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(1)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可 主な目次 22 27 37 42 26 44 11 48 50 61 85 90 94 96 96 97 101 102 103 114 ISSN 0285 _ 130X 15 25日 発行 (1部/200円) 広島県医師会速報の代金会 員負担1回(200円)は県医師 会費に含まれています。 第1815号 片山 尾道市医師会長 14 21 13

第1811号第1815号 - Med第1811号第1815号 挨 拶 本 日 は 、 李 啓 充 先 生 の 講 演 の 座 長 を 務 め さ せ て い た だ き ま す。李 先 生 は

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(1)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

主な目次主な目次

�東部地区医師会合同研修会 ………………1

�都道府県医師会勤務医担当理事連絡協議会 … 22

�市郡地区医師会産業保健担当理事連絡協

 

議会・リーダー産業医研修会 ……………… 27

�第5回県内医療機関および臨床検査センター

 

検査部部長・技師長連絡会議 ……………… 37

�広島医学会各賞受賞記

…………………… 42

�第 

回常任理事会・第1回理事会報告 ………… 

26

44

�医師会行事( 

月) ……………………… 

11

48

�会員へのお知らせ ………………………… 50

�社保の栞 …………………………………… 61

�地対協だより ……………………………… 85

�IPPNWコーナー ……………………… 90

�記念碑建設について

……………………… 94

�医師共済会から …………………………… 96

�医師国保の栞 ……………………………… 96

�地区医師会だより(安佐) ………………… 97

�医師協同組合情報 ………………………… 101

�医療時事ニュース ………………………… 102

�募集コーナー ……………………………… 103

�学術・講演会ガイド ……………………… 114

ISSN 0285_130X旬  刊

5≥15≥25日 発行(1部/200円)

広島県医師会速報の代金会員負担1回(200円)は県医師会費に含まれています。

第1811号

ISSN 0285_130X旬  刊

5≥15≥25日 発行(1部/200円)

広島県医師会速報の代金会員負担1回(200円)は県医師会費に含まれています。

第1815号

● 挨   

 

本日は、李 

啓充先生の講演の座長を務めさせ

ていただきます。李先生は昨年も尾道にお出でい

ただきました。その時のお話を纏めたものを尾道

市医師会から刊行させていただきましたところ、

全国の先生方から非常にタイムリーな良い上梓だ

と評価をいただきました。その時、李 

啓充・田

中�滋両先生からご講演いただいた「マネジド・

ケアと日米の医療制度の比較検証」は、今になっ

てみれば、大変に大きな意味があったわけで、こ

こ1年間を振り返ってみても、こういった理解の

あるなしが、わが国の医療政策における今後の方

向性を見極める上で大切だと思います。

 

このたびも、まさに時宜を得て、「医療の質と

医療経済」についてご講演をいただけることに

なり、大変に幸せだと思っております。今日は

片山  壽尾道市医師会長

 

平成 

年9月 

日、尾道市に広島県東部地区の8市郡地区医師会が集い、標記の合同研

14

21

修会が開かれた。この会の正式名称は「広島県東部医師会代表者会議―福山、因島、尾道、

三原の各市医師会、松永沼隈、府中、深安の各地区医師会、世羅郡医師会」で、平成 

年13

4月2日に福山市医師会が近隣医師会に声をかけて発足。以後、不定期に開催されている。

県内にこういった形式の会議は稀だが、医師会活動の原点が地域医療にあることを鑑みれば、

住民にとっては頼もしいばかりである。会のさらなる発展に期待が膨らむ。このたびの研

修会は尾道市医師会(片山壽会長)の主催により開催された。以下、研修会の概要を記す。

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(2)

質疑応答の時間も十分にいただいておりますの

で、ご質問のある方は後ほど宜しくお願いいた

します。それからあとで合同理事会などもござ

いますので、今日は少し時間が長くなるかと思

いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

それでは李先生のプロフィールを簡単にご紹

介させていただきます。先生は1980年に京

都大学医学部を卒業されまして、天理よろず相

談所病院でジュニアレジデントとして研修をさ

れました。京都大学の大学院医学研究科で癌の

研究に従事をされまして、 

年からマサチュー

90

セッツ総合病院(MGH)内分泌科で骨軟骨代

謝研究に従事をされておられます。 

年から

93

ハーバード大学医学部講師、 

年から同ハー

98

バード大学医学部の助教授になられておられま

す。 

年からは米国の医療事情をいろいろ紹介

96

する文筆活動を開始されておられます。それか

ら 

年の4月からはMGHを退職されまして作

02家活動に専念をされておられます。

 

著書はもうベストセラーになっておりますが、

「市場原理に揺れるアメリカの医療」それから

「アメリカ医療の光と影」、それから翻訳で「イン

フォームド・コンセント」、それから最近、入り

口に置いてありますが、非常にすばらしい、これ

はJAMAのコラムの編集、ロクサーヌ・K・

ヤング先生の編集を翻訳をされておられます。

「医者が心をひらくとき」という表題がついてお

ります。それから医学会新聞のコラムでは皆さん

もおなじみと思います。それから先生の楽しいと

ころ、ご趣味の方ですが、大変な大リーグファ

ンでございまして、文芸春秋の大リーグファン

養成コラムの連載をされておられます。

 

それから奥様の田中まゆみ先生の「ハーバー

ドの医師づくり」もベストセラーでございます。

今日あそこに一緒に本を置いてございますので、

お求めいただいたらと思います。

 

それから李先生は来年4月6日の第 

回日本

26

医学会総会のメイン・シンポジウムで坪井会長

や、厚生労働大臣と一緒にシンポジストを務め

られることになっております。

● 祝   

 

今日は東部地区医師会の合同研修会も兼ねた

研修会の開催ということで誠におめでとうござ

います。東部地区医師会は非常に連携をうまく、

というと言葉が中途半端ですが、まさに密接な

連携を図りながらいろいろな事業を共通のいわ

ば視点で行っていこうという意向が、私ども、

どちらかというと県庁は県の西部にございます

ので、そういうところから見ても、うかがわれ

る次第でございます。まあ、いろいろな成果が

具体的にこの医師会の連合、連携によってうま

く運んでいるんではないかというふうに今、

思っております。

 

今日は李 

啓充先生をお招きしての研修会と

いうことでございますけれども、ご案内のとお

り少子高齢化だとかあるいは経済の低迷ですと

かそういうことによりまして、社会保障の構造

改革というのが必要だというふうに叫ばれて、

いろいろなことが行われておりますが、実際問

題として例えば医療制度の改革、こういうこと

になりますと正直、みんなどういうふうに進め

るべきか、その結論といいましょうか目標とい

いましょうか、そういうものが見定められない

ままに、いわば、方法論が先走って、どういう

ところにこの国の医療を持っていくのか、とい

うところがなかなか私どもから見ても分からな

いという現実がございます。

 

そういう点で、方法論の代表が、この尾道で

の研修会によくお出でになります慶応大学の田

中 

滋先生なんかがおっしゃる市場主義原理派

といわれる人たちの言動ではないかなというふ

うに思います。

 

市場主義によって医療の質が向上するという

ようなことを訴えておられるこれらの方々は、

やっぱりある意味でアメリカの医療というもの

をよく参照しながらそういうことをご発言なっ

ているのではないかと思いますが、社会保障と

いう観点からいうとアメリカはどちらかという

と、私ども日本がかつて今まで、今までも今も

目指してきた社会保障の仕組みとはまったく違

三浦 公嗣広島県福祉保健部長

Page 3: 第1811号第1815号 - Med第1811号第1815号 挨 拶 本 日 は 、 李 啓 充 先 生 の 講 演 の 座 長 を 務 め さ せ て い た だ き ま す。李 先 生 は

(3)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

うものを目指しているように思えて仕方があり

ません。

 

そういう意味ではむしろ日本はどちらかとい

えば、むしろヨーロッパのタイプ。こういう

「ゆりかごから墓場まで」なんていう言葉があり

ますけれども、そういうふうなむしろもう少し

包括的な社会保障というのを目指してきたので

はないかな、というふうに思います。

 

そういう仕組みという点で社会保障制度の中

でアメリカの仕組みがそんなにうまくいってい

るんだろうかというと、必ずしも私はそうは

思っておりませんが、そういう話も今日は李先

生からいろいろお話を伺えるのではないかとい

うふうに思います。

 

ただ私自身、アメリカの医療というものを見る

機会がございましたけれども、その中で唯一とい

いましょうか評価できる部分は、アメリカは朝令

暮改といっていいほどさまざまな仕組みを導入し

てはやめ、導入してはやめ、というようなことを

やっています。試行錯誤の中で、ただあの人たち

が一生懸命やろうとしていることは、そこの中で

客観的なデータをなるべく集めて、そしてその

データをみんなが活用できるようにし、そして今

の仕組みがよいのかどうか、改善すべき点はどこ

なのかということを、いわば試行錯誤の中で試み

ようとしている。そういうような点は、私どもは

やはり参考にしていくべきではないかな、という

ふうに思ってまいりました。

 

そういう意味で世に言ういろいろな新たな制

度というものも基本的には過渡的なものなのか

もしれません。今日はそういうアメリカの医療

制度について精通しておられる李先生からのお

話をうかがうということは大変貴重な機会では

ないかな、というふうに思います。

 

通常のご挨拶とは違うかもしれませんが、今

日の講演会、研修会への期待ということでご挨

拶とさせていただきたいと思います。どうぞよ

ろしくお願いします。

● 挨   

 

李先生のお話は今日で2度目でありますが、

片山先生がわれわれの置かれた、ある意味、医

療制度の中で、守られ育てられてきた「ゆりか

ご」とも言うべき、医療制度の中でわれわれ育

まれてきたわけでありますが、そういった状況

が極めて危機的な状況にあるということを今日、

われわれを私を含めて各医師会の理事の先生方

に十分知っていただこうじゃないかと、たぶん

こういった趣旨だろうというふうに思います。

 

私はこういったことをさらに市民レベルまで

本当に理解していただきたいと常々考えており

ます。今日のお話はわれわれに対する訓示、教

育講演にたぶんなるだろうとわれわれ考えてお

りますので、持ち帰って会員の何割の方々に理

解させることがわれわれできるのかなと。ある

いは患者さんの何%に理解させることができる

のかな、ということが最大のポイントであろう

かと思います。

 

今日も李先生の歯切れのいいお話がお聞きで

きるものと思ってやや興奮してまいっておりま

す。どうぞみなさんご静聴いただきまして、な

るほどと、まずお感じになると思いますが、最

後までご静聴いただきますようお願いをいたし

まして、私の挨拶といたします。どうそよろし

くお願いいたします。

 

