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の一 島「一 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸 とし,歴史の一定の発展段階に現われる近代に特有な生産様式をいう。こ うした近代資本主義では,資本==貨労働という生産関係を基礎として,全 社会的規模において展開される商品生産が経済生活の普遍的な土台となっ ている。資本主義以前の生産諸様式が土地占取ならびに利用のための前提 (1) としての共同体(Gemeinde)を,経済生活の普遍的な土台としてもち, 共同体関係を利掬した経済外的強制を伴っていたのに対し,産業資本を基 軸とする社会は,合理主義的・個人主義的・営利的性格を断わにする。資 本主義社会での個人は,それ以前の社会経済構成におけるような共同体規 制から全く解放され,その生活は経済的自己責任の原則に立脚している。 共同体の成員としてその規制の下にたつ場合には,かれらは生活の最終的 拠り所を共同体の中に求めることができる。経済生活の円滑な遂行を妨げ る外来的な偶然的事実(=危険)の処理も,共同体自体の作用の中に埋没 して了っている。しばしば説かれる「危険なければ保険なし」(“Ohne Gefahr,keine Versicherung”)という法諺から,危険 ただちに保険の存立を.類推することは厳に戒めねばならない。危険は人類 の発生以来,人類の生活を脅やかすものとして常に存在しつづけている。 人類が経済生活遂行のために,その時々の生産力の発展程度に照応してと りむすぶ生産関係,ならびにこうした生産関係により規定される社会的諸 註(1)木塚久雄「共同体の基礎理論」第2章参照 -1-

近 代 保 険 の一 歴 史 性近 代 保 険 の一 歴 史 性 水 島「一 也 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

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Page 1: 近 代 保 険 の一 歴 史 性近 代 保 険 の一 歴 史 性 水 島「一 也 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

近 代 保 険 の一 歴 史 性

水 島「一 也(神戸大学助教授)

1 資本主義の保険としての近代保険

近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

とし,歴史の一定の発展段階に現われる近代に特有な生産様式をいう。こ

うした近代資本主義では,資本==貨労働という生産関係を基礎として,全

社会的規模において展開される商品生産が経済生活の普遍的な土台となっ

ている。資本主義以前の生産諸様式が土地占取ならびに利用のための前提(1)

としての共同体(Gemeinde)を,経済生活の普遍的な土台としてもち,

共同体関係を利掬した経済外的強制を伴っていたのに対し,産業資本を基

軸とする社会は,合理主義的・個人主義的・営利的性格を断わにする。資

本主義社会での個人は,それ以前の社会経済構成におけるような共同体規

制から全く解放され,その生活は経済的自己責任の原則に立脚している。

共同体の成員としてその規制の下にたつ場合には,かれらは生活の最終的

拠り所を共同体の中に求めることができる。経済生活の円滑な遂行を妨げ

る外来的な偶然的事実(=危険)の処理も,共同体自体の作用の中に埋没

して了っている。しばしば説かれる「危険なければ保険なし」(“Ohne

Gefahr,keine Versicherung”)という法諺から,危険の存在をもって

ただちに保険の存立を.類推することは厳に戒めねばならない。危険は人類

の発生以来,人類の生活を脅やかすものとして常に存在しつづけている。

人類が経済生活遂行のために,その時々の生産力の発展程度に照応してと

りむすぶ生産関係,ならびにこうした生産関係により規定される社会的諸

註(1)木塚久雄「共同体の基礎理論」第2章参照

-1-

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関係との開通にたって,はじめてわれわれは保険制度の歴史性を理解する

ことができる。

このように資本制経済社会を唯一の生存の場とする近代保険は,資本(

保険資本)によって営まれる。論理的にいえば,単純な商品生産において

すでに保険的制度存立の可能性は存在する。その経済過程に発生し,その

円滑な遂行を妨げる外来的偶然的事実(=危険)に対する貨幣準備設定の

要請が,社会的経済準備形態たる保険的制度を生みだすことは不可能では

ない。しかし保険資本により営まれ,合理主義的計算に立脚する近代保険

制度は,その物的条件として,経済生産力の発展による恒常的・大量的な

物質的財貨の生産・流通を必要とする。それは保険需要者に対して付保物

件の大量化・付保価額の巨大化をもたらすと共に,他方,保険供給の側に

対しては,こうした客観的条件のもとに合理的な保険技術の適用を可能な

らしめるノ。近代保険が資本により営まれるということは,斎藤利三郎博士1)

