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伝統的な経営戦略論の再吟味 ――1960 年代から 1990 年代初頭の研究について―― 1.問題提示 2.先行研究サーベイ 3.ポジショニングベース vs 資源ベース論争 4.伝統的な経営戦略論への批判 5.考察 1.問題提示 戦略に関する研究の歴史は古く,そのルーツ は古代の戦争にまでさかのぼる。古代中国の戦 略家であった孫子の「兵法」がその最たるもの であり,21 世紀に入った現代の経営者の中に も,孫子の「兵法」をバイブルとし,経営に活 かしている企業も数多く存在する。例えば,拙 稿(2011)のケース分析で紹介した,タビオ株 式会社の創業者越智直正氏もその1人である。 また,Clausewitz や Lancheste,あるいは Machiavelli などの戦略についての考えやリー ダーシップ論も,孫子の「兵法」と同様に,多 くの企業経営者が参考としており,戦略研究学 会などでも研究が盛んに行われている。 戦争をルーツとする戦略の考え方がある一 方,一定の業績や市場シェアを獲得し,成功を 収めている企業のケースや,経済学・経営学・ 社会学などをベースとした経営戦略論の研究が 世界中の多くの研究者によって,21 世紀に入っ た現在においても活発に議論され続けている。 同様に,経営戦略論の変遷をまとめた研究も 数多く存在する。例えば,Mintzberg は著書 STRATEGY SAFARI の中で,戦略論を 10 の 学派に分類し,サーベイ研究を行っている (1) また,岡田(2009)では,経営戦略論の変遷を 広義に6世代に分類している。両者の研究から 見ても,戦略論に関する研究の奥深さやアプ ローチの多様性を概観することができる。しか し,両氏の研究は,経済学・経営学をベースと した研究のサーベイが多く,上述したような哲 学や社会学のアプローチを用いた研究のサーベ イまでには至っていない。 社会学のアプローチ(ナラティブ・アプロー チなど)を用いた研究としては,近年,再び注 目を集めている Foucault のディスコース分析 を用いた組織と戦略の考え方に関する研究があ (2) 。加えて,社会学のアプローチを用いた研 究としては,Brown らの研究に代表されるよ うな,ストーリーテリングと言われる分野の研 究も盛んに行われるようになってきた (3) そして,岡田(2009)では,各論者によって 提唱された経営戦略論と,それが登場した年代 とを組み合わせて,「戦略理論の大分類」という 表を提示した。しかしながら,これらの経営戦 略論の流れを踏まえると,岡田(2009)におけ る「戦略理論の大分類」で提示された経営戦略 理論の6世代の分類では不十分である。そこ で,筆者は岡田が提示した6世代の分類に対し て,次のように加筆し,表1を作成した。すな 33 名城論叢 2013 年9月

伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

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伝統的な経営戦略論の再吟味――1960 年代から 1990 年代初頭の研究について――

寺 前 俊 孝

目 次

1.問題提示

2.先行研究サーベイ

3.ポジショニングベース vs 資源ベース論争

4.伝統的な経営戦略論への批判

5.考察

1.問題提示

戦略に関する研究の歴史は古く,そのルーツ

は古代の戦争にまでさかのぼる。古代中国の戦

略家であった孫子の「兵法」がその最たるもの

であり,21 世紀に入った現代の経営者の中に

も,孫子の「兵法」をバイブルとし,経営に活

かしている企業も数多く存在する。例えば,拙

稿(2011)のケース分析で紹介した,タビオ株

式会社の創業者越智直正氏もその1人である。

また,Clausewitz や Lancheste,あるいは

Machiavelli などの戦略についての考えやリー

ダーシップ論も,孫子の「兵法」と同様に,多

くの企業経営者が参考としており,戦略研究学

会などでも研究が盛んに行われている。

戦争をルーツとする戦略の考え方がある一

方,一定の業績や市場シェアを獲得し,成功を

収めている企業のケースや,経済学・経営学・

社会学などをベースとした経営戦略論の研究が

世界中の多くの研究者によって,21 世紀に入っ

た現在においても活発に議論され続けている。

同様に,経営戦略論の変遷をまとめた研究も

数多く存在する。例えば,Mintzberg は著書

STRATEGY SAFARIの中で,戦略論を 10 の

学派に分類し,サーベイ研究を行っている(1)。

また,岡田(2009)では,経営戦略論の変遷を

広義に6世代に分類している。両者の研究から

見ても,戦略論に関する研究の奥深さやアプ

ローチの多様性を概観することができる。しか

し,両氏の研究は,経済学・経営学をベースと

した研究のサーベイが多く,上述したような哲

学や社会学のアプローチを用いた研究のサーベ

イまでには至っていない。

社会学のアプローチ(ナラティブ・アプロー

チなど)を用いた研究としては,近年,再び注

目を集めている Foucault のディスコース分析

を用いた組織と戦略の考え方に関する研究があ

る(2)。加えて,社会学のアプローチを用いた研

究としては,Brown らの研究に代表されるよ

うな,ストーリーテリングと言われる分野の研

究も盛んに行われるようになってきた(3)。

そして,岡田(2009)では,各論者によって

提唱された経営戦略論と,それが登場した年代

とを組み合わせて,「戦略理論の大分類」という

表を提示した。しかしながら,これらの経営戦

略論の流れを踏まえると,岡田(2009)におけ

る「戦略理論の大分類」で提示された経営戦略

理論の6世代の分類では不十分である。そこ

で,筆者は岡田が提示した6世代の分類に対し

て,次のように加筆し,表1を作成した。すな

33名城論叢 2013 年9月

Page 2: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

わち,岡田(2009)で提示された「戦略理論の

大分類」の表で示されていない,ナラティブ・

アプローチを用いた戦略分析としてのディス

コース分析を第 3.5世代として加筆した。

また,第4世代について,岡田(2009)で提

示された表では,オープンソース,ロングテー

ル,といったインターネット独特のビジネスモ

デルを裏付ける理論について提示がなされてい

ないことは問題である。そこで筆者は,ここに

Cusumano が論じたオープンソースと,Eisen-

man and Parker and Alstyne が論じたプラッ

トフォーム戦略論を提示した。

表1から見られるように,経営戦略論に関す

る研究は,21 世紀に入ってから多様性が一層深

まり,玉石混交としている。しかしながら,未

だに体系化された理論は見られない。何より,

Chandler や Ansoffの研究に代表されるよう

に,「戦略(目的やビジョンなど含む)が作られ,

それを実現するための方法論として組織が形

成・再構成される」(Chandler,1962)のか,あ

るいは,「企業経営において,組織が存在するこ

とによって戦略が形づくられる」(Ansoff,1965)

のか,といった論争から乖離し,組織と戦略を

二分化する傾向が強まっているが,その正統性

に関する指摘も近年注目されている。つまり,

経営戦略論のあり方について,これまで体系化

されてきたものが崩れつつあるのかどうか,今

一度再吟味する必要がある。

このような問題意識に対して,本稿では,ま

ず伝統的な経営戦略論(表1で示した第2世代

まで)に関する代表的な研究のサーベイを中心

に論じ,伝統的な経営戦略論に潜む課題を再吟

味する。

なお,表1で示されている第 2.5世代以降の

第 14 巻 第2号34

表1.戦略理論の大分類

第0世代

多角化戦略と事業部制組織の成立(Chandler,1962)

実務家による体験論的経営者教育の時代

計画的戦略構築プロセスの重要性(Ansoff, 1965)

第1世代企業の外部環境を重視(Porter, 1980)

実務的な視点による分析と企業の外部環境を重視(Ghemawat, 2001)

第2世代

企業の内部環境(経営資源)を重視するリソース・ベースト・ビュー(Wernerfelt , 1984 ;

Rumelt, 1974, 1991 ; Barney, 1986, 1991 ; Hamel and Prahalad, 1990),ナレッジベースの理論

(Itami, 1987 ; Nonaka, 1994)

第2.5世代 ダイナミック・ケイパビリティ(Teece, Pisano, and Shuen, 1997 ; 河合2004,Helfat, 2007)

第3世代

不確実性を考慮した戦略理論

A.戦略の偶発性を重視する創発戦略(Mintzberg and McHugh, 1985 ; Mintzberg, 1994)

C.高い不確実性を前提に企業行動の時間的価値を重視するリアル・オプション理論

(Trigeorgis and Mason, 1987 ; Bowman and Hurry, 1993)

D.技術革新の不確実性:破壊的イノベーション理論(Christensen, 1997)

E.技術革新の不確実性への対応:オープンイノベーション(Chesbrough, 2003)

第3.5世代ナラティブ・アプローチを用いた事象(戦略)分析

ディスコース分析:ストーリーテリング(Brown and Denning and Groh and Prusak,2005)

第4世代?

