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建設労務安全 23・9 32 平成21、22年の交通労働災害による死 亡者は共に45人で、ここ数年横ばい状況 です。そのうち、現場内の交通労働災害 は、21年は17人で前年より6人増加、22 年は9人と大きく減少しました。ここ5 年間の年平均は13人です。 自動車等による交通労働死亡災害は全 体の12%に当たり、墜落・転落(40%)、 建設機械等(16%)に次いで多く発生し ています(「建設業安全衛生早わかり23 年度版」建災防)。 これとは別に建設業の交通事故は、軽 自動車トラック(軽トラック)によるも のが多いようです。特に、地方の現場で は軽トラックの使用が多いからと思われ ます。軽トラック事故の多くは、通勤や 仕事場に向かう途中の道路交通事故です。 原因を調べたいと事例を収集しました が、交通事故として処理されるからか、 災害事例集での事例が非常に少なく、適 切な事例が見当たりませんでした。 そこで今回は、場内交通労働災害を中 心に集めました。一般に建設現場内は道 路法による道路に該当しませんから、道 路交通法は適用されません。 安衛法令には交通労働災害防止に該当 する規定はありませんが、車両系建設機 械や車両系荷役運搬機械等、軌道装置等 の運用規定があります。車両系荷役運搬 機械等には、フォークリフト、ショベル ローダー、フォークローダー、ストラド ルキャリヤー、不整地運搬車、構内運搬 車、貨物自動車があります。 秋の全国交通安全運動が、9月21日か ら9月30日まで開催されます。交通労働 災害をなくしましょう。 災害事例に学ぶ安衛法令 本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者 と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安 衛法令を考える。今回は、建設工事現場内で発生した交通 労働災害を紹介する。 (編集部) 労働安全コンサルタント 笠原 秀樹 工事現場の交通労働災害 後退中のトラックに轢かれる

災害事例に学ぶ安衛法令...2011/09/01  · 建設労務安全 23・9 33 1 後退中のトラックを横切ろうとして荷台と外壁に挟まれた 災害事例に学ぶ安衛法令

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建設労務安全 23・932

平成21、22年の交通労働災害による死

亡者は共に45人で、ここ数年横ばい状況

です。そのうち、現場内の交通労働災害

は、21年は17人で前年より6人増加、22

年は9人と大きく減少しました。ここ5

年間の年平均は13人です。

自動車等による交通労働死亡災害は全

体の12%に当たり、墜落・転落(40%)、

建設機械等(16%)に次いで多く発生し

ています(「建設業安全衛生早わかり23

年度版」建災防)。

これとは別に建設業の交通事故は、軽

自動車トラック(軽トラック)によるも

のが多いようです。特に、地方の現場で

は軽トラックの使用が多いからと思われ

ます。軽トラック事故の多くは、通勤や

仕事場に向かう途中の道路交通事故です。

原因を調べたいと事例を収集しました

が、交通事故として処理されるからか、

災害事例集での事例が非常に少なく、適

切な事例が見当たりませんでした。

そこで今回は、場内交通労働災害を中

心に集めました。一般に建設現場内は道

路法による道路に該当しませんから、道

路交通法は適用されません。

安衛法令には交通労働災害防止に該当

する規定はありませんが、車両系建設機

械や車両系荷役運搬機械等、軌道装置等

の運用規定があります。車両系荷役運搬

機械等には、フォークリフト、ショベル

ローダー、フォークローダー、ストラド

ルキャリヤー、不整地運搬車、構内運搬

車、貨物自動車があります。

秋の全国交通安全運動が、9月21日か

ら9月30日まで開催されます。交通労働

災害をなくしましょう。

災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令

労働安全コンサルタント

笠原 秀樹労働安全コンサルタント

笠原 秀樹

本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安衛法令を考える。今回は、建設工事現場内で発生した交通労働災害を紹介する。� (編集部)

災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令

労働安全コンサルタント

笠原 秀樹労働安全コンサルタント

笠原 秀樹

工事現場の交通労働災害

後退中のトラックに轢かれる

33 建設労務安全 23・9

後退中のトラックを横切ろうとして荷台と外壁に挟まれた 後退中のトラックを横切ろうとして荷台と外壁に挟まれた 1

災害事例に学ぶ安衛法令

●発生状況現場に資材を搬入する4トントラックが、警備員(交通誘導員)の誘導で後退中、被災者

(配管工、78歳・経験27年)がトラックの後方を横断しようとして荷台と外壁に挟まれた。

●なぜ…… 元請:交通誘導員の不適切な選択と指導不備 事業者: (被災者)高齢者への配慮の不適切、トラック運転手の車両後

退時の誘導無視、交通誘導員の車両誘導の不備事例シートは原因を、トラック運転手が交通誘導員の誘導指示を無視した、被災者が近

道行動を行った――等を挙げています。

交通誘導員の誘導位置が被災者の見えない個所にいたこと(=誘導技量の不足)、被災

者が運転者の死角に入っていたことが考えられます。

●こうする……元請:警備会社に再教育を要請、場内安全通路の確保 事業者:高齢者の適正配置(2人作業)、近道行為の危険を教育周知1.交通誘導員の教育が不適切であったと思われ、警備会社に改善と再教育を求めます。

