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3 第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサイトの役割 松尾真紀子 1 はじめに あらゆる意思決定の局面において、現在自分が立っている地点についての現状把握に加え、短期的・長 期的に今後の社会がどうなるのか、どうあってほしいのか、という将来を予測したうえで、様々な選択肢 の中から最適な方向性を選択・対応することが求められる。こうした将来を見据えた行動は、個々人の行 動のみならず、政府の意思決定の局面においても重要である。しかし、そもそもそのための未来像や将来 ビジョンは、いかにして形成すればよいのか。 本稿は、本研究活動そのものの理論的根拠として、将来ビジョンの形成のためのアプローチである「フ ォーサイト」について、その概念が生まれた背景と変遷、手法を、各国における具体的展開事例等を通じ て明らかにし、今日、特に東日本大震災後の日本において、それが社会のレジリエンス(強靭性・衝撃か らの回復力)を高める上でどのような意義を持ちえるのかについての予備的考察を行う。 1 フォーサイトとは 1-1 多様な定義と主要な要素 フォーサイトの定義 将来の科学技術を予測するフォーサイトは、様々な研究者やその活動を行う組織によって多様な定義づ けがなされており(Martin (2011)Miles et al (2008)Havas et al (2010)UNIDO (2005) )、共通の定義は ない。たとえば、ジョルジョウは、「企業の競争力、利益の創出、QOLに大きな影響を及ぼすことが予想 される科学技術について評価するシステマティックな手段」と定義している(Georghiou 1996)。また、第7 次研究枠組み計画(FP7)のフォーサイトプログラムである、「欧州フォーサイトプラットフォーム(European Foresight Platform, EFP)」では、「システマティックで参加型の未来知性の収集活動で、今日の意思決定や 共同活動を引き起こすための中長期的な将来ビジョン形成のプロセス」としている。APECの技術フォー サイトセンターでは「将来を見据えて次なる変化を予測するダイナミックなプロセス。・・・単に将来に対し て十分な準備をすることではなく、できる限り未来を形作り、創出するよう努力すること」としている。 このような定義の多様性は、のちに論じるように、フォーサイトの概念における歴史的展開を反映するも のでもあり、また、フォーサイトをどのように利用するかという組織目的・位置づけの違いなどにもよる ものである。 特に昨今は、未来分析(Future Analysis)、将来を見据えた分析(Forward Looking AnalysisFuture-oriented Technology Analysis (FTA))、戦略的知性、予測的な情報収集(anticipatory intelligence gathering)など、様々 な文脈で「フォーサイト」という言葉が用いられている。また、欧州では、科学技術と民主化の文脈から、 様々な主体を取り込む参加型のプロセス、ネットワーク形成におけるフォーサイトの役割が強調されるこ 1 東京大学 公共政策大学院 特任研究員、内閣府 経済社会総合研究所 客員研究員

第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサ …3 第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサイトの役割 松尾真紀子1 はじめに

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Page 1: 第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサ …3 第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサイトの役割 松尾真紀子1 はじめに

3

第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサイトの役割

松尾真紀子1

はじめに

あらゆる意思決定の局面において、現在自分が立っている地点についての現状把握に加え、短期的・長

期的に今後の社会がどうなるのか、どうあってほしいのか、という将来を予測したうえで、様々な選択肢

の中から最適な方向性を選択・対応することが求められる。こうした将来を見据えた行動は、個々人の行

動のみならず、政府の意思決定の局面においても重要である。しかし、そもそもそのための未来像や将来

ビジョンは、いかにして形成すればよいのか。

本稿は、本研究活動そのものの理論的根拠として、将来ビジョンの形成のためのアプローチである「フ

ォーサイト」について、その概念が生まれた背景と変遷、手法を、各国における具体的展開事例等を通じ

て明らかにし、今日、特に東日本大震災後の日本において、それが社会のレジリエンス(強靭性・衝撃か

らの回復力)を高める上でどのような意義を持ちえるのかについての予備的考察を行う。

1 フォーサイトとは

1-1 多様な定義と主要な要素

フォーサイトの定義

将来の科学技術を予測するフォーサイトは、様々な研究者やその活動を行う組織によって多様な定義づ

けがなされており(Martin (2011)、Miles et al (2008)、 Havas et al (2010)、 UNIDO (2005))、共通の定義は

ない。たとえば、ジョルジョウは、「企業の競争力、利益の創出、QOLに大きな影響を及ぼすことが予想

される科学技術について評価するシステマティックな手段」と定義している(Georghiou 1996)。また、第7

次研究枠組み計画(FP7)のフォーサイトプログラムである、「欧州フォーサイトプラットフォーム(European

Foresight Platform, EFP)」では、「システマティックで参加型の未来知性の収集活動で、今日の意思決定や

共同活動を引き起こすための中長期的な将来ビジョン形成のプロセス」としている。APECの技術フォー

サイトセンターでは「将来を見据えて次なる変化を予測するダイナミックなプロセス。・・・単に将来に対し

て十分な準備をすることではなく、できる限り未来を形作り、創出するよう努力すること」としている。

このような定義の多様性は、のちに論じるように、フォーサイトの概念における歴史的展開を反映するも

のでもあり、また、フォーサイトをどのように利用するかという組織目的・位置づけの違いなどにもよる

ものである。

特に昨今は、未来分析(Future Analysis)、将来を見据えた分析(Forward Looking Analysis、Future-oriented

Technology Analysis (FTA))、戦略的知性、予測的な情報収集(anticipatory intelligence gathering)など、様々

