11
Business & Economic Review 2010. 8 −38− 目   次 1.景気の現状 2.欧州債務問題の行方 (1)欧州債務問題の本質 (2)欧州での信用不安 (3)予想される当局の対応 (4)サブシナリオ 3.欧州経済の成長阻害要因 (1)欧州債務問題のユーロ圏景気への影響 (2)雇用悪化の持続 (3)イギリス新政権の政策運営 4.20102011年の欧州経済見通し 調査部 マクロ経済研究センター 欧州経済見通し

欧州経済見通し - 日本総研 · 政はデフレを深刻化させ、かえって財政再建を 困難にさせる恐れが強い。ユーロ圏gdpの2 %強を占めるに過ぎないギリシャの財政問題が、

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Business & Economic Review 2010. 8

−38−

目   次

1.景気の現状

2.欧州債務問題の行方

(1)欧州債務問題の本質

(2)欧州での信用不安

(3)予想される当局の対応

(4)サブシナリオ

3.欧州経済の成長阻害要因

(1)欧州債務問題のユーロ圏景気への影響

(2)雇用悪化の持続

(3)イギリス新政権の政策運営

4.2010〜2011年の欧州経済見通し

調査部 マクロ経済研究センター

欧州経済見通し

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Business & Economic Review 2010. 8

−39−

1.景気の現状

─持ち直しが続いているものの、先行き楽観で

きず

 欧州経済は、2008年秋のリーマン・ショック

を機に、大幅な景気後退に陥ったが、各国の景

気対策や新興国経済の底堅い成長を背景に、

2009年央以降持ち直しに転じた。ユーロ圏の

2010年1〜3月期実質GDPは前期比年率+0.8

%と微増ながら3四半期連続のプラス成長とな

ったほか、イギリスの実質GDPも、2009年10

〜12月期にプラスに転じた後、2010年1〜3月

期には同+1.2%と2四半期連続のプラス成長

となった。

 もっとも、ここにきて景気対策効果の息切れ

も明確化しつつある。購入支援策により高水準

が続いていたユーロ圏の自動車販売台数は、

2010年5月には前年比▲13%と2カ月連続の2

桁減を記録した。イギリスでも、付加価値税の

軽減措置が2009年末に、自動車購入支援策が

2010年3月末に終了し、年初以降、自動車販売

は減少傾向を強めている。加えて、住宅購入支

援策が2009年12月に終了したことを受け、持ち

直し傾向にあった住宅価格が頭打ちの様相を呈

している。

 一方、大規模な景気対策を行った結果、各国

の財政状況は大幅に悪化しており、2009年のユ

ーロ圏の財政収支対名目GDP比率は▲6.3%と

経済収斂基準(同▲3%)を大きく上回ること

となった。こうしたなか、2009年11月にギリシ

ャ政府が前政権による統計粉飾を公表したこと

を契機に、欧州の債務問題が顕在化し、国債利

回りの域内格差が大幅に拡大するなど、金融資

本市場が大きく動揺した。これに対し、EUと

IMFは連携して、ギリシャ支援策、緊急融資制

度創設等の対策を打ち出したが、その後も市場

の混乱は鎮静化には至っていない(図表1)。

 ソブリン・リスクに対する市場の警戒感が強

まるなか、ギリシャをはじめとした南欧諸国は、

信用不安払拭に向け、追加的な財政赤字削減策

を相次いで発表している。先進国中最悪の財政

赤字を抱えるイギリスでも、赤字削減が急務と

なっており、5月上旬に行われた総選挙を経て

(図表1)ユーロ圏主要国の10年国債利回り対独格差

(資料)Bloomberg L.P.

(%ポイント)

(年/月)

ギリシャ向け総額1,100億ユーロ支援合意(5/2)

ギリシャ向け450億ユーロ支援合意(4/11)

ギリシャ支援合意(3/26)

総額7,500億ユーロ支援合意(5/9)

ポルトガル格下げ(4/27)

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

イタリアフランス

654322010/1

ギリシャスペイン

ポルトガルアイルランド

ギリシャスペイン

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Business & Economic Review 2010. 8