が指摘されるどとく,保険が「各個別資本における単独的貨幣準備の止場

と,その縮約的費用項目化への転化媒介過程に随伴する一連の貨幣取扱の

技術的諸操作,すなわち,収歓的集積=徴収と発散的疎開回流=支払充足

との集中的専属的執行」という「社会的契機」のみならず,同時にそれが

「利潤追求,前貸資本増殖,資本家の私的致富」という「私的契機」をとも

ないつつ,換言すれば,「対立的な二つの契機の相互惨透,対立物の否定

的統一,二重性」として現象することを意味する。物的生産力の偲さと,

それに基づく保険需要の偶発性・少量性は,合理的計算制度を基礎とした

平均的・恒常的な保険利潤確保の可能性を失わしめる。保険制度の成立は

避済的発展の度合,したがってまた物的財貨の生産力発展の程度により規(2)

定されるのである。

註(1)斎藤利三郎「保険の経済理論序説」(内外研究,18巻1・2併号,52ペー

の。「保険理論の研究」12-3ページ。

(2)小林北一郎「保険制皮の発生発展而して其の消滅の過程」(商学討究,6

巻・下冊,26ページ以下)。印南博吉「資本主義社会におけ富転換」(損

- 2 一

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近代侠険制度がその実存基盤を資本制経済社会の中にもつということ

は,換言すれば,近代保険が,資本主義社会の中にあって果す機能によっ

て,その存在意義をみとめられることを意味する。直接又は間接の意味に

おいて,近代保険が資本のために機能することが,資本制経済における保

険の存在の妥当性をもたらす。独自の性格をもつ貨幣取扱資本としての保(1)

険資本の運動は,社会的総資本の利害につながる。ここで忘れてならない

のは,近代保険資本が,産業資本の一分肢形態としてのみ,したがってま

た産業資本に対する相対的独立性においてのみ現われるという事実であ

る。近代保険が前期的保険と範疇的に峻別される所以である。

害保険研究,19巻1号,5ペーの。谷山新艮「商人保険について」(保

険学雑誌,396号,47ページ)。

註(1r保険資本を貨幣取扱資本として規定しようとする従来の所説に対して,金

子卓治氏は,印南博士の主張を代表例としてとりあげ,貨幣取扱資本説に

よれば,保険資本に固有の「個別的機能」の説明がなされえないとされ,

更に杭極的主張として,保険資本の運動部面を,「単なる生産過程機能の

分担または単なる流通過程機能の分担」とは異なった,「偶然的損害の填

補という資本にとっては,いわば第三次元の新たな課題」とされている。

同氏は更に,保険資本を貨幣取扱資本と規定することによって,貨幣取扱

資本の発展形態である銀行資本との対比において論理的な難点を生ずると

されている。-「保険資本について」(経営研究40号所載)ならびに「保

険利潤について」(経営研究43・44・45号所載)参照。しかしながら保険

資本を独特の技術的貨幣操作を執行する独自の性格をもつ貨幣取扱資本と

して規定することによって,高次元の資本範疇を新たに設定する必要性は

解消するように思われる。それによって保険業の独自の活動ならびに運動

部面の説明に欠けるところはないであろう。またそのことが,保険業のい

わゆる個別的機能を無視するという論理的必然性は存在しない。銀行資本

への類推論法の誤りは,金子氏の指摘されるごとく厳に戒められねばなら

ない。しかしこの点についても,保険業の技術的基礎の独自性乃至特殊な

貨幣操作技術を強調することにより,一般の貨幣取扱資本のごとき発展経

過をとらないとの主張が十分の説得力をもちうるであろう。現在の保険業

(特に生命保険業)において形成資金の運用業務が大きな意義をもつこと

は何人も否定できないが,これを銀行業と等置しようとする試みは,両者

の技術的基礎の相異を根拠に論破することができる。

一 3 -

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基礎的生産棟式に対する保険の奉仕的役割は,保険料の源泉を企業資本(1)

礪環の内部の処理に求める企業保険ではきわめて直接的であるが,他方,(2)

家計に保険料の源泉を求める家計保険では間接的たらざるをえない。しか

しそれが資本とのつながりを全くもたないなどと主張してはならない。ま

づこれを物保険についてみれば,資本の運動が価値増殖ないし利潤獲得を

目的とすることはいうまでもないが,その実現過程には,「命がけの飛

躍」がともなわねばならない。こうした困難は,資本制生産から必然的に

導かれる過剰生産に起因する。したがって資本の側にとっては,農民・申

ノJ\業者,更には労働者までも含めた非資本家的階層の維持,その部面への

市場開拓が当面の急務となる。その社会的基盤をこれらの階層にもつ家計

保険は,消極的ながら,かれらの経済生活の維持(自然的災害の作用によ

る貧窮化の防止)に貢献することになるのである。次に人保険についても

それを通じて実現される所得の再分配,社会保険制度あるいは社会保障制

度との競合を通じてなされるこれらの給付内容の低減化-それはいうま

でもなく,社会的総資本の負担の軽減を意味する-などの効果をもちう(3)

