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65 3 章 主機モータ概説 ㈱東芝 地球温暖化防止対策として炭酸ガスの排出抑制が重要となっている中、運輸、民生 部門における省エネルギーと炭酸ガス排出量の削減対策の一つとしてハイブリッド自 動車(HEV)の採用や、誘導モータから永久磁石モータ(PM)への転換とその可変速 運転などが注目されている。 乗用車としての HEV は、各自動車会社から量産車が市場投入される状況となって おり、商用車では黒煙、NOx の低減も目的の一つとして、乗り合いバスや小型トラッ クに HEV が投入され都市部で運用されるようになっている。これら HEV には、小型、 高出力、高効率の永久磁石モータを採用するのが主流となってきている。また、民生 部門でもエアコンや洗濯機などの家電製品を中心として省エネのため永久磁石モータ と可変速運転の適用が進んでいる。 1,2) 本章では、HEVEV 等車載モータに要求される特性と、これに対応した各種モー タの特長と適用例を紹介する。 1 車載用モータに要求される特性 1.1 電気自動車(EV)/ハイブリッド自動車(HEV)用モータの駆動特性 3) 電気駆動の自動車の歴史は内燃機関を用いる現在の形の自動車より古く、 1873 年に 英国、R.デビットソンによる実用車にさかのぼり、1885 年に一号車が登場したダイム ラー・ベンツのガソリンエンジン車より古い。その後の燃料インフラの整備に伴い、 内燃機関を用いる自動車が一般的になったが、エネルギー危機の度に電気自動車開発 の機運が高まり、技術の蓄積が図られてきた歴史がある。 現在の HEV 用ドライブシステムは概略、図 3-1 のようになる。HEV ではエンジン とモータ・インバータを組み合わせて最適な駆動力を発生するため、現状のエンジン スペースにモータ・発電機・インバータを収容するので、ドライブシステムとして小 形・高出力、軽量化が求められる。 自動車用モータには図 3-2 に示す特性が求められる。一般の車ではギアをローから トップまで変化させ図のような特性を得ている。これに対して EVHEV 化すること で、モータには坂道発進やエンジン始動時等の低速時に大トルク、中・高速域での加 速・追い越し時に最大出力となる、定トルク、定出力が要求され、かつ可変速範囲が 広いことが望ましい。

第3 章 主機モータ概説 - CATNET2.1 直流モータの特長 EV 用モータとしては、その制御の容易性、車載のバッテリーシステムとの相性、 電車の駆動システムとしての実績と完成度の点から開発の初期には駆動用主モータし

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第 3 章 主機モータ概説

㈱東芝 新 政 憲 地球温暖化防止対策として炭酸ガスの排出抑制が重要となっている中、運輸、民生

部門における省エネルギーと炭酸ガス排出量の削減対策の一つとしてハイブリッド自

動車(HEV)の採用や、誘導モータから永久磁石モータ(PM)への転換とその可変速

運転などが注目されている。 乗用車としての HEV は、各自動車会社から量産車が市場投入される状況となって

おり、商用車では黒煙、NOx の低減も目的の一つとして、乗り合いバスや小型トラッ

クに HEV が投入され都市部で運用されるようになっている。これら HEV には、小型、

高出力、高効率の永久磁石モータを採用するのが主流となってきている。また、民生

部門でもエアコンや洗濯機などの家電製品を中心として省エネのため永久磁石モータ

と可変速運転の適用が進んでいる。1,2) 本章では、HEV、EV 等車載モータに要求される特性と、これに対応した各種モー

タの特長と適用例を紹介する。

1 車載用モータに要求される特性

1.1 電気自動車(EV)/ハイブリッド自動車(HEV)用モータの駆動特性 3)

電気駆動の自動車の歴史は内燃機関を用いる現在の形の自動車より古く、1873 年に

英国、R.デビットソンによる実用車にさかのぼり、1885 年に一号車が登場したダイム

ラー・ベンツのガソリンエンジン車より古い。その後の燃料インフラの整備に伴い、

内燃機関を用いる自動車が一般的になったが、エネルギー危機の度に電気自動車開発

の機運が高まり、技術の蓄積が図られてきた歴史がある。 現在の HEV 用ドライブシステムは概略、図 3-1 のようになる。HEV ではエンジン

とモータ・インバータを組み合わせて最適な駆動力を発生するため、現状のエンジン

スペースにモータ・発電機・インバータを収容するので、ドライブシステムとして小

形・高出力、軽量化が求められる。 自動車用モータには図 3-2 に示す特性が求められる。一般の車ではギアをローから

トップまで変化させ図のような特性を得ている。これに対して EV/HEV 化すること

で、モータには坂道発進やエンジン始動時等の低速時に大トルク、中・高速域での加

速・追い越し時に最大出力となる、定トルク、定出力が要求され、かつ可変速範囲が

広いことが望ましい。

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モータ/発電機

エンジン

インバータ

図 3-1 EV/HEV用ドライブシステム 図 3-2 自動車のトルク特性とHEV/EVモータ

の駆動特性

1.2 代表的な加変速モータ 3~7)

