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食料 農業 遺伝資源 委員会 世界 食料農業 動物遺伝資源白書 ‒ 概要 THE STATE OF THE WORLD’S ANIMAL GENETIC RESOURCES FOR FOOD AND AGRICULTURE – in brief 社団法人 畜産技術協会

世界 食料農業 動物遺伝資源白書 ‒ 概要 · 共に、本資料は動物遺伝資源の現状と推移、及びこのような遺伝資源を管理するための組織

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世界の家畜遺伝資源の多様性を持続的に管理することは、農業、食料生産、地域の開発、そして環境に欠かせないものである。「世界動物遺伝資源白書」は169ヶ国の各国報告書、多くの国際機関からの協力、12の特定テーマ報告、そして初めての動物遺伝資源とその管理に関する世界的な評価を行うための幅広い専門的な知識によって作成された。この「要約」版は、決定権者や広く一般に利用されることを目的に、正規のレポートの要点を提示するものである。

技術的な参照資料としての利用と同様に、各国レベルでの「白書」の準備は政策の作成プロセスに繋がるものであり、また「動物遺伝資源に関する世界行動計画」が採用されたことによって、国際コミュニティにおける活動の課題を提供するであろう。

食料農業

遺伝資源委員会

世界食料農業

動物遺伝資源白書‒ 概要

THE STATE OF THE WORLD’S ANIMAL GENETIC RESOURCES FOR FOOD AND AGRICULTURE

– in brief

社団法人 畜産技術協会

世世界食料農業動物遺伝資源白書

界食料農業動物遺伝資源白書

概要   

概要                                                  

                                               

社団法人 

社団法人 

畜産技術協会

畜産技術協会

世界食料農業動物遺伝資源白書

概要                                                  

社団法人 

畜産技術協会

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国際連合食糧農業機関食料農業遺伝資源委員会

2007年 ローマ

世界食料農業動物遺伝資源白書‒ 概要THE STATE OF THE WORLD’S ANIMAL GENETIC RESOURCES FOR FOOD AND AGRICULTURE – in brief

社団法人 畜産技術協会

社団法人畜産技術協会が、国際連合食糧農業機関との提携により発行Published by arrangement with the Food and Agriculture Organization of the United Nations by the Japan Livestock Technology Association

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* FAO. 2007. 世界食料農業動物遺伝資源白書 ‒ 概要, Dafydd Pilling, Barbara Rischkowsky編. ローマ.

本書は、国際連合食糧農業機関(FAO)が2007年に発行した世界食料農業動物遺伝資源白書概要*を元にしている。本書に使用した記述や資料は、国家、領域、都市、または地域のそれら

の法的地位、開発度合い、領土や国境画定に関する国際連合食糧農業機関のいかなる見解を示すものではない。また、特定の企業あるいは工業製品への言及については、特許権の有無に関わらず、言及の無かった類似物と比較して、国際連合食糧農業機関による支持あるいは推奨を示すものではない。なお、国際連合食糧農業機関は、翻訳の精度に関して一切の責任を

負わない。

©FAO (2007) English edition© Japan Livestock Technology Association (2008) Japanese edition

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本資料は、国際連合食糧農業機関(FAO)が2007年に発行した「The State of the World’s Animal Genetic Resources for Food and Agriculture ‒ in brief」(世界食料農業動物遺伝資源白書概要)を翻訳したものである。世界的な畜産物需要の増大、市場のグローバル化、これに伴う畜産経営規模の拡大、改良

品種の導入などによって、家畜家禽の品種の多様性が劇的に減少しつつあるとされる。世界の各地で、その地域の気象、飼料条件、飼養慣行などに適応しつつ長年にわたって維持されてきた家畜家禽の多様な遺伝的能力が失われつつあると言うことである。今までになかった新しい疾病に対する抵抗性の付与、新しい飼育環境に対する適応性の付与、あるいは畜産物の新しい需要に対する適応など、現時点では予測できない事態に対して、家畜家禽の能力を迅速に適応させるためには家畜家禽の多様な遺伝的能力を保全しておき、必要に応じてこれを活用することが極めて重要なことである。動物遺伝資源は人類共有の財産と言える。FAOの事務局長は本資料の序文で、食料農業用動物遺伝資源の保全の重要性を述べると

共に、本資料は動物遺伝資源の現状と推移、及びこのような遺伝資源を管理するための組織的、技術的能力について世界的規模で初めて評価したものであると述べている。本資料が畜産関係者各位の参考になれば刊行者としては幸甚である。ご多用中にもかかわらず本資料の翻訳及び編集の労を執られた、淺野孝浩氏(農林水産

省)、稲村光洋氏(FAO)、佐渡由佳子氏(ローマ大学ラ・サピエンツァ)、峰澤満氏(農業生物資源研究所)の各氏に感謝する。

平成20年3月                  社団法人 畜産技術協会

前書き

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世界の農業生物多様性の賢明な管理が、国際社会においてより大きな挑戦になっている。特に家畜の分野では、肉、ミルク及び卵の需要の急増に対応するため、大規模生産が拡大しているように、劇的な変化が進行している。動物の遺伝資源の多様な構

成は、我々の農業生産システムの導入と開発のために重要なものである。気候変動及び動物に対する新しい悪性の病気の発生は、これに対する適応能力を保持する必要性を明白に示している。何億もの貧しい田舎の家庭にとって、家畜は重要な資産であり、しばしば複数の必要性に応じて、世界中の最も厳しい環境において、生計を支えうるものである。家畜の生産は、食料と生活の安全保障への、そして、国連ミレニアム開発目標に対処することへの不可欠な貢献を果たす。それは、今後数十年において重要性を増してゆくであろう。しかし、遺伝的多様性は脅威の下にある。品種が絶滅したと報告された割合はとても重要で

ある、しかし、記録にない遺伝資源の特徴が研究され、それらの可能性が評価される前に失われていることがより問題である。食料および農業のための世界中の動物遺伝資源を理解し、優先付け、保護するための懸命な努力が求められている。持続可能な利用のパターンが確立されなければならない。伝統的な牧畜民 - しばしば貧しくて、辺境に居る - は動物の遺伝的多様性の多くを世話してきた。我々は、彼らの役割を無視すべきではなく、また、彼らのニーズから目を背けるべきではない。利益を共有するための公正な仕組みが必要で、そして、遺伝資源への幅広いアクセスは確実になされなければならない。これらの資源の管理のための同意された国際的枠組みが重要である。このレポートは、動物遺伝資源の状態と傾向、そして、これらの資源を管理する国家の組織

的、技術的能力についての最初の総合評価である。それは、World Food Summit Plan of Action で始まった遺伝資源の運営改善の確約の実現を、確かにする新たな努力のための基礎を提供する。それは、食料農業遺伝資源委員会(CGRFA)の業務のマイルストーンである。FAOに提出された169の各国報告書によって示されたような、世界の政府によって提供される支援には、特に元気づけられた。私はまた、このレポートを準備する過程が既にトピックを認識させ、そして、国家や地域のレベルでの活動に触媒作用を及ぼしたという貢献によっても非常に励まされた。しかし、多くのことが残されている。スイスのインターラーケンで開催した「動物遺伝資源のための国際技術会合」における世界食料農業動物遺伝資源白書の発表は、活動のジャンプ台にならなくてはならない。私は、動物の遺伝資源が、無視出来ないほど価値のある我々の共通の財産の部分であることを認めるように国際社会に訴えるこの機会を利用したい。これらの資源の持続可能な利用、開発及び保護のための参加と協力は、差し迫って必要とされている。

序文

Jacques DioufFAO Director-General

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要約

世界食料農業動物遺伝資源白書(The State of the World’s Animal Genetic Resources for Food and Agriculture)は家畜多様性についての最初の世界的評価である。169カ国の各国報告書、多くの国際機関からの報告、12の特定テーマ別報告をもとに、家畜分野

における農業生物多様性の状況-起源と開発、用途と価値、流通と交換、危機的状況と脅威-、および、これらの資源の管理能力-機関、政策および法的枠組み、構造化された繁殖活動及び保存プログラム、について分析を紹介している。ニーズと諸課題が、畜産業における変化をもたらす力との関連で評価されている。動物遺伝資源の利用と開発を増強するための道具と方法が特性評価、遺伝的改良、経済評価及び保存に関する分野において検討されている。数千年にわたる畜産および管理された繁殖は、自然選択の効果と組み合わされて、世界の家

畜集団の間に巨大な遺伝的多様性をもたらした。高生産性の家畜は-コントロールされた管理条件において、斉一な生産物を供給するために集約的に繁殖され-小規模の農民、牧畜民により、主に外部からの投下の少ない生産方式において飼育される多用途の品種と共存している。動物遺伝資源の効果的管理は、世界の食料保障、持続的発展、数億人の生活のために必須

である。家畜分野及び国際共同体は多くの課題に直面している。開発途上国の多くで急速に増加している畜産物に対する需要、新興の家畜疾病、気候変動、ミレニアム開発目標( muinnelliMDevelopment Goals)のような世界的目標に対する緊急の取り組みが必要とされる。多くの品種は、抗病性、特徴的な形質もしくは形質の組み合わせを有しており、-極端な気候への耐性、特殊な生産物の供給-、これらの課題に対応することに貢献できるだろう。しかし、現実は、遺伝資源の基礎の浸食が進行中であり、おそらく加速されていることが、示唆されている。

FAOの食料農業のための動物遺伝資源世界データバンクは、総計で7616家畜品種の情報を有している。報告された品種の約20%は危機的であると分類されている。さらに気がかりなのは、過去6年間に62品種が絶滅したことであり-1か月にほぼ1品種が消失していることになる。これらの数字は遺伝的浸食のほんの一部の像を示しているに過ぎない。品種の目録及び、特に品種レベルの頭数規模や繁殖構造の調査は世界の多くの部分で不十分である。集団のデータは全ての品種の36%で利用できない。さらに、最も広く使われている生産性の高い牛の品種の多くで、繁殖目的に、ほんの一握りの非常に人気の高い種雄牛が利用されることにより、品種内の遺伝的多様性が弱体化されている。多くの遺伝的多様性への脅威を特定することができる。おそらく、最も重要なものは、地方品

