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14 建築家の思考プロセスとCAD その4 ミ-ス・フアン・デル・ローエ 現代社会にコンピュータが導入されたことは、産 業革命がもたらした工業社会が人間の生酒を変えたよ うに、情報化社会を加速させ、人間の生活価値観を大 きく変化させることとなった。この影響はもちろん建 築界にも及んでいる。その利用法としては、デザイン 作業の合理化、短縮化、プレゼンテーションなど様々 であるが、それだけにとどまらず、デザインの思考そ のものを支援していくのではないかと考えられる。 過去の芸術表現においてパースぺクテイヴが優先 されていた時代、技術者用の技法とされていたアクソ ノメトリックの芸術表現への有効性が発見されたこと は、建築家たちに受け入れられるとともに、思考過程 の変化を促した。このように、有効性が発見される以 前に、これを可能にするような思考が発明され認識さ れている。そこで我々は建築家の作品を分析すること で、デザインの思考過程を支援するものとしてどのよ うにCAD ・ CGを使っていくのか問い、 CAD(Com puter Aided Design)が持ちうる本来の位置を確立し、 建築家の思考過程への影響を考察する。 建築の設計は創造的な過程であり、その過程を分 析すると、ふたつの行為によって形成されているのが わかる。ひとつは純粋な創造的行為、すなわち我々が 途中の問題を乗りこえてデザインを進めていく時に、 説明できるような理論(概念)と方法による思考.行 為である。ふたつめは機械的行為、すなわちCAD的 行為である。例えば下記のような操作をする行為であ る。 ・幾何学的行為(操作) 消去、移動、反転、回転など画面にある図形を純 粋に"図形"として扱う操作。 1991年度 tI本建築学会 側束支部研究報告集 正会員 衣袋 洋一* 正会員○鈴木 啓仁** 正会員 中村 光利** ・代数的行為(操作) パラメトリック変換、移動など図形を数値的に扱 う操作。 ・操作の分類 それぞれの操作はさらに次のような分類ができる。 a)複写、移動など、自由な図形操作 b)ミラ-、回転など、規則的な図形操作 建築家の機械的行為は、点、線、面という図面上 の建築設計の途中段階に現われる中間形態または最終 形態に要素ないしは全体という構図の中にあらわれる。 すなわち、建築は、要素が数学的規則によって集まっ た集合体であるという側面を持つ。 また機械的行為の特徴として、最終形態に至るま でに移動、回転、ミラーなどを使い、各要素の操作を 介してあるひとつの要素の集合体から次の要素の集合 体へと変換が連続的に繰り返される。 これらの特性は、ある秩序を持った要素と要素と の総体をつくりだすことを目的とし、ものとしての建 築に対して極めて抽象的なデザインという観念を提供 する。 古代から近代に至る建築作品において建築生成プ ロセスは明確な数学的処理、幾何学的要素の使用といっ た、極めて機械的な手法がみられる。 CADシステム 使用によって促される建築デザイン手法は、過去にお ける建築家たちの手法の一部分を示してもいる。 我々は今日まで、プロポ-ション、プリミティブ を重要視し、実際の作品へ様々な試みを見せてきた建 築家ル・コルビュジェに着眼し、彼の思考プロセスと それから学ぶCADによる設計手法について分析、検 討してきた。こうした経過において確立された、ル・ コルビュジェの作品をテクストとして行ってきた分析 方法を、今回、デ・ステイルに影響され、ル・コルビュ ジェと同時代の建築家ミ-ス・フアン・デル・ローエ の分析にあてはめて考えていく。 -145-

建築家の思考プロセスとCAD - 芝浦工業大学 · 建築家の思考プロセスとcad その4 ミ-ス・フアン・デル・ローエ ... 前に、これを可能にするような思考が発明され認識さ

