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2010 年 4 月 19 日発行 米国の国家輸出戦略 ~「5 年で輸出倍増」計画の概要と実現可能性~

米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

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Page 1: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

2010 年 4 月 19 日発行

米国の国家輸出戦略~「5 年で輸出倍増」計画の概要と実現可能性~

Page 2: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

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<要旨>

・ オバマ大統領は、就任 2 年目の一般教書演説で、今後 5 年間で輸出を倍増させ、200 万

人の雇用を創出する「国家輸出戦略(NEI)」を打ち出した。年ベースで見ると米国の

財・サービス輸出が 5 年前と比較して倍増した期間は 1974~76 年だが、月次ベースの

「瞬間風速」ではリーマン・ショック直前の 2008 年 7 月にも 5 年前比で倍増に近い実

績がある。計測の起点を 2009 年の年ベースとするか、リーマン・ショック後の輸出の

底である 2009 年 4 月とするかで、達成すべき輸出の水準は 2,000 億ドル近く変わる点

には留意が必要である。

・ 米国の輸出関数を価格要因(ドル実質実効為替レート)および所得要因(輸出市場成長

率)により推計し、為替レートの推移に応じたシミュレーションを行うと、年ベースで

輸出倍増目標を達成するには劇的な為替調整が必要だが、月次ベースでは緩やかな為替

調整でも目標達成に近い状況に達することが示唆された。

・ 米国内では、為替調整なくして輸出倍増は不可能との論調が議会を中心に強まってお

り、特に中国人民元改革が強く要請されている。オバマ政権は、中国を為替操作国には

認定せず、自発的な改革を見守る姿勢を維持すると考えられるが、高まる議会の要求を

どうガス抜きしていくのか、難しい政策運営を迫られよう。

・ オバマ政権は、輸出促進の手段として、新たな通商合意と既存の通商法の執行強化、中

小企業向けの輸出支援等の諸施策を推進する方針を示している。環太平洋戦略的経済連

携協定(TPP)などの新たな通商合意は、実現したとしても輸出倍増の起爆剤というよ

り下支え役程度にとどまるであろう。各種の輸出支援措置は、閣僚レベルにランクアッ

プされたものの、実効性は未知数である。このため、オバマ政権は各国に対して貿易政

策・慣行の是正要求圧力を一段と強める可能性がある。

・ 輸出倍増目標を打ち出したオバマ政権の狙いは、議会で高まる保護主義圧力のカウンタ

ーバランスとして、「輸出=雇用創出」を掲げることにある、との見方がある。しかし、

かえって人民元切り上げ要請を勢いづかせる皮肉な結果をもたらしており、輸出と雇用

創出の関係を強調するレトリックは、雇用情勢の低迷が続けば貿易が一層スケープゴー

トになり、保護主義圧力を助長するリスクをはらんでいる。

本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、

当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではあり

ません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。

本誌に関するお問い合わせ先 みずほ総合研究所(株) 政策調査部

主任研究員 西川珠子

Tel(03)3591-1310

E-mail:[email protected]

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目次 1. はじめに ···································································································· 4 2. 米国の輸出構造 ··························································································· 4 (1) マクロ的に見た輸出の位置づけ ··································································· 4 (2) 品目別・国別輸出の特徴 ············································································ 6

3. オバマ政権の輸出倍増計画 ············································································ 7 (1) 国家輸出戦略(NEI)の概要······································································· 7 (2) 地域・品目別の「数値目標」設定の可能性 ···················································· 9

4. 輸出倍増計画の実現可能性 ···········································································11 (1) 過去の輸出倍増「実績」 ··········································································· 11 (2) 輸出の決定要因························································································12 (3) 為替調整を巡る議論 ·················································································14 (4) 新たな通商合意と通商法の執行強化 ····························································16 (5) 輸出促進のための諸施策 ···········································································18

5. おわりに オバマ政権の通商政策の方向性 ····················································· 19

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1. はじめに

オバマ大統領は、2010 年 1 月 27 日の一般教書演説で、今後 5 年間で輸出を倍増させ、

200 万人の雇用を創出する「国家輸出戦略(the National Export Initiative、NEI)」を打

ち出した(図表1)。金融危機対応が待ったなしだったオバマ政権にとって、就任 1 年目は

通商政策に割くことができる政治資本(Political Capital)は限られていた。しかし、米国

経済が金融危機後の New Normal を模索する中で、消費主導の成長から輸出への依存度を

高めざるをえない状況となっており、通商政策の優先順位は高まる方向にある。 米国の輸出額は 2009 年時点で約 1.6 兆ドルであり、5 年間で倍増させるとすれば年率

15%の高い伸びを維持し、2014 年に 3 兆ドルを超える必要がある。オバマ政権は、この野

心的な目標をいかに達成するつもりなのか。本稿では、首都ワシントン DC での米政府・

議会関係者、民間エコノミスト等を対象としたヒアリング(2010 年 3 月 10 日~12 日)の

結果を織り交ぜつつ、「国家輸出戦略」の概要と実現可能性を整理・検証する。

図表 1: 一般教書演説で表明された国家輸出戦略(NEI)

我々は、より多くの米国製品を輸出する必要がある。より多くの製品を作り、他国に売れ

ば、米国内でより多くの雇用を支えられるからだ。今後 5 年間で輸出を倍増し、米国内の

200 万人の雇用を支える目標を設定する。目標達成のために、農家や中小企業の輸出拡大を

支援し、国家安全保障と整合性のある輸出管理制度の改革を行う国家輸出戦略を始動させ

る。

我々は、競合国と同様、積極的に新たな市場を求めねばならない。他国が貿易協定に署名

しているのを傍観していれば、米国内で雇用を創出する機会を失うだろう。しかし、貿易協

定の恩恵を実現するためには、貿易相手国がルールに基づいて行動するように貿易協定を執

行することも必要である。国際市場を開放するドーハ合意を形成する努力を続け、アジアや

韓国、パナマ、コロンビアのような主要な相手国との貿易関係を強化する理由はそこにある。

(資料)The White House (2010a)より作成

2. 米国の輸出構造

(1) マクロ的に見た輸出の位置づけ NEI の実現可能性を検討する準備として、まず米国の貿易(輸出)構造について整理し

ておこう。 米国の財・サービス輸出は、2000 年代後半以降順調に拡大を続け、一時は 2 兆ドルをう

かがう勢いであったが、金融危機に伴う世界経済の低迷により、2008 年 7~9 月期のピー

クから 2009 年 4~6 月期の底までに 4,194 億ドル(GDP 比 3%相当)減少し、2009 年時

点で 1 兆 5,637 億ドル(GDP ベース、名目)となっている(図表2)。輸出の対 GDP 比は、

長期的に上昇トレンドにあるが、2009 年時点で 11%と世界平均の 28%、OECD 高所得国

平均の 24%(Rosen(2009))に比べると低水準であり、世界輸出に占める米国輸出の割合

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は 1999 年の 14%をピークに 2008 年には 9.3%まで低下している。米国経済は、相対的に

