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第 8章解説のまとめ核子の構造
岡田 勝吾
2005/12/22
1 第8章の要旨
原子に α粒子を当ててそれの散乱する様子を調べた結果,α粒子の中には大角度で散乱されるものがあ
る事実から Rutherfordは原子の中心には原子核があることを知った。また,大角度で散乱される確率は原子核の帯びている電荷の2乗に比例するという理論式から原子核の電荷の大きさも知った。
この Rutherfordのアイデアを核子,すなわち,陽子や中性子にそれらより小さな電子を当てて,それの散乱の様子を調べることで核子はクォーク (quark)で構成されていることがわかった。
2 電子-陽子弾性散乱
2.1 電子-電子弾性散乱
図 1: 電子-電子弾性散乱 (実験室系)
電子 (入射エネルギー E À mec2)が静止した電子に衝突し
て θ 方向に散乱したとき,実験室系での散乱断面積は電子の
スピンを無視すると次のように与えられる (Rutherfordの散乱公式)。
dσ
dΩ=
α2
4E2 sin2 12θ
(1)
スピンも考慮したときの散乱断面積は,次のように与えられる (Mottの散乱公式)。( dσ
dΩ
)Mott
=α2 cos2 1
2θ
4E2 sin2 12θ
(2)
ここで αは微細構造定数である。
2.2 電子-陽子弾性散乱 (陽子を点状粒子と見なした場合)
図 2: 電子-陽子散乱 (実験室系)
電子が陽子によって散乱されるのは,2粒子間を仮想光子
(virtual photon)を交換することで相互作用をするからであ
る,と仮定する。図 2において P, P ′は電子の散乱前後の 4元運動量,P ∗, P ∗′ は陽子の散乱前後の 4元運動量,qは仮想光
子を介して電子から陽子へ移った 4元運動量 (4元運動量移行)である。陽子は質量Mの点状粒子とみなす。以下の計算では c = 1とする。まず、電子について
P 2 = E2 − |~p|2 = m2e (3)
P ′2 = E′2 − |~p′| = m2e (4)
また
q2 ≡ |P − P ′|2 = (E − E′)2 − (~p − ~p′)2
= 2m2e + 2pp′ cos θ − 2EE′ (5)
1
E À me, E ∼ pだから
q2 = −2EE′(1 − cos θ) = −2EE′ sin2 θ
2(6)
次に陽子について,同様に考えていくと
P ∗2 = M2 (7)
P ∗′2 = (P ∗ + q) = P ∗2 + P ∗ · q + q2 = M2 (8)
2式から
P ∗ · q + q2 = 0 (9)
ここで,P ∗ · q = M(E − E′)であることを用いると
E′ =E
1 + 2ME sin2 1
2θ(10)
となる。一般に,陽子のようなDirac粒子で電子が散乱したときの実験室系での散乱断面積は次のように与えられる。
dσ
dΩ=
α2 cos2 12θ
4E2 sin4 12θ︸ ︷︷ ︸
=(dσ/dΩ)Mott
·E′
E
[1 − q2
2M2tan2 1
2θ]
(11)
2.3 電子-陽子弾性散乱 (陽子が広がりのある粒子と見なした場合)
標的粒子が今までの点状粒子とは違い,広がりがあるときを考えてみる。ここで,点状粒子のときと比べ
て散乱角分布が変化する度合いを表す形状因子 (form fuctor)F (q2)を導入する。
F (q2) =∫
d3rei~q·~rρ(~r) (12)
ここで,∫
d3rρ(r) = 1で規格化すれば F (0) = 1であるから,散乱断面積は一般に
dσ
dΩ=
( dσ
dΩ
)point like︸ ︷︷ ︸
標的が点状粒子の場合
·|F (q2)|2 (13)
で与えられる。
標的の陽子が広がりのある粒子と見なしたときの,電子-陽子弾性散乱の散乱断面積は
dσ
dΩ=
α2 cos2 12θ
4E2 sin4 12θ︸ ︷︷ ︸
=(dσ/dΩ)Mott
·E′
E·[ (
F 21 +
κ2Q2
4M2F 2
2
)︸ ︷︷ ︸
=A(Q2)
+ · Q2
2M2(F1 + κF2)2︸ ︷︷ ︸=B(Q2)
tan2 12θ]
(14)
で与えられる (Rosenbluthの散乱公式)。ここで,Q2 = −q2, F1(q2), F2(q2)は形状因子でF1(0) = F2(0) = 1を満たす1。(14)式を書き直してみる。A(Q2), B(Q2)は (14)式で定義したとおりである。
