昭和59年5月20日 429

臨 床

喀 痰 よ りSalmonella enteritidisが 分 離 さ れ た 肺 炎 の1例

名古屋市立東市民病院内科

山本 素子 林 嘉光 花木 英和 天野冨貴子

名古屋大学医学部老年科

岩 田 芳郎 内藤 通孝 葛谷 文男

(昭 和58年11月1日 受付)

(昭 和58年12月13日 受理)

Key wards: Salmonella enteritidis, Pneumonia, Sputum

要 旨

サ ルモ ネ ラ肺 炎 と思わ れ る1例 を経 験 した.症 例 は67歳,男 性 .約50日 前 よ り,頭 痛,発 熱 のた め某

医に て加療 中 であ った が,高 熱が 続 き,ま た10日 前 よ り,咳,喀 痰,胸 痛 が 出現 し,時 々血 痰 がみ られ

た.胸 部X線 像 お よび胸部CT所 見 にて,右 下葉 後肺 底 区 の気管 支肺 炎 と診断 され,ま た喀 痰 よ り2回

連続 して有 意 のS.enteritidisが 分離 された ため,当 院へ 入院 とな った.入 院後 糞便 か ら3日 間連 続 して

同菌が検 出 され たが,血 液 培養 は陰 性 であ った.ChloramphenicolとFosfomycinの 併 用療 法 にて解 熱

し,自 ・他 覚症 状,胸 部X線 所 見 も順調 に改善 した.ま た抗 生剤投 与 中止後 の検 査 で は再排 菌 はみ られ

て い ない.患 者 は無症候 性 胆石 を保有 して いたが,悪 性腫 瘍,糖 尿 病 な どの重篤 な基礎 疾 患 は合併 せず,

また全経 過 を通 して 下痢 な どの 胃腸 症状 を認 め なか った.

Senteritidisに よる肺炎 は まれ であ り,ま た喀 痰 よ り同菌 が分離 された とい う報告 は少 ない.肺 炎 の

発症 機序 につ い ては,無 症 候性 保菌 症 か ら菌 血症 を経 て肺 に感 染病 巣 を形成 したの か,あ るい は経 気道

感染 に よ る もの かは判 定 で きなか った.

I. は じめに

サルモネラ症の約1%に 呼吸器系に限局性病巣

が形成され1),ま た腸チフスでは11%に 肺炎の合

併があった2)と報告 されているが,喀 痰か らSal-

monellaを 分離 し得た症例は少 ない3)～9).またS.

enteritidis感染症は大部分が消化器症状が主体で

あ り,菌 血症や限局性炎を発症するものは比較的

少ない1).

私 どもは喀痰お よび糞便 からS.enteritidisが

分離 され,化 学療法により完治 した肺炎の1例 を

経験 し,胸 部X線 写真,胸 部CT所 見が興味ある

経過を示したので報告す る.

II. 症 例

症 例:.67歳,男 性,学 園理 事.

主 訴:発 熱,胸 痛,血 痰.

家 族 歴:特 記 す べ き事 な し.

既 往 歴:20歳,痔 核 切 除 術.

現 病 歴:昭 和58年3月6日 に38.6℃ の発 熱 が み

られ,翌 日 よ り頭 痛 と右 前 胸 部 痛 が 出 現,近 医 に

て 治療 を 受 け て い た が 発 熱 が 続 き,13日 に は 高 熱

の た め 意 識 せ ん 妄 状 態 とな った.16日 に某 院 へ 入

院 し諸検 査 を受 け た が,発 熱 の 原 因不 明 で,化 学

療 法(Cefoperazone+Pipemidic acid)で 一 時 的

に解 熱 す る も,中 止 後 再 度 発 熱 を きた した .4月

9日 頃 よ り,咳,喀 痰 が 出 現 し,精 査 の た め11日

に名 古 屋 大 学 医学 部 老 年 科 へ 紹 介 入 院 と な っ た .

13日 よ りAmikacinとLincomycinを 投 与 され た

別刷請求先:(〒467)名 古屋市瑞穂区瑞穂 町川澄1

名古屋市立大学医学部第1内 科学教室

山本 素子

430 感染症学雑誌 第58巻 第5号

Table 1 Laboratory findings at Nagoya University Hospital

が発 熱 が 続 き,15日 に は1日5-6個 の血 痰 を伴

うよ うに な っ た.16日 と20日 の 喀 痰 細 菌 培 養 に て

Salmonella属 が 連 続 し て 有 意 に 検 出 さ れ,S.

enteritidisと 同 定 さ れ た.抗 生 剤 をChloram-

phenicol(CP)とFosfomycin(FOM)の 併 用 療

法 に 変 更 され,23日 に 本 院 伝 染 病 棟 へ 転 院 した.

な お 患 者 は 下 痢 な どの 胃腸 症 状 の病 歴 は な く,生

来 健 康 で あ り,ま た ミ ド リガ メや 犬 な どの飼 育 歴

も な か っ た.

