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02 12 NHK技研 R&D/No.166/2017.11 1.はじめに 臨場感あふれる映像を提供できるスーパーハイビジョン(4K・8K)は,2016年に試 験放送が開始され,2018年には実用放送の開始が予定されている。現在,2020年の東 京オリンピック・パラリンピックにおける本格普及を目指した開発も急ピッチで進め られている。一方,更なる高臨場感,現実感を求めて,VR(Virtual Reality)やAR (Augmented Reality)などの新たな映像サービスも注目を集めており,今後,立体映 像技術に対する期待もますます高まると考えられる。 当所では,特別なめがねを用いることなく,見る位置や姿勢に応じて自然な立体像を 鑑賞できる空間像再生型の立体映像技術の研究開発を進めている。この技術には,主に 2種類の方式があり,1つは,光の干渉・回折現象を用いて物体からの光の波面を忠実 に再現し,表示デバイスの視域内で,あたかも物体がそこに存在するかのような立体像 を表示できるホログラフィー方式 1) である。この方式は,原理的に究極の立体表示技 術として知られている。もう1つは,2次元ディスプレーの前面に細かいピッチのレン ズアレーを配置し,多数の視点方向の光線を再生することで,自然な立体像を表示する インテグラル方式 2) である。 本稿では,各方式における立体表示技術の概要と課題を述べるとともに,立体応用に 向けた表示デバイスの研究開発動向について解説する。 2.高密度表示デバイスの現状 最近の高密度表示デバイスの開発例を1表に示す。立体表示への応用が可能な主な デ バ イ ス は,反 射 型 液 晶(LCOS:Liquid Crystal On Silicon) *1 ,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)ベースのデジタル・マイクロミラー・デバイス(DMD: Digital Micromirror Device) *2 ,有機EL(Electroluminescence)ディスプレー,お よび液晶ディスプレーなどである。 LCOSやDMDは,主にプロジェクターとして用いられており,レンズアレーと組み 合わせることで投射型のインテグラル立体表示に応用することができる。また,レーザー *1 画素ごとのスイッチング用トラ ンジスターをシリコン基板上に 形成した駆動回路により,液晶 を制御する光デバイス。 *2 5μm角程度の微小なミラーが アレー状に配置された光デバイ ス。ミラーの傾きを制御するこ とで,光をON / OFF動作さ せる。 立体表示用高密度デバイスの 研究動向 町田賢司  本山 靖 空間像再生型の立体表示技術では,特別なめがねを使わずに自然な立体像を再生する ことができる。 その代表的な方式として「インテグラル方式」と「ホログラフィー方式」 の2種類があり,ともに高密度の表示デバイスが必須となる。 本稿では,当所で研究開 発を進める空間像再生型立体表示技術の概要と課題を述べた後,立体応用に向けた表 示デバイスの研究動向について解説する。

立体表示用高密度デバイスの 研究動向 - NHK14 NHK技研 R&D/No.166/2017.11 NHK技研 R&D/No.166/2017.11 15 開発されて間もないレーザーの光を2つに分け,一方を参照光,他方を物体光とする二

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12 13NHK技研 R&D/No.166/2017.11 NHK技研 R&D/No.166/2017.11

1.はじめに臨場感あふれる映像を提供できるスーパーハイビジョン(4K・8K)は,2016年に試

験放送が開始され,2018年には実用放送の開始が予定されている。現在,2020年の東京オリンピック・パラリンピックにおける本格普及を目指した開発も急ピッチで進められている。一方,更なる高臨場感,現実感を求めて,VR(Virtual Reality)やAR

(Augmented Reality)などの新たな映像サービスも注目を集めており,今後,立体映像技術に対する期待もますます高まると考えられる。

当所では,特別なめがねを用いることなく,見る位置や姿勢に応じて自然な立体像を鑑賞できる空間像再生型の立体映像技術の研究開発を進めている。この技術には,主に2種類の方式があり,1つは,光の干渉・回折現象を用いて物体からの光の波面を忠実に再現し,表示デバイスの視域内で,あたかも物体がそこに存在するかのような立体像を表示できるホログラフィー方式1)である。この方式は,原理的に究極の立体表示技術として知られている。もう1つは,2次元ディスプレーの前面に細かいピッチのレンズアレーを配置し,多数の視点方向の光線を再生することで,自然な立体像を表示するインテグラル方式2)である。

本稿では,各方式における立体表示技術の概要と課題を述べるとともに,立体応用に向けた表示デバイスの研究開発動向について解説する。

2.高密度表示デバイスの現状最近の高密度表示デバイスの開発例を1表に示す。立体表示への応用が可能な主な

デバイスは,反射型液晶(LCOS:Liquid Crystal On Silicon)*1 ,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)ベースのデジタル・マイクロミラー・デバイス(DMD:Digital Micromirror Device)*2 ,有機EL(Electroluminescence)ディスプレー,および液晶ディスプレーなどである。

