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124. 遺伝性パーキンソン病モデルショウジョウバエを用いたパーキンソン病発症 機構の解明 今居 Key words:dopaminergic neuron,LRRK2,FoxO, phosphorylation,neurodegeneration 東北大学 加齢医学研究所 アルツハイマー病についで罹患率の高い神経変性疾患パーキンソン病は中脳黒質のドーパミン神経の加齢依存的な選択的変性 を特徴とする.パーキンソン病のうち 5〜10%程度に遺伝性のものがあり,現在までに7つの遺伝子が同定されている.このう leucine-rich repeat kinase 2 (LRRK2)遺伝子の変異により発症するパーキンソン病は晩発性優性遺伝形式をとる.本 疾患は,遺伝的要因が不明な(孤発性)パーキンソン病に,臨床学的,病理学的特徴が類似している.それ故,LRRK2 変異による神経変性メカニズムの解明を目的とする研究が,大部分を占める孤発性パーキンソン病病理メカニズム解明の糸口 を提供すると期待されている 1, 2) LRRK2 遺伝子産物 LRRK2 は,Roc ファミリーに属するタンパク質であり,Roc と呼ばれる small GTPaseドメインとキナーゼドメインを分子内に有する(図1).疾患に関連した幾つかのミスセンス変異が報告されてお り,その遺伝形式より機能獲得型の変異であることが示唆されている.LRRK2 タンパク質の機能(キナーゼ)からその基質お よびシグナル伝達経路が想定される.本研究ではドーパミン神経における LRRK2 の生理的・病理的な役割を解明し,疾患の予 防・治療法開発の一助となることを目的とした. 図 1. LRRK2 タンパク質の領域構造と変異. LRR: leucine-rich repeat domain, ROC: Ras of complex, COR: C-terminal of ROC domain, Kinase: serine/threonine protein kinase domain, WD: WD40 domain. hs: hLRRK2, Dm: dLRRK. おもなパーキ ンソン病関連変異を上段に示す.これらのアミノ酸残基はヒトとショウジョウバエの間で高度に保存されている. 方法および結果 ショウジョウバエゲノム上にはヒト LRRK2 hLRRK2 )遺伝子のオルソログが一つ存在する.この遺伝子を Drosophila LRRK (dLRRK)と命名した.我々は,ショウジョウバエ遺伝学を用いてこの遺伝子と遺伝的相互作用をするシグナル伝達経路 を検索し,インスリン/インスリン様成長因子(IGF)シグナルと dLRRK との間において遺伝的相互作用を見いだした. 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 1

機構の解明 124.遺伝性パーキンソン病モデルショウ …...124.遺伝性パーキンソン病モデルショウジョウバエを用いたパーキンソン病発症

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Page 1: 機構の解明 124.遺伝性パーキンソン病モデルショウ …...124.遺伝性パーキンソン病モデルショウジョウバエを用いたパーキンソン病発症

124. 遺伝性パーキンソン病モデルショウジョウバエを用いたパーキンソン病発症機構の解明

今居 譲

Key words:dopaminergic neuron,LRRK2,FoxO,phosphorylation,neurodegeneration

東北大学 加齢医学研究所

緒 言

アルツハイマー病についで罹患率の高い神経変性疾患パーキンソン病は中脳黒質のドーパミン神経の加齢依存的な選択的変性を特徴とする.パーキンソン病のうち 5〜10%程度に遺伝性のものがあり,現在までに7つの遺伝子が同定されている.このうち leucine-rich repeat kinase 2 (LRRK2)遺伝子の変異により発症するパーキンソン病は晩発性優性遺伝形式をとる.本疾患は,遺伝的要因が不明な(孤発性)パーキンソン病に,臨床学的,病理学的特徴が類似している.それ故,LRRK2変異による神経変性メカニズムの解明を目的とする研究が,大部分を占める孤発性パーキンソン病病理メカニズム解明の糸口を提供すると期待されている 1, 2).LRRK2 遺伝子産物 LRRK2 は,Roc ファミリーに属するタンパク質であり,Roc と呼ばれるsmall GTPase ドメインとキナーゼドメインを分子内に有する(図1).疾患に関連した幾つかのミスセンス変異が報告されており,その遺伝形式より機能獲得型の変異であることが示唆されている.LRRK2 タンパク質の機能(キナーゼ)からその基質およびシグナル伝達経路が想定される.本研究ではドーパミン神経における LRRK2 の生理的・病理的な役割を解明し,疾患の予防・治療法開発の一助となることを目的とした. 

