13
- 27 - 高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009 2739.「利益獲得とCSR の関係」に対する考え方と成果との関係 「経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(1)─「CSR と利益」 との関連において─」(『高崎経済大学論 集』第51巻第4号、2009)(以降、論文 1))では、利益獲得と CSR との関係に 対する考え方について、「利益獲得と CSR は、同時に実現されるべきである」、 CSR にのっとった誠実なビジネスを行 えば、利益はついてくる」という2つの 回答が3位以下の回答を大きく引き離 し、それぞれ、44.4%、43.0%であるこ とを述べた。また、両者の相違点として、 前者は CSR 活動の成果をより短期的視 点でとらえているのに対し、後者はより 長期的視点でとらえているということを 指摘した。では、このような相違は、成 果(利益)の獲得にどのような影響を与 えているのであろうか。 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) ── 「CSR と利益」との関連において ── The Positioning of CSR in Building and Implementation of the Corporate Strategy: in Connection with“CSR and Profit”(2) Sendo, Ayako 図表1 CSR 経営による変化や効果の項目の因子分析 因子1 因子2 因子3 因子1 0.605 0.636 因子2 0.555 因子3

経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

- 27 -

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009 27~39頁

Ⅰ.「利益獲得と CSR の関係」に対する考え方と成果との関係

「経営戦略の構築と実施における CSR

のポジショニング(1)─「CSR と利益」

との関連において─」(『高崎経済大学論

集』第51巻第4号、2009)(以降、論文

(1))では、利益獲得と CSR との関係に

対する考え方について、「利益獲得と

CSR は、同時に実現されるべきである」、

「CSR にのっとった誠実なビジネスを行

えば、利益はついてくる」という2つの

回答が3位以下の回答を大きく引き離

し、それぞれ、44.4%、43.0%であるこ

とを述べた。また、両者の相違点として、

前者は CSR 活動の成果をより短期的視

点でとらえているのに対し、後者はより

長期的視点でとらえているということを

指摘した。では、このような相違は、成

果(利益)の獲得にどのような影響を与

えているのであろうか。

経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2)

──「CSR と利益」との関連において──

潜 道 文 子

The Positioning of CSR in Building and Implementationof the Corporate Strategy:

in Connection with“CSR and Profit”(2)

