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- 1 - 第 91 回内科学研鑽会臨床病理検討会報告書 日時:2018 年 2 月 24 日(土) 15 時より 場所:名古屋逓信病院 南館 3 階会議室 主討論:堺市立総合医療センター 総合内科 菊池航紀 医師 司会:松波総合病院 総合内科 傍島卓也 医師 症例:透析患者に生じた下痢と血球減少 <症例呈示> 【症例】72 歳 女性 【主訴】下痢 【既往歴】X-37 年乳癌(左乳房切除術) X-8 年腰部脊柱管狭窄症手術 X-6 年両白内障手術 X-5 年腰部脊柱管狭窄症手術, ペースメーカー埋込術(洞不全症候群) 【生活歴】喫煙なし 飲酒なし 【家族歴】未聴取 【アレルギー歴】未聴取 【入院前処方薬】 ビルダグリプチン 50mg×2/日 ミグリトール 50mg×3/日 ピタバスタチン 2mg×1/日 炭酸沈降カルシウム 500mg×2/日 セレコキシブ 100mg×2/日 エソメプラゾール 20mg×1/日 ポラプレジンク 75mg×1/日 ラクトミン 1g×3/日 ロフラゼプ 1mg×1/日 ロペラミド1mg 頓服 ダルベポエチンアルファ 120μg/週(透析時) ノイロトロピン 3ml×3/週(透析時) アルプロスタ ジル10μg×3/週(透析時) エチレフリン 10mg×3/週(透析時) 【入院までの経過】本人から聴取,内容が二転三転すること頻回 X-16 年頃糖尿病と診断。当時から高血圧症も指摘,いずれも治療していたように思う。X-12 年頃インスリン自己注射開始。 X-9 年当院腎臓内科初診,X-6 年当院で維持血液透析開始。開始数か月後より A 病院で週 3 日の血液透析を継続。X-4 年夫 他界,以後独居(アパート 1 階)。この頃から慢性的な腰痛が悪化し,自宅内をほぼ車椅子で移動。起立可。透析日以外はほと んど外出せず,近隣在住の夫の旧友を除き,医療介護関係者以外の人との交流はほとんどなし。日常生活動作ほぼ自立。週 3 日(非透析日)のデイサービス,週数回の訪問ヘルパーの利用。昼はデイサービス及び A 病院での給食,朝・夕は自分やヘルパ ーが作った食事摂取。練り物・乳製品・しらす・エビなどを特に食べないようにしていた。 X 年 1 月頃から摂食量が減少。6 月から肉眼的血尿が時々あり,7 月に当院泌尿器科で治療。8 月初旬から1日 5 回の水様 性下痢が持続。この頃低血糖が何度かあり,インスリン減量(グラルギン 0~8 単位/日程度)。19 日頃から下痢なし。22 日朝に 下腿浮腫自覚,肉眼的血尿あり。同日 8 時頃,血尿で体が汚れたので,普段ほとんど利用しない風呂場へ行き裸でシャワーを浴 びた。それ以降のことは覚えがないが,気付くと風呂場で倒れて動けなくなっていた。「困った,どうしよう」と考えたが,しばらくす ると再び意識を失った。以後,覚醒と意識消失を反復したようだが記憶が定かではない。どれくらいの間意識消失あったか不明。 23 日早朝,新聞配達の物音に気付いて助けを求めた。その後,室内へ入ってきた管理人らに手伝ってもらい着衣。8 時前当院 救急搬送,総合内科入院。入院以後意識消失なし。車椅子生活。入院後下痢再燃。貧血の治療(赤血球輸血 2 単位)や下痢の 治療(内服)をし,9 月 13 日に自宅退院。 退院後,10 回/日以上の褐色水様性下痢が続き,オムツ内に便意なく排泄すること頻回。排尿は日中 3-4 回,夜間 1 回程度。 排尿困難感なし。A 病院より食事励行され,努力して 1 日 3 食摂取。1 食当たり,米飯か粥をサジ 2 杯から茶碗 1/3 杯程度,魚か 野菜の煮物少量。飲水量はコップ 1 杯/日以下。10 月 20 日トイレで倒れ動けないでいるところを夫の旧友が発見。意識消失な し。その日はその旧友がタクシーで透析送迎。21 日夕,自力での移動困難となり,自ら救急要請して当院救外搬送。同日,当院 総合内科再入院。 【過去の資料】(※血液検査推移は一覧表参照) ●A 病院からの紹介状 X 年 1 月頃ドライウェイト(裸体重)64kg,hANP200pg/ml 程度。5 月ドライウェイト 60kg,hANP188pg/ml。8 月ドライウェイト 57.5kg。 ●当院泌尿器科カルテ X-4 年 6 月肉眼的血尿で当院泌尿器科初診。出血性膀胱炎と診断。数日後に尿閉となり入院。持続膀胱洗浄実施して退院。 X-3 年 7 月肉眼的血尿で再診,抗菌薬治療で軽快。X 年 7 月 20 日受診時尿培養で ESBL 産生大腸菌検出。27 日本人より尿 道口付近の痛みの訴えあり,膀胱鏡検査実施。粘膜に腫瘍性病変なし。膀胱膨らまないため,慢性膀胱炎と診断。1 週間の AMPC/CVA 処方。

第91 回内科学研鑽会臨床病理検討会報告書kensankai.lolipop.jp/frontpage/CPC/CPC91/z91-CPC.pdf生命徴候 BT37.1 PR70/分(整) BP130/60mmHg RR15/分 SpO2 98%(room

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    第 91 回内科学研鑽会臨床病理検討会報告書

    日時:2018 年 2月 24 日(土) 15 時より

    場所:名古屋逓信病院 南館 3 階会議室

    主討論:堺市立総合医療センター 総合内科 菊池航紀 医師

    司会:松波総合病院 総合内科 傍島卓也 医師

    症例:透析患者に生じた下痢と血球減少

    <症例呈示>

    【症例】72 歳 女性

    【主訴】下痢

    【既往歴】X-37 年乳癌(左乳房切除術) X-8 年腰部脊柱管狭窄症手術 X-6 年両白内障手術 X-5 年腰部脊柱管狭窄症手術,

    ペースメーカー埋込術(洞不全症候群)

    【生活歴】喫煙なし 飲酒なし

    【家族歴】未聴取

    【アレルギー歴】未聴取

    【入院前処方薬】

    ビルダグリプチン 50mg×2/日 ミグリトール 50mg×3/日 ピタバスタチン 2mg×1/日 炭酸沈降カルシウム 500mg×2/日

    セレコキシブ 100mg×2/日 エソメプラゾール 20mg×1/日 ポラプレジンク 75mg×1/日 ラクトミン 1g×3/日 ロフラゼプ

    1mg×1/日 ロペラミド1mg頓服 ダルベポエチンアルファ120μg/週(透析時) ノイロトロピン3ml×3/週(透析時) アルプロスタ

    ジル 10μg×3/週(透析時) エチレフリン 10mg×3/週(透析時)

    【入院までの経過】本人から聴取,内容が二転三転すること頻回

    X-16 年頃糖尿病と診断。当時から高血圧症も指摘,いずれも治療していたように思う。X-12 年頃インスリン自己注射開始。

    X-9年当院腎臓内科初診,X-6年当院で維持血液透析開始。開始数か月後より A病院で週 3日の血液透析を継続。X-4年夫

    他界,以後独居(アパート 1 階)。この頃から慢性的な腰痛が悪化し,自宅内をほぼ車椅子で移動。起立可。透析日以外はほと

    んど外出せず,近隣在住の夫の旧友を除き,医療介護関係者以外の人との交流はほとんどなし。日常生活動作ほぼ自立。週 3

    日(非透析日)のデイサービス,週数回の訪問ヘルパーの利用。昼はデイサービス及び A病院での給食,朝・夕は自分やヘルパ

    ーが作った食事摂取。練り物・乳製品・しらす・エビなどを特に食べないようにしていた。

    X年 1 月頃から摂食量が減少。6 月から肉眼的血尿が時々あり,7 月に当院泌尿器科で治療。8 月初旬から1日 5 回の水様

    性下痢が持続。この頃低血糖が何度かあり,インスリン減量(グラルギン 0~8単位/日程度)。19日頃から下痢なし。22日朝に

    下腿浮腫自覚,肉眼的血尿あり。同日 8 時頃,血尿で体が汚れたので,普段ほとんど利用しない風呂場へ行き裸でシャワーを浴

    びた。それ以降のことは覚えがないが,気付くと風呂場で倒れて動けなくなっていた。「困った,どうしよう」と考えたが,しばらくす

    ると再び意識を失った。以後,覚醒と意識消失を反復したようだが記憶が定かではない。どれくらいの間意識消失あったか不明。

    23 日早朝,新聞配達の物音に気付いて助けを求めた。その後,室内へ入ってきた管理人らに手伝ってもらい着衣。8 時前当院

    救急搬送,総合内科入院。入院以後意識消失なし。車椅子生活。入院後下痢再燃。貧血の治療(赤血球輸血 2単位)や下痢の

    治療(内服)をし,9 月 13 日に自宅退院。

    退院後,10 回/日以上の褐色水様性下痢が続き,オムツ内に便意なく排泄すること頻回。排尿は日中 3-4 回,夜間 1 回程度。

    排尿困難感なし。A病院より食事励行され,努力して 1日 3食摂取。1食当たり,米飯か粥をサジ 2杯から茶碗 1/3杯程度,魚か

    野菜の煮物少量。飲水量はコップ 1杯/日以下。10月 20日トイレで倒れ動けないでいるところを夫の旧友が発見。意識消失な

    し。その日はその旧友がタクシーで透析送迎。21 日夕,自力での移動困難となり,自ら救急要請して当院救外搬送。同日,当院

    総合内科再入院。

    【過去の資料】(※血液検査推移は一覧表参照)

