Upload
others
View
2
Download
0
Embed Size (px)
Citation preview
この章では、ソーシャルワークの大きな柱である、価値と知識、技術について学びます。
社会福祉援助技術論1 第3講
30
先に学習したように、ソーシャルワークの構成要素の1つとして、ソーシャルワーカーが位置づけられ
ます。
専門的な援助実践としてのソーシャルワークを担うのですから、ソーシャルワーカーには当然に専
門職であることが求められます。それは、ソーシャルワークの「価値」、あるいは「価値規範」といった
ほうがいいかもしれませんが、その「価値」を基盤に、専門の「知識」と「技術」をしっかりと身につけ
ているということです。
社会福祉援助技術論1 第3講
31
ソーシャルワーカーは、ソーシャルワークの「価値」ないし「価値規範」に依拠し、「価値」を基盤とす
る専門職です。「価値」という言葉は、様々な意味合いを持っています。
よいと言われる性質、好き嫌いの対象となる性質、グループ内でメンバーが共有するよい性質、誰
もがよいとする普遍的な性質、などです。
ソーシャルワークの「価値」という場合には、「何が望まれるか」「何が善であるか」という質的判断の
基盤となり、ある状況において判断をするときに、何が優先されるべきか、何を優先すべきか、とい
う方向づけをするものとなります。その意味では、「価値規範」というほうが、より正確かもしれません。
誰もがよいとする普遍的な性質を大事にしながら、ソーシャルワークの援助原理や援助の目標、目
的に即して判断をしていきますから、それは、ソーシャルワーカーとして職能集団の中で共有してい
る価値であるといえます。
社会福祉援助技術論1 第3講
32
好き嫌いの対象となる性質を「価値」と呼ぶことからもわかるように、人間の行動は、その人のもつ
価値の総体、つまり価値体系によって影響を受けます。個々人のもつ価値を直接知ることはできま
せんが、その行動として表出されたものを通して推し測ることができます。
また、「価値」は、歴史的、文化的、社会的背景といった、さまざまな条件のもとで形成されます。
そのため、個人や特定の社会にとっての望ましさ、好ましさは、その社会・文化、宗教や時代的な背
景によってさまざまな価値観として形づくられていきます。すべての人、すべての社会の共通理解と
して価値を定義することは容易ではありません。
しかし、「価値」の中には、人間が本質的にもっている「普遍的価値」、あるいは「究極的価値」と呼ば
れるものがあります。
ソーシャルワークが依拠するとしている「価値」は、この究極的価値に基盤を置いています。人間に
とっての究極的な価値とは、「人間の尊厳」にあります。
人の存在そのもの、つまりbeingを尊重するというものです。その人がどのような人であれ、人として
生き、存在していることをかけがえのないこととして大切にするということです。これは、人間の本質
的なものであり、ソーシャルワークはこの究極的価値を根底に置いています。
究極的価値は非常に抽象的でもありますから、その価値をどのようにして具現化し、実践として表し
ていくのかということにも関心が寄せられます。
究極的価値に対して、「手段的価値」と呼ばれるものですが、これはこの後で学習します。
社会福祉援助技術論1 第3講
33
まず、人間として本質的な普遍的価値である「人間の尊厳」から導かれるものとして、ソーシャル
ワークの究極的価値を考えてみましょう。
ブトゥリム(ゾフィア・T・ブトゥリム)は、「人間の尊厳・個の尊重」「人間の社会性(社会的責任)」「変
化の可能性」の3つを、ソーシャルワークの究極的価値として位置付けています。
まず、「人間の尊厳」は、ソーシャルワークにおいて最も古く、最も広く保持されている価値であるとさ
れます。一人ひとりの人間が、かけがえのない存在として尊重され、人として平等に、どの個人も尊
厳をもっているものとして承認され、扱われるということです。生まれや民族、社会的立場、財産や
