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中・上級日本語学習者における誤用文の 統語論的意味論的分析と研究 佐藤政光 戸村佳代

佐藤政光 戸村佳代 - 明治大学 · languag弓and where the difficulty lies in. Investigating the errors contributes not only the syntactic and/or semantic study of the

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中・上級日本語学習者における誤用文の

  統語論的意味論的分析と研究

佐藤政光 戸村佳代

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ASYNTA…SE㎜C STUDYOF ERRORS MADE BY LEARNERS OF JAPANESE AT

INrERMEDIATE AND ADVANCED LEVELS

Masamitsu SATO Kayo TOMURA

      Errors that language learners make ar6 stimulating subjects for those who are engaged in the

language teaching. One can see through errors how much degree a student has mastered the

languag弓and where the difficulty lies in. Investigating the errors contributes not only the syntactic

and/or semantic study of the language itself, but also the development of more efficient teaching

materialS。

      This research is devoted to analyzing eITors of Japanese learners at intermediate and

advanced levels which have not been dealt with so much in the preceeding studies. Samples are 211

essays in Japanese which consist of 2625 sentences in totaL These are all collected from writings

by non-Japanese students of Meiji University.

      The purposes of this study are:

①To analyze students’errors in terms of the function of the sentence, discourse, and pragmatics as

  well as in terms of syntax and semantics

②To construct a data-base which could offer sufficient linguistic information about students’

  errors

③To see the overall tendency of the s加dents’errors, and to clarify the difficulties which learners

  of Japanese encounter when they come up to the intermediate or the advanced level

      All essays are re-devided into 1185 smaller units(groups of sentences)according to

discourse and contenむs. Errors are classified to 40 categories in terms of their linguistic properties.

Assigned to each error is some labels which indicate linguistic types of the error.

      The data-base gave us the numbers and percentages of errors which faH into paticular

categories. The statistic data is shown in section 2 together with computational analysis of students’

essays about the use of Kanji,1ength of each sentence, and others。

      Connective elements are in the special focus in the latter part of this paper。 Non-existence of

connectives in the complex sentences and the misuse of conjunctions(inc1. conjunction

equivalents)are investigated in section 3 and 4, respectively. The analysis presented here is one of

一2一

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the keys to see the language barriers even advanced learners can hardly overcome.

     We hope that this study will expand in the future to the punctuation and paragraph making,

which have important roles in discourse analysis, and will shed new light on the mystery of

Japanese language learning.