    ●A病院からの紹介状

    X年 1月頃ドライウェイト(裸体重)64kg,hANP200pg/ml程度。5月ドライウェイト 60kg,hANP188pg/ml。8月ドライウェイト 57.5kg。

    ●当院泌尿器科カルテ

    X-4 年 6 月肉眼的血尿で当院泌尿器科初診。出血性膀胱炎と診断。数日後に尿閉となり入院。持続膀胱洗浄実施して退院。

    X-3 年 7 月肉眼的血尿で再診,抗菌薬治療で軽快。X年 7 月 20 日受診時尿培養で ESBL 産生大腸菌検出。27 日本人より尿

    道口付近の痛みの訴えあり,膀胱鏡検査実施。粘膜に腫瘍性病変なし。膀胱膨らまないため,慢性膀胱炎と診断。1 週間の

    AMPC/CVA 処方。

  • - 2 -

    ●当院外来カルテ

    X-12 年内分泌内科へ通院(通院開始時期不明)。HbA1c 7%前後。

    治療は,メトホルミン 250mg×2/日,イミダプリル 5mg/日,20R インスリン 18-0-13 単位/日。

    X-9 年 7 月腎臓内科初診,Cre2.46mg/dl,尿:P3+ OB± RBC5-9/HPF WBC100/HPF 硝子円柱 1-9/LPF。以後 Cre 漸増。腎

    生検未実施。X-6 年 1 月 Cre5mg/dl 台,右前腕内シャント増設。2 月食欲不振・嘔吐あり,Cre6mg/dl 台,血液維持透析開始。同

    年 5 月 A病院へ紹介。X-12年から X-6 年にかけて眼科受診の記載なし。

    ●当院総合内科カルテ

    X年 8月 23日(入院時点)左上肢・両下肢浮腫あり。入院後,ドライウェイトを着衣込みで 58.0kg→56.0kg と漸減。透析中に何度

    か血圧低下を生じβブロッカー中止。以後透析時低血圧なく,非透析時血圧は 130/60mmHg程度で推移。

    入院時尿培養で肺炎桿菌検出。入院 9 日目より 1 週間 ST 合剤内服。入院後,肉眼的血尿・発熱なし,CRP 値と尿白血球数に

    変化なし。

    入院時便培養で肺炎桿菌・大腸菌・プロテウス菌検出。便グラム染色好中球陽性,便中CDトキシン検査陰性。退院2週間前に

    ロペラミドを処方,以後の下痢は 5~10 回/日から 0~3 回/日に減少。

    入院後内服のみ継続。摂取カロリー1000kcal/日前後で毎食前血糖 100~200mg/dl。摂食量にばらつきありインスリン定期注

    射中止。

    [頭部 CT(X.8.23)]年齢相応以上に両側前頭葉がびまん性に萎縮 上部橋中央やや右側と右被殻にφ5mm低濃度結節

    [腹部 CT(X.8.23)]

    右房内にリード先端位置 右房直下直径数 mm右冠動脈が 5cmに渡り連続的に石灰化

    両側胸水あり(右 2cm/左 0.5cm) 両心室・心房の大きさ正 両肺正

    胆嚢は萎縮(2×3cm),壁はびまん性に肥厚(厚さ 0.5cm),胆嚢内にφ1mmの石灰化結石あり

    肝・両副腎・胃・腸正 脾正(10×5×9cm) 子宮一部石灰化あり,大きさ正 膀胱前壁は部分的に肥厚(厚さ 0.5~1cm)

    下大静脈径 2~3cm 腹部大動脈・両総腸骨動脈・両大腿動脈まで連続してほぼ全周性動脈石灰化あり,閉塞なし

    腹部・鼠径部リンパ節腫大なし 腹水なし 腰椎背側に腰椎固定具あり

    [骨髄穿刺(X.9.5)]有核細胞数 8.2×104/μl,巨核球数測定不能(目視でわずかに観察できる), M/E 2.07

    赤芽球系 28.6%(前赤芽球 1.3%,塩基性 1.6%,多染性 23.9%,正染性 1.8%),骨髄芽球 0.1%,好中球系 58.4%(前骨髄球 2.4%,骨髄球

    20.5%,後骨髄球 4.8%,桿状核球 19.1%,分葉核球 11.6%),好酸球系 0.8%,好塩基球系 0.0%,単球 3.5%,細網系細胞 0.1%,リンパ球 6.9%,

    形質細胞 1.2%,核分裂像 0.4%,

    好中球の一部に中毒顆粒あり,全好中球系の一部(おそらく数%以下)に空胞あり(特に前骨髄球と骨髄球),全単球の極一部

    (おそらく 1%以下)に空胞あり,これらを除いて顆粒球・赤芽球・巨核球の形態異常なし(※写真参照)

    【入院 2 日目の身体所見】

    [一般身体所見]

    生命徴候 BT37.1℃ PR70/分(整) BP130/60mmHg RR15/分 SpO2 98%(room air)

    一般 意識清明 身長 150cm程度

    頭頚部 両頚動脈 bruitあり(R

  • - 3 -

    協調 指鼻試験正 膝踵試験正 手回内回外運動正

    髄膜刺激徴候 項部硬直なし

    【入院時検査所見】

    [血液検査]

    血算 WBC 1210/μl(分画未検) RBC 1.95×106/μl Hb 6.7g/dl Ht 20.8% MCV 107fl MCH 34.2pg MCHC 32.0%

    Plt 8.6×104/μl

    生化 TP 5.9g/dl Alb 1.4g/dl T-Bil 0.5mg/dl AST 16IU/l ALT 10IU/l LDH 152IU/l ALP 395IU/l γ-GTP 11IU/l

    CK 23IU/l Amy 15IU/l BUN 12.4mg/dl Cr 3.21mg/dl Na 136.1mEq/l K 3.8mEq/l Cl 106.3mEq/l

    Ca 6.6mg/dl P 0.7mg/dl Glu 193mg/dl CRP9.59mg/dl

    [ECG]HR80 NSR 正常軸 心室肥大所見なし CRBBBあり V1-3 に陰性 T波

    [胸部 Xp]座位 AP CTR53.3% 右上胸部にペースメーカー基部埋込,リード先端は右第 2 弓内側に位置 気管偏位なし 気管分

    岐角 95 度 大動脈弓部の石灰化あり 右肺野全体の透過性が左肺野に比して低下

  • - 4 -

    X-4.5.22 X-3.6.11 X-3.12.13 X-2.2.21 X-1.7.11 X.6.11 X.7.19 X.7.20 X.8.23

    WBC /μl 5310 4110 4790 4350 5360 2800 2900 1950

    neutro %

    37.7

    54.5

    seg % 60.0

    6.0

    stab % 3.0

    73.0

    eosino % 2.0

    1.9 0.0 0.7

    Baso % 1.0

    0.4 0.0 0.5

    lymph % 28.0

    50.4 13.0 29.8

    mono % 6.0

    9.7 8.0 14.5

    Hb g/dl 10.0 9.0 10.9 10.9 10.4 9.3 7.8 7.1

    MCV Fl 96.0 99.0 93.0 94.0 93.0 98.0 95.1 104.0

    MCH Pg 29.9 30.8 29.1 29.1 28.8 30.6 29.1 32.3

    MCHC % 31.1 31.2 31.2 31.0 31.0 31.1 30.8 31.1

    Plt 万/μl 15.5 14.3 8.1 8.7 6.2 6.9 9.5

    Ret % 2.3

    TP g/dl 6.0

    6.7 7.1 6.8 6.4 5.9 5.9

    Alb g/dl 3.3 2.3 3.5 3.7 3.6 2.7 2.3 2.0

    T-bil mg/dl 0.2

    0.5 0.5 0.4 0.6 0.4 0.6

    AST IU/l 11 19 31 62 24 29 38 27

    ALT IU/l 4 11 21 30 14 19 24 16

    LDH IU/l 116 141 144 176 155 117 143 263

    ALP IU/l 420 274 421 493

    507 402

    γGTP IU/l 10

    11 23 21

    12

    CK IU/l

    35 41

    162

    UA mg/dl

    4.3

    2.3 5.1

    BUN mg/dl 33.0 51.9 33.5 29.5 14.5 15.4 31.8 24.8

    Cre mg/dl 4.8 7.4 5.1 5.0 3.7 3.0 6.2 5.1

    Na mEq/l 137.7 137.9 134.8 137.4 140.1 138.5 133.0 134.6

    K mEq/l 3.8 4.0 4.4 5.0 3.4 4.0 4.8 5.0

    Cl mEq/l 106.1 106.0 103.6 104.5 108.6 103.8 104.7

    Ca mg/dl 9.7 7.5 8.2 8.5 8.8 8.8 7.2 7.6

    P mg/dl 2.3 4.0 4.9 3.9 2.2 2.0 1.5

    Glu mg/dl 262

    284 184 153.0 115

    HbA1c %

    7.8 7.9 5.8 5.2

    CRP mg/dl 2.35 0.06

    0.03 9.58 4.42

    Fe μg/dl 36

    TIBC μg/dl 244

    フェリチン ng/ml 15

    PT-INR

    0.92 0.93 1.01

    Fibrinogen mg/dl

    697

    D-dimer μg/ml

    4.7

    尿比重

    1.010 1.015 1.018 1.015

    尿 PH

    7.5 7.0 7.0 7.5

    尿蛋白

    4+ 4+ 3+ 3+

    尿糖

    - - - -

    尿潜血

    3+ 3+ 3+ 3+

    尿 WBC HPF

    10-19 100 以上

    尿 RBC HPF

    100 以上 100 以上

    尿上皮 HPF

    20-29 20-29

    尿細菌 3+ 3+

  • - 5 -

    写真 1

    写真 2

  • - 6 -

    写真 3

  • - 7 -

    <追加情報> 腹部 CTの腎尿管膀胱所見

    [腹部CT(X-4.6.11)]膀胱:径100×100×100mm,膀胱壁は全体的に数mmで均一,膀胱内腔の 90%程度を占め膀胱後壁・

    両側壁に接する横紋筋と同程度の等濃度腫瘤あり,腫瘤表面は平滑

    両尿管拡張なし(径数 mm以下) 両腎盂拡張あり(径 15-20mm)