輸出依存度が低い構造になっており、ゆえに輸出拡大余地も大きいという議論につながり

やすい。 オバマ大統領の一般教書演説では、輸出を促進する理由について「より多くの製品を作

り他国に売れば、より多くの雇用が支えられる」と非常にシンプルに雇用創出効果を強調

して説明している。これに関し、2010 年版の大統領経済報告では、輸出促進は短期的には

完全雇用を回復するための雇用創出源であり、長期的には国際分業、規模の経済等を通じ

て米国の生産性、生活水準の向上をもたらすものであるとして、その必要性を説いている

(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ 1,000 万人1で、民間雇用者数全体

(1 億 4,536 万人)の約 7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

関連雇用は、非輸出関連雇用に比べ、生産性・賃金共に高く、医療保険、年金などの付加

給付も充実しているため、輸出関連雇用の創出に重点を置けば雇用の質の向上も期待でき

るとされている(CEA(2010)、Mas(2009))。 企業規模別にみると、従業員 500 人未満の中小企業は、輸出企業数では全体の 97.3%を

占めるが、金額では 30.2%に過ぎず、輸出額上位 500 の企業が輸出の 6 割を担っている。

輸出企業の 57.8%は、一国としか取引しておらず、企業規模が小さいほど、取引国数は少

ない傾向がある(米商務省(2009))。このため、NEI は特に中小企業支援に注力する内容

となっている。

図表 2: 名目輸出の推移

8

9

10

11

12

13

14

1990 93 96 99 02 05 08

5,000

10,000

15,000

20,000

対GDP比

実額(右目盛)

(年/期)

(%) (億ドル)

(資料)米商務省”National Income and Product Accounts”

1 米商務省推計(CEA(2010))。大半は財輸出関連であり、サービス関連が数百万、農業関連が約 100 万

人規模とされている。

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(2) 品目別・国別輸出の特徴 次に、品目別・国別輸出の特徴を貿易統計で確認してみる。2009 年の米国の財・サービ

ス輸出 1 兆 5,531 億ドルのうち、財輸出が 1 兆 456 億ドルと全体の 2/3 を占めている。財

輸入は 1 兆 9,337 億ドルと財輸出を上回ることから、財収支は▲5,170 億ドルの赤字である

一方、サービス収支は 1,363 億ドルの黒字を計上している。サービス収支については、軍

事関連契約を含む政府部門等以外は、旅行、旅客運賃、特許料等、その他民間サービスな

ど広範に黒字となっている(図表3)。 財輸出の内訳(センサスベース)を見ると、資本財(除く自動車)が 3,904 億ドル(構

成比 36.9%)と 大の輸出分野で、収支も 211 億ドルの黒字となっており、米国に比較優

位があり、強い国際競争力をもっていることが示唆される。他方で、資本財に次ぐ輸出の

主力分野である工業用原材料(同 28.0%)のほか、消費財(除く自動車、同 14.2%)、自

動車・部品(同 7.7%)は軒並み赤字となっている。食品・飲料は輸出構成比では 8.9%を

占めるに過ぎないが収支は黒字であり、競争力の強い分野として米国は重視している。 より詳細な品目別に見ると(図表4)、食品・飲料分野については大豆、食肉、とうもろ

こしの上位 3 品目で食品全体の 4 割以上を占めている。消費財についても、医薬品が全体

の 30.8%と突出し、上位 3 品目のシェアは 5 割近くに足しており、食品・飲料および消費

財については一部品目への強い特化傾向がうかがわれる。他方、工業用原料や資本財につ

いては、より広範な品目に輸出品目は分散している。工業用原料についてはプラスチック

原料、化学有機物、燃料油が主力輸出品目となっている。資本財については半導体、民間

航空機、産業機械が上位 3 品目を占めているが、民間航空機はエンジン・部品を合わせる

と 747 億ドル(資本財輸出の 19.1%)に達する 大の輸出品目となり、自動車・部品(816億ドル)に迫る水準となっている。なお、大統領経済報告は、比較優位にある輸出品目の

具体例として、航空機、穀物、プラスチック、機械設備(光学装置、写真機材、医療機器)、

比較劣位にある輸出品目として電気機器、衣料、家具、玩具などに言及している

(CEA(2010))。 図表 3: 財・サービス収支の内訳(2009 年)

財 サービス 財 サービス 財 サービス▲ 3,807 ▲ 5,170 1,363 15,531 10,456 5,075 19,337 15,625 3,712

サービス合計 旅行 旅客運賃 その他輸送 特許料等その他民間サービス

軍事契約関連

その他政府サービス

収支 1,363 217 18 ▲ 93 589 763 ▲ 97 ▲ 345,075 943 273 449 834 2,301 261 13

(100.0) (18.6) (5.4) (8.9) (16.4) (45.3) (5.1) (0.3)3,712 726 255 542 245 1,538 358 47

(100.0) (19.6) (6.9) (14.6) (6.6) (41.4) (9.6) (1.3)

合計 食品・飲料 工業用原材料資本財

(除自動車)自動車・部品

消費財(除自動車)

その他

収支 ▲ 5,012 124 ▲ 1,648 211 ▲ 784 ▲ 2,784 ▲ 13210,569 940 2,963 3,904 816 1,500 445(100.0) (8.9) (28.0) (36.9) (7.7) (14.2) (4.2)15,581 816 4,611 3,693 1,600 4,284 577(100.0) (5.2) (29.6) (23.7) (10.3) (27.5) (3.7)

財・サービス収支 輸出 輸入

サービス

輸出

輸入

輸出

輸入

(注)1.単位は億ドル、()内は輸出入の構成比、%。 2.財・サービス収支およびサービス収支は国際収支ベース、財収支はセンサスベース。 (資料)米商務省"U.S. International Trade in Goods and Services, December 2009"

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国別の貿易構造については、NAFTA(北米自由貿易圏)を形成するカナダ・メキシコが

大の輸出先(構成比 31.6%)となっている。輸出先第 3 位である中国は、輸出規模では

メキシコの半分程度にすぎず、NAFTA2 国との差が大きいが、輸入ではカナダを押さえ第

1 位となっている。この結果、対中収支は▲2,268 億ドルの赤字となっており、財収支全体

の赤字額▲5,012億ドルの 45.3%をも占める突出した存在となっている。日本については、

輸出入ともにシェアは第 4 位、赤字額では第 3 位となっている(図表5)。 NEI においては、こうした米国の品目別・国別の輸出構造を踏まえつつ、米国が比較優

位を持つ品目を中心に輸出促進を図り、赤字を計上している国についてはその原因が貿易

障壁等の存在によるものでないか厳しく検証していくものと考えられる。

図表 4: 品目別の財輸出(2009 年)