な文脈で「フォーサイト」という言葉が用いられている。また、欧州では、科学技術と民主化の文脈から、

様々な主体を取り込む参加型のプロセス、ネットワーク形成におけるフォーサイトの役割が強調されるこ

1 東京大学 公共政策大学院 特任研究員、内閣府 経済社会総合研究所 客員研究員

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とが多い。

1-2 フォーサイト誕生の起源―第一世代から第 5 世代まで

フォーサイトが誕生した背景としては、1. 科学技術を巡る状況が複雑で、不確実性を伴うことから、こ

うした複雑な相互作用を解明する必要性が高まったこと、2. 新興国の台頭により国際競争力が激化し、ど

の分野に政府として力を入れるべきかを検討する必要性が高まったこと、3. 公的資金投入の説明責任、エ

ビデンスベースの科学技術政策の説明責任の必要性が高まったこと、などがあげられる(Martin (2011)、

UNIDO (2005)、(Martin (2001))。

フォーサイトの変遷:第 1 世代から第 5 世代まで

フォーサイトの多様性を示すために、フォーサイトの概念やその目的がどのように発展したかを 5 つの

世代(図 1 参照)に分けて紹介する(以下は、Gerogiou (2001), Miles et al (2008), UNIDO (2005)の解説を参

考にした。ただし、第 4 世代,第 5 世代についてはMartin et al (2008)をベースにした2。)

政府によるフォーサイト活動の出現は、70-80 年代頃から始まる。この時期の、いわゆる「第一世代」

と呼ばれるフォーサイトは、「フォーキャスト(forecast)」であった。フォーキャストは、どのような技術が

今後普及するかをできる限り正確に予測し、どの技術に対して優先的に公的資金を投入すべきなのかを判

断することを目的としていた。こうした活動は、技術投資の優先順位を国家が決める上で重視された。フ

ォーキャストの考えの根底には、「正しい・よい」技術は自然と応用されて社会普及に結び付くと考える

(Science push)モデルがあった。

しかし、科学技術の研究開発は、実際にそれを応用して社会に提供する企業の意見を取り入れないと、

実態からかい離してしまうという反省が生まれる。そこで、科学技術の産業化も見据えて、企業や産業界

の意見をフォーサイトに取り込んでいこうとする「第 2 世代」の考えが出現する。第 2 世代のフォーサイ

トでは、企業やマーケットのニーズの把握に加えて、技術が環境にもたらす影響も含めて検討するように

なる。さらに、狭い意味でのニーズから、より広い意味での社会的ニーズを対象とするのが第 3 世代のフ

ォーサイトである。遺伝子組み換え作物など、専門家や企業が絶対的な希望をもって展開した技術が、実

際に社会に出てみると思わぬ反対に遭うといった経験等により、技術を社会にスムーズに導入するには、

受け手側の社会的ニーズも組み込んでいく必要があるという考えになる。第 3 世代のフォーサイト活動で

は、広範な社会的主体を取り込んでいくと同時に、技術をとりまくガバナンスや制度設計といった問題に

もスコープが拡大される。こうした第 2 世代・第 3 世代の考え方のベースには、科学の受け手側のニーズ

や受容性に科学が牽引されるとする考え(Demand pull)がある。

第 4 世代は、フォーサイト活動の担い手(フォーサイトを実際に実践する主体)や政策プロセスにおけ

る位置づけの変化に着目して世代を区別する。従来のフォーサイトの担い手が、主として単一の行政組織

による特定の目的のために展開されたのに対して、多様な行政組織による省庁横断的な問題としてより俯

瞰的な立場からのフォーサイトを目指す。財源も関連する多様な組織が拠出し、それらの異なる組織目的

間の調整を行いつつ、ビジョンを作る。第 4 世代のフォーサイトは、単なる技術の選択やその影響の考慮

2 UNIDO の報告書では第 4 世代の切り口を別の視点から行っている。フォーサイトが、多様な主体やレ

ベルで分散的に展開されることから、そうした活動をネットワーク化して共有できるビジョンを形成する

ことが重要とする。

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ではなく、政策との関連性を重視し、政策のプロセスの中に埋め込むことを意味する。

さらに、こうしたフォーサイトの活動を、戦略的意思決定や、ほかに実践されている様々なプログラム

と統合するのが、第 5 世代のフォーサイトと呼ばれる。第 4・5 世代では、関係者間・政策間の戦略的調整・

修正機能、技術が社会構造そのものを転換するという機能を有することから、「構造的フォーサイト

(Structural foresight)」とも呼ばれる(Gerghous and Harper (2011))。

図1:フォーサイトの 5 つの世代(Georghiou (2001), Miles et al (2008), UNIDO (2005))をもとに作成

フォーサイトと技術フォーサイト(TF)