インターネットの急激な発展によって生じている現象:既存の経済合理性,戦略理論の前提に

修正を迫る現象や考え方

A.オープンソース(Cusumano,2004)

B.プラットフォーム戦略(Cusumano,2002 ; Eisenmann and Parker and Alstyne,2006)

C.ロングテール(Anderson,2008)

※下線部を筆者加筆。

出所:岡田(2009)p. 22に筆者加筆。

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サーベイについては,今後の研究課題とする。

2.先行研究サーベイ

2.1 第0世代

1)Chandler の研究

Chandler は,GM,デュポン,ニュージャー

ジ・スタンダード,シアーズ・ローバックなど

の米国大企業の経営史をベースに,これらの企

業における多角化戦略と事業部制組織の成立過

程について言及している。Chandler は,「組織

は戦略に従う」という言葉の通り,これらの研

究を通して,組織形成と戦略の関わりにおける

重要性を指摘している。その中で,組織とは,

「その時々の需要にうまく応えるために,既存

の経営資源を結集する仕組み」であり,戦略と

は,「将来の需要見通しに合わせて資源配分を

計画すること」であると論じている(Chandler,

1962,p. 383,邦訳 p. 483)。さらに,Chandler

は上記の研究を通して,米国の大規模企業の歴

史には,次のような4つの段階があると論じて

いる(Chandler,1962,p. 385,邦訳 p. 486)。

第1段階:最初の事業拡大とそれに伴う経営資

源の増大

第2段階:資源活用の合理化

第3段階:経営資源を活かし続けるために,新

市場,新製品ラインに進出

第4段階:短期の需要,長期の市場トレンドの

両方に対応しながら経営資源を活か

すために,組織改編を実施

4つの段階について,詳しく見てみよう。ま

ず,第1段階の「最初の事業拡大とそれに伴う

経営資源の増大」について,Chandler は次のよ

うに論じている。米国で巨大企業が創業し,成

長し始めた時期は,南北戦争後の鉄道建設ラッ

シュ期や,工業製品の需要増大に対応して生ま

れた新興工業都市の急速な拡大期であった。や

がて,これらに関わる企業の需要が落ち着いた

ことで,多くの巨大企業への投資が激減した。

そして,これらの巨大企業の大半は,当時拡大

傾向にあり多くの労働者が職を求めた,製鉄所,

石油精製所,精肉工場,電機・農場機械・器具

工場などの流通網を確保する事業に取り組ん

だ。その中で,自前で流通・販売組織,倉庫,

輸送機器,支社・支店・小売店,を充実させる

企業があれば,同業者との提携,あるいは経営

統合,といった動きが進み,業界の再編(垂直

統合化)が加速した。

次に,第2段階の「資源活用の合理化」につ

いては,次のように論じている。第1段階で,

巨大企業の垂直統合が進んだことで,経営資源

を合理的にマネジメントするための手法の模索

や,持続的に利益を上げつつ計画的な事業運営

を通してコストを抑制するといった課題に迫ら

れた。前者の課題に対処するために,各職能別

部門では指揮命令やコミュニケーションの経路

が定められた。やがて,販売・製造・原材料調

達の面での業務プロセスや手法の改善,体系化

をもたらした。後者の問題に対処することで,

全社の組織整備につながり,市場の要望を反映

する組織を生み出した。

次に,第3段階の「経営資源を活かし続ける

ために,新市場,新製品ラインに進出」につい

ては,次のように論じている。この段階に入る

と,購買,生産,流通,企業のマネジメントに

ついて革新的な企業を模倣する動きが進み,各

社のコスト差が縮まり,利益率が下がった。そ

して,市場が飽和し,合理的手法によるコスト

削減機会が小さくなったことで,経営資源の稼

働率の向上と,既存資源からの利益率の向上を

狙い,各企業は新たな市場を模索するか,ある

いは,新規事業を開発するなど事業の多角化に

尽力し始めた。

最後に,第4段階の「短期の需要,長期の市

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 35

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場トレンドの両方に対応しながら経営資源を活

かすために,組織改編を実施」については,次

のように論じている。多角化戦略を採用した企

業は経営資源を遊ばせずに済み,一層資源を蓄

積していったが,必ずしもそれを有効活用でき

たわけではない。事業拡大によってフルライン

の製品を提供するようになっても,販売組織の

改編などで,ある程度は十分対応可能であった。

だが,経済の成長に伴った顧客ニーズの変化が

引き起こされた場合,より大規模な組織改編が

必要となる。そこで,企業各社は新たに組織の

再編(地域別事業部制組織から,製品別事業部

制組織への移行や,独立子会社の設立など)を

行い,コンスタントに新製品を開発する戦略を

採用した(Chandler,1962,pp. 385-395,邦訳

pp. 486-497)。

以上より,企業が大企業へと成長する過程に

おいて,それぞれの戦略転換期を迎えた場合,

経営資源の再配分と組織の再配置を迫られるこ

とになる。Chandler の研究では,経営資源の

再配分と組織の再配置が求められるようになっ

て行く過程で,事業部制組織の形成に視点が置

かれている。しかし,現実問題として組織形成

のあり方について,事業部制組織を形成するこ

とがすべてではない。企業の組織形態は多様で

あり,企業規模や事業規模,業界の動向に合わ

せて戦略を策定・実行できる組織づくりをする

ことが最も重要なことである。ただ,企業の持

続的な発展における戦略の転換期において,組

織の再編(組織の再形成)がその企業の経営に

大きく影響を与えることを Chandler の研究か

らうかがえることも事実である。

2)Ansoffの研究

Ansoffは,「戦略」を中心に経営を論じた。

Ansoffが論じたのは,企業が置かれている現状

(市場の動向・環境,業績,保有している経営

資源など)に目を凝らし,現状を分析し,その

延長線上にあるものを見極めることの重要性で

ある。その中で,企業は常に環境によって支配

されていることに言及し,次の時代の環境(環

境要因)には,どのようなことが考えられるの

かを予測することの必要性について論じている

(Ansoff,1964,pp. 162-163,邦訳 p. 96)。加

えて,Ansoffは,次の時代を予測するには,新

製品・サービス市場の拡大・再編や,企業と社

会の関係の変化を踏まえながら,ビジネス環境

の変化へ対応するための能力を構築することの

重要性について論じている(Ansoff,1964,pp.

166-167,邦訳 p. 98)。

また,Ansoffは企業が成功するためには,ビ

ジネスの機会に敏感であることと,文化的かつ

社会的な制約を意識して行動できることを条件

として提示した。加えて,成功を収めた企業は,

①独占企業に近く,常時規制の下に置かれてい

る企業,②さまざまな事業を展開している多国

籍企業,である傾向が見られることを指摘して

いる。この2種類の企業は経験上,文化的かつ

社会的諸事情を考慮して意思決定すれば,制約

を受けつつも拡大することがあると論じてい

る。つまり,起業家的な意思決定を的確に行う

能力が,これからの企業には求められる。また,

成功するには先見力だけでなく,社内が迅速に

行動を起こせることが重要であり,スタティッ

クな組織ではなく,ダイナミックな組織を構築

することが必要であることにも触れている。要

するに,変化を嫌うのではなく,自ら変化を起

こすことが成功するためには必要不可欠である

と主張した(Ansoff,1964,p. 170,邦訳 p. 100)。

これらの主張からもうかがえるように,

Ansoffは戦略プランニングの重要性に焦点を

おいて理論を展開している。また,事業環境が

もたらす課題を体系的に予測するためのツール

として,Ansoff マトリックスを考案した。

Ansoff マトリックスとは,製品と市場の二軸か

ら成長戦略を4つのカテゴリーに分類し,分析

第 14 巻 第2号36

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を行う手法である。Ansoff マトリクスを図で

示したものが図1である。4つのカテゴリー

は,次の通りである(Ansoff,1957,pp. 113-

114,邦訳 p. 102)。

第1象限「市場への浸透」

既存市場において,既存製品の売り上げを成

長させる戦略

第2象限「市場開拓」

新規市場に進出し,新しい顧客を開拓し,既

存製品の売り上げを成長させる戦略

第3象限「製品開発」

既存市場において,既存顧客に新規製品を提

供し,その売り上げを成長させる戦略

第4象限「多角化」

新規市場において,新規製品の売り上げを成

長させる戦略(多角化戦略は,既存事業との

関連性の高い多角化と,未知の領域への多角

化があり,後者については新たな知識や経営

資源が必要であり,これの取得のためには企

業の買収が最も賢明な選択である)

また Ansoffは,組織における意思決定を「戦

略(Strategy)」,「組織構造(Structure)」,「シ

ステム(System)」の3つに分類し,これを 3S

モデルとした。

さらに Ansoffは,企業活動には中核となる

「強み」が必要であり,これが過去と現在の競

争優位を将来においても持続させ得ると主張し

た。これは,後述するが,後に Hamel and

Prahaladの研究や,Barneyの研究に影響を与

えたことは言うまでもない。

2.2 第1世代

1)Porter の研究

Porter は,まず競争優位の定義を「業界で平

均以上の収益率を上げていること」,として業

界において平均以上の収益率を上げるために,

市場で競争が起こると論じた(Porter,1985,p.

