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Meiji University Title � -��- Author(s) �,Citation �, 48: 213-231 URL http://hdl.handle.net/10291/19350 Rights Issue Date 2018-02-28 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

箱庭制作の連続性に関する質的研究 -制作者の体験の URL DOI...― ― 研究論集委員会 受付日 2017年9 月22日 承認日 2017年10月30日 文学研究論集

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Meiji University

 

Title箱庭制作の連続性に関する質的研究 -制作者の体験の

時間的変化に焦点をあてて-

Author(s) 平田,平

Citation 文学研究論集, 48: 213-231

URL http://hdl.handle.net/10291/19350

Rights

Issue Date 2018-02-28

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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研究論集委員会 受付日 2017年 9 月22日 承認日 2017年10月30日

――

文学研究論集

第48号 2018. 2

箱庭制作の連続性に関する質的研究

―制作者の体験の時間的変化に焦点をあてて―

Qualitative Study of Continuity in Sandplay Therapy:

Focusing on Temporal Changes in Subjective Experience

博士後期課程 臨床人間学専攻 2017年度入学

平 田   平

HIRATA Taira

【論文要旨】

箱庭療法の治療機序を明らかにすることは長年の課題であり,制作者の主観的体験という観点か

ら多くの研究がなされてきた。本研究では,制作者の内界に生じる様々な活動に焦点を当て,制作

過程の時間的経過における変化や,内的変容に影響する要因について検討することを目的とする。

調査協力者 3 名に対し合計10回の箱庭制作面接と,終了後に振り返り面接を実施。得られたデー

タに対して,時間性の観点から検討を行うため,複線径路・等至性モデルにより分析を行い,プロ

セス図を作成した。結果,1)制作者は制作を重ねる中で箱庭に対して安心感を獲得していくとと

もに,ミニチュアや作品を通して箱庭との結びつきを強めていくこと,2)箱庭との結びつきが生

じることにより,箱庭空間は制作者の外的世界と内的世界の中間領域のような性質を持ち,そこで

の体験が内的変容へと影響すること,3)制作を重ねていく中で,作品の制作に対する‘外向き’

の葛藤に加え,制作者自身に対する‘内向き’の葛藤が生じ,それを手がかりとなることで内的対

話が進展すること,が考えられ,制作の継続性が制作者の体験に与える影響について検討された。

【キーワード】 箱庭療法,主観的体験,質的研究,結びつく体験,時間性

.問題と目的

箱庭療法は河合隼雄(1969)により我が国へと導入された。河合は,チューリッヒのユング研

究所に留学した折,箱庭療法の創始者であるカルフ(KalŠ, D. M.)よりこの技法について学んだ。

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そして,日本人の心理的特性にきわめて適した技法であると考え,河合の帰国とともに徐々に普及

させていった。導入されて以降半世紀が経過するが,現在においても効果的な心理技法のひとつと

して,多岐にわたる心理臨床現場で活用されている。

箱庭療法は我が国において独自に発展を遂げている心理技法でもある。その原因として,箱庭療

法は世界的には分析心理学の一技法としてイメージや象徴の解釈に重点が置かれるのに対し,我が

国では学派の垣根を越えて技法が活用されているとともに,解釈だけでなく箱庭の世界をクライエ

ントの内的世界が表現されたものとして理解する姿勢が重視されているためであると考えられる。

このような姿勢が重視されてきた一方で,箱庭を制作することによるクライエントの心の動きや治

療の進展とはどのようなものかを理解することが,長年の課題として残されている。箱庭療法は,

砂箱の中にミニチュアを置き,作品を作り上げながら展開されていく。その時,クライエントが自

身の問題やテーマについて言及することが無くても治療的変化が生じることがあるため,箱庭を制

作することによりなぜ治療が進展するのかの理解が曖昧になっている。このような課題に対して,

岡田(1984)は「制作中の制作者の心の動きは大切であり,これこそが箱庭療法の核心でもある

から,制作過程の研究は今後の重要な課題である」と述べ,制作者の主観的体験に焦点を当てた研

究の必要性が示された。そして,近年になり,研究方法の創意工夫や質的研究の隆盛にともない,

箱庭制作者の主観的体験に焦点を当てた基礎的研究が盛んに行われている。

制作者の体験をテーマに,初めて実証的な研究を行ったのは石原(1999)である。石原は,箱

庭作品の「個」としての性質に着目し,「作品を十分に理解するためには,箱庭制作に伴う個々の

制作者の主観的な体験,すなわちどのような意図をもって作ったのか,制作過程でどのような心の

動きがあったのか,出来上がった作品からどのような感じを受けるのかといったことを理解する必

要がある」という問題意識のもと,PAC 分析を用いて箱庭制作体験の意味について研究を行って

いる。

また石原(2007,2008)では,一つのアイテムを選び,砂箱の中に置くという制作の最少単位

に限定した制作者の内的体験の研究を行い,砂箱やミニチュアを置く位置に対して生じる言語以前

の感覚体験を明らかにしている。こういった限定化は,制作行為を最小限にとどめることで制作行

為を単純化し,制作者の振り返りにおける認知的負荷を減少させることを狙いとした手続きである

が(石原,2015),制作過程における制作者の感覚体験とその変化という,非常に微細な心の動き

を捉えることに成功している。特に石原(2015)ではミニチュアを置くことの体験を,直感とス

トーリー性の二つの観点から考察し,制作者の振り返りのなかで興味深い結果が得られている。直

感を元にミニチュアの位置を決める場合,その位置は「ここしかない」という強い感覚で決ま

るにも関わらず,その感覚が発生した理由を思い出したり,論理的な説明ができないこと,さら

に,アイテムの位置に対して均衡や調和,快/不快といった感覚が想起されることが示されてい

る。また,ストーリーからミニチュアの位置を決める場合においても,ストーリーとしての判断と

いう言語的な水準に先立って,前言語的な感覚的水準において位置の判断が下されている可能性を

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示唆している。これらの結果から石原は「前言語的な感覚の次元での判断がより基盤にあって,そ

