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28東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013) ●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析 1.はじめに リチウムイオン電池(LIB)は携帯端末から電気自動 車などの輸送電源として、長寿命、高容量化を目指し、 電極材料の研究開発が進められている。LIBは正極、負 極、セパレータ、電解液から構成されており、性能を最 大限に発揮するには、これらの材料の組み合わせ、使用 量をうまく調整しなければならない。本稿では、正極合 剤(活物質、導電助剤、バインダ)の構成材料に関する 定量的な評価、および、劣化評価の指標として挙げられ る正極活物質から析出される遷移金属の溶出量に関し て、無機分析的な手法を中心に、事例も交えて紹介する。 2.LIBの構成材料分析 2.1 電極合剤量の計測 電極板は活物質の容量(mAh/g)、セルのAh容量と 所要の電極面積に基づいて、正極と負極の目付量(mg/ cm 2 )が決まる 1︶ 。セル内の正極板、負極板の合剤の目付 量を調べるには、数cm角の切片の面積あたりの質量から 算出する。なお、市販LIBの電極合剤の目付量は、正極 では4060 mg/cm 2 、負極では2040 mg/cm 2 (両面)程 度である。 電極合剤の総塗工量は目付量、塗工面積から算出す る。また、電極合剤層の厚みは、断面出し加工した電極 SEM観察などで計測する。 2.2 各構成材料の化学分析 LIBの各構成材料について、その組成分析や劣化評価 には、化学分析が有効である。表1に、そのような分析 に用いられる主な分析手法をまとめた。これらの手法の 実際の適用事例については、3章および₄章で紹介する。 3.正極合剤の組成分析 3.1 正極活物質の組成分析とその事例 従来、正極活物質として、主にLiCoO2LiMn2O4が使 われてきたが、低コスト化や環境負荷低減、電気特性の 改善などの観点から、LiFePO4Li︵Ni1/3Co1/3Mn1/3︶O2 などの新規材料が開発されている 2︶ これら活物質材料の組成分析の流れを説明する。ま ず、活物質の構成元素を同定するには、バルク的な手 法として蛍光X線分析法(XRF)が、ミクロ的な手法と してSEM-EDXEPMAが用いられる。同定された構成 元素の組成を求めるには、正極板から合剤を剥離し、 酸で湿式分解して溶液化したのち、ICP発光分光分析法 ICP-AES)や原子吸光分析法(AAS)による定量分 析を行う。このような化学分析の最大の特長は、標準試 料を用いた確度の高い定量結果が得られることである。 スマートフォン搭載のポリマー電池について、実際に 分析を行った事例を紹介する。前述の分析の流れのよう に、解体して取り出した正極合剤についてはXRF、正極 合剤層の断面についてはSEM-EDX測定を行った。図1 SEM-EDXによるCo, Oの元素マッピング像を示す。 XRF, SEM-EDXの結果から、正極合剤層よりCo, Oが検 出された。さらにICP-AES, AASよりCo, Liを定量し、 正極合剤中の活物質量を定量した。表2に示した構成元 素の総量より、正極合剤中の活物質量は96質量%と推定 された。 3.2 正極合剤中の導電助剤の定量分析 正極活物質の多くは、十分な導電性を有していないた め、微細粒子で導電性に優れているアセチレンブラッ ク、ケッチェンブラックなどの炭素材料が導電助剤とし [特集]リチウムイオン電池 (6)電池構成各材料の定量分析 有機分析化学研究部 森脇 博文 無機分析化学研究部 溝口 康彦 手法 材料 ICP-AES, AAS (%ppm) ICP-MS (ppmppb) IC (%ppm) 正極合剤 活物質 (Co, Ni, Mn, Fe, Li電解質 B, P負極合剤 活物質 (Ti, Sn 他) 電解質 Li, B, Pバインダ Na電解液 (セパレータ) 電解質 Li, B, P正極・負極活 物質、集電体 からの溶出 (Co, Ni, Mn, Fe, Ti, Sn, Al, Cu 他) 電解質 F - , PF 6 - , BF 4 - 他) 表1 主成分および微量成分の無機分析手法 図1 SEM-EDXによる正極活物質の組成分析

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28・東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013)

●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析

1.はじめに

 リチウムイオン電池(LIB)は携帯端末から電気自動車などの輸送電源として、長寿命、高容量化を目指し、電極材料の研究開発が進められている。LIBは正極、負極、セパレータ、電解液から構成されており、性能を最大限に発揮するには、これらの材料の組み合わせ、使用量をうまく調整しなければならない。本稿では、正極合剤(活物質、導電助剤、バインダ)の構成材料に関する定量的な評価、および、劣化評価の指標として挙げられる正極活物質から析出される遷移金属の溶出量に関して、無機分析的な手法を中心に、事例も交えて紹介する。

