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1.問題のありかと本研究の目的 習得研究において学習者の中間言語の実態を知ることは必須である。学習者の自然な産出データの 中でも、学習者の母語、目標言語レベル、学習暦、滞日暦などの必要な情報が明確で、データ収集手 続きが統一されたデータを利用することは、研究の質の面から望ましい。日本語の話し言葉の学習者 コーパスはまだ少なく、大曾(2006)によると、KY コーパスのほか 、名古屋大学留学生センター で公開されている2コーパス web 上で公開されているいわゆる「上村コーパス 」、東京外国語大 第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約 KY コーパスとインタビューコーパスとの比較から恵子 本稿は、日本語の習得研究にしばしば用いられている KY コーパス(鎌田、山内 1998)を対象に、条件表現の使用に焦点を当て、堀(2004ほか)が作成したインタ ビューコーパスと比較対照することで、コーパスデータの違いが条件表現の使用に及 ぼす影響を検証した。条件表現の使用は、堀が作成したインタビューコーパスのほう が初出時が早く、全体の使用頻度においても高いことが明らかになった。そこから、 KY コーパスにもとづいて学習者の習得順序を一般化するには問題となるバイアスが 見られることを指摘した。2つのコーパスの間で相違点が生じた原因として、(1) コーパスサイズが小さいこと、(2)KY コーパスが口頭能力試験であることから来 る学習者の不安と、言語使用の回避が見られる可能性、(3)口頭能力試験であるた めの話題の偏りの影響、の3点が考えられる。今後は習得研究のためにはより大きな 規模の学習者コーパスを利用することの必要性を指摘した。 キーワード:コーパス分析、条件表現、ACTFL OPI、自然発話データ、口頭能力試験 人間科学総合研究所客員研究員 文部省科学研究費補助金 基盤研究(A)「第2言語としての日本語の習得に関する総合研究」研究課題番号 08308019(研究代表者カッケンブッシュ寛子)において、鎌田修氏と山内博之氏が中心となり集められた OPI データベースである。 科学研究費補助金基盤研究(B)(2)「研究留学生にみられる日本語発話能力の変化と日本語使用環境に関す る基礎研究」(研究代表者:尾崎明人)で収集された学習者データの一部と、同じく科研費による「就労を目的と して滞在する外国人の日本語習得過程と習得にかかわる要因の多角的研究」(研究代表者:土岐哲)で収集された ブラジル人8名のデータである。 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012) 95‐118 95

第二言語としての日本語習得過程研究における学習 …は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

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1.問題のありかと本研究の目的

習得研究において学習者の中間言語の実態を知ることは必須である。学習者の自然な産出データの

中でも、学習者の母語、目標言語レベル、学習暦、滞日暦などの必要な情報が明確で、データ収集手

続きが統一されたデータを利用することは、研究の質の面から望ましい。日本語の話し言葉の学習者

コーパスはまだ少なく、大曾(2006)によると、KYコーパスのほか1、名古屋大学留学生センター

で公開されている2コーパス2、web上で公開されているいわゆる「上村コーパス3」、東京外国語大

第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約―KYコーパスとインタビューコーパスとの比較から―

堀 恵子*

本稿は、日本語の習得研究にしばしば用いられている KYコーパス(鎌田、山内

1998)を対象に、条件表現の使用に焦点を当て、堀(2004ほか)が作成したインタ

ビューコーパスと比較対照することで、コーパスデータの違いが条件表現の使用に及

ぼす影響を検証した。条件表現の使用は、堀が作成したインタビューコーパスのほう

が初出時が早く、全体の使用頻度においても高いことが明らかになった。そこから、

KYコーパスにもとづいて学習者の習得順序を一般化するには問題となるバイアスが

見られることを指摘した。2つのコーパスの間で相違点が生じた原因として、(1)

コーパスサイズが小さいこと、(2)KYコーパスが口頭能力試験であることから来

る学習者の不安と、言語使用の回避が見られる可能性、(3)口頭能力試験であるた

めの話題の偏りの影響、の3点が考えられる。今後は習得研究のためにはより大きな

規模の学習者コーパスを利用することの必要性を指摘した。

キーワード:コーパス分析、条件表現、ACTFL OPI、自然発話データ、口頭能力試験

* 人間科学総合研究所客員研究員1 文部省科学研究費補助金 基盤研究(A)「第2言語としての日本語の習得に関する総合研究」研究課題番号08308019(研究代表者カッケンブッシュ寛子)において、鎌田修氏と山内博之氏が中心となり集められた OPI

データベースである。2 科学研究費補助金基盤研究(B)(2)「研究留学生にみられる日本語発話能力の変化と日本語使用環境に関する基礎研究」(研究代表者:尾崎明人)で収集された学習者データの一部と、同じく科研費による「就労を目的として滞在する外国人の日本語習得過程と習得にかかわる要因の多角的研究」(研究代表者:土岐哲)で収集されたブラジル人8名のデータである。

東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012) 95‐118 95

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学 COEの BTSによる多言語話し言葉コーパス中の学習者同士の会話4が主なものである。近年、国

立国語研究所のプロジェクト『日本語教育データベースの構築-日本語学習者会話データベース』が

公開されている。

このように学習者の自然発話を集めたコーパスは徐々に増えつつあるが、その中で KYコーパス

は、「ACTFL5 言語運用能力基準―話技術」にしたがって行われた初級から超級までの、英語、中国

語、韓国語を母語とする学習者30名ずつ、合計90名に対するインタビューデータである。標準的能

力判定のついた会話データとして貴重であるため(鎌田2006)、これまでの習得研究において多用さ

れてきた(たとえば、許2000、坪根2002、山内2004など)。

インタビューは、OPI(Oral Proficiency Interview)と呼ばれ、最長30分でテスターが与えた質問や

タスクに受験者が応答し、それを録音してレベルを判定するという形で口頭能力を測るものである。

インタビューは、標準化された構成に従ってなされる。習得レベルは、初級、中級、上級、超級とい

う主要レベルと、さらに上級以下は上、中、下の下位レベルに分けられる。

条件表現の習得研究では、ニャンジャローンスック(2001)が KYコーパスを利用している。条件

表現の意味用法を前田(1991)、高橋(1998)に基づいて6つに分類し、OPIのどのレベルから産出

が見られるかを含意尺度(Hatch & Lazaraton1991)を用いて示し、条件表現の意味用法の習得順序を

示した。

ただし、ニャンジャローンスックは、条件表現を表す形式ト・バ・タラ・ナラの違いには着目して

おらず、どの形式から習得されるのかは示していない。

一方、堀(2004a、2005a、2005b、2005c、2008)は同じインタビューながら、OPIではなく、新

たな自然発話データのコーパスを作成している。そこでは、インタビューに先だって研究協力者の

OPIレベルを測定したあと、5つの話題を決めて、過去、現在、未来に関して30分間、極力和やか

な雰囲気の中で会話を行い、録音して収集している。コーパス調査の結果、①中級―下の英語話者が

条件表現の3つの意味用法を産出していること(KYコーパスでは産出が見られない)、②中級―下

の中国語話者が KYコーパスには見られない意味用法も産出していること、の2点をはじめ、いくつ

かの点においてニャンジャローンスック(2001)の分析とは異なった結果を示している(後述)。

鎌田(2006)は、KYコーパスについて、OPIデータに関わる留意点として、「自然発話」といっ

ても能力測定を行うためのものであること、テスターは受験者に応じて話題を選ぶため各データは独

自の話題からなることを挙げている。これら OPIの重要な特性は、習得研究としてのデータ利用と

いう観点から見ると何らかのバイアスをかけるものである可能性が出てくる。ニャンジャローンスッ

ク(2001)と堀(2004aほか)は、扱ったコーパスデータ、意味分類の観点、データ分析の方法のい

3 平成8―10年度文部省科学研究費補助特定領域研究「人文科学とコンピュータ」公募研究(「日本語会話データベースの構築と談話分析」研究代表者:上村隆一)4 東京外国語大学大学院地域文化研究科21世紀 COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」『BTSによる多言語話し言葉コーパス―日本語会話2』5 ACTFLは The American Council on the Teaching of Foreign Languages(全米外国語教育協会)の略である。

