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平成 28 年度 女子栄養大学 教職課程センター年報 Vol.1(2016)
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論文 生徒指導のためのいじめ理解といじめ予防策の検討
~発達段階論から見たいじめ被害の深刻さと加害者発達支援等を中心に~
女子栄養大学教授 田中みどり
1 序 いじめによる自殺が後を絶たない。いじめ防止対策推進法制定後の調査でも、1 週間に1 度以上いじめられている子どもは 10%程度との結果となっており(国立教育政策研究所、2013)、依然として各地でいじめによる自殺が報じられるのが痛ましい。これを受けて、平成 28 年 10 月 24 日文部科学省有識者会議はいじめの情報共有が行なわれなかった場合は懲罰の対象となる例も挙げ、文部科学省はいじめ予防を最優先業務とするなどの措置を
相次いで発表した(いじめ防止対策協議会、2016)。 大学における教職課程の生徒指導論を受講する学生でも、自らの高校までの学校体験で
いじめと関わらなかった学生はその被害の深刻さを理解していない場合が珍しくないので、
子どもたちの間のいじめの被害・加害と心的外傷の精神発達上の意味の重大さの理解と予
防策等の指導法は生徒指導論で取り上げるべき必須の内容となっている。本論では教師と
して生徒指導を行うに際して理解しているべきいじめ被害の深刻さ、いじめ加害者の理解、
精神発達上の意味、いじめへの介入・指導法を中心に知見と教育上の含意を整理し、深い
生徒理解に立脚した生徒指導に資することを目的とする。 2 いじめ被害の深刻さ いじめによる自殺が後を絶たないこと一事をとっても、いじめ被害の深刻さは明白であ
る。いじめ防止対策推進法施行後に限っても、数々の自殺事件が発生した。いじめ被害の
甚大さに心が痛むが、被害に関する研究は乏しい。これは自殺にまで至らなかった被害者
も黙して語らないことが大きな要因であろう。被害者は大人の反応にあまり信頼を置いて
いない、他からどう見られるか心配している、報復を恐れている、いじめられるのは恥だ
と思っている、他者が信じてくれないと危惧している、親などを困らせることを懸念して
いる等々多くの理由から声を上げないのであろう(Sampson, 2004)。 しかし、児童期から青年期にかけてのいじめ被害が如何に甚大な心的外傷となり、後々
の精神発達に悪影響を及ぼすかが理解されなければ、「子どものいじめは昔からあった普通
のこと。」といった素人の言説が流布し続け、自殺は後を絶たないことになり、子どもたち
の被害を食い止めることはできない。 このような中、昭和 53 年から 63 年の 10 年間に大学病院精神科に通院または入院した
思春期患者 25 症例をまとめた研究(立花、1990)は貴重である。これによると、被害者は症状の特徴から、幻覚妄想群(6 例)・引きこもり群(8 例)・空想逃避群(7 例)・身体症状群(4 例)の 4 群に分けられた。身体症状群以外の 3 群はいじめられ経験の後かなり長期の潜伏期間があり、いじめが終わっても長期間にわたって精神的に負の影響が持続す
るという特徴があった。幻覚妄想群は幻覚・妄想・自閉、独語・空笑等の統合失調症様の
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症状を呈したもので、小学校の頃からいつの間にかのけ者にされたりからかわれたりして
いじめられ、親や教師は本人にも原因がある等と放置したり本人を叱ったりしたため、本
人が自閉的になっていったケースが多い。発病から長期間経過しても、幻覚や妄想の対象
はいじめっ子に限定されており、大きな人格の崩壊は無かった。しかし自我はひどく傷つ
いており、治療に当たっては「いじめられ体験」を大切に扱い、それへのこだわりを受容
しながら次第に現実や将来に目を向けるように努力がなされた。周囲の無理解が子どもを
自閉的にし、精神病様の症状に追い込んでいるともいえよう。ひきこもり群は中学や高校
から無視や仲間外れにされたケースが多く、不登校になったものが目立つが、思考は豊か
で現実的であった。いじめられていることを教師に知らせても取り合ってくれなかったこ
とから、教師への不信や恨みを抱いているものが少なくなかったが、治療者が受容的態度