の上に言語的な次元での判断がより上位の判断として存在する」ことを想定し,箱庭制作活動の背

景に存在する意識下での内的活動の優位性を示している。

片畑(2007,2008)はイメージにおける内的体験を考察するため,一つのミニチュアを選び,

置くという手続きを取りつつ,イメージの中でミニチュアを置いた後に実際にミニチュアを置くと

いう実験的な制作による研究を行い,ミニチュアをイメージ内や実際に置いていく際に生じるバラ

ンス感覚や確信感など,制作過程では見逃されやすい身体感覚が制作に大きく影響していることが

示された。

この制作過程に現れる感覚的な動きは,主観的体験の中でも注目されてきたテーマである。後藤

(2003)は PAC 分析を用いて制作者の主観的体験に迫るために作品に対する「ぴったり感」に焦

点を当てている。さらに,久米(2015)は箱庭制作者の語りから,箱庭制作における「ぴったり

感」の性質について事例研究的に論じている。また近似の研究として,制作者の「違和感」にも焦

点が当てられている。川嵜(2007)は箱庭の力動性について述べる中で,本来自分では置かない

ような自我違和的なものを取り入れ,受け入れるところに変容のきっかけを見出している。また地

井(2015)は自我にとって心理的に異質な「異物」を箱庭の中に置く際の心的プロセスを検討し

ている。

加えて,PAC 分析を用いて制作者の体験を検討した石原(1998)や片畑(2003)などの研究に

おいては,安心感や満足感などの感情的な動き,制作者のイメージ活動,箱庭から受ける印象体験

などが,ぴったり感などの感覚的な体験と合わせて報告されている。以上のように,様々な内的水

準における活動が制作過程において重要な役割を果たしていると予想される。このような内界に生

じる活動を詳細に検討し,箱庭制作における心の動きを見出した点に,これらの研究の重要な意義

があったと言える。

また,継時的な制作過程における制作者の内的変遷について検討も行われている。箱庭作品の理

解のためには系列的に作品を追う視点が不可欠であり(河合,1969),制作者の主観的な体験のプ

ロセスを追うためには継続的な箱庭制作過程を扱う必要がある。しかし,これまでに継続的な制作

過程の中での制作者の体験を研究したものは少ない。

平松(2001)では,平松ら(1998)が開発した箱庭療法面接のための体験過程スケールを用い

て12回にわたる継続的な箱庭制作過程の分析を行っている。しかしこのスケールは,箱庭面接過

程の言語的応答を客観的に評定し,制作者の体験の在り方に注目することを目的としており,制作

者の体験そのものを扱った研究ではない。

そういったなかで近田・清水(2006)は,10セッションからなる継続的試行箱庭療法における

制作者の主観的体験について検討を行っており,継続的箱庭制作における制作者の体験を実証的に

研究している。そして,「箱庭表現によって内的な体験,感情により深く触れ,気づきを深める」,

「箱庭表現過程で,意識と無意識の交流が深まり,内界に存する要因の影響を受けて,自我の在り

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方に変化が生じる」,「表現の展開に伴って,意識と無意識の間に対立,葛藤が強まり,停滞や抵抗

の動きが生じることがある」という 3 点が明らかにされた。また,試行的箱庭制作を行った制作

者が,箱庭に置いたドラゴンのミニチュアが向かう方向に「何かがある」と感じ,その感覚を手が

かりにその表現を探し,続く制作においてイメージを捉えることに成功するまでの過程が示され,

近田はその中に前意識的な体験を想定している。この「何かがある」というような制作過程の中で

はごく自然に生じる感覚をきっかけとして,内的変容体験へと至るまでの過程が報告されている。

「今,ここで」の体験と「体験の様式的側面」に着目した朝比奈(2013)では,箱庭制作過程を

表象同士の関係づけの過程と捉え,ミニチュアの選択や砂の造形に至るまでの表象化のプロセスが

示された。さらに朝比奈(2016)において,表象同士の関係づけについてさらに詳細な理論化を

行っている。また,初回箱庭制作に限って内的プロセスを追った花形(2012)では,制作者は事

前のイメージを持って制作に臨むが,実際に制作を始めると戸惑いを覚える一方,制作体験の中で

内的な変化が生じ,それが次回以降の制作意欲へとつながるといった,初回制作時の心的プロセス

が明らかになった。さらに,楠本(2012)は箱庭面接における,自己実現や自己理解を促進する

機能について検討を行っており,「単一回の制作過程・作品」,「箱庭制作面接のプロセス」,「制作

者の生活・人生・環境」という三つの「場」が相互に「交流」し影響を与え合い,そして,制作が

連続することにより制作者の自己理解が促進されるといった知見が得られている。特に,楠本

(2013)においては,質的分析方法である修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(木下,

2003)(以下,MGTA と略記)を用いた事例(楠本,2012)に対して,一事例研究による分析を

行っており,研究法の観点からも多角的な視点から検討がなされている。

また,箱庭療法の治療機序についても,制作者の体験という観点から多くの仮説が提唱されてい

る。三木(1991)は箱庭療法における「ぴったり感」の重要性について述べ,さらに東山(1994)