億ドル % 億ドル % 億ドル % 億ドル %

1 大豆 169 18.0 医薬品 461 30.8 プラスチック原料 255 8.6 半導体 375 9.6

2 食肉 121 12.9 その他家庭用品 166 11.1 化学有機物 244 8.2 民間航空機 352 9.0

3 とうもろこし 97 10.3 装飾用ダイヤモンド 105 7.0 燃料油 237 8.0 産業機械 309 7.9

4 その他 81 8.6 玩具・ゲーム等 98 6.5 石油製品 217 7.3 通信機器 287 7.4

5 果実・冷凍果汁 69 7.3 洗面・化粧品 84 5.6 化学その他 208 7.0 医療機器 269 6.9

6 飼料 64 6.8 芸術品・骨董品等 68 4.6 その他工業原料 179 6.0 電気機器 261 6.7

7 小麦 55 5.9 宝石 68 4.5 非貨幣用金 139 4.7 コンピュータ部品 254 6.5

8 野菜 49 5.3 絵画・画材 59 4.0 金属型 131 4.4 産業用エンジン 219 5.6

9 木の実類 42 4.5 家電製品 59 3.9 新聞印刷紙 108 3.6 民間航空機用エンジン 212 5.4

10 魚・甲殻類 41 4.3 書籍・印刷物 52 3.4 製鋼原料 85 2.9 民間航空機部品 183 4.7

940 100.0 1,500 100.0 2,963 100.0 3,904 100.0

食品・飲料 消費財 工業用原料 資本財

(資料)米商務省"FT-900 Supplement"

図表 5: 国別の財輸出・輸入・収支(2009 年)

億ドル % 億ドル % 億ドル % 億ドル %

1 カナダ 2,047 19.4 中国 2,964 19.0 カナダ 4,296 16.4 中国 ▲ 2,268 45.3

2 メキシコ 1,290 12.2 カナダ 2,249 14.4 中国 3,660 14.0 メキシコ ▲ 475 9.5

3 中国 696 6.6 メキシコ 1,765 11.3 メキシコ 3,055 11.7 日本 ▲ 448 8.9

4 日本 512 4.8 日本 959 6.2 日本 1,471 5.6 ドイツ ▲ 280 5.6

5 英国 457 4.3 ドイツ 713 4.6 ドイツ 1,146 4.4 アイルランド ▲ 205 4.1

6 ドイツ 433 4.1 英国 475 3.0 英国 932 3.6 カナダ ▲ 202 4.0

7 オランダ 323 3.1 韓国 392 2.5 韓国 679 2.6 ベネズエラ ▲ 187 3.7

8 韓国 286 2.7 フランス 340 2.2 フランス 606 2.3 ナイジェリア ▲ 155 3.1

9 フランス 265 2.5 台湾 284 1.8 オランダ 484 1.9 イタリア ▲ 142 2.8

10 ブラジル 262 2.5 ベネズエラ 281 1.8 台湾 468 1.8 マレーシア ▲ 129 2.6

合計 10,569 100.0 15,581 100.0 26,150 100.0 ▲ 5,012 100.0

財輸出 財輸入(通関ベース) 財収支財貿易量(輸出+輸入)

(注)収支の順位は赤字の大きい順。 (資料)米商務省"FT-900 Supplement"

3. オバマ政権の輸出倍増計画

(1) 国家輸出戦略(NEI)の概要 オバマ大統領は一般教書演説で表明した NEI について、3 月 11 日の米輸出入銀行年次

総会での演説で「米国初の包括的輸出促進戦略」と位置づけ、その概要を明らかにした(図

表6)。

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図表 6: 国家輸出戦略(NEI)の概要

概要

目標 今後 5 年間で輸出を倍増、米国雇用 200 万人創出

1.ハイレベルの輸出促進政策調整

○ 輸出促進閣議(Export Promotion Cabinet)の創設

→既存のスタッフレベルの省庁横断組織である輸出促進調整委員会(TPCC)

と協調し、国家輸出戦略を推進

→国務省、財務省、農務省、商務省、労働省の各長官、通商代表部代表、中

小企業庁長官、輸出入銀行総裁、その他輸出に関わる政府高官で構成、2010

年 4 月に初会合

○ 大統領輸出評議会(President’s Export Council, PEC)再開

→民間企業トップによる通商政策に関する諮問組織。議長はボーイングCEO、

副議長はゼロックス CEO。

2.輸出企業に対する金融支援

○ 輸出入銀行の資金枠を 5 年間で倍増(現行 210 億ドル)。

○ 中小企業の貿易金融支援制度(年間 20 億ドル)新設。

3.政府横断の輸出支援:米政府高官レベルによる輸出促進への参画

○ 貿易使節団派遣

→政府高官と産業界が参加、2010 年 1 年間で 40 件以上

○ 新市場輸出戦略(商務省主管)

→FedExなどのグローバルな物流企業が参画する官民共同パートナーシップ

による海外顧客基盤の開拓

○ 国際ビジネス・パートナーシップ・プログラム(USTDA 主管)

→20 カ国以上の調達担当者招聘を通じた新興国市場アクセス獲得

○ 在外公館における商業外交強化

4.将来的な輸出候補企業に対するリソース提供

○ 輸出促進のためのワン・ストップ・サービス提供

5.自由で公正な市場アクセスの確保

○ 通商法の執行強化

→中国の輸出割当や原材料関税、EU の牛肉輸入制限に対する通商法の執行

などを例示

○ 新市場の開放

→野心的でバランスのとれた WTO ドーハ・ラウンド合意に向けた努力継続

→広範でハイ・スタンダードな 21 世紀の通商合意形成に向けた環太平洋戦

略的経済連携協定(TPP)交渉の推進

→パナマ、コロンビア、韓国との二国間 FTA に係る問題解決

→模倣品・海賊版拡散防止条約(Anti-Counterfeiting Trade Agreement,

ACTA)の推進

○ 堅固で持続可能なバランスのとれた成長の基盤づくり

→「世界の消費エンジン」の役割修正、経常赤字国の貯蓄・輸出促進、経常

黒字国の消費・国内需要促進による世界経済のバランス回復

→中国がより市場志向の為替相場に移行することが重要

具体策

6.輸出管理制度改革:国家安全保障と主要産業の競争力強化

○ 暗号化製品の輸出審査迅速化

→携帯電話などの暗号化機能を伴う製品輸出の技術審査にかかる期間を現

行の 30~60 日から 30 分程度に迅速化

○ 輸出相手国との規制調和

(資料)The White House (2010b,c)より作成

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輸出倍増の具体的なツールは、①政府高官が関与するハイレベルの輸出促進政策調整、

②特に中小企業に対する輸出金融支援、③政府横断の輸出支援活動(advocacy)、④将来

的な輸出企業に対するノウハウ提供、⑤自由で公平な市場アクセスの確保、⑥輸出管理制

度の改革2、に整理されている。 オバマ大統領の演説に先立つ 2 月 4 日に商務省が発表した NEI の詳細によれば、NEI

は主に、①情報提供・市場開拓支援(trade advocacy)、②輸出に関わる金融支援、③通

商法の執行強化、の三分野に焦点をあてるものと説明されている。特に、①、②について

は、支援を通じた輸出拡大余地が大きいと考えられる中小企業を主対象とするものと位置

づけられている。 今後 180 日以内に「輸出促進閣議(Export Promotion Cabinet)」を構成する関係機関

が詳細な輸出促進計画を大統領に提出し、それらを統合する形で NEI の全体像が形成され

る予定となっている。会見時の質疑応答で、ロック商務長官は原子力発電など、国際的に

政府調達が政治要因に影響される傾向が強まっていると指摘しており、輸出促進のために

閣僚レベルの調整を行い、トップセールスを遂行する初の試みとして NEI の意義を説いて

いる。

(2) 地域・品目別の「数値目標」設定の可能性 上述の商務省発表資料では、①の市場開拓支援に関し、「2011 年に 23,000 件以上の顧

客の輸出開始・拡大を支援」「今後 5 年間に 1 つ以上の海外市場に輸出する中小企業の数

を 50%増加」といった形で、支援すべき中小企業の数や輸出先市場の数について、具体的

な数値目標を掲げていく方針が明らかにされている。しかしながら、関係機関は輸出促進

計画の策定に着手したばかりであり、年ごとの達成目標や、国・地域、品目・業種別に数

値目標が設定される可能性などについては、現時点で詳細は明らかになっていない。 国・地域別には、「新市場の開放」の項目で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)3や