で内的世界に触れようとすると次第に心を開き、最終的にはかなり良い社会復帰を果たし
た。空想逃避群はいじめを契機に不登校・引きこもりになることに加え、空想の中で自己
の欲求を満足させようとすることが特徴であった。病前性格はわがまま、自己顕示欲が強
いなどであり、前 2 群の病前性格が内向的なのと対照的であった。いじめに対して泣いたり怒ったりの反応が早く過剰で、これが更にいじめを誘発するという悪循環が生じた。親
は子どもの過剰反応に引きずられがちであったが、親が子どもに操作されている場合は子
どもの状態の精神医学的な説明(ヒステリー傾向や行動化など)を十分行って患者と親の
歪んだ関係を修正するよう努めた。治療は患者の空想に共感して信頼関係を築いた後、空
想に疑問を投げかけ、現実に引き戻すよう展開した。経過は概して良好であった。いずれ
も児童期から思春期の心的外傷の影響の重篤さを示すもので、治療は個人療法・薬物療法
の他に家族調整や学校環境の調整という包括的なシステム・アプローチが必要であったと
いう。いじめが社会問題化した初期の教師の認識不足と被害の深刻さや範囲などがよく示
された貴重な報告である。
比較的健康であると考えられる大学生に対する調査でも、いじめられた経験はその後長
期にわたって精神的被害をもたらすことが報告されている(坂西, 1995)。 学校での経験が元でこのような重篤な被害者が出たことを重く受け止め、学校は常に生
徒指導等で予防や早期発見を心がけるべきことが確認できる。さらに、いじめが解消した
ことを以って問題が解決したと判断することは早計であり、上述の知見が被害者には長期
にわたって教育的配慮や発達支援が必要であることを含意していることも、深い子ども理
解に立脚した教育の専門家としては銘肝すべきであろう。
現実の一般中学生を対象にした調査として、宮崎市内等の中学に在籍する 1~3 年生7081 名を対象にした大規模な調査によると、中学生のいじめの関わり方は、クラスター分析の結果、無視・悪口被害群(約 14%)、全般的被害群(約 8%)、無視・悪口加害群(約22%)、全般的加害群(約 5%)、非関与群(約 51%)の5群に分けられ、被害群には抑うつ・不安などの内在化反応が見られた(岡安・高山、2000)。全般的被害群は、無視等・いたずら等・叩く等の 3 種類のいじめのうちいずれの種類のいじめ被害も多いが、特に叩く・蹴るなどの身体攻撃が多かった群で、67%は男子であり、ストレス反応としては身体的反応、抑うつ・不安、不機嫌・怒り、無気力の 4 種がいずれも他の群より高得点であった。無視・悪口被害群は「仲間はずれ・悪口・無視」の関係的いじめ被害経験が特に多く、
ストレス反応としては抑うつ・不安が全般的被害群と共に高得点であった。身体的反応、
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不機嫌・怒り、無気力のストレス反応も、全般的被害群ほどではなかったが、高得点であ
った。いじめ被害の 2 群のストレッサーとしては、友人関係はもちろん、学業も高得点であった。多数の一般の中学生を対象にしたこの調査から、いじめの被害群は約 2 割余り存在し、友人関係だけでなく学業もストレッサーとなっており、抑うつ・不安反応を高め、
いじめの種類が多い約 8%の全般的被害群は、ストレス症状が広範に現れかつ重くなることが示されたと言えよう。
その後、いじめ被害の内在化/外在化問題に関しては更に詳細に調査されている(村山ほか、2015)。これによると、調査対象となった市の全公立小中学校に在籍する小学 4 年生から中学 3 年生までの計 4936 名のうち約 10%前後、男子は学年によって 15%を超える子どもが週 1 回以上の頻度でいじめ加害または被害経験をしていた。いじめ被害を受けた子どもは抑うつが強く自傷を行うリスクが高く、いじめ被害もあり加害経験もある子どもは
非行性も高かった。子どものいじめ被害を理解するには、教師にも子どもの抑うつや自傷
行為リスクへの敏感さが求められると言えよう。