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14

建築家の思考プロセスとCAD

その4 ミ-ス・フアン・デル・ローエ

■ は じ め に

現代社会にコンピュータが導入されたことは、産

業革命がもたらした工業社会が人間の生酒を変えたよ

うに、情報化社会を加速させ、人間の生活価値観を大

きく変化させることとなった。この影響はもちろん建

築界にも及んでいる。その利用法としては、デザイン

作業の合理化、短縮化、プレゼンテーションなど様々

であるが、それだけにとどまらず、デザインの思考そ

のものを支援していくのではないかと考えられる。

過去の芸術表現においてパースぺクテイヴが優先

されていた時代、技術者用の技法とされていたアクソ

ノメトリックの芸術表現への有効性が発見されたこと

は、建築家たちに受け入れられるとともに、思考過程

の変化を促した。このように、有効性が発見される以

前に、これを可能にするような思考が発明され認識さ

れている。そこで我々は建築家の作品を分析すること

で、デザインの思考過程を支援するものとしてどのよ

うにCAD ・ CGを使っていくのか問い、 CAD(Com

puter Aided Design)が持ちうる本来の位置を確立し、

建築家の思考過程への影響を考察する。

建築の設計は創造的な過程であり、その過程を分

析すると、ふたつの行為によって形成されているのが

わかる。ひとつは純粋な創造的行為、すなわち我々が

途中の問題を乗りこえてデザインを進めていく時に、

説明できるような理論(概念)と方法による思考.行

為である。ふたつめは機械的行為、すなわちCAD的

行為である。例えば下記のような操作をする行為であ

る。

・幾何学的行為(操作)

消去、移動、反転、回転など画面にある図形を純

粋に"図形"として扱う操作。

1991年度 tI本建築学会

側束支部研究報告集

正会員 衣袋 洋一*   正会員○鈴木 啓仁**

正会員 中村 光利**

・代数的行為(操作)

パラメトリック変換、移動など図形を数値的に扱

う操作。

・操作の分類

それぞれの操作はさらに次のような分類ができる。

a)複写、移動など、自由な図形操作

b)ミラ-、回転など、規則的な図形操作

建築家の機械的行為は、点、線、面という図面上

の建築設計の途中段階に現われる中間形態または最終

形態に要素ないしは全体という構図の中にあらわれる。

すなわち、建築は、要素が数学的規則によって集まっ

た集合体であるという側面を持つ。

また機械的行為の特徴として、最終形態に至るま

でに移動、回転、ミラーなどを使い、各要素の操作を

介してあるひとつの要素の集合体から次の要素の集合

体へと変換が連続的に繰り返される。

これらの特性は、ある秩序を持った要素と要素と

の総体をつくりだすことを目的とし、ものとしての建

築に対して極めて抽象的なデザインという観念を提供

する。

古代から近代に至る建築作品において建築生成プ

ロセスは明確な数学的処理、幾何学的要素の使用といっ

た、極めて機械的な手法がみられる。 CADシステム

使用によって促される建築デザイン手法は、過去にお

ける建築家たちの手法の一部分を示してもいる。

我々は今日まで、プロポ-ション、プリミティブ

を重要視し、実際の作品へ様々な試みを見せてきた建

築家ル・コルビュジェに着眼し、彼の思考プロセスと

それから学ぶCADによる設計手法について分析、検

討してきた。こうした経過において確立された、ル・

コルビュジェの作品をテクストとして行ってきた分析

方法を、今回、デ・ステイルに影響され、ル・コルビュ

ジェと同時代の建築家ミ-ス・フアン・デル・ローエ

の分析にあてはめて考えていく。

-145-

ル・コルビュジェにはキュピズムなどの絵声的側

面があることから、我々の分析は彼の思考を2次元と

3次元とに設定し、 2次元から3次元への移行過程を

分析してきた。そこで、画面分割、色彩決定に厳密さ

をもつデ・ステイルに影響されたミ-ス・フアン・デ

ル・ロー工についての分析を、コルビュジェ的なとこ

ろから始めていく。

EIミース・フアン・デル・ロー工の2次元的思考

<煉瓦造田園住宅>

・ 2次元的な数学的規則    グリツト

この教学的規則は意図的にずらされ、互いに

重なりあう。平面図において各エレメントを統御

している。

・幾何学的対称性    風車型

「回転」を対称変換する構成(90度回転、対

象線、回転中心点) 。(*1)