上述の第 1 世代から第 5 世代までの変遷からわかるように、フォーサイトはもともとある特定の有望な

技術を見出すことを目的として生まれたが、昨今は、技術そのものがもつ力を重視しつつも、社会におけ

る技術と産業の在り方・一般市民と社会の在り方や、技術を巡る利害関係者間のネットワーク、社会構造

システムにまで検討範囲が広がったものに発展した。こうした、フォーサイトにおける、技術と社会観の

転換を受けて、科学技術について限定的に行われるフォーサイトは「技術フォーサイト(Technology

Foresight、TF)」、と区別するようにもなっている。これに対して、「フォーサイト」はより広く社会的要素

も考慮して将来ビジョンを形成することを意味する。

2 フォーサイトの展開-海外・日本における展開

2-1 国際・各国レベルのフォーサイト

(1) 国際・地域レベル:OECD、UNIDO、APEC

国際レベルでの取り組みとして、経済協力開発機構(OECD)、国連工業開発機関(UNIDO, UN Industrial

Development Organization)、APEC などがある。

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OECD では、1990 年に事務総長の諮問機関に設置された International Futures というプロジェクト(IFP)3がフォーサイトに取り組んでいる。昨今取り上げられたテーマには、「2030 年のインフラの在り方」、「宇

宙経済」、「2030 年のバイオテクノロジーの経済的社会的影響」、「移民問題」、「2030 年の家族の在り方」、

「将来的なグローバルな課題」などがあり、それぞれ報告書が作成されている。また行政担当者を集めた

ワークショップを開催するなどして、フォーサイトの実践における国際連携や経験共有を図っている。

UNIDO4では、中・東欧や新規独立国を主眼とし、技術フォーサイトの地域イニシアティブというプロ

ジェクトを走らせている。新興国の行政担当者が実際の政策形成の実践ツールとしてフォーサイトを活用

し、工業化を果たせるよう、フォーサイトのマニュアル報告書(UNIDO (2005))を作成するなどして、啓

発活動を行っている。

APEC のテクノロジーフォーサイトセンター(APEC Center for Technology Foresight)は、工業科学技術

作業部会(the Industrial Science and Technology Working Group, ISTWG)のプロジェクトのひとつとして、

1998 年にタイ政府の援助の下設立された。昨今とりあげたフォーサイトのテーマとしては5、2002 年に

公表した「ナノテクノロジー:21 世紀の技術」、2003 年に「ポストゲノム時代の健康分野におけるDNA

解析」、2010 年の「環太平洋地域における 2050 年の低炭素社会のビジョン」などがある。

(2) 欧州レベル

欧州レベルのフォーサイトの具体的実践例としては、2001 年に The EC Forward Studies Unit により行わ

れた「欧州 2010-2010 年欧州の 5 つのシナリオ」(Bertland et al (1999))がある。このほか,技術に関しては

欧州委員会の研究総局、社会的な問題については欧州委員会政策顧問事務局(Bureau of European Policy

Advisers,BEPA)などが実践しているが、フォーサイトが政策の中に制度化されているわけではなく、必

要に応じてアドホックに展開されている。

フォーサイトの研究については、欧州委員会共同研究センター(Joint Research Center, JRC)の未来技術

研究所(Institute for Prospective Technological Studies, IPTS)にある、「成長のための知グループ(Knowledge

for Growth Unit, KfG)」の欧州フォーサイトチームが行っている。これまで、FP6 及び FP7 の枠組みで、共

同研究機関とともに、各国のフォーサイトに関するデータ収集とその分析を行っている6。FP6 のプロジェ

クトでは、欧州のみにとどまらず全世界におけるフォーサイトの動向をマッピングすることを目的とし、

2000 もの事例を収集してデータベースを構築した7。こうして得られた事例の分析から、「フォーサイト

のマッピング(Mapping Foresight 2007)」と題する報告書を作成した。この報告書によれば、共通の傾向と

して、以下の点が論じられている。1.フォーサイト実施のための予算源は主として政府、2.そのフォーサ

3 OECD ウェブサイト、 http://www.oecd.org/sti/futures/42332642.pdf 4 UNIDO ウェブサイト、 http://www.unido.org/index.php?id=o5216 5 昨今の報告書のリストについては、以下を参照。 APEC ウェブサイト、

http://www.apecforesight.org/index.php?option=com_content&view=article&id=68&Itemid=65 6 FP6 では European Foresight Monitoring Network (EFMN)というプロジェクトが実施された。FP7(2009-2012)では、European Platform のプロジェクトが進行中である。 7 現在データベース化は後継プロジェクトの European Foresight Platform により、行われており、実践

組織、予算源、実施年・期間、実施対象年(何年後をターゲットにしているか)、手法、概要について整理

し、検索することができる。データベースに入っている国には方よりもあり、すべての国が網羅的にデー

タベース化されているわけではないが、国家間比較をするうえで非常に有用なデータベースである。 http://www.foresight-network.eu/#&Itemid=5

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イトの利用者も政府、3.将来ビジョンの設定として 10-20 年後を見るものが最も多い、4.手法として最も