96 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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ずれもが異なっており、異なる結果がどの要因によって引き起こされたのか検証できない。

そこで本研究では、KYコーパスをデータとし、堀(2004aほか)の意味分類の観点、データ分析

の方法を用いて、コーパスによる影響を検証することを目的とする。

2.KYコーパスの概要

本章では、前章で紹介した KYコーパスと、そのインタビュー形式である OPIについて述べる。

2.1 OPI の概要

『ACTFL-OPI試験官養成マニュアル1999年改訂版』(以下、『OPIマニュアル』)によると、OPI

とは、口頭能力を測るテストである。その構成は、①被験者を目標言語に慣れさせる導入部、②被験

者が充分にこなせる言語機能と内容領域を特定し下限を決定する「レベルチェック」と、上限を見極

めるために言語的挫折を起こさせる「突き上げ」を数回繰り返す反復過程、③楽に維持できるレベル

に戻す終結部、の3つからなる。また、インタビューの終わりの3分の1程度を使ってロールプレイ

を行い、会話のやりとりでは抽出できない言語機能を果たせるかどうかを判断する。

OPIの判定は4つの評価基準に基づく。すなわち、①言語を使って何ができるかという総合的タス

ク、あるいは機能、②言語が使われる社会的場面 contextと話題領域 content areas、③正確さ、④テキ

ストの形(単語~複段落)である。そのうちの正確さとは、文法、語彙、発音、流暢さ、社会言語的

適切さ、適切な談話管理ストラテジーの使用を含み、従来言語能力を測るときに考慮されてきた文

法、語彙、発音だけでなく、幅広い観点から評価される。表1は、4つの主要レベルの判定尺度を表

す。

先に示した OPIの構成のうち、「レベルチェック」と「突き上げ」を繰り返す主要部分では、学習

者は言語的挫折 linguistic breakdownを引き起こす。言語的挫折とは、言語的にこれ以上対処できない

という上限を示す現象で、①言語形式、語順が不正確になる、②発話の行き詰まり、③言い換え:目

標言語を使用しないで母語やその他の語句に依存する、④回避:言いたいことが難しいため楽なレベ

ルではぐらかそうとする、⑤流暢さの喪失、⑥非言語的指標:視線を合わせない、赤面など、といっ

た形で現れる。このように、言語の上限を示す証拠を得るために言語的挫折を数回起こさせること

は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-

chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

表1 ACTFL 判定尺度の記述

超級 意見の裏付けができる、仮説が立てられる。具体的な話題も抽象的な話題も議論できる。言語的にも不慣れな状況に対応できる。

上級 主な時制/アスペクトを使って叙述、描写できる。複雑な状況に対応できる。

中級 自分なりに言語が使える、よく知っている話題について簡単な質問をしたり応えたりできる。単純な状況や、やりとりに対処できる。

初級 コミュニケーションができるのは、決まり文句、暗記した語句、単語の羅列、簡単な熟語でのみ。

97堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

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ために、受験者は失敗をしないよう難しい文法を回避6し、確実に話せる表現を使うことも予測され

る。

2.2 KYコーパス概要

2.2.1 KYコーパスのデータ

KYコーパスは、英語、中国語、韓国語の被

験者の数がそれぞれ初級5名、中級10名、上

級10名、超級5名の合計30名 ず つ の OPI

データである。ただし、下位レベルではデータ

数は同じではなく、表2のようにばらつきがあ

る。また、『OPIマニュアル』は1999年に改訂

され、上級の下位レベルも上、中、下の3段階

に分けられるようになったが、KYコーパスは

それ以前のデータであるため上級は2段階にのみ分けられている。その点が現在実際に行われている

OPIとは異なり、1999年以降に行われた研究と比較するときに注意を要する。

2.2.2 KYコーパスに見られる特徴

本項では、KYコーパスの特徴として、発話の中によく現れる話題と、上級以上でレベル判定のた

めに行われる抽出テクニックについてその特徴を述べる。

『OPIマニュアル』によると、初級、中級レベルではテスターの態度として「励ますような態度

で」被験者から充分に発話を引き出すよう努めなければならない。無理なく充分に発話を引き出すた

めに、話題は身近なことを選んで、1つの話題について徹底的に話させることが必要である。身近な

話題の例としては、住んでいる町の様子(『OPIマニュアル』)、趣味、日課(牧野ほか2001)が挙げ

られる。

そこで、KYコーパス90発話のうち、3分の1に当たる中国語話者30名のデータについて、話題

を調べた。その結果、1日の過ごし方、1週間の過ごし方、休日の過ごし方の3つの話題を含むもの

が合計で25発話、料理の作り方を含むものが6発話あった(表3)。

これらの話題では物事を順に行うことを表すため、特定の言語表現の使用が多く見られる。例 aは

中級―下(CIL027)であるが、継起のて形とタラ、カラ(誤用)の使用が多く見られる。

a. T :あのー、普通の日、たうん例えばきのうはね、〈はい〉きのうはいちにちなにをーしまし

た、〈きのう〉ちょっといちにち朝からね、夜寝る前、で、Sさんのいちにちをちょっと教

6 Schachter(1974)は、日本人学習者が困難であると感じる関係代名詞の使用を回避することを指摘している。7 KYコーパスのファイル名で、被験者の国、レベル、番号を表す。Cは中国、ILは中級―下である。以下、同様。

表2 KYコーパスのレベル別発話数の内訳(鎌田2006を基に一部改変)

略記 英語 中国語 韓国語 合計超級 S 5 5 5 15上級―上 AH 7 7 7 21上級 A 3 3 3 9中級―上 IH 2 3 2 7中級―中 IM 4 4 6 14中級―下 IL 4 3 2 9初級―上 NH 2 2 2 6初級―中 NM 2 2 1 5初級―下 NL 1 1 2 4合計 30 30 30 90

98 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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えてください

S :あれー、〈ええ〉朝は、〈え

え〉んー起きるときちょと

遅いですから恥ずかしい、

〈うん〉えー7時半ごろ、

〈はい〉起きますから、

ちょとーパンあ焼いて、

コーヒーもー、作り旦那さ

んと一緒に食べます、〈は

い〉ん ー、食 べ ま す か

らー、もう洗濯物、洗濯し

たら干して、〈ええ〉あと

はー掃除機掃除します、

〈ええ〉時々新聞も、読み

ます、(後略) (下線は

筆者)