種を伴う伝統的生産システムの周縁化であり、主に、多くの場合大規模で、狭い範囲の品種を利用している集約的畜産の急速な拡大により、追い詰められている。肉、ミルク、卵の世界の生産は、限られた数の高生産品種の増加に基づいている-これらは工業的生産システムにおいてもっとも収益性が高く利用される。強化のプロセスは畜産物への増大する要求により動かされ、遺伝素材、生産技術、投下が、容易に世界中を動くことができることにより促進されてきた。強化及び工業化が畜産の生産物の増加および増加する人口を養うことに貢献してきた。しかし、動物遺伝資源という形の世界の公共財が消失する可能性を最小限にするために、政策措置が、必要とされる。主要な疾病の流行、さまざまな種類の災害(干ばつ、洪水、戦争など)のような、緊急の脅威も

また問題となる。-特に品種集団が、小規模で地理的に限定されている場合では、緊急事態においてとられる臨時の行動は通常ほとんど効果がないので、この意味でも準備しておくことが必要である。この様な計画、および、より広い遺伝資源の持続的管理の基本は、保存に優先性を与

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える品種の特性、地理的分布、利用されている生産システムの知識を高めることである。 畜産分野に影響を与える政策や法的枠組みは必ずしも動物遺伝資源の持続的利用に有益

なものばかりではない。顕在的もしくは隠れた政府の助成は、しばしば地方の遺伝資源を利用する小農システムを犠牲にして、大規模生産の発展を促進してきた。開発および疾病駆除戦略もまた、遺伝的多様性の脅威となりうる。家畜遺伝資源を含む開発及び、災害後の復興計画については、遺伝的多様性に対する影響の可能性の評価を行い、利用される品種が地方の生産環境、対象とされる受益者の要求に対して適切であることを担保すべきである。疾病の発生への対応として実行される殺処分計画には、稀少品種の保護手段を取り入れる必要があり、関連法制の見直しが必要とされる場合がある。潜在的価値の高い遺伝資源の現行の使用および、災害による損失に対するセーフガードに

脅威を与える畜産業の進歩が見られる場合、品種保存の手段を考慮しなければならない。生体保存のオプションには、専用の保存農場もしくは保護地域、および、その生産環境における稀少品種の飼養者への補助金もしくは支援手段が含まれる。遺伝物質の液体窒素内における保存は、生体保存への貴重な補完物を提供できる。実行が可能なら、新しい形の持続可能な利用の出現を促進することを目的とすべきである。特に先進国においては、特殊な生産物に対するニッチ市場、自然や景観管理のための草食動物の利用が貴重な機会を提供する。地方品種がその飼育者にとって生活手段の選択肢であり続けるなら、よく計画された遺伝的改良計画は、しばしば必須のものになるであろう。発展途上国の低外部投下型の生産方式に対する適切な戦略の実行は大きな課題である。こ

の役割を継続するかれらの能力は支援されることが必要かもしれない。-たとえば、放牧地の十分な利用を保障するような。同時に、保存の手段が生産システムの発展の制約であってはならず、生活の機会を制限するものであってはならない。少数の共同体に基礎を置く保存及び繁殖計画によりこの問題に取り組み始めている。この取り組みはさらに発展させる必要がある。動物の遺伝的多様性の効果的管理は資源を必要とする。-それにはよく訓練された人材及

び十分な技術設備が含まれる。健全な組織構造(すなわち、動物の登録、遺伝的評価)および広範な関係者(特に育種家および家畜飼育者)の企画、意志決定への関与もまた必須である。しかし、多くの発展途上国に共通して、これらの前提が欠如している。世界の国々の48%に、国レベルの生体保存計画が報告されておらず、63%が凍結保存の計画を持たないことを報告している。同様に多くの国々で、整備された繁殖計画が欠如しているか、不十分である。急速な変化や民営化の拡大の時代においては、公共財の長期的供給を保障するための国家

計画が必要とされる。家畜分野の開発政策は農村集団のための公正な目的を支援すべきであり、それによりこれらの集団は、持続的な方法で、かれらの生活を増強し、より広い社会に必要とされる物品及びサービスを提供するために必要とされる生産能力を形成できる。動物遺伝資源の管理は、より広い農村及び農業の発展の枠組みにおいて、他の目的とのバランスをとることが必要とされる。地方品種の役割、機能、価値に対して、そして発展の目的へどのように貢献できるかについて細心の注意が払われなければならない。世界の国や地域は動物遺伝資源の利用において相互に依存している。このことは歴史的な遺

伝子の流れ、および家畜分布の現在の状況から明確である。これら共有の資源の管理のための責任を受け入れることは国際社会において必要である。発展途上国および市場経済移行国が、かれらの家畜品種の特性評価、保存、そして利用することへの支援が必要かもしれない。動物遺伝資源への広範なアクセスは-農民、牧畜民、育種家および研究者にとって-持続的利用及び発展のために必須のものである。広範なアクセスおよび、動物遺伝資源の利用から派生する利益の公正な分配のための枠組みは国内及び国際レベルの両者において整備されることが必要である。このような枠組みの開発において、農業生物多様性の明確な特徴が-大きくは人間の介在により作り出され、人間の積極的な管理の継続が必要とされる-考慮されることが重要である。国際協力や家畜開発の全ての分野に及ぶ動物遺伝資源管理のより良い統合は、世界の財産である家畜生物多様性が、適切に利用され、食料・農業のために開発され、そして将来の世代に利用可能であり続けることを保障することを支援するであろう。

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序論

世界の家畜の生物多様性が持続可能の状態で管理され、これらの資源の利用が将来において可能であるためには、国レベル、国際レベルともに一致団結し、十分な知識に裏付けされた活動が必要である。世界食料農業動物遺伝資源白書(The State of the

World’s Animal Genetic Resources for Food and Agriculture)は、これらの資源及び管理能力に関する世界最初の分析評価である(報告過程は、囲み1を参照)。本概要版は、白書の主要な要点をまとめている。第1章は、畜産業における農業の生物多様性の状況を、起源及び分布、現在の頭数規模及び繁殖構造、危険度の傾向、遺伝資源の利用と価値の分析とともに疾病管理戦略に

。るいてし析分もらか点観の等威脅るす対に性様多的伝遺び及性要重の性病抗的伝遺るけお第2章は、動物遺伝資源が一環をなす家畜生産方式やそれらがどのような変化を遂げているのか、また、そのことが家畜の生物多様性の管理にどのような意味をもつかについて分析している。第3章は、2005年7月までに分析可能だった148カ国の各国報告書に主に基づいており、動物遺伝資源管理分野における、組織や人的能力、繁殖計画の整備、保全対策、生物工学の利用、関連政策や法制度等を分析している。第4章は、動物遺伝資源管理に使用可能である最先端技術を特性評価、遺伝的改良、経済分析及び保全の面から紹介している。第5章は、動物遺伝資源管理における優先的な課題と挑戦について、他の4章から導き出された結論とともに分析している。

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1 9 9 9年、国際連合食糧農業機関(FAO)の食料農業遺伝資源委員会において、各国主導の世界食料農業動物遺伝資源白書の作成について、FAOが調整することが決まった。2001年3月、FAOは国内の動物遺伝資源を分析評価した各国報告書の提出を目的として、188カ国を招待した。この結果、2003から2005年の間に、合計169の各国報告書が提出された。その他の重要な情報源としては、各国

が所有している品種集団に関する特性、頭数及びその繁殖構造を報告できるFAOの家畜多様性情報システム(Domestic Animal Diversity Information System:

DAD-IS1)である。また、白書は、国際機関からの報告書、特定テーマ別の報告書、FAOの統計データベース(FAOSTAT2 )、幅広い文献や専門的な知識に基づいている。白書における様々な個所は、国際的な専門家による見直しの過程を経た。2006年12月、食料農業遺伝資源委員会付属の第4回動物遺伝資源政府間技術作業部会において、最初の草稿の見直しが行われた。その後、白書は、食料農業遺伝資源委員会加盟国からの意見や提言を基にして最終原稿として完成した。白書における分析のため、各国の地域や準地域を図1のとおり設定した。

囲み1世界食料農業動物遺伝資源白書の報告過程

1 http://www.fao.org/dad-is 2 http://www.fao.org/faostat

図1各国の地域及び準地域の区分

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第1章

   畜産業における農業の生物多様性の状況

● 今日の家畜の生物多様性は数千年にわたる人間の介入の結果である。

● 動物遺伝資源の利用に関して、世界の国や地域は相互依存している。

● 世界全体で7616の品種が報告されている。

● そのうち20%が絶滅危惧品種として分類されている。

● 過去6年間にほぼ1ヶ月に1品種の割合で消失している。

● 36%の品種で集団のデータが不明である。

● 世界において畜産は、ますます少数の品種に依存するようなっている。

● これらの品種においても、品種内の遺伝的多様性が失われている。

● 多用途の品種はしばしば過小評価される。

● 家畜疾病の管理に対して、遺伝抵抗性はますます重要になっている。

● 動物遺伝資源に関して重大な脅威は下記のとおり。

- 一様な大規模型集約生産の急速な拡大

- 不適切な開発政策や管理戦略

- 疾病の発生や疾病対策

- 種々の天災や緊急事態

● 遺伝的消失を最小限にするためには、政策レベルで、品種及び生産方式に関する高い知識、将来計画、意識の向上などが重要である。

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畜産業における農業の生物多様性の状況

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動物遺伝資源の起源と分布

家畜種が今日の農業と食料生産に大きく貢献していることは、長期間の家畜化とその改良によってもたらされた。近年の考古学や分子遺伝子学などの研究によって、少なくとも家畜化が行われた12の主要地域が特定されている。例えば山羊の場合、1万年程前にザグロス山脈(現在のイラン及びイラクに広がる山脈)に広がる肥沃な三日月地帯において、家畜化が行われたと考えられている。何千年にも渡る人間の移住、交易、武力征服及び植民地化が家畜を元の発生場所から範囲を拡大させ、新しい農業地域、文明及び技術と接触させることとなった。自然淘汰や人間の管理下での繁殖、他の主要地域からの群との交雑などは、動物遺伝資源に多様性を与えた。動物遺伝資源の国際間の移動は、19世紀の初頭