1.1 に示した電気自動車(EV)/ハイブリッド自動車(HEV)用モータに対する要

請に応えるために、これまでに EV/HEV に用いられた代表的な加変速モータを図

3-13 に示す。駆動方式の違いから、正弦波駆動に対して矩形波駆動のモータにブラシ

レス DC モータとスイッチドリラクタンスモータを分類する場合もあるが、DC ブラ

シレスモータは、構造上は永久磁石モータと同じなので、ここでは構造の違いに着目

した図 3-3 の分類で説明を進める。 EV/HEV 用モータとしては、初期には直流モータが広く使われていたが、高速化、

高効率化、保守性の観点から誘導機の適用による交流化が進み、現在ではさらなる高

図 3-3 代表的な加変速モータ

直流モータ

直巻モータ

分巻モータ

複巻モータ

誘導モータ かご型モータ

巻き線型モータ

同期モータ 永久磁石モータ 表面磁石型モータ

埋込み磁石型モータ

永久磁石リラクタンスモータ(PRM)

リラクタンスモータシンクロナスリラクタンスモータ

スイッチドリラクタンスモータ

Low

Second

ThirdTop

回転数/車速

牽引

 トル

定トルク

定出力

最大出力

広い可変運転範囲

Low

Second

ThirdTop

回転数/車速

牽引

 トル

定トルク

定出力

最大出力

広い可変運転範囲

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効率、高出力化のため永久磁石を用いた同期機の適用が拡大している。 永久磁石モータ(PM モータ)は、その磁石配置と回転子の磁気回路構成からいく

つかの形式に分けることが出来、表面磁石型モータ(SPM、Surface Permanent magnet Motor)、埋め込み磁石型モータ(IPM、Interior Permanent magnet Motor)等が有り、用

途や変速範囲により使い分けられている。永久磁石モータは、小型、高効率ではある

が、いずれの形式でも永久磁石は一定磁界であり、変速運転をする場合には回転数に

比例した誘起電圧が発生する。このため、高速回転時に必要なトルクを発生するため、

磁石が発生する磁界を固定子巻き線で低減する、弱め界磁制御を適用する 8,9)。これに

より、高速回転時に固定子電流によるコイル抵抗損や、鉄心に発生する高調波損失に

より効率が低下する欠点がある。トルクを発生するための q 軸成分電流を供給できる

ようにするか、より容量の大きなインバータを用意して対処する必要がある。このよ

うに通常の永久磁石モータは、高速時にトルクを発生するのにトルク電流以上の電流

を供給することや、弱め界磁制御による高調波で固定子鉄心の損失が増加することに

より高速回転時の効率が低下したり、所要インバータの容量が増大したりする点に課

題がある。また、制御や車両の故障時につれ回されると誘起電圧が発生するため、ブ

レーキ力が発生したり回路に高電圧が発生することへの対策も必要となる。 スイッチドリラクタンスモータは、回転子に巻き線が無いため誘導モータのように

回転子に銅損が発生しない、構造が簡単なため製造し易く低コストが見込まれること、

耐遠心力性が高く高速回転に適していることから開発が継続されている。しかしなが

ら振動、騒音が大きいこと、トルクリップルが大きいこと、各種インダクタンスが回

転子位置や磁性材料特性に大きく影響されるため制御方法に多くのノウハウが必要で

あること、ギャップ等、鉄板の製作精度を厳しくする必要があること等のため、その

適用例はそれほど多くない。最近、エアコンのコンプレッサー用モータ、電動工具用

モータへの適用が報告されており、特定用途向けのモータへの適用が開始された段階

である。これら用途以外では、洗濯機用モータや、電動バイク、電気自動車の駆動モ

ータの試作機への適用例が報告されている。

2 直流モータの特長と適用例

2.1 直流モータの特長

EV 用モータとしては、その制御の容易性、車載のバッテリーシステムとの相性、

電車の駆動システムとしての実績と完成度の点から開発の初期には駆動用主モータし

て採用されていたが、ブラシと整流子がある事による保守の必要性、ならびに高速化

に不利なこと、回転慣性が大きく加速のエネルギーが大きく、他モータに比べモータ

体格が相対的に大型となる。このため最近では駆動用主モータへの適用例は、電動カ

ートや電動レースカー以外は少なくなっている。他方、バッテリーシステムとの相性

のよさから補機モータでは、パワーシートやワイパー等、ブラシ付きの直流モータが

主流である。

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また、最近では電気式四輪駆動方式の後輪駆動システムに直流他励モータ(特性的

