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経営分析論⑦ 支払能力・財務安全性の分析 ケーススタディ:任天堂 任天堂の20133月期決算の概要 ①営業損益 364億円の赤字(前期は373億円の赤字)Wii Uやソフトの販売が計画を大きく下回る。 Wii Uの目標販売台数 550万台→結果 345万台 Wii Uは「逆ざや」が発生する製品 販売価格 製造原価 ソフトで赤字を挽回しようとするが,ソフト販売も不振④外部環境の大きな変化 円安 395億円の為替差益を計上し,最終損益は若干の黒字を達成 スマホ・SNS 娯楽の多様化 任天堂の経営戦略とここ数年の動向 任天堂の経営戦略とここ数年の動向 任天堂の20183月期決算の概要 ①営業利益 1,600億円(前期比5.4倍)20173月に発売した「ニンテンドースイッチ」が絶好調 ③連結売上高は11,200億円(前年比2.1倍) ④ニンテンドースイッチの2018年度(20193月期)販売計画は,当初 計画より1万台積み増しの1,500万台に。 日本,米国,欧州のどこでも勢いがよく,当初の予想を上回った。 ヒットの目安となる100万本超えのソフトが他社製品を含め8本。 任天堂の経営戦略とここ数年の動向 任天堂の前期(20203月期)決算の概要 売上高 1.3兆円 営業利益 3,523億円 当期利益 2,586億円 ②「ニンテンドースイッチ Lite」が好調 海外売上高 10,073億円(売上に対して77.0%ハードウェア販売台数 2,103万台(前年比23.0%増),ソフトウェア 販売本数 16,872万本(前年比42.3%増)と好調。 リンクフィットアドベンチャーの生産,出荷遅延の影響は限定的 コロナウィルスの業績に及ぼす影響 長期化すれば業績に影響あり。売上高1.2兆円 営業利益 3,000億円 当期利益 2,000億円と予想。

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経営分析論⑦支払能力・財務安全性の分析 ケーススタディ:任天堂

• 任天堂の2013年3月期決算の概要

①営業損益 364億円の赤字(前期は373億円の赤字)。

②Wii Uやソフトの販売が計画を大きく下回る。

 Wii Uの目標販売台数 550万台→結果 345万台

③Wii Uは「逆ざや」が発生する製品

 → 販売価格 < 製造原価

 → ソフトで赤字を挽回しようとするが,ソフト販売も不振…。

④外部環境の大きな変化

 円安 → 395億円の為替差益を計上し,最終損益は若干の黒字を達成

 スマホ・SNS → 娯楽の多様化

任天堂の経営戦略とここ数年の動向

任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂の2018年3月期決算の概要

①営業利益 1,600億円(前期比5.4倍)。

②2017年3月に発売した「ニンテンドースイッチ」が絶好調

③連結売上高は1兆1,200億円(前年比2.1倍)

④ニンテンドースイッチの2018年度(2019年3月期)販売計画は,当初

 計画より1万台積み増しの1,500万台に。

 → 日本,米国,欧州のどこでも勢いがよく,当初の予想を上回った。

⑤ ヒットの目安となる100万本超えのソフトが他社製品を含め8本。

任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂の前期(2020年3月期)決算の概要

① 売上高 1.3兆円 営業利益 3,523億円 当期利益 2,586億円

②「ニンテンドースイッチ Lite」が好調

③ 海外売上高 1兆0,073億円(売上に対して77.0%)

④ ハードウェア販売台数 2,103万台(前年比23.0%増),ソフトウェア

  販売本数 1億6,872万本(前年比42.3%増)と好調。

⑤ リンクフィットアドベンチャーの生産,出荷遅延の影響は限定的

• コロナウィルスの業績に及ぼす影響

長期化すれば業績に影響あり。売上高1.2兆円 営業利益 3,000億円

当期利益 2,000億円と予想。

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年 事柄1889 山内房治郎氏が京都で創業。当初は花札やトランプの製造・販売をしていた。1963 現社名の「任天堂」に変更。1980 家庭用液晶電子ゲームとデジタルクオーツ時計を複合させた「ゲーム&ウォッチ」の発売。1981 アーケードゲーム「ドンキーコング」発売。