    腎:両側実質やや不均一にびまん性萎縮,実質厚 1㎝前後,両側とも 40×50×80mm大程度,両実質内径 1mm程度の石

    灰化結節数個ずつ・径 5mm程度の嚢胞状結節数個ずつあり 腎周囲脂肪織正常

    [腹部CT(X.6.11)]膀胱:径60×50×45mm,内腔径40×20×30mm,膀胱壁は全体的に 10-20mmで不整,前記膀胱内腔の

    腫瘤なし

    両尿管径 5-10mm(膀胱に近い部位の尿管は同定不可) 両腎盂拡張あり(径 20-25mm)。

    腎・腎周囲脂肪織は前記同様

    [腹部 CT(X.8.23)]膀胱:径 80×55×75mm,内腔径 75×45×60mm,膀胱壁は全体的に 3-15mmで不整(膀胱前壁が特に

    肥厚),前記膀胱内腔の腫瘤なし

    両尿管径 5-10mm(膀胱に近い部位の尿管は同定不可) 両腎盂拡張あり(径 20-25mm)

    両腎・腎周囲脂肪織は前記同様

    <症例に対する質問>

    *事前に寄せられた質問

    (病歴)

    ・出生体重,糖尿病と診断されたころの体重。→未聴取。

    ・食生活。→現病歴以上には不明。

    ・X-4年からの腰痛の部位→未聴取。

    ・現在の痛み。→未聴取。X年 8月入院中及び X年 10月の入院時に腰痛の訴えはない(過去資料でもいつまで腰痛が

    あったか不明)。

    ・神経症状・所見。→呈示資料参照。

    ・腰痛の性状。→未聴取。

    ・X年 1月の食事減少量と随伴症状。→病歴以上の情報なし。採血なし。

    ・X年 8月 21・ 22日インスリン使用の有無。→未聴取。

    ・X年 8月 22日意識消失した際低血糖症状はあったか。→未聴取。

    ・平素の排尿時痛・残尿感の有無。→未聴取。

    ・尿量・1回尿量。→未聴取。

    ・血尿でない自尿の有無。→未聴取。

    ・X年 7月の治療後肉眼的血尿はすぐ改善したか。→未聴取。

    ・下痢の 1回量,就寝中の下痢の有無→未聴取。

    ・8月 19日頃下痢消失以後,次の下痢までの排便状況と食事。→病歴以上の情報なし。

    ・腹痛・嘔吐。→病歴以上の情報なし。

    ・味覚嗅覚異常。→未聴取(本人からの訴えはない)。

    (過去資料)

    ・高血圧診断前後の血圧推移

    →当院腎臓内科カルテ:X-8 年 2 月から家庭血圧測定開始当初 140-150/60-70mmHg,降圧剤増量・追加して同年 12

    月 120/70mmHg。

    ・抗 GAD抗体。→未検。

    ・X-8年の腰部脊柱管狭窄症の手術部位→L2/3・3/4・4/5椎弓形成術。

    ・X-5年の腰部脊柱管狭窄症の手術部位→L3/4/5の後方経路腰椎椎体間固定術。

    ・洞不全症候群の発症時期・症候。

    →循環器退院サマリ(X-5年 8月):A病院で透析中に失神することがあったが精査されず,今回脊柱管狭窄症手術目的

    で入院の際に徐脈を指摘され当科へ転科,[入院時 ECG]HR39 調律整 P波消失 CRBBB。

    ・ペースメーカーの種類。→AAI型。

    ・救急搬送時の血糖値。→搬送直後の血液検査で血糖 115mg/dl。

    ・肉眼的血尿の治療・治療経過。

  • - 8 -

    →泌尿器科カルテ:

    X-3年 4月 5日尿道痛と血尿で受診,ST合剤 5日間。1週間後受診時 LVFX5日間追加。19日までに血尿消失(痛

    みの記載なし)。

    X-1年 7月 15日血尿で受診,LVFX4日間。7月 29日膀胱痛の訴えあり ST合剤 5日間。8月 19日痛みなし,ST合

    剤 5日間追加。

    X-1年 9月 25日膀胱痛で受診,ST合剤 5日間。再診なし。

    X年 7月 27日尿道痛で受診,AMPC/CVA1週間。1週間後受診時痛み消失。

    ・膀胱鏡粘膜所見。→不明。

    ・今までの尿培養結果。

    →X-9 年 11 月 1 日 大腸菌(少数)コリネバクテリウム(少数)α溶連菌(少数)。

    X-7 年 10 月 16 日 大腸菌(3+)。

    X-4 年 3 月 11 日 K.oxytoca(+)。

    X-4 年 6 月 11 日 大腸菌(4+)E.faecium(菌量不明)。

    X-4 年 7 月 20 日 大腸菌(4+)E.faecium(3+)。

    X-4 年 7 月 27 日 E.faecium(少数)。

    X-4 年 8 月 31 日 E.faecium(4+)コリネバクテリウム(3+)C.freundii(3+)Providencia rettgeri(4+)。

    X-4 年 10 月 10 日 E.faecium(2+)コリネバクテリウム(2+)。

    X-3 年 4 月 5 日 α溶連菌(4+)。

    X-3 年 5 月 25 日 Aerococcus urinae(4+)コリネバクテリウム(少数)。

    X-3 年 5 月 25 日 抗酸菌(-)。

    X-3 年 8 月 7 日 E.faecium(菌量不明)。

    X-3 年 9 月 26 日 E.faecium(4+)α溶連菌(4+)。

    X-3 年 10 月 9 日 コリネバクテリウム(少数)α溶連菌(4+)。

    X-3 年 11 月 8 日 抗酸菌(-)結核菌 DNA(-)。

    X-1 年 7 月 15 日 ESBL 産生大腸菌(2+)。

    ・血培採取の有無。

    →X-6年 3月 11日静脈血培 1セット陰性。X-5年 5月 25日静脈血培 2セット陰性。

    X-4年 7 月 29日静脈血培 1セット陰性。X年 8月 23日静脈血培 1セット陰性。

    ・尿細胞診。

    →X-6年 7月 5回実施。いずれも異形細胞なし,概ね好中球 4+赤血球 4+。

    X-1年 7月 1回実施。異形細胞なし,好中球+赤血球 3+。

    X年 7月 1回実施。異形細胞なし,好中球 3+赤血球+。

    ・ポラプレジング開始時期→X-3年 6月(当院腎臓内科カルテ)

    ・頭部 CTの低濃度結節は新規病変か。→X-5年から X年 6月の間の CTに同様所見。

    ・X年 6月以降の CRP推移。→X年 6月 11日から 8月 23日の間 CRP未測定。

    ・X年 6月 Stab73%か。→seg73%,stab6%の誤り。

    ・骨髄での染色体異常。→46,XX(10細胞)。

    ・直近のフェリチン・網状赤血球。→フェリチン未測定,X年 8月 23日 Ret2.9%。

    (入院時検査所見)

    ・入院時尿検査。→なし。

    ・膀胱圧痛の有無。→呈示資料以上の情報なし。

    ・直腸診で肛門括約筋トーヌス・反射有無。→直腸診未検。

    ・便潜血。→未検。

    ・浮腫の性状。→圧痕性。

    ・皮疹・色素沈着。→色素沈着・皮疹なし。全身皮膚は正常範囲で褐色調。

    *当日の質問

    菊池(堺市立総合医療センター):腸蠕動音。

    主治医:入院 2日目で正常。

  • - 9 -

    菊池:起き上がったり,立ったり歩いたりはできたか。

    主治医:自分で座る事は可能。立つのは試していないが,支えれば可能と思う。

    菊池:臥位と座位での血圧。

    主治医:座位での血圧未測定。

    菊池:心電図 V1-3 の T波陰転化の時期。

    主治医:資料なく不明。

    長縄(藤田保健衛生大学):X年 1 月以降の尿意。

    主治医:未聴取。

    <主討論>堺市立総合医療センター 総合内科 菊池航紀

    【プロブレムリスト】

    #1 糖尿病[X.10.21]

    #2 高血圧症[X.10.21]

    #3 慢性腎不全(#1)[X.10.21]

    #4 洞不全症候群(ペースメーカー留置後)[X.10.21]

