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新潟県少子化対策モデル事業の効果検証:テクニカル・レポート 一橋大学 国際・公共政策大学院 山重慎二 * <目次> 1. はじめに 2. 分析・考察の枠組み 2.1 出生行動に関する理論的考察 (1) 子どもを持つことに関する意思決定 (2) 子どもを持つことの便益と費用 (3) 子育ての不安が結婚の意思決定に与える影響 2.2 子育て支援策の効果に関する実証研究 (1) 子育て支援策の効果に関する実証研究の理論的考察 (2) 子育て支援策の効果に関する実証研究とモデル事業での効果検証 3. モデル事業の効果分析 3.1 実際の出生行動に与えた効果 3.2 意識調査に基づく分析 (1) 経済的ゆとり支援 (2) 時間的ゆとり支援 (3) 経済的ゆとり支援と時間的ゆとり支援 (4) 地域での子育て支援 4. おわりに〜EBPM の観点から * 本レポートは、新潟県少子化対策モデル事業の効果検証のための分析を手伝ってもらった一橋大学国 際・公共政策大学院修士課程公共経済プログラムの 3 名の大学院生、岩崎祥太氏、浮田陽一氏、矢部萌 氏が行った分析を基に、筆者が行った再推計や分析の結果、そして効果分析の考え方や解釈に関する説 明などをまとめた報告書である。3 名の大学院生が行った分析は、それぞれコンサルティング・プロジ ェクト最終報告書としてまとめられている(本レポートの参考文献を参照)。

新潟県少子化対策モデル事業の効果検証:テクニカル・レポートnpdas.pref.niigata.lg.jp/shoshika/5cc00b2d8bfdd.pdf · (3) 経済的ゆとり支援と時間的ゆとり支援

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新潟県少子化対策モデル事業の効果検証:テクニカル・レポート

一橋大学国際・公共政策大学院

山重慎二*

<目次>

1.はじめに

2.分析・考察の枠組み

2.1出生行動に関する理論的考察

(1)子どもを持つことに関する意思決定

(2)子どもを持つことの便益と費用

(3)子育ての不安が結婚の意思決定に与える影響

2.2子育て支援策の効果に関する実証研究

(1)子育て支援策の効果に関する実証研究の理論的考察

(2)子育て支援策の効果に関する実証研究とモデル事業での効果検証

3.モデル事業の効果分析

3.1実際の出生行動に与えた効果

3.2意識調査に基づく分析

(1)経済的ゆとり支援

(2)時間的ゆとり支援

(3)経済的ゆとり支援と時間的ゆとり支援

(4)地域での子育て支援

4. おわりに〜EBPM の観点から

* 本レポートは、新潟県少子化対策モデル事業の効果検証のための分析を手伝ってもらった一橋大学国

際・公共政策大学院修士課程公共経済プログラムの 3名の大学院生、岩崎祥太氏、浮田陽一氏、矢部萌

氏が行った分析を基に、筆者が行った再推計や分析の結果、そして効果分析の考え方や解釈に関する説

明などをまとめた報告書である。3 名の大学院生が行った分析は、それぞれコンサルティング・プロジ

ェクト 終報告書としてまとめられている(本レポートの参考文献を参照)。

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1. はじめに

本レポートは、2015 年度から 3年間にわたって実施された「新潟県少子化対策モデル事

業」(以下、「モデル事業」と言う)において、効果検証のために収集されたデータの分析

結果およびその解釈について報告することを主たる目的とする。分析結果は、新潟県少子

化対策モデル事業効果検証委員会における効果検証のために用いられ、その『 終報告書』

(http://npdas.pref.niigata.lg.jp/shoshika/5ca5a4bdbd00e.pdf)で活用されている。

しかし、『 終報告書』は、読みやすさや紙幅への配慮が必要であり、分析結果の説明、

特に専門的・技術的説明は、 小限に留められている。そこで、 終報告書での分析結果

に関心を持つ方のために、そして 終報告書での説明の技術的不完全性を補うために、本

レポートでは、アンケート調査や分析の背後にある理論や実証研究について説明した上で、

分析結果の詳細について説明する。

本レポートで報告される分析は、経済学の枠組みやデータ分析の手法を用いて行われて

いる。経済学は、経済活動の分析のみならず、私たちの社会行動や社会現象を説明するた

めにも活用されている1。もちろん、経済学的分析には限界があり、それだけで、私たちの

出生行動や少子化対策の効果を明らかにできるものではない。しかしそれは、少子化問題

に関するこれまでの議論に見られなかったような新しい視点や分析結果を提示できる可能

性を持っている。

本レポートでは、モデル事業の経済学的分析の結果について、経済学の知識を持たない

方にもある程度理解して頂けるように、できるだけ専門用語を用いないで説明することを

心がけている。ただし、やや専門的な説明が必要な箇所も出てくる。 終報告書での説明

の技術的不完全性を補うことをひとつの目的とする本レポートの趣旨に照らしてお許し頂

き、適宜読み飛ばして頂ければと思う。

言うまでもなく、検証委員会の 終報告書では、ヒアリング調査や社会学的な考察に基

づく分析なども含めて総合的な効果検証が行われている。モデル事業効果検証委員会によ

る効果検証の全体像については、『 終報告書』を参照して頂きたい。

次節では、少子化問題を考える上で も重要な「出生行動」や「結婚行動」の分析を行

うための理論的枠組みを紹介する。その上で、出生行動に影響を与える要因・政策の影響

に関する既存の実証研究を紹介する。続く第 3 節では、モデル事業の効果検証のために行

われた分析結果を紹介する。まず出生数に関する分析結果を紹介した上で、モデル事業で

実施された意識調査に基づく分析結果を紹介する。第 4節はまとめである。

1 少子化問題の分析において重要なとなる出生行動に関する経済学的分析は、ノーベル経済学賞を受賞

したベッカー教授が 1960 年代に行った一連の研究に始まる(たとえば、Becker (1960) を参照)。

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2. 分析・考察の枠組み

モデル事業の効果検証を行う上で、少子化問題に関する既存の研究は、分析や考察を行

う上の枠組みとして有用である。まず、効果検証のためのアンケート調査が、そのような

分析枠組みに基づいて設計されている。さらに、効果検証では、分析結果の「インプリケ

ーション」すなわち含意や示唆について考え、これからの少子化対策のあり方に関する提

案を行うことも期待されており、分析の背後にある理論や既存研究を理解しておくことは、

そのような観点からも有用である。

本節では、出生行動に関する理論的考察と、少子化対策の効果に関する既存の実証研究

をそれぞれ簡単に紹介しておく。

2.1 出生行動に関する理論的考察

(1) 子どもを持つことに関する意思決定

経済学では、人々が子どもを持つかどうかを考える時、子どもを持つことで期待される

便益と費用を考えて、便益が費用を上回ったら子どもを持ちたいと考え、便益が費用を下

回ったら子どもを持つのを諦めるという判断をするだろうと予想する。

このような計算で子どもを持つという経済学の考え方に違和感を持たれることも多い。

しかし、たとえば 3 人目の子どもを持つことを考えた時、諦める人が多いのは、3 人目の

子どもを持つことの費用が、便益を上回ると考えられるからだろうと説明することには、

それほどの違和感はないのではないだろうか。むしろ、このような考え方は、子どもを何

人持つかに関する科学的分析を行う際には、有用と考えられてきた。

もう 1 人子どもを持つことの便益から費用を引いた額を「純便益」と呼べば、純便益が

マイナスであれば(図表 1 の(A)のケース)、もう 1 人子どもを持つことを諦め、そうでな

ければもう 1 人子どもを持つと考えられる。現在、多くの人が、理想とする子ども数を持

てないのは、もう 1 人子どもを持ちたいと思う気持ち(便益)はあるが、予想される費用

がそれを上回るために、純便益がマイナスになり、理想とする子ども数を実現することを

諦めていると考えられる。

(A) (B)

図表 1:予定子ども数を 1 人増やすことの純便益と子育て支援

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子どもを生み育てることの費用を下げることで、純便益がプラスになると感じてもらえ

ば、理想の子ども数を持ってもらえるようになる。これが、現在の子育て支援の考え方で

ある(図表 1 の(B)のケース)。効果的な子育て支援に必要なのは、純便益をプラスにする

ことなので、子どもを持つことの便益(喜びなど)を強く感じてもらえるようにすること

でも、理想の子ども数を持ってもらえるようになると考えられる。

このマイナスの純便益の大きさは、人によって異なる。子どもを(もう 1 人)持つかど

うか本当に迷っている人にとっては、マイナスの純便益はお金で言えば 30 万円くらいかも

しれない。わずかな一時金でも、子どもをもう 1 人持ちたいと思うようになってもらえる

可能性は十分あるということである。子どもを 1 人生み育てるために、1,000 万円程必要

であるとの推計は多いが、それほどの補助を行わなくても、子どもをもう 1 人持つという

人は少なくないと考えられるのである(3.2 節の分析結果を参照)。

(2) 子どもを持つことの便益と費用

ところで、子どもを持つことの便益や費用として、どのようなものが考えられるのだろ

うか。まず、子育てから期待される便益としては、何より子どもが親に直接もたらしてく

れる喜びが大きいだろう。子どもたちはかわいい。さらに、子どもを持つ理由として「子

どもを持つことは当たり前」あるいは「子孫を残したい」といった理由が挙げられること

が多いが、これらも子どもを持つことが親にもたらす直接的な便益と考えられる。

さらに、子どもを持つ理由として「老後の備え」という理由が挙げられることがあるが、

それは親が病気や加齢により所得を得られなくなった時に、子どもが親の生活を支えてく

れるという期待があるからと考えられる。実際、日本では、子どもは親を扶養しなければ

ならないという規範や法律があり、子どもを持つことは、将来の生活に対する不安を軽減

してくれるという間接的な便益ももたらす。

一方、予想される費用としては、子どものための教育費とそれ以外の養育費(食事・衣

服の費用など)がある。また、子どもを育てるためには、お金だけでなく時間も必要であ

る。子どもを持つために時間を取られる間、賃金労働を行うことができないため、

賃金率(1時間当たりの賃金)×子育てのために必要な時間

が、子育てのための時間の金銭的価値と考えられる。これは子育てのための「機会費用」

とも呼ばれるが、以下ではイメージを喚起しやすいように、子育ての「時間費用」と呼ぶ。

女性の賃金率が徐々に上昇してきたため、子育ての時間費用が上昇し、子どもを持つこと

の純便益が低下したことが、少子化の一因と説明することができる2。

2 なお、子育てを親に手伝ってもらうことができる場合、子育てに必要な時間、したがって子育ての時

間費用は大きく低下するだろう。実際、伝統的には、3 世代同居を通じて、親の力を借りて子育てが行

われていたため、子育ての時間費用が低かったと考えられる。しかし、子育てを親に手伝ってもらうと

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出産の意思決定問題を考える際に重要な要素のひとつは、不確実性である。特に、子ど

もを持つことは、命を授かるということである。少なくとも子どもが成人になるまでは、

責任を持って子どもを育てなければならない、安易な気持ちでは子どもを持てないと感じ

る人が多いだろう。

子育て期間中に発生する子育ての費用、子育てのために使える時間、将来得られる所得

などはいずれも不確実である。そのような不確実性がある中で、人々は子どもを持つか否

かの意思決定をしなければならない。子どもを持つことの意思決定を経済学的に考える上

で、特に重要な不確実性は、以下の 3つである。

① 将来の所得に関する不確実性

② 子育てと仕事の時間に関する不確実性

③ 子育てに関する不確実性

まず私たちは、将来どれくらいの所得を得られるか正確にはわからないため、子どもを

育てるために必要な所得は不確実であり、これが子育てに関する「経済的不安」を生む。

また、将来子育てのためにどれだけ時間が必要かも、正確にはわからない。特に子育ての

経験がない場合、不確実性は大きい。実際に子どもを持って、思った以上に子育ての時間

が必要であることに気づく人は少なくないだろう。さらに、子どもが障害を持って生まれ

たり、病気になったりすると、より多くの時間が求められる。そのような不確実性の下で、

子育てや仕事のための時間を十分確保できるだろうかという「時間的不安」が生まれる。

これらは、いずれも将来の予算(資源制約)に関わる不確実性であるが、子どもが私た

ちにもたらしてくれる効用(幸福度)にも不確実性が存在する。子どもが期待通りに育っ

てくれれば、親は大きな喜びを感じるだろうが、期待通りに育ってくれないと効用は大き

く低下するだろう。どう育てたらよいかがわからない場合、子どもがどのような効用をも

たらすかは不確実であり、これが子どもを育てることに関する「精神的不安」を生む。

子どもを生み育てることには上記のような不確実性が存在するがゆえに、以下のような

3つの不安が生じることになる。

① 経済的不安(子どもを育てる所得を十分得られるだろうか)

② 時間的不安(子育てや仕事の時間を十分確保できるだろうか)

③ 精神的不安(自分は子どもを育てられるだろうか)

いうことは、「親に借りを作る」ということでもあり、親に子育てを手伝ってもらう時間が長くなると、

将来「親に恩返しをする」必要性が大きくなると感じる人たちも少なくないだろう。家族間の相互扶助

(互助)とはそういうものであり、3 世代同居では、親が高齢になった時には、子育てが一段落した子

どもが高齢の親の扶養や介護を行うという形で「恩返しする」という規範が機能していると考えられる。

そのような場合、親に子育てを手伝ってもらったとしても、子育ての時間費用はそれほど低下しない可

能性もある。

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これら 3 つのタイプの不安は、国が行ったアンケート調査の結果の中にも実際に見出す

