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知 財 管 理 Vol. 68 No. 11 2018 1534 論  説 知財部員のための未来予測「魚の目視点」の考え方 抄 録 先行きが不透明かつ不確実性が高い世の中であるからこそ自社を取り巻く競合や各種環 境について的確に予測し事業戦略や知財活動へ展開することが重要である本稿では未来予測に関する考え方や特許情報を活用した未来予測の取り組みについて体系的に整理 するとともに,3CPESTに加えて2つのP(人製品・サービス)の枠組みによりフォアキャス ティングによって特許情報から未来予測可能なケースとその考え方・分析手法を示すと同時にバッ クキャスティングをベースとした未来創造における特許情報の活用について提案する目 次 1はじめに 2未来予測の考え方 21 未来予測を行うための枠組み 22 フォアキャスティングとバックキャスティ ング 23 未来予測の手法 24 未来予測における特許情報の位置づけ 25 特許情報を用いた未来予測に関する過去 の研究 3特許情報による未来予測事例とその適用可能性 31 PEST2Pの枠組みと予測可能性 32 Competitor(競合)の動向予測 33 意匠・商標情報の活用 4未来創造と特許情報の活用 5まとめ 6おわりに 1 . はじめに 世の中の動きを分析する際の視点として「鳥 の目」 「虫の目」 そして「魚の目」の3つが 必要であると言われている 1) 「鳥の目」とは空を飛ぶ鳥のように対象をマクロ的に俯瞰する 視点であり「虫の目」とは「鳥の目」とは対 照的に対象の細部に着目してミクロ的に分析す る視点を意味している本稿の標題にもある「魚 の目」とは海や川にいる魚が水の流れを見て 泳ぐように対象を取り巻くトレンドや変化を読 つまり予測することの重要性を説いている知財活動においても元キヤノンの丸島氏は その著書 2) で「事業部門は技術の変化を含め た事業の先読み」 「研究開発部門は基盤技術 の変化の先読み」 「知財部門は事業を実行す る国の制度運用の先読み」を行い経営戦略 の三位一体の重要性を主張しており「魚の目」 を持つことの重要性を説いている統計学およびビッグデータ解析の発展によ 人口動態 3) 4) や下記の式で表現されるワイ ンの質 5) などが予測できるようになってきた● ワインの質=12.1450.00117×冬の降雨 0.0614×育成期平均気温-0.00386×収 穫期降雨 しかし統計学で予測できるのは過去に何度 も起こっている事象に対してであり東日本大 震災のように稀にしか発生しない過去に起こ 株式会社イーパテント 代表取締役社長/知財情報 コンサルタント K.I.T. 虎ノ門大学院 客員准教授  Atsushi NOZAKI

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知 財 管 理 Vol. 68 No. 11 20181534

論  説

知財部員のための未来予測「魚の目視点」の考え方

 抄 録 先行きが不透明かつ不確実性が高い世の中であるからこそ,自社を取り巻く競合や各種環境について的確に予測し,事業戦略や知財活動へ展開することが重要である。 本稿では未来予測に関する考え方や特許情報を活用した未来予測の取り組みについて体系的に整理するとともに,3C・PESTに加えて2つのP(人,製品・サービス)の枠組みにより,フォアキャスティングによって特許情報から未来予測可能なケースとその考え方・分析手法を示すと同時に,バックキャスティングをベースとした未来創造における特許情報の活用について提案する。

野 崎 篤 志*

目 次1. はじめに2. 未来予測の考え方 2.1 未来予測を行うための枠組み 2.2 フォアキャスティングとバックキャスティ

ング 2.3 未来予測の手法 2.4 未来予測における特許情報の位置づけ 2.5 特許情報を用いた未来予測に関する過去

の研究3. 特許情報による未来予測事例とその適用可能性 3.1 PEST+2Pの枠組みと予測可能性 3.2 Competitor(競合)の動向予測 3.3 意匠・商標情報の活用4. 未来創造と特許情報の活用5. まとめ6. おわりに

1 .はじめに

世の中の動きを分析する際の視点として「鳥の目」,「虫の目」,そして「魚の目」の3つが必要であると言われている1)。「鳥の目」とは,空を飛ぶ鳥のように対象をマクロ的に俯瞰する視点であり,「虫の目」とは「鳥の目」とは対照的に対象の細部に着目してミクロ的に分析する視点を意味している。本稿の標題にもある「魚

の目」とは,海や川にいる魚が水の流れを見て泳ぐように,対象を取り巻くトレンドや変化を読む,つまり予測することの重要性を説いている。知財活動においても,元キヤノンの丸島氏は

その著書2)で「事業部門は,技術の変化を含めた事業の先読み」,「研究開発部門は,基盤技術の変化の先読み」,「知財部門は,事業を実行する国の制度,運用の先読み」を行い,経営戦略の三位一体の重要性を主張しており,「魚の目」を持つことの重要性を説いている。統計学およびビッグデータ解析の発展によ