「料理の作り方」においても継起

のて形および、「てから」とタラの

使用が見られる(例 b. CIH01)。

b. T :何か一つ作り方を教えてく

ださい

S :たとえば、うん〈うん〉まず、うん、油、鍋に入れて、〈えー〉熱くなって、あと、しょう

ゆ、ねぎ、〈ねぎ、ええ〉ねぎ、油が、あた、あた、あああれ、熱くなったら、〈はい〉必

ず、ねぎ入れて、〈ええ〉ねぎ、いって、いってから、肉を、入れて、その肉は、ん、その

味はおいしくなります

全体の3分の2の発話でこれらの話題が取り上げられていることは、て形、タラ、「てから」など特

定の言語形式の抽出につながり、OPIデータであることがバイアスを招いていると言わざるを得ない。

次に、『OPIマニュアル』によると、超級と上級の可能性がある被験者には、「トリプルパンチ」を

与えて、反応を見なければならない。「トリプルパンチ」とは、ある事柄について充分に叙述/描写

させたあと、①裏付けのある意見を求め、②それに反対してみせて反論を引き出し、③さらに議論を

展開して仮説的な意見を要求する(「もし~という状況だったら」という想定案を出させる)、という

3つのステップからなる一連の抽出法である。「トリプルパンチ」に対して発話全般にわたって対応

できれば超級であり、ある程度対応できれば上級となり、その割合によって下位レベルを判断する。

「トリプルパンチ」では仮説的な意見を求めるため、質問文は「~という状況だったら」のように

表3 「1日の過ごし方、1週間の過ごし方、休日の過ごし方」を取り上げている発話

OPIレベル 発話 話題

初級―中 CNM02 1日の生活

中級―下 CIL01 1日の生活

中級―下 CIL02 1日の生活

中級―下 CIL03 1日の生活 休みの日の過ごし方 料理の作り方

中級―中 CIM02 休みの日の過ごし方

中級―中 CIM04 1日の生活 料理の作り方

中級―中 CIM05 1日の生活 料理の作り方

中級―上 CIH01 料理の作り方

中級―上 CIH02 1日の生活

中級―上 CIH03 休みの日の過ごし方 料理の作り方

上級 CA01 休みの日の過ごし方

上級 CA02 1日の生活

上級 CA03 1日の生活

上級―上 CAH01 1日の生活

上級―上 CAH02 料理の作り方

上級―上 CAH03 休みの日の過ごし方

上級―上 CAH06 休みの日の過ごし方

超級 CS01 1週間の生活

超級 CS03 休みの日の過ごし方

超級 CS05 1日の生活

合計発話数 12 7 6

99堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

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条件表現を使うことが多く、それを受けて答える被験者にも条件表現の使用を促すことになる可能性

がある。表4は、KYコーパスのうち上級以上の中国語話15名の発話に見られるトリプルパンチの

要素を示したものである。15発話のうち、仮説的な意見を求められた発話データは7つである。

以上のように、KYコーパスは口頭能力試験であり、被験者の発話サンプルを抽出するためにレベ

ルに応じた話題が用いられる。その結果、抽出される言語形式にも偏りのある可能性が明らかになっ

た。

鎌田(2006)は、「OPIデータに関わる留意点」として、出現する語彙はデータごとに異なり一般

化は困難であると指摘しているが、文法項目の研究においても話題の偏りから来るバイアスが生じる

可能性が明らかになった。

3.堀コーパスについて

3.1 堀コーパスの概要

堀コーパスとは、堀(2004aほか)が作成したインタビューコーパスで、16名の学習者に対して

表4 KYコーパス中の上級以上の中国語話者に対して行われた「トリプルパンチ」の要素

CA01 市役所の環境課として提案を求める

CA02 中国の資本主義化に対する意見を求める

CA03 尖閣諸島問題について意見を求める

政府の人として領土問題の解決方法を求める

CAH01

首相を仮定しての公害の対策を求める

先生になるとしたらどちらでなるか

首相として教育の質向上対策を求める

CAH02

残留孤児について意見を求める

日中関係についての意見を求める

政治力があったら入管のやり方をどうするか

CAH04

ニュースに対する意見を求める

中国の首相として対応を尋ねる

台湾と中国の将来の関係への意見を求める

中台統一主義への反論をする

CAH05

意識の変化に対する意見を求める

指導者として意識変革への対処方法を求める

教育界の指導者として対策を求める

管理教育への意見を求める

CAH06

日本男性の家事態度への意見を求める

日本の首相として家事参加対策を求める

CAH07

教育問題への意見を求める

文部大臣として教育問題への対策を求める

中国の資本主義化に関する意見を求める

反対意見への反論をする

CS01 戦後処理に関する意見を求める

CS02 日本人大学生への提言を求める

CS03 高齢の国会議員に対する意見を求める

環境汚染に対する意見を求める

留学生へのアドバイスを求める

未婚の母に対する意見を求める

クウェート支援に対する意見を求める

CS04 台中関係について意見を求める

アルバイト学生に対する考えを質問する

酔っ払いについて何を思うか

PKO派遣について意見を求める

選挙でのマスコミの役割について意見を求める

CS05 核家族に対する意見を求める

PKO派遣について意見を求める

市への要望

100 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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インタビューを行い、録音、書き起こしをしたものを

指す。また、比較のため同様の手続きで母語話者を対

象にインタビューを行い、母語話者コーパスを作成し

た。

堀(2004aほか)は、高等教育機関で日本語を第二

言語として学ぶ学生に必須の言語使用領域として4つ

の領域を挙げている(表5)。堀コーパスは、このう

ち「改まった会話」に相当するコーパス

として構築された。この「改まった会

話」とは、口頭表現のうち、学生が教師

や年長者を相手として日常会話や授業中

の話し合いで使用するていねいな文体を

用いた会話のことである(表5中の

★)。

また、並行して作成した母語話者コーパスでは、条件表現には方言による使用の偏りが指摘されて

いる(田尻1992)ことから、調査対象を関東地方の出身者に限った。既成の母語話者による改まっ

た文体の自由な自然会話のコーパスには、「名大会話コーパス8」「上村コーパス」があるが、前者の

調査対象者には名古屋地方を中心とした地域の話者が多く、後者は調査対象者の出身は公開されてい

ない9ため、条件表現の分析対象としてふさわしくないと判断した。

3.2 学習者コーパス

中国語、韓国語、英語、タイ語を母語とする中級・上級の学習者各2名、合計16名に対して、各

5回10インタビューを行い、録音、書き起こしを行った。インタビューの詳細は下記の通りである。

調査協力者:中国語、韓国語、英語、タイ語を母語とする中級・上級学習者各2名、合計16名

調査協力者の属性:大学別科生・学部生・大学院生・大学院研究生

年齢:10代後半から30代前半

性別:女性10名、男性6名

日本語能力レベルの判定基準:ACTFL−OPIによって、テスターである筆者が判定した。

調査協力者のレベル判定別の発話数の内訳を表6に示す。以下では、判定の段階を、下位レベルも

含めて、「OPIレベル」と呼ぶことにする。

8 「名大会話コーパス」科学研究費基盤研究(B)(2)「日本語学習辞書編纂に向けた電子化コーパス利用によるコロケーション研究」(平成13年度―15年度、研究代表者:大曾美惠子)9 私信にて、コーパス作成者の上村氏に確認した。10 ただし、中級-下の英語話者1名に対するインタビューは録音機器の都合上、4回となった。

表5 高等教育機関における学習者の目標言語使用領域

表現形態 目標言語使用領域

口頭表現

学生同士のくだけた日常会話改まった会話:教師や年長者が相手の日常会話や授業中の話し合い★ゼミ・学会等における口頭での研究発表

文章表現

レポート、試験の答案、研究計画書、卒業論文等の論文作成

表6 調査協力者のOPI レベル別発話数の国別内訳

OPIレベル 略記 英語 中国語 韓国語 タイ語 合計上級―上 AH 0 5 5 0 10上級―中 Am 10 5 0 5 15上級―下 AL 0 0 5 5 10中級―上 IH 5 0 5 0 10中級―中 IM 0 5 5 10 20中級―下 IL 4 5 0 0 9合計 19 20 20 20 79

101堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

Page 8: 第二言語としての日本語習得過程研究における学習 …は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

インタビューの話題は、無理なく話し続けられる身近なテーマを選び、毎回過去・現在・未来につ

いて話せるような質問項目を設けた(表7参照)。インタビューはほぼ敬体で行われた。

3.3 母語話者コーパス

学習者コーパスと対比できるように、同じ手続きで成人の日本語母語話者男女2名ずつ(20代後

半から40代後半)、計4名に対し、1回30分のインタビューを各5回、合計600分間、筆者がイン

タビューアーとして行い、録音、書き起こしを行った。これを母語話者コーパスと呼ぶ。書き起こし

文字数は約18万字で、条件表現の用例は、1,041例であった。

4.これまでの日本語条件表現に関する研究と習得研究

4.1 日本語条件表現に関する先行研究

ニャンジャローンスック(2001)と堀(2004aほか)の条件表現の分類には異同が見られる。以下

では、日本語条件文に関する先行研究を概観し、日本語学の立場から用法を分類した先行研究が日本

語教育においては必ずしも有効でないことを示す。その後、日本語教育の立場から学習者にとってわ

かりやすい分類を試みた堀(2004aほか)の分類を提示し、次章ではそれによって KYコーパスの分

類を行い、KYコーパスと堀コーパスの比較を行う。

なお、本稿ではト・バ・タラ・ナラの4形式を「条件形式」と呼び、条件形式を含む句以上のもの

を「条件表現」、後件と前件を持つ文を「条件文」とする。

条件文は、主節である後件の成立が前件に依存しているため、これまでその成立・未成立が条件文

の分類の観点として取り上げられてきた。

古語では「未然形+バ」が「仮定条件(事柄が未成立)」、「已然形+バ」が「確定条件(事柄が成

立)」を表す。これに対し松下(1928)は、古語と現代語との対応において、仮定条件の中に「現然

仮定(いわゆる一般条件・恒常条件)」を置いたが、これは形の上で「已然形+バ」と対応するもの

である(表8中の例 e)。また、松下(1928)は確定条件の中に「偶然確定」として、必然的な因果

関係のない、すでに起こった事柄を表す用法を指摘した(表8中の例 f,g,h網かけ部分)。

古語の2つの条件形が現代語では「仮定形+バ」に収束されたが、活用の形の上では「已然形+

表7 インタビューコーパスにおける主な話題

回 過去 現在 未来1大学院生活

大学に入ったきっかけ 大学での研究内容、授業の様子、期待と一致していたか

今後の研究の方向、授業に望むこと

2子どもの頃

子どもの頃の思い出、勉強やスポーツ

家族構成など 結婚・将来の家庭に望むこと、子どもに対する期待

3町の様子

育った町・旅行で行った町の様子、今と過去の町の様子

現在住んでいる町の様子 将来住みたいところ、旅行してみたいところ

4仕事、手伝い

家庭での手伝い、アルバイト歴、過去の職歴

趣味、休みの日の過ごし方、家事の分担

結婚後の家事の負担、将来の家庭像、パートナーの職業

5研究

大学(院)の生活を振り返って、印象に残ったこと

趣味、現在の課題 修了後の進路、将来の夢

102 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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バ」を継ぐものであり、もともと「已然形+バ」に松下(1928)のいう「現然仮定」や「偶然確定」

が見られ、それらが現代語のバにも引き継がれ、バが仮定条件を表す形式になりえたという歴史的変

遷過程をたどるものだと言われている(阪倉1958)。また、ここから、バの仮定条件には一般条件・

恒常条件といわれる一般的・非個別的傾向が指摘され、一方、タラ・ナラには個別的傾向が指摘され

ている(山口1969、国立国語研究所1964ほか)。このように条件表現の分類に際して、前件の事態

がすでに起きたか否かという事実関係と、「一般的な因果関係」か「個別的事態間の依存関係」(益岡

1993)かという恒常性に着目して分類がなされてきた。例えば、庵(2001)では、「仮定条件、反事

実的条件、確定条件、恒常的条件、事実的条件、条件を表さないト、タラ」に分類している。

一方、話者の事柄に対する判断に着目した研究もある(McGloin1976-77、小出ほか1981、久野

1973)。McGloin(1976-77)は、バには前件に対する肯定的な態度があると述べ、小出ほか(1981)

は、バの後件は社会的通念から期待される内容が来るが、ト・タラは期待・反期待とは関係ないと述

べている。

さらに Akatsuka(1983、1998)は、事柄に対する期待を「望ましさ Desirabilityの仮説」と呼んで

いる。「望ましさ Desirabilityの仮説」とは、条件文を用いた発話行為が遂行できるのは、話し手の意

図と心的態度を表す「望ましいことが望ましいことを導く/望ましくないことが望ましくないことを

導く」という原理が働くからであるという仮説である。Akatsuka(1983、1998)は、条件文は話者の

心的態度を表すと述べており、反事実文だけでなく、自然言語の条件文全般に当てはまると主張して

いる。

以上のこれまでの条件表現の分類には、日本語教育の観点から2点の問題がある。第一に、前件の

条件のあり方によって分類しているが、文を生成する立場に立つと、どのような機能を果たす文であ

るかが重要である。しかし、「確定条件」「一般条件」「恒常条件」などという命名は、文の機能を表

さない。学習者にとって言語が果たす機能、すなわち表現意図が分かる命名であることが望ましい。

第二の問題として、先行研究では用例を小説・シナリオなどから取っていることが多い。実際の生

表8 松下(1928)による条件表現の分類と、それに相当する現代語の形式

松下(1928) 古語 口語 現代語(堀)

仮定

未然仮定完了 花咲かば見む

未然形+バ

たら(ば) たら(ば)、ば

非完了 君行かば我も共に行かむ なら(ば)なら(ば)、んだったら

現然仮定(一般)e.酒を飲めば酔う

已然形+バ

一般的:ば、と、具体的:ては(マイナスの意味)

ば、と、ては、たら

確定

必然確定(特殊)(因果関係) 今日は雨降れば客なし 因果関係=から

から、ので

偶然確定

単純性 古き都を来てみれば浅茅が原とぞなりにける

ば、と、たら、なら

f.芝居へ行ったら友だちが来ていた/電車に乗ると雨が止んだ

たら、と

反予期 暮るるかと見れば明けぬる夏の夜を飽かずとや鳴く山時鳥

g.誰かと思えば君ですか。/様子を聞けば一つも知らない

ば、たら、と

対等性 桃も咲けば桜も咲きぬ h.花も咲けば鳥も鳴く 慣用表現

103堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

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活において使う場合、あるいは、アカデミックな場面において使う場合も、小説・シナリオなどから

