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1 純粋な鉄の高温高圧状態図 Keyword:純粋鉄、高温高圧状態図、相変化、転移熱、2 次転移、クラペイロンの式 はじめに 純粋な鉄は白い金属光沢を放つが、全く錆びないというわけではなく、純度の高いもの であればあるほど、ほとんど錆びない。もし、鉄の純度が、 99.999%以上であれば錆びるこ とはない。このような純粋な鉄には、フェライト(BCC 構造)、オーステナイト(FCC 造)、デルタフェライト(BCC 構造)、イプシロン鉄(HCP 構造)の 4 つの多形が存在する。 ここでは、純粋鉄の高温高圧における状態図に関して以下の 11 課題に関して計算ソフトの 使用方法とともに簡単な熱力学的説明も行う。なお、オーステナイトを γ 鉄、フェライト α 鉄、デルタフェライトを δ 鉄、イプシロン鉄を ε 鉄と用語を統一して使用する。実用 上重要な鉄と炭素の合金に関しては、Fe-C 合金の項を参照して下さい。 ・・・・・・・・・・・(I)本ソフトを使用するための基本的事項の説明・・・・・・・・・・・・・ 課題 1:温度を 0℃から 2000℃、圧力を 1bar から 20 bar まで変化させた時の状態図を 表示せよ。(高温・高圧での状態図の表示方法を説明します。 課題 2 :室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の、鉄の相変化の計算結果を表示せよ。 鉄の相転移に伴う各相の表示方法について説明します。 ・・・(Ⅱ)常圧で高温下での鉄の自由エネルギー、エンタルピー、エントロピーの変化・・・ 課題 3:純粋な鉄を室温(25℃)から 2000℃まで加熱した時の自由エネルギー変化、並び に鉄を構成する α 鉄、γ 鉄、δ 鉄と液相の個々の自由エネルギー変化を表示せよ(昇温過程 で、個々の自由エネルギーがどのように変化するかを熱力学の式も含めて説明します。 課題 4 :室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の鉄のエンタルピー変化、並びに α 鉄、 γ 鉄、δ 鉄、液相のエンタルピー変化を表示せよ。(加熱に伴う各相のエンタルピーの変化 を熱力学の基本式をベースに説明し、また、転移熱や融解熱に関しても説明を行います。) 課題 5:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の鉄のエントロピー変化、並びに、α 鉄、γ 鉄、δ 鉄、液相の個々のエントロピー変化を表示せよ。(加熱に伴う各相のエントロ ピーがどのように変化するかを熱力学の基本式をベースに説明します。)

純粋な鉄の高温高圧状態図 - AISTなお、α鉄は727 で炭素(C)を最大限0.0218%まで固 溶できる。これらは総称してフェライトと呼ばれ、α鉄とも呼称される。フェライトは、a

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  • 1

    純粋な鉄の高温高圧状態図

    Keyword:純粋鉄、高温高圧状態図、相変化、転移熱、2 次転移、クラペイロンの式

    はじめに

    純粋な鉄は白い金属光沢を放つが、全く錆びないというわけではなく、純度の高いもの

    であればあるほど、ほとんど錆びない。もし、鉄の純度が、99.999%以上であれば錆びるこ

    とはない。このような純粋な鉄には、フェライト(BCC 構造)、オーステナイト(FCC 構

    造)、デルタフェライト(BCC 構造)、イプシロン鉄(HCP 構造)の 4 つの多形が存在する。

    ここでは、純粋鉄の高温高圧における状態図に関して以下の 11 課題に関して計算ソフトの

    使用方法とともに簡単な熱力学的説明も行う。なお、オーステナイトを γ 鉄、フェライト

    を α 鉄、デルタフェライトを δ 鉄、イプシロン鉄を ε 鉄と用語を統一して使用する。実用

    上重要な鉄と炭素の合金に関しては、Fe-C 合金の項を参照して下さい。

    ・・・・・・・・・・・(I)本ソフトを使用するための基本的事項の説明・・・・・・・・・・・・・

    課題 1:温度を 0℃から 2000℃、圧力を 1bar から 20 万 bar まで変化させた時の状態図を

    表示せよ。(高温・高圧での状態図の表示方法を説明します。)

    課題 2:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の、鉄の相変化の計算結果を表示せよ。

    (鉄の相転移に伴う各相の表示方法について説明します。)

    ・・・(Ⅱ)常圧で高温下での鉄の自由エネルギー、エンタルピー、エントロピーの変化・・・

    課題 3:純粋な鉄を室温(25℃)から 2000℃まで加熱した時の自由エネルギー変化、並び

    に鉄を構成する α鉄、γ鉄、δ鉄と液相の個々の自由エネルギー変化を表示せよ(昇温過程

    で、個々の自由エネルギーがどのように変化するかを熱力学の式も含めて説明します。)

    課題 4:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の鉄のエンタルピー変化、並びに α鉄、

    γ 鉄、δ 鉄、液相のエンタルピー変化を表示せよ。(加熱に伴う各相のエンタルピーの変化

    を熱力学の基本式をベースに説明し、また、転移熱や融解熱に関しても説明を行います。)

    課題 5:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の鉄のエントロピー変化、並びに、α

    鉄、γ 鉄、δ 鉄、液相の個々のエントロピー変化を表示せよ。(加熱に伴う各相のエントロ

    ピーがどのように変化するかを熱力学の基本式をベースに説明します。)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B1%9E%E5%85%89%E6%B2%A2https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%93%E5%BF%83%E7%AB%8B%E6%96%B9%E6%A0%BC%E5%AD%90%E6%A7%8B%E9%80%A0https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A2%E5%BF%83%E7%AB%8B%E6%96%B9%E6%A0%BC%E5%AD%90%E6%A7%8B%E9%80%A0https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A2%E5%BF%83%E7%AB%8B%E6%96%B9%E6%A0%BC%E5%AD%90%E6%A7%8B%E9%80%A0https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E5%BD%A2

  • 2

    ・・(Ⅲ)常温で高圧下での鉄の自由エネルギー、エンタルピー、エントロピーの変化・・

    課題 6:室温(25℃)において、1bar から 20 万 bar まで加圧した時の鉄の自由エネルギ

    ーの変化、並びに α鉄と ε鉄の個々の自由エネルギーを表示せよ。(昇圧過程で、各相の自

    由エネルギーがどのように変化するかを熱力学の基本式をベースに説明します。)

    課題 7:室温(25℃)において、1bar から 20 万 bar まで加圧した時の鉄のエンタルピー

    変化と、α鉄と ε鉄の個々のエンタルピーの変化を説明せよ。(昇圧過程で、各相のエンタ

    ルピーがどのように変化するかを熱力学の基本式をベースに説明します。)

    課題 8:室温(25℃)において、1bar から 20 万 bar まで加圧した時の鉄のエントロピー

    の変化と α鉄と ε鉄の個々のエントロピーの変化を説明せよ。(昇圧過程で、各相のエント

    ロピーがどのように変化するかを熱力学の基本式をベースに説明します。)

    ・・・・・・(Ⅳ)応用編1.温度と圧力が変化した時の比熱の変化の求め方・・・・

    課題 9:鉄を、常圧、1 万 bar、13 万 bar で、0℃から 2000℃まで昇温した時の比熱の変

    化を説明せよ。(昇温過程で、鉄の比熱がどのように変化するか、また、2 次転移や磁気相

    転移に関しても熱力学の基本式をベースに説明します。)

    ・・・・・・・・・(Ⅴ)応用編2.転移温度、転移圧力の求め方・・・・・・・・・

    課題 10:常圧下で α鉄が γ鉄に転移する温度、及び常温下で α鉄が ε鉄に転移する圧力を

    求めよ。(計算ソフトのデータを基に、常圧での転移温度の求め方、常温での転移温度の求

    め方について説明します。)

    課題 11:高温高圧下で、α 鉄が ε 鉄に転移する時の温度と圧力をクラペイロンの式を基に

    以下の問いに答えよ。

    問題.α鉄は 390℃(T)、100889.8bar(P)で ε鉄に転移する。この α鉄をさらに 400℃

    (T1)まで加熱した時、この転移を維持するためにはどのようにしたら良いか。ただし、ε

    鉄のエントロピーは、400℃で α 鉄より 1.723(J/mol)(ΔS)大きく、体積は 0.290×

    10-6(m3/mol)(ΔV)だけ小さい。(高温・高圧におけるクラペイロンの式の説明を、計算事

    例と一緒に説明します。)