は三木の指摘を踏まえて箱庭療法を「『ぴったり感』,『ぴったりイメージ』が表現できる」手段と

し「それが自分に目の当たりにフィードバックされる点」に治療的意義があると考えた。また,弘

中(1995)は,箱庭療法や遊戯療法において言語的洞察がほとんどなくても治療が進展していく

問題に対し,意識的・言語的水準とは異なる水準で起こる洞察の重要性を仮定した。そしてジェン

ドリン(Gendlin, E. T.)の体験過程理論において,明確に言語化できないような前概念的な体験

が重視されていることに着目し,箱庭や遊戯療法などの表現においても,前意識・前概念的な水準

において洞察体験が生じることで制作者の内的な変化が生じると考えた。そこでジェンドリンの言

葉を援用し,このような洞察体験を「前概念的体験」と定義し,その性質を「どのように言葉にし

て表現すればよいか分からず,無理に言語化するとかえって本質的なものが壊れてしまいそうであ

るが,確かに感じている何か」であり,「その確かな体験は暗々裡の意味や方向づけを含んでいて,

問題状況や葛藤から抜け出すための出口が直感的に把握されるような性質のもの」と述べている。

弘中(2012)はさらに,「遊びや箱庭制作は,クライエントに言葉では表現し尽くせない感情や身

体感覚を伴う体験(前概念的体験)を引き起こす。この前概念的体験がクライエントの問題状況や

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治療プロセスと何らかのコンテクストでつながるとき,その体験はクライエントにとって意味のあ

るものとしてまとまりを持ち,クライエントに決定的な内的変容をもたらす」とし,箱庭療法にお

ける前概念的体験の重要性を述べている。

平田(2016)は,以上のようなこれまでの箱庭療法研究における制作者の主観的体験や治療機

序を扱った研究の概観を通して,次のような特徴を見出している。まず,箱庭制作には制作者が明

確に言葉にすることができない活動や,感覚的にしか捉えきれない活動など,きわめて曖昧ではっ

きりとしない内的な活動が影響していること。そして,制作者に治療的な変化が生じる際にも,そ

ういった内的な活動が手がかりとなることが予想された。そこで平田(投稿中)は,そういった曖

昧ではっきりとしない制作者の内的活動を内界の活動と定義し,箱庭制作過程における制作者の内

界の活動の変遷とその働きについて,MGTA を用いて検討を行った。その結果,制作者は内界

に生じる様々な活動を手がかりに箱庭を制作しており,箱庭を制作する中で様々な変化が内界に生

じることが明らかとなった。そして,制作者に内的な変化が生じる際には,箱庭に表現された世界

と制作者の内的世界がまるで結びつくかのように,箱庭の中の変化を通して制作者の内界に変化が

生じることが示唆された。その一方で,MGTA による分析では,系列的な制作過程での制作者

の変化やその機微を捉えることが困難であった。特に,制作者の内的変化に対する重要性が示唆さ

れた箱庭と制作者との結びつく体験が生じる過程や影響を与える要因を明らかにするためには,制

作の時間的経過における制作者の内的変化を検討する必要が考えられる。

そこで本研究では,制作者の内界における変化や影響要因について,制作過程の時間的変遷の観

点から検討することを目的とする。そして,箱庭制作過程という時間軸において箱庭と制作者の結

びつきがどのように生じ,内的変容へとつながっていくかを探索する。

.方法

調査協力者・調査方法

調査対象者(以下,Info. と略記)は大学生 3 名(女性 3 名,平均年齢21.3歳)である。Info. は

筆者が個別に調査協力の依頼をし,参加の意思を示した 3 名である。参加の意思を確認した後,

事前面接を行い調査の趣旨や調査方法を詳細に説明し,改めて同意を得た。そして,継続的な箱庭

制作を行っていくにあたっての危険性を測るために,調査協力に同意した理由などのインタビュー

を行った。

箱庭制作面接

箱庭制作について,調査協力者に十分な内的体験が生じるためには継続的に制作を重ねる必要が

あると考え,臨床実践現場に近い形での実施を想定し制作回数を週に 1 回を基本に合計10回と設

定した。面接回数は,内的体験を引き起こすために必要な回数として茂泉・相馬(1995)を参考

にした。制作時間の上限は50分とし,その中での制作と,制作後に作品についてのシェアリング

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図 制作記録例

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を行っている。シェアリングは制作者の体験に侵襲的とならないよう,扱う内容は作品の説明や共