に入ると、欧州で最初に発達した繁殖管理や蒸気船

の発明などによって家畜の移動が促進され、新しい段階に入った。これらの移動の多くは、欧州内や宗主国と植民地間との移動であった。欧州原産の品種は、南半球の温帯地域や一部の乾燥熱帯地域において定着する一方、一部の高原地域を除いた湿潤熱帯地域では、低い耐暑性、低栄養価飼料、地域の風土病や寄生虫などにより定着しなかった。遺伝資源は、異なる熱帯地域間でも移動が起きた。特筆すべき事例としては、20世紀初頭、南米にインド牛が導入されたことである。現在、熱帯地域原産の純粋種は、温帯地域でほとんど使われることはないが、インド牛の遺伝資源を基にした合成種は、米国や豪州の南部で使われている。この他、アフリカやその他の地域で家畜生産に利用されている数多くの重要な合成種[ドーパー羊(Dorper sheep)、ボーア山

図2ホルスタイン・フリーシアン牛の分布

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第1章

14

羊(Boer goat)、 ボンマスラ牛(Bonsmara cattle)等]は、このような遺伝資源の大陸間移動の結果によって生まれた。アフリカ原産の品種であるトゥーリ牛(Tuli cattle)やアフリカンダー牛(Africander cattle)は豪州やアメリカ大陸に広がった。興味深いその他の事例としては、熱帯の国々や豪州、南欧州に広がった中近東原産のアワシ羊(Awassi sheep)である。商業化が進んだ畜産業、開発途上国における畜

産物の需要増大、先進国及び開発途上国間に見られる異なる家畜生産方式、遺伝資源の移動を促進する新しい家畜繁殖技術、自然環境条件から独立した生産環境の実現などの20世紀後半に見られた発展は、国際間の遺伝資源の移動に新しい段階をもたらした。現在国際間の遺伝資源の移動は、先進国間及び先進国から開発途上国間で大規模に行われている。このような遺伝資源の移動は、小数の品種に集中している。この他の動きとして、開発途上国から先進国の間で研究用や愛玩用の品種として、さもなくばニッチ市場への生産のために移動が行われている(アルパカ等)。今日、最も世界に分布している家畜の品種は、世

界128カ国に見られるホルスタイン・フリーシアン種

(図2)である。その他の品種においては、大ヨークシャー種(117カ国)、ザーネン種(81カ国)、サーフォーク種(40カ国)などである(図3)。これまでに見てきた歴史的な移動を元にすると、

いくつかの主要な結論を導き出すことができる。第1に、世界の国及び地域は遺伝資源利用において長期間相互依存の関係にある。第2に、家畜集団に遺伝的な変容を与えるような動物遺伝資源の移動の規模及び速度は、ここ数十年間に劇的に増大した。第3に、これらの遺伝資源の移動は、世界の家畜生産に使われる動物遺伝資源の母集団を狭める可能性を持っている。国際及び国内とも、もし必要であれば保存のために絶滅が危惧される資源を特定し、持続可能な利用が促進できる処置が適切に図られるよう、これらの影響を調査する必要がある。

アワシ

バルバドスブラックベリー

クリオロ

カラク

メリーノ

ロマノフ

サフォーク

ウエストアフリカンドワーフ

図3越境品種(ヒツジ)の分布

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畜産業における農業の生物多様性の状況

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動物遺伝資源の多様性の現状

下記の分析は、動物遺伝資源の多様性に関し、最も包括的な世界規模の情報源である、FAOの「食物及び農業の動物遺伝資源に係る国際的なデータバンク (DAD-IS3システムの原型)」に基づいている。

動物遺伝資源の世界規模の現状評価は、いくつかの方法論的な困難に出会う。過去の評価方法では、世界データバンクでは各国の頭数に基づいて品種の危機的状況を判定していたため、世界的な状況を正しく評価することは困難であった。このため、この問題と「食料農業動物遺伝資源白書」において有用な評価を可能とさせるため、品種に関して新しい分類・定義を行った。今回、品種は大きく「在来品種」または「越境品種」として分類し、越境品種は、さらに「地域越境品種」及び「国際越境品種」として分類した(囲み2参照)。世界データバンクには現在までに合計7616の品

種が登録されており、それぞれ在来品種6536、越境品種1080である。また、越境品種のうち、地域越境品種523であり、国際越境品種557である(図4)。分類における主な特徴では、いくつかの点で地

域格差が見られる(図5)。アフリカ地域、アジア地域、欧州・コーカサス地域、ラテンアメリカ・カリブ地域、そして中近東地域において、在来品種は、全ての品種の3分の2以上を占める。反対に、南西太

平洋地域及び北米地域において、鳥類・哺乳類の国際越境品種が大多数を占める。哺乳類の地域越境品種は欧州・コーカサス地域、アフリカ地域で数多く見られ、また、それよりは少ないがアジア地域に見られる一方、欧州・コーカサス地域においてのみ鳥類の地域越境品種が数多く存在する。ほとんどの種において、欧州・コーカサス地域は、他の地域に比べて世界のどこより、世界の品種全

世界食料農業動物遺伝資源白書のため、設定された品種の新分類では、大きく「在来品種」と呼ばれる1カ国にしか存在しない品種と、「越境品種」と呼ばれる複数国に存在する品種に分けられる。越境品種は、さらに「地域越境品種」と呼ばれる複数国に存在し、かつ1地域にしか見られない品種と、「国際越境品種」と呼ばれる複数国・複数地域に存在する品種に分類した(図2参照)。国単位の品種集団のいずれが越境品種に属するかどうかの判断は、専門家によって行われ、動物遺伝資源に関する関係国の国内調整者(National Coordinator)によって見直された。いくつかの点で改良がまだ必要なものの、新分類は世界規模及び地域規模での遺伝的多様性の評価の枠組みとして非常に有効であることを証明した。

囲み2品種群の新分類

図4在来品種及び越境品種の世界全体に占める割合

48%

52%

86%

557

523

6 536 1 080 14%

3 http://www.fao.org/dad-is

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第1章

16

体のはるかに高い割合を共有している。この原因として、この地域では、遺伝学的に近い品種も別個の品種と認識されているからである。また、この地域における品種目録及び特性評価が進んでいる現状も反映している。多くの地域では、この分野

に関して技術資源や訓練された人員が不足していることで、限定的である。

図6世界の品種のリスク状況毎の割合

0 500 1 000 1 500 2 000 2 500

図5 国際・地域越境品種及び在来品種の地域毎の分布状況

9%

20%

36%

35%

30%

2%26%

42%

16%

11%

38%

35%

注:絶滅種は本図から除く。

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畜産業における農業の生物多様性の状況

17

品種の危険度全体で1491種(20%)が「危惧品種」4として分類

されている。なお、36%の品種で集団のデータが不明であることから、危惧品種の値は上昇する可能性がある。図6は、危険度の分類毎の割合を示している。危惧品種が最も高い割合を占めている地域は、

欧州・コーカサス地域(哺乳類28%、鳥類49%)と北米地域(哺乳類20%、鳥類79%)である。これら両地域では、少数の品種を利用して企業化した畜産業が存在する。この結果、絶対数で見れば、欧州・コーカサス地域が最も突出した数の危惧品種を有している。しかしながら、確かにこれら両地域において危惧品種は明らかに多いものの、その他の地域が抱える大きな問題は大多数の品種で危険度不明にあることにより、現状が隠されていることにあるだろう。例えば、南米・カリブ地域では、哺乳類及び鳥類のそれぞれ68%、81%が危険度不明と分類されている。アフリカ地域においても、哺乳類及び鳥類のそれぞれ

60%、59%が不明である。このデータ不足は、品種の保全対策における優先順位の設定や計画の策定に対して重大な制約となる。この問題は他の種において更に深刻であり、例えばウサギで72%、鹿で66%、ロバで59%、ヒトコブラクダで58%の集団のデータが不明である。調査能力の向上、品種頭数や繁殖構造の報告、その他の品種に関する情報収集などが急務である。種間で比べた場合、哺乳類のなかで最も危惧品

種割合の高いものは、ウマ(23%)、ウサギ(20%)、ブタ(18%)、ウシ(16%)の順である。飼養されている鳥類のうち代表的なものでは、七面鳥(34%)、ニワトリ(33%)、ガチョウ(31%)、アヒル(24%)が危惧品種として分類されている。図7は、国際的に最も重要である5つの家畜種における危険度の状況を示している。ウシは最も多くの品種で絶滅品種として報告された

(209品種)。ブタ、ヒツジ、ウマでも多くの品種が絶滅したことが報告されている。この結果は、記録されずに絶滅していった数多くの品種が存在したことを踏まえると、恐らく絶滅に関する全体像を反映していないであろう。

0 20 40 60 80 100

ウシ

ヒツジ

ヤギ

ブタ

ニワトリ

絶滅安全不明 危惧

図7主要な家畜種における品種のリスク状況

4 品種は、(1)繁殖用の子取り用メスが1000以下の場合;(2)繁殖用の種畜が20以下の場合;(3)全体の頭数が1000以上1200以下で減少中で、同じ品種のオスと支配する率が80%を下回る、いずれかの場合に危惧品種として分類される。