Sendo, Ayako

図表1 CSR 経営による変化や効果の項目の因子分析

因子1 因子2 因子3因子1 0.605 0.636因子2 0.555

因子3

Page 2: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009

- 28 -

この点を検討するため、まず、論文

(1)で示した「CSR 経営実施によって変

化や効果があった項目」(論文(1)の図

表15)について因子分析を行った。結

果は、図表1の通りであり、3つの因

子が抽出された。そして、それら因子

のうち、第1因子を「ステイクホルダ

ーへの対応」、第2因子を「業績」、第

3因子を「HRM 及びリスク予防」とし

た。これらの因子について「利益獲得

と CSR は同時に実現されるべき」と

「CSR にのっとったビジネスを行えば利

益はついてくる」という利益獲得に対

するそれぞれの考え方との関係をみる

ために因子得点によって比較した。そ

の結果、図表2に示すように、「利益獲

得とCSR は同時に実現されるべき」と

回答をした企業はそのように回答しな

かった企業より、「ステイクホルダーへの対応」、「業績」、「HRM 及びリスク予防」のすべてに関

して因子得点が低い。つまり、CSR 経営による成果が出ていないという回答をした企業が多かっ

たと推測できる。他方、図表3に示すように、「CSR にのっとったビジネスを行えば利益はついて

くる」と回答した企業はそのように回答しなかった企業より、「ステイクホルダーへの対応」、「業

績」、「HRM 及びリスク予防」のすべてに関して因子得点が高い。つまり、CSR 経営による成果が

出ているという回答をした企業が多かったと推測できる。これらから、長期的視点で CSR の成果

をとらえている企業の方が、短期的視点でとらえている企業より、CSR 経営の成果をより多く獲

得する傾向が強いといえよう。

Ⅱ.CSR 活動の成果に影響を及ぼす要因

1.CSR への取り組み期間の相違が成果に与える影響

以上のように、長期的視点で CSR 経営の成果をとらえている企業の方がより大きな成果を得て

いるということは、それらの企業は成果に対する評価を下すまでに、より長期間、CSR 活動を継

続しているということが考えられる。このことは、「CSR 活動を行っている期間」と成果の間に何

らかの関係がある可能性を示唆しているのではないだろうか。そこで、このことを検証するために、

図表2 「利益獲得と CSR は同時に実現されるべき」という考え方と CSR 経営による変化や効果との関係

HRM及び

リスク予防

業績

ステイクホル

ダーへの対応

図表3 「CSR にのっとったビジネスを行えば利益はついてくる」という考え方と CSR 経営による変化と効果との関係

HRM及び

リスク予防

業績

ステイクホル

ダーへの対応

Page 3: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(2)(潜道)

- 29 -

「CSR 関係部署設立年」と「CSR 経営実施によって変化や効果があった項目」との関係を考察す

る。

図表4は、調査対象企業の CSR 関係部署の設立年の内訳である。CSR 元年といわれる2003年の

翌年から大きく増加し、2006年までに、

約85%の企業が CSR 関係部署を設立し

ている。まず、これらの回答を「2002

年以前と2003年」、「2004年~2005年」、

「2006年~2008年」の3つの設立年のグ

ループにまとめることとした。図表5

に示す1~27の質問項目は CSR 経営の

実践による変化や効果を、「変化・効果

なし」=1、「少しあり」=2、「ある

程度あり」=3、「大きな変化・効果あ

り」=4の4段階で回答してもらって

図表5 CSR 関係部署設立年とCSR経営による変化や効果との関係(平均値の比較)

注:**p<0.01、*p<0.05

図表4 CSR 関係部署設立年

Page 4: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009

- 30 -

いるが、その数値を3つの設立年のグ

ループごとにそれぞれ平均値を算出し

た。その結果は図表5に示す通りであ

る。さらに、F検定を行ったところ、

図表5に示されるように、「従業員の労

働意欲の向上」、「従業員の誇りの創造」

に1%水準で有意差がみられた。長期間、

CSR 活動を実施することと従業員にお

ける変化や効果の間に関係性がみられる

ことを示唆している。その他、「新しい事業創造」、「企業イメージの向上」、「社会からの信頼の構

築」、「地域社会からの積極的支援の確保」、「取引先との良い関係の構築」、「優秀な人材の採用・確

保」、「リスク・マネジメント効果」に5%水準で有意差が出ている。

また、上述の「ステイクホルダーへの対応」、「業績」、「HRM 及びリスク予防」という3因子と

CSR 関係部署の設立年との関係は、図表6に示す通りである。「HRM 及びリスク予防」因子につ

いては、「2002年以前と2003年」が最も因子得点が高いが、「ステイクホルダーへの対応」及び「業

績」因子については、「2004~2005年」が最も因子得点が高い。つまり、「HRM 及びリスク予防」

分野の活動については、より長期的な活動によって CSR の成果を獲得することが可能であると推

測されるが、「ステイクホルダーへの対応」及び「業績」に関わる CSR 活動については、より長期

的に活動することによって、より多くの成果を獲得できるとはいえないことが推測される。

以上から、CSR 活動に「より長く取り組む」ことによってすべての成果が同様に増大するわけ

ではないということがわかる。また、図表6では、「HRM 及びリスク予防」に関する CSR 活動が

長期的に取り組むことによってその成果が増大することが示されているが、図表5に示す結果から

も、HRM に関連する「従業員の労働意欲の向上」、「従業員の誇りの創造」が1%水準で有意差を

示しており、また、5%水準ではあるが「リスク・マネジメント効果」についても有意差が出てい

ることから、「HRM 及びリスク予防」分野については、より長期的視点をもって取り組むことが

成果となって表れることが推測される。

2.成果に影響を及ぼす他の要因─CSR に対する従業員の理解度

CSR 関係部署の設立が早い企業では、「HRM 及びリスク予防」分野での CSR 活動の成果がみら

れた。確かに、「長く取り組むこと自体」が、成果に影響を及ぼしている可能性はある。しかし、

より長く取り組む過程で成果に影響を及ぼす他の要因が存在することも考えられる。例えば、企業

が CSR 活動により長期的に取り組む過程で「CSR 経営に対する従業員の理解度」等は向上するよ

うに考えられる。このような要因が、成果の大小に影響を及ぼすことはないのであろうか。

図表7は、CSR 経営を理解している従業員の全従業員に対する割合を示している。「80%程度の

図表6 CSR 関係部署の設立年と CSR 経営による変化や効果との関係

HRM及び

リスク予防

業績

ステイクホル

ダーへの対応

Page 5: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(2)(潜道)

