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第 14章
水の起源 ~宇宙の歴史~
106 第 14章 水の起源 ~宇宙の歴史~
14.1 水素の誕生
14.1.1 ビッグバン
地球には大量の水が存在するが,宇宙の他の環境では水は希少である.また,宇宙の年
齢は約 138億年といわれているが,少なくともその初期には水どころか水素原子や酸素原
子も存在しない時代があった.水はどこから来たのだろうか?それを知るためには宇宙の
歴史を知らなければならない.現代の宇宙論では,宇宙は空間も物質もない無の状態にお
ける,真空のエネルギーのゆらぎから誕生したと考えられている (図 14.1).ゆらぎの中
から宇宙が突如インフレーションと呼ばれる指数関数的な急成長を始めた.これによって
空間が生まれ,ある時点で真空のエネルギーが膨大な熱に変わった.このときの爆発的な
宇宙の膨張がビッグバンである.
14.1.2 物質と反物質
インフレーションは宇宙誕生から 10−35 秒後に始まった.このときの宇宙は 1028 Kと
いう超高温だった.しかし 10−11 秒後には 1015 Kまで温度が下がり,クォーク,電子,
ニュートリノおよびそれらの反粒子が生成した.宇宙年齢 10−5 秒には 1012 Kまで温度
が下がり,クォークから陽子・中性子およびその反粒子が生じた.陽子と反陽子,中性子
と反中性子はそれぞれ対消滅 (図 14.2)をしてガンマ線になってしまったが,わずかに数
で勝っていた陽子と中性子が残った.年齢 4 秒の 5× 109 K では電子と陽電子も対消滅
し,余った電子が残った.これらの陽子,中性子,電子が現在の物質の素 (もと)である.
14.1.3 宇宙の晴れ上がり
年齢 100秒の 109 Kになると,陽子と中性子から重水素,ヘリウム,リチウムなどの
軽い元素の原子核が核融合によって生成した.自由な中性子は半減期 10.5分で崩壊して
しまうが,原子核に取り込まれた中性子は安定に存在できる.現在の宇宙にある重水素,
リチウムそしてヘリウムの大部分は宇宙初期にできたものである.このときまで宇宙は電
子と軽元素の原子核が自由に飛び回るプラズマで満たされていた.電子は電磁波と相互作
用をするので,宇宙の中を光は直進できなかった.したがって,宇宙はどちらを向いても
光り輝くもやで満たされた状態だったろう.しかし,年齢 30万年の 3000 Kまで温度が
下がると電子が原子核と結合し,ついに水素原子が誕生した.自由電子がなくなった宇宙
は光で遠くまで見通せるようになった.これが宇宙の晴れ上がりと呼ばれる出来事である
(図 14.3).
14.1 水素の誕生 107
インフレーション
宇宙の大きさ
温度
年齢10-35 秒
1028 K
10-11 秒
1015 K
10-5 秒
1012 K
4 秒
5×109 K
100 秒
109 K
30 万年
3000 K
138億年
2.725 K
10-43 秒
1032 K
?
クォーク・レプトンの生成
核子・反核子の生成と対消滅
電子・陽電子の対消滅
軽元素原子核の生成
原子核と電子の結合
宇宙の晴れ上がり
銀河・恒星の誕生
10 億年
15 K
太陽系の誕生
100億年
現在
図 14.1 宇宙の年齢と大き
さ,温度および主要な出来事.
物質
アップクォーク+2/3
ダウンクォーク-1/3
電子-1
陽子+1
中性子0
水素原子0
重水素原子0
反アップクォーク-2/3
反ダウンクォーク+1/3
陽電子+1
反陽子-1
反中性子0
反水素原子0
反重水素原子0
反物質
γ線
対消滅
現在は残っていない
図 14.2 物質と反物質の成り
立ち.
プラズマの時代 原子の時代
陽子(+)電子(-)
水素原子(中性)
高温のため,電荷を持った陽子と電子がバラバラに光速で運動しており,光は直進できない
温度が下がり,陽子と電子は電気的に中性な水素原子を形成.光が直進するので,遠くまで見える.
図 14.3 宇宙の晴れ上がり.
高温のプラズマの時代には直
進できなかった光が,より低
温の原子の時代には直進でき
るようになり,宇宙は現在の
ように遠くまで見通せるよう
になった.
