18
症  例 症 例:49 歳男性。7 年前から糖尿病,2 前から高血圧を指摘され,近医で内服加療を受 けていた。1 年前に測定した体重は 102kg と肥 満であった。X-1 年の年末に下肢の浮腫を自覚 X 2 23 日に全身浮腫のため当院受診, 123kg に体重増加していた。血清 Alb 2.2g/dl尿蛋白 6.13g/gCr の所見を認めネフローゼ症候 群の診断で入院加療となる。3 年前に糖尿病性 網膜症を指摘されており,重度の肥満があった ことから糖尿病性腎症や肥満関連腎症の可能性 が高いと考えられ,塩分制限,フロセミドで経 過観察とした。3 12 日頃より尿量の減少を認 め,血清 Cr 2.25mg/dl (←入院時 1.16 )に上昇。 乏尿となったため 3 20 日に腎生検を施行し た。光顕所見で,メサンギウム基質の拡大と細 胞増殖,糸球体基底膜の中等度肥厚を認めた。 電顕所見で,高度な足突起消失を認めた。糖尿 病性腎症に準ずる所見として経過観察していた が急性腎障害は進行し血清 Cr 10.69mg/dl血清 BUN 120.3mg/dl まで上昇した。微小変 化型ネフローゼ症候群を合併している可能性を 考え 4 25 日にステロイドパルス療法を施行。 ステロイド治療は著効し血清 Cr1.48mg/dl,尿 蛋白 0.51g/gCr まで改善し浮腫も軽快した。 問題点: 糖尿病性腎症の経過としては,比較的急激に ネフローゼ症候群に進展した。 足突起消失の程度は高度で有り,糖尿病性腎 症の影響のみならず,微小変化型ネフローゼ症 候群の合併ととらえて良いでしょうか? 1 聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 2 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 腎臓・高血圧内科 3 川崎市立多摩病院 病理診断科 4 山口病理組織研究所 5 東北大学大学院医学系研究科 病理病態学講座 糖尿病性腎症のネフローゼ症候群に ステロイド治療を施行した一例 北 見 美 穂 1 市 川 大 介 1 末 木 志 奈 1 長 沼   司 1 音 羽 孝 則 1 川 田 貴 章 1 佐 藤 浩 司 1 岡 田 絵 里 1 柴 垣 有 吾 1 白 井 小百合 2 小 池 淳 樹 3 病理コメンテータ 山 口   裕 4 城   謙 輔 5 Key Word:微小変化型ネフローゼ症候群,糖尿病性ネフロー ゼ症候群,足突起消失 262 腎炎症例研究 32 巻 2016 年

糖尿病性腎症のネフローゼ症候群に ステロイド治療 …3か 前から下肢の浮腫を 覚し、徐々に全 の浮腫が増悪し たため当院受診した。体重は浮腫発症前は95kg

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Page 1: 糖尿病性腎症のネフローゼ症候群に ステロイド治療 …3か 前から下肢の浮腫を 覚し、徐々に全 の浮腫が増悪し たため当院受診した。体重は浮腫発症前は95kg

症  例症 例:49歳男性。7年前から糖尿病,2年

前から高血圧を指摘され,近医で内服加療を受けていた。1年前に測定した体重は102kgと肥満であった。X-1年の年末に下肢の浮腫を自覚しX年2月23日に全身浮腫のため当院受診,123kgに体重増加していた。血清Alb 2.2g/dl,尿蛋白 6.13g/gCrの所見を認めネフローゼ症候群の診断で入院加療となる。3年前に糖尿病性網膜症を指摘されており,重度の肥満があったことから糖尿病性腎症や肥満関連腎症の可能性が高いと考えられ,塩分制限,フロセミドで経過観察とした。3月12日頃より尿量の減少を認め,血清Crは2.25mg/dl(←入院時1.16 )に上昇。乏尿となったため3月20日に腎生検を施行した。光顕所見で,メサンギウム基質の拡大と細胞増殖,糸球体基底膜の中等度肥厚を認めた。電顕所見で,高度な足突起消失を認めた。糖尿病性腎症に準ずる所見として経過観察していたが急性腎障害は進行し血清Cr は10.69mg/dl,血清BUNは 120.3mg/dlまで上昇した。微小変化型ネフローゼ症候群を合併している可能性を考え4月25日にステロイドパルス療法を施行。ステロイド治療は著効し血清Cr1.48mg/dl,尿蛋白0.51g/gCrまで改善し浮腫も軽快した。

問題点:糖尿病性腎症の経過としては,比較的急激に

ネフローゼ症候群に進展した。足突起消失の程度は高度で有り,糖尿病性腎

症の影響のみならず,微小変化型ネフローゼ症候群の合併ととらえて良いでしょうか?

(1 聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科(2 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 腎臓・高血圧内科(3 川崎市立多摩病院 病理診断科(4 山口病理組織研究所(5 東北大学大学院医学系研究科 病理病態学講座

糖尿病性腎症のネフローゼ症候群にステロイド治療を施行した一例

北 見 美 穂1  市 川 大 介1  末 木 志 奈1

長 沼   司1  音 羽 孝 則1  川 田 貴 章1

佐 藤 浩 司1  岡 田 絵 里1  柴 垣 有 吾1

白 井 小百合2  小 池 淳 樹3

病理コメンテータ   山 口   裕4  城   謙 輔5

Key Word:微小変化型ネフローゼ症候群,糖尿病性ネフローゼ症候群,足突起消失

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腎炎症例研究 32巻 2016年

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図 6

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⾎清クレアチニン (mg/dl)尿蛋⽩ (g/gCR)

【⼊院後経過】0.5g

PSL60mg

120.4kg 96.1kg 73.5kg

病⽇

塩分制限、フロセミド治療で体液コントロールを⾏い蛋⽩尿が軽快しないか経過観察をしていた。

肥満や糖尿病の既往で糖尿病性網膜症の指摘もあることから糖尿病性ネフローゼ症候群がまず第⼀に考えられた。⽐較的急激にネフローゼ症候群を発症したため、⼀次性ネフローゼ症候群の合併の可能性が考えられた。