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第1章

18

遺伝的浸食の傾向遺伝的浸食の傾向は、危惧品種に関する過去と

現在の分類結果を比較することで分析できる。最も単刀直入な評価は、在来品種における分析結果の比較である。1999年と2006年間の危険度の傾向の分析は、複雑な結果を与える。いくつかの品種では、1999年において危惧とされたもののうち60品種が2006年において安全とされた。しかしながら、ほぼ同数(合計59)が同期間において危惧へと移った。さらに関心・対策が進んでいるにも関わらず品種の減少は進行し、更に懸念される状況である。1999年12月から2006年1月の間に62の絶滅が記録され、ほぼ1か月当たり1品種が絶滅した結果となる。なお、集団データに基づいた危険度の判定は、遺

伝的浸食を十分に明らかにしていない可能性がある。品種内多様性は同様に重要である。しばしば専門家によって遺伝的多様性への脅威と指摘される点ではあるが、現在の品種の状況調査が抱える克服し難い問題点は、無差別な交雑に伴う遺伝的希薄化を把握することが困難な点である。品種内に多くの頭数があったとしても、繁殖動物が少ないことに伴う近親交配5の問題点は、リスク状況からは明らかにし得ない。また、いずれの像も、管理のあり方を考慮する上で重要である、品種内の分集団が、どの程度互いに隔離されたものかの評価を与えてはくれない。管理方針の決定に際して重視する、品種内において互いにどの程度遺伝的に離れているかという点については、どちらの指標も示していない。

動物遺伝資源の利用と価値

多くの国では、畜産業は、国内生産に大きく寄与している。平均では、中近東地域、アジア地域及びアフリカ地域においてこの貢献度が最も高い(国内総生産高の4~5%を占める)。さらに、現在の数字は比較的小幅であるが、開発途上国において畜産は30%の農業総生産に寄与し、2030年までに39%まで増加することが見込まれている。加えて、個々の国で見た場合、世界の最貧国のうちのいくつかでは、地域全体の平均よりはるかに寄与している。その他の近年の発展としては、開発途上国における乳及び肉、卵などの畜産物輸出業者の新たな出現である。しかしながら、このような各国及び世界全体での生産量や貿易高は、畜産業全体の社会・経済的な重要性を十分に示していない。開発途上国をはじめとして、多数の人々の生計に家畜が寄与し

ているという事実を考慮する必要がある。別の観点から見た場合、畜産において広大な土地が使用されている現状を踏まえると畜産業における発展の環境上・社会影響の可能性を示している。家畜の飼養は、世界の至る所での生態系及び生産的な景観の必須要素である。もう一つの重要な注意点としては、市場取引が行

われる食料、繊維、皮革製品などは比較的よく記録が残る。一方、市場外の生産や定量的に測定することが困難な効果は過小評価されやすい特徴がある。これは、特に開発途上国における小規模家畜生産において顕著である。多くの農家は、作物生産(牽引及び肥料)の助けとなることを期待して動物を利用している。金融機関の利用が困難な場合で、飼養している動物を必要な場合に売ることが出来ることは、多くの世帯に貯蓄と保険の役割と同様の機能を提供している。さらに家畜と畜産由来の産物は、宗教の儀式、結婚、葬式及び社会的な集まりにおいて重要な役割を占め、またスポーツ・レジャー活動に利用されるなど、様々な社会・文化的機能を提供している。家畜を飼養している多くの社会では、動物の交換は、社会関係やネットワークの強化を必要な場合において支援している。家畜は、さらに栄養循環、種子散布や生息環境の維持などの重要な農業生態系的機能を有している。その一方、より豊かな社会では、家畜の役割・果た

す機能は、少ない傾向にある。しかしながら、いくつかの文化的機能は重要であり、例えばスポーツおよび余暇(主としてウマ)、文化的に重要な食品の供給等である。新しい役割は、さらに観光や景観管理の面で出現している(多くの場合、伝統的品種)。家畜が有している多くの役割を網羅的に列挙す

ることは可能である一方、ある品種の現在の役割と、特定の目的や生産条件に特に合致している等の特性を有しているかどうかに関して大きな情報不足が存在している。このため、より完全なデータの収集やそれらを利用可能にする必要がある。多数の役割や組み合わせた役割を発揮するため

には、特化した品種及び多目的に利用される品種いずれも、家畜集団内における多様性が必要である。しかしながら、動物遺伝資源管理の分野におい

て、意志決定の多くの場合で多数の役割を果たす点に対して関心を払うことが少ない。このような状況では、人間に対する家畜の全面的な貢献のいくつかの要素だけが考慮され、多数の役割を担っている在来品種の価値が過小評価されるであろう。

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畜産業における農業の生物多様性の状況

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動物遺伝資源と抗病性

特定の家畜の有している潜在的価値の中で最も高いものは、疾病に対する抗病性あるいは寛容性である。薬剤の使用、ダニやツェツェバエのような疾病媒介者の制御を含む主要疾病防御戦略の持続可能性は不明瞭である。化学処理に伴う環境面及び食料安全に対する影響、貧しい農家における入手及び利用可能性の点や薬剤耐性の出現などの問題をはらんでいる。家畜集団で発見した寛容性や抗病性を増強するような遺伝的多様性の管理は、疾病対策の補足手段として役立つ。一つの選択肢としては、生産環境に適応している適切な種類を選択し、交雑によって抗病性を導入し、寛容性や抗病性の高い個体を選抜し育種改良を行う。これらの戦略の利点は次のとおりである。• 確立後の、効果の一貫性 • 医薬品費用の減少• 病原体や疾病媒介者に抵抗性を出現させる選抜圧の減少に伴う他の対策の効果持続性• 複合効果(特定の疾病以外の疾病に対する抵抗性の増加)の可能性さらに、抗病性の点で遺伝的に多様な集団におい

ては、大規模な疾病の影響を受けにくいことを示唆する証拠が存在する。これまでの研究によって、ある特定の品種は、多く

の疾病に対して、その他の品種と比較した場合、抵抗力を示すことが分かっている。例えば、トリパノゾーマ症抵抗性の西アフリカのダマ牛(N’dama cattle)や東アフリカのレッドマサイ羊(Red Maasai sheep)は、消化管寄生虫に対する高い抵抗性を示している。いくつかの疾病(羊の線虫等)では、寛容性や抗病性を目的とした品種内選抜は実現可能である。分子マーカー技術はさらなる進歩のための機会を提供するが、疾病コントロールでの実用化はいまだ限定的である。家畜疾病における抗病性及び寛容性の遺伝学に

関する研究は、調査された疾病、畜種及び品種の点で限定的である。食料及び農業用動物遺伝資源世界データバンクには、特定の疾病に対する抵抗を示すと考えられている品種が多く報告されているが、それらの多数が、その可能性を調べる科学的な調査結果に基づいていない。これは明らかであるが、もし、寛容性や抗病性が特定される前に品種が絶滅するなら、動物衛生や生産性の向上に寄与することができるその有用な遺伝資源は利用できなくなる。

動物遺伝資源に対する脅威

家畜多様性に対する脅威は、数多く特定すること

ができる。恐らく、最も大きな脅威は、小数の品種に基づく大規模集約的生産方式の急速な拡大・普及に伴い、伝統的家畜生産方式の減退及びそれに伴う在来品種の減少である。肉、乳、卵の生産は、限定された少数の生産性の高い品種によるようになってきている。これらの品種は、今日の管理及び市場において、工業型生産方式で最大限の利益を生む。動物由来食品の需要増加や遺伝素材、生産技術及び投下資源が世界中で移動が容易に行い得る状況で集約化が進んだ。集約化と工業化は、家畜生産を上昇させ、増大する人口の食料供給に寄与した。しかしながら、動物遺伝資源多様性に内包されている公共財損失の可能性を最小化する政策が必要とされる。特に少数で地理的に密集した品種集団では、疾

病や災害(干ばつ、洪水、軍事衝突等)のような緊急の脅威が、さらに懸念される。これらの脅威の総合的な影響を定量化することは困難である。例えば、疾病発生の場合、死亡個体数は、品種毎には測定されていない。それにもかかわらず、非常に多くの動物が失われる場合があることはほぼ明らかであり、多くの場合、特に疾病対策として導入される殺処分が最も大きな処分数を生む結果となる。例えば、2003・2004年の鳥インフルエンザの発生時にベトナムでおよそ国の鳥類全体の17%である4300万羽の鳥が処分された。英国のいくつかの希少品種は、2001年の口蹄疫の蔓延時に導入された、殺処分処置によって影響を受けた。災害や緊急時の場合、発生した疾病自体が多くの動物やその周辺地域に存在する集団を消滅させる場合がある。しかしながら、遺伝的多様性の観点から見れば、災害の影響は、災害後の緊急対策として導入される新たな品種の移入などによって非常に大きな影響を受ける。この種の脅威は除去することはできないが、それ

らの影響を、緩和することは可能である。この点に関しては、事前準備が重要であり、対症的な事後対応は、通常あまり効果がない。このような計画や持続的な管理において、どの品種が保全を優先とさせるような特性を持っているか、それらの品種の生産方式やどのように地理的に分布しているかなどに関する知識を向上させることが必要である。畜産業に影響を与える政策や法的な枠組みは、動

物遺伝資源の持続可能な利用に対して必ずしも好意的だとは限らない。直接的または間接的な政府補助金はしばしば、在来品種の遺伝資源を利用する小規模生産方式の犠牲の下、大規模型生産方式を促進してきた。家畜に関する開発及び災害後の復興計画は、遺伝的多様性への潜在的な影響を評価し、使用される品種が地域生産環境及び対象受益者に適切であることを担保すべきである。疾病防御戦略は、希少品種の保護

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第1章

20

を計画の中に含め、それに伴う関係法令の修正が必要である場合がある。動物遺伝資源の保全自体は、食料安全、災害に対

する人道支援、動物衛生における疾病対策の目的よりも優先させることができないことは明らかで、また望ましくもない。しかしながら、遺伝的浸食の危険性を減らす可能性を持つ手段は、既存の動物遺伝資源の効率的な利用を促進し、その結果、より広い家畜の開発を補うものになる。

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第2章

畜産業の動向

家畜生産方式は大きく発展して ●いる。

家畜生産方式が変化した要因 ●は、下記のとおり。

畜産物に対する需要の増加と -変化

貿易と市場取引の発展 -

技術革新 -

環境変化 -

関連分野における政策判断 -

大規模工業型生産は、開発途上 ●国において急速に拡大している。

多岐にわたる小規模生産は特に ●貧困層と周辺環境において引き続き重要であり、注意が必要である。

草食動物を利用した景観及び植 ●生管理などの新しい家畜の役割が出現しつつある。

消費者の選択は、環境や福祉に ●対する懸念及び特産品に対する嗜好などにますます影響を受けてきている。

環境面における課題で対応す ●べきものは、下記のとおり。

家畜(反芻動物)及びその排 -泄物由来の排出温室効果ガス

牧草地開発や飼料確保(特に -大豆)による森林破壊

家畜排泄物による土壌及び水 -質汚染

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畜産業の動向

23

図8 家畜生産方式の分布状況

文献:Steinfeld et al. (2006)6

Steinfeld, H., Wassenaar, T. & Jutzi, S. Livestock production systems in developing countries: status, drivers, trends. Revue Scientifique et Technique de l’Office International des Epizooties, 25(2): 505–516.