パナマ、コロンビア、韓国との二国間 FTA が言及されているほか、「中国・インド・ブラ

ジルなどの高成長市場でのプレゼンス拡大」に集中的に人員や予算などリソースを投下す

る方針が示されている。また、「堅固でバランスのとれた成長基盤」の項目に関連して、

オバマ大統領は演説で「中国がより市場志向の為替相場に移行することが重要」と指摘、

中国に対しては通商法の執行強化、市場開放、内需拡大に加え、為替調整も求めていく方

針を明らかにしている。アジア太平洋地域は、米通商代表部(USTR)の年次報告書「2010

2 なお、ホワイトハウスのファクトシートでは、輸出管理は NEI とは別立ての取り組みと位置づけられて

いる(The White House (2010b))。 3 TPP は、当初ニュージーランド、チリ、ブルネイ、シンガポールの 4 カ国が交渉していた地域貿易協定

で、2008 年末にペルー、ベトナム、オーストラリアが参加の意向を表明、オバマ大統領が 2009 年 11月 14 日の東京演説で TPP への関与を表明した。米国は、チリ、シンガポール、ペルー、オーストラリ

アとはすでに二国間 FTA を締結済だが、ニューシーランド、ブルネイ、ベトナムとは締結していない。

Page 10: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

10

年の通商政策課題」で通商課題の「中心(central place)」に位置づけられており、NEIにおいても輸出拡大の 優先候補地であり、特に中国に対する期待が強いことは明らかで

ある。地域別の貿易構造をみても、環太平洋諸国は米国にとって NAFTA に次ぎ、EU27カ国を上回る第 2 位の輸出市場であるが、収支は中国を中心に▲2,784 億ドルと全体の

55.5%を占める突出した赤字を計上している(図表7)。環太平洋地域に対しては、TPPの推進、通商法の執行強化、市場アクセス改善、為替調整など、全方位での輸出促進が図

られることになろう。日本に関しては、これまでのところ NEI のなかで具体的な指摘はな

いが、EU と同様、牛肉輸入問題に関する圧力が強まることが予想されるほか、米側が問

題視している自動車(エコカー補助金問題)、郵政改革(官民の公平な競争条件確保)分

野を中心に市場アクセス改善が要求されよう(4.(4)で後述)。 品目・業種別には、「環境製品・サービス、再生可能エネルギー、医療、バイオテクノ

ロジーなどの高成長分野における包括的な戦略構築」「農家に対する技術支援、米国製一

次産品の販売促進等」にむけたリソース強化方針が示されている。

図表 7: 地域別の輸出・輸入・収支(2009 年)

億ドル % 億ドル % 億ドル % 億ドル %

NAFTA 3,337 31.6 4,014 25.8 7,351 28.1 ▲ 678 13.5

CAFTA-DR 200 1.9 188 1.2 388 1.5 12 ▲ 0.2

APEC 6,180 58.5 9,941 63.8 16,121 61.6 ▲ 3,761 75.0

環太平洋諸国 2,548 24.1 5,332 34.2 7,879 30.1 ▲ 2,784 55.5

ASEAN 538 5.1 921 5.9 1,459 5.6 ▲ 382 7.6

南アジア 203 1.9 298 1.9 501 1.9 ▲ 95 1.9

EU27カ国 2,208 20.9 2,813 18.1 5,021 19.2 ▲ 605 12.1

OPEC 498 4.7 1,116 7.2 1,614 6.2 ▲ 618 12.3

アフリカ 243 2.3 624 4.0 867 3.3 ▲ 381 7.6

全体 10,569 100.0 15,581 100.0 26,150 100.0 ▲ 5,012 100.0

財輸出 財輸入(通関ベース) 財収支貿易量(輸出+輸入)

(注)NAFTA:カナダ,メキシコ

CAFTA-DR:コスタリカ,ドミニカ共和国,エルサルバドル,グアテマラ,ホンデュラス,ニカラグア APEC:環太平洋諸国(除くマカオ),カナダ,チリ,メキシコ,ペルー,ロシア,タイ,ベトナム 環太平洋諸国:オーストラリア,ブルネイ,中国,香港,インドネシア,日本,韓国,マカオ, マレーシア,ニュージーランド,パプアニューギニア,フィリピン,シンガポール,台湾 南アジア:アフガニスタン,バングラディシュ,インド,ネパール,パキスタン,スリランカ

(資料)米商務省"FT-900 Supplement"

ワシントンの政府・議会関係者の間では、品目・業種別の数値目標設定の可能性は排除

されていない一方、国・地域別に数値目標が示される可能性は低いとの見方が一般的だっ

た。品目・業種別の目標設定は、特定の産業の勝者と敗者を決めることになりかねず、米

国政府はそうした個別産業支援型の産業政策は推進しない、との意見もあった。重点地域

としてインドネシア、ベトナム、南アフリカといった国々も個別に名前が挙がっていたが、

国・地域別のリソースの配分に関して数値目標が議論されることはあっても、「例えば中

国向け輸出を○%増」といった目標設定は、必要性も可能性も低いと指摘されていた。

Page 11: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

11

個別の国・品目に対する数値目標を設定して、米国の輸出拡大を迫り、制裁を課すアプ

ローチは WTO ルールに抵触するおそれが強く、実行される可能性はまずないであろう。

ただし、NEI には貿易使節団の派遣や在外公館の商業外交強化が盛り込まれており、地域

ごとの努力目標を割り当て、それを基に各国に圧力をかけてくる可能性は否定できない。

4. 輸出倍増計画の実現可能性

(1) 過去の輸出倍増「実績」 NEI の輸出倍増目標が実現可能かどうかを検討する 初のステップとして、過去の輸出

の実績を振り返っておこう。 1950 年以降、米国の財・サービス輸出(名目、GDP ベース)が 5 年前比で倍増してい

る期間は、年ベースでみると 1974~76 年で、1980~81 年も倍増に近い輸出拡大を経験し

ている。月次ベース(国際収支ベース)でみると、リーマン・ショック直前の 2008 年 7月に 5 年前と比較して 1.9 倍に輸出は拡大しており、「瞬間風速」では近年も倍増に近い

実績があがっていることになる。しかし、2008 年の年ベースでの 5 年前比の伸びは 1.6 倍

にとどまっており、年ベースと月次ベースで評価はかなり変わってくる(図表8)。 NEI では、目標達成の時間軸を「今後 5 年間」に設定しているが、具体的な起点をどこ