−40−

成立した保守・自民の連立政権は、2010年内の

60億ポンドの歳出削減を公表した。ユーロ圏、

イギリスともに、景気が脆弱ななかで財政赤字

削減を迫られており、それによる景気の悪化と

財政再建の頓挫リスクが懸念され始めている。

 以上のように、欧州景気は回復傾向を辿って

きたものの、各種政策効果の反動に加え、債務

問題が表面化したことで、先行き不透明感が急

速に強まっている。

2.欧州債務問題の行方

─政策総動員によりユーロ体制は堅持

 2010〜2011年の欧州経済を見通すに当たって、

最初に、欧州を揺るがしている債務問題に焦点

を当てる。この帰趨次第では、景気への悪影響

が広範かつ甚大になる可能性があるためである。

本章では、欧州債務問題の事態の経緯を整理し

たうえで、その本質に迫るとともに、欧州当局

が今後採りうる対応策について検討する。

(1)欧州債務問題の本質

 ユーロ圏では、上述の通り、景気に明るさが

灯り始めた矢先に、債務問題が発生し、一転し

て景気の先行き懸念が広がった。

 事の発端は、ギリシャの統計操作発覚であっ

たが、EU各国の足並みの乱れにより対応が後

手に回ったことで、ギリシャ国債利回りは一貫

して上昇を続けた。また、ギリシャにとどまら

ず、同様に大幅な財政赤字を抱えるポルトガ

ル・スペインなどのPIIGS諸国(ポルトガル・

アイルランド・イタリア・ギリシャ・スペイ

ン)にも飛び火した。5月上旬にかけては、こ

れらの国を中心に、10年国債利回りの対独格差

が拡大の一途を辿った。

 こうした事態を受け、EUは、IMFと共同で、

5月2日に最大1,100億ユーロのギリシャ向け

融資の実施、9〜10日には総額7,500億ユーロ

の緊急融資の枠組み創設を打ち出した。これら

は、ギリシャでは2013年まで、その他PIIGS諸

国では2012年央までの国債借り換え額を上回る

規模であり、数字のうえでは、これらの国のデ

フォルト・リスクは向こう2〜3年にわたって

封じられた形となった(図表2)。にもかかわ

らず、ギリシャをはじめとするPIIGS諸国の10

年国債利回りは下げ渋っている。

 その理由は、打ち出されたのがあくまで資金

繰り対策であり、当該国での財政再建が実現可

能かどうかという問題に対する解答ではなかっ

たからである。すなわち、共通通貨・共通金融

政策のもと、独自の景気調整弁が財政政策しか

ないというユーロ圏の構造においては、緊縮財

政はデフレを深刻化させ、かえって財政再建を

困難にさせる恐れが強い。ユーロ圏GDPの2

%強を占めるに過ぎないギリシャの財政問題が、

ユーロ圏全体を揺さぶっているのは、今回の危

機が、経済の収斂・財政の統合が不十分なまま

導入された、共通通貨ユーロの成り立ちそのも

のに問題があるという、体制の本質的な欠陥が

露呈したからに他ならない。

(2)欧州での信用不安

 ギリシャのデフォルト・リスクが一国の問題

にとどまらないもう一つの要因として、域内で

(図表2)PIIGS諸国の2013年までの国債償還額

(億ユーロ)

ギリシャ 計ポルトガル スペイン アイルランド イタリア

2010年 162 168 746 84 2,285 3,283

2011年 313 155 818 46 1,979 2,999

2012年 317 83 615 57 1,714 2,468

2013年 267 82 517 60 1,005 1,664

計 1,059 488 2,696 247 6,983 10,413

(資料)Bloomberg L.P.