英国のコホート研究でも、児童期(7-10 歳)のいじめ被害が青年期早期(11-14 歳)に内在化障害をもたらすことが報告されている(Zwierzynska, Wolke, & Lereya, 2013)。エイヴォン親子縦断研究参加者である 1991 年 4 月 1 日から 1992 年 12 月 31 日が出産予定日であった約 14000 人の子どもたちの中で、8 歳または 10 歳時にいじめ被害に遭い、11,12,13,14 歳で内在化症状があった子どもは全体の約 24%に当たる 3692 人であり、内在化問題の病因論における仲間関係のような環境要因の重要性を強調している。
それではいじめ被害者は被害経験をどのようにみているのだろうか。オーストラリアに
おけるいじめ被害者の個別面接調査によると、リー(Leah)という 8 歳の女児の経験は次 のようであった(Green & Price, 2017)。彼女は生まれる前から父親がおらず、大きな緊密 な拡大家族の一部のようで、母親と親密であり、常に母親が自分を保護してくれると思っ
ていた。転居により転校して 6 か月経っても友達を作りにくく、拒否され孤立感を抱いて いた。教師はリーを助けるためにクラスで「リーも入れて話しかけてくれる?」と介入し
たが、不幸なことに、それは公然とリ-に友人と所属の感覚が欠落していることを明らか
にすることとなり、彼女は一層孤立し、仲間での地位が低下したと感じることになった
もし教師がリーの名前を挙げず、クラス全体に社会的スキル訓練を実施すれば、より効果
的にリーを支援できただろう。リーは社会的排除は人を傷つけるのでいじめだと感じてい
たが、それは誰にでも起こりうることで、ほとんどの人は一生のうちにいじめられる時期
があるとみていた。彼女は誰かに繰り返し悪いことをするのがいじめだと思っていたが、
友人を作る責任は自分にあると考えて、友人ができない自分を責めていた。また、いじめ
る子どもを罰するより、新たな友人を作る必要があると思っていた。一方、いじめる子は
誰かを笑って傷つけ見下し、いい思いをしていると感じていた。執拗ないじめを「手ご
わくて怖い」と思っていた。そして学校はいじめている子にいじめが如何に悪いことかを
教え、もしいじめられたらどんな気持ちになるか考えるようにするべきだと考えていた。
いじめが執拗であることや、友人ができない自分を責め、新たな友人を得ようと努力し
ても友人ができないことから抑うつが強まることは想像に難くない。学校における教育的
働きかけが必要であるとする指摘も的を射ているといえよう。特に加害者の発達のために
も、独善的にならず、他者の視点を取るよう促すことは必要不可欠であるといえよう。
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ブルックという名の教育学修士最終学年に在籍する女子学生は、9 歳の時からいじめられた(Green & Price, 2017)。彼女は南オーストラリアの小さな町に両親と弟と住んでいた。父親が同性愛者であることを明らかにしたため、彼女が小学校の時に両親は別れた。
皆と違うと思われ、仲間から疎外されたので、ブルックにとって辛い時期であった。また
弟が命にかかわる自動車事故に遭ったので、家族は病院でかなりの時間を過ごすことにな
り、これにより更にブルックは仲間から疎外される結果になった。弟のリハビリの一部に
は歩行や言語訓練があり、彼女は弟を支え世話をするのに積極的な役割を果たした。両親
は離婚交渉に煩わされており、息子の世話はほとんど 9 歳のブルックに任せた。家庭裁判所は 13 歳までブルックが父親と接触することを保障したが、ブルックは両親の離婚と父親の性的傾向について学校でからかわれ、いじめられたので、父親と疎遠になりがちであ
った。彼女は父親を愛していたが、辛いので近くに居たくはなかったのである。彼女は弟
とは親密であり、教師とであれ、友人とであれ、他の大人とであれ、人間関係は彼女にと
って重要であった。ブルックには近しい友人がいたが、いつもいじめられていた。友人は
信義や介入するスキルが欠けていていること示しており、不幸なことに自分がいじめられ
ることを恐れて時にいじめっ子を支持し、ブルックに常に寄り添ってくれるわけではなか
った。大学に入学してブルックは小さな女子グループと親しくなった。彼女たちは同じ高
校の出身で、同じ郡部から大学のある市への転居に際して互いに支えあった。この結果、
彼女たちは親しい友情を発展させ、ブルックは所属感を得ることができた。 彼女は「いじめは絶え間ない闘いで、いつ終わるのか分らない。」と語った。「『違う』た
だそれだけ。もし何か違っていて合わなければ、例えばあるテレビ番組を見なかったら、
