の中には水素以外の元素が吸収線を作る場

合があり、このような場合をまとめて金属吸収線系と呼んでいる。

それは銀河をとりまくハロー(6 章 )に存在する金属を見ている、と

考えられている。銀河の明るく輝く星成分を視線が貫く場合もある

が、薄いガスからなる銀河ハローはそれ以上に大きく広がっている

ので、確率的にこのハロー起源の金属線が多くなる。

この系における重元素(水素とヘリウム以外の元素)の量は太陽

組成の約 1/10 である。星間ガスの中から生まれた星の中で重元素

は作られ、再び星間ガスにばらまかれる。こうしたサイクルを繰り

返すことで宇宙の化学進化(5 章)が進んだと考えられているが、

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星形成のない銀河間空間にも重元素が見つかるのはなぜだろう。銀

河風(5 章 )がこれに大きな寄与をしたと考えられており、銀河の外

縁部ハローに見つかる金属線は、このような銀河風、宇宙の化学進

化という意味で、着目されている。

これまでにもっとも詳しく調べられている金属吸収線は炭素と

マグネシウムである。いずれもその振動子強度の大きさから検出

が容易であり、また 2 重共鳴吸収線(ある励起エネルギー準位か

ら、中間準位を経ることなく直接遷移して、放出及び吸収の両方

の形で現れるスペクトル線)であるため信頼度の高い同定が可能

である。銀河ハローのこれらのガス雲の構造は複雑で、炭素など

による吸収線とマグネシウムによる吸収線の起源を、同じガス密

度・温度・電離状態・元素組成を持つガス雲で同時に説明するの

は難しい。前者はハロー全体に広がる高温ガスに対応し、後者は

銀河円盤あるいはハローに存在する局所的な星形成領域のような

ものに対応する。ただし実際には、このような静的なハローだけ

ではなく、銀河風、銀河の衝突、あるいはそれらの効果で金属汚

染された銀河間物質など、さまざまなケースに対応する場合があ

ると考えられている。

2- 6 宇 宙 紫 外 線 背 景 放 射

銀河間雲は周囲から紫外背景放射によって照らされ暖められて

いる。この紫外背景放射は、クェーサーや銀河から放射された紫外

放射の重ね合わせとであり、ほぼ一様に存在している。したがって、

この放射強度は、放射源であるクェーサーや銀河の数の変化や個々

の放射量の変化などによって変わりうる。特に観測されているクェ

ーサーの数は赤方偏移 2 あたりで最大であり(12 章 )、この時代以

前では銀河からの全放射量の方が卓越するという報告もある。また

これらの放射源であるクェーサーや銀河が宇宙の大規模構造の中

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にいることを考えれば、こうした背景放射も決して空間的に一様で

はないことが推測される。

この宇宙紫外線背景放射の変化に伴い、銀河間雲の物理状態も変

化する。放射が増えればガス雲の温度は上昇して、膨張し始める。

また、同時に水素のイオン化も進むため、中性水素の柱密度は減少

する。この宇宙紫外線背景放射を測定することで銀河間物質の性質

や進化がわかる。一方、銀河間物質を調べることにより、背景放射

の放射源となっているクェーサーや銀河の進化の謎が解けること

にもなる。このように「光」と「影」はここでも密接に結びついて

いる。

3 . 銀 河 間 空 間 の 金 属 汚 染

これまで見てきたように、銀河間物質は、その現場に顕著な星形

成活動が見られないにも関わらず、わずかながらも重元素を含んで

いる。銀河内で作られた重元素が、超新星爆発、ないしは銀河風に

よって銀河の遠く外側、銀河間空間まで運ばれた、とその起源を考

えるのが一般的である。

銀河間空間における金属量密度の進化(化学進化)は金属吸収線

系、特に遠方まで観測可能な炭素の吸収線をもとに調べられている。

その結果は驚くべきことに赤方偏移 6(127 億年前)付近までほとん

ど進化していない、つまり、かなり昔に銀河間空間は十分に金属汚

染されたことがわかっている。

最近になって、赤方偏移 6 を超えるあたりで、その金属量密度の

減少が見られるという報告もあり、宇宙初期の急激な金属汚染が進

んだ兆候を見ている可能性がある。銀河自身の金属量と化学進化に

ついては 5 章を参照されたい。

4 . 銀 河 間 空 間 と 環 境

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これまでは一般的な銀河間空間における物質・ガス雲について述