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−41−

の金融取引が急膨張した結果、局地的な問題も

すぐにユーロ域内に伝播し、信用不安が誘発さ

れやすくなっていることが挙げられる。すなわ

ち、ドイツ・フランスなどの金融機関はギリシ

ャ国債を大量に保有しており、ギリシャ国債が

デフォルトに陥れば、それら金融機関は大きな

打撃を受ける。ギリシャにとどまらず、ポルト

ガルやスペインなどPIIGS諸国全体に対して、

ドイツ・フランス・オランダの金融機関は

GDP比15〜20%に及ぶ信用供与を行っている。

したがって、PIIGS諸国でのデフォルトはドイ

ツ・フランスなど中核国で金融システム不安を

再燃させる恐れが強い(図表3)。

 加えて、各国金融機関の経営がかねてから悪

化していたことが、事態の解決をより困難なも

のとしている。ユーロ圏各国では、景気悪化を

受け、住宅バブル期に急増した貸出が不良化し

ており、それに対する処理もアメリカ・イギリ

ス対比大きく遅れている。すなわち、ユーロ圏

金融機関の民間(家計・非金融企業)向け貸出

の対名目GDP比は、2000年代前半の80%台半

ばから2009年にかけて100%台後半まで上昇し

た。スペインに至っては、2004年初の100%か

ら2009年に175%と未曾有のペースで上昇して

おり、この相当部分が不良化している公算が大

きい(図表4)。IMFの試算によれば、ユーロ

圏金融機関の証券化商品等を含めた不良資産は、

依然40%近くが未処理にとどまっており、2009

年末までに8割近くを処理済のアメリカ・イギ

リスの金融機関対比大きく見劣りする状況であ

る(図表5)。

(図表3)先進国のPIIGS向け信用供与残高(2009年12月末、名目GDP比率)

(資料)BIS、Eurostat(注)名目GDP比率は、1ユーロ=1.3933ドル(2009年平均)で算出。

(%)

0

5

10

15

20

25

30

35

40 イタリアスペイン

ポルトガルアイルランド

ギリシャ

イギリス

スイス

オランダ

フランス

ドイツ

イタリア

ギリシャ

ポルトガル

アイルランド

スペイン

60

70

80

90

100

110

120

(図表4)ユーロ圏主要国の国内民間向け貸出GDP比率

(資料)ECB, Eurostat

(%) (%)

(年/期)

ユーロ圏

2010200920082007200620052004200320022001

ドイツイタリアフランス

60

80

100

120

140

160

180

スペイン(右目盛)

(図表5)米欧金融機関の潜在損失額

(資料)IMF, “Global Financial Stability Report, April 2010”(注)その他欧州は、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ス

ウェーデン、スイス。

(億ドル) (%)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000未処理潜在損失(左目盛)実現損(2009年末まで、左目盛)

その他欧州ユーロ圏イギリスアメリカ10

15

20

25

30

35

40

45

50

55

未処理率(右目盛)

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Business & Economic Review 2010. 8

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(3)予想される当局の対応

 以上のように、ユーロの構造問題が露呈する

と同時に、域内で信用不安が高まるなど、ユー

ロ圏経済は1999年の発足来最大の危機に直面し

ている。上記の問題に対し、欧州各国が断固と

した姿勢で有効な処方箋を打ち出さない限り、

共通通貨圏の維持が困難になりかねない。すな

わち、域内の景気格差を放置すれば、共通の金

融政策は採用が困難にならざるをえない。実際、

ポルトガル・スペインではコアインフレ率がマ

イナスとなるなかで、実質金利が高止まりし、

景気回復が遅れている。これとは対照的に、景

気が堅調な国では高めのインフレ率が維持され、

実質金利の低下が景況感の改善を後押ししてい

る。

 ギリシャをはじめとしたPIIGS諸国としては、

今回打ち出された対策により、当面の問題先送

りは可能になったものの、財政再建に成果が上

がらない限り、同地域向け国債を保有している

金融機関は評価損の計上を余儀なくされる可能

性がある。そうなれば、金融機関の経営基盤が

脆弱ななか、金融システム不安が再燃しかねな

い。

 以上のようにユーロ体制は極めて困難な状況

に置かれている。もっとも、ユーロには、2度

と戦火を交えないという強い決意のもと、欧州

各国が、第二次世界大戦以降、紆余曲折を経な

がらも経済・通貨統合に向けて歩を進めてきた

という歴史的経緯がある。これを否定する政治

的決断はきわめてハードルが高いとみるべきで

あろう。加えて、国際的な信認失墜や域内での

通貨切り下げ合戦の再燃など、統合プロセスの

頓挫による政治的・経済的なデメリットの大き

さ等を勘案すれば、欧州各国がこのまま事態を

放置するとは想定し難い。

 厳しい政治的決断を伴うことが予想されるも

のの、ギリシャをはじめとしたPIIGS諸国の資

金繰りを確保した向こう2〜3年の間に、最終

的にはユーロ体制存続に向けて欧州各国の足並

みが揃うと想定するのが妥当と考えられる。具

体的には、①ドイツやフランスなどの中心国か

ら周辺国への財政支援、②ドイツやオランダな

どの対外黒字国から対外赤字国への所得移転、

すなわち、対外黒字国による内需拡大政策、等

への道筋がつけられると予想する(図表6)。

 ただし、これらの対応は、政治的なハードル

が極めて高く、早急に域内で合意できるもので

もない。したがって、そうした方向性が固まる

までは、金融面・為替面で政策が総動員される

必要がある。金融面では、域内での信用不安拡

散を封じ込めるため、ECB(欧州中央銀行)

