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総合工学 第 23 (2011) 46頁- 53* 学部学生 **大学院学生 ***中部大学助教 46 伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発 その2 耐震性能を有する和障子の研究開発 片岡靖夫, 弘承 * , 後藤誠 * , 寺村圭剛 * , 小岱冬樹 ** , 脇田健裕 *** DEVELOPMENT OF EARTHQUAKE-PROOF FITTINGS OF TRADITIONAL WOODEN BUILDINGS PART 2. DEVELOPMENT OF EARTHQUAKEE-PROOF JAPANESE SHOJI YAS UO KA TA OKA, KO SU KEOZA WA , MA KOTO GO TO , YOS ITA KE TERAM URA HUY UKI K ON UTA ** ,TAK EH IRO WA K IT A *** , Abstract: There are many old traditional wooden frame structures that were specified as cultural heritage or shall be specified as Japanese important buildings near future. But there are many buildings that do not have good performance against seismic action. Purpose of the investigation is to develop the earthquake proof Japanese SHOJIand we show the new construction method and the experimental results of it which is constituted with the wooden frame and Mino Japanese paper. The wooden frame is constructed with Japanese cedar, and they are laminated with double rails and thin steel plate. . Experimental result shows the good performance against the lateral shear force. Keywords : Traditional wooden building, Earthquake proof, Japanese SHOJI, Shear diaphragm 1.序 本報告の第1報では、伝統建築の耐震補強のための耐震性能を付与した木製建具の研究報告を行った。 それは、重要伝統木造建築のうち、室内に彩光を必要としない建物に使用されていることが多い框戸の 開発及び木製扉の開発に関するものであり、地震に対する性能を実験で確認してその成果を報告した。 本報告は、建具の中では最も強度の小さい障子に耐震性能を保有させて耐震補強要素として機能する 耐震障子に関する研究の成果であり,高度な製作技術を必要とすることはない。これまでの障子の製作 法に加わるのは,芯材に使用する薄鋼板を接着する技術のみである。 2.耐震障子開発の発想 障子は日本の住宅ばかりでなく、伝統木造建築のほとんどに使用されており、室内意匠のために極め て重要な要素である。それは、室内にやわらぎのある光を透過させて落ち着きのある静かな空間の形成 に重要な役割を果すからである。また、茶室や書院においては障子そのものが最も重要な建築空間形成 要素でもある。そのような障子が主体に用いられた建物は開放的な空間になっているため、壁などの耐

DEVELOPMENT OF EARTHQUAKE-PROOF FITTINGS OF ...総合工学 第23 巻(2011) 46頁-53頁 * 学部学生 **大学院学生 ***中部大学助教 -46- 伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発

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総合工学 第 23 巻(2011) 46頁- 53頁

* 学部学生 **大学院学生 ***中部大学助教

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伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発 その2 耐震性能を有する和障子の研究開発

片岡靖夫, 小澤弘承*, 後藤誠*, 寺村圭剛*, 小岱冬樹**, 脇田健裕***

DEVELOPMENT OF EARTHQUAKE-PROOF FITTINGS OF TRADITIONAL WOODEN BUILDINGS

PART 2. DEVELOPMENT OF EARTHQUAKEE-PROOF JAPANESE SHOJI

YASUO KATAOKA, KOSUKE OZAWA*, MAKOTO GOTO*, YOSITAKE TERAMURA*

HUYUKI KONUTA**,TAKEHIRO WAKITA***,

Abstract: There are many old traditional wooden frame structures that were specified as cultural heritage or shall be specified as Japanese important buildings near future. But there are many buildings that do not have good performance against seismic action. Purpose of the investigation is to develop the earthquake proof Japanese SHOJI、and we show the new construction method and the experimental results of it which is constituted with the wooden frame and Mino Japanese paper. The wooden frame is constructed with Japanese cedar, and they are laminated with double rails and thin steel plate. . Experimental result shows the good performance against the lateral shear force. Keywords : Traditional wooden building, Earthquake proof, Japanese SHOJI, Shear diaphragm