Fig. 1 Postero-anterior chest roentgenogram

showed tumor-like shadow on the right cardiac

silhouette.

入院時現症:意 識清明,体 格中等度,栄 養良,

血圧130/80mmHg,脈 拍88/分 整,体 温37.4℃,心

音は純,肺 野は4月 中旬には背部右下肺野で深吸

気時捻髪音を聴取したが,当 院入院時は呼吸音の

異常を認めなかった.腹 部お よび神経学的所見は

異常なかった.

名古屋大学病院入院時検査所見:Table1に 示

すごとく,赤 沈の高度亢進,中 等度貧血,軽 度白

血球増多 と好中球増多を認め,CRP5(+),RA

Fig. 2 Lateral view showed pneumonia in the

right posterior basal segment.

昭和59年5月20日 431

Fig. 3 Tomogram

1(+)で あ り,α2-お よ び γ-グ ロ ブ リンの 増 加 が

み られ た.胸 部x線 所 見 は 正 面 像(Fig.1)で 右

心 第2弓 に 重 な っ てconsolidationを 認 め,側 面

像(Fig.2)お よび 断 層 撮 影(Fig.3)の 所 見 よ り,

右 下 葉 後 肺 底 区 の巣 状 肺 炎 と診 断 で き た.ま た 腹

部echo所 見 で は 胆 石 の 合 併 が 認 め られ た.4月

14日 に 施 行 した 胸 部CTscanで は 右 下 葉 後 肺 底

区 の 肺 炎(Fig.4)は 縦 隔 内 へ 波 及 して お り,後 縦

隔 膿 瘍 の 形 成 が 疑 わ れ た(Fig.5).上 部 消 化 管 透

Fig. 4 CT scanning showed pneumonia in the

right posterior basal segment.

Fig. 5 CT scanning demonstrated posterior

mediastinal abscess.

視 で は 食 道 は腫 瘤 様 陰 影 に よ る圧 排 所 見 を 示 した

が,胃 ・十 二 指 腸 は 正 常 で あ り,排 泄 性 腎 盂 撮 影

で も異 常 所 見 を 認 め な か った.

当 院 入 院 時 検 査 所 見:白 血 球 数 は7,600/mm3,

CRP1(+)と 改 善 傾 向 を 示 して い た が,赤 沈 は

1時 間 値102mmと 亢 進 して お り,血 中endotoxin

が 陽 性 で あ っ た.喀 痰 細 菌 培 養 は常 在 細 菌 叢 の み

で あ り,結 核 菌 は 陰 性,喀 痰 細 胞 診 は 陰 性 で あ っ

た.心 電 図,肺 機 能 検 査 は 正 常 範 囲 内 で あ った.

入 院 後 経 過:CP2g/日 点 滴 静 注 とFOM2g/日

経 口投 与 を併 用 し,入 院 第8病 日に は解 熱 し,自 ・

他 覚 症 状 も速 や か に 改 善 した.4月27日 の 胸 部X

線 像 お よ び 胸 部CT像 で はconsolidationの 吸 収

傾 向 を 認 め た.本 院 入 院 後 連 日施 行 した 喀 痰,尿,

糞 便 の培 養 で は,24日 か ら3日 間 連 続 して 糞 便 の

みS.enteritidisが 検 出 され た が,4回 施 行 した 血

液 培 養 は全 て 陰 性 で あ った.分 離 され たS.enter-

itidisの 薬 剤 感 受 性 試 験 の 結 果 をTable2に 示 し

Table 2 Disc sensitivity of various antibiotics

against S. enteritidis

432 感染症学雑誌 第58巻 第5号

Fig. 6 Clinical course

た.5月9日 に施 行 した 気 管 支 鏡 検 査 で は 可 視 範

囲 に 異 常 所 見 を認 め ず,同 時 に 行 っ た γB10で の気

管 支 肺 胞 洗 浄 回収 液 や,翌 日施 行 した 十 二 指 腸 液

検 査 で 得 た 胆 汁 の 培 養 で は,S.enteritidisは 分離

さ れ な か った.5月13日 の 胸 部X線 像 で はcon-

solidationは ほ と ん ど消 失 し,14日 に 軽 快 退 院 し

た.5月25日 に 抗 生 剤 治 療 を 中 止 した が,そ の後

の 喀 痰,糞 便 の培 養 に てS.enteritidisは 一 度 も検

出 され て い な い.7月22日 の 胸 部CT像 で は肺 内

陰 影 は 消 失 して い た が,後 縦 隔 内 陰 影 はわ ず か に

残 存 し て い た.全 経 過 をFig.6に 図 示 した.

III.考 察

サ ル モ ネ ラ症 は,(1)チ フ ス性 疾 患 あ るい は 敗

血 症,(2)胃 腸 炎'(3)限 局 性 炎'(4)保 菌 症 の

4型 に 分 類 され,そ の 約70%が 急 性 胃腸 炎 型 を と

り,い ず れ のSalmomllaも 以 上4つ の 臨 床 病 型

を と り うる.し か しS.tuphiとS.paratyphi-A,B

は 主 と して チ フ ス症 を を 生 じ,S.typhimuriumと

S.newportは 胃腸 炎 の原 因 菌 とな る こ とが 多 く,

ま たS.choleraesuisは 敗 血 症 と限 局 性 炎 を きた

す 頻 度 が 高 い といわ れ て い る10).