● 特別講演「医療の質と医療経済」

は 

じ 

め 

 

ご紹介いただきました李と申します。昨年も

お呼びいただきまして、今回もお呼びいただき、

本当にありがとうございます。去年は夜暗い間

に着きまして朝一番くらいの新幹線で尾道を発

ちまして本当に尾道を見る時間がなかったので

すが、今回は、ちょっと早めに着きまして、ホ

黒瀬 康平福山市医師会長

李  啓充元ハーバード大医学部助教授

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(4)

テルの周りをウロウロしていましたら「しまな

み交流館」ですか、今日7時からコンサートが

あると。私、中学時代よく和製フォークという

のをよく聴いていたんですけれども、5つの赤

い風船のコンサートが7時から…。「行きた

い!」(笑)、でも講演会がある。ということで

そちらの方はあきらめて講演の務めを果たさせ

ていただくことになっております。

 

今日の話のあら筋をここにざっと紹介いたし

ますが、1番初めにアメリカでは医療の質をど

うやって追求してきたのかというそういう歴史

について紹介したいと思います。

 

2番目に話の筋の都合上どうしても今の日本

の動きと関連してマネジドケアの話をまたしな

いといけないんですが、去年もお出でいただい

た方は「なんだこれは去年見たスライドではな

いか」というスライドがここのセクションで出

てまいりますが、話の筋の都合上どうしてもこ

こに入ってこないといけないので、おさらいと

いうことで同じスライドを辛抱して見ていただ

きたいと思います。はじめての方もいらっしゃ

るかと思いますので。

 

3番目に医療の質と医療コストということを

どういうふうに考えたらいいのかということを

検証したいと思います。例えばDRG/PPS、

診断群別包括支払方式を入れると病院診療の標

準化が達成して医療の質が良くなるんだ、とい

うようなことを主張される方がいらっしゃるん

ですが、そういった主張にだまされてはいけな

いということを、ここで3番目のセクションで

述べたいと思います。

 

では医療の質を良くするためにどうしたらい

いのかということで、4番目は医療の質を良く

するためには医療の現場に質の文化、カル

チャーというものを作る必要がある。そしてそ

の例としまして医療過誤というものから学ぶと

いうことで、医療過誤の話をしながら医療の中

にどうやって質の文化を作るのかということを

話したいと思います。

アーネスト・コドマンのエンド・リザルト主義

 

アメリカで医療の質というものが追求される

ようになってきた歴史は非常に古いんですが、

アメリカで医療の質というものが真剣に追求さ

れるようになったきっかけを作ったのがここに

映します、アーネスト・コドマン、という偉い

方です。この方はハーバード大学の医学部を卒

業してはじめは放射線、当時放射線写真が撮れ

るようになったばかりの時代でその小児放射線

科という領域を作られた、大学卒業してすぐに。

その後、外科医になりまして、マサチューセッ

ツ・ジェネラルホスピタル(MGH)で外科医

として働いた方です。そこで彼がした仕事とい

うのは患者さんの手術後のフォローアップとい

うことをしたわけです。

 

手術終わった、元気だ、帰る、帰った、うま

くいったと、それで済ましてはいけないという

ことで、1年後に患者さんがどういう状態にあ

るかということをフォローアップしたわけです。

ある患者さんは手術の合併症で苦しんでいる。

まったく元気で病気が治って喜んでいる人もい

る。ということで、退院の時とは違った像が見

えてくるわけですね。

 

そういった経過、フォローアップをしたとい

うことがきっかけになりまして、彼は最終結果、

エンド・リザルトを見ないと医療はいけないん

ではないか、ということをいうわけです。彼の

哲学をここにまとめましたけれども、病院の効

率というのはお金を儲けた、利益をあげたとい

う財政的基準から効率を判断するのではなくて、

治療的基準から判断されるべきであろうと。

 

病院の生産性というのは得られた収入ではな

くて、患者の役に立つことに成功したか失敗し

たかで決められるべきである、ということを主

張するわけです。

 

この「エンド・リザルト・システム」という

ものをアメリカ中どこの病院でも採用して、患

者の役に立ったかどうか検証しながら医療をし

ようではないか、ということを主張するわけで

す。

 

MGHで若いコドマンがそういうことを主張

しましても「若僧が何を言うか」ということで

なかなかその主張がいれられない。彼は何をし

たかといいますと、MGHから歩いて7〜8分

のところに病院を作りまして、自分の病院を作

るわけですね、友人たちの手伝いを受けながら

自分の主張をその病院で本当に実現するわけで

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(5)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

す。この病院で4年間でしたか6年間でしたか、

自分たちでした手術について1年後にどうなっ

ていたかというエンド・リザルトをまとめまし

て、全患者の成績を公表して、本にして、それ

を全米の病院に配ったわけです。こういうこと

をやりましょうといって。その本の中には自ら

失敗した手術、患者が死んだ事実も赤裸々に正

直に公表すると。透明性と説明責任ということ

を自ら実践したわけです。

 

こういうことをして一生懸命やるんですけれ

ども、医療における説明責任と透明性を追求し

た彼は結局ハーバード大学医学部の権威主義と

衝突することになりまして、講師だったんです

けれども、講師の肩書きを奪われたりするんで

すけれども、そのことはまた後に話したいと思

います。

 

このコドマンという人がいたからアメリカの

医療で医療の質というものが追求されるように

なったわけであります。コドマンが「エンド・

リザルト・システム」を提唱したのが1910

年のことであります。彼が中心となりましてア

メリカ外科学会の中に「病院標準化委員会」と

いうものを作ります。このアメリカの外科学会

が1918年に病院の実態調査をいたしまして、

 

の病院の実態調査でアメリカ外科学会が定め

692ている最低基準を満たしていたのはわずか 

の89

病院しかなかった、ということであります。

 

日本で最近、医療施設評価機構ですか、病院

の審査をしているということですけれども、日

本で9000ほどの病院があるんですか?その

うち医療施設の評価機構の審査を受けている病

院の数が2割に満たないんでしょうか?そう

いった数字なんかを比較してみると、日本の状

況というのはちょうど1918年のアメリカの

状況に相当するのかなと思うわけです。

 

ですから 

年以上の開きがある。医療の質と

80

いうものを真剣に考えてこなかった歴史が 

年80

間続いてきたわけです。

 

ここで強調したいのはアメリカでは誰からも

押しつけられずに病院の医療の水準というもの

を良くしないといけない。医療の質というもの

を良くしないといけないということを誰からも

押しつけられずに医者が自分たちで始めた、と

いうことなんです。

 

今日本で医療の質を良くしないといけないと

いう圧力が強まっているんですけれども、変な

形で外から圧力を受けてとても医療が良くなる

とは思えないような形で医療に変化が加わるこ

とがあってはいけないと思います。

 

ですからアメリカの医療の質の歴史は医者が

始めたんだということで、医療の質を良くする

ために医者が医療の側が主導権をとってこうい

うことをしないといけないと、いろいろなプロ

グラムを始めるのが、変な形の変化を医療に入

れないための一番いい方法ではないかと私は思

います。

 

現実に医療に変な変化を加えようとしている

人々は、医療の質を良くするということは、例

えばDRG/PPSの議論に端的に出ています

ように、お為ごかしの議論しかしていませんの

で、真剣に医療の質を良くするための提案とい

うものはしていませんので、医療の側から真剣

に医療の質を良くするためにはこういうことを

しないといけないという提案をしてしかるべき

であるし、そうでないと今国民の支持を得るこ

とは難しいのではないかと思います。

 

たまたま私、昨日は診療録学会、管理学会と

いうところに出ていまして、そのシンポジウム

で厚生労働省の方が同席しておられたんですが、

電子カルテをすると医療が良くなる、自動的に

良くなるという形でおっしゃいまして、総合規

制改革会議とか経済財政諮問会議とか全部が医

療のIT化ということを言っていると。国民が

望んでいることだという言い方をするわけです。

ですけれども電子カルテ入れたからといって医

療が自動的に良くなるはずもないので、そうい

う誤った主張が国民の支持を受けるようなこと

があってはいけないので、医療の質については

積極的に医療の側から打って出る必要があるの

ではないかと思います。

 

この話を元に戻しますけれども、1918年

から始まった病院外科学会の医療施設の評価で

すが、これが 

年に外科学会から独立いたしま

52

して、病院評価委員会がジョイント・コミッ

ション・オブ・アクレディテーションホスピタ

JointCommission

ofAccred

itation

ル( H

ospi-

tal

)という形で医師会、病院協会、それからカ

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(6)

ナダの医師会、病院協会ですか?いろいろな団

体がその設立に関与して独立の組織としてアメ

リカの病院の評価をするようになったわけであ

ります。

 

これが 

年にメディケア、税金で運営すると

65

ころの高齢者の医療保険がアメリカで 

年にで

65

きたわけですけれども、日本はまだその辺が全

然、先の見通しが、高齢者の医療保険どうする

のかという先の見通しが未だに立っていないわ

けですが、このメディケアができたときにメ

ディケアという公的医療保険の指定医療機関に

なりたかったらJCAHの審査に通らないとい

けない、その認証を受けていないと公的医療保

険の指定医療機関になれませんよ、という形で

その医療の質、病院医療の質というものの監査

が強制力を持った形で始まったわけです。つま

りこの審査に通らないと病院がつぶれてしまう

という形になったわけです。

  

年にこれがJCAHのH、ホスピタルがヘ

82ルスケアオーガニゼーションという形でJCA

HOと改称されて、通称は「ジャカホ」といい

まして、JCAHOになります。 

年には保健

89

省に医療政策研究庁というのができまして、こ

れが 

年にはAHCRPがAHRQ、医療研究

99

クオリティー庁という形に名前を変えましてア

ウトカム・リサーチを推進するということが法

律で決まっています。

 

アウトカム・リサーチというものの原型が実

はアーネスト・コドマンが提唱した「エンド・

リザルト」システム。「エンド・リザルト」シス

テムというのは医療の結果がどうなったのかと

Study

いうそのアウトカムを

することに過ぎな

かったわけで、 

年近く前にコドマンが始めた

100

ことが今アメリカではもう法律となって、訳書

となって実を結んでいるわけです。

 

以上がアメリカにおける医療の質、追求の歴

史ですが、次に医療の質とマネジド・ケアとい

うことで去年もお出でいただいた方にとっては

重複になるかと思いますけれども、マネジド・

ケアと医療の質ということでもう一度おさらい

をしていただきたいと思います。

 