1.序

本報告の第1報では、伝統建築の耐震補強のための耐震性能を付与した木製建具の研究報告を行った。

それは、重要伝統木造建築のうち、室内に彩光を必要としない建物に使用されていることが多い框戸の

開発及び木製扉の開発に関するものであり、地震に対する性能を実験で確認してその成果を報告した。 本報告は、建具の中では最も強度の小さい障子に耐震性能を保有させて耐震補強要素として機能する

耐震障子に関する研究の成果であり,高度な製作技術を必要とすることはない。これまでの障子の製作

法に加わるのは,芯材に使用する薄鋼板を接着する技術のみである。 2.耐震障子開発の発想

障子は日本の住宅ばかりでなく、伝統木造建築のほとんどに使用されており、室内意匠のために極め

て重要な要素である。それは、室内にやわらぎのある光を透過させて落ち着きのある静かな空間の形成

に重要な役割を果すからである。また、茶室や書院においては障子そのものが最も重要な建築空間形成

要素でもある。そのような障子が主体に用いられた建物は開放的な空間になっているため、壁などの耐

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伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発(その2 耐震性能を有する和障子の研究開発)

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震要素が少なく地震に対して部防備な建築構成になっていることが多い。 写真1に示した建物の室内空間は、永平寺の七堂伽藍の一つである僧堂の室内空間を示すものである。

僧堂は修行僧の瞑想の場であり、就寝の場であり、食の場でもある最も重要な建物の一つになっている。

室内は障子からの透過光だけである。この光による室内は、けっして暗いものではなく、室内に座って

心静かにいると、障子を透過した弱くささやかな光が、心を明るく清らかにするものであることを感じ る。人の感性に伝わる光は、その光の強弱ではない。 このような空間を耐震補強のために壁や筋違いなどで補強して変えてしまうことは許されないことで

ある。そこで日本建築で多用される障子に強度と靭性を付与することを考えた。

3.耐震障子基本要素

障子は杉や檜の細い桟材で枠組みを構成し、それに和紙を糊で貼り付けて作られる。この意匠材とし

ての障子には、建物の構造部材としての強度と剛性、及び靱性を有していない。このように、これまで

は構造材料として用いられていなかったものなので、研究に先立ち和紙の製造から和紙そのものの強度

の測定から研究を開始した。また、耐震補強の対象建築物は,前記の永平寺僧堂と仮定した。そして、

その障子の実測を行い試験体の形状と詳細寸法を決定した。障子の桟木は杉の柾目材を表裏2枚重ねに

して、断面中央部に厚さ 0.8 ㎜の薄鋼板を挟んだ上、ウレタン樹脂を用いて杉と薄鋼板の 3 層材を圧着

接着する。

写真1 永平寺僧堂の障子に囲まれた室内空間

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片岡靖夫, 小澤弘承, 後藤誠, 寺村圭剛, 小岱冬樹, 脇田健裕

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障子紙には和紙を用いた。近年、紙に代わる強度の高い素材の開発もあるが、本研究では伝統的な素

材の使用にこだわり、和紙を使用することにした。敢えて強度の高い新素材を避けたのは,本研究では

耐震障子に必要以上の強度を求めることを避けたためである。すなわち,障子に目を見張るような強度

を保有させることが研究目的ではないからである。 和紙には楮(こうぞ)を原料とする美濃和紙を使用することにした。写真1は美濃和紙の製造工程で

ある。和紙すきの工程において、縦振りと横振りを何度も繰り返すので、和紙の繊維は一定の方向性を

持った配列にならないので、障子が地震力を受けた時に和紙に生じるせん断強度に対して和紙繊維は有

効に機能する。 障子紙には、強度と靭性が期待でき、しかも光の透過性の良い厚手の和紙を使用することにした。図

1 は、日本画を描く時に用いられる厚手の美濃和紙(0.17mm)と越前和紙(0.19mm) の引張り試験結果

である。美濃和紙と越前和紙の P―Δ にほとんど差がなかったので、越前和紙より薄くかつ同等の強

度を有する美濃和紙を使用することにした。

和紙の原料の楮(こうぞ) さらし(あくの除去) 煮熟(炭酸ソーダ)