翌年にはゲーム&ウォッチ版「ドンキーコング」を発売し,初めて十字キーが導入される。1983 業容拡大により,生産能力拡充のため京都府宇治市に新工場を建設。

家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」発売。1985 ファミコンの米国版を米国で発売開始。「スーパーマリオブラザーズ」発売。1986 「ファミリーコンピュータディスクシステム」発売。1988 「ファミコンネットワークシステム」サービス開始。しかし,失敗。

本社,本社工場,宇治工場の拡充。1989 液晶ディスプレイゲーム機「ゲームボーイ」発売。

任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂の歴史:~1989年「ゲームボーイ発売」まで

任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂創業の地:旧本社ビル

任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂 現本社ビル ゲームボーイ

横井軍平氏(任天堂開発第一部部長)

ゲーム&ウォッチ,ゲームボーイ等の開発者「枯れた技術の水平思考」 既存の技術を既存の商品とは異なる使い方をして

 まったく新しい商品を生み出す。結果的に開発

 コストを低く抑えることができるのが特徴。

年 事柄1990 「スーパーファミコン」発売。ドイツに欧州拠点を設立。1994 SCE「プレイステーション」発売。1995 3D立体視が可能なゲーム機「バーチャルボーイ」発売。1996 ゲームボーイ用ソフト「ポケットモンスター 赤・緑」,「ニンテンドウ64」発売。1998 「ゲームボーイカラー」発売。2000 SCE「プレイステーション2」発売。2001 「ゲームボーイアドバンス」「ニンテンドーゲームキューブ」発売。2002 現社長の岩田聡氏が就任。山内溥氏から52年ぶりの交代。2003 「ゲームボーイアドバンスSP」発売。2004 「ニンテンドーDS」発売。「プレイステーション・ポータブル(PSP)」発売。2006 「ニンテンドーDS Lite」「Wii」発売。2008 「ニンテンドーDS i」発売。2009 「ニンテンドーDSi LL」発売。2011 「ニンテンドー3DS」発売。2015 DeNAと業務提携を結ぶ。2017 「ニンテンドースイッチ」発売。

任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂の歴史:1990年以降 SCE「プレイステーション」との対決

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任天堂の経営戦略とここ数年の動向• 任天堂を支える経営の考え方

山内 溥氏(創業家)

「任天堂は,存在しなくても生きていける,究極には不要な娯楽というものを

 生み出す会社」

岩田 聡氏(前社長 / DSやWiiを発売した際の社長/2015年急逝)

「任天堂は,きのうよりおいしい食べ物でなければ食べないと言っている王様に

 料理をつくり続けている料理人のような仕事をしている」

横井軍平氏

「上場企業になった以上、(中略)1,000億の売上げの見込めることしかできなく

 なるんです。しかしそんなアイデアは、おいそれとあるものではありません。

 こうなると単なる閃きではもう賄いきれません。(中略)私は一生アイデアを

 出し、玩具を作りつづけたかった。任天堂創業精神の「すきま型玩具」の

 アイデアをひねくっていきつづけたかった。これが退社の唯一の理由なのです。」

→任天堂の経営方針

 「お客様に良い意味で驚いていただくこと,そして関わる人すべてを

  笑顔にしていくこと」

• ゲーム産業の特徴と任天堂の財務方針

ゲームソフトは受注生産ではなく,見込みで開発し,見込みで作り,

見込みで在庫を抱えつつ売る,という開発・製造のリスクが極めて

高い事業

ゲームはいつ市場が縮小してもおかしくない

☞ 事業領域を娯楽に絞り込んで事業を行い,そのために流動性資産が必要

  である。

任天堂の経営戦略とここ数年の動向

→事業領域の絞り込みによって生じるリスクと

                それを担保するための流動性資産

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1998$1999$2000$2001$2002$2003$2004$2005$2006$2007$2008$2009$2010$2011$2012$2013$2014$2015$