LCOSやDMDは,主にプロジェクターとして用いられており,レンズアレーと組み合わせることで投射型のインテグラル立体表示に応用することができる。また,レーザー

*1画素ごとのスイッチング用トランジスターをシリコン基板上に形成した駆動回路により,液晶を制御する光デバイス。

*25μm角程度の微小なミラーがアレー状に配置された光デバイス。ミラーの傾きを制御することで,光をON / OFF動作させる。

立体表示用高密度デバイスの研究動向町田賢司  本山 靖

空間像再生型の立体表示技術では,特別なめがねを使わずに自然な立体像を再生する

ことができる。その代表的な方式として「インテグラル方式」と「ホログラフィー方式」

の2種類があり,ともに高密度の表示デバイスが必須となる。本稿では,当所で研究開

発を進める空間像再生型立体表示技術の概要と課題を述べた後,立体応用に向けた表

示デバイスの研究動向について解説する。

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光など位相のそろった光を照射して,その反射光を変調することができるため,ホログラフィー用の空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)として利用することもできる。

一方,有機ELおよび液晶などの直視型ディスプレーは,レンズアレーの直下に張り合わせてインテグラル立体表示に応用することが可能である。

画素サイズに関しては,LCOSでは画素ピッチ4μm以下で4K 〜 8Kのデバイスも開発されたが,DMDでは画素ピッチ5.4μmで2K 〜 4Kにとどまっている。有機ELディスプレーでは,画素ピッチ7.5μmの高密度デバイスも開発されているが,画素数は少ない。また,液晶ディスプレーでは,画素ピッチ28μm程度のデバイスが開発されている。

3.ホログラフィー方式の表示デバイス3.1 ホログラフィーの原理

ホログラフィーは,光の強度だけでなく,位相を含めたすべての情報を記録・再生できる光学イメージング技術である。1図に静止画カラーホログラフィーの一例を示す。感光性の記録材料から成る薄いシートに干

かん

渉しょう

縞じま

が記録されており,これに光を照射することで,あたかもそこに存在するかのような立体像が再生される。奥行きのあるリアルな像を表示できるが,実際には,1枚の薄いシートに干渉縞が記録されているだけである。この干渉縞を記録した媒体をホログラムと呼び,ホログラムを用いて像を再生する技術をホログラフィーと呼ぶ。「ホロ(Holo)」は,ギリシャ語で「すべての」という意味があり,「グラフ(graph)」は「記録されたもの」を示す。したがって「ホログラフィー」とは,「光の完全な情報を記録・再生する技術」という意味である。

光は電磁波の一種であり,直交した電場と磁場が振動しながらまっすぐに進むが,波動性と粒子性の相反する性質を併せ持つ。ホログラフィーでは,光の波動性を利用し,2図に示すような光が回り込む回折現象を用いる。開口部を2つ設けた障害物に左から光が入射すると,2つの開口部で光が回折し,新たな2つの点光源のように振る舞う。回折した光が重なり,それぞれの光の位相を表す波の山と山,あるいは谷と谷で強め合ったり,山と谷で弱め合ったりする現象(干渉効果)が生じて,動かない模様の干渉縞を観測することができる。

ホログラフィーの歴史は古く,1948年にD.Gaborによって提案された1)。当時は位相のそろった光を発するレーザーがなく,像の再生は不十分であった。しかし,その後,

1表 高密度表示デバイスの主な開発例

空間光変調器 直視型ディスプレー

反射型液晶(LCOS) デジタル・マイクロミラー・デバイス(DMD) 有機EL 液晶

開発機関 JVC ケンウッド 3)4)Holoeye

Photonics AG 5)

TI (Texas Instruments)6)7)

セイコーエプソン 8)

SEL(半導体エネルギー 研究所)9)10)

オルタス テクノロジー 11)

画面サイズ(インチ) 0.69 1.28 0.7 0.47 0.66 0.43 8.3 13.3 9.6

画素数 4,096×2,160

8,192×4,320

4,094×2,464

1,920×1,080

3,840×2,160

1,280×720

7,680×4,320

7,680×4,320

7,680×4,320

画素ピッチ(μm) 3.8 3.5 3.74 5.4 7.5 23.9 38.3 27.75

開発時期 2016年 2014年 - 2014年 2016年 2016年 2016年 2014年 2015年

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開発されて間もないレーザーの光を2つに分け,一方を参照光,他方を物体光とする二光束法が提案され12),ホログラフィーの研究は大きく進展した。

ホログラフィーの基本技術である二光束法の概要を,3図を用いて説明する。立体像の記録では,3図(a)に示すように,レーザーから発せられた光をハーフミラーによって2つに分離した後,一方を参照光として記録媒体へ照射する。他方を物体に照射した後,反射した光を物体光として記録媒体へ照射する。記録媒体上では,参照光と物体光が干渉し,干渉縞が記録される。このとき,左方向,正面,右方向など,記録媒体越しに物体が見える範囲のあらゆる方向の像が記録される。立体像の再生では,3図(b)に示すように,ホログラムに参照光のみを照射する。照射された参照光は,ホログラムの至る所で回折し,空間で干渉することによって各方向からの立体像が表示される。このように,ホログラフィーでは,さまざまな方向から見える物体の波面を忠実に再現できるため,目の焦点調節や両眼視差*3 ,輻

ふく

輳そう

*4 ,運動視差*5 など,立体感として人が感じる知覚的要素のいずれにも矛盾が生じることなく,自然な立体像を表示することができる。

*3左右の眼の網膜上における像の位置ずれ。

*4両方の眼で対象を見つめたときに,左右の眼の視線が対象の上で交差すること。

*5観察者の視点または対象が移動することにより,対象の見え方が変わること。

波の進行方向

回折開口部光の波干渉縞

弱め合う干渉(山と谷)

強め合う干渉(山と山,谷と谷)