取った用例に基づく分類に準じてよいのか。これはそれぞれの言語使用領域を代表するコーパスに基

づいて検証しなければ明らかにできない。

以上の問題の一端を解くために、堀(2004aほか)は、高等教育機関で学ぶ学習者を対象とした日

本語教育のために、彼らの言語使用領域に一致するコーパスを調査する必要性を主張し、コーパス調

査を行った上で、表現意図が分かりやすい用法分類を提示している。

堀(2004aほか)によると、高等教育機関で学ぶ学習者の目標言語使用領域は、3.1の表5に示し

た4つの領域で、それらに相当するコーパス(表9参照)から条件表現を抽出し、意味用法を分類し

ている。

4.2 コーパス調査から得た条件表現の分類

コーパス調査の結果、3,548例の用例を得た。用例のうち、条件以外の機能を持つ慣用的な表現

(ナケレバナラナイ等)を「慣用表現」、前件が後件の前提として前置き、話題の提示など一定の役割

を果たすもの(例 i)を「前置き表現」として、条件文と区別した。

i.この図を見ると、基準HRTF の組み合わせによる違いは、あまり見られません。(CSJ, A01m

014014)

調査の結果、ナラの出現は全体の3%にすぎないことが明らかになった。

コーパス調査から得た条件文の用法を次に示す。

[仮定]15:未成立の前件を仮定し、後件で結果や働きかけを述べる。バ・タラ・ナラが可能。バ条件

11 電話会話コーパス「CallHome」は1997年にアメリカの Linguistic Data Consortiumが収集、文字化したコーパスで、滞米日本語母語話者が日本の家族・知人に自由な内容で電話をしたもので、50会話460分、会話は主に常体で行われた。用例は、727例である。12 CSJ収録の学会口頭発表のうち、関東地方の話者による96講演を調査の対象とした。文系合計625分、理系合計945分である。用例は、1,212例であった。13 web上と学会誌から収集した31編の学術論文で、文系・理系ともに約16万字、合計約33万字からなる。用例数は568例である。14 用例の出典について、「CSJ」は ID番号を、「論文」は分野を(例:歴史=歴史学)、「電話会話(CH)」は会話番号を、「インタビュー(イ)」は対象者 A~ Dとインタビューの回を示す。15 条件文の用法を[ ]に入れて示す。

表9 高等教育機関で学ぶ学習者が触れる言語使用領域と相当するコーパス

表現形態 言語使用領域 コーパス口頭表現 学生同士のくだけた日常会話 電話会話コーパス「CallHome11」(以下、「CH」)口頭表現 改まった会話:教師や年長者が相手の

日常会話や授業中の話し合いインタビューコーパス(堀コーパスのうちの母語話者コーパス、本稿3.3参照)

口頭表現 ゼミ・学会等における口頭での研究発表

『話し言葉コーパスモニター版(2001)』12収録の学会口頭発表(以下、CSJ)

文章表現 レポート、試験の答案、研究計画書、卒業論文等の論文作成

学術論文コーパス13

104 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!

文では、文末モダリティに制約が見られ、前件の述語が他動性の強い動詞の場合、後件に意志・働き

かけのモダリティが来ることが許容されないと指摘されている(鈴木1978、稲葉1991、堀2004b、

他)。タラ・ナラにはその制約はない。〔 マ マ 〕

j.これをもし超えることができれば、本方式の有効性ってのは一つ示すせることになる訳です。

(CSJ, A03m0018)【後件は結果を示す】

k.なんかあったら、電話してくんないかな。(CH、0743)【後件は依頼】

[必然]:前・後件とも既に成立したことがあり、話者はその条件関係が常に成立すると認識してい

る。そこで、後件が必ず得られる結果を表すことから、必然とした。4形式とも可能である。

l.産業がサービス産業化すれば、男性が外で働く必然性が相対的に低下する。(社会学)

m.閉眼状態で歩行を行うと、不安定さを感じる。(生理学)

[完了]:発話時に前件は未成立だが、いずれ成立すると話者が確信していることがら、あるいは、時

間の経過とともに確実に成立することがらで、未成立な前件が成立したあとの事態、働きかけを述べ

る。タが完了のアスペクトを表すことから完了とする。タラのみの用法で、働きかけも可能である。〔 マ マ 〕

n.みんなが二十才なったら、うちに来てお酒飲みに来てね。(イ、A2)

[過去]:前・後件とも既に成立しており、後件に過去の形式がある。バは習慣的、ト・タラは1回

性の事柄を表す。トは書き言葉と改まった場面で、タラはくだけた話し言葉で多用される。

o.彼らは一定の教育を終えれば、予備少尉に任官できた(歴史)【過去の習慣】

[条件]:望ましい後件が成立するために必要な条件を前件で示すもので、焦点は前件にある。後件の

文末には、可能表現や「(望ましいこと)~ニナル」などが来ることが多い。

p.摩擦係数の小さいタイヤで走行できれば、エネルギー消費を節約できる。(電気)

[裏の条件]:「

pならば

q(pでないならば qでない)」の形で望ましくない前件の結果、後件の望

ましくない結果になることを示す。警告/注意の含意を持つこともある。ト・バが多い。

q.(アメリカは)危ないからね、気を付けないと。(CH、2234)【注意・警告】

[反事実]:過去・非過去において、前・後件が成立しないことを話者が認識している。バ・タラ・ナ

ラ。

r.これがうまく重なってれば、話は簡単なんですが、(CSJ、A05m0040)

[既情報]:既に話題に上っているか、話し手と聞き手が共有する情報、視覚・聴覚など五感によって

話者が認識した情報などが前件となるもの。「ナラ」と「ンダッタラ」によって表される。

s.(たばこを吸っている夫に対して妻が)タバコを吸っているのなら、換気扇をまわしてちょうだ

い。

堀(2004aほか)は、前件には例 sの話者が見て確認したことだけでなく、聴覚・嗅覚などの感覚

を通して話者が認識した事柄が前件となり得ることから、事態の実現に関わりなく話者が発話時に認

識した事柄であるとして「既情報」としてまとめている。

以上の用法のうち、「望ましさ」に関係があるのは、[条件]、[裏の条件]、[反事実]の用法であ

105堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

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る。

4コーパスにおける用法の頻度を表10に示す。口頭発表、論文では、[仮定][必然][条件]の用

法が多く出現しているのに対し、電話会話、インタビューでは[過去][完了][反事実]の用法が相

対的に多く出現している。これは、口頭発表、論文では、明らかになっている事実のうえに、仮説を

立て検証すること、あるいは、問題点の解決に必要な条件を述べたり、これまでの事実関係から他を

類推したりすることが条件表現によって表されるためであると考えられる。これに対して、日常生活

では事実関係を仮定したり、類推したりすることもあるが、その他にも過去に起こったことを述べた

り、これからの予定や手順を述べたり、反事実によって残念な気持ちを述べたりすることを条件表現

によって表すために、[過去][完了][反事実]の使用頻度が相対的に高くなっていると考えられる。

5.分析方法

4.2で行ったコーパス調査の結果、条件表現のうちナラは、全体の3%の使用しかなく、用例が少

ないことから、今回の分析対象から外した。また、堀(2004aほか)によると、ト条件文は、どの

コーパスにおいても[必然]用法がほぼ8割を占め、それ以外の用法は相対的に少ない。そのため、

本稿が目的とするコーパスデータの違いが条件表現の出現に及ぼす影響を検証するためには、トの分

析は有効でないと考え、分析対象から外す。

従って、タラとバについて KYコーパスから用例を抽出することにした。

KYコーパスのテキストデータをシェアウェア KWIC Finderバージョン3.29bを用いて文字列検索

を行い、その結果をエクセル表に出力して正誤判断を行った上で、4.2で示した用法分類に当てはめ

た。用例の収集に関して、言い直しは、あとのほうを用例として採った。

6.調査の結果

以下では、2つのコーパスにおけるタラとバによる条件表現の出現頻度を検討するが、両コーパス

はレベルが対応していないため、統計的な検定は行わず、記述統計量に基づいて検討する。

6.1 タラ

6.1.1 KYコーパスにおけるタラ

タラの全用例は537例であった。用例の中には、堀(2004aほか)で見られなかった例 tのような

表10 4コーパスにおける用法の頻度(割合を%で表す)