り,人口動態3),4)や下記の式で表現されるワインの質5)などが予測できるようになってきた。

●  ワインの質=12.145+0.00117×冬の降雨+0.0614×育成期平均気温-0.00386×収穫期降雨

しかし,統計学で予測できるのは過去に何度も起こっている事象に対してであり,東日本大震災のように稀にしか発生しない,過去に起こ

* 株式会社イーパテント 代表取締役社長/知財情報コンサルタント K.I.T. 虎ノ門大学院 客員准教授 Atsushi NOZAKI

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ったことのない事象には効果が発揮できない6)。将来を予測し,その予測を的中させることは非常に難しいが,予測が当たらないからといって無計画に事業活動を遂行するわけにはいかないだろう。少しでも手元にある情報をベースに,自社を取り巻く将来の環境を予測できるのであれば,その予測をベースとして事業戦略を策定し,環境変化が当初の予測と異なる場合は随時軌道修正を図っていけば良い。本稿では各種情報の中でも,特許情報を活用した「魚の目」,つまり特許情報による未来予測の考え方と分析手法について筆者の視点で体系的に整理する7)。

2 .未来予測の考え方

経営学者として著名なピーター・ドラッカーが「われわれは未来について2つのことしか知らない。1つは,未来は知りえない,もう1つは,未来は今日存在するものとも,今日予測するものとも違うということである」と述べているように8),未来を知ることは容易なことではない。未来予測には図1に示すように大きく2つのスタンスが存在する。

1つ目は,予測があたるか否かはさておき,未来は予測可能であるというスタンス,もう1つは,未来は予測不可能であるというスタンスである。後者のスタンスにおいては,未来は自

ら創造するものとして,将来想定されるシナリオおよび戦略を策定する。本稿では前者のスタンスにおける特許情報の活用について焦点を当てているが,後者についても第4章で解説する。なお,予測する事象として,変化の方向性を示す「トレンド」,トレンドの延長戦で生じる出来事である「イベント」,そしてトレンドと無関係に偶発的に生じる「事件」があり,「事件」を予測するのは難しい9)。ビジネスおよび知財活動においては,AI・IoTや新素材・代替エネルギーなど技術「トレンド」や競合他社の新製品・サービス市場投入といった「イベント」の予測活動が中心となる。これらの予測を行うことによって,自社にとっての機会とリスクを正確に認識する。またビジネスインテリジェンスにおいて重要となる,自社にとっての脅威について予測活動を通じて早期警戒体制を敷くことができる10)。

2.1 未来予測を行うための枠組み

未来予測を行う上で最低限踏まえておきたい要素として事業戦略策定でもよく用いられる3C(Company:自社,Competitor:競合,Customer:顧客・市場)とPEST(Political:政治,Economical:経済,Socia l:社会,Technological:技術)の2つがある。予測においては自社だけではなく,自社を取り巻く外部環境,つまり競合他社(ここでいう競合とは顕在化された競合だけではなく,潜在的な競合も含む)と顧客・市場を考慮する必要がある。さらに,自社や競合・市場は政治的,経済的,社会的,技術的な影響を受けるのでPESTの枠組みで検討することも重要である。筆者は図2に示すように3C・PESTに2つの

P(Person,Product)を加えて,未来予測の枠組みとしている。Personは人であって,経営者やコアとなる研究者が将来動向へ与える影響を考慮するために含めている。一方,Product

図1 未来予測の2つのスタンス

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は製品・サービスを示しており,3Cにおける取引対象であると同時に,PESTの影響を受ける対象として含めている。

2.2 フォアキャスティングとバックキャスティング

経済学者の伊藤元重氏は,「魚の目」のポイントとして,① 長期のトレンドを見る② 過去の歴史・過去からの変遷を意識する③ 現在足元で起こっている変化のツボを押さえる

の3つを挙げている1)。

この3つは,現在または過去のトレンドを踏まえた上での予測であり,フォアキャスティングと呼ばれる(図3上)。一方,未来のある時

点に目標を設定しておき,そこから振り返って現在すべきことを考えることをバックキャスティングと呼ぶ(図3下)。伊藤氏の3つのポイントも踏まえたフォアキャスティングの事例について第3章で,バックキャスティングへの特許情報の活用については第4章で述べる。

2.3 未来予測の手法

未来予測の手法については一般的な観点11),また技術的な観点でまとめられた成書12),13)がある。また,最近では様々な実務家によって執筆された書籍14)も出版されている。金間氏は技術的な観点から,表1のように未

来予測手法を4つの類型のパターン分けしている13)。この中で特許情報による未来予測は,主に「現在を外挿する」の中にある「計量書誌学」15)

に該当するが,SWOT分析,技術ロードマップやシナリオプランニングなど他の手法を実施する上での基礎資料として用いることもできる。

表1 技術予測手法と4つの類型13)

類型 手法

未来の論点を探る(問題点の認識)

■ 環境認識法■ SWOT分析■ 課題調査

現在を外挿する(データあるいは専門家等の見解による現状の外挿によるアプローチ)

■ トレンド外挿法■ シミュレーション・モデリング

■ 計量書誌学■ デルファイ法

創造性を高める(コミュニケーションによる創造的アプローチ)

■ ブレーンストーミング■ 専門家パネル■ クロス・インパクト分析■ シナリオプランニング

優先順位を決定する(技術の選択と集中)

■ キーテクノロジーの抽出■ 技術ロードマップ■ 階層化分析法

日本の科学技術・学術政策研究所(通称:NISTEP)は1971年より科学技術予測を行っており,その成果はウェブサイトで閲覧すること

図2 未来予測を行うための枠組み:3C+PEST+2P(Person,Product)