    ・・・・・補足説明・・・・・

    本ソフトで用いられる Gibbs Energy を求める式と、エンタルピーとエントロピーから

    Gibbs Energy を求める式について。(本ソフトでは、状態図を求めるために精度の高い

    Gibbs energy の式が用いられている。ここでは、エンタルピーとエントロピーから Gibbs

    Energy 求める式も紹介している。)

  • 3

    課題 1:温度を 0℃から 2000℃、圧力を 1bar から 20 万 bar まで変化させた時

    の状態図を表示せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(状態図の表示のための事前入力法1)

    パソコン画面上の CaTCalc を立ち上げ、画面上段の System をクリックする。

    使

    (状態図の表示のための事前入力法2)

    ①最初に鉄の Fe クリックする。

    ②データベースとして FeCrC_Demo.cdb を選択する。

    ③圧力を変化させるので Include Volume を選択する。

    ④最後に Load をクリックする。

    *下図に示すように、今回の計算ために選択した条件が表示される。

    Calculation ボタンをクリックする。

  • 4

    ④⑤

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(状態図の表示のための事前入力法3)

    下図のような状態図を計算するための入力画面が現れる。状態図を計算するためのデー

    タの入力方法を以下に示す。

    ①Set Elements をクリックする。

    ②自動的に Fe(BCC_A2)が表示されるので Value の項に 1(mol)を入力する。

    ③Temperature の項に 0 と 2000 を入力する。

    ④Pressure の項に 1 と 200000 を入力する。

    ⑤Phase Diagram の項を選択する。

    ⑥全項目を確認し、Calculate を実行する。

    ●計算結果の説明(温度を 0℃から 2000℃、圧力を 1bar から 20 万 bar まで変

    化させた時の状態図の表示)

    ①状態図はメニューバーの Edit をクリックし、Copy to clipboard を選択すると、Word や

    画像ソフト等に貼り付けることができます。

  • 5

    鉄の状態図の計算結果が下図に示すように自動で表示されます。

    (*X 軸が Temperature、Y 軸が Pressure になっている場合、左ペインの[Axis]タブをク

    リックし、[X-Axis]-[Variable]を Pressure に、[Y-Axis]-[Variable]を Temperature に変更

    し、[Apply]ボタンをクリックしてください。)

    ・a点:BCC_A2 は α 鉄の代表的な構造である立方晶系の体心立方格子である。純粋な α

    鉄の格子定数は 0.286nm である。なお、α鉄は 727℃で炭素(C)を最大限 0.0218%まで固

    溶できる。これらは総称してフェライトと呼ばれ、α 鉄とも呼称される。フェライトは、a

    点の 912℃を超えると γ鉄に転移する。

    ・b点:FCC_A1 は γ 鉄の代表的な構造である立方晶系の面心立方格子である。純粋な γ

    鉄の格子定数は 0.364nm であり、α 鉄と比較すると大きな格子定数である。このため、結

    晶構造はすきまの多い構造となっている。γ鉄はオーステナイトを呼称される。オーステナ

    イトは 1147℃で炭素最大限 2.14%まで固溶することができる。γ鉄は、b 点の 1394.3℃で

    δ 鉄に転移する。δ 鉄は α 鉄と同じ立方晶系の体心立方格子を示す。δ鉄はデルタフェライ

    トと呼称される。

    ・c 点:δ鉄が 1537.8℃で液相に変化する温度。

    1Fe

    CaTCalc

    Pressure (bar)

    200000100000

    Tem

    pera

    ture

    (C)

    2000

    1800

    1600

    1400

    1200

    1000

    800

    600

    400

    200

    γ鉄(FCC_A1)

    ε鉄(HCP_A3)α鉄(BCC_A2)

    δ鉄(BCC_A2)

    Liquid

    a(911.7℃)

    b(1394.3℃)

    c(1537.8℃)

    e(494.0℃、95499bar)

    d(126108bar)

    f(1722.3℃、56307bar)

  • 6

    ・d 点:常温において、圧力が d 点の 126108bar まで上昇すると、α 鉄から ε 鉄に転移す

    る。HCP_A3 と記載されている ε鉄の結晶構造は六方細密格子である。

    ・e 点:α 鉄と γ 鉄の転移に伴う固相線、α 鉄と ε 鉄の転移に伴う固相線、γ 鉄と ε鉄の転

    移に伴う固相線の 3 種の固相線が交差した点が e 点である。一般的に平衡状態における相

    律は f=c‐p+2 と定義されている。ここで、f は自由度、c は成分の数、p は相の数である。

    ここでは、成分は Fe のみであるので、c=1、相は α 鉄、γ 鉄、ε 鉄の 3 相であるので p=3

    となる。そのため自由度は f=0 となり、温度、圧力が固定される。このような点を三重点

    と呼ぶ。

    ・f点:γ鉄と δ鉄の固相線、δ鉄と液相の液相線、γ鉄と液相の液相線が交差している点

    が f 点である。成分の数は鉄のみであるので c=1 であり、相の数は、γ 鉄と δ 鉄と液相が

    存在するので、p=3 である。そのため、f=0 となる。この f 点も e 点と同様に三重点であ

    る。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(転移温度や三重点を正確に知る方法)

    ①状態図が表示されている状態で、List タブをクリックすると下記の表が得られる。

    ②再度、状態図を見たい場合には Plot タブをクリックする。

    a

    bc

    d

    ef

    ①②

  • 7

    ②③

    課題 2:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の鉄の相変化の計算結果を

    表示せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(室温から 2000℃までの昇温過程における鉄の

    相変化を求める)

    Temperature の項に 25 と 2000 を入力

    ②Pressure の項は 1.01325 と入力。

    ③Equilibrium Calc を選択する

    ④Calculate を実行する。

    *次ページに示す相変化の図が表示される。

    ●計算結果の説明(鉄の相変化の説明)

  • 8

    α鉄γ鉄

    δ鉄

    液相

    911.7℃ 1394.3℃1537.8℃

    ・Edit をクリックし、Copy to Clipboard を選択し、必要なファイルにコピーする。

    ・以下の図は、パワーポイントにコピーし、説明のためにアレンジしてある。

    ・す

    うに、α鉄から γ鉄への転移温度は 911.7℃、γ鉄から δ鉄への転移温度は 1394.3℃、δ鉄

    が液相の変化するのは 1537.8℃である。

    課題 3:室温(25℃)から 2000℃まで加熱させた時、α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の

    個々の自由エネルギーの計算結果を表示し、また、鉄そのものの自由エネルギ

  • 9

    ③④

    ー変化も表示せよ。さらに、それらの結果を熱力学の式を基に説明せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の個々の自由エネルギ

    ーの計算結果の表示方法1)

    Temperature の項に 25(0)と 2000 を入力、さらに、200 を入力する。この値を入力しな

    いと 25℃と 2000℃の自由エネルギーしか計算しないので注意が必要。

    ②Pressure の項はなにも記述してなければ 1.01325 と入力。

    ③Individual Phase Energies を選択する。

    ④Calculate を実行する。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(α鉄、γ鉄、δ

    鉄、液相の個々の自由エネルギーの計算結果の

    表示方法2)

  • 10

    GL

    ・以下の手順で個々の自由エネルギーを得ることができる。

    ①Axis タブを開く。

    ②[Y-Axis]-Variable のプルダウンメニューから

    Phase Composition を選択する。

    ③Apply ボタンをクリックする。

    ④必要とする結晶相を選択する。不必要なものはチェックを外す。

    ●計算結果の説明(α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の個々の自由エネルギーの表示結果

    の説明)

    ●計算結果の説明(上記画像を、わかりやすくするため、α鉄、γ鉄、δ鉄、液

    相の自由エネルギーに転移温度の縦線を入れた説明。)

  • 11

    911.7℃ 1394.3℃ 1537.8℃

    G(α鉄)

    G(γ鉄)

    G(δ鉄)

    G(液相)