有に留め,詳細な質問などは振り返り面接時にて行っている。また全ての制作回について,IC レ

コーダーとビデオカメラによる記録を行い,制作後に音声データの逐語化と,音声データと映像デ

ータを元に制作の順番と発言記録などを記した制作記録(図 1)を作成している。

振り返り面接

振り返り面接は,制作を通しての制作者の体験とその変遷を詳細に捉えることを目的として行っ

た。事前に筆者がいくつかのインタビュー項目を研究目的に合わせて設定し,それらの項目を中心

にインタビューを行っている。インタビュー項目は以下のとおりである。

.「10回の箱庭制作を終えての感想や気付き,心の中で感じた言葉にならないようなモヤモヤな

ど,どんな些細なことでもいいので体験したことを教えてください」

.「制作を 1 回ずつ振り返っていきますが,ご自身の体験を踏まえたうえで,何か気付いたり,

心に引っかかるような点があれば教えてください」

面接方法は,◯全10回の作品の写真を提示し,質問項目の 1. に従い10回を通した感想や体験を

振り返る。◯それぞれの制作回における心の動きを追うために,1 回ずつの写真と制作記録を提示

し,制作記録に従い筆者が Info. の前で実際に箱庭を再現しながら,1 回ごとの心の動きを振り返

る。◯もう一度,全10回の写真を提示し,1 回ごとの振り返りを踏まえたうえで,10 回でどのよ

うな制作体験をしていたかを振り返ってもらった。振り返り面接は IC レコーダーで記録を取り,

面接後逐語化を行っている。面接時間は 1 時間半~2 時間程度で,前後半に分け 2 回に分けて実施

した。

分析方法

分析には,複線径路・等至性モデル(Trajectory Equiˆnality Model以下,TEM と略記)(サ

トウ,2009)を援用して用いた。TEM は,時間的経過に沿った個人の経験について,その共通性

や多様性を捨象することなく変容プロセスを捉えることが可能な点に特徴がある。この特徴に,箱

庭制作過程の時間的変遷における,箱庭と制作者の結びつきの変化とその影響要因の検討を目的と

番号 時間 制作 制作者の言葉 実施者の言葉

al-1 2'11 真ん中を掘る. 2'46 .....

al-2 3'16 花壇を右上

木を右下2つと左上3al-3 4'36

al-4 5'30 植太鉢を左下に4つ

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する本研究への適性があると考えられる。

TEM では,1/4/9 の法則(安田,2015)として,研究対象の数により捉えられるプロセスの特

徴が異なるとされている。この法則によれば,事例数が 4±1 の場合,共通性と多様性を捉えるこ

とができるとされる。本研究が示すプロセスでは,時間的経過の中での制作者の内界の変化につい

て,共通性や多様性を示すことができると考えられる。

また,MGTA によりプロセスモデルを生成したデータについて,再び TEM によりプロセスモ

デルを生成することについて次のような意義が考えられる。境(2015)は,GTA と TEM を比較

する中で,前者をプロセスの構造を捉える研究法,後者を構造のプロセスを捉える研究法としてい

る。そして,「GTA による構造の解明と,TEM による具体的なプロセスの記述を,補完的に組み

合わせることで,対象とする現象の質をより豊かに捉えられるかもしれない」と述べ,両研究法を

補完的に用いることの有効性を述べている。本研究の場合,平田(投稿中)で明らかとなった箱庭

制作者の内界の活動のプロセス構造に対して,制作者の内界の変化の具体的なプロセスを加えて示

すことで,箱庭を制作することで生じる制作者の内的変化が生じるまでの過程をより多角的に捉え

ることが可能となると期待される。

TEM における諸概念と分析手続き

本節では,TEM による分析手続き,ならびにプロセスモデルの理解に必要となる基本的概念の

説明を行っていく。

◯等至点の設定

TEM による分析では,まず等至点(Equiˆnality Point以下,EFP と略記)と両極化した等至

点(Poralized EFP以下,PEFP と略記)を設定し,そこに至る過程を描くことでプロセスモデ

ルを生成していく。EFP とは,多様な径路をたどりつつも等しく到達するポイントを表す概念で

ある。本研究では,箱庭制作を通して制作者に内的変化が生じる過程における,箱庭と制作者との

結びつきの意義や働きを明示化することを目的とするため,EFP は「内界に変化が生じる」と設

定した。一方の PEFP とは,EFP に対する論理的な補集合として仮説的に設定する概念である。

PEFP を設定することにより,EFP として定めた体験に対する過度な価値の重みづけを防ぐとと

もに,分析を進めるうえで背後に沈んでいる径路の複線性や多様性を明らかにすることが可能とな

る。本研究では,箱庭を制作することにより生じる制作者の内的変化を,内界に生じる変化と仮定

している。そのため,PEFP を「箱庭が制作できない」と設定した。

◯非可逆的時間の設定

続いて,非可逆的時間をプロセス図の左から右に向かう矢印(→)を用いて表す。非可逆的時間

とは,その人の経験が時間的経過と不可分につながり,変化していることを示すために用いられ

る。本研究の場合,合計10回の制作を行った約 3 ヶ月間の期間が不可逆的時間となる。

◯体験の径路化及び,分岐点・必須通過点の設定

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逐語データを精読し,その人の行動や感情などの表すものを抽出し,ラベル化する。そして,

EFP を表す縦軸を活かしながら配置し,矢印でつなげることで径路化をしていく。また,時間的

経過における多様な径路の可能性を示すために,実際には生じなかったがありえた径路も積極的に

可視化を行っていく。

EFP に至るまでの径路を描く中で,そこに近づく契機や転換点を示す概念が,分岐点(Bifurca-

tion Point以下,BFP と略記)と必須通過点(Obligatory Passage Point以下,OPP と略記)

である。BFP とは,実現可能な複数の径路が想定された状態において,その人がある径路を選択

したポイントを示す概念である。一方,OPP とは,EFP へと至る径路において,ほとんどの人々

が共通して経験する出来事や行動を表す概念で,多様な径路の収束点を示す。これらの概念を用い

ることにより,径路の分岐の際に生じる緊張状態を明らかにすることができる。また,この緊張関

係に影響する要因のうち,EFP から遠ざけようと働く力を社会的方向づけ(Social Direction以

下,SD と略記),EFP へ至るように働く力を社会的助勢(Social Guidance以下,SG と略記)