11,邦訳 p. 16)。加えて,競争戦略の狙いを,

業界の競争状況を左右するいくつかの要因をか

いくぐって,収益をもたらす確固とした地位を

樹立することにほかならないとして,この狙い

を果たすための競争は,価格競争や新製品投入,

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 37

現 

将 

現 在 将 来

図1.Ansoffマトリクス

出所:Ansoff(1957)(邦訳p. 102)。

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宣伝合戦といったお馴染みの方策で「ポジショ

ン争い」という形を採ると論じた(Porter,1985,

p. 1,邦訳 p. 3)。

これを踏まえて,Porter は戦略の定義を「他

社とは異なる活動を伴った,独自性のある価値

あるポジションを作り出すこと」,と論じてい

る(Porter,1998,pp. 55-56,邦訳 p. 90)。

さらに Porter は,企業の経営者や管理者は,

企業全体よりもコアコンピタンス,競争優位の

決定要因となる経営資源,鍵となる成功要因な

どといったものを注目しがちであるが,競争優

位の中核はフィットであると主張している

(Porter,1998,p. 60,邦訳 p. 100)。フィット

が重要である要因について,Porter は,企業に

おけるいくつかの別々の活動(製品開発,品質

管理,販売活動などといった一連の活動)は,

互いに影響を与え合うことが多い傾向にあり,

それが結果として競争優位の源泉になると主張

している(Porter,1998,pp. 60-61,邦訳 p. 100)。

つまり,企業内における多くの活動の間の戦略

的なフィットは,競争優位の基本であるだけで

なく,その優位の維持可能性の本質である

(Porter,1998,p. 63,邦訳 p. 105)。

また,競争状態を決定づける要因について,

Porter は5つの競争要因(新規参入による脅

威,業界内の競合企業との敵対関係,代替品の

脅威,買い手の脅威,供給業者の脅威)である

と論じ,加えて,競争要因に対処し,他社に勝

つための3つの基本戦略として,①コストリー

ダーシップ,②差別化,③集中,という3つの

戦略を示した(Porter,1980,pp. 34-35,邦訳

pp. 55-56)。

①コストリーダーシップ:コストの面で業界

において最も優位に立つことを目指す戦略

②差別化:自社の製品・サービスに何らかの

独創的な付加価値をつけて,業界の中でも

特異だと見られる何かを創造する戦略

③集中:特定の買い手グループや,製品の種

類,特定の地域市場などへ企業の経営資源

を集中させる戦略

そして,Porter は企業における競争優位の源

泉が何であるかを把握することの重要性を指摘

すると共に,その分析手法として価値連鎖

(Value Chain)を提示している。価値連鎖に

ついては,次のように主張している。企業は,

製品の設計,製造,販売,流通,支援サービス

に関して行う諸活動の集合体であり,企業の価

値連鎖と個々の活動をどのように行っていくか

は,企業の歴史,戦略,戦略の実行方法などに

よって決定される。価値連鎖を生み出すための

価値活動は,大きく2つあり,それは主活動と

支援活動である。主活動は,製品の物的創造,

製品の輸送活動,販売後の支援サービスなどで

ある。支援活動には,調達,人的資源,各種の

全社的支援機能によって,主活動のそれぞれを

支援するものである(Porter,1985,pp. 33-48,

邦訳 pp. 45-61)。

2)Ghemawat の研究

Ghemawat は,上述した,Porter と同様に競

争戦略論の代表的な研究者である。Ghemawat

自身の研究と,Porter の研究との決定的な違い

は,理論をより現実的なものとするために,実

務に基づいた研究に焦点をあてていることにあ

る。実際に Ghemawat自身,Porter の理論を

実務的でないものとして批判している。具体的

には,Porter が提示した基本戦略について次の

ように指摘すると共に,1990 年代以降の競争戦

略論の動向を踏まえながら持論を展開してい

る。

基本戦略は,概念としては有効であるが,経

験上の問題と論理的な問題が見られる。経験上

第 14 巻 第2号38

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の問題とは,低コストと差別化との間のトレー

ドオフは絶対的なものでない点である。これ

は,企業はより優れた製品をより低コストで生

産する方法を見つけ出すことができるためであ

る。例えば,日本のメーカーは,製品の不良率

を下げることによって高品質の製品をより低コ

ストで生産できることを実現したことからも自

明である。低コストと差別化という二重の競争

優位のケースは注目されるため,基本戦略の概

念を論駁するように見られる。また,広い視点

からみれば,競争優位と捉えた低コストと差別

化との間には相互作用が見られる(Ghemawat,

2001,p. 56,邦訳pp. 86-87)。

2つ目の問題である論理的な問題とは,企業

内部の一貫性を追求するあまり,企業は低コス

トか高い差別化という対極の戦略を選択しがち

だが,外部要因によって2つの戦略を同時に追

求する状況を強いられることもある。大半の顧

客は,最もシンプルな製品も最も精巧な製品も

望まないのであれば,品質もコストも中程度の

製品を提供することが利益を最大化する戦略と

なる(Ghemawat,2001,pp. 56-57,邦訳 pp.

87-88)。

このような問題から,1990 年代以降の競争戦

略論の研究では,相対的コストと差別化(もし

くは価格)双方の視点から競争上のポジション

を検討し,基本戦略の相対性を取り入れた概念

が主流となった。この概念において,ポジショ

ニングはコストと差別化の連動性を分断する最

大の試みとして捉えられている。そのため,最

適なポジショニングとは,相互に排他的な基本

戦略の中での選択ではなく,コストと差別化と

の間の広い範囲でのトレードオフから成り立つ

選択を反映している(Ghemawat,2001,p. 57,

邦訳 p. 88)。

また 1990 年代半ばに,Brandenburger and

Stuart が,付加価値について3段階の垂直連鎖

(供給業者・競合企業・買い手)があり,それ

ぞれ独自に金銭的な関心を持っていることを提

唱した。すなわち,需要側では,差別化を製品

やサービスに対する支払い意欲と捉え,供給側

では,供給業者の機会費用の対称性であると捉

えることができる(Ghemawat,2001,p. 58,邦

訳 pp. 89-90)。

Ghemawat は,Brandenburger and Stuart

が提唱した付加価値の概念を用いることで,産

業間の競争優位分析と産業レベルの平均収益性

分析に結びつけることの可能性を示唆した。魅

力的でない産業では競合企業の付加価値は少な

く,魅力的な産業では次の2つの要因によって

競争優位によって予想以上の成果が期待できる

と指摘した。2つの要因とは,①魅力的な産業

環境では,個々の競合企業の付加価値は競争優

位より大きい傾向にあり,②産業によっては,

「相互依存関係にあることの認識」,すなわち

「戦術の衝突」(競合企業間の競争度合いを決

める重要な要因であり,無制限の交渉力という

仮説からの重要な離脱)に基づいて競合関係を

構築できる,というものである(Ghemawat,

2001,pp. 59-60,邦訳 pp. 91-92)。

これらを踏まえて,Ghemawat は戦略計画を

行動に結びつけるプロセスについて,次のよう

に論じている。ポジショニング分析ではまず,

企業の活動を区分することからスタートする。

これについては,Porter の Value Chain 分析を

取り上げつつも,識別されたすべての活動が常

に重要であるとは限らないことや,分析時に参

考にされる情報の内容によっては特定の要素を

優先的に扱う可能性が高いため,よりクリアな

情報に基づいて区分することの必要性を指摘し

ている(Ghemawat,2001,p. 61,邦訳 p. 93)。

企業活動の区分の次は,3つのステップを踏

まえてポジション分析をすると論じている。3

つのステップとは,①個別の活動ごとに,自社

と競合他社とのコストの差異を検討する(活動

による相対的コスト分析),②個別活動がどの

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 39

Page 8: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

ようにして顧客の(製品・サービスへの)支払

い意欲を生み出すのかを分析する(活動による

相対的支払い意欲の分析),③コストと支払い意

欲をより明確に分断する変化を明確にするため

に,企業の活動における変化を検討する(戦略オ

プションの検討と選択),である(Ghemawat,

2001,p. 61,邦訳pp. 93-94)。

①活動による相対的コスト分析

コスト分析に取り組む際に注意することはい

くつかある。企業(特に1つの工場で多くの独

自製品を生産する企業)の原価計算システムは

不適当である場合が多く,それを解決しない限

り競合他社のコスト予測はしようがない。なぜ

なら,管理会計で指摘されるように従来の会計

システムでは製造原価に偏っており,製造間接

費とその他の間接費の計算に課題を残す。この

類の問題は,比較可能な製品のコスト・ポジショ

ンを比べることで避けられる。そして,コスト

に焦点をあてても,顧客の支払い意欲を無視し

てはならない(Ghemawat,2001,pp. 62-65,邦

訳 pp. 94-99)。

②活動による相対的支払い意欲の分析

企業が遂行する活動の差異は,支払い意欲の

差異を引き起こし,結果的に付加価値と収益性

の差異を生み出す。実際,収益性の差異をもた

らす原因としては,明らかに競合企業間のコス

トの差異より支払い意欲の差異の方が大きくな

る。事実,Value Chain の活動はすべて,製品

に対する支払い意欲に影響を与える。

そして,顧客の相対的な支払い意欲を分析す

る際に,次のような方法を用いる。すなわち,

⑴真の買い手は誰かを把握する,⑵買い手が何

を求めているかを理解する,⑶自社および,競

合他社がどの程度うまく顧客ニーズを満たして

いるかを評価する,⑷顧客ニーズを充足できる

か否かで,マネジャーは企業活動の調整を行う,

といった4つである。また,支払い意欲を分析

する際の最大の課題は,数多い顧客ニーズを検

討できる程度にまで絞り込むことである。だ

が,顧客の支払い意欲の分析には限界があるこ

とも事実である(Ghemawat,2001,pp. 65-68,

邦訳 pp. 99-103)。

③戦略オプションの検討と選択

コストと支払い意欲の分析における最終局面

は,両者を分断し,有効な戦略オプションを見

つけることである。しかし,戦略オプションの

立案は創造的行為であるため,処方箋を明示す

ることは困難である。

明確に示すことができることと言えば,コス

トをかけても相応の支払い意欲を生み出さない

活動を取り除くビジネス・システムを形成する

ことの必要性と,その一方で,コストをかけず

に,少なくとも一部の顧客セグメントで付加的

な支払い意欲を生み出す方法を見つけなければ

ならないことである(Ghemawat,2001,pp.