    ・α鉄から γ鉄の転移温度である 911.7℃までは、赤い線の α鉄(BCC_A2)の自由エネル

    ギーが最も小さい。このため、この温度範囲は α 鉄が安定である。それ以上の温度では黒

    い線の γ鉄(FCC_A1)の自由エネルギーが小さくなり。γ鉄が安定となる。

    ・上図では、両者の自由エネルギーの差が小さく区別しにくい。このような場合は、前述

    の画面状の plot タブの代わりに List タブをクリックすると、詳細な自由エネギーの情報を

    得ることができるので、両者の差を明確に知ることができる。

    ・黒い線の γ鉄(FCC_A1)から、再度、赤い線の δ鉄(BCC_A2)への転移である 1394.3℃

    までは、γ鉄の自由エネルギーの値が最も小さい。よって、この温度範囲は γ鉄が安定であ

    る。両者の自由エネルギーの差は非常に小さいので、α鉄→γ鉄への転移と同様に List をク

    リックして確認して欲しい。ここで、α鉄と γ鉄は同じ(BCC_A2)の構造を有するため同

    じ赤色で表示されている。

    ・赤い線の δ鉄(BCC_A2)の自由エネルギーは、1394.3℃と 1537.8℃の間で最も小さく、

    この温度範囲では、δ鉄が安定である。

    ・1537.8℃以上では、青い線の液相の自由エネルギーが最も低い値を示しているので、こ

    の温度以上では、液相が安定となる。

    ●常圧における、α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の個々の自由エネルギーについての熱

    力学の基本式をベースにした説明。

    自由エネルギーの計算は、基本的には以下の式を用いて計算される。面倒なのは、知り

    たい物質の比熱のデータであるが、本ソフトでは、ほとんどのデータがソフト内に格納さ

    れている。また、それぞれの計算段階を知りたければ、ソフトの使用方法がわかると、さ

    らに非常に便利なソフトであることがわかる。ここでは、圧力一定の場合の計算の方法を

  • 12

    =GαT H αT αTST-

    =GγT H γT γTST-

    =GδT H δT δTST-

    G=a+bT+cTln(T)+ΣdTn

    =GLT H αT αTST-

    説明する。

    ○α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の Gibbs free energy(Gibbs の自由エネルギー)の式

    圧力を一定にして、純物質である鉄を温度 T(K)まで昇温させた時の Gibbs の自由エネ

    ルギー(G)を求めるには、α 鉄、γ 鉄、δ 鉄、液相の個々の Gibbs の自由エネルギーをそ

    れぞれ求める必要がある。ここでは、Gibbs free energy を自由エネルギーと呼ぶことにす

    る。

    本ソフトでは、体積弾性率の小さい通常の圧力では、以下の式を用いて計算されている。

    a、b、c、d、n(べき乗)等のパラメータは、すでに各物質の各相に対して与えられている。

    詳細は補足説明を参考にして欲しい。

    上記の式は、高精度の状態図を求めるための式である。特に、高温・高圧の自由エネルギ

    ーを計算しようとすると、上記の手法が最適である。α鉄、γ鉄、δ鉄の自由エネルギーは、

    それぞれのパラメータを付与することにより、上記の図のように計算できる。

    自由エネルギーを求める他の方法として、エンタルピーとエントロピーから求める式が

    ある。ただし、両者の計算結果はほぼ同じである。α鉄の自由エネルギー(GαT)は、以下

    のような式となる。

    ここで HαT は、温度 T(K)のおける α鉄のエンタルピー、SαT は温度 T(K)における α鉄のエ

    ントロピーである。

    同様にして γ鉄の自由エネルギーは以下の式となる。

    また、δ鉄の自由エネルギーも同様に以下の式で求められる。

    液相の自由エネルギーは以下の式となる。

    上記の式では、エンタルピーとエントロピー計算する必要があるが、それについてはこれ

    から説明する。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(室温から 2000℃までの昇温過程における鉄そ

  • 13

    のものの自由エネルギーの変化を表示する。)

    ①Value は 1 を入力する。

    ②Temperature は「0 2000 200」を入力する。

    ③Equilibrium Calc を選択する。

    ④Calculate を実行する。

    *平衡計算が行われ、図が出力します。

    ①Axis タブの[Y-Axis]-[Variable] のプルダウンメニューを

    表示させる。

    ②Energetic Quantities を選択する。

    ③Apply をクリックする。

    ④Gibbs Energy にチェックが入っていることを確認する。

    ●計算結果の説明(鉄の自由エネルギー変化の説明)

  • 14

    =ΔG (純粋鉄)2000 Δ G (α鉄)α912 Δ G (γ鉄)γ1394

    ΔG (δ鉄)Δ1538 ΔG (液相)L2000

    + +

    ・α鉄の自由エネルギーは、常圧(1.01325bar)、転移温度(911.7℃)で γ鉄の自由エネル

    ギーに変化する。

    ・γ鉄の自由エネルギーは、転移温度の 1394.3℃で、δ鉄の自由エネルギーに変化する。

    ・δ鉄の自由エネルギーは、1537.8℃で液相の自由エネルギーに変化する。

    ・上記の結果は、先述の個々の自由エネルギーの計算結果と比較すると良い。

    ○ 純粋鉄の 0℃から 2000℃までの自由エネルギーの変化の式

    鉄を 2000℃まで昇温する過程で、α鉄から γ鉄、γ鉄から δ鉄、δ鉄から液相と転移して

    いるので、個々の自由エネルギーの変化を計算して、それぞれの転移温度範囲で自由エネ

    ルギー変化の最低となる和が鉄の自由エネルギーの変化の値となる。一般に計算には、温

    度の単位はケルビン(K)を用いるが、ここでは、エンタルピーの計算に、上図に示すよう

    に温度の単位に℃を用いているので、温度の単位に℃を使用している。

    前述の鉄の自由エネルギーのグラフは、α 鉄、γ 鉄、δ 鉄、液相の個々の自由エネルギーの

    最小な値を合計した結果である。本課題の最初の図を参照して欲しい。

    課題 4:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の α 鉄、γ 鉄、δ 鉄、液相

    1Fe P=1.01325bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    200016001200800400

    Gib

    bs E

    nerg

    y (

    kJ)

    -20

    -40

    -60

    -80

    -100

    -120

    -140

    911.7℃ 1394.3℃ 1537.8℃

    G(α鉄)

    G(γ鉄)

    G(δ鉄)

    G(液相)

  • 15

    のエンタルピーを表示せよ。さらに、それらの結果を熱力学の式を基に説明せ

    よ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(α鉄、γ鉄、δ鉄の個々の自由エネルギーの計

    算結果の表示方法2)

    ・以下の手順で個々の自由エネルギーを得ること。

    【設定条件】

    ・Calculate 画面にて Value は「1」、温度は「0 2000 200」を入力する。Individual Phase

    Energies を選択し、Caluculate を実行する。

    ・Axis 画面にて[Y-Axis]-[Variable]のプルダウンメニューから Enthalpy を選択し、Apply

    ボタンをクリックする。必要とする結晶相を選択する。不必要なものはチェックを外す。

    ●計算結果の説明(α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の個々のエンタルピー変化の説明)

    ・α鉄のエンタルピーは温度と上昇と共に大きくなっているが、α鉄と δ鉄は同じ体心立方

    格子(BCC)であるので、同様に上昇している。

    ・δ鉄(FCC)と液相のエンタルピーも、温度上昇とともに放物線的に増加している。

    ●熱力学の式を用いたエンタルピーの変化の説明

    HεHδ

    HL

  • 16

    =-a-cT-Σ(n-1)dTnH=-T2(G/T)∂

    ∂T P

    ∫25

    TCαpdTH25 +H αT=

    Cpα = a+b×10-3T+c×105T-2

    ∫25

    TCpγdTH25 +H γT=

    ∫25

    TCpδdTH25 +H δT=

    ∫25

    TCpLdTH25 +H LT=

    上図のエンタルピーの計算には、本ソフトでは以下の式を用いている。なお、α鉄は純物

    質であるので、標準エンタルピー(25℃)はゼロである。

    上述のエンタルピーの式は以下の式とある。

    また、比熱の式には以下の式が用いられる。

    同様にして γ鉄のエンタルピーは以下の式となる。

    また、δ 鉄のエンタルピーも同様に以 下の式で求められる。

    液相のエンタルピーは以下の式となる。

    それぞれの比熱の式は、個々の a、b、c のパラメータを用いて計算される。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(鉄のエンタルピー変化の自動表示法)

  • 17

    【設定条件】

    ・Calculate 画面にて Value は「1」、温度は「0 2000 200」を入力する。Equilibrium Calc

    を選択し、Caluculate を実行する。

    ・Axis 画面にて[Y-Axis]-[Variable]のプルダウンメニューから Energetic Quantities を

    選択し、Apply ボタンをクリックしてから Enthalpy (kJ)を選択する。

    鉄のエンタルピーの温度変化が下図のように自動でグラフ化される。

    ●計算結果の説明(エンタルピー変化の説明1)

    ・下記の図では、上記の説明と同様に転移温度をわかりやすくするため、温度の単位をケ

    ルビンではなく、℃で表現している。

    ・鉄を、2000℃まで昇温した時のエンタルピーの変化を以下に示す。α鉄は 911.7℃で相転

    移を起こす。そこで、25℃から 911.7℃までは、α鉄の比熱の式を使用する。この温度で α

    鉄は γ鉄に相転移するので、その時の転移熱(ΔtrsHo)が発生する。911.7℃から 1394.3℃

    までは、γ鉄の比熱を使用している。この温度で γ鉄は δ鉄に相転移するので、その時に転

    1Fe P=1.01325bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    200016001200800400