光の強度

光源

 谷

2図 光の回折現象

左方向 右方向正面

1図 静止画カラーホログラフィーの一例

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解説 02

3.2 電子ホログラフィーの課題位相のそろった光の干渉効果を利用するホログラフィーでは,有機ELディスプレー

や,電子線照射による蛍光体の発光現象を利用した電界放出ディスプレーなど,いわゆる発光型のディスプレーを用いることはできない。ホログラフィーに応用できる代表的なデバイスは,液晶やDMD13)14)などのSLMである。これらのデバイスで干渉縞を表示し,そのパターンを高速に切り替えることで,立体像を動画で再生することができる。立体像の撮影,圧縮・符号化,伝送,表示などを一貫して電気信号で取り扱い,ホログラフィーによる動画表示を実現する技術の総称を「電子ホログラフィー」と呼ぶ。

電子ホログラフィーでは,SLMの画素ピッチを可視光の波長程度に十分小さくする

各方向から見える像が多重されて記録

参照光

物体光

干渉縞

干渉縞

物体

記録媒体(ホログラム)

レーザー光

ハーフミラー

ミラー

左方向

正面右方向

(a) 記録

各方向からの像が再生される立体像

参照光

記録媒体(ホログラム)

レーザー光

左方向

正面右方向

(b) 再生

干渉

干渉

回折回折

回折

3図 ホログラフィーの原理

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必要がある。再生された立体像を視認できる空間領域(視域角Ψ)は次式で与えられる。

=P

Ψ2λ

sin2 -1⎧⎪⎩

⎫⎪⎭

(1)

ここで,λは入射する光の波長,PはSLMの画素ピッチである。4図に視域角の画素ピッチ依存性を示す。4図より,実用的な視域角として,例えば30°以上の視域角を得るためには1μm以下の画素ピッチが必要となる。現状のSLMでは,画素ピッチは3.5〜 10μm程度,視域角は10°以下であるものの,LCOSを用いたカラーホログラフィーの研究開発15)16)や,DMDと回転式ミラーを組み合わせて視域拡大を図る方法17)18)など,ホログラフィーへの応用研究も盛んに行われている。

画素ピッチが細かくなると画面サイズも小さくなる。例えば,3,300万画素で構成される8Kスーパーハイビジョン用ディスプレーで,画素ピッチ1μmを実現したと仮定しても,画面サイズは僅か8mm×4mm程度にしかならない。画素ピッチが1μmの場合,5インチクラスのスマートフォンでは120K×60K(72億画素)程度,A4サイズでは300K×200K(600億画素)程度の画素数が必要となる。そのほか,超多画素データのリアルタイム圧縮・符号化,伝送,復号など,信号処理技術の開発も重要である。このように,従来の2次元ディスプレーとは比較にならない技術が要求されるが,まずは画素ピッチの細かいSLMを開発することが,電子ホログラフィーの実現可能性を示すための優先すべき課題と言えよう。

3.3 SLMデバイスの高密度化(1)液晶デバイス

液晶は固体と液体の中間状態の性質があり,液晶分子は決まった方向に並んだ結晶状態を示す。一般的な90°TN(Twisted Nematic)*6 液晶の例を5図に示す。光の入射側と出射側の液晶分子の配向(液晶分子が一定の方向に並ぶこと)は,ねじれた配置とされる。5図では,最上層,中層,最下層の液晶分子のみを図示したが,最上層と最下層の配向方向は固定されており,液晶分子で満たされた水色の領域全体では,配向方向が連続的に変化する。5図(a)に示すように,直線偏光の光が入射すると,ねじれに沿って光の偏光面を旋光させることができる。また5図(b)に示すように,液晶に電圧を印加すると,液晶分子内に分極が生じて配向方向が垂直に変化する。このとき,入射された光は旋光せずに,そのまま液晶分子を透過する。このように,液晶に電圧を印加することにより,出力される光の偏光面を制御できるため,直交する上下2枚の偏光

*6棒状の液晶分子が一定方向に 配 列 し た ネ マ テ ィ ッ ク

(Nematic)液晶を2枚のガラス基板等の間に注入し,ガラス基板の外側に偏光フィルターを貼り付けて,上部と下部の配列方向をねじれた配置(ここでは90°)とする液晶ディスプレーの方式。

0

20

40

60

0.1 1 10

視域角Ψ(度)

SLMデバイスの画素ピッチ P (μm)

DMDLCOS

λ = 530 nm(緑色)

4図 視域角の画素ピッチ依存性

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解説 02

フィルターを用いることで,電圧印加による光の出力を制御することができる。5図は透過型液晶の場合であるが,液晶の高密度化には,シリコントランジスターを用いるLCOSが適している。また,液晶の動作モードには,電圧を印加しない状態で液晶分子が基板面に対して垂直に配向されたVA(Vertical Alignment)モードや,平行に配向された水平配向モード,片側基板のみの水平面に横電界を印加して液晶分子を回転制御するIPS(In Plane Switching)モードなどのさまざまな方式がある。

高密度LCOSでは,VAモードの液晶分子を用いて画素ピッチ3.5μm,画素数3,500万,フレームレート60 fpsの単体デバイスが開発されている4)が,さらなる高密度化のためには,隣接画素へのクロストークを抑制する技術が必要である。水平配向液晶を用いたLCOSを高密度化した場合に生じる問題を,6図(a)に示す。高密度化によって下部電極のピッチが狭くなると,隣接画素への電界クロストークが顕著になり,LCOSのコントラストが大きく低下する。この課題に対し,6図(b)に示すように,画素と画素の間に誘電体の壁を形成すると,画素ピッチ1μmにおいても,十分にクロストークを抑制できるとするシミュレーション結果も示されている19)。今後,高密度の液晶デバイス開発に向け,クロストークなどの諸問題を解決するための各種要素技術の研究開発が重要となろう。