る。周知のどとく,保険資本の執行する業務は,こうした保険本来の危険

負担業務と,当初にあっては附随的意義しかもたなかったがその史的展開

において重要性を加えつつある投資=貸付活動とからなる。この追加的保

険業務は特に生命保険において,その技術的奥機を通じて形成される保険

資金の集積を背景に,きわめて重要な社会経済的機能を果すこととなる。

生命保険資本のパイプを通じて集積される零細保険料が膨大な保険資金の

形をとり,それが独自の性格の貸付資本として現われる過程が,社会経済

的にどのような意義をもつかについては,金融・資本市場に占める生命保

険資本の位置からうかがうごとができる。

註(1)馬場克三「保険経済概論」18ページ以下。

(2)同書,27ページ以下。

(31金子卓治「保険資本について」(経営研究40号77ページ)。

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2 いわゆる原始的保険の位置づけ

通常,原始的保険とよばれるものは,われわれの理論的立場からすれ

ば,二つに分類されるべきである。一つは原始的海上保険を代表とする前

資本主義的性格を有する商人保険であり,他は火災保険ないし生命保険の

原始的形態とされる共済的施設である。両者は夫々異なった社会経済的意

義を担っていたのであって,これを無視して両者を同列に配し,そとから

いわゆる原始的保険の共通性格を抽出しようとする態度には異論をきしは

さまねばならない。いうまでもなく,両者は近代資本主義に先立つ生産様

式の中に実存することから,共通の性格をもって特徴づけられる面を具え

ることはある。しかしそのおのおのが生成ないし機能する社会経済的地盤

は,理論的にみて同一とはいえない。したがって近代保険との関係におい

ても,両者の立つ位置は全く異なったものとなる。しからばこうしたいわ

ゆる原始的保険の理論的位置づけは,いかなる観点からなされるべきであ

ろうか。

近代資本主義以前の社会経済構成において,経済生活の普遍的土台をな

すものが共同体であることはすでにふれたところである。各個人は共同体

・の成員として土地とのつながりをもちえた。かれらはそれによって共同体

しの規制の下におかれていたが,同時にそのことは,程度の差こそあれ,共

J司体による万一の場合の生活配慮を成員が期待しえたということを意味す

-る。生産様式の史的展開につれて,共同体は漸次その規制力を弱めてゆ

く。共同体成員のつながりがきわめて強固な血縁制的社会から地縁制的社

会への移行,生産力の発展にともなう社会的分業の進行等の条件は,共同

体規制からの個人の解放-成員の側からすれば,個人の自覚-を準備「11

する。通常,原始的保険とよばれる火災ギルドなどの共済的施設は,この

註(1)このような共済的施設は,他の経済的・政治的・宗教的任務を主目的と

し,附随的に成員の困窮を救済する機能をもっていたUniversalgildeか

ら分化したものである。それが対象としていた危険は,火災の他に,死亡・家畜の盗難ならびに発死・風害・難船・身代金等であった。(Mahr,

W・,Einfiihrungin dieVersicherungswirtschaft,1951,SS,40pl)

- 5 一

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ような共同体による保障の弛緩を条件として出現する。しかしそれらは常

に共同体を基礎または前提として,その上に成立する社会関係であり,し(1)