図3 フォアキャスティングとバックキャスティング

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ができる16)。NISTEPの未来予測手法は,図4に示すように年代により変遷してきた。1971年から用いられているデルファイ法とは多数の専門家へ複数回のアンケート調査を実施することで予測の精度を向上させていく技術予測手法である。2005年の第8回科学技術予測調査以降は,シナリオプランニングを併用している。表1の類型に依れば「現在を外挿する」デルファイ法だけではなく,「創造性を高める」シナリオプランニングも用いて技術予測を行っていることが分かる。デルファイ法は多数の専門家アンケートによる予測だが,ある分野に特化した専門家(ビジネスの最前線にいる経営者やエンジニア)から将来像を聴く方法も有効であろう。最近では毎年1月に米国ラスベガスで開催されるCES(Consumer Electronics Show)17)や,毎年3月に米国オースティンで開催されるSXSW Conference & Festivals18),19)で討議されている内容をチェックすると良い。もともと音楽祭であったSXSWは,近年ではベンチャー・スタートアップが新しいビジネスやテクノロジーを発表する場ともなっており,CESとは異なる点で情報収集を行うことができる。

2.4 未来予測における特許情報の位置づけ

未来予測を行う上で様々な情報を用いるが,それらをPESTおよび 2P(Person,Product)の観点から整理したものが図5である。特許はT(技術)観点の情報であり,出願から1年半後に公開されるため,現時点であっても内容は最新のものではない。もちろん,現時点で最新の内容でなくとも過去からのトレンドを踏まえて外挿することで将来トレンドを予測することができる。

P(政治)については,将来施行されることが確実な法規制(環境規制・化学物質の規制など)があるため,将来トレンドを読む情報とし

図5 未来予測へ用いる場合の各種情報の位置づけ(PEST+2Pの観点から)

図4 科学技術・学術政策研究所の科学技術予測の経緯とその手法16)

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て非常に重要である。またPerson情報として大企業やベンチャー・スタートアップの役員のプレゼンやインタビューも未来の動向を占う上で必要である。大企業トップのプレゼン等であれば業界・業種全体の今後の行方を,ベンチャー・スタートアップのCEOインタビュー等であれば技術面からのイノベーション,そしてそのイノベーションによる既存の業界構造の破壊などを予想するのに貴重な情報源となる。次に特許情報が技術情報の予兆としてどれだけ使えるのか,また特許情報でどれだけ先を予測できるのかについて確認する。図6は新製品導入に関する技術シグナルの強さについて示している20)。Discussion Gray Literature(灰色文献),Scientific Papers(学術文献),R&D Alliances/Joint Ventures(共同研究開発・アライアンス)などを経て,特許が新製品導入についてのシグナルとして現れる。業界・業種によって特許出願と学術文献の順番が前後したり,学術文献では発表しない場合もあるが,概して特許情報を丁寧にウォッチングすることで比較的早期に他社の新製品開発状況を把握することができると言えよう。

次に特許情報によってどれくらい先まで予測することができるのだろうか。チルキー氏によれば,特許分析による予測可能期間は図7に示

すように5年ほどとなっている。しかし,5年であることの根拠や特許分析手法の詳細については開示されていない。

図7より言えることは,特許情報により予測可能な未来は,デルファイ法やシナリオプランニング法に比べると短いということであり,それぞれの手法の特徴を踏まえ使い分けることが必要であると言えよう。

2.5 特許情報を用いた未来予測に関する過去の研究

ここまでは未来予測,技術予測全般および特許情報の適用可能性について整理してきた。本節では特許情報を用いた未来予測に関する過去の事例・研究内容について取り上げる。特許情報が将来予測のツールとして有効である

ことは1970 -1980年代から認識されていた21)~24)。日本において公開制度が導入されて間もない1974年において既に図8のような特許情報を用いた技術予測についてのフレームワークが提案されていた。1970年代から1980年代にかけては,日本もま

だ成長期であり,特許や実用新案・意匠・商標などの出願トレンドからフォアキャスティングで将来予測を行うことに一定の妥当性はあったと言える。しかし,1990年代以降,バブル経済が崩壊し,長きにわたる景気低迷期に入り,さ

図6 新製品導入に関する技術シグナル20)

新製品導入へのタイムライン

ScientificPapersDiscussion

GrayLiterature

R&D AlliancesJoint Ventures

Patent

ProcessDevelopment

ProductAnnouncement

ProductSales

図7 実施期間に適したテクノロジー・インテリジェンスの方法12)

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まざまな製品・サービスがコモディティ化した。そして,顧客のニーズが多様化し,どのような新製品・サービスを開発すればよいか不透明な時代になっている。一方,中国をはじめ新興国は先進国とは異な

る発展(例:固定電話ではなくスマートフォン,ブラウン管テレビではなく液晶テレビなど)をたどっている。日本だけでなく,グローバルベースでも様々な段階の国が入り乱れており,将来予測を行うのには非常に厳しい環境である。そのような中で化粧品やシャンプーのようなB2C商品を対象とした予測26),27)や,特許情報だけではなく商標情報も組みあわせた予測手法の提案28),論文情報と特許情報との差分から研究・産業化の萌芽領域を特定する手法29),さらに最近では特許情報にツイッターなどのソーシャルメディアの情報を組み合わせることで,より精度の高い予測を行う研究30)もある。これらは製品・サービスや技術カテゴリ単位での予測であったが,知的財産情報検索委員会第3小委員会は9つの具体的な消費者向けヒッ