入射光入射光

出射光

配向方向

配向方向

配向方向

ねじれ

(a) 電圧OFF (b) 電圧ON

偏光フィルター

配向方向

液晶分子で満たされた領域

液晶分子 液晶分子

5図 液晶の基本的な動作原理

(a) LCOSの断面構造

シリコンバックプレーン

下部電極 下部電極

透明電極

下部電極

シリコンバックプレーン

下部電極 下部電極

透明電極

下部電極

クロストーク

クロストーク

誘電体セル壁

OFFOFF OFFOFF

(b) 誘電体セル壁を用いたLCOS

液晶分子

ON ON

6図 LCOSの高密度化技術

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(2)デジタル・マイクロミラー・デバイス(DMD)

DMDを用いたSLMは,SRAM(Static Random Access Memory)*7 を搭載したシリコンバックプレーン*8 上に,ミクロンサイズの小さなミラーを2次元アレー状に複数個並べたデバイスであり,1987年にL. J. Hornbeckらによって開発された13)。その基本的な構造を7図に示す。シリコンバックプレーンからの出力電圧がアドレス用の電極に印加されると,ミラーやヨーク(ミラーを支える平板で,可動時の振動や共振などのバウンシングを抑える部品)と電極の間に静電引力が生じる。そのため,ミラーにねじれのトルクがかかり,ヒンジ(ミラーの対角線上に変形しやすい材料で形成されたバネ)を軸に+θあるいは-θのいずれかに傾く。このミラーに光を照射すると,ミラーの傾きによって,光はそれぞれ2つの方向に反射する。一方は光吸収体へ,もう一方はそのまま出力されるため,電圧印加により光のONとOFFの2値を制御することができる。これが,DMDの基本的な動作原理である。

現在,画素ピッチ5.4μm,傾き角±17°,2Kおよび4KのDMDが開発されている6)7)。高い反射率のミラーを用いるため,高出力光の変調が可能であり,プロジェクターなどに応用されている。DMD 1個の応答速度は10μs程度と高速であるが,バイナリー方式のディスプレーであり,階調表現は時分割駆動で行う。今後,半導体プロセス技術の進展によって,更に高密度化することが期待されるものの,高速に動作する可動部があるため,高い信頼性で高精度の微小なデバイスを,いかに作製できるかが高密度化の課題であろう。

(3)スピンSLMデバイス

当所では,従来とは異なる方式で駆動するスピン注入型SLM(スピンSLM)を提案し,研究開発を進めている20)〜 26)。これは,磁気光学効果*9 を利用したSLM27)であり,パルス電流を流すことで,画素を構成する強磁性体の磁化方向が反転する「スピン注入

*7電源を落とすと記録が失われる揮発性メモリーの1種。高速の読み書きができるが,回路が複雑で集積度を上げるのは困難である。

*8選択した画素に電圧または電流を印加して個別に動作させるため,シリコントランジスターから成る駆動回路を各画素の直下に埋め込んだ基板。

*9磁化した材料に直線偏光を照射したときに,その反射光または透過光が主軸の傾いた楕円偏光となる現象。

31

シリコンバックプレーン

反射光(-θ)

入射光

入射光

電極

光吸収体

反射光(+θ)

ヨーク

ミラー

ミラー

ヨーク電極ヒンジ

ミラー支持柱

ねじれによる回転

7図 DMDの概要

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解説 02

磁化反転」と呼ばれる技術を用いる。そのため,隣接画素へのクロストークもなく,1μm以下の高密度化が可能である。また,原理的に数十ns幅のパルス電流で駆動することもできるため,液晶やDMDと比較して3桁も速い応答速度を持つ。詳細については,本特集号の報告「アクティブマトリクス駆動スピン注入型空間光変調器」および「超高密度磁性ホログラムを用いた広視域立体像再生」で,最近の研究成果を紹介する。ここでは,その概要について述べる。

スピンSLMの構造と動作原理を8図に示す。シリコントランジスター上に2枚の強磁性層(光変調層,磁化固定層)と,それらによって挟まれた薄い絶縁層の3層構造から成る光変調部が形成されており,その上に透明電極層を配した構成である。LCOSやDMDなど,メモリー機能のないSLMデバイスでは,各画素にキャパシターを追加するか,画素内に複数のトランジスターを設けてメモリー機能を付加する必要があるが,スピンSLMは光変調部に強磁性体を用いるため,本質的にメモリー機能を持つ。そのため,各画素に必要なトランジスターは1個で十分であり,シリコンバックプレーンの高密度化にも有利となる。光変調部の膜厚方向に,トランジスターからパルス電流が供給されると,光変調層の磁化の向きを反転することができる。また,逆方向にパルス電流を流すと,磁化の向きは元に戻る(スピン注入磁化反転)。次に,透明電極側から直線偏光の光が入射すると,光変調層の磁化の向きに応じて,反射した光の偏光面が回転する(磁気光学効果)。スピンSLMは,パルス電流を流す向きによって,光の偏光面を変えることができるバイナリー方式の表示デバイスである。カラー化や多階調化は,デバイスの高速性を生かして時分割駆動で実現することができる。