家畜生産方式の変化要因

農業方式は、常に発展している。このような状況下では、現在と将来における生産方式のためや動物遺伝資源の持続的利用のための選択肢を残すことの重要性は増すことになる。畜産業の発展は、数多くの変化要因に対応してき

た。世界規模で見た場合最も大きな動因は、動物由来の食品に対する需要増加である。1980年代初頭以降、世界の肉類及び乳製品の消費量は急速に増加している。開発途上国は、この増加の大部分を占めている。購買力の増加に伴う食品選択に与える影響は、低・中所得者層において最も顕著である。都市化も大きな要因となっている。その他、質的な変化もある。生活習慣の変化により加工済、中間加工食品の消費を好む食生活の傾向が現れている。最近の新しい傾向として(主に裕福な国において)、多くの消費者が購買の判断決定において、健康、環境、倫理、動物福祉、社会・開発に与える影響などを考慮するようになってきた。家畜や畜産物の国際間取引は、ここ数十年で急激

に増加している。小売業と加工業に関わる多国籍企

業は、消費者と生産者を結びつける供給網を変化させつつある。国際化が進んだ市場と供給網の垂直統合は、高品質、安定性、安全性を重視した製品への新しい、厳しい要求を意味している。これらの要求に応えることができない小規模、組織化されていない生産者は、しばしば市場から淘汰される。物流と通信技術の発達は、国際市場の発展を促

進させるとともに家畜の飼育地と家畜の飼料の基となる飼料生産地が異なる畜産の成立を可能とした。その他の栄養、繁殖、飼養面における技術進歩も、生産者が自然環境条件に影響されにくい安定的な生産体制を確立できるようにしている。自然環境の変化も生産方式に大きな影響を与え

ている。地球温暖化への対応は、今後数十年にわたって、多くの家畜生産者にとって最も重要な課題となり得るであろう。畜産業からの温室効果ガス排出は、大きな懸念であり、重大な関心を払う必要がある。世界の乾燥地における牧畜は、既に資源劣化が起きているなか、気候変動の影響が相まって、その中でも最も深刻な影響を受ける。このような方式での畜産は、牧草地の生産力に大きく依存しているが、それらが減少し、更に不安定となることが予想されている。一

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第2章

24

般的には、気候変動は、資源が乏しく、家畜飼育者の対処・適応能力が限定されている地域に、重大な影響を及ぼすであろう。畜産業に対する公共政策もまた変化要因の一つ

である。畜産業に関係する重要な政策は、市場規制(例:海外直接投資や知的財産に関係したもの)、所有権及び土地や水に関する権利、人口動態に影響する政策、奨励・助成措置、検疫・貿易政策、環境規制などである。

畜産業の対応

下記段落は、世界の家畜生産方式の概要を示したものであり、上記で述べた変化要因に対する展開を示している。図8は、主な生産方式の分布状況を示している。

ランドレス方式多くの発展途上の場所で見られる大規模な工業

型生産の増加は、世界の畜産業において経済的に最も顕著な傾向である。大規模化の過程は、集約化、大規模化、地理的・社会的集約化を伴う。この方式では、特定産品の生産性の最大化を図ることに焦点を当てている。少数の品種が使われ、品種内の遺伝的多様性についても、減少している可能性がある。地理的な集中や家畜とその飼料の生産地の分離は、数々の環境問題、特に家畜排泄物の管理に関連する問題を引き起こしている。小規模なランドレス方式は、市街地やその周辺または農村部にて行われている。このような小規模生産は、畜産物の需要増加に対して、大規模家畜産業と比較した場合は、供給力が低い。しかしながら、世帯レベルにおいて食料の安全確保や生計手段へ貢献していることを、考慮すべきである。

草地基盤方式草地基盤方式は、世界中のあらゆる地域や農業

生態地帯、主に農作物を収穫することが困難または生産不可能な地域などに多い。これらの方式には、乾燥、寒冷、山間地域における伝統的な放牧、大牧畜、先進国の温暖地域における高投下型の方式などが含まれる。草地型方式における環境面での脅威は、放牧地の荒廃や熱帯雨林から放牧地への転換などである。草地基盤方式において伝統的に飼育されている

家畜は、通常、飼育されている厳しい条件下にも適応し、飼育者の要求に応えることができる。しかしながら、多くの草地型の生産方式は、厳しい圧力を受

けている。天然資源の劣化は広がっている。移動を繰り返しながら不安定な草地を有効利用する伝統的放牧形態は、多くの場合、天然資源の利用制限、農作物栽培の拡大、人口圧力、紛争、社会的圧力、乱開発、借地政策などの問題に直面し消失しようとしている。生産性を向上させる技術的対策は、通常実施することが困難である。多くの場合、草地や水資源の利用などの解決すべき重要な問題は、政策や制度面に存在する。先進国や一部の途上国の放牧において、環境保全効果や景観保護の観点といった畜産の他の機能が一層重視されるようになりはじめた。

混合農業方式混合農業方式(同じ農場で作物生産と畜産を組

み合わせる方式)は、開発途上国の小規模農家において代表的な形態である。この方式では、家畜は作物生産への投入という重要な役割をはじめ、様々な目的の為に飼育されている。多様な役割、厳しい気候条件、疾病による厳しい試練は、特定の条件に適した様々な家畜種が増える要因となった。システム内の植物及び家畜の間で残渣を循環できることは、環境を考える上で、この方式をより魅力的なものにしている。それにもかかわらず、この方式の持続性に脅威が伴うことがある。畜産物の需要が高い状況では、混合農業の犠牲の下、ランドレス方式が増加する。また、市場への参入、収入、投入資源などが乏しく、人口が増加している状況においては、土壌養分の減少、天然資源の劣化のため、混合方式の持続に脅威が伴う。耕作機械の導入や化学肥料の利用といった技術革新は、家畜が貢献できる機会を減らしつつある。しかしながら、これらの傾向は、世界共通ではなく、例えば、アフリカのサハラ以南の多くの地域においては、役用動物の重要度は増している。先進国においては、ランドレス型生産方式の拡大

とともに、より多くの外部投入と小数の高生産品種の利用に基づいた、より集約的な混合生産方式を既に見ることができる。しかしながら、先進国のいくつかにおいては、効率的な資源循環の利点を生かす観点から、混合型方式に再び関心が集まっている。

動物遺伝資源への影響

工業型生産以前の畜産は、世界中の家畜に多くの遺伝的多様性を生んだ。高度に管理された生産の急速な拡大や均一な製品に対する需要は、全世界で畜産物の生産を少数の遺伝資源への依存を増大する結果を生んだ。しかしながら、このような発展状況にも関わらず、幸いなことに世界の家畜生産方

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畜産業の動向

25

式は非常に多様である。このことは、開発途上国の小規模な家畜生産者や牧畜において、特に顕著である。大多数の世界の貧しい人々の生計にとって、地域に密着した家畜は、依然重要である。畜産業に影響する政策がこれらの家畜飼育者の必要性や依存している動物遺伝資源を考慮することは不可欠である。在来品種は、生産環境や飼育者の生計戦略にうまく対応しているのにも関わらず、しばしば脅威に直面することがある。家畜生産の持続性は、天然資源の劣化、不適切な政策や乱開発などによって、大きく影響を受ける。家畜生産の変化や発展において、遺伝的に多様

である家畜集団は、重要な資源である。新たに生じる市場の傾向と政策目標は、畜産業に対して常に新しい要求を突きつけている。気候変動への対応のような将来の挑戦の可能性は、多種の家畜種を残す重要性を強調する。

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第3章

動物遺伝資源管理に関する現状能力

開発途上国において、必要な制 ●度や技術能力に関して強化する必要がある。

動物遺伝資源管理分野に関し ●て、より優れた教育が必要である。

より多くの海外協力は共通の動 ●物遺伝資源の管理を向上する。

多くの国では、整備された交配計 ●画を作成することの困難に直面しており、外部から遺伝資源を導入することを選択する。

貴重な資源に対して重大な懸念 ●がある多くの国で、生体及び凍結保存プログラムが存在しない。

多くの開発途上国において、繁殖 ●生命工学技術の利用は限られている。

しかしながら、これらの技術を利 ●用する場合、遺伝的多様性及び社会・経済に対する影響を評価する必要がある。

動物遺伝資源に関する法令や政 ●策は、適用・強化されるべきである。

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動物遺伝資源管理に関する現状

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効果的な動物遺伝資源管理のためには、優れた制度、適当な技術施設、そしてよく訓練された人員が不可欠である。世界食料農業動