68-70,邦訳 pp. 103-105)。

以上のことを踏まえ,Ghemawat は企業が持

つ強みや弱みについて,直接的な競合相手で

あっても企業によって大きく異なるため,これ

らの分析手法は古典的な SWOT分析を一部体

系化することに寄与する。同じ産業内であって

も業界は大きく異なり,成功を目指す企業に

とって,産業内で競争優位を確立できるポジショ

ンを確保することが重要である(Ghemawat,

2001,p. 71,邦訳p. 107)。

競争優位を確立できるか否かは,買い手の支

払い意欲とコストを競争他社以上に分断できる

かで決まる。また,付加価値の概念を用いれば,

競争優位・劣位と産業要因を取り入れて,個々

の企業が達成し得る収益性を評価することがで

きる。また,競合他社よりも競争上優位に立つ,

または競合他社よりも高い付加価値を確立する

第 14 巻 第2号40

Page 9: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

には,競合とは異なる方法で日々の活動を遂行

しなければならない。

そして,Ghemawat は最後に,ポジショニン

グについての議論は,市場をダイナミックであ

るよりもスタティックで捉える傾向が高いこと

を強調している(Ghemawat,2001,pp. 71-72,

邦訳 pp. 107-108)。

2.3 第2世代

1)Wernerfelt の研究

Wernerfelt は,企業の競争優位の源泉が企業

固有の経営資源にあるということを初めて論じ

た研究者である。Wernerfelt が,このことにつ

いて言及した論文“A Resource-based View of

the Firm”では,「企業が持つ経営資源と製品は

表裏一体のものである」,という主張から始まっ

ている(Wernerfelt,1984,p. 171)。それまで

の経営戦略論では,製品・サービスを市場の側

面の視点から分析することが中心であった。し

かし,Wernerfelt は,Penrose が 1959 年に発表

した著書 The Theory of the Growth of the

Firm(邦訳:『企業成長の理論』)で論じられて

いた「資源」の概念を戦略論の視点から再吟味

し,従来の視点とは異なり,企業が持つ固有の

経営資源や,そのマネジメントの方法と利益性

との関係に着目している。つまり,企業の成長

は企業が持つ経営資源に左右されるということ

である。

Wernerfelt は,資源ベースの戦略を考えるに

あたり,次の4つの論点を提示している。すな

わち,①企業が保有するどのような経営資源が

多角化の基礎を築くのか,②多角化によってど

のような経営資源を開発するべきであるのか,

③どのような過程を経て多角化を進めていくべ

きなのか,④多角化を図るために,どのような企

業を買収するべきなのか,である(Wernerfelt,

1984,pp. 172-175)。

また,Wernerfelt は,代替製品が存在しない

製品の利益性を分析するための要素に,①経営

資源がもたらす効果,②優位性の著しい変化お

よび経営資源の獲得における障壁,③魅力的な

経営資源,④M&A,といった4つを列挙した。

①経営資源がもたらす効果とは,製品における

経営資源そのもの,あるいは独占企業グループ

によって制限される創造的な参入など,条件が

一定であれば,経営資源はユーザに活用される

ものの利益は減少する。というのも,例えば,

特許保有者は利益の一部と考えるにふさわしい

存在である。もう少し規模を小さくして考える

なら,有能な広告代理店は企業と共に利益を生

み出し,それを共有することができる。

次に,②優位性の著しい変化および経営資源

の獲得における障壁について,Wernerfelt はリ

ソース・ベース・ビュー(以下,RBVと略す)

の概念においては,伝統的な製品ベースにおけ

る参入障壁に関する概念のいくつかは無効なも

のとなるが,次の2つについてはそうではない

と論じている。それは,例えば⑴企業が Aと

いうマーケットの新規参入者に対して参入障壁

を設けているものの,Bというマーケットでは

そこに存在する経営資源を共有し活用してい

る。その一方で,新規参入企業がマーケット B

ではコスト優位にあれば,マーケット Aへ別

の方法で参入できるかもしれない。⑵企業が保

有している aという経営資源の位置づけが参入

障壁となるのであれば,仮に他のどこかで資源

a を利用することができればマーケット Aが

崩壊したとしても,まだ生き残れるかもしれな

い(Wernerfelt,1984,p. 173)。

また,Wernerfelt は他の手法として,経営資

源の位置づけが参入障壁の価値となるなら,そ

れを組み換えることで小さなマーケット(ニッ

チマーケットなど)への参入障壁とする方法も

あるだろう。そのため,「参入障壁とは,保有す

る経営資源が持つ参入障壁としての位置づけに

委ねられ,企業の価値は新規参入による事業の

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 41

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多角化なしに考えることはなく,経営資源が持

つ参入障壁としての位置づけなしに,企業は参

入障壁を開拓することはできない。」と論じて

いる(Wernerfelt,1984,p. 173)。次に,③魅力

的な経営資源の一部としてWernerfelt は,設

備能力,顧客(熱狂的な顧客),経験,先進的な

技術を例として挙げている。また,いくつもの

製品群に利用される最も重要な資源として「理

念を持ち続けること」が一般的である。その結

果として技術のマネジメントやそれに付随した

技術的優位が,競争優位の一要素となる

(Wernerfelt,1984,pp. 173-175)。そして,④

M&Aのポイントは,ターゲットは自社とは異

なった買い手と価値を持っているため,それら

をいかにして自社にフィットさせて相乗効果を

もたらすかである(Wernerfelt,1984,p. 175)。

その他にも,戦略に影響する要因には,製品

に関心を向けさせながら,興味ある市場への参

入に企業の能力を集中させることが考えられ

る。

以上のことを通して,Wernerfelt は,企業戦

略がより製品第一主義であることと,企業の能

力を市場へ積極的に集中させる必要性を強調し

ている。また,資源をまとめて手にすることで,

いくつもの資源の組み合わせが可能となり,利

益性が高まることを指摘している(Werner-

felt,1984,pp. 171-175)。

2)Barneyの研究

Barneyは,RBVに関する研究の代表的な論

者であり,RBVについて,企業ごとに異質で,

複製に多額の費用がかかる経営資源に着目し,

これらの経営資源を活用することによって,競

争優位を獲得することに寄与すると述べてい

る。つまり,このアプローチは,企業が持つ経

営資源の強み・弱みを分析し,戦略の策定・実

行につなげていくことを目的としている。

RBVを考える上での前提として,経営資源の

異質性(企業ごとに生産資源は異なっている)

と経営資源の固着性(ある経営資源を活用して,

外部環境に存在する機会に働きかけることで,

脅威を無力化し,かつ,その経営資源を保有す

る企業が少数であり,かつ,その経営資源の複

製コストが非常に高いか供給が非弾力的である

場合,その経営資源が企業の「強み」,すなわち

競争優位の源泉となり得る)がある(Barney,

2001a,p. 155,邦訳[上]pp. 242-243)。Barney

は,企業が持つ経営資源を,すべての資産,ケ

イパビリティ(能力),コンピタンス,組織内の

プロセス,企業の特性,情報,ナレッジなどの

企業のコントロール下にあって,企業の効率と

効果を改善するような戦略を構想したり実行し

たりすることを可能にするものである,と論じ

ている(Barney,2001a,pp. 155-156,邦訳[上]

p. 243)。

また,Barneyは,企業の経営資源やケイパ

ビリティの定義,そして経営資源の異質性と経

営資源の固着性の前提は非常に抽象度が高いこ

とから,これらの定義や前提に基づいて,より

一般的に適用可能なフレームワークを構築する

ことを模索し,企業内部の経営資源における強

みと弱みを分析する手法として VRIOを示し

た。VRIOとは,経済価値(Value)に関する問

い(その企業の保有する経営資源やケイパビリ

ティは,その企業が外部環境における脅威や機

会に適応することを可能にするのか),希少性

(Rarity)に関する問い(どのくらい多くの競

合企業が,その特定の価値ある経営資源やケイ

パビリティを既に保有しているだろうか),模

倣困難性(Inimitability)に関する問い(ある経

営資源やケイパビリティを保有しない企業は,

その獲得に際し,それを既に保有する企業に比

べてコストの面で不利であるか),組織

(Organization)に関する問い(その企業は,

自社が保有する経営資源やケイパビリティがそ

の戦略的ポテンシャルをフルに発揮するように

第 14 巻 第2号42

Page 11: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

組織されているか),を示している。

これらの視点に基づいて,企業の競争優位と

なり得る経営資源が何であるのかを明確にする

ことで,戦略の策定・実行につなげていくこと

を論じている(Barney,2001a,pp. 159-172,邦

訳[上]pp. 250-271)。つまり,Barneyの理論

に従えば,持続的な競争優位をもたらす要因は,

企業が所有するケイパビリティにあるというこ

とになる。なお,Barneyは経営資源とケイパ

ビリティを同じ意味合いで捉えているため,こ

こでは経営資源とケイパビリティを同義のもの

として論じる。

では,ケイパビリティとはいかにして育まれ

るのか。Barneyはケイパビリティを育む要因

として,①自社独自の経験,②サプライヤーと

の関係性,③顧客との関係性,④従業員との関

係性,を挙げている。また,Barneyは希少で

模倣困難な組織の力の重要性を指摘すると共

に,その源泉としてケイパビリティを育むこれ

らの4つの要因を挙げている(Barney,2001b,

pp. 83-86)。さらに,Barneyは,持続的な競争

優位を決定づける要因として模倣困難性の重要

性を指摘している。具体的には,他社からの模

倣を困難にするための条件として,①ユニーク

な歴史的経緯や経路依存性,②社会的複雑性,

③因果関係不明性,④代替困難性,を挙げ,こ

れらのいずれか,もしくは,組み合わせの重要

性を指摘した(岡田,2001,p. 90)。

3)Hamel and Prahaladの研究

Hamel and Prahaladは,Barneyと同様に企

業の競争優位の源泉について,自社が保有する

能力に存在することを指摘し,企業の競争力の

核を担う能力「コアコンピタンス」を創造し,

育むことの重要性を論じた。コアコンピタンス

の定義について,Hamel and Prahaladは,「顧

客に特定の利益をもたらす一連のスキルや技

術」と論じた(Hamel and Prahalad,1994,p.