用いられているのは、専門家パネル、文献調査、シナリオ、5.最終成果は政策的な勧告が最も多く、取り

上げるテーマとしては、製造業、電気ガス水道、運送通信、医療といった分野のテーマが多い。

(3) 各国レベル:英国(BIS の GO-Science、HSC)ほか

英国 BIS のフォーサイト・プロジェクトとホライゾンスキャニングセンター

英国では、ビジネス・イノベーション・職業技能省(BIS)の科学庁(GO-Science, Government Office for

Science)が、プロジェクトベースでフォーサイトの活動を行っている。フォーサイトを、中長期的なもの

と短期的なものとに分けて展開している。中長期的な課題は、20 年から 80 年を見据えた「フォーサイト・

プロジェクト」として実施され、比較的短期的で特定の問題を扱うものは、ホライゾンスキャニングセン

ターにより行われている。

前者の「フォーサイト・プロジェクト」については、プロジェクト運営の資金を出す省庁の提案のもと、

ハイレベルの利害関係者グループを設置(資金提供を行う省の大臣が議長)して行う。通常 18 か月から 2

年近くの大規模なプロジェクトで、大抵 3・4 本のプロジェクトが同時に走っている。これまでに、フォー

サイト・プロジェクトとして実施したものには、「気候変動の国際的側面(International Dimensions of Climate

Change)8」、「世界的食料と農業の将来(Global Food and Farming Futures)9(3-2にて後述)」、「肥満と

の戦い:未来の選択(Tackling Obesities: Future Choices)10」、「洪水と沿岸防衛(Flood and Coastal Defense)11」などがある。こうしたフォーサイトの活動は、政策文書で引用されたり、予算確保の根拠に用いられ

たりする。たとえば 2007 年の「肥満との戦い」の報告書は、「健康的な体重と健康的な生活:英国におけ

る政府横断的戦略(2008)」の展開に結びつき、その実践のために 3 億 7200 万ポンドの追加的な予算が投

じられる根拠となった。

さらに、新たなフォーサイトである、「政策フューチャーズプロジェクト」も打ち立てている。このフォ

ーサイトは、より政策に特化したもので、政策担当者が政策横断的な課題について検討する際に利用でき

るよう、半年から1年程度の活動期間で成果をだす。現在「将来の災害予測の改善とレジリエンス(Improving

Future Disaster Anticipation and Resilience)」というプロジェクトが進行中である。

ホライゾンスキャニングセンター(HSC)は、2005 年に設置され、10-15 年程度の比較的短期の課題に

関するフォーサイトである「フューチャーズプロジェクト」を展開している。昨今行われたものとしては、

「技術とイノベーションの将来(Technology and Innovation Futures)12」、「世界的な貿易シナリオ(World trade

8 英国 BIS ウェブサイト、

http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/international-dimensions-of-climate-change 9 英国BISウェブサイト、

http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/global-food-and-farming-futures 10 英国 BIS ウェブサイト、

http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/tackling-obesities 11 英国 BIS ウェブサイト、

http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/flood-and-coastal-defence 12 英国 BIS HSC ウェブサイト

http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/horizon-scanning-centre/technology-and-innovation-futures

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scenarios13)」、「不確実性の側面(Dimensions of Uncertainty14)」などである。また、手法の基盤づくりにも

力を入れており、フォーサイトの実践を支援するため 24 の手法を整理したサイト(ツールキット15)を構

築している。さらに、シグマスキャン(Sigma Scan)という活動も展開している。これは、潜在的に英国

に影響をもたらしそうな様々なテーマに関して、50 年先を見据えてブリーフィングペーパーを作成する活

動である。これまでに 6000 の文献と 300 ものインタビューをベースに 256 本あまりのペーパーが作成され

た。これらのペーパーはデータベース化されており、ホームページから検索閲覧可能となっている16。

英国以外の国におけるフォーサイト

本稿では、英国におけるフォーサイトが制度的にも最も定着していることから、現在の英国におけるフ

ォーサイトの実践について紹介したが、それ以外の国でも、例えば、ドイツの連邦教育研究省(BMBF)

による"Futur"、フィンランドにおける FinnSight 2015、フランスの、Futuris、Agola 2020、INRA 2020 等、

様々なレベルや主体によって展開される事例がみられる。

他方で、シナリオプランニングやデルファイ発祥の地である米国では、「フォーサイト的な..