には後述の分券モータとほぼ同じ)が採用されている。

2.2 直流モータの構造

直流モータの構造とトルク発生の原理を図 3-4 に示す。直流電流で励磁された固定

子側の界磁巻き線ないし、永久磁石で構成されたN極、S極の磁極間に回転子が保持

されている。回転子内には電機子巻き線が設置され、磁極を通過する度にコイルに流

れる電流の向きを反転する整流子とブラシを介して直流電源に接続されている。整流

子とブラシでコイル電流が反転されることにより、例えばN極を通過する間は、図 3-4に示した向きに常に通電されることによりフレミングの左手の法則から、図示した方

向の一定のトルクが発生する。

I BF

N極 S極

回転子 電機子コイル

整流子ブラシ

図 3-4 直流モータの構造とトルク発生

2.3 直流モータの特性 10,11)

直流モータの発生するトルク T と、回転にともない誘起される起電力 E は次式のよ

うになる。 T=pM・If・Ia=ψ・Ia (3.1) E=ωm・pM・If=ωm・ψ (3.2)

ωm=2πN/60 p:極対数、M:電機子と界磁の相互インダクタンス If:界磁電流、Ia:電機子電流、ψ:電機子鎖交磁束 N:毎分の回転数

この時、直流モータの電機子の等価回路は図 3-5 に示すようになり、これから回転

数Nで回転しているときにトルクTに対して必要な電機子電流を求めることが出来る。

直流モータには、界磁巻き線と電機子巻き線の接続方式、すなわち界磁巻き線の励磁

方式に応じて分巻モータ、直巻モータ、複巻モータがあり、図 3-6 と図 3-7 に示すよ

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うなトルク、電機子電流特性となる。 分巻モータは、トルク変動に対して回転数の変化は他の励磁方式に比べ小さい。直

巻モータは負荷がなくなると回転数が急増する特性(Run away)があり適用の際には

注意が必要である。他方電機子電流は、分巻モータでは負荷に比例して増加するが直

巻モータの場合は負荷の増加程には電機子電流は増加せず、また、始動時は電流の二

乗に比例して大きなトルクが発生する利点がある。複巻モータの回転数変化は分巻モ

ータより大きいが、Run away とはならず、また、電機子電流も分巻モータほど増減し

ない。複巻モータは両者の特長を取り入れたと考えることが出来る。 電機子電圧一定の条件で分巻モータを加変速運転する場合は、励磁を変化させて回

転数を変化させることになる。この時のトルクと回転数の関係は図 3-8 に示したよう

になる。回転数をあげる場合は励磁を弱くすれば良いが、高速で、励磁が弱めの場合

は図示した様に負荷が変化した際の回転数変化は大きくなる。この他に、DC-DC コン

バータ等により電機子電圧を変化させ、いわゆるレオナード制御で回転数を変化させ

ることが出来るが、この場合は負荷による速度変化は励磁を変化させる図 3-8 より小

さくなる。 直流モータにはこの他に、界磁巻き線の励磁用に別電源を用意する他励モータがあ

るが、特性はほぼ分巻モータと同様になる。

IaRa

ωmE

図 3-5 直流モータの等価回路

分巻

複巻

直巻

トルク T

回転数 

分巻

複巻

直巻

トルク T

電機子電流 

Ia If

2If

0.5If

トルク T

回転数 

N0

2N0

0.5N0

⊿N0

図 3-6 直流モータのトルク特性

図 3-8 分券直流モータのトルク特性 図 3-7 直流モータの電機子電流特性

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2.4 直流モータの適用例 12)

EV 用には分巻モータ、直巻モータが適用されている。ここでは、直巻モータの適

用例として富士重工で製作された電気自動車のモータを紹介する。 モータの外形は図 3-7 に示す様に直径 195mm、軸長 387mm で、最大トルクは毎分 0回転から 3250 回転の間 70Nm、最大出力は毎分 3600 回転の時に 25kW であった。定