dσdΩ(
dσdΩ
)Mott
· E′
E
= A(Q2) + B(Q2) tan2 12θ (15)
1陽子を点状の Dirac 粒子とするならば,F1(q2) = 1, κF2(q2) = 0 とする。中性子ならば電荷がゼロだから,F1(0) = 0 としなければいけない。
2
図 3: Rosenbluthの散乱公式
図 4: 電子スペクトロメーター
様々なエネルギー,散乱角での散乱断面積を測定して,
Q2が一定のデータを集めて tan2 12θを変数としてプロット
していくと直線になる (図 3)。これは,(15)式からも予想される。そして,その直線の傾きと切片からA(q2), B(q2)が計算できて結果的に陽子の形状因子が得られる。
McAllisterと Hofstadterは,Stanfordの線形加速器2
で 188MeVに加速した電子ビームを水素ガス標的にぶつけて,電子-陽子弾性散乱を測定した。これは,標的の回りで電子スペクトロメーターを移動させて散乱断面積を
測る (図 4)。彼らは測定した散乱断面積から,低い運動量移行での形状因子を得て,陽子の電荷の rms半径3 を
決めた。
q · r ¿ 1として (12)式を展開すると
F (q2) =∫
d3rρ(r) exp(i~q · ~r)
=∫
d3rρ(r)[1 + i~q · ~r − 1
2(~q · ~r)2 − · · ·
]= 1 +
∫d3rρ(r) · i~q · ~r − 1
2
∫d3rρ(r)(~q · ~r) − · · ·
d3r = r2drd(cos θ)dϕで第 2項,第 3項を積分すると
F (q2) = 1 − 46πq2
∫drρ(r)r4 + · · · (16)
ここで,< r2 >≡∫
d3rρ(r)r2 = 4π∫
drρ(r)r4 だから
F (q2) = 1 − 16q2 < r2 > =⇒ < r2 >= −6
dF (q2)dq2
(17)
実験データから, < r2 >1/2= 0.74 ± 0.24[fm] とわかった。
3 電子-陽子非弾性散乱
3.1 電子-陽子非弾性散乱
図 5: 深非弾性散乱
1960 年代後半から,SLAC でさらなる高エネルギー (∼18GeV)での電子-陽子の散乱実験が始まった。これぐらいの高エネルギーでは
ep → epππ · · · (18)
ep → enππ · · · (19)
といった非弾性散乱がほとんどである。
図 5は電子と陽子の深非弾性散乱の様子を示した図である。陽子は電子との散乱によっていくつかのハドロンになる。k, k′は散乱前後の電子の 4元運動量,E, E′は
散乱前後の電子のエネルギー,P は陽子の散乱前の 4元運動量,W は陽子の散乱後のハドロンの系の 4元
2the Stanford Linear Accelerator Center, SLAC3root-mean-square radius
3
運動量,そして,qは電子から陽子へ移った 4元運動量とする。電子-陽子弾性散乱のときと同様にして,4元運動量移行の 2乗を計算すると
Q2 ≡ −q2 = 4EE′ sin2 12θ (20)
次に,
W 2 = (P + q)2 = P 2 + 2P · q + q2 (21)
q · P = (k − k′) · P = Mν (22)
ここで,E − E′ = ν,陽子の質量をM としている。(21), (22)から
W 2 = M2 + 2Mν − Q2 (23)
が得られる。ちなみに,W = M のとき弾性散乱である。
非弾性散乱のときの散乱断面積を考える際,陽子の終状態ひとつひとつ調べるのは難しい。そこで,電子
の終状態のみに注目して陽子の終状態に関してはあらゆる可能性を含む散乱断面積4を考える。電子-陽子非弾性散乱の場合の散乱断面積は
d2σ
dΩdE′ =α2 cos2 1
2θ
4E2 sin4 12θ︸ ︷︷ ︸
(dσ/dΩ)Mott
[W2 + 2W1 tan2 1
2θ]
(24)
となる。W1, W2は構造関数 (structure function)と呼ばれるQ2, ν を変数とする関数である。この構造関
数は陽子の内部構造の情報を含む。
構造関数W1, W2を別々に決めるには,E′, ν の 2つの場合の値での散乱断面積を測定する必要がある。これは,電子の入射エネルギー E を大きくすれば可能である。
