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報告様式 9 科学研究実践活動のまとめ 1. タイトル チャネルキャットフィッシュの生態に迫る〜成長に伴う形態変化と噛み跡からの考察〜 2. 背景・目的 採取したチャネルキャットフィッシュの外見が体長によって著しく異なる事に気付いたが、その生態的 意義についての情報を得ることができなかった。そこで、昨年度は計測に基づく検証を行い、以下の二点 について考察を行った。 ① 外見の違いは体型に由来すると考え、本種の体長毎の形態的特徴を調べた。その結果、成長とともに雄 の頭部は扁平化し、幅広になっていく、雌雄の二型化も確認された(図1・2)。なお、雄の頭部形態変 化には口幅と頭部筋肉の発達が関係していると考え、この意義が主に縄張り争いの為にあると考察した。 ② 体長毎に胸鰭棘条の長さを測定したところ、棘条の伸長が体長 350mm 程度で止まることがわかった(図 3)。このことから、棘条は小型魚が身体の固定や大型魚からの捕食圧に対抗するものであると考察した。 図1 雌雄での頭部形状の比較(左:乾燥標本 右:生体) 図2 全長(mm)と両眼間隔長/頭長(%)の関係 2 12 22 32 42 52 62 50 150 250 350 450 550 650 750 胸ビレ棘の長さ(mm全長(mm性別不明 図3 全長(mm)と胸鰭棘条の関係 以上の結果・考察を受けて、本年度は昨年度の検証データの精度向上と、雄の頭部形状変化の生態的意義 を探ることを目的とした。 3. 方法 検証個体は釣りにより採取。採取した個体の計測にはノギスとメジャーを用いた。 ① 噛み跡に関する検証 採取個体に噛み跡 が残されていることに気付き検証した。まず、採 取した個体に残されている噛み跡を性別と全長 毎に分類した。次に、ホルマリン標本として保管 整理番号 SG150168 活動番号 A-005

整理番号 SG150168 活動番号 A-005 - JST...ヌマチチブにおける攻撃行動 道官丈晴・種田耕二(2000) Sexual Dimorphism in the Goby Tridentiger kuroiwae breviapinis

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報告様式9

科学研究実践活動のまとめ

1. タイトル

チャネルキャットフィッシュの生態に迫る〜成長に伴う形態変化と噛み跡からの考察〜

2. 背景・目的

採取したチャネルキャットフィッシュの外見が体長によって著しく異なる事に気付いたが、その生態的

意義についての情報を得ることができなかった。そこで、昨年度は計測に基づく検証を行い、以下の二点

について考察を行った。

① 外見の違いは体型に由来すると考え、本種の体長毎の形態的特徴を調べた。その結果、成長とともに雄

の頭部は扁平化し、幅広になっていく、雌雄の二型化も確認された(図1・2)。なお、雄の頭部形態変

化には口幅と頭部筋肉の発達が関係していると考え、この意義が主に縄張り争いの為にあると考察した。

② 体長毎に胸鰭棘条の長さを測定したところ、棘条の伸長が体長350mm程度で止まることがわかった(図

3)。このことから、棘条は小型魚が身体の固定や大型魚からの捕食圧に対抗するものであると考察した。

図1 雌雄での頭部形状の比較(左:乾燥標本 右:生体)

図2 全長(mm)と両眼間隔長/頭長(%)の関係

2

12

22

32

42

52

62

50 150 250 350 450 550 650 750

胸ビ

レ棘

の長

さ(m

m)

全長(mm)

性別不明

図3 全長(mm)と胸鰭棘条の関係

以上の結果・考察を受けて、本年度は昨年度の検証データの精度向上と、雄の頭部形状変化の生態的意義

を探ることを目的とした。

3. 方法

検証個体は釣りにより採取。採取した個体の計測にはノギスとメジャーを用いた。

① 噛み跡に関する検証 採取個体に噛み跡

が残されていることに気付き検証した。まず、採

取した個体に残されている噛み跡を性別と全長

毎に分類した。次に、ホルマリン標本として保管

整理番号 SG150168

活動番号 A-005

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されている個体(N=27)で確認される噛み跡数を 図4 計測した下顎の歯と歯幅 図5 上顎の歯