格電圧は 120V、冷却は外部ファンによる強制風冷を採用している。

図 3-9 直流直巻モータの外形図

3 誘導モータの特長と適用例

3.1 誘導モータの特長

EV、HEV 用モータとドライブシステムの開発は、開発の初期に採用した直流モー

タによる可変速システムの欠点である保守性の改善と高速化による小型化と高効率化

を図るため、産業用として実績のある誘導モータとインバータを用いた可変速システ

ムに次第に主流が移っていった。 誘導モータは、EV、HEV 用モータとして適用が検討された時点ですでに産業用途

で十分な開発が行われており、安価で、高速回転に対して堅牢で、かつ、高速時に等

価的な励磁電流を減少することにより誘起電圧が発生し無くなるという特徴がある。

このため、加変速範囲を広くとることが出来る利点がある。また、あまり強調される

ことは無いが、制御や車両の故障時につれ回されても、誘起電圧が発生しないため安

全性が高いことも利点としてあげることが出来る。他方、トルク発生の際、原理的に

回転子の導体に誘導電流が流れるため、発熱と発熱に起因する効率の低下が伴う。ま

た、回転子の冷却が必要となり、モーター体格が大きくなる欠点がある。さらにドラ

イブ側から見ると、励磁に伴い力率が低めとなる。 3.2 誘導モータの構造

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B

ωe’ωm

スロット

▲●

UV

固定子

コイル

回転子

二次導体(バー、巻き線)

図 3-10 誘導モータ(2 極)の構造とトルク発生

誘導モータの構造とトルク発生の原理を図 3-10 に示す。 固定子は、0.5mm 前後の厚みの

電磁鋼板にコイルを収める溝(ス

ロット)を設け軸方向に積層した

固定子鉄心と、この溝に収められ

た三相交流巻き線(固定子巻き線)

から構成される。回転子は、固定

子と同様に電磁鋼板を積層した回

転子鉄心と、回転子スロットに設

置したかご型バーないし、巻き線

(コイル)の二次導体から構成さ

れる。固定子巻き線に三相交流を

流すことにより、固定子内に回転

磁界(B)が発生し、この回転磁

界により回転子内の二次導体にフレミングの右手の法則により起電力と誘導電流が誘

起される。トルクは、この誘導電流と回転磁界によりフレミングの左手の法則で発生

する。 したがって、回転子の機械的な回転(回転角周波数ωm)は、回転磁界(回転角周

波数ωe’)より遅れて回転することになる。この遅れ分を回転磁界の回転速度で正規

化したものがすべりと呼ばれている。 3.3 誘導モータの特性 10,11)

誘導モータは 3.2 で述べたように、固定子巻き線と回転子導体間の電磁誘導によっ

て回転子導体(回路)に電流とトルクが発生している。これは、一種の変圧器と見る

ことが出来、一相当たりの固定子巻き線と回転子回路の電圧、電流の間に図 3-11 の等

価回路を導くことが出来る。 この等価回路から、固定子巻き線の電圧 V1、電流 I1、2 次側回路(回転子)の電圧

V2、電流 I2 とトルクは次の様に表される。

V.

1=[R1+R2/s+jωe(L1+L2)]I.2 (3.3)

I.2=I

.1-V

.1/[Re+jωeM] (3.4)

T=3|I.2|2・R2(1-s)/s (3.5)

s=(ωe-ωm)/ωe (3.6) ωe=2πf (3.7) ωm=2π・N/60 (3.8)