→腎⽣検を考慮したが、重度の肥満であり腎⽣検は容易でなくリスクが⾼いと考えられた。

腎⽣検第25病⽇

⼊院第18病⽇ごろよりフロセミドに反応不良、Cr 2.25mg/dlまで上昇し蛋⽩尿の軽快は認めなかった

→⼊院第25病⽇にリスクを説明して腎⽣検を施⾏

塩分制限、フロセミド治療で体液コントロールを⾏い蛋⽩尿や体液過剰の改善を期待して経過観察。

図 5

画像所⾒

腹⽔(+)腎の⼤きさは⽐較的保たれるが、辺縁は不整肥満で⽪下脂肪が厚い

図 4

WBC 6200 103/μLRBC 466 103/μLHb 15.5 g/dLHt 46.4 %Plt 229 ×104/μ

L

PT 93% %APTT 40.5 secDダイマー 4.4 μg/ml

【⾎液検査所⾒】【⾎算】 【⽣化学】

TP 5.1 g/dLalb 2.2 g/dLT-Bil 0.4 mg/dLAST 69 U/LALT 55 U/LγーGTP 525 U/LCPK 219 U/LCr 1.16 mg/dLGFR 54.0 ml/minUN 22.0 mg/dL

【凝固】

【⽣化学】

尿酸 6.1 mg/dL Na 129 mEq/lK 5.1 mEq/lCl 95 mEq/lCa 9.9 mg/dLP 3.3 mg/dLCRP 0.06 mg/dLT-c 289 mg/dLHDL-c 82 mg/dLLDL-c 168 mg/dLHbA1c 6.2 %⾎糖 139 mg/dL

BNP 38.2 pg/mlTP抗体 -RPR -HCV抗体 -HBs抗原 -C3 108 mg/dLC4 24 mg/dLCH50 44.1 U/mLIgA 413 mg/dLIgG 726 mg/dLIgM 94 mg/dLMPO-ANCA <1.0 U/mlPR3-ANCA <1.0 U/ml抗GBM抗体 <10 U/m免疫電気泳動 M蛋⽩(-)

【免疫学的検査】

【尿検査】⽐重 1.021pH 6.5蛋⽩定性 4+潜⾎ 2+

尿沈査⾚⾎球 5〜9 /HPF⽩⾎球 5〜9 /HPF硝⼦円柱 +上⽪円柱 +脂肪円柱 +顆粒円柱 +

尿蛋⽩ 6.21 g/gCr1⽇尿蛋⽩ 8.4 g/day蛋⽩分画A/G⽐ 5.7アルブミン 76.1 %α1G 5.7 %α2G 3.8 %βーG 9.2 %γーG 5.2 %

NAG 115.6 U/L免疫電気泳動M蛋⽩(-)

図 3

【既往】2007年 糖尿病網膜症(レーザー治療)

2型糖尿病(インスリン使⽤)⾼⾎圧

睡眠時無呼吸症候群(CPAP使⽤中)

【家族歴】 叔⽗;糖尿病弟;⼼筋梗塞

【⽣活歴】喫煙;40本×30年飲酒;焼酎3合 週5〜6⽇

【内服】フロセミド 40mgトルバプタン 15mgアムロジピン 5mgアジルサルタン 40mgピオグリタゾン 15mgミチグリニド 30mgボグリボース 0.9mg• ここ数年間変化なし

【現症】⾝⻑ 169.4cm 体重 122.7kg(浮腫発症以前は95kg)体温 36.8℃ 脈拍 98bpm ⾎圧 122/80mmHg頭頸部:表在リンパ節触知せず、甲状腺腫脹なし胸部:⼼⾳、呼吸⾳ 異常所⾒なし 腹部:圧痛なし四肢:両側上下肢に⾼度の圧痕を残す浮腫あり陰嚢陰茎浮腫あり、紫斑など⽪湿疹なし

図 2

症例49歳男性

【現病歴】7年前から糖尿病、糖尿病性網膜症、⾼⾎圧を指摘され、近医で内服加療を受けていた。3か⽉前から下肢の浮腫を⾃覚し、徐々に全⾝の浮腫が増悪したため当院受診した。体重は浮腫発症前は95kgであったが、123kgに増加していた。1か⽉前は尿蛋⽩の指摘はなかったが、尿蛋⽩ 6.13g/gCrの所⾒を認めた。⾎清Alb 2.2g/dlでありネフローゼ症候群の診断となり同⽇⼊院となった。

図 1

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第64回神奈川腎炎研究会

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図 12

図 11

【電顕所⾒】

びまん性の⾜突起消失。係蹄障害の乏しい部分に⾜突起の消失を広範に認める。免疫複合体の沈着を認めない。

図 10

【免疫蛍光所⾒】

IgG IgA IgM C1q

C3 Fib κ λ

IgG 線状陽性(基底膜)C3 弱陽性(尿細管基底膜)

⼩葉間動脈 線維性内膜肥厚 中等度細動脈 硝⼦化 軽度

図 9

中等度から⾼度のメサンギウム領域拡⼤中等度のメサンギウム細胞増殖。⼀部にメサンギウム結節の形成管内細胞増多(-)半⽉体形成(-)

図 8

【病理所⾒】⽷球体:28個球状⽷球体硬化:6個尿細管は地図状の尿細管萎縮と間質線維化、軽度の炎症細胞浸潤が認められた。

図 7

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腎炎症例研究 32巻 2016年

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図 16

【病理医の先⽣にお聞きしたいこと】

この症例におきまして、⾜突起消失の所⾒は、糖尿病性腎症によるものでなく微⼩変化型ネフローゼ症候群によるものであると病理所⾒から述べることは可能でしょうか?