それだけで簡単にいじめの対象になる。」と彼女は話した。彼女は 9 歳の時初めていじめられ、高校に入るとひどくなって高校生活を通していじめられた。威圧的な男子グループ
からは仲間の前で「ゲイ同士の動き」をして侮辱され、女子たちを巻き込む力のある女子
生徒からもいじめられた。その女子生徒が教室に居ないとき、彼女の仲間はブルックに話
しかけ、隣に座って「ごめんなさい」といった。「彼女たちは私のようにいじめられたくは
なかったが、私にすまないと思っているようだった。」 母親にいじめを打ち明けると、母は故郷から 300 キロ離れたところに住む叔母のところに行ってはどうかと提案した。しかし、ブルックにとっては友人も顔見知りの人も居ない
ところに行くことは一層孤立する行為に思えたので、選択肢にはならなかった。 学校は
会議を開いて対策を協議し、ブルックは幾つかのクラスから外された。ブルックは「先生
たちもいじめる女子生徒を怖がっているようで、どうすればいいか分っていないと思った。」
と話した。ブルックは一定のクラスから移されたにもかかわらず、いじめは続き、教室の
外でブルックの後ろに座った生徒から、髪を切られたこともあった。やがていじめはネッ
トに移った。彼女から見ると、学校の不適切な対応は生徒に「いじめは容認できる」とい
う明白なメッセージを送っており、これによりいじめる生徒は勢いを得たようであった。
彼女は親の教育も重要であり、教師もこの領域で専門的な力量開発が必要だと訴えた。 このようないじめ被害生徒からの指摘は至当なものと言えよう。学校で発達段階にそっ
て友情を育むことは一人ひとりの子どもの健康な精神発達上必須のことであり、それにふ
さわしい環境を子どもと共に調えることは大人の責務ともいえよう。この意味では子ども
の未熟さからいじめが発生する発達段階にあることを前提に、その短期・長期的な被害の
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甚大さをも勘案して教師が親と連携しつつ日々細やかな生徒指導に勤しむことが肝要とな
ろう。
3 いじめの加害要因 いじめの加害者がいなくなれば被害も無くなると考えれば、いじめの加害者研究は重要
である。いじめ加害者についても欧米では種々の研究が進み、一般の子どもより将来犯罪
者になる確率が高いなど、いじめが発達上の一過性の行動とは考えられない懸念材料が示
されている。このことが日本でも妥当するなら、いじめの加害生徒への深い理解と教育的
な働きかけも焦眉の課題である。
宮崎市を中心とする中学生の調査によると、いじめの加害者の中には全般的な加害経験
が多く被害経験もある全般加害群が約 5%、無視・悪口加害群が約 22%見られた(岡安・高山、2000)。全般的加害群は、ストレス反応のうち抑うつ・不安はいじめ被害群より低かったものの、不機嫌・怒りと無気力のストレス反応得点は全般的いじめ被害群と同程度
に高かった。このストレス故にいじめが生じている可能性が指摘された。ストレッサーと
しては先生との関係の悪さが高得点なのが特徴であった。このことは、いじめ加害生徒に
とってストレス発散としていじめをしても、先生との関係が悪い点では学校は居心地の良
い場所ではなく、そのことが更にストレス発散のためのいじめ加害の原因となるという悪
循環が発生している可能性も考えられよう。生徒指導上も一考を要することが示唆される。 更に、いじめ加害の内在化/外在化問題を検討した研究によると、いじめ加害児童・生徒
は攻撃性が高く、加害・被害双方の経験のある中学生は強い非行性を示すといった外在化
問題を呈している(村山ほか、2015)。特に非行性は喫煙・怠学・飲酒・金持ちだし・ナイフ持ち歩き・恐喝・頭髪、制服、化粧についての校則違反・出会い系サイトの 8 つの項目のうち 2 項目に「あり」としたものを「非行あり」と分類しており、生徒指導上もいじめに留まらない発達支援が必要なことが示唆される。
また、小学 3~6 年生を対象にした攻撃性に関する調査によると、抑うつ傾向の高い児童の方が他者に対する攻撃性が高く、自己に対する攻撃性が低かった(武田(六角),2000)。小学生で他者をいじめる攻撃的な子どもは、未熟なまま抑うつのような精神的問題を抱え
