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はじめに
炭素繊維を強化材とした複合材(CFRP)は、今や旅客機構造になくてはならない一材料となった。1990年代に設計された民間航空機までは、複合材の重量割合は構造重量の約10%程度であったが、2011年に就航したBoeing 787型機や2015年就航のAIRBUS 350型機では、構造重量の約50%以上が複合材であるといわれている(図 1 )。これらの機体では、多くのCFRPを適用することによって、機体の軽量化はもとより、耐久性の向上、客室内の加湿や与圧の上昇、点検整備間隔の延長
などが実現されている。また、近年では車両における燃費低減(CO₂削減)の要求から、車体の軽量化に対する研究開発が活発に行われており、ここでも炭素繊維を用いた複合材を用いることによる軽量効果が期待されている。
一方、CFRPの構造材料としての歴史は、金属材料よりも浅く、我々が日頃、複合材の強度評価を行っている強度試験規格にしても、体系的に統一された標準規格として構築されていないのが現状である。これは、これまでの工業製品には複合材の適用実績が少ないこと、強化繊維の強度向上が日進月歩で続いていること、航空宇宙設計技術
AIRBUS A350-XWB
Boeing 787
構造重量に占める複合材の割合(
%)
年
70
60
50
40
30
20
10
01970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
図 1 航空機構造重量に占める複合材比率の変遷
特集•拡大するCFRPの適用分野と可能性•
明治大学 岩Iwahori堀 豊
Yutaka
理工学部機械工学科 教授〒214-0033 神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1☎044-934-7136
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炭素繊維強化プラスチックの強度試験法標準化
解 説
252020年3月号(Vol.68 No.3)
という各国の防衛にも関係する技術であること、異方性材料であるため試験評価ケースが多く費用もかかり取得したデータは公開しにくいこと、製品開発に用いた試験法についても設計技術の一部であり公開はできないことなど、さまざまな要因が考えられる。本稿では、民間航空機に対するCFRPの強度試験法の位置付けや現状を示すとともに、筆者が関与したJIS・ISO規格に向けての取り組み例、今後の課題などを紹介する。
民間航空機製造と強度試験規格の現状
民間航空機開発における、機体構造強度保証方法の概念として、図 2 に示すビルディングブロックアプローチと呼ばれる手法が使われている。ピラミッドの基盤部分は構造設計の基本データとなる各種材料物性データを取得する部分であり、環境の影響、燃料や作動油に対する影響などを含めた材料許容値や材料物性値を取得・蓄積するために各種の基本的な試験が行われる。
これらの基礎データを基に、構造要素レベル、部分構造(サブコンポーネント)、さらには実大構造試験と、サイズや複雑さの段階を上げた供試体を設計・製造し、確認試験を実施していくことで、基礎データを用いた設計による全機設計の妥当性を担保するのである。材料試験規格は、このビルディングブロックの基盤部分において最も多く使われるものであり、構造設計を進める上での基本データとして使用されるため、非常に重要な位置を占めることになる。この基礎データを取得する試験規格は、自社の試験規格を使用して材料物性を取得することが多いが、当局から認証を受ける必要があり、試験規格すべてを自社開発し検証し
た後に認証を受け使用することは非合理的であるため、既知となっている公共規格を部分的に取り入れたり、社内規格として公共規格を呼び出して使う場合もある。
米国におけるCFRP強度試験法と公共規格制定への取り組みは、図 3 に示すように、古くはASTM(American Society for Testing and Ma-terials)、SACMA(Society for American Com-posite Material Testing)、MIL HDBK-17 (The Composite Materials Handbook-17)で 独 立 し て進められていたが、2006年以降、MIL HDBK-17は CMH-17(The Composite Materials Hand-book-17)と名称を変更し、FAA(Federal Avia-tion Administration)が主導して航空機の規格やガイドラインを維持管理していくことになった。
CMH-17は、MIL-HDBK-17を受け継いでいるが複合材の標準試験法ハンドブックというよりは、航空機に関わる複合材料データベース、複合材設計・製造手法(認定手法)、航空機構造に関わる複合材修理法など、総合的なガイドラインを示すものとなっている。CMH-17では、ガイドライン全体をFAAが主導してまとめ、試験規格はASTMが担当、データベースはNCAMP(National Center for Advanced Materials Performance)で取得、航空機修理法はSAE(Society of Automo-bile Engineers)Internationalの下部組織であるCACRC(Commercial Aircraft Composite Repair Committee)が担当(規格はSAE規格)、という具合に、それぞれ内容に関する議論を別団体に展開して行い、CMH-17ハンドブックに集中反映させる仕組みになっている。