9図に示すように,光変調部を2次元アレー状に並べ,光変調層の磁化方向をそれぞれ電流で制御して干渉縞を形成する。これに,直線偏光の光を照射すると,干渉縞パターンに応じて立体像を再生することができる。スピンSLMは,LCOSやDMDと同様に反

透明電極

絶縁層1

シリコン基板

ソース ドレイン

ゲート

絶縁層2

電流

磁化固定層中間層

光変調層

入射光 反射光

偏光方向が回転(磁気光学効果)

パルス電流

スピン注入磁化反転

画素選択トランジスター

光変調部

8図 スピンSLMの基本構造

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射型のSLMであるが,立体像は3図(b)と同じ原理で再生される。スピンSLMの課題は,超多画素化に向けた動作電流の低減と,磁気光学効果による

光変調度*10 の向上である。現在までに,画素ピッチ2μmのデバイスを開発25)26)しているが,今後,更なる低電流化と光変調度の改善を進めて,高密度化を図る必要がある。

4.インテグラル方式における高密度表示デバイス4.1 原理

もう1つの空間像再生方式であるインテグラル方式2)の原理について,10図を用いて説明する。インテグラル方式で再生された立体像は,水平方向だけでなく,垂直方向にも視域を有するという特長があるが,ここでは分かりやすくするために,垂直方向のみを図示した。10図(a)に示すように,多数の微小なレンズが平面状に並んだレンズアレーを通して被写体を撮影する。このレンズアレーを用いることによって,さまざまな方向の光線情報を一括して取得することができる。1つのレンズを通して見ることができる被写体の像を要素画像と呼ぶ。撮影では,各レンズから見た各方向の要素画像が取得される。表示では,10図(b)に示すように,撮影した要素画像を表示デバイスで表示し,その前面に撮影時と同じレンズアレーを同じ場所に配置する。これにより,撮影時にレンズアレーに入射した各光線とは逆方向に進行する光線群を出射することができる。この光線群が,もともと被写体が存在した空間で結像するため,特別なめがねを必要とせず,普段ものを見るのと同じように,再生された被写体の立体像を見ることができる。

4.2 再生像の特性と課題10図(b)において,レンズアレーの位置を0として,g はレンズアレーから要素画

像表示面までの距離,L はレンズアレーから観察点までの距離,z はレンズアレーから立体像までの距離を表す。このとき,z の位置に再生される立体像の単位角度内に再生できる縞の数は空間周波数βと呼ばれ,次式で表される28)。

*10光の強度や位相,偏光状態などの変化の大きさ。

入射光

スピンSLM

磁化の向きで干渉縞を表示光変調層の磁化:下向き

N極

S極

光変調層の磁化:上向き

立体像

9図 スピンSLMによる立体像の再生方法

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解説 02

z

zLP

g -=β2

(2)

ここで,P は要素画像の画素ピッチを表す。βの単位はcpr(cycles per radian)である。(2)式より,z が小さくなるほど,すなわち再生される立体像がレンズアレーの位置に近づくほど,空間周波数は高くなっていく。一方,再生像は10図(b)におけるレンズアレーのレンズピッチPLで標本化されているため,標本化定理*11 によって,観察点から見たレンズピッチの空間周波数の最大値βnは次式で制限され,この値が観察される最大空間周波数となる。

Ln P

L2

=β (3)

(2)式と(3)式のz 以外の各変数に適当な定数を代入し,再生される立体像の位置zと空間周波数の関係を求めると11図のようになる。ここで,青線の特性(要素画像の画素ピッチがP の場合)に対し,P の値を1/10とした場合の特性を赤線で示すと,立体像を最大空間周波数βnで再生できる奥行き方向の範囲が10倍近くに広がっている。この結果から,要素画像の画素ピッチ P を狭くすることが,最大空間周波数で再生でき

*11元の信号に含まれる最高周波数成分の2倍以上の周波数で標本化を行えば,元の信号を完全に表すことができるという定理。

xxx

(a) 撮影 (b) 表示

撮影方向

要素画像 要素画像(画素ピッチP)

表示面

観察方向レンズアレー(レンズピッチPL)

撮像面レンズアレー

0-

被写体 立体像

Zzg L

10図 インテグラル方式の原理

レンズアレーの位置 観察者の位置

立体像の位置

再生像の空間周波数 β(cycles/radian)

(近)0(遠)

βn:最大空間周波数

要素画像表示面の画素ピッチ

/10P

ZL

P

11図 再生像の空間周波数特性の一例(計算値)

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る立体像の奥行き範囲の拡大にとって重要であることが分かる。また,レンズアレーを構成する1つのレンズが,再生される立体像の1画素に相当するため,(3)式で示されるように,立体像の最大空間周波数βnを高くするためには,レンズの小口径化と個数の増加が必要である。したがって,高精細な立体像を広い奥行き範囲で再生するためには,レンズの小口径化とともに,画素ピッチP が狭くかつ超多画素の2次元表示デバイスが必要となる。

また,空間の1点を通る光線が2本以上同時に瞳に入射すれば,この点に対して眼がピントを合わせることができるため,より自然な立体表示ができることが報告されている29)。例えば,約1〜2mの観察距離(視域約30°)でそれを実現しようとすると,光線の角度ピッチは,約0.5°以下とする必要がある。そのため,要素画像の表示に必要な画素数は,水平方向に限っても60以上となる。ここで,要素レンズのサイズを0.3mmとすると,表示デバイスの画素ピッチP は5μm以下であることが求められる。