経済力、障害の有無などにかかわらず、すべての人間が、一人ひとり意味ある存在であるということ
です。
「人間の社会性」は、人間は、人間である以上、社会とのつながりのなかで生きるという社会的な存
在であるということです。
3つ目の「変化の可能性」とは、人は絶えず変化、成長することによってのみ、自分の持っている潜
在的可能性を達成することができる、というものです。そして、その変化なり発達の可能性はすべて
の人間が持っているものであり、環境の調整やかかわりの改善などによって、人は変わりうると考え
ます。問題の解決や状況の回復に向けて、最初からあきらめてかかるのではなく、その人の変化や
発達の可能性に信頼を置いてソーシャルワーク実践を展開するということです。
社会福祉援助技術論1 第3講
34
さて、国際ソーシャルワーカー連盟の定義にも、ソーシャルワークがよりどころとする基盤としての究
極的価値が示されています。人権と社会正義です。
「人権」とは、すべての人が生まれながらにして平等で人としての権利と尊厳を有していることを認め、
それを尊重するというものです。
そして、「社会正義」は、社会に存在する障壁、不平等、不公正によって不利益を被ったり、権利を侵
害されたりしている人びとをそのままにしないというものです。
国際ソーシャルワーカー連盟は、そうした究極的価値をベースとし、実践の価値を示しています。抽
象的な究極的価値を実現するために、どのような価値を実践的に位置づけていくのかということで
す。
実践的価値は、5つに整理することができます。(1)人々のニーズの充足、(2)人間の潜在的な可能性
の発達、(3)不利な立場にある人々との連帯、(4)貧困の緩和とソーシャルインクルージョンの促進、
(5)権利侵害されやすい人びとや抑圧されている人びとの解放、です。
これらの実践の価値からも、ソーシャルワークの価値が、「人間一人ひとりの固有な価値と尊厳に基
づいて、各個人の成長する潜在的可能性の実現を目指すものであると同時に、社会的存在として
の責任と社会性の尊厳を含むものである」ということがわかるでしょう。
社会福祉援助技術論1 第3講
35
究極的価値を実践化する実践の価値、それらの価値を実現するものとして、さらに具体的な「手段
的価値」が導き出されます。
例をあげましょう。究極的価値として「人間の尊厳」があり、その具体化のために個人のプライバ
シーを保護するという価値が導かれます。それを実現する具体的実践として、ソーシャルワーカーは、
クライエントの秘密を保持することを実践化します。この「秘密保持」が「手段的価値」です。
同様に、「人間の尊厳」からは、一人ひとりの人間がかけがえのない存在であり、個人として尊重さ
れるものであることから、手段的価値として「個別化」が導き出されます。あるいは、人としての尊厳
はクライエントが自分自身の生き方を自分自身で決めることを尊重します。そこから、「自己決定」と
いう手段的価値が導かれます。
国際ソーシャルワーカー連盟が、ソーシャルワークの諸価値は、「この専門職の、各国別並びに国
際的な倫理綱領として具体的に表現されている」としているように、究極的価値から導かれたソー
シャルワークの手段的価値は、日本ソーシャルワーカー協会や日本社会福祉士会の倫理綱領の中
に具体的に示されています。
これらの内容は、「社会福祉援助技術論Ⅰ」の科目全体を通して学習していきます。
社会福祉援助技術論1 第3講
36
「価値」は、人の判断や行動に影響を与えます。ソーシャルワーカーの判断にも、「価値」が大きく影
響します。ソーシャルワークとしてどのような援助の方向性をとるのか、さまざまな制約の中で援助
や社会資源の配分をどのような優先順位で行うか、個々の実践場面においてどのようなアプローチ
や方法を選択するのか、個々の実践場面においてどのような言動をとるのかなど、ソーシャルワー
カーは多くの判断を求められ、その判断には「価値」が影響を与えるのです。
ソーシャルワーカーの実践は、クライエントとの面接場面を想像するとわかりやすいかと思いますが、
瞬時の判断が求められ、瞬時の判断に基づく行動が積み重ねられるものです。