 図 1. LRRK2 タンパク質の領域構造と変異.

LRR: leucine-rich repeat domain, ROC: Ras of complex, COR: C-terminal of ROC domain, Kinase:serine/threonine protein kinase domain, WD: WD40 domain. hs: hLRRK2, Dm: dLRRK. おもなパーキンソン病関連変異を上段に示す.これらのアミノ酸残基はヒトとショウジョウバエの間で高度に保存されている. 

 

方法および結果

ショウジョウバエゲノム上にはヒト LRRK2(hLRRK2)遺伝子のオルソログが一つ存在する.この遺伝子を DrosophilaLRRK (dLRRK)と命名した.我々は,ショウジョウバエ遺伝学を用いてこの遺伝子と遺伝的相互作用をするシグナル伝達経路を検索し,インスリン/インスリン様成長因子(IGF)シグナルと dLRRK との間において遺伝的相互作用を見いだした.

 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)

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 その後,インスリン/IGF シグナルの既知のシグナル分子が dLRRK のキナーゼ基質となるかどうかを検討し,タンパク質翻訳抑制因子 eIF4E-binding protein (4E-BP)を基質として報告した 3).dLRRK と 4E-BP との関係を調べる過程において,我々は 4E-BP transcript の発現レベルと dLRRK の発現とに正の相関があることを発見した.4E-BP は,forkhead box型転写因子 FoxO によって,transcript の発現が制御されることが報告されている 4,5).一方,FoxO は中枢ドーパミン神経を含む各組織で広範囲に発現している.我々は FoxO と dLRRK との遺伝的相互作用を解析することにより,強い相互作用を見いだした(図 2).ショウジョウバエ網膜神経においての FoxO の強制発現は,目の穏やかな変性を導くが,dLRRK の共発現が FoxO による目の変性を劇的に増悪させた. 

 図 2. hLRRK2/dLRRK と FoxO の遺伝的相互作用.

hLRRK2/dLRRK の複眼においての強制発現は,EGFP 同様,目の形成に影響を与えない(上段左).ハエFoxO(dFoxO)の強制発現は,マイルドな目の形成不全,個眼の間の剛毛の欠失を引き起こす(上段右).FoxO とdLRRK あるいは,hLRRK2 の共発現は,劇的に目の形成を阻害する(下段).

  次に dLRRK がどのように FoxO の機能を修飾するかを検討した.FoxO は,ユビキチン化,アセチル化,リン酸化などの修飾により,その機能が調節されていることが知られている.ユビキチン化,アセチル化関連分子は,FoxO による目の変性を修飾しなかったため,dLRRK はリン酸化経路を介して FoxO の機能を修飾していることが考えられた.in vitro キナーゼアッセイにより,hLRRK2 および dLRRK が哺乳類FoxO1 をリン酸化するかどうかを検討したところ,hLRRK2 および dLRRK ともにFoxO1 を直接リン酸化することが明らかとなった.様々な FoxO1 の変異体を用いることにより,hLRRK2/dLRRK によってリン酸化される FoxO1 のアミノ酸残基を同定することに成功した.ヒト培養細胞において,hLRRK2 の強制発現がこのリン酸化部

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位のリン酸化レベルを上昇させることを部位特異的抗リン酸化抗体にて確認した.また,ショウジョウバエ脳において,dLRRKの過剰発現が FoxO のリン酸化を促進することが明らかとなった.さらに FoxO のレポーターアッセイにより,本部位のリン酸化修飾が,FoxO の転写活性を上昇させることが示唆された.  FoxO と dLRRK との post-mitotic なショウジョウバエ組織での影響を調べるために,組織特異的に遺伝子発現が誘導できる GeneSwitch システムを用いた.Mifepristone (RU486)経口投与により FoxO および疾患型 dLRRK を発現誘導できるショウジョウバエを作製し,羽化後の成虫脳に FoxO および dLRRK を発現させた.次に,これらのハエの寿命および老齢個体の中枢ドーパミン神経の数を測定した.FoxO の神経中枢においての発現は,すでに報告のあるように寿命に影響を与えなかった.一方,疾患型 dLRRK と FoxO とを共発現すると,寿命は有意に短くなり,かつドーパミン神経細胞の加齢依存的な減少が認められた.dLRRK ノックアウトにおいては,寿命・ドーパミン神経の生存性ともに FoxO 発現による影響は観察されなかった.