ことができる(図表 2)。

(注)内閣府が 2014 年に行った「結婚・家族形成に関する意識調査」で、20歳〜39歳の未婚・既婚の

男女を対象としたアンケート調査の結果。

(出所)内閣府『平成 30 年版 少子化社会対策白書』(第 1-2-9 図)。

図表 2:子育ての不安要素

経済学では、人間は不確実性(不安)を好まないことが、「リスク回避的」という表現で

知られており、不確実性が大きいほど、子どもを持つことからの効用が低下すると考えら

れる。つまり、「子育ての不安」も一種の費用と考えられる。子育ての不安が大きいほど、

子育ての費用が大きくなると考えられるのである。

モデル事業の効果検証では、子育ての費用の中で、子育てに関わる不安(経済的不安・

時間的不安・精神的不安)が大きいことが、理想の子ども数を持つことが難しい大きな理

由となっていることを発見し3、その点に注目した考察や議論を行った。

3 子育てに関する不安が出産の意思決定に大きく影響を与えているのではないかという仮説を持つよ

うになったきっかけは、第 1に意識調査の中で寄せられた出産期の県民の皆さんの子育てに関する不安

の声であった。そして、地域における支援の分析を通じて、「将来の経済的不安も何とかなるかもしれな

い」という気持ちが高まることが、もう 1人子どもを持ってもよいという気持ちになる重要な要因であ

ることを発見したことであった(3.2(4)の分析)。この作業仮説に基づいて様々なデータを分析してい

く過程で、3つの不安の緩和が出生意欲の上昇につながることが明らかになっていった。

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(3) 子育ての不安が結婚の意思決定に与える影響

日本の少子化の主な要因として、未婚化や晩婚化などが挙げられることが多い。たとえ

ば、岩澤(2002,p.35)は、「1990 年代に入るまでは、期間 TFR(合計特殊出生率:筆者注)

の低下のほとんどは結婚行動の変化によって説明できるものであった」としている。実際、

夫婦の完結出生児数(夫婦の 終的な平均出生子ども数)は、1970 年代から 2002 年まで

2.2 人前後で安定していた(国立社会保障・人口問題研究所(2015)を参照)。

問題は、なぜ未婚率の上昇や晩婚化が進んできたのかである。結婚しない理由に関する

アンケート調査では、「適当な相手にめぐり合わない」という理由が一位になることが多く

(図表 3)、「出会いの場の問題」とされ、婚活支援などの支援策が行われることが多い。

(出所)国立社会保障・人口問題研究所(2015)

図表 3:「独身にとどまっている理由」の選択割合

実際、結婚で出会いの機会を作ることは重要な要因であり(岩澤・三田2015)、婚活支

援も意味がある取り組みのひとつと考えられる4。しかし、昔と比べて、現在は多様な人と

出会う機会は増えている。未婚化や晩婚化の根源的な理由は、やはり結婚したいと思う人

4 行政による婚活支援の取組の中で、結婚に至るような男女関係の構築のためのスキルを身につけても

らう「教育」は、政府の役割のひとつとして正当化されるとともに、効果的取組と考えられる。異性と

のつきあい方のスキルは、従来は兄弟姉妹・友人とのつきあいの中で、自然に身につけられてきたとこ

ろもあるが、家族やコミュニティの絆が弱くなる中で、自然に身につけることが難しくなっている。ま

た、スキル不足の問題は「お見合い」の仕組みによって緩和されていた面もあるが、その仕組みも消滅

しつつある。図表 3 でも、「異性とうまくつきあえない」ことは、結婚できない理由の第 3 位となって

いる。このような状況で、今後は学校教育の中で、スキルを身につけてもらう機会を作ることも考えら

れるが、異性とのつきあい方のスキルを獲得するための教育や訓練の欠如を補うために、男女の違いや

男女関係に関する心理学的な知識や知恵を、誰でも習得できるような「学び」の機会を行政が(民間の

団体や事業者と協力しながら)作ることは、市場の失敗の問題を緩和するという観点から正当化できる

とともに、結婚の希望を持つ人の希望を叶えるという観点から有効と考えられる。

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が限られているために、「適当な相手」にめぐり会えないことにあると考えられる。

経済学では、結婚相手探しは、就職先探しと同様「サーチ活動」(探索活動)として説明

できると考える。結婚相手とは長い時間を過ごすことになるため、色々な人と出会う機会

があると、よりよい配偶者を探してサーチ活動が長くなる可能性がある。

一般にサーチ活動には費用が伴うため、自分なりの「基準」を持ってサーチ活動を行い、

基準を超える出会いがあった時に、サーチ活動を終える(結婚を決める)というモデルが

ある。このモデルによれば、「適当な相手」(望ましい配偶者)に関する「基準」が高いと、

サーチ活動が長くなるとともに、結婚相手探しに失敗してしまう可能性が高くなる5。

この「適当な相手」の基準は、結婚しない時の効用(幸福度)に大きく影響を受ける。

結婚しなくても十分高い効用が得られるとしたら、基準は上がり、晩婚化や未婚化の可能

性が高まる。図表 3 の「結婚しない理由」からは、現代日本における「未婚化」や「晩婚

化」は、結婚しない場合の効用が十分高いために、「適当な相手」に関する基準が高くなっ

ていることに一因があると考えられる。

しかし、基準が高くなったとしても、その基準を超える人が数多く存在すれば問題ない。

したがって、「未婚化」や「晩婚化」の根源的理由は、高くなった「適当な相手」の基準を

超える人が少ないことにある(松田ほか(2015)も参照)。ここで問題となるのは、男性や

女性が結婚相手に求める希望とはどのようなものかである。

男性と女性の未婚者が結婚に何を求めているかは、図表 4 に読み取れる。回答の中で

も割合が高いのが、「子どもや家族をもてる」ということである。特に、女性の回答は約半

数に達している。2 番目に多いのは、「精神的安らぎの場が得られる」というものである。

(出所)国立社会保障・人口問題研究所(2015)

図表 4:「結婚の利点」を選択した未婚者の割合

5 サーチ活動が長引く場合、結婚するために「基準」を下げていくと考えられるが、結婚しない場合の

期待効用(留保利得)で規定される「基準の下限」があり、結婚しない選択が取られる可能性もある。

サーチ理論に基づく晩婚化の説明として坂爪(1998)も興味深い。

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これら 2つの回答は、「子どもを持つこと」や「安心や安らぎを感じられる環境を得るこ

と」を結婚の目的と考えている人が多いことを示唆している。また、女性に関しては「経

済的に余裕を持てる」ことを結婚の利点と考えている人が多いことも注目に値する。した

がって、結婚相手探しでは、「安心や安らぎを感じながら子どもを育てられると感じられる

人」を「適当な相手」の基準としている人は多いと考えられる。特に、子育てに関する不

安が大きい場合、結婚して子どもを持ちたいのであれば、経済的にも、時間的にも、精神

的にも安心して子育てができそうな配偶者を見つけることが重要となる。

たとえば、非正規雇用の男性は結婚することが難しくなることが知られている6。上記の

ような「基準」を満たすことが難しくなるため、女性から選ばれにくくなると説明できる

だろう。言うまでもなく、上記の基準はひとつの基準にすぎない。しかし、社会全体で子

育ての不安を緩和する取り組みを行い、安心して子育てができる社会環境が整えば、結婚

相手探しにおいて、「安心して子育てができそう」という基準を求める必要性が低下し、結

婚する人が増え、それを通じて出生率が上昇する効果も期待できると考えられる。

少子化の主な要因は、未婚率の上昇や晩婚化などであり、子育て支援政策は有効な政策

とは言えないとの議論が行われることがある。しかし、安心して子どもを生み育てること

が難しくなっていることが、未婚率の上昇や晩婚化の重要な原因のひとつと考えられる。

子育てに関する経済的・時間的・精神的不安を緩和する子育て支援を行うことで、結婚も

促され、人々が理想の子ども数を持てる社会にさらに近づくことができると考えられる7。

たとえば、配偶者の経済的状況によらず、安心して子育てができるほどの十分な子育て

支援が行われるなら、子どもを持ちたいと思う人が配偶者に求める基準は低くなり、(「適

当な相手」ではなく)「好きな相手」と結婚して、子どもを生み育てることができるように

なる。さらに日本では 7人に 1人の子どもが貧困状態にあると言われるが、そのような「子

どもの貧困」の問題も緩和されることが期待される。実際、図表 5に見られるように8、子

育て支援(特に保育サービス補助などの現物給付)が充実し、男女平等度が高い国々では、

出生率が高いのみならず9、子どもの貧困率も低くなる傾向が見られる10。子どもの貧困率

が高いという状況では、子どもを生み育てることへの不安は高止まりするだろう。

6 内閣府(2017)『平成 30 年度少子化対策白書』(第 1-1-19 図)。7 近年は、夫婦の完結出生児数が減少しており、2015 年には過去 低の 1.94 人になっている。少子化

対策としては、やはり効果的な子育て支援政策を行うことが、 も重要と考えられる。8 先進国の状況の比較を意図して、図表 5では、2000 年以前に OECD に加盟した国を取り上げた。 9 図表 5の「家族向け社会支出」が、子育て支援のための公的支出を表している。その中の現物給付の

GDP 比が高い国では、出生率や女性の労働参加が共に高くなる傾向が見られることについては、

Yamashige (2017, 第 8 章第 4 節) を参照のこと。10 ただし、子育て支援が充実し、子育てのために配偶者の経済力を期待しなくてよくなると、そもそも

結婚しなくても子どもを生み育てられる環境が整うため、結婚せずに子どもを生む人が増える可能性が

高まる。実際、出生率が高い先進国では、婚外子の割合が高い。子どもを生み育てやすい社会作りとい

う観点から、多様な結婚や家族のあり方を社会的に認めていくことも必要になってくるだろう。

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国 男女平等

指数 (順位)

合計特殊 出生率

25~54歳の女性

の労働参加率 (%)

家族向け社会支出のGDP比

(括弧内は現物給付で内数) (%)

子どもの

貧困率 (%)

アイスランド 1 1.81 87.5 3.40 (2.38) 7.2

ノルウェー 2 1.73 83.9 3.26 (1.90) 7.3

フィンランド 3 1.65 83.5 3.11 (1.70) 3.7

スウェーデン 4 1.85 88.3 3.54 (2.18) 9.1

アイルランド 5 1.94 74.8 2.21 (0.57) 10.8

スイス 8 1.54 84.8 1.72 (0.50) 9.5

ニュージーランド 10 1.99 79.1 2.59 (1.14) 14.1

ドイツ 11 1.50 82.5 2.22 (1.13) 11.2

オランダ 13 1.66 82.1 1.46 (0.60) 10.4

デンマーク 14 1.71 83.4 3.44 (2.08) 2.9

フランス 15 1.92 83.0 2.94 (1.43) 11.3

イギリス 18 1.80 80.0 3.47 (1.22) 11.2

ベルギー 19 1.69 80.2 2.82 (1.04) 11.0

スペイン 25 1.33 82.0 1.24 (0.72) 22.1

アメリカ合衆国 28 1.84 73.7 0.64 (0.57) 19.9

カナダ 30 1.56 82.0 1.55 (0.24) 17.1

ルクセンブルク 32 1.47 81.3 3.37 (0.86) 13.7

オーストラリア 36 1.79 76.6 2.65 (0.91) 13.0

オーストリア 37 1.49 84.4 2.65 (0.69) 9.6

ポルトガル 39 1.30 86.0 1.20 (0.46) 15.5

イタリア 41 1.35 65.9 1.96 (0.66) 18.3

ポーランド 51 1.29 79.6 1.53 (0.75) 13.4

メキシコ 71 2.19 55.2 1.03 (0.59) 19.7

チェコ 81 1.57 81.4 2.04 (0.54) 10.5

ギリシャ 87 1.33 77.7 1.03 (0.10) 18.9

ハンガリー 99 1.44 79.6 2.97 (1.24) 11.8

日本 101 1.45 75.2 1.31 (0.57) 13.9

韓国 115 1.24 65.4 1.20 (1.02) 7.1

トルコ 130 2.15 40.3 0.38 (0.19) 25.3 (注)2000年以前にOECDに加盟した国。2015年のデータが得られない場合、2014年のデータで一部補完。

(出所)世界経済フォーラムおよび OECD のデータベース。

図表5:出生率、女性の労働参加率、家族向け社会支出

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10

2.2 子育て支援政策の効果に関する実証研究

子育て支援政策の効果に関する実証研究は、日本でも着実に蓄積してきている。また、

その分析結果を包括的に紹介した「サーベイ論文」も少なくない。代表的なサーベイ論文

として、伊達・清水谷(2005)および姉崎・佐藤・中村(2011)がある。以下では、この 2

つの論文を参考に、まず、これまでの実証結果の成果を、理論的にどのように考えたらよ

いのかについて説明する。その上で、モデル事業の効果分析が、既存研究とどのように関

連するかを紹介し、次節以降での効果検証を理解するための基礎としたい。

既存の研究を包括的に整理・紹介することを目的とするサーベイ論文は、研究成果の羅

列になりがちであるが、それぞれの研究が現実の問題に対して持つインプリケーション(含

意・示唆)を考えることが重要である。以下では、既存研究の包括的な紹介はサーベイ論

文にまかせて、モデル事業の効果検証への含意・示唆を中心に議論する。

(1) 子育て支援策の効果に関する実証研究の理論的考察

子育て支援策の効果に関するこれまでの実証研究をレビューした姉崎・佐藤・中村(2011)

