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1.はじめに
アミロイドPETは生体におけるアミロイドβ(Aβ)の脳内蓄積を非侵襲的に可視化できる診断技術である。この技術が実用化したことにより、動物モデルや死後脳の病理学的検索によってしか知ることのできなかったAβ蓄積とAD発症との関係を生きたヒトを対象として検証することが可能となった(図 1)1)。特に AD発症前の経過が観察可能になったことで、AD
の発症遅延・予防法の開発と検証もが視野に入るようになった。本講演ではアミロイド PET の現状と、その病態理解におけるインパクト、治療予防薬開発への展望について述べる。
2.アミロイド PET 診断薬の開発
現在臨床使用されているアミロイド PET 診断薬(図 2)はいずれもアミロイドの組織染色に用いられているコンゴーレッドやチオフラビンTの類似化合物である。これらのうちピッツバーグ大学で開発された Pittsburgh Compound-B(PiB)が集積の感度・特異性ともに優れ、標準診断薬として用いられている 2, 3)。PiBは半減期が約 20分と短い 11Cで標識されているため、普及や多数例での検査に制約がある。普及を目指し、半減期 110 分の 18F で標識されたアミロイド診断薬の第Ⅲ相治験が現在行われている。PiBを用いた脳画像を図 3に示す。上段は集積のな
病態理解と薬剤開発における
アミロイド PET 検査の現状
Current Status of Amyloid PET in Pathophysiological Research and Drug Development for Alzheimer’s Disease
東京都健康長寿医療センター研究所附属診療所/所長
石井賢二*
* Kenji Ishii, Head : Positron Medical Center, Tokyo Metropolitan Institute of Gerontology
図 1 アミロイドβは発症に先立って蓄積し始める
図 2 Amyloid Probes for Human PET Study
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N
N N NNNCH3
CN
CNHN
CH3CH3
CH3
18F
CH3
H3C S
N+ CH3NH2
SO3Na Congo RedTioflavin-T
[18F]FDDNP [18F]AV-1 / BAY94-9172
[18F]3´F-PIB / AH-110690
[18F]AV-45[11C]BF-227
[11C]PiB
NH2
SO3Na
OOO
18F
HNCH3
ONOO
18F
NHN
H3C OH18F
S
NHN
11CH3 OHS
OH3C
11CH3N
S
N
NO F
2002
2004
2007
2007
2007
2008
い健常者の平均画像で、白質に少量の非特異的集積が認められるが皮質への集積は少ない。これに対し、下段の AD患者脳では、白質のレベルを上回る集積が大脳皮質(主として連合野)に認められ、脳組織における Aβ沈着を表していると考えられる。
3.わが国のアミロイド PET の現状
現在全世界でアミロイド PET を実施している施設は 100を優に超えるといわれているが、わが国では PiB が 15 施設で、東北大学で独自に開発されたBF-227が 4施設で実施されている(図 4)4)。J-ADNI
研究で得られた被験者 105 名の結果を図 5 に示す。健常者で約 20%、軽度認知障害(MCI)で約 60%、AD で約 90%の例でアミロイド陽性と判定された。健常者や MCI におけるアミロイド陽性例の中には将来 ADに移行する者が含まれていると考えられる。一方 ADの臨床診断でアミロイド陰性の者は臨床診断が誤りである可能性が高い。アポリポ蛋白 E
(ApoE)の遺伝子型ε4は ADのリスクとして知られているがε4 保有者は非保有者に比べアミロイド陽性率が際立って高いことがわかった(図 6)。
4.アミロイド PET の臨床的意義
アミロイド PET陽性所見を持つ健常者(図 7)の中には将来 ADを発症する者を含んでいると推測される。Fotenosらはアミロイド陽性健常者と陰性健常者では前者の方が脳容積が有意に小さいことを示した(図 8)5)。これは、アミロイド陽性者の中に脳萎縮が既に始まった者が含まれていることを示唆する。現時点でアミロイド陽性健常者の AD発症の可能性やその時期を予測することはできない。しかしアミロイド陽性健常者を検索追跡することにより、AD
の危険因子や予防因子を探索することができるであ
ろう。また、リスクの高いアミロイド陽性健常者を対象として、発症予防を目的とした介入研究も始まろうとしている。アミロイド陽性者( cerebral
amyloidosis)は高血圧や高脂血症と同様、症状がなくても深刻な疾患のリスクとして将来理解されるよ
図 3 PiBの平均画像(投与後50-70分の後期画像)
BF-227 4 Sites
Amyloid PET Network in JapanAmyloid PET Network in Japan
PiB 15 Sites
BF ADNI
PIB ADNI
As of April 2010
Tohoku Univ
NILS, Obu
Obu
Tokyo Univ
NIRS, ChibaChiba
MPRCF, Hakui
Hakui
Gunma Univ
Maebashi
Hamamatsu Univ
Saitama Univ
Moro
Shonan Atsugi Clinic
Atsugi
Kagawa Univ Takamatsu
IBRI, Kobe Kobe
Nagoya City Reha Hsp
Nagoya
Osaka City Univ
Osaka
MiyakonojoFujimoto-Hayasuzu Hsp
MinamiTohoku Hsp
TMIG Tokyo
Hamamatsu
Sendai
Tokyo
Koriyama
PIB non-ADNI