物遺伝資源白書(The State of the World’s Animal Ge-netic Resources for Food and Agriculture)のこの章の元となった148カ国からの各国報告書( Country Re-ports)では、それぞれの国における現状、地域及び世界におけるネットワークや制度の役割等の情報を詳細に報告している。その他、各国報告書は、動物遺伝資源管理における数多くの活動、生じた問題点、将来へ向けての提案なども報告している。下記は、各国報告書の情報をまとめた、現段階での能力、大幅な地域間格差の存在、特定の改善点や貴重な経験等を記述している。

組織と関係者

この部分は、国、地域レベルにおける動物遺伝資源の管理に関する関係者の関与や組織能力(設備、研究及び知識、政策能力及び実行)を分析している。また、地域間や国際間協力に欠かせないであろう組織やネットワークも明記している。図9は、世界各地域における組織能力の現状を報告している。 国内における関係者間の調整は、効率的な動物

遺伝資源管理を行う上で不可欠である。世界食料農業動物遺伝資源白書の報告過程において設立された各国の動物遺伝資源に関する国内担当委員会(National Coordinating Committees)は、この報告書作成段階において重要な役割を担っているものの、時折、その持続面において問題が生じることがある。これらの問題は、資源が不足していることから派生し、政策立案者の動物遺伝資源の重要性に対する無理解に基づくことが多い。動物遺伝資源関連の公的な組織とその他の当事者間との協力体制も、しばしば限定的である。例えば、動物遺伝資源に関する各国報告書は、行政機関や科学的知識を持つ担当者によって作成されている。作成過程において、非政府組織や民間組織による参加は、困難であった。民間企業は、動物遺伝資源を頻繁に利用しており、国内・国際的にしっかりした組織体制を持っている。しかしながら、民間企業では、商業用の限られた家畜品種のみに関心を払っているため、遺伝資源管理の国内プログラムへの参加は限定的である。地方にお

ける能力(地方の当事者の明確化・明文化された責任、地方の組織の国内政策への関与等)も、多くの国(NGOや地域の関係者の強力な関与の見られる中南米の一部地域、そして北西部の欧州を除く)において十分ではない。公的な農業研究組織は、報告書作成において、主

要な役割を担った。しかしながら、数多くの国が報告しているように、現段階において、これら組織の動物遺伝資源関連への研究は非常に限定的であり、多くの場合、財的資源の乏しい部署が担当しているのが現状である。動物遺伝資源の利用及び保存の分野への特化はほとんど見られない。研究は、地域が必要とするものや伝来の固有知識からかけ離れ、あまり政策面でも関与していない。動物遺伝資源多様性の価値に関する意識の向上

は、当該分野における政策的な認知度を向上させ、遺伝資源関連の機構の変革をもたらすため重要である。多くの国において、このような実現のためには、多くのことを実施しなければならない。当事者間において重要性が認識されつつあるものの、現段階では政策や法規制に十分に反映されていない現状を踏まえると、その重要性は、まだ政策関係者へは十分伝わっていないようである。 資源を共有していることを考えれば、協力は、必

然の結果である。各国報告書は、しばしば地域間の協力が不可欠であり、そのような協力に対して参加する意志があることを報告している。地域や準地域における強固なネットワークは、動物遺伝資源管理の向上の継続に重要である。しかしながら、そのような取組は、一部地域を除いては、ほとんどなされていない。欧州・コーカサス地域では、政府レベルと非政府レベルの連携が見られ、地域の連携を図る、動物遺伝資源に関する地域担当機関(Regional Focal Point)が設置されている。その他の地域においては、状況は芳しくない。各国が能力を向上させ、、その国の属する准地域や地域における取組開始や支援を行う可能性をさらに発展させていく必要がある。

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第3章

30

図9制度状況 - 地域比較

テーマ毎に各国は、各国報告書の情報を基に0 (無), + (小), ++ (中) or +++ (高)と点数化された。その後、点数は地域毎に集計された。最大得点(地域内の国全てが「+++」の場合)は1であり、最少得点(地域内の国全てが「0」の場合)は0である。

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

組織的交配計画

組織化された交配計画の実施は、生産量と品質、生産性と費用効果の向上や特定の品種の遺伝的多様性の維持、保存の支援と持続的な利用をもたらす。しかしながら、多くの開発途上国においては、そのようなプログラムは活用されていない。例えば、アフリカ地域とアジア地域の国々からの報告書では、そのようなプログラムが存在しても、少数の品種のみであり、実際に繁殖に用いられる集団も小さい。 図10は、国際的に重要な家畜種の交配計画を地域別に示している。西欧地域や北米地域のような一部の地域におい

ては、個々の繁殖農家の参加に基づく交配計画で成功を収めている。これらの計画は、堅固な組織と政府の支援によって支えられている。しかしながら、特に家畜群に対して外部投入資源が少ない状況では、 このようなパターンの組織は公的支援なしに簡単に出現することとは考えられない。多くの国では、政府所有の中核農場(特に反芻動

物において)を利用したプログラムを導入している。しかしながら、このようなプログラムの効果は、個々の畜産事業主との連携欠如や改良目的よりも研究に主眼が置かれていることから限定的である。 この分野における政策決定は、単純ではない。繁

殖活動にかかる費用、競合のレベルと性質、そして繁殖に利用される動物資源の国際的な入手性などが考慮されなければならない。多くの政府は、特に養鶏や養豚業において、品種改良にあたって輸入の遺伝資源を利用している。欧州で見られるような同じ生産環境条件にある国同士の繁殖活動の協力は、費用削減やプログラムの持続性の面で有益である。

保存プログラム

動物遺伝資源の存続の危機は、保存対策が必要であることを裏付けている。保存プログラムは、大切な遺伝資源が消滅しかかっている地域において、最

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動物遺伝資源管理に関する現状

31

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図10主要な家畜種における組織的支配活動の地域分布

本図は、各国報告書で当該品種が存在する国にてプログラムが報告しており、そのうち上記品種においてプログラムが存在する場合。

0

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図11保存プログラムの地域分布

も迅速に対応が必要である。生体によるもの(動物園、観光牧場、保護地域、家畜の生育環境を維持する家畜飼育者への直接支払いやその他の財的支援など)とともに液体窒素内で遺伝資源を保存する凍結保存など数多くの保存方法が可能である。そのような対策の有効性を評価するには、そのプログラムに属する品種に関する集団の大きさや構成、実践した繁殖計画などに関する情報が必要である一方、凍結プログラムにおいては、保存されている遺伝素材の数や種類(精子、胚、卵子、DNAなど)といった情報

が必要である。各国報告書は、世界の保存対策の概要を大まかに与えてくれる。しかしながら、より徹底した保存対策のための保存に関する必要事項や優先活動の評価は、不十分のままである。多くの国(48%)が、生体保存プログラムが存在

しないと報告している。さらに高い割合(63%)の国が、凍結保存プログラムが存在しないと報告している。これらの状況は、地域間において格差がある。保存対策は、欧州・コーカサス地域、北米地域において他の地域に比べてより進んでいる(図11)。各国報告書は、品種の保存に関して、政府、大学

や研究機関、畜産団体、非政府組織、畜産企業、農家(趣味農家を含む)、遊牧民などの多くの関係者の参加を報告している。協力の促進や補完的な機会を探求することが必要である。また、必要に応じた支援が必要である。例えば、趣味農家や非政府組織は、希少動物の熱心な支援者であるが、少頭数における遺伝的管理については、教育支援が必要である。もし現在の動物遺伝資源が直面する脅威に対し

て対策を実施するのであれば、保存に関する世界規模での能力向上、新しい組織モデルの導入、公的機関同士や公的機関と農家間での連携などが必要であることを、報告書の分析結果は示唆している。国際間や地域間の連携は、越境品種におけるジーンバンクや他の保存対策を実施する上で重要である。もし何らかの協定(動物衛生に関する基準等)が、国際間

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第3章

32

において世界規模で実施される凍結保存プログラムのために制定されれば、国際間の協力はよりいっそう推進されるであろう。

繁殖生命工学の利用

先進国において、人工授精と受精卵移植は家畜の繁殖に大きな影響を及ぼした。これらの技術は、遺伝的改良の速度を上昇させ、疾病拡散を防止し、優良な親から生産される個体の数を増大させている。こういった技術が利用できるかどうかは、各国、各地域において大きな格差が存在する。欧州・コーカサス地域、北米地域を除く開発途上国においては、その技術能力は一般的に低い。開発途上国において、繁殖技術を利用することがある場合のほとんどは、外来の遺伝素材の普及のためである。開発途上国からの報告書の多くが、国内での畜産

物に対する需要増大に対応するため、このような技術の導入を希望していることを報告している。しかしながら、特に人工授精をはじめとした技術の乱用には、在来種の遺伝子を消滅させる危険性が指摘されてきている。社会・経済的な影響もまた、考慮されなければならない。一方で、貧しい家畜飼育者も生産性を高めることができるよう、これらの技術を容易に利用する機会を提供できることが確保される必要がある。他方、小規模生産に向かない遺伝素材の普及のための安易なバイオテクノロジーの乱用の広がりには、注意が必要である。

法制度

動物遺伝資源管理は、国内及び国際レベル双方の法規制によって影響を受ける。また、いくつかの例では、当事者間による協定や地域間における枠組みが重要な場合もある。特に、欧州連合(EU)には、そのような関係法令が多数存在する。生物多様性に関する主要な国際的な枠組みは、

「生物多様性条約( lacigoloiBnonoitnevnoC:CBD

Diversity)」である。生物多様性条約は、農業生物多様性

の有する特殊性を認識し、その有する問題点の独自の解決方法を加盟国に対して求めている。これに関連して注目すべき点は、自然界に存在する遺伝資源と農業用遺伝資源は、対応方法が異なり、時には、相反する戦略をとらなければならないことである。動物遺伝資源における適切な優先順位を設定するため、このような遺伝資源の持続的な利用や保存の戦略を調和させることに特化した国際間の協定や政策が必要となる場合がある。