活動」は 70

年代の技術評価局(Office of Technology Assessment, OTA)によるテクノロジーアセスメントの活動の中で

行われたが、「フォーサイト」と明言して実践している事例は少なく(Porter 2010)、現在もフォーサイト

と銘打った活動は、企業を中心に行われているものの、政府においては見られない。

企業におけるフォーサイト

ここまで国レベルのフォーサイトの活動について論じたが、将来価格予測や需要予測が要される企業の

経営戦略の分野などにおいても利用されている。特に、シェルなどは、シナリオ作成や手法の開発に積極

的に取り組んでおり、30 年以上にわたって、Shell Global Scenarios というシナリオの作成を行ってきた

実績も有する17。

2-2 日本におけるフォーサイト

科学技術庁と科学技術政策研究所 NISTEP のフォーサイト・デルファイ法

日本のフォーサイトは、長い歴史がある。1970 年代に当時の科学技術庁により開始され(現在は科学技

術政策研究所、NISTEP により行われている)、今日に至るまで継続的に、5 年程度おきにデルファイ法を

用いた大規模調査が実践されている。日本が、欧米へのキャッチアップ型の成長を成し遂げ、世界をリー

ドする科学技術先進国に仲間入りすると、その成功の要因について海外からも分析が行われた。マイルス

は、日本におけるフォーサイトの役割に注目し、大規模な技術者へのデルファイ調査で、ボトムアップ的

13 英国 BIS HSC ウェブサイト http://www.bis.gov.uk/assets/foresight/docs/horizon-scanning-centre/world-trade-possible-futures.pdf 14 英国 BIS HSC ウェブサイト http://www.bis.gov.uk/assets/foresight/docs/horizon-scanning-centre/dimensions-of-uncertainty-final.pdf 15 英国 BIS HSC ウェブサイト http://hsctoolkit.bis.gov.uk/index.htm 16 英国 BIS HSC ウェブサイト Sigma Scan 2.0 http://www.sigmascan.org/Live/ 17 シェルウェブサイト、 http://www.shell.com/home/content/aboutshell/our_strategy/shell_global_scenarios/previous_scenarios/

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に将来を担う技術の方向性を吸い上げたことが、日本の発展に寄与したとして高く評価した(Miles (2010))。

日本のフォーサイトは、デルファイ法を軸に据え、それを継続的に実施することを大きな特徴としてい

るが、欧州におけるフォーサイトの発展(1-2で論じた概念上の変化、スコープの拡大など)の影響も

受け、新しい要素も取り入れている。それが顕著に表れるのが、2005 年に公表された第 8 回のフォーサイ

トからである。従来のデルファイ法に加えて、社会・経済ニーズ調査、シナリオライティング、論文引用デ

ータに基づく萌芽領域探索など複数の異なる手法を並行して実践した。さらに、2010 年に発表された第 9

回のフォーサイト18では、科学技術政策が、従来の「分野ごとの重点化」政策から、政策課題対応型に移

行したことを反映して、これまでの分野ごとの壁を乗り越え、学際的、俯瞰的・総合的分析に重点を置く

ものと変化を遂げている。

日本では、NISTEP によるフォーサイトのほか、2005 年から、経済産業省、産総研、NEDO らによる技

術ロードマップの作成もなされている。これは、上記のフォーサイトのように幅広い社会的要素の考慮を

行うというよりは、個々の技術ごとに社会との関係も念頭に置きながら、その技術の延長としてのロード

マップを詳細に策定するものとなっている。

3 フォーサイトの実践

3-1 手法

フォーサイトの手法の分類

フォーサイトを実践するうえでの手法としては、様々なものがあり、たとえばポッパーは 33 の手法をフ

ォーサイトダイヤモンド(The Foresight Diamond)として整理している(Popper 2008)。ダイヤモンドを構

成する 4 つの指標として、創造性(creativity)、専門性(expertize)、相互作用性(interaction)、根拠(evidence)を

あげ、その 33 の手法を質的・量的手法に分けて、分類を行っている19

フォーサイトには多様な手法があるが、実際の実践における手法の調査をした EFMN の報告書によれば、

どの地域においても利用されている主要なものは、文献調査、専門家パネル、シナリオの手法とされる。

手法の採択は、プロジェクトの目的やフィージビリティ、予算などから最も適したものを検討することが

必要である。場合によっては、単一の手法で行うのではなく、複数の手法を組み合わせて展開することが

重要とされる。

デルファイ法とシナリオプランニング

(1) デルファイ法

デルファイ法とは、専門家にアンケートを複数回実施することで意見の集約をはかる手法である。通常

は、専門家に対して 2 回(あるいはそれ以上)アンケートを行い、その初回の結果を 2 回目のアンケート

の際に提示し、専門家の意見の修正・フィードバックの集積により方向性を導く。

18 「科学技術の将来社会への貢献に向けて-第 9 回予測調査総合レポート」、NISTEP Report 145, http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep145j/pdf/rep145j.pdf 19 Dr Popper's Foresight & Horizon Scanning Blog ウェブサイト参照。 http://rafaelpopper.wordpress.com/foresight-diamond/

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もともとデルファイ法は、1950 年代に米国のランド研究所にて開発されたものであるが米国では定着せ