    #5 食欲低下症[X.10.21]→ACTH単独欠損症[X.Y.Z]

    #6 二系統血球減少症[X.10.21]→銅欠乏性血球減少症[X.Y.Z]

    #a 慢性下痢症[X.10.21]→慢性下痢症(#5)[X.Y.Z]

    #1 糖尿病[X.10.21]

    A)中年発症,罹病期間 16 年以上の糖尿病。食生活・体重変化・家族歴不明。メトホルミン 250mg×2/day と 20R 18-0-13 単位

    /day で治療開始し,HbA1c7%台で推移。透析導入前後から現時点までの治療は不明。ここ数ヶ月の食事量低下,下痢からイン

    スリン減量中止となる。治療経過不明のため緩徐進行 1 型糖尿病等を否定はしないが,中年発症・頻度から etiology は 2 型で

    あろう。糖尿病性細小血管障害として,眼・神経・腎の障害を各々考える。網膜症の評価歴なし。神経障害は腱反射消失あり,感

    覚は未検。直腸診も未検だが,便意のない排泄を繰り返し,膀胱炎も繰り返す経過は自律神経障害による膀胱直腸障害を示唆。

    数度の尿細胞診で異形細胞を認めず。CTで膀胱の不整壁肥厚を認め,膀胱鏡で粘膜所見は不明だが膀胱拡張障害を認める。

    これらの所見は,神経因性膀胱で膀胱炎を繰り返し,間質の繊維化に伴う拡張障害,ならびに神経因性膀胱による弛緩・痙縮を

    繰り返した結果の肉柱形成と推察する。腎は現在透析期で透析導入前の尿検査は 1 回しかないが,尿潜血に比し尿蛋白が強

    い。腎形態は透析導入 2 年後で両側萎縮。Etiology は推測になるが,慢性進行の経過も考えると糖尿病性腎症であろう。大血

    管には高度の動脈硬化が存在する。治療は,低血糖発作を繰り返しており,インスリンは中止のままとする。また,ミグリトールは

    でんぷんやスクロースの分解抑制だけでなく,ラクトースやトレハロースの分解を抑える作用もあり,他のαGIと比較しても浸透圧

    性下痢を引き起こしやすいとされる。現状では下痢が持続しており中止が妥当。ビルダグリプチン 50mg×2のみ継続し,食事摂

    取量と血糖推移を把握する。

    P)Tx:ビルダグリプチン 50mg×2

    #2 高血圧症[X.10.21]

    A)X-16 年糖尿病と同時期に指摘され内服。当時の血圧は不明だが,その後X-8 年家庭血圧は 140-150/60-70mmHg,降圧薬

    増量して同年 12 月に 120/70mmHg。二次性を考える所見として,甲状腺は不触で画像所見なし,副腎の形態は両側正,腎臓は

    両側萎縮し左右差なし,血管は広範囲に渡り粥状硬化をきたしている。血圧コントロール良好で現時点ではもはや透析時に低

    血圧をきたすほどになっている。総じて腎血管性や内分泌性は疑わない。腎実質性高血圧症の存在はあるかもしれないが ,そ

    れが高血圧症としての原因か結果かはもはや考察不能。細動脈硬化として,恐らく陳旧性ラクナ梗塞と思われる橋や被殻病変

    を認める。現在血圧低値で降圧薬内服なし。引き続き血圧管理を行う。

    #3 慢性腎不全(#1)[X.10.21]

    A)X-12年に糖尿病診断後経時的に増悪した高窒素血症。その後 6年で透析導入。腎形態はすでに両側萎縮。腎生検は施行

    されていないが,その慢性的な経過や尿潜血に比して尿蛋白が強いことからは高血圧性腎症よりは糖尿病性腎症が主体の慢

    性腎不全であろう。すでに透析期であり維持透析を継続。また,本症例は慢性腎不全に伴う二次性副甲状腺機能亢進症による

    高リン血症に対し炭酸沈降カルシウムが処方されているが,現在低リン血症であり中止。腎性貧血に対するダルベポエチンは

    継続。

    P)Tx:維持透析,ダルベポエチンα120µg/週(透析時)

  • - 10 -

    #4 洞不全症候群(ペースメーカー留置後)[X.10.21]

    A)X-5 年に繰り返す失神発作があり P 波が消失する徐脈を認めペースメーカー留置。右房内に一本のリードが留置され AAI

    である。現在の心電図上はペーシング波形ではなく HR80 の sinus rhythm。洞不全症候群は大きく洞性徐脈,洞停止・洞房ブロ

    ック,徐脈頻脈症候群の 3 病態に分けられる。このどれに本症例が当てはまるかはペースメーカー留置当時の状況が不明なた

    め推測となる。β-ブロッカーを使用していた背景を考えると,徐脈だけの病態である洞性徐脈,洞停止・洞房ブロックとは思えず,

    徐脈頻脈症候群であった可能性が高い。徐脈頻脈症候群では房室伝導障害がペースメーカー留置後に生じることもあり,その

    場合は AAIでは伝導が担保されないため,今後も脈拍の観察は必要。現時点ではβブロッカー中止のまま経過観察。

    #5 食欲低下症[X.10.21] →ACTH単独欠損症[X.Y.Z]