一3一

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《共同研究》

中・上級日本語学習者における誤用文の

   統語論的意味論的分析と研究

佐藤政光 戸村佳代

0.はじめに

 日本語を学習している外国人が犯す誤りには,我々日本人が予想できないものが数多くあ

る。こうした外国人学習者の誤用について研究することは,理論的な言語研究のための一助

となるばかりでなく,日本語教育という面で考えた場合には,より効果的な教育内容を作り

上げていく近道であろうことは間違いない。

 ある特定の学習者の誤用の種類と傾向を探ることは,その学習者の到達レベルを知り,ま

た,障害となっている学習上の困難点を明らかにすることにっながる。これは,語学教師で

あれば,多かれ少なかれ実践していることである。他方,ある一定のレベルの学習者のまと

まった数の誤用を包括的に分析すれば,そのレベルの教材や教授法の開発・改善に向けて,

しかるべき根拠に基づく提案を行うことができる。本研究は,後者の方向付けを持ったもの

であると言える。

1.研究目的

 これまで行われてきた日本語学習者の誤用分析では,一文単位での断片的な分析に留まっ

ているものが多いように思われる。また,分析対象となる資料が初級~初中級の学習者の作

文に偏り,中~上級の学習者の作文に焦点を当てて行われた誤用研究は数少ない。

 本研究では, (1)中~上級の日本語学習者の作文に見られる誤用を数多く収集し,それら

の誤用のタイプを統語,意味,文機能,語用論の観点から分類することによって,従来の誤

用分析の穴を埋めること, (2)誤用のタイプに関わる情報が検索できるデータベースを作成

すること, (3)統計処理等に基づき,中~上級の日本語学習者の誤用傾向,運用上の困難点

を明らかにし,指導上の指針を示すこと,という三点を主たる目標としている。特に,ここ

で作成するデータベースは,現在不足している中~上級用教材,特に作文教材の開発のため

の基礎資料となるべきものである。

一4一

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 251

2.データベースの概要

1990年度においては,中~上級の日本語学習者の誤用データを収集し,統語的,意味的,

語用論的,談話的観点から見た誤用の類型を分析してデータベース化することに労力を注い

だ。さらに,1991年度には誤用検索用プログラムを作成し,試用・改訂を重ねながら具休的

分析を試みた。

2.1誤用データの採集

 資料としては,本学外国人留学生(中・上級学習者)が一年次において履修が義務づけら

れている日本語の授業で書かせた作文を利用した。分析の対象としたのは,試験の解答,宿

題として課した作文等,テーマが決められた課題作文である。これらは全て300字~1,000

字程度の長さの,まとまりのある内容を持つもので,一文単位の作文(個別の文法項目・表

現等の定着を図る条件作文等)は含んでいない。収集した作文は211例であるが,それぞれ

3~20文程度で構成されており,文の総数は2,625となっている。

2.2 ラベル付けについて

 それぞれの文章を書いた学生については,出身地,漢字圏/非漢字圏の別をコード化して

全ての文に付した。各文章に含まれる誤用は,音形論,表記,語彙論,シンタクス・意味論,

文章論,モダリティ・スタイル等,という六種類に分類し,《表1》のようなラベル付けを行

った。接続語(CJ),アスペクト(AS),複合動詞(VP),名詞修飾(体修),副用語(副用),

形式名詞(形名),接続表現(接),いわゆる学習文型(表現),モダリティ表現(末)の九種類

のラベルにっいては,誤用の表現類型や具体的文法項目によっても検索できるように,下位

ラベルを設定した。

 次に示すのは,学習者の作文とそれに対するラベル付けの一例である。

《ラベル例》

  001TW1002  {自然界の一部分は,生物界がある1}{2},入間はその生物界の中の一部分である{3},

  〔自然から人間が食糧を{えり4},エネールギー$をえる5〕こと{と6}自然は私たち

  がすんでいる環境であるというの{は7},人間と自然の{かかり8}だと思う。

  1句型2接(φ〉添テ) 3接(φ〉。) 4活5表現(一タリータリスル) 6助詞

  7ハ〉助詞8語彙

 先頭のコードのうち,始あの三桁の数字は文章全体につけられた番号を,アルファベット

ニ文字は出身地(ここでは台湾)を,それに続く数字「1」は漢字圏であること(非漢字圏の

場合は0)を,最後の三桁の数字は文章の中で何番目の文であるかをそれぞれ表している。{},

一5一

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その外側を囲む〔〕(更にその外側を囲む場合は【】)は誤用箇所を特定するもので,それら

に付された番号は下のラベルの番号に対応する。

《表1》

 [部門]

A.音形論

B.文字論

C.語彙論

D シンタクス・意味論

1)単語レベル   助詞

          助詞相当語

          ヴォイス

          アスペクト

2)句レベル

文型

格関係

   否定

   複合動詞

その他(述語相当)

いわゆる学習文型

日本語的構造(骨組み)

E 文章論

1)ディスコース

 [対応ラベル]

$【音形,発音に起因するもの。語末に付す】

¥【文字表記。語末に付す】

語彙,活【活用】

ハ,モ,助詞【格助詞】

助当

☆VC(受身・使役・自他・受給・可能)

☆AS(ル/タ/一テイル/一テクル/一テイク

/一ルトコロ/一タトコロ/一ツツ/一テシマ

ウ【テ形,連用形はアスペクトがゼロ(φ)で

あるとみなす】

NG

☆VP(一テミル/一テァゲル/…etc.)

語順,☆体修【名詞修飾】(ダ/ノ/トイウ/ト

            イッタ),

☆接【複文】(条件/時/因果/理由/目的/添

      /付帯/。/換言)

☆副用【呼応関係を持つものを含む】,形名【形

式名詞】(ノ/コト/モノ)

☆必格【必須格】(ガ/ヲ/二),

☆補格【非必須格】(デ/二/カラ/…etc.)

注記

表現(一タホウガ/一タリータリスル/…etc.)

句型【文の組立自体が不適切なもの】

☆CJ【接続語】(条件/時/因果/理由/目的/

一6一

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 253

2)文・文段機能

        添加/付帯/。/換言)

脈【二文以上にわたり,文の流れに関わるもの】,

束【文頭と文末に首尾一貫性がないもの】,

主題,省略,反復【主題に関わるものを除く】

@【何らかの語句が欠落。「反復」の場合を除く】

説明,判断,まとめ

F.文末表現(モダリティ等) ☆末(ノダ/(トイウ)コトダ/(トイウ)モ

ノダ/ヨウダ/ワケダ/ハズダ/伝ソウダ/ソ

ウダ/ラシイ/ニチガイナイ/トイウワケデハ

ナイ/ニスギナイ/ザルヲエナイ/ワケニハイ

カナイ/コトニナル/ヨウニナル/…etc)

