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DNA鑑定技術の発展からみた足利事件の問題点
神奈川歯科大学
社会歯科学講座法医学分野
山田良広
ヒトを構成する細胞
• 成人の体は約60兆個の細胞からできている
• 染色体は23本を1単位(ゲノム)とし、
1対あるので、ヒトは46本ある(2ゲノム)
ヒトのDNA量
• ヒトのDNAは30億塩基対、延ばせば約2mの長さになる。
• 1個の細胞のDNA量は6pg(ピコグラム)。
(但し精子や卵子は半分)
※1ピコグラムは1グラムの1兆分の1
検査試料としてのDNAの特徴
熱に対し安定
乾燥に対し安定
微量でも分析が可能 PCR法による分析
選択的分析が可能男女混合試料から男性DNAの分析
DNA鑑定
DNA多型を利用して個人、親子などを鑑定する。
1)DNA鑑定の種別
• 異同識別検査
・・・2つの試料が同じか否かの検査
• 血縁関係検査
・・・親子・同胞など血縁関係の検査
ⅰ)刑事鑑定 : 刑事訴訟で必要な鑑定
科学警察研究所(科警研)と各都道府県の科学捜査研究所(科捜研)において、捜査の段階で行われる(年間5000件程度)。
再鑑定など公判中に必要な場合もある。
ⅱ)民事鑑定: 民事訴訟で必要な鑑定
その多くはいわゆる親子鑑定。
2)分析対象となる試料• 刑事鑑定・・・人体由来と思われる試料はほとんど。現場試料:血液、体液(精液、唾液、尿など)とその斑痕、臓器組織、毛髪、骨、歯、爪対照試料:口腔粘膜細胞、吸がらなど
• 民事鑑定・・・かつては血液、現在は口腔粘膜細胞。綿棒で頬粘膜を強く擦過することにより、容易に採取でき、綿棒を乾燥させれば長期保存可能。特殊な親子鑑定例として臓器組織ブロックや乾燥したへその緒なども利用されることもある。
DNA
核DNA常染色体性染色体(X,Y)
ミトコンドリアDNA
DNA検査法で扱うヒトDNA領域
核DNA常染色体
• 縦列反復配列の多型
• 塩基置換による遺伝子の多型
核DNA性染色体(X,Y)
• 性染色体上のローカスを型判定
ミトコンドリアDNA
• ミトコンドリアDループ領域の多型
縦列反復配列の多型1
(サザン法)
• サテライトDNA
• 1反復単位:2塩基~100塩基
• 長さ:200塩基程度~1000塩基以上
• 判定は電気泳動でおこなう
検出、型判定法
• サザンブロット法
長いDNAを酵素で切って、電気泳動で判定
分解したDNAのDNA指紋
法医学で鑑定対象となる試料は微量・腐敗しているものがほとんどである。
量が少なく、切断されているものを さらに酵素で切断する方法は適さない
サザンブロット法の限界
法医学的DNA量• 血液 0.1ml (100μl) 4~5μg
ポタリと落ちた血痕 約0.03ml(30μl) 1~2μg
• 精液 0.1ml (100μl) 20μg
• 引き抜いた毛髪1本 0.3~0.4μg
自然に抜けた毛髪1本 その1/100 (3ng~4ng)
DNA指紋法 5μg /一回の分析
MCT118 0.5μg /一回の分析
ミトコンドリア 5ng/一回の分析
STR 10ng/一回の分析
検出、型判定法2
• PCR (polymerase chain reaction) 法特定のDNAを選択的に増やし、
電気泳動で判定
増幅=PCR=DNA鑑定
縦列反復配列の多型2
(PCR法)
• ミニサテライト
• 1反復単位:16~30塩基
• 長さは500塩基程度
• 判定は電気泳動、判定の目安となるマーカーはサイズマーカーからアレリックラダーが主流
DNA鑑定の変遷1985 イギリスの人類学者A.J.ジェフリーズによる
DNAフィンガープリント法(DNA指紋法)の開発
1989 科学警察研究所が初めて実際の事件で鑑定を行う
1990 科学警察研究所がMCT118法の使用を開始
1992 警察庁によるDNA鑑定法の犯罪捜査への本格的導入開始同年、水戸地裁下妻支部が強姦事件の判決で、初めてDNA鑑定の信用性を認める
1995 都道府県警察の科捜研でのDNA鑑定の整備が完了鑑定が行われるようになる
足利事件
1990年5月12日、栃木県足利市で、市内在住のMちゃん(4歳)がパチンコ店から行方不明となり、翌日、約500㍍離れた渡良瀬川河川敷で遺体となって発見された。
逮捕までの経過1990年11月 幼稚園バス運転手がマークされ、
任意提出の唾液から血液型がB型と判明約一年間にわたって、捜査員が行動を監視
1991年6月 ゴミ袋から精液の付着したティッシュを採集
8月 科警研に半袖下着とティッシュをDNA鑑定依頼
11月 MCT118法で同型であると判定
12月 任意同行を求めて取調べを行う。自白、逮捕、起訴
1993年7月 一審判決(無期懲役)
1996年5月 二審判決(控訴棄却)
2000年7月 最高裁判決(上告棄却)
2002年12月 再審請求