2.資材搬入業者へ、事例の周知と運転者への注意指導を求めます。

トラックは車両系荷役運搬機械等の「貨物自動車」に該当します(※1)。

事業者は、車両系荷役運搬機械等を用いて作業を行うときは、「運転中の車両系荷役運

搬機械等又はその荷に接触することにより労働者に危険が生ずるおそれのある箇所に労

働者を立ち入らせてはならない。ただし、誘導者を配置し、その者に当該車両系荷役運

搬機械等を誘導させるときは、この限りでない」としています(※2)。

誘導者に誘導方法や資格等の規定はありませんが、運転者は誘導者の誘導に従わなけ

ればなりません(※3)。

3.被災者は78歳と高齢であり、敏速な判断と行動ができなかったこと(反応速度の低下)

が想定されます。事業者の中高年齢者に対する適正配置が求められます(※4)。安衛

法令では中高年齢者が何歳からという定義はありませんが、一般的に65歳以上を目安に

建設労務安全 23・934

●発生状況職長である被災者(舗装工、32歳・経験5年)は、道路舗装工事中、後退してきたト

ラクターショベル(ホイール型)に接触し両恥座骨骨折等の負傷を負った。

●なぜ…… 元請:立入禁止措置及び誘導者の選任等の指導不足 事業者:立入禁止措置の未設定及び誘導者の未選任

事例シートは、原因を作業者相互の合図確認不足と、被災者がトラクターショベルの進

路に立ち入ったこととしています。当該個所が道路か現場敷地内かは不明です。

●こうする……元請: 作業計画の作成と指導 事業者:誘導者の選任と合図の統一1.トラクターショベルは、車両系建設機械の「整地・運搬・積込み用機械」に該当します。

車両系建設機械ですから、運行経路や作業方法等の作業計画の作成(※1)、作業を行う

しています。

4.場内に安全通路(作業通路)を床面の線引きやガードフェンス等で表示・区画し、通

路を保持します(※5)。

《参考》当該事例とは無関係ですが、現場前の道路で交通整理をしていた警備員が交通災

害に遭ったとき、一般的には現場の労働者災害補償保険(労災保険)ではなく、警備員の

所属する警備会社の労災保険が適用されます。これは建設会社と警備会社の契約が「委託」

であることによります。したがって、警備会社の労災保険が適用されますから、当該現場

の労働災害にはカウントされません。しかし例外的に、労働保険の保険料の徴収等に関す

る法律第8条の請負契約と判断された場合は、当該建設現場の労災保険が適用されます(平

11・10・4 労徴発第85号、事務連絡)。

【関連条文】 ※1(安衛則第151条の2)、※2(安衛則第151条の7第1項)、※3(同条第2項)、※4(安衛法第62条)、※5(安衛則第540条)

道路舗装工事中、後退してきたトラクターショベルに轢かれた道路舗装工事中、後退してきたトラクターショベルに轢かれた2

35 建設労務安全 23・9

ときは運転中の当該機械へ労働者の接触防止の措置(立入禁止または誘導者の配置)が必

要です(※2)。誘導者を置くときは合図の統一を行います(※3)。

元請は工程表と施工計画等を作成し、関係請負人が作成する作業計画等について適切に

指導します(※4、5)。

2.事例のホイール型のトラクターショベルは、動きが速く行動範囲が広い機械です。

トラクターショベルは運転者の死角が多いことから、事業者は誘導者を選任し、運転者

に誘導者の合図に従うよう指示します。緊急に作業エリアに立ち入るときは運転者に合図

を行い(グーパー運動等)、運転者が確認してから立ち入ります。

3.元請は、トラクターショベルの後退時に超音波で人を感知し、警告音や警告灯で作業者

と運転者に知らせる装置の取り付け等を機械等貸与者に要請します。

また、トラクターショベルと同じく、舗装工事で広く使われるタイヤローラー、振動ローラ

ーは、前進 ・ 後退時に運転者の死角が多く、類似の轢かれ災害が多数あります。作業者に災

害事例や死角範囲図を示し、ミーティング等で注意を喚起します。

災害事例に学ぶ安衛法令

【関連条文】 ※1(安衛則第155条)、※2(同158条)、※3(同159条)、※4(同638条の3)、※5(同638条の4)

トンネル工事で測量作業中に高所作業車に轢かれたトンネル工事で測量作業中に高所作業車に轢かれた3

●発生状況鉄道のトンネル工事現場で被災者(JV職員)と同僚3人は、掘削作業等が行われない休

日(日曜日)に測量作業を行っていた。当日は、トンネルの掘削位置を決める装置の移設作業と測量が同時に行われていた。被災者はターンテーブル付近で屈んで測点設置作業を行っていたところ、同僚が高所作業車を運転し被災者に気づかずに轢いてしまった。