Saphraら1)はS.enteritidisは 約76%が 胃 腸 炎

型 を と り,限 局 性 の 病 巣 を形 成 した もの は240例 中

23例,9.6%の み で,そ の うち 肺 ・胸 膜 病 変 が み ら

れ た の は2例 にす ぎ な か った と記 載 し,ま た サ ル

モ ネ ラ症 全 体 か らみ て も呼 吸器 感 染 症 型 の病 巣 を

形 成 した もの は 約1%で あ っ た と報 告 して い る.

一方 悪性腫瘍,血 液疾患,糖 尿病,手 術後,新 生

児,高 齢者,ス テロイ ド剤や免疫抑制剤の投与,

放射線療法といった感染防御能の低下 した患者で

はチフス菌以外のSalmonellaも 菌血症や限局性

炎を形成 し易いと報告 されている11)～15).本例では

比較的高齢であったことを除いては,感 染防御能

の低下はない と考えられた.こ の限局性の感染病

巣は全身至 る所に起 こるといわれ1)10)16),骨髄炎,

関節炎,髄 膜炎,胆 嚢炎,腹 膜炎,種 々の膿瘍(横

隔膜下腔,虫 垂,脾17),副 腎,胸 膜17)18)など),肺

炎12)15),肺化膿症3),心 内膜炎,腎 盂腎炎,大 動脈

瘤19)などが報告されている.

本例において,S.enteritidisが 肺炎の起炎菌で

あると決定す ることは'経 気管吸引法や気管支局

所採痰法による菌の分離を施行 し得なかったこと

から問題は残 るが,血 痰の培養にて連続 して有意

に検出されたことより,S.enteritidisに よる肺炎

であった可能性が高いと診断した.

サルモネラ肺炎の発症機序は,血 行性感染 と経

気道感染の二経路が考えられ,そ の形態像は,前

者が多発性化膿性病変,後 者が区域性巣状肺炎の

型をとる場合が多い と記載 されている20).本 例で

は肺炎が区域性であ り,喀 痰 よ りSakmonekhlが

分離 され,ま た胃腸炎症状を欠 くなどの点 より,

経気道感染による発症が考 え易い.反 面胆石を有

するなど無症候性保菌者であった可能性もあ り,

熱型などの経過からも,菌 血症を経て肺病変が形

昭和59年5月20日 433

成 され た 可 能 性 も否 定 で き な い.

本 例 の よ うに 喀 痰 か らSalmonellaを 分 離 した

報 告 例 は 少 な く3)～9),と くにS.enteritidisを 喀 痰

か ら検 出 した 症 例 は ま れ で あ る.し か し呼 吸器 症

状 を 有 す るサ ル モ ネ ラ症 患 者 で は血 液,糞 便,尿

だ け で は な く喀 痰 か ら もSalmonellaの 分 離 を 試

み る必 要 が あ る と思 わ れ る.

IV.お わ りに

喀 痰 か らS.enteritidisが 分 離 され,サ ル モ ネ ラ

肺 炎 と考 え られ た1例 を 経 験 した の で,若 干 の 文

献 的 考 察 を 加 え報 告 した.

本症例の要 旨は第26回 日本感染症学会中 日本地方会(大

津)に おいて発表 した.

稿 を終えるにあた り,御 助言,御 校閲を賜 りました名古

屋市立大学医学部第1内 科学教 室加藤政仁博士に心から深

謝いた します.

文 献

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434 感染症学雑誌 第58巻 第5号

A Case of Pneumonia due to Salmonella enteritidis

Motoko YAMAMOTO*, Yoshimitsu HAYASHI*, Hidekazu HANAKI*, Fukiko AMANO*,

Yoshiro IWATA**, Michitaka NAITO**&Fumio KUZUYA***

Department of Internal Medicine, Nagoya City Higashi General Hospital, Nagoya, Japan** Department of Geriatrics, Nagoya University, Nagoya, Japan

A case of Salmonella pneumonia in a patient without an underlying disease is reported.

A 67-year-old man was hospitalized because of fever of unknown origin and hemosputum in April,

1983. He had no gastrointestinal symptoms. Chest X-ray films and a computed tomography of chest

showed pneumonia in right posterior basal segment. Plain abdominal X-ray film revealed a silent gall

stone. Salmonella enteritidis was isolated twice from sputum and three times from stool, but four blood

cultures were negative. The infection was succesfully treated with chloramphenicol and fosformycin.

Although pleuropulmonary infections with S. enteritidis have been reported,this appears to be a rare case

report of pneumonia with S. enteritidis which was isolated from the sputum. Sputum analysis shoud beconsidered as a routine procedure in evaluating patients with suspected Salmonellosis.