かもその機能において共同体に対する補完的関係にたつものであった。

他方,共同体の規制力の外に,その成長と活動の本来の地盤を形づくっ

た前期的資本(商業資本ならびに高利貸資本)は,単純な商品流通ならび

に貨幣流通を実存条件として活動を展開するが,その過程において,それ

らの価値増殖のための活動は,共同体を基礎とする古い諸関係をつきくづ

してゆく。これらの前期的資本家たちは,都市の商人ギルドの成員として

その規制下におかれていたが,かれらの典型的活動といわれる遠隔地間の

仲介商業の場における外来的偶然事件の作用による投下資本回収不能の危

険性は非常に大きく,商人ギルドによる共同体的保護の対象には入りえな

かった。しかし資本の本性からしても,これらの危険は何らかの形で回避

分散されねばならない。こうしてその自衛的措置は前期的資本内部の中に

求められた。商業資本と高利貸資本は,いわゆる双生児的関係に立ち,両

者の問には自由な流動性と緊密な相関関係が存在した。すなわち両形態の

資本は互いに相手方の活動を媒介として,その活動を拡大伸張することが

註(1)このような共済的施設は,所与の社会経済的条件に適応する形態をもって

あらわれる。たとえば火災ギルドの扶助は種々の方法で行われたことが伝

えられている。当初は,発生した火災損害の程度とは無関係に,再築およ

び新築のための現物給付(麦ワラ,材木,石材,運搬・瓦礫除去のための

労働,布地,綿,穀物,肉類,家畜飼料等)が原則的であった。こうした

給付ならびにそれを裏付けるギルド成員の醸出の程度は,ギルド成員の身

分を基礎としてなされる。すなわち,土地1フーフェ所有者・半フープェ

所有者・3分ノ1フーフェ所有者・4分ノ1フーフェ所有者・家僕の5段

階により一切の処理がなされた。農村では貨幣給付はまれにしか行われな

かったが,貨幣経済の展開がみられた都市の火災ギルドでは,漸次,貨幣

給付への移行がみられたという。(Liebig,E.F.V.,Das deutscheFeu-

erversicherungSWeSen,1911,S.12:Mahr,a.a.0りSS.41-2:佐

波宜平「保険に於ける個人」(経済論叢51巻4号12-3ページ,「保険に

於ける貨幣」(同誌51巻5号5ページ)

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(1)

できた。両者はその客観的役割において直接に相互扶助的な協同関係に立

つのである。しかも両者の区別は単に形態上の点にとどまり,現実の存在

形態としては両者は結合していた。商業資本が当時の低い生産力を反映し

た少量的・問欧的な商品流通によって生ずる休息貨幣資本を,高利貸資本

として転用することは通常のことであったし,同様のことは保険引受に関

しても云いうるところである。14世紀中葉,地中海商業圏の中心的位置を

占める北部イタリー諸都市にその雨芽的形態を示したといわれる原始的海

上保険は,このような前期的商業資本の多様な運動の一面として理解され

るべきである。商人保険とよばれる所以である。

このように,商人保険の発展系列とならんでギルド的な共済施設を近代

保険の起源とする主張はすでにマールについてみたところであるが,同様

の所説はマールだけにとどまらず,いわゆる唯物的保険史観においてもと(2)

られることがある。その誤りは保険がその発生の当初から資本との結びつ

きをもち,かつその結びつきにおいてのみ存在しうるという点を見逃すこ

とに基く。かくして次に解決さるべき課題は,いわゆる原始的営利保険が

資本とどのような関係にたち,近代保険との対比においていかなる位置づ

けを与えられるかの点である。こうした考察は,近代保険の性格乃至歴史

性を側面から浮彫する効果をもちうるであろう。

註(1)大塚久雄「近代資本主義の系譜」29ページ。ならびに田中豊言「前期資本

主義史論」82ページ。

註(2)「……あくことを知らない利潤追求が,本来は相互救済と云う思想に立

脚する筈の保険を利用して勤労者の搾取を保証し,彼等を追加的に搾取す

る手段と化した………」。「保険思想の起源的形態は,相互救済の原則に

対応していた。その例外を成したものは,保険施設の最初の形態である所

の,運送保険の開始である。この保険は,商人や,貿易商の取扱う商品に

対するものであるが,その成立の時から営利及び投級の対象に利用され

た。なぜならば保険者に該当する貸主は専ら高利貸資本の代表者たちだっ

たからである」。(東独財政省「保険部門における内勤者教育用の研究叢

書」第1分冊「搾取社会における保険の史的発展過程並びに保険の機能,

一 7 一

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3 前期的保険と近代保険

生産様式に規定された社会的諸関係に照応する性格をもって歴史上の各

段階にあらわれる社会的経済準備制度は,近代資本主義の下では保険資本

の機能として現象する。そこにあっては「保険制度は,いわば,資本の,(1)

資本による,資本のための制度である」ということができる。こうした近

代保険は,ギルド的な共済的施設との間に,なんらの系譜的関連をもつも

のではない。後者は,前近代的な社会的諸関係に照応した社会的経済準備(2)(3)