ている可能性を示唆し、発達支援上留意すべきことが明らかである。小学 3 年生から中学2 年生まで全 4683 名を対象にした調査でも、規準範囲以上の攻撃性を示す子どもは男子で5分の 2、女子で 3 分の 2 がカットオフ値を超える抑うつ症状を示すとの結果も報告されており(伊藤ほか、2010)、子どもの攻撃性と抑うつとの関連が注目される。 いじめの加害者研究によると、いじめのような攻撃性の発現メカニズムとして、ある性
格特性をもつ個人が、いじめを誘発するような対人刺激に反応して対人情報を取得し、そ
れによって生じた個人内の結果に、周囲の状況要因を判断材料として加えることで、いじ
め行動が取捨選択されると考えると、性格特性としては自己愛傾向、対人情報取得と個人
内結果については日常生活において他者の立場に立とうとする「認知的共感性」と他人の
経験をみてそれに情動的に反応する「情動的共感性」、状況要因としては「いじめ否定規範」
がいじめの個人内生起メカニズムを説明すると考えられた(大西、2015)。自己愛傾向が高い者は「自分自身の目的を達成するために他者を利用する」等の特徴があり、情動的共
感性と負の相関が、攻撃性と正の相関がある。自己愛傾向が高いと、操作的欲求や特権的
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思考などから情動的共感性およびいじめに否定的な集団規範への意識が低下し、いじめ加
害傾向を促進すると考えられた。 このモデルの検証の結果(図1参照)、誇大的自己愛傾向から関係性いじめ否定規範意識
と直接性いじめ否定規範意識へのいずれに対しても負のパス係数が有意であった。また、
情動的共感性から関係性いじめ否定規範意識と直接的いじめ否定規範への正のパス係数も
有意であった。さらに認知的共感性からは関係性いじめ否定規範への正のパス係数が、直
接的いじめ加害傾向には負のパス係数が有意であった。誇大的自己愛傾向が直接いじめ加
害傾向に及ぼす効果は顕著でなかったが、誇大的自己愛傾向はいじめ否定規範意識と負の
関係をもつことにより、いじめ加害と関連することなどが確証された。 このモデルはまた誇大的自己愛傾向の影響を抑えられれば認知的共感性が直接的いじめ
加害傾向に負の影響を与え、情動的共感性がいじめ否定規範意識を強める効果が明快にな
ることも示しており、生徒指導上も示唆に富むと言えよう。
図1 個人内いじめ生起モデル(大西、2015、p.60)
4 いじめ加害と集団過程
いじめは本来社会的なものであり、集団過程として生じるので、被害者・加害者に留ま
らず、クラス等の文脈で考える必要があることは言うまでもない(Gini, 2006 :Salmivalli, et al., 1996)。上述のいじめの個人内生起モデルにおいても、集団におけるいじめ否定規範がいじめ加害傾向に最も大きな負の関係があることが明らかにされた。そこでクラスに
影響を与える教師の要因も加味したといじめ加害傾向への影響過モデルを検討しよう。教
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師要因を視野に入れることが、教師としての効果的ないじめ指導の理解に資するであろう。
図2 いじめ加害傾向への影響モデル(大西、2015、p.44) いじめに否定的な集団規範の高低を規定する背景要因として、担任教師の影響と児童・
生徒の罪悪感予期を取り上げた研究によると(大西、2015、第 3 章)、教師の影響力は「受容・親近」「自信・客観」「怖さ」「罰」「たくましさ」の 5 因子あり(三島・宇野, 2004)、この中でいじめを抑制する認め合いの雰囲気は「受容・親近」「自信・客観」等の教師認知
との相関があり、「罰」は理不尽な項目で構成されていたため、「不適切な権力の行使」と
して、児童・生徒がこれを強く意識すると「こらしめ」としての制裁的いじめの加害傾向
が強まると予測された。罪悪感は向社会的行動を促進し攻撃性を抑制する要因とされ、い
じめにおける加害者の罪悪感の欠如が指摘されることから、罪悪感の予期が教師認知と学
級の集団規範がいじめ加害を抑制する際の媒介変数として仮定された。私見では罪悪感予
期は一種の自省力を反映しているとも考えられる。教師の受容的で客観的な態度を認知し
ている児童・生徒はクラスメイトへのいじめに罪悪感を抱きやすいであろうし、いじめ否
定学級規範を強く意識している子どもほど、それから逸脱していじめることに罪悪感が高
