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卒業論文 白金薄膜から準安定ヘリウム気体への スピン移行 東京農工大学 工学部 物理システム工学科 平成 26 年度入学 学籍番号:14256048 丸山遥香 指導教員:畠山温 准教授 平成 30 2 15 日提出

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卒業論文

白金薄膜から準安定ヘリウム気体へのスピン移行

東京農工大学 工学部 物理システム工学科

平成 26年度入学学籍番号:14256048

丸山遥香

指導教員:畠山温 准教授平成 30年 2月 15日提出

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目次

第 1章 序論 11.1 背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11.2 本研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11.3 研究の成果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21.4 本論文の構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

第 2章 実験方法 32.1 準安定ヘリウム He* . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32.2 スピン流とスピンホール効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32.3 He*の表面過程 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 52.4 光ポンピング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

第 3章 実験装置 73.1 真空装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 73.2 スピン偏極検出系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 93.3 磁場系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

第 4章 スピン移行測定 104.1 測定方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 104.2 結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 124.3 考察 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

第 5章 結論 14

参考文献 15

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第 1章

序論

1.1 背景

電子などの粒子はスピンという量子力学的な性質をもつ。電子はスピン 12 なので、ある方向成分つい

て二つの固有状態をもち、それぞれ上向きスピン、下向きスピンと呼ばれる。このスピンを異なる物質の

間で移行させる研究がされている。その例として、近年盛んに行われているスピントロニクス分野におけ

る固体同士のスピンのやりとりの研究が挙げられる。電子の電荷とスピンという二つの性質は長年別々の

分野で活用されてきており、エレクトロニクスでは電荷のみが、マグネティクスではスピンのみが利用さ

れてきた。しかし近年のナノテクノロジーの発展により、電荷とスピン両方の性質を利用したスピントロ

ニクスという分野が構築され始めた。スピントロニクスの成果の例として、磁性金属から非磁性金属への

スピン注入によるスピン流生成などが挙げられる [1]。スピン流とは電子スピンの流れであり、2.2節で詳しく述べる。固体同士のスピンのやりとりに対し、気体同士の場合のスピンのやりとりの研究もされてい

る。その例として気体分子の衝突によりスピンを交換して気体を偏極させるスピン交換光ポンピングが挙

げられる [2]。光ポンピングとはレーザー光を用いて原子や分子の電子を励起させる操作である。光ポンピングの難しい物質と、あらかじめ光ポンピングで偏極させた他の物質との間で角運動量を交換する手法

をスピン交換光ポンピングという。

ここまで固体同士、気体同士という同じ状態の異なる物質間でスピンをやりとりさせる研究について述

べてきたが、本研究では固体と気体の間でスピンをやりとりさせる。固体スピンと気体スピンを結び付け

た先行研究の例としては、偏極準安定状態ヘリウムビームを用いた表面磁化の計測 [3]が挙げられる。本研究により固体と気体間でのスピン移行の過程が見出されれば、スピン流を利用した気体の偏極方法へと

繋がると期待される。また、前述したスピントロニクスと気体スピンの研究を繋ぐ新しい分野を開拓する

ことができるだろう。

1.2 本研究の目的

本研究では固体スピンから気体原子へのスピン移行の過程の探索を目的とする。今回の実験では表面を

偏極させた白金(以下、Pt)の薄膜から準安定状態のヘリウム(以下、He*)へのスピン移行を試みた。

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2 第 1章 序論

1.3 研究の成果

固体から気体へのスピン移行を検出できる実験装置を設計、作製した。

He*を生成し、Ptに流したところ、Ptから He*へスピンが移行したと思われる信号を検出することができた。

1.4 本論文の構成

本論文は 5つの章で構成される。第 2章では実験の概要および背景知識について説明する。第 3章ではスピン移行実験を行うために作製した装置について述べる。第 4章では Ptから He*へのスピン移行の測定実験について、その測定方法と結果、考察を述べる。第 5章で本研究の結論とした。

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第 2章

実験方法

本実験の概要について説明する。

He を真空装置に導入し、放電させて He*を生成する。Pt 薄膜に電流を流すと 2.2 節で述べるスピンホール効果により、Pt表面に上向きスピンまたは下向きスピンが蓄積する。

