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数理物質科学研究科 博士論文要旨
専 攻 名 化 学
学籍番号 201730085
学生氏名 髙 尾 豪
学 位 名 博士(理学)
指導教員 市川 淳士
博士論文題目
Studies on Synthesis of Polycyclic Aromatic Hydrocarbons Based on Difluorocarbocation Generation
(ジフルオロカルボカチオンの発生を基盤とする多環式芳香族炭化水素の合成研究)
【論文目次】
Chapter 1 General Introduction
Chapter 2 Synthesis of PAHs Based on CH3-Arenes via Domino Cyclization of 1,1-Difluoroalkenes
2-1. Introduction
2-2. Preparation of Cyclization Precursors: 1,1-Difluoroalkenes
2-3. Synthesis of PAHs from 1,1-Difluoroalkenes via Domino Cyclization and Dehydrogenation
Chapter 3 Synthesis of Substituted Acenes via Domino or Stepwise Cyclizations of CF3-Alkenes
3-1. Introduction
3-2. Preparation of Cyclization Precursors: CF3-Alkenes
3-3. Synthesis of Substituted Acenes from CF3-Alkenes via Domino Cyclization and Dehydrogenation
3-4. First Cyclization: SN1’ Reaction
3-5. Second Cyclization: SNV-Type Reaction
3-6. Second Cyclization: Oxidative Reaction
3-7. Oxidative Generation of Difluorocarbocations from CHF2-Arenes and their Cyclization
Chapter 4 Synthesis of CHF2-Naphthalenes from 1,1-Difluoroallenes via Pd-Catalyzed Insertion
4-1. Introduction
4-2. Synthesis of CHF2-Naphthalenes
Chapter 5 Conclusion
第1章 序
多環式芳香族炭化水素(PAH)は近年、その連なった電子系によって生み出される特性が、学術的お
よび実用的な観点から多くの注目を集めている。現在のところ、PAH の合成法は、同一の反応の反復
によるタンデム反応を利用して、共役系を拡張する手法が主流となっている。一方、一つの反応で二
つ以上の環を構築する手法は、より効率的な PAH 合成法として中心的な役割を担うことが期待される
ものの、未だに報告例は少ない。そこで、本博士論文研究では、多くのベンゼン環を有する高次 PAH
の効率的な合成法を目指し、複数の環を一挙に構築する方法の開発に取り組んだ (Scheme 1)。
フッ素置換基は、他のハロゲン置換基にはない-カチオン安定化効果を有する(Figure
1)。筆者が所属する研究室では、この特性を利用して新たな結合形成反応を種々開発し
てきた。例えば、2-(トリフルオロメチル)アルケンにアルミニウムルイス酸を作用させ
ると、フッ化物イオンの引き抜きによりジフルオロアリルカチオンが発生し(選択的 C–F
結合活性化)、SN1’反応によるアリール化が進行する(式 1)。また、分子内に二つのアリ
ール基を有する 1,1-ジフルオロアルケンに強酸を作用させると、位置選択的なプロトン化でジフルオロ
メチルカチオンが発生し、SNV(ビニル位での求核置換)型反応でドミノ環化が進行する(式 2)。本博士
論文研究において、これらの反応を端緒として、-フルオロカルボカチオン中間体の発生を鍵とする
Friedel−Crafts 型環化を展開し、その結果として PAH の高効率合成を実現した。
第2章 メチルアレーンを起点とするジフルオロアルケンの調製および環化による PAH合成[1]
環化前駆体となる 5の系統的な合成を達成し(Scheme 2)、そのドミノ環化により PAH 6の一般的合成