2型DM患者においてDMNとNon-DMNを臨床徴候で鑑別するMeta-analysis

網膜症、罹病期間、SBP,DBPはDM群で有意に⾼い。PLoS One. 2013; 8: e64184.

図 15

糖尿病性腎症において腎⽣検施⾏した報告●2型DM 22⼈腎⽣検(ネフローゼ14⼈)

DM歴 0 〜 13年 (4.2 +/- 4.2)→14⼈が他疾患(IgA 6, MN 3, MCD 3, LN 1, AIN 1)

Yonsei Med J. 1999 Aug;40(4):321-6.

●2型DM 97⼈腎⽣検DMNのみ(36.1%)、DM+他疾患(16.5%)、他疾患のみ(47.4%)

他疾患の内訳(IgA 25.8%, MN 21.0%, MCD 12.9%, FSGS 8.1%, MPGN 6.5%)

Diabetes Res Clin Pract. 2005;69:237-42.

他疾患の報告は⽐較的多い。

図 14

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⾎清クレアチニン (mg/dl)

尿蛋⽩ (g/gCR)

腎⽣検第25病⽇

mPSL0.5g

PSL60mg

体重(kg)

122.7kg 120.4kg 96.1kg 73.5kg

病⽇

【治療経過】

図 13

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第64回神奈川腎炎研究会

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能低下を認めておりました。その他については,総コレステロールとLDLコレステロールの上昇を認めておりました。 免疫学的検査については,IgGが軽度低下を認めております。 次に画像所見です。腹部CTを施行しておりまして,腹水が認められております。腎の大きさについては,比較的保たれておりましたが,辺縁は不正の状態でした。 入院後経過です。肥満や糖尿病の既往で,糖尿病性網膜症の指摘もあることから,糖尿病性ネフローゼ症候群がまず第一に考えられました。比較的急激にネフローゼ症候群を発症したため,一次性ネフローゼ症候群の合併の可能性が考えられました。 腎生検を考慮したのですが,重度の肥満があったため,リスクが高いと判断をして,塩分制限,フロセミド治療で体液コントロールを行い,経過観察しておりました。 その後,入院18病日目より,フロセミドに反応不良,クレアチニンが2.25mg/dlまで上昇しまして,蛋白尿についても軽快を認めなかったため,入院25病日目に腎生検を施行しております。 次に病理所見です。糸球体28個のうち,6個が球状糸球体硬化の状態でした。尿細管は地図状の尿細管萎縮と間質線維化,軽度の炎症細胞の浸潤が認められました。 光顕の所見では,中等度から高度のmesangi-

um領域の拡大と,中等度のmesangium細胞の増殖が認められました。また,一部にmesangi-

um結節の形成が認められました。管内細胞増多や半月体の形成は認められませんでした。小葉間動脈については,線維性の内膜肥厚が中等度認められました。細動脈については,少子化が軽度認められる所見となっておりました。 次に免疫蛍光所見です。IgGが基底膜上に腺状陽性となっておりまして,C3については,尿細管基底膜に弱陽性の所見でした。 次に電顕所見です。びまん性の足突起消失が

討  論 北見 それではお願いいたします。 症例は49歳の男性で,現病歴ですが,7年前から糖尿病,糖尿病性網膜症,高血圧を指摘されまして,近医で内服加療を受けておりました。3カ月前から,下肢の浮腫を自覚しまして,徐々に全身の浮腫が増悪したため,当院受診をしました。 体重は浮腫発症前は,95kgでありましたが,受診時は123kgまで増加しておりました。1カ月前までは,尿蛋白の指摘はありませんでしたが,来院時は尿蛋白が6.13g/gCrの所見を認めておりました。血清アルブミンについては,2.2mg/dlであり,ネフローゼ症候群の診断となり,同日入院となりました。 既往については,2007年に糖尿病網膜症でレーザー加療をされておりまして,その以前から2型糖尿病を指摘されまして,インスリン加療を行っておりました。また同時期に高血圧と指摘されております。 家族歴,生活歴については,ご覧のとおりとなっております。 内服については利尿剤と降圧剤,あとは血糖降下薬を内服されておりました。  次 に 現 症 で す。 身 長169.4cm, 体 重 が122.7kg,浮腫発症以前は95kg程度でした。身体所見としては,両側上下肢に高度の圧痕を残す浮腫がありまして,陰嚢,陰茎の浮腫が著明に認められました。 尿検査所見では,尿蛋白が6.21g/gCr,1日尿蛋白量は8.4g程度でした。こちらについてはアルブミン優位な蛋白尿の所見でした。その他としては,NAGが上昇を認めておりまして,M

蛋白は陰性でした。 次に血液検査所見ですが,血算・凝固は異常所見なく,生化学については,総蛋白,アルブミンが著明な低下を認めておりました。肝酵素についても,上昇しておりまして,クレアチニンについては,1.16,GFRは54.0と軽度の腎機

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腎炎症例研究 32巻 2016年

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座長 はい。ありがとうございました。それでは,まず臨床の面からご質問,ご討議等をお願いいたします。いかがでしょうか。城先生。城 腎生検の後,迷っているうちにクレアチニンがどんどん上がってきましたよね。例えば,MCNSでも水の制限をすることでクレアチニンがどんどん上がってくることがありますよね。この病態の可能性を,先生はどういうふうに考えておられますか。北見 こちらについては,当初,ラシックスを80mg程度まで上げていたのですが,クレアチニンの上昇に伴いまして,20mg程度まで漸減してみていって,それにも全く反応不良という経過だったので,こちらについては,あまり利尿剤による影響と捉えておりませんでした。座長 ほかにいかがでしょうか。 この方は,微小変化型ネフローゼ症候群を合併したと考えていらっしゃると思うのですけれども,アレルギー疾患が微小変化型ネフローゼ症候群と合併することがあるかと思うのですが,いかがでしょうか。北見 特にこの方の場合は,アレルギー疾患はなく,入院時に検査した結果でも,特にそのような所見はありませんでした。座長 例えば,花粉症やRASTの検査は特にされてはいらっしゃらないですか。北見 そちらについてはやってはいないのですが,問診上はアレルギーがあるというお話はされていないです。座長 はい。ほかにいかがでしょうか。なかなか腎生検だけで鑑別するのが難しそうな症例ではありますけれども,よろしいでしょうか。病理の先生から,ご意見を伺いたいと思いますので,よろしくお願いいたします。山口 【スライド01】糖尿病性腎症にMCNSが合併するのは,われわれも時々経験するわけで,ペーパーにもなっていて,ステロイド治療をするとよくなる。急性腎不全,anasarcaになっていますので恐らくprerenalな障害の可能性です。