そうした瞬時の判断が求められる時、判断材料としては、(1)法律・通知等のいわゆる法的根拠、(2)
倫理綱領、行動規範、ガイドラインやマニュアル、(3)科学的根拠のあるアプローチや支援方法、(4)
これまでの知見の積み重ねから見出される方向性、(5)所属する組織の指針、スーパーバイザーな
どから示される方向性、などがあります。
実際のソーシャルワーク実践の場面では、判断材料が明確とは限りません。それらが明確でない場
合、ソーシャルワーカーとしての判断には、「価値」が影響を与えます。判断材料として、どれを選択
すべきかもそうですし、優先順位をつける判断も影響を受けます。
そのため、ソーシャルワークの価値を正しく理解し、身につけておかないと、知識や技術を身につけ
ていても、ソーシャルワーク専門職としての適切な判断ができないおそれがあります。
社会福祉援助技術論1 第3講
37
では、まず、ソーシャルワーカーに求められる専門職としての固有の知識とはどのようなものかを考
えてみましょう。
国際ソーシャルワーカー連盟のソーシャルワークの定義は、「人間の行動と社会システムに関する
理論を利用して」と言っていますから、この知識は必須のものでしょう。
ソーシャルワークの構成要素から、もう少し紐解いてみましょう。まずは、クライエントあるいはクライ
エントシステムとクライエントのニーズの理解が求められます。だとすれば、求められる知識の第一
は、「人間の理解」でしょう。人間を理解し、人間の行動の理論に関する知識が不可欠です。
それは、人間の発達、心理、認知、行動、病気や障害、家族システムなどの知識です。医学や心理
学などの知見から得られた支援理論を学ぶことにつながります。
次に、クライエントを取り巻く環境でもある社会を理解するための知識です。
ソーシャルワーカーは社会の変革も促しますので、社会を理解するための知識が求められます。歴
史、文化、社会構造、社会現象、社会問題や社会システムなどの幅広い知識です。ソーシャルワー
カーは、クライエントのニーズに対して、社会資源を活用してニーズの充足や課題の解決を図ります。
したがって、社会資源に関する知識が求められ、その多くが公的な仕組みによって規定されている
ことを考えると、福祉に関する政策や法律、制度、サービスの運用基準などの具体的な知識を欠か
すことはできないのです。
社会福祉援助技術論1 第3講
38
ソーシャルワーカーがクライエントの支援として積み重ねていく行為は、ソーシャルワークの目的に
向かって一定の手順や方法で行われるもので、ソーシャルワークの方法、援助技術と呼ばれます。
個人への直接援助、グループへの援助、地域への援助や社会福祉調査、組織の運営管理などの
方法や技術です。
また、人間の行動に関する理論を基盤にした支援の方法、療法やアプローチは、科学的根拠に基
づくものですから、前提となる理論や考え方を理解したうえで、目的やポイントをふまえ、手順に沿っ
て行動することが求められます。
ソーシャルワーク実践は、専門職としての実践ですから、常にその根拠を説明する責任があります。
科学的な根拠に基づく方法などは、その知識を実践に生かしていきますし、法律や倫理綱領などで
明示的なものもあります。
必ずしも科学的根拠が示されていないものでも、実践の蓄積から導かれた知見が、教育や実践の
場で伝えられ体系化されていくものもあります。それらをきちんと実践の根拠として据え置き、必要
に応じて説明します。
さらに、これらを明確に示すことが難しい場合でも、少くとも、どのような価値判断のもとにその実践
をしたのかという軸足がぶれないために、ソーシャルワークの価値についても正しく理解しておくこと
が必要です。
社会福祉援助技術論1 第3講
39
みなさんが現在学んでいるカリキュラムの議論のなかで社会保障審議会福祉部会が示した「求めら
れる社会福祉士像」からも、求められる知識が読み取れます。
該当部分を抜粋しました。(2)地域において利用者の自立と尊厳を重視した相談援助をするために