ト商品(例:図9以外ではハリナックス,GOPAN,など)について,特許情報からこれらヒット商品の登場が予測可能だったかの報告を行っている31)。結果として9つの検証対象商品に類似性を見出すことはできなかったが,予測する際にシーズ寄りかニーズ寄りの商品に層別することで,シーズ寄りの場合は出願件数の増加や発明者数の増加といった企業内部の要因に,ニーズ寄りの場合は基本特許消滅や他社も開発中などの企業外部の要因に傾向がそれぞれ

図8 特許情報による技術予測-そのフレームワーク-25)

図9 事例検証結果のまとめとタイプ分け31)

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表れやすいことを報告している。上記のようにこれまで様々な予測手法が開発・提案されているが,一定の枠組みに沿った形では体系化されていなかった。次章では(3C+)PEST+2Pの枠組みを用いて説明する。

3 .特許情報による未来予測事例とその適用可能性

特許情報で未来を予測するということは,特許出願が製品・サービスや経済,企業の何らかの動きや指標に対して先行指標となることを意味する。「発明活動の変化がその後の産業変化を促すのではなく,産業の変化,とりわけ市場の変化が発明活動を促す」32)とあるように,発明活動およびその結果としての特許出願は産業変化・市場変化に影響を受けることが一般的に知られているが,本章ではPEST+2Pの各要因に基づき特許情報による予測可能性について事例を示しながら述べていく。

3.1 PEST+2Pの枠組みと予測可能性

本節でグローバル特許出願トレンドを示す際はデータベースとしてPatbaseを用いて算出し,中国1か国のみの出願は除外している。その理由としては,2016年の中国特許出願(実用新案除く)のうち約93%が中国1か国のみの出願であり,直近数年間の出願トレンドが中国1か国のみの出願に大きく影響を受けるのを避けるた

めである。

(1)Political(政治・法規制)への着眼図5に示したようにPESTのP(政治)的な

観点において,法規制は将来にわたってその規制内容・規制値が決まっている場合が多い。図10は自動車の排気浄化関連特許出願のグロ

ーバル特許ファミリー数推移である。日本・欧州の主な排ガス規制を列挙すると,以下のようになる(グラフ内破線に対応)。

1973年:日本 昭和48年排出ガス規制1975年:日本 昭和50年排出ガス規制1978年:日本 昭和53年排出ガス規制1992年:欧州 EURO11996年:欧州 EURO22000年:欧州 EURO32000年:日本 平成12年排出ガス規制2003~2004年:日本 新短期規制2005年:欧州 EURO42008年:欧州 EURO52009~2010年:日本 ポスト新長期規制2014年:欧州 EURO6

主に日本や欧州における排ガス規制導入前および導入時に特許出願が増加し(対前年比の棒グラフがプラス),規制導入後は出願が落ち着く。このように法規制の導入によって,研究開

図10 Political(政治:法規制)の影響33)

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発・技術開発が刺激され,その結果として特許出願が増加する場合は,特許は後追いの情報となってしまうため予測に使うことは難しい。むしろ各国の法規制動向について情報収集し,自社の事業・研究開発活動へフィードバックすると良い。

(2)Economical(経済)への着眼再生可能エネルギーのような環境対策技術を

はじめとして,地球レベルの課題で重大なものと認識されればされるほど研究開発活動は活発になり,それに伴い特許出願も増加すると推測できる。しかし,いくら重要課題であり優れた技術があっても経済合理性に合わない場合は企業が当該技術領域へ投資を継続することはない。図11に示したのは太陽電池と風力発電のグローバル特許ファミリー数推移である。2005年に京都議定書が発効し,エコブーム・省エネブームが到来した。政治・法規制の観点とはなるが,同じ時期に,中国では再生可能エネルギー利用促進法を制定,アメリカは2009年にAmerican Recovery and Reinvestment Act(アメリカ復興・再投資法)において巨額の資金を再生可能エネルギーへ投資している。これらの影響もあり,参入企業は増加し,結

果として特許出願件数は2005年から2011年にかけて大きく増加した。しかし,マーケットへの

参入業者が増えれば競争過多となると同時に,製品の値崩れを起こしてしまう。また再生可能エネルギーによって発電された電力を固定価格で買い取るフィードインタリフ制度の見直しも進んだことで,倒産する企業や市場から撤退する企業が出てきたため,結果として特許出願件数は減少に転じている。図11に示した太陽電池・風力発電の出願トレ

ンドへ影響を与える要因は他にも存在するが,確実に言えることは過当競争になり利益が出ない事業領域から企業は撤退するということである。特許情報から予測できるとすれば,市場の需要に対して過剰な供給が生まれるような状況,つまり参入企業数(≒出願人数)が異常に増加した場合に当該市場で生き残れる企業は多くないということである。

(3)Social(社会)への着眼PESTにおけるS(社会)とは人口動態や文

化・宗教,ライフスタイルなどが含まれる。特許出願によって社会が形成されるのではなく,社会的な環境要因に基づいて様々な課題が見いだされ,研究開発そして特許出願につながる35)。そのため特許出願から社会的要因を予測することは困難である。ここでは社会的要因の1つである宗教に基づ

いた事例を紹介する。LG電子は2004年に携帯

図11 Economical(経済)の影響34)

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電話「F7100 Qiblah」を発売した。この携帯電話は通称メッカフォンと呼ばれており,イスラム教徒の聖地であるメッカの方角および礼拝時間を知らせるアラーム機能を搭載している。LG電子はメッカフォン関連特許を出願・権利化しており,KR100619813B1の要約にはメッカ(Mecca)という言葉が記載されている。