4.3 レンズアレーを用いる方式当所では,これまでLCOS方式の8Kプロジェクターとレンズアレーを用いたインテグ

ラル立体表示装置を開発し,画素ずらし技術*12 を適用することで立体像の画質を向上させてきた30)。立体像の画質を更に改善するには,単一の表示デバイスでは困難であるため,複数の表示デバイスを用いて立体像の高品質化を図る手法が検討されている。例えば,複数のLCOSプロジェクターを用いて,レンズアレー面に要素画像を重畳投影することでインテグラル立体の解像度を向上させる研究が進んでいる31)〜 33)。また,薄型の直視型パネルを複数使用し,光学系により画面合成することで,立体像の表示画素数を増大させることができる。当所では,4台の透過型液晶ディスプレーによる表示画像を独自の光学系で合成することにより,インテグラル立体像の画面面積を単一の表示デバイス使用の場合に比べて約5.66倍に拡大した34)。さらに,立体像の画質改善には狭画素ピッチ化が有効であるため,高密度な8K有機ELディスプレーを用いた装置を適用し,立体像の高解像度化を実現した35)。

ここで,狭画素ピッチ化が進んでいる有機ELディスプレーの概要を12図に示す。有機ELは電流駆動による自発光型の表示デバイスであり,基本構造は,電子輸送層と正孔輸送層で発光層を挟んだものである。上下の電極から,電子と正孔がそれぞれ注入されて結合することにより,エネルギーを放出する。このエネルギーで有機分子が励起されて発光する。現在,高密度デバイスとしてシリコンバックプレーンを用いて,画素ピッチ7.5μm,画素数1,280×720,画面サイズ0.43インチ,コントラスト比10万:1以上の有機ELディスプレーが開発されている8)。今後,高密度化と多画素化を図り,インテグラル立体に応用することで,さらなる画質の改善が期待できる。

4.4 レンズアレーを用いない方式レンズアレーを用いてインテグラル立体映像を表示する場合,13図(a)に示すよ

うに,撮影時に各レンズに入射した被写体の要素画像を,撮影時とは逆方向に進行する光線群として再生する。この場合,要素画像とレンズの位置関係を,撮像時と表示時の両者で厳密に合わせる必要がある。一方,13図(b)に示すように,光線の方向を直接制御できる光偏向素子を用いて,時分割駆動で光線群を再生する方法が考えられる。レ

*12緑表示用素子からの映像を斜め方向に半画素間隔だけずらし,時分割表示することで,水平・垂直の解像度を等価的に2倍に向上させる技術。

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解説 02

ンズアレーが不要となるため,レンズによる再生像の空間周波数低減や,収差*13 ,位置ずれなどの問題を解決できる方式として期待できる。光偏向素子で立体像を再生するには,フレーム時間内で要素画像に対応する光線を高速に制御する機能のほか,光線数を増大させるために,微細な光ビームを出力できる性能が要求される。

現在,実用化されている光偏向素子では,可動コイルの軸にミラーを取り付け,電気信号に応じて発生した電磁誘導を利用し,回転角を制御するガルバノメータースキャナーがある36)。この場合,光の偏向効率は高いが,機械的に駆動するため,高速スキャンや小型化が困難である。そのほか,機械的な動きを利用するものとして,前述したMEMSベースのDMD方式がある。光偏向素子に応用するためには,連続的に光線の方向を制御する機能が必要である。このようなDMDは,バイナリー方式とは区別してTTP(Tip-Tilt-Piston)マイクロミラーと呼ばれる。最大の偏向角は±10°と比較的広いものの,ミラーの大きさは数百μm,駆動速度は数十kHz程度である37)。

一方,機械的な動作を伴わない光偏向素子として,光フェーズドアレー(Optical

*13理想的なレンズ性能からのずれ。

+ + ++- - - -

正孔輸送層

電子輸送層

透明電極

発光

画素の構造

発光層

12図 有機ELディスプレーの概要

(a) レンズ (b) 光偏向素子

5 4 3 2 1

54321 t1 t 2 t 3 t 5t 4

レンズ 光偏向素子

光源表示装置

要素画像(5画素の場合)

時分割方向制御空間結像

13図 要素画像の表示方法

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Phased Array)がある38)。この方式は機械的なものと比べて,高速化,省電力化,および光ビーム形状のダイナミック制御などが期待できる。光フェーズドアレーの構成図を14図に示す。入力した光を光ビームスプリッターによって複数(N 本)の光導波路に分岐し,各導波路間の光の位相をフェーズシフター部に印加する電圧や電流によって変化させるデバイスである。隣接する導波路間の位相差をΔφに固定すると,最終的に各光導波路の出力部(ピッチp)から出力された光は干渉して,光ビームを形成し,その偏向角は(4)式に示すようなθとなる。

p2πsin 0λ Δφ=θ (4)

(4)式を基に計算した光フェーズドアレーの出力光ビーム特性の一例を15図に示す。15図(a)は,真空中の光の波長λ0を基準とする光導波路の出力ピッチ(λ0 /p)と光フェーズドアレーから出力される光の最大偏向角との関係であり,15図(b)は, λ0 /pを固定し,N をパラメーターとした出力光ビームの幅である。15図(a)より,出力光ビームの最大偏向角(θがとりうる値の最大値)は, 光出力部のピッチp が小さいほど大きくなる。一方,15図(b)より,出力光ビームの幅は,光出力チャンネル数N が大きくなるほど,細くなることが分かる。このことから,光フェーズドアレーにお