必要な専門的知識、(3)人と環境との交互作用に関する専門的知識、(6)一連のケアマネジメントの
プロセス(アセスメント、プランニング、モニタリング等)の理解、(9)権利擁護と個人情報の保護のた
めの知識、(10)就労支援に関する知識、(12)組織の管理やリスクマネジメント等、組織や経営に関す
る知識、です。
社会福祉援助技術論1 第3講
40
また、ソーシャルワークは、知っている、理解しているという「知識」だけでは実践できません。知識を
行動化し、実践する「技術=スキル」が必要です。スキルとは、特定の知識と訓練を要する行動や活
動のことを言います。
ソーシャルワークのスキルは、ソーシャルワークの価値に基づいて、ソーシャルワーク専門職の固
有の知識を得たうえで、実践的なトレーニングを積んで修得するものです。そのために、ソーシャル
ワーク専門職として社会福祉士をめざすみなさんには、指定科目の学習のほか、ソーシャルワーク
実践の場面を想定した演習と、実際の実践現場における実習が準備されているのです。
社会福祉士の資格を得たら、それでソーシャルワーカーとして適切な行動や活動ができる総合的な
力量、コンピテンシーが獲得でき、完成するというものではありません。ソーシャルワーカーとして実
践を積みながら、スーパービジョンを受けるなどして、自分自身がソーシャルワーカーとして適切な
行動や活動を行うことができているのかどうかを確認し続ける必要があります。
具体的な技術として、「求められる社会福祉士像」に「技術」や「できる」と表現された項目を見てみま
しょう。(2)地域において利用者の自立と尊厳を重視した相談援助をするために必要な技術、(3)人と
環境との交互作用をアセスメントするための技術、(4)利用者からの相談を傾聴し、適切な説明と助
言を行なうことができる、(5)利用者をエンパワメントすることができる、(6)自立支援のためのマネジメ
ントを適切に実践、その効果について評価することができる、(7)他職種とのチームアプローチをする
ことができる、(8)社会資源の調整や開発、ネットワーク化をすることができる、(9)権利擁護と個人情
報の保護のための技術を有し、実践、その効果について評価することができる、(10)就労支援に関
する技術を有し、実践、その効果について評価することができる、(11)福祉に関する計画を策定、実
施し、その効果について評価することができる。
具体的な実践を行うための面接等のクライエントを理解し、援助関係を形成する技術であったり、ア
セスメントや評価、説明の技術といった、ソーシャルワーカー自身が表出できるスキルと、関係機関
や組織などと適切な関係を取り結ぶ技術など、非常に幅広い技術が求められていることがわかりま
す。
社会福祉援助技術論1 第3講
41
ソーシャルワークを継承可能なものとして伝えていくことは、専門職としての自己再生産という、非常
に大切な働きにつながります。
専門職がその専門性でもってクライエントを支えるということは、支え続ける責任と、それを受け継ぐ
後継者を育成する責任を持つということです。「継ぐ」ためには、技術を個々人に帰属する職人的な
熟練技として置くのではなく、伝達可能なものとしていく必要があります。
ソーシャルワーク実践において技術が活用され、それが実績を作っていきます。積み重ねられた実
践、実績によって、技術が体系化され、理論化されることによって、技術は多くの人に受け継がれて
共有され、さらなる技術の向上にもつながっていきます。
社会福祉士の倫理綱領は、その前文で、「われわれはソーシャルワークの知識、技術の専門性と倫
理性の維持・向上が専門職の職責であるだけでなく、サービスの利用者は勿論、社会全体の利益
に密接に関連していることを認識」していることを言明しています。
私たち、ソーシャルワーカー、ソーシャルワーカーの育成に携わる教員、ソーシャルワーカーをめざ
すみなさんすべてが、この認識を共有しながら、ソーシャルワークの学びを深め、ソーシャルワーク
実践が豊かな実践をもって展開されることを期待します。
社会福祉援助技術論1 第3講
42