法を確立した。すなわち、合成中間体のベンジルブロミド 2とベンジルリチウム 3を、いずれもメチル
アレーン 1からそのメチル基を起点として調製し、ベンジルブロミド 2の(トリフルオロメチル)アリル
化で得られる CF3-アルケン 4 とベンジルリチウム 3 との SN2’型反応を行ない、環化前駆体 5 を合成し
た。最後に、5 をプロトン化することにより-ジフルオロカルボカチオンを発生させて環形成を二回行
ない、PAH 6へと導いた。
筆者は、出発物質であるメチルアレーン 1
を5種類選択した (Figure 2)。これらのメチル
アレーンから調製できる環化前駆体 5 および
ドミノ環化体 6は、それぞれ理論上 15 種類に
なる。
メチルアレーン 1に、1.05 倍モル量の NBS
存在下、触媒量のラジカル開始剤を作用させ
て臭素化を行ない、フッ化セシウムによって
活性化された CF3-アリルシランにより臭素化
体 2をアリル化し、CF3-アルケン 4とした。4
と、メチルアレーン 1 から発生させたベンジ
ルリチウム 3 とにより、SN2’型反応を行って
ジフルオロアルケン 5を得た(Scheme 3)。
ここで、ベンジルリチウム 3 の発生は、ブ
チルリチウムと N,N,N’,N’-テトラメチルエチ
レンジアミン(TMEDA)によるメチルアレー
ン 1 の脱プロトンによる直接的な方法と
(Scheme 4, Method A)、n-BuLi によるベンジル
スズ 7 の金属交換による方法(Scheme 4,
Method B)の二種類を用いた。ベンジルスズ 7
は、メチルアレーン 1から得たブロモ体 2か
ら調製した(式 3)。
得られた 1,1-ジフルオロアルケン 5に、2.5
倍モル量の FSO3H·SbF5 を作用させてドミノ
環化を行ない 8 とし、続く脱水素により、芳
香環がオルト縮環して並んだ PAH 6の高効率
合成に成功した(Scheme 5)。
第3章 2-(トリフルオロメチル)アルケンの環化による置換アセン合成
環化前駆体となる 11 は、マロン酸ジメチルに二つのベンジルブロミドで芳香環を順次導入し、その
後トリフルオロメチル化とメチリデン化により調製した(式 4)。
得られた 2-(トリフルオロメチル)アルケン 11からフッ素置換基の-カチオン安定化効果を活用して、
置換テトラセンおよびその誘導体を合成した(Scheme 6)。まず、11に対するフッ化物イオンの引き抜き
によってカチオン中間体 A を発生させ、SN1’反応による一つ目の環形成を行って環化体 12 とした。こ
の時に遊離する酸によって中間体 Bが発生し、Friedel–Crafts 型の反応が続いて進行することで二つ目の
環が形成され、ドミノ環化体を得た。最後に、脱水素によってフッ素置換テトラセン 13 の合成に成功
した。さらに、フッ素以外の置換基をアセン骨格に導入するため、段階的な環構築を試みた。一つ目の
環化体であるジフルオロアルケン 12のプロトン化によってカチオン中間体 B を発生させ、SNV 型反応
による二つ目の環形成を行い、ケトン体 14 を得た。ここから、14のケトン部位を足掛かりとして置換
基の導入と脱水素を行ない、15の合成を達成した。加えて、新たなカチオン中間体の発生法として酸化
的な手法を開発した。すなわち、一つ目の環化体 12 に対して酸化剤を加えることでアリルカチオン中
間体 Cを発生させ、二つ目の環形成によって不飽和ケトン 16を得た。16のエノン部位に対して 1,4
付加および 1,2 付加を行ない、さらに芳香族化を行うことで、peri-二置換テトラセン誘導体 17の合成を
目指した。
CF3-アルケンのドミノカチオン環化
CF3-アルケン 11a に、4 倍モル量のジヒドロアントラセン(DHA)存在下、2 倍モル量の Me2AlCl を作
用させることでドミノ環化が進行し、一挙にフルオロ(ジヒドロ)テトラセン 18aを得た(Scheme 7)。18a
は、各々2 倍モル量の塩化アルミニウムと 2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシル(TEMPO)で処
理することにより脱水素が進行し、5-フルオロテトラセン 13aへと導くことができた。
CF3-アルケンの段階的カチオン環化
環化前駆体 11から環構築を段階的に二回行うことで四環式ケトン 14を調製し、ケトン部位を足掛か
りとして置換アセン 15の合成を行った。まず、CF3-アルケン 11に、1.2 倍モル量の塩化ジメチルアルミ
ニウムと等モル量のトリメチルアルミニウムを作用させ、一回目の環化を行った。ここでは、塩化ジメ
チルアルミニウムによってフッ素置換基で安定化されたジフルオロメチルカチオン中間体 Aを生じ、分