199,邦訳 p. 315)。加えて,コアコンピタンス

を開発し,主導権を握るには,単一の製品カテ

ゴリーにおける主導権の獲得を目指すのではな

く,複数の製品カテゴリーで活用することが可

能な能力を開発することが重要である,と述べ

ている(Hamel and Prahalad,1994,p. 199,邦

訳 p. 316)。

また,コアコンピタンスは,製品単位ではな

く,幅広い製品やサービス全体の競争力に貢献

する性質を持っている。このため,コアコンピ

タンスは,どんな特定の製品やサービスよりも

上位に置かれる存在であり,社内のどの事業よ

りも大切である。一般的にコアコンピタンスの

持続性は,ソニーの小型化技術のように,どの

製品・サービスよりも長い。また,コアコンピ

タンスは,幅広い製品・サービスの競争力の基

礎となるものであるため,企業の成長と市場の

主導権争いに大きな影響を与える。そして,コ

アコンピタンスの主導権を獲得するために必要

な投資,リスク分担,時間は,いずれも単一事

業内で許容される経営資源の範囲を超えてしま

うことが多い。そのため,全社を挙げて支援し

なければ構築することが困難な「企業力」であ

る。さらに,最も重要な点は,コアコンピタン

スを構築し,それを大事に育てていくことでし

か,経営トップには企業の存続を保証する道は

ないということである。つまり,コアコンピタ

ンスは将来の製品開発の源泉であり,競争力の

源泉で,個々の製品・サービスのその成果物で

ある。これらのことを踏まえ,Hamel and Pra-

haladは,企業の競争優位の獲得はコアコンピ

タンスを構築することに依存する,と論じた

(Hamel and Prahalad,1994,pp. 201-202,邦

訳 pp. 318-320)。

だが,注意すべきことは,コアコンピタンス

は,企業固有の技術や製品,無形資産単体のこ

とではなく,それらを束ねたものであり,言う

なれば個々のスキルや組織といった枠を超えた

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 43

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学習の積み重ねである,と強調されていること

である。加えて,個々の技術,無形資産(知識,

ノウハウなど)といったコアコンピタンスを構

成するためのスキルや技術など,企業が持つ能

力を「企業力」という独特の言い回しで論じて

いる。しかしながら,「企業力」とスキルの違い

について言及することなく,マネジャーはコア

コンピタンスとなり得る能力を分解し把握して

おくことの必要性を論じた(Hamel and Praha-

lad,1994,pp. 202-203,邦訳pp. 321-322)。

ここで疑問視されるのが,「コアコンピタン

スとなるものとそうでないものの違いは何か」,

という問題である。この点について,Hamel

and Prahaladは,コアコンピタンスであるため

の条件として,①顧客価値,②競合他社との違

いを出すこと,③企業力を広げること,という3

つの条件を提示している(Hamel and Prahalad,

1994,pp. 203-204,邦訳p. 323)。

①顧客価値

コアコンピタンスは,顧客に認知される価値

を他の何よりも高めなければならない。コアコ

ンピタンスは,スキルであり,それがあるが故

に企業は根本的な利益を顧客に提供することが

できる。企業力がコアであるかどうかの1つの

区別は,顧客の利益が中心にあるかどうかであ

る。また,何がコアコンピタンスであるのかを

見極めようとするなら,特定のスキルが顧客に

認知される価値を十分に高めているかどうかを

絶えず,企業自身が自問しなければならない

(Hamel and Prahalad,1994,pp. 204-205,邦

訳 pp. 324-325)。

②競合他社との違いを出すこと

コアの企業力として認められるためには,ユ

ニークな競争優位であることが求められる。特

定のスキルが既に業界内で当然のものとなって

いたり,まだスキルが業界の最高レベルにまで

達していないにも関わらず,それが自社のコア

コンピタンスであるというような思い込みを持

つことなく,独自の能力構築に努めなければな

らない(Hamel and Prahalad,1994,pp. 205-

206,邦訳 pp. 326-328)。

③企業力を広げる

コアコンピタンスを定義するにあたり,現在

使われている企業力がどのような製品・サービ

スに使われているかという,既存のものへの意

識を排除し,新製品・サービスの開発に対し,

企業が保有する能力をいかに活用できるか,を

意識することが重要である。要するに,ビジネ

スにおける裾野を広げるに際し,自社が持つど

の能力が活用・応用可能であるのかを把握する

ことが必要なのである(Hamel and Prahalad,

1994,pp. 206-207,邦訳 pp. 328-329)。

これに加え,コアコンピタンスではないもの

について,次のように論じている。コアコンピ

タンスは,モノを管理する能力,知識などといっ

た物理的なモノに付随する能力であり,会計上

に見られる「資産」ではない。また,時間の経

過とともに価値の増減が生じることはあるが,

物理的な資産と異なり,すり減ることはない。

コアコンピタンスは,才能であり,スキルであ

る。さらに,コアコンピタンスとその他の競争

優位とを区別することが重要な理由は,企業が

資産やインフラを基盤とした競争優位に安住

し,独自の企業力を構築するための投資を怠る

傾向がしばし見られるためである(Hamel and

Prahalad,1994,pp. 207-208,邦訳 pp. 330-

332)。

また,Hamel and Prahaladは,コアコンピタ

ンスをめぐる競争には4つの次元があると指摘

している。すなわち,①コアコンピタンスの構

成要素であるスキルや技術の開発とアクセス,

②コアコンピタンスを合成・統合する競争,③

第 14 巻 第2号44

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コア製品のシェアを最大にする競争,④最終製

品の市場シェアを最大にする競争である

(Hamel and Prahalad,1994,pp. 212-220,邦

訳 pp. 338-351)。

3.ポジショニングベース vs 資源ベース

論争

本稿では,ポジショニングベース(第1世代)

の代表的な研究として,Porter と Ghemawat

をサーベイした。また,資源ベース(第2世代)

の代表的な研究として,Wernerfelt,Barney,

Hamel and Prahaladをサーベイした。

本稿のように,ポジショニングベースの研究

と資源ベースの研究の両方を考察する場合,両

者の間で生じた論争に着目する必要がある。そ

こで以下では,この論争を踏まえながら考察を

展開する。なお,上述したように RBVの研究

の発端は,Wernerfelt の研究であるが,RBV

への注目が高まったのは Barneyによる研究が

きっかけである。そこで,ここでは RBVにつ

いては,Barney,Hamel and Prahaladの研究

を中心に論じる。

繰り返しになるが,Porter は,外部環境を重

視するのに対し,Barneyは企業が持つリソー

スに競争優位があると論じた。Barney は,

Porter の理論に従えば,「魅力ある業界」では

ない業界で活動する企業は,持続的な競争優位

を獲得することが困難であるという結論に至る

点を批判すると共に,グローバル規模での市場

獲得競争における情報のフローを妨げる要因を

減らし,サプライヤーや顧客が入手できる情報

量を増大させることの必要性を指摘した(Bar-

ney,2001b,p. 80)。一方,Porter は Barneyを

はじめとした RBV論者の理論について,「あく

までもオペレーションの向上に過ぎず,持続的

な競争優位を決定する要因は,ポジショニング

にある」,と RBV理論を批判している(Porter,

2001,pp. 70-73,邦訳 pp. 65-68)。

両者は,互いの主張を批判し合うことで,そ

れぞれの理論の正当性を強調している。しか

し,21 世紀に入ってから,両者の理論に関する

限界を指摘するような主張が数多く論じられて

いる。例えば,岡田によれば,RBVは競争優位

をもたらす経営資源の必要条件である「価値を

生み出すこと」に関しては Porter の競争戦略

論に委ねていることを指摘すると共に,RBV

単独での競争戦略理論という立場を構築するこ

とは困難であると論じている(岡田,2001,p.

91)。それを示すように Barneyは,持続的な

競争優位の源泉として挙げている経営資源の中

に「サプライヤーや顧客との関係」を提示して

いる。これは,言うなれば Porter が価値連鎖

で論じていることと同意である。一方,Porter

理論も,Porter自身の論文“Strategy and the

Internet”の中で,インターネットによる効率

向上の波が及びえない限界として9つの現象

(①顧客が製品にじかに触れながら説明を受け

ることができない,②伝達できるのは形式知で

あり,暗黙知を伝達することができない,③サ

プライヤーや顧客1人1人についての学習がで

きない〔購買習慣しか把握できない〕,④顧客と

の対人接客が不足するため,購入を促すことや,

条件交渉やアドバイスを行うことに限界が生じ

る〔成約にこぎつける強力なツールがない〕,⑤

サイトの閲覧や情報検索に時間がかかるほか,

商品の配送プロセスが生じるためタイムラグが

生じる,⑥出荷が小口となり,組み立て,梱包,

配送にかかる物流コストが増加する,⑦販売部

門,流通チャネル,調達部門の取引活動以外,

既存の安価な機能が活用できなくなる〔例.顧

客訪問時にその場で行われる簡単な修理やメン

テナンス〕,⑧物理的な施設がないため,一部の

機能が機能制限されるほか,イメージ強化やパ

フォーマンスの評価手段がなくなる,⑨入手可

能な情報や購入先の選択肢が膨大化し,新規顧

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 45

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客獲得が困難となる)を列挙しているものの,

このうちの⑤・⑥を除くすべての項目は,Bar-

neyが指摘した模倣困難性に合致する経営資源

である。つまり,両者の理論が相互補完的であ

ることを岡田は指摘したのである(岡田,2001,

p. 92,Porter,2001,p. 76,邦訳 p. 73)。

また,宇多川は,Porter をはじめとした組織

と戦略を二分化して考える従来の戦略論への

様々な反駁を,①組織能力・資源の視点からの

反駁,②戦略的行為の観点からの反駁,③政治

的・文化的プロセスの視点からの反駁,④戦略

から生じるパラドクスの観点からの反駁,とい

う4点に集約すると共に,これらの反駁が組織

の属性やコンテキストが戦略に及ぼす影響を指

摘した(宇田川,2009,pp. 222-223)。さらに,

組織と戦略の二分化によって,実際に戦略が使

われる段階で生み出される再帰性(4)の問題を

指摘した。そして,この問題は,「単に資源配分

プロセス上の問題にとどまらず,戦略という概

念で我々が組織をとらえる捉え方それ自体が,

いかに組織における主体のあり方を形成してい

るかを示しているかが明確である」と論じた(宇

田川,2009,p. 225)。

さらに,河合の研究では,Porter と Barney

の理論について,次のように論じられている。

まず Porter の理論は,原理論としての位置

は維持しているものの,時代の最も先端的な課

題や問題意識への対応能力はもともと高くな

く,基本的に安定的な環境を前提としたもので

しかないこと,および,分析が環境サイドに偏

り,ダイナミック戦略能力を無視していると指

摘した。これは言うなれば,Porter の理論は不

確実な環境での戦略を処方し得るダイナミック

戦略ではなく,安定した環境を前提としたもの

であり,競争不確実性と需要不確実性のいずれ

をもほとんど想定していないと論じている(河

合,2004,pp. 41-42)。次いで,Barneyの理論

については,Porter とは異なり競争優位性を外

部環境との関連のみで論じるのではなく,企業

が持っている各種経営資源との関連の重要性を

指摘し,より統合的な競争優位性の理論である

ものの,企業内の経営資源に関心を集中させた

がために,「ダイナミックな環境変化(がもたら

す不確実性)」に,いかに対処するかという問題

意識がほとんどない,と論じている(河合,2004,

pp. 51-52)。事実,上述した Porter・Ghema-

wat の主張からしても,ポジショニングベース

の経営戦略論は,安定的な環境を念頭において

確立されており,ダイナミックな視点(業界環

境の不確実性などの視点)が欠けている。

4.伝統的な経営戦略論への批判

ここまで,1960 年代後半から 1980 年代前半

までの伝統的な経営戦略論に関する先行研究の

サーベイを通し,ポジショニングベースと資源

ベースにおける論争を概観した。それを踏まえ

ると,伝統的な経営戦略論では共通して,戦略

を経営計画の策定と捉える傾向が強く,経営計

画策定の処方箋として提示されている。具体的

には,上述した Ansoff マトリクスや,Porter

の5つの競争脅威,Barneyの VRIOによる分

析である。この時代には,この他にも本稿で取

り上げていないが,SWOT分析やボストンコ

ンサルティンググループによって提示された

PPM分析など,経営計画を策定するための手

法として多種多様な分析手法が提示され注目を

集めた。つまり,この時代の経営戦略とは「経

営計画の策定をいかに行うか」,が中心テーマ

であった。

だが,1980 年代の半ばに入ると,この流れに

一石を投じる動きが生じた。特に,Mintzberg

は自身の論文“The Fall and Rise of Strategic

P lanning”,あるいは,それを深掘りした

Mintzberg の著書 THE RISE AND FALL OF

STRATEGIC PLANNING(邦訳:『戦略計画・

第 14 巻 第2号46

Page 15: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

創造的破壊の時代』)の中で,これらの流れが戦

略プランニング(計画)と戦略思考(ビジョン)

