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6 1 6州の学習を比較・関連させた 学習計画を(単元構成の意図) 平成24年度用『社会科中学生の地理』(以 下、新教科書)が設定した世界地誌の追究テー マは、次の六つである。 これらは、単独で追究させてもよいが、相 互に関連づければさらに理解が深まるという ことを提案したい。 本稿ではオセアニア州の単元指導案を提示 したい。6州の世界地誌学習のまとめとして、 これまでの学習内容と関連づけることを強く 意識した。本単元を通じて意識させたい6州 の比較・関連は次の通りである。 A…オセアニアの単元ではオーストラリアを 中心に、「地域間の結びつきの変化」「多 文化社会」に焦点を当てた単元構成を行 う。結びつきの変化の背景には、アジア 諸国の経済成長がある。 B…結びつきの変化のなかで、とりわけイギ リスとの関係が弱まっている背景には、 ヨーロッパ諸国の経済力の相対的低下と EUへの統合がある。 C…アフリカ諸国のモノカルチャー経済は、 ヨーロッパ諸国による植民地支配の歴 史に関係があるが、EU統合の背景には、 植民地の独立による経済力の低下がある。 D…ブラジルやアルゼンチンの例は、モノカ ルチャー経済から脱却するための一つの モデルである。 E…南北アメリカは陸続きの大陸であり、 ヨーロッパ諸国による植民地支配の歴史 を共有していたにもかかわらず、長い間 経済力に大きな開きがあった。 F…同じ多文化社会でありながら、北アメリ カ、南アメリカ、オセアニアの3地域は、 社会のありようが異なっている。 A〜Fを図式化すると以下のようになる。 ◆新学習指導要領指導案◆ 世界の諸地域 オセアニア州 山口県公立中学校教諭 ○身近なものからみたアジア(アジア州) ○国境を自由にこえられるくらし(ヨーロッパ州) ○植民地支配の歴史と産業のかかわり(アフリカ州) ○世界をリードする大規模な産業(北アメリカ州) ○ブラジルにみる環境問題と対策(南アメリカ州) ○移民と多文化社会(オセアニア州) 経済成長を遂げつつあるアジア オセアニア:地域間の結びつきの変化・ 多文化社会への変貌 (オーストラリアを中心に) モノカルチャー 経済とたたかう アフリカ 少しずつ変化を 始めた南アメリ 世界をリードす る大規模な北ア メリカの産業 統合に活路を見 い出すヨーロッ A B C E D F F

世界の諸地域 オセアニア州 - 帝国書院...6 16州の学習を比較・関連させた 学習計画を(単元構成の意図) 平成24年度用『社会科中学生の地理』(以

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16州の学習を比較・関連させた学習計画を(単元構成の意図)

 平成24年度用『社会科 中学生の地理』(以

下、新教科書)が設定した世界地誌の追究テー

マは、次の六つである。

 これらは、単独で追究させてもよいが、相

互に関連づければさらに理解が深まるという

ことを提案したい。

 本稿ではオセアニア州の単元指導案を提示

したい。6州の世界地誌学習のまとめとして、

これまでの学習内容と関連づけることを強く

意識した。本単元を通じて意識させたい6州

の比較・関連は次の通りである。

A…オセアニアの単元ではオーストラリアを

中心に、「地域間の結びつきの変化」「多

文化社会」に焦点を当てた単元構成を行

う。結びつきの変化の背景には、アジア

諸国の経済成長がある。

B…結びつきの変化のなかで、とりわけイギ

リスとの関係が弱まっている背景には、

ヨーロッパ諸国の経済力の相対的低下と

EUへの統合がある。

C…アフリカ諸国のモノカルチャー経済は、

ヨーロッパ諸国による植民地支配の歴

史に関係があるが、EU統合の背景には、

植民地の独立による経済力の低下がある。

D…ブラジルやアルゼンチンの例は、モノカ

ルチャー経済から脱却するための一つの

モデルである。

E…南北アメリカは陸続きの大陸であり、

ヨーロッパ諸国による植民地支配の歴史

を共有していたにもかかわらず、長い間

経済力に大きな開きがあった。

F…同じ多文化社会でありながら、北アメリ

カ、南アメリカ、オセアニアの3地域は、

社会のありようが異なっている。

A〜Fを図式化すると以下のようになる。

◆新学習指導要領指導案◆

世界の諸地域 オセアニア州山口県公立中学校教諭

○身近なものからみたアジア(アジア州)