- 31 -

従業員が理解している」企業が32%で

最も多く、次に「50%程度の従業員が

理解している」企業が29%、「30%程度

の従業員が理解している」企業が27%

と続いている。その他、「ほぼ100%の

従業員が理解している」と回答してい

る企業が4%、逆に、「ほとんど理解し

ている従業員はいない」と回答してい

る企業も3%あった。そこで、まず、

これからの回答を「80%以上の人が理

解している」、「50%程度の人が理解し

ている」、「30%以下の人が理解している」の3グループに分類し、この3つのグループのそれぞれ

の回答者が CSR 経営の実践による変化や効果の項目(図表5で示した項目)に対して行った回答

の平均値を算出した。その結果が図表8である。

また、F検定を行ったところ、図表8に示すように、「新しい事業創造」、「企業イメージの確立」、

「企業の特定のイメージの確立」、「コンプライアンス」、「新製品・新サービス開発活動」、「社会か

図表8 従業員のCSR経営に対する理解度とCSR経営による変化や効果との関係(平均値の比較)

注:**p<0.01、*p<0.05

図表7 CSR 経営を理解している従業員の割合

Page 6: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009

- 32 -

らの信頼の構築」、「顧客の忠誠心の獲

得」、「地域社会からの積極的支援の確

保」、「取引先との良い関係の構築」、

「優秀な人材の採用・確保」、「従業員の

労働意欲の向上」、「従業員の誇りの創

造」、「効率的組織構築」、「利益の増大」、

「不祥事予防」に有意差がみられた。こ

れらの有意差の出ている項目数は、

「CSR 関係部署の設立年」と「CSR 経

営による変化や効果」の検定結果よりも多い。また、1%水準で有意差の出ている項目も、「CSR

関係部署の設立年」の方は2項目であったが、「従業員の理解度」の方は「従業員の労働意欲の向

上」、「従業員の誇りの創造」の他、7項目ある。これらのことから、従業員の CSR 理解度は、

CSR 活動への取り組み期間よりも、CSR 活動による成果へ大きな影響を与えていることが推測さ

れる。

また、論文(1)において述べた「戦略的 CSR」に関係する「利益の増大」、「新製品・新サービス

開発活動」、「顧客の忠誠心の獲得」等、「設立年と成果」との検定では有意差が認められなかった

項目も有意差が出ている。

加えて、図表9は、従業員の CSR 経営についての理解度と CSR 経営による変化や効果との関係

を検定した結果であるが、「80%以上の人が理解している」は、「ステイクホルダーへの対応」、「業

績」、「HRM 及びリスク予防」の3因子すべてに対して最も因子得点が高い。

この分析結果と前述の図表6に示した結果から考えて、「CSR 関係部署の設立年」よりも「従業

員による CSR 経営についての理解度」の方が、「CSR 経営による変化や効果」との関係が強く表

われているということができる。つまり、「長期的に CSR 活動に取り組むこと自体」より「従業員

による CSR 経営に対する理解度」の方

が CSR 経営の成果により大きな影響を

与えていると推測される。

3.「従業員による CSR 経営について

の理解度」に影響を与える要因

では、「従業員による CSR 経営につ

いての理解度」に影響を与える要因は、

何であろうか。それが明らかとなれば、

その要因を促進することによって、

CSR 活動による成果をより多く獲得す

図表9 従業員の CSR 理解度と CSR 経営による変化や効果との関係

HRM及び

リスク予防

業績

ステイクホル

ダーへの対応

その他

CSRに関する試験実施

メールマガジンを発行

e-learning

による学習機会

提供

階層別等のセミナーを定

期的に開催

ハンドブック作成、配布

社長のスピーチやメッセ

ージ

新人研修としてセミナー

や研修会開催

図表10 CSR 経営を従業員に理解してもらうための活動%

Page 7: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(2)(潜道)