煉瓦造田園住宅では設定された二枚のグリ、ソ

トの上に風車型がおかれていく。風車型の幾何学

的対称性はずらされたグリットに崩されるが、そ

れは新しくグリツトのシステムにのる。

<バルセロナ・パビリオン>

・ 2次元的な数字的規則

a)黄金比

b)モンドリアン・グリット

この規則は平面図において点、綿、面で表現

される、柱、壁、床などの建築エレメントを統御

している。

こういった規則に従うことを除けば、エレメ

ントの配置、大きさは自由である(点、線、面は

自由に設定できる) 0

・オーバーレイ

それぞれの設定された面はオーバーレイされ

ている。面によってつくられた領域の重ね合わせ

部分の優位性はここにはない。

・部分と全体

ル・コルビュジェはドミノ理論を、 「建築の

機能をもったそれぞれの部分をはめ込んでいく枠

組のようなもの」と位置づけているのにたいし、

ここには「枠組がある」という全体を決めてしま

う概念はなく、エレメントの集積で全体がつくら

れている。

rミ-ス・フアン・デル・ロ-エの3次元的思考

1921年にドゥ-スプルグやリシツキーとグル

ープrG」をつくり、 1923年に彼等とともに雑誌

「G」を発刊したミ-スは、次第に構成主義やデ・

ステイルの開拓しつつある新しい形態秩序に合流

する傾向を見せ始める。

-146-

デ・ステイルにおける形態表現

3次元を2次元へ還元

・緑    水平-女性、垂直=男性(*3)