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• 任天堂主力製品の販売数量実績推移

任天堂の経営戦略とここ数年の動向

GB GBアドバンス

Wii + DS→概ね5年程度の製品ライフサイクル

Wii U + 3DS

• 任天堂の海外売上比率の推移

売上高の多くは海外。為替変動の影響を受けやすい。かつては8割超。

任天堂の経営戦略とここ数年の動向

  売上高 海外での売上高 割合

2011年3月期 1,014,345 846,451 83.45%

2012年3月期 647,652 499,436 77.11%

2013年3月期 635,422 426,478 67.12%

2014年3月期 571,726 394,769 69.05%

2015年3月期 549,780 414,731 75.44%

2016年3月期 504,459 368,998 73.15%

2017年3月期 489,095 359,081 73.42%

Page 4: 経営分析論⑦ - WordPress.com...経営分析論⑦ 支払能力・財務安全性の分析 ケーススタディ:任天堂 •任天堂の2013年3月期決算の概要 ①営業損益

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

流動資産 1,646,834 1,648,725 1,591,388 1,468,706 1,140,786 1,192,250 1,024,136 1,097,597 1,021,135 1,140,742

 当座資産 1,400,108 1,359,322 1,384,197 1,306,765 1,001,700 949,174 823,969 971,087 948,071 1,052,124

  うち現金預金 899,251 756,201 886,995 812,870 462,021 478,761 474,297 534,706 570,448 662,763

 棚卸資産 104,840 144,752 124,673 92,712 78,446 178,722 160,801 76,897 40,433 39,129

 その他の流動資産 141,886 144,651 82,518 69,229 60,640 64,354 39,366 49,613 32,631 49,489

固定資産 155,655 162,042 169,598 165,591 227,615 255,628 282,274 255,346 275,766 328,235

 有形固定資産 55,150 71,064 79,586 80,864 87,856 86,152 94,190 91,488 87,752 86,558

 無形固定資産 2,009 2,169 4,111 5,539 7,706 10,863 12,467 12,430 9,977 12,825

 投資その他の資産 98,495 88,807 85,899 79,187 132,052 158,612 175,616 151,426 178,037 228,851

資産合計 1,802,490 1,810,767 1,760,986 1,634,297 1,368,401 1,447,878 1,306,410 1,352,944 1,296,902 1,468,978

任天堂の財務諸表分析

当座資産の減少・増加→現金預金の減少・増加

棚卸資産の減少・増加→在庫の調整?棚卸資産の変動が激しい…。

• 貸借対照表<資産の部>の数値を見てみよう。

投資その他の資産が増加

2017年:DeNAとの株式持ち合い

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

流動負債 567,222 540,914 407,537 333,301 155,438 194,475 155,652 144,232 98,437 184,109

 うち仕入債務 335,820 356,774 264,613 214,646 86,700 107,045 47,665 58,464 31,857 104,181

固定負債 5,293 15,921 16,863 19,134 21,937 25,882 32,318 41,155 37,563 33,895

負債合計 572,516 556,835 424,401 352,435 177,376 220,358 187,971 185,387 136,001 218,005

 資本金 10,065 10,065 10,065 10,065 10,065 10,065 10,065 10,065 10,065 10,065

 資本剰余金合計 11,640 11,726 11,733 11,734 11,734 11,734 11,734 11,734 13,256 13,256

 利益剰余金合計 1,380,430 1,432,958 1,527,315 1,502,631 1,419,784 1,414,095 1,378,085 1,409,764 1,401,359 1,489,518

 株主資本合計 1,245,951 1,298,234 1,392,528 1,357,767 1,284,901 1,279,203 1,128,927 1,160,578 1,174,118 1,262,239

純資産合計 1,229,974 1,253,932 1,336,585 1,281,861 1,191,025 1,227,520 1,118,438 1,167,556 1,160,901 1,250,972

負債純資産合計 1,802,490 1,810,767 1,760,986 1,634,297 1,368,401 1,447,878 1,306,410 1,352,944 1,296,902 1,468,978

当期純利益 257,342 279,089 228,635 77,621 -43,204 7,099 -23,222 41,843 16,505 102,574

任天堂の財務諸表分析• 貸借対照表<負債・純資産の部>の数値を見てみよう。

仕入債務の減少・増加→生産数量の調整?