は状況次第で、利下げのみならず、PIIGS諸国

の国債買い入れなどのバランスシート拡大政策

を余儀なくされるだろう。また、為替面では、

これまでは競争力の高いドイツの購買力平価に

見合う水準での推移が続いてきたが、景気底割

れ回避に向けて、いわゆる 「弱いユーロ」 を推

(図表6)想定されるギリシャの対応とその影響

ギリシャの対応

デフォルト・債務見直し

ユーロ離脱 財政再建断行

財政再建ペース緩和

ギリシャへの影響

デフレ圧力軽減

国際的な信認喪失

ドラクマ安が景気下支え対外債務増大・信認喪失

デフレ深刻化

財政再建困難化

デフレ

財政再建困難

金融システムへの影響

評価損計上

→金融不安

評価損計上

→金融不安

当面様子見

最終的には評価損計上の可能性

当面様子見

最終的には評価損計上の可能性

ユーロ全体への影響

南欧諸国に波及

域内取引停滞→保護主義化

南欧諸国に波及

域内での通貨切り下げ合戦加速

財政支出削減で南欧諸国の内需は底割れ域内景気格差 拡 大 →ユーロ運営困難化

財政支出削減による内需底割れは回避域内景気格差拡大

↑   メインシナリオ

(資料)日本総合研究所作成

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進していかざるを得ないだろう(図表7)。弱

いユーロとは、PIIGS諸国も恩恵に与れるユー

ロ安水準であり、具体的にはイタリア、スペイ

ン、ポルトガルの単位労働コストで測った購買

力平価である1ユーロ=1.00〜1.05ドル程度の

水準を指す。

(4)サブシナリオ

 以上が、欧州債務問題に関するメインシナリ

オである。しかしながら、このシナリオは、ユ

ーロ体制を死守するという欧州各国の政治的意

思の強さに依存している。したがって、そうし

た強い意思の欠如により、欧州各国の足並みが

乱れる、あるいは、中央銀行が頑なな姿勢を採

り続ける結果、信用不安の封じ込めに失敗し、

欧州で金融システム危機が深刻化する可能性も

完全には排除できない。

 そうした展開となれば、投資を中心にユーロ

圏景気が大きく底割れするのは避けられないだ

ろう。また、悪影響はユーロ圏だけにとどまら

ない。欧州金融機関は、新興地域、とりわけ中

東欧や中南米に巨額のエクスポージャーを有し

ている。それら地域でも資金逼迫により景気が

大きく下振れするリスクがある。また、ユーロ

体制の存続に疑念が生じることで、証券投資を

中心に世界的な投資資金の萎縮も予想され、リ

ーマン・ショックに匹敵するマイナス影響が世

界経済に及ぶ恐れもあろう。

3.欧州経済の成長阻害要因

 欧州債務問題に対して、以上のように想定し

たうえで、本章では、その対応による景気全体

への影響を検討する。同時に、債務問題が発生

しなかったとしても、景気減速は不可避であっ

たことを指摘する。

(1)欧州債務問題のユーロ圏景気への影響

 ギリシャに端を発する債務問題が続くなか、

PIIGS諸国政府は、財政赤字削減策を相次いで

発表している。具体的には、2009年に▲10%前

後に達していた財政収支対名目GDP比を、ポ

ルトガルとスペインは2013年までに、ギリシャ

とアイルランドは2014年までに、EU基準であ

る▲3%以内に圧縮するべく、各種歳出削減策

や増税などの施策を打ち出している。これらの

(図表7)ユーロ圏加盟国の購買力平価とユーロドル相場

(資料)OECDを基に日本総合研究所作成(注)単位労働コストベース。1999年初のユーロドル相場を基準。

(ドル)

0.8

0.9

1.0

1.1

1.2

1.3

1.4

1.5

1.6スペイン

201020092008200720062005200420032002200120001999

ポルトガル

フランス イタリア

(年)