SLACでの電子-陽子非弾性散乱の実験で,次の 2つの重要な結果が得られた。
1. Q2 が増加しても νW2 は減少しない。
2. νW2 は ω = 2MνQ2 の値の変動には依存する。
Bjorkenは,このような振る舞いをスケーリング (scaling)と紹介した。そして,彼は 1968年まで深非弾性散乱を,核子は点状粒子 (のちのクォーク)で構成されていると考えて考察した。
3.2 パートン模型
スケーリングを説明するための描像が Feymann によって提案された。それをパートン模型 (parton
model) と呼ぶ。パートン模型では,陽子はパートン (parton) と呼ばれる構成粒子から作られている。
パートン及びパートン模型での深非弾性散乱は次のように考える。
1. 陽子の持つ運動量やエネルギーはパートンに配分されている。
2. 電子-陽子深非弾性散乱は,電子と 1つのパートンの弾性散乱であり,終状態のハドロンは散乱されたパートンと,そうでないパートンが散乱後に変化したものと見る。
3. 核子中のパートンは何らかの力で互いに強く結合しているが,電子との弾性散乱の際は,自由な粒子のように振舞う。
4. 電子の散乱断面積は,パートンと弾性散乱した電子のみを観測していると考える。
4このような散乱断面積を包含的散乱断面積 (inclusive scattering cross section) という。
4
図 6: パートン模型
陽子のもつ運動量を P としよう。そして,1つのパートンの運動量は陽子の x倍 (0 < x < 1)とする。図 6はパートン模型での電子-陽子深非弾性散乱の様子である。図において,1つのパートンが電子と弾性散乱したとしよう。そのパートンの
始状態,終状態の 4元運動量をそれぞれ pi, pf とする。また,
この散乱は陽子及びパートンの質量が無視できるくらい高エ
ネルギーだとする。このとき,p2f = (pi + q)2 = (xP + q)2 ≈ 0
より
x2P 2 + 2xP · q + q2 ≈ 0
=⇒ Q2 = 2xP · q = 2xMν (25)
ここで,x2P 2 ¿ q2 としている。
パートン模型と (24)式の構造関数を結びつけることを考える。まず、以下のようにローレンツ不変量を定義する。
s ≡ 2ME, x ≡ Q2
2mν, y =
ν
E(26)
また,構造関数W1, W2 を以下のような無次元の関数に書き直す。但し,これらは形状因子ではないこと
に注意。
F1 = MW1, F2 = νW2 (27)
(26), (27)を用いて (24)の散乱断面積を書き直すと
d2σ
dxdy
∣∣∣Lab
=4πα2s
Q4
12[1 + (1 − y)2]2xF1 + (1 − y)(F2 − 2xF1) −
M
2ExyF2
(28)
電子と単位電荷の Dirac粒子との散乱断面積は
dσ
dy
∣∣∣Lab
=4πα2xs
Q4
12[1 + (1 − y)2] − M
2E
(29)
で与えられる。これを使って,電子と 1つのパートンとの散乱断面積を考える。今,陽子の中の i番目の
パートンの電荷を λi,運動量分布関数を qi(x)とすると,パートンの運動量が x ∼ x + dxの間にある確率
は qi(x)dxだから,散乱断面積は
dσ
dy
∣∣∣Lab
=4πα2xs
Q4
12[1 + (1 − y)2] − M
2E
λ2
i qi(x)dx (30)
となる。これを,陽子の中のすべてのパートンについて足し合わせると
d2σ
dxdy
∣∣∣Lab
=4πα2xs
Q4
12[1 + (1 − y)2] − M
2E
∑i
λ2i qi(x) (31)
(28)と (31)を比較すると,陽子の構造関数 F1, F2 がわかる。F2 = 2xF1 (Callan-Grossの関係式)F1 = 1
2
∑i λ2
i qi(x)F2 = x
∑i λ2
i qi(x)
(32)
パートンは後のクォーク5である。uクォークの分布関数を u(x),・・・とすると構造関数は
5実際にはパートンは核子の中に存在するクォークとグルーオンを意味する。
5
F1 =12
[49u(x) +
19d(x) +
19s(x) +
49u(x) +
19d(x) +
19s(x)
](33)
F2 = x[49u(x) +
19d(x) +