(4)Technological(技術)への着眼PESTにおけるT(技術)の影響として,ここでは2点述べる。1つ目は特許情報を用いた技術および当該技術を用いた製品・サービスのコモディティ化の予測である。分析方法としては,出願規模が比較的大きなエレクトロニクス製品について,グローバルベースで特許母集団を形成し,優先国ごとの件数推移を取る。日本優先国の出願が,特に中国・韓国優先国の出願よりも件数が上回っていれば,まだ日本の優位性があると言えるが,時系列で見た場合に日本と中国・韓国の件数差が徐々に小さくなっている場合はいずれコモディティ化が進む可能性がある。そのため,デザイン性の向上や別の付加価値により差別化を図る必要があると言える。2つ目は特許情報からの予測が難しいパターンで,技術の発展(新規技術の進展)である。技術の発展には,垂直的な発展と水平的な発展がある。垂直的な発展とは音楽メディアを例にとると,レコード,カセットテープ,CD,DAT,MDのように長時間かつ高音質,小型化を目的とした媒体自体の進化である。一方,水平的な発展とは音楽ファイル圧縮技術MP3のように,音楽を聴くという機能は同じままでありながら,媒体そのものの存在が不要になるような変化である。前者の垂直的な発展については特許情報からも新しい技術への変化の兆しを読み取ることが出来る可能性はあるが,後者の水平的な発展についてはアイデア発想的な要素も必要

であるため,特許の出願トレンドから読み取ることは困難である。

(5)Person(人)への着眼Personとは企業における経営層や研究開発

担当者の存在である。経営層の意思により開始されたプロジェクトによるアウトプットが特許出願として世の中に公開されるまでは一定のタイムラグが生じてしまうため,開発着手後すぐに予測することは難しいが,特許出願や発明者・開発体制の微かな変化を見極めることができれば予測が完全に不可能とは言い切れない。ここではH社の2足歩行ロボットとハイブリ

ッド自動車について出願トレンドから予測が可能か確認してみる。H社では2足歩行ロボットは1986年に開発に着手し,1996年に正式に開発を発表(現行のヒューマノイドロボットモデルが発表されたのは2000年),ハイブリッド車は1995年から研究開発に着手し,1999年に市場投入している37)。図12を見ると2足歩行ロボットでは開発着手から6年後の1992年に出願のピーク(40件/全2,008件)があり,ハイブリッド車は着手から2年後の1997年に出願に増加の兆しが表れている(32件/全2,024件)。それぞれの年において各出願比率は2.0%,1.6%であることから,全出願に占める比率は決して高くはないが,過去に出願されていなかった技術領域への出願増加が認められるということで,H社が新たな取り組みをしていると予想できた可能性はある(実際には出願から1年半後に公開されるので2足歩行ロボットについては1993~1994年,ハイブリッド車については1998~1999年に予測可能状態となる)。また特許出願のボリューム面だけではなく,

人=発明者に着目すると開発規模(≒発明者数)は2足歩行ロボットが19名(1992年),ハイブリッド車は43名(1997年)であり,研究開発人員面から新規プロジェクトへの真剣度を確認す

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ることもできる。

(6)Product(製品)への着眼情報検索委員会第3小委員会の報告31)にあるように個別企業の製品・サービスについて,特許情報から予測することは困難である。しかし,製品セグメント全体の市場トレンドについては特許出願が先行指標となりうるケースが存在する。図13に示したデジタルカメラは特許出願トレンドと出荷台数が4~5年のスパンを置いて連動している。B2C製品セグメントであり,かつ特許出願規模が比較的大きな製品・サービスセグメントであれば,特許出願トレンドがマーケットの先行指標となりうると言える(デジタルカメラ特許出願が出荷台数の先行指標となっている背景としては要素技術の発展,スマートフォンの登場

など様々な要因が絡まっているので,B2Cだから必ず先行指標になるとは言い切れない)。2番手・3番手での成長市場参入を図る,または,成熟期・衰退期に差し掛かった市場からの撤退を検討するのであれば,当該製品・サービスセグメントの特許出願の傾きに着目すると良いだろう。

(7)PEST+2P枠組みのまとめ本節で述べてきたPEST+2Pの各要因に着目

した際の予測可能性について表2にまとめた。本節では特定の業界・製品事例を取り上げて

説明したが,業界ごとに技術特性や出願構造は異なるため,表2があらゆる業界・製品に適用できるとは限らない点は留意されたい。

図12 H社の全日本出願と2足歩行ロボット・ハイブリッド自動車関連出願推移36)

図13 Product(製品)の影響38),39)

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知 財 管 理 Vol. 68 No. 11 20181544

3.2 Competitor(競合)の動向予測

これまでは技術や製品セグメントといったマクロまたはセミマクロ的な視点で特許情報による将来予測が可能か否かを見てきたが,本節では統計解析およびテキストマイニングベースで競合他社の動向,つまり自社にとっての脅威をいかに早期に予測するか述べていく。競合他社の事業の方向性の変化を予測する上では,表3

のような着眼点が挙げられる。競合他社の新規事業開発のようなマクロ・セ

ミマクロ的な視点であれば,既存の特許分類を用いることは可能である。しかし,特許分類は既に存在する技術や課題に対して設置されるため既存事業における新しい方向性の変化について抽出したい場合は,既存の特許分類では難しい。そのため自社と競合に共通する既存事業における変化(新たな課題や解決手段)を抽出するのであれば,ユニークキーワードや新しく登場した発明者,新たな共願先,特許の購入に着目すると良いだろう。