    Enth

    alp

    y (

    kJ)

    90

    80

    70

    60

    50

    40

    30

    20

    10

    912℃

  • 18

    += +

    ΔH 25ΔH 2000 (Fe) ∫25

    912Cp(α鉄)dT ⊿ trs H(α→γ)+ ∫

    912

    1394Cp(γ鉄)dT +

    ∫1394

    1538Cp(δ鉄)dT ++ ∫

    1538

    2000Cp(液相)dT

    (γ→δ)⊿ trs H

    (δ→L)⊿ fus H

    移熱(ΔtrsHo)が発生する。δ鉄は 1537.8℃で溶解して液相に変化するので、溶解熱(ΔfusHo)

    が発生する。この温度範囲は δ鉄の比熱を利用している。さらに、液相を 2000℃まで昇温

    させるので、この時のエントロピーの計算には液相の比熱を利用する。

    上記の説明を式で表すと以下のようになる。

    ●計算結果の説明(エンタルピー変化の説明2)

    ・それぞれの転移熱は、以下の List タブより、詳細なデータを得ることができる。

    ・912℃でエンタルピーが不連続に変化しているのは、α 鉄が γ 鉄に転移する時の転移熱

    (ΔtrsHo)である。転移熱(ΔtrsHo)が非常に小さいので、グラフ上では差が良く見えな

    い。そこで、この転移熱の値は、List タブをクリックすることにより、上図の表を表示で

    きる。同じ 911.7℃に α鉄のエンタルピーと γ鉄のエンタルピーが表示されているので、そ

    の差の約 1kJ が α鉄から γ鉄への転移熱(ΔtrsHo)に相当する。

    ・γ鉄のエンタルピーの変化は 912℃から約 1394℃の間であり、α鉄と同様に温度上昇と共

    に増大している。1394℃でのエンタルピーの不連続な変化は、γ 鉄の結晶構造が δ 鉄の結

    晶構造に変化する時の転移熱(ΔtrsHo)であり、上記の表より 0.83kJ である。

    ・δ 鉄は 1537.8℃で融解して液相に変化する。この時の溶解熱(ΔfusH0)は、上記の表よ

  • 19

    り約 13.81kJ と大きな値である。

    課題 5:室温(25℃)から 2000℃まで昇温させた時の α 鉄、γ 鉄、δ 鉄、液相

  • 20

    の個々のエントロピーを表示せよ。また、鉄のエントロピーも表示せよ、さら

    に、それらの結果を熱力学の式を基に説明せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(α鉄、γ鉄、δ鉄の個々の自由エネルギーの計

    算結果の表示方法2)

    ・以下の手順で個々の自由エネルギーを得ることができる。

    【設定条件】

    ・Calculate 画面にて Value は「1」、温度は「0 2000 200」を入力する。Individual Phase

    Energies を選択し、Caluculate を実行する。

    ・Axis 画面にて[Y-Axis]-[Variable]のプルダウンメニューから Entropy を選択し、Apply

    ボタンをクリックする。必要とする結晶相を選択する。不必要なものはチェックを外す。

    ●計算結果の説明(α鉄、γ鉄、δ鉄、液相の個々のエントロピー変化の説明)

    ・α鉄のエントロピーも δ鉄のエントロピーも温度と上昇と共に大きくなっている。

    ・δ鉄(FCC_A1)と液相のエントロピーも、温度上昇とともに放物線的に増加している。

    ●熱力学の式を用いたエントロピーの変化の説明

    SL

  • 21

    S=-G∂

    ∂T P=-b-c-cln(T)-ΣndTn-1

    ∫25

    T(Cpα/T)dT25SαTS = +

    ∫25

    T(Cpγ/T)dT25SγTS = +

    ∫25

    T(Cpδ/T)dT25SδTS = +

    ∫25

    T(CpL/T)dT25SLTS = +

    上図のエントロピーの計算には、本ソフトでは以下の式を用いている。

    先述のエントロピーの式は以下の式を用いている。ここでは、エンタルピーの計算式と

    同様に、上図に示すように温度の単位に℃を用いているので、温度の単位に℃を使用して

    いる。

    なお、α鉄は純物質であるが、標準エントロピー(So25)はゼロではない。

    同様にして γ鉄のエントロピーは以下の式となる。

    また、δ鉄のエントロピーも同様に以下の式で求められる。

    液相のエントロピーは以下の式となる。

    それぞれの比熱の式は、エンタルピーの計算の時と同様に、個々の a、b、c のパラメータ

    を用いて計算される。

  • 22

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(鉄のエントロピーの自動表示法)

    【設定条件】

    ・Calculate 画面にて Value は「1」、温度は「0 2000 200」を入力する。Equilibrium Calc

    を選択し、Caluculate を実行する。

    ・Axis 画面にて[Y-Axis]-[Variable]のプルダウンメニューから Energetic Quantities を

    選択し、Apply ボタンをクリックしてから Entropy (J/K)を選択する。

    エントロピーの温度変化が下図のように自動でグラフ化される。

    ●計算結果の説明(鉄のエントロピー変化の表示1)

    ・基本的にはエンタルピー変化と同様である。異なる点は比熱が温度で除してあるため、α

    鉄、γ鉄、δ鉄も、それぞれの転移温度間では ΔCp/T となる。

    ・α鉄から γ鉄への転移温度におけるエントロピーの変化は、転移熱(ΔtrsHo)が、転移温

    度(Tt)で除してあるので、ΔtrsHo/Tt となる。γ鉄から δ鉄への転移温度でのエントロピ

    ー変化も上記と同様である。

    ・融点におけるエントロピー変化は、融解熱(ΔfusHo)を融解温度(Tm)で除してあるの

    で、ΔfusHo/Tm となる。

    1Fe P=1.01325bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    200016001200800400

    Entr

    opy (

    J/K)

    110

    100

    90

    80

    70

    60

    50

    40

    30 912℃

  • 23

    ∫912

    1394(Cp(γ鉄)/T)dT

    ∫1394

    1538(Cp(δ鉄)/T)dT

    += +

    ΔS 25ΔS 2000 (Fe) +

    + ++

    ∫25

    912(Cp(α鉄)/T)dT

    ∫1538

    2000(Cp(液相)/T)dT(δ→L) /Tm⊿ fus H(γ→δ) /Tt⊿ trs H

    ⊿ trs H (α→γ) /Tt

    ・よって、鉄の 2000℃までのエントロピーの変化は、α鉄、γ鉄、δ鉄の比熱の式を用いて、

    以下の式で計算できる。

    ここで Tt は転移温度、Tm は融解温度である。それぞれの温度における値は、先述の表よ

    り求めることができる。

    ●計算結果の説明(鉄のエントロピー変化の表示1)

    ・上記の図でのエントロピーの値は、エンタルピーの場合と同様に求めることができる。

    kJ/K であるが、エントロピーの単位は J/K となっているので注意が必要である。

    課題 6:室温(25℃)において、1bar から 20 万 bar まで加圧した時の α鉄と ε

    鉄の個々の自由エネルギーを表示し、これらの結果について熱力学の基本式を

  • 24

    ③④

    ベースに説明せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の α 鉄と ε 鉄の

    個々の自由エネルギーの表示方法)

    初期画面は以下のようになる。これより温度一定で、圧力を変化させる時の表示方法を

    説明する。

    ①Temperature の項に 25 を入力する。

    ②Pressure の項に 1 と 200001 を入力し、さらに、10000 を入力する。この値を入力しな

    いと 1bar と 200001bar の自由エネルギーしか計算しないので注意が必要。

    ③Individual Phase Energies を選択する。

    ④Calculate を実行する。

    (*下記図のように、取得したいデータが

    BCC_A2 と HCP_A3 の場合、[Data]ボタンの

    Phaseにある「+」で選択します。不要なPhase

    は「+」を外してから、Calculate します。Axis

    画面よりチェックを外すことも可能です)

    ●計算熱力学ソフトの計算結果(温度一

    定で圧力変化させた時の α鉄と ε鉄の自由エネルギーの表示結果)