- 33 -

ることが可能となるであろう。

まず、各企業で行っているセミナー

等、CSR を従業員に理解してもらうた

めの活動の実施状況は、図表10に示す

通りである。「新人研修としてセミナー

等の研修会を開催」が最も多く23.7%

であり、次が「社長のスピーチやメッ

セージ」で23.5%である。図表11は、

これらの結果とCSR 経営の理解度との

関係を示している。「80%以上の人が理

解」している場合と、「50%程度の人が

理解」している場合、及び「30%以下

の人が理解」している場合との差が最

も大きいのは、「e-learning 教材による

学習機会を設ける」である。また、

「CSR に関する試験を実施」もその差が

大きい。この2つの活動の共通点は、

従業員がより自発的および積極的に

CSR の理解をしようとする姿勢の存在

である。つまり、組織から一方的に情

報を伝達するだけでは従業員の理解度

はある程度までしか向上しないのであ

ろう。従業員に自発的及び積極的に CSR を理解してもらうための方策を構築し、モティベーショ

ンを向上させることが必要である。

ここで、CSR の特徴について考察すると、CSR の概念は、本来、ステイクホルダーや社会から

の期待や求めに従って対応するという受動的な側面を持っており、その内容は可変的で現実適応志

向である。それに対し、CSR が何らかの関係を有すると考えられる「倫理」は、全ての責任に関

わる規範原則としての意味合いがあり1、社会からの期待以前に存在していなくてはならないもの

である。その意味で、企業における倫理の存在は各企業が CSR の形成を行う際、大きな影響を及

ぼす可能性がある。

そこで、「CSR 経営についての従業員の理解度」へ影響を与える要因として、組織における「倫

理的プリンシプル(原則・原理)」に注目し、組織内におけるその有無と、従業員の理解度との関

1 梅津光弘(2006)「企業倫理の理論的統合の可能性」岡本大輔、梅津光弘『企業評価+企業倫理─CSRへのアプローチ』慶應義塾大学出版会、p.166参照。

CSRに関する試験実施

メールマガジンを発行

e-learning

による学習機

会提供

階層別等のセミナーを

定期的に開催

ハンドブック作成、配布

社長のスピーチやメッセ

ージ

新人研修としてセミナー

や研修会開催

図表11 CSR 理解度と CSR を理解してもらうための活動との関係

図表12 倫理的プリンシプルの有無

70

60

50

40

30

20

10

0

Page 8: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009

- 34 -

係を考察する。

図表12は、各企業の「倫理的プリン

シプル」の有無についての調査結果で

あるが、78%が「ある」と回答してい

る。次に、「従業員による CSR 経営の

理解度」と社内の「倫理的プリンシプ

ルの存在」との関係については、図表

13の通りである。倫理的プリンシプル

が存在している場合、「80%以上の人が理解している」割合、及び「50%程度の人が理解している」

割合が大きく、両者を合わせると、80%近くになる。また、倫理的プリンシプルがない場合は、

「80%以上の人が理解している」割合、及び「50%程度の人が理解している」割合を合わせても

50%弱である。このことから、「倫理的プリンシプルの有無」は、「従業員の理解度」に影響を及ぼ

していると推測される。

Ⅲ.従業員への CSR 活動と利益の増大との関係

1.5つのステイクホルダー別 CSR 活動の成果への影響度

前述のように「従業員の理解度」が CSR の成果に大きな影響を及ぼすとすると、企業にとって、

各ステイクホルダーへの CSR 活動がすべて同じ意味をもつのではなく、例えば、従業員への CSR

活動が他のステイクホルダーへの CSR 活動より、成果、特に利益の増大へ大きな影響を及ぼして

いる可能性があるのではないだろうか。この点を検証するために、CSR 経営による変化・効果の

みられた項目のうち、顧客、株主、従業員、取引先、社会というステイクホルダー別の項目からそ