では、これまでどのような実証研究が行われてきたかが、わかりやすく整理されている。

そこでは、次のような結果のまとめが行われている(p.3)。

「これまでの研究成果の結論をおおまかに述べれば、

1) 育児休業制度は出産を促進するという研究が多い、

2) 一部に有意な関係がみられないという研究もあるが、基本的には保育サービスについ

てもその充実が出産を促進するという研究が多い、

3) 児童手当等の経済的支援は出産を促進するがその効果は大きくないという研究が多い、

4) 父親の家事・育児参加は出産を促進するという研究が多い、

ということができる。」

ここで取り上げられた子育て支援策は、「児童手当等の経済的支援」が「経済的ゆとり支

援」、それ以外(育児休業制度の充実、保育サービスの充実、父親の家事・育児参加支援)

が、「時間的ゆとり支援」に対応している。

理論的な観点からは、いずれも子育ての負担を軽減する施策であり、出産を促す効果が

あると考えられる。しかし、実証研究において「効果が見られない」という結果が出され

ることがあるのはなぜだろう。理論的考察が誤っており、本当に効果がないということな

のだろうか。理論的な観点からは、次のような 2つの理由が考えられる。

① 「効果が見られない」という実証結果は、「効果がない」という結果ではなく、十分

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11

なデータが存在しない、あるいは効果が小さすぎて集められたデータでは「効果があ

る」ことを科学的に証明できなかったということである。

② 子育て支援策が、期待される効果を相殺するような派生効果を持つことで、効果を生

まなかった可能性がある。

①については、実際、「効果が見られない」という結果から、「効果がない」と考える人

が少なくない。統計学を学んでいない人が陥りやすい誤りである。モデル事業の効果検証

の結果の解釈の際にも、注意が必要である。

より重要と考えられるのが、②の問題である。たとえば、保育サービスの充実という子

育て支援策を考えてみる。それは、子育てや仕事のための時間を確保できるかという不安

を緩和するものであり、出産を促す効果があると考えられる。しかし、保育サービスが利

用しやすくなることで、実は、子育てを親に手伝ってもらわなくてもよくなるため、親(子

の祖父母)による「保育サービス」が減るという派生効果が発生する可能性がある。

保育サービスの利用が難しい場合には、親に子育てを手伝ってもらっていたであろう人

が、保育サービスを利用できるようになった場合に、それがなくなってしまう効果は、経

済学では「クラウディング・アウト効果(押しのけ効果)」と呼ばれている。公的な保育サ

ービスの充実が、親による私的な保育サービスを完全に押しのけてしまう場合、実は保育

サービスの総和には全く影響を与えられないことになる。そうであれば、保育サービスの

充実は出生に対しても全く影響を持たない可能性がある。このような可能性は、経済学で

は「中立命題」と呼ばれている(たとえば、山重(2013,第 8 章 3 節)を参照)。

このように、出産にプラスの効果を持つと期待される子育て支援策が、その効果を相殺

するクラウディング・アウト効果を持つことで、効果をほとんど持たなくなる可能性があ

ることに気づくことは重要である。まず、実証研究で「効果が見られない」という結果が

出てきた場合に、そのようなクラウディング・アウト効果が存在しないか考えてみること

ができるようになる。さらに、効果的な子育て支援策を考える際に、クラウディング・ア

ウト効果まで考慮した緻密な立案ができるようになる。

保育所拡充策の効果に関しては、実際にそのような効果の存在が指摘されている。上述

のように、保育サービスの拡充が親による保育サービスを押しのけてしまう効果(たとえ

ば朝井・神林・山口(2016))のみならず、保育所利用者の増加が幼稚園の利用を押しの

けてしまう効果も観察されている(たとえばNishitateno and Shikata (2017) を参照)。

したがって、保育所を増やしても、地域における保育サービスの総量はほとんど増えず、

出産を促す効果が見られないという実証結果が出てきた可能性がある。このような理論的

考察や実証結果の理論的解釈は、効果的な子育て支援策のあり方を考える上で重要になる。

さらに、子育て支援策の派生効果として、それが労働供給や所得に与える効果も重要で

ある。たとえば、児童手当などの経済的支援の充実は、子育て世帯の所得を引き上げるこ

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とを通じて、働く意欲に対してマイナスの効果を持つ可能性(働かなければと考えていた

人が働かなくても大丈夫と考えるようになる可能性)があることが知られている。これに

対して、労働参加を条件に保育サービスを低い保育料で利用できるようにする時間的ゆと

り支援策は、働く意欲に対してプラスの効果を持つ可能性が高い11。

子育て支援政策が労働供給に与える派生効果は、特に長期的な効果を考える上で重要に

なる。たとえば、同じ財源であれば、保育サービスの拡充に用いることで、母親の就業継

続を促し、税や保険料を継続的に納めてもらう方が、児童手当の拡充に用いて、専業主婦

として子育てに専念することを促す場合と比べて、財政面で大きなメリットが生まれると

いう議論がある。母親の労働参加を通して新しく生まれる財源を子育て支援のさらなる拡

充に用いることで、出産が増える効果がさらに大きくなるという長期効果についても理論

的に証明されてきた(たとえば、Apps and Rees (2004) を参照)。

様々な派生効果、そして、短期効果と長期効果の区別を意識しながら、実証研究の結果

を読み解き、効果的な子育て支援政策の今後のあり方について検討することが重要である。

以下では、上記のような理論的考察を踏まえて、いくつかの実証研究を取り上げ、モデル

事業の効果検証での定量分析の基本的な考え方を説明しておく。

(2) 子育て支援策の効果に関する実証研究とモデル事業での効果検証

子育て支援策の効果に関する実証研究は、着実に蓄積されてきている。モデル事業の効

果検証の意味や意義を明らかにするためにも、関連する既存研究を少し紹介しておきたい。

まず効果指標となる「子ども数」に関する研究を紹介した上で、経済的ゆとり支援、時間

的ゆとり支援、精神的ゆとり支援という 3つの子育て支援の効果に関する研究を紹介する。

① 予定・理想子ども数と実際の子ども数

子育て支援策が出産を促す効果に注目する実証研究において、まず問題となるのが、効

果指標である。 も確実な指標は、「実際の子ども数」である。しかし、実際の子ども数は、

様々な要因によって影響を受けるため、ある政策の変化がどのような影響をもたらすかを

確認することは難しい。特に、科学的分析を行うために、個人が提供する大量のデータ(個

票)を使った分析を行う場合、ある政策の変化が、実際の子ども数に与える影響を確認す

るには長い時間が必要となる。

そこで、実際の子ども数の変化ではなく、予定子ども数の変化で、支援策の効果を分析

するというアプローチが生まれる。問題は、予定子ども数の変化が、本当に実際の子ども

数の変化につながるかである。西村(2012)は先行研究をレビューした結果、「予定子ども

11 ただし、既述のように、保育所の拡大が、親(子の祖父母)によるインフォーマルな保育サービスの

提供を減らすだけであれば、女性が労働供給を増やす効果も発生しないと考えられる。

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13

数の出生率予測指標としての妥当性を分析する研究は数多く存在」するとして、国内外の

研究を紹介している。ただし、短期の分析では予定子ども数と実際の出生数の一致性が確

認できるが、10 年以上の長期間をとって分析した研究では不一致性が確認される傾向があ

るとして、若年期の予定子ども数は長期の出生率予測に向かないとしている。

モデル事業の効果検証では、事業実施後に生まれた「実際の子ども数」で効果を測定す

ることが意図されていた。しかし、いくつかの問題があった。第 1 に、実施事業者で生ま

れた子ども数が増えたとしても、支援を受けるために「子どもをもうける時期を早めた」

人が多くて、増えた可能性がある。この場合、長期的に見れば出生を促す効果はないと考

えられるため、「実際の子ども数」で効果を測定することには実は問題がある。

実際、後述するように、カナダでの期間限定の支援事業では、実施期間中は出生数が増

えたが、終了後には出生数が減少してしまったという実証研究(Parent and Wang 2007)が知られていたため、アンケート調査では、実施期間中の出生が、「たまたま子どもをもう

ける時期と重なった」のか、「子どもをもうける時期を早めた」のか、それとも「予定子ど

も数を増やした」ことによるかを確認する質問を行った。後者の 2 つがモデル事業の効果

と考えられるが、少子化対策という観点から意味があるのは、 後の効果のみである。

経済的ゆとり支援の対象となる事業では、出産して一時金を受けた人に、そのような質

問を行い、支援が行われたことで「予定子ども数を増やした」人がいることを確認できた

(図表 10)。予定子ども数と実際の子ども数の関係に関する既存の研究を踏まえると、経

済的ゆとり支援は、実際の子ども数を増やす効果を持つと考えられる。

実施事業者で出産した人全員に上記のような質問をすることができれば、問題は少し緩

和するが、たとえば「時間的ゆとり支援」に取り組む事業者で、出産が「予定子ども数を

増やした」結果と言えるか否かを回答することは難しいだろう12。出産に影響を与える要因

には様々な要因が考えられ、実際に生まれた子ども数のデータは限られた数の実施事業者

のデータであり、十分な科学的分析を行うことは難しかった。

そこで今回の効果検証では、主として、実施事業者で実施してもらったアンケート調査

における「予定子ども数」への回答で、モデル事業の効果を測定することにした。なお、

アンケート調査では、「理想子ども数」も尋ねているが、少子化対策という観点からは、実

際に子どもが増やす効果を持つか否かが重要であり、理想子ども数が増えるか否か、ある

いは理想子ども数と予定子ども数の差が縮小するか否かに関する分析は、少子化対策の効

果分析としては実施しなかった13。

12 実際、経済的ゆとり支援の対象者以外で出産した人には、アンケート調査は行われていない。13 国民の希望を実現するという観点から「理想子ども数と予定子ども数の差が縮小するか否か」の分析

を行うことには意義があると思われるが、たとえば理想子ども数が低下することでも、その差は縮小し

てしまうため、少子化対策の効果を確認するための指標としては用いなかった。

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14

② 経済的ゆとり支援の効果

子育て世帯への経済的支援の効果を分析した先行研究としては、都道府県や市区町村な

どの合計特殊出生率を被説明変数として、それに影響を与える様々な要因をコントロール

した上で、経済的支援の効果がプラスの効果を持つと言えるか否かの分析を行う研究が多

い。しかし、日本国内では、特定の自治体が特別な経済的支援を行う事例は少ないため、

経済的支援の効果に関しては、支出補助などの違いに注目した間接的な推計が多い。

一方、海外の研究では、たとえば Milligan (2005) は、カナダのケベック州における子

育て支援のための所得移転政策の導入が出生率に与えた影響を、そのような政策が行われ

なかった州との比較を通じて推計し、それが出生率の上昇に強い影響を持ったという結果

を示している。しかし、Parent and Wang (2007) は、1970 年代半ばにケベック州で行わ

れた児童手当の拡充政策は短期的な出生数の上昇をもたらしたが、その後、拡充策の対象

となった家族では出生数の低下が見られたため、出生率に関しては、長期的な効果は生ま

れず、単にタイミング効果だけしか見られなかったとの指摘を行っている。 近年の研究では、個人へのアンケート調査(個票)を用いて、経済的支援が実際の子ど

も数や予定子ども数に影響を与えるかを分析したものが増えてきた。今回のモデル事業の

効果検証で行った実証分析も個票を用いた分析のひとつであるが、実際に現金給付を行っ

て効果を確認しようとする点が、従来の日本での研究にあまりないユニークな点である。

これまでの様々な実証研究の結果については、姉崎・佐藤・中村(2011)を参照して頂

きたいが、すでに述べたように、「児童手当等の経済的支援は出産を促進するがその効果は

大きくないという研究が多い」。「効果は大きくない」とはどういう意味か明らかにする必

要があるが、まず理論的な観点から、経済的支援による所得の増加が、出産を促さない可

能性があるかを考えてみたい。

有力な説明のひとつは、所得の増加が子どもの「数」ではなく「質」(教育水準)を高め

るために用いられてしまい、出生数の増加につながりにくい可能性である14。たとえば森田

(2006)は、「児童手当が月額 1万円払われた場合、子ども数については、夫の所得の増加

を通じて約 0.1%増加するものの、養育費の増加が負の効果を持つことから、ネットでみ

れば子ども数の増加は約 0.03%と効果としてはきわめて小さい15」という推計結果を示し、

プラスの効果とマイナスの効果を差し引きした「ネットの効果」は小さいとしている。

14 経済的支援の下では、子育ての費用が低下するので、子どもを持つインセンティブが高まり出産を促

す「代替効果」が生まれることは間違いない。さらに所得が増えることで、より多くの子どもを生み育

てることが可能になるため、「所得効果」も子ども数を増やす方向に働く可能性も十分ある(子育て支援

策の効果に関する基本的説明は山重(2016, 第 7章)を参照のこと)。しかし、Becker and Lewis (1973) が強調したように、子どもの質という要因を考えると、所得の増加が子どもの質(教育水準)を高める