におくかは明らかではなく、計測方法次第で達成すべきハードルの高さも変わる点には留

意が必要である。起点を 2009 年の 1.6 兆ドルとすれば、輸出は 2014 年に 3.1 兆ドルに達

している必要がある。他方、金融危機発生後の輸出の底である 2009 年 4 月の 1,216 億ドル

を起点とすれば、2014 年 3 月までに 2,433 億ドルを達成すればよいことになり、単純に年

率換算すれば 2014 年のレベルは 2.9 兆ドルとハードルの高さは約 2,000 億ドルも低くなる。 なお、過去の輸出倍増実現は、輸出デフレータの急上昇によるところが大きく、インフ

レ調整後の実質輸出は、1950 年以降 5 年間で倍増した実績はない(図表9)。1971 年のプ

ラザ合意以降の大幅なドル安により米国製品の輸出競争力が向上したため、第一次(1973年)オイルショックや米国内の労働コスト上昇に伴う物価高を、輸出価格に転嫁すること

が可能な状況が生じており、名目輸出を大きく押し上げたものと考えられる。 翻って足元の状況を見ると、金融危機後の需給ギャップの拡大を背景に、インフレ圧力

は総じて限定的となっている。2009 年に▲5.5%となった輸出デフレータは 2010 年には、

資源高などを背景に上昇に転じると予想されるものの、名目輸出を大幅に押し上げるよう

な展開は見込めない。今後、緩やかなインフレ環境が続くと想定される場合でも、果たし

て輸出倍増は可能なのだろうか。

Page 12: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

12

図表 8: 名目輸出の推移

0

1

2

3

4

2007 08 09 10

-

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

1,800

2,000(倍)

(年/月)

(億ドル)<月次>

0

1

2

3

4

1950 56 62 68 74 80 86 92 98 04

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

1.4

1.6

1.8

2.0

実額(右目盛)

5年前比

(倍) (兆ドル)

(年)

<年次>

(資料)米商務省"U.S. International Trade in Goods and Services"

図表 9: 名目・実質輸出と輸出デフレータの推移

0

1

2

3

4

1950 54 58 62 66 70 74 78 82 86 90 94 98 02 06

▲ 10

0

10

20

30名目輸出実質輸出輸出デフレータ(右目盛)

(5年前比、倍) (前年比%)

(年)

(資料)米商務省”National Income and Product Accounts”

(2) 輸出の決定要因 輸出が実質ベースでどの程度拡大可能かを考える手立てとして、実質輸出の主な決定要

因と考えられる価格要因(ドル実質実効為替レート4)および所得要因(輸出市場実質 GDP5)

を説明変数として簡単な回帰分析を行い、各々の変数について今後想定される状況を検討

してみよう。 推計結果をみると、所得要因の係数(1.283)が価格要因の係数(▲0.459、係数の符号

マイナスはドル安が輸出増加に寄与することを示す)を大きく上回っており、所得要因が

価格要因よりも、輸出に強い影響力を及ぼしていることが示唆されている。なお、ドル実

4 ドル実質実効為替レートは、米連邦準備制度(FRB)が算出・公表している貿易相手国との貿易量およ

びインフレ率を調整したドルレート(広域通貨)。26 カ国が対象で、主要 7 カ国(ユーロ、カナダドル、

日本円、英ポンド、スイスフラン、豪ドル、スウェーデン・クローナ)の貿易ウェート(2009 年)が 49.528%、

中国が 17.3%等。 5 ドル実効レートの広域通貨採用国の実質 GDP を貿易ウェートで加重平均したもの。

Page 13: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

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質実効レートは当期~2 期前までについては有意な結果が得られず、為替レートの変動は 3期(3 年間)という長めのラグをもって輸出に作用する結果となっている(図表10)。

2000 年代後半の高い実質輸出の伸びは、輸出市場の実質 GDP 成長率が 5%近辺の堅調

な伸びを維持し、ドル実質実効レートも 2003 年以降ドル安傾向で推移したことによるもの

であった。今後について、IMF の世界経済見通しによれば、2010 年~2014 年までの輸出

市場の実質 GDP 成長率は 4.0%~4.6%での推移が見込まれる。輸出市場成長率の予測を所

与として、2010 年以降の為替相場についていくつかのケースを想定して実質輸出の増加度

合いをみたものが(図表11)である。推計では、為替要因が輸出に影響を及ぼすのは 3 年

後となっているため、2010 年~2012 年については 2007~2009 年の実効レートが影響力

を持っており、いずれのケースでも推計結果は同じで、変化が生じるのは 2013 年以降であ

る。実質実効レートが 2010 年~2014 年横ばいという想定(ケース 1)では、2014 年の実

質輸出の予測値は 2.13 兆ドル(2009 年実績比 1.45 倍)となる。2014 年まで毎年▲5%の

緩やかなドル安を想定した場合(ケース 2)は、2014 年の実質輸出は 2.23 兆ドル(2009年比 1.52 倍)となる。2010 年に▲30%の劇的なドル安が生じる場合(ケース 3)は、2014年の実質輸出は 2.51 兆ドル(2009 年比 1.71 倍)となる。これらの結果について、輸出デ

フレータが毎年 3.5%(2004~2007 年平均)程度の緩やかな上昇を続けると仮定した場合、

2014 年の名目輸出はケース1が 2.69 兆ドル(2009 年比 1.72 倍)、ケース 2 が 2.82 兆ド

ル(同 1.80 倍)、ケース 3 が 3.17 兆ドル(同 2.03 倍)となる。2009 年を起点とした場

合の輸出倍増目標(3.1 兆ドル)の達成は、劇的な為替調整が生じた場合のみ可能という結

果になる。推計はデータの制約上、年ベースのみ行っているが、前述の通りリーマン・シ

ョック後の輸出の底(2009 年 4 月)を起点とした場合の目標達成のハードルは 2.9 兆ドル

に下がるため、緩やかな為替調整でも輸出倍増に近い状況が実現する可能性がある。 図表 10: 実質輸出の決定要因

▲ 15

▲ 10

▲ 5

0

5

10

15

92 94 96 98 2000 02 04 06 08

実質輸出輸出市場成長率ドル実質実効レート(広域通貨)

(年)

(前年比%)

ドル安

被説明変数

説明変数 係数 標準誤差 t値 有意水準自由度修正済決定係数

DW比

定数項 2.810 0.649 4.330輸出市場GDP 1.283 0.096 13.345 ***ドル実質実効レート(広域通貨、3期前) ▲ 0.459 0.188 ▲ 2.437 **

実質輸出 0.955 1.085

(注)変数は全て対数値。有意水準は**(5%水準)、***(1%水準)。 (資料)米商務省、FRB、IMF よりみずほ総合研究所推計

Page 14: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

14

図表 11: 実質輸出のシミュレーション

▲ 30

▲ 20

▲ 10

0

10

2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14

輸出市場成長率

ドル実質実効レート

ケース1(為替横ばい)

ケース2(毎年▲5%ドル安)

ケース3(2010年▲30%ドル安)

(年)

(前年比%)

ドル安

予測<説明変数の推移>

2.13

2.23

2.51

1.47

1.0

1.2

1.4

1.6

1.8

2.0

2.2

2.4

2.6

2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14

推計値+ケース1

ケース2

ケース3

(兆ドル)