認められまして,係蹄障害の乏しい部分にも,足突起の消失を広範に認めております。免疫複合体の沈着は認めませんでした。 こちらが拡大図になっております。 治療経過です。腎生検の結果は足突起の消失が高度で,微小変化型ネフローゼ症候群を合併している可能性が考えられましたが,糖尿病性腎症の組織像もはっきりと確認されていたため,糖尿病性腎症によるネフローゼ症候群と考えまして,経過観察しておりました。 第40病日以降,徐々にクレアチニンが上昇しまして,尿蛋白も高値持続し,入院第60病日目には,クレアチニンが10.5mg/dl,BUNが120.3mg/dlまで上昇したため,同日ステロイドパルスを500mg/dayで開始しております。後療法は,60mg/dayとしました。治療開始後15日ほどで,体重が96.7kgまで低下しております。現在は,外来にてフォローしておりますが,プレドニン10mg内服中でして,クレアチニンが0.94,尿蛋白は0.3g程度の状態を維持しており,体重も73.5kgまで改善を認めております。 2型糖尿病患者22人に対し,腎生検を施行した結果からは,14人が他疾患によるネフローゼ症候群であったことが分かっております。また97人の2型糖尿病患者に対しまして,腎生検を施行した報告ではご覧のとおりとなっておりまして,これらの報告からは,2型糖尿病患者のネフローゼ症候群でもほかの疾患の合併が多いということが分かります。 また,2型糖尿病患者において,糖尿病性腎症とその他を,臨床症候で鑑別するmeta-analy-

sisにおいて,網膜症罹病期間,血圧が糖尿病性腎症の群で有意に高いという結果が出ております。 本日,病理医の先生にお聞きしたいこととしましては,足突起消失の所見は糖尿病性腎症によるものではなく,微小変化型ネフローゼ症候群によるものであると病理所見から述べることは可能でしょうか。ご教示いただければ幸いです。

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第64回神奈川腎炎研究会

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が言われたように,IgGが linear patternに出る。これはきれいに出て,ボーマン嚢,TBMにも。light chain deposition diseaseと間違えるぐらいに出る場合もあります。Aも少し出ることがあります。これはちょっと弱いです。なぜ出るのかは,一般的には染み込みである。GBMが厚くなりますので,そこに,電顕ではdense de-

positはないのですが,染み込みであるといわれてはいます。

【スライド14】電顕で,GBMが軽度から中等度,homogeneousに,厚くなっています。癒合性にmatrixが増える。earlyな糖尿病で,一般的なcriteriaはGBMの肥厚で,400nmです。もう1

つmesangial typeもあると思います。 mesangium matrixが癒合性に拡大してくるかたちで,mesangium型も考えてもいいと思っています。 foot process fusionが広範囲にあって,villous transformationも場所によって目立っています。advance な nodular type で,Kimmelstiel-Wilson diseaseといわれるネフローゼを呈してくる場合があるのですが,その場合は foot process fu-

sionが目立たないのです。それでいて,ネフローゼになっています。 podocytopathyがなくても,nodular typeでad-

vanceだと,ネフローゼになるのです。【スライド15】minimal-change diseaseが,合併してきている。軽度の tubular injuryがあり,hypovolemicなprerenalな障害で,急性腎不全は軽いと思います。以上です。座長 ありがとうございました。城先生,お願いいたします。城 【スライド01】僕らは,臨床の先生が付ける表題は,患者さんの印象を臨床の先生がどう見ていたかということを知る意味で大変参考になります。この症例は糖尿病性腎症のネフローゼ症候群にステロイド治療をした症例ですが,結果がどうだったかもう少し標題から知りたいです。

【スライド02】所見は,先ほど山口先生のとお

【スライド02】mesangiumの結節ができて,そこに血管腔ができてきていますので,一番可能性として,糖尿病性糸球体硬化症。そんなに大きくはないですが,micronodular typeと思います。見る人が見ると,健常な尿細管のTBMもやや厚い印象を受ける場合があるようです。切片の厚さで,判断できない場合もあります。

【スライド03】mesangiumの拡大,毛細血管腔が増えてきて,一部はnodularで,そのnodular

に孔が開いてきています。ボーマン嚢腔とのかかわりのない血管腔が。通常のMPGNでも re-

modelingして,血管の孔はできてくると思います。

【スライド04】つぶれた糸球体もhyalinosisが主体で,fibrin capでつぶれてきている印象です。polar vasculosisな血管が増えている。

【スライド05】血管を共有している糸球体が,時に目立ちます。tip lesionをつくって,このtip lesionから染み込み病変が進展するわけであります。

【スライド06】つぶれた糸球体も,大きなhya-

linosisは secondaryにも起こらないので,糖尿病性の病態からつぶれてきている印象です。このJGAのところも血管が増えてきています。

【スライド07】mesangiumのmatrixが増えたところに血管腔が新たにできてくる。ボーマン嚢が少し厚くなっております。

【スライド08】hyalinosisが増え,efferent側にもhyalinosisが少しある。

【スライド09】先ほど紹介しました,paratubu-

lar basement membrane insudationで,近位尿細管 straight portion。insulativeな二重化が見えてくるわけで,こういう病変を見たら,DMによる変化と言えると思います。

