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1. はじめに 筑波大学における当研究室の始まりは,講 師として着任し,白川先生(名誉教授, 2000 ノーベル化学賞)と一緒に研究を始めさせて頂 くことになった 1992 年になります.当時はポ リアセチレンや液晶性導電性高分子の研究が 白川・赤木両先生(現京大)により精力的に行 われていました(後に後藤先生も加わり液晶機 能を特徴とする研究に発展します).私自身は 軽い気持ちでポリアセチレン(-(CH=CH) n -) より単純な化学構造を持つ共役系高分子のポ リエチニレン(-(CC) n -)に興味を持ち,電 解法で Csp が連結した直鎖状炭素の合成を始め ることにしました.実は,これらは不安定で, 合成,精製,単離が極めて困難な物質群であっ たのです.また直鎖状の炭素であることから, 幻の炭素同素体カルビン(carbyne)との関連があ りました.ちょうどその当時, R. Heimann 博士 (独)がカルビンの学術的なけじめをつけるた め研究者たちの意見と結果を整理していまし た.白川先生を訪問した Heimann 博士は,カル ビン関連研究をしていた私に「君はカルビンの 存在を信じるか?」と尋ねました.恐れ多くも 「信じる」と即答してしまったため.その後, カルビンを支持する人たちで作る一冊の本 1) 1節の執筆協力をすることになりました.結局, カルビンは今でも炭素同素体として受け入れ 難い物質で,第三の同素体はむしろフラーレン と認識され,さらにカーボンナノチューブやグ ラフェンなどの新しい炭素の出現で,過去の遺 物となってしまいました.ただ,この頃の研究 がきっかけでカルビンに興味をもつ大谷先生 (群大名誉教授)や R. Kavan 博士(チェコ) など多くの炭素研究者と交流を深めることが できました. 1 2000 12 8 日のノーベル講演(ストックホ ルム大学 Aula Magna 講堂にて) 2000 年のノーベル講演(化学賞)では Shirakawa, MacDiarmid, Heeger 三博士が導電性 高分子の発見,発展と将来について話をされま した.今後の共役系高分子研究の方向は,やは り有機半導体特性を極めて,高分子 LED (有機 EL)や太陽電池への応用展開であると実感させ るものでした.このときから 10 年以上が経過 し,Heeger 博士は高分子 light emitting diode (PLED) 研究を事実上終えて,今は bulk hetero junction BHJ)型の高分子薄膜太陽電池研究を 行っています. 2. 研究テーマ 有機物は地球上で炭素循環を行うことがで きる物質で,バランスを考慮した効率的な利用 は,環境保全の観点で重要です.すなわち, CO 2 は植物の光合成により炭水化物に変換され, 水,縮合等を経て高分子化し,酸化により共役 系が発達します.さらに熱処理等による脱水素 で炭素になります.最終的にこれらの物質は任 意に燃焼により CO 2 に変換されます. 研究テーマは,炭素含有率の高い共役系高分 物質工学域研究紹介 共役系高分子と炭素の高機能化を目指す合成研究 機能性有機物質開発研究室(木島研究室) 実験室 3401, G416, (学生研究室 F201) 教員名 木島 正志 (教授) 教員研究室 F421

物質工学域研究紹介 共役系高分子と炭素の高機能化を目指す合成 … · 幻の炭素同素体カルビン(carbyne)との関連があ ... “Synthesis of carbyne

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Page 1: 物質工学域研究紹介 共役系高分子と炭素の高機能化を目指す合成 … · 幻の炭素同素体カルビン(carbyne)との関連があ ... “Synthesis of carbyne

1. はじめに

筑波大学における当研究室の始まりは,講

師として着任し,白川先生(名誉教授,2000 年

ノーベル化学賞)と一緒に研究を始めさせて頂

くことになった 1992 年になります.当時はポ

リアセチレンや液晶性導電性高分子の研究が

白川・赤木両先生(現京大)により精力的に行

われていました(後に後藤先生も加わり液晶機

能を特徴とする研究に発展します).私自身は

軽い気持ちでポリアセチレン(-(CH=CH)n-)

より単純な化学構造を持つ共役系高分子のポ

リエチニレン(-(C≡C)n-)に興味を持ち,電

解法でCspが連結した直鎖状炭素の合成を始め

ることにしました.実は,これらは不安定で,

合成,精製,単離が極めて困難な物質群であっ

たのです.また直鎖状の炭素であることから,

幻の炭素同素体カルビン(carbyne)との関連があ

りました.ちょうどその当時,R. Heimann 博士

(独)がカルビンの学術的なけじめをつけるた

め研究者たちの意見と結果を整理していまし

た.白川先生を訪問した Heimann 博士は,カル

ビン関連研究をしていた私に「君はカルビンの

存在を信じるか?」と尋ねました.恐れ多くも

「信じる」と即答してしまったため.その後,

カルビンを支持する人たちで作る一冊の本 1)の

1節の執筆協力をすることになりました.結局,

カルビンは今でも炭素同素体として受け入れ

難い物質で,第三の同素体はむしろフラーレン

と認識され,さらにカーボンナノチューブやグ

ラフェンなどの新しい炭素の出現で,過去の遺

物となってしまいました.ただ,この頃の研究

がきっかけでカルビンに興味をもつ大谷先生

(群大名誉教授)や R. Kavan 博士(チェコ)

など多くの炭素研究者と交流を深めることが

できました.