仮定 必然 条件 過去 完了 反事実 裏 既情報 合計[電話会話] 24 13 17 22 11 10 1 2 100[インタビュー] 18 24 13 19 7 6 5 7 100[口頭発表] 36 32 20 5 3 1 2 1 100[論文] 30 24 30 5 1 0 7 1 100

合計 109 93 80 50 22 17 16 12 400

106 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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用例が見られた。これは過去から発話時までに成立したことがらによって、後件を推量するものであ

る。そこで、[発話時確定]とした。

[発話時確定]前件が成立した時点が発話時で、後件を予測したり、述べたりする。

t.(長い会議のあとで方針が決まる)ここまで来れば、もうあと少しだ。(作例)

表11は、KYコーパスにおける OPI下位レベルごとのタラの各用法の出現回数と、1発話あたり

の出現回数を示す。また、図1はグラフに表したものである。(OPIレベルは略記、以下同)

ここから、以下のことが分かる。

(1)条件文は中級―下から出現し、中級―下での頻度が多い順は[仮定]、[完了]、[過去]、[必

然]である。

(2)全体の使用頻度が多いのは[必然]、[仮定]、[完了]の順である。

(3)誤用は、中級―上から上級―上にかけて多くなり、超級では最も少ない。

6.1.2 堀コーパスにおけるタラ

次に、堀コーパスにおけるタラの使用頻度を検討する。表12は堀コーパスから得られたタラの全

用例数と、1発話あたりの出現回数を示す。図2はグラフに示したものである。

ここから、学習者のタラ使用について、以下のことが分かる。

(1)条件文は中級―下から出現し、中級―下での頻度が多い順は[完了]、[仮定]、[過去]、[必

然]の順である。

(2)全体の使用頻度が多いのは[必然]、[仮定]、[過去]、[完了]の順である。

(3)誤用は、中級―下が最も多く、上級―下、中級―中が続く。超級では最も少ない。

表11 KYコーパスにおけるOPI 下位レベルごとのタラの全出現回数(上段)と1発話あたり出現回数(下段)

OPIレベル 誤用 仮定 完

了過去 必然 裏 発話時

確定反事実

条件 総計

IL度数 5 3 2 1 0 0 0 0 0 131発話 0.6 0.30.20.1 0.00.0 0.0 0.00.0 1.2

IM度数 5 6 8 5 6 0 0 0 0 351発話 0.4 0.40.60.4 0.40.0 0.0 0.00.0 2.1

IH度数 9 14 13 0 12 1 0 0 0 551発話 1.3 2.01.90.0 1.70.1 0.0 0.00.0 7.0

A度数 11 15 5 7 27 0 1 0 0 771発話 1.2 1.70.60.8 3.00.0 0.1 0.00.0 7.3

AH度数 25 48 17 12 38 1 3 4 1 1871発話 1.2 2.30.80.6 1.80.0 0.1 0.20.0 7.1

S度数 4 50 14 13 57 0 2 4 0 1701発話 0.3 3.30.90.9 3.80.0 0.1 0.30.0 9.6

総計度数 59 136 59 38 140 2 6 8 1 5371発話 4.910.04.92.710.80.2 0.4 0.50.034.4

図1 KYコーパスにおけるタラの1発話あたり出現回数

107堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

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6.1.3 KYコーパスにおけるタラと堀コーパスにおけるタラの比較

以下では、KYコーパスにおけるタラと堀コーパスに

おけるタラの使用頻度を比較する。図3は両コーパスに

おけるタラの正用の出現頻度をレベル別にグラフにした

ものである。両コーパスで OPIレベルが異なっている

ので、上級と上級―下を同じと見なし比較する。OPIレ

ベルが一致しないことから、統計的な検定による比較は

行わず、記述統計量に基づいて検討する。

図3から、次のことが明らかになった。

(1)中級―下と中級―中の使用頻度は、KYコーパス

より堀コーパスの出現頻度が大きく上回っている。

(2)上級―下を境に両コーパスとも減少しているが、

超級では再び頻度が高くなり、母語話者に近づいている。

(3)超級であっても、母語話者の頻度より少ない。

次に、誤用数と主な用例ごとに両コーパスを比較する。

図4は、タラ誤用に関する KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度の比較である。堀

コーパスでは中級―下から誤用が多く、図3の使用頻度と合わせると、中級―下から正用も誤用も多

く使用されていることが分かる。また、上級―下を境にそれ以降、誤用が減少することがわかる。

続いて、条件文の主な用法について両コーパスを比較する。図5から図9は、[仮定][完了][過

去][必然][条件]の各用法における両コーパスの頻度を比較した図である。ここから、堀コーパス

表12 堀コーパスにおけるOPI 下位レベルごとのタラの全出現回数(上段)と1発話あたり出現回数(下段)

OPIレベル 誤用 完了 仮

定過去 必然 条

件反事実 裏 総計

IL度数 13 10 9 6 4 1 0 0 431発話 1.4 1.11.00.7 0.40.1 0.00.0 4.8

IM度数 23 21 37 7 29 4 7 4 1321発話 1.2 1.11.90.4 1.50.2 0.40.2 6.6

IH度数 2 4 9 8 12 0 2 0 371発話 0.2 0.40.90.8 1.20.0 0.20.0 3.7

AL度数 13 10 17 9 39 2 1 0 911発話 1.3 1.01.70.9 3.90.2 0.10.0 9.1

AM度数 7 23 19 40 42 4 2 0 1371発話 0.4 1.21.02.0 2.10.2 0.10.0 6.9

AH度数 1 6 7 10 26 2 1 0 531発話 0.1 0.60.71.0 2.60.2 0.10.0 5.3

母語度数 0 28 42 68 64 8 6 4 2201発話 0.0 1.42.13.4 3.20.4 0.30.211.0

ILからAH

度数 59 74 98 80 152 13 13 4 4931発話 4.5 5.37.15.711.70.9 0.90.236.3

図2 堀コーパスにおけるタラの1発話あたり出現回数

図3 KYコーパスと堀コーパスにおけるOPI レベル別のタラの1発話あたり使用頻度

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では中級―下からみられる[必然]、[条件]が KYコーパスにおいては見られないことが明らかに

なった。

また、ニャンジャローンスック(2001)は、「反復・習慣(+過去)」「反事実(-過去)」「反事実

(+過去)」は上級にしか出現しないと述べているが、堀コーパスではいずれも中級で出現している。

(例 u,v,w)

u.(中学校で、行事がある日には制服を着ていったことについて)もし、大切な日とかいろんな大

事なことがあったら、もうみんないっしょに同じの服、制服を着て、参加していました。(イ、B中

級―中)(「もし」は過剰使用が見られる)「反復・習慣(+過去)」

v.(日本での生活がさみしいという話題)音楽がなかったら私は本当に、この生活をできないと思

います。(イ、E中級―中)「反事実(-過去)」

w.(大学院の入試について)なんか、他の所も受けたらちょっと安定的な気持ちになったかもし

れないんですけど、(イ、E中級―中)「反事実(+過去)」

このようにコーパスの違いによって調査結果が異なることから、ニャンジャローンスック(2001)