医療に対しまして2つの圧力がかかっている

わけです。1つはお金を払う人々がコストを抑

制しろと。これ以上金はかけたくないからコス

トを抑制しろという圧力をかけておられます。

そのコスト抑制の手段として市場原理、競争原

理を導入して、するんだということをおっしゃ

るわけです。市場原理、競争原理を医療に導入

するとどんな困ったことが起こるかということ

については、去年まとめました。

 

2番目は患者の側から、サービスの受け手か

らの圧力で特に最近、医療過誤に対する厳しい

目に代表されていますように、自分たちは本当

に適切な医療を受けているんだろうか。最善の

医療を受けているんだろうかという患者側の不

信が強まっております。

 

この2つをまとめますと、医療の効率と質の

改善が問われているわけであります。

 

これに対しましてアメリカではマネジド・ケ

アということが、この医療に対する圧力が、医

療にかかった圧力の中で出てきたのがマネジ

ド・ケアというものだったわけであります。

 

マネジド・ケアというのは医療の効率と質が

問われた中で、効率よい医療サービスを提供し

て適切な医療サービスを、効率が良くて適切な

医療サービスを提供するということを謳い文句

に出てきたわけであります。

 

日本での医療改革の動きの中でも主眼はコス

ト削減ということですね。診療報酬の引き下げ

から自己負担増からすべてコスト削減という一

言に要約される政策が次々と打ち出されている

わけです。

 

さらに市場原理、競争原理を入れて医療の形

を変える。医療施設に競争させることで質を良

くさせる。加えて保険者機能の強化。保険者が

医者や病院がやっていることについてチェック

を入れる。消費者の代わりに保険者が質を

チェックする、ということを主張される方がた

くさんいらっしゃるわけです。特に産業界の方

にこういう主張される方が多く、総合規制改革

会議でも通産省の委員会の名前、忘れましたけ

れども研究会の報告でもビジネスチャンスの拡

大ということを明記した上で医療にお金儲けの

チャンスを拡大させるんだ、ということを言っ

て、こういったことをいうわけです、市場原理

の導入とか保険者機能の強化とかいうことを

おっしゃるわけです。

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(7)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

 

全部まとめるとアメリカのマネジド・ケアみ

たいな医療になるのではないかと危惧せざるを

得ない主張が力を強めているわけです。

 

マネジド・ケアの仕組みですけれども、HM

Oという保険会社が真ん中にあって企業と低価

格の医療保険を企業に販売して医者や病院には

強力な値引きをかけてネットワークに入れて欲

しかったら値引きをのみなさい、ということで

コストの削減をめざします。さらにあまり高額

な医療を無駄に使われたら困るということで医

療内容も規制いたします。患者はこのネット

ワークの中でしか動けない。主治医の許可がな

いと動けない、という形で非常に窮屈な形にな

ります。ネットワークの限られた中でしか動き

ませんし、動けませんのでアクセスに当然障害

が生じます。それからクオリティーについても

コスト削減が主眼ですので、クオリティーを落

としてもコストを削減するということが優先さ

れる医療になるわけです。

 

実際アメリカの年度別の医療費の上昇という

ものがマネジド・ケアというものでブレーキが

かかるわけです。はじめは国民に支持を受けて

登場してきたマネジド・ケアですけれども、 99

年になりますとニューズウィークに「HMO地

獄」という表紙が出るくらいに国民の反感を買

うようになります。なぜかというと保険会社が

過度のコスト抑制に走ったために質とアクセス

が損なわれたからにほかなりません。

 

例えばマネジド・ケアがどういうことをする

かというと、患者が入院するときにプレオーソ

リゼーション、事前の許可というものを保険会

社に得なければなりません。ここに病名と保険

会社が設定している標準入院期間を示しました

けれども、例えば脳卒中1日、冠動脈バイパス

手術4日、という形でこれよりも入院期間が延

びる場合は保険会社に改めてお伺いをたてて入

院を1日1日延長していく、あるいはもう3日

必要ですよとかいう形で延長していくわけです。

 

早くに退院させられた患者は自宅に帰るわけ

ですが、自宅で点滴、点滴とかレスピレーター

がついていても、自宅に帰るわけですけれども、

在宅医療の会社の人がやってくるわけです。

 

ですけれども、 

時間のケアを受けるわけで

24

はありませんから、例えば乳がんの患者の廃液

医療のモニターとかガーゼが汚れてないかとか

チェックするのは患者本人であり、家族である

わけです。ですから保険会社はコストを削減す

ることに成功していますけれども、入院期間の

短縮というのは結局、患者家族の労力負担とい

う形になって補われているわけです。こういっ

たものはお金の統計には出てこないので、こう

いった数字、グラフを出してマネジド・ケアは

すばらしいという人がいてもそれにだまされて

はいけない、ということです。

 

以上が去年お見せしたのと同じスライドなん

ですが、ここで簡単にまとめますと日本での医

療改革の議論の中で市場原理、競争原理を導入

して医療施設に競争させることで質を良くさせ

るという主張を大まじめに言っているわけです

が、それをやったアメリカでどうなったかと言

いますと、質の競争よりも価格の競争が優先さ

れて病者が病気で医療保険が必要だという人が

医療保険から排除される結果を生んだわけです。

そのことについては去年詳しく話しましたので

割愛いたします。

 

また、保険者機能の強化をする。消費者の代

わりに保険者が医療の質をチェックするという

ことも主張されているわけですが、その結果ど

うなったかと言いますと保険会社は質の改善よ

りもコスト削減を優先させたために患者の医療

に対するアクセスと質が障害されたという結果

を生んでいるわけです。さらに付け加えて申し

ますならば、営利病院と非営利病院とでコスト

や医療の質を比較した研究がありますけれども、

どの研究も共通しているのは営利病院の方がコ

ストが高い、質が悪い、事故も多い、という結

果になっています。

 

詳しくは医学会新聞に「理念なき医療『改革』

を憂える」という題名で連載をしましたときに

個々の論文については引用しておりますので、

そちらの方を参照していただければと思います。

Operationsimprovement

(質改善作戦)

 

マネジド・ケアが出てきまして、病院の間の

競争が激しくなるわけですが、というのも在院

日数が減る、それから入院にいろいろな制限が

ついて入院の数も減る、入院の絶対数が減って

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(8)

在院日数も減りますからベッドの稼働率が激減

する。

 

さらに診療報酬の値引きも甘受しなければな

らないということで、例えばマサチューセッツ

州では4年の間に病院が3割姿を消す。ベッド

の利用率が4年の間に、これは病院の数ですね。

これがベッドの利用率ですね。入院日数が人口

全部での入院日数ですから3割減っています。

それだけ病院に入院することが難しくなってい

るわけです。こういった状況でマサチューセッ

ツの病院が4年の間に2割姿を消す。私が勤め

ていましたMGHで、こういう環境の中で何を

したかといいますと、オペレーションズ・イン

プルーブメント、質改善作戦というものを行っ

たわけです。

 

これを 

年から始めまして 

年まで3年の間

96

99

に8300万ドルの節約効果をしています。イ

ンプルーブメント、効率も改善するということ

です。具体的にはクリニカル・パスウェイを 60

入れる。在院日数が短縮化される。さらに、た

だ効率を良くしただけでなくて、質の改善も目

指しました。

 

具体的に効果が上がったのは例えば呼吸不全患

者の院内感染率が下がった。あるいは胸部外科領

域における疼痛管理が改善された。ペイシェン

Pa-

ト・コントロールド・アナロジェスクス(

tientcontrolled

analgesics

)というのですけれど

も、鎮痛剤が点滴でつなげられているわけです。

患者は「痛いな」と思うとボタンをピュッと押し

ますと鎮痛剤が点滴の中を流れていくというシス

テムが採用されて、患者の疼痛管理というものが

非常に改善した、ということです。

 

ちなみにアメリカでは、今、流行っているの

は、主訴の中にペインというものを入れまして、

バイタルサインの中にペインというものを入れ

まして、とても耐え切れない最悪の痛みが 

、10

まったく痛みがない状態が0ということで、患

者さんに数字で言ってもらうわけですね。その

痛みというものに対する医療側の取り組みが不

十分だったと。患者が「痛い」って言っている

のに、「気のせいでしょう」という医者が日本に

はいるそうですけれども、痛いのは痛いんで、

気のせいじゃありませんよね。そういった疼痛

の管理、冷たかった面が、どうしても他人の痛

みは分かりませんので反省がありまして、疼痛

についてはバイタルサインの中に血圧や脈拍と

一緒にバイタルサインの中に入れて数字で評価

しています。6の痛み、2人の患者で違っても

1人の患者では相対的な変化がわかるだろう、

という仕組みです。

 

さらにオペレーションズ・インプルーブメン

トの中に患者の満足度調査というのを入れまし

て、患者さんがどういうところに不満を持って

いるのかということを患者からのインプットを

入れまして、病院診療の改善に役立てたわけで

す。このオペレーションズ・インプルーブメン

トの間にMGHの親会社がパートナーズ社です

けれども、入院コストを7分の1減らすという

効果を上げたわけです。ここまでの努力をして

生き残ったわけであります。

 

厳しい経済環境の中でもアメリカの病院は医

療の質を改善させることをやめていない。逆に

医療の質を改善していかないと生き残れないと

いう状況がアメリカの病院にはあるわけです。

医療の質と医療コスト

 

次に医療の質と医療コストということをテー

マといたしますけれども、診療報酬の支払方式

と関連して医療の質を考えていきたいと思いま

す。

 

日本での医療改革の動きを一言で言うと、コ

スト削減しか目的にしていないわけですけれど

も、日本の医療費は本当に高いのかということ、

これは去年もお示ししましたけれども、日本の

医療費は世界の中でもGDPとの比較で見た場

合に世界の中でもいちばん低い。この数字 

年97

ですけれども、イギリスは日本より低くなって

いますけれども、今、年間6・何%かずつ医療

費を上げていますので、そろそろ追い抜かれる

かもしれません。

 

これも去年お見せしましたけれども、コスト

とアクセスとクオリティー。医療についてこの

3つを考える必要があるんですけれども、日本

の医療制度改革の動きを見ていますと、どうも

コストしかいっていない。コストを下げるため

の診療報酬の制度変更を目指しているわけです

けれども、そこにお為ごかしのようにクオリ

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(9)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

ティーも良くなるという主張が付随していると

いう方が目につくようです。

 