を混同させ,本来の戦略プランニングの役割が

誤解されていることの問題を指摘している

(Mintzberg,1994(a),p. 107,邦訳 pp. 227-

228)。Mintzberg によれば,組織を成功に導く

戦略は,ビジョンであり計画ではないと論じて

いる。加えてMintzberg は,戦略プランニング

を「戦略プログラミング」として,既存の戦略

やビジョンを言葉に具現化し,詳細を詰めるこ

とと論じた(Mintzberg,1994(a),p. 107,邦訳

p. 228)。なお,「戦略プログラム」の概念につ

いてMintzberg は,「組織は戦略を創造するた

めではなく,既に持っている戦略をプログラム

化するために,公式的な計画作成を行う。すな

わち,これは戦略の結果を公式的に精緻化し,

操作化するために公式的な作成を行うものであ

る」と論じている。要するに,組織は自らが意

図する戦略を正式に表現することが求められる

ため,戦略は計画策定の出発点であると論じて

いる(Mintzberg,1994(b),pp. 333-334,邦訳

pp. 353-354)。また,戦略プログラミングとし

ての計画策定は,「戦略」という意思決定を体系

化し,結果を生み出すための手続きであるとも

論じている(Mintzberg,1994(b),p. 334,邦訳

p. 355)。だが,Mintzberg は,戦略プログラミ

ングを「唯一最良の手法」としているわけでは

ない。戦略プログラミングは,「組織が自社の

戦略を明確に表明することが必要な場合」のみ

に有効な手法となる。この「組織が自社の戦略

を明確に表明することが必要な場合」という条

件についてMintzberg は,①与えられた戦略の

コード化(戦略の説明と明確化),②与えられた

戦略のサブ戦略(アド・ホック・プログラムお

よび,種々の行動計画への精緻化),③サブ戦略,

プログラムおよび,計画のルーチンな予算と目

標への変換,などを挙げている(Mintzberg,

1994(b),pp. 336-341,邦訳 pp. 357-365)。

合わせて,Mintzberg は,戦略プランニング

と戦略思考の違いを理解しておくことで,マネ

ジャーは戦略策定プロセスをビジョンとマッチ

させ,原点に立ち返った戦略を策定することが

可能となる,と論じている(Mintzberg,1994

(a),p. 107,邦訳 p. 228)。また,Mintzberg は,

プランニングを「分析」(目標や目的をいくつか

のステップに分解し,定型化し,それぞれのス

テップごとに想定される成果を具体的にまとめ

る)と定義している。そして,戦略思考を「イ

ンテグレーション」(直観と創造性によって,何

らかの意図を反映した総合的なビジョンの創

出)と定義している(Mintzberg,1994(a),p.

108,邦訳 pp. 229-230)。

だが,Mintzberg は,決して戦略プランニン

グ思考を肯定しているわけではない。事実,

Mintzberg は戦略プランニングに対し強い信仰

心を持ちすぎると,3つの誤解に陥ることを指

摘している。3つの誤解とは,①予測は可能で

あると信じ込むこと,②戦略家は戦略課題と別

世界に存在するという前提に立ってしまうこ

と,③戦略策定プロセスの定型化が可能と信じ

込むこと,である。要するに,市場は留まるこ

となく日々刻々と変化を繰り返しているため,

計画を予定通り進めることは困難であり,その

場しのぎの戦略では意味をなさない。また,定

型化とは,分析から運用に至るまでの連続的か

つ合理的なプロセスが施行されることを意味

し,学習による戦略策定はこれと相反する。な

ぜなら,我々はあくまで行動するために思考し,

思考するために行動するわけでないからであ

る,と指摘している(Mintzberg,1994(a),pp.

109-112,邦訳pp. 233-240)。加えて,Mintzberg

は戦略策定を行うには,「分析と Simon が論じ

たような,何年にも渡る経験と訓練に基づいた

直観力と判断力を結合させることが重要であ

る」と論じている(Mintzberg,1994(b),p. 329,

邦訳 p. 348)。というのも,戦略策定の準備と

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 47

Page 16: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

して行われる分析行為は,総合的な視点による

ものではない可能性もあるし,それを踏まえて

策定された計画は,戦略ではなく,あくまでも

計画に過ぎないかもしれない。もちろん,

Mintzberg は分析行為そのものを企業の経営戦

略策定のインプットとアウトプットとして活用

することを批判しているわけではない。要する

にMintzberg は,戦略の策定において分析行為

に依存するのではなく,分析行為によって導き

出された一定の結果をより現実的な視点から

チェックするために直観力と判断力が求められ

るというのである。また,分析行為は,戦略を

策定することのみに効果を発揮するのではな

く,企業内に潜む問題を明確化することにも寄

与する(Mintzberg,1994(b),pp. 329-330,邦

訳 pp. 348-350)。

そして,Mintzberg は,戦略が形成されるプ

ロセスはブラックボックスであり,戦略策定に

関わる人々は,その周辺で仕事をしているに過

ぎない,とも論じている(Mintzberg,1994(b),

pp. 330-331,邦訳 pp. 350-351)。

また,Drucker も著書 Managing In Turbu-

lent Times(邦訳:『乱気流時代の経営』)の中

で,計画とは「事前に設計しておくこと」では

なく,「体制を整えること」であり,今日の延長

線上にある明日を最適化しようとする試みであ

ると論じている(Drucker,1980,邦訳 p. 72)。

そして,戦略とは今日とは異なる明日の新しい

機会を利用しようとするものであるという。加

えて,Drucker は戦略策定における重要なポイ

ントとして,①自社の強みは何かを理解してお

くこと,②自社の強みは明日の機会に適した強

さか,それとも昨日までの機会に適した強さか,

またそれは,既に機会が存在しないところやそ

もそも機会が存在しないところに向いていない

か,という問題意識を持つこと,③自社にとっ

て必要不可欠な身につけるべき強さとは何か,

あるいは,環境変化・環境がもたらす機会,つま

り人口動態や科学技術の変化,世界経済の変化

を生み出す現象を利用するには,どのような実

行力を身につけるべきなのか,という問題意識

を持つことの必要性を指摘している(Druker,

1980,邦訳 p. 78)。

以上のようなMintzberg や Drucker の研究

の通り,伝統的な経営戦略論における環境変化

の不確実性を考慮するのではなく,あくまで環

境(もしくは市場)は変化することなくスタ

ティックであることを前提にしていることの限

界に言及するものである。加えて「戦略」は,

あらかじめ作り上げられるのではなく,企業の

理念,ビジョン,あるいは,自社が置かれてい

る環境を踏まえて創られる計画を達成するため

の一連のプロセスそのものであることを示し

た。つまり,環境(もしくは市場)は,一定の

条件下に留まっている(スタティックな)もの

ではなく,絶えず変化を繰り返している(ダイ

ナミックな)ものであることを念頭に置くこと

が重要である。

そして,このような伝統的な経営戦略論への

批判的な動きの中で,表1,あるいは表2で示

されたように,Mintzberg の創発戦略,あるい

は Teece のダイナミック・ケイパビリティ論,

あるいは Christensen の破壊的イノベーション

理論などといった第 2.5世代以降の理論が形成

され,1990 年代後半より注目を集めるに至っ

た。

5.考察

以上で論じたことを踏まえ,以下では,第0

世代,第1世代と第2世代の経営戦略論につい

て考察を展開していく。

5.1 第0世代

Chandler による企業の大規模化に伴った事

業部制組織の成立プロセスの分析と,そこから

第 14 巻 第2号48

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導き出された「組織は戦略に従う」という命題

は経営戦略論の研究者だけでなく,経営学の研

究に携わる研究者にとっては誰もが学ぶもので

ある。

また Chandler は,企業の大規模化プロセス

を経営資源の蓄積→経営資源の効率的活用のマ

ネジメント→事業の多角化→事業の多角化に

伴った組織の再編,といった4つの段階に分類

し,経営資源の効率的な活用という視点で,多

角化戦略の有効性を論じているが,これ以外に

も事業の多角化を図ることで1つの事業に注力

することで高まる様々なリスク(脅威)を分散

することが可能であると考えられる。

一方,Ansoffは,企業が常に環境に支配され

ていることを前提として,次の時代のニーズを

予測するための先見の明と社内で迅速に行動を

起こすこと(ダイナミックな組織編成)が重要

であると指摘した。そして,成功を収める企業

の条件として,独占に近い状態の市場を形成し

常に規制によって守られていること,多国籍企

業であることを提示した。加えて,独自の分析

手法である Ansoff マトリクスを提示し,4つ

の成長戦略を提示した。これらを通して,戦略

の策定・実行は,組織によって決定づけられる,

と論じている。そして,上述した通り Ansoff

の研究によれば,戦略プランニングに重点を置

いており,現状を分析することで未来を見通す

ことが可能であるとされている。

両者の理論の共通点は,プロセスは異なるも

のの組織と戦略の密接な関係を明らかにしたこ

とである。この組織と戦略の関わりについての

研究については,21 世紀に入った現代において

も大きな論争を巻き起こしている。また,環境

変化に適応するための要因について,Chandler

が導き出した企業の大規模化に関する4つの段

階を踏まえると,次のように推察できる。企業

の大規模化と市場競争の激化により製品・サー

ビスの生産コスト削減の幅が小さくなるにつ

れ,既存資源の活用と利益率の向上を目指した

多角化戦略や,新製品の開発によって製品ライ

ンナップを増やすことで,環境変化に適応して

行くことは可能であるということだ。

一方,Ansoffは,上述したように自ら市場を

変えていくような行動を起こすことが必要であ

り,そのためには R&Dの実効性を高めると共

に,生産設備の柔軟性を高め,サプライチェー

ンのリードタイムを短縮させることが求められ

ると論じている(Ansoff,1964,p. 170,邦訳 p.