ギリシャ

ドイツユーロ圏

(図表8)PIIGS諸国の基礎的財政収支赤字対GDP比率の推移

(資料)欧州委員会

(%)

(年)

▲4

▲2

0

2

4

6

8

10

12イタリアスペインポルトガルアイルランドギリシャ

20112010200920082007

(欧州委員会見通し)

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Business & Economic Review 2010. 8

−44−

国では、対名目GDP比で▲1.5〜2.0%にも及ぶ

大幅な財政引き締めにより、この間の景気悪化

は避けられない見通しである(図表8)。

 こうしたなかで、ユーロ相場は、債務問題を

材料に6月初めにかけて大幅に下落した。市場

の不安を映じた動きではあるが、一面では通貨

安による域外向け輸出の増勢加速が見込まれ、

それによる景気下支えが期待される面もある

(図表9)。

 そこで、ユーロ圏全体に対するPIIGS諸国の

緊縮財政によるマイナス影響と、通貨安による

プラス影響をそれぞれ試算した。それによると、

欧州委員会の見通しにしたがってPIIGS諸国が

財政赤字削減を進める場合、2010年のPIIGS諸

国のGDPは▲1.2%押し下げられ、ユーロ圏全

体では▲0.4%押し下げられる。一方、ユーロ

相場が年末にかけて1ユーロ=1.2ドル前後で

推移した場合、ユーロ圏全体のGDPを+1.2%

押し上げる。このように、緊縮財政に伴うユー

ロ圏実質GDPへの下押し圧力よりも、ユーロ

安を背景とした域外向け輸出の増加による押し

上げの方が上回る試算となる。今後のユーロ相

場の動向やPIIGS以外の国での財政再建計画な

どを注視していく必要はあるが、PIIGS諸国に

よる発表済の財政策緊縮に限れば、ユーロ圏全

体の景気底割れは回避される見込みである(図

表10)。

 ただし、貿易構造の違いによって、国ごとで

通貨安の恩恵に大きな差が生じることに留意す

(図表9)実質実効為替レートと輸出数量の推移(前年比、3カ月後方移動平均)

(資料)ECB

(%) (%)

ユーロ安・輸出増加

ユーロ高・輸出減少

▲30

▲20

▲10

0

10

20

30

40 輸出数量(左目盛)

2010200920082007200620052004200320022001200018

12

6

0

▲6

▲12

▲18

▲24

実質実効為替レート(右逆目盛)

(年/月)

PIIGS諸国の基礎的

財政収支赤字対名目GDP

比率削減幅

(図表10)PIIGS諸国の緊縮財政・通貨安が2010年ユーロ圏実質GDPに与える影響の試算

(%、寄与度)

実質実効為替レート減価率(2010年平均、前年比)