●なぜ…… 元請:休日作業の気の緩みと仲間意識による打合せ不足事例シートは原因として、坑内の照明が暗く、屈んだ被災者を高所作業車の運転者から

見えなかった、測点設置場所の打合せ不十分、高所作業車の運転者の思い込み違い、誘導

者不在、測点設置個所を容易に確認できる警告灯やカラーコーン等の措置がなかったこと

建設労務安全 23・936

道路舗装工事で屈んで作業中、後退してきたダンプに轢かれた道路舗装工事で屈んで作業中、後退してきたダンプに轢かれた4

【関連条文】 ※1(安衛則第604条)、※2(同541条)、※3(同158条)、※4(昭47・9・18 基発第601号の1)、※5(安衛則第194条の9)

を挙げています。

●こうする……元請:休日勤務時に統責者が休みのときは代理者を指名する1.休日作業でも通常の坑内照明を確保します。

照明が暗かったことは休日作業のため、平常時より照明を落としていたようです。作

業場所の照度の確保は安全作業にとって重要なことです。安衛法は照度の確保を粗な作

業でも70ルクス以上としています(※1)。また、通路では正常な通行を妨げない程度

の適度な照度を求めています(※2)。

トンネル等の狭い空間域で回転警告灯などの設置は、光が分散しちらついて気持ちが

集中できないことがあります。局所照明で対象物を照らし、カラーコーン等を広めに区

画し誘導者を配置します(※3)。また、車両系建設機械に接触することにより労働者

に危険が生ずるおそれのある個所には、機械の走行範囲のみならず、アーム、ブーム等

の作業装置の可動範囲内も含まれます(※4)。

2.高所作業車を用いるときは、あらかじめ作業計画を定めて作業を行います(※5)。

3.測量と装置の移送作業を同時に行うときは、相互の作業調整を十分に行い、その結果

を作業者全員に周知し、仲間意識による慣れを排除します。

4.休日作業は現場の様子が普段と違うこともあり気が緩みがちです。いつも通り、ラジ

オ体操や朝礼等の行事を省略せず、日常業務を行います。

●発生状況被災者(普通作業員、年齢・経験不明)は仲間15人と道路舗装工事を行っていた。被災

者は一般車両が工事工区前の道路を通行するときに、作業者に車両の通行を知らせる仕事を指示された。午前中に道路の縦半分が完了。午後の工事で、被災者は通行車両が少なか

37 建設労務安全 23・9

災害事例に学ぶ安衛法令

ったため仲間の仕事を手伝い始めた。そのときアスファルトを積んだダンプトラックが後退してきて、屈んでいた被災者に気づかずに轢いてしまった。

●なぜ…… 元請: 交通誘導員の配備等安全管理 ・ 指導の不備(道路使用許可書の許可条件)

事業者:場内(路上)誘導者の未配置、慣れによる危険意識の欠如ダンプトラックが誘導者なしに、後退して場内に乗り入れてきたため、運転手は屈んで

いた被災者が死角に入り見えませんでした。この事業場では場内への車両の乗り入れは、

以前から“誘導者なし”で行われていた様子です。交通誘導員に契約業務以外の作業等を

行わせてはなりませんが、事例のような仲間内の作業者が誘導者のときは、つい手伝うこ

とがありがちで注意が必要です。

被災者は、間近に接近したダンプトラックに気づいていませんから、就業経験が浅く高

齢者で聴力等に問題があったかもしれません。再発防止のため、被災者の「なぜ」を追求

してほしいのです。

●こうする…… 元請: 作業計画(安衛則638条の3、同4)、事業者への安全教育指導・支援

事業者: 作業計画作成、誘導者の選任、作業指揮者の選任、外部機関による事業者及び作業者の安全衛生教育

1.一般車両の交通整理専門の交通誘導員を配備します。

2.車両系荷役運搬機械(ダンプトラック)の後退での場内走行には誘導者を選任し、運

転者は誘導に従うよう指導します(※1)。

3.事業者は作業場所の作業経路や作業方法等を記した作業計画を作成し、現場では作業

手順書等で関係作業者に周知します(※2)。

4.事業者は、車両系荷役運搬機械等を用いて作業を行うときは、作業指揮者を選任し、

その者に作業計画に基づいた指揮をさせます(※3)。

「車両系荷役運搬機械等作業指揮者に対する安全教育について」は、通達(平4・

12・11 基発第650号)による実施要綱があります。カリキュラムは作業指揮者の職務、

作業、災害事例、関係法令等7時間で、事業者に代わり安全衛生団体が実施した場合は

修了証が交付されます。一般に作業指揮者には、作業主任者のような法的な資格や職務

はありませんが、選任には職長またはそれに準ずる人材が望ましいところです。

アスファルト舗装現場でアスファルトを積んだダンプトラックが入場してきたのです

から、現場ではアスファルトフィニッシャーやタイヤローラー等の車両系建設機械が稼

動しています。作業の主力はこのほうにあって、被災者の場所は作業指揮者の注意が行

き届かなかった懸念があります。

作業指揮者の選任数に規定はありませんから、正・副を選任し、職務を分担・調整する

方法もあります(※3)。

【関連条文】 ※1(安衛則第151条の7)、※2(同151条の3)、※3(同151条の4)