○国境を自由にこえられるくらし(ヨーロッパ州)

○植民地支配の歴史と産業のかかわり(アフリカ州)

○世界をリードする大規模な産業(北アメリカ州)

○ブラジルにみる環境問題と対策(南アメリカ州)

○移民と多文化社会(オセアニア州)

経済成長を遂げつつあるアジア

オセアニア:地域間の結びつきの変化・

      多文化社会への変貌(オーストラリアを中心に)

モノカルチャー

経済とたたかう

アフリカ

少しずつ変化を

始めた南アメリ

世界をリードす

る大規模な北ア

メリカの産業

統合に活路を見

い出すヨーロッ

AB

C

E

D

FF

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地 理

歴 史

公 民

地 図

社会科

地 理中学生の

 以上をふまえ、4時間で本単元を学習する

場合の構成を次のように設定した。次節から

具体的な学習内容を紹介しよう。

2具体的な学習活動

(1)大観学習の設定

 単元の学習を始めるにあたって、他地域と

同様にこれから学習する地域全体を大観させ

る活動を設定する。

① 地図を活用した大観

 地域の様子を大観するためには、地図の活

用が効果的である。平成24年度用『中学校社

会科地図』(以下、新地図帳)には、p.69〜

70、p.65〜66の二種類の地図があるので、目

的に応じて選択させたい。

 このページには、「マゼランのビクトリア

号」、「クックのエンデバー号」、「ポリネシア

の伝統的カヌー」のイラストが描かれている。

生徒はヨーロッパ人によって発見された地域

であるという印象を受けがちであるが、それ

以前から、ポリネシア人の活動によって南太

平洋にくまなく植民が行われていたという事

実も強調したい。

② 国旗による大観

 オセアニア州には、国旗の中にユニオンジ

ャックをあしらった国が比較的多い。そこで、

地域の歩みを理解させるうえでも国旗に注目

させることは有効である。

(2)地域間の結びつきの変化−オーストラ

リアを中心に

①課題の意識化

 地域間の結びつきの変化を生徒に気づかせ

るために、下に示した新地図帳のオセアニア

州の資料図を活用する。

 このグラフを見ると、輸出における日本の

地位は変わらないが、明らかに「欧米からア

ジアへ」という変化を読みとることができる。

輸入においては、アメリカ合衆国にかわって

時 学習活動・内容

1 オセアニア州の大観

地域間の結びつきの変化(英・米→日・中)(オーストラリアを中心に) ・アジアの経済成長 ・EUの発足 ・オセアニアの産業 ・島嶼部の環境問題

3多文化社会(オーストラリアを中心に) ・移民の歴史    ・他地域との比較 ・島嶼部の人々との関係

4 まとめ

『中学校社会科地図』p.69〜70

『社会科 中学生の地理』p.106

『中学校社会科地図』p.67

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中国が首位に躍り出ている。そこで、

「どうして、1970〜2008年の間にオースト

ラリアの貿易相手国が変わったのか」

と問いかけ、調べ学習に入らせる。

② 追究活動

 この問いに対する自分なりの答えを出すた

めには、新教科書第1部3章1節と2節で学

習した内容にヒントを求めさせる必要がある。

 p.61からは、次のことがわかる。

・戦後に植民地が独立したヨーロッパ諸国

では、その力が低下したこと

・一国ではアメリカ合衆国などの大国に対

抗できなくなったこと、国家の連合組織

(今日のEU)をつくり、結びつきを強

化したこと

p.50〜51からは、次のことがわかる。

・東アジアや東南アジアには新興工業国が

多いこと

・中国が世界の工場とまでいわれるほど成

長したこと

・賃金の安さに注目した外国企業が進出し

ていること

・経済成長で豊かになった中国国内向けの

工業製品を生産するために、中国に進出

する外国企業が増えていること

 以上より、オーストラリアにおけるヨーロ

ッパ諸国の力の弱まりとアジア諸国の急速な