2008年2月 宇都宮地裁、再審請求を棄却
即時抗告
12月 抗告審で東京高裁がDNA再鑑定を決定
MCT118の型判定
• 足利事件のDNA鑑定は,MCT118を用いた• 当時の方法では正しい型判定が出来なかったということを,現在では,科学警察研究所(科警研)も認め、「数字を読み替えればいい」と説明
• 被告人も犯人も同じ16-26という型だとされたが,この16は正しくは18で,26は正しくは30とのこと
• 東京高裁の判決は,この科警研の説明をそのまま認め,「16-26という当時の型判定は,18-30と読み替えればいい」というのが東京高裁の認定
DNA鑑定の問題点①被告が市のゴミ置き場へ捨てたゴミ袋を、尾行中の刑事が拾い、令状無しに勝手に押収してDNA鑑定。②現場資料として、保存状態劣悪な資料(事件当時川の中から泥だらけの状態で発見され、血液検査後そのまま1年3ヶ月も常温で保管されていた被害者の半袖下着に、ごく微量付着していたとされる精液斑)を使用してのDNA鑑定。③科警研の顕微鏡で確認した犯人のものとされる精子の数はたった3個だったのに、最低でも700個~800個の精子が必要というDNA鑑定がなぜ可能だったのか。
④真犯人のものとされるDNA型の出現頻度がサンプル抽出のたびに大幅に変動。
⑤鑑定に使用されたマーカー(DNA型を計る物差し)では正確な型判定ができず、科警研でもその後使用中止し、別のマーカーに変えている。
⑥弁護側の請求にもかかわらず、鑑定の途中経過を示すデータを裁判所に提出しない。
⑦弁護人が被告人の毛髪のDNA型について日大法医学教室に鑑定依頼したところ、一審判決が判示した型と違っていた。
⑧DNA鑑定の添付写真を弁護人がコンピューター解析した結果、被告人と真犯人の型が一致すると判断するには重大な疑問があるとの結果。
⑨後の再鑑定のために資料の一部を保存しておく配慮をまったくしなかった。
再鑑定で疑問に思うこと
当時用いられていなかった最新の方法で再度鑑定を行うのは望ましい。
しかし
• DNAは新たに抽出したもの• 抽出源は10年以上室温で放置されたもの• 再鑑定の2つの結果は完全に一致していたのか
時効直前、15年前の殺人容疑で逮捕DNA鑑定決め手
2005年10月13日 (木)
東京都で90年11月、Aさんが路上で刺されたうえ車に轢かれて死亡した事件で、警視庁は13日、Aさんを刺したB容疑者を殺人容疑で逮捕した。
これまで、Aさんの死因は轢き逃げによる脳の損傷だったが、轢かれる前にB容疑者に刺されたことが致命傷(死因)であったと改めて判断したため。
凶器の刃物に残された血液のDNA型鑑定の精度が、この15年で飛躍的に向上したことが決め手となった。
15年前は、同じDNAを持つ人は「25人に1人程度」で証拠として不十分とされていたが、当時のDNAが保存されており、最新装置を使って新たに行った鑑定では「数十億分の1」まで精度がアップ。
問題の血液はBの血液だと改めて特定できた。
足利事件との違い
• 新たに抽出したDNAではなく、当時のDNAを使いきることなく保存してありそれを用いている。
• 最初のDNA鑑定の結果を否定するのではなく、最新の方法でより確実な鑑定を行っている。
最近のDNA分析法
1)マイクロサテライト(STR)の自動解析
• 2003年8月よりSTR検出の市販キットを用いて増幅、キャピラリー電気泳動後、コンピュータが読みとり判定する自動解析が導入された。
• 2006年11月より一度に常染色体15ローカスと性別判定キットが導入され、さらに鑑別力が向上した。
• Y染色体上のSTR
2)ミトコンドリア多型(準備中)
核DNA• MCT11816の塩基を1単位とし、いくつ繰り返すか電気泳動で型判定。比較的多量のサンプルを必要とする
• HLADQα塩基配列の違いをリバースドットブロット法で型判定する。
少量のサンプルで分析可能
• STR (Y STR)2~4つの塩基を1単位とし、繰り返し数を電気泳動で型判定。
微量のサンプルでも分析可能
ミトコンドリアDNAHVⅠ領域 シーケンサーで塩基配列を決めて型判定をする。
超微量のサンプルでも分析可能
縦列反復配列の多型3(キャピラリー電気泳動法)
• マイクロサテライト(ShortTandemRepeat)
• 1反復単位:2~5塩基
• 長さはせいぜい200塩基程度
• 判定は電気泳動で変わらないが、
キットを用い、PC管理のキャピラリー電気泳動による自動解析法が主流(客観性の向上)
AmpFℓSTR Identifiler
―― DNA鑑定の課題・ 現場から確実な試料を採取する
(鑑識の意識向上)
• 試料からのDNAの抽出で確率は大きく変わる(技術者の習練の必要性)
• 調べるDNA・ローカスは多いほどよい(mtDNA,SNIPSの採用)
• 混合資料に対する対応(DNA鑑定に残された最後の課題(?))
• 証拠能力としての解釈(検事・弁護士・裁判官 警察の上層部)