体長毎に計測してまとめた。さらに、噛み跡を付けた個体の大きさを推定するために、保管しているホル

マリン標本のうちで歯幅を計測できる個体(N=11)の下顎の歯幅を図5に従って計測した。なお、下顎の

歯幅に注目した理由は、噛み跡の形状と下顎の幅の形状が一致しているからである。(図5・図6)

② ヌマチチブの行動との比較 「縄張り行動」「頭部の雌雄二型化」「底棲」の点で本種に類似した生態

的特徴をもつヌマチチブの行動に着目した。観察では水槽に雄のヌマチチブを飼育し、縄張りを意識させ

た。そして、同サイズの個体を侵入させ、初回攻撃までに要する時間を計測した。なお、検証では砂利,

水槽,エアレーションなど、水槽内の条件を毎回揃えた。

4. 結果

① 噛み跡に関する検証 図4のように明瞭に確認できる噛み跡を野外採取個体とホルマリン標本を

調べたところ、噛み跡については表1〜4のように分類できた。表では、傷跡が全くない場合を「0」、1

箇所ある場合を「1」、2個以上ある場合を「2」で示している。なお、雄での噛み跡確認率は100%だっ

た。また、噛み跡は全長300mm以上の個体で確認することができた(図5)。さらに、下顎の歯幅と全長の

関係を整理したものが図6である。

図4 採取個体に付いた噛み跡

図3 採取個体に付いた噛み跡

表 1 表 2 表 3

表 4

0

20

40

60

80

100

1〜10

11〜

20

21〜

30

31〜

40

41〜

50

51〜

60

61〜

70

71〜

80

噛み

跡確

認率

(%

体長(cm)

図5 体長毎の噛み跡確認率の関係(%)

0

10

20

30

40

50

60

0 200 400 600 800 1000

下顎

歯幅

mm

全長(TL)mm

雄♂

雌♀

線形近似 (雄♂)

線形近似 (雌♀)

図6 下顎の歯幅と全長(TL)の関係

② ヌマチチブの行動との比較

小型同士(6.0〜7.0cm),中型同士(7.0〜8.0cm),大型同士(8cm 以上)のいずれの組み合わせでの観察

においても、攻撃行動を確認することができた。

a エラ蓋を膨らませる威嚇

b 追尾

c 噛みつき

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図7 縄張りを防衛するヌマチチブの攻撃パターン

また、攻撃行動は新個体を侵入個体として水槽に入れた直後

から始まり、侵入開始から最初の攻撃に至るまでの時間は表5

のようになった。また、攻撃には威嚇・追跡・体当たり(頭突き)・

噛みつき(図7)がいずれの組み合わせでも確認された。なお、

図7はいずれも大型雄個体の縄張りに大型雌個体を侵入させた

時のものであり、体色の黒い個体が縄張りを形成している個体、

淡い個体が侵入させた個体である。

縄張りをもっている個体

侵入させた個体

初回攻撃までに要した時間(秒)