方向に働き、子ども数を減らす効果を持つ可能性があることが指摘されている。子どもの数と質の選択

に関する経済学的な議論については、安岡(2013)も参照のこと。 15 姉崎・佐藤・中村(2011,p.38)による要約説明。

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15

このような観点からは、少子化対策として実施が予定されている(所得制限のない)「幼

児教育・保育の無償化」は、確かに子育ての費用を引き下げて、経済的ゆとりを作る支援

策であるが、生み出された経済的ゆとりが、子どもの数ではなく質を高めるための私的な

教育支出に用いられる可能性があり、出生率の増加につながるかに関しては懸念が残る16。

ただし、経済的な制約のために、子どもを持ちたくても持てないでいる低所得世帯にと

っては、経済的支援の拡充は、制約を緩めることで、子ども数を増加させる可能性は高い。

たとえば、モデル事業と同様の一時金が出生率に与える効果を分析することを試みた田中・

河野(2009)は、1998 年と 2002 年の健康保険組合のパネルデータを用いて、男性被保険者

の給与が低い低所得者の場合 10 万円の出産一時金が、被扶養主婦の出生率を 0.017〜

0.032ポイント上昇させるが、高所得者では、出産一時金の効果は統計的に有意な影響は

見られなかったことを報告している。比較的所得の低い世帯への出産一時金が出生率の引

き上げに対して有効となる可能性を指摘している。

なお、「効果は大きくない」という説明についても、慎重な考察が必要である。効果の低

さに関する指摘として、たとえば、上述の森田(2006)の「児童手当が家計の出生行動に

与える影響はきわめて小さく、児童手当を少子化対策と位置づけるのであれば、児童手当

をかなり増額しなければ効果はないであろう」との指摘が紹介され、「効果が大きくない」

との結論の一例とされていると考えられる。しかし、「月額 1万円」の児童手当で期待され

る効果が小さいであろうことは容易に想像される。

効果の大小に関する議論は、代替的な政策との比較でのみ意味がある。たとえば、次に

見るような「時間的ゆとり支援」との比較で、同じ財源を用いた場合の効果の比較を行う

ことで初めて効果の大小に関する適切な議論が行えると考えられる17。

16 幼児教育・保育の無償化が行われた場合でも、利用料が設置者によって定められる私立幼稚園や認可

外保育所の場合、無償化される額に上限がある。その場合は、利用者に経済的余裕ができるため、利用

料金が引き上げられるという派生効果が生まれて、子育て世帯への経済的支援は事業者収入の増加とい

う形で吸収され、出生率の上昇につながらない可能性があることを、「補助金の帰着」に関する経済学的

考察は示唆する(政策の「帰着」に関する議論については、たとえば山重(2016, 第 8章)を参照)。 17 モデル事業で行われた「一時金の支給」と比較して「児童手当の拡充」の効果を考えると、「児童手

当の拡充」にかなり大きな財源が必要となるのは、児童手当の給付が 15 歳までということに一因があ

る。一時金は、これから生まれる子どもに対してのみ給付すればよいのに対して、児童手当の増額は 15

歳までの子どもに適用されるため、施策の導入時に大きな財源が必要となることが予想される。すでに

15 歳になった子どもへの児童手当を増額しても、出生数増加効果があまりない可能性が高い。長期的な

財源には差がないと考えられるが、短期的には、効果がありそうな対象者に限定した子育て支援の方が

費用対効果が高いと考えられる。さらに、たとえば月額 1万円の児童手当を(所得制限なしで)15 歳ま

で支給する場合、1 人当り 180 万円になるが、出産時に確実に受け取れる 180 万円の一時金の方が、一

般に所得が低い時期に行われる出産の意思決定に与える影響は大きいと考えられる。一時金が子育ての

ために確実に用いられるようにバウチャー方式(特定目的の支出に限定される補助方式)で支給される

場合でも、借入制約に直面しがちな出産期の予算制約を拡大させて、子どもを持ちたいと思う気持ちを

後押しする効果は高いと考えられる。育児休業の充実や保育所への補助金なども、一時金と同様、補助

対象が出産期にある人たちである可能性が高いため、導入時の財源に対する効果は相対的に高いと考え

られる。同じ意味で、高等教育の無償化は、投入される財源に対して出生率を高める効果が低いと考え

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16

③ 時間的ゆとり支援の効果

時間的ゆとり支援として、姉崎・佐藤・中村(2011)は、育児休業制度の充実、保育サ

ービスの充実、父親の家事・育児参加支援の効果の分析を紹介し、いずれも出産にプラス

の効果が存在するとの研究が多いことを紹介している。しかし、保育サービスの充実に関

しては、出産を促す効果が確認できないという研究も少なくないとされている。保育サー

ビスの充実が、親(子の祖父母)からの保育サービスの減少という形でクラウディング・

アウト効果を持ち、保育サービスの総量にあまり変化がないために、出産促進効果が小さ

くなってしまっている可能性がある。

このようなクラウディング・アウト効果がある場合、保育所の充実が出産や女性の労働

参加を促す効果を持つのは、親による保育サービスなどを受けられない人が大多数になっ

ているような地域や状況においてであると考えられる。そのような観点からは、保育サー

ビスの十分な拡大が行われてはじめて、出産促進効果が生まれる可能性がある18。

モデル事業では、時間的ゆとり支援として、職場における仕事と子育ての両立支援の取

り組みを想定していた。育児休暇を取得しやすくする環境を整備したり、男性も育児参加

しやすくなるような企業レベルの取り組みが、出産を促す一定の効果を持つことは、姉崎・

佐藤・中村(2011)で紹介されているような研究が示唆しているが、それら以外にも、仕

事と子育てを両立しやすくする「ファミリー・フレンドリーな職場環境」が出生率に与え

る影響についても、いくつか実証研究が存在する。

たとえば、酒井・高畑(2011)は、職場環境における両立支援策が出生に与える影響に

関する国内外の実証研究のレビューを行ない、両立支援策が出生意欲を高める効果を持つ

との研究をいくつか紹介している。そこでも紹介されている研究のひとつである野口(2007)

は、労働組合員に対する調査という限定的な調査ではあるが、「育休制度」や「短時間勤務

制度」を含む施策は、出生率を高める効果はなく、「会社による託児所利用の支援」や「在

宅勤務制度」等を含む施策群が出生確率を高めるとの結果を示していた。

また、海外の研究では、パートタイム労働など労働時間を柔軟に決められることが、出

生にプラスの効果を持つとの結果(Ariza et al. 2005)が紹介されている。モデル事業の効

果検証でも、女性の場合は、正規雇用よりも非正規雇用の方が予定子ども数が高まる傾向

があるという結果が得られており(図表 17 の「正規雇用」の係数)、時間的ゆとりを持て

る働き方の方が、出生に対してプラスの効果を持つことが示唆されている。この結果は、

女性の場合、正規雇用の場合でも、子育て中は、非正規労働者のように柔軟な働き方がで

きるようになることが、出産に対してよい効果を持つ可能性を示唆していると考えられる。

られる(私立大学の授業料引き上げを促す派生効果によって、効果が相殺される可能性もある)。 18 財政の観点からは、親(子の祖父母)による保育サービスの提供の方が費用が小さいと考えられる。

それを促したいのであれば、親による保育サービス提供に、現金給付を行う政策も考えられる。そのよ

うな政策は、クラウディング・アウト効果という派生効果(副作用)を緩和する政策と考えられる。

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17

④ 精神的ゆとり支援の効果

モデル事業での地域での子育て支援の効果の調査・分析を通じて明らかになってきたの

は、出産・子育て期の夫婦、特に女性が抱く出産・子育てへの不安が、少子化の重要な要

因となっていると考えられるということであった。 出産・子育てへの不安は、一般論として議論されることはあったが、経済学的な分析が

行われることはあまりなかった。しかしよく考えると、経済学的な観点からは、子どもを

持つことは投資的行為であり、不確実性を明示的に考慮した分析を行うことが自然である。

将来の不確実性や将来への不安が出生行動に与える影響に関する理論分析や実証分析は、

あまり存在しないが、たとえば、Modena et al. (2014)は、同様の問題意識を持つ研究の

ひとつである。そこでは、女性の雇用の不安定性などが、イタリアにおける出生率にマイ

ナスの影響を与えることが、実証的に明らかにされている。 出産・子育てに関する不安を緩和する方法として、人々は伝統的には共助のネットワー

クを有していた。人々は、家族、親戚、友人、近所の人などの金銭的・非金銭的支援を受

けながら、子育てを行ってきた。共助のネットワークの伝統的な役割のひとつは、参加者

が直面するリスクを共有し合うこと(困った時に助け合うこと)で、不確実性や不安を減

らし、参加者の生存確率や効用を高めることにあると考えられている19。父親の家事・育児

への参加が、出産を促す効果を持つのは、母親に時間的ゆとりを与える効果を持つだけで

なく、母親の不安を緩和する効果も持つからと考えることもできるだろう。夫婦は基本的

な共助のネットワークのひとつと考えられるが、このような共助のネットワークの重要性

は、近年、社会科学では、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の概念で説明される

ようになってきた20。

出生行動が、出産・子育てに関する精神的な不安によって影響を受けることを直接示す

ような実証研究はまだ多くないが、ソーシャル・キャピタルが出生行動に与えるプラスの

影響については、日本でも内閣府(2003)や内閣府(2007)などによってその存在が明ら

かにされてきた。その後の研究(滋賀大学・内閣府経済社会総合研究所2016)でも、市町

村レベルのデータを用いて、ソーシャル・キャピタル指数と出生率の間に正の相関関係が

存在することが示された。内閣府(2007,第 2 章第 2節)と同様に、都道府県のソーシャル・

キャピタル指数と出生率の関係を見ると、2 つの変数の間にプラスの相関があることも確

19 たとえば、Bergstrom (1997) は結婚のリスク・シェアリング機能について、Guiso and Jappelli (1991) や Cigno (1993) は、リスクへの対応を行う資本市場が市場の失敗のために効率的に機能しない状況で、

親子間のリスク・シェアリングが果たしてきた役割やメカニズムついて、それぞれ整理・分析している。

日本でも親子間の育児支援に関する研究は多い(たとえば星(2007)など)。また、コミュニティにおけ

る共助を通じて、リスクを緩和する取り組みは、経済学では、村経済(Village Economies)の研究を通

して注目されてきた。たとえば、Townsend (1994)、Ligon (1998)、Ligon et al. (2002) などの先駆的な

研究は、途上国の村社会が、リスク・シェアリング機能を持っていたことを実証的に明らかにした。 20 ソーシャル・キャピタルの定義およびその経済学的研究については、山重(2013,第 7 章)を参照。

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18

認できる(図表 6)。

(出所) 国立社会保障・人口問題研究所(2018), 滋賀大学・内閣府経済社会総合研究所(2016)により筆者作成

図表6:ソーシャル・キャピタルと合計特殊出生率

上述のような経済学的な考察に基づくと、ソーシャル・キャピタルは、出産・子育ての

リスクを低減させ、子どもを持つことの純便益を引き上げることで、出産を促すと説明で

きる。たとえば、Bühler and Philipov (2005) は、ソーシャル・キャピタルと出生行動の

関係性に関して、経済学的な考察に基づいて実証研究を行なっている。そこでは、ソーシ

ャル ・キャピタルが、子育ての費用を引き下げ、子育て世帯の所得の安定に寄与する役割

を果たす場合、1 人目あるいは 2 人目の子どもを持つタイミング、そして 2 人目または 3

人目の子どもを持つか否かの意思決定にプラスの影響を持つことが確認されている。 経済学的研究以外でも、Rossier and Bernardi (2009) や Bernardi and Kláarner (2014)

は、出生行動が人間関係(Social Network)によって影響を受けることを、事例分析を通

じて明らかにしている。そこでは、個人が所属するネットワーク(ソーシャル・キャピタ

ル)が、出産・子育てのリスクを低下させるだけでなく、出産の意思決定に関わる様々な

要因(たとえば、子どもを持つことに関する規範、信念、意識、機会、制約など)に影響

を与えて、出産のタイミングや子ども数に影響を持つことが議論されている。 いずれの研究も、出産・子育てのリスクを減らす仕組み(たとえばソーシャル・キャピ

タル)が、出産を促す効果を持つことを示唆しており、出産・子育てへの不安が、出産を

抑制する重要な要因となっていることを(間接的に)示していると考えられる。

1.0

1.1

1.2

1.3

1.4

1.5

1.6

1.7

1.8

1.9

2.0

0.17 0.18 0.19 0.20 0.21 0.22 0.23 0.24 0.25 0.26 0.27

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19

3. モデル事業の効果分析

本節では、これまで見てきた少子化対策の効果分析に関わる理論や既存研究を分析・考

察の基礎として、モデル事業の効果分析の結果を紹介していく。今回のモデル事業の分析

に関する技術的な説明のために、まずモデル事業の概要を図表 7 に示しておく(事業の詳

細については、新潟県少子化対策モデル事業効果検証委員会の『 終報告書』を参照)。

類型 支援目的 補助対象事業 事業主体

(実施件数・事業者数)

補助基準額及び

補助金額

①型 時間的ゆとり 仕事と子育て両立支援型

法人等又は複数の法人等で構成される団体(6 件 9法人)

上限単年 1,500 千円

②型 経済的ゆとり 第3子からの出産・子育て支援型

法人等又は複数の法人等で構成される団体及びそれらの従業員(6 件 7 法人)

1人当たり 2,000 千円(県1,500 千円、事業主体 500千円)※全部又は一部は教育費用に充当

③型 同上 第1子からの出産・子

育て支援型 同上(10 件 20 法人)

1人当たり 500 千円(県 375

千円、事業主体 125 千円)

④型

時間的ゆとり +

経済的ゆとり

時間的ゆとり支援と第

3子からの経済的ゆとり支援の同時達成型(①型及び②型)

同上(5 件 6 法人) ①型及び②型

⑤型 同上

時間的ゆとり支援と第1子からの経済的ゆとり支援の同時達成型(①型及び③型)

同上(5 件 19 法人) ①型及び③型

⑥型 地域子育て対策 地域で行う子育て支援型

地域の子育て支援が可能な法人等(10 件 12 法人)