その他、動物遺伝資源管理に影響を与えるいくつかの国際条約が存在する。動物衛生は、家畜生産において、一般的に最も規制が進んでいる分野である。国際的には、世界貿易機関(WTO)の衛生・植物検疫措置の適用に関する協定において、国際獣疫事務局が国際間取引における動物衛生関連の基準設定機関として認識されている。国際市場に参加することの重要性は、しばしば国家(もしくは地域)においてより厳格な疾病対策へと向わせている。疾病発生時における、強制的な殺処分対策は、希少品種に重大な脅威を与えるだろう。欧州連合における規則は、近年、こういった脅威を考慮するにようになり始めたが、その他の地域では、疾病管理に関連した政策および法制度において、動物遺伝資源への配慮は、まだ見られない。動物繁殖及び遺伝子学の分野における知的財産

権の大幅な拡大の可能性は、相当程度の関心及び論争を引き起こしつつある。いくつかの家畜種において、商業的に重要な機能に関連した遺伝子やマーカーに関する特許などは既に認められている。多くの倫理的そして法的問題は、未解決のままであり、動物遺伝資源管理分野における知的所有権の影響は、いまだに明確ではない。しかしながら、動物遺伝資源の多様性と公平性に関する関係は、十分な注意が払われるべきである。また、その他の注意すべき点としては、世界貿易機関の知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Trips)の27.3( b)項に述べられているが、加盟国は、動物に関して特許の対象から除外することができる。各国報告書は、動物遺伝資源管理に関する法令

や政策について、その性格や範囲が非常に多様であることを示唆している。画一的な助言は、適当ではなく、問題のある国には、その国の条件や状況を踏まえた上で、特別な対策が必要である。しかしながら、多くの国においては、不適切な法制度によって、効果的な動物遺伝資源管理が妨げられている。先進地域を除いて、品種保存の促進や規制に関する法令を定めている国はまれである。それにも関わらず、いくつかの開発途上国において、近年、そのような対策を取り入れる例が見られるようになった。しかしながら、このような場合でも、想定されたプログラムを実施するにあたって、資源の利用可能性が不明確のままである場合がある。組織的な遺伝改良プログラムには、動物の識別、

登録、成績の記録といった作業が必要である。識別と登録は、その他の理由(疾病管理、トレーサビリティー、保存プログラムの運営等)においても重要である。法規制は、これらの作業の遵守を高めるとともに、判断における一貫性・信頼性のある情報を提供

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動物遺伝資源管理に関する現状

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するものである。多くの開発途上国は、この分野での規制強化の必要性を報告している。その他の多くの法律や政策の側面が、畜産業の

発展と動物遺伝資源管理に影響を及ぼしている。小規模農家や牧畜農家は、世界の動物遺伝資源多様性の保護者である。彼らが今後もその役割を担っていくことを確保するためには、多くの場合、土地や水資源の利用に関する政策や法制度に関心を払う必要がある。

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第4章

動物遺伝資源管理に関する最先端技術

動物遺伝資源管理に係る政策 ●決定のためには、品種や生産環境の特性評価の向上が必要である。

情報が不完全な状況での意思決 ●定支援ツールの開発が必要である。

市場の需要変化と品種内におけ ●る多様性維持の必要性が新しい改良目標を生じさせ、繁殖プログラムに新しい試みを必要とさせた。

遺伝的改良プログラムの成功に ●は、関係者の関与や記録方法が重要な要素である。

低外部投下方式に適応した繁殖 ●プログラムは一層の発展が必要である。

地方に適合した在来品種の環境 ●保存への使用、ニッチ市場への生産の支援、危機的な品種の維持に対する補助金は、生体による保存プログラムの潜在的な要素である。

低外部投下方式における保存 ●対策は家畜が有する生計維持の役割を考慮する必要がある。

地域主体の保存と繁殖の取組は ●更に発展させる必要がある。

凍結保存は生体保存法の重要な ●補助として機能する可能性があり、全ての家畜種に対する信頼できる技術の開発が必要である。

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動物遺伝資源管理に関する最先端技術

37

動物遺伝資源管理は、いまだに確立された科学分野とはなっていない。動物遺伝資源管理は、遺伝資源の理解、利用、開発、

そして維持といったあらゆる活動を含んでいる。また、一般的な生産条件と需要において利用可能な動物遺伝資源の特性を調査していくことも含まれる。地理的もしくは短期的な多様性、また将来の傾向なども考慮する必要がある。それらを基にして、どのような集団に、どのような利用、発展、保存に適応可能な対策及び方法を採っていくのかなどを判断しなければならない。以下は、特性評価、遺伝的改良、経済分析及び保存に関する最先端の技術を紹介している。

動物遺伝資源の特性評価方法

特性評価は、識別同定、記載、品種が形成され適応した場所における品種集団、生息環境、生産方式などを記録することを含む。一つの目的として、国や地域でそれぞれの生産環境条件において品種がどのように適合するのかを評価することで、農家や開発育成者に判断材料を示すことがある。その他の目的として、保存プログラムの計画にあたって必要な情報を提供することもある。後者においては、検討中である品種において、危機的状況の情報が必要である。危機的状況であるかどうかは、基本的に、品種の飼養頭数とその構成によって決定される。交雑の進行状況に関するデータは、遺伝的希釈に対する影響評価という観点から重要であり、その他、品種の地理的な分布、集団内における近交の程度などに関するデータも、同様に必要な情報である。絶滅の危険性があると特定された品種は、保存

プログラムの候補となる。しかしながら、通常、資金は限られており、優先順位の設定が必要となる。その判断の基礎となるものは、品種の遺伝的独自性、順応性、食料農業に対する相対的価値もしくは歴史的・文化的価値かもしれない。図12は、ある国の遺伝資源管理プログラム策定のさまざまな過程にお

ける必要項目を示している。種の特性と順応性の情報、その他の品種との関係、通常の生産環境と管理方法、受け継がれてきた関連知識などは、保存や品種開発プログラムの計画や実施において役立つこととなる。分子遺伝学レベルにおける特性評価は、家畜の集団内及び集団間や他の系統間との遺伝的多様性、集団間の遺伝的類縁関係を明らかにすることが可能となる。定期的な飼養頭数や集団構成を調査することは、

対策が必要となった時に、迅速に対処戦略が行えることから重要である。現時点で既に実施している取組等を利用することで、費用効率が高い調査が可能となる場合がある。例えば、各国の畜産統計調査は、この点で役立つであろう。各国の農業統計調査への指針となる、FAOが10年毎に作成する次回の「World Programme for the Census of Agriculture」において、家畜のデータは、品種毎に調査するように定めている。品種の特性評価に関するもう一つの重要な側面

として、関連データが、政策担当者、家畜飼育者、育成者、研究者など幅広い関係者に利用可能となることである。既存の公共の情報システムは、内容を拡充し、利用者が必要なデータを容易に利用できるように改善していく必要がある。品種データを飼育環境や生産条件の地図に関連づけることは、意思決定において重要な助けとなる。理想的には、判断手段やその方法、危機的品種を

特定する早期警戒の仕組みなどは上記に述べた総合的な情報に基づくべきである。しかしながら、動物遺伝資源の保存や改良のために迅速な行動が求められている現在のような状況下では、不完全な情報を効率的に利用していく手段や方法が必要である。

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第4章

38

図12動物遺伝資源管理戦略の設計にあたって必要な情報

品種の状況:• 集団の大きさ及び構成•国内の地理的分散状況• 他国における同品種の頭数

品種の価値:• 遺伝的特徴• 適応特性• 食料及び農業に関する有用な形質•歴史的、文化的有用性

保護計画なし 保護計画あり 遺伝的改良計画 無計画な遺伝的変化

純系/直系品種 交雑

危機にない品種

国内の品種集団

絶滅の危険性が高い

潜在的な危機にある品種

潜在的な改良の可能性:• 目的の特性(品種における遺伝的多様性)• 市場及び社会的優位性

凍結保存

危機にある品種

危険度 行動計画の要素評価基準

生体保存

遺伝的改良方法

遺伝的改良は、増加する畜産物需要に対応するための不可欠な要素である。遺伝学や繁殖生物工学などの分野における大きな進歩は、高度に管理された生産の急速な進展を可能にさせた。しかしながら、近年は、個体あたりの生産性の為だけに選抜することで、動物の健康を害し、代謝的負荷を増加させ、短命をもたらすという理解が広まりつつある。病気への抵抗性、繁殖性、分娩の容易さ、寿命、行動特性などに、注目が集まりはじめている。増殖目標も、また、動物福祉、環境に対する懸念や特別な食品に関心を抱く消費者の新しい需要に対して対応しなければならない。同一品種内における遺伝的多様性の確保を求めていくことは、もう一つの考慮すべき重要事項である。保存プログラムに含まれている小さい集団における遺伝的改良は、特別な管理方針が求められる分野である。生産者がこれらの課題に対して、対応可能となる

よう新技術は求められている。研究における優先事項は、抗病性のある品種の育成(抗病性の遺伝的マーカーによる選抜を含む)、動物福祉面での選抜(乳

牛における肢蹄の問題の軽減)や飼料効率の向上による選抜などが挙げられる。緊急の課題としては、外部からの投下資源が少な

い生産条件に適合したプログラムの計画と実行がある。多くの地方品種において、仮にその利用が経済的価値を持ち続けるなら遺伝的改良は重要となり得る。純粋種の群を維持した上で、安定的な交雑種の作成が可能となる方法を探す必要がある。遺伝的改良を成功させる為には、全ての関係者、

特に個々の家畜育成者とその組織がプログラムに参加していくことが必要である。生産者団体などの組織の設立は、促進されるべきである。幅広い協議が必要であるが、繁殖プログラムにおいては、明確な役割分担が不可欠である。記録方式は、遺伝的改良プログラムにおいて不可欠であり、そのようなシステムを確立するべく努力が必要である。小規模生産方式においては、家畜飼育者の目的、環境や周辺地域社会への影響、該当する全ての家畜の地域の生産状況に対する適応性及び設備、技術資源や訓練された人員が利用できるかなどを考慮する必要がある。