2.LIBの構成材料分析

2.1 電極合剤量の計測 電極板は活物質の容量(mAh/g)、セルのAh容量と所要の電極面積に基づいて、正極と負極の目付量(mg/cm2)が決まる1︶。セル内の正極板、負極板の合剤の目付量を調べるには、数cm角の切片の面積あたりの質量から算出する。なお、市販LIBの電極合剤の目付量は、正極では40~60 mg/cm2、負極では20~40 mg/cm2(両面)程度である。 電極合剤の総塗工量は目付量、塗工面積から算出する。また、電極合剤層の厚みは、断面出し加工した電極のSEM観察などで計測する。

2.2 各構成材料の化学分析 LIBの各構成材料について、その組成分析や劣化評価には、化学分析が有効である。表1に、そのような分析に用いられる主な分析手法をまとめた。これらの手法の実際の適用事例については、3章および₄章で紹介する。

3.正極合剤の組成分析

3.1 正極活物質の組成分析とその事例 従来、正極活物質として、主にLiCoO2やLiMn2O4が使われてきたが、低コスト化や環境負荷低減、電気特性の改善などの観点から、LiFePO4やLi︵Ni1/3Co1/3Mn1/3︶O2

などの新規材料が開発されている2︶。 これら活物質材料の組成分析の流れを説明する。ま

ず、活物質の構成元素を同定するには、バルク的な手法として蛍光X線分析法(XRF)が、ミクロ的な手法としてSEM-EDX、EPMAが用いられる。同定された構成元素の組成を求めるには、正極板から合剤を剥離し、酸で湿式分解して溶液化したのち、ICP発光分光分析法(ICP-AES)や原子吸光分析法(AAS)による定量分析を行う。このような化学分析の最大の特長は、標準試料を用いた確度の高い定量結果が得られることである。 スマートフォン搭載のポリマー電池について、実際に分析を行った事例を紹介する。前述の分析の流れのように、解体して取り出した正極合剤についてはXRF、正極合剤層の断面についてはSEM-EDX測定を行った。図1にSEM-EDXによるCo, Oの元素マッピング像を示す。XRF, SEM-EDXの結果から、正極合剤層よりCo, Oが検出された。さらにICP-AES, AASよりCo, Liを定量し、正極合剤中の活物質量を定量した。表2に示した構成元素の総量より、正極合剤中の活物質量は96質量%と推定された。

3.2 正極合剤中の導電助剤の定量分析 正極活物質の多くは、十分な導電性を有していないため、微細粒子で導電性に優れているアセチレンブラック、ケッチェンブラックなどの炭素材料が導電助剤とし

[特集]リチウムイオン電池

(6)電池構成各材料の定量分析有機分析化学研究部 森脇 博文無機分析化学研究部 溝口 康彦

手法

材料

ICP-AES, AAS

(%~ppm)

ICP-MS

(ppm~ppb)

IC

(%~ppm)

正極合剤

活物質

(Co, Ni, Mn,

Fe, Li)

電解質

(B, P)

- -

負極合剤

活物質

(Ti, Sn 他)

電解質

(Li, B, P)

バインダ

(Na)

- -

電解液

(セパレータ)

電解質

(Li, B, P)

正極・負極活

物質、集電体

からの溶出

(Co, Ni, Mn,

Fe, Ti, Sn,

Al, Cu 他)

電解質

(F-, PF6-,

BF4- 他)

表1 主成分および微量成分の無機分析手法

図1 SEM-EDXによる正極活物質の組成分析

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東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013)・29

●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析

て添加されている。市販LIBの正極合剤層のSEM観察結果を図2に示す。この結果から、活物質粒子どうしの隙間にバインダと導電助剤が混在した状態で入り込んでいる様子がわかる。

 この導電助剤を定量するには、CHN元素同時分析で炭素量を求め、バインダ量に相当する炭素量を差し引いて計算する。市販LIB正極のバインダにはPVDF(Poly Vinylidene Difluoride)などのフッ素系バインダが用いられており、この場合は燃焼イオンクロマトグラフィー(燃焼-IC)からバインダ量を求め、それに相当する炭素量を計算に用いる。図2で示した正極合剤中の導電助剤量は1.7 質量%であった。 その他、導電助剤に関して、ラマン分光分析を実施することで、導電助剤の結晶性、合剤層内での分布に関する情報が得られ、LIB正極での導電性の良否や導電パスに関する知見を得るのに有効である3︶。