ここでだまされてはいけないのは、重要なの

はコストそのものではなくて、医療の質を考え

る立場から重要なのは「コスト効率」というも

のがいちばん重要なわけです。ですから政策の、

正しい政策というものはコスト効率を改善する

というのが正しい政策であって、同じお金を

使ってもそのお金を生きた形で使うという政策

を目指すのが本当であって、どんぶり勘定で何

がなんでもコストを下げる、質なんか知ったこ

とではない。例えばもう死んだのかどうか知り

ませんけれども、この間の議論の中で伸び率管

理制度ということで、総額を規制してしまおう

という動きが出てきましたけれども、あれも質

なんかかまったことではない、という典型的な

理論であります。ですからコストコストと敵は、

敵という言葉を使いますが、敵は言うわけです

けれども、重要なのはコスト効率を改善するの

が本筋なわけであります。私、今医学会新聞で

連載していますけれども、連載の第1回に「新

しいミレニアムの医療者の務め」、というアメリ

カ医師会とかヨーロッパの医師会が合同で出し

た宣言を紹介いたしましたけれども、その中の

1項目に「医療者はコスト効率の改善に努めな

いといけない」、という1項目があります。コス

トの低下ではなくて、コスト効率の改善に努め

ないといけない。その2つの言葉は意味がまっ

たく違いますので、コスト、コストという敵に

対しては、本当に大切なのはコスト効率なんだ、

ということをやはり言い返す必要があると思い

ます。

 

コストとコスト効率の違いということ、

ちょっと煩雑なスライドで申し訳ありませんけ

れども、考え方が違うということを実際のデー

タでお示しいたします。

 

これはカナダのオンタリオ州のデータですけ

れども、患者さんの集団は転移性の非小細胞肺

がん、化学療法を受けた場合のコストというも

のを研究したわけです。カナダ全体がそうなの

か、オンタリオ州だけなのか私は存じ上げませ

んけれども、肺がん患者というのは全部登録さ

れて、そのデータが集積されるわけです。さら

に化学療法のトライアル、治験をしますと、そ

の治験のデータも集積されるわけです。レディ

ストレーションされたセンターで集積されるわ

けです。ですからどういう治療を受けた人にど

んなコストがかかったか。それから治療の結果

がどれだけの生存期間の延長に結びついたかと

いうことがデータが容易に収集できるわけです。

Best

カナダ・オンタリオ州のBSC (

Supportive

Care

 

そういうことも医療の質を重視する国はやっ

ているわけですけれども、日本は何もありません

ので、こういうデータが日本で出てくることはま

ずないと思います。ここでBSCというのは化学

療法がなくてベスト・サポーティブ・ケアとい

うことで対症療法とかあるいは気道が閉塞したら

局所に放射線を当てるとかいうことで化学療法は

しないで最善の補助療法、ベスト・サポーティ

ブ・ケアだけでがんばった場合、ここにビンデシ

ン、シスプラチン、リンブラスチン、ジスプラチ

ンといった形でいろいろな化学療法のプロト

コールの違いを比較しています。

 

1症例に実際にどれだけのコストがかかった

かということで、例えばベスト・サポーティ

ブ・ケアでは2万5000ドルかかっている。

ビンブラスチンとシスプラチンは2万4000

ドルで済んだと。生存期間ですが、化学療法し

ない場合は 

年しか生きなかったけれども、ビ

0.5

ンブラスチンとシスプラチンでは0・ 

年生き

76

た、という形でどれだけ効果があったかという

ことを見るわけです。

 

日本の政策をいう人はコストしか言いません

から、コストがいちばん安いものこれ、という

ことで、ここを選ぶわけですね。それからコス

ト効率ということを考えますと患者さんが1年

生きるのにどれだけお金がかかったか、という

ことを言うわけです。コスト1年あたり延命効

果1年あたりのコストというものがここに出る

のですが、ここで数字が低くなっているのはベ

スト・サポーティブケアとの比較ですからこれ

を引き算して5000ドル余計にお金をかけて

0・ 

年命が延びているからということで割り

27

算して1年あたりだったら1万7800ドル、

患者さんに命を、患者さんに1年間の命を与え

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(10)

るのに1万7000ドルかかりますよというこ

とが計算できるわけです。ここでD、ドミナン

トということで、コスト効率の立場からもビン

ブラスチンとシスプラチンがいちばん効率がい

いよ、ということになるわけです。

 

さらにコスト効率をさらに合理的なものにす

るために、患者さんのクオリティーオブライフ

(QOL)、質、医療の質でなくてクオリティー

オブライフ、患者さんの生活の質というものを

計測します。多くの質の計測法というのはアン

ケート調査であることが多いのですけれども、

健康な状態とまったく変わらないというのを1、

死んだ方がましという最悪の状態が0、その間

でまた数字で答えてもらうわけですね。それで

生き延びてその結果どれだけ質が良くなったか

ということを見るわけです。下の方の方が質が

一般に高いんですけれども、その質、クオリ

ティー1の健康と変わらない状態を1年間、患

者さんに与えるためのコストがどれだけかかっ

たか、という数字がここに出てくるわけで、こ

れがコスト効率の立場から見るときのどの治療

法がいちばんいいか、という数字になるわけで

す。

 

ここで話が終わるのではなくて、コスト効率

の順位、1年間患者さんにクオリティー1の人

生を1年間買い与えるためにどれだけお金を出

すかという立場からコスト効率を考えるわけで

す。この0という立場は余計な金は一銭もかけ

たくないという、日本の政策を作ろうとしてい

る人たちの立場ですね。コスト、余計な金は一

銭もかけたくない、という立場でこの治療法、

選択しますとビンブラスチンとシスプラチンが

1番、タキソールとシスプラチン、ハイドーズ

のタキソールとシスプラチンが最下位というこ

とになるわけです。

 

それに対しまして、不幸にして肺がんになっ

てしまった人に1という質の人生をもう1年生

きてもらうために、例えば5万ドル社会として

用意しましょう。そういう不幸な目に遭った方

に5万ドル社会としてお金を用意しましょう。

そうするとこの治療というものは6番目の効率、

1番だったものが6番目になるわけで、とても

こんなもん効率が悪いといっていたこの治療が

1番いいことになるわけです。

 

ですからコスト効率の考え方というのはいろ

いろあるわけですけれども、まとめますと、あ

る治療方法を選択する場合、まず第1点はコス

トそのものを基準にするかコスト効率を基準に

するかでその選択が変わってくるわけでありま

す。

 

2番目は医療の質を重視する立場からは単な

るコスト抑制を目指すことよりもコスト効率の

改善を目指すことが本筋にかなった議論である

わけです。ですけれどもどうも日本の議論を見

ていますとコストしか言っていない、という情

けない現状があるかと思います。

 

さらに社会として病者に対してどれだけのこ

とを許容するか、どれだけのことをしてあげる

かという立場を変えることで最適な治療方針の

選択がまた変わってくるわけです。

 

余計な金は一銭もかけたくないという冷たい

立場をとるか、病気になった人、今まで保険料

も払ってきたし、税金だって払ってきたわけ

で、その人に、病気になったから一銭も出した

くないという立場はこれは成熟した社会として

いかがなものかということで、いくらかお金を

用意しましょう、ということになるとそこでま

た治療の選択が変わってくるわけであります。

 

どういった立場をとるかは、それは社会が決

定することですけれども、今のままいくと余計

な金は一銭もかけたくないという風潮が続いて

しまう危険性があるかと思います。

 

医療の質で診療報酬制度の改革でよく使われ

る詭弁は、診療報酬の支払方式を変えると同時

に医療の質も良くなる、という詭弁がまかり通

ります。

 

例えばDRG/PPSを採用すると入院医療

が標準化されて医療の質が良くなるという詭弁

が堂々と主張されるわけです。DRG/PPS

というのは診断名が決まると入院報酬が決まる

わけで、患者の重症度には一切関係しない支払

方式で、そんなもので医療の質が標準化される

はずがないわけです。重症な人と軽症な人でや

ることは全部変わってきますので。

 

医療の質の問題をこういう3つの言葉で簡単

にくくるわけですけれども、�オーバー・ユー

ス、過剰使用、不必要な医療サービスが行われ

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(11)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

る問題、�過少使用、アンダー・ユース、必要

なサービスが行われない問題、それから�ミ

ス・ユース、誤った医療サービスが行われる問

題と、概念的にはこの3つの問題が起こるわけ

ですが、今、日本で行われているでき高払い方

式は医療サービスの過剰使用を奨励する危険が

ある。これはもう言われているとおりです。

 

そのかわり定額支払いは医療サービスの過少

使用を奨励する危険があるわけです。どちらも

医療の質については問題を引き起こすインセン

ティブを内包しているわけです。さらにでき高

払いも定額支払いもミス・ユースの防止はまっ

たく奨励していないわけです。診療報酬の支払

方式を変えるということで、医療の質を良くし

ようというのは一般的に詭弁なわけです。何が

正しいかといいますと、医療の質を良くしよう

と思ったら医療の質を直接のターゲットにした

政策を実施すべきであります。自動的にお金の

出し方を変えたら医療の質が良くなるというも

のではありません。医療の質とコストについて

発想の転換をしなければいけないわけです。コ

スト抑制を目的とした診療報酬制度の改変で同

時に医療の質も改善するという主張は根拠があ

りません。

 

むしろやみくもなコスト抑制は医療の質を悪

化させる、ということでこれはまったく当たり

前のことであります。医療の質を改善するため

には医療の質を改善するための直接の施策を実

施しなければいけない。

 

また逆に医療の質を良くする努力は医療にお

けるコスト効率を改善することが期待されるわ

けでありまして、医療の質を良くする努力とい

うものが過剰使用、過少使用、誤使用を減らし

て最終的に医療コストを減らす可能性もあるわ

けであります。

 

こいったコストを削減しないといけないとい

う無理やりな、財布をしめないといけないとい

うやり方でなくて、金をどうやって生きた形で

使うかという努力の方が本筋であるべきではな

いかと私は思います。

 

では医療の質を良くするにはどうしたらいい

のかということで具体的な方策はなかなか日本

でどういう形でいくのかというのは難しいので

すけれども、とりあえずは医療過誤を減らそう

という努力、アメリカでどういうふうにしてい

るのかということを紹介したいと思います。

アメリカにおける医療の質を良くするため

の施策

 

医療の質を良くするための施策ですが、まず社

会に医療の質を保証する制度を用意するというこ

とであります。アメリカの場合は社会に医療の質

を保証する制度としてJCAHOというのをはじ

めに紹介しましたけれども、アーネスト・コドマ

ンが 

年以上前に始めた努力が実って、JCAH

90

Oというのがあるわけですけれども、JCAHO

の審査というのは本当に厳しいものがありまし

て、定期審査が入る前に病院ではもう予行演習を

何ヶ月もするくらいに待つわけです。

 