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動物遺伝資源管理に関する最先端技術

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動物遺伝資源の経済的価値算出方法

多くの品種で絶滅が危惧されること、また、家畜保存及び改良に関する資金が不足している現状は、意思決定にあたって当該の遺伝資源の価値とその管理に関する経済分析が必要であることを示唆している。重要課題としては、• 特定の動物遺伝資源が社会の様々な分野において経済的に価値があるかどうか。• 費用効率の高い保存対策の同定。• 個々の農家や地域による保存活動の向上に資する経済的手法及び政策・組織的対策の構築。これらの課題を解決する方法はなかなか存在し

ない。その理由として、必要なデータが揃わないことも一因である。動物遺伝資源の分野における効果的な経済分析は、家畜の市場以外での価値についても考慮する必要がある。それらのデータを手に入れるには、多くの場合、参加型及び簡易農村調査を共用するような経済分析方法を改良していくことが必要となる。このような問題点にも関わらず、この分野における経済研究は、他の経済分野での分析方法を使って行われている。これらの研究から分かった主な点は、以下のとおりである• 在来種の価値を計る上で、順応性や所得に結びつかない機能は、重要な要素である。• 従来の家畜の生産性を図る基準は、零細な生産方式の評価には適さず、在来種を外来種へ置換することの利益を過大評価する傾向にある。• 品種の生息域内保存プログラムの実行に要する費用は、商業的な畜産業に対する現在の補助金の額や保存による利益を比べると、相対的に低い。• 家族特性が、農家の品種選択の上で大きく影響する。その情報は、費用効率の高い保存プログラムを計画するのに利用できる。• 保存政策は、費用効率の高い戦略を推進していくべきである。この目的を支援する意思決定支援ツールは作成されたが、一層の改良や評価が必要である。

保存方法

保存戦略には、保存を必要とする品種の特定と優先順位の設定が必要である。重要な第一歩は、保存に当たっての最も適切な単位を特定することである。農業の生物多様性では、将来における利用可能な多様性維持が主要目的となる。現時点での知識を元にすると、家畜種における機能的多様性を最も体現し

ているのは、品種の多様性あるいは異なる環境下で開発された他と区別可能な集団であると考えられる。さらに、保存に関する文化論では、遺伝子ではなく品種を対象としている。このため、通常保存の取組の意思決定が行われるのは、品種単位である。しかしながら、品種の多様性は、遺伝的多様性全てを表しているものではないということを、理解しておかなければならない。分子レベルでは、遺伝的多様性は、成長と能力に影響を与える一連の対立遺伝子の多様性  (DNAの配列の違い等)によるものである。保存の観点からある品種の重要度を図るには、下

記のような総合的な情報が必要となってくる。• 多様な品種特性に関する研究(品種を特定可能とする表現形質の組み合わせにおける多様性等)。• 分子遺伝子学の研究、品種内及び品種間における多様性、また 特徴的な遺伝特性の有無の客観的指標が得られる。• 過去における遺伝的な隔離の指標。• 文化的、歴史的に重要であったかどうかの指標。危機的状況の進行状況は、更に重要な検討項目

である。保存戦略を最適化するためには、対象品種に対して限りある資源をどのようにして分配を行うか、種々の方法の中で、最も効果的な保存計画を選択することが必要である。保存戦略において最適な資源配分を可能とする効果的な方法の開発のためには、一層の研究が必要である。生体保存は、幅広い状況や手段を含む。景観や植

生の管理、有機農法、参加型の繁殖、ニッチ市場向けの生産、そして趣味の農業などは全て品種の有効活用の機会を提供する。保存戦略において、これら一部または全ての活動に対する補助は、保存のための重要な要素となる。場合によっては、希少品種への直接的な補助金が、絶滅を避けるために必要になるかもしれない。しかしながら、この手段は、資源を有し、保存目的の実現のため公的資金を提供する政治的意志が存在し、集団の危機的状況を適切に特定・分類できるような十分な品種の特性評価が存在し、適格な農家を識別しその取組を観察し報酬を管理できる組織能力がある場合においてのみ有効である。保存の対象品種の選定に細心の注意が重要である。補助金を提供することが可能な状況でも、長期的な財政支援には常に懸念が伴う、また、そのような保存対策は、将来にわたっても品種が自立して持続可能たりうることを支援する取組と補完されるべきである。生息域内保存7は、品種の飼育地における生産性

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世界食料農業動物遺伝資源白書-概要

第4章

40

向上の努力から隔離することはできず、特に貧しい家畜育成者の生活を制限させるような規定を押しつけてはいけない。残念ながら、在来種の動物遺伝資源を保護していきながら同時に地域の人々の生活及び食料安全保障の向上を可能とする生産方式と社会基盤の改良については、ほとんど研究が進んでいない。数少ないが、地方の家畜育成者の全面的な協力と彼らの生産目標と知識を尊重した地域密着型の保存対策が成功を収めている。生体保存と対極的位置にある生息域外保存8に

おいて、多くの国(大部分は先進国)では、希少品種を飼育する観光牧場が観光客を呼び寄せることに成功している。このような牧場は、一般の人々が動物遺伝資源について学ぶ重要な役割を担っている。開発途上国において、最も一般的に見られる生息域外での生体保存活動は、公共の組織によって維持管理されている群である。このような施設では、通常、農家で実際に飼養している品種と関係が深く、農家でその品種が使われなくなった場合に、その施設がどれだけ品種の保存に貢献できるか更なる調査が必要である。 凍結保存法は、生体保存が実施できない場合や

必要な頭数を保存できない場合において、重要なバックアップ戦略となる。また、凍結保存は、疾病の蔓延や軍事紛争などの緊急時において、唯一の手段となり得る場合がある。信頼性のある凍結保存技術が全ての動物種において利用可能となるように、一層の取組が必要である。

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第5章

動物遺伝資源管理に関する課題と挑戦

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畜産業は、幅広い政策目標と調整を図る必要がある。その中で最も急を要する課題は、農村開発の支援、飢餓及び貧困問題

の解決、畜産物の需要増加への対処及び消費者の要求の変化への対応、食品安全の確保及び家畜疾病による脅威の軽減、生物多様性及び環境の保存などである。これらの課題に対応するためには、特定の生産、社会、市場条件の要求に対応するために、畜種、品種、個々の家畜を組み合わせて用いる必要がある。しかしながら、これらの開発需要に動物遺伝資源を対応させるためには、多くの制約が存在する。家畜の品種登録と特性評価は、動物遺伝資源管

理において基礎となるものであるが、特に開発途上国において、完了までには程遠い現状である。政策決定を妨げるような認識不足に取り組んでいくことは、優先すべきである。近年の遺伝的浸食の速度も重大な懸念を呼ぶ原因である。絶滅が危惧される品種に対して、対象を明確にした保存対策を実施することは重要である。しかしながら、近年意見の一致が見られつつあるが、個々の品種や動物の遺伝的多様性全体において本当に必要なものは、それらを継続的に利用し、発展させていくことである。資源の利用に当たって、効率的な管理、現在と将来における利用のバランス、経済及び社会並びに環境の懸念等を踏まえた基本原則や要素を確立させていく必要がある。また、畜産農家の生計を支える一方、生物多様性への世界的な懸念に対処可能となる地域レベルの取組も必要である。このような取組のためには、持続可能な発展が可能となるような強固な制度や組織体制、政策、法的枠組みが必要である。

世界的な責任の認知

世界の国や地域は、動物遺伝資源の利用において、相互依存している。このことは、歴史的な遺伝子の拡散や現在の家畜の分布状況から明らかである。将来、世界のある地域からの遺伝資源は、別の地域の繁殖者及び家畜飼育者にとって重要となり得る可能性がある。国際社会は、このような共有資源を管理していく責任を受け入れる必要がある。開発途上国や移行経済国における家畜の特性評価、保存、利用に対する支援が必要である。動物遺伝資源の持続可能な利用と発展のためには、農家や飼育者、繁殖者、研究者が動物遺伝資源を広く利用できることが必要である。国内及び国際レベルで、利用機会や動物遺伝資源から生じる利益を共有するための公平な枠組みは、整備される必要がある。このような枠組みの整備において、大部分が人間の介入によって生じ、継続的な人的管理が必要とされるこれらの農業多様性の特徴は、考慮される必要がある。研究から制度、法令整備に渡るあらゆる面での国際協力や適切な動物遺伝資源管理を家畜の発展に関する全ての面に統合することは、世界の財産である家畜の多様性が適切に使用され、発展し、将来の世代へ引き継がれることを確実にしていく為に役立つであろう。

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世界の家畜遺伝資源の多様性を持続的に管理することは、農業、食料生産、地域の開発、そして環境に欠かせないものである。「世界動物遺伝資源白書」は169ヶ国の各国報告書、多くの国際機関からの協力、12の特定テーマ報告、そして初めての動物遺伝資源とその管理に関する世界的な評価を行うための幅広い専門的な知識によって作成された。この「要約」版は、決定権者や広く一般に利用されることを目的に、正規のレポートの要点を提示するものである。

技術的な参照資料としての利用と同様に、各国レベルでの「白書」の準備は政策の作成プロセスに繋がるものであり、また「動物遺伝資源に関する世界行動計画」が採用されたことによって、国際コミュニティにおける活動の課題を提供するであろう。

食料農業

遺伝資源委員会

世界食料農業

動物遺伝資源白書‒ 概要

THE STATE OF THE WORLD’S ANIMAL GENETIC RESOURCES FOR FOOD AND AGRICULTURE

– in brief

社団法人 畜産技術協会

世世界食料農業動物遺伝資源白書

界食料農業動物遺伝資源白書

概要   

概要                                                  

                                               

社団法人 

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畜産技術協会

畜産技術協会

世界食料農業動物遺伝資源白書

概要                                                  

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