れぞれ、「忠誠心の獲得」、「信頼の獲得」、「労働意欲の向上」、「良い関係の構築」「信頼の構築」を

選び、これらの項目と「利益の

増大」との関係を分析する。

これら5つの変化・効果の項

目を独立変数、「利益の増大」

を従属変数として重回帰分析を

実施し、図表14の結果を得た。

モデル1は、有意差が出ていな

い。モデル2とモデル3は共に

有意差が出ているが、自由度調

整済み決定係数がモデル2は

0.362であり、モデル3は0.315

図表13 従業員によるCSR経営の理解度と社内の倫理的プリンシプルの存在の関係

80%以上の人が理解している

50%以上の人が理解している

30%以上の人が理解している

図表14 5つのステイクホルダーの変化・効果項目と「利益の増大」との関係

モデル1 モデル2 モデル3標準化係 数 t値 標準化

係 数 t値 標準化係 数 t値

(定数) -.020 .734 .729従業員の労働意欲の向上 .255 1.978 .339 2.956** .568 6.722**

顧客の忠誠心の獲得 .232 1.803 .325 2.832**取引先との良い関係の構築 .149 1.255

株主からの信頼の獲得 .046 0.312社会からの信頼の構築 .039 0.247調整済みR2乗 .361 .362 .315 注:**p<0.01、*p<0.05

Page 9: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(2)(潜道)

- 35 -

である。したがって、自由度調整済み決定係数の数値の大きいモデル2では、「従業員の労働意欲

の向上」及び「顧客の忠誠心の獲得」と「利益の増大」との関係性がより強いことが推測される。

このうち、「顧客の忠誠心の獲得」は、売上の増大につながり、利益の増大をもたらすことが考え

られる。他方、3つのモデルに共通して、「従業員の労働意欲の向上」の標準化係数の値が他のス

テイクホルダーに対する CSR の成果の値より大きいことから、「従業員の労働意欲の向上」が利益

の増大により大きな影響を与えていることがわかる。このことからステイクホルダーの中でも従業

員への配慮が利益の増大と強い関係を有していることが推察される。したがって、次に、「従業員

の労働意欲の向上」を取り上げ、労働意欲の向上に影響を及ぼす要因について検討する。

2.従業員に対する CSR 活動と労働意欲との関係

図表5及び8における項目の中に「従業員の労働意欲の向上」があるが、この項目に対する回答

のうち、「変化・効果なし」、「少しあり」を「変化・効果なし、少しあり」、「ある程度あり」、「大

きな変化・効果あり」を「ある程度変化あり、大きな変化・効果あり」とし、それぞれと、従業員

に対する CSR 活動項目との関

係を平均値の差の検定(t検定)

によって検証した。結果は図表

15(a)~(d)の通りである。

図表15(a)では、CSR 活動

のなかでも「公正さ」や「安定」

の項目と労働意欲の関係を示し

ている。ここでは、「法定基準

以上の障害者の積極的雇用」、

「男女間の昇進や仕事内容に関

わる差別の廃止」、「企業の利益

の増大」、「人権への配慮」、「内

部告発制度」において有意差が

みられた。図表15(b)では、

評価、報酬制度に関わる項目に

着目している。ここでは、有意

差はみられなかった。図表15

(c)は、福利厚生関係の項目

であるが、ここでは、4項目の

うち、「福利厚生の重視」、「従

業員の家族への福利厚生の重

労働意欲の変化 ある程度変化、大きな変化

変化なし、少し変化あり

平均値(A)

標 準偏 差

平均値(B)

標 準偏 差(A)-(B)

1 法定基準以上の障害者の積極的雇用 3.28 0.85 2.49 0.93 0.80 **

2 男女間の昇進や仕事内容に関わる差別の廃止 3.57 0.74 3.17 0.86 0.40 *

3 企業の利益の増大 3.52 0.62 3.15 0.89 0.37 *4 人権への配慮 3.77 0.50 3.51 0.64 0.26 *5 内部告発制度 3.84 0.45 3.61 0.59 0.23 *