まるであろう。 上述のような仮定の下、いじめ加害傾向への影響過程モデルを検証すると、「受容・親近・
自信・客観」の教師の特性を児童・生徒が認知すると、いじめ否定学級規範と罪悪感予期
に正の影響が及び、それらはそれぞれ制裁的いじめ加害傾向にも異質性排除・享楽的いじ
め加害傾向にも負の影響を及ぼした(図2参照)。また、教師が不適切な権力の行使をして
いると生徒が認知すると、制裁的いじめ加害傾向に正の影響が及んだ。制裁的いじめはい
じめられる側に非があると判断して正義感から制裁を加えるものであるので、教師が不適
切に子どもに権力を行使すれば、子どものクラスメイトへの同様の制裁を助長することが
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確かめられた。いじめの抑制と生起にはいじめ否定学級規範と子どもの罪悪感を介して、
教師の要因も影響力が大きく、不適切な権力の行使が子どもに認知されれば制裁的いじめ
加害傾向を増長することが確証された。
現実のいじめはクラスのみでなく学校の規模等や家庭・地域の要因と結びついた複雑な
関係の問題である(Boes, et al., 2009: Pepler, 2006)。しかし、教師としてはまずクラスのいじめ生起/抑制メカニズムについて、自身の影響も含めの理解が不可欠と言えよう。
5 児童期から青年期にかけての子どもの精神発達と人間関係
いじめが特定の発達段階で深刻化し自殺に至るケースがあることを考えると、その時期
の子どもの発達的理解が欠かせない。児童期から青年期にかけての子どもの仲間関係の発
達は、ギャング・グループと言われる集団をなして外面的な同一行動により一体感を強め
る時期からチャム・グループと呼ばれる内面的類似性の重視される集団を求める時期を経
て、内面・外面とも異質性を認め尊重するピア・グループの時期へと発達する(保坂、1998)。 中でも前青年期(preadolescence)の特徴と重要性については、アメリカの精神科医サ
リヴァンによって特別に詳細に検討されてきた(Sullivan, 1940)。児童期(juvenile period)に入るとともに人は生き方を分かち合う仲間を強く求めるようになり、共同作業や競争、
妥協の才が大きく伸長する。この時期の人格はまだ自己中心的な性格をもっている。しか
し、これを超えてさらに前青年期に至ると、同類だという感じを抱ける親友(chum)の満足と安全が自身の安全と満足と同等の重要性をもつようになる愛という状態が存在する
ようになる。人生や世界に関する情報を親友と照合し確かめ合うことにより、満足と安全
に関する自分の世界が拡大し、友愛によって結びついた二人の人間を包含することから生
まれる自由性によって「共人間的有効妥当性確認」の過程が非常に進展する。現実の世界
が 1 つの共同体であることに気づくのもこの時期である。これと呼応して直接知らない人に対しても新しい共感を抱けるようになり、単なる共同作業(cooperation)から大きく一歩を踏み出した協力(collaboration)も可能となる。
サリヴァンが発達上の重要性を指摘するこの前思春期に親友が得られないばかりか仲
間からの排除や攻撃などを経験することは、人格発達上癒しがたい深い心的外傷経験とな
り、精神病の引き金となることも自殺に至ることも痛ましい事実が示す通りである。文化
的相違や個人差などにより年齢は絶対視できないが、それぞれの子どもにとっての児童期
から前青年期・青年期の発達環境について、健康な発達保障のために十分な教育的配慮が
必要であろう。
児童期から青年期への移行期の発達的特異性は、実証的な調査研究でも明らかにされて
いる。小学 4 年生、6 年生、中学 2 年生、大学生を対象に社会的領域や集団の特徴に応じて集団排除の基準の相違を調べるため、仲間集団(遊び仲間)と公的集団(班)のそれぞ
れについて道徳領域・社会慣習領域・個人領域の 3 種の各社会領域でそれぞれに対応した特徴を持つ他者を排除するか、他者にその特徴の変容を求めるかを調査した結果によると
(長谷川, 2014)、集団排除の判断における排除対象者の特性について、学年が上がるにつれて他者の特徴を区別・分化していくことが明らかとなった。すなわち、小学校 4 年生では個人領域に属する「黄色い服を着ている」という特徴が他より有意に高得点で排除を
認めるべきで無いと判断されたが、小学 6 年生では「黄色い服を着ている」と社会慣習領