19s(x) +
49u(x) +
19d(x) +
19s(x)
](34)
となる。
結果を見るとわかるように,F1, F2 は Q2 に依存しない関数である。これから,パートン模型はスケー
リングを見事に説明していることが分かる。一方,中性子の構造関数は陽子との荷電対称性から
Fn2 = x
[49d(x) +
19u(x) +
19s(x) +
49d(x) +
19u(x) +
19s(x)
](35)
となる。
価クォーク・海クォーク— ここで,構造関数を見ていただくと分かるように,陽子を構成するパートンに
sクォークも含まれている。核子の中にはまず,核子の量子数を決める価クォーク (valence quark)があ
る。これは,核子が,より一般的に言えばハドロンがどのようなクォークで構成されているかで,ハドロン
を分類するのに使われる (陽子は uud,中性子は uddで構成されている)。もうひとつは,海クォーク (sea
quark)と呼ばれるものである。これは,例えば陽子では uudで構成されているが,ある一瞬を見ると陽子はさらに多くのクォーク対 (qq)が含まれていると考える。海クォークは低いエネルギーに集中しているとされる。
さて,核子中の sクォークは全て海クォークであるから,その総数はゼロだから∫dx[s(x) − s(x)] = 0 (36)
である。陽子,中性子の電荷をクォークの電荷を考慮して表すと∫dx
[23u(x) − u(x) − 1
3d(x) − d(x)
]= 1 (37)∫
dx[23d(x) − d(x) − 1
3u(x) − u(x)
]= 0 (38)
という関係が得られる。この 2式から∫dx[u(x) − u(x)] = 2 ,
∫dx[d(x) − d(x)] = 1 (39)
となり,陽子の価クォークが分かる。
4 ニュートリノ-核子深非弾性散乱
4.1 核子標的の場合
図 7: ニュートリノ-核子散乱
ニュートリノと核子の散乱をパートン模型を使って考えて
みる。ニュートリノと核子が散乱すると
νµ + nucleon → µ− + hadrons (40)
νµ + nucleon → µ+ + hadrons (41)
のような反応を起こす。弱い相互作用が関与する反応では,パ
リティが保存しないのでニュートリノ散乱の構造関数の数は電
6
子散乱の場合よりも多い。ニュートリノ散乱の散乱断面積は x = Q2
2Mν , y = νE を用いて以下のように与え
られる。
d2σν
dxdy=
G2F ME
π
[(1 − y)F ν
2 + y2xF ν1 +
(y − y2
2
)xF ν
3
](42)
d2σν
dxdy=
G2F ME
π
[(1 − y)F ν
2 + y2xF ν1 +
(y − y2
2
)xF ν
3
](43)
GF は fermi結合定数である。一般に F ν1 , F ν
2 , F ν3 は Q2, ν の関数であるが,Bjorken極限6では xの関数
になる。核子の構造関数 F1, F2, F3 を導こう。
まず,ニュートリノ (ν)と核子中の 1つのパートン (q)の散乱を重心系で考えてみる。今,ニュートリノとパートンが散乱して,その散乱角が 180°であったとする。ニュートリノは左巻き (ヘリシティ:負)で,反ニュートリノは右巻き (ヘリシティ:正)である。また,パートン (q)を左巻きの粒子としき,その反粒子 (q)は右巻きである。
図 8: ニュートリノ (ν)-パートン (q)散乱
νq散乱ではどちらの粒子もヘリシティは負であるから,いかなる角度に散乱されたとしても終状態の全
角運動量も Jz = 0で全角運動量は保存される。一方,νq散乱では,始状態の全角運動量は Jz = −1であるのに対して,終状態の全角運動量は Jz = +1と保存されないことがわかる。それぞれの散乱断面積は以下のように与えられる。
dσ
dΩ(νq散乱) =
G2F s
2π2(44)
dσ
dΩ(νq散乱) =
G2F s
2π2
(1 + cos θ)2
4(45)
(44)と比較して (45)の (1+cos θ)2
4 は,上で述べたように νq散乱では θ = πの散乱のときは全角運動量が保
存されないことを考慮してである。この 2式は y = 1−cos θ2 と変数変換して,ニュートリノはスピン平均を
考えなくてもいいことから,以下のように書き直せる。
dσ
dy