と呼ぶ。これらの概念により,緊張関係における個人の文脈性や,文化・社会がもたらす影響が表

される。しかし,本研究では SD と SG の区別を行わず,影響要因として提示している。その原因

として,箱庭制作に影響を与える要因について,その要因が制作者の体験を促進する,あるいは停

滞させるといったことが一概に断言できないためである。例えば,本研究では Info. が自身の問題

やテーマを意識して制作を行う場面が何度か見られた。こういった問題やテーマは,箱庭を制作す

るうえでのイメージとなり制作や内的体験を促進するが,一方で,問題やテーマが箱庭に表される

ことにより却って制作に対して制作者が萎縮する場面も見られた。このように,箱庭制作に影響を

与える要因は,促進と停滞の表裏一体の性質を持つと考えられる。

.結果

本研究では,Info. ごとに制作過程における体験について TEM による分析を行った後,それぞ

れを合わせる形で TEM 図を作成した(図 21, 2, 3)。その結果,箱庭制作過程の時間的経過にお

ける制作者の主観的体験の変遷において,次のようなプロセスが示唆された。

◯の初回制作では,制作者は何らかのイメージを予め持って制作に臨み,イメージ通りの制作が

できることで箱庭への安心感を持ち,制作を継続するうえでの基盤となることが考えられた。一方

で,うまく制作ができない場合や,制作者の持つ問題やテーマが突然箱庭に表れた場合に,箱庭へ

の不安が芽生えることも示された。◯・◯では,制作者が箱庭の世界に,自身の持つイメージや心

情などの内的世界を結びつけ,フィードバックを通して何らかの気付きを得るプロセスや,箱庭へ

の安心感をさらに探索していくプロセスが存在していた。◯・◯・◯では,制作者は内的世界をよ

り強く結びつけるようになる。その際,内的世界をぴったりと表すミニチュアや箱庭の存在によ

り,結びつけが促進されると考えられる。結びついた箱庭からのフィードバックにより気付きが深

められる一方で,箱庭にうまく内的世界を結びつけられないことで,制作の停滞や中断に陥る可能

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図 箱庭制作過程の時間的経過に関するプロセス図

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図 箱庭制作過程の時間的経過に関するプロセス図

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図 箱庭制作過程の時間的経過に関するプロセス図

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性も予想される。◯・◯・◯・◯の制作過程終盤では,結びついた箱庭を通してより内省が深めら

れていく過程が示された。

また,箱庭に対する安心感が自由な自己表現を行なっていくための OPP として予想され,さら

にはイメージを箱庭に結び付けられるかを BFP として,制作の可否が分かれることが示唆された。

.考察

箱庭に対する安心感の芽生え

制作の時間的経過において,制作者の内的変化に大きく影響したと考えられるのが箱庭に対する

安心感の芽生えである。Info. は,制作過程序盤は作品性やストーリー性などの,作品としての仕

上がりを重視した箱庭を制作し,制作回数を重ねるにつれて徐々に内的世界が箱庭の中に表れてい

く傾向にあった。Info. が内的世界の表現に至るまでには,箱庭空間に対していかに安心して表現

を行うことが可能であったかが大きく影響しているものと考えられる。TEM 図を元に,時系列的

に安心感の変化を追い,その働きや影響要因を検討していく。

元来箱庭は「二重に守られた空間」であると考えられており(岡田,1984),このことが治療機

序の基盤とされている。この「二重」とは砂箱という枠付けされた空間と,患者と治療者の信頼関

係を示しており,これら「二重の枠」が存在することで,自由に安心して内的世界の表現や整理を

行うことができるとされる。しかし,「枠」の存在だけでは,制作者は自身の箱庭に完全に安心す

ることは困難なことが示唆された。特に,制作過程◯や◯の制作過程序盤では,箱庭をうまく作る

ことができないことで不安を感じたり,Info. の問題やテーマ,不安を誘うミニチュアなどが突然

箱庭に表れることがあった。このような Info. も意図せず不安や怖さを引き起こす箱庭が制作され

ることがあり,枠づけや治療関係が十分に機能していたとしても制作者自身の表現により箱庭が不

安定な空間となってしまうことが考えられる。

そこで,制作者が安心して制作に臨めるための「第三の枠」として働くのが,ミニチュアやスト

ーリーなどの箱庭の作品性である。Info. は制作過程序盤,あらかじめ想像していたイメージや,

ストーリーに合わせて細部までこだわった作品など,作品としての出来栄えや仕上がりを重視した

箱庭の制作を中心に行っている。これは,箱庭を制作する経験の少なさから,何を作ればいいのか

分からないという不安や緊張により生じるものであると予想される。そのため,制作に向けて予め

想定したイメージやストーリーを箱庭の中に具体化させる形で制作を行っているものと考えられ

る。特に,◯や◯などの制作過程の序盤に意図しない不安や怖さを経験した Info. は,安心できる

場所や空間を作ることが作品のテーマとして現れる傾向があった。

このように,ストーリーや構図などの作品性は,制作者の不安や緊張を低減させていくことにつ

ながるが,それと同時に,いかに安心でき,かつ作りやすい箱庭を見出していくかという過程が暗

に内包されていると考えることができる。作品性を重視した制作を通して,Info. は作りやすい構

図や,使いやすいミニチュアなど,現実の制作場面という外的世界での制作のしやすさを知るとと

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もに,自身が表現できる範囲とその限界という,イメージや内的世界における内的な制作のしやす