(年)

予測

<実質輸出の推移>

実質輸出 名目輸出

2009年比 2009/4比

1 2.13 2.69 1.72 1.84

2 2.23 2.82 1.80 1.93

3 2.51 3.17 2.03 2.17

名目輸出(倍率)ケース ドル実質実効レート 輸出国市場成長率 輸出デフレータ

3.5%(2004~2007年

平均)

(2014年、兆ドル)

4.0~4.6%(IMF見通し)

為替不変

緩やかなドル安(毎年▲5%)

劇的なドル安(2010年に▲30%) (資料)みずほ総合研究所推計

今回の推計に用いた説明変数のドル実質実効為替レートと輸出市場の経済成長率は、い

ずれも米政府がコントロールできるものではない。しかし、NEI では、「自由で公正な市

場アクセスの確保」のための「堅固で持続可能なバランスのとれた成長の基盤づくり」の

一環として、中国を中心とする為替調整を求めている(図表 6)。

(3) 為替調整を巡る議論 為替調整の必要性について、前述の通りオバマ大統領は「中国がより市場志向の為替相

場に移行することが重要」と発言しており、特に 2010 年 11 月に中間選挙を控える米議会

では人民元切り上げ要請が強まっている。 為替調整に関するワシントンの見方は、中国の為替制度の見直しが必要という点では概

ね一致しているが、立場によってかなりの温度差がある。政府関係者の多くは、「米国は

十分競争力を持っており、為替調整がなくても輸出倍増は可能」とする一方、「中国を中

心とする不均衡通貨は調整される必要がある」として、あくまで NEI とは切り離した文脈

で人民元切り上げの必要性を説明していた。

Page 15: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

15

面談した民間エコノミストの見方は、「為替調整は必要だが、米国・中国の貯蓄投資バ

ランス等の調整がより重要であり、為替調整は輸出倍増の必要十分条件ではない」といっ

た評価が中心で、大幅調整の実現性についても概して懐疑的だった。しかしその一方で、

バーグステン氏が所長を務めるピーターソン国際経済研究所による「人民元は均衡水準か

ら 25~40%過大評価されている」との見方がワシントンでのコンセンサス形成の柱として

有力になっている。この均衡水準の分析は、国内経済の均衡に見合った資本流入を前提と

した場合の国際収支の水準を達成するために、持続可能な為替レート(実質実効レート)

をモデル推計したものであり、国際収支の水準等の前提条件をいかに設定するかによって

結果は大きく変わりうる。中国の場合、国際収支黒字の対 GDP 比を 3~4%に維持するこ

と等を前提とした場合の均衡水準に比べ、人民元は実質実効レートでは 20~30%程度、対

ドルレートでは 40%程度割安であるとの結果になっている(Cline and Williamson(2010))(図表12)。また、バーグステン所長は人民元の調整による経常赤字削減(年間 1,000~1,500 億ドル)および雇用創出効果(60~120 万人)を強調し、早期の大幅な人民元の切り

上げを実現するために、①財務省の為替報告書における中国の為替操作国認定6、②IMF 特

別協議要請、③WTO 紛争解決パネル設置要請、の 3 部構成の戦略を米政府に推奨している

(Bergsten(2010))。 図表 12: 均衡為替レートと必要調整幅

均衡水準との乖離 変化率 必要調整幅 均衡水準 実勢 必要調整幅2009/3時点 2009/3→12 2009/12 2009/12 2009/12 2009/12

China 21.2 ▲ 8.4 29.6 4.9 6.8 40.7

Hong Kong ▲ 0.3 ▲ 6.9 6.6 5.9 7.8 32.3

India ▲ 5.2 6.8 ▲ 12.0 47 47 ▲ 1.5

Japan ▲ 1.5 ▲ 1.3 ▲ 0.2 80 93 16.1

Korea ▲ 0.5 16.0 ▲ 16.5 1,201 1,164 ▲ 3.0

Malaysia 17.7 ▲ 1.6 19.3 2.62 3.42 30.5

Taiwan 13.6 ▲ 0.7 14.3 24.9 32.0 28.5

Euro areaa ▲ 1.2 1.3 ▲ 2.5 1.54 1.43 7.2

United Kingdoma ▲ 0.7 5.6 ▲ 6.3 1.65 1.61 2.5

Brazil ▲ 1.1 26.7 ▲ 27.8 2.06 1.74 ▲ 15.4

Canada 2.3 14.7 ▲ 12.4 1.17 1.05 ▲ 10.2

Mexico ▲ 0.7 8.5 ▲ 9.2 14.3 13.1 ▲ 8.6

United States ▲ 17.7 ▲ 12.0 ▲ 5.7

平均 4.2

中央値 2.5

実質実効レート 対ドルレート

(注)1.単位は、対ドルレートの均衡水準・実勢(各国通貨)以外は%。 2.必要調整幅のプラスは通貨が割安(上昇が必要)、マイナスは割高(下落が必要)を示す。 3.実質実効レートの均衡水準との乖離は 2009 年 3 月時点の推計値。その後 3 月~12 月の実勢レ

ートの変化率を加味した数値が 2009 年 12 月時点の必要調整幅。 (資料)Cline and Williamson(2010)

6 1988 年包括通商競争力法により、財務省に毎年 10 月 15 日に議会報告、6 ヵ月後にアップデート義務が

課されている。1988 年以来、12 件(中国 5 回、台湾 4 回、韓国 3 回)の認定例があり、1994 年 7 月の

中国認定以降、認定は行われていない。

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バーグステン所長の議会証言等を通じた影響力は強く、議会ではこの推計が半ば事実の

ように扱われるほど浸透している。面談した議会関係者からも、「オバマ政権の優先順位

(①中小企業の輸出促進、②貿易障壁除去と通商法の執行強化、③不均衡な為替相場の是

正)を逆転したほうが輸出倍増目標を達成できる可能性は高く、中国その他の国の為替の

再評価なくして目標達成は困難」として、為替調整を不可避かつ有効性の高い手段とみな

す声があがっていた。 議会の中国の人民元切り上げ要求は、今に始まった議論ではない。これまでにも、中国

が人民元改革に応じない場合、①為替過小評価分を追加課税したり、②輸出補助金に対す

る相殺関税を賦課したりする内容の法案が繰り返し審議されてきた。ブッシュ前政権は基

本的に IMF による為替監視体制の強化により人民元問題に対応してきたほか、中国を特定

した関税アプローチは WTO 整合性が疑問視されたこともあり、これらの法案は廃案とな

ってきた。為替法案のアプローチは民主党が過半数を握った前議会(会期 2007~2008 年)