▲9.0 ▲6.0 ▲3.0

▲1.0 1.4 0.8 0.3

▲1.5 1.3 0.7 0.1

▲2.0 1.1 0.5 ▲0.1

▲2.5 0.9 0.4 ▲0.2

(資料)Eurostatなどをもとに日本総合研究所作成(注)欧州委員会の見通しによると、2010年のPIIGS諸国の基礎

的財政収支赤字対GDP比率の前年差は、ギリシャ(▲4.5%)、スペイン(▲1.8%)、ポルトガル(▲1.1%)、アイルランド

(▲3.4%)、イタリア(+0.1%)。

通貨安による輸出増加が景気を押し上げ。

緊縮財政が景気を押し下げ。

欧州委員会の見通しに従って各国の財政赤字削減が進展、足元水準の為替相場が持続するケース。

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−45−

る必要があろう。通貨安による恩恵に与りやす

い国の条件は、①PIIGS諸国向け輸出比率が低

く、②ユーロ域外向け比率が高く、③GDPに

対する輸出比率が高い国である。すなわち、ド

イツ・オーストリアなどでは、PIIGS向け輸出

の減少を域外向け輸出の増加が上回り、それが

成長率押し上げに作用する。一方、ポルトガ

ル・スペインなどでは、域内輸出が大きく減少

する一方、域外輸出増加のメリットも小さい

(図表11)。結果として、域内での景気格差は一

段と拡大する公算が大きい。

(2)雇用悪化の持続

 ここで、債務問題が顕在化しなかったとして

も、ユーロ圏景気の低迷は避けられなかったこ

とを指摘しておく。主因は、ユーロ圏での雇用

の改善の遅れである。すなわち、アメリカでは、

景気対策効果の顕在化もあり、昨年末以降緩や

かではあるが失業率が低下に転じているものの、

ユーロ圏の失業率は2010年入り後も上昇傾向に

歯止めがかからず、4月には10.1%と1998年6

月以来の水準まで上昇している(図表12)。

 雇用の先行きを見通すうえで、国ごとの情勢

をみると、失業者数増加の大半を占めるスペイ

ンとそれ以外の地域で、大きなばらつきが生じ

ている。まず、スペイン以外のドイツ・イタリ

ア・オランダなどでは、操業短縮制度などの大

規模な雇用対策の結果、2009年中の景気の大幅

な落ち込みにもかかわらず、失業率の上昇は小

幅にとどまっている。ドイツでは、輸出増加も

加わり、2009年7月以降失業者数が小幅ながら

も減少している。もっとも、これらの国々では、

これまでの雇用維持政策の副作用として労働分

配率が景気後退前と比べて高止まりしており、

根強い人件費調整圧力にさらされている。こう

した状況下、これらの国々では、失業率の顕著

な低下は期待し難く、逆に、企業がその負担に

耐えられなくなれば、雇用の悪化が今後一段と

進むリスクがある(図表13)。

 一方、スペインでは、住宅バブル崩壊に伴う

建設需要の減退を受け、失業率は20%に迫る水

準まで上昇している。厳格な解雇規制により、

新規正規雇用の採用が抑制された結果、バブル

(図表11)ユーロ圏各国の地域別輸出比率(2009年)

(資料)Eurostat

域外向けその他域内向けPIIGS諸国向け

マルタ

フィンランド

アイルランド

イタリア

スロバキア

ベルギー

オランダ

オーストリア

ドイツ

ルクセンブルク

スロベニア

ギリシャ

フランス

スペイン

キプロス

ポルトガル

ユーロ16

0 20 40 60 80 100(%)

(図表12)ユーロ圏失業率と失業者数の推移

(資料)Eurostat

(対2008年初差、万人) (%)

(年/月)

▲100

0

100

200

300

400

500

その他

ポルトガル

イタリア

スペイン

フランス

ドイツ

2010200920085

6

7

8

9

10

11

失業率(右目盛)

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Business & Economic Review 2010. 8

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崩壊以前の雇用拡大が専ら非正規雇用に限られ

ていたことも、急激な失業増加の一因となって

いる。実際、スペインでは深刻な景気後退にも

かかわらず、労働分配率の顕著な上昇はみられ

ず、非正規雇用が景気の調整弁となっているこ

とがうかがわれる。先行きを展望すると、解雇

規制を受け企業が新規採用に慎重な姿勢を維持

していることや、建設需要の持ち直しが当面期

待できないこと、などを背景に、建設業を中心

に雇用悪化が続く見通しである。

 以上を踏まえると、ユーロ圏の失業率は当面

上昇傾向が続くとみざるを得ない。所得雇用環

境の悪化が続くなか、個人消費も停滞が長期化

する見込みである(図表14)。

 個人消費を抑制する要因は所得雇用環境の悪

化持続にとどまらない。2008年末以降各国で導

入されてきた自動車購入支援策は、昨年秋のド

イツをはじめとして相次いで終了している。

2000年から2008年までの実質GDP成長率と新

車販売台数との関係を基に、同対策による販売

台数押し上げ効果を試算すると、2009年は215

万台と年間販売台数の2割に相当する。これは

いわば需要の先食いであり、今後2011年にかけ

て、その反動減が顕在化する可能性が高い(図

表15)。

(3)イギリス新政権の政策運営

 イギリスでも、ユーロ圏とほぼ同様の問題を

抱えている。すなわち、2008年秋以降に打ち出

された大規模な景気対策により景気は持ち直し

に転じた。もっとも、本年入り以降、対策打ち

(図表13)欧州各国の労働分配率の推移

(資料)Eurostat(注)労働分配率は名目雇用者報酬÷名目GDP。

(%) (%)

(年/期)

46

47

48

49

50

51

52

53

ユーロ圏

20102009200820072006

スペイン

フランス

ドイツ

オランダ

39

40

41

42

43

44イタリア(右目盛)