108 第 14章 水の起源 ~宇宙の歴史~
14.2 酸素の誕生
14.2.1 第一世代の恒星
宇宙年齢 3億年になると宇宙は 10 Kまで冷えていた.水素は分子となって宇宙を満た
していたが,その密度が高いところには重力によってより多くの水素が集められた.これ
が成長し年齢 10億年には銀河が形成された.銀河の中で水素密度が高い部分はより圧縮
されて高温になった.やがて冷たい宇宙の中で,この特殊な領域だけは,水素の核融合
の臨界温度である 107 K(1000万度)に達し,核融合反応によって輝き始めた.第一世代
の恒星の誕生である.このとき宇宙全体の物質は原子核の個数の比で,3/4が水素,1/4
がヘリウム,そしてわずかに重水素やリチウムなどの軽元素があるだけだった (図 14.4).
14.2.2 恒星の一生
星の寿命はその質量によって大きく異なる.太陽の質量は 2× 1030 kg だが,その
8% から 100 倍まで質量の恒星は,太陽と同様に安定に輝くことができる (図 14.5).こ
れより軽いと核融合が起こせず,褐色矮星という暗い星になる.核融合を安定に起こす恒
星の場合,寿命には軽い星の 1兆年から重い星の数百万年 −数千万年という広がりがある.太陽の寿命は 100億年で,現在約 50億歳である.太陽程度の質量の星は水素の核融
合で安定に輝いているが,その末期には水素核融合の生成物であるヘリウムの核融合が始
まり炭素が生成する.星は赤色巨星となるが,核融合が終わると冷えて白色矮星となる.
より重い星では,さらに酸素,ケイ素,そして安定な鉄の生成が起こり,これらがタマネ
ギのように層状の構造を作る (図 14.6(f)).つまり酸素は恒星の中で作られるのである.
14.2.3 超新星爆発
白色矮星の近くに別の恒星 (伴星)があると,白色矮星は重力によって伴星の水素を奪
う.そして白色矮星の質量が太陽の 1.44倍以上になると,中心で炭素の急激な核融合か
らニッケルが生成し,超新星となって星全体が爆発する (I型 (Ia型)超新星).一方,太陽
の 8倍より重い恒星では最終的に鉄のコアが形成されるが,コアの温度が 4× 109 K以上
になると,鉄原子核が光分解を起こして 13個のヘリウムと 4個の中性子になる.この反
応は熱を奪うので,これまで星の重力を支えていた熱が失われて,コアは原子核に匹敵す
る高密度に急激に圧縮される.この反動で爆発するのが II型超新星である.この際の衝
撃波で鉄よりも重い元素が爆発的に合成されて飛散し,中心に中性子の塊からなる星が残
る.この中性子星が十分重ければ重力崩壊によってブラックホールとなる (図 14.6(i)).
14.2 酸素の誕生 109
p = 陽子 n = 中性子
α = アルファ線(4He)
γ = ガンマ線
νe = 電子ニュートリノ νe = 反電子ニュートリノ
e = 電子
2D
3T
3He
7Li
7Be
4Hep + n
Dp
nγ
D
pγ
n
n
peνe
Dn
pγ
3He2p
n γ
Dp
3Heγ
pα
3Heγ
νe
e
図 14.4 宇宙初期の軽元素合
成.宇宙初期にはわずかな種
類の元素しかなかった.
(a) (b) (c) (d)
(e)(f)
(g)(h)
(i)
He
CHe
(j)
SiNeMg
CO He
HFe
図 14.5 比較的軽い恒星の一
生.(a) 重力による星間ガス
の収縮.(b)高温・高密度に.
(c)収縮の熱を光として放出.
(d) 太陽質量の 8% 以下の星
は褐色矮星に.(e) 十分重い
星は核融合で輝く.(f) 安定.
He の蓄積.(g) 末期には He
から C が生成.(h) 温度上
昇で赤色巨星に.(i) 核融合
終了.収縮して白色矮星に.
(j) より重い星では核融合が
進み,中心部に Fe のコアを
持った層状構造ができる.
SiNeMg
CO He
HFe
CHe
He
(a)
(b)
(c)
(d)(e)
(f)
(g)
(h)
連星
水素の降着
(i)
図 14.6 (a) 安定期.(b)H
から He,(c)Heから C生成.