100)。

また,Chandler の理論も Ansoffの理論もプ

ランニング指向が強く見られる。これは,

Mintzberg が指摘した,戦略プランニング指向

によって生じる3つの誤解に陥りかねないこと

を示唆している。Chandler の理論では,3つ

の誤解の1つである「戦略策定プロセスを定型

化が可能と信じ込むこと」という認識に陥る傾

向が見られる。なぜなら,Chandler は最後の

考察のところで提示した,企業の大規模化プロ

セスに関する知見に従い,企業の大規模化・多

角化のプロセスの法則性について論じた

(Chandler,1962,pp. 383-396,邦訳 pp. 483-

499)。しかしながら,これは企業の戦略プロセ

スが定型化あるいは固定化されてしまっている

かのように見受けられる。実際,Chandler自

身も「アメリカ企業による経営資源の獲得・利

用はこれまでに,きわめてわかりやすいパター

ンをたどってきた」と論じている(Chandler,

1962,p. 384,邦訳 p. 485)。このことからも,

Mintzberg が指摘した「戦略策定プロセスを定

型化が可能と信じ込むこと」という誤解に当て

はまる可能性が見られる(Mintzberg,1994(a),

pp. 109-112,邦訳 pp. 233-240)。もちろん,

Chandler が主張する戦略転換期での経営資源

の再配分と組織の再構成は,企業戦略を考える

上で重要な課題であるため,これについては事

業部制組織を採用することが,1つの答えであ

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 49

Page 18: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

るということに異論はない。

一方,Ansoffの理論においても,Mintzberg

が指摘した3つの誤解のうちの1つである「戦

略策定プロセスを定型化が可能と信じ込むこ

と」,および,「予測は可能であると信じ込む」

という認識に陥る可能性がある。それは,上述

した通り,Ansoffは,成功する企業の条件を①

独占企業に近く,常時規制の下に置かれている

企業,②さまざまな事業を展開している多国籍

企業,と指摘しているが,果たしてそれだけで

あろうか(Ansoff,1964,p. 170,邦訳 p. 100)。

というのも,市場独占にまでいかないにしても,

1つの事業にリソースを集中し,差別化を図る

ことで一定の業績を上げている企業も多数存在

する。また,次の時代を予測するには,新製品・

サービス市場の拡大・再編や,企業と社会の関

係の変化を踏まえながら,ビジネス環境の変化

へ対応するための能力を構築することの重要性

について論じていることから,時代の先を予測

可能なものと捉えていることがうかがえる

(Ansoff,1964,pp. 166-167,邦訳 p. 98)。だ

が,これまでの様々な業界の動きを見てみると,

現実には誰もが予測しえない事態が引き起こさ

れているケースが大多数である。

つまり,計画はあくまで計画でしかないこと

を念頭において策定するべきである。そして,

不測の状況に陥った際には,計画を柔軟に軌道

修正できるよう組織に一定の柔軟性を持たせる

ことが求められる。さらに,経営戦略(事業計

画)やビジョンを短期的な視点で策定すると共

に,これらについても常に再検討できるような

柔軟性を持たせることが重要である。

5.2 第1世代と第2世代

上述したように,Porter の理論(ポジショニ

ングベースの経営戦略論)とBarneyの理論(資

源ベースの経営戦略論)では,ダイナミックな

環境変化がもたらす市場の不確実性(Barney

が言う「シュンペーター革命」的な状況)への

対応策を策定することは,困難であることが明

らかとなった。つまり,両者の理論は,安定し

た業界(政府の規制などによって保護された業

界など)に属する企業の間で成立するものの,

例えば,内田が指摘したように,新規参入した

企業が既存の競争構造を一新してしまうような

イノベーションが業界で起こった場合(例えば,

アップルによる音楽業界の再編,デジタルカメ

ラの登場によるカメラ業界の構造転換〔フィル

ムメーカーのコダックが 2012 年1月 19日に連

邦破産法 11条の適用を申請〕など),既存企業

の想定をはるかに超えた脅威であったがため

に,それまでの既存の競争優位は崩壊するだろ

う(内田,2009,pp. 17-36)。そのため,企業が

戦略を策定し実行するためには,自社が置かれ

ている環境の不確実性を前提に置いた上で,戦

略の策定および,実行することが重要である。

確かに,ポジショニングベース理論において,

環境の不確実性を考慮した戦略の策定という側

面は,岡田,宇田川,河合などが指摘するよう

に見られない。だが,これについて,少なくと

もポジショニングベース理論の研究者である

Ghemawat は認めている。Ghemawat は,それ

を踏まえ,Porter とは異なり競争優位となり得

る要素を明確化するために,Value Chain 分析

をより細分化して実施することの必要性と,価

値分析を試みることで,競争優位となり得る可

能性が高い要素がクリアなものとなる。その結

果,競合他社との違いが明確となり競争優位を

見出すことができる,と指摘している。

これは,RBVで言うなら,ケイパビリティ,

あるいはコアコンピタンスに相当するものであ

るだろう。ただ,RBVで言われるケイパビリ

ティやコアコンピタンスとは明らかに違いがあ

る。というのも,Ghemawat の付加価値分析

は,1つの製品・サービスが市場で発揮する価

値を対象としているが,RBVで論じられるケ

第 14 巻 第2号50

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イパビリティやコアコンピタンスは,企業その

ものが持っている技術,人材,設備,ノウハウ,

文化,慣習などを指しており,企業が提供して

いる多岐にわたる製品・サービスの開発・販売

活動などに共通して活用されるものである。で

は,ケイパビリティとコアコンピタンスには,

どのような違いがあるのか。この疑問が生じる

背景には,Hamel and Prahaladがコアコンピ

タンスの定義を「顧客に特定の利益をもたらす

一連のスキルや技術」と明確にしているのに対

し,Barneyはケイパビリティの定義を明確に

はしていない。だが,少なくとも筆者は,ケイ

パビリティとコアコンピタンスについて,次の

ように解釈している。ケイパビリティは,あく

まで企業が持つ能力全般であるのに対し,コア

コンピタンスは,企業が提供するすべての製

品・サービス群の開発・販売活動に共通して活

用されている企業固有の能力である。

また,Hamel and Prahaladは,コアコンピタ

ンスとなり得る能力について,①顧客価値,②

競合他社との違いを出すこと,③企業力を広げ

る,という3つの要素を示した。これに対し,

Barneyはケイパビリティの定義は明確でない

ものの VRIOを通して,持続的な競争優位の決

め手は,類まれな模倣困難性を有した経営資源

であると論証している。すなわち,コアコンピ

タンスにしてもケイパビリティにしても,持続

的な競争優位となり得る経営資源の決め手は,

競合他社との違いをどのように出すのか,ある

いは,いかにして競合他社に模倣されない経営

資源を獲得するのか,ということに留まってお

り,結論としては同じであることは明白である。

加えて,Porter と同様に,市場(環境)は,静

態的なものであることを前提としている。その

ため,市場で劇的な環境変化(業界構造の変化)

が起こった場合に求められる競争優位を(再)

構築するためのプロセスや対応方法についての

言及がなされていない。つまり,ケイパビリ

ティであろうと,コアコンピタンスであろうと,

資源ベース理論の限界は否めない。ただ,コア

コンピタンスについては,企業が提供するすべ

ての製品・サービス群の開発・販売活動に共通

して活用されている企業固有の能力,という側

面を考慮すると,不確実性の高い市場において

も,近接する市場へ新規参入するなどすること

で,競争優位を活かすことが可能となる。これ

は,上述した内田の指摘からも明らかであるが,

カメラのフィルムメーカーであった富士フィル

ムが「写真の現像に使う定着液の技術と化粧品

の技術が類似している」,という事情から化粧

品市場への新規参入を試み,一定のシェアを獲

得するに至った事例(5)からも論証できるだろ

う。

以上のことから,市場の不確実性を考慮した

経営戦略論として,第2世代(コアコンピタン

ス論,あるいは RBV)については,一定の可能

性があるものの,あくまで「市場が静態的であ

る」ことを前提としていることを念頭において

見る必要がある。その意味で繰り返しになる

が,第2世代の経営戦略論は,第1世代(Porter

のポジショニングベース理論)の経営戦略論を

補完するものでしかない。加えて,「市場が静

態的である」ことを前提に置くことで,戦略が

目標化し,あらかじめ定められた指針という捉

え方をされてしまうこととなる。このような状

況に陥ると,企業は戦略や組織構造の柔軟性を

欠くようになってしまう傾向が見られる。その

結果,将来異業種から思わぬ新規参入者が現れ,

既存のビジネスモデルが破壊され大きな業界構

造の変化が引き起こされた場合に,業界から撤

退(事業転換)をするか,他の企業と提携(場

合によっては身売りを選択することもあり得

る)することによって,大きく変貌した業界に

適応するしか術がなくなるだろう。

そのため,Mintzberg が論じたように,「戦略」

は,あらかじめ作り上げられるのではなく,一

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 51

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連のプロセスそのものであるとともに,一連の

プロセスを絶え間なく繰り返していくことで形

成されるものであるのかもしれない。組織と戦

略が確立・再形成されるプロセスがMintzberg

の概念に従うのであれば,環境(もしくは市場)