∣∣∣cms
(νq, νq散乱) =G2
F s
π(46)
dσ
dy
∣∣∣cms
(νq, νq散乱) =G2
F s
π(1 − y)2 (47)
さて,核子の中にはたくさんのパートンがあるので,i番目のパートンの運動量分布関数を qi(x)としよう。核子には反粒子のパートンもあるので,それの分布関数は qi(x)とする。パートンの運動量が x ∼ x + dx
である確率は qi(x)dxと書ける。あとは電子-陽子深非弾性散乱のときと同じようにして足し合わていくと
d2σν
dxdy=
2MEG2F
π
∑i
x[qi(x) + qi(x)(1 − y)2] (48)
d2σν
dxdy=
2MEG2F
π
∑i
x[qi(x) + qi(x)(1 − y)2] (49)
6ν → ∞, Q2 → ∞, 2MνQ2 (= x) = finite
7
となる。標的はスピン 1/2のフェルミオンだから Callan-Grossの関係式 (F ν2 = 2xF ν
1 )を使って (42),(43)式を書き直すと
d2σν
dxdy=
MEG2F
π
[Fµ2 + xFµ
3
2+
Fµ2 − xFµ
3
2(1 − y)2
](50)
d2σν
dxdy=
MEG2F
π
[F µ2 + xF µ
3
2+
F µ2 − xF µ
3
2(1 − y)2
](51)
(48)~(51)を比較すると,構造関数は
F ν1 =
∑i
[qi(x) + qi(x)] (52)
F ν2 =
∑i
2x[qi(x) + qi(x)] (53)
F ν3 =
∑i
[qi(x) − qi(x)] (54)
となる。ここで,Fµ2 が海クォーク,Fµ
3 が価クォークを表す。核子の sクォークの存在や cクォークの生成を考えなければ,ニュートリノとクォークの反応は電荷保存則とレプトン数保存則から
νµ + d → µ− + u, νµ + u → µ− + d (55)
νµ + u → µ+ + d, νµ + d → µ+ + u (56)
が許される。すると,陽子標的の場合の構造関数は次のように決まる。F ν
1 = d(x) + u(x)F ν
2 = 2x[d(x) + u(x)]F ν
3 = 2[d(x) − u(x)]
F ν
1 = u(x) + d(x)F ν
2 = 2x[u(x) + d(x)]F ν
3 = 2[u(x) − d(x)]
(57)
4.2 アイソスカラー標的の場合
陽子標的,中性子標的の場合の構造関数はそれぞれ
F νp2 = 2x[d(x) + u(x)], F νn
2 = 2x[u(x) + d(x)] (58)
だから,アイソスカラー標的のときの構造関数は uと dの平均をとって
F ν2 =
F νp2 + F νn
2
2= x[u(x) + d(x) + u(x) + d(x)] (59)
xF ν3 = x
F νp3 + F νn
3
2= x[u(x) + d(x) − u(x) − d(x)] (60)
2つの構造関数を (50),(51)に代入すると
d2σν
dxdy=
MEG2F
πx[q(x) + q(x)(1 − y)2
](61)
d2σν
dxdy=
MEG2F
πx[q(x) + q(x)(1 − y)2
](62)
但し,q(x) ≡ u(x) + d(x), q(x) = u(x) + d(x)としている。
8
4.3 ニュートリノ散乱の全断面積
(61)式を xで積分しよう。
dσν
dy=
MFG2F
π
[ ∫xdxq(x) +
∫xdxq(x)(1 − y)2
](63)
ここで,∫
xdxq(x) ≡ Q,∫
xdxq(x) ≡ Qとおこう。次に,y で積分する。y = 1−cos θ2 だから積分範囲は
0 ≤ y ≤ 1である。
σν =MEG2
F
π
[Q
∫ 1
0
dy + Q
∫ 1
0
dy(1 − y)2]
=MEG2
F
π
[Q +
13Q
](64)
同様にして
σν =MEG2
F
π
[Q +
13Q
](65)
クォークのほうが反クォークよりも陽子の運動量をより多く担っていると期待されているので
σµ
σµ≈ 1
3(66)
と予想される。また,(64)式にM = 938[MeV/c2], GF = 1.17 × 10−5[GeV−2] を代入して計算すると
σν
E= 1.56
[Q +
13Q
]10−38[cm2/GeV] (67)