6 労働組合とのオープンな関係 3.50 0.76 3.21 0.95 0.29

7 企業の長期的成長 3.65 0.60 3.44 0.59 0.21

8不祥事が発生したときの従業員への迅速な情報提供と対応

3.58 0.67 3.39 0.74 0.19

9 長期雇用 3.52 0.62 3.34 0.79 0.18

10 景気や業績に左右されない雇用の維持 3.28 0.71 3.12 0.93 0.16

 注:**p<0.01、*p<0.05

図表15(a) 従業員に対する CSR 活動と労働意欲との関係

図表15(b) 従業員に対する CSR 活動と労働意欲との関係

労働意欲の変化 ある程度変化、大きな変化

変化なし、少し変化あり

平均値(A)

標 準偏 差

平均値(B)

標 準偏 差(A)-(B)

11 成果と年功のバランス 3.03 0.80 2.78 0.88 0.2512 年功を重視した待遇 2.26 0.75 2.22 0.65 0.0413 成果を重視した待遇 3.35 0.75 3.32 0.72 0.04 注:**p<0.01、*p<0.05

Page 10: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009

- 36 -

視」、「ワークライフバランス重

視」の3項目に有意差がでてい

る。図表15(d)は、仕事自体

あるいはキャリア形成関連の項

目であるが、5つの項目すべて

に有意差がみられる。特に、

「女性管理職数の増加」、「仕事

経験を積む機会を積極的に提

供」、「研修制度や留学制度の提

供」、「担当したい仕事への希望

の重視」の4つの項目で1%水

準で有意差がみられ、5%水準

で有意な項目が「派遣社員への

研修・教育機会の提供」となっ

ている。

以上のことから、仕事自体あ

るいはキャリア形成、及び福利

厚生に関する CSR 活動におい

て労働意欲との関係で有意差が強く出

ているといえる。従業員の評価方法や

報酬制度に関する CSR 活動は、労働意

欲との関連性が強いとはいえない。

3.従業員のCSR理解度と労働意欲の

関係

では、前述の従業員による CSR 経営

に対する理解度は労働意欲へ何らかの

影響を及ぼしているのであろうか。図表16から、従業員が80%以上の理解度を示している場合、労

働意欲は、「ある程度変化、大きな変化」が90%近いことがわかる。50%程度の理解度の場合、「変

化なし、少し変化あり」と「ある程度変化、大きな変化」が50%ずつ程度である。理解度が30%以

下の場合、「ある程度変化、大きな変化」が40%弱である。

これらのことから、従業員の CSR 経営に対する理解度が高くなればなるほど労働意欲が向上す

ると推測される。

図表15(c) 従業員に対する CSR 活動と労働意欲との関係

労働意欲の変化 ある程度変化、大きな変化

変化なし、少し変化あり

平均値(A)

標 準偏 差

平均値(B)

標 準偏 差(A)-(B)

14 福利厚生の重視 3.34 0.70 2.93 0.75 0.41 **15 従業員の家族への福利厚生の重視 3.16 0.73 2.76 0.77 0.41 **

16 ワークライフバランス重視 3.32 0.70 2.95 0.80 0.37 *17 OB・OGへの配慮 2.71 0.88 2.54 0.95 0.17 注:**p<0.01、*p<0.05

労働意欲の変化 ある程度変化、大きな変化

変化なし、少し変化あり

平均値(A)

標 準偏 差

平均値(B)

標 準偏 差(A)-(B)

18 女性管理職者数の増加 3.00 0.88 2.32 0.85 0.68 **19 仕事経験を積む機会を積極的に提供 3.37 0.79 2.80 0.81 0.57 **

20 研修制度や留学制度の提供 3.42 0.76 2.90 0.80 0.52 **

21 担当したい仕事への希望の重視 3.16 0.81 2.71 0.75 0.45 **

22 派遣社員への研修・教育機会の提供 2.87 0.87 2.50 0.78 0.37 *

 注:**p<0.01、*p<0.05

図表15(d) 従業員に対する CSR 活動と労働意欲との関係

図表16 従業員の CSR 理解度と労働意欲との関係

Page 11: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(2)(潜道)