から、 終的な法案成立の可能性を高めるため、「WTO 整合性」をより重視する方向に変

化し、上院議員時代のオバマ大統領もこうした法案を支持している。一上院議員と大統領

では、判断が変わることは十分ありうるが、ブッシュ前政権時代より為替法案が通りやす

い方向に傾いていることは否めない。 ガイトナー米財務長官は、今後 3 ヶ月間は G20 や米中戦略・経済対話(S&ED)など重

要政治日程が目白押しであることを理由に、為替報告書の発表を当初予定の 4 月 15 日から

延期すると発表している(4 月 3 日)。中国の為替操作国認定にあたっては、経済面ばか

りでなく台湾、イラン、北朝鮮問題への対応など安全保障面を含めた国際的な影響にも配

慮せざるを得ない。人民元問題に関して米国だけが前面に出るのは得策ではなく、多国間

協議のほうが望ましいという基本姿勢はオバマ政権にも踏襲されている。米政府は中国を

為替操作国には認定せず、中国の自発的な人民元改革を見守る姿勢を維持すると考えられ

るが、高まる議会の要求をどうガス抜きしていくのか、難しい政策運営を迫られよう。

(4) 新たな通商合意と通商法の執行強化 為替相場同様に、輸出の主要な決定要因である相手国市場の経済成長率を米政府はコン

トロールできない。オバマ政権は市場のパイを広げる手段として、新たな通商合意と既存

の通商法の執行強化を推進する方針を示している。 新たな通商合意については、ブッシュ前政権から WTO ドーハ・ラウンドの推進とパナ

マ、コロンビア、韓国との二国間 FTA 議会批准の課題を引き継いだが、オバマ政権発足以

来、対応は後手に回っている。今後も、比較的争点の少ないパナマ FTA 以外は、年内の進

展は見込めない、との見方がワシントンでも優勢であった。 新たな通商合意が手詰まりとなるなかで、オバマ大統領は 2009 年 11 月 14 日の東京演

説で環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への関与を表明し、NEI でも「広範でハイ・ス

タンダードな 21 世紀の通商合意」形成の柱と位置づけている。米政府は上下両院への通知

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文書(2009 年 12 月 14 日)で、TPP はアジア太平洋地域の経済統合のプラットフォーム

となりうると指摘し、米国が参加しないアジア太平洋地域域内の貿易協定の拡大が、過去

10 年間の米国のシェア低下の一因として、当該地域の通商合意に乗り遅れることへの強い

警戒感を示している。さらに、カーク USTR 代表は、2010 年 3 月の交渉開始から合意に

至るまでには 18~24 ヶ月が必要になると述べており、2011 年にハワイで開催されるアジ

ア太平洋地域の首脳会談で、TPP 終合意の調印を目指す可能性が取りざたされている。

カーク代表は、日本、マレーシア、韓国の TPP 交渉参加を要請、今後 10 年間の間に、中

国、ロシア、APEC 加盟 21 カ国・地域全てが TPP に参加することを望むとしているが、

21 世紀の通商合意の”Gold Standard”として、ハイレベルな自由化を目指すとすれば、加

盟国拡大の道のりは相当の紆余曲折が予想される。 これらの新たな通商合意は、貿易関係の深化・拡大に向けた米国のコミットメント強化

としては重要であるが、「5 年間で輸出倍増」という NEI の目標達成に対する貢献は必ず

しも大きくないと考えられる。例えば TPP は、輸出規模が全体の 3 割以上を占める NAFTAなどにくらべれば圧倒的に小さく(TPP 全体 5.8%、二国間 FTA既締結国を除くと 0.5%)、

自由化の効果は段階的に生じる。仮に合意が実現したとしても、輸出倍増の起爆剤という

よりは、下支え役程度にとどまるであろう(図表13)。 先行き不透明な新たな通商合意に期待をかけるだけでは不十分であることは、米政府自

身がよく認識している。2010 年の大統領経済報告でも、「枠組みを交渉するだけでは十分

ではなく、通商ルールの執行強化が重要」であると指摘し、具体例として①中国の米国自

動車部品輸出の取扱に対するWTO提訴、②中国企業に有利な輸出補助金・税制への対処、

③スペシャル 3017条に基づく知的財産権保護の監視強化、等に言及している(CEA(2010))。 USTR が発表した 2010 年版「外国貿易障壁報告書」8では、62 の国・地域(香港・台湾

含む)を対象としているが、国・地域別分析全体で約 380 ページのうち、中国に対する言

及が約 40 ページと突出しており、政府調達における国内特許製品優遇制度 ”Indigenous innovation”9)や、インターネット検閲などの問題点が新たに指摘されている。また、日本

についても中国に次いで多くのページが割かれており、エコカー補助金制度の認証基準に

おける米国からの輸入車の扱いに強い懸念が示されているほか、郵政改革について「米国

は民営化すべきかどうかについてポジションを持つものではないが、改革が日本の金融市

場における競争環境に深刻な悪影響を与える恐れがあり、官民の公平な競争条件が確保さ

7 知的財産権保護の不十分な国を優先監視する手続き。「優先国」に特定されると、調査、相手国との協

議が開始され、協議不調の場合は対抗措置(制裁)手続きに進む。 8 1974 年米通商法に基づき、USTR が毎年 3 月末ごろに作成し、米議会に提出するもの。通称 NTE レポ

ート(National Trade Estimate Report)。米国の財、サービスの輸出、米国民による直接投資および

知的財産権の保護に影響を与える外国政府の貿易制限的な政策・慣行が取り上げられる。NTE レポート

提出後 30 日以内(4 月末まで)にスペシャル 301 条手続きの対象となる「優先国」が特定される。 9 政府調達で優遇する「国家自主開発製品認定制度」の認定基準として、「中国で開発された知的財産権

を保有していることや、 初の商標登録が中国で行われたこと」などが挙げられていたが(2009 年 11月 17 日発表)、中国政府は 2010 年 4 月 13 日、これらの認定基準を削除する見直しを実施した。

Page 18: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

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れるよう注意深く監視していく」方針が示されている(USTR(2010))。NTE レポート等

で米通商当局が指摘した事項全てが何らかの制裁対象になるわけではないが、新たな通商

合意の実現可能性が不透明な状況のなかで、米政府は中国や日本など各国の貿易政策・慣

行の是正要求圧力を一段と強めてくるものと予想される。

図表 13: 通商合意交渉国との財貿易(2009 年)

億ドル 順位 % 億ドル 順位 % 億ドル 順位 % 億ドル 順位 %

韓国 286 8 2.7 392 7 3.7 679 7 6.4 ▲ 106 14 ▲ 1.0

コロンビア 95 23 0.9 113 27 1.1 208 27 2.0 ▲ 19 34 ▲ 0.2

パナマ 44 40 0.4 3 95 0.0 47 56 0.4 41 225 0.4

TPP参加国 615 - 5.8 487 - 4.6 1,101 - 10.4 128 - 1.2

 シンガポール 223 11 2.1 157 23 1.5 379 13 3.6 66 227 0.6

 オーストラリア 196 14 1.9 80 32 0.8 276 22 2.6 116 230 1.1

 チリ 94 24 0.9 60 36 0.6 153 31 1.4 34 223 0.3

 ペルー 49 36 0.5 42 43 0.4 91 43 0.9 7 204 0.1

 ベトナム 31 45 0.3 123 26 1.2 154 30 1.5 ▲ 92 17 ▲ 0.9

ニュージーランド 22 52 0.2 26 55 0.2 47 55 0.4 ▲ 4 56 ▲ 0.0

 ブルネイ 1 141 0.0 0 140 0.0 0 193 0.0 0 116 0.0

NAFTA 3,337 - 31.6 4,014 - 25.8 7,351 - 28.1 ▲ 678 - 13.5

対世界 10,569 100.0 15,581 100.0 26,150 100.0 ▲ 5,012 100.0

貿易量(輸出+輸入) 財収支財輸入(通関ベース)財輸出

(注)1.NAFTA は 1994 年に発効済(カナダ、メキシコ)。 2.財収支の順位は赤字の多い順。 3. TPP 参加国中、シンガポール、オーストラリア、チリ、ペルーと米国は二国間 FTA を締結済み