上限単年 1,500 千円

図表7:実施事業者および協力企業の出生数の推移

3.1 実際の出生行動に与えた効果

今回のモデル事業では、補助対象事業者ごとに、対象期間(2015 年〜17 年)および開始

前年(2014 年)の実際の出生数が調査された。また、経済的ゆとり支援として実際に補助

(50 万円または 200 万円)を受けた個人には、アンケート調査が行われた。なお、効果検

証のために、協力企業として、出生数調査やアンケート調査への協力が得られた「協力企

業」(9法人)のデータも収集された。 図表 8 では、各調査年度における、国および新潟県の出生数の情報とともに、実施事業

者と協力企業での出生数のデータが、いくつかグループ集計とともに掲載されている。

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2014年度 2015年度 (A) 2014・15計 2016年度 2017年度 (B) 2016・17計 (B)/(A)

国 1,009,401 1,003,271 2,012,672 966,040 935,397 1,901,437 94.5%

新潟県 16,428 16,345 32,773 15,494 14,911 30,405 92.8%

モデル事業 協力企業 58 64 122 56 59 115 94.3%

モデル事業 実施事業者 493 602 1,095 572 527 1,099 100.4%

①型(時間的ゆとり) 198 280 478 258 242 500 104.6%

②型(経済的ゆとり 第3子~) 48 48 96 62 46 108 112.5%

③型(経済的ゆとり 第1子~) 86 84 170 81 81 162 95.3%

④型(①型+②型) 132 161 293 141 132 273 93.2%

⑤型(①型+③型) 29 29 58 30 26 56 96.6%

経済的ゆとり計(②+③+④+⑤) 295 322 617 314 285 599 97.1%

時間的ゆとり計(①+④+⑤) 359 470 829 429 400 829 100.0%

図表8:実施事業者および協力企業の出生数の推移

今回のモデル事業が、補助対象事業者での出生数を増やす効果を持ったかに関する検証

では、実施事業者における出生数が、補助事業の前後でどのように変化するかを確認し、

その変化は補助事業がなかった場合と比べて違いがあるかを確認することが望ましい。し

かし、そのような望ましい検証を行うことは、実際には主として以下の理由で難しい。

① 補助事業が実施されなかった場合と比べるということはできない。

② 補助事業以外にも、出生数に影響を与える要因は多い。

③ 今回の出生数調査の対象となる企業数が多くない(サンプル・サイズが小さい21)

効果検証のためには、補助事業が実施されなかった場合と比較することが望ましいが、

そのような仮想的な状況は作ることができないというのが、①の問題である。この問題を

緩和するために、一般に対照群(コントロール・グループ)を適切に選び、「補助事業が実

施されなかった場合」の状況とみなして、検証を行うことが次善の方法として望ましい22。

今回も、そのような手法を適用することを想定して、補助事業の対象とならなかった企業

の中から「協力企業」を選び、モデル事業の効果の比較を行うことを試みた。

十分なデータがある場合には、②の問題を緩和するために、出生数に影響を与える様々

21 サンプルとは収集されたデータの集まりを指しており、集められたデータ(観測値)の数をサンプル・

サイズと言う。 22 政策を実施する処置群(トリートメント・グループ)と実施しない対照群(コントロール・グループ)

を無作為(ランダム)に選んで効果を検証する手法は、ランダム化比較試験(RCT: Randomized Control Trial)と呼ばれ、証拠に基づく政策決定(EBPM: Evidence-Based Policy Making)という考え方にお

いて、望ましい「証拠作り(根拠作り)」の手法のひとつと考えられている。

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21

な要因を用いて、補助事業が出生数に与える影響を、より正確に把握することができる。

しかし、③で指摘されているように、今回得られた出生数のデータは限られていた(実施

事業者36社、協力企業9社)ため、そのような緻密な推計を行うことができなかった。

そこで、モデル事業が実際の出生数に与える影響に関しては、実施事業者の出生数の平

均が、協力企業、新潟県、全国の平均と差があるかの検証を行うことにした。図表8のデー

タを見ると実施事業者の出生数に関しては、事業者数が少ないため、足し合わせても十分

平準化されず、調査年ごとの出生数の変動が大きいことがわかる。

この問題を緩和するために、モデル事業の効果が現れていないと考えられる2014年と

2015年の出生数23を足し合わせた数と比べて、効果が現れていると考えられる2016年と2017

年の出生数の和がどれくらい変化したかを、出生数に関するモデル事業の効果指標とする

ことにした(図表8の右端の数値)。

国および新潟県の出生数は、それぞれ5.5%と7.2%減少している。また、協力企業でも

5.7%減少している。それに対して、モデル事業の実施事業者の合計では、出生数は0.4%

増加しており、モデル事業は出生数の減少を食い止める効果を持ったと考えられる。しか

し、実施事業者を支援型に分けて出生数を合計し、効果指標(出生数の変化率)を計算し

てみると、国や協力企業と同等の減少を示しているタイプもある。

すでに②で指摘したように、出生数はモデル事業以外の様々な要因によって影響を受け

るため、その影響によって実施事業者の効果指標(出生数の変化率)がプラスになった可

能性がある。別の企業が実施事業者として選ばれていたら、効果指標はマイナスになり、

政策の効果はなかったと判断される可能性もあるということである。

そのような疑いを完全に消すことは不可能であるが、統計学では、処置群の平均値が他

のグループの平均値と比べて有意に異なると言えそうかを検証する方法としてt検定があ

る。そこでモデル事業に参加した36の事業者における出生数の減少率の平均µ は、国、新

潟県、協力企業における減少率の平均値、5.5%(=100%-94.5%)、7.2%(=100%-92.8%)、

5.7%(=100%-94.3%)より小さいという仮説を立てて、それぞれ片側t検定を行ったとこ

ろ図表9の結果の通りとなった。

対立仮説 H1: µ < 5.5% H1: µ < 7.2% H1: µ < 5.7%

p値 0.014 0.011 0.014

図表9:出生数の減少率に関する仮説検定

23 モデル事業が出生に影響を与えるまでに一定の時間が必要であることを考慮すると、事業開始年度で

ある 2015 年度の出生については、事業実施の影響をほとんど受けていないと考えられるため、2014 年

度(事業実施前)と 2015 年度を事業実施の影響がない期間、2016 年度と 2017 年度を事業実施の影響が

発生した期間と考え、それぞれの期間における出生数の推移が計算されている。

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22

この表では、p値は帰無仮説(対立仮説が成立しないという仮説)が正しい確率を示して

おり、それはいずれも5%(0.05)以下となっている。したがって、実施事業者での出生数

の減少率の平均は他の平均値よりも大きい、つまりモデル事業は出生数の減少を食い止め

たという仮説は、5%の有意水準で成り立つと考えられるという結果が得られた(支援型ご

との検証はデータ数が少ないため行わなかった)。

このようにモデル事業が出生を促す効果については、一定の仮定の下で統計的にも確認

できたが、たとえば2年間の出生数の合計額で変化率を計算して比較するという仮定が本当

に妥当と言えるかを証明することが難しい。

そこで、経済的ゆとり支援の対象となった企業で実際に子どもを産んだ人へのアンケー

ト調査を基に、経済的ゆとり支援の効果を確認した。図表10は、50万円支給型(③型と⑤

型)および200万円支給型(②型と④型)で子どもを持って支給を受けた人に、出産理由を

表中の3つの選択肢から選んでもらった結果をまとめたものである。

予定子ども数を増やした

子どもをもうける時期を早めた

たまたま子どもをもうける時期と重なった

回答者数人数 割合 人数 割合 人数 割合

50万円支給型 9 4.1% 20 9.2% 188 86.6% 217

200万円支給型 11 11.7% 7 7.4% 76 80.9% 94

図表10:一時金と出生に関するアンケート結果

前節で紹介したように、期間限定事業として子育て支援を行う場合、恩恵を受けるため、

子どもをもうける時期を早める行動が観察されることが海外の研究で確認された(その結

果、事業終了後に出生数の減少が起こる)。今回のモデル事業も期間限定であったため、そ

のような効果が発生する可能性を考慮して、質問を作成した。

回答は興味深い結果を示している。まず「子どもをもうける時期を早める効果」を確認

できた。モデル事業の実施により、出生数の増加が観察できたとしても、それは単に子ど

もをもうけるタイミングを早めただけで、出生率の上昇を意味するわけではない可能性が

あるということである。しかし、アンケート結果では、「予定子ども数を増やした」という

回答も見られる。少子化対策という観点からは、この回答が取組の効果を示す指標と考え

られる。そこで、モデル事業の経済的ゆとり支援によって、どれくらいの出生数の増加が

あったかを計算してみる。

もし、モデル事業が行われていないとすれば、50万円支給型企業では 大で208人(188

人+20人)の出生24があったと考えられる。モデル事業が行われたことで、9人の予定子ど

24 子どもをもうける時期を早めた人も、もともと 3年間の事業期間中にもうける予定であった可能性も

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も数の増加があったと考えられるので、約4.3%の出生数増加の効果があったことがわかる。

同様に200万円支給型企業では、83人(76人+7人)の出生に対して11人の新たな出生があっ

たと考えれば、3人目以上の子どもに関して約13.3%の出生数の増加があったと考えられる。

アンケート調査で、回答者が「予定子ども数を増やした」と嘘をつく可能性はあるが、

多くの人がそれ以外の回答を選択していることを踏まえると、回答は比較的信頼できるも

のと考えられる25。少なくとも経済的ゆとり支援に関しては、子どもを持つことを迷ってい

る人たちを後押しして、子ども数が増える効果を持つことが確認できた。

以上の考察を踏まえて、モデル事業、中でも経済的ゆとり支援に関しては、子ども数を

増やす効果を持つことが確認できたと考える。ただ、効果の程度については、実際の出生

数のデータが限られているために、不確定性が大きい。また、時間的ゆとり支援の出生数

増加効果に関しては明確な検証を行えていない。さらに、地域での子育て支援の効果につ

いては、出生数を把握することが難しく、効果検証が行えていない。

そこで、以下では、意識調査を基に、「経済的ゆとり支援」、「時間的ゆとり支援」、「地域

でのゆとり支援」の効果に関する分析結果を、それぞれ紹介する。

3.2 意識調査に基づく分析

モデル事業の効果分析のために行われた意識調査では、様々な質問が行われている。子

ども数に関する質問としては、「現在の子ども数」、「理想子ども数」、「予定子ども数」の 3

つがある。子育て支援という観点からは、モデル事業が「理想子ども数」に与える影響、

あるいは「理想子ども数と予定子ども数の差」に与える影響に注目することも考えられる

が、少子化対策という観点から、以下では「予定子ども数」に与える影響に注目する26。

意識調査で、注目するもうひとつの変数は、「受取意思額」である。少子化対策との関連

では、受取意思額とは「予定子ども数をもう 1 人増やすために 低限受け取りたい金額」

である。この金額は、図表 1をベースとした図表 11 を用いて説明できる。たとえば現在の

予定子ども数が 2 人だとすると、3 人目を持つことから期待される便益は費用を下回って

いると考えられる(さもなければ予定子ども数は 3人となるはずだからである)。

あるため、そのケースを想定して期間中の 大出生数を計算している。もうける時期を早めた人が、事

業終了後にもうける予定だった可能性も十分あり、その場合、出生数増加効果は若干大きくなる。 25 経済的ゆとり支援の少子化対策の効果を確認する今回のアンケート調査でも、「予定子ども数を増や

した」と答えることで、経済的ゆとり支援事業が今後とも継続する可能性を高められると思う人がその

回答を選ぶというバイアスが存在する可能性は否定できない。 26 「理想子ども数」や「理想子ども数と予定子ども数の差」が変化しても、予定子ども数に変化がなけ

れば、少子化対策としては意味がないからである(脚注 13 も参照のこと)。

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24

図表 11:予定子ども数を 1人増やすことの純便益と子育て支援

ここで、(マイナスの)純便益に等しい金額を受け取ることができれば、もう 1人子ども

(つまり 3 人目)を持ってもよいと思うはずである。その金額は、もう 1 人子どもを持っ

てもよいと思うようになる 低限の金額である。つまり、「受取意思額」は、予定子ども数

をもう 1人増やそうと思うために不足する純便益の金額に等しいことがわかる。

興味深いのは、この「受取意思額」が、予定子ども数を 1 人増やしたいと思う気持ちの

強さを表していると考えられることである。たとえば、子育て支援が効果的であれば、(予

定子ども数は増えなかったとしても)もう 1 人増やしてもよいと思う気持ちが高まる可能

性がある。したがって、子育て支援の効果を、予定子ども数の変化ではなく、受取意思額

の変化で測ることもできると考えられる27。

なお、人々の受取意思額を正確に推計できれば、出産時の一時金など子育てへの経済的

支援が予定子ども数を増やす効果を推計できる。たとえば子ども 1 人当たりの経済的支援

額が 80 万円であれば、受取意思額が 80 万円以下の人たちが予定子ども数を 1 人増やすと

考えられるので、その人数で、80 万円の経済的支援の効果を予測することが可能になる。

(1) 経済的ゆとり支援

モデル事業における意識調査でも、極めて簡易的な方法であるが、アンケート回答者の

受取意思額を、図表 12 のような質問を通じて推計した。ここでは、受取意思額を直接聞く

のではなく、提示された金額を受け入れるか否か(2項選択)の質問を 2回続けて行う「2

段階 2項選択方式」をベースとした質問方式を採用した28(1 段階目および 2段階目の質問

27 今回の効果検証では、受取意思額を用いて、どのような職場環境が出生意欲を高めるかを明らかに

することが試みられ、その分析結果が矢部(2018)で紹介されている。その結果は、「予定子ども数」

を効果指標とした分析結果(図表 17 の結果)と類似の結果となっている。効果検証委員会の 終報告

書では、結果の解釈がわかりやすい後者の分析結果のみが紹介されている。28 今回のアンケート調査では、すべての回答者に同じ金額の組み合わせを提示する単純な質問方式をと