の一形態であって,保険的酎巳を果すものであっても保険ではない。

形態及び性格」〔印南博吉「資本主義社会における保険(続稿)」損害保

険研究20巻1号54-5ページ〕)。この東独財政省教科書-原書を手許に

もたないので前掲の印南博士の訳出されたところから判断するだけである

が-は,その他史料ならびにその解釈に関してもずさんな点が多く.そ

れが誇称するどとき「弁証法的史的唯物論の科学」を基礎的方法とすると

の評価に値するものとはいえない。

註(1)金子卓治,前掲論文61ページ。

(21わたくLは,かって,これを「広義」の保険概念にふくましめ,「狭義」

における本来の保険としての近代保険と対比させた。(「近代保険の系譜

と歴史的性格」加藤由作博士還歴記念「保険学論集」219ペ細ジ,「近代保

険の社会的基盤」国民経済雑誌100巻6号581ページ)。しかし,保険の歴

史性を強調する意味からも,こうした用語法は避けた方がよいと思われ

る。

(31印南博士によって提唱された経済準備説は,近代保険の歴史性を明確にす

る意味で従来の保険本質論とは異質的な卓見といえよう。近代保険をあら

ゆる歴史的段階に共通にみられる社会的経済準備もしくは「保険基金」の

特殊な形態と規定される博士の見解は,基本的にわれわれの立場と一致す

る。しかし前近代的な共済施設について博士が説かれるところは必ずしも

明確とはいえないように思われる。例えば博士は,資本主義以前の段階に

おける経済準備につき所説を展開される場合,屯倉,出挙,義倉,不動倉,° ° ° ° ° ° ° ° °

常平倉などの社会的経済準備とならんで,「私的性質の経済準備」-傍

点は印南博士-として COllegia tenuiorumやfoenus nauticumを

挙げられ,またギルドを「民間の社会的経済準備の諸施設」の一例とされ

ている。(「保険の本質」424-428ページ)。博士はまた資本主義の段階

一 8 -

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一方,前期的資本の運動の中にその起源を求められる前資本主義的保険

と近代保険とはいかなる関係にたつのであろう。しかしてこの場合,前期

的保険の史的展開が自然成長的に近代保険につらなる-もちろん,近代

産業資本主義の確立という社会経済的条件を前提として-と考えること

は正しいであろうか。換言すれば,前期的保険と近代保険の間の系譜的関

連性を肯定しうるかが問題となる。、このような問題意識をもちつつ,前期次頁(1)

朗保険の性格の分析をそれと密接不可分の関係にたつ前期的資本に関連せ

しめながら行なうこととしよう。

前期的資本の存在のためには「単純な商品=および貨幣流通」に必要な

における経済準備を論ずる節で,端緒的な保険契約から近代的な保険制度

への発展を述べる中に,「保険の利用が多くなり,保険者の手元に形成さ

れる保険料の集積が巨額となるとき,経済準備は私的な性質から社会的な

性質へと次第に脱皮する」とされ,次いで社会的性質の意味を説明して,

「多数の経済体によって形成され,またそれらの経済体が形成する団体,す

なわち保険団体に属するという事情」から生ずるものとされている(同書

435ページ)。これらの所論を綜合した場合,foenusnauticumはとにか

く,COllegia tenuiorumを私的性質の経済準備と規定されたことは論理

的に矛盾するのではないかと思われる。

なお笠原長寿氏は印南博士と同様に経済準備説の立場に立ちつつ,マル

クスが不変資本の天災的・偶然的減減にのみかかわらしめた保険基金の概

念を,人的保険および家計保険にまで拡張・発展させることによって,保

険の共通標識として規定されている。これは保険基金に関するマルクスの

「古典的命題」と現在の社会主義経済における保険の位置づけのための現

実的問題との関連性を解決しようとする積極的意図にもとづくものであ

る。笠原氏はまた,共通標識としての保険基金が,その形成の源泉,方

法,運用の全過程に関し当該社会の支配的生産関係乃至経済法則の規定を

受けることを強調しておられる。(「ソ連邦の保険」生命保険文化研究所

所報第6号217ページ以下) 社会主義下の保険については,保険基金形

成のために近代保険の技信が利用されていると考えるべきであって,その

経済的内容において,近代保険とは全く異質的な存在であること論を供た

ないところである。制度の外形(技術的構成)の近似にもかかわらず,そ

の経済的内容が質的に全く相異することは,社会経済的基礎への照応の具

現に他ならない。

- 9 -

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諸条件以外には何らの条件も必要とされない。他方「商品=および貨幣流