  • 25

    ε鉄

    α鉄123774.8バール

    ・α鉄や ε鉄のような固体に関しては、圧力変化が小さい時は、一般的に、体積の変化は非

    常に小さく、圧力の影響は受けないため、無視してもかまわない。しかし、高圧になると

    体積が大きく変化するため、その時は、体積を考慮する必要がある。

    ・画面上に γ 鉄と液相の自由エネルギーも表示されるが、常温では両者とも存在しないの

    で、レ点をはずしておく。

    ・以下のように α鉄と ε鉄の自由エネルギーのみの図となる。

    ・α 鉄

    の よ

    う な

    非 常

    に 固

    い 固

    体 の

    場 合

    は、 常

    圧 で

    は 安

    定 な

    構 造

    で あ

    る が、

    理 想

    的 な

    最密構造ではない。このような場合には、圧力が高くなると、より密度が高い相、つまり、

    原子がより効果的に空間を占めている相が安定となる。α鉄の場合は、六方細密重点構造を

    持つ ε鉄に転移する。

    ・α 鉄の自由エネルギーは、転移圧力までは、ε 鉄の自由エネルギーよりも小さく、α 鉄が

    安定である。しかし、転移圧力以上では ε鉄の自由エネルギーが小さくなり、ε鉄が安定で

    ある。

    ・自由エネルギーは温度と圧力の関数である。すでに圧力一定で温度を変化させた場合の

    自由エネルギーの式は説明したので、ここでは温度一定で圧力を変化させた場合の自由エ

    ネルギーについて説明する。

  • 26

    = V∂G

    ∂P

    ∫Go

    GdG ∫

    Po

    pV dp=

    G-Go ∫Po

    pV dp= G ∫

    Po

    pV dp= Go +

    G(P,T) = + ∫Po

    pVm(P,T)dpG(Po,T)

    ●温度一定で圧力が変化する場合の自由エネルギーの式

    ・温度一定で圧力が変化する場合の α鉄の自由エネルギー(G)の勾配は、α鉄のモル体

    積(V)に比例するので以下のようになる。

    Po バールから P バールまで積分すると

    となる。

    以上の式は、温度と圧力の関数であるので、正確には以下のように記述できる。

    ここで、G(P,T)は α鉄の圧力 P バール、温度 T(K)における自由エネルギーである。G(Po,T)

    は、1bar(常圧)、温度 T(K)の自由エネルギーである。Vm(P,T)は α鉄の圧力 P バー

    ル、温度 T(K)のモル体積である。

    ・圧力が変化する場合は、前述の Gibbs energy に加えて、上記の式のように体積積分の項

    が必要となる。よく使われるのは Birch-Murnaghan や Grover による状態方程式に基づく

    ものであるが、本事例集では、圧力変化を伴う Gibbs energy の式は、今のところ提示しな

    い。圧力変化を表す Gibbs energy の式のパラメータとしては、基本的にモル体積、膨張率、

    圧縮率(体積弾性率)、及びその圧力微分が必要とされ、若干複雑な式となる。

    ・α鉄のモル体積を基に、本ソフトを用いて自由エネルギーを計算すると、上図のような α

    鉄の自由エネルギーの図が得られる。また、同様に ε鉄のモル体積を用いれば、ε鉄の自由

    エネルギーを計算できて、α鉄と同様に、上図のように表示することができる。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の鉄の自由エネ

    ルギー変化の表示方法)

    これまでの説明のとおり、初期画面は以下のようになる。

  • 27

    ②③

    ①Temperature の項に 25 を入力する。

    ②Pressure の項に1と 200000 を入力し、さらに、10000 を入力する。この値を入力しな

    いと 1bar と 200000bar の自由エネルギーしか計算しないので注意が必要。

    ③Equilibrium Calc を選択する。

    ④Calculate をクリックする。

  • 28

    1Fe T=25C

    CaTCalc

    Pressure (bar)

    200000100000

    Gib

    bs E

    nerg

    y (

    kJ)

    110

    100

    90

    80

    70

    60

    50

    40

    30

    20

    10

    123774.8バール

    α鉄の自由エネルギー

    ε鉄の自由エネルギー

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の自由エネルギ

    ーの表示方法)

    ①Axis タブを開く。

    ②[Y-Axis]-Variable のプルダウンメニューから

    Energetic Quantities を選択する。

    ③Apply ボタンをクリックする。

    ・自由エネルギーの圧力変化が下図のように表示される。

    *Maker にチェックを入れることで、グラフにマーク

    (●)することができます

    ●計算結果の説明(圧力を変化させた時の鉄の自由エネルギー変化の説明)

    ・室温(25℃)で圧力を 20 万 bar まで増加させた場合、鉄は、約 12.4 万 bar で α 鉄から ε

    鉄に転移する。

  • 29

    =ΔG (純粋鉄)P=200000 Δ G (α鉄)αP=123744 ΔGε (ε鉄)P=200000+

    ・鉄の自由エネルギーの変化を α 鉄の自由エネルギーの変化と ε 鉄の自由エネルギーの変

    化で表すと以下のようになる。

    ・α鉄から ε鉄に転移するときの圧力の求める方法は、後述の転移の圧力計算の項を参照し

    て欲しい。

  • 30

    課題 7:室温(25℃)において、1bar から 20 万 bar まで加圧した時の α鉄と ε

    鉄の個々のエンタルピーを表示し、さらに熱力学の基本式をベースに、それら

    についても説明せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の α 鉄と ε 鉄の

    個々のエンタルピーの表示方法)

    【設定条件】

    ・Calculate 画面にて Value は「1」、温度は「25」、圧力「1 200000 10000」を入力する。

    Individual Phase Energies を選択し、Caluculate を実行する。

    ・Axis 画面にて[Y-Axis]-[Variable]のプルダウンメニューから Enthalpy を選択し、Apply

    ボタンをクリックしてから Liquid と FCC_A2 のチェックを外す。

    ●計算結果の説明(α鉄と ε鉄のエンタルピーの説明)

    ・圧力の低い場合は、α鉄のエンタルピーは小さいが、高圧では、ε鉄のエンタルピーのほ

    うが小さくなっている。

    ・α鉄のエンタルピーも ε鉄のエンタルピーも、圧力増加に伴い、ほぼ、直線に増加してい

    る。

    ε鉄

    α鉄

  • 31

    Gα(P,T)=Hα(P,T)-TSα(P,T)

    Hα(P,V)=Gα(P,V)+TSα(P,V)=Gα(P,V)-∂ Gα(P,V)

    ∂TT

    ●本ソフト(CaTCalc)を用いた α鉄と ε鉄のエンタルピーの式

    ・エンタルピーは以下のように自由エネルギーをベースに求めることができる。

    この式をエンタルピーで表すと、以下の式となる。

    ここで、自由エネルギーの計算には前述の式を用いている。本計算ソフトでは、自由エネ

    ルギーの式を基にエンタルピーを計算している。

    ●α鉄から ε鉄への転移熱の求め方

    ・鉄の温度を 25℃にして、圧力を 1bar から 20 万 bar まで計算した時の自由エネルギーの

    図の画面の上段の List をクリックすると以下の画面が表れる。

    の項と圧力の赤で囲まれた箇所から求める。

    ΔtrsHo=85.38-84.80=0.58(kJ)より、転移熱は 0.58kJ となる。α鉄を高圧で ε鉄に

    転移させるには 0.58kJ の熱が必要である。

  • 32

    課題 8:室温(25℃)において、1bar から 20 万 bar まで加圧した時の α鉄と ε

    鉄の個々のエントロピーの表示と、その結果について熱力学の基本式をベース

    に説明せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の α 鉄と ε 鉄の

    個々のエントロピーの表示方法)

    *課題 7 の設定条件同様、以下を行います。

    ①Axis タブを開く。

    ②[Y-Axis]-Variable のプルダウンメニューから Entropy

    を選択する。

    ③Apply ボタンをクリックする

    ④Liquid と FCC_A2 のチェックを外す。

    ●計算結果の説明(α鉄と ε鉄のエントロピーの説明)

    ・α鉄のエントロピーは ε鉄のエントロピーよりも全圧を通じて小さい。

    ・両者とも圧力が増加するとエントロピーの値は、曲線的に小さくなっている。

    ε鉄

    α鉄

  • 33

    ●本ソフト(CaTCalc)を用いた α鉄と ε鉄のエントロピーの式

    ・α鉄のエントロピー(Sα)は式は、以下のようになる。

    本ソフトでは、エントロピーの計算もエンタルピーの計算と同様に前記の自由エネルギー

    の式を用いて計算している。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(鉄のエントロピーの自動表示法)

    【設定条件】

    ・Calculate 画面にて Value は「1」、温度は「25」、圧力「1 200000 10000」を入力する。

    Equilibrium Calc を選択し、Caluculate を実行する。

    ・Axis 画面にて[Y-Axis]-[Variable]のプルダウンメニューから Energetic Quantities を

    選択し、Apply ボタンをクリックしてから Entropy(J/K)を選択する。

    エントロピーの圧力変化が下図のようにグラフ化される。

    ●計算結果の説明(鉄のエントロピー変化の表示)