1.5兆円にも及ぶ利益剰余金→経営方針と一致

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

売上高 1,672,423 1,838,622 1,434,365 1,014,345 647,652 635,422 571,726 549,780 504,459 489,095

売上原価 972,362 1,044,981 859,131 626,379 493,997 495,068 408,506 335,196 283,494 290,197

売上総利益 700,061 793,641 575,234 387,966 153,655 140,354 163,220 214,584 220,965 198,898

販売費及び一般管理費 212,840 238,378 218,666 216,889 190,975 176,764 209,645 189,814 188,083 169,535

営業利益 487,221 555,263 356,568 171,077 -37,320 -36,410 -46,425 24,770 32,881 29,362

営業外収益 48,564 32,159 11,082 8,602 9,825 48,485 53,136 46,043 14,550 28,593

営業外費用 94,977 138,727 3,325 51,577 33,368 1,592 624 283 18,641 7,591

経常利益 440,808 448,695 364,325 128,102 -60,863 10,482 6,086 70,530 28,790 50,364

税引前当期純利益 433,775 448,132 367,442 127,934 -60,877 10,197 10,929 72,091 27,715 114,730

当期利益 257,342 279,089 228,635 77,621 -43,204 7,099 -23,222 41,843 16,518 102,582

任天堂の財務諸表分析• 損益計算書の数値を見てみよう。

粗利益率の変化

2009年 43.16%→2013年 22.09%→2017年 40.67%

営業赤字

為替差損最終赤字

為替差益

任天堂の財務諸表分析• ここまでのポイント整理

<資産の部>に関連した

特徴的な動き

<負債・純資産の部>に関連した特徴的な動き

損益計算書に関連した

特徴的な動き

ここ数年の戦略

現金預金の減少・増加

→ 2012年から固定資産・投資その他資産の増加棚卸資産の減少・増加→在庫の調整?

仕入債務の減少・増加→取引量の減少・増加→在庫の調整?

1.5兆円にも及ぶ潤沢な利益剰余金売上高が最盛期の3分の1に減少

→販売不振・為替の影響 →粗利益率の減少為替の影響を非常に受けやすい。

新製品が当たれば莫大な売上→研究開発が鍵に。

製品ライフサイクルのマネジメントの必要性

Page 5: 経営分析論⑦ - WordPress.com...経営分析論⑦ 支払能力・財務安全性の分析 ケーススタディ:任天堂 •任天堂の2013年3月期決算の概要 ①営業損益

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

自己資本比率 68.24% 69.25% 75.90% 78.44% 87.04% 84.78% 85.61% 86.30% 89.51% 85.16%

株主資本比率 69.12% 71.70% 79.08% 83.08% 93.90% 88.35% 86.41% 85.78% 90.53% 85.93%

固定比率 12.66% 12.92% 12.69% 12.92% 19.11% 20.82% 25.24% 21.87% 23.75% 26.24%

固定長期適合率 12.60% 12.76% 12.53% 12.73% 18.77% 20.39% 24.53% 21.13% 23.01% 25.55%

流動比率 290.33% 304.80% 390.49% 440.65% 733.92% 613.06% 657.97% 760.99% 1037.35% 619.60%

当座比率 246.84% 251.30% 339.65% 392.07% 644.44% 488.07% 529.37% 673.28% 963.12% 571.47%

任天堂の財務諸表分析• 支払能力・財務安定性分析に有用な各指標の算出

自己資本比率の変化→流動負債の変化→在庫の影響

流動比率上昇→現金預金の減少率 < 仕入債務の減少率

営業赤字・最終赤字という最悪の決算を迎えたことがあったものの,

各種財務指標は改善しているものがある。

固定比率上昇→固定資産増加(特に投資その他の資産)

財務安全性

支払能力

任天堂の財務諸表分析• 財務指標計算の結果を踏まえて何が言えるだろうか?

赤字決算だった時期があったものの,在庫調整に伴う仕入債務の減少により,利益増加により自己資本比率は上昇固定資産(投資その他の資産)への投資は継続されており,固定比率は上昇 →莫大な利益剰余金がある。

2012年3月期に現金預金が大幅に減少したが,仕入債務の調整が進んでおり,流動比率は上昇→十分な流動性が確保されており,支払能力には

 全く問題ない

Wii Uの販売不振により苦戦したが,企業の存続性に悪影響を与えるものではなかった。ニンテンドースイッチで2018年3月期に売上高が倍になるように,ゲーム業界はヒットの有無に大きく左右される。