    A)X 年 1 月より食事摂取量が低下し,現在まで持続。下痢を認める前の 1 月から 8 月までの半年間で約 6.5kg と体重の 10%も

    のドライウェイトの低下がある。水分は透析でコントロールされているため,この体重減少は脂肪・筋肉量の低下による。これは

    食事摂取量の低下が一因であることは間違いない。この病的な体重減少をきたしている食事摂取量の低下を食欲低下症とし

    て認識する。食欲低下の病態を情動気分性・食欲中枢の物理的障害・神経介在性・液性因子介在性に分ける。本症例では情

    動気分性の機序は考える所にない。食欲中枢の物理的障害としては,頭痛なく明らかな神経所見もなく,頭部 CT 上も明らかな

    病変なく積極的には疑わない。神経介在性では,その機序の主体は消化管を介すが,8 月まで嘔気・嘔吐・便通異常・腹痛は認

    めず,これが食欲低下の主体とは考えない。液性因子介在性では,薬・電解質・肝不全・腎不全・低酸素・炎症などがある。本症

    例では肉眼的血尿に対し投与された抗生剤にも反応せず一定期間 CRP 上昇を来しており,6 月の時点で Fib も増加している。

    液性因子介在性の中でも,炎症性サイトカインを産生する背景疾患を考える。炎症性サイトカインを産生する疾患群として,本症

    例の特徴は,セレコクシブ内服下の修飾要素があるものの,食欲低下以外の身体症状や局所所見に乏しい。リンパ節一つ腫れ

    ていない。白血球分画は好中球の上昇がない。赤血球は慢性炎症を反映した小球化は認めず,血小板の増加もない。骨髄で

    はマクロファージの鉄貪食像も認めない。#6二系統血球減少症との関連で修飾要素はあるだろうが,少なくとも現状として血

    球の慢性炎症性変化に乏しい所見であることは炎症性疾患として違和感がある。フォーカスがはっきりとしない炎症性疾患と

    して,感染症・免疫異常・腫瘍・その他から考えるが,感染症とすれば血管内感染および細胞内寄生菌感染がある。9 ヶ月と長い

    経過であり,検討を要すものとして感染性心内膜炎と結核を挙げる。糖尿病の透析患者であり,血流感染ならびに結核はリスク

    が高い。感染性心内膜炎として,9 ヶ月の経過で適切な抗生剤投与がない中,悪寒戦慄や炎症反応増悪,新たな心雑音の出現,

    末梢塞栓所見がない。血液培養検査を適宜施行も陰性のため限りなく否定される。ただ,X 年 1 月より血液培養は 1 セットしか

    施行していないため,2 セットずつの血液培養は施行したい。結核に関しては,のちに下痢を来しており,その感染臓器は腸結核

    なのだろうが,便中白血球は好中球であり単核球が出て欲しいとこではある。大腸内視鏡は施行したい。フォーカスが判然とし

    ない免疫異常症としては血管炎があるが,これに関しても臓器虚血・梗塞所見に乏しい。あるとすれば大血管炎で巨細胞性動

    脈炎である。NSAIDs で痛みがマスクされていれば頭痛・関節痛・筋肉痛等は必ずしも出現しない可能性がある。また,もともと

    動脈硬化性変化が強く,眼症状含め虚血所見に気がつかない可能性がある。ただ血管炎であれば,本来白血球分画は好中球

    が優位に上昇しているケースが多く,しっかりとした慢性炎症性パターンのデータ推移をとることが多い点は本症例とは合わな

    い。痛みに関しても,NSIADs 投与下で患者の訴えとしてはとれないかもしれないが,所見としては血管に圧痛があるはずである。

    それすらもないのであれば積極的には疑わない。側頭動脈や頸動脈,腋窩動脈の圧痛は確認する。大動脈について造影 CT

    で血管壁の造影効果の確認は検討したい。腫瘍は食思不振を来すほどの状態が 9 ヶ月も持続しているにも関わらず,全くその

    顔をだしていない。そのような経過を辿る悪性腫瘍を想記しない。その他としては,薬剤・内分泌を考える。薬剤は現在の内服

    で積極的に疑うものはない。内分泌疾患とすれば副腎不全である。コルチゾール低下は IL-6 等の炎症性サイトカイン上昇を

    引き起こし,視床下部・下垂体に ACTH 産生を促すフィードバックをかけるため,CRP 産生疾患である。高炎症状態であるにも関

    わらず経過中生じ始めた低血糖,透析中に生じ始めた低血圧,X年8月より生じる下痢症は,いずれも説明がつく。好酸球増多は

    ないが,特に感度の高い所見でもない。副腎不全とすれば,皮膚の色素沈着はなく副腎の腫大もないため,検討するとすれば二

    次性副腎不全である。二次性として,汎下垂体機能低下であれば ACTHは下垂体ホルモンの中でも最後に障害されやすいとさ

    れる。他のホルモン異常を示唆する所見もないため,あるとすれば ACTH 単独欠損である。二次性副腎不全は 1/3 は特発

    性,1/3は下垂体腺腫,1/3は分娩時出血後・頭部外傷・手術後があるが,本症例は頭部 CTで腫瘤なく,明らかな分娩時出血・頭

    部外傷の既往もない。あるとすれば特発性だろう。早朝にコルチゾール・ACTH を測定する。なお,食欲低下と下痢増加の経過

    の中で低アルブミン血症が進行している。浮腫の経過とも一致しており,浮腫と胸水貯留は低アルブミン血症に由来と考える。

    胸水は測定の仕方が不明だが軽度の左右差がある。右優位であればリンパ灌流の差から漏出性機序でも説明はつくが,あま

    りに差があるようであれば滲出性機序も考え 1 度穿刺は検討する。

    P)Dx:造影 CT,早朝コルチゾール,ACTH測定

  • - 11 -

    #6 二系統血球減少症[X.10.21]→銅欠乏性血球減少症[X.Y.Z]

    A)血小板は 3 年前より 10 万/µL を下回っており,今回の経過ではむしろやや増加。今回の白血球・ヘモグロビン低下の病態と

    は明らかに経過が異なり,今回 8月より生じたこの病態を二系統血球減少症と認識する。白血球の低下が顕在化したのは X年

    6 月,ヘモグロビンの低下は X 年 7 月より,MCV の大球化は 8 月からである。骨髄で血球の分化異常は認めず,形態異常として

    は好中球に中毒顆粒ならびに比較的小型の多数の空胞を細胞質内に認める。赤血球系の形態異常はない。

    赤血球白血球の二系統の減少は汎血球減少と同様,造血幹細胞障害・造血細胞のクローン性変異・骨髄癆・血球成熟障害・

    血球貪食症候群の病態でわけられる。造血幹細胞障害は,再生不良性貧血に代表され骨髄低形成となる。本症例の骨髄は少

    なくとも年齢相応の有核細胞数であり骨髄低形成とまでは言えないが,これに関しては 1 箇所の骨髄所見で否定はできない。

    造血細胞のクローン性変異は,急性白血病やMDSなどだが,骨髄での異形成や分化異常に乏しく,染色体異常もなく否定する。

    骨髄癆は明らかな骨髄浸潤所見なく,脾腫やリンパ節腫脹もなく否定。血球貪食症候群も骨髄でのマクロファージ血球貪食像

    なく,血球が破壊されているようなAST・LDHの上昇なく否定する。血球成熟障害は,VitB12・葉酸・銅などの材料の不足でもたら

    される。VitB12・葉酸欠乏による巨赤芽球性貧血では MCV120 を超える赤血球大球化をみることが多く,過分葉好中球も認め

    ず,臨床像が異なる。銅欠乏は,セルロプラスミンの産生低下による鉄輸送障害や,ミトコンドリア障害によるヘム合成障害が生じ,

    小球性から大球性貧血を来す他,好中球の成熟障害を起こし空胞形成を起こすことが特徴的とされる。本症例は大球性貧血・

    好中球の空砲形成をきたしており合致する。銅欠乏の背景として,そもそも食思不振で銅摂取が不足しており,また腸管での吸

    収を銅と競合する亜鉛製剤であるポラプレジンクを X-3 年より内服している点および頻回下痢があった点からは,銅の吸収障

    害が生じていたと思われる。銅欠乏では同時に神経障害も来すが,本症例は長期糖尿病罹患者であり,すでに生じている末梢

    神経障害の影響から判然としなくてもやむを得ない。血清銅・セルロプラスミン・亜鉛の血中濃度を測定する。ポラプレジンクは

    中止する。

    P)Dx:血清銅,セルロプラスミン,亜鉛測定

    Tx:ポラプレジンク中止

    #a 慢性下痢症[X.10.21]→慢性下痢症(#5)[X.Y.Z]

    A)2 ヶ月前からの水様頻回下痢。8 月に入院する直前に数日下痢が消失しているが,それ以外ほぼ休みなく食事摂取できなく

    なっても持続。直近は便意もなく便失禁の状態である。慢性下痢症の病態は,浸透圧性・炎症性・分泌性・脂肪性・,腸管運動亢

    進性に大きく分けられる。浸透圧性は,#1でミグリトールによるその可能性を挙げたが,この単独の事象では食事量が減少して

    も下痢が治まらない説明がつかない。脂肪性も同様。炎症性は,感染症・特発性炎症性腸疾患・リンパ球性およびコラーゲン性

    大腸炎・免疫関連粘膜疾患・放射線腸炎・腸管悪性腫瘍などがある。便 Gram 染色で好中球をみたことから,好中球主体の腸

    管粘膜の炎症は示唆される。ただ,腹痛・圧痛なし,腹腔内リンパ節腫脹なし,画像で腸管の浮腫なしで炎症性下痢として違和感

    がある。感染症は長期の経過であることや,特に渡航歴や特異な摂取歴もなく積極的に考えない。ただし,透析患者であり腸結

    核だけは否定しきれない。Clostridium difficile 腸炎は抗生剤投与歴ありリスクはある。GDH・トキシン陰性で,GDH 陰性株の可

    能性を考えれば否定はしきれないが積極的には考えない。特発性炎症性腸疾患は,年齢と経過から否定する。リンパ急性およ

    びコラーゲン性大腸炎は,エソメプラゾール・セレコキシブ等の薬剤内服歴があり,collagenous colitis や NSAID 起因性腸炎はリ

    スクである。エソメプラゾールとセレコキシブは中止し,大腸内視鏡で腸管粘膜の生検は行いたい。腸管アミロイドーシスは透析

    アミロイドーシスとしては典型的ではない点,蛋白漏出の程度が強く今回は維持されているグロブリンやフィブリノーゲンまでも

    下がることが多いため,積極的には疑わない。免疫関連腸疾患は食物アレルギーや好酸球性腸炎等があるが経過から疑わな

    い。放射線腸炎も同様である。腸管悪性腫瘍は,CT で粗大な病変はないが否定はできないので大腸内視鏡は施行したい。腸

    管運動亢進性は過敏性腸症候群や腸管運動促進薬があり,本症例に使用されているアルプロスタジルのようなプロスタグラン

    ジン製剤も腸管運動の亢進を引き起こすため,下痢に寄与している可能性があり,中止を検討する。一方,分泌性下痢は腸管粘

    膜を通した水・電解質輸送の乱れが原因となり,臨床的には痛みを伴わず,絶食後も持続する水様で大量の便排出によって特

    徴づけられる。本症例の下痢の特徴と合致し,分泌性機序が主体である可能性が高い。分泌性は外因性と内因性に分けられ,

    外因性は刺激性下剤・長期のアルコール・ヒ素などの毒素がある。内因性は,胆汁酸の吸収不良による結腸での分泌刺激や

    ホルモン産生腫瘍(カルチノイド,VIPoma,肥満細胞症等),コルチゾール低下が腸管分泌因子を血流に放出し分泌性下痢を引き

    起こす。本症例では外因性は病歴より否定,内因性因子に関しては,ホルモン産生腫瘍は CT では明らかではないものの大腸

    内視鏡は検討してもよいだろう。コルチゾール低下の存在は#6で示唆されており,コルチゾール低下が認められれば一元的

    に考えることができる。下痢に対する対症療法,関連すると考えられる薬剤中止,大腸内視鏡を行う。

    また,入院時血清リン 0.7mg/dl と高度の低リン血症を認める。来院前の脱力の一因であろう。その病態は摂取量の減少ならび

    に慢性高度の下痢,沈降炭酸カルシウム内服に伴う排泄の増加によると考える。高度低リン血症のため点滴でリン補充を行

    う。

    P)Dx:大腸内視鏡

  • - 12 -

    Tx:タンニン酸継続,エソメプラゾール,・セレコキシブ・ミグリトール・アルプロスタジル中止,リン補充

    <主討論への質疑応答>

    なし。

    <寄せられたプロブレムリスト>

    村山(松波総合病院 総合内科)

    #1 高血圧症

    #2 2型糖尿病

    #3 末期腎不全(血液透析状態)

    #4 洞不全症候群(永久 PM植込状態)

    #5 慢性腰痛症

    #6 汎血球減少症→汎血球減少症(銅欠乏)

    #7 慢性膀胱炎

    #8 慢性下痢症

    長縄(藤田保健衛生大学 内分泌代謝内科)

    #1 糖尿病

    #2 高血圧症

    #3 慢性腎不全

    #4 洞不全症候群(PM留置状態)