・原色-背の後退、黄色の前進、赤の排個

ドゥ-スブルグにおける建築の形態表現

2次元から3次元への展開

・アクソノメトリック

モンドリアンの原理にはなかった斜めの綿

が初めて導入されることで、直線と色彩面によ

る3次元的表現が可能となる。

・点、線、面

3次元の空間の周囲に面による要素が明瞭

に空間を分節しながら浮遊して非対称性の群を

つくる。

全ては面で表現される。

ミ-スにおける建築の形態表現

2次元から3次元への展開

・点、綿、面、量

点が線をつくり、線が面をつくりだすよう

に、面が量をつくりだす。すなわち、 2次元で

表現されたものを3次元にうつしかえるとき、

ミ-スは、 2次元で表現された各面を独立した

形で量へとたちあげた。

<バルセロナ・パビリオン>

・オーバーレイ

3次元にたちあげられた面は量となり、そ

れぞれが2次元と同じように重なりあっている。

・部分

それぞれの量は、床によって表わされたり、

屋根によって、または壁、水によって表わミれ

る。したがって壁、スラブなどはそれぞれ独立

をしていて、優位性もなく、等価におかれてい

る。 3次元において柱の存在は希薄となる。

<フアンズワース>

・部分

量は、それぞれずらされることなく、床、

屋根、などで表現される。一つの量を一つの床、

屋根、壁が表わしていたのに対し、ここでは一

つの量を二つのものが表わしている。

・オーバーレイ

2次元において、床と屋根が全く重ね合わ

されている。

-147-

■ 考 察

以上の分析から、ミ-ス・フアン・デル・ローエ

の思考プロセスにおいて全体を制御する2次元的な数

学規則の存在がわかる。グリツト、黄金比など、 2次

元的な教学的規則は直接、具体的な形態にあらわれず、

抽象的形態にととまり、部分と部分、全体と部分を秩

序づけることに利用されている。さらに言えば、その

規則の内においても多様なシミュレーション(イメー

ジをまとめるための変形や複写、移動など様々な図形

操作)が行われ、形態が決定されることによって、全

体が優位となり部分は全体に従属することとなる.不

安定になりやすい部分を数学的規則によって制御し、

全体を展開している。

2次元における教学的規則に制御された建築形態

の3次元への展開は、ずらされ重ねられた面をそれぞ

れの量としてたちあげることで可能となった。そして

建築要素である床、壁などの形態要素によってそれぞ

れの量を視覚化、構成し、オーバーレイの思考を展開

する。その思考はさらに進められる。ずらすことは放

棄され、一つの矩形を多層に全く重ね合わせている

(オーバーレイ) 。ずらされていた空間すべてを一つ

の空間にまとめ、重ね、密度ある空間をつくりあげる。

「 Less ls More j

r床と屋根、階段がついているだけのフレームは

標準コンポーネントで構成され、その組み合わ

せによって様々な集合住宅の形態が可能となる

のである。」 (*5)

ル・コルビュジェのドミノ理論が「組み合わせ」

という概念を持つのに対し、ここではⅩYZ方向への

連なりは放棄されているo ミ-スのつくりだす空間は、

デカルト空間にj引ナる意味ある部分、密度ある空間を

指定している。

以上、ミ-スの思考過程における行為は、シミュ

レーションと重ね合わせ(オーバーレイ)という部分

が大きく、それらは独特の思考を促がした。

■ お わ り に

ここでの論考は、建築作品における表現としての

機械的行為を明確にするとともに、デザインの思考プ

ロセスとその結果を分析し、今日におけるコンピュー

タの在り方、位置および特徴を碓認することである。

ミース・フアン・デル・ローエの思考過程は、シュ

ミレーション、オーバーレイといった行為によって変

化した。このように建築を設計していく過程において、

コンピュータはそれぞれの独特の思考を促し、我々の

設計プロセスに変化を与えてくれる。

「デザイナーがコンピュータと人間のインター

フェイスたるために・ ・ ・」 (*5)

インダストリアル分野をはじめ、デザインの領域

を見るとコンピュータとデザインは深く関わりはじめ

ている。建築分野においても、デザイン発想そのもの

をコンピュータが支援するのではないかという命題に

期待し、その利用方法の発掘をしている。しかし今日

の使われ方を見ると従来における鉛筆と紙とによる方

法と何ら変わりはなく、コンピュータの特徴をいかし

たものとは言えない。

将来のコンピュータ社会において、我々は建築家

がデザインだけではなくコンピュータやその他のテク

ノロジーに対する認識を持たざるをえない状況がおき

ることを認識しなければならない。つまりコンピュー

タを使う人間側の知性、理論、方法の確立が早急に求

められる。   ■●■文■

(7日) T仏事の形甘苦漁」 ウイリアム・ミヅ1・Tル

AJL出t缶

(*2) rtb StlJh CrtM)Dtte l.L,oetI ArLhtlr i.LOl'tI

t*3) (ヂ・ステイル)ボール・*ヴlJ- Jlル洲I熊

l●4) rデ・ステイルJ ボール・オ.llJ- Jlルコ山東

(+51 rル・コルビュジェ) ウイlJ-・ページガー ABA

+  コンピュータtCAT)) q用によるLF那品の分析

-その1:ル・コルビュジェ 衣那-

(198B申d E]事Jtn亨会 場Jt女か研究1倍*I

+  ル・コルビュジェの.%号のプロセスとC^D

モの1 -モの4      衣脚一向

(198時J& E)本Lt畢芋虫 MlA支井伊穴q色9日

+  約手の愚書のプE7セスとC A D

モの1 -モの2      &i和事-A

(L990年JL E]本書鼓手金 EqJtt■■糾合JE)

+  空向r棚b・ら48lへJ h 瓜id 哲■書店

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