通』が,近代的な産業資本の確立によって,本来の法則通りの完成した姿を

示さないことが要請される。これらの二つの前提条件の問にあって,すな

わち,未成熟な市場関係ならびに貨幣制度を基礎にして,前期的資本は「貨

幣のための貨幣の蓄積」を目指す欺瞞的・投機朗活動を展開する。商業

資本はこうした価格組織の未成熟を利潤獲得の基盤とすると共に,またそ

れ故に,海上私舎捕,奴隷の掠奪,植民地征服等にみられる暴力的・掠奪

的性格をも具えていた。この段階にあっては,交換の両極にある農民又は

手工業者などの生産者に対立して流通過程が独立化していることが特徴的

である。そして商業資本は,媒介する両極に対立しつつ,「商略および欺

瞞」によってこの双方を搾取する仲立商業の形をとってあらわれる。商業

は海上商業としてヨリ多く発展し,それに伴う各種危険-自然的危険の

他に,商業資本自体の暴力的・掠奪的性格に由来する危険もふくまれる

-に対する自衛的措置としての前期的保険が生れる。もっともこの前期

的な保険の発生は,それが冒険貸借からの発展の結果であると一般に説か

れるように,高利貸資本との関係を語ることなしには説明されえない。高

利貸資本と商業資本とは双生児的関係にあり,両者は相互扶助的協同関係

の下にその客観的役割をつとめるのである。すなわち,商業資本は相互に

無関係な両極の生産物の交換を媒介することにより商品・貨幣経済を拡大

し高利貸資本活躍の地盤をおしひろげ,高利貸資本の活動は商業資本が媒

介する両極における貨幣に対する欲求を増大することによって,商品流通

を促進し商業資本の媒介範囲を直接的に拡大することになる。高利貸資本

は近代的な利子うみ資本とは異なり,偶然的・非法則的な利子率をもって

註前貢(1)資本論第4篇第20章および第5第第36章(長谷部文雄訳,青木文庫版(9)

は力)ならびに大塚久雄「所謂前期的資本なる範疇に就いて」(「近代資本

主義の系譜」1-44ページ)参照。なおこれらの理論に立脚して前期的保

険の性格解明を行なったものとしては谷山新艮氏の労作「商人保険につい

て」(保険学雑誌396号,38ページ以下)参照。

-10-

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貨幣を必要とする人々の支払能力以外に何らの制限をもたない膏血的高利

を抽出する。それが主として,農民・手工業者又は封建的権力者に対する

「消費貸借」を本源的な対象とし,商業資本に対する貸付がさして重要性

をもたなかったのは,前期的商業資本と高利貸資本が一般に一個別資本の

中に結合されており,しかもそこには貨幣財産の集中が例外なくみられた

からである。遠隔地間貿易に従事する商業資本に対する貸付の行なわれる

場合には,冒険貸借の形態をとるのが通例であった。

さて,前資本主義的保険が冒険貸借の発展転化により原始的海上保険と(1)(2)

して出現したといわれるが,それは18世紀に至るまで前期的資本の中に埋

没しており,保険資本としての機能分化による自立化を達成することはで

きなかった。谷山氏の表現をかりるならば,「保険引受はいまだ独立の,

継続的営業として分化独立し,経営されていたのではなく,商業(歴史的

概念としての商業。未分化的・包括的商業)の中に含まれていた。即ち,

商人(広義・歴史的概念)がその本草(ordinary business)の傍ら,

副業として(as a sideline)一傍点谷山氏- アンダーライトしていたの(3ノ

であって,保険が一個の企業として独立し,専業化していたのではない」。

註(1)岡部寛之博士はこの通説に対して,保険の発生を海上貸借ないし冒険貸借

に求めることは,「本来的には商業資本の発展に伴う概能分化と考えられ

てきた保険資本がいつのまにか貸付資本の一形態にすりかえられている」

ことになり.これは「明らかに論理の矛盾」だとされる。(岡部寛之「保険

経済論」186ページ)。しかし,高利貸資本の運動の一形態としての冒険貸借t ° °

から近代的な保険資本が放能分化して自立化したというのならば,その批

判は肯定されようが,高利貸資本が商業資本と双生児的性格をもち,且つ

両者の問には相互扶助的な協同関係がみられ,しかも一個別資本内部での

両者の必然的結びつきが生ずるという前期的資本の特性を考え,そしてま

た,この段階での保険引受かこれら前期的資本家のいわば副業として営ま

れ,自立化するに至らなかったという事実を想い併せるならば,高利貸資

本の運動の一形態たる冒険貸借から保険取引への転化を推論することに何

ら矛盾はありえないと思われる。

(2)発生史的にみた保険隈係の本質を貨幣の賃借関係にではなく,損害の転嫁

-11一

Page 12: 近 代 保 険 の一 歴 史 性近 代 保 険 の一 歴 史 性 水 島「一 也 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