患者さんの診察を実際に見たり、カルテを抜

き取って検査してちゃんと必要な項目が記載さ

れているかを見たり、あるいは例えば心筋梗塞

の患者が 

時間以内にちゃんとアスピリンを投

24

与されているかどうかという、その医療の具体

的な内容についてピンポイントにターゲットを

絞って審査したり、あるいは医療事故について

起こった場合の原因調査と再発防止策をちゃん

と構築しているかということを細かに見ていく

わけです。まあこれは日本の医療施設評価機構

がJCAHOをまねていろいろなことやってい

ますから、もし受けられた病院の方は大体イ

メージがわくかと思いますけれども。

 

さらにJCAHOは医療施設についての審査

board

ですけれども、アメリカにはボード(

)と

いう医師免許、あるいは薬剤師免許、看護師免

許の医療者の免許を管轄する部局が各州に設け

られています。マサチューセッツ州の場合、医

師免許を管轄するボード・オブ・レジストレー

Board

ofregistration

ション(

)は消費者保護

部局に置かれています。例えば消費者から患者

から苦情がそのボードに寄せられますとボード

はそれに対して調査を行って、医者が不埒なこ

とをしていたと認められる場合は処分を行うわ

けです。免許、いちばん重い処分は免許の取り

消し、あるいは停止、あるいは再訓練とかいう

形で個々の医療者の質を審査あるいは処分を加

えることで保証しているわけです。

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(12)

 

日本に医道審議会というのがありますけれど

も、あそこで処分されている人をみると、覚醒

剤やっている人がいちばん多いのじゃないか、

という形でなかなか医療の質とは違うところの

処分しか、ハレンチなことをした人だけ処分し

ているというふうな印象を私は持っています。

医療の質の改善に寄与する外部要因

 

医療の質の改善に寄与する外部要因というこ

とですが、これはアメリカ科学アカデミーが書

いたスキーム、シェーマですけれども、医療の

do-

質ということについて3つのドメイン(

main

)があるということです。

 

まず安全性、医療の安全性というのがいちば

ん大切なわけです。2番目がそのアベイラブル

available

( )な、利用可能な医学知識との整合性

があるか。例えば虚血性心疾患の患者にちゃん

とβ -blocker

を出しているかどうかとか、医学知

識との整合性、ちゃんとアベイラブルな医学知

識にのっとった医療をしているかということ。

 

3番目にカスタマイズということで患者の

個々の希望に応じた付加サービスですね。をす

るということでこの3つの段階がケアの次元が

あるわけです。

 

これに対しまして医療の質を良くするための

方法が手段が2つとりうるだろうと。

 

1つは規制や法律で強制する。もう1つは経

済的な動機づけをする。ということで日本、ま

あ日本でも両方やるんですけれども、安全性に

ついてはルールで強制するというのが一番有効

であると。

 

個々の患者にカスタマイズしたサービスを目

指させるのは付加サービスしたらお金が出ます

という形の経済的動機づけがよかろう、という

ことでこれはアメリカ科学アカデミーがこう

いったシェーマを出しているわけです。

 

ところが日本では摩訶不思議なことが行われ

ていまして、医療の安全性も診療報酬の点数を

変えることで実現しようとしている。その端的な

例が院内感染の防止策を講じていれば5点加算、

最近は講じていないと5点減算ですか?そうい

う形で診療報酬をわずかに変動さすことで医療

の安全性を実現しようとしているのですけれど

も、アメリカだったらもう明瞭に院内感染防止

策を講じていない病院はJCAHOの審査に通

らない。ルールを守っていないということで、

JCAHOの審査に通りようがないわけです。

 

ですから安全性を実現するために5点という

診療報酬の診療報酬点数の5点の増減で医療の

安全が確保されるものではないということです。

医療の質の文化を構築

 

医療の質を良くするための施策の第2は医療

現場に質の文化を構築する、ということです。

実はこれがいちばん難しいのですけれども、私

がここで「文化」という言葉を使っていますが

その定義は、集団の構成員がメンバーがお互い

同士に抱く、こう考えてくれるだろう、こう行

動してくれるだろうという思い込みですね、そ

れが「文化」の定義です。

 

例えばちょっと前まで日本の医療機関では過

誤があったら隠そう、誰もそんなことは、みん

な隠すのに協力してくれるだろうという文化で

やってきたわけですが、それがもうとても社会

から容認されない時代になっているわけです。

そういった時代に隠そうという文化から、どう

したら医療過誤を防ぐことができるのだろうと

いう文化を作っていかないととてもとても国民

から信用されないわけですから、医療現場の文

化、考え方そのものを変えていく必要があるわ

けです。

 

アメリカでもダナ・ファーバー(ダナ・

ファーバー癌研究所)の抗がん剤過剰投与事件

がきっかけとなりまして、医療過誤に対する厳

しい目が国民から向けられるわけです。 

年か

95

ら本当に大きな医療過誤事件がアメリカで報道

されるわけです。

wrong-sitesurgery

 

日本でも有名になったと思いますけれども、

タンパ市では右足と左足と外科医が間違えて切

断してしまった。同情すべき点は非常に多いの

ですけれども、糖尿病性壊疽で両方の足に所見

があったんですね。右足の方が悪いからそっち

を先に切りましょう、いずれ左足も切らないと

いけなくなりますよ、ということを主治医は

言っていたんですけれども、この足を間違えて

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(13)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

切ってしまう。間違えた原因というのは右と左

をコンピュータ入力するときに間違えたんです

けれども、右と左はコンピュータ入力するとき

にやっぱり複数の人が入力するとか、コン

ピュータが繰り返しちゃんと写真で確認しまし

たか、と聞いてくるとか、そういったセイフ

ティーシステムをソフトウェアに入れる必要が

あると思います。

 

外科医はほかの手術が済んだあと清潔な状態

で手術室に入ります。看護婦が外科医が到着す

る前に術野の準備を整えます。外科医は清潔に

なってドレープかぶった足をちゃんと糖尿病性

壊疽の所見を確認して、もともと両方の足が悪

かったですから、手術を始めます。誰も右と左

の間違いに気がつかずに手術が進行してイン

フォームド・コンセントを手術中読んでいた外

回りの看護婦が右と左の間違いに気がついたと

きにはもうほとんど足は落ちていたわけですね。

とりあえず手術を済ませて患者さんには間違っ

て足を切ってしまいました、と回復室で謝った

わけです。

wrong-site

surgery

 

こういったものを

、部位

取り違え手術と総称されるわけですが、非常に

確率が高いのです。頻度が多い。ある保険、医

療過誤保険団体の統計によりますと、整形外科

のドクターが 

年間手術に携わるとしますと、

30

4人に1人の整形外科がやりますよ、という数

字がでているわけです。

 

これに対しましてアメリカJCAHOで医療

過誤のデータをとっていまして、どういう原因

で取り違え手術が起こるのかということを分析

するわけです。根本原因というのですけれども、

根本原因というのはその原因が存在しなかった

らその事故は起きなかった。その原因を除去す

れば同じ事故は起こらなくなる、というのを根

本原因というのですけれども、アメリカの場合

は医療事故が起こったらその根本原因分析をし

ないといけないと。病院は根本原因分析をしな

いといけないというルールがJCAHOによっ

て決められているわけです。

 

ですから事故が起こった病院は根本原因分析

をして再発防止策をとる。事故が起こったとい

うことでJCAHOは審査不合格にするという

ことはしないのです。ちゃんと事故の対応をし

たかということを審査するわけです。事故が起

こったことそのものでなくて、根本原因分析し

たか、ちゃんと再発防止策をとったか、という

ことを審査するわけです。

 

この根本原因というものを部位取り違え手術

でしますと、コミュニケーションの齟齬という

ことで、例えばインフォームド・コンセントを

とるときに患者や家族を参加させていない。あ

るいは手術チームのメンバーの間で特定のメン

バーを手術部位の確認プロセスから排除したり、

医師の決定を信頼しすぎたりする。あるいはメ

ンバーの中に口出しをしてはいけないという感

情を抱いている人がいる。執刀医の決定に疑義

を差し挟んではいけないという態度があるとい

うことが根本原因の中に浮かび上がってくるわ

けです。

 

これはすべて医療のカルチャーにかかわる問

題なわけです。根本原因分析をするとしばしば

医療現場のものの考え方、あるいは人間の上下

関係に伴うコミュニケーションの齟齬というも

のに行きあたるわけです。

 

アメリカ整形外科学会は、整形外科領域がい

ちばん右と左の間違いに代表される部位取り違

え手術が多いですから、これはなんとかしない

といけないということで、事故防止策というも

のを勧告いたします。

 

非常にロウテクな事故防止策で患者に術前の

説明をするときに、手術する場所に自分の名前

をマーカーでサインしなさいと。そうしたら間

違えないでしょうと。患者さんと一緒にこの足

を手術しましょうね、とかいう形でいうわけで

すね。

 

これに対して、そんなことは患者に不安を与

えるからできない、という病院も出てきたわけ

ですが、医療事故というものを考えるときに、

患者に不安を与えるという立場は非常に危険で

す。逆に患者に手伝ってもらう、家族に手伝っ

てもらうという立場をとる方が、効率がいいし

安全です。

 

実際にやった病院では患者の足とか手にマー

カーで書くときに、患者は逆に面白がっていて、

怖がってなんかいないのです。「先生の名前サイ

ンするんじゃつまんないから」といって自分で

Page 14: 第1811号第1815号 - Med第1811号第1815号 挨 拶 本 日 は 、 李 啓 充 先 生 の 講 演 の 座 長 を 務 め さ せ て い た だ き ま す。李 先 生 は

2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(14)

ペンをとって「Yes」って書いて、反対側に

「No」って書いたりする患者が出てくるわけで

すね。

 

これが実際に患者の腕に、手首のところに医

者がサインしている現場の写真で、新聞に載っ

ていたのをここに取り込んだんですけれども、

私この写真を見たときに思い出したのが耳なし

芳一の話で、話がちょっと飛びますけれども、

横浜市大の事件、患者取り違え事件ですね。あ

れは個々の患者にしてみたら部位取り違え手術

を受けたわけです。

 

横浜市大の部位取り違え手術を受けたくない

と思って患者が防衛策をこの手段を使って防衛

策をとりますと、ここは切っちゃダメ、あそこ

は切っちゃダメ、と体中に切っちゃダメマー

カーでサインしないといけないので、マーカー

でサインし忘れた場所を切られてしまうので耳な

し芳一と一緒になってしまうなと思ったのです。

耳なし芳一の話

 