入力光導波路

光ビームスプリッター

基板

フェーズシフター

光出力部(チャンネル数N,ピッチp)

電極信号線

入力光(波長:λ0)

出力光ビーム

光導波路

偏向角θ0°

14図 光フェーズドアレーの構成図

真空での波長λ0/光出力部ピッチp

90

0 0.2 0.4 0.6 0.8 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 41

60

30

0

1

0.5

0

λ0/p = 0.56の場合

出力光ビーム幅(度)

最大偏向角(度)

相対強度

(a) 最大偏向角とλ0/pの関係 (b) 出力光ビーム幅と光出力チャンネル数Nの関係

N = 8N = 32N = 64

15図 光フェーズドアレーの出力光ビーム特性の一例(計算値)

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解説 02

いて,要素画像を広い視域で表示し,かつ要素画像の光線数を増やすためには,光出力部のピッチp を小さく,チャンネル数 N を大きくすることが必要であることが分かる。

光フェーズドアレーの応答速度や消費電力などの重要な部分は,フェーズシフターの性能で決まる。光の位相の変化量は,光導波路に用いる材料の屈折率の変化量に比例する。フェーズシフターで光の位相を電気的に変える方法としては,電流により電極下に熱を発生させて屈折率を変化させる熱光学効果39)や,電界によって屈折率を変化させる電気光学(EO:Electro-Optic)効果40)を利用したものなどがある。EO効果の大きさや応答速度は材料によって異なり,EO効果が大きい材料ほど,低い電圧で位相を変化させ(このとき電流はほとんど流れない),低い消費電力で光の偏向方向を制御することが可能となる。当所では,高速な応答性能,大きなEO効果,微細な加工が可能であることなどの理由から,EO効果を有する高分子(EOポリマー)41)を用いた光フェーズドアレーの研究を進めている42)。光フェーズドアレーについては,本特集号の報告「電気光学ポリマーを用いた光フェーズドアレーの動作解析」で詳細を述べる。

5.あとがき本稿では,特別なめがねが不要で自然な立体像を表示できる空間像再生方式として,

ホログラフィー方式とインテグラル方式について,その概要と課題,および最近の研究開発動向について述べた。実用的な立体映像を実現するためには,いずれの方式においても,高密度・超多画素の表示デバイスが必須となる。

ホログラフィー方式では,原理的にレンズアレーが不要であるものの,デバイスに要求される条件は厳しく,超高密度のデバイス開発を中心に進めていく必要がある。一方,インテグラル方式では,空間解像度,視域角,奥行き再現範囲を,画素ピッチやレンズピッチ,レンズの焦点距離で設計できる自由度がある。そのため,応用するサービス形態に適したシステム設計が可能であり,表示デバイスの開発状況に合わせてシステムを構築することができるが,その映像品質を検証することも重要である。

また,レンズアレーを用いない表示デバイスの一例として,光偏向素子を紹介した。インテグラル立体映像を高品質で表示するためには,細く絞った光ビームを,高速かつ広範囲に出力し,光線数の増大を図ることが求められる。今後,材料,構造など,基盤となる要素技術の開発を進めることが重要となる。

2次元映像とは比較にならないほどの大量のデータを扱う立体映像技術では,表示デバイスの開発はもちろん,撮像や圧縮・符号化,伝送などの技術向上のほか,立体映像を利用した新しいサービスの構築を検討することも必要であろう。当所では,今後も立体映像に関する総合的な研究開発を着実に進めていく。

参考文献1) D. Gabor:“A New Microscopic Principle,”Nature,Vol.161,No.4098,pp.777-778(1948)

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3) JVCケンウッド報道発表資料(2016年10月4日), https://www.jvckenwood.com/press/2016/10/press_161004.html

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4) 情報通信研究機構委託研究:“「究極立体映像用超高密度・超多画素表示デバイスの研究開発」, 平成25年度研究開発成果概要書,” http://www.nict.go.jp/collabo/ commission/k_155.html

5) https://holoeye.com/spatial-light-modulators/gaea-4k-phase-only-spatial-light-modulator/

6) Texas Instrumentsデータシート, http://www.ti.com/lit/ds/symlink/dlp4710.pdf

7) Texas Instrumentsデータシート, http://www.ti.com/lit/ds/symlink/dlp660te.pdf

8) セイコーエプソン報道発表資料(2016年9月29日), http://www.Epson.jp/osirase/2016/160929.html

9) M. Shiokawa, K. Toyotaka, M. Tsubuku, K. Sugimoto, M. Nakashima, S. Matsuda, H. Shishido, T. Aoyama, H. Ikeda, S. Eguchi, S. Yamazaki, M. Nakada, T. Sato, T. Abe and J. Koezuka:“A 1058 ppi 8K4K OLED Display Using a Top-Gate Self-Aligned CAAC Oxide Semiconductor FET,”SID Symp. Dig. Tech. Papers,Vol.47,pp.1209-1212(2016)