(図表14)ユーロ圏失業率と小売売上数量の推移

(資料)Eurostat

(2005年=100) (%)

99

100

101

102

103

104

105

106

小売売上数量(左目盛)

20102009200820072006200510.5

10.0

9.5

9.0

8.5

8.0

7.5

7.0

失業率(右逆目盛)

(年/月)

(図表15)ユーロ圏自動車販売台数の推移

(百万台) (%)

(予測)

(年)

(資料)Eurostat(注)押し上げ効果は、以下の推計式に基づく2009年販売台数推計

値と実績の乖離値。2010年・2011年にかけて反動減を仮定。   販売台数= +β×(実質GDP成長率)   推計期間2000年~2008年、修正R2=0.61

8

9

10

11

12

13

政策効果

販売台数

201020082006200420022000▲5

0

5実質GDP成長率(右目盛)

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切りに伴う反動減が顕在化している。一方で、

対策の副作用として急拡大した財政赤字が懸念

視され始めている。

 こうした状況下、5月6日に実施された総選

挙では、歳出削減を旗印に掲げていた保守党が、

景気対策の必要性を訴えていた与党・労働党に

勝利した。もっとも、保守党は、単独過半数を

獲得できず、労働党と同様に景気重視の姿勢を

示していた自由党との連立政権を余儀なくされ

た。こうした政治情勢に加え、景気対策の効果

が一巡し始めたという経済情勢もあり、新政権

による歳出削減は、年内60億ポンドと名目

GDP比0.1%程度にとどまる見通しである。こ

の結果、2010年のイギリス経済が財政面から大

きく悪化するというリスクは軽減している。

 その代償として、2010年のイギリスの財政収

支対名目GDP比は、先進国で最悪となる見込

みである。景気が脆弱さを拭えず、また、財政

再建の手法をめぐる連立与党間の政策に距離が

あることから、大幅な財政赤字削減には踏み切

れないとみられるものの、2011年以降は財政赤

字削減に向けた歳出削減が、景気下押し要因と

なってくるだろう。

 なお、欧州の信用不安につられる形で、対ド

ル・対円でポンド安が進行しており、ユーロ圏

同様輸出増加が期待されるところである。しか

しながら、主な貿易相手先であるユーロ圏に対

してはポンド高が進んでいるため、ユーロ圏と

は異なり、輸出増加を通じた景気の下支えに多

くは期待できない(図表16)。

4.2010〜2011年の欧州経済見通し

─ゼロ成長が長期化

 以上の分析を踏まえたうえで、2010〜2011年

の欧州経済を展望すると、2008年秋以降打ち出

されてきた景気対策の反動が顕在化すると同時

に、財政支出削減の動きから、ユーロ圏、イギ

リスともに、おおむねゼロ%近傍の脆弱な成長

が続く見通しである。

①ユーロ圏

 2010〜2011年のユーロ圏景気は、①自動車を

はじめとした既往景気対策の反動が顕在化する

こと、②PIIGS諸国を中心に財政赤字削減が本

格化すること、などから、2010年秋にかけてマ

イナス成長に転じる見通しである。一方、2010

年秋以降は、ユーロ安効果の顕在化により域外

向け輸出の一段の増加が見込まれ、小幅ながら

プラス成長に転じると期待される。もっとも、

所得雇用環境の悪化が続くなか、個人消費を中

心に内需は停滞が続くとみられ、外需依存が一

段と強まる展開が予想される。

 この結果、ユーロ圏の実質GDPは、2010年

通年で前年比+0.4%、2011年通年では同+0.6

%と2年続けてゼロ%台の低成長となる見通し

である(図表17)。

 物価面では、ユーロ安により輸入物価が上昇

するものの、①緊縮財政を進めるPIIGS諸国を

中心に一部の国でデフレが一段と深刻化するこ

と、②失業率の上昇が続くなか、賃金抑制圧力

(図表16)イギリスの地域別輸出入比率(2009年)

(%)