He*が Pt表面と衝突したとき、パウリの排他原理により一つの軌道に同じ向きのスピンをもった電子は存在できないので、スピンの向きによって基底状態に落ちる原子と準安定状態を保つ原子の割合が変わ

る。そのため、Pt表面近くの He*は偏極すると考えられる。プローブ光として円偏光を Pt表面近くに通すと、He*が偏極している場合、円偏光の向きに応じて光の吸収に差が生じる。円偏光の向きを周期的に変化させ、光吸収の差を円偏光の向きが変化する周波数でロックイン検出することにより、He*の偏極を検出する。

2.1 準安定ヘリウム He*

Heの基底状態で 1s準位を占める 2個の原子のうち 1個が 2s準位に上がった励起状態は、基底状態との光学的遷移が選択則で禁止されているため、寿命が長い。このような励起原子を準安定原子と呼ぶ。特

に 1s準位と 2s準位の電子スピンが平行な 23S1 状態の寿命は約 8000秒である。本実験では、準安定状態として 23S1 状態のヘリウムを用いた。図 2.1に Heのエネルギー準位と電子配置について示した。

He*は光を用いた偏極生成やその検出が容易である。また 1.1節で述べた偏極原子ビームを用いた表面磁化の計測の研究 [3]などにより固体との相互作用が研究されている。以上の理由から本研究では気体スピン系として He*を用いた。

2.2 スピン流とスピンホール効果

電流は上向きスピンと下向きスピンを含んだ電子の正味の流れである。それに対し、上向きスピンと下

向きスピンの電子の流れの差をスピン流という。

非磁性体試料に電流を流した時、電子のスピンと電子の軌道運動との相互作用であるスピン軌道相互作

用により図 2.2のように上向きスピンと下向きスピンの電子は互いに逆方向に散乱され、電流と垂直な方向にスピン流が流れる。この現象をスピンホール効果という。スピン流が試料の端に到達した結果、スピ

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4 第 2章 実験方法

ンの向きが揃った電子の蓄積ができる。

Ptはスピン軌道相互作用が大きくスピン流が生じやすいため、表面にスピンの向きが揃った電子が蓄積しやすいので本実験で用いた [4]。試料に電流を流した時、上向きスピンと下向きスピンがそれぞれどの方向に流れるかは物質により異な

る。Ptの場合、図 2.2の +x 方向に電流を流した時、−y 方向を向くスピンは +z方向に流れて試料上端に

蓄積し、+y 方向を向くスピンは −z 方向に流れて試料下端に蓄積する [4]。

11S0

21S0

23S1

E

~8000 s

1s

2s

1s

1s

2s

2s

図 2.1 Heのエネルギー準位と電子状態

電流

スピン流

x

yz

図 2.2 スピンホール効果

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2.3 He*の表面過程 5

2.3 He*の表面過程

He*の Pt表面における脱励起過程について説明する。まず He*の 2s軌道にある電子がトンネル効果でPt表面の伝導帯の空軌道に入り、He+ が生じる。この過程を共鳴イオン化という(図 2.3(a))。He+ が Pt表面にさらに接近すると、Ptの一つの軌道の電子が He+ の 1s軌道に移り、そのエネルギーで Ptの他の軌道の電子が外部に放出される。この過程でイオンが中和されることをオージェ中和という(図 2.3(b))。この二つの過程を経て He*は基底状態へと脱励起する [5]。

Evac

1s

2s

EF

Pt He*

(a) 共鳴イオン化

Evac

2s

1s

Pt He+

EF

(b) オージェ中和

図 2.3 He*の表面過程

He* Pt

図 2.4 He*の偏極

次に He*と固体表面との衝突により生じる He*の偏極について説明する。図 2.4においてプローブ光の進行方向と同じ向きの赤い矢印を上向きスピン、逆向きの緑色の矢印を下向きスピンとする。上向きスピ