vs 小型雄♂ 10

vs 小型雌♀ 30

vs 中型雄♂ 8

vs 中型雌♀ 7

vs 大型雄♂ 1

vs 大型雌♀ 1

小型雄♂

中型雄♂

大型雄♂

表5 縄張りをもつ個体が侵入個体に初回の攻

撃を仕掛けるまでに要した時間

5. 考察

① 噛み跡に関する検証

雌雄ともに主に300mm以上の個体に性別関係なく噛み跡を確認できた。また、確認できた歯幅は35㎜

程度ものが多かった。これより、噛みついた個体の大きさを推察する事ができる。また、図6より本種の

下顎歯幅は体長と共に成長し、噛み跡確認された35㎜程度の歯幅の噛み跡は雌の場合は体長700mm、雄の

場合は体長600mmの個体により付けられたことになる。700mmの雌個体が多数生息している現実性の低さ

から、噛み跡を付けているのは成熟した雄個体であると推察できる。

② ヌマチチブの行動との比較

小型同士(6.0〜7.0cm),中型同士(7.0〜8.0cm),大型同士(8cm以上)いずれの観察においても攻撃

行動を確認することができた。なお、攻撃行動は新個体を侵入個体として水槽に入れた直後から始まり、

侵入開始から最初の攻撃に至るまでの時間は以下の表5のようになった。また、攻撃には威嚇・追跡・体

当たり(頭突き)・噛みつき(図7)がいずれの組み合わせでも確認された。なお、図7はいずれも大型雄

個体の縄張りに大型雌個体を侵入させた時のものであり、体色の黒い個体が縄張りを形成している個体、

淡い個体が侵入させた個体である。

6. 結論

①②の検証から、両種とも性別関係なく攻撃を受けていることがわかる。縄張り行動では生殖目的の場

合は雌に攻撃を行わない。従って、チャネルキャットフィッシュの縄張りが餌の安定した確保を目的とし

たものであると予想される。しかし、採取個体で見ることのできる噛み跡は繁殖期である夏場に増加する。

このことから、縄張りが、生殖目的である可能性も捨てきれない。この件については今後の検証で明らか

にしていきたい。

7. 謝辞

国立科学博物館 動物研究部 中江雅典氏には、魚類研究における測定を用いた研究について、また、

高知大学動物生理学研究室元教授種田耕二氏には、ヌマチチブの攻撃行動に関する研究と縄張り行動に関

する研究のアドバイスをいただいた。

8. 参考文献等

日本産魚類検索 全種の同定第三版 中坊徹次編 東海大学出版会

霞ヶ浦におけるチャネルキャットフィッシュの食性 半澤浩美(2004)

霞ヶ浦におけるチャネルキャットフィッシュの産卵形態 半澤・野内(2006)

霞ヶ浦におけるチャネルキャットフィッシュの季節的分布様式 半澤・荒山(2007)

茨城県北浦の沿岸帯におけるチャネルキャットフィッシュの摂餌特性 遠藤・金子・猪狩・中里・亀井・

碓井・百成(2015)

霞ヶ浦沿岸におけるチャネルキャットフィッシュ稚魚の個体数密度と食性の昼夜比較 山崎・加納・荒

山(2016)

北浦のヨシ帯におけるチャネルキャットフィッシュの食性の季節変化と環境中の餌生物の変動 平

山・遠藤・加納(2016)

霞ヶ浦における近年の外来魚問題 荒山和則・岩崎順(2012)

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ヌマチチブにおける攻撃行動 道官丈晴・種田耕二(2000)

Sexual Dimorphism in the Goby Tridentiger kuroiwae breviapinis Katsuo Mashiko and Soichi

Yamane(1993)

Murdy,E.O.,R.S.Birdsong and J.A.Musick.1997.Fishes of Chesapeake Bay.Smithsonian Institution

Press.1997:v-xi+1-1324,Pls.1-49.

Tomelleri,J.R. and M.E.Eberle.1900.Fishes of the Central United Statea.University Press of

Kansas,226p.

Channnel Catfish Spawning and Hatchery Management PiblicResourceOrg

(https://www.youtube.com/watch?v=Y9MoTyZaiMs)

9. 成果発表実績

・第61回 日本学生科学賞 東京都大会出品

・第57回 生徒理科研究発表会誌上発表

・2018年 首都圏オープン 口頭発表・ポスター発表(予定)

・平成30年度 日本水産学会春季大会 高校生ポスター発表(予定)

10.大学等研究者(講師)の指導の状況

国立科学博物館 動物研究部 中江雅典氏に、データ処理の方法と研究方針、研究内容に関する検証など、

全面的にアドバイスをいただいた。また、小型ヌマチチブの雌雄判別についての方法も教えていただいた。

また、すでに引退をされているが、高知大学理工学部動物生理学研究室にて教授をされていた種田耕二

には過去にご指導されたヌマチチブの攻撃行動に関する研究論文を提供いただき、実験内容についてもご

指導をしていただいた。