    =Sα∂ Gα

    ∂T-

    1Fe T=25C

    CaTCalc

    Pressure (bar)

    100000

    Entr

    opy (

    J/K)

    27.2

    27

    26.8

    26.6

    26.4

    26.2

    26

    25.8

    25.6

    25.4

    25.2

    25

    24.8 123774.8バール

    α鉄

    ε鉄

  • 34

    ・α鉄のエントロピーは圧力の上昇と共に曲線的に減少している。25℃では、Sα=27.28J/K

    であり、転移圧力である 123774.8 バールでは Sα=24.80J/K、圧力変化によるエントロピ

    ーの変化は、ΔS=27.28-24.80(J/K)=2.48J/K と非常に小さい。

    ・転移圧力におけるエントロピーは、ΔS=26.72-24.80(J/K)=1.92J/K である。

  • 35

    課題 9:鉄を、常圧、1 万 bar、13 万 bar で、0℃から 2000℃まで加熱した時

    の比熱の変化を熱力学の基本式をベースに説明し、本ソフトを用いて個々の比

    熱を表示せよ。また、2 次転移(磁気相転移)についても説明せよ。

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の鉄の比熱の表

    示方法)

    これまでの説明のとおり、初期画面はいかのようになる。

    ①Temperature の項に 0 と 2000 を入力する。磁気相転移を正確にプロットしたいので、

    温度間隔は 10 と入力する。

    ②Pressure の項に 1 或いは 1.01325 を入力する。

    ③Equilibrium Calc を選択する。

    ④Calculate を実行する。

    ②③

  • 36

    ●計算熱力学ソフトの使用方法(温度一定で圧力変化させた時の自由エネルギ

    ーの表示方法)

    ①Axis タブを開く。

    ②[Y-Axis]-Variable のプルダウンメニューから Energetic Quantities を選択する。

    ③Apply ボタンをクリックする

    ④ Heat Capacity をチェックする。

    ・常圧における鉄の比熱の温度変化が下図のように表示される。

  • 37

    ●計算結果の説明(常圧で温度を 0℃から 2000℃まで昇温させた時の比熱の変

    化の説明)

    ●計算結果の説明(圧力を変化させた時の鉄の比熱の変化の説明)

    ・最初に、常圧下(P=1.01325bar)で、温度上昇に伴う比熱の変化を上図に示す。911.7℃

    の比熱の不連続な変化は α鉄から γ鉄への転移、1394.3℃の比熱の不連続な変化は、γ鉄か

    ら δ 鉄への転移である。すでにそれぞれの転移についてはエンタルピー、エントロピーの

    項で説明した。これらの転移は、後述する一次転移となる。

    ・それに対して、769.85℃での比熱の変化は、2 次転移であり、磁気相転移と呼ばれている。

    1Fe P=1bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    200015001000500

    Heat

    Capacity (

    J/K)

    55

    50

    45

    40

    35

    30

    25 911.7℃

    1394.3℃

    1537.8℃769.85℃

    磁気相転移 α鉄→γ鉄

    γ鉄→δ鉄

    δ鉄→液相

  • 38

    =-Cp/T∂2 ΔG

    ∂T2 Tt、P

    =-SΔG∂

    ∂T Tt、P

    (ΔG)Tt、P =0

    ●熱力学の基本式をベースにした鉄の比熱変化及び2次転移について

    α鉄と γ鉄の場合、すでに説明したように、高温では、二つの異なる結晶構造(密度)が

    存在し、α鉄から γ鉄に転移するときに転移熱が発生する。この種の転移は一次転移と呼ば

    れている。しかし、転移熱などの潜熱を伴わない転移も存在する。そこで、転移に関与す

    る相の自由エネルギーを温度(一定圧力)で微分して、転移の次数を熱力学的に定義して

    いる。例えば、関係している二つの相の自由エネルギーを温度で繰り返し微分した場合、

    平衡温度における両相の導関数の差が有限値となる最小微分回数を転移の次数としている。

    この定義に従うと、α 鉄から γ 鉄の転移の場合、圧力(P)、転移温度(Tt)における両者

    の自由エネルギーは等しいので、両者の自由エネルギーの差(ΔG)は以下のようにゼロと

    なる。

    また、ΔG の温度での微分は以下の式となる。

    このように、温度に関して一回の微分で、有限の値となるため、α鉄から γ鉄への転移は一

    転移となる。γ鉄から δ鉄への転移も、不連続で有限の値となるため、一次転移である。課

    題 4 のエンタルピーの図より、上記の転移温度でエンタルピーは不連続となっている。

    しかし、769.84℃における比熱の変化は、一回の微分では有限値とならなない。この温度

    におけるエンタルピーの変化は、課題 4 のエンタルピーの図を確認していただくとわかる

    が、この温度近傍でのエンタルピーの変化は全く認められない。そこで、さらに温度での

    微分を行うと、

    となる。このように自由エネルギーを温度で 2 回微分した時に有限値となるので、この温

    度での転移は、2 次転移と呼ばれる。この 2 次転移は、先述のように磁気相転移とも呼ばれ

    る。磁気相転移を伴う場合は、上記の自由エネギーの式に磁気の項を追加して計算する必

    要がある。ここでは比熱の計算に Inden 時期モデルを使用している。磁気項に関しては、

    非常に複雑な式となるので、興味のある方は、関連する文献を参照されたい。

  • 39

    ●計算結果の説明(常圧で、温度を 750℃から 800℃まで変化させた時の比熱

    の変化)

    ・2次転移近傍の比熱の変化は前図では明瞭でなかったので、温度範囲を 750℃から 800℃、

    ステップを 0.01 にして計算すると上図のようになる。769.85℃で明瞭に比熱が不連続にな

    っていることがわかる。

    1Fe P=1.01325bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    800790780770760750

    Heat

    Capacity (

    J/K)

    60

    59

    58

    57

    56

    55

    54

    53

    52

    51

    50

    49

    48769.85℃

  • 40

    ・2 次転移温度における比熱の変化は ΔtrsCp=52.064-60.3013=-8.237(J/K)である。

    ●2 次転移と磁気相転移について

    α 鉄は 769.85℃で 2 次転移を起こすが、この転移は磁気相転移と呼称され、また、この

    磁気相転移の温度はキュリー温度とも言われている。α鉄(フェライト)は、室温で磁石に

    強く引き付けられる「強磁性」という性質を持つ。鉄は元素周期表において第 4 周期に位

    置し、3d 軌道と呼ばれる状態を占める電子が、電子の回転運動である「スピン」の向きを

    揃えることで強磁性を発現している。

    ・上図の上段に α鉄の温度上昇に伴う飽和磁化の変化の模式図を示す。α鉄における磁気

    相転移(キュリー温度)温度は 769.85℃であり、その温度以上では強磁性の性質が失われ

    る。上図下段の左の模式図に示すようにキュリー温度よりも低い温度では磁気モーメント

    は部分的に整列しており強磁性を示す。温度がキュリー温度へと上昇するに伴い、上図下

    段の中央の模式図に示すように磁気モーメントの整列(即ち磁化)は減少する。キュリー

    温度以上では、磁気モーメントの整列は消失し、完全な常磁性となる。このように α 鉄の

    結晶構造は変化しないまま、結晶構造を構成する鉄原子の磁気モーメントが変化すること

    により転移が生じている。このような結晶構造の変化は伴わず、原子のスピンの向きの再

    強磁性 常磁性

    0 200 400 600 800 1000

    温度(℃)

    0

    0.5

    1.0

    飽和磁化(Is/Iso)

    769.85℃

  • 41

    - ∫To

    TS(Po,T)dTG(P,T) = + ∫

    Po

    pVm (P,To)dpG(Po,To)

    配列が生ずる 2次転移を磁気相転移と呼称している。

    ●計算結果の説明(圧力を 10000bar に加圧して、温度を 0℃から 2000℃まで

    変化させた時の比熱の変化)