工業化の動きが理解できる。さらに、今日に

おけるオーストラリアの貿易輸出国に注目す

れば、オーストラリアは鉱産資源が豊富で、

鉄鉱石の73.5%を中国に、石炭の46.5%を日

本に輸出している輸出国であることがわかる

(新教科書、p.105)。オーストラリアにとっ

てお得意様(消費地)とは、日本や新興工業

国なのである。

③ オーストラリアの産業の特色

 オーストラリアの産業の特色を明らかにす

るためには、次のような比較も有効である。

 この3州に共通するのは1次産品の生産・

輸出の比重が高い点である。アフリカ州や南

アメリカ州の学習で学んだ通り、モノカルチ

ャー経済からの脱却が大きな共通課題となっ

ている。オーストラリアも1次産品依存型で

あり、なかでも原油や鉄鉱石などは世界経済

の影響を受けやすく、必ずしも経済的に安定

しているとはいえないという特徴が明らかに

なってくる。

学習課題

新教科書 p.50~51

「工業化が進むアジア」

新教科書 p.61

「ヨーロッパの歩み」『社会科 中学生の地理』p.74「⑤アフリカ各国のおもな輸出品」(2009年)〈UN comtrade〉より一部抜粋

『社会科 中学生の地理』p.95「⑦ブラジルの輸出品の変化」〈UN comtrade ほか〉

オーストラリアの輸出品(2009年)〈『地理統計』2011年版〉

石炭20.1%

鉄鉱石15.2

金*

7.7

機械類 4.1

液化天然ガス 3.9

その他 49.0

*非貨幣用

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地 理

歴 史

公 民

地 図

社会科

地 理中学生の

(3)多文化社会

① 課題の意識化

 オーストラリア社会の変化に着目させなが

ら、現在の特色を理解させるために、次のよ

うな課題設定も試してみたい。

 新教科書p.106〜107の本文を図式化して南

アメリカと比較すれば次のようになる。

 オーストラリアではイギリス人中心の社会

から多民族が共存する社会へと転換したこと

がわかる。この構図から、生徒は次の二つの

疑問をもつのではないだろうか。

② 追究活動

 ※移民の変化からの考察

 この図より、オーストラリアが白豪主義に

決別して多文化主義をとるようになった背景

には、非白人系の移民が増加したことが大き

く影響していることがわかる。

 第二次世界大戦後も、イギリスやアイルラ

ンドからの移民を期待していたが、アジアや

オセアニアからの移民が増加している。オセ

アニアからの移民は、経済的な動機が大きい

ものの、一方で、地球温暖化の進行による島

の水没を危惧するいわゆる環境難民の性格も

あることを確認する。

※歴史の長さによる考察

 これまでの追究活動から生徒は、「南アメ

リカは文化の融合が進み、オセアニアはそう

でない地域」という認識をもつかもしれない。

この二つの地域を比較する際に忘れてはなら

ないのは、植民が始まった時期である。

 南アメリカへの植民が始まったのは16世紀

からである。オセアニアへの移民が始まった

のは18世紀後半からである。この200年以上

の差は、あまりにも大きい。地理的分野の学

習ではあるが、この時間の差を意識すること

なしに、安易に評価をさせてはならない。

3おわりに(異文化理解の意義と展望)

 現在、多文化主義の考えにもとづく、異文

化理解のための教育や、就労支援、定住促進

支援、国籍取得支援など多岐にわたる取り組

みが行われている。

 授業の後半では、それぞれの取り組みにつ

いて、「なぜその取り組みを」、次に「その取

り組みで社会はどのように変わるか」という

意義と展望を考えさせたい。答えが一つに定

まることのない活動であるが、生徒に公民的

資質が身についていくはずである。

オーストラリア

白豪主義

多文化社会

南アメリカ

先住民とアフリカ、

ヨーロッパなどの

文化の融合

「どうして、オーストラリアでは、多文化主

義へと変わったのか」

「どうして、オーストラリアでは、文化が融

合しなかったのか」

『社会科 中学生の地理』p.107