G.その他 指【指示詞】,#,##【スタイル】,引用,

不要【削除すべき語句】,語順

注記 ☆:下位ラベルをともなうもの

   ():下位ラベル

   【】:特記事項

 ※ラベルの設定については寺村秀夫(1990)『外国人学習者の日本語誤用例集』を参考

  にし,各要素の意味的機能,ディスコースに関わるものなどを中心に修正した。

《表2》国籍別コード

CA カナダ

CH中国FR フランス

GM ドイツ

HK香港

ID インド

IN インドネシア

KR韓国MC マカオ

ML マレーシア

TH タイ

TW台湾US アメリカ

 ラベル2,3,6にある「〉」の左側は作文中の誤った形に対するラベルであり,右側は訂

正後の正しい形に対するラベルである。これによって,ある要素を「使ったための誤用」と

「使わなかったための誤用」(非用)とを区別しながら検索できることになる。

 「φ」はその箇所に要素が存在しないことを表す。また,ラベル3の「。」は, {}で示さ

一7一

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254

れた箇所で句点を用いて文を終了させることを意味する。

 学習者の作文の誤用の訂正のしかたは,元の文のどの部分を生かすかによって変わり,そ

の生かし方は添削者によって一様ではない。本データベースでは,複数の訂正法が考えられ

得る場合には可能な限りそれらに対するラベル付けを行うことを旨としたが,恣意的な部分

をできるだけ排除し,より普遍的・客観的な情報を得るために,主節の述語を生かす訂正法

を基本とした。例えば,次の(1)の誤用文は, (2)と(3)の二通りの訂正が可能であるが,

述語「勉強した」を残した(2)に基づいて誤用箇所を特定し,ラベル付けを行う。

 (1)私は日本語の勉強⊥塵。

 (2)私は日本語を勉強⊥孟。

 (3)私は日本語の勉強をした

しかし, (4)のような誤用文は,述語を残した正用文は作れず, (5)のように文末を整え

る必要がある。

 (4)上のグラフを見ると,日本では水力発電が少なくなる。

 (5)上のグラフを見ると,日本では水力発電が少なくなっているということが分かる。

このように文の整合性に欠けた文については,文全体を誤用箇所として「束」というラベル

を与え, (5)の正用文に含まれる「~ている」, 「こと」等の項目はラベルイヒしていない。

                                      (戸村)

2.3.統計的分析結果

2.3.1.平均文長および漢字使用率について

 まず,採集したデータのテキスト全体の性格を見るために,

調べてみた。その分析結果を《表3》に掲げるω。

〈平均文長〉〈漢字使用率〉を

《表3》

全文数 2,625文

全文字数(句読点を含む) 109,818字

文章長 294~928字

平均文長 41.8字

平均漢字使用率 寧30~35%

文当たり平均漢字数 串12~15字

平均「常用漢字」外漢字数 申16~32字

                    この表の数値だけでは,それらがどのような意

                   味を持っているかが分かりにくい。数値が持つ意

                   味を明らかにするたあに,日本人が書いた一般的

                   な論述文と考えられるものと比較してみることに

                   しよう。《表4》には《朝日新聞》の「論壇」(10

                   文章)から得た数値を掲げてみた。

                    両者を比べてみると,平均文長,漢字使用率と

                   もに日本人が書く文章に対してそれほど遜色はな

                   いように見える。*使用ソフトによる制約から厳密な平均値は出せなかった。

                    ただし,実は外国人学習者が書いた作文には,

                   文が終結すべきところに句点(。)を使っていな

一8一

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 255

《表4》朝日新聞「論壇」(10文章)

全文数 260文

全文字数(句読点を含む) 14,131字

平均文章長 1,413字

平均文長 54.3字

平均漢字使用率 37.5%

文当たり平均漢字数 20.4字

平均「常用漢字」外漢字数 6字

 また,漢字使用率については,かなり日本人のそれに近い値を示しているが,

したデータの大半が台湾,韓国を中心とする漢字圏の学習者であることを考えると当然の結

果であると思われる。そして,数値としてはやはり望ましい範囲におさまっているように見

える(3}。ただし,常用漢字外の漢字使用率は,やはりデータの性格上,日本人に比べてかなり

高い結果になっている。これらが目立つ点である。

いといった誤用もかなりあり,実際の文長が短

くなるものが少なからずある。したがって,《表

3》には正確な平均文長が示されているわけでは

必ずしもないことを付け加えておかなければなら

ない。             、

 しかしながら,一般的に,わかりやすい又章は

平均文長が35~45字の範囲になると言われてお

り②,これについては,実際の文長との誤差を勘

案しても,むしろ望ましい数値であると言うこと

はできるであろう。

                 これは採集

2.3.2,誤用の傾向

 次に,各ラベルの誤用数を《表5》にまとめて示す。

《表5》

(#1),(#2)「φ〉*」は,あるべき要素が欠落しているために誤用となったものの数を,

      要なものを挿入したために誤用となったものの数を,それぞれ示す。

 〔部門〕      〔ラベル〕

A.音形論………………$

B.文字論………………¥

C.語彙論………………語彙

     活用………活

D.シンタクス・意味論

 単語レベル…………助詞

         ノ、

         モ

  助詞相当語……助当

   ヴォイス………VC

   アスペクト……AS

〔誤用総数〕

 267

 186 1095

 165

φ〉*‘# 1)