さを知っていく。このような経験の中で,徐々に箱庭を制作することに慣れていき,制作に対する

安心感へとつながっていくことが考えられる。

作品性が重視される制作は Info. にとって安心感の高い制作となるが,継続的な制作においてイ

メージやストーリーを毎回準備して制作に臨むことは不可能に近いことである。制作を重ねる中で

Info. は,制作過程の中盤の◯,◯の辺りに差し掛かると作品性の高いイメージの準備は難しくな

り,必然的に制作場面で感じたものを手がかりに制作を行っていく必要性が生じる。この出来事は

Info. に負担の大きいものであり,箱庭の作りづらさが共通して表れている。しかし,それまでに

箱庭に対してどれほど安心感を獲得できていたかにより,Info. によって負担を乗り切れるかどう

かに差があることが示された。安心感のある作り慣れた構図や,毎回同じミニチュアを安心感の象

徴のように用いて負担を乗り切る場合もあれば,負担を感じる制作に敢えて挑んでいくことにより

制作の幅を広げていく場合もあった。しかし,この負担を乗り切れなかった場合,再び箱庭に対す

る不安や緊張が再び生じ,自己表現に消極的な姿勢となってしまったり,安心感の探索が引き続き

制作の中で行われていく可能性が考えられた。

このような過程を経る中で,Info. は安心感を持ち,徐々に箱庭に対して自身が感じているもの

を表現することが可能になる。そして,この時に Info. の内的世界をぴったりと表すミニチュアや

作品のテーマの存在により,Info. は内的世界を箱庭の世界に対して,より強く重ねあわせていく

と考えられる。しかし,数多くのミニチュアがある中で,Info. の内的世界をぴったりと表すこと

は至難の業である。こういったミニチュアは,Info. が何度も自身の内的世界との対話を行い,現

実の様々なミニチュアと照合する中で見つかる場合もあれば,制作を続ける中で偶然発見される場

合もあることが示された。このようなぴったりとくるミニチュアが箱庭の中に存在することによ

り,箱庭の世界の変化がまるで Info. の内的世界の変化のように体験されることが考えられる。弘

中(1995)は前概念的体験が意味のあるものとしてまとまりを持つためには,制作者の前言語的

・前概念的な心の動きが「象徴化」される必要があり,ミニチュアや作品などのイメージ表現自体

が,制作者の前概念的体験をまとめる機能を果たすことを指摘している。この指摘にあるように,

ミニチュアや作品はなどの作品性には,制作者の内的世界のエッセンスを集約して表す「枠」とし

ての機能が期待できる。

Info. の内的世界を表すミニチュアが箱庭に表れることで,Info. は箱庭の世界との結びつきを強

めていく。それにより,箱庭の変化を通して Info. の内的変化が生じることが考えられるが,同時

に,箱庭の変化は Info. に直接つながるものとして,非常に影響力の強いものとなる。その影響が

Info. にとって侵襲的とならないよう,箱庭に対する安心感が大きな働きをすると考える。そのひ

とつが,Info. が安心できる構図やミニチュアの存在である。Info. が自身と結びついた内的世界を

箱庭に表現する際,安心できる構図やミニチュアを用いた世界の中で表現ができることにより,制

作による体験が和らげられることが示唆された。また,自身の制作の可能性や限界を知っているこ

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とも重要である。負担の大きい制作が展開された際,自身の制作できる範囲を超えてしまうと,

Info. にとって侵襲的な体験となることが示された。面接序盤の不安の高い箱庭との直面は,Info.

が自己表現を統制しきれていないためであるとも予想できる。制作を継続的に行っていく中で,

Info. が自身の制作に安心感を見出すとともに,限界に気付くことも必要となると考えられる。

中間領域としての箱庭世界

制作の時間的経過に従い,箱庭空間の性質にも変化が生じることが示唆された。制作過程序盤の

箱庭は,ストーリーやイメージを具体化させていく作品としての意識が強く,外的な存在としての

性質を強く持っている。しかし,制作を重ね,制作者の内的世界とぴったりとくる箱庭が生じるこ

とにより結びつきが強まる中で,徐々に箱庭の世界の中に Info. の内的世界が表れ始める。つま

り,結びつきが生じた後の箱庭空間には,作品という外的現実世界でありながら Info. の内的世界

が表れているという,中間領域のような世界が展開されていると考えることができる。

中間領域の働きについて,意義深い提言をしているのが Winnicott, D. W.(1971)である。

Winnicott は,乳幼児の内的心的現実世界と外的現実世界との中間領域を可能性空間(potential

space)と定義し,この世界での体験を通して乳幼児は「母親の信頼性を確信し,それによって他

の人々や事物の信頼性を確信することで“私”と“私でないもの”を分けることが可能になる」

とされ,対象としての母親との分離の段階に不可欠な世界である。そして,この世界で創造的活動

としての遊びへと没頭していくとされる。

可能性空間と同様に,箱庭の世界は制作者の内的世界でありつつも,明確に外的現実に存在する

世界であり,中間的性質を強く持つ。また,中間領域の獲得に至るまでのプロセスにおいても,制

作者が安心感を持って制作に臨める必要がある。そして,信頼感を基盤とした中間領域が形成され

ることで,「“私”と“私でないもの”」,つまり,制作者と結びついたミニチュアと,外的に存在

するミニチュアが分離して別々のものでありつつも,一つのミニチュアや作品に共存している世界

が箱庭の中に展開されると考えられる。そのような媒介となっているミニチュアや作品の変化を通

すことで,制作者に内的な変化が生じるものと予想される。

さらに,Winnicott は,遊びを通すことによってのみ,創造的活動が可能になるとしている。そ

して,「心理療法は,ふたつの遊びの領域の重なり合い,つまり患者とセラピストの遊びの領域の

重なり合いの中で起こる」とし,患者だけでなくセラピストが遊びの中で創造性を発揮する必要性

を示している。箱庭療法の場合,箱庭という中間的性質を持つ世界が治療空間の中に存在すること

により,両者の遊ぶ力がその世界の中で発揮されると考えることができる。

制作者にとって,箱庭の世界は外界と内界の中間的位置づけにあり,そこでの遊びを通して創造

性を発揮していると考えられる。それに加えて,セラピストも箱庭の世界に対して創造性を発揮す

ることが求められる。そのためには,単なる見守り手以上のセラピストの役割が必要となる。河合

(1969)はセラピストの望ましい態度について述べる中で,「治療において終止不変の『受容的態

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度』などが実際にはあり得ないもので,クライエントが治療者のある程度の受容性に支えられて表