全断面積の測定は CERNで液体フレオンの泡箱を用いてされた。ニュートリノビーム,反ニュートリノビームはそれぞれ CERNの陽子シンクロトロン (PS)で生成された。当時,低エネルギー (Eν <10GeV)での全断面積が測定され,ニュートリノ散乱では σν
E = (0.74 ± 0.02) × 10−38[cm2/GeV], 反ニュートリノ散乱では σν
E = (0.28 × 0.01) × 10−38[cm2/GeV] と予想していた値と良く合っていた。その後,実験
が繰り返され,現在ではニュートリノ散乱では σν
E = 0.67 × 10−38[cm2/GeV] ,反ニュートリノ散乱では
σν
E = 0.34 × 10−38[cm2/GeV] と分かっている。
5 その他について
5.1 グルーオンの存在
上で定義したQ, Qはそれぞれ核子中のクォーク,反クオークが担う全運動量を与える。全断面積の実験
データを (67)式に代入して
0.67 × 10−38 = 1.56[Q +
13Q
]10−38 (68)
0.34 × 10−38 = 1.56[Q +
13Q
]10−38 (69)
2式を足し合わせて
Q + Q ' 0.49 (70)
これは,核子の中の全クォークの担う運動量である。しかし,クォークだけでは核子の全運動量を担いきっ
ていないことがわかる。残り約半分の運動量を担っているのがグルーオン (gluon)である。グルーオンは
クォーク間の相互作用の原因となる粒子である。従って,核子の中にはクォークとグルーオンが存在するこ
とになる。よって,パートンとはクォークとグルーオンを意味することになる。
9
5.2 電子とニュートリノ散乱による構造関数の比較
電子とアイソスカラー標的との散乱での構造関数を考えよう。陽子及び中性子の構造関数は (34),(35)式で与えられるので,アイソスカラーの構造関数は
F e2 =
F ep2 + F en
2
2=
518
x[u(x) + d(x) + u(x) + d(x)] +19[s(x) + s(x)] (71)
となる。ここで,sクォークを無視すると F e2 = 5
18x[u(x) + d(x) + u(x) + d(x)] となり,ニュートリノとアイソスカラー標的の散乱の構造関数 (59)と比較すると,以下の関係があることがわかる。
F e2 =
518
F ν2 (72)
このクォークモデルが正しければ,アイソスカラー標的に関しては (72) 式の関係が成り立つ。実際にミューオンとニュートリノの散乱の構造関数を測定したデータを以下に示す。図 9 において,構造関数は
図 9: ミューオンとニュートリノの散乱による構造関数の比較
F2 = x[q(x) + q(x)] (73)
xF3 = x[q(x) − q(x)] (74)
qν(x) = x[u(x) + d(x) + 2s(x)] (75)
としている。F2 のデータに注目して,CDHSのグループがニュートリノの構造関数 F ν
2 を実験で測定
してプロットしている (印)。そして,EMCのグループがミューオンの構造関数を実験で測定してい
る。但し,グラフにプロットする際,F ν2 と比較で
きるように 185 Fµ
2 としていることに注意 (印)。図9 から両者は良くフィットしていることがわかる。よって,構造関数を測定する実験からクォークとは
核子の中に実在することが立証された。
5.3 構造関数のQ2依存性について
図 10: 構造関数の Q2 依存性
最後に,構造関数のQ2の依存性について少し触れる。スケーリ
ングが成立しているときは,構造関数は xのみの関数でQ2には依
存していないとされている。しかし,量子色力学 (QCD)によると,構造関数はQ2に依存するとされる。すなわち,スケーリングは破
れている。
図 10はニュートリノの深非弾性散乱の構造関数 F2 を xの値を
固定して,Q2 の依存性の実験をした結果である。スケーリングで
は xを固定したとき構造関数はQ2に依存しないので,グラフは直
線になるはずであるが,xの大きい領域では Q2 が増えるにつれて
構造関数は減少し,xの小さな領域では,Q2 が増えるにつれて構
造関数は増大する。このスケーリングからのずれは,間接的ではあ
るがグルーオンの存在の証拠となっている。
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