っているため、 初の提示金額が受取意思額の推計に影響を与えてしまう「開始時点バイアス」の影響

を受けやすい。また、アンケート調査の質問内容から、一時金の金額が低くても、もう 1 人予定子ども

数を増やすと表明することで、一時金の給付政策を続けてもらいやすくなるのではないかとの期待から、

低めに受取意思額を表明する「戦略バイアス」が生じる可能性もあるため、今回の推計はあくまでも参

考値と考える必要があるだろう。回答者に提示する金額の組み合わせをいくつか準備し、回答者にラン

ダムに提示する手法を用いることなどで、より良い推計を行えることが知られているが、残念ながら今

回はそのような手法を用いることが難しかった(推計方法に関しては、仮想市場評価法に関する国土交

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25

で「思わない」を選んだ人には受取意思額を記入してもらう方式)。

図表12:「もう1人予定子ども数を増やすために最低限受け取りたい金額」に関する質問

図表12の質問への回答から推計された受取意思額の分布をまとめたのが、図表13である。

意識調査では、記入漏れがあったり、回答に矛盾があったりするものなどが一定数あった

ため、それらを除いた上で29、受取意思額の分布を描いている。

図表13からすぐわかることのひとつは、「もう1人予定子ども数を増やすために 低限受

け取りたい金額」を問う質問に対して、「お金ではない」という回答が多いということであ

る。「お金ではない」という回答の解釈は意外と難しいが30、いずれにしても、「子どもを持

つ可能性がある方への質問」であることを踏まえると、もう1人予定子ども数を増やせない

のは、お金以外の要因・条件が満たされていないからだという意見が表明されていると考

えられる。

通省国土技術政策総合研究所(2004)の解説などを参照のこと)。 29 今回の推計では、図表 15 の作成に必要な現在の子ども数および性別のいずれかの記入がなかった回

答者のデータを除いた。また、受取意思額の回答に整合性がないデータも取り除いた。図表 13 の対象

となった有効回答数は、(A)実施事業者では、2016 年度は 4,604 人、2017 年度は 4,693 人、(B)協力企

業では、2016 年度は 286 人、2017 年度は 183 人であった。 30 「お金ではない」という回答の解釈は意外と難しい。たとえば、一時金として10億円をもらえるとし

たら、もうひとり頑張って生み育てようという気になるかもしれない。しかし、さすがに一時金として

10億円もらえることはないだろうから、常識的な一時金の上限(たとえば1千万円)を想定して、子ども

をもうひとり生み育てるかと考えると「お金ではない」と回答するのかもしれない。ただ、その一方で、

人間はお金だけで生きているわけではない。本当にどんなにお金を積まれても、子どもをもうひとり生

もうとは思わないという人もいるだろう。

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2 7

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3 3 7 .

3

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26

(A) 実施事業者全体 (B) 協力企業全体

図表 13:もう 1人予定子ども数を増やすために最低限受け取りたい金額(全員)

(A)実施事業者と(B)協力企業の受取意思額の分布を比較すると、それぞれのグループの

企業の属性が異なるため、若干の違いがあるが、それほど大きな差がないことがわかる。

これらの分布を基に、今回のモデル事業の一時金(1人目からの50万円支給と3人目からの

200万円支給)が予定子ども数を増やす効果について考えてみる。

実施事業者全体での受取意思額の分布(図表13(A))を見ると、たとえば、2017年度のデ

ータでは、50万円の一時金で、もう1人子どもを持ちたいという気持ちになる人は有効回答

者の約7%、100万円の場合は約15%、200万円の一時金の場合は約38%に達する(後者の2

つの値は「51万円〜100万円」および「101万円〜200万円」までの回答者の累計割合)。同

じような傾向が、図表13(B)の協力企業でも見られる。

次に、モデル事業では、200万円の一時金は3人目の子どもからのみ給付されたため、現

在2人の子どもがいる実施事業者の回答者に限定して、受取意思額の分布を見たのが、図表

14である31。2017年度のデータで見ると、50万円の一時金でもう1人子どもを持ちたいとい

う気持ちになる人は回答者の約4%、200万円の一時金の場合は約28%に低下した。

31 図表 14 の推計においても、図表 13 と同様に無効回答を除いた。図表 14 の対象となった有効回答数

は、(A)実施事業者では、2016 年度は 1,697 人、2017 年度は 1,696 人、(B)協力企業では、2016 年度は

127 人、2017 年度は 73 人であった。

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27

(A) 実施事業者全体 (B) 協力企業全体

図表14:予定子ども数を増やすために最低限受け取りたい金額(2人以上の子ども)

大学進学の費用も含めると、ひとりの子どもを育てるための養育費・教育費として 1 千

万円ほど必要という推計は多いが、比較的少額の一時金であっても、子どもを増やしたい

という気持ちを持つようになる人が少なくないという結果は、予想外であった。しかし、

それは、子どもをもう 1 人持つか否かを迷っている人が少なくないという実態を表してい

ると考えられる(図表 11 を参照)。

後に、今回のモデル事業で、200 万円の一時金の支給は 3 人目からの子に限られると

いう設定の意味を考えてみるために、子どもの数によって受取意思額がどの程度変化する

かを見たのが図表 15 である32(基本統計量は参考資料の図表 A1 を参照)。

全体的な傾向として、受取意思額は、現在の子ども数が少ない場合は低く、現在の子ど

も数が増えると、3人目まで上昇していく傾向が見られる。ただし、現在の子ども数が 4人

以上になると、受取意思額が低下する傾向も見られる。また、男性の方が女性よりも高い

受取意思額を持つ傾向が見られることも興味深い。

32 図表 15 の平均値の計算では、受取意思額が 3,000 万円以上の場合は、1 人の回答者の回答が受取意

思額の平均値の計算に大きな影響を与えてしまうため、平均値の計算からは除外した。図表 15 では 2016

年度と 2017 年度の回答を足し合わせて平均値を計算しており、対象となった回答者数は、(A)実施事業

者では 5,377 人、(B)協力企業では 287 人であった。

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28

(A) 実施事業者平均 (B) 協力企業平均

図表 15:現在の子ども数ごとに見た予定子ども数を1人増やすための受取意思額の平均値

受取意思額が、予定子ども数を 1人増やすことの「マイナスの純便益」(図表 11 を参照)

を表していると考えることを踏まえると、これらの結果は、経済理論と整合的である。経

済学では、子どもの数が増えるにつれて、もう 1 人子どもを持つことからの便益を構成す

る も重要な「効用(幸福度)」の増加は徐々に低下していく傾向があると考える(限界効

用逓減の法則)。ここで子どもを育てるために必要な費用は、何番目の子どもでも同じであ

ると仮定すれば、子どもをもう 1 人増やすことからのマイナスの純便益は、現在の子ども

数が増えると大きくなると考えられる。したがって、この場合、受取意思額は、現在の子

ども数とともに増加する傾向が見られると考えられるのである。

なお、現在の子ども数が 4 人以上になると、受取意思額が低下する傾向については、現

在の子ども数が 4 人以上の人は子ども好きな人が多く、マイナスの純便益が相対的に小さ

い人が多いと説明できるかもしれない。

(2) 時間的ゆとり支援

これまで「経済的ゆとり支援」が、予定子ども数に与える影響を見てきたが、その一方

で、アンケート調査では、「一時金がいくらでも予定子ども数を増やそうとは思わない」と

いう回答も多かった。つまり現実的な金額の一時金では、出生率を引き上げる効果は限定

的となる可能性が高い。

そこで、次に、どのような「時間的ゆとり支援」が、出生数を増やす効果を持つかを考

えてみる。「経済的ゆとり支援」の効果に関しては、前項で紹介したように、受取意思額の

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29

推計を通じて、その効果の程度を推計することが可能になる。しかし、「時間的ゆとり支援」

に関しては、実際の出生数に与えた効果を明確に示すことが難しかった。さらに、様々な

タイプの「時間的ゆとり支援」があったため、今回のモデル事業での取り組みが予定子ど

も数に与えた影響を明確にすることも難しかった(以下の(3)での分析も参照)。

その原因のひとつと考えられるのは、効果的な取組が行われた企業とそうとは言えなか

った企業が混在し、全体としての効果が明確には現れにくかったのではないかということ

である。そこで、効果検証では、モデル事業で行われた意識調査を基に、「時間的ゆとり支

援」の取組の中で、どのような取組が「予定子ども数」を引き上げることにつながりそう

かを明らかにする分析を行った。具体的には、図表16にみられる「問14」の質問に対する

回答が、その回答者の予定子ども数にどのような影響を与えるかを分析した33。

図表16:子育て中の人にとって働きやすい職場環境として評価できる点(最大3つ)

職場環境が予定子ども数に与える影響の分析結果を男女別にまとめたのが、図表17であ

る。モデル事業では多くの企業の従業員の方が、意識調査に協力してくださり、欠損値が

ある回答や矛盾のある回答を除いてもなお、7,881人の女性と、8,869人の男性の回答を分

析することができた(基本統計量は参考資料の図表A2を参照)。このような大規模サンプル

に基づく分析は、日本ではなかなか行えないため、実証研究の蓄積という観点からも、今

33 意識調査に基づく以下の分析は、支援の有無や内容に影響を受けないと考え、すべての回答をプール

して行った。職場環境が予定子ども数に与える影響を分析することを 終目的としたため、その分析に

必要な回答がすべて存在しているデータのみを用いた。その結果、サンプル・サイズは大きくした低下

が、ほとんどの質問に丁寧な回答が行われたデータを、科学的分析を行うために十分確保することがで

きた。図表 17 の分析は、2015 年から 2017 年までの 3 年分をすべてプールしたデータを用いて行った。

3

2 86 . 9 3 3 7

, ,

2 86 63 . 9 3 2

9 3 7

1

5

1

1 , 5

9

1 9,5

7 2

1 5

1

,5

3 2 5

2 1 2 5

7 3 1 5

1

1 2 5

, 1

9,5

9 7

7 ,5

2 86 63 . 4 . 8

3 7

1 1

1

9

1 3

7 2

1

1

3

3 2

2 1 2

7 3 1

1

1 2

, 1

93

9 7

7 3

2

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30

回のモデル事業は貴重である34。

予定子ども数 女性 男性

説明変数(括弧内は予想される効果) 係数 p 値 係数 p 値

㋐短時間勤務等がある(+) 0.03 0.133 0.04 0.020 **

㋑特別休暇制度がある(+) 0.07 0.038 ** 0.07 0.004 ***

㋒育児休暇等を取りやすい(+) 0.06 0.003 *** 0.04 0.024 **

㋓育児復帰支援制度がある(+) 0.07 0.000 *** 0.03 0.113

㋔残業時間の短縮(+) 0.06 0.009 * -0.00 0.940

㋕勤務シフト変更しやすい(+) -0.00 0.901 0.05 0.153

㋖柔軟な働き方(+) 0.07 0.155 0.07 0.053 *

㋗子育て応援雰囲気(+) 0.08 0.001 *** 0.05 0.037 **

㋘急用への対応(+) 0.09 0.000 *** 0,04 0.023 **

㋙異動・配属の希望(+) 0.05 0.216 -0.00 0.911

㋚昇進・昇格への影響なし(+) -0.05 0.201 0.06 0.049 **

世帯所得(+) 0.03 0.000 *** 0.06 0.000 ***

年齢(−) -0.06 0.000 *** -0.07 0.000 ***

既婚(+) 0.58 0.000 *** 0.59 0.000 ***

正規雇用(+) -0.11 0.000 *** 0.00 0.913

シフト制(+) 0.13 0.000 *** -0.09 0.000 ***

自分の親と同居(+) 0.22 0.084 * 0.14 0.000 *** 配偶者の親と同居(+) 0.07 0.000 *** 0.04 0.284 新潟市居住(−) -0.17 0.000 *** -0.14 0.000 *** 定数 1.53 0.000 *** 1.48 0.000 *** 自由度修正済み決定係数 0.148

0.115

観測値数 7881 8869

図表 17:職場環境が予定子ども数に与える影響

34 本項における職場環境と予定⼦ども数の関係については、⽮部(2018)が詳細な分析を⾏っている。たとえば、回答者をいくつかのサブグループに分けて分析し、予定⼦ども数に影響を与える職場環境に男⼥差がある可能性が⾼いことを明らかにしている。また、受取意思額をもう 1 ⼈⼦どもを持つ意欲を⽰す変数とみなして、どのような職場環境がそれに影響を与えるかに関する分析も⾏なっている。