考 察

本研究成果により,LRRK2/dLRRK と FoxO との間の新たな病理経路が明らかとなった.FoxO は 4E-BP とともに,インスリン/IGF 下流のイフェクターとして働く.LRRK2/dLRRK は,インスリン/IGF シグナルのアウトプットを巧妙に調節することによって,ドーパミン神経の機能・生存性を調節していると考えられる(図3).FoxO は転写因子として,抗酸化ストレス,エネルギー代謝,細胞死,細胞周期などに関与する分子の発現に関わる.これら多様な転写ターゲットのうち何れの分子が神経変性に直接関与しているかは,今後明らかにすべき課題である. 

 図 3. LRRK2 による FoxO の調節メカニズム.

LRRK2 が FoxO をリン酸化することにより FoxO を活性化する(1).その結果,FoxO 転写標的遺伝子が発現する(2).転写標的遺伝子には,ストレス抵抗性を与える 4E-BP の他,細胞死,細胞周期,エネルギー代謝に関与する分子が含まれている.このうちどの分子が神経変性に関与するかは未解決の問題である.一方,FoxO の抗老化機能の一端を担うと考えられる 4E-BP は,キナーゼ活性の亢進した疾患型 LRRK2 により高度にリン酸化されることによって不活性化される(3).結果として,FoxO によるアウトプットが神経細胞死に傾くと考えられる.

  本研究に手厚いご支援を頂きました上原記念生命科学財団に深謝の意を表します.本研究は共同研究者の東北大学加齢医学研究所 金尾智子と共に行われました.

文 献

1) Paisan-Ruiz, C., Jain, S., Evans, E. W., Gilks, W. P., Simon, J., van der Brug, M., Lopez de Munain,A., Aparicio, S., Gil, A. M., Khan, N., Johnson, J., Martinez, J. R., Nicholl, D., Carrera, I. M., Pena, A.S., de Silva, R., Lees, A., Marti-Masso, J. F., Perez-Tur, J., Wood, N. W. & Singleton, A. B. : Cloningof the gene containing mutations that cause PARK8-linked Parkinson's disease. Neuron, 44:595-600, 2004.

2) Zimprich, A., Biskup, S., Leitner, P., Lichtner, P., Farrer, M., Lincoln, S., Kachergus, J., Hulihan, M.,Uitti, R. J., Calne, D. B., Stoessl, A. J., Pfeiffer, R. F., Patenge, N., Carbajal, I. C., Vieregge, P., Asmus,F., Muller-Myhsok, B., Dickson, D. W., Meitinger, T., Strom, T. M., Wszolek, Z. K. & Gasser, T. :

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Mutations in LRRK2 cause autosomal-dominant parkinsonism with pleomorphic pathology. Neuron,44: 601-607, 2004.

3) Imai, Y., Gehrke, S., Wang, H. Q., Takahashi, R., Hasegawa, K., Oota, E. & Lu, B. : Phosphorylationof 4E-BP by LRRK2 affects the maintenance of dopaminergic neurons in Drosophila. EMBO J.,27: 2432-2443, 2008.

4) Puig, O., Marr, M. T., Ruhf, M. L. & Tjian, R. : Control of cell number by Drosophila FOXO:downstream and feedback regulation of the insulin receptor pathway. Genes Dev., 17: 2006-2020,2003.

5) Junger, M. A., Rintelen, F., Stocker, H., Wasserman, J. D., Vegh, M., Radimerski, T., Greenberg, M. E.& Hafen, E. : The Drosophila forkhead transcription factor FOXO mediates the reduction in cellnumber associated with reduced insulin signaling. J. Biol., 2: 20, 2003.

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