ンの電子が蓄積している固体表面に He*が衝突したときを考える。パウリの排他原理より一つの軌道に同じ向きのスピンをもった電子は存在できないので、上向きスピンの電子をもつ He*は変化せず、下向きスピンの電子をもつ He*は 2s軌道の電子を放出して 1s軌道に固体の上向きスピンの電子を受け取り基底状

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6 第 2章 実験方法

態に脱励起する。このように選択的に He*が脱励起することにより He*が偏極する。固体表面での散乱で生じる He*の偏極信号の大きさを見積もる。He*が固体表面で散乱されながら脱

励起せずに生き残る確率は 10−5 程度である [6]。その生き残った He*が 0.1の偏極をしているとすると、10−6 の偏極が作られる。このときの He*の光吸収による信号は典型的には 1µV程度なので、ロックイン検出することにより信号は検出できると見込まれる。

2.4 光ポンピング

円偏光を入射し気体をスピン偏極させる手法を光ポンピングという。円偏光の向きは、光の進行方向か

ら見て 1/4波長板に直線偏光が図 2.5(a)のように入射した場合が右回り、図 2.5(b)のように入射した場合が左回りである。右回り円偏光を用いて He*を光ポンピングした場合は He*はポンプ光の進行方向と逆向きに偏極し、左回り円偏光を用いた場合は He*はポンプ光の進行方向と同じ向きに偏極する [8]。本研究では Pt薄膜に電流を流した時のスピン偏極を検出する際に、光ポンピングで He*を偏極させた

信号を参照した。

fast

slow

45°

(a) 右回り円偏光の場合

fast

slow

45°

(b) 左回り円偏光の場合

図 2.5 直線偏光の入射角度と円偏光の向き

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第 3章

実験装置

実験装置は真空装置、信号検出系、磁場系から構成されている。

3.1 真空装置

He

真空計,BAゲージ

直線導入機

ステージ放電コイル

ゲートバルブ

ターボポンプ

図 3.1 真空装置の全体図

真空装置の全体図を 3.1に示した。真空装置内には Pt薄膜を取り付けたステージや Heを放電するためのコイルがある。装置にスクロールポンプとターボポンプを接続し、装置内を 10−5 Paまで排気した。

3.1.1 放電コイル

Heを放電させて He*を生成するために使用する。直線導入機付きのフランジに接続し、試料表面との距離を変化させられるようにした。参考文献 [7]の放電コイルを用いた。

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8 第 3章 実験装置

3.1.2 ステージ

Pt薄膜基板を取り付けるステージは無酸素銅製であり、試料を固定するための押さえも同じく無酸素銅製のものを使用した。また、試料押さえに Pt薄膜に電流を流すための銅線とステージの温度を測るための熱電対を配線している。(図 3.2)本実験では使用しなかったが、加熱して試料表面の不純物を除くためステージ裏側にセラミックヒー

ターを設置した。このヒーターを使わなくても Pt表面をスピン偏極させるとき電流を流すため、ジュール熱が生じて温度が上昇する。2 Aの電流を流したとき、熱電対で測定した温度は約 100◦Cになった。

10 mm

80 mm

30 mm

Pt薄膜試料押さえ

熱電対電源へ

図 3.2 ステージ

3.1.3 Pt薄膜

Pt 薄膜は、共同研究先である東北大学 齊藤研究室に作製を依頼した。試料の大きさは 16 mm × 20mm、膜厚が 90 nmである(図 3.3)。Pt薄膜を蒸着させる基板には熱伝導性が良く、ステージに通電しないサファイアを使用した。

20 mm

16 mm

図 3.3 Pt薄膜

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3.2 スピン偏極検出系 9

3.2 スピン偏極検出系

試料に平行に入射したプローブ光の円偏光を 50kHzでσ +、σ-を切り替える。プローブ光は真空装置のビューポートから装置内へ入射する。フォトディテクターでプローブ光の強度を測定し、50 kHzで変化する信号のみをロックイン検出する。

検出方法、装置については参考文献 [7]を参照。

3.3 磁場系

真空装置の外側には縦磁場コイルと地磁気打消しコイルの 2種類のコイルを設置した。縦磁場コイルは He*の偏極を維持するための縦磁場をかけるために設置した。本実験では 0~3 Gの磁