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31

そこでは、回答者を女性と男性に分けて、職場環境(㋐〜㋚)および回答者の属性(世

帯所得や年齢など)の各要因が予定子ども数に与える効果の予想としてプラス(+)かマイ

ナス(−)が、各要因のあとに括弧書きで示されている。推計では、「予定子ども数」を「被

説明変数(説明されるべき変数)」として、各要因を「説明変数」として、 小二乗法とい

う手法を用いて、説明変数が被説明変数に与える影響を推計した。

「係数」は、推計を通じて確認された「説明変数が被説明変数に与える影響」を表して

いるが、実際にそのような影響を持ったか否かについては、統計的な検証が必要と考えら

れている。t検定という手法を用いて、各要因について検証を行った結果がp値として示さ

れている。p値は、各説明変数が被説明変数に与える影響はゼロであるという「帰無仮説」

が正しい確率と考えられ、これが小さいほど、各説明変数が被説明変数に与える影響は確

からしいと判断できる。

確からしさの判断の基準確率として、一般に、1%、5%、10%という3つの基準(有意水

準)が設定される。 も厳しい判断基準は1%の基準で、その場合、帰無仮説(影響がない

という仮説)が正しい確率は1%未満であることが求められることになる。この基準を満た

した説明変数のp値には「***」という表記がある。そのような説明変数の影響には極めて

高い確からしさがあると判断される。3つの基準の中では、10%が も緩やかな基準である

が、一般に、帰無仮説が正しい確率が10%未満であれば、説明変数の影響は十分確からし

いと考えられている(5%の有意水準を満たしていれば「**」、10%の有意水準を満たして

いれば「*」が表記されている)。

このような判断基準を基にすれば、図表17の推計結果は以下のように説明できる。

① 男女ともに、「㋑特別休暇制度(病気休暇など会社が任意に定めた休暇)が導入されて

いること」および「㋒育児に関する休暇・休業が取りやすいこと」を高く評価する人は、

予定子ども数が多くなる傾向がある。

② 「㋗子育てを応援する雰囲気がある職場であること」や「㋘子どもの病気などの急用

が入った時、職場で柔軟な対応ができること」を高く評価する人も、男女ともに予定子

ども数が多くなる傾向がみられるが、その影響の程度は女性の方が大きい。さらに、女

性の場合、「㋓産休・育休後安心して復帰できる育休復帰支援制度があること」が予定子

ども数を高める傾向がある。女性の場合、子どものために時間を確保できるという安心

感、そして育休後も職場復帰できる安心感を感じられる職場であることが、予定子ども

数を増やす気持ちにつながることを示唆している。

③ 男性の場合、「㋐短時間勤務や半日、時間単位の有給制度があること」や「㋑特別休暇

制度が導入されていること」などの制度の方が高く評価される傾向がみられる。さらに、

「㋚育児に関する休暇・休業制度を利用しても、昇進・昇格に影響しないこと」を評価

する人は、予定子ども数を高める傾向がみられる。男性の場合、家庭での育児参加が金

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32

銭的・非金銭的なペナルティを受けることにつながらない制度やルールが職場にあるこ

とが、予定子ども数を増やす気持ちにつながることを示唆している。

(3) 経済的ゆとり支援と時間的ゆとり支援

これまで(1)および(2)として、「時間的ゆとり支援」と「経済的ゆとり支援」のそれぞれ

の取組が子ども数に与える影響について、モデル事業を通して得られる示唆を見出す分析

を紹介してきた。実際のモデル事業では、2つの支援策を単独および組み合わせで実施した。

具体的に5つのタイプの支援が行われた。図表18にみられるように、「時間的ゆとりのみ(支

援型①)」、「経済的ゆとりのみ(支援型②と支援型③)」、「時間的ゆとり+経済的ゆとり(支

援型④と支援型⑤)」の3つのパターンに分けられる35。

時間的ゆとり 第3子から200万円給付 第1子から50万円給付

図表18:支援型の分類

理論的には、経済的ゆとり支援も、時間的ゆとり支援も、よい形で行われるならば、出

生数を増やす効果を持つ可能性が高い。したがって、支援型④や支援型⑤のように2つの支

援を組み合わせる方が、ひとつの取組だけを行う支援型①〜③よりも、出生数を高める効

果を持つと考えられる。しかし、実際の出生数の変化を計算した図表6を見ると、支援型④

や支援型⑤の出生数の変化率は、その他よりも有意に大きいとは言えないように思われる。

その理由として考えられるのは、出生数は支援以外の様々な要因によって決まるためそ

の効果が支援策の効果を打ち消してしまった可能性である。そこで、サンプルサイズが大

きい意識調査での「予定子ども数」を被説明変数として分析を行ってみた。今回のアンケ

ート調査では、いずれの支援も行なわれていない「協力企業」でもアンケート調査を行う

ことができたため、「協力企業」の回答と5つのタイプの支援型の回答の比較を行うことで、

35 本項の以下の分析は、岩崎(2018,2.2 節)に基づく。用いられたデータの基本統計量などに関する

説明も含めて、詳細は、岩崎(2018)を参照のこと。

新潟県少子化対策モデル事業(①~⑤)イメージ図

7

支援型① 支援型② 支援型③ 支援型④ 支援型⑤ 協力企業

仕事 200万円 50万円

上記のような支援型の分類により、以下の2パターンの政策効果測定が可能に・支援型①~⑤と協力企業の比較⇒①~⑤型の政策効果・支援型同士の比較⇒仕事、200万円、50万円の単独の政策効果例:①と④を比較すると、差の部分の200万円の政策単独の効果に

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33

それぞれの支援の効果を分析した。

以下の分析で用いた各年度・各支援型ごとの回答者数は、図表19の通りである。

(単位:人)

協力企業支援型

① ② ③ ④ ⑤ 平均

2015年度 388 2,909 302 1,006 1,030 437 6,072 2016年度 276 2,773 301 886 1.335 520 6,091 2017年度 273 2,264 343 842 1.517 503 5,742

図表19:支援のタイプ別比較に用いた意識調査の回答数

モデル事業期間中の「予定子ども数」に関して、図表20の結果が得られた。まず、モデ

ル事業への実施事業者の予定子ども数は、いずれの支援型においても、事業終了年(2017

年度)における平均値が、開始年(2015年度)のそれを下回っていることがわかる。

しかし、この変化は、協力企業においても観察される。図表20にみられるように、協力

企業では、2017年度の予定子ども数は2015年度よりも0.105人減少している一方、実施事業

者(支援型①-⑤)の場合、2017年度と2015年度の予定子ども数の差は、いずれも0.105人

よりも小さい(図表20の 後の行を参照)。この結果は、取組を実施したことで、そうでな

かった場合と比べて、予定子ども数の減少を抑制できた可能性があることを示唆する。

(単位:人)

協力企業

支援型

① ② ③ ④ ⑤ 平均

2015年度 1.820 1.732 1.652 1.694 1.756 1.670 1.712 2016年度 1.797 1.712 1.581 1.682 1.700 1.744 1.700 2017年度 1.714 1.684 1.618 1.644 1.689 1.668 1.673 2017年度

−2015年度-0.105 -0.048 -0.034 -0.050 -0.067 -0.002 -0.039

図表20:支援型ごとの予定子ども数の平均値

しかし、実施事業者では、協力企業と比べて予定子ども数の減少を抑制することができ

たといえるかという疑問に関して、さらに詳細な統計分析を行ってみたところ、いくつか

の支援型では、その可能性が高いという結果を得られたものの、その差は必ずしも有意で

はなかった。実施事業者と協力企業の間に、有意な差を見出すことができなかった一因は、

「あなたがお勤めの会社は、子育てをする人にとって働きやすい職場環境だと思いますか」

という質問への回答が、実施事業者のみならず、協力企業においても、事業期間(2015年

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34

度〜2017年度)の間に向上していることにありそうである(図表21)。

協力企業

支援型

① ② ③ ④ ⑤ 平均

2015年度 2.500 2.784 2.355 2.677 2.640 2.696 2.609 2016年度 2.638 2.854 2.405 2.718 2.751 2.778 2.691 2017年度 2.776 2.865 2.504 2.742 2.754 2.890 2.755 2017年度−2015年度 0.276 0.081 0.149 0.065 0.115 0.195 0.147

図表 21:子育てする人に働きやすい職場かどうか(1:思わない〜4:そう思う)

「時間的ゆとりの支援」に取り組んだモデル事業の実施事業者に関して、「子育てをする

人にとって働きやすい職場環境だと思いますか」という質問への回答を企業ごとに集計し

てみると、肯定的な回答の割合が上昇した企業もある一方で、低下した企業もあった。つ

まり、取組が成功した企業もあれば、十分には成功しなかった企業もあった可能性がある。

本来検証されるべき仮説は、もし実施事業者がモデル事業に参加していなかった場合と比

べて、参加したことによる効果があったという仮説であるが、今回のデータからは、その

仮説に対する明快な科学的根拠を見出すことはできなかった36。

(4) 地域でのゆとり支援

モデル事業では、「地域子育て支援」が少子化対策にどのような効果を与えているかを検

証することを目的に、企業が取り組む「経済的ゆとり」や「時間的ゆとり」とは別に、地

域での子育て支援にも取り組んだ。地域での子育て支援に取り組む団体等への支援を行い、

これらの団体の活動の利用者(参加者)を対象としたアンケート調査に基づき、その効果

36 岩崎(2018)では、協力企業を対照群(Control Group)、実施事業者を処置群(Treatment Group)として、DID 分析と呼ばれる手法を用いて、モデル事業の効果の有無を支援型ごとに推計することが試

みられた。その結果、いくつかの支援型(たとえば、「②第 3子から 200 万円給付」型)では、予定子ど

も数に有意にプラスの影響があったことが確認された。しかしながら、理論的に考えると効果が高いと

考えられる経済的ゆとり支援と時間的ゆとり支援の両方を実施した④型や⑤型では、効果が確認できな

かった。DID 分析が適切な推計となるためには、一定の仮定(平行トレンドの仮定など)が必要である

ため、期待される結果が得られなかったのは、その仮定が成立しなかったことが原因かもしれない。岩

崎(2019)では、このように明確な結果が得られなかったのは、処置群と対照群の回答者の構成・属性

の違いに一因があるのではないかとの仮説に基づき、傾向スコアによるウエイトを用いた DID 推計と

いう手法で、複数のグループ間で類似性の高い人に大きいウエイトを置いて推計したところ、いくつか

の推計で結果に大幅な改善が見られた。各支援型において、モデル事業が出産意欲を高める効果があっ

たことを科学的に主張できる可能性が高まった。ただし、理論通りの結果をすべて得られたわけではな

かった。モデル事業の社内での周知、取組、取組の効果などの面で、事業者間の差が大きく、期待され

る効果が十分に出なかった事業者も少なくなかった可能性もあると考えられる。

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35

を検証した37。アンケート調査では、以下の図表22の中の7つの質問を通して、利用した支

援サービスへの感想を聞いている38(基本統計量は参考資料の図表A3を参照)。

少子化対策という観点から、地域での子育て支援の効果を検証する上で重要と考えられ

るのは、どれくらい「㋖このような機会があれば、もう一人子どもを育てたい(育てられ

る)と思った」かという質問への回答である。分析では、この質問への回答と、他の質問

との関連を明らかにすることによって、どのような取組が、「もう一人子どもを育てたい(育

てられる)」という気持ちにつながるかを明らかにすることを試みた。

(全く思わない【1点】、あまり思わない【2点】、やや思う【3点】、そう思う【4点】で集計)

質問 ㋐ 子育てに対する体力・気力を回復することができた

㋑ 子育てへのストレスを減らすことができた

㋒ 将来に対する経済的不安もなんとかなるかもしれないと思った

㋓ 自分の子育てが地域から支えられていると思った

㋔ 子どもがいなければできない経験ができた

㋕ このような機会があれば、続けて参加したいと思った

㋖ このような機会があれば、もう一人子どもを育てたい(育てられる)と思った

図表22:地域の子育て支援への参加前後の気持ちの変化に関する調査項目

「㋖このような機会があれば、もう一人子どもを育てたい(育てられる)と思った」とい

う回答が、その他の質問への回答によってどのような影響を受けるかに関する分析結果が、

図表 23 に示されている。推計式 A1 では、㋐から㋕までの質問への回答は、すべて㋖の回

答に対してプラスの影響を与えていることがわかる。たとえば、「㋐子育てに対する体力・

気力を回復することができた」という項目への回答の値が大きくなるほど、「もう一人子ど

もを育てたい(育てられる)」という気持ちにつながるという結果が得られている。それぞ

れの項目の影響については、いずれも統計的に有意であるという結果が得られている39。

推計式 A2 および A3 は、㋐〜㋒の 3つの質問への回答に相関が存在していたため、その

うち㋐および㋑のみで、どれほど㋖を説明できるかを確認した式である。いずれも説明力

の確からしさを表す p 値が向上し、それぞれ高い説明力を持っていることがわかる。

37 本項での「地域でのゆとり支援」の効果分析の原型は、浮田(2016)にある。また、岩崎(2018)は

新しいデータを加えて、回答者をサブグループなどに分けた分析なども行っている。 38 分析に用いたデータは、2016 年度および 2017 年度に実施されたアンケート調査で収集されたデータ