表2 PEST+2Pによる予測可能性

項目 着眼点

P:政治・法規制

■ 法規制施行の影響を受け特許出願が増加するため,特許情報からの予測は不可能(法規制動向から予測する方が良い)

E:経済

■ 良い技術であっても経済合理性が伴わなければ技術は発展しないが,企業の経済合理性については特許情報から予測は不可能

S:社会

■ 文化・宗教や人々のライフスタイルを基に研究開発・特許出願が行われるので,特許情報からの予測は不可能

T:技術

■ B2BやB2C製品・技術セグメント単位であれば,優先国ベースでの件数推移比較からコモディティ化をある程度予測可能

■ 技術の発展の方向性について,垂直的な変化については特許情報から技術の変化の兆しを読み取り予測できる可能性があるが,水平的な発展については予測困難

Person:人

■ プロジェクト着手時期については予測不可能だが,研究開発成果が特許出願として表れてきた微かな兆候を捉えることができれば予測可能

Product:製品

■ B2C製品セグメントの特許出願と製品関連指標(出荷台数)に相関があれば予測可能

表3 競合動向予測における着眼点(統計解析面のアプローチ)

項目 着眼点

キーワード

■ 既存事業・技術領域内において,これまで見たことがないユニークキーワードが登場したら,新たな課題や解決手段について検討開始している可能性

■ 既存事業・技術領域とは異なるキーワードが登場したら新規事業を検討している可能性

特許分類

■ 特定特許分類への出願増加が認められたら,当該領域への研究開発を強化している可能性

■ 今までに付与されたことのない特許分類が確認されたら新規事業を検討している可能性

発明者(開発体制)

■ 新しい発明者が登場したら,開発体制(≒開発規模)の拡充を図って既存事業・技術領域への研究開発を加速化

■ 新しい発明者を発見したら,その発明者が今までどのような技術領域に従事していたかを確認(開発の方向性について転換を図っている可能性がある)

共願先(共同研究先)

■ 今まで共願していた企業以外の企業との共願

特許購入特許売却

■ 特許購入している特許ポートフォリオが,特許を売却していれば当該事業・技術領域の縮小を検討

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知 財 管 理 Vol. 68 No. 11 2018 1545

なお,マイケル・ポーターの5F(ファイブフォース)40)にあるように新規参入は,既存事業にとって大きな脅威となる。このような脅威を特許情報から察知するためにはどうしたら良いだろうか。簡単な方法としては自社出願の被引用先について定期的にモニタリングすることである。自社出願の被引用先に既存競合他社以外の企業が登場してきたら,その企業が自社事業に関する研究開発を行い,将来的に参入してくる可能性がある。テキストマイニングツールを用いた例としては,図14が挙げられる。これはS社のM&A戦略から,S社の事業の方向性について予測したものである。S社およびY社はソフトウェア技術(ウェブ関連技術),2013年に買収したスプリントで「通信技術(基地局等)」のポートフォリオ強化を行い,さらに2016年買収したARMを通じて「ハードウェア技術(半導体)」を獲得した。この一連のM&Aを通じて3社の保有技術を組み合わせて,中心領域へ新規事業展開を図ると予想できる(ここでは「メディカル」や「ビデオ配信」への進出の可能性が示唆されている)。

大規模データによる業界単位や企業単位での今後の方向性を予測する際には,テキストマイニングによる出願の重心やホワイトスペースに

着目する方法も検討すると良い。

3.3 意匠・商標情報の活用

本稿では特許情報の未来予測への活用に焦点を充てているため,意匠や商標情報の詳細には触れることができないが,本節で着目点について簡単に説明する。技術的に実現可能な製品・サービスの機能が

ある一定の水準に達すると,他社製品・サービスとの差別化を図ることが難しくなる。これがコモディティ化であり,現在あらゆる製品・サービスがコモディティ化している。そのため,UX(ユーザー・エクスペリエンス)デザインやブランディングの向上が差別化を図る手段として検討されている。意匠制度は国によって異なるが,日本であれ

ば出願から約1年で意匠公報が発行されるため,競合他社が今後市場投入してくる製品外観について事前に把握できる可能性がある。また商標も出願から1か月以内に公開商標公報が発行されるため,商標と【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】を確認することで,どのような製品セグメントへ新製品を投入してくるか予測に利用することができる。

4 .未来創造と特許情報の活用

前章では特許情報が競合他社やマーケットの先行指標になりうるという前提で,どのような場合に予測ができるかについて説明してきた。本章では,図1に示した「未来は予測できない」ため,自ら未来を創造していくものであるというスタンスにおいて,特許情報をどのように活用すれば良いか,その方法について述べる。図15にイノベーションモデルの変遷を示した

が,現在は第3世代から第4世代へシフトしている42)。第2世代のクラインモデルとは異なり,マーケットをよく観察してもニーズを捉えることは難しいので,リーン・スタートアップ43)で

図14 S社のM&A戦略41)

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知 財 管 理 Vol. 68 No. 11 20181546

市場・顧客の反応を見ながら適宜製品・サービスをブラッシュアップするか,または顧客に開発に参画してもらい,協働で新製品・サービスを立ち上げていく手法である。いずれの場合にしても,重要なのは発想である。