【スライド10】この尿細管です。本来のTBMがここで二重化あります。近位の変化であります。

【スライド11】細動脈の硝子化もはっきりしている。

【スライド12】二重化が目立つことです。【スライド13】IFで時々 DMで,先ほど城先生

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腎炎症例研究 32巻 2016年

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【スライド09】糸球体は大きいです。【スライド10】間質は浮腫性に拡大しています。【スライド11】糖尿病のときの輸入輸出細動脈の硝子肥厚が目立つことが多いですが,この症例は軽度です。

【スライド12】polar vasculosisはあると思います。

【スライド13】免疫染色では糖尿病特有の IgG

の linearなperipheral patternの陽性を示し,糖尿病性の変化であっていいと思います。

【スライド14】C3が尿細管基底膜に出てきていますけれども,これは非特異的で,正常でもC3が尿細管基底膜に出てまいります。

【スライド15】fibrin陽性は,糖尿病性糸球体硬化症の特徴であるかどうか分かりませんが,この症例ではmesangium領域にかなり強いfibrin

が出ております。【スライド16】電顕所見ですが,糸球体基底膜も,糖尿病性糸球体硬化症の特徴で肥厚している。約800μmの厚さで,lamina densaが肥厚している。それから,mesangium matrixが拡大している。foot process effacementが広範にありますが,これは糖尿病でnephroticになったときに,必ずしもextensiveな foot process effacement

を伴いません。この症例では,糖尿病に,臨床経過もそうですけれども,MCNSの合併していることを電顕でdefinitiveに診断してもいいかと思います。

【スライド17】これは管腔の中で内皮が賦活化して,炎症細胞も出ております。光顕で見ると,あまり管内性の変化が強いところはなかったようです。

【スライド18】これが最後の弱拡像ですが,これだけextensiveに foot process effacementがあるのは,普通の糖尿病では見られないことです。villous transformationもあります。恐竜の背中のようなごつごつとした突起が全くなく,平担化しております。これはみんなMCNSの特徴です。糖尿病性糸球体硬化症にMCNSの合併を電顕で診断してよろしいかと思います。

りであります。糖尿病性糸球体硬化症のdiffuse typeで,この症例ではKW結節が見られませんが,mesangium細胞増多があります。

【スライド03】ネフローゼ症候群を合併しているということで,間質にかなり浮腫があります。浮腫はMassonの染まりが,通常の青よりも薄いということもあるのですが,毛細血管管腔がかなり拡張しています。これが浮腫の1つの証拠になります。

【 ス ラ イ ド04】diffuse global mesangial hyper-

cellularityが見られる。管腔の中の炎症はあまり目立ちません。それから,拡大したdoughnut lesionがありますし,mesangium領域の拡大した領域にろ過面を持たない小血管がずいぶん見られます。

【スライド05】こういうのは,私はやはり糖尿病性糸球体硬化症の特徴だろうと思います。通常のMPGNでメサンギウム領域が拡大してくるタイプでは,matrixが拡大しても,従来の毛細血管をその中に巻き込んでくる動向は,見られません。もちろん light chain deposition dis-

easeのときにはDM腎症と同じような変化が来ます。

【スライド06】このへんも十分に説明されましたので,付け加えることはありません。

【スライド07】21%全節性硬化で,diffuse glob-

alなmesangium細胞増多があって,ろ過面を持たない小血管がある。

【スライド08】この症例はネフローゼ症候群があるのですけれども,時々感染が合併して,管内増殖病変を合併する糖尿病性糸球体硬化症があって,それでnephroticになる症例もあります。特に糖尿病の腎生検が5年以内で,急にnephroticになってきた場合,腎生検の適用になるわけですけれども,そのときの1つの鑑別診断としては,感染性の変化が加わって,管内性細胞増多の病態が見つかって,そこで治療を始めるという症例があります。この症例はネフローゼでありながら,管内性細胞増多はなかった。

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第64回神奈川腎炎研究会

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を,臨床と共に僕らも経験ができたということですね。 糖尿病のときに,臨床経過で5年たって,nodular lesionが出て,nephroticになる症例はあるのですけれども,糖尿病の発症から5年以内で,急激にnephroticになってきたときの1つの鑑別診断として,こういうものがありますし,こういうものはステロイドでよく治るわけですので,糖尿病の経過を見るときの1つの典型像としていい症例であると思います。以上です。座長 ありがとうございました。竹本 すみません。JCHO(ジェイコー)東京城東病院の竹本といいます。以前虎の門病院にいたときも,自治医大にいたときも,糖尿病性腎症にminimal-changeを合併した例を幾つか経験しました。糖尿病性のネフローゼというのは,治療法がないだけに,例えば,minimal-change

が合併しているのを確認して治療に結び付けるのはすごく大事なので,この症例は非常に大事だと思うのですけれども,2つ質問があります。 1つは,Selectivity Indexはどうだったでしょうか。糸球体の透過性で,minimal-changeだけが唯一Selectivity Indexが非常に特徴的なので,それが分かれば,合併している場合にもmini-

mal-changeが主体なのか,それとも蛋白尿の出現に糖尿病性腎症がどれぐらいかかわっているか分かります。それが1点。 2点目は,今まで,糖尿病でminimal-change

を合併しているときに,ステロイドを使うと非常に糖がコントロールが不良になって,インスリンを使わなければいけなかったのですけれども,この例ではどうだったですか。例えば,私は虎の門にいるときに,シクロスポリンを使って血糖のコントロールなしにうまくいったのですけれども,その2点についてお教えいただければ幸いです。北見 ご質問,ありがとうございます。 最初の質問については,当院では測れません。 2点目の血糖コントロールについてなのですが,本症例においてはプレドニンを開始した後