12

930

428

55

156

133

313

128

69

11

 4

 0

「*〉φ」は,不必

*〉φ(”2》

1

67‘FO」41

「Q99

一9一

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     否定………・

     複合動詞・…

 その他(術語相当)・

 ・旬レベル…………・

     文型………

     格構造……

日本語的構造(骨組み)

E.文章論

 ・ディスコース………

…・・mG

・-uP

・・…_…・・ 齒

 注記

 体修

 副用

 形名

 接

      条件

      時

      対比

      因果

      理由

      目的

      添

      付帯

      。(句点)

      不明

…表現

…必格

 格(その他)

…句型

…CJ

      条件

      時

      対比

      因果

      理由

      目的

      添

      付帯

      換言

一10 一

532095418611177590193614321335122059652705

  1  1113      1 1 1  3

1523592000

5  

321 4 1

1

∩VO6

  4

64

U3738937181370682820

   1

0007121201

2

056

  2

30

S1813306010211001300

5003340703

2

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 257

              L葉諾

            農

            罐

            反復

      文・文段機能…説明

            判断

            まとめ

F.文末表現(モダリティ)等…末

              〔               ノダ文

               ワケダ文

G.その他……・…………・・………指

            スタイル

               #(文末不統一)

               ##(用語上の問題)

            不明

            引用

            不要

1 38022  15320

  11 1」      

21 1

10

159

58

93

36

117

-∩V

23 7

20007905

    」41

00001043

    951

10

07

 1

 1

以下に誤用の傾向として特徴的な点を列記する。

○最も数が多いのは〈語彙〉であるが,これは,語彙が文の要素の大部分を占ある以上,

 当然の結果と言える。また,ある話題のキーとなる語彙の誤用は文章中で繰り返される

 可能性が高く,そのことも語彙の誤用を目立たせる一因になっていると考えられる。

○文法項目の中では, 〈助詞〉の誤用が圧倒的に多くなっている。取り立て助詞〈ハ,モ〉

 や〈助詞相当語〉を含めると,日本語を習得する上で〈助詞〉がいかに難しい文法項目

 になっているかがよく分かる。

○〈ヴォイス〉〈アスペクト〉も依然として中・上級レベルの学習者の間で問題となってい

 る。

○〈連体修飾〉は「トイウ」「トイッタ」が使えないための誤用が目立っ。

○文接続では, 〈テ形〉〈連用中止〉〈文の終止〉に誤用が目立ち,それらを適切に用いて

 文をっなげないという事実が明らかになった。これらは文章表現上のごく基本的な技術

 と一見思われるものばかりであり,話し言葉に対する書き言葉の習得上の難しさをあら

一11一

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258

 ためて感じさせる。

○正しい〈表現〉の定着に問題が残っている。

○日本語的な句構造(句型)に問題があると思われるものも非常に多い。

○接続語では, 〈対比〉〈添〉〈因果・理由〉が目立つ。また, 〈対比〉と〈添〉とを比べ

 ると,〈対比〉では必要な箇所に使えないための誤用,〈添〉では不必要に使ったため

 の誤用と,逆の傾向もうかがえる。

○〈束〉はいわゆる「文のねじれ」現象とも言うべきものであるが,この種の誤用も無視

 できない。複文の構成力との関連で原因を深く分析する必要があろう。

○文末表現では,いわゆる「ノダ文」の誤用がいちばん多いが,この「ノダ文」について

 は,明らかに不必要に使いすぎる傾向が見られる。(これは「ノダ文」の導入方法にも大

 きな問題があると思われる。「ノダ文」の作文における指導方法にっいては佐藤(1988)

 が触れたことがある。)

○その他,〈指示語〉,文末のスタイルの不統一,不要な語句による誤用も少なくない。

                                     (佐藤)