ず、その後日本で大規模にかつ継続的に展開されおり(2-2参照)、諸外国では、日本の NISTEP と共同

でデルファイを実施したドイツ(フラウンホーファー協会システム・イノベーション研究所(ISI))の事

例などがある( UNIDO(2005) )。

デルファイ法は、すべての専門家の意見が同じ重み(回答者の身分の排除、権威や従属性の排除、メン

ツの排除)を持ち得るという意味で有用であるが、逆に高度な知識を持つ者の意見が十分に評価されない

という欠点(桑原ほか(2007))や、少数意見が見落とされてしまう可能性があるというデメリットもある

(西尾 (2010))。また、アンケートの相互作用という意味では、科学技術の将来ビジョンに関するコミュ

ニケーションの媒介的な機能あるいはそのプロセス自体の価値という意味でのメリットもあるが、複雑な

予測には向いていないとの指摘もある(UNIDO (2005))。

(2) シナリオプランニング

シナリオプランニングは、中長期的な将来像のシナリオを作成し、戦略的分析や計画を行うことにより、

政策に役立てるものである。この手法も 1940 年代に米国のランド研究所によってはじめられ、その後スタ

ンフォード研究所により展開され、先進諸国における政策展開にとどまらず、グローバルな活動を行って

いる企業によっても幅広く用いられている手法である(HSC(2009))。

シナリオ作成は、多様なバックグラウンドを持つ主体からなるワークショップの実施により作成するこ

とが理想的とされるが(HSC (2009))、そのほかにも、グループではなく個人で将来像のシナリオを作成す

る、専門家パネルによってシナリオを作る、調査結果によってシナリオを作る、など多様な実施形態があ

り得る(UNIDO (2005))。シナリオのアプローチには、探索的(exploratory methods)なものと、規範的

(normative methods)なものがある(UNIDO (2005))。前者が現時点を立ち位置として将来どうなるかという

疑問から開始するのに対して、後者は将来のある地点を立ち位置として、いかにして問題解決したらよい

かと考える。

また、手法については、英国ホライゾンスキャニングセンターが 3 つの手法を提示している( (i) 二軸

手法、(ii) 枝分かれ分析手法、(iii) cone of plausibility method。図2を参照)。いずれの手法を採用するにし

ても、将来像を決定づける推進力(driver)、潮流(トレンド)、潜在的な事項を特定し、そこから発展させ

ることが重要とされる。

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11

図2:HSC のシナリオプランニングの 3 つの手法

3-2 具体的実践例

フォーサイトの実践には多様な形態があることは上述のとおりであるが、本稿では、欧州において、食

と農業という同じテーマで実践されたフォーサイトの事例を見ることにより、その内容と実践方法の違い

について紹介する。

BISの「食と農業の将来―世界的なサステイナビリティへの課題(The Future of Food and Farming - Challenges

and choices for global sustainability)20

このフォーサイト・プロジェクトは、英国環境・食料・農村地域省および英国国際開発省の3省の共同事

業として実施され、2011年に公表された。報告書は、本体が211ページ、要約版だけで44ページにもなり、

さらに行動計画が別冊で作成されている。今後40年(2050年まで)の世界食糧システムの課題を特定する

ことを目的として、1. 需要と供給のバランス,2. 食料供給の安定(価格変動),3. 食品へのアクセス(飢餓

の撲滅),4. 気候変動,5. 生物多様性、の5つのテーマにグループを分けて、検討を行った。検討にあた

っては、科学的エビデンスとして、100以上の査読付論文やワーキングペーパーが作成された(表1を参

照)。プロジェクトには、400人余りの専門家が集結し、35カ国もの国外の利害関係者も参加した。

報告書では、食と農業の課題への対応は、現在よりも広い視野に立ち、生産段階から食卓までの一連の

流れをグローバルなフードシステムを考慮することが重要との指摘をしている。上述の5つのトピックに

関する議論から、政策への戦略的インプリケーションとしては、フードシステムの政策形成には、環境問

題を中心に据えることが重要と指摘した。そのうえで、新たな知識への投資、持続可能性の強化など、政

策形成者が優先的に取り組むべき12の課題を掲げた(表2参照)。

20 本プロジェクトに関する BIS ウェブサイト

http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/global-food-and-farming-futures/reports-and-publications

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表1:エビデンスとして作成されたレビューペーパーの一覧 将来の変化の評価(C1-4) 将来の変化に関する 4 つのテーマ:需要・生産・価格、フードシステムへの

外的要因、ガバナンス、将来のフードシステムのモデルとシナリオ 課

課題 A:持続可能な需要

と供給C5-C9 既存の技術のより良い使用、新たな科学技術、廃棄、消費の変化、アフリカ

農業の強化 課題B:価格変動C10 将来の価格変動 課題C:飢餓C11 将来の飢餓 課題 D:気候変動とその

緩和C12 低炭素社会におけるフードシステム

課題 E:生物多様性維持C13

生物多様性の維持とエコシステム

牽引要素のレビュー(DR1-21) 牽引材料として 21 の要素について検討。人口、気候変動とその農業への影響、

消費、エネルギーと農業、農産物畜産の生産、エコシステム、土地利用、水

利用、漁業、都市化、価格変動、廃棄物、既存のシナリオのレビューなど。

それぞれの要素について 2010 年の英国王立協会のジャーナル、Philosophical Transaction Journal で発表。

事例 サブサハラアフリカの農業の強化についての事例 地域レビュー(R1-7) 7 つの地域に関するレビュー、英国、中国、アフリカナイル、インドブラジ

ル、メコン、東欧 追加的レビュー(WP1-7) 7 つのトピックについて、ワークショップの開催による追加的レビューのワ

ーキングペーパー。農業と健康の関係、食料安全保障、ガバナンス、イノベ

ーションへの新たな道、農業開発の国際支援、世界的な食料のサプライチェ

ーン、廃棄物の減少、持続的な畜産、フードシステムと倫理、フードシステ

ムのモデルなど 科学的現状に関するレビュー

(SR1-56) グローバルなフードシステムに関する科学的な現状に関するレビューを 56のトピックに関して実施。このうち、一部は、Journal of Agricultural Science と、