複合材に関するASTM試験規格開発はD30で
実大構造試験(数機)
部分構造試験(数十)
構造要素試験(数十)
要素試験(数百)
材料試験(千-数千)
量産の可否複合材を構成する物性から、積層板までのデータ取得
機体メーカ規格
社内試験規格
局の適合判定
公共規格試験法
COMPONENTS
NO
N-G
ENER
IC S
PEC
IMEN
SG
ENER
IC S
PECI
MEN
S
SUB-COMPONENTS
DETAILS
ELEMENTS
COUPONS
STRU
CTU
RA
L FEATUR
ES
DATA
BA
SE
図 2 航空機で用いられるビルディングブロックアプローチ
SACMA MIL-17
ASTM international(デファクトスタンダードに近い)
航空機設計ハンドブックとして整備
航空機標準試験法として整備
CFRP試験法標準化推進(TC61/SC13)
整合化CFRP試験法標準化推進(METI基準認定事業)
FAA
統合
図 3 航空機用複合材試験規格
26
取り扱われており、大学や産業界が参加する会合が年1〜2回の割合で定期的に開催され、ASTM会員(個人)ベースで試験規格の提案、審議(メールで投票)、規格発行がなされている。また、NCAMPについては、母体がウィチタ州立大学であり、データ取得や関連研究は、大学とFAAとで組織された、NAIR(National Institute for Avi-ation Research)内で行われている。SAEの一組織であるCACRCについても、エアライン、製造メ ー カ、大 学、FAA、EASA(The European Au-thority in aviation safety)などが参加し、年1〜2回程度の会合を実施して複合材の修理材料スペック、修理方法などを提案、議論しSAE規格の発行を進めている。
一方、欧州では、民間航空機製造に関し大きな影 響 力 を 持 つ エ ア バ ス 社 の 自 社 規 格 で あ るAITM(Airbus Test Method)が有名である。エアバス社の機体製造に関わる企業や研究機関は、試験法としてAITMを使用していると考えられる。AITMには自社で開発した試験規格の他、EN(European Standard)やISOを呼び出し試験規格として使用していると考えられる。
一方、わが国の航空機産業においては、ボーイング社の機体構造製造に従事する割合が多いため、必然的に発注側の試験規格に合わせた品質確認のための試験実施が主流となっている。こうした状況が長く続いているためか、本来であれば設計や製造の根幹をなす試験規格に対して「疑問を持つ」とか、「新しく規格を開発する」という意識はあまり重要視されなかったのかもしれない。過去のJIS規格をみても、ASTM翻訳、ISO翻訳というものが多い。
しかし、近年では、炭素繊維生産国として世界一であるわが国が、この炭素繊維を使った複合材製品分野の拡大を目指し、主体的に標準試験を設定し規格化を推進していこうとする動向も現れている。国際規格であるISO規格制定の主導権を持ち、本分野の試験標準化を推進するとともに、国内規格(JIS)と整合化させる取り組みが進められている。JIS規格で試験をしておけば、ISOに適合するデータが取得されることになるのである。
JIS、ISO規格化の例
複合材の規格は、JISにおいてはK(化学)、ISOに お い て はTC61(Plastics)/SC13(Composites and Reinforcement Fibres)/WG 2 (Laminates and Moulding Compounds)で審議、進行、制定、維持がなされている。筆者はこれまでJIS、ISO規格の制定に関わってきた。
CFRPの強度評価には、非常に多くの種類の物性値取得要求があるが、複合材の開発や製造の際に必要な物性の一つとして、複合材の切欠き感度に対する強度低下の評価がある。短冊型の試験片中央部に孔をあけ(有孔試験片と呼ぶ)、試験片の長手両端または試験片の端部表面から荷重を導入し、中央の円孔部分に圧縮荷重を与え応力集中部分の強度を評価する方法である。前述のSACMA規格には、SACMA SRM 3R-94(Open-Hole Com-pression Properties of Oriented Fiber-Resin Composites)として有孔圧縮試験法が制定されており、この規格をベースにASTM D6484が制定されている(現在では、D6484M-14)。
この試験法では、図 4 左側写真に示すように、試験供試体上下に大型の金属製治具が必要であり、試験片の長さも比較的長い約300mmの供試体が要求されている。JAXAでは、この試験法に対し治具の簡素化、軽量化、試験片の短縮化を提案し、ASTM D6484との同等性を確認しつつ独自の試験法を設定した。試験片長さによる強度への影響、ばらつきの調査、破壊モードの比較複数の試験機関による同等性確認試験(ラウンドロビン試験)を行い、JIS規格及ISO規格を提案し、JIS K 7093:20121)、およびISO 12817:20132)を制定した。この試験法は、治具の軽量化による試験治具のハンドリング向上や、試験片サイズも小型であることから、母材量が少なくて済み、試験作業者の負担の軽減、試験片費用の圧縮、試験時間の短縮が期待できるものである。
そのほか、CFRPの面圧強度測定法として、JIS K 7080-2:20123)とISO 12815:20134)とが制定されている。また、CFRP面外方向の層間強度を計測する試験法として、JIS K 7096:20175)とISO 20975-2:20186)とを制定した。
272020年3月号(Vol.68 No.3)
特集•拡大するCFRPの適用分野と可能性•