このように前期的保険がそれ自体として自立しえず,わづかに商人保険

の形でしか存在しえなかった理由はどこに求められるであろうか。その原

因として基本的には,前近代的社会の低い生産力を考えるべきであろう。

「狭障な技術的基礎」(手工業)の上に成りたつ商品流通,したがってまた

保険需要は不連続・不規則たらざるをえない。さらにヨリ具体的・積極的

理由としては,海上保険が対象とする海上商業を担う前期的商業資本の循

環の問軟性(Gelegentlichkeit)があげられる。すなわち,その利潤抽出

過程は基底に資本家的生産方法をもつことなく,資本循環過程には生産部

面をふくんでおらず,したがって再生産過程をもっていない。交換の両

極をなす生産部面から流通が隔絶せしめられ独立化しているという事実に

よって,商業資本の循環は間歓的となり,その結果当然,保険需要もまた

間軟性をもたざるをえない。こうした条件の下で保険引受業が自立的な資

を目的として形成される一時的なコンメンダ関係とみるユニークな見解が

ある。(大野栄三「保険資本の性格について」(産業経済研究第5号),

「保険資本について」(保険学雑誌第400号)をはじめとする一連の労作

参照)。大野氏の分析によると,保険関係は,機能資本家がその資本価値の

保全のために,一定期間後の買庚Lを条件に無枚能資本家(保険資本家)

に対して行なう信用売という商品取引関係である。したがって保険資本

の性格を貨幣取扱資本と解することは誤.りであって,これを商品取扱資本

と解すべきであるとされる。この説はその根拠を中世地中海沿岸の海上商

業にみられた企業形態であるコンメンダに求めているが,大野氏が発生史.

的観点を固執されるあまり,近代保険資本の性格を商品取扱資本と規定さ

れ,それ故にまた,このような商品取引関係とは無線な人保険資本を貨幣一

取扱資本とする二元論に陥ることとなった。萌芽的な保険の形態がどのよ

うな経路をたどって出現してきたかの問題は当面のわれわれの考証の及ぶ

ところではない。極論すれば,‾前期的保険の起源が一般にいわゆる冒険貸

借であれ,あるいはコンメンダであれ,それは史料の考証に関することで

あって,われわれが問題とするのはこうした前期的保険が前期的資本とど

のような関係にたっていたか,更には,近代資本制社会の確立と共に,自

立化を遂げた保険資本が,産業資本との関係又は社会的総資本との関係で

どのような位置づけを与えられるかの点である。

註前頁(31谷山新良,前掲論文40ページ。

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Page 13: 近 代 保 険 の一 歴 史 性近 代 保 険 の一 歴 史 性 水 島「一 也 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