Journal of Agricultural Science and Food Policy に掲載。作物・畜産・漁業におけ

るバイオテクノロジー、作物の病気と農薬管理、土壌管理、食品生産に対す

る社会的態度、農業貿易と気候変動、教育、食品貿易のガバナンス、食料安

全保障、フードシステムにおける子供・ジェンダー、グローバルな廃棄削減

など

表2:政策形成者が優先的に取り組むべき課題 1 ベストプラクティスの普及 2 新たな知識への投資 3 開発・発展において持続的な食品生産を中核に据える 4 新たな農地はもうほとんどないという前提をもつ 5 長期的に持続可能な漁業資源の確保 6 持続可能性の強化の促進 7 フードシステム経済に環境の要素を組み込む 8 廃棄物の削減 9 政策決定のエビデンスベースの改善向上とその進展の評価のメトリクスを作成 10 食品生産における水の問題を考慮する 11 消費パターンの変化を促す 12 市民のエンパワメント

欧州農業研究の常設委員会(Standing Committee on Agricultural Research、SCAR)及び欧州委員会研究総局

(DG Research、 RTD)らが委託して実施した「食、地域と農業のフォーサイト(Foresighting food, rural and

agri-future)21

このプロジェクトは、中長期的な研究課題の特定のため、20 年のタイムスパンでヨーロッパの農業に関

21 http://ec.europa.eu/research/agriculture/scar/index_en.cfm?p=3_foresight

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するシナリオの作成を目的として実施された。報告書は、10 名のフォーサイト専門家グループにより作成

された。今後を左右する 8 つの牽引材料(1. 気候変動、2. 環境、3. 経済貿易、4. エネルギー、5. 社

会変化、6. 健康、7. 地域経済、8. 科学技術)ごとに報告書を作成し、それらをもとに、1. 気候変動、

2. エネルギー危機、3. 食品、4. 自然との調和の 4 つの将来シナリオが作成された(表3参照)。「食品、

地域と農業のフォーサイト(Foresighting Food, Rural and Agri-futures, FFRAF)報告書」22では、欧州

の食と農業に深刻な影響をもたらしうる混乱・崩壊要素が存在するとしている。そして、これへの対応は、

地域の強化と迅速な順応が求められ、消費者や農家などのエンドユーザーのニーズにいち早く対応できる、

分散型の知識基盤、情報通信技術の発展が必要としている。

報告書の作成後、2007 年に「長期的な農業研究の優先課題のためのフォーサイト」(3 月)にて利害関

係者と議論をし、「欧州の農業研究の課題に向けて」(7 月)と題する会議を開催して、科学・農業政策の関

係者との議論を重ねた。SCAR は定期的にモニタリングが必要とし、専門家の諮問グループ(Consultancy

Expert Group、CEG)を設置した。CEG は今後の課題と研究の優先課題についてのフォーサイトのレビ

ューを実施し、2008 年に作業を終えた。

表3:FFRAF 報告書の 4 つのシナリオ 気候変動 このシナリオでは、気候変動とそれに関連する環境影響が将来を形作るうえで深刻な混

乱・崩壊要因(disruption)と位置づける。現状維持では、最悪の状況に向かうことが

示され、それを回避するには、欧州レベルでの協調的な政策が求められるが、気候変動

の影響は地域ごとに異なるため、そうした違いにどう対応するかが課題としている。 エネルギー危機 このシナリオでは、ヨーロッパのエネルギー供給の脆弱性が、混乱・崩壊要因となって、

経済社会影響をもたらすとする。インターネットベースの地域活性化・強化が求められ、

迅速な相互学習が可能となるような農家と研究者のネットワーク形成、戦略的な研究が

必要とする。 食品 食品が人々の健康と社会に密接に関連しているという前提のもと、より消費者や地域に

焦点を当てた研究が必要とする。科学技術は消費者のニーズを反映すべきで、その生活

様式を踏まえたうえで、食品の質、安全性、機能食品に注力すべきとしている。また環

境的にも効率的な生産加工プロセスが必要ともしている。 自 然 と の 調 和

(Cooperation with Nature)

科学技術が社会のあらゆる持続可能な発展において有効に利用されるという理想郷的な

シナリオ。インターネット、オープンな学習システムが、より地域密着型の小規模生産、

透明性の高い食品のサプライチェーンを形成し、持続可能性に対して認識の高い市民を

育てるとする。

二つの具体的実践例の比較とインプリケーション

英 BIS のフォーサイトは、膨大な文献調査、現状の科学的アセスメントに基づいて、そこから導き出さ

れる政策への具体的な対応について議論をすることに重きをおいた。それらの文献調査は、このプロジェ

クトのために外部に委託して執筆されたもので、査読付き学術論文も多く、まさに、政策のためのエビデ

ンスベースを構築している。また、その視野は、狭い国内政策だけでなく、グローバルなフードシステム

の中で、食と農業の在り方を検討するというスコープの広さを持っている。

それに対して、SCAR の行ったフォーサイトは、比較的小規模で、10 名からなるフォーサイト専門家グ

ループが主体となっている、それぞれの専門家が、将来の社会の在り方を左右する要因についてのペーパ

ーを作成したうえで、将来インパクトを及ぼす要因を特定し、そこから(理想郷的なものも含めて)シナ

リオを作成し、どのような技術が求められるのかを議論している点が特徴的といえる。

22 http://ec.europa.eu/research/agriculture/scar/pdf/foresighting_food_rural_and_agri_futures.pdf

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また、フォーサイトは、単に報告書を作ることで目的が終わるのではない。そのプロセスで形成される