3.一文レベルの統語論的・意味論的問題点

Selinker(1972)は,学習者に誤用を生じさせる原因として, 1)母語の干渉(language

transfer),2)言語訓練に起因する誤用(transfer of training),3)言語学習上の方策

(strategies of Language learning),4)コミュニケーションのための方策(strate-

gies of communication),5)規則を一般化しすぎたための誤用(overgeneralization

of rules),の五っの原因を挙げている。本研究で収集した個々の誤用例も,これらのいずれ

かによって説明されうると考えられる。

 一文レベルで観察される誤用のうち数の上で目立っものとしては「語彙」の誤用と「助詞」

の誤用である。特に「助詞」の誤用は,取り立て詞「ハ」「モ」を含めると前節《表5》に見

るように誤用数は1,413にものぼる。その具体的な分析・検討は別の機会に譲ることとして,

ここでは「コミュニケーションのための方策」をとった結果としてどのような誤用が生まれ

るかという観点から,いわゆる複文形成に関わる誤用に焦点を当てて考察してみたい。

3.1.接続表現の非用

 いわゆる複文についての言語学的研究では,通例,原因・理由を表す「カラ」と「ノデ」の

比較や,条件の「ト・バ・タラ・ナラ」の比較,というように似かよった意味内容を持つ要

素を取り上げて,その統語的制約や意味の記述を行うことが多い。また,この種の研究が日

本語教育の現場においても寄与するところが大であるのは確かである。実際,「原因・現由」,

「条件」等の明確な表現意図を持ちながらその接続表現の選択を誤ったと判断できる誤用は数

多い。しかしながら,日本語学習者の作文に実際に見られる誤用をよく観察してみると,接

一12 一

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 259

続表現そのものの使用を回避したための誤用も,無視できない数になっている。

 《表5》に見るように,複文形成に関する誤用(ラベル:「接」)は375ヶ所となっているが,

このうちの138ヶ所は接続表現が全く欠落しているために生じた誤用で,複文の誤用の36%

にあたる。これに対し,複文形成のための要素が不必要なところに接続表現を用いてしまっ

た誤用(ラベル:「接(*〉φ)」)はわずか13ヶ所,複文に関する誤用の3%である。一方,

接続語の非用(ラベル:「CJ(φ〉*)」)は20ヶ所で接続語に関する誤用総数151の13%

にすぎない。このことから,複文には著しい「非用傾向」があると言うことができる。

 「コミュニケーションのための方策」としての誤用は,不必要なものを挿入するよりも必要

なものを削除あるいは回避する方向で出現するとされているが,ここであげた数値からわか

るように,日本語学習者は,複文による表現が期待される文脈において, 「コミュニケーシ

ョンのための方策」として期待される表現を避ける傾向が見られる。以下では,その回避の

仕方を,学習者の作文を実際に例として取り上げながら見ていくことにする。なお, (6)~

(17)の文例では,注目すべき誤用以外の誤りは,読みやすさを考慮して正しい形に書き改め

た場合がある。

 複文を形成する接続要素の使用を回避する最も手近な方法は,句点あるいは読点によって

ブツブツと切られた文を並べてしまうことである。

 (6) 173TW1003はじめて日本に来た時,日本語がぜんぜんわからなかった。一年目は

    日本語学校に入って日本語を勉強した。そのころすごくたいへんだった。ひらがなと

   カタカナから勉強を始めた。そして,おぼえにくい言葉とかにている言葉とかときど

    き間違えた。

(6)は誤用としてラベル付けされたものではないが,単文の羅列によって文章を構成してい

る典型的な例である。この種の文章は日本語を母語とする子供の作文にも見られるもので,

日本語教育の現場でも単に「稚拙な文章」として見逃されてしまうことが多いようである。し

かし,学習者が正規の大学生であり,また,少なくとも初級~中級の複文を含む文法の学習

を終えた段階にあることを考えるならば,適切な指導を行う必要があろう。(6)のタイプの

文章は,接続表現の非用という観点から考えれば(7)のような文章と共通したものがあるよ

うに思われる。

 (7) 002TW1005文明が発達していない時,消費するエネルギーは少なかった。産業革

   命のあと,人間の活動したいという気持ちは大きくなる,それがまた自然環境に戻っ

   てくる,自然環境に影響を及ぼす。

 対比の「ガ」は概念としても捉えやすいもので,一般には定着しやすい接続語と考えられ

ており, (3.2)で後述するように逆に多用傾向すら観察されるものだが, (8)のように前

接する文の文末が「ダ」になっている場合には「ダ」と共に脱落する傾向があるようである。

 (8) 002TW1004昔の人口は約1億,2億ぐらい,今は48億と増えた。

例文(9)の中の誤用{1}は条件の「タラ」の非用,誤用{2}は「テ」形接続の非用である。

一 13一

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「テ」形接続も「ガ」と同様に多用されやすい接続表現なのだが,(8)と同じく前接する文の