本としてあらわれえないことは論理的にも当然のことである。また一方,

これら商業資本の扱う商品は単純商品であるところから,その中に利潤は

ふくまれておらず,かれらの利潤は常に「商略・欺瞞」により作り出され

ねばならない。したがってそれは他の個別資本の存在・競争,これにとも

なう一般的利潤率の出現により消失する可能性をもつ。このような商業の

不安定な性格は,資本循環の間軟性と相侯って,自己保存にもつとも適し

た貨幣形態に商業資本が安住しようとする傾向を生む。このことは,商業

資本の一亜種形態である貨幣取扱資本や高利貸資本にとっても同様であ

る。その循環形態は,資本の生産過程の介在を要請しない。それが基底と

するものは,このG-Glなる運動とは一応隔絶された単純商品生産にす

ぎない。このため商品取扱資本と同職にその循環は間歓的であり,利潤な

いし高利の抽出機構は不安定である。かくて,ここでもまた貨幣形態での

財産集積が特徴的となる。このような前期的資本の貨幣蓄蔵者的性格は一

個別資本内部における前期的資本諸形態の結びつきを必然的ならしめるの

である。しかし前期的資本の手許に蓄蔵された貨幣財産はその増殖の場を

求めて運用されねばならない。低い生産力に起因する財貨移動の少量性,

商業資本循環の間軟性等の事情は,前期的資本家の手許に遊休貨幣資本の

累積をもたらすであろう。かれらはこの遊休貨幣資本を,海上商業におい

て必然的に要請される危険転嫁・引受のための取引に投入することとなる

のである。

保険引受業が近代的な保険資本として自立化するために必要な客観的条

件は,上述の論点から当然に導きだされよう。基本的条件として挙げられ

るものは資本主義的生産関係の確立と生産力の飛躍的増大である。産業資

本体制の確立は,従来の手工業という技術的基礎を揚棄した機械制大工業

の出現によりもたらされ,産業資本の運動形態の一部を特殊機能として自

立化する,生産資本以外の資本諸形態を生みだす。前資本主義的段階にお

ける前期的資本は,産業資本体制の確立に伴なって,その生存邁盤を失い,

衰滅の途をたどるか又は近代的資本への範疇的転化を余儀なくされたので

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Page 14: 近 代 保 険 の一 歴 史 性近 代 保 険 の一 歴 史 性 水 島「一 也 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

ある。このような近代資本主義は,近代保険が資本として自立化する不可

欠の契機である。低度の生産力,ならびに生産都面の外に独立化している

流通機構などにより必然的となる商品流通・財貨の移動の問敵性は,保険

引受業自立化のための技術的条件をみたすことができず,このため保険引

受に常につきまとう投機的・射侍的性格が保険の前期的資本からの自立分

化を妨げたのであるが,近代資本主義による生産力発展は,保険需要の規

則性・大量性ならびに付保価額の増大をもたらし,それを基礎にして保険

引受の合理的経営を可能としたのである。

このような物質的条件を基盤に実現された保険資本の近代化は,しかし(1)

ながら,決して前期的資本により主導されたのでほない。商業資本が社会

経済史的過程において果す役割は,主体的に歴史を推進せしめるのではな

くて,現存の生産基盤にその歴史的性格を規定されつつ,中産的生産者

層の両極分解による産業資本の形成過程を,あるいは阻止的にあるいは促(2)

進的に媒介するにすぎない。前期的商人の副業としてしか存立しえなかっ

た保険がこうした商業資本の性格規定を同様に受容したことは疑いない。

生産基盤の史的展開-一産業資本の接頭による資本==賃労働関係を基軸

にした資本制的商品経済の発達-にともなって,生存基盤を益々せば

められてゆく前期的資本は衰滅の道をたどるか又は範疇的転化を行うかと

いう二者択一を迫られるが,その最後の機会としてそれらが具有する投機

性を展開するためには保険取引は恰好のものであった。英国において18世

紀初頭の南海泡沫期ならびに18世紀中葉過ぎにまでみられた保険投機・保

険賭博などはまさしくこれである。保険における価値循環の独自性に由来

する投楓的保険引受の可能性によって,保険業は追いつめられた前期的資

註(1)われわれがここで問題としているのは,最も典型的な姿で資本主義の成立

・発展を経験した英国資本主義についてである。他国における過程は,英

国との対比・相関関係によって正しい考察を与えられよう。

(21大塚久雄「近代資本主義の系譜」104ページ。

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Page 15: 近 代 保 険 の一 歴 史 性近 代 保 険 の一 歴 史 性 水 島「一 也 (神戸大学助教授) 1 資本主義の保険としての近代保険 近代保険は資本主義の保険である。ここに資本主義とは産業資本を基軸

本の墜塁となったのである。しかし18世紀にはすでに,産業資本の目覚ま

しい橿頭に即して,その利害に従属する新しい商人層の出現がみられた。

これらの商人層は矢張り,本来の業務の傍わら副業として保険をも営んで

いたが,保険投機の横行に対して当然に反抗を試みることとなる。1769年

のニュー・ロイヅの誕生はその成果とみられよう。しかしそれが近代保険

の形成確立の端緒となったとは云いえても,それを以って直ちに近代保険

の完成を推論することは誤りである。けだし新しい生産基盤に対する即応

性をそれが示したとはいえ,既存の諸関係による規定を全く排除できたわ

けではない。しかも前述したような商業資本の本来的な保守性が折にふれ

て顔をのぞかせる。保険の完全な近代化は,その基盤とする社会的諸階層

の,市民社会の確立に即した近代化の過程に照応して実現されるのであ

る。

以上の鍍述から明らかになるごとく,近代的な保険資本は,前期的資本

と系譜的なつながりを有するものでない。それは新しい生産関係を基礎に

して出現する新しい商人層を起点として形成確立への道を歩んだのであ

る。かくて,近代保険は産業資本との関連においてのみその存立を考える

ことができるのであって,それほとりもなおきず保険の歴史性をも論証す

ることになる。いわゆる営利保険の流れとして「原始的」海上保険から近

代保険の形成までを単純に一括することは,この意味において回避されね

ばならない。

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