耳なし芳一の場合は住職が、ちょっともどり

まして、小僧に手伝わせて芳一の体に般若心経

を書かせるわけですが、耳をひきちぎられた芳

一を見つけたときに住職が後悔して言う言葉と

いうのが、部位取り違え手術をした医者とそっ

くりの気持ちを言っているのでびっくりしたの

ですけれども、「かわいそうに芳一、なにもかも

私のせいだ。取り返しのつかぬことになってし

まった。体中に書いたのだが耳に書くのを忘れ

てしまった。耳は小僧に任せたのがいけなかっ

た」。術野の準備を看護婦に任せたのがいけな

かった。確かめなかった私が悪い。インフォー

ムド・コンセントを読み直さなかった私が悪い。

今となってはどうしようもない。できるだけそ

の傷が早く癒えるようにするしかない、という

wrong-site

surgery

ことでほんとうに

、やった

外科医もきっと同じ思いになるだろうなあと思

いまして、話が飛びましたが、耳なし芳一の話

を紹介させていただきました。

 

偉大な文学者というものは本当に人間の気持

ちに通じているものだと感心したわけです。

ベン・コルブ君の話

 

2番目に話しますベン・コルブ君の話、本の

中にも書きましたけれども、7歳の男の子が耳

鼻科の簡単な手術を受けるために入院、入院で

はなくて外来手術だったと思いますけれども、

薬剤の入れ違えで亡くなってしまうということ

で、これも医療の文化にかかわる問題として紹

介したいと思います。

 

外用の止血剤エピネフリンと局所麻酔薬、こ

の容器の違いで区別していたのですが、これが

薬剤がある段階で入れ替わってしまう。患者の

容態が手術中に急変して、患者さんが結局1時

間 

分蘇生して、 

時間後に、1時間 

分後に

40

24

10

心臓が動き出したのですけれども、 

時間後に

24

脳死を宣告されて亡くなったという症例。この

ときにマーティン・メモリアルという病院です

けれども、とった行動というのがまずリスク拡

散の防止で何か薬に不純物が入っていたのでは

ないかということで、他の患者に害が及んでは

いけないということで、同じロット番号の薬品

をすべて回収したりして、あと証拠の保全もし

たりするのですが、こういったことはすべてマ

ニュアルに従った行動だったわけです。

 

このマーティン・メモリアルのベン・コルブ

君の事件が全米で賞賛をあびたのはこの病院が

患者の家族に対して非常に誠実に心のこもった

対応をしたということです。そういった心のこ

もった対応というのはマニュアルなどないとこ

ろで病院の職員たちあるいは病院の経営責任者

たちが自発的にとった行動だったわけです。

 

たとえば外科医と麻酔医がすぐに何が起こっ

たのかを説明して、その説明の後、病院の牧師

がずっと家族に付き添う。すぐに最高責任者が

現れて、「お気の毒なことになりました。必ず原

因を突き止めます。」と約束する。

 

職員にもこういう事件が起こりましたという

ことをすぐに全職員に手紙を出しまして、あら

ぬ噂が飛んだりして患者の家族に不快感を与え

るようなことがないように、事実関係を正確に

職員に通知したわけです。

 

マスコミに話すな、話すなというのは別に箝口

令をしいたわけではなくて、不用意な発言をして

ご家族の気持ちを傷つけることがあってはならな

いということを同時に戒めたのですね。マスコミ

に話すなということでなくても手紙を出していま

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(15)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

すから隠すことなんか全然ないわけです。

 

その後、術後3週ほどして、実は薬の不純物

ではなくて自分たちが薬を間違えた、入れ違え

たのが原因だったということが分かります。す

ぐに家族に謝罪いたしまして、関係当局にも通

報する。結果が判って3日後に正式に家族に謝

罪して直後に示談が成立します。示談が成立し

た後、ご両親がもう一回ドクターに会いたいと

いうことを言われます。ドクターは何を言われ

るのだろうと恐々両親に会いに行くわけですが、

父親が「ベンは苦しがりませんでしたか? 

がりませんでしたか?」ということをまず聞か

れるわけです。

 

これが誠実な対応をしていない、訴訟になっ

ていたら親としてはこういったことを聞く機会

は一切なかったと思います。これに対して麻酔

科医も「麻酔がかかっていたので何もわからな

かったでしょうし、苦しまれたことはありませ

ん。自分の子どもだったとしても同じ処置を

とっていたでしょう。」と医者として不幸な死を

とげたご両親に対して誠実に説明する機会がこ

の医者にとっては与えられたわけですが、これ

も訴訟になっていたらこういった心のこもった

やりとりというものはなかったかと思います。

 

父親はその次に麻酔医に対して「これからも

私たちはおたくの病院でお世話になり続けても

よろしいか。」ということをいうわけです。麻酔

医は本当に感激するわけですね。「ベンと同じ目

に遭う子どもが二度と出ないように今回の事故

のことを世間に知らせて下さい。」「分かりまし

た。」ということでこの病院は医療過誤の集まり

があるとこのベン・コルブ君の症例のことを紹

介することができるわけです。

 

患者が医者や病院を訴える理由なのですが、

確かブリティッシュ・メディカル・ジャーナル

の論文からこれ引いているのですけれども、訴

える理由というのは何が起こったのか本当のこ

とを知りたい、謝って欲しい、ほかの患者に同

じことが起こることを防いで欲しい、というの

が3大理由なのです。

 

賠償して欲しいとか医者や病院を罰して欲し

いとか、恨みをはらしたいというのはアンケー

トの下位の答えなのですね。

 

ところが日本で医療過誤被害者の会の方のア

ンケート調査というのを見たことがあるんです

けれども、事故の直後はこの上の方の気持ちが

強いわけです。本当のことが知りたい、謝って

欲しいという気持ちが強いんですけれども、裁

判が起こって何ヶ月か何年かすると下の方の気

持ちに変わっていくのですね。許せないという

気持ちに変わっていくのですね。こういった患

者がなぜ訴えるかという理由を考えれば、包み

隠さず話して謝って再発防止策をがんばってこ

うしました、という形で報告できるようにする

ということで、訴える理由の3大理由というも

のは除去できるわけです。

 

ベン・コルブ君の症例でもその3つをすべて

満たしているわけですね。

 

医療があるべき姿を法的責任や賠償責任という

ことでなし崩しにしたくなかった、ということで

アメリカ、英語でしっぽをつかんで犬を振り回す

というのを本末転倒のことをするという意味の熟

語ですけれども、法的責任、賠償責任というしっ

ぽをつかんで犬を振り回すようなことはしたくな

かったというのが一連のリスク・マネジメントを

担当した責任者が言った言葉です。

 

アメリカ医師会でも医療過誤、医者の誤りに

ついて倫理規定で、「患者に正直に告げないとい

けない。」ということを定めています。事実を告

げたのちに生じうる法的問題の可能性が医師の

患者に対する正直さに影響してはならない、と

倫理規定では定めています。

 

それと引き換えに日本でどういうことが言われ

るかということで、これはある病院団体の会長の

方が書かれた書評です。その書評の対象となった

のは「病院における医療事故紛争の予防」という

本だったのですが、この本に対してその書評とい

うもので病院団体の会長が、「現在患者権利法を作

る会ができており、医療事故を多発させる傾向に

ある。医療事故というのは患者の権利意識が高い

から起こるのだ。」ということを言うわけですね。

 

これでは国民の支持を得られるわけがない。

俺たちにとって医療事故というのは自分が訴え

られる交通事故なのだ、という言い方をしてい

るわけです。これでは国民の支持を得られるは

ずがありません。

 

こういうことを活字にしてしまう方が病院、

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(16)

ある病院団体の会長を務めているということは

非常に医療や医者に対するイメージに対して負

の影響を、大きな負の影響を与えているわけで

すから、気をつけないといけないという…。

 

この本自身には私、罪はないんだろうと思っ

ていたんですけれども、実はこの白い字で書い

た著者の一人というのが広尾病院の事故で隠ぺ

いを直接に指示した責任者だそうであります。

医療事故、過誤の専門家として非常に日本では

評判の高かった人だそうです。ですけれども、

こういうことをしていてはとても国民の支持を

得られるはずがありません。

 

3番目の医療事故ですが、これは赤ちゃんで

す。VSDで救急外来を受診して入院。そこで

薬剤の過剰投与を受けるわけですが、指導医と

レジデントがその薬剤の量を一緒に計算してダ

ブルチェックしています。

 

日本の場合だと研修医がひとりで計算して誰

もチェックしないで注射しちゃうんですけれど

も、ちゃんと指導医とダブルチェックして計算

結果合っていますね、といってお互いに検算し

あって正しい結果を出すわけです。レジデント

がカルテに書くときに小数点の位置を間違えて

しまったのですね。 

倍の量を書いてしまった。

10

アメリカでは小数点の数字、書くときに、1の

位の0を省略する習慣があるので、「0・ 

」も

09

「・ 

」も一緒なのですね。

09

 

計算したばかりの医者は「 

」を見て「・ 

0.9

09

だと思い込んでしまって、「合っているね」と

いってOKを出してしまうんです。この指示が

処方箋になって薬局に行くのですが、薬剤師が

おかしいと思います。量が多すぎるのではない

かということで処方箋を書いた研修医を呼び出

そうとするんですけれども、勤務時間が終わっ

ていて連絡がつかなかった。やがてFAXでは

なくてオリジナルの処方箋が届いて調剤補助員

がこれを指示に従って調剤します。薬剤師に確

認を求めますけれども、処方内容と調剤内容が

合っていますね、ということでOKを出してし

まいます。これが病棟に上がります。看護婦が、

注射を担当する看護婦が量に疑問を持ちます。

レジデントに確認を求めます。当直のレジデン

トに確認を求めます。当直のレジデントは計算

し直して正しい計算結果を出すのですけれども、

小数点の位置が違っているのに気がつかずに

「いいよ」と言ってしまう。他の、別の看護婦に

も確認を求めますけれども、その看護婦は処方

内容と注射の内容が合っていることを確認して、

合っていますよという確認をする。

 

これだけのチェックポイントをくぐり抜けて

患者に 

倍の量の薬が入ってしまう。はじめか

10

ら、はじめの看護婦は量が多いのじゃないかと

疑っていましたから副作用の症状が出たときに

すぐジゴキシンの抗体を打って助けようとする

んですけれども、間に合わなかった。

 

この病院も反省しまして、処方投薬事故に焦

点をしぼってパフォーマンス・インプルーブメ

ントをするわけです。原因の分析をします。3

分の2がコミュニケーションに問題があった。

半分は定められた手順を踏んでいない。週末、

祝日になると事故の率が高い。こういったこと

に対策を講じるわけであります。

 

事故があって2年のちには薬剤の事故の割合

を3割まで減らしている、という効果を上げた

わけです。

 