図16に示すように,特許情報やマーケット情報分析などは行うが,この分析結果はあくまでも発想を生み出すためのマテリアルであって,分析結果から未来の兆候を見出す情報分析起点とは異なる。ワークショップで生み出されたアイデアにおいて,創出されたアイデアがまだ特許出願されていないか(特許出願だけではなく実際に製品・サービスとして上市されていないかも)確認する。発想起点で未来予測・未来創造を行う際に役立つのがシナリオプランニング44),45)である。従来の未来予測とシナリオプランニングの違いについて表4にまとめた。

表4 シナリオプランニングとは45)

従来の未来予測 シナリオプランニング

前提「情報を集めれば将来を正しく予測できる」と考える

「将来は正確に予測できない」と考える

成果物 将来を予測した単一のシナリオ

複数のシナリオと,それを材料とした議論を通じて得られる戦略への示唆

シナリオの内容

各要素を発生可能性が最大となる形で組み合わせた“期待値”としてのシナリオ

やや極端な「そのままの形では起こりえない」シナリオ

議論の 進め方

どのシナリオが最も高い確率で生じるか,どのシナリオを選ぶべきか

複数のシナリオを横断的に眺めると,どのような戦略を構築すべきか

表1で述べた通り,シナリオプランニングの出発点は“未来は予測不可能である”というところにある。予測不可能である代わりに様々な未来像をシナリオとして策定しておき,各シナリオに沿ってどのような戦略を構築すべきか検討しておく。ロイヤル・ダッチ・シェルが1970年代のオイルショックを事前にシナリオプランニングを用いてシミュレーションし,石油メジャーの中で危機に陥ることなく乗り切ったことでシナリオプランニングに注目が集まった46)。その後シェル内部でシナリオプランニングは定着し,2013年には「New Lens Scenarios」というエネルギーの未来について,2060年に向けた二つの異なる未来像(「マウンテンズ」と「オーシャンズ」)を発表している47)。ここではシナリオプランニングの詳細に触れ

ることはできないので,成書44)・レポート45)などを適宜参照していただきたい。

5 .ま と め

本稿ではトレンドや変化を読む「魚の目」視点において特許情報がどのように活用できるのか述べてきた。特許情報は,様々な外部環境要

図15 イノベーションモデルの変遷42)

図16 特許情報の未来予測への活用-発想起点と情報分析起点

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因・内部環境要因に囲まれた企業や研究機関のアウトプットの1つであり,また原則として出願から1年半後に公開されることから,未来予測を行う上で,その利用には留意すべき点が多々あるが,多少なりとも特許情報活用についてご理解いただけたのであれば幸いである。また未来予測力を高めるためには,特許情報だけではなく,幅広い知識が必要とされる。技術予測に関する書籍48),49)だけではなく,碩学や未来学者(フューチャリスト)による未来予測するための考え方に関する書籍50),51)も出ているので,このような情報も適宜インプットしていただくことで,より未来予測力に磨きをかけていただきたい。

6 .おわりに

パーソナルコンピューターの父と言われることもあるアラン・ケイは,「The best way to predict the future is to invent it.(未来を予測する最良の方法は,未来を発明することだ)」と述べている。本稿では紙面の関係で詳細に触れることができなかったが,バックキャスティングによって自ら創出した未来像やアイデア・コンセプトに対して,現時点での先行文献の有無を確認するための材料としても特許情報が有効である点は強調しておきたい。

注 記

1) 伊藤元重,経済を見る3つの目,2014年,日本経済新聞出版社

2) 丸島儀一,知的財産戦略,2011年,ダイヤモンド社 3) 河合雅司,未来の年表,2017年,講談社 4) 河合雅司,未来の年表2,2018年,講談社 5) イアン・エアーズ,その数学が戦略を決める,2010

年,文藝春秋 6) ハーバードビジネスレビュー 2017年1月号,

未来を予測する技術,2016年,ダイヤモンド社 7) 本稿で取り扱う未来予測の対象としては,業界動

向,製品・サービスおよび技術を想定している。 8) ピーター・F・ドラッカー,創造する経営者,

2007年,ダイヤモンド社 9) 武藤泰明,未来予測の技法,2009年,PHP研究所 10) 北岡元,ビジネス・インテリジェンス―未来を

予想するシナリオ分析の技法,2009年,東洋経済新報社

11) 大村平,予測のはなし―未来を読むテクニック 改訂版,2010年,日科技連出版社

12) ヒューゴ・チルキー,科学経営のための実践的MOT,2005年,日経BP社

13) 金間大介,技術予測,2011年,大学教育出版 14) 技術情報協会,“未来予測”による研究開発テー

マの決め方,2016年 15) 計量書誌学については「藤垣裕子ほか,研究評

価・科学論のための科学計量学入門,2004年,丸善」などを参照

16) 科学技術・学術政策研究所, http://www.nistep.go.jp/research/science -and -

technology - fores ight -and -sc ience -and -technology - trends[accessed:2018 -07 -17]

17) CES,https://www.ces.tech/[accessed:2018 -07 -17]

18) SXSW,https://www.sxsw.com/[accessed:2018 -07 -17]

19) SXSWで発表された内容を中心に今後の働き方を描いている書籍として「未来予報株式会社,10年後の働き方,2017年,インプレス」がある。

20) 出所は「Merrill S. Brenner, 1 996. Technology in te l l i gence and techno logy scout ing , Competitive Intelligence Review, 7(3), pp.20 -27」であるが,原文ではなく「高橋文行,技術インテリジェンスの基礎と応用,2013年,静岡学術出版」掲載の内容に依った。