べてきたが、局所的な宇宙空間には特筆すべき銀河間物質が存在す

る。ここでは、銀河団ガスと銀河系近傍で見つかっている銀河間ガ

スについて述べる。これらはいずれも、銀河の形成や進化における

環境、銀河同士の相互作用、あるいは銀河風といった銀河の活動性

と密接に関係している。

4- 1 銀 河 団 ガ ス

銀河団(3 章 )中の銀河間空間には大量の銀河団ガスが存在する

ことがわかっている。このガスは数億 K という非常に高温のガスで

あり、ほとんどの原子は高電離状態のプラズマとして存在している。

そのため、熱制動放射による強い X 線を放射している。このガスの

質量は銀河団銀河の総質量の約 5 倍に相当し、銀河団中の目に見え

る物質(バリオン)の大半を占める。銀河団ガスは重力的な平衡状

態(ビリアル平衡)に近いことが知られており、ダークマターによ

って重力的に束縛されているため、高温になっている。高温の銀河

団ガスを持つ銀河団はそれだけ力学的質量が大きいということで

ある。

銀河団の外側から銀河団へと落ちてくるガスは衝撃波を形成し、

重力エネルギーを熱エネルギーへと変換しガスが加熱される。衝突

を起こしたと思われる銀河団では、平衡状態の温度よりも温度が高

い領域が観測され複雑な温度構造を示すが、ほぼ平衡状態に達して

いる銀河団ではガスの温度構造は比較的なめらかである。

銀河団ガス中には、そこに含まれる重元素が観測されているが、

代表的な元素は鉄である。銀河団ガスに含まれる鉄の質量と銀河内

の星に含まれる鉄の量はほぼ同程度であり、銀河における超新星爆

発により放出された鉄の一部が銀河団空間に存在していることに

なる。仮に銀河内の超新星爆発によって星間空間に鉄が放出された

としても、銀河の重力エネルギーによって銀河内にとどまるはずな

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のになぜ銀河間空間に鉄が存在するのだろう?その理由としては

1)活発な星形成銀河からの銀河風によって吹き飛ばされた、2)

銀河が銀河団ガス中を運動する間にその圧力によってガスがはぎ

取られた、などのメカニズムが考えられている。

図 14-5: エーベル 2256 銀河団の X 線画像。雲のように淡く広がる

成分が銀河団ガス、白い点おように見えるものが銀河団銀河である。

ここでは、大小二つの銀河団が、秒速約 1500km という高速で衝突

している、と考えられている。 (JAXA)

銀河団中心部は密度が高いため、多くの X 線を放出しエネルギー

を失う。この結果、銀河団中心部でガスは冷えて圧力が下がり、そ

のため周囲からの圧力を支えることができなくなり、ガスは中心部

に向かって冷えながらどんどん流れ込むようになると考えられる。

これを冷却流(クーリングフロー、cooling flow)と呼ぶ。しかし、

こうして流れ込んだガスは星や分子ガスになっているはずなのに、

実際の銀河団中心で観測される星形成率(5 章参照)や分子ガス量

はずっと小さい。また X 線衛星の観測からも、予想されるような冷

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えたガスの存在が否定されている。この問題を解決するためには銀

河団中心には何らかの加熱源が必要だと考えられるが、まだ特定さ

れていない。クーリングフロー問題は、銀河団研究において未解決

の問題となっている。

銀河団ガス中の高温プラズマは宇宙マイクロ波背景放射(1章)