【スライド19】免疫染色では IgGが糸球体末梢係蹄に linearに陽性で,IgAも少し出ていたのでしょうか。陽性です。さらにC3が輸入・輸出細動脈の内膜に陽性。糖尿病性糸球体硬化症にcompatibleです。

【スライド20】これはfibrinではなくて,fibro-

nectinだったです。恐らく,このfibronectinもIgA腎症でも染まってきますし,糖尿病の病変でも染まってくるので,fibronectinそのものが,それほど specificityのある,あるいは何か診断に役立つ染色のようには思えません。

【スライド21】IgGのTBM陽性の解釈は分かりません。

【スライド22】糖尿病のときに糸球体基底膜がlinearなのはいいです。それから,ボーマン嚢基底膜も染まることがあります。TBMも linear

に出てきますが,糖尿病の特徴かどうか,私はよく分かりません。恐らく糖尿病にそのような所見があってもいいのかと思いますけれども,ちょっと自信がありません。

【スライド23】糸球体基底膜の厚さは800μm

あります。【スライド24】mesangium基質の拡大。ろ過面を持たない小血管がその中にある。

【スライド25】炎症細胞浸潤は目立たない。【スライド26】糖尿病性糸球体硬化症で,特に

diffuse typeにcompatibleです。【スライド27】足細胞脚突起の広範な消失は

MCNSの合併が疑われる。通常の硬化症では広範な消失はない。

【スライド28】同じことの繰り返しです。微小変化型ネフローゼ症候群の合併と診断しました。

【スライド29】こういう症例はよくありますし,今回も臨床がよく経過を追えて,MCNSの合併であるという証拠も,臨床的な経過として呈示しておりますので,示唆的,教育的な症例だと思います。こういう臨床経過を僕たちも体験をして,先ほどのような foot process effacementが本当にMCNSの合併の所見だったということ

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られてきて,実際に腎生検を見て,どこでステロイドをやって戦うかどうかということになりました。 それで,原茂子先生が当時,「これはステロイドが効くんだ」とどんどんステロイド治療で頑張った時期もありましたが,なかなかそう簡単にうまくいくものではなくて,それで,この中で,この症例がどこで効いたか,どこで判断するか。それは,腎臓内科ではいつも悩むわけです。ステロイド治療で頑張るかどうかです。 その場合に,私たちが持っていた症例は,それまでほとんど蛋白尿がなかった人が,ぼんと10gになってしまった。これはminimal-change

だということですね。 この症例の場合に,蛋白尿は5g出ていたようですが普段がどのぐらいだったか。例えば,1g以下しかなかったのが,1,2カ月で5gになってしまったのなら,これはminimal-changeの臨床経過だろうということですが,その前にどのぐらいの人だったのかということです。北見 はい。ご質問ありがとうございます。 この方の場合は,ベースにDMがありはしたのですが,直近のデータで同じ2015年の1月の段階で,特に蛋白尿の指摘がありませんでした。これまでも,特に腎機能が低下しているとか,そのような蛋白尿の出現も全く見られていなかった方なので,2月に来院したときに急激に発症したという方でした。乳原 私たちは,糖尿病性腎症を,三瀬広記君が300例ぐらいを整理して,蛋白尿の関係,アルブミンの関係とか,それで調べているけれども,その中で,やはり明らかにびまん性病変がないものをターバン分類で1と。それから,びまん性病変があるが,それが25%以下は2Aにしよう。それで,25%以上あれば2Bにしようということで,nodular regionが出てきたら3にしようということで,分類してまいりました。 それで,この症例は,山口先生はもしかしたら,mesangium領域の病変が25%以上になるのでしょうか。25%以下なのでしょうか。

は,インスリンの調節を適宜行って,その後はHbA1cが6.2%程度で,その後も血糖コントロールは良好な状態を継続しております。城 今の質問に関連してよろしいですか。アルブミンが2.2mg/dlですけれども,糖尿病性腎症のときのネフローゼ症候群は,nodular lesionがあって,典型的なKimmelstiel-Wilsonからネフローゼになったときにアルブミンはどのぐらい下がりますか。いかがですか,先生。竹本 先生のおっしゃるのは糖尿病のときですか。糖尿病のときも,minimal-changeのときも,糖尿病で非常に悪くなった場合,アルブミン1

台になることもあり得ると思います。むしろ,minimal-changeも1台になったり,最高0.8ということもありますけれども,minimal-changeのほうが,もっと程度がひどいかもしれないです。そのために,低蛋白血症になって,こんなふうに急性腎不全を起こすことが多いです。低アルブミン血症のため間質に水が移行し循環血液量が減って,急性腎不全を起こすというのが一般的な理解だと思います。城 糖尿病性糸球体硬化症のときには,低アルブミン血症が来ますか。竹本 来ます。そのために腹水とか,非常にコントロールが悪くて難渋いたします。座長 乳原先生,どうぞ。乳原 私は聖マリアンナの腎臓内科の皆様に,よく頑張ったと敬意を表したいと思います。 私は,ちょうど15年ぐらい前に,やはり同じように糖尿病の方でインスリンを使っている人が急にネフローゼ症候群となり,それがMCNSの合併と診断しステロイド治療で蛋白尿が消失した症例を当時この会で報告した時,山口先生が「これは組織から見ても,minimal-changeの合併だ。糖尿病性腎症と糖尿病性でない違いは,foot process fusionがあるかないかで決まる。糖尿病ではない」と言われて,勇気を持ったことがあります。 それを発表すると,同じように,これはステロイドの適応はあるかどうかといって患者が送