ネットワークの維持、報告書の内容の広報・周知、さらには、報告書で得られたものを何らかの「行動」

に結びつけるための仕組みづくりも必要である。この点で、英 BIS は、報告書とは別に、行動計画も作成

し、フォーサイトへの参加主体ごとに、取り組む課題やこの報告書を具体的にどう使うのかについて整理

している。「行動計画」も報告書本体で論じられている内容も、2012 年の早い段階でハイレベルの利害関

係者によるレビューされるとされている。こうしたことは、フォーサイトの成果を社会の中に埋め込んで

いくうえで非常に重要である。さらに、報告書は、中国語、ロシア語、フランス語、スペイン語、アラビ

ア語、などに翻訳されており、将来像を国内のみにとどまらず、海外とも共有しようとしている点が興味

深い。

4 フォーサイトの意義

以上、これまでフォーサイトの歴史やその多様な手法と実践について整理したが、フォーサイトは、社

会、そして政策にとっていかなる意義を持つのかということに関して整理する。

マーティンとアーヴィンはフォーサイトのもたらす利点を 5つのCに要約して説明している。すなわち、

フォーサイトを実施することにより、(1)関係者間におけるコミュニケーションが深まる(Communication)、

(2)より長期的な視点で物事をとらえるようになる(Concentration on the longer term)、(3)関係者間の調整的

な機能が得られる(Coordination)、(4)将来ビジョンに関して一定の方向性のコンセンサスが形成される

(Consensus)、(5)将来ビジョンの実現に向けて積極的関与を高める(Commitment)としている。こうした

「関係者間のネットワーク構築機能」は、昨今特に強調される。さらにそうしたネットワークにより、関

係者間におけるビジョンの共有が可能になり、将来の不確実性が減少し、システムレベルでの学習にもつ

ながるプロセスという意味でも大きな意義を持つ。

また、フォーサイトは、「軌道修正・創造的破壊機能」も有する。しばしば、一度採択された制度や技術、

考え方は社会に定着すると、経路依存的な力を持ち、その軌道修正が困難である。フォーサイトは、その

実践により、新たな方向性を複数提示することができるので、既存の路線の修正を行うことができたり、

また新たな方向性を創造することで既存の枠組みを破壊するといった役割も持ち得る(Georghoiu & Harper,

2011)。

5 最後に―レジリエンスとの関連性・フォーサイトの課題

5-1 レジリエンスとの関連性

今日われわれは多様なリスクに直面しているが、それらの間には、相関、相乗効果、トレードオフがあ

る。しかし、あまりにも複雑なため、個々のリスクの特定・網羅、関係性の把握が困難な状況にある。ま

た、状況は刻々と変化し、常に一定の不確実性が付きまとう。しかし、そうした状況においても、意思決

定は行わなければならない。その際に、どのようなアプローチで臨めばよいのか。

一つの回答は、物事を見る前提を変えることにある。確度の高い将来予測(predict)を追及してコント

ロールしようとする短絡的なフォーキャストから脱却し、そもそも将来は多様な因果関係によっていかな

るパス・ゴールも取りえて、「完全な予測はできない」という前提にたって、常に多様な選択肢を許容した

うえで長期的将来ビジョンを形成し、状況の変化に応じて、そうした多様な選択肢により「順応・適応」

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をしていく必要がある。

これは、言い換えれば、「リニア―な政策観からの脱却」でもある。A という方向性をとれば B という

結果が得られるというリニア―なモデルは、効率的でわかりやすいが、それが支配的になると、多様性が

失われ、思わぬ衝撃が襲った時に、総倒れとなってしまう。それは、今回の東日本大震災からも明らかと

なった。原発に依存してきたエネルギー戦略は、地震震災の影響にあまりにも脆弱であった。

多様性を認めることは、システムのレジリエンスを高めることにもつながる。レジリエンスとは、強靭

性、衝撃を受けた際の回復力を意味する。フォルケによれば、レジリエンスには二つの側面があり、1. 衝

撃を受けてもそれを吸収して衝撃前の機能を維持する能力、2. 衝撃を受けて、機能の再構築・自己組織化

をして更に発展した形で機能を維持する能力である(Folke(2006))。特に東日本大震災後の日本に求められ

ているのは、後者の意味でのレジリエンスであるが、その能力を発揮するには、多少非効率でも多様な道

筋を保持しそれを有効に組み合わせる社会的な能力である。

5-2 レジリエントな社会への課題

レジリエントな社会の形成において、将来にわたって多様な選択肢を確保できる仕組みづくりを検討す

る必要がある。社会に多く存在する様々な選択肢から、試行・適応・順応の繰り返しで発展していくこと

が望ましく、ある独占的な技術が支配的になるロックインの状態や、有用な技術の芽を早い段階で摘んで

しまうことのないようにすることが求められる。欧州では、トランジションマネージメントという概念が

あるが、まさにこうしたことを指摘している。しかしこうした多様性は放っておくと実現しない。

第 3 世代以降の今日的なフォーサイトは、将来は常に可変的なものであり、そのゴールも、ゴールに至

る道筋(パス)も、多様であるということを前提としていることから、これを政策的に用いることでより

レジリエントな社会構築に近づくことが可能となるだろう。

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