場をかけた。

地磁気打消しコイルは x, y, z 軸方向に磁場をかけ、地磁気を打ち消す。

用いたコイル、磁場の測定については参考文献 [7]を参照。

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第 4章

スピン移行測定

4.1 測定方法

Pt薄膜から He*へのスピン移行測定の方法について述べる。まず真空装置内へ Heを圧力 1.1 × 102 Paで導入し、放電コイルに 1 Wの電力をかけて放電し He*を

生成した。Pt 薄膜に −2 A から 2 A まで 0.5 A ずつ変化させながら電流を流した。Pt 薄膜に電流を流すと、2.2節より図 4.1(a),4.1(b)のように Pt表面にスピンが蓄積する。図 4.1(a)のように Pt表面にプローブ光の進行方向と同じ向きのスピンが蓄積する電流の向きを正方向、図 4.1(b)のように逆向きのスピンが蓄積する電流の向きを負方向とした。次に He*のプローブ光の吸収の差をロックイン検出し、縦磁場をスキャンしながらオシロスコープで信号を観測した。光ポンピングで He*を偏極させたときの信号(図4.2,4.3)を参照した。光ポンピングのポンプ光の縦磁場をかけるとそれに平行な He*のスピンが維持される。縦磁場が 0になると He*の偏極は最も小さくなり、円偏光の向きによる光の吸収の差が 0に近づき図4.2,4.3のようなピークもしくはディップが観測される。以上のように縦磁場 0のときに He*の偏極が崩れて表れるピークもしくはディップを信号とした。

probe light

electric current

(a) 正方向の電流を流した場合

electric current

probe light

(b) 負方向の電流を流した場合

図 4.1 電流の向きとスピンホール効果による Pt表面のスピン蓄積

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4.1 測定方法 11

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図 4.2 右回り円偏光で光ポンピングした時のロックインアンプの出力波形

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図 4.3 左回り円偏光で光ポンピングした時のロックインアンプの出力波形

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12 第 4章 スピン移行測定

4.2 結果

横軸に縦磁場コイルが作る磁場の大きさ、縦軸にロックインアンプで検出した信号をとったグラフを図

4.4,4.5に示した。図 4.4は Pt薄膜に流す電流が +2 Aのとき、図 4.5は −2 Aのときの結果である。縦磁場が 0のときに He*の偏極が最も崩れるので、プローブ光の円偏光の向きの変化による吸収の差が小さくなることによる生じるピークが表れた。

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図 4.4 Ptに電流 +2 A流した時のロックインアンプの出力波形

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図 4.5 Ptに電流 −2 A流した時のロックインアンプの出力波形

Pt薄膜に流す電流の大きさと向きを変化させたときの、信号の大きさを表した図を図 4.6に示した。オシロスコープに出力した波形のベースラインからピークの点までを信号の大きさとした。電流の向きが負

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4.3 考察 13

の場合は負の信号、正の場合は正の信号が検出された。

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図 4.6 He*の偏極の Ptに流す電流依存性

4.3 考察

図 4.2,4.3より光ポンピングで He*を偏極させたときの信号は、右回り円偏光を用いた場合は上向きのピーク、左回り円偏光を用いた場合は下向きのピークが検出される。2.4より右回り円偏光を用いて He*を光ポンピングした場合は He*はプローブ光の進行方向と逆向きに偏極し、左回り円偏光を用いた場合はHe*はプローブ光の進行方向と同じ向きに偏極する。図 4.4,4.5より Pt薄膜に正の電流を流すと信号は上向きのピークを示し、負の電流を流した場合は下向きのピークを示す。光ポンピングで He*を偏極させたときの信号を参照すると、正の電流を流した場合は右回り円偏光を用いたとき、つまり He*はプローブ光と同じ方向に偏極している。よって負の電流を流した場合は右回り円偏光を用いたときに対応するので、

He*の偏極の向きはプローブ光と逆方向である。本実験において Pt表面にプローブ光とスピンの向きが同じ電子が蓄積する電流の向きを正、プローブ光とスピンの向きが逆向きの電子が蓄積する電流の向きを