ねべし(とろろあおいの

根より抽出)を混合

繊維のちりとり

和紙すき(縦振り) 和紙の完成 和紙の乾燥

写真2.美濃和紙の製造工程

図1. 美濃和紙と越前和紙の引張強度

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伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発(その2 耐震性能を有する和障子の研究開発)

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写真3は、障子の1ユニットの変形特性を求めるための試験体であり、左端の写真は和紙を貼ってい

ないユニットの周囲に鉄製の治具を取り付け、加力試験を行う状態を示している。障子の桝に 45 度方

向の引張力を加えることにより、試験体周囲の鉄製の治具を介して枠材にはせん断力が作用する。写真

の右は試験体の枠の最終的な変形と破れた和紙の状態を示している。右端の写真は和紙を貼らない枠だ

けの試験体の変形状態を示している。つまり、枠だけの特性と和紙を貼った時の特性を求めて、和紙と

枠組みの力の分担を求めるためのものである。 図 2 は写真3に示した障子基本ユニットの静的加力試験の荷重―変形関係を示しており、荷重は斜め

45 度方向の引張力であり、障子ユニットの4辺(1 辺の長さ L=23cm)に作用するせん断力は変形前で、

Q=P/(2cos45°)である。枠材のせん断変形が進むと和紙には皺が寄り始め、加力方向と直角の方向

に和紙全体が張力場を形成して引張り力に抵抗する。張力場を形成した和紙の引張耐力が引っ張り応力

を超過した順に和紙は破断を始め、和紙の耐力がすべて消失すると、枠材だけの荷重―変形関係となる。

L

(障子の杉枠材と周囲の鉄製治具) (せん断力を受けた和紙の終局時の状態) (終局時枠材の変形)

写真3.障子基本ユニットの試験体

12 113 12 113 12

262

杉枠材(周囲)

桟木(枠材)ユニットのP-Δ 枠材に和紙を貼った障子ユニットのP-Δ

図 2.和紙を貼らない枠材の変形特性

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4.耐震障子の構成

実際に使用されている障子を製作して実大強度試験を行った。障子は一般的に縦長であるが、写真

のように横長に使用された例も少なくない。そして,そのような障子は出入り口に使用されることは

ない。この障子は上下に滑動する障子であり、ロック機能を有している。障子を耐震建具に使用する

場合は、日頃はあまり使用されない箇所を選んで用いることが必要である。それは、耐震障子には薄

鋼板を使用するので、その鋼板の重量分だけ重くなることと、地震の時に障子の滑動を拘束する仕組

みを組み込むからである。

障子全体の重量=5.8 ㎏、内挿薄鋼板(t=0.8mm)の重量=2.4 ㎏) [ 2 層の杉積層木部と中央薄鋼板の 3 層構造(接着剤:ウレタン樹脂接着剤)]

2130

写真4.永平寺僧堂内の主要な障子

図3 耐震障子の詳細図

(mm)

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伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発(その2 耐震性能を有する和障子の研究開発)

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図4は試験体の各部桟材のアイソメ詳細図と寸法であり、縦横の桟は交差部を渡り顎形式でかみ合わ

せた。そのことにより、桟材の縦横の交点で回転剛性を有する接合部になる。しかし、主要な交点の面

内回転剛性は中間部の薄鋼板によるものである。薄鋼板は 0.8 ㎜なので面外座屈が生じやすいものであ

るが、鋼板の両面に杉桟材をウレタン樹脂で接着してその座屈を抑えることにした。

図4 耐震障子の桟木の種類と詳細

写真5 耐震障子の水平力繰返し加力試験装置(左)と和紙貼付け面の障子

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片岡靖夫, 小澤弘承, 後藤誠, 寺村圭剛, 小岱冬樹, 脇田健裕