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といった要素があると思います。この方の体液量がいかがだったかということと,城先生が先ほどご指摘された毛細血管が拡張しているといったところが,ネフローゼ,あるいはその他の病態で,どれぐらいが臨床的,病態的な意義があるかといったことについて,お伺いできればと思います。市川 共同演者の市川と申します。ご質問,ありがとうございます。 最初の腎虚血か,鬱血かに関してはおっしゃるとおりで,最初の方の議論で先生方が虚血でprerenalだと言ってくれていたのですけれども,この方は30kgぐらいの体液量の増加があり,本当は腎鬱血が起こっていても良かったのではないかと思います。それも結局,間質の浮腫,毛細血管拡張の所見となり得ていると思います。宮本 ありがとうございます。 病理の先生が毛細血管の拡張があったとご指摘をされたので,それが今回のAKIとの関連で,ご説明がどれぐらいできるかという点を。城 そうですね。そこらへんを,prerenalなacute renal failureの症例と比較したことはないのですけれども,ネフローゼの極期でもedema

がなくて,毛細血管が拡張しない症例も結構あるのです。要するに,体液の貯留と恐らく関係があると思うのですが。ネフローゼ症候群と体液の貯留,それからprerenalな腎不全という,そこらへんの3つの柱をどういうふうに結び付けるかというのは,僕も分からないです。これからの課題だと思います。 しかし,edema,毛細血管の拡張ははっきりした所見なので,何かそういう目安が,臨床の役に立てばと思います。 prerenalなARFと実際には呼んでいるのですけれども,あるphaseではprerenalで,クレアチニンがどんどん上がっていって,それが水の補給で,またクレアチニンが元どおりになるという reversibleな症例があります。少し昔は,不幸にも透析をするような症例がありました。

北見 ご質問ありがとうございました。すみません。山口 2Aぐらいでいいかもしれないですね。乳原 びまん性病変があっても25%以下ぐらいの程度だということですね。 では,2Aの人の蛋白尿は,普段どのぐらいあるかということです。三瀬君が調べたものによりますと,何10例の症例です。そうすると,大体平均が1.5gなのです。それで,びまん性の病変のない1型です。ちょうど腎生検をしたときに1型が0.8ぐらい。そのぐらいの人は,1g

以下ではびまん性病変がない。1gを超えだすとびまん性病変が出てくる。 ということは,2gを超えると,今度はびまん性病変が25%以上になってくる。3gを超えると,今度はnodular regionが出てくるとか,そういうかたちで,ちょうどきれいに出てきたと い う こ と で,『Nephrology Dialysis Transplantation(NDT)』には出したのです。 そういうふうに考えていくと,普段どのぐらいの蛋白尿があったのか。やはり,糖尿病性腎症でも,私たちでも,minimal-changeの合併ではないかと送られてきたら,10g出てきて,アルブミンが1ぐらいしかない。でも,腎生検でnodular regionは,まるでnodularになってしまってびっくりするので,こんなのはステロイド治療をするかどうかということで,一度やったことはあるのですけれども,効かなかった。やはりこれはなかったということですので,糖尿病性腎症もこういうかたちで整理をしていくといいのかなということで,コメントです。座長 ありがとうございました。宮本 貴重なご症例をありがとうございました。 2点ほどありまして,まず臨床の先生に伺いたいのですが,今回,AKIになる経過で,ラシックスを減らされていたと思いますが,体重そのものは多かったと思います。AKIの今の概念としては,虚血,還流量の低下と,うっ血,すなわち静脈圧が高いことによって灌流圧が下がる

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が,例えば,係蹄壁の中で病変のない部分も,足突起消失があったという点が,すごくMCD

様だとか,足突起消失が高度だった以外に示唆するポイントがないかと思いまして,ありましたら病理の先生方,お願いします。城 足細胞脚突起の消失の他に,villous trans-

formationです。また脚突起物質の増加といって基底膜に近いところのactin filamentが増えてくる。これらの3つが目安になっていると思います。 それから,MCNSの場合は,やはりall or non

であり,あまり foot process effacementが中途半端にみられるMCNSの症例,すなわち段階的に,3段階ぐらいに分かれるかというと,そうではなくて,ないか,あるかのall or noだと思います。だから,もしそれが50%ぐらいのef-

facementだとすれば,これはMCNSではないです。ほかの原因を考えなければいけない。座長 よろしいでしょうか。では,だいぶ時間も過ぎましたので,こちらで終了させていただきます。先生,ありがとうございました。以上をもちまして演題発表2のセッションを終わりたいと思います。ありがとうございました。

しかし,当然これは透析を離脱します。離脱した後にどうだったかなと思って,biopsyをしてくる症例を時々見ることがあります。そういうときは遠位尿細管にかなり硬いcastがたまっておりまして,これは透析を経由して,腎機能が元に戻った後も,そういう硬いhyaline castが残っているのが,biopsyによるprerenal ARFの証明になるのかなと私は思っています。 そういうものをcast nephropathy,light chain-

deposition diseaseの場合のcast nephropathyではなく,hyaline cast nephropathyという疾患概念があるのではないかと思っています。僕自身の勝手な思い込みかも分かりません。宮本 ありがとうございます。座長 では,どうぞ。細川 1つだけ教えていただきたいのですけれども,横浜中央病院の細川と申します。きょうはありがとうございました。 これだけの結節性病変がありながら,現在,尿蛋白が0.3g程度まで改善したというのは,ステロイドで糖尿病性腎症も改善したと考えてよろしいのでしょうか。北見 そちらについては,もちろん生検の結果からは糖尿病性腎症の所見もあったのですが,もともと前医での尿蛋白の指摘はなかったので,今回の経過については,微小変化型に対して,かなりステロイドが効いたと考えております。結節は,別問題と思います。結節があって尿蛋白0.3gは珍しいと思うので,この患者は臨床と病理が解離傾向にあった症例かもしれません。細川 ありがとうございました。市川 共同演者の市川と申します。 これは,臨床的にMCDが合併していそうで,よくステロイド治療が効いた症例なのですが,足突起消失を比較的多く認めている糖尿病性腎症にステロイドを使って効かなかったご経験は臨床の先生にあるのではないかなと。実は私はあります。この症例では,電顕の所見がすごく高度で広範囲な足突起消失の所見がありました

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II‐3:糖尿病性腎症のネフローゼ症候群にステロイド治療を施行した1例(聖マリアンヌ医大腎内)

症例:49歳、男。7年前糖尿病。2年前高血圧症。1年前102㎏肥満。その後123㎏と増加。UP 6.13g/gCrでネフローゼ。Cr 2.25 mg/dlと急性腎障害で生検。

臨床病理学的問題点:

1.糖尿病性腎症にMCNS合併か?