MHLW
BF non-ADNI
Kyoto
Kizawakinen, Minokamo
Minokamo
Nishijin Hsp, Kyoto
図 6 PiB positive (MCSUVR > 1.47) rate
n = 7
ADn = 20
by group and ApoE4
図 4 わが国におけるアミロイド PET実施施設
病態理解と薬剤開発におけるアミロイド PET検査の現状
- 85 -
図 5 Mean cortical PiB uptake: SUVR50-70 By group and visual diagnosis
Cut off 1.47
As of Apr 4, 2010
(%)
100% 100%
57%
90%
50%
10%
4+ 4+ 4+4- 4- 4-
11/11
9/10
14/14
7/14
8/14
3/31
n = 21 n = 28 n = 45
うになるかも知れない。しかし、予防法がある程度確立し、発症予測が正確になされるようになるまでは、「未発症の AD(preclinical AD)」として扱うことは倫理的に問題があり、アミロイド PETを検診に用いることは時期尚早である(図 9)。
MCI では約 60-70%でアミロイド陽性者が認められ、これらは早期に高率に ADに移行する傾向があることがこれまでの追跡研究で明らかになりつつある。MCIにおける ADの発症予測が可能と考えられる(図 10)。
5.根本治療薬治験とアミロイド PET
アミロイド PET でみたアミロイド集積は発症前かごく早期に既にプラトーに達しており、AD の必要条件あるいは発症を予測するマーカとしての意義があるが、病態(神経障害)の進展をよく表すマーカではない(図 11)。しかし、アミロイド蓄積の変化率が病期によってそれほど変わらないということ
図 7 PiB in Healthy Controls
PiB陽性健常者の検討の意義
■ 発症の危険因子および予防因子の探索
■ 将来的な早期介入、発症予防へ
■ PiB(+) = ADか? No
◆ preclinical AD
◆ cerebral β-amyloidosis
■ PiB(-) ≠ ADか? Probably yes
■ 現時点でアミロイドイメージングを検診として実施することは時期尚早
図 9
図 8 PiB陽性健常者は脳容積が有意に小さい
図 10 MCIにおけるアミロイド蓄積
Aβ
は、アミロイド修飾治療薬の薬効を評価する上で重要な知見である 6)。最近、モノクローナル抗体アミロイド修飾薬 bapineuzumabが被験者脳のアミロイド集積を減らす効果があることが報告された(図 12)7)。アミロイド修飾薬の治験において、アミロイド PET
は対象者の選択と治療効果の判定の両者で用いることができる。
6.各種脳疾患におけるアミロイド PET の意義
アミロイド PET は AD 診断に対して感度が極めて高いが特異性は低い。アミロイド PET 陰性であれば、アルツハイマー病の可能性をほぼ否定できる。従って、従来アルツハイマー病との鑑別が困難であった疾患の鑑別診断や病態理解に寄与できると考えられる。老年者タウオパチーやレビー小体型認知症の臨床研究がこれによって進展すると期待される(図 13)。
老年期認知症研究会誌 Vol.18 2011
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Fotenos et al. Arch Neurol 2008;65:113
7.AD における病態進展とバイオマーカー
8.おわりに
アミロイド PET の実用化によってもたらされたアルツハイマー病の病態理解進展と、治療予防法開発への影響について述べた。今後は発症予防も含めた早期介入が焦点となる。そのためには、アミロイド陽性健常者における発症を予測するマーカが必要となる。また、タウやαシヌクレインのイメージングが実用化すれば、変性疾患の病態理解と克服に向けた研究が飛躍的に促進するであろう(図 15)。
文 献
1) Ishii K.: Amyloid PET in Alzheimer research. Brain and nerve 2010; 62, 757-767.
2) Klunk WE, Engler H, Nordberg A, et al.: Imaging
brain amyloid in Alzheimer’s disease with
図 11 PiB集積と脳室容積の1年あたりの変化
図 13 認知症関連疾患における PiB集積
図 12
図 14 アルツハイマー病進展における
バイオマーカの動き
アミロイドイメージングと分子病理画像の今後
■ 診断的意義の確定◆ 長期追跡研究
◆ 病理との対比
■ [F-18]標識製剤の治験と普及
■ 根本治療薬の治療対象選択、治療効果判定
■ アミロイドイメージングはAD理解の時間的座標軸◆ アミロイドカスケード、タウカスケードの修飾因子の探索
■ Aβ蓄積から神経障害に至るプロセスのマーカ開発
■ Aβ以外のタンパク蓄積の画像化◆ タウ(神経原線維変化)
◆ αシヌクレイン(レビー小体)
◆ TDP-43TMIG PET CENTER
図 15
これまでの臨床研究から ADの病態進展を反映するバイオマーカが明らかとなってきた。最も早期に動くのは Aβ沈着を示すマーカであり(アミロイドPET、髄液 Aβ1-42)、ついで髄液 tauや FDG-PETでみた代謝低下、MRI でみた海馬萎縮、そして心理検査指標や臨床症状が順次変化すると考えられる(図 14)。これらのバイオマーカを組み込んだ新しい臨床診断基準が提案される予定である 8-11)。
病態理解と薬剤開発におけるアミロイド PET検査の現状
- 87 -
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この論文は、平成 22年 7月 3日(土)第 18回近畿老年期認知症研究会で発表された内容です。
老年期認知症研究会誌 Vol.18 2011
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