R1:固定子巻き線抵抗 R2:固定子側に置き換えた回転子抵抗

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第 8 章 電動ステアリングシステム

㈱ジェイテクト 松 原 健 1 概説 車には走る、曲がる、止まる、といった基本的機能がある。特に『曲がる』の機能に必

要とされる部品が、ステアリング装置であり、ステアリングホイールとタイヤをつなぎ、

車の進行方向を制御できるしくみとなっている。このステアリング装置も時代とともに変

遷し、1988 年に、株式会社ジェイテクト(旧光洋精工株式会社)が開発した電動パワース

テアリングが、世界ではじめて軽自動車に採用された。その後、電動パワーステアリング

は、省エネによる車の発展と地球環境保全に貢献する製品として需要が急増している。さ

らには、他のシャーシ・駆動系機能との統合制御によって、よりインテリジェントに『曲

げる』機能が操舵装置に求められており、これを実現できる装置のひとつとしてステアバ

イワイヤの研究が行われている。この説では、電動式油圧システムからステアバイワイヤ

までの電動ステアリングシステムとモータに関係する技術について、紹介を行う。

ジェイテクト作成

図 8-1 ステアリングへの要求

2 電動式油圧パワーステアリングシステムと機電一体構造

運転者の操舵負担を軽くしたいという要求から開発されたのが油圧式パワーステアリ

ングであり、油圧によってラックを押し操舵アシストを行う。アシスト量は、トーション

バーというバネのねじられた角度を油圧バルブが検知し、自動で油圧調整を行い操舵をア

シストするシリンダーに油を供給する。省エネルギー効果を目的として、油圧ポンプをエ

ンジン駆動でなくモータで駆動しているのが電動式油圧パワーステアリングである。電動

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ジェイテクト作成

図 8-2 電動ポンプ式油圧パワーステアリングシステム構成例

ポンプユニットの構成は図 8-3 に示すように、ポンプ、リザーバタンク、モータ、コント

ローラを機電一体とすることで、搭載位置の自由度をあげている。モータは、パワーアシ

スト時の急な回転の立ち上がりに対応できる様に、慣性モーメントの小さいブラシレスモ

ータを使用する。磁石はフェライト磁石である。また、矩形波駆動を行っている電動ポン

プ用モータは、通電角・通電位相制御によりモータの高出力化をおこなっている。

ジェイテクト作成 ジェイテクト作成

図 8-3 コントローラ・モータ 図 8-4 システム制御ブロック図 一体型ポンプユニット

3 電動パワーステアリングシステム用高機能モータの現状

3.1 システム構成と基本原理

電動パワーステアリングシステムのアシスト機構は、図 8-5 に示すように油圧式パワー

ステアリングと違いモータの力を使って電気的にアシストが行われていることが特徴で

ある。基本動作を以下に説明する。 ①ステアリングホイールに加えられた操舵力は、トーションバーの捩れとしてトルクセ

ンサによって検出され、コントローラに電気信号として出力する。 ②コントローラは、トルクセンサの信号と車速センサの信号をもとにモータ電流を制御

する。

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ジェイテクト作成

図 8-5 システム構成

③モータは電流の大きさに応じたトルクを発生し、減速機によりトルクが増幅されてア

シストトルクとして出力軸に伝達される。 ④アシストトルク(モータトルク)は、車速に応じて制御され、車に適した操舵力のチ

ューニングを行う。 ⑤操舵力とアシストトルクが合成された出力軸のトルクは、ラック軸力として変換され、

ナックルアームを押しタイヤ角を変える。

コラムタイプの電動パワーステアリングの軸力計算式を以下に示す。 F={(Ti+Tm×Rr×ηr)×2×π×1000×ηp}/Sr

F :ラック軸力 [N] Ti :ステアリングホイールを操舵するトルク[Nm] Tm :モータトルク[Nm] Rr :減速機の減速比 Hr :減速機の効率 Hp :ラックアンドピニオンの効率 Sr :ラックアンドピニオンのストロークレシオ 「mm/rev」 3.2 電動パワーステアリングシステムの市場・種類

電動パワーステアリングは、油圧パワーステアリングと比較して、エンジンの負担とな

る補機がないうえに、モータ駆動の電力消費が、ステアリングホイールを操舵したときに

限定される為、燃費が改善される。また、油を使用しないことから、環境面でのイメージ

は良い。更に、油を使った配管が不要であり、車両への搭載性はよくなること、車の情報

システム制御の発展において、車両側の信号を使いソフトウェアでの操舵特性のチューニ

ングが容易に出来るといったメリットがあることも大きな特徴である。特に、現在では省

エネルギー問題、排ガス規制の中で、省エネによる車の発展と地球環境保全に貢献する製

品として電動パワーステアリングの採用が急増している。

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表 8-1 電動パワーステアリング種類

図 8-6 ステアリング世界市場 ジェイテクト作成

電動パワーステアリングは、モータの取り付け位置によりタイプがわかれていて、車両

搭載において、干渉を回避したシステムの提案が可能である。但し、コラムタイプの場合

には、車室内の静粛性向上に伴い、モータには低騒音・低振動設計が要求されると共にス

テアリングホイール軸とギヤを連結するインタミディエイトシャフトの強度アップも求

められる。また、エンジンルーム内については、耐熱性および防水性のほかに薬品や塩水

による耐腐食性の設計が要求される。

3.3 モータへの厳しい要求内容とモータ種類の分布

電動パワーステアリング用のモータは、人間の手の力をアシストする一方で、手とタイ

表 8-2 モータ要求項目

図 8-7 モータ使用領域例