21) 新玉義人,企業戦略と特許,1971年,野田経済社 22) 佐藤文男,特許情報からみた技術動向と予測(夏

季特別セミナー「経営戦略からみた社会経済情報と科学技術および特許情報」),ドクメンテーション研究 24(10),pp.395 -399,1974年

23) Richard S. Campbell,Patent trends as a techno-logical forecasting tool,World Patent Informa-tion, Volume 5, Issue 3, pp.137 -143, 1983年

24) 飯野茂ほか,特許管理と特許情報〔第10回〕-特許情報による技術動向・景気動向の分析,情報管理,28巻,10号,pp.897 -919,1986年

25) 井上啓次郎,特許戦略実用便覧,1974年,ラテイス

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知 財 管 理 Vol. 68 No. 11 20181548

26) 五丁龍志ほか,特許調査によるトレンド分析法と特許調査からみる化粧品開発のトレンド予測,コスメティックステージ 5(4),pp.38 -44,2011年

27) 酒本裕明ほか,次世代ニーズを予測するための解析手法の研究 ~シャンプー開発を例として~,情報の科学と技術 67(4),pp.194 -201,2017年

28) 田中義敏ほか,商標情報および特許情報を利用した新商品予測に関する考察,日本知財学会第12回年次学術研究発表会,Nov. 2014

29) 柴田尚樹ほか,学術論文と特許の差分分析-二次電池のケーススタディ,日本知財学会誌,Vol.6,No.3,pp.5 -12,2009年

30) Xin Liほか,Identifying and monitoring the development trends of emerging technologies using patent analysis and Twitter data mining: The case of perovskite solar cell technology Technological Forecasting and Social Change,Available online 28 June 2018

31) 情報検索委員会第3小委員会,特許情報からの将来予測可能性の研究,知財管理,64巻,12号,pp.1856 -1867,2014年

32) 石井正,知的財産の歴史と現代,2005年,発明協会

33) 検索式はSC=(F01N3/* OR B01D53/92* OR B01D53/94*)OR(SC=(B01J20/* OR B01J21/ * OR B0 1J2 3/* ) AND TAC=((EMISSION OR EXHAUST) W5 (CAR OR CARS OR VEHICLE%)))。なおSCはIPC・CPCなどを含む特許分類,TACは発明の名称・要約・特許請求の範囲のキーワード,Wnはn文字での近接演算(順不同)

34) 太陽電池の検索式はSC=(H01L31/04* OR H02S) OR TAC=((SOLAR OR PHOTOVOLTAIC) WF1 (BATTERY OR BATTERIES OR CELL OR CELLS)),風力発電の検索式はSC=F03D

35) ユーザー視点で市場創造を行うための手法としては「岩嵜博論,機会発見―生活者起点で市場をつくる,2016年,英治出版」などを参照

36) 日本特許・実用新案を対象に検索(データベースはPatentSQUARE),検索式は2足歩行ロボットはFI=B25J5/00, F OR Fターム=(3C707WA13!+3C007WA13!),ハイブリッド車はIPC/FI=(B60K6/!+B60W20/!)

37) ITmedia「“生みの親”が語る「ASIMO開発秘話」」(2002年12月4日)および小説本田技研「夢見る

ハイブリッド」より 38) 検索式はSC=H04N101/00 OR TAC=(“DIGITAL

CAMERA”% OR “DIGITAL STILL CAMERA”% OR “DIGITAL CAMCORDER”%)

39) 日本企業はデジカメ世界シェアにおいて70%以上占めているため,デジカメ出荷台数は全世界の近似値として一般社団法人カメラ映像機器工業会のデジタルカメラ統計を用いた。

40) 牧田幸裕,ポーターの『競争の戦略』を使いこなすための23問,2012年,東洋経済新報社

41) VALUENEX株式会社,プレスリリース(2017年4月27日)

42) 北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科,ナレッジサイエンス,2002年,近代科学社

43) リーン・スタートアップとは「コストをかけずに最低限の機能をもった製品・サービスを短期間で顧客に提供し,顧客の反応に応じて機能改善」を図っていく手法であり,詳細は「エリック・リース,リーン・スタートアップ,2012年,日経BP社」などを参照

44) 梅澤高明,最強のシナリオプランニング:変化に対する感度と柔軟性を高める「未来の可視化」,2013年,東洋経済新報社

45) 経済産業省(調査実施:ボストンコンサルティンググループ),日本の中長期ビジョンの検討に関する調査,2017年

46) WIRED,集中連載:シェルが描く,2つの“未来図”~「New Lens Scenarios」とは何か?【前編】,

https://wired.jp/2013/11/25/shell -new - lens -scenarios -1/[accessed:2018 -08 -27]

47) シェルジャパン株式会社,シェル「ニューレンズシナリオ」日本語版のご案内,

https://www.shell.co.jp/ja_jp/media -centre/news -and -media - releases/2015/new - lens -scenario.html[accessed:2018 -08 -27]

48) 英『エコノミスト』編集部,2050年の技術,2017年,文藝春秋

49) 日経BP社,世界を動かす100の技術,2017年,日経BP社

50) 日下公人,すぐに未来予測ができるようになる62の法則,2016年,PHP研究所

51) ケヴィン・ケリー,〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則,2016年,NHK出版

(原稿受領日 2018年7月18日)