文末にあるべき「ダ」が落ちたのに伴って生じた非用と言えるかもしれない。

 (9) 012TW1002もし先生が厳しくない{1},皆はいつも遊んでばかり{2},日本語が

   進歩しません{,3}だから今の授業のきびしさはちょうどいいと思います。

 接続表現の非用を読点によってカバーしようとしていると思われる例も見られる。

 (10)184TW1004例えば,物事をきく時,東洋人の私たちはほとんど自分の意見を述べ

    るのが難しい,自信を持ってない,他人はどのような意見を言ったら,すぐ自分の意

   見を放棄して,他人と同じ意見ではない時も言わない。欧米人ははっきり意見を述べ

    る,相手の意見と違ってもかまわずに言う,分からないときがあっても,大胆に仮説

    をたてて「こうですよ」と言ってしまう。

(10)は東洋人と欧米人を対照させながら意見の言い方の違いを述べた文章であるが,東洋人

にっいて述べている部分を一まとまりとしてその最後に句点を打ち,それ以前は複数の文が

並ぶ形をとっているにもかかわらず接続表現を回避して読点を用いるという書き方をしてい

る。つまり,この文での読点は,適切な接続表現を模索することを放棄し,「正しい表現」よ

り「表現しようとしている意図が伝わる」ことを優先させるためにとられた「コミュニケー

ションのための方策」であると考えられる。

3.2.接続表現の代用

 学習者が接続表現を適切な形で運用できない場合,「コミュニケーションのための方策」と

して,より広い用法をもつ接続助詞で代用しようとすることがある。「テ」形接続(連用中止

用法を含む)を用いる場合と添加の「ガ」で接続させる場合がそれである。接続表現の誤用

375ヶ所のうち,テ形接続を使ったための誤用は約14%にあたる52ヶ所, 「ガ」による接

続のための誤用は約2.7%にあたる10ヶ所となっている。

 「ガ」接続による誤用は次のようなものである。

 (11)148TW1002人間はすばらしい傑作である粧一人間の理性は崇高である塗,人間の

   能力は無限であるが,人間の死体は華麗,動作は機敏であるが,人間の振る舞いは天

   使のよう,理解力は神のようである……人間に対して,誉める言葉はこんなに多いが,

    しかし,この地球上に,同じ種族のなかで,争いによってお互いに殺しあっている脊

   椎動物は人間しかいない。

また, 「ガ」接続が習慣化してしまうと, (12)のように文末に意味のない「ガ」を使う誤

用も見られるようである。

 (12)183TW1002森林的性格の特徴は,物事を考える時に,目に見えている範囲のこと

   をきちんと組み立てていくことだ。このような森林的性格を持つのは,特にアジア地

   方の方に多いと見られている塗。その中で日本を例としてとりあげることにしよう。

 テ形接続や連用中止は文脈によって様々な意味を持っことができるためか, (3.1,)でとり

一14一

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あげた文の羅列とさほど変わないような使われ方をすることもある。

 (13)043MLOOO2勤勉であることと長時間働くことはあまり関係ないと思うから,もし

   ○○日にやすみたいと考えて,自分で決めて,それで休み,でも,自分の会社の発展

    のために,私は一生懸命働くべきであると思います。

また(14)ではテ形接続による誤用({2},{4})と「ガ」接続による誤用({1},{3Dが

混在している。

  (14)176TW1007もう一っは「言いたいことがはっきりしないこと」だ。分かってい

    ても,正直に言えない{が1},なぜならば,もしはっきり言えば責任を持たなけれ

    ばならないから{であり2},もし,自分が大勢の人の中で反対意見を持っと,他人

     に嫌われるかもしれないという不安もあるだろう{が3}。この点では,中国人は

     自分が言いたいことをはっきり{言い4},ただし,腕曲な言葉遣いで言うと思う。

これらの接続の誤用はいずれの場合も, (10)で観察されたような「文章の中の意味的なま

とまり具合を示す指標」のような役割しか担っていない。結局,これらの接続形式は接続表

現の非用の場合と同様に「コミュニケーションのための方策」として利用されているにすぎ

ないのである。

3.3.接続の誤用と他の誤用との関係

 これまで見てきたような「コミュニケーションのための方策」による接続表現の誤用は,

他の誤用を誘発しているのではないかと思われるふしがある。テ形をはめ込むことで文を構

成することが習慣化してしまうと,文の構造そのものが組み立てられなくなったり,適切な

文型を使いこなせなくなることも考えられる。

 例えば(15)を見てみよう。

 (15)060TW1005テレビは,現代社会文明の一っ,人間から追放されれば,むしろ{文

   明を捨て去り1}ではないだろうか,ところが,テレビが子供をダメにしている。{テ

    レビは,子供にとって,いちばん利用しやすい情報源であり,わるいものを見ると,

   すぐまねをし2},{影響があり3}も否定できない。

{1},{3}の部分はいずれも連用中止接続が用いられている。しかし,これらはそれぞれ(16a)

(16b)の下線部あるいはそれに類した形で表されなければならないものである。

 (16)a,むしろ 日  て ってし ’ことになるのではないだろうか。

   b.影饗墨とも否定できない。

(15)には更に{2}の部分に二ヶ所の連用中止接続があるが,これらも(17)の下線部に示

すように他の接続表現を用いるべきものである。

 (17) テレビは子供にとって,いちばん利用しやすい情報源ではあるが, (子供は)わる

   いものを見るとすぐまねをしてしまう(ものだ)並,……

もちろん, {2}に見られるような誤用があることから,この学習者に連用中止接続あるいは

一15一

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テ形接続を多用する傾向があると直ちに結論づけることはできないし,また仮にそうだとし

てもそのことが{1}と{3}の誤用を誘発したとも決めつけることはできない。しかし,今

後の誤用研究にはそういった可能性を考慮にいれることも必要になってくるのではないかと

思われる。                                (戸村)