子内 Friedel–Crafts 型環化を進行させ、同時に発生した HF をトリメチルアルミニウムにより捕捉するこ
とで、目的とする一回環化体のジフルオロアルケン 12を得た(Scheme 8)。
二回目の環化として、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロプロパン-1-オール(HFIP)–ジクロロメタン混合溶媒中、
12に 2 倍モル量のトリフルオロメタンスルホン酸を作用させると、ジフルオロアルケン部位の位置選択
的プロトン化が進行し、生じたジフルオロメチルカチオン中間体 B が Friedel–Crafts 型環化を起こし、
四環式ケトン 14を与えた(Scheme 9)。14をビニルトリフラートに導いた後、有機ボロン酸とのカップ
リング反応、続く脱水素を行うことにより、内部に置換基を有するアセン 15 を合成することに成功し
た。
さらに、新たなジフルオロメチルカ
チオン発生法として、酸化的な手法を
考案した(Figure 3)。1,1-ジフルオロア
ルケン 12aに対してトリフルオロメタ
ンスルホン酸存在下、2,3-ジクロロ-
5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン(DDQ)
を作用させると、電子酸化によるカチ
オン中間体 Cの生成とその環化が進行して、エノン 16aを高収率で与えた。続いて 16aへの共役付加と
脱水素を行うことで、peri-二置換テトラセンのジヒドロ体 17’が得られた(Scheme 10)。
1-CHF2-8-フェニルナフタレンの酸化的カチオン環化
上述したアリール基の一電子酸化によるカチオン発生法を応用し、ジフルオロメチル置換アレーンか
ら酸化的にジフルオロベンジルカチオンを発生させ、そのカチオン環化を行った(Scheme 11)。19 に等
モル量の塩化アルミニウムと DDQ を作用させ、酸化と脱プロトンによってジフルオロベンジルカチオ
ン中間体 Dが生じ、分子内環化によってベンズアントロン 20を得た。ジフルオロメチル基の C−H 結合
を C−C 結合に変換する反応の報告例は極めて少なく、本研究にて、CHF2化合物の合成化学的な有用性
を新たに見出した。そこで次の章では、CHF2-アレーンの合成法について検討した。
第4章 1,1-ジフルオロアレンを起点とする CHF2置換ナフタレンの合成[2]
ジフルオロアレンに対して遷移金属触媒に
よる挿入を利用することで、CHF2-アレーンの
合成を達成した。Lentz らは、ジフルオロアレ
ンがロジウムヒドリド種に挿入し、ヒドリドがフッ素の位選択的に結合形成することを報告している
(式 5)。
そこで、ハロアリール基を有するジフルオ
ロアレン 21 に対して金属触媒を作用させる
ことで、ジフルオロアレンがアリール金属種
E へ位置選択的に挿入し、ジフルオロメチル
基を残して六員環構築が行えると考えた
(Scheme 12)。
ジフルオロアレン 21に対して、過剰量の炭
酸カリウムとエタノールの存在下、触媒量の
パラジウム錯体とリン配位子を作用させる
と、予期した通り分子内 Heck 型の環化反応が
進行した。続く-水素脱離と異性化を経て、目
的とする CHF2置換ナフタレン誘導体 22を得ることができた(Scheme 13)。
本手法は-アリルパラジウム中間体 F を経由した反応であると推定し、辻–トロスト反応を行った。
すなわち、マロン酸ジエステルのナトリウム塩を求核剤として作用させたところ、フッ素の位に C−C
結合を形成したジフルオロメチリデン誘導体 22を得た(Scheme 14)。
第5章 総括
本博士論文研究では、ジフルオロカルボカチオンの発生を鍵として、連続的または段階的に分子内
Friedel−Crafts型環化を二回行い、一挙に二つのベンゼン環を構築する効率的な PAH 合成法を実現した。
環化前駆体は、いずれも二つのメチルアレーン部位および四炭素から成るフルオロアルケン部位から構
成されており、本法によれば限られた種類のメチルアレーンを原料として、多様な PAH を合成すること
ができる。
【発表論文リスト】
[1] Fuchibe, K.; Takao, G.; Takahashi, H.; Ijima, S.; Ichikawa, J. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2019, 92, 2019.
[2] Fuchibe, K.; Watanabe, S.; Takao, G.; Ichikawa, J. Org. Biomol. Chem. 2019, 17, 5047.