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域の「手づかみで食事をする」がともに「相性」、「暴力」、「緑の髪」より有意に高得点で
排除を認めるべきでないとされ、中学 2 年では「黄色い服」>「緑の髪」>「暴力」「手づかみ食事」>「相性」と 4 段階で有意差ができ、大学生になると「黄色い服」>「手づかみ食事」「緑の髪」>「相性」「暴力」と 3 段階に分化した。中学 2 年生で小学生よりも大学生よりも主観的な「相性」を理由とした集団排除を認めやすくなることが明らかとな
った。集団の種類については、中学 2 年生以外は私的な遊び仲間より公的な班の方が排除は認められないと判断したが、中学 2 年生は集団の公私を問わず恣意的で主観的な「相性」を理由とする排除判断の割合が高かった。中学 2 年生が班のような公的集団でも他者の多様性に不寛容となり、主観的で内的な同質性を求める傾向が推察される。また、排除判断
と集団への志向性(固定的集団志向/閉鎖的集団志向)と友人への志向性(相互尊重欲求、親和欲求、同調欲求)の調査結果から、固定的集団志向性・閉鎖的集団志向性・友人への
同調欲求が高いと排除を認め、友人への親和欲求・相互尊重欲求が高いと排除を認めない
という関係が見られた。中学 3 年生は反社会的行動であっても仲間への同調性が相対的に最も高まる時期であった(Berndt, 1979)。
サリヴァンが指摘する自分と同類と認められる親友を求める時期であるからこそ、その
希求の過程で主観的な同調も排除も激しくなる一面があると考えられよう。精神発達上の
特性を理解しつつ、退行要因なども関わると短期間のうちに諸要因が輻輳して混乱や大き
な圧力となる危険性があることを見据えて指導することが重要となる。 6 いじめの予防策・介入策
いじめの予防策・介入策として多くの提案がなされ、実行されてきた(Bean, 2005: 稲垣、2007:中村・越川、2014:Olweus et al., 2007 ほか)。何がいじめになるかを理解せずいじめている子どもがいるため、どんな行為がいじめになるかを啓発するプログラムが
欠かせない。他方、予防的な観点からは、子ども集団を生かした指導も提案されている(伊
藤、2007)。個々の学級がもつ心理社会的な個性である学級風土がいじめの発生にも関連するので、子どもの間の自然な親しさや自己開示があり、学級活動への関与も高い「満足
型」のクラス作りが重視し、座席の配置等により放っておくと関わらない違ったタイプの
子どもたちも触れ合う機会を作るなどの仕掛けを多く作って子ども同士の相互理解や連帯
感を強め、規律もあり仲の良い協力的な作りを工夫する。「友人の話や発言は大切に聴こう。」
「相手が元気になる言葉がけをしよう」と相互交流を後押しすることにより、「自然な自己
開示」が月ごとに多くなり、いじめの無い活発な学級に半跏した例も報告されている。自
治体でも様々なプログラムが開発されている(横浜市教育委員会 2012 ほか)。 他方、いじめが生じたクラスで被害者に共感者を付ける宮下氏の実践は(本誌所収)卓
抜であり、深い子ども理解と教育的愛情に根差している。子どもの発達段階やクラスの状
況等に応じて常に適切な対応が求められている。
6 結び いじめ被害の深刻さから加害の要因といじめ生起メカニズム、予防・介入策について生
徒指導で必要となる点を中心に論じた。教育の専門家として発達的に大きく変化する児童
期から青年期にかけての健全な発達を支援するためには、この時期の心理機制を深く理解
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し指導に当たる高い識見と実践力が求められている。本論では紙幅の関係からネットいじ
めの問題と種々のいじめ予防策の効果比較の課題が残った。別稿を期することとしたい。
引用文献
Bean, A. L. 2005 The Bully Free Classroom. Over 100 Tips and Strategies for Teachers K-8. Updated Edition. Free Spirit (上田勢子(訳)学校でのいじめ対策東京書籍.)
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