に影響を与えることが知られている。宇宙マイクロ波背景放射の光

子が銀河団を通過するとき、銀河団内の高エネルギー電子に散乱さ

れ、エネルギーをもらう。これは逆コンプトン散乱(inverse

Compton scattering)と呼ばれる現象である。これにより宇宙マイ

クロ波背景放射のスペクトルはやや高エネルギー側にシフトする。

これをスニヤエフ・ゼルドビッチ効果(Sunyaev-Zel’ dovich

effect、SZ 効果)と呼ばれるが、実際に銀河団の方向で観測されて

いる。X 線観測と合わせることにより、ガスの密度・温度・大きさ、

さらには銀河団までの距離を評価することができるので、宇宙論パ

ラメーターの決定にも応用されている。

4- 2 銀 河 系 近 傍 の 銀 河 間 ガ ス

これまでの解説によって銀河と銀河の間には何もないわけでは

なく光では検出できない主に水素からなるガス雲があることが理

解できただろう。それらは宇宙初期から存在したものもあれば、銀

河同士の相互作用、あるいは銀河から吹き飛ばされたものもある。

では、我々の銀河系の周囲の空間ではどうだろう。これほど近い宇

宙空間ともなると、中性水素ガス雲からの電磁波(波長 21cm に放

射される超微細構造輝線:13章)を直接検出することができる。

6 章で見たように、銀河系の回転曲線や渦巻構造などもこの銀河内

の中性水素ガスの放射する波長 21cm の電波を用いて研究が行われ

ている。

この電波観測によって、銀河系の外側には、明らかに銀河の回転

には従わない、高速で運動する高速ガス雲(high velocity cloud、

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HVC)がいくつか見つかっている(図 14−6)。その代表格は、大小

マゼラン雲(6 章 )をすっぽりと覆うほど長くて巨大な高速ガス雲

であり、マゼラン雲流(Magellanic Stream)と呼ばれている。マゼ

ラン雲流については銀河系と大小マゼラン雲の潮汐作用がその成

因と考えられている。しかし、銀河系周辺に存在する高速ガス雲の

起源は統一的に理解されているわけではない。

図 14-6:電波観測で見た銀河系周辺の中性水素ガス雲の分布。図の中央が

銀河中心、そこから左右に銀河円盤が広がっており、その上下にあるのが

高速ガス雲である。

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5 . 初 期 宇 宙 に お け る 銀 河 間 ガ ス

ビッグバン直後の初期宇宙では宇宙空間の物理状態が現在とは

全く異なると考えられている。現在の宇宙空間において水素は完全

に電離しているが、初期宇宙ではそうでなかった。宇宙初期のある

時代に銀河間物質は中性状態から電離状態へ大きく変換したので

ある。この宇宙史の一大転換期とも呼べるべき時代の銀河間物質と

それをとりまくトピックスについて以下にまとめる。

5- 1 宇 宙 の 暗 黒 時 代

ビッグバン後、高温・高密度の宇宙では陽子と電子はばらばらで

自由に飛び回っている「電離状態」だった。宇宙は膨張を続け、火

の玉状態からどんどん冷えていく。宇宙の年齢が 38 万年の頃、宇

宙の温度は約 3000K になり、陽子と電子は再結合し、水素原子にな

る。このとき、宇宙は完全に中性化した。しかし、この段階では星

はまだ一個もできていない。宇宙で最初の天体である初代星、種族

III 星 (7 章参照)が誕生するのは、宇宙年齢が数億歳の頃である。

したがって、宇宙の再結合期から初代星の誕生までの間は、星が一

つもないので、宇宙は暗黒になっている。そのため、この時期は宇

宙の暗黒時代(dark age)と呼ばれている。天体が存在しないためこ

の時代を実際に観測するのはきわめて困難である。

5- 2 宇 宙 再 電 離

宇宙で最初の天体、種族 III 星から放射されるエネルギーによっ

てその天体の周囲にあった中性水素はどんどん電離されていく。こ

の現象のことを宇宙の再電離(cosmic reionization)と呼んでいる。

宇宙の大部分が中性水素に満ち溢れた時代に生まれたこうした天

体の周囲には、その光のエネルギーに応じた大きさの電離された水

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素がとりまく。こうした電離水素の光芒のことを「電離水素の泡」