    #5 食思不振

    #6 二系統血球減少症

    #7 慢性下痢症

    X年1月から食思不振が出現し,その後CRP高値となり肉眼的血尿で泌尿器にて抗生剤治療。その時すでに白血球減少あり,8

    月から水様下痢など様々な症状が出現。食思不振は亜鉛摂取もあり,亜鉛中毒で胃粘膜傷害もあるかと思い別にした。

    二系統血球減少症は好中球系に空砲形成があること,亜鉛過剰摂取があり銅吸収が阻害される状況で起きていることおよび

    骨髄所見から銅欠乏に伴う骨髄での白血球成熟障害と思う。

    慢性下痢症は,X年に入ってから TP/Alb乖離と免疫グロブリン漸増があり,滲出性の炎症を疑わせる便中好中球陽性があり,中

    毒顆粒出現及び CRP高値を認めることから腸管粘膜に慢性炎症の存在が示唆され別に挙げた。原因は多々考えられるが,透

    析状態であり CMVや好中球減少症性腸炎などの確認のため,下部消化管内視鏡や生検が必要と思う。

    加藤(豊田厚生病院 内科)

    #1 糖尿病

    #2 慢性腎不全(維持透析)

    #3 洞不全症候群(ペースメーカー留置)

    #4 慢性膀胱炎

    #5 汎血球減少症

    #6 下痢症

    #7 低栄養症

    γグロブリンが漸増し高 CRP 血症があり,それが何によるかわからないと思った。ただし,ここに挙げたもの以上に何かあるとも

    思えず,それらの事は下痢症の中に入れた。

    栗本(羽島市)

    #1 糖尿病

    #2 高血圧症

    #3 慢性腎不全(維持透析)

  • - 13 -

    #4 ペースメーカー埋込状態(洞不全症候群)

    #5 血尿→反復性出血性膀胱炎

    #6 クワシオルコール低栄養症

    #7 汎血球減少症→骨髄低形成汎血球減少症→銅欠乏骨髄低形成汎血球減少症

    #a 下痢

    #b 失神→起立性低血圧

    糖尿病の 3 大合併症の有無について。主討論は#3 腎不全の腎病変があるとのことだが,末梢神経症があるか。糖尿病以外

    の事を考えなくていいか。赤血球尿陰性の高度蛋白尿で ,二次的に生じたとすれば筆頭は糖尿病だが ,女性であり Minimal

    change disease が今や FGSになったとか,膜性腎症もどうか。白内障手術時の眼底所見などがないとはっきりしない。

    肉眼的血尿が反復し,膀胱所見などから慢性出血性膀胱炎は間違いない。出血性膀胱炎を起こしたのは,糖尿病があるため。

    #6 は 8 月の時点で浮腫があり Alb が進行しており,摂取不足によるクワシオルコールタイプの低栄養症。血球と Alb の減り方

    の勾配は軌を同じにしていて,GW頃がオンセット。ここにきて血球の方は減り止まった。Albはさらに減り,減り方が非常に激しい。

    このクワシオルコールタイプの低栄養症は摂取不足だが,どうして起こったのか。主討論者は食思不振症としたが,さっぱりわか

    らない。ただし,この患者は言っていることがころころ変わる。いつからとかどうしたかということはほとんど信用できないので ,実

    際に客観的な資料があるものに準拠したほうが良いと思う。胃に何かあるかどうかもよくわからない。

    後に起こった下痢についても,どうしてかよくわからない。確かに亜鉛欠乏なら下痢になるので,亜鉛が欠乏して起きていればす

    っきりはする。これについては追及する必要があると思うがよくわからない。確かにγグロブリン高値などあるが ,慢性の出血性

    膀胱炎があればもしかしたらそれかもしれない。別件ではないかもしれないので,消化管についてもう少しきちんと考えないとわ

    からないと思った。

    下痢について。便に好中球があるが,この人は悪露がある。尿中に扁平上皮が混じて,外陰部は悪露で汚染されている。よって

    採便状況を知りたい。ちゃんと採取していない便なら好中球があって当たり前だと思うので,必ずしも粘膜の炎症を示している

    わけではないと思う。多分いいかげんに採ってきたというのが一番ありそうな話。そうでなければ,炎症をしめす好中球がありな

    がら下痢が一旦よくなってまた起きてという経過は,一体何が起きているのかと見当がつかない。ただ,クワシオルコール栄養障

    害を起こしたほどの非常に激しい摂食障害も全く見当つかない。

    主討論者は二系統血球減少症としたがはっきりと Megakaryocytopenia。血小板はここ最近増えてはきているが,それはγグロブ

    リンの漸増もあるのでそういう影響もあるだろう。やはりこれは二系統血球減少症が前景に立ってはいるが汎血球減少症と考

    えたほうが良い。そうでないと Megakaryocyte を別に考えなくてはいけなくなる。汎血球減少症を順番に分けて考えていくと,主

    討論者の言うように破壊ではないし,ともかく骨髄低形成。その中に特発性と続発性がある。特発性だとすると GW 頃から直線

    的に血球が減っているにもかかわらず正球性。そんな風に減った MDS ならもう少し大球性になってほしいと思う。LDH は正常

    で壊された証拠もない。このようなことから MDS ではないと思う。一方再生不良性貧血はどうか。再生不良性貧血は

    immunological diseaseが根底にあるので,突如始まり急激に進んである所で flatになる。しかし,Alb減少と軌を一にしていること

    から,何かしら元があって 2 つの事が起こったと考えた。別件で再生不良性貧血が起こるというよりはまとめたその何かがわか

    らないと思ってプロブレムとした。この血球減少症は銅欠乏に決まっている,測ればわかる。興味があるのは亜鉛がどうなって

    いるか。その時に,透析が以前と同じ内容かこの数か月変わっていたかどうかを知りたい。全然違うことをやっていたかもしれ

    ないので,知った上でないと先には進めないと思った。

    一行知識。昭和 30年代後半から 40年初め頃までには今のような多種類の抗生物質はなかった。グラム陽性球菌にはペニシ

    リン G の注射,グラム陰性菌にはクロラムフェニコールだった。その後にテトラサイクリンが出てきた。クロラムフェニコールを使

    用した日本人では無顆粒球症が多かった。西洋人には起きない。骨髄球や好中球に空砲がある。どういう機序だかで

    Cytoplasm の enzyme system が薬剤性に変性したか障害されてしまうようなことだと思った。この人もそうなっているが,別に銅

    欠乏に特異的なことではない。

    <その後の経過>

    【主治医のプロブレムリスト】

    #1 2 型糖尿病[X.8.27]

    #2 慢性腎不全[X.8.27]

    #3 洞不全症候群(ペースメーカー埋め込み術後)[X.8.27]

    #4 慢性膀胱炎[X.8.27]

    #5 慢性血小板減少症[X.8.27]→ 銅欠乏症[X.11.10]

    #a 慢性下痢症[X.8.23]

  • - 14 -

    【入院後の経過】

    #1 2 型糖尿病

    A)経過が明確ではない糖尿病。内服治療が一時有効であった模様で2型と推察。合併症は未評価。入院 9 日目(X.10.29)より

    経管栄養の開始と同時に定期インスリン注射開始。インスリン漸増して,以後の毎食前血糖 150~300mg/dl 前後。退院 1 ヶ月

    前から数回低血糖発作(大量発汗)があり,インスリン量を調整したが,摂食量が安定しないためか,血糖値は一時乱高下した。

    退院前,経口摂取カロリー1000~1600kcal/日前後,下記インスリン投与で毎食前血糖は 200mg/dl 前後。

    P)Tx:ヒューマリン R8-8-4-0単位/日。

    #2 慢性腎不全

    A)維持血液透析治療中の慢性腎不全。入院後,浮腫があったため利尿剤内服を開始しつつドライウェイトの漸減を試みたが,

    昇圧剤使用にも関わらずの透析中低血圧があり一時漸減困難。入院 30 日目(X.11.20)頃からしばしば血圧 170/90mmHg と上

    昇しドライウェイトの漸減再開。浮腫は徐々に消失。退院前ドライウェイトは着衣込みで51.5kgとなった。300~400ml/日の自尿

    あり。低リン血症のためリン吸着剤を中止していたが,退院前に高リン血症が確認されたため再開とした。貧血改善したため,エ

    リスロポエチンを退院前に中止した。退院前血圧 130/70mmHg。

    P)Tx:週 3 回の維持血液透析。フロセミド 40mg×1/日,スピロノラクトン 25mg×1/日,フルイトラン 2mg×1/日,キックリン 250mg

    ×2/日,アルプロスタジル 10μg×3/週(透析時),エルカルチン 1000mg/週(透析時)。

    #3 洞不全症候群(ペースメーカー埋め込み術後)

    A)ペースメーカー移植後の洞不全症候群。入院後のペースメーカー異常なし。退院 1 週間前,透析中に発作性頻脈性心房細

    動を生じたため,ベラパミル頓服及びβブロッカー内服開始。退院時はβブロッカーのみで洞調律。

    P)Tx:メインテート 1.25mg×1/日。

    #4 慢性膀胱炎

    A)慢性細菌性膀胱炎。入院後尿培養で K.oxytoca・大腸菌が検出された。入院後微熱が継続するため,入院 9 日目(X.10.29)よ

    り 2週間のMINO内服。しばらくして肉眼的血尿・膿尿出現。18日目(X.11.7)に尿道カテーテル持続留置開始。留置直後に数百

    mlの膿尿排出。数週間で解熱かつ膿尿・血尿消失。膀胱炎の悪化を懸念し,尿道カテーテル留置を継続して退院とした。

    P)Tx:尿道カテーテル持続留置。

    #5 慢性血小板減少症→銅欠乏症

    O)(X.10.21)Cu 2μg/l 未満 Zn 52μg/l VitB1 11ng/ml VitB2 157.7ng/ml VitB12 512pg/ml 葉酸 4.3ng/ml