2.急性腎障害の原因は?

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II-3糖尿病性腎症のネフローゼ症候群にステロイド治療を施行した一例

聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科、川崎市立多摩病院 病理診断科白井小百合 先生、小池淳樹 先生

東北大学大学院・医科学専攻・病理病態学講座城 謙輔

第64回 神奈川腎炎研究会2015年9月17日(土)15:30~19:45 横浜シンポジア

病理診断64‐II‐31. Diabetic nephropathyA. Diabetic glomerulosclerosis, micronodular typeB. Arteriolosclerosis, severe

2. Minimal change disease, most‐likely3. Patchy tubular injury, mild

cortex/medulla= 9/1, global sclerosis/glomeruli= 5/30

光顕では、糸球体には小結節状のメサンギウム域拡大が見られ、内皮下の拡大や係蹄壁の二重化が目立ち、ドーナツ病変を伴い、10ヶにボウマン嚢壁との癒着や染み込みを認めます。Polar vasculosisを疎らに認めます。

尿細管系には近位上皮の硝子滴変性を認め、上皮の扁平化と内腔拡張が散見されます。上皮下への染み込み或いは二重化のある尿細管萎縮を散在性に認め、硝子円柱が散見され、基底膜肥厚のやや目立つ尿細管系です。

動脈系には細動脈硝子化が輸出入に亘り中等度見られ、中位動脈筋層の硬化を認め、軽度の内膜肥厚を伴っています。

蛍光抗体法では、IgG(+), IgA(±), IgM(‐). C3(±), C1q(‐), κ(‐), λ(‐): linear patternです。

電顕では,糸球体にはほぼびまん性に肥厚したGBMに内皮下浮腫や内皮腫大が見られます.

メサンギウム領域にメサンギウム細胞増生を伴うメサンギウム基質の小結節状癒合性増加を認めます.足突起は所々で癒合し、微絨毛の発達が見られます.

以上、MCNSの合併した糖尿病性腎症と思われます。

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IgG

IgA

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IgG IgM IgA

C3

C1qFib

κ λ

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<光顕>標本は5切片採取。

糸球体5/24個 (21%)に全節性硬化。残存糸球体において、メサンギウム細胞増多を19/19個(100%)認め、拡大したメサンギウム基質に濾過面を持たない小血管の増生を認めます。管内性細胞増多ならびに半月体形成、分節性硬化、癒着、虚脱はありません。糸球体基底膜の肥厚はなく、PAM染色にて二重化ならびにspike・bubblingも見られません。残存糸球体の腫大が目立ちます(250μm)。尿細管・間質尿細管の萎縮ならびに間質の線維性・浮腫性拡大を中等度に認め(30%)、同域にリンパ球浸潤を10%認めます。血管系小葉間動脈に軽度の内膜の線維性肥厚を認め、輸入・輸出細動脈に軽度の内膜の硝子様肥厚を認めます。

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標本番号 S15-291949歳 男性

臨床診断: ネフローゼ症候群、糖尿病、肥満、腎機能低下病因分類: 糖尿病性腎症病型分類: 糖尿病性糸球体硬化症 びまん型、微小変化型ネフローゼ症候群の合併IF診断: 糖尿病性糸球体硬化症,compatible、免疫複合体性腎炎否定電顕診断: 糖尿病性糸球体硬化症 びまん型、微小変化型ネフローゼ症候群の合併

皮質:髄質=10:0糸球体数:24個、全節性硬化:5個、メサンギウム細胞増殖:19個、管内性細胞増多:0個、半月体形成:0個(細胞性半月体:0個、線維細胞性半月体:0個、線維性半月体:0個)分節性硬化:0個、癒着:0個、虚脱: 0個、未熟糸球体:0個尿細管の線維化(IFTA):30%、間質の炎症細胞浸潤:10%小葉間動脈内膜の線維性肥厚:軽度、輸入・輸出細動脈内膜の硝子様肥厚:軽度

城先生 _18

考察免疫染色において、IgGが糸球体末梢係蹄に線状に陽性で、糖尿病性糸球体硬化症にcompatible です。免疫複合体性腎炎合併はありません。電顕診断において糖尿病性糸球体硬化症びまん型に加えて、足細胞脚突起消失が広範に見られ、微小変化型ネフローゼ症候群の合併と診断しました。以上の所見から、本症例は糖尿病性糸球体硬化症 びまん型に微小変化型ネフローゼ症候群の合併と診断します。本症例は糖尿病性糸球体硬化症としては、小葉間動脈の硬化病変が目立たず、輸入・輸出細動脈の硝子様肥厚も目立ちません。

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<免疫染色>IgGが優勢でIgAが糸球体末梢係蹄に線状に陽性です。さらにC3が輸入・

輸出細動脈の内膜に陽性です。糖尿病性糸球体硬化症にcompatible です。fibronectinについての解釈は解りません。IgGのTBMへの陽性の解釈も解りません。

<電顕診断>糸球体基底膜は肥厚し(約800nm)、さらにメサンギウム基質の拡大を認め、

濾過面を持たない小血管の増生を認めます。炎症細胞浸潤は目立ちません。以上の所見から、糖尿病性糸球体硬化症にcompatible です。さらに本症例では、足細胞脚突起消失が広範にあり、MCNSの合併が疑われます。通常の糖尿病性糸球体硬化症においては、足細胞脚突起の広範な消失は見られません。

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