    ・常圧から 1 万 bar まで圧力が上昇し、温度を 0℃から 2000℃まで変化させた時の比熱の

    変化を上図に示す。温度を To(K)から T(K)までと圧力を Po バールから P バールまで

    変化させた時の自由エネルギーの式は以下の式で与えられる。

    ここでは、圧力(P)を 1 万 bar に固定して、温度を 0℃(To)から 2000℃(T)まで変化

    させている。

    ・一次転移である α鉄から γ鉄への転移温度は、常圧の場合は 911.7℃であったが、1 万 bar

    の高圧では 827.3℃と転移温度は低くなっている。それに対して γ 鉄から δ 鉄への転移は、

    常圧で 1394.3℃であったが、1 万 bar の高圧では 1470.4℃と、常圧の時よりより高温で転

    移している。このように結晶構造によって圧力の変化に伴う転移温度も変化している。

    ・δ鉄から液相への変化は、常圧では 1537.8℃であったが、1 万 bar の高圧では、より高温

    の 1576.4℃へと変化している。

    ・2 次転移(磁気相転移)温度は、常圧から 1 万 bar まで高圧になっても温度変化は全く認

    められない。この程度の圧力の増加では鉄原子の磁気モーメントは変化しないようである。

    1Fe P=10000bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    200015001000500

    Heat

    Capacity (

    J/K)

    55

    50

    45

    40

    35

    30

    25 827.3℃

    常圧:1394.3℃

    常圧:1537.8℃

    769.85℃

    磁気相転移 α鉄→γ鉄

    γ鉄→δ鉄

    δ鉄→液相

    1470.4℃

    1576.4℃

    769.85℃

    常圧:911.7℃

  • 42

    ●計算結果の説明(圧力を 130000bar に加圧して、温度を 0℃から 2000℃まで

    変化させた時の比熱の変化)

    ・圧力を 1 万 bar から 13 万 bar まで増加させて、温度を 0℃から 2000℃まで変化させた

    時の比熱の変化を上図に示す。

    ・13 万 bar では、α鉄は存在せず、ε鉄に転移している。

    ・ε 鉄は 572.1℃までは安定に存在している。しかし、α 鉄のように比熱の不連続な箇所は

    認められない。すでに、実験的(メスバウワー分光実験)に確認されているが、ε鉄の磁性

    は常磁性である。このため、この温度範囲での 2 次転移は存在しないと類推できる。

    ・ε鉄は 572.1℃で γ鉄に転移する。γ鉄は常磁性であるが、1540℃近傍で比熱が急に上昇

    している。この温度範囲を正確に表示したのが上図の右下の図である。この図から比熱の

    不連続点は認められない。よってこの比熱の増加は 2 次転移ではないと類推できる。

    ・以上にように本ソフトを用いることにより、高温・高圧における鉄の結晶構造の変化並

    びに磁気特性の変化を容易に知ることができるが、今後、データベースの更新により、変

    化する可能性もある。

    1Fe P=130000bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    200015001000500

    Heat

    Capacity (

    J/K)

    44

    42

    40

    38

    36

    34

    32

    30

    28

    26 572.1℃ε鉄→γ鉄

    ε鉄→液相

    1908.4℃

    1Fe P=130000bar

    CaTCalc

    Temperature (C)

    1550154015301520

    Heat

    Capacity (

    J/K)

    39

    38.95

    38.9

    38.85

    38.8

    38.75

    38.7

    38.65

    38.6

    38.55

    38.5

  • 43

    = -S∂G

    ∂T

    G ∫To

    TtS dp= Go -

    =GαT H αT αTtST-

    =GγT H γT γTSTt-

    Tt=ΔH/ΔS

    GγT-GαT=(HγTーHαT)-(SγTーSαT)(Tt)=0

    課題 10:常圧下で α鉄が γ鉄に転移する温度、及び常温下で α鉄が ε鉄に転移

    する圧力を求めよ。

    ●常圧下で α鉄から γ鉄への転移温度を求めるための熱力学の基本式

    常圧下(1.01325bar)で温度が変化する場合の α鉄の自由エネルギー(G)の勾配は、α

    鉄のエントロピー(S)に比例するので以下のようになる。

    To(K)から転移温度(Tt)まで積分すると

    となる。しかし、常圧下では、先述のように α 鉄の自由エネルギーは以下の式で与えられ

    る。

    また、γ鉄の自由エネルギーも以下の式で与えられる。

    α鉄が γ鉄に転移する時の両者の自由エネルギーは等しくなるので、

    となる。これより、以下の式で転移温度を求めることができる。

    ここで、エンタルピーの差(ΔH)は 1.013(kJ/mol)、エントロピーの差(ΔS)は 0.855(J/molK)

    であるので、転移温度(Tt)は

    Tt=1184.8K となる。

    この温度は温度の単位を℃で表すと、911.7℃であるので、計算ソフトで求められた転移温

    度と近い値となっている。以下に計算に使用した表を示す。

  • 44

    G ∫Po

    pV dp= Go +

    Gα=Gαo+Vαm(P-Po)

    Gε=Gεo+Vεm(P-Po)

    GαーGε=(GαoーGεo)+(VαmーVεm)(Ptr-Po)=0

    Ptr=Po-ΔGo/ΔVm

    ●常温(25℃)で α鉄から ε鉄への転移圧力を求めるための熱力学の基本式

    ・すでに説明した自由エネルギー(G)の式を Po バールから P バールまで積分すると以下

    の式となる。Go は標準自由エネルギーである。

    ・α鉄について、V がほぼ一定と仮定して(20GPa ではあまり良い近似ではないが)、

    上記の式を積分すると、

    同様に ε鉄についても積分を行うと

    α鉄が ε鉄に転移する圧力を Ptr とすると、転移圧力での α鉄と ε鉄の自由エネルギーは等

    しくなり、その差はゼロとなる。

    この式を Ptr について解くと、

    ここで Po は 1bar である。上記の式で、ΔGo と ΔVm を求めることができると、転移圧力

    ΔH=1.01293(KJ/mol) ΔS=0.85493(J/molK)Tt=1184.8K=911.7℃

  • 45

    を求めることができる。ここでは、すでに本ソフトにより、転移圧力は求められているが、

    具体的な転移圧力を求める方法を以下に示す。

    ●圧力を変化させた時の α鉄から ε鉄への転移温度を求める方法

    ・前述の個々の自由エネルギーを求めるための方法の中で、Calculate 画面の圧力 P の項に

    1.013 を入力して計算すると以下の表が得られる。ここでは、わかりやすくするため、画面

    は加工している。

    ・この表より ΔGo=-8.13+3.69=-4.44(kJ/mol)=-4.44×103(J/mol)

    ・転移温度におけるモル体積の変化は、同様に圧力の項に 124774.8 を入力すると以下の表

    が得られる。実際の表をわかりやすくするため加工している。

    ・上段の赤枠で、α鉄と ε鉄の両者の自由エネルギーが一致していることがわかる。

    ・α鉄と ε鉄のモル体積の変化は、Vm = 6.65-6.30=0.35×10-6(m3/mol)となる。

    ・両者の値を用いて Ptr = 1+4.44×103/(0.35×10-6)=1.27×1010(Pa)

    =1.27×105(bar)となる。

    ・計算ソフトによる Ptr の計算値は Ptr = 1.25×105(bar)となり、両者の値はほぼ一致

    している。

    ・以上のように、転移の時の ΔV や ΔG が既知であれば、α鉄から ε鉄への転移圧力を簡単

    に求めることができる。

  • 46

    dGα=VαdP-SαdT

    dGε=VεdP-SεdT

    dP/dT=ΔS/ΔV=ΔH/TtΔV

    課題 11:高温高圧下で、γ 鉄が δ 鉄に転移する時の温度と圧力の関係をクラペ

    イロンの式を基に説明し、以下の問いに答えよ。

    問題.α鉄は 390℃(T)、100889.8bar(P)で ε鉄に転移する。この α鉄をさ

    らに 400℃(T1)まで加熱した時、この転移を維持するためにはどのようにし

    たら良いか。ただし、ε鉄のエントロピーは、400℃で α鉄より 1.723(J/mol)(ΔS)

    大きく、体積は 0.290×10-6(m3/mol)(ΔV)だけ小さい。

    ○クラペイロンの式

    ・α鉄について温度 T(K)と圧力 P(bar)による α鉄の自由エネルギー(Gα)の変化は

    以下の式で与えられる。

    ここで、Vαは α鉄のモル体積、Sαは α鉄のエントロピーである。

    同様に、ε鉄についても、温度 T(K)と圧力 P(bar)による ε鉄の自由エネルギー(Gε)