    A)今回入院時の血液検査で判明した銅欠乏症による慢性血小板減少症。成人摂取亜鉛推奨量は 7mg/日,耐容上限量 35mg/

    日とされ,ポラプレジンク 75mg/日(亜鉛含有量 34mg)による過剰亜鉛摂取がその一因であったかもしれない。入院後,ポラプレ

    ジンク内服を中止。

    入院当初 RBC計 6単位輸血実施。入院後の摂食量は 100~500kcal/日。入院 9日目(X.10.29)よりココアパウダー経管投与に

    よる銅補充開始(銅 4mg/日)。同時に 900kcal/日の経管栄養実施。一週間程度で血小板数(15×104/μl 前後)及び網状赤血

    球数(5%前後)増加,さらにその 3 週間後,白血球数正常化(4000/μl 台)・貧血軽減(Hb8~9g/dl)した。ビタミン B1を内服で補充。

    33日目(X.11.23)に経管栄養を終了してからは,栄養剤(アルジネート 125ml/日:亜鉛 10mg・銅 1mg含有)による銅補充を継続。

    49日目(X.12.8)WBC 4580/μl RBC 3.07×106/μl Hb 10.2g/dl Ht 33.4% MCV 108fl Ret 3.3% Plt 11.4×104/μl Cu 63μg/l Zn 45μ

    g/l。

    ※ 再診時(X+1.8.8)WBC 7120/μl RBC 3.89×106/μl Hb 11.6g/dl Ht 38.1% MCV 98fl Plt 13.9×104/μl Cu 101μg/l Zn 63μ

    g/l。

    P)Tx:アリナミン F25mg×3/日。

    #a 慢性下痢症

    A)原因未確定の下痢症。入院 3 日目(X.10.23)の便培養で肺炎桿菌 4+・プロテウス菌 4+・大腸菌 4+・CNS4+・

    S.haemolyticus+・C.albicans2+検出(グラム染色:GPC3+・GPR+・GNR4+・好中球+・扁平上皮4+)。4日目(X.10.24)より2