図 1 2000 年 12 月 8 日のノーベル講演(ストックホ

ルム大学 Aula Magna 講堂にて)

2000 年のノーベル講演(化学賞)では

Shirakawa, MacDiarmid, Heeger 三博士が導電性

高分子の発見,発展と将来について話をされま

した.今後の共役系高分子研究の方向は,やは

り有機半導体特性を極めて,高分子 LED(有機

EL)や太陽電池への応用展開であると実感させ

るものでした.このときから 10 年以上が経過

し,Heeger 博士は高分子 light emitting diode (PLED) 研究を事実上終えて,今は bulk hetero junction(BHJ)型の高分子薄膜太陽電池研究を

行っています. 2. 研究テーマ 有機物は地球上で炭素循環を行うことがで

きる物質で,バランスを考慮した効率的な利用

は,環境保全の観点で重要です.すなわち,CO2

は植物の光合成により炭水化物に変換され,脱水,縮合等を経て高分子化し,酸化により共役

系が発達します.さらに熱処理等による脱水素

で炭素になります.最終的にこれらの物質は任

意に燃焼により CO2 に変換されます. 研究テーマは,炭素含有率の高い共役系高分

物質工学域研究紹介

共役系高分子と炭素の高機能化を目指す合成研究

機能性有機物質開発研究室(木島研究室) 実験室 3G401, G416, (学生研究室 F201) 教員名 木島 正志 (教授) 教員研究室 F421

Page 2: 物質工学域研究紹介 共役系高分子と炭素の高機能化を目指す合成 … · 幻の炭素同素体カルビン(carbyne)との関連があ ... “Synthesis of carbyne

子や炭素材料を用いて,高効率なエネルギー有

効利用を実現する機能材料を開発するための

物質合成になります.

2.1. 高分子 LED,有機薄膜太陽電池への利用目

的の共役系高分子の設計合成

図 2 (a)RGB発光する有機EL素子と(b)太陽光スペクトルと長波長領域まで光吸収できるポリマーの比較 基本的に光吸収・発光過程の効率が高く安定

性に優れた共役系高分子は,有機 EL(ディス

プレー,照明)や太陽電池用途に利用できる可

能性が高い物質です.真に優れた物質を開発す

ることはとても重要なことです.用途に応じて

溶媒に対する溶解性,分子量,HOMO や LUMOのエネルギーレベルなどを最適化すべくポリ

マーの設計合成を行い,物質解析することで基

礎物性を明らかにします.さらに実際に共同研

究等で素子を作製して応用面での材料評価を

行います. 2.2. ナノ構造化炭素調製のためのアプローチ この炭素とは Csp2 からなるグラファイト系

の炭素材料でフラーレンやナノチューブなど

のナノカーボンも含みます.ナノ構造化とは,

例えば平坦な表面をもつ物質にナノレベルの

穴をあけ,ナノ空間をつくることを意味し,多

孔性炭素調製が相当します.ナノ構造化炭素は,

水素貯蔵,電気化学キャパシタ,リチウムイオ

ンバッテリーなど現代社会のエネルギー貯

蓄・利用のための必需材料です.その新しい合

成法の開発を次の観点から試みています(図 3). (1) 木質バイオマス(セルロース,リグニンな

ど)由来の炭素微粒子集合体形成による階層

的多孔性炭素の調製 2) (2) 特徴的なナノ構造を有する有機物質の形

状・構造維持(反映)炭素化 (3) 高収率炭素化共役系高分子の熱分解選択脱

離法によるナノ構造形成

図 3 (a)リグニン-セルロース微粒子炭集積物,(b)シクロデキストリンマイクロキューブ(CDcube) の形状維持炭素化 3),(c) 選択的熱分解脱離 4)

参考文献 1) “Synthesis of carbyne and carbynoid structures, Ed. by

R. B. Heimann, Carbyne and Carbynoid Structures: Kluwer Academic, Dordrecht, (1999).

2) M. Kijima, T. Hirukawa, F. Hanawa, and T. Hata, “Thermal Conversion of Alkaline Lignin and its Structured Derivatives to Porous Carbonized Materials,” Biores. Tech., 102, pp. 6279-6285, (2011).

3) M. Watanabe, M. Kijima, “Shape-Retaining Carboni- zation of γ-Cyclodextrin Microcube,” Tanso, No 251, pp.15-17, (2012) [in Japanese].

4) N. Kobayashi and M. Kijima, “Microporous Materials Derived from Two- and Three- Dimensional Hyperbranched Conjugated Polymers by Thermal Elimination of Substituents,” J. Mater. Chem., 17, pp. 4289-4296, (2007).

担当授業(学類)基礎有機化学,化学 IIIA,化学実験 (大学院)有機機能材料論 産学連携共同研究(3 件程度) 共同研究 京都大学生存圏研究所(2 件)他 連絡先:木島正志 e-mail kijima@ims.tsukuba.ac.jp, http://www.ims.tsukuba.ac.jp/~kijima_lab/index.htm

(a)

(b)

(c)