4.劣化評価に関する定量分析

 LIBでは充放電反応を繰り返すことに伴い、正極活物質表面の構造変化が起こり、遷移金属が析出し、セパレータ、電解液、負極へ溶出する。

 負極、電解液、およびセパレータに対して、この遷移金属析出量をICP-AES、ICP質量分析法(ICP-MS)により評価すると、劣化の指標のひとつにすることができる。実際に高温、高電位環境にて耐久試験したLIBの負極およびセパレータについて評価した例を示す。 正極活物質にLiCoO2、負極にグラファイトを用いたLIBについて、電位差;4.3V、温度条件;室温、40℃ , 50℃ , 70℃、保持時間;72時間で耐久試験を実施した。これを解体して負極合剤およびセパレータを取り出し、酸で湿式分解して溶液化したのち、ICP-AESおよびICP-MSによる測定を行った。分析結果を図3に示す。Li, Pは40℃付近から、Coは50℃付近から濃度が増加しており、正極由来のCoや電解質由来のPが負極やセパ

元素 Li Co O 分析値 (質量%) 6.61 58.1 31.7 c)

原子量 d) 6.941 58.93 16.00 mol 比 a) 0.952 0.986 1.97 b)

a) 分析値/原子量より計算 b) LiCoO2 とし、Co×2 より計算 c) 酸素の mol 比×原子量からの推定値 d) 日本化学会 原子量専門委員会作成の「4 桁の原

子量表(2012)」に基づく

表2 化学分析による正極活物質の組成分析

図2 正極合剤層の断面SEM写真

0

0.2

0.4

0.6

0.8

20 30 40 50 60 70

試験温度(℃)

P濃度

(質量%

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負極

セパレータ

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Li濃

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試験温度(℃)

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試験温度(℃)

P濃度

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Co濃度

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Li濃

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量%

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セパレータ

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負極

セパレータ

Li

図3 負極、セパレータ中の各元素の定量分析結果

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30・東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013)

●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析

レータに移動していることが確認された。 別途イオンクロマトグラフィー(IC)により電解液中のF-を定量した結果を図4に示す。試験を行ったLIBでは40℃以上で急激にPF6

-の分解が進み、HFが生成されることがわかった。 LIBセル内部では、温度上昇に伴い下記の反応が進行したと推察される4︶。

  電解質の分解:LiPF6+H2O→LiF+POF3+2HF  正極活物質の構造変化:3CoO2→Co3O4+O2

 このような電解質の分解生成や、正極活物質の構造変化に伴い、負極にLi, P, Coが蓄積したと考えられる(図5)。

5.まとめ

 本稿では、LIBの正極合剤の組成、正極遷移金属の析出に伴う、周辺材料への溶出量に関する分析を無機分析的なアプローチを中心に紹介した。LIBは二次電池の中で高エネルギー密度の利点を活かして主に携帯情報端末などの電源として大きく発展してきた。今後、ハイブリッド車や電動車両などの輸送、電力貯蔵用途など様々な分野で、LIBは更なる高エネルギー密度、長寿命、高安全

性、低コスト化に向け、理想的なLIBが開発されていくことが期待される。我々は、構成材料の組成分析技術、ならびに劣化分析技術を充実させ、LIB開発に関わっているお客様にとって有意義な評価技術サービスを積極的に提案していきたいと考えている。

6.参考文献

1)菅原秀一, 工業材料, vol.58︵12︶, p.62︵2010).2)山木準一, THE TRC NEWS, 109, 1︵2010).3)青木靖仁, THE TRC NEWS, 112, 26︵2011).4) 佐藤登, 境哲男, 自動車用大容量二次電池の開発,

p.138.

■森脇 博文(もりわき ひろふみ) 有機分析化学研究部 有機分析化学第1研究室 主任研究員 趣味:サッカー観戦、お笑い

■溝口 康彦(みぞぐち やすひこ) 無機分析化学研究部 無機分析化学第1研究室 研究員 趣味:旅行

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試験温度(℃)

電解

液中

のF-濃

度(質

量%

)

HFの生成

負極 正極セパレータ

PF6- F- P

P

Li Co

電解液

電解液分解生成物

Co Li

図4 電解液中のF-定量分析結果図5 高温劣化時のイメージ