あるいは「宇宙論的 HII 領域」と呼んでいる。しかしまだまだ宇宙

全体の中性水素の量が多く、初代天体の作り出す HII 領域の割合は

少ない。

1つ1つの天体の周りに形成されていた電離水素の泡は、やがて

お互いに重なり合っていき、宇宙における電離水素の割合をどんど

ん増やしていく。特に天体が数多く密集しているような場所では、

こうした重なりが効率的に行われると考えられる。やがてこうした

光芒が宇宙を占拠するようになり(宇宙の再電離の完了)、現在の

宇宙空間ではほぼ 100%水素は電離されている。

宇宙再電離に貢献したのは、宇宙初期に誕生した初代星や初代銀

河であったと考えられているが、いつの時代に、どの天体が、どの

程度再電離を起こしたかについては観測的にわかっていない。強力

な電磁波を放つ初代クェーサーもある程度貢献したと考えられる

が、その個数密度からは寄与は少ないと考えられている。

図 14-7: 初期宇宙の歴史。約 130 億年前には再電離の時代、それ

以前には暗黒時代があった。再電離の時代には銀河間空間が中性状

態から電離状態へと大きく変化を遂げた。

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5- 3 ガ ン ‐ ピ - タ - ソ ン 効 果

宇宙再電離の時代には中性水素ガスが宇宙空間に薄く広がって

存在している。この様子を観測的に検出する方法はいくつか考えら

れているが、その中で代表的なものがガン・ピーターソン効果であ

り、ジェームズ・E・ガン(James Edward Gunn)とブルース・ピー

ターソン(Bruce Peterson)によって 1965 年に予言されたものであ

る。

宇宙空間に断片的に存在する中性水素ガス雲によって、クェーサ

ー吸収線系が断続的にクェーサーのスペクトル上に現れたのに対

し、ほぼ一様に広がる再電離時期の中性水素ガスによってクェーサ

ーのスペクトルはほぼ連続的に吸収される。この現象をガン・ピー

ターソン効果と呼び、連続的に吸収された波長帯のスペクトルを

「ガン・ピーターソンの谷(Gunn-Peterson trough)」と呼ぶ。

この特徴を示す遠方クェーサーは長らく見つかっていなかった。

しかし、1998 年に始まったスローン・デジタル・スカイサーベイ

(SDSS)( 3 章)によって、 赤方偏移 6 付近のクェーサーが多数見

つかるようになり、ガン・ピーターソン効果を示すと思われる連続

的な吸収域が発見されるようになった。これらは再電離期のクェー

サーではないかと考えられている。逆に、我々の近くの宇宙ではガ

ン・ピーターソン効果が見られない。このことは現在の銀河間空間

における水素原子はほぼすべて電離していることを示している。

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図 14-8: 非常に遠方のクェーサーのスペクトル(下の図)と、も

う少し近いクェーサーのスペクトル(上の図)との比較。不連続の

位置(上の図で Lyαの記号で示されている)のすぐ左側部分の強

度が、下の図ではその部分(矢印)で光が完全に吸収されているの

がわかる。これがガン・ピーターソンの谷と呼ばれるものである。

(SDSS)

これまでのガン・ピーターソン効果の観測によって以下のことが

示唆されている。

(1) 赤方偏移 6 のあたりで宇宙空間における残存中性水素量は 10-3

程度、すなわちほとんど電離している。

(2) 赤方偏移 5.7 に相当する 126 億年以前で急速に再電離が進んだ。

(3) 個々のクェーサーによってガン・ピーターソンの谷の量がまち

まちであることから、再電離の進行は空間的に非一様であった可能

性がある。

特に(3)は電離源、すなわち中性水素を電離させる強い光エネル

ギーを放射する天体が、当時非一様に分布していたことを示唆して

いる。宇宙初期に大規模構造がどう形作られていったのか、という

観点でも興味深い観測結果である。

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このようにクェーサー吸収線系の観測でも、現在観測されている

遠方の銀河と同程度の宇宙論的距離まで見通して観測できる。した

がって、宇宙全体におけるバリオンの進化の系統的な研究において、

銀河(光)と銀河間空間(影)はまさに両輪の役割を果たしてくれ

るのである。