    週間程度の VCM と FLCZ 内服実施。9 日目(X.10.29)よりロペラミド内服開始。3-5 回/日の水様便は,1 週間後には 1-2 回/日

    の軟便となった。46 日目(X.12.5)に便秘となり一旦ロペラミドを中止したが,下痢が再燃したためロペラミドを再開した。入院後は

    ほぼ寝たきり。自宅退院が困難であり入院 63 日目(X.12.21)に他院へ転院。

    P)Tx:ロペミン 1mg×2/日。

  • - 15 -

    (補筆) 当日総合討論での一部質問に対する回答

    入院後の CRP推移

    (X.10.25) 11.77mg/dl (X.10.29) 9.16mg/dl (X.11.10) 3.46mg/dl (X.12.8) 0.58mg/dl。

    <その後の経過への質疑応答>

    栗本:入院後の亜鉛は正常か。

    主治医:正常。

    浜田(堺市立総合医療センター):食欲や CRP・Albはどうなったか。

    主治医:入院 9日目から 33日目まではほぼ経管栄養単独。以後は本人が経管栄養をやめて頑張って食べるということで,少な

    くとも 1000kcal/日程摂取。Albは経管栄養開始後回復。CRPは肉眼的血尿・膿尿出現時 10-20mg/dl程度,解熱後は正常に近

    い数値。

    <総合討論>

    傍島:主討論者のリストを元に研鑽会のリストを作成する。まずは#3 慢性腎不全について。#1 糖尿病によると断言してよい

    か。これだけの資料では決めきれないのではという意見もあった。

    菊池:慢性経過から糖尿病としたが,資料がないのでわからないのが正直なところ。あえて糖尿病によるとしなくてもよい。

    傍島:#1 によるとはしないとする。

    栗本:眼底資料はないか。

    主治医:なし。

    傍島:#3 慢性腎不全(血液透析)とする。

    傍島:#4 は洞不全症候群(ペースメーカー留置)かペースメーカー植込み状態(洞不全)があるが。

    加藤:現時点で洞不全症候群があるかどうか。洞不全症候群(ペースメーカー留置)はペースメーカー留置をした洞不全症候

    群,ペースメーカー植込み状態(洞不全症候群)は洞不全症候群が今はないという事。私は洞不全症候群。また,()内はコンパク

    トが良いので,留置か埋込がよいと思う。

    栗本:どちらか迷った。大分昔の事だからこうしただけ。

    傍島:入院前に徐脈頻脈のような情報もあり,今回は主討論者の意見で#4 洞不全症候群(ペースメーカー留置)とする。次は

    #5,食べられないという事をプロブレムにするか。

    菊池:愁訴が曖昧というのは栗本先生の指摘通り。データでは半年でドライウェイトが 10%程度低下しそれらは他で説明できな

    い。かつ 6 月の段階ではまだ下痢がない状況で Fib や CRP 上昇もあり,この段階で病気と認識すべき。高 CRP 血症を下痢症

    に含めるという意見もあったが,6 月時点での炎症反応をどう認識するのか。やはりどこかで体重減少を認識すべきと思う。

    浜田:主治医はどう考えたか。

    主治医:経過からすると慢性下痢症と慢性膀胱炎の結果ではないかと考えた。

    浜田:下痢の前でもか。

    主治医:下痢の前にも膀胱炎があるかもしれない。この人が年月について正確なことを言っているとはとても思えない。体重減

    少が始まった近辺から膀胱炎や下痢が起きていたと思われる。

    菊池:体重減少はどう考えたか。

    主治医:最終的には下痢も膀胱炎もよくなり,食事も摂取可能となった。何かしらの問題が入院中に解決したと思う。

    長縄:銅欠乏や下痢症に先行して起きている食思不振を説明できる根拠がなかったので別にプロブレムとした。客観的な根拠

    がないので,一旦分けてあるものとして情報を集めて考えていこうと思った。下痢症や膀胱炎の可能性はあるが ,その時にあっ

    たという証拠がない。

    松本(静岡赤十字病院):1 年後別件で来院した際の体重は。

    主治医:不明。

    加藤:食思不振が単独で生じていることとは思わなかったので,あえて別にする必要なしと考えた。結果の低 Alb 血症などを低

    栄養症とした。

    浜田:原因か結果かということ。最初から食欲不振を慢性膀胱炎なり他のものとして扱うことができるのか。10%も体重が減少し

    て食事も食べられないことは,我々が医師として対峙すべきことと思うので,一旦別物とするべきではないか。慢性膀胱炎は以

    前からあるが,X-1 年 7 月までは CRP 陰性の時もあり,慢性的に続いているという感じでもなく食欲不振がこの慢性膀胱炎で説

    明できるかは疑問。病歴の信頼性はないが,少なくとも下痢や慢性膀胱炎で説明するのはこの時点ではできないと思う。

    三島(名古屋逓信病院):何か病気が隠れていそうだと想定すれば必ずプロブレムとするし,非特異的なことでどれかの病気の

    一部分症と思えばそうしない。全身倦怠感や食思不振といういわゆる非特異的な症状はそういう運命にある。自分はとてもプ

  • - 16 -

    ロブレムとできなかった。

    栗本:食思不振という呼称でプロブレムをとらえなかった。ご飯が全然食べられず,その結果猛烈な低栄養症になったという一

    連の出来事を一つの病気と認識した。その名を食思不振とは名付けず,むしろこの結果の低栄養症を病気とした。その上でど

    うして摂食不全が起きたのかと考えた。なぜ低栄養症を取り上げたかというと,程度もひどいがかすかに銅欠乏と関わっている

    かもしれないと思ったから。多分亜鉛は正常。そうするとどうして銅欠乏が起きたのか ,いつからだろうか。その時に辺りを探す

    とひどい低 Alb血症があったので,これは何か関わりがあるかもしれないと思って病気と認識した。

    傍島:食欲不振は非特異的な症状なので他のプロブレムに含めるという意見と,食欲不振もそうだが起こった結果がかなり重

    大なのでそれを取り上げる,もしくは起こった結果が他のプロブレムに少し関連していそうということでプロブレムとするという意

    見。

    菊池:この呈示資料を見た段階では,起こった結果は取り上げるべきと思う。それを食欲低下症か低栄養症と認識するかはど

    ちらでもよい。

    傍島:これをプロブレムとしていないのは主治医だけだが。

    主治医:栗本先生の話を聞いて,プロブレムとすることに異存ない。

    傍島:名は食欲低下症か低栄養症か。(多数決で)低栄養症。クワシオルコール低栄養症まで断言するかその手前の低栄養症

    で留めるか。栗本先生は銅欠乏症との関連性の中でクワシオルコール低栄養症まで進めている。

    栗本:Alb がどんどん減っている。全体の体重も確かに減っているが,糖尿病があってインスリンも必要だから血糖はちゃんとあ

    るし,ナトリウムも十分にある。総合的に考えると蛋白エネルギーの欠乏はどうも間違いない。そうすると ,特徴的なタイプとして

    どちらになるか。ほとんどの場合はマラスムスとクワシオルコール両方,この人ではクワシオルコールの要素の方が強い。こん

    なに Albが減ったら,銅だって減らなきゃということも頭にあって,これはクワシオルコールだと明示しようとした。

    傍島:加藤先生は低栄養に留めていますが。

    加藤:確かに Alb低下は顕著だが,クワシオルコールだと断定しなかった。

    三島:ここまでいかないような人は特に高齢者で沢山いる。今回はさすがにひどいのでプロブレムとしようとやはり思うが,もう少

    し軽ければそうしない。今回名前をどうするかについては,クワシオルコールの臨床像はあるので,そう名付けるのが良いと感じ

    た。

    傍島:(多数決で)クワシオルコール低栄養症。次は二系統血球減少症について。

    浜田:その前に膀胱炎をどうするか。

    傍島:主討論者は#1 の中で述べている。

    浜田:別にしたほうが良いと思う。たとえ今なくても 4 回も繰り返しておりこれだけ出血もしている。

    傍島:プロブレムとする。名前は反復性出血性膀胱炎と慢性膀胱炎のどちらか。

    加藤:慢性膀胱炎は膀胱壁が肥厚しずっと炎症があり線維化もあるだろうと形態に注目した。栗本先生の反復性出血性膀胱

    炎は,肉眼的な血尿が何度もあるという臨床像を端的に表しておりよいと思った。

    主治医:栗本先生がわざわざ出血性とつけている意図は。

    栗本:肉眼的血尿というエピソードを繰り返している。同じエピソードでいつも肉眼的血尿,その時に bacteria の関与,新たなもの

    か再燃かはわからないが,それが起こっている。それがこの人の特徴的な膀胱炎の姿。慢性膀胱炎は間違いなくある。その上

    に,肉眼的な血尿が起こるエピソードを繰り返すというのがこの人の膀胱炎だと認識するので,あえて出血性とつけた。慢性膀胱

    炎ならその辺にいくらでもある。でもこの人はそうではない。どうして bacteria が入ってきた時にこのように出血という反応を膀

    胱粘膜が起こすのか,どんな bacteria がなんで入ってきているのか,が次に考えることだと思った。そもそも糖尿病があるので,

    起こりやすいことは起こりやすいと思う。神経因性膀胱といったが,そこまで突き進んでよいのかはわからない。残尿の有無も

    知らないし,色々な事がわからない。特に出血ということについて加えて言うと,かつて尿閉が起こった。出血してクロットで尿閉

    になったのだと思う。というようなことは,今後また起こるだろうと思う。そういうことがあったので,出血性というのはあえてという

    より当たり前と思い,出血性膀胱炎とした。

    浜田:この人が慢性膀胱炎であることは明白。なぜ出血性膀胱炎を反復したかというと分からない。膀胱鏡までしてあまり粘膜

    の破綻がないので,炎症が粘膜を傷害して出血させたのは間違いないと思った。そして神経因性膀胱があると思う。この人は

    血が出るというが,排尿時痛も頻尿も何も言わない。膀胱炎という割に膀胱炎の症状が血だけというのはおかしいし ,普通排尿

    時痛などあって然りだが,そういうことが全くないことからやはり神経因性膀胱はあると思う。そういうのを全然感じないから出血

    するまでに至る粘膜傷害が起こったのではないか。出血性膀胱炎は反復したが,それはひどい時にたまたま出血性膀胱炎に

    なっただけでこの人はそれ以外にも膀胱炎はあり,自律神経障害もあり軽症の場合には気付かず終わっていただけだと思うの

    で,自分は慢性膀胱炎としたい。

    菊池:慢性膀胱炎は,透析になるような糖尿病の人であれば良くある事なのでプロブレムとしなかった。出血を繰り返すことを重

    要視するのであれば,出血性膀胱炎としてなら挙げようかと思う。

  • - 17 -

    傍島:主討論者も同意しており,反復性出血性膀胱炎とする。二系統血球減少症について。汎血球減少症か二系統血球減少

    症か。

    浜田:主治医は慢性血小板減少症。

    主治医:自分がプロブレムとしたのは 8月の1回目の入院時。白血球減少と血小板減少の時期がずれていて,貧血は腎性貧血

    やら感染症の影響は必ずあると思ったので,すべて同一 etiologyかどうか非常に迷った。ただ,確実にある異常は血小板減少症

    だと考えて,8 月の時点で血小板減少症とした。

    菊池:銅欠乏症に関して調べたが,血小板減少はまれで赤血球と白血球が減少。汎血球減少のこともある。3 年も先行して血

    小板減少をきたす銅欠乏があるのかというのと,ポラプレジングを内服始めたタイミングと血小板減少が起きるタイミングがほぼ

    同じ。ポラプレジングだけではないかもしれないが,食欲低下も下痢もこの時にはなかったので,このタイミングから銅欠乏が起

    こったのかと疑問に思った。これで 3 年前からの血小板減少を説明してよいのか,別の病態だと思う。もともと血小板減少があ

    る所に加えて銅欠乏が起こったのならば血小板がもっと減少してほしいが,今回むしろ血小板は上昇しているので,血小板を他

    の血球と一緒にしてよいのかは疑問。

    長縄:X年から白血球と Hbが減少。血小板に関しては炎症など他にも影響する因子がある。目立っているのは白血球と Hbで

    あり,そこに何か病態があるかと考えた。過去の病歴などから銅欠乏状態があり,骨髄球系と赤血球系の合成成熟障害が起き

    ていると認識したので,二系統血球減少症と認識した。

    傍島:汎血球減少とした方の意見は。

    加藤:先行して血小板減少症があって,それと今回の白血球・赤血球減少が一緒とは思わない。しかし,先行した血小板減少の

    原因ははっきりしない状況で,まずは汎血球減少症と捉えた。

    栗本:検査結果をみると 3 年前から 14 万が 8 万に減少,X 年 6 月になると 6 万とまた一段減少。前々からある 8 万に減った 3

    年前からのは慢性的な血小板減少症と,今回起こった亜急性の二系統血球減少症とはまた別ということだと思う。そう考えるの

    はよくわかる。数字だけだが血小板のPDWなどがあれば,ある時から急に違うことになっているかどうかなどが今回の事を分け

    て考えるのかどうかのヒントになるかと思う。

    三島:結果として汎血球減少症となったが機序が違うと思えば分けるという事。結局栗本先生の指摘に尽きる。

    栗本:主治医と主討論者の慢性血小板減少症の展開先はどうか。

    菊池:見当つかない。

    主治医:結果論だが,銅補充で血小板が著増したので銅欠乏症に展開した。

    栗本:その展開では,3 年前から銅欠乏があり,しかも血小板減少だけ,が真実と主張することになる。見当つかない,が真実では

    ないか。因みに,どんな Magakaryocyte があったか。核の数はどうか。

    池上:巨核球の形態異常があれば技師が報告。自分が見た限りでは1プレパラートに 2-3個で形態評価不能。見えているもの

    に異型はない。核の数は記憶にない。

    傍島:汎血球減少症か二系統血球減少症か多数決で同数。主討論者の意見を採用。

    主治医:二系統だとどの系統かわからない。

    傍島:明記するとしたらどうなるか。

    池上:主討論者に従うならば白血球赤血球減少症。

    栗本:長く書かないで赤白血球減少症。

    主治医:赤白血病と語が似る。

    栗本:白赤血球減少症ではどうか。

    浜田:減少した血球を明示する理由として,組み合わせで病態が更に違ってくるということ以外に明示する意義はあるか。低形

    成骨髄で,そういう病態だと把握していれば別によいように思うが,特定することに意味はあるか。

    栗本:結果として出血傾向がないとか,感染しやすいなどという機能的な問題がわかる。

    傍島:赤血球白血球減少症とする。展開先は主討論者の銅欠乏性血球減少症。あとは下痢について。慢性下痢症と下痢症が

    ある。

    加藤:下痢症で留めたのは,家にいる時の下痢の程度が不明なため。

    三島:慢性下痢症で,原因不明。抗生剤関連かと思った。

    栗本:慢性かどうかは訳が分からないのでつけなかった。便潜血はどうか。

    主治医:未検。

    栗本:2 回とも陰性だったら粘膜に鬱血も炎症もないことになる。採便条件はどうか。

    主治医:不明。

    傍島:主討論者の意見に沿って慢性下痢症とする。原因について結論するのは難しいだろうか。

    主治医:抗菌薬を使ってなんとなくよくなったので,感染が多少なり関与していたようにも思う。そこまで追求すべき病態ではない

  • - 18 -

    と思った。

    傍島:慢性下痢症のまま,ナンバープロブレムではなく#a としておく。失神についてはどうか。

    菊池:当時の事はもはやいいのでこの時点では挙げない。それこそ神経障害などもあるし,プロブレムとするほどの事ではない

    と思った。

    栗本:確かに 1 回は終わったが,これからもこの人はいつも訳の分からないことを言っており,似たようなことがあると思うので,こ

    れはこういうことだと明示しておくこととした。

    傍島:主討論者の意見を採用。研鑽会のリストとしては以下。

    栗本:慢性血小板減少症は無視か。

    傍島:結局は#7 ということだが,入院時点で表すかということ。これで本日の研鑽会 CPCを終了する。

    <内科学研鑽会プロブレムリスト>

    #1 糖尿病

    #2 高血圧症

    #3 慢性腎不全(血液透析)

    #4 洞不全症候群(ペースメーカー留置)

    #5 反復性出血性膀胱炎

    #6 クワシオルコール低栄養症

    #7 赤血球白血球減少症→銅欠乏性血球減少症

    #a 慢性下痢症