現を行ない,その表現によって治療者は(解釈を通じて),クライエントの内面に触れ,より受容

的になっていく,一方,クライエントは自分の表現したものの意味を把握しつつ,それを土台とし

て,そのときに感じた治療者の態度に支えられて,より深い部分へと探求の手を伸ばしていく」と

述べ,箱庭に現れた表現を制作者とともに感じ,読み取っていく姿勢を強調している。また弘中

(2014)はセラピストの役割について述べる中で,セラピストが箱庭表現から感じ取った前概念的

水準での体験の重要性を指摘し,セラピストが前概念的水準で感じたことについて応答をすること

で,制作者は自身が受容されたことを実感し,自らの前概念的水準での体験を増幅させて再体験す

ると考察している。そのためにはセラピストが,表現が意味するものを直感的に感じる感性が重要

であると示している。両者は共通して,セラピストが制作者とともに箱庭を味わっていく姿勢を強

調している。

セラピストに求められる遊びとは,制作者ともに箱庭の世界を感じ,時にその感性に従い応答し

ていくことである。また,そのようにセラピストが箱庭に対して能動的かつ受容的に接すること

が,より制作者に安心感を与えることにつながるはずである。本研究における Info. の内的変容の

過程においても,見守り手である筆者の応答が Info. の内的世界とぴったりきたことで箱庭を通し

た内的変化が促されたり,ぴったりとくるミニチュアをともに探すことを通して,内的世界の共有

が図られることがあった。中間領域の形成による箱庭の世界での遊びを通した制作者とセラピスト

の創造性の発揮が内的変容の重要な要因であり,そういった中間領域が治療空間に形成される点に

箱庭療法の特徴があると考えられる。

箱庭を巡る葛藤の変化

箱庭制作者は,制作する箱庭に対し違和感や不安感などを抱えながら制作を行っていることがこ

れまでにも明らかになっている。平田(投稿中)は,制作者は内的な箱庭像と現実の箱庭との間

に,常に違和感や不安などの葛藤を抱えており,葛藤とのやり取りを通して制作の展開や,制作者

の内的変容が生じることを示している。

制作の時間的経過において,特に,箱庭と制作者が結びつく前後で,箱庭を巡って性質の異なる

葛藤が生じることが示唆された。制作過程序盤の作品性が重視された制作時は,Info. は作品とし

ての箱庭を仕上げることに集中している。そのため,その際に Info. が感じる葛藤は,ミニチュア

の選択や配置,砂の造形など,現実世界に存在する対象へと焦点が当てられた‘外向き’の葛藤で

ある。しかし,箱庭と制作者が結びつくことにより,箱庭世界の変化はまるで Info. の内的世界の

変化のように体験されるようになる。そして,箱庭の世界に表れた制作者の問題やテーマなどに対

する葛藤を感じるようになる。つまり,結びつきをきっかけとして,Info. が抱えている問題やテ

ーマなどの,内的世界に存在する要因に対して焦点が当てられた‘内向き’の葛藤が,‘外向き’

の葛藤と同時に発生するのである。

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‘内向きの’葛藤の出現には,制作傾向の変化が影響していると予想される。葛藤状態の変化が

生じた際には,イメージや構図などの作品としての性質の強い制作を行っていくことに加え,

Info. が自身の内的世界にぴったりとくる箱庭を求めて制作している様子が見られた。内的世界に

ぴったりとくる表現の探求や,ぴったりとくる箱庭が制作される過程を通して,内的世界との対話

を行い,‘内向き’の葛藤が生じているものと考えられる。このようにして,葛藤との内的なやり

取りと,それに対してぴったりを求める制作が繰り返される中で,相乗的に箱庭と制作者との結び

つきが強まっていくものと考えられる。

そして,‘内向き’な葛藤との内的なやり取りの中で,Info. の内的変容が進むと予想される。こ

ういった箱庭に対して生じる違和感などの葛藤状態は,制作者の内的変容に関与する要因として考

えられてきた。久米(2015)は,「内的イメージと箱庭表現の『ズレ』」の必要性を示し,ズレが

生じることにより,「より本質的な『ぴったり感』を探っていくことにつながる」と述べている。

また,地井(2015)は,制作者の「意識世界におさまっておらず,さらにそれを受け入れること

に自我が困難を感じるような心的対象」を「異物」と定義し,制作者が「異物」に直面した際の心

理プロセスを検討している。そして,「異物」との遭遇から内的変容が生じるためには,「異物への

否定的心情にとらわれてないメタ視点をもち,新たな存在意義が異物に与えられるよう内的世界の

関係性に取り組むこと」,「否定的心情から防衛行動をとった場合でも主体に生じるリフレクション

に注目する必要があること」,「異物との遭遇の体験を振り返る時間をもつこと」の三つが必要とな

るとしている。

本研究の結果から,制作者の内的変容に関係する違和感などの葛藤とは,箱庭の世界に表れた自

身の内的世界に対する‘内向き’の葛藤であると考えることができる。この‘内向き’の葛藤に対

して,ぴったりを見出していく過程が制作者の内的変容につながっていく。その時,ぴったりの探

索と発見により葛藤に対する内的対話が進められる場合もあれば,ぴったりを見つけることで箱庭

の世界との結びつきが強まることで内的対話が進展する場合も想定される。このように,内向きの

葛藤を手がかりとしつつ,それをぴったりと表す箱庭の制作を目指すことで,制作者は継続して葛

藤との内的対話を行ない,内的変容へとつながっていくことが考えられる。

.総合考察

箱庭制作の時間的経過において,前章で挙げたような側面の変化が制作者の内的体験に影響し,

内的変容を促していることが示唆された。本章では,ここまで明らかとなった点を整理し,制作者

の内的変容における箱庭制作過程の時間性の意義について検討していく。

箱庭を継続的に制作していくための基盤と考えられたのが,箱庭制作に対する安心感である。こ

れには,箱庭の持つ自由で守られた空間としての構造が重要な役割を果たすとともに,本研究では

「第三の枠」としてミニチュアや作品の働きが見出された。制作を重ねる中で,制作者が能動的に

安心感を獲得していくことが示された。また,ミニチュアや作品は,制作者が自身のイメージや心

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情を重ねて象徴的に表現することのできる枠としての働きを持つものである。特に制作者にとって