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5.耐震障子の水平変形特性

耐震障子は変形角が1/150rad. 近傍までは和紙そのものの変化は肉眼では観察できないが、その変

形角を超えると和紙の表面に加力方向と45度方向に斜めの皺が生じ始める。すなわち和紙の張力場の

形成である(写真 6 左)。変形角が 1/30rad. 以上では和紙と和紙の重なり部分の剥れが生じる。写真

3 に示した 4 桝の障子による基礎実験の場合には、和紙の剥れが発生しない代わりに和紙の破断が生じ

ている。基礎実験の試験体には 1 枚の和紙を貼り付け、かつ試験体周囲の桟材は加力用の鉄板治具で固

定しているので和紙の剥れは生じなかったのである。障子全体の加力試験では、この和紙と和紙の剥れ

が全域に及んで終局状態になった。 最大水平せん断力は 2.8kN/mであり,耐震要素としての強度は高いものではない。しかし和紙の脆

性的な破断や障子枠組みの面外座屈が生じることがなく,さらには杉と薄鋼板による枠組みの損傷もな

い。そして水平力に対する靭性のある挙動を示すので耐震要素として機能すると考えられる。

写真5 水平力を受ける耐震障子の荷重ー変形履歴曲線

写真6 枠材に貼られた和紙の張力場の形成と破断

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伝統木造建築の新しい耐震建具の研究開発(その2 耐震性能を有する和障子の研究開発)

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6.結論

建築要素に中で最も耐力の小さい障子に耐震性能を付与することはこれまでには考えられないこと

であった。そして新しい耐震要素の開発では、高い強度と剛性および優れた履歴特性を有することが研

究目標になるが、我々の耐震障子の研究の目標は、ほどほどの耐震性能を有する障子の開発ということ

であった。障子は開け閉めする必要はあるものの、日常的に開閉をする障子はそれほど多くない。特に

伝統木造建造物は年間を通じて開閉しない障子の方が多い場合もある。研究の発端となった永平寺の僧

堂は、特定の場所以外開かれることはなく、そのほとんどが閉めたままの状態である。このような建造

物や書院造りの建物に関して、特定の場所に耐震障子を用いることにより耐震性能を高めることができ

ることが明らかになった。今後は、この耐震障子を実際の伝統木造建築物にどのように組み込むか、そ

して敷居や鴨居を含む設計システムについて解決していく計画である。 謝辞

本研究は中部大学総合工学研究所 平成 22 年度の第5部門の研究費、及び永平寺の委託研究を受け遂

行されたものであり,ここに合わせて謝意を表します.

参考文献

1) Fuyuki Konuta, Takehiro Wakita, Akihisa Kitamori, Yasuo Kataoka ; Development of

Earthquake-Proof Fittings of Traditional Wooden rame Structures、Indonesian Wood Research

Society (IWoRS)、査読付

2) Yasuo Kataoka, Fuyuki Konuta, Takehiro Wakita, Akihisa Kitamori; Development of

Earthquake-Proof Fittings of Traditional Wooden Buildings, Wood Research Journal, Vol.2 ,2011

(掲載予定) 査読付

3) 片岡靖夫、北守顕久、越智弘幸、小松幸平、脇田健裕;中国トン族の杉による伝統木造建造物の研

究(第 2 報 貫構造による各種建造物の構築システムと木割り)、日本建築学会論文集、2011 年掲載予

定、査読付

4) 白井健介、片岡靖夫、小岱冬樹、脇田裕健、望月義信;伝統木造建築の耐震性能向上のための改修

補強法の研究、(その2.可採光耐震建具の提案)、日本建築学会大会学術講演会梗概集、2010、9 月 5) 小岱冬樹、片岡靖夫、脇田裕健、小岱冬樹、望月義信;伝統木造建築の耐震性能向上のための改修

補強法の研究、(その3.両開き耐震建具の提案)、日本建築学会大会学術講演会梗概集、2010、9 月

6) 片岡靖夫、飯田喜四郎、小岱冬樹、野村俊也、岸本 学、脇田裕健;伝統木造建築の耐震性能向上

のための改修補強法の研究、日本建築学会大会学術講演会梗概集、2010、9 月(その4.ダブルスキ

ン耐震小壁の提案)