である。女性の回答者がほとんどであり(約 97%)、男性と女性の回答に差があったため、今回の分析

は女性に限定して行った。図表 23 で紹介されている分析に必要な回答がすべて存在しているデータの

みを用いて行われた。 39 分析は、この種のアンケート調査の標準的な分析手法のひとつである順序ロジット分析という手法

を用いた。図表 23 の中の「予測的中率」は、推計に基づく予測値が実際の観測値と一致する割合を示

しており、推計の当てはまりの良さを示す指標である。

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36

㋖もう一人育てられるかも 推計式A1 推計式A2 推計式A3

説明変数 係数 p値 係数 p値 係数 p値

㋐体力・気力の回復 0.27 0.014 ** 0.60 0.000 ***

㋑ストレスの解消 0.22 0.040 ** 0.60 0.000 ***

㋒経済的不安の緩和 0.65 0.000 ***

㋓地域の支え 0.22 0.005 *** 0.44 0.000 *** 0.40 0.000 ***

㋔親としての良い経験 0.23 0.018 ** 0.20 0.035 ** 0.21 0.026 **

㋕継続参加希望 0.68 0.000 *** 0.68 0.000 ** 0.70 0.000 ***

Q3 母親の年齢 -0.22 0.000 *** -0.23 0.000 *** -0.22 0.000 ***

Q8 子ども数 -0.67 0.000 *** -0.65 0.000 *** -0.66 0.000 ***

Q11 保育所等利用経験なし 0.41 0.000 *** 0.38 0.000 *** 0.32 0.002 ***

予想的中率 49.8% 48.0% 48.1%

観測値数 1,774 1,774 1,774

図表 23:出産意欲に影響を与える要因

この推計では、㋐から㋕までの質問の回答の他に、「母親の年齢」、「子ども数」、「保育所

等経験なし」という 3つの質問への回答の影響についても調べている。その結果、「母親の

年齢が高い」人ほど、「現在の子ども数が多い」人ほど、「もう一人子どもを育てたい(育

てられる)」という気持ちは低くなるという自然な結果が得られた。一方、「保育所等の利

用経験がない」という人は、支援サービスの利用後に「もう一人子どもを育てたい(育て

られる)」という気持ちにつながる傾向がみられることがわかった。

この結果は、保育所等を利用した人たちは、利用を通じて子育ての不安を軽減できてい

る一方で、利用経験がない人は、そのような不安軽減の機会があまりなく、地域での子育

て支援の取組が、不安を緩和する貴重な機会になっていることを示唆している。

㋖の回答に対して、㋐から㋕の回答はいずれもプラスの影響を与えることがわかったが、

中でも「㋒将来に対する経済的不安も何とかなるかもしれないと思った」は㋖に対して特

に強い影響を持っているとの結果が得られた。この結果は、経済的不安が「もう一人子ど

もを育てたい(育てられる)」という気持ちを阻害する要因となっていること、そして、地

域での子育ての取組に参加することで、その不安が緩和され、「もう一人子どもを育てたい

(育てられる)」という気持ちにつながることを示唆している。

そこで、「㋒将来に対する経済的不安も何とかなるかもしれないと思った」のは、どのよ

うな経験を通じてかを解明するために、「㋒将来に対する経済的不安も何とかなるかもしれ

ないと思った」という回答と、その他の質問項目への回答の関係性をみた結果が、図表24

である。

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37

㋒経済的不安の緩和 推計式B1 推計式B2 推計式B3

説明変数 係数 p値 係数 p値 係数 p値

㋐体力・気力の回復 0.51 0.000 *** 0.87 0.000 ***

㋑ストレスの解消 0.58 0.000 *** 0.90 0.000 ***

㋒経済的不安の緩和

㋓地域の支え 0.80 0.000 *** 0.86 0.000 *** 0.81 0.000 ***

㋔親としての良い経験 -0.12 0.240 -0.09 0.350 -0.10 0.332

㋕継続参加希望 -0.12 0.358 -0.03 0.781 -0.03 0.874

Q3母親の年齢 -0.03 0.500 -0.04 0.415 -0.03 0.453

Q8子ども数 0.02 0.793 0.02 0.752 0.02 0.787

Q11保育所等利用経験なし -0.09 0.382 -0.06 0.547 -0.13 0.223

予想的中率 45.0% 45.3% 45.1%

観測値数 1,774 1,774 1,774

図表 24:経済的不安の緩和に貢献する要因

この結果が明らかにしているのは、「㋐子育てに対する体力・気力を回復することがで

きた」、「㋑子育てへのストレスを減らすことができた」、そして「㋓自分の子育てが地域

から支えられていると思った」という気持ちが、「㋒将来に対する経済的不安も何とかな

るかもしれない」という気持ちを引き起こす強い要因になっているということであった

(推計B2およびB3は、㋐と㋑の質問への回答に相関が存在しているため、それぞれが、ど

れほど㋒を説明できるかを確認した式である)。

以上の結果をもとに、地域での子育て支援では、どのような要因が「もう一人子どもを

育てたいと思う気持ち」につながるかを整理したのが、図表25である。

図表25:地域での子育て支援が出産意欲を高めるルート

今回のアンケート調査からは、もう一人子どもを育てたいと思う気持ちは、出産・子育

てに関する経済的不安を緩和すること(㋒)を通じて、そして、子育ての喜びを感じても

らうこと(㋔)を通じて高められることが示唆される。そして、出産・子育てに関する経

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済的不安を緩和すること(㋒)は、子育てに対する体力や気力の回復(㋐)やストレスの

解消(㋑)を感じられるような支援を、地域が受容と共感を持って行うこと(㋓)で効果

的に行えることが示されている(図表23および図表24)。

なお、「㋖もう一人子どもを育てたい(育てられる)」という気持ちに強い影響を与えて

いる「㋕このような機会があれば続けて参加したいと思った」への回答は、受けた子育て

サービスへの満足度を表していると考えられる。満足度が高いほど、「もう一人子どもを育

てたい(育てられる)」という気持ちにつながるという結果が表されていると考えられる。

4. おわりに〜EBPM の観点から

日本の少子化問題は深刻である。『新潟県の人口ビジョン40(2015 年)』は、国立社会保

障・人口問題研究所の 2017 年の推計に基づけば、2010 年に約 237 万人だった新潟県の人

口は、2040 年には約 4分の 3(179 万人)、今世紀の終わりには 4分の 1近く(67 万人)に

なるとの推計結果を紹介している。

国立社会保障・人口問題研究所の同推計によれば、2010 年に約 1億 2千 8百万だった日

本の総人口は、今世紀末には約半分(約 6 千万人)になる。このような深刻な人口問題を

改善するために、国は出生率を 1.8(「希望出生率」水準)に引き上げることを目標として、

様々な少子化対策を行なってきた。しかし、出生率には改善は見られず、2016 年に 1.44 だ

った合計特殊出生率は、2017 年には 1.43 に低下してしまった。

このような状況で、国が現在取り組んでいる少子化対策の有効性や方向性に関する疑問

も生まれている。少子化問題こそ、近年日本でも重視されるようになってきた「証拠に基

づく政策決定(EBPM: Evidence-Based Policy Making)」が必要と考えられる問題である

が、日本では、まだ有効な少子化対策に関する具体的な証拠の蓄積が少ない。そのような

中、2015 年から 3年間にわたって行われた新潟県少子化対策モデル事業は、効果的な少子

化対策のあり方に関する知見を獲得し、証拠に基づく政策提言を行うことを目的とした全

国的に稀な実験的取組である。

新潟県少子化対策モデル事業検討委員会の 終報告書(2015 年 1 月)は、「現時点で効

果があると考え得るモデル事業案を実施・検証した上で、有効な施策を国に提言していく

こととされた(p.1)」として、当初より、モデル事業を通して得られる知見や証拠を踏ま

えて、国に対する提言を行うことが期待されていた。ただ、その一方で、「少子化の背景は

地域により異なることから、国において施策を実施するに当たっては、異なる地域の状況

を反映したものとすることが望まれる(p.19)」ともしており、本モデル事業は新潟県で有

効と考えられる支援策を見出すことも意図されている。

40 新潟県地方創生について(http://www.pref.niigata.lg.jp/kouhou/1356894992861.html)。

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効果検証委員会は、そのようなモデル事業への期待を意識しながら、モデル事業の検証

を通じて、望ましい子育て支援のあり方に関する知見を見出すことに努め、国、新潟県、

そして新潟県内の市町村や民間事業者に取り組んでもらいたい効果的な支援策のあり方に

ついて議論を重ねた。そのような議論に資することを目的として、筆者ら(筆者および分

析を手伝ってくれた 3 名の大学院生)は、既存の研究や分析を参考にしながら、経済学的

分析の枠組みや手法を用いてデータに基づく効果検証を試みた。

3 年間という期間の短さ、アンケート調査の設計・実施面での制約、モデル事業の実施面

での難しさなどがある中で、科学的に頑強で明確な分析結果を提示することは難しかった。

特に、今回は、EBPM の手法として推奨されるランダム化比較試験の観点から重要になる

無作為に企業や事業者を選ぶという手法ではなく、参加を希望する事業者や調査に協力し

てもらえる事業者の中から選ぶという手法が取られたため、科学的な効果検証という観点

からは難しさが存在した。さらに、政策を実施する際に、企業・事業者、従業員、家族な

どがどう反応するかは、政策の効果に大きな影響を与えるが、今回、実施事業者での取組

を完全に制御することは難しかったと考えられる。 ただ、今回は特定の施策の厳密な科学的検証を行うことのみが目的ではなかったため、

そのような選択が行なわれたことは仕方ないところがある。むしろ、今回の結果は、医薬

品や治療などのような個人レベルの効果検証ではなく、子育て支援といった多様な主体が

関わる複雑で実験が行いにくい公共政策に関して、厳密な「証拠に基づく政策決定(EBPM)」

を行うことの難しさを示唆しているように思われる41。

ただ、そのような中でも、モデル事業に参加・協力して頂いた方々のご協力で数多くの

データを収集できたことで、統計的にも頑強と考えられる仮説検証をいくつか行うことが

できた。そして、そのような分析から、少子化問題の根源的な原因や望ましい少子化対策

のあり方などに関する興味深い発見があったと考えている。

その一方で、いくつかの主張や政策提案に関しては、今なお、推測・仮説の域にある。

しかし、様々な分析を通じて獲得される直感が支持する推測・仮説に関しては、今後の研

究への期待も込めて、記録として残すことにした。モデル事業を通じて収集されたデータ

は膨大で、本レポートで紹介した仮説検証以外にも、まだ興味深い発見を行える可能性が

数多く残っているのではないかと感じている。

モデル事業を通じて収集されたデータや県民の声を貴重な資産として、今後さらに政策

立案のための新たな証拠やアイディアを見出すために有効活用することが、今回のモデル

事業の成果をできるだけ県民に還元するためにも重要と考えられる。

41公平性や倫理の観点からも厳密な政策実験を行うことの難しさが存在する。そのような難しさを考

慮した上で、政策実験の事前準備や事後の分析手法に関する知見を蓄積していくことが望まれる。

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参考資料

(実施事業者) (単位は、人数(人)以外は万円)

現在の

子ども数

女性 男性

人数 平均 標準偏差 最小 最大 人数 平均 標準偏差 最小 最大

0 人 1,285 253.7 239.8 10 2,000 1,341 312.1 308.5 1 2,000

1 人 421 286.5 319.5 10 2,000 607 285.7 293.5 10 2,000

2 人 509 358.6 318.2 10 2,000 820 417.8 389.9 4 2,500

3 人 132 366.9 339.3 30 2,000 211 469.4 437.2 50 2,000

4 人以上 26 290.4 255.4 50 1,000 25 250.0 207.2 50 1,000

合計 2,373 288.7 282.9 10 2,000 3,004 346.2 344.7 1 2,000

(協力企業) (単位は、人数(人)以外は万円)

現在の

子ども数

女性 男性

人数 平均 標準偏差 最小 最大 人数 平均 標準偏差 最小 最大

0 人 78 225.4 158.2 30 600 42 285.7 233.8 50 1,000

1 人 30 196.0 197.0 50 1,000 17 341.2 351.0 50 1,000

2 人 54 360.2 373.0 50 2,000 29 415.5 426.4 50 2,000

3 人 20 427.5 316.0 50 1,000 12 422.1 336.6 65 1,000

4 人以上 3 250.0 229.1 50 500 2 300.0 141.4 200 400

合計 185 282.2 272.4 30 2,000 102 348.2 329.1 50 2,000

図表 A1:受取意思額(図表 15)に関する基本統計量

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変数女性 男性

平均 標準偏差 小 大 平均 標準偏差 小 大

予定子ども数 1.658 0.908

0 5 1.730 0.849 0 5

㋐短時間勤務等がある 0.457 0.498 0 1

0.361 0.480 0 1

㋑特別休暇制度がある 0.101 0.301 0 1 0.138 0.345 0 1

㋒育児休暇等を取りやすい 0.401 0.490 0 1 0.376 0.484 0 1

㋓育児復帰支援制度がある 0.289 0.453 0 1 0.233 0.423 0 1

㋔残業時間の短縮 0.091 0.287 0 1 0.101 0.301 0 1

㋕勤務シフト変更しやすい 0.097 0.296 0 1 0.079 0.270 0 1

㋖柔軟な働き方 0.037 0.189 0 1 0.070 0.255 0 1

㋗子育て応援雰囲気 0.223 0.416 0 1 0.174 0.379 0 1

㋘急用への対応 0.461 0499 0 1 0.426 0.495 0 1

㋙異動・配属の希望 0.053 0.253 0 1 0.070 0.256 0 1

㋚昇進・昇格への影響なし 0.072 0.259 0 1 0.080 0.271 0 1

世帯所得 3.002 1.272 1 6 3.443 1.350 1 6

年齢 5.318 2.027 1 8 5.723 1.945 1 8

既婚 0.586 0.493 0 1 0.742 0.438 0 1

正規雇用 0.791 0.407 0 1 0.936 0.245 0 1

シフト制 0.340 0.474 0 1 0.173 0.379 0 1

自分の親と同居 0.059 0.236 0 1 0.136 0.343 0 1

配偶者の親と同居 0.150 0.358 0 1 0.042 0.201 0 1

新潟市居住 0.496 0.500 0 1 0.577 0.494 0 1

図表 A2:職場環境が予定子ども数に与える影響の推計(図表 17)の各変数の基本統計量

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42

変数 平均 標準偏差 小 大

㋐体力・気力の回復 3.42 0.619 1 4

㋑ストレスの解消 3.44 0.619 1 4

㋒経済的不安の緩和 2.49 0.855 1 4

㋓地域の支え 3.28 0.672 1 4

㋔親としての良い経験 3.74 0.525 1 4

㋕継続参加希望 3.78 0.428 1 4

㋖もう一人育てられるかも 2.98 0.903 1 4

Q3母親の年齢 4.40 1.090 1 8

Q8子ども数 1.43 0.722 1 5

Q11保育所等利用経験なし 0.65 0.479 0 1

図表 A3:地域での子育支援の効果に関する推計(図表 23・24)の各変数の基本統計量

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