ただそれだけではありませんで、この病院は

この事故のことをテレビ番組にまとめたのです。

その職員たちがどういう反省をしたかというテ

レビ番組を作りまして、そのビデオを私はこの

病院からいただいたのですが、そのビデオの中

でいろいろな方がおっしゃっていることが非常

に印象に強く残りました。これが医療の文化を

変えることの具体的な意味を理解していただけ

る助けになるかと思います。薬剤師は自分も同

じことをしたかもしれない、薬剤師の集まりで。

どの薬剤師もとてもその、たまたま事故の当事

者となった薬剤師を責める気にはなれなかった

と、個人を責めてもしょうがない。看護師、看

護婦ですが、自分たちが反省会を開いたときに、

もっと医師に確認すればよかったということを

後悔するのです。アメリカの看護婦も医者に確

認するのは指示内容について疑義を差し挟むの

ははばかられるわけですが、医者に質問をして

起こりうる最悪のことは何か、ということを看

護婦たちが反省会で話します。自分が怒鳴られ

るだけじゃないか、聞こう。ということを決め

ます。ある病棟では、もし看護婦が医者から怒

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protocol

鳴られてたらみんなで取り囲むという

まで作ったそうです。

 

さらに内科部長が言っていたセリフですが、

研修医に対して「夜中に看護婦から電話で起こ

されたら、ありがとう、と言いなさい。」という

ように指導するようになる。「患者に害が及ばな

いように君のことを夜中に起こしてくれたのだ、

ありがとうと言いなさい。どんなバカな質問を

されても、ありがとう、と言いなさい。」看護部

長のセリフですが、「ニアミスは神様からの贈り

物で、事故が起こらなかった、良かったね、で

済ますんじゃなくて、ニアミスが起こるという

のはシステムやプロセスに欠陥がある証拠で、

おまけに患者には害が及ばなかったんだからニ

アミスを徹底的に分析しないといけない、これ

は神様からの贈り物だと思わないといけない。」

ということをおっしゃるわけです。

 

さらに内科部長の発言ですが、「医療はハイリ

スク産業だということを患者に分かってもらわな

いといけない。飛行機に乗ったらスチュワーデス

が事故の可能性を言って、事故が起こったらこう

して下さいね、乗客のみなさん協力して下さい

ね、と言っているだろうと。患者にも医療のリス

クについてちゃんと説明して手伝ってもらうこと

が必要だ。」ということを言うわけです。

 

こういったことがすべて医療現場のカル

チャー、ものの考え方、感じ方に関することな

わけです。医療のカルチャーを変えないと医療

事故は防止できないということをこの内科部長

は強調しておられました。

 

カルチャーを変えることが医療の質を良くす

ることにつながるということのもうひとつの例

をお示ししますけれども、これはニューイング

ランド州の3つの州で心臓外科をやっている病

院が全部集まりまして、相互学習グループを作

るわけです。それぞれの手術成績、成績表をつ

けまして配るわけですね。倍くらいの開きがあ

るわけです。各病院持ち回りで見学しまして、

手術の術式とか術後のケアとか、自分の病院で

やっていないこと、自分の病院でやっていること

をやっていなかったり、といろいろな違いがある

わけです。それについて徹底的に、「お前のとこ

ろなんでそんなことやってんの? 

お前はなんで

そんなことはやんないの?」ということでオープ

ンに討議して工夫をするわけです。相互学習の前

後で死亡率が4分の1減るわけです。これはJA

MAアメリカ医師会史に載ったちゃんとした論文

です。ですけれども、日本でこういうことしよう

とすると、まずできないと思います。

 

医局講座制というのがありまして、同じ大学

でも1外のやる常識に2外はケチをつけないと

いうしきたりがありますので、日本の医療文化

のもとではなかなかこういうことは実現できな

いわけです。

医局講座制の弊害

 

医局講座制が日本の場合はいろいろな弊害の

元になっているわけですが、冒頭に話しました

アーネスト・コドマン、エンド・リザルト制度

をなかなかマサチューセッツ・ゼネラルホスピ

タルのお偉方たちが取り入れてくれない、とい

うことで医療の実態というものを彼はこのマン

ガにして告発したわけです。医師会の集まりで

このマンガを出しまして、これは黄金の卵を蹴

り出すダチョウなんですが、頭を地面の中にう

ずめているわけです。これが患者の象徴ですね。

患者は何も知らされていない、見えていない。

ただ黄金の卵を蹴り出してボストン中の医者が

黄金の卵を取り合っているという、医療の質を

何も考えないやり方というもの、こういったマ

ンガで風刺したわけです。

 

ここでマサチューセッツ・ゼネラルホスピタ

ルの理事たちとかハーバードの教授たちが、ダ

チョウが土から顔を出したら本当に黄金の卵を

蹴り続けてくれるだろうか、あるいはここにい

るハーバードの部長が、医学部長が医療の科学

と実際の医療とは本当に結びつく時が来るんだ

ろうか、みたいなセリフを言わされて、アーネ

スト・コドマン、自分の理想が実現できない欲

求不満をこういったマンガを書いて医師会の集

まりで批判する、という形でぶつけたわけです。

これに対してハーバードも怒りますし、MGH

も怒る、ということで彼はハーバードの講師の

職を解かれてしまうわけです。

 

医療の質を追求しようとすると権威主義とぶ

つかってしまったわけですね。コドマンは。

 

日本の場合もいろいろな医局の縄張りとか医

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局講座制に基づく変な文化とか、医療の質を追

求していこうとするとぶつかる日が来るかもし

れません。

 

質の改善を促進するためのモデルということ

はよく言われるんですが、このPDSAサイク

ル。明瞭な目的を持つ、それからやったことが

ちゃんと計測できる。それからできないといけ

ないわけですけれども、どうやってやっていく

か、ということですね。このPDSAサイクル

というのは計画を立てて実行してその評価をし

てまた計画に対して必要な措置を加えて計画を

して、というこのサイクルをまわしていくこと

で病院医療の質を良くしようということですけ

れども、これは実はいろいろな産業界、工場と

かではこうやってクオリティの管理をしている、

その手法を真似ているだけなんです。

 

アメリカのクオリティ・アシアランス・プロ

グラムとかクオリティ・インプルーブメント・

プログラムとかいろいろ病院で入れているので

すけれども、日本の産業界が発展させたクオリ

ティコントロールの手法を取り入れてやってい

るわけです。ですから医療のクオリティ、良く

しようと思ったら、自動車工場でクオリティを

担当している人を呼んでその手法を学ぶ方が早

道かもしれません。

Instituteforhealthcareimprovement

のアドバイス

 

ドナルド・バーイックというのが医療の質の

分野では一番偉い人ですけれども、その人が

Institu

teforhealth

care

「医療改善研究所(

improvement

)」という研究所を作っていて、

小さい、変化を促進するためのアドバイス「病

院の中で医療の質を改善しようと思ったらこう

いった考え方でやりなさいよ」というアドバイ

スを出しています。

 

まず、大掛かりなことを初めから考えなくて

いいと、小さい規模でいいから始めなさい。や

りたがらない人を説得することを考えるよりも

やってくれそうな人に頼むと。なんとか部長に

頼んでも「あの人、頑固だから」と思ったら副

部長に頼むとか、あるいはいろいろ、とにかく

やれそうな人を頼む。コンセンサスを得やすい

ものから手をつける。いろいろな抵抗が出るよ

うなことをしてはいけない。自分で0から始め

ない。他の病院でやっていることを真似たらい

いんだと。それから簡単なことから、技術的理

由で遅延させない、新しいコンピューターが来

るのを待つのではなくて紙とエンピツで始める、

と書いてありますが、昨日、診療録管理学会の

シンポジウムでは「電子カルテが入ると医療が

良くなる」というバラ色の夢を語る人が多かっ

たですが、私はバーイックさんがこう言ってい

るとおり、紙とエンピツでできることが、今す

ぐできることがあるはずで、電子カルテなんか

作る前に医療は改善できるはずだということを

バーイックさんの言葉を借りて強調したんです。

 

それから失敗も無視せず、失敗から学ぶ。

やったことを、自分が良かれと思ってやったこ

とが仮に失敗してもそこから学びなさいとか。

それから効果がないと分かったら意地張らずに

さっさとやめなさいと。こういう、一言で言う

と、身軽な形で、現場で改善をしたら良くなる

んじゃないかというアイデアを持ったら、こう

いう身軽な姿勢で始めたらいいでしょうという

ことをこの道の大家がアドバイスとして勧めて

いるわけです。

日本の医療の質を良くする、質を良くする

ための提言

 

これが最後のスライドになりますけれども、

2枚残っていますけれども、日本の医療の質を

良くする、質を良くするための提言ですけれど

も、まとめますと、まず社会に医療の質を保証

する制度を用意する。これは必ず社会からの圧

力としても強まってくると思いますので、医療

の側からこういった制度を作った方が良いと。

先制攻撃をかける形で医療の側から提案するの

が私はいいと思います。

 

2番目、なかなか難しいんですけれども、医

療の現場に質の文化を構築する。文化というこ

こでいう言葉の具体的な意味がどういうことで

あるかということは、今日は医療過誤を例にし

て文化を変えるということを強調しました。具

体的にどういうことなのかということを話した

つもりです。

 

3番目、今日話しませんでしたけれども、医

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療者の教育に社会的資源を投入することを惜し

まない。アメリカでは研修医1人あたりに税金、

毎年 

万ドル使っているんです。人件費とか教

10

育にかかるコストとか、 

万ドル払っている。

10

日本では初期研修の義務化は決まっていますけ

れども、その財源がどうなるかはまだ決まって

いませんので、医者を育てるのに金をケチって

いる国に、国の医療にろくなことは起こりませ

んので、この辺も、日本に医療の質を良くする

決め手のひとつかと思います。

 

最後のスライドになりますけれども、コスト削

減から攻めるのではなくて医療の質と患者の権利

から攻める、というのが私の主張です。今日、患

者の権利ということについて話しませんでしたけ

れども、患者の権利をいやいや認めるという形で

は国民の支持は得られませんので、医療の側から

患者の権利をちゃんとルールとして保証しよう

じゃないかということを言い出す方がはるかに国

民の支持は得やすい、ということを強調したいと

思います。いずれ社会の圧力としてかかってくる

わけですから、自分たちから言い出す方がそれは

印象がいいに決まっているわけです。

 

これで最後のスライドですけれども、青二才

が夢物語みたいなこと言っていると思われたか

もしれませんが、これが今の私の考えているこ

とです。

 

コスト削減という圧力に対して医療の側がど

う反論するか、医療の側が逆にどういう展望を

出すかということで何かのヒントになりました

としたら光栄です。

 