が示した KYコーパスに基づく習得順序の仮説は一般化できないものであると言わざるを得ない。

図7 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(タラ過去)

図9 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(タラ条件)

図8 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(タラ必然)

図4 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(タラ誤用)

図6 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(タラ完了)

図5 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(タラ仮定)

109堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

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6.2 バ

6.2.1 KYコーパスにおけるバ

バの全用例は295例であった。表13は OPI下位レベルごとのバの出現回数と1発話あたりの出現

回数を示す。図10はそれをグラフに示したものである。

バの出現の時期と頻度から、以下のことが分かる。

(1)条件文は中級―中から出現する。タラと異なり、中級―下での使用は見られない。

(2)中級―中での出現数は[仮定]、[条件]、[裏]、[必然]の順である。

(3)全体の使用頻度は、[仮定]、[必然]、[条件]、[裏]の順である。

(4)誤用は、中級では少なく、上級から増えるが、上級―上が最も多く、超級では再び減る。

6.2.2 堀コーパスにおけるバ

次に、堀コーパスにおけるバの使用頻度を検討する。表14は堀コーパスから得られたバの全用例

数と1発話あたりの出現数、図11はそれらをグラフに示したものである。

表14、図11のデータから、学習者のバの使用について、以下のことが分かる。

(1)条件文は中級―下から出現し、中級―下での頻度が大きいのは[条件]、[必然]の順である。

(2)条件文の用法のうち、全体の使用頻度は[条件]、[仮定]、[必然]の順である。

(3)誤用は、中級―下から出現して増加し、上級―下が最も多く、それ以降は減る。

6.2.3 KYコーパスにおけるバと堀コーパスにおけるバの比較

KYコーパスにおけるバと堀コーパスにおけるバの使用頻度を比較する。図12は両コーパスにお

けるバの正用の出現頻度をレベル別にグラフにしたものである。ここでも両コーパスで OPIレベル

が異なっているので、上級と上級―下を同じと見なし比較する。

表13 KYコーパスにおけるOPI 下位レベルごとのバの全出現回数と1発話あたり出現回数

OPIレベル 誤用 仮定 条件 裏 必然 総計

IL度数 0 0 0 0 0 01発話 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0

IM度数 1 6 2 2 2 241発話 0.1 0.4 0.1 0.1 0.1 1.7

IH度数 0 2 2 2 1 121発話 0.0 0.3 0.3 0.3 0.1 1.7

A度数 2 6 3 1 4 321発話 0.2 0.7 0.3 0.1 0.4 3.6

AH度数 28 15 2 1 14 1371発話 1.3 0.7 0.1 0.0 0.7 6.5

S度数 1 15 7 0 12 891発話 0.1 1.0 0.5 0.0 0.8 5.9

総計度数 32 44 16 6 33 2951発話 0.4 0.6 0.2 0.1 0.4 3.9

図10 KYコーパスにおけるバの1発話あたり出現回数

110 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

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図12から、次のことが明らかになった。

(1)全体の使用数は、堀コーパスが多いことが明ら

かである。

(2)堀コーパスでは、バの使用は中級―下から見ら

れるが、KYコーパスでは中級―中が初出である。

(3)KYコーパスの超級であっても、使用頻度は母

語話者の半分以下にとどまる。しかし、堀コーパスの

上級―上の使用頻度は KYコーパスの超級を上回る。

以上、全体的に堀コーパスのほうが産出量が多いこ

とが分かる。

つぎに、主な用例ごとに比較する。図13から図17は、誤用と[条件][必然][仮定][過去]の

各用法における両コーパスの頻度を比較した図である。KYコーパスでは中級―下では条件文として

の使用は見られないが、堀コーパスでは中級―下には[条件]、[必然]において使用例が見られる。

また、KYコーパスにはバ[過去]の用例はないが、堀コーパスにおいては中級―上以上の全レベル

で見られる。

以上のように、バの産出においても KYコーパスの調査結果はコーパスに依存したものであり、直

ちに学習者の習得過程として一般化することは適切ではないことが明らかになった。

表14 堀コーパスにおけるOPI下位レベルごとのバの全出現回数(上段)と1発話あたり出現回数(下段)

OPIレベル 誤用 条件

必然

仮定

過去反事実 裏 総

IL度数 1 2 1 0 0 0 0 41発話 0.10.20.10.00.0 0.00.0 0.4

IM度数 2 6 3 7 0 0 0 181発話 0.10.30.20.40.0 0.00.0 0.9

IH度数 2 9 8 12 1 0 0 321発話 0.20.90.81.20.1 0.00.0 3.2

AL度数 6 10 4 4 3 0 0 271発話 0.61.00.40.40.3 0.00.0 2.7

AM度数 6 24 6 8 3 4 4 551発話 0.31.20.30.40.2 0.20.2 2.8

AH度数 1 32 7 3 1 7 1 521発話 0.13.20.70.30.1 0.70.1 5.2

母語度数 0 44 27 18 4 16 14 1231発話 0.02.21.40.90.2 0.80.7 6.2

ILからAH

度数 18 83 29 34 8 11 5 1881発話 1.46.82.52.70.7 0.90.315.2

図11 堀コーパスにおけるバの1発話あたり出現回数

図12 KYコーパスと堀コーパスにおけるOPI レベル別バ条件文の1発話あたり使用頻度

111堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

Page 18: 第二言語としての日本語習得過程研究における学習 …は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

7.考察

7.1 KYコーパスと堀コーパスの相違点

条件表現の使用を見てきたが、タラとバの産出に関してそれぞれ違いが見られた。

タラについて2つのコーパス調査結果から明らかになった主な相違点は以下の3点である。

(1)中級―下と中級―上の条件文の出現頻度は、堀コーパスのほうが高い。

(2)堀コーパスでは、[過去]が中級―下から出現している。

(3)誤用は、KYコーパスでは中級―下と中級―中では少なく、中級―上から増える。しかし、堀

コーパスでは、中級―下、中級―中が多い。すなわち、堀コーパスでは、中級―下から使用と誤用が

ともに多く活発に使用されているが、KYコーパスでは中級―下、中級―中は使用も誤用も少なく、

中級―上から活発に使い始められると言える。

次にバについては、以下の3点が主な相違点である。

(1)最も大きな相違点は、KYコーパスにおいては条件文の出現が中級―中からであるが、堀コー

パスでは中級―下から出現し、[条件]、[必然]の用法が見られることである。

(2)堀コーパスでは、バ[過去]の使用が中級―上からみられるが、KYコーパスにおいては全く

使用されていない。

(3)堀コーパスでは、全体の使用頻度が最も高いのは[条件]であるが、KYコーパスは使用は少

図16 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(バ仮定)

図17 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(バ過去)

図13 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(バ誤用)

図15 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(バ必然)

図14 KYコーパスと堀コーパスの1発話あたり使用頻度(バ条件)

112 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

Page 19: 第二言語としての日本語習得過程研究における学習 …は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