- 37 -

Ⅳ.分析結果のまとめ

「利益獲得と CSR は、同時に実現されるべきである」と「CSR にのっとった誠実なビジネスを

行えば、利益はついてくる」という、利益獲得と CSR の関係についての考え方の違いは、前者よ

り後者の方が CSR 経営による成果が大きいというものであった。そこで、後者の方が成果が大き

い理由を探り、CSR 活動の成果に影響を及ぼす要因を特定することを試みた。まず、「利益獲得と

CSR は、同時に実現されるべきである」と「CSR にのっとった誠実なビジネスを行えば、利益は

ついてくる」という項目の違いは、成果を得るまでに要する時間のとらえ方の違いであると考え、

長期的視点で CSR 経営の成果をとらえることが、成果の大小に影響を及ぼしていることが推測さ

れる結果となった。また、このことから CSR 活動を行う期間が成果の大小に影響を与えるのでは

ないかと考え、CSR 関係部署を設立してから経過した期間の違いからそれを検証した。結果とし

ては、「HRM 及びリスク予防」分野の項目については、設立してから何年経っているのか、つま

り、長期間 CSR 活動を行っていることが成果の大小に影響を及ぼしていると推測される結果を得

たが、その他の「ステイクホルダーへの対応」および「業績」分野については、より長く活動を行

うこととの関係はみられなかった。

この結果を受け、次に、CSR 活動をより長期間行うことそれ自体ではなく、行っていく過程で

生じる何かが成果に影響を及ぼす可能性を探るため、「従業員による CSR 経営の理解度」に着目し、

成果との関係について検証を行った。その結果として、この理解度については、「ステイクホルダ

ーへの対応」、「業績」、「HRM 及びリスク予防」という3因子すべてについて、より多くの人々が

理解しているケースほど大きな成果があらわれていることが明らかとなった。このことから、CSR

経営を従業員に理解させる活動を促進することが CSR 経営からのより大きな成果を獲得すること

につながることがわかる。

さらに、従業員の CSR 経営に対する理解度を向上させる方策としては、CSR についてのセミナ

ーや社長のスピーチのようなツールが一般的には考えられるが、その他の要因として、組織の規範

としての倫理に着目し、倫理的プリンシプルの有無が従業員の CSR 経営理解度向上に影響を及ぼ

すかを考察したところ、組織における倫理的プリンシプルの存在が理解度の高さと関係性があると

推測される結果を得た。

加えて、ステイクホルダーの中でも従業員への配慮が利益の増大と強い関係を有することが推測

される結果も得た。

Page 12: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

高崎経済大学論集 第52巻 第1号 2009

- 38 -

Ⅴ.おわりに

論文(1)で述べたように、CSR 経営に先進的な日本企業の CSR 経営の特徴として、論文(1)の図

表2(収益性と CSR との関係)における「受動的 CSR」→「ステイクホルダーへの倫理的対応」

→「戦略的 CSR」という CSR の3段階の2段階目まで、つまり、「受動的 CSR」及び「ステイク

ホルダーへの倫理的対応」レベルの活動を行っている企業が多いということがわかる。近年、国際

的な CSR のガイドラインに沿った活動を行う企業も増加しているが、本来、CSR は、各企業の経

営戦略に対応した独自の活動が期待されている。それは、CSR がステイクホルダーからの声に耳

を傾け、彼らのニーズを汲み取り、それを自社の事業分野に導入して新たな事業展開を試みると同

時に社会の問題を解決するというものである。また、事業活動との関係で CSR を捉える以上、利

益の獲得を前提にすることが期待され、そうでなければ継続的な活動とはならないであろう。その

意味で、CSR は企業にとって戦略的な発想で捉えられるべきである。

また、従業員への CSR、特に、労働意欲を向上させるための CSR 活動は、企業の利益増大に貢

献する可能性がある。その意味でも、労働 CSR の重視が必要である。

本研究では、直接的に利益獲得につながる戦略的 CSR のあり方について考察したが、その利益

が当期純利益を指すのか、経常利益を指すのか等、利益の概念が明確ではなかった。また、CSR

経営における労働意欲の向上と利益の増大の関係に影響を与えると考えられる要因については今後

の課題として研究をすすめたい。

(せんどう あやこ・本学経済学部教授)

【付記】本研究は、平成19~20年度 科学研究費補助金(課題番号:19530342)による研究成果の

一部である。

【参考文献】岡本大輔、梅津光弘(2006)『企業評価+企業倫理─ CSR へのアプローチ』慶應義塾大学出版会企業倫理研究グループ代表:中村瑞穂(2007)『日本の企業倫理─企業倫理の研究と実践─』白桃書房経済人コー円卓会議日本委員会編、石田寛、前田浩著(2006)『CSR イノベーション』生産性出版(社)経済同友会(2004)『日本企業の CSR:現状と課題─自己評価レポート2003』(http://www.doyukai.