作りやすさや安心感を持ったミニチュアや作品の登場は,内的表現を促し,箱庭との結びつきのき

っかけとなることが考えられた。

結びついた箱庭が制作され,徐々に制作者の内的世界が表れると,箱庭の世界は制作者の外界と

内界の中間領域のような性質を帯びていく。この中間領域における体験を通して,内的世界との対

話が進められると考えられる。その際に手がかりとなるのが,箱庭との結びつきをきっかけに生じ

た‘内向き’の葛藤である。この葛藤を手がかりに内的対話を進めることで,制作者の内的変容が

進展していくものであると考えることができる。

以上の過程から検討すると,内的変容へと進展する様々な体験に箱庭制作の連続性が影響してい

ると考えることができる。そして,制作者の内的変容のきっかけとなる箱庭との結びつきについて

も,制作の時間的経過の中で自然発生的に生じてくるものであると予想できる。制作者が意図せず

とも,箱庭をめぐる葛藤とのやり取りを通して内省を行っていたり,葛藤にぴったりとくる箱庭が

制作の中で突然現れたりするため,制作過程の中で突然に内的変容が生じるといった場合があると

考えられる。また,制作によっては,制作者が自身や自身の心情を見立てて制作を行うことで,意

図的に箱庭と制作者が結びつくことがある。しかし,そういった内的世界の表現を行っていくため

には,箱庭に対する安心感の獲得が前提となる。加えて,意図的に結びついた際にも,そこから内

的変容が進展していくためには,箱庭と結びついた中間領域における葛藤体験が手がかりとなるこ

とが,本研究のプロセスの中から示されている。つまり,箱庭を制作すれば制作者の問題やテーマ

について変化が得られるのではなく,内的表現を行うことができる安心感が制作の基盤であり,箱

庭を通して内的世界とのやり取りを行うことができる中間領域の存在が必要不可欠となる。これ

ら,安心感や中間領域の獲得のためには,制作者が継続して制作を行う中で徐々に自己表現の幅を

広げ,箱庭との結びつきが生まれることが重要である。

これらを総合することで,箱庭と制作者が結びつく体験についても,次のように仮説的に理解す

ることができる。結びつきは継続的に制作を重ねていく中できわめて自然に生じる体験である。結

びつきが生じるためには,箱庭への安心感や,象徴的に表現を行うことができるミニチュアの存在

などが重要な働きをする。制作者は結びつきについて意識することはないが,徐々に内的世界の表

現が可能となり,中間領域としての世界が箱庭の中に展開されていく。中間領域での箱庭の世界は

制作者の内的世界と結びついており,箱庭をめぐる葛藤を通して内省が進められていく。つまり,

結びつき体験とは,それ自体には治療的な効果はないが,箱庭が治療的効果を持つために不可欠な

体験とであると考えられる。

また,箱庭と制作者の結びつきの観点から,セラピストに必要とされる態度について次のように

考えられる。まずは,制作者が箱庭に対し安心して制作に臨める空間を設定することである。結び

つきには安心感が前提であり,制作場面が守られた空間となっているかを注意しなければならな

い。また,制作初期に突然箱庭と結びつくような体験は制作者にとって不安や緊張を引き起こすこ

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とから,侵襲的な体験が生じた場合の対応も重要となる。次に,箱庭と制作者との結びつきの状態

について感じ取る感性も必要である。制作者が箱庭を通してどのような体験を得ているのかを理解

することは治療の進展において重要な手がかりとなる。この結びつきとは制作者にとっても意図せ

ず生じる体験であるため,セラピストが感性を働かせながら,その状態を見極めていく必要があ

る。そして,結びつきによって生じる内的体験に,制作者が耐えられる状態にあるのかの判断も大

切である。結びつきによって生じる中間領域は,箱庭に対する安心感を通して獲得される空間であ

る。しかし,その領域での葛藤体験は,制作者の問題やテーマにつながるものであるため,少なか

らず侵襲的な働きを持つ。さらに,結びつきが生じていることによって,より直接的に制作者に働

きかける体験となる危険性も考えられる。そのような内的体験に対して制作者が耐えられる状態に

あるのか,箱庭療法の実施も含めて,慎重に判断していく必要がある。

.今後の課題

本研究では,箱庭制作による内的体験を時間的変遷の観点から検討することにより,箱庭と制作

者が結びつく過程とその要因の一端を捉えることができたと考えられる。このような体験は,制作

者の内的変化に不可欠な体験であることが予想され,そこに焦点を当てることができたことに本研

究の意義があると考えられる。しかし,結びつく体験や過程,その働きについては,仮説的な部分

が多く,今後の研究を通して検討していく必要がある。

また,本研究は非臨床群を対象としているため,臨床場面における箱庭制作過程とは異なる体験

を示していることも予想される。本研究で提示した仮説の臨床場面への適用は慎重であるべきであ

り,今後,臨床群を対象とした検討も行っていかねばならない。

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