(d) 軽い星は白色矮星に.伴
星があると重力で伴星から
H を奪う.(e) 質量が太陽の
1.44倍を越えると I型 (Ia型)
超新星爆発.(f) 太陽の 8 倍
以上.Feコア形成.(g)温度
上昇で Fe 原子核が光分解.
コアが重力崩壊し,反動で II
型超新星爆発.(h) 重力で原
子核と電子が結合,中性子星
に. (i) 中性子星の質量が太
陽の 2-3 倍以上では重力崩壊
でブラックホールに.
110 第 14章 水の起源 ~宇宙の歴史~
14.3 地球と水
14.3.1 太陽系の誕生
重い第一世代の恒星の超新星爆発によって,恒星で合成された重い元素がまき散らされ
る (図 14.7(a)).その衝撃波によって周囲の星間ガスが圧縮され密度の高い部分ができる
と (図 14.7(b)),そこが重力によって成長し新しく恒星になる (図 14.7(c)).これが第二
世代の恒星である.したがって,我々の太陽も含む第二世代の恒星とその周囲には周期表
の人工元素を除く全ての元素が含まれている.星間ガスが重力によって収縮を始めると,
中心部は核融合を開始して輝き始めるが,周辺部のガスは熱を放出して冷却され,重い元
素が直径 1 µm程度の固体粒子へと凝縮し,この過程が 1万年ほど続く.固体粒子は太陽
の周りを回転しながら円盤を形成する.この円盤への沈殿過程は数千年続き,その間に粒
子は付着し合って直径 1 m,1 km,10 kmの塊へと成長する (図 14.7(d)).
14.3.2 地球の誕生
直径 10 km程度へと成長した固体成分は微惑星と呼ばれる.地球や月,他の惑星・衛
星は微惑星が衝突して合体を繰り返すことで成長した (図 14.7(e)).微惑星は大きな運動
エネルギーを持って太陽の周りを回転しているが,衝突によってそれが熱エネルギーに変
換される.その結果,できたての地球は高温の溶融した岩石の塊となっていた.図 14.8
に太陽系の元素分布を示す.宇宙初期にできた水素とヘリウムが圧倒的に大量に存在する
が,太陽系の材料となった第一世代の恒星に由来する重い元素の中でも,炭素や酸素も比
較的多く存在することがわかる.これは原始地球でも同様であり,大量の水素と酸素が化
学的に結合して,ついに水が形成された.初期の地球では水はマグマに溶け込んでいた.
14.3.3 海の誕生
他の元素に比べて圧倒的に多く存在した水素やヘリウムは現在の地球大気に含まれてい
ない.これらの気体は軽く,地球の重力では保持できないためである.一方,水はマグマ
から水蒸気として放出された.マグマが冷えると,水蒸気は大量の雨となって海を形成し
た (図 14.9(a)).なぜ地球にだけ水が大量に存在するのだろうか?金星 (図 14.9(b))の質量
は地球とほぼ同じだが,太陽に近いため高温である.水蒸気として存在した水は,強い太
陽光で水素と酸素に分解され,水素は宇宙に逃げ,酸素は金属元素を酸化して消費された
らしい.火星 (図 14.9(c))は重力が地球の半分と弱いため,水蒸気の大半は宇宙に逃げた
らしい.地球は質量も太陽からの距離も,大量の水を保持するのに適していたのである.
14.3 地球と水 111
星間ガス
超新星
星間ガスの濃い部分
原始太陽
無数の微惑星の形成
(a) (b)
(c)
(d)
(e)
図 14.7 太陽系の誕生.(a)
第一世代の恒星の超新星爆発
によって,星間ガスの濃い部
分ができる. (b) 星間ガス
の特に濃い部分は重力によっ
て収縮を始め,図 14.5 の過
程にしたがって輝き始める.
第二世代の恒星 (=太陽) の
誕生.(c) 新しい恒星の周囲
に残された星間ガスが集まっ
て微惑星を形成.(d) 微惑星
が集まって惑星に.
図 14.8 ケイ素の原子数を
1 × 106 として規格化した太
陽系における元素の存在度.
(b)(a)
(c)
図 14.9 (a) 地球,(b) 金星
および (c)火星 [17].
112 第 14章 水の起源 ~宇宙の歴史~
鳥取砂丘
鳥取県鳥取市
2012年 8月 6日