10) S. Kawashima, S. Inoue, M. Shiokawa, A. Suzuki, S. Eguchi, Y. Hirakata, J. Koyama, S. Yamazaki, T. Sato, T. Shigenobu, Y. Ohta, S. Mitsui, N. Ueda and T. Matsuo:“13.3-in. 8K x 4K 664-ppi OLED Display Using CAAC-OS FETs,”SID Symp. Dig. Tech. Papers,Vol.45,pp.627-630(2014)

11) オルタステクノロジー報道発表資料(2015年5月26日), http://www.ortustech.co.jp/notice/20150528.html

12) E. N. Leith and J. Upatnieks:“Wavefront Recontruction with Diffused Illumination and Three-dimensional Objects,”J. Opt. Soc. Am.,Vol.54,No.11,pp.1295-1301(1964)

13) L. J. Hornbeck and W. E. Nelson:“Spatial Light Modulator and Applications,”OSA Technical Digest Series,Vol.8,pp.107-110(1988)

14) P. F. Van Kessel, L. J. Hornbeck, R. E. Meier and M. R. Douglass:“A MEMS-Based Projection Display,”Proc. IEEE,Vol.86,No.8,pp.1687-1704(1998)

15) R. Oi, Y. Ichihashi, T. Senoh, M. Okui, K. Wakunami and K. Yamamoto:“A Mixed Display Method for Real Objects and CG Texts in Electronic Holography,”IDW/AD’16 3Dp1/3DSAp1-11,pp.874-877(2016)

16) T. Kozacki and M. Chlipala:“Color Holographic Display with White Light LED Source and Single Phase Only SLM,”Opt. Express,Vol.24,No.3,pp.2189-2199(2016)

17) Y. Takaki and K. Fujii:“Viewing-zone Scanning Holographic Display Using a MEMS Spatial Light Modulator,”Opt. Express,Vol.22,No.20,pp.24713-24721(2014)

18) J. Kim, K. Hong, Y. Lim, J. Kim and H.-G. Choo:“Digital Holographic Display for 360° Viewable 3D Color Image Rendering and Its Performance Evaluation,”IDW/AD ’16 3DSA1/3D1-1,pp.1515-1518(2016)

19) Y. Isomae, Y. Shibata, T. Ishinabe and H. Fujikake:“Design of 1-μm-pitch Liquid Crystal Spatial Light Modulators Having Dielectric Shield Wall Structure for Holographic Display with Wide Field of View,”Optical Review,Vol.24,No.2,pp.165-176(2017)

20) K. Aoshima, N. Funabashi, K. Machida, Y. Miyamoto, N. Kawamura, K. Kuga, N. Shimidzu, F. Sato, T. Kimura and Y. Otani:“Spin Transfer Switching in Current-perpendicular-to-plane Spin Valve Observed by Magneto-optical Kerr Effect Using Visible Light,”Appl. Phys. Lett.,Vol.91,No.5,pp.(052507)1-3(2007)

21) K. Machida, D. Kato, T. Mishina, H. Kinjo, K. Aoshima, K. Kuga, H. Kikuchi and N. Shimidzu:“Three-Dimensional Image Reconstruction with a Wide Viewing-Zone-Angle Using a GMR-Based Hologram,”OSA Topical Meeting Digital Holography and 3-D Imaging

(DH),DTh2A.5(2013)

22) 菊池,町田,青島,加藤,金城,久我,清水:“スピン注入型空間光変調器,”O plus E誌,Vol.35,No.7,pp.742-750(2013)

23) H. Kinjo, K. Machida, K. Matsui, K. Aoshima, D. Kato, K. Kuga, H. Kikuchi and N. Shimidzu:“Low-current-density Spin-transfer Switching in Gd22Fe78-MgO Magnetic Tunnel,”J. Appl. Phys.,Vol.115,pp.(203903)1-3 (2014)

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解説 02

本も と

山や ま

靖やすし

1986年入局。新潟放送局を経て,1989年から放送技術研究所において,プラズマディスプレー,立体映像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所立体映像研究部上級研究員。博士(工学)。

町ま ち

田だ

賢け ん

司じ

1993年入局。広島放送局を経て,1995年から放送技術研究所において,垂直磁気記録,スピントロニクスの研究に従事。現在,放送技術研究所立体映像研究部上級研究員。博士(工学)。

24) K. Aoshima, H. Kinjo, K. Machida, D. Kato, K. Kuga, T. Ishibashi and H. Kikuchi:“Active Matrix Magneto-Optical Spatial Light Modulator Driven by Spin-Transfer Switching,”J. Display Tech.,Vol.12,No.10,pp.1212-1217(2016)

25) H. Kinjo, K. Aoshima, N. Funabashi, T. Usui, S. Aso, D. Kato, K. Machida, K. Kuga, T. Ishibashi and H. Kikuchi:“Two Micron Pixel Pitch Active Matrix Spatial Light Modulator Driven by Spin Transfer Switching,”Electronics,Vol.5,No.3,p.55(2016)

26) 船橋, 金城, 青島, 加藤, 麻生, 久我, 町田, 菊池:“電子ホログラフィ用スピン注入型空間光変調器の研究,”映情学誌,Vol.71,No.4,pp.J131-J136(2017)

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34) N. Okaichi, M. Miura, J. Arai, M. Kawakita and T. Mishina:“Integral 3D Display Using Multiple LCD Panels and Multi-image Combining Optical System,”Optics Express,Vol.25,No.3,pp.2805-2817(2017)

35) NHK技研研究年報2016, P.19, http://www.nhk.or.jp/strl/publica/nenpou-h28/2016-chap02.pdf

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