4.連文レベルの統語論的・意味論的問題点

 前節で一文レベルでの誤用の問題点を見てきたが,連文レベルでは問題点がさらに複雑で

分かりにくくなる。それはまず何よりも,誤用が何に起因するのかを特定することの難しさ

が連文レベルでは格段に増すからである。本研究の主要テーマの一つは,こうした分析の困

難な連文レベルでの誤用の原因を統語論的・意味論的にできる限り明らかにすることであり,

そうした意図から,集められた作文のデータは先に掲げた一覧表のような誤用のラベルによ

る分類が行われた。

 最終的には,連文レベルの誤用の中では,やはり接続語に関するものが目立って多いとい

う結果になった(もちろん,このことは誤用を統語論的・意味論的に分析しやすいラベルへ

という意識がラベル付けの段階で働いた結果でもあるということに注意しておく必要がある)。

また,さらに,その中でも「対比」「因果」「理由」「添」といった下位ラベルのものが誤用の

大部分を占あていることが注目される。具体的には次のような接続語句である。

〈添〉:そして それから また……

〈対比〉:しかし ただ それ(これ)に対して……

〈因果・理由〉:だから それで そこで したがって……

 ここで注目したいのは,ここにあげた接続語句がごく基本的なものばかりであるというこ

とである。この事実は,こうした接続語句を使った文接続の指導(読解,作文)における教

育上の盲点を示しているように思われる。

 本稿では,この事実を重視し,特にこの「接続語句」に関連した誤用に焦点を当て,それ

らの代表的な例と思われるものをいくっか詳述したいと思う。連文レベルのその他の問題に

ついては別の機会にあらためて触れたいと思う。

4.1.類似の接続語を使った誤用の例

  (18)065TW1004 {確かに},テレビは,次から次へと情報を提供してくれる。{亘

    いX9で},自分で新しいものを作り出そうという意欲が啓発されると思う。

 「そういうわけで」は,後続の結論を導き出すための説明を先行する文章で行い,その説明

全体を一括りにして結論部分にまとめる際に用いられるものと考えられ,先行する説明はす

でに結論の内容が含意されているのがふつうであろう。単に,ある事実を原因・理由・根拠

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として臼分の態度や意見を述べるのであれば,「だから」「それによって」などが適当である。

 (19)151KR1004私達がお互いに人間として認めあい,人間として振舞っているのは,

   お互いが人格という{の}をもっているからであろう。そして,人間は性の充足や心

   身の安定といった個人的{機能}やつぎの世代の育成{}{Et&as}職業を通じて労

   働を提供{し},経済的単位としての社会的機能を果しているのである。しかし,人

   間という複雑な生物もほかの動物と同じ{},発生的には一個の細胞から始まる。

 これは,名詞を並列的につなぐ役割を持つ接続語である「および」を,名詞,動詞の区別

なく使ってしまった例である。内容を考えれば,「また」を使ってつなぐのが適当と言える。

不注意な誤用に近いものとも見えるが,使い方の規則が正しく習得されていないことによる

と考えることもできよう。

 (20)159ML1008 〔先に述べた翻訳のむずかしさの一部には,私が一年間ほど日本語を

   ならっても,日本語から英語へ,またはその逆への翻訳はなかなかうまくできないと

   感じた{}もある〕。最初は,英語もわかっているし,日本語の文を見ても簡単で翻

   訳しやすいと思うが,残念ながら,うまくできないのだ。{それで}翻訳{にっいて},

   うまくやりたかったら, {一つの特別な専門で},{長い時間でやらなければならな

   い}だろうと思う。

 「そして一それで一だから」の系列は,外国人学習者に十分に理解されていないと疑われる

ものの一つである。ここは「だから」「したがって」とするほうが論理性が整い,妥当な文脈

であるが,その明解な理由を示すのはそう容易ではない。「それで」は因果関係を客観的に述

べるためのものと思われ,後続文には強い主張の文が来にくいことが一っの判断材料になる

ように思えるが,さらに詳しい分析が必要である。

 以上の,類似の接続語句を使った誤用の問題については,学習者だけでなく,教える側に

も接続語句の正確な使い分けが明確になっているとは言い難く,今後,接続語句のより精密

な統語的意味的分析が必須である。

4.2.意味の異なる接続語を使った例

 実は,この種の誤用が意外に多いことが今回の調査で分かったのであるが,非常に基本的

な接続語について誤りが起こっていることを考えると,これらはかなり深刻な問題点を抱え

ていると言っても決して言い過ぎではないかもしれない。書き手がどういう意図でこれらの

接続語を用いたのか。その分析が重要であるように思う。

 (21)119MLOOO4結局,このような問題を考える時には,日本の社会と経済を{安定す

   る}ために組織的にどう計画させるかという政府の{機能}が必要です#。{それか

   ム},日本と諸外国との経済関係はもっとよくなると思われる。

 これは,単に時間的前後関係を示そうとして「それから」を使ったものと思われる。書き

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手はおそらく後続文の「~はもっとよ≦坐」という時間的推移・変化の言い方に心理的に