or.jp/policyproposals/articles/2003/pdf/040116_2.pdf)(社)経済同友会(2006)『企業の社会的責任(CSR)に関する経営者意識調査』(http://www.doyukai.or.

jp/policyproposals/articles/2005/pdf/060307b.pdf)(社)経済同友会(2008)『価値創造型 CSR による社会変革~社会からの信頼と社会的課題に応える CSR~』(http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2008/pdf/080529b.pdf)弦間明、小林俊治監修、日本取締役協会編著(2006)『江戸に学ぶ企業倫理─日本における CSR の源流』生産性出版弦間明、荒蒔康一郎、小林俊治、矢内裕幸監修、日本取締役協会編(2008)『明治に学ぶ企業倫理─資本主義の原点に CSR を探る』生産性出版

Page 13: 経営戦略の構築と実施におけるCSR のポジショニング(2) · 2012. 12. 19. · 3因子を「hrm 及びリスク予防」とし た。これらの因子について「利益獲得

経営戦略の構築と実施における CSR のポジショニング(2)(潜道)

- 39 -

塩野谷祐一(2002)『経済と倫理─福祉国家の哲学』東京大学出版会Stewart, D. (1996) Business Ethics, The McGraw-Hill Companies, Inc.(D・スチュアート著、企業倫理研究グループ訳(2001)『企業倫理』白桃書房)潜道文子(2008)「CSR 経営における仕事の倫理的価値とフロー経験」『高崎経済大学論集』第50巻第3・4合併号谷本寛治(2004)「CSR と企業評価」『組織科学』Vol.38、No.2、白桃書房(社)日本経済団体連合会 企業行動委員会/社会貢献推進委員会 社会的責任経営部会(2005)「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果」(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/

2005/066.pdf)Nash, Laura L. (1990) Good Intentions Aside: A Manager’s Guide to Resolving Ethical Problems, Harvard

Business School Press(ローラ L. ナッシュ著、小林俊治、山口善昭訳(1992)『アメリカの企業倫理─企業行動基準の再構築─』日本生産性本部)

Beauchamp, Tom L. & Bowie, Norman E., eds. (1997) Ethical Theory and Business/5th ed., Simon &

Schuster/A Viacom Company(トム・ビーチャム、ノーマン・E. ボウイ著、加藤尚武監訳(2005)『企業倫理学1─倫理的原理と企業の社会的責任─』晃洋書房)

Prahalad, C. K. (2005) The Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty Through Profits,Pearson Education(C. K. プラハラード著、スカイライトコンサルティング㈱訳(2008)『ネクスト・マーケット─「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』英治出版)ブーズ・アレン・ハミルトン「利益とCSRの両立をめざして」『ニューズウィーク日本版』2007年7月4日号、阪急コミュニケーションズブーズ・アンド・カンパニー(2008)「CSR と企業戦略」『ニューズウィーク日本版』2008年7月9日号、阪急コミュニケーションズ

Paine, Lynn Sharp (2003) Value Shift, The McGraw-Hill Companies(リン・シャープ・ペイン著、鈴木主税、塩原通緒訳(2004)『バリューシフト─企業倫理の新時代』毎日新聞社)

Vogel, D. (2005) The Market for Virtue: The Potential and Limits of Corporate Social Responsibility, The

Brookings Institution Press(デービッド・ボーゲル著、小松由紀子、村上美智子、田村勝省訳(2007)『企業の社会的責任(CSR)の徹底研究 利益の追求と美徳のバランス─その事例による検証』一灯舎)

Porter, M. E., Kramaer, Mark R. (2006) “Strategy and Society: The Link Between Competitive Advantage

and Corporate Social Responsibility,” Harvard Business Review, Harvard Business School Publishing

Corporation(マイケル・ポーター、マーク R. クラマー著、村井裕訳(2008)「競争優位の CSR 戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2008年1月号、ダイヤモンド社)