負としている。2.3節より Pt表面に蓄積している電子のスピンの向きと逆向きのスピンの電子を二つもつHe*は脱励起し、同じ向きのスピンをもつ He*は生き残る。つまり He*の偏極の向きは Pt表面に蓄積する電子のスピンの向きと同じになると考えられる。しかし、実際の He*の向きは Pt表面の偏極の向きと逆であった。スピンが移行するこの過程は成り立たなかったが、偏極している Pt表面で He*が散乱することによりスピン偏極したと考えられる。

今回の実験では Ptに流す電流の向きと大きさのみを変化させた。プローブ光と Pt表面との距離や Heの圧力を変化させると He*の密度が変化し、偏極 He*の Pt表面から気体中への輸送が変化するので、信号の強さも変化すると考えられる。測定で得られた信号が Pt表面から He*へのスピン移行によるものかを判断するための実験として、また Pt以外の固体試料を用いた測定、磁気共鳴による信号検出を行うことが有効である。

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第 5章

結論

本研究の目的は固体と気体間でのスピン移行の過程を探索することであった。具体的な実験として Pt薄膜から He*へのスピン移行を試みた。実験を行うため、He*の生成とその偏極度の違いの測定、また Pt表面を偏極させる装置の設計、製作を

した。この装置を用いて測定を行った結果、Ptから He*へスピンが移行していると思われる信号が得られた。得られた結果が確かなものか検討するため、プローブ光のパスや Heの圧力を変化させた測定、Pt以外の固体試料を用いて比較実験をしたい。また He*の偏極の検出をプローブ光の吸収の差によるものだけでなく、磁気共鳴による信号でも判断したい。

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参考文献

[1] 齊藤英治,村上修一,「スピン流とトポロジカル絶縁体量子物性とスピントロ二クスの発展」(基本法則から読み解く物理最前線 1),共立出版 (2014)

[2] T. G. Walker, and W. Happer, Rev. Mod. Phys. 69, 2 (1997) [3] A. Pratt, M. Kurahashi, X. Sun, D. Gilks, and Y. Yamauchi, Phys. Rev. B 85, 180409 (2012)[4] E. Saitoh, m. Ueda, H. Miyajima, G. Tatara, Appl. Phys. Lett. 88, 182509 (2006)[5] 増田茂,「準安定原子による表面 d励起過程」,表面化学 vol. 14, No. 3, pp. 132-138 (1993)[6] M. Kurahashi, T. Suzuki, X. Ju, and Y. Yamauchi, Phys. Rev. Lett. 91, 267203 (2003)[7] 釋佳佑,「固体から準安定状態ヘリウム気体に移行したスピン偏極の検出」,東京農工大学工学部物理システム工学科,卒業論文 (2018)

[8] M. Auzinsh, D. Budker, S. M. Rochester,「Optically Polarized Atoms Understanding Light-Atom Inter-acting」, OXFORD UNIVERSITY PRESS (2010)

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謝辞

本研究を行うにあたりたくさんの方々にお世話になりました。指導教官の畠山先生には物理学の知識、

研究の進め方から研究者としての姿勢や考え方までたくさんのことを教えていただきました。ありがとう

ございました。研究室の先輩である関口さんには実験や解析の仕方、たくさんのアドバイス、素敵な作品

を教えて頂きました。後藤さんには修論で忙しい中、装置の組み立てを何度も手伝っていただきました。

共同実験者の釋くんには本研究で重要な気体の検出をしていただきました。お互い雑で大変なこともあり

ましたが、とても頼りにしていたし、楽しかったです。

また、本研究は東北大学齊藤研究室の皆様と共同で行いました。助言をくださった齊藤先生、Pt薄膜試料を作製してくださった追川先生、装置の組み立てを手伝っていただいた大柳さんにこの場をお借りし

てお礼を申し上げます。

そして 4年間大学で勉強すること、修士課程に進む機会を与えてくれた家族に感謝しています。1年間本当にありがとうございました。来年からも引き続きよろしくお願いします。