(表中シャドー部分)。 (資料)米商務省"FT-900 Supplement"

(5) 輸出促進のための諸施策 NEI における輸出倍増のツールは、①政府高官が関与するハイレベルの輸出促進政策調

整、②特に中小企業に対する輸出金融支援、③政府横断の輸出支援活動(advocacy)、④

将来的な輸出企業に対するノウハウ提供、⑤自由で公平な市場アクセスの確保、⑥輸出管

理制度の改革、であった(図表 6)。既に述べた為替調整や通商合意推進、通商法の執行

強化など、いわゆる対外政策が⑤に含まれており、それ以外の5項目は基本的に米国側に

ある輸出阻害要因の除去を目的とした施策である。 大統領経済報告では、輸出に関するイニシャル・コスト(初回の固定費用)が企業の輸

出に関わる意思決定に与える影響は大きいという前提に立ち、政府が金融、情報提供、市

場開拓支援などを通じて、こうしたコストを引き下げることを通じた輸出促進効果を説い

ている(CEA(2010))。特に中小企業は、自前で輸出市場・顧客の情報収集を行い、取引

先を開拓して交渉し、各国の通関手続きその他現地規制に適応するだけのキャパシティや

資金が不足しているため、NEI でも中小企業のための輸出コスト引き下げに力点がおかれ

ている。1997 年から 2007 年の間に、中小企業の財輸出は、新規参入の増加を主因として

1,530 億ドルから 3,070 億ドルに倍増したが、未だに財輸出全体に占める割合は 30%程度

であり、政府の輸出支援により拡大する余地が大きいと考えられている(USITC(2010))。 しかしながら、これらのイニシアチブが輸出倍増目標の達成にどれだけ貢献するのかは

Page 19: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

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未知数である。米国では、これまでにも商務省を中心とした輸出促進調整委員会(TPCC)

が、省庁横断で輸出促進プログラムを推進してきた。NEI は従来の取り組みを、閣僚級に

レベルアップし、人員・予算などのリソースを拡充し、中小企業によりフォーカスをあて

るものであり、新味のあるメニューが含まれているとはいえない。また、過去の輸出促進

活動の効果を計量的に計測することは困難であるとされており(Yager(2009))、成果を踏

まえて練りあげられたメニューであるとはいいがたい。今後は、これらの政策のパフォー

マンスを測定し、費用対効果を十分検証していくことも重要になってこよう。

5. おわりに オバマ政権の通商政策の方向性

現時点では、NEI の具体策は「輸出促進閣議」を構成する各省庁で検討中であり、詳細

は不明な点が多い。ワシントンでは、NEI の目標設定について、政府・議会関係者、産業

界は「野心的な目標」であると概ね評価していた。特に政府関係者は、NEI は閣僚が関与

する政府横断(government-wide)の戦略である点に、これまでの輸出促進策と異なる新

規性があると主張し、高水準の失業率が続く状況下で、輸出が成長促進、雇用創出、所得

増加に貢献するツールであるということに関して「認知」を推進していくことの重要性を

指摘していた。他方、面談した民間エコノミストのほとんどは、意外なほど NEI への関心

が低かった。想定される世界経済や為替相場のシナリオ下では輸出倍増は困難で、「NEIは皆が賛成はするが、実現性は難しいイニシアチブであり、新しくもない」という冷淡な

指摘もあった。 NEI を打ち出したオバマ政権の「狙い」はどこにあるのか。金融危機対応におわれ、「通

商政策の不在」が続いた発足 1 年後の節目で公表された NEI は、通商政策の新たな方向性

を指し示すものなのだろうか。 ワシントンでは、議会で高まる保護主義圧力のカウンターバランスとして NEI を位置づ

ける見方がある。オバマ大統領は 2008 年の大統領選挙期間中、「貿易=雇用喪失」と主張

してきたが、NEI を通じて「貿易=雇用創出」とレトリックを修正した、との解釈である。

確かに、オバマ大統領は、NEI の概要を明らかにした 3 月 11 日の演説で、「米国は貿易

やグローバリゼーションに関する古い論争を乗り越えるべき時に来ている」として、「か

つて貿易協定に反対していた者も、望めば新たな市場・分野が開けることを今や理解して

いる」と述べている。大統領選挙期間中の公約と政権の座についてからの政策が異なるの

はよくある現象ではあるが、選挙期間中は NAFTA 見直しにも言及していた反グローバリ

ゼーションのトーンは影を潜めており、あらゆる意思決定において「現実主義的アプロー

チ」を志向していると言われるオバマ大統領らしい発言ともいえる。 今後の通商政策の方向性について、オバマ大統領は G20 などの場で機会あるごとに「保

護主義は解決策にならない」と明確に意思表示しており、WTO や二国間対話のような問題

の解決チャネルも存在することから、クリントン政権のような数値目標を採用した管理貿

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易的アプローチをとることはないとの見方が一般的である。オバマ政権の通商政策は、貿

易においても人権、労働、環境を重視するという意味ではクリントン政権に近い側面があ

る。しかし、クリントン政権では、タイソン CEA 委員長ら介入主義者と自由貿易主義者の

分断が生じていたが、現政権では、サマーズ国家経済会議議長、ガイトナー財務長官、ロ

ーマーCEA 委員長、ロック商務長官、カーク USTR 代表らは自由貿易志向派であり、通商

政策を巡る対立はさほど強くないとされる。 一方で、議会では通商案件に関する党派対立が先鋭化している。経済的な不安の原因を

不公正貿易に求める声は強く、保護主義のモメンタムは高まっている。今のところ、極端

な保護主義的法案の立法化の動きはみられないが、下院で通商問題を所管する歳入委員会

委員長に就任したミシガン州選出のレビン議員が、これまでより強硬なアプローチを志向

する可能性は排除できない。中間選挙の結果、共和党勢力が躍進すれば、極端な保護主義

への傾斜リスクが低下する一方で、勢力の拮抗により通商案件の議会審議は一層スローダ

ウンするだろう。 保護主義圧力のカウンターバランスとなることが期待されるNEIではあるが、輸出倍増

目標を掲げたことで、かえって中国人民元切り上げ要請を勢いづかせる皮肉な結果をもた

らしている側面もある。輸出と雇用創出の関係を強調するレトリックは、雇用情勢の低迷

が続けば貿易がスケープゴートになり、保護主義圧力を助長するリスクをはらんでいる点

には留意が必要だ。

以上

Page 21: 米国の国家輸出戦略...(CEA(2010))。2008 年時点の輸出関連雇用はおよそ1,000 万人1で、民間雇用者数全体 (1 億4,536 万人)の約7%に相当する。製造業、専門サービス、卸売業を中心とする輸出

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