どうもご清聴ありがとうございました。

● 質 疑 応 答

片山:

李 

啓充先生、大変、素晴らしいご講演

をありがとうございました。非常に厳しいお話

であり、身近な話だと思いますが、今、先生が

言われましたような、結局、国民の支持という

ものを得なければいけない、ひとつ、今の医療

の課題だと思うのですけれども、決して医療現

場全体が質が悪いというわけではないと思うの

ですが、やはり患者さんの意識の問題とかです

ね、世の流れとして権利意識や価値観の変化と

か、そういうことで相当いろんな対応が迫られ

ている、ということは事実だろうと思います。

 

でありますから李先生の今日のお話は、アメ

リカの医療現場から何を学ぶかということにあ

ると思うのですが、非常に日本の現実に即した

お話をしていただいたと思います。

 

やはり国民の皆さんに信頼される医療とか、

医療現場が考える医療の質の問題とか、そうい

うことの議論をもっとしなければいけないので

はないかと思います。

 

それからやはり地域の医師会単位でそういう議

論をしていくということが重要で、日本医師会だ

けが政策機構ではなく、地域医療の現場からの本

質的な議論が必要ではないかと思うわけです。

 

今日は若干のご質問を受けるような時間設定

をしています。どなたでも結構ですけれども。

せっかくの機会でございます。何でもよろしい

のですが、いかがでしょう。

横矢:

今日はどうもありがとうございました。

府中地区医師会の横矢と申しますけれども、

ちょっと聞き漏らしたかなと思うのですけれど

も、営利病院と非営利病院でコスト計算をする

とどこも営利病院の方がコストが高いと言われ

ましたか?そのところを少し詳しくお話してい

ただければと思いますが。

李:

先ほど控室で片山先生とHCAのいろいろ

な報告を見ていたんですけれども、コロンビア

HCA社というのがアメリカでも最大のプライ

ベートの病院チェーンですが、そこで1人あた

りの患者にまわしている請求書の額と非営利の

病院が出している額、同じ病気で比べますと、

HCAという営利病院の方が高い請求書を患者

に平均するとまわしているのです。

 

確かにコストは削減しているのです。巨大病

院チェーンですから機器の購入とかディスカウ

ントを受けられますのでね。それから看護婦、

人件費がかかる看護婦をどんどん合理化して首

切るということも積極的に行いましたのでコス

トはかけていないのです。だけれども患者にま

横矢  仁府中地区医師会理事

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2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可(20)

わす請求書は高いのです。

 

それからアップコーディングというのをするの

ですけれども、重めの病名をつけるのですね。こ

れもバレまして連邦政府から巨額の罰金を、 

億400

ドルだかなんだかその辺の罰金を、4億ドルで

す、失礼しました。4億ドルの罰金をくらってい

ます。 

ミリオンダラーですね。個々の論文、今

400

出て、文献を言えといわれると頭の中に入ってい

ませんけれども、医学会新聞の方にその営利病院

と非営利病院のコストの差や医療の質の差や安全

性の問題については論文、引用していますのでま

た参考にしていただければと思います。

片山:

ほかにございませんか? 

さっきちょっ

と打ち合わせのときにお話し伺いましたけれど

も、アメリカでいろいろ患者さんの満足度評価と

いう、日本でもいろいろ話、出ておりますけれど

も、その手法についてちょっとアメリカの実際の

ところを李先生の方からお話しいただけますか。

李:

非常に新しい動きなんですけれども、MG

Hでも始めたのは先ほど紹介したオペレーショ

ンズ・インプルーブメントという 

年から始め

94

た病院の医療の質の改善の巨大プロジェクトの

中で始めているんですけれども、例えば医療の

評価、個々の医療の評価とか患者さんに満足度

を聞くわけですね。

 

具体的には自分の家族が同じ病気になったら

また戻ってくるか、というようなことを聞くわ

けですね。戻ってくるではなくて、勧めるかと

いうことを聞くわけですね。「勧める」というふ

うに答えてくれた人の率がMGHの場合は他の

病院より高いわけです。それから個々のいろい

ろな項目についても、良かったから悪かったま

で5段階に、だいたいあるのですけれども、そ

の項目に○をつけてもらうわけですけれども、

そういった個々の項目の満足度を比較すると、

例えばMGHの場合、他の病院とまったく差が

なかったのです。

 

何でそれなのに全体の満足度が高いかという

と、やっぱりこれはネームバリューなんだろう

ね、というのがMGHの評価なんですけれども。

いい病院に行ったのだからということで。さら

に個々の項目と全体の満足度、またほかの同じ

病気でほかの人に「あの病院行きなさい」と勧

めると言った人の割合で相関したのは、医者に

対する評価とはまったく相関しなかったそうで

すが、看護婦に対する評価と全体の満足度がい

ちばん相関したそうです。

患者満足度に大きく影響する看護の質と待

ち時間

 

看護婦の方が患者に与えるインパクトという

か満足度に与えるインパクトがはるかに大きい

ということが数字で出てきたわけですね。私、

その報告が出たセミナーに出ていたのですが、

外来の満足度調査というのは当時始まったばか

りでまだデータが出ていなかったんですけれど

も、外来で患者の満足度がいちばん低下する最

大の理由は待ち時間。 

分を超えると著しく低

30

下するそうです。待ち時間が 

分を超えると満

30

足度が著しく低下する。そういった形でいろい

ろな診療のサービスの内容の向上に努めている

わけです。

 

さらに満足度調査の結果はマーケティングに

使うともおっしゃっていました。保険会社との

交渉なんかで、「うちの病院はこれだけ満足度が

高いのだよ」という数字に使うのだそうです。

片山:

ありがとうございました。病院の待ち時

間とかですね、いろんな診療所につきましても

非常に同じように通じる部分だと思いますね。

やはり看護婦さんの接遇とか専門性ですね、看

護職の研修は非常に重要かと思います。

 

あと何でも結構でございます。ございません

か?

 

今日、先生がおっしゃいました医療現場の質

の文化という、非常にいい表現だなあと思いま

したけれども、これはそれを構築するというの

は私なりに考えますと、やはり現状が悪いので

あれば改善といいますか、患者さんの安全を確

保するというか、そういうふうなことについて

の共通認識を持っていこうと。皆でそういう環

境を整備していくといいますかね。これは、介

護保険空間でサービス担当者の会議をすること

の意義と同じなのですけれども、やっぱりいろ

いろ手間をかけて、いろんな多職種がベストを

つくして専門性を出し合って良質の医療サービ

ス提供の環境を作っていくという、そういうふ

うなことではないかと思います。

Page 21: 第1811号第1815号 - Med第1811号第1815号 挨 拶 本 日 は 、 李 啓 充 先 生 の 講 演 の 座 長 を 務 め さ せ て い た だ き ま す。李 先 生 は

(21)2002年(平成14年)12月5日 広島県医師会速報(第1815号)昭和26年8月27日 第3種郵便物認可

 

今日、先生が言われましたインフォームド・

コンセントの話と医療過誤の話ですね。やはり

ケアカンファレンスをきちんとやるということ、

どうしてもこっちに話を引っ張りますけれども、

そこでやはり、いろんな患者さんあるいは利用

者の方の安全が確保されてコミュニケーション

がきちんととれて、ひとつの流れが皆で確認で

きるということで非常にケアマネジメントの手

法というのは医療にまったく通じるものではな

いかと思いますが。

 

三浦先生、せっかくですからコメントをひと

つお願いできますか。

三浦:

今日、李先生からご指摘ありましたけれ

ども、診療報酬のあり方というのは非常に重要

なんだと思います。保健局医療課長を務めてい

たときの現職の課長もこう言っておりましたが、

「診療報酬というのは基本的にはやっぱり尾っぽ

なんだ」と。「尾っぽが頭を振るようになっては

おしまいだ。」というふうに言いました。

 

だからといって頭がちゃんとできたかどうか

ということはもちろん議論があると思いますが、

ただ頭というのはその行政だけが作っていくも

のではなく、今日の質の文化という言葉に表れ

たようにやっぱりまず理念ですとか、理念に基

づいた関係者の努力、これは患者さんもあるで

しょうし、医療者もあるでしょうし、行政もあ

ると思いますが、そういうのがまずあってそし

てそれを診療報酬なりなんなりが後押しする。

それにくっついて診療報酬ができていく。こう

いうことなんじゃないかなあというふうに今、

その言葉を思い出しながら先生のお話をうかが

いました。

片山:

ありがとうございました。ではだいたい

予定の時間になりましたので、特別講演の方は

これで終了させていただきます。李先生今日は

本当にありがとうございました。

司会:

李先生、片山先生、どうもありがとうご

ざいました。もう一度、演者と座長に拍手をお

願いいたします。それでは閉会の挨拶を広島県

医師会代議員会議長でいらっしゃいます石井大

二先生にお願いいたします。

石井:失礼します。今日は李先生、よく整理さ

れたお話で、僕は前回の尾道にお出でいただい

た時のお話も聞きましたし、書かれた本も2冊

ほど読みまして、いちいちすべてリーズナブル

で何も言うことはないんですけれども、今、聞

きながら思ったことは座長も言いましたが、こ

れが一般の国民の人に全部素直に分かってもら

えるかどうかということなんですよね。

 

みなさん「わしゃ、患者に話したらみな分

かっとるで」とおっしゃるかもしれませんが、

それは患者さんなんですよね。実際にやってい

る小泉さんとか経済財政諮問会議の人とかもう

元気があり余ってですね、そういう人がやって

いるんで、そういう人にマネジド・ケアは悪い

というのはいつまでたっても分かってもらえな

いのではないかというような感じがしておりま

す。

 

もうひとつは日本よりも 

年も進んだと言わ

80

れましたが、その世界最強のアメリカ医師会で

さえ、もう政策が決まればこのマネジド・ケア

の蹂躙になすままになっているわけで、ぜひ一

度、李先生にはですね、医学会新聞に「アメリ

カ医師会はいかに、かく敗れた」というような

特集を一回、ちょっと整理していただけたらと

思うようなわけであります。

 

あんまり長くなりましてもあれですが、もう

ひとつは三浦先生、コストとコスト効率という

ところで厚生労働省がこてんぱんに言われまし

たが、もっと反論されるのかと思ったらまた

ちょっと分からないようなご反論で、高級官僚

というのはすごいなあ、と関心したような次第

です。どうも失礼いたしました。ありがとうご

ざいました。

司会:

石井先生、どうもありがとうございまし

た。それではこれをもちまして本日の東部地区

医師会合同研修会を終わらせていただきます。

どうもありがとうございました。

石井 大二県医代議員会議長