    の変化は以下の式で与えられる。

    上記と同様に Vεは、ε鉄のモル体積、Sεは、ε鉄のエントロピーである。

    ・α 鉄が、温度 T(K)で圧力 P(bar)の時、ε 鉄に転移したとすると、両者の自由エネル

    ギーは等しくなるので、以下の式となる。

    この式より、以下のクラペイロンの式が得られる。

    ここで Tt は転移温度である。

    問題.α 鉄は 390℃(T)、100889.8bar(P)で ε 鉄に転移する。この α 鉄をさらに 400℃

    (T1)まで加熱した時、この転移を維持するためにはどのようにしたら良いか。ただし、ε

    鉄のエントロピーは、400℃で α 鉄より 1.723(J/mol)(ΔS)大きく、体積は 0.290×

    10-6(m3/mol)(ΔV)だけ小さい。

    (1)自由エネルギーの式

    「解」100889.8bar、400℃では、α鉄が ε鉄に変化するときの自由エネルギーの変化は

    dGα-dGε=(Vα-Vε)dP-(Sα-Sε)dT=0

  • 47

    ΔS=1.723(J/mol) ΔV=-0.290×10-6(m3/mol)ΔH=1.16(kJ/mol) ΔG=0.0

    ΔG=(Gε‐Gα)= ΔS(T‐T1) = -1.723 × (673-663)

    = -17.23(J/mol)

    である。つぎに、転移を維持するため、400℃で圧力を P(bar)に変化させた時の α 鉄か

    ら ε鉄への自由エネルギーの変化を ΔG1 とすると、以下の式となる。

    ΔG1=-17.23+ΔV(P-100889.8)

    α鉄と ε鉄が平衡状態にあるためには

    ΔG1=-17.23-0.290×10-6(P-100889.8)= 0

    となるため、

    (P-100889.8)= -594.1bar

    よって、

    P=100296bar

    となり、実際の計算値とは少し異なるが、ほぼ近い値となっている。

    (2)クラペイロンの式を基に

    「解」 ΔP = (-1.723)×(400-390)/(-0.290×10-6)

    となり上式と同様に

    ΔP=-594.1bar

    となる。

    以上にように本ソフトを用いてクラペイロンの式を検証することも可能である。

    参考のために、本計算に用いた α 鉄と ε 鉄の自由エネルギー、エンタルピー、エントロピ

    ー、モル体積の計算結果を示す。

  • 48

    G=a+bT+cTln(T)+ΣdTn

    =-a-cT-Σ(n-1)dTnH=-T2(G/T)∂

    ∂T P

    補足説明

    本ソフトで用いられる Gibbs Energy を求める式と、エンタルピーとエントロピーから

    Gibbs Energy を求める式について

    (Ⅰ)本ソフトで用いられる Gibbs Energy についての要点

    1.系の熱平衡状態は、温度 T、圧力 P の元では Gibbs energy が最小の状態である。これ

    は(多元素・多成分の)複数の相で構成される場合も成立する。

    2.一つの物質の一つの相に関しては、温度 T、圧力 P の関数として一つの Gibbs energy

    関数が対応する。この Gibbs energy はその相の体積(V)、エントロピー(S)により、

    dG=VdP-SdT という形で変化する。また、S の変化 dS=Cp/TdT である。

    3.ある物質に対して、ある相 A が他の相 B に変化するとき、その転移点で GA=GB となる

    が、V も S も異なる。よって転移点で吸発熱、体積変化が起きる。(クラウジウス・ク

    ラペイロンの式)。

    4.熱力学データベースには、各物質の各相の Gibbs energy 関数が温度・圧力等の関数と

    して収録されている。Gibbs energy の式については、8 項で説明を行う。

    5.固相の比熱は物質に依らず Debye の比熱式で大まかには表現出来る。高温では一定値

    になるという Dulong - Petit の法則もよく成り立つ。この他、電子比熱や熱膨張など

    の効果や固溶体では混合エントロピーもあるが、CpやSは大まかには定まる。よって、

    各物質の各相の Gibbs energy の差異は H の寄与が大きい。

    6.固相の体積は小さいので体積弾性率(普通>10GPa)より十分小さい通常の圧力では

    VdP の寄与は無視できる。

    7.液相の体積弾性率は小さいがそれでも 1GPa 程度。臨界点以上で気相との区別が無く

    なる。材料化学系の熱力学データベースでは普通、理想気体。地質系では高圧用のデ

    ータも収録されている。

    8.上記の基本概念をベースに、体積弾性率の小さい通常の圧力では、Gibbs energy(G)

    は以下の式で与えられる。a、b、c、d、n(べき乗)等のパラメータは各物質の各相に

    対して与えられている。

    なお、現状では標準状態温度(25℃=298.15K)以上のデータが普通に用いられている。

    ○エンタルピー(H)は G/T を温度で微分して以下の式で与えられる。

  • 49

    S=-G∂

    ∂T P=-b-c-cln(T)-ΣndTn-1

    ∂2 G

    ∂T2P

    Cp=T =-c-Σn(n-1)dTn-1

    =GT HT - TST

    ここで、パラメータ a は、後述する物質の標準生成エンタルピー(ΔHo298)とある常

    数(c)の和となる。

    ○エントロピーは G を温度で微分して以下のように与えられる。

    ○比熱は G を温度で2階微分して以下の式で与えられる。

    以上のように、熱力学で重要な、エンタルピー(H)、エントロピー(S)、比熱(Cp)

    は Gibbs energy を温度で微分することにより求められる。

    9.圧力が変化する場合は、前述の Gibbs energy に加えて体積積分の項が必要である。よく

    使われるのは Birch-Murnaghan や Grover による状態方程式に基づくものである。本事

    例集では、圧力変化を伴う Gibbs energy の式は、今のところ提示しないが、圧力変化を

    表す Gibbs energy の式のパラメータとしては、基本的にモル体積、膨張率、圧縮率(体

    積弾性率)、及びその圧力微分が必要とされ、若干複雑な式となる。また、磁気に関する

    Gibbs energy の式も、圧力の式と同様に非常に複雑な式となるので、ここでは省略する。

    ただ、それぞれは Gibbs エネルギーに対する寄与として表現されるので、それぞれのエ

    ンタルピー、エントロピー、比熱への寄与も温度で微分することにより求められる。具

    体的な計算事例として、本事例集の鉄の状態図の説明を参照して欲しい。

    (Ⅱ)エンタルピーとエントロピーから Gibbs energy を求める式

    エンタルピー、エントロピー、比熱の定義から Gibbs energy を求める方法がある。た

    だし、この方法は、6 の項で説明しように、体積弾性率が 10GPa より十分小さい場合の

    み使えるものであり、高温・高圧や磁気相転移等を含む一般の場合は、本ソフトで使用

    している前述の Gibbs energy の式を用いなくてはならない。

    ○Gibbs energy は、エンタルピーとエントロピーを用いての以下の式で与えられる。

    上記の式は、後述するようにエンタルピーとエントロピーを温度の関数として表示する

    と、本ソフトで用いる Gibbs energy の式と一致する。

  • 50

    ∫298

    TCpdTH298+HT=⊿

    Cp = a+b×10-3T+c×105T-2

    ∫298

    T(Cp/T)dT298STS

    = +⊿

    =GT HT - TST

    HT

    - ∫298

    TCpdT=H298⊿ aT+b×10

    -3T2+c×105T-1-C=

    ○エンタルピーの式は、以下の式で与えられている。

    ここで、ΔHo298は標準生成エンタルピー(ΔfHo)である。Cp は比熱であり、例えば以下の

    式で与えられている。

    a、b、c の各パラメータは実験的に求められており、代表的な物質については、熱力学の教

    科書に掲載されている。上記の式を温度 T で積分すると以下の式になる。

    このようにエンタルピーの式を温度の関数として求めると、本ソフトで用いているエンタ

    ルピーの式と一致する。両式を比較すると、本ソフトで用いているエンタルピーのパラメ

    ータ(a)は標準生成エンタルピー(ΔHo298)と常数(c)の和となる。

    ○エントロピーは以下の式で求められる。

    ここで、ΔSo298は標準エントロピーである。このエントロピーの式も 298℃から温度 T まで

    積分すると温度の関数として表されるので、エンタルピーの式と同様に、本ソフトで用い

    るエントロピーの式と一致する。

    ○最初に説明したように Gibbs energy は、上記のエンタルピーとエントロピーの式より

    以下のように与えられる。

    (Ⅲ) まとめ

    エンタルピーとエントロピーから求められる Gibbs energy の式は、本ソフトで用いて

    いる Gibbs energy の式と基本的に違いは無い。しかし、精度を求められる状態図の計算

    などの実利用には不十分な場合が多い。本稿は、熱力学の基本概念を、入門書をベース

    に勉強されてきた方には、本ソフトでの計算プロセスを理解しにくいことも多々あるの

    ではないかと推察されるため、その理解の一助として記述したものである。

  • 51

    ●参考にした文献

    1)上原邦夫他:“固体の熱力学”、コロナ社(1965)

    2)山口喬:“入門化学熱力学”、培風館(1971)

    3)平野賢一他:“平衡状態図の基礎”丸善(1971)