は,一定の条件下に留まっている(スタティッ

クな)ものではなく,絶えず変化を繰り返して

いる(ダイナミックな)ものだと捉える必要が

ある。

この流れに従うのであれば,第 2.5 世代で

Teece らが提唱したダイナミック・ケイパビリ

ティ論は,非常に意義深いものであるが,ダイ

ナミック・ケイパビリティ論の再吟味について

は,今後の課題とする。

5.3 課題

本稿では,伝統的な経営戦略論のサーベイを

通し,代表的な研究の再吟味を試みた。その上

で,拙稿(2010 および,2012),あるいは宇多川

(2009)などの研究で論じられたように,伝統

的な経営戦略論において次のような課題を再認

識するに至った。すなわち,伝統的な経営戦略

論は Ghemawat が論じたように,環境変化が

少なくスタティックな状況を前提とした理論で

あり,環境変化が激しいダイナミックな状況下

(特に,1990 年代以降急速に進んだ経済のグ

ローバル化など)では,論証することが困難で

ある,という決定的な問題である。

だが,冒頭でも論じたように,1990 年代以降

の経営戦略論に関する研究は,従来よりも活発

なものとなり,環境変化が著しい状況に置かれ

ている企業の戦略を分析するために様々な理論

が登場した。それが,表1における第 2.5世代

以降の経営戦略論に関する研究である。

第 2.5世代以降の研究は,本稿でサーベイを

試みた伝統的な経営戦略論の理論をベースとし

たものや,Langlois の「消えゆく手(the

vanishing hand)」仮説(6)や,Coase あるいは

Williamson といった取引費用論をベースとし,

Teece らによって形成された経営戦略論(ダイ

ナミック・ケイパビリティ論など)であったり,

あるいは Foucault や Habermas と言った社会

学の研究を導入した,いわゆる,ナラティブ・

アプローチによる研究を経営戦略に適応した研

究など,非常に多様なアプローチから論じられ

ている。

特に,Teece らに代表されるようなダイナ

ミック・ケイパビリティ論では,環境変化に適

応できるか否かを決定する要因は,組織が保有

している能力,あるいは経営資源にどれだけ柔

軟性があるか,ということに依拠すると論じら

れている(Teece,2007,pp. 1319-1320,邦訳 p.

3)。言い換えると,この第 2.5世代以降の経営

戦略論は,「これまでの伝統的な経営戦略論で

は論じられてこなかった環境変化を前提に置

き,そこにいかに適応して行くのか」,というこ

とを命題としていることから,伝統的な経営戦

略論とはアプローチが異なる理論である。

最後に,本稿の目的は,冒頭で論じたように

伝統的な経営戦略論の再吟味である。ここまで

に論じたように,伝統的な経営戦略論の再吟味

を試みたことで,その限界を再認識するに至っ

た。そして,その限界に対する処方箋として

Teece のダイナミック・ケイパビリティ論(表

1で示した第 2.5世代の経営戦略論),あるい

は Mintzberg の“ The Fall and R ise of

Strategic Planning”などで議論が展開され,

1990 年代終盤以降,経営戦略論の多様化が加速

した。それが,表1で示された第 2.5世代以降

の経営戦略論であるが,その再吟味については

今後の課題とする。

注)

⑴ Mintzberg は,著書 STRATEGY SAFARI(邦

訳:『戦略サファリ』)において,過去の戦略マネジ

メントに関する研究をサーベイし,戦略マネジメン

第 14 巻 第2号52

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トを 10 のスクール(学派)に分類している。10 の

スクールとは,①デザイン・スクール,②プランニ

ング・スクール,③ポジショニング・スクール,④

アントレプレナー・スクール,⑤コグニティブ・ス

クール,⑥ラーニング・スクール,⑦パワー・スクー

ル,⑧カルチャー・スクール,⑨エンバイロメント・

スクール,⑩コンフィギュレーション・スクール,

である。①デザイン・スクールは,Andrews や

Selznick,Chandler のように,「戦略を構想する」こ

とに主眼を置いている。②プランニング・スクール

は,Ansoffに代表されるように,「戦略を形式化す

る」ことに主眼を置いている。③ポジショニング・

スクールは,Porter に代表されるように,市場にお

けるポジションの確立に焦点をあてたものである。

④アントレプレナー・スクールは,戦略形成を起業

家精神に学ぶことに主眼を置き,1人のリーダーの

直観・判断・知恵・経験・洞察といった人間の知的

活動における戦略形成に焦点をあてたものである。

⑤コグニティブ・スクールは,起業家の心中を分析

することによって,戦略形成プロセスの解明を試み

ることに主眼を置いている。⑥ラーニング・スクー

ルは,創発的に現れた戦略をいかに組織という集合

体の中に根づかせていくかに焦点をあてたものであ

る。⑦パワー・スクールは,戦略形成におけるパワー

(政治や権力を含む影響力の行使)の重要性に焦点

をあてたものである。⑧カルチャー・スクールは,

組織カルチャーと戦略マネジメントの密接な関係に

着目したものである。⑨エンバイロメント・スクー

ルは,戦略形成において「環境」の概念を盛り込ん

だアプローチである。このスクールでは,環境が戦

略を規定し,組織はあくまでも環境に従属する受動

的なものとされている。⑩コンフィギュレーショ

ン・スクールは,「変革をいかにマネジメントするか」

という課題に対し,組織が置かれる状況をどう捉え,

次の変化のプロセスをどうコントロールするかとい

う概念を示したものである(Mintzberg,1998)。

⑵ 組織ディスコースに関する研究は,1990 年代終盤

から欧州やオーストラリアの学会で闊達に議論され

るようになった。日本においても近年,経営戦略学

会や経営情報学会などで組織ディスコースに関する

議論がなされ,Grant and Hardy and Oswick and

Putnam(2004)などの研究が翻訳され注目を集め

ている。

⑶ Brown らは,ストーリーを語ることによって,組

織にいる人々の感情的なパワーに寄与する,ストー

リーによって組織の意味を知ることができる,ス

トーリーを話し聞くことで,コミュニケーションを

はかることができる,ストーリーは全体論的にコ

ミュニケーションをはかることができる(情感や行

動を刺激できる),などと論じている(Brown,

Denning,Groh and Prusak,2005,pp. 167-172,邦

訳 pp. 223-229)。

⑷ 組織と戦略を別立てで捉えて,それぞれを構築し

ていく場合,次のような問題が生じることが多々あ

る。例えば,ある組織が環境の変化に適応し,既存

の競争優位を維持させるために,何らかの戦略を策

定したとしよう。戦略の策定は,うまくなされたと

しても,次にその戦略を実行する上で,戦略を実行

可能なものとするために組織の再編や経営資源の組

み換え・再配置,新しい経営資源の創造・獲得が必

要となる。これは,新たに策定した戦略と既存の組

織形態の間に一貫性が見られないことから生じる課

題である。この際,この組織が採る手段は,戦略を

見直すか,あるいは,組織編成の見直しである。し

かし,前者のプロセスを採った場合,同じような問

題が起こるか,あるいは,環境変化への有力な対応

策を策定できない可能性がある。一方,後者のプロ

セスを取った場合でも,同様である。

つまり,組織改革と戦略策定を別々に考え実行する

ことは,組織構成と戦略のバランスを崩すことにつ

ながりかねない。組織と戦略を二分化して考えた場

合,比較的環境の変化が緩やかな業界(例.一昔前

の日本のタバコ業界などのような政府によって参入

に規制がかけられている業界など)に属している企

業が組織再編や戦略の見直しをする場合には問題な

いが,その他の環境変化が激しい業界では対応する

ことが困難である。よって,組織編成と戦略策定に

は一貫性を持たせることが重要である(寺前,2012,

pp. 78-79)。

⑸ 富士フィルムが化粧品ブランド「アスタリフト」

を開発するに至った経緯は,次の通りである。まず,

写真フィルムの主原料は,肌の主成分と同じ「コラー

ゲン」であり,写真フィルムの研究は,コラーゲン

の研究でもあった。次に,写真の色あせを防止する

技術と化粧品との密接な関係が挙げられる。写真が

色あせる原因は,肌のシミなどの原因として言われ

伝統的な経営戦略論の再吟味(寺前) 53

Page 22: 伝統的な経営戦略論の再吟味 · アプローチを用いた戦略分析としてのディス コース分析を第3.5世代として加筆した。 また,第4世代について,岡田(2009)で提

ている「活性酸素」による酸化である。写真フィル

ムの研究開発は,写真プリントの色あせ(酸化)を

防ぎ,画像を鮮明に表示させるために成分を微粒子

化し印画紙に細かく吹き付けをする技術(ナノテク

ノロジー)の研究開発であり,富士フィルムは長年

そこに尽力してきた。この成分を微粒子化し浸透さ

せるための技術は,化粧品の成分を肌にきめ細かく

しっかりと浸透させるための技術と共通するもので

あった。

以上のような共通点から,写真フィルムと化粧品に

は,成分や微粒子をいかに定着・浸透させるか,と

いう技術的な類似点が多く見られたことから,それ

まで富士フィルムが写真フィルムの開発で培ってき

た技術を化粧品開発に適用できたのであった。そこ

で,研究開発を進め,2007年9月に「アスタリフト」

を販売するに至った(参考:富士フィルムホームペー

ジ)。

⑹ Longlois は,Chandler が提示した企業の大規模

化に伴った垂直統合化志向に伴って,企業成長の要

因が社内にあるとされる「見える手」理論の限界を

示すと共に,20 世紀終盤より経済のグローバル化,

情報化の進展などといった要因によって市場の不確

実性が増し,企業成長の要因は,従来から論じられ

てきた社内ではなく市場の中に眠っていること(す

なわち,「消えゆく手」仮説)を示した(Longlois,

2003)。

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