輸 出 輸 入

合 計 100.0 100.0

E U 52.8 55.1

ユーロ圏 45.2 49.4

ドイツ 12.9 11.1

フランス 6.6 8.0

PI IGS 11.6 15.9

その他 14.1 14.4

その他EU加盟国 7.6 5.7

EU域外 47.2 44.9

アメリカ 9.8 14.7

中 国 8.9 2.3

日 本 2.0 1.5

その他 26.6 26.5

(資料)Eurostat

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が強まることから、2011年にかけてゼロ%台前

半まで伸びが鈍化していく見通しである。

②イギリス

 2010〜2011年のイギリス景気は、景気対策の

効果剥落に伴い、2010年央以降、減速傾向が一

段と強まる見通しである。その後も、通貨安の

恩恵が限定的にとどまるなか、①家計のバラン

スシート調整、②主力産業である金融業の低迷、

③2011年以降の財政赤字削減、等が景気下押し

要因となり、低成長から抜け出るのは困難とみ

られる。この結果、通年では、2010年は前年比

+0.4%、2011年は同+0.3%とユーロ圏同様2

年連続でゼロ%台成長にとどまる見通しである

(図表18)。

 物価面では、減税終了やポンド安に伴うエネ

ルギー輸入物価の上昇が押し上げに作用し、当

面前年比+3%台での高止まりが続く見通しで

ある。もっとも、景気の低迷を背景にマイナス

の需給ギャップが続くため、減税終了による押

し上げ効果が一巡する2011年以降は、1%台半

まで伸びが鈍化する見通しである。

主任研究員 牧田 健

(2010. 6. 18)

(図表17)ユーロ圏経済見通し

(前年比、四半期は季節調整済前期比年率、%、%ポイント)

2010年 2011年 2009年(実績)

2010年(予測)

2011年(予測)1〜3 4〜6 7〜9 10〜12 1〜3 4〜6 7〜9 10〜12

実質GDP 0.8 ▲0.1 ▲0.1 0.3 0.7 0.8 0.9 1.0 ▲4.1 0.4 0.6

個人消費 ▲0.4 ▲0.2 ▲0.2 ▲0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 ▲1.2 ▲0.1 0.0

政府消費 2.6 2.0 0.8 0.8 0.3 0.3 0.3 0.3 2.7 1.6 0.6

総固定資本形成 ▲4.3 ▲3.9 ▲3.5 ▲2.8 ▲2.4 ▲2.3 ▲1.0 0.0 ▲10.9 ▲4.3 ▲2.4

在庫投資 3.8 ▲0.6 ▲0.4 ▲0.1 0.0 ▲0.1 0.0 0.0 ▲0.8 0.9 ▲0.1

純輸出 ▲2.3 1.0 0.9 0.9 1.0 1.2 0.9 0.8 ▲0.8 0.1 1.0

輸  出 10.4 6.5 7.2 9.2 10.7 11.5 7.3 6.1 ▲13.2 7.8 9.1

輸  入 17.1 4.1 5.1 7.3 8.5 8.9 5.5 4.5 ▲11.9 7.6 7.0

予測

(資料)日本総合研究所作成(注)在庫投資、純輸出の年間値は前期比寄与度、四半期値は前期比年率寄与度。

(図表18)主要国別経済成長率・物価見通し

(前年比、実質GDPの四半期は季節調整済前期比年率、%、%ポイント)

2010年 2011年 2009年(実績)

2010年(予測)

2011年(予測)1〜3 4〜6 7〜9 10〜12 1〜3 4〜6 7〜9 10〜12

ユーロ圏 実質GDP 0.8 ▲0.1 ▲0.1 0.3 0.7 0.8 0.9 1.0 ▲4.1 0.4 0.6

消費者物価指数 1.1 0.8 0.6 0.5 0.1 0.2 0.2 0.3 0.3 0.7 0.2

ドイツ 実質GDP 0.6 0.6 0.7 1.0 1.2 1.2 1.2 1.4 ▲4.9 1.0 1.1

消費者物価指数 0.8 0.7 0.8 0.9 0.8 0.8 0.8 0.8 0.2 0.8 0.8

フランス 実質GDP 0.5 0.5 0.6 0.9 1.0 1.0 1.2 1.4 ▲2.5 0.9 1.0

消費者物価指数 1.5 1.4 1.2 1.1 0.7 0.9 0.9 0.9 0.1 1.3 0.8

イギリス 実質GDP 1.2 0.4 0.2 0.2 0.3 0.3 0.4 0.4 ▲4.9 0.4 0.3

消費者物価指数 3.3 3.7 3.3 3.1 2.5 1.6 1.6 1.6 2.2 3.3 1.8

予測

(資料)日本総合研究所作成