ない。

以上から、コーパスの違いによって抽出される言語表現の初出時、使用頻度が異なるため、コーパ

スをもとに習得研究を行う場合には、注意が必要であることが明らかになった。1.で触れたようにニ

ャンジャローンスック(2001)は、条件文の各用法の初出時の OPIレベルから含意尺度を作成し、

習得順序に関する仮説を立てているが、このようにコーパスによって初出レベルが異なることはその

仮説の妥当性に致命的な影響を与える。ニャンジャローンスック(2001)の示した習得順序の仮説

は、コーパスが異なれば、異なる結果となった可能性が免れない。

次節では、2つのコーパスの調査結果の相違の原因を考察する。

7.2 KYコーパスと堀コーパスの相違点の原因

2つのコーパスの調査結果が異なった原因として以下の点が考えられる。

(1)コーパスサイズ

(2)口頭能力試験であることから来る不安と回避

(3)話題の偏り

次項では順に考察する。

7.2.1 コーパスサイズ

KYコーパスは、2.2で示したように3言語の30名ずつの学習者の発話を集めたものであり、自由

な口頭発話のデータとして他に例のない整ったものである。しかし、陳(2007)によると、KYコー

パスの総文字数は390,907文字である。一方の堀コーパスは、総文字数397,069文字である。コーパ

スサイズとして、100万語16のコーパスを大規模なコーパスとすると、どちらも大規模とは言えない。

また、KYコーパスは学習者は30名と多いが、表2に示したように、下位レベルのサンプル数は

最低4発話、条件表現の出現が見られる中級以上でも、最も少ないものは7発話である。

このようにコーパスの規模が小さければ、サンプルによる影響が免れず、出現した用法、用例も話

者の特性に依存したもので、一般化するのは難しい。従って、より大きなコーパスを利用して検証す

ることが必要である。

7.2.2 口頭能力試験であることから来る不安と回避

2.1.OPIの概要で述べたように、OPIはあくまでも口頭能力試験であることから、言語能力の上限

を見極めるために突き上げによって言語的挫折 linguistic breakdownを引き起こさせる。そこでは被験

者である学習者は、言い換え、回避、流暢さの喪失、非言語的指標などを見せる。これらは被験者の

テスト不安を増大させるものであろう。従って確実に使える範囲の言語表現を使おうとしたり、難易

16 Brown Corpusが100万語規模であったことから、大規模コーパスの目安とされ、論文中にしばしば言及されることがある。たとえば、松本ほか(2010)。

113堀:第二言語としての日本語習得過程研究における学習者コーパスの制約

Page 20: 第二言語としての日本語習得過程研究における学習 …は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

度の高い言語表現を回避したりすることが予測される。

条件表現は、複数の言語形式がそれぞれ複数の用法を持ち、習得が困難な文法項目であると指摘さ

れている。そこで、口頭能力試験である OPIにおいては、難しい文法項目である条件表現の使用を

避け、結果的に産出量が少なくなった可能性が否定できない。

一方の堀コーパスでは、極力和やかな雰囲気の中で心理的圧迫を加えずに話させたため、十分活発

に言語表現を使用することができ、条件表現においても中級―下から誤用と正用が多く産出された可

能性がある。

7.2.3 話題の偏り

2.2.2で見たように、口頭能力試験である KYコーパスでは「話題は身近なことを1つの話題につ

いて徹底的に話させる」必要があるため、1日の過ごし方や、料理の作り方、映画や本のストーリー

を話させるという話題が繰り返し現れる傾向が見られる(表3)。さらに上級以上では、ある話題を

徹底的に話させたあと、「トリプルパンチ」によって意見、反論、仮説的な立場からの意見を引き出

すため、それを実現するための言語表現が多く使用されることになる。

図5のタラ[仮定]の比較において、KYコーパスの上級―上と超級にはタラ[仮定]の使用頻度

が高いことが明らかになったが、その理由は「トリプルパンチ」によるものである可能性がある。

一方で堀コーパスでは、身近な話題について過去、現在、未来にわたって話させるような質問をし

て話を展開させるため、自ずと過去の体験談が語られることになる。その場合の言語形式として、条

件表現の[過去]が用いられることもあるだろう。堀コーパスで条件表現の[過去]が使用され、

KYコーパスでは見られなかった理由として、このような話題の違いが原因であった可能性がある。

KYコーパス、堀コーパスともに話題の偏りが、抽出される言語形式の違いとなって現れている可

能性がある。

以上、KYコーパスと堀コーパスの相違点の原因として、(1)コーパスサイズ、(2)KYコーパ

スが口頭能力試験であることから来る不安と、そこから起こる回避、(3)両コーパスの特徴から来

る話題の偏り、の3点について述べてきた。

ここから、習得研究においてこのような特徴を持ったコーパスの初出時期から習得過程を一般化す

ることは、大きな危険を伴うと言える。

KYコーパスをデータとして習得研究を行うこと自体は決して悪いことではないが、これまで見て

きたような特徴があることを充分に踏まえた上で利用すべきである。

8.まとめと今後の課題

本稿は、日本語の習得研究にしばしば用いられている KYコーパスに現れた条件表現に焦点を当

て、OPIではないコーパスにおける条件表現の使用と比較対照することで、KYコーパスに現れてい

る口頭能力試験としての特徴を検証した。

114 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第14号(2012)

Page 21: 第二言語としての日本語習得過程研究における学習 …は、テスト不安を持つ被験者にとっては心理的にプレッシャーとなることが容易に想像できる。Ma-chida(2001)はテスト不安がテストの成績に影響を及ぼすことを指摘している。また、試験である

条件表現の用法分類は、堀(2004aほか)が行った高等教育機関の学習者に必要な条件表現の用法

という観点から分類した。2つのコーパス調査結果の比較から、条件表現の使用には初出時と使用頻

度に相違点が見られた。その上で原因を考察し、(1)コーパスサイズが小さく、収録されているサ

ンプルの影響を受けている可能性があること、(2)口頭能力試験であることから来る不安と回避か

ら、条件表現の使用に影響があった可能性が見られること、(3)OPIは口頭能力試験であるため

に、話題の偏りが見られること、の3点を指摘した。

このように、自由発話データと異なりいくつかの用法で出現時期が遅く、出現頻度も低いこと、言

語形式に偏りが現れている可能性があることが明らかになった。従って KYコーパスを学習者データ

として習得研究を行う場合にはこれらの特徴を十分に認識している必要性があることと、習得過程を

一般化して推測することには危険性があることを指摘した。

今後は、冒頭で紹介した国研のプロジェクトのようなより大きなコーパスを利用して調査を行うこ

と、試験ではない自然発話のデータを構築すること、あるいは、試験データを使用するならば、試験

であることのためにどれくらいの影響があるのかを実証して、その上でデータを利用していくことが

望まれる。

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Limitations of JSL learner’s corpus-based acquisition process research :

A comparison of two Japanese corpora, the KY-Corpus and the Hori

Interview Corpus

Keiko HORI*

KY-corpus consists of the Japanese Oral Proficiency Interviews of ninety JSL adults (Ka-

mada & Yamauchi, 1998). Japanese conditionals usage in KY-corpus is compared with the

Hori Interview Corpus (2004), which consists of five separate interviews with sixteen non-

native learners and four native Japanese speakers. Those ninety-nine interviews were not con-

ducted according to Oral Proficiency Interview guidelines, but as “natural” conversations in an

informal atmosphere. Conditional sentences were found to be less frequent and the OPI level

of the learners who produce the conditionals were higher in the KY-corpus than the Hori Cor-

pus. Possible reasons for this include (1) the difference in the corpora sizes, (2) learner state

anxiety during the interview test caused some to avoid difficult grammatical items, and (3)

topic bias. The research of language acquisition using KY- Corpus should pay attention to the

feature of the corpus.

Keywords: corpus research, conditionals, ACTFL Oral Proficiency Interview, natural conver-

sation data, oral proficiency test

* A visiting member of the Institute of Human Sciences at Toyo University

The Bulletin of the Institute of Human Sciences, Toyo University, No.14118