引かれたのであろう。しかし,これは論理的な関係だけを問題にしている文であり,先行文

の実現を仮定して後続の論理的な帰結を述べている形式であるので,ここでは「そうすれば」

といった接続語が適当となる。

 (22)138ML1002ところで,目も見みえない,耳もきこえない,口もきけない,生れた

    ばかりの赤ん坊が,お乳を欲しがる{}と同じように,無言のうちに集団欲を〔{作

    って}もらう〕ことは,日常の生活経験で知っている。{では},赤ん坊の集団欲は,

    視聴覚の方法よりも,百万言を使うよりも,より効果的に,心を一体化するのである。

 「では」は,論点を変えたり,深めたり,あるいは飛躍させたりするときの転換点を示す接

続語であるが,ここでの使用はまったく異質な使われ方をしている。書き手がなぜここで「で

は」を使ったかは判然としないが,英語のthenから類推したのではないかという想像はでき

る。ここでは,先行文に関連して後続文を続けているだけであるから,「そして」を使うのが

適当。

 (23)167TW1004さらに,言葉を理解するまえに,もっと重要な点,たとえば,社会的

    背景,風俗とか{を}注意しなければ,翻訳された著作{における}作者の精神を表

   現できない。{そう言う点は}作者がどう言う動機でこの本を書いた{}とか,当時

    の背景とかを必ずはっきり考えなければならない。これは特に文学方面の著作を翻訳

    する時に{は}もっとも大切なことだ。{そして},翻訳者にとってこれ以上難しいこ

    とはないと思う。

 この文(4)で明らかにされる重要な問題点は,一口に順接の接続語・逆接の接続語と言って

も,それらは文章全体(先行文と後続文を一つのまとまりとして)がどういう点に焦点を当

てて述べようとしているかによってどちらにでも変わり得るということである。上の例でみ

ても,日本人であれば「そして」を逆接の「しかし」などに訂正することができるが,その

訂正理由は決して明瞭なものではない。「そして(しかも)」というニュアンスで後続文を少

し手直しすれば,順接でも正しい文になる。順接を使った場合,逆接を使った場合,文章全

体にどのような意味合いの違いが生じるか,中・上級レベルの学習者には大切な学習項目に

なるように思う。

4.3.接続語を使わなかったための誤用の例

 接続語は,文章全体の意味を判然とさせるためにどうしても使わなければならない場合と,

必ずしも使う必要がない場合とがある。全体的には,むしろ使う必要のない場合のほうが多

いだろう。森田(1989)が指摘するように,前後二つの文の意味関係がそのまま接続語とし

て言葉に示されたものは,接続語を省いても特に理解の上で障害とはならない。順接であれ,

逆接であれ,そういう接続語も(文章の明瞭度を上げようという意図が働くたあか)われわ

れは多く用いている。こうした点も学習者への指導においては留意しなければならないこと

一 18一

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 265

であると思う。しかし,ここに挙げた例のように,もし学習者が接続語を使わなくてもいい

と考えて省略したのだとすると,意味的・統語的に接続語の使用法を示すだけでは不十分で,

問題の根は深いと言わなければならない。

 (24)175MLOOO4私の国マレーシアは,同じアジアにあるから,同じ森林の思考を持っ

    ていると思う。{  }生まれ故郷をはなれ,異国に来て,私は初めてほかの国{}

    の物の見方,考え方の違いを真剣に考えた。

 先行文で「日本とアジアの同類意識」を述べて,後続文で「異国(=日本)と自国の違い」

を述べている。そして,両者の間に逆接「しかし」が読み取れるような意味関係は見えない。

ここではどうしても「しかし」が必要であろう。もし,先行文が「~と思っていた。」という

意味になっていれば,後続文にも「と≦≧狡実際に異国に来てみて~」というふうに逆接が

含意されてくるので,接続語を必ずしも必要としなくなる。

 (25)181KR1004私の国と日本は森林的な環境で,同じ東洋文化けん¥に属していて,

    入々の考え方もほぼ同じだと思う。私の国と日本は入間の判断を無とする森林で生ま

    れた仏教の思想に培われた{もの}で人々の考え方は森林的だと思う。私の国の人も

    たいてい,日本人と同じ考え方」を{持っている}。{  }人がすんでいる環境と

    か日常生活のいろいろな面で{}似ている。{それ}は,昔,森林的な環境で生まれ

    た仏教の影響を受けたということがあげられる。〔森林と砂漠は気候の違い{}では

    なく,そこて発生した宗教や学問の違いだと思う〕。それぞれ{}属している環境で

   生まれた宗教や学問の影響をうけて,それぞれ違った考え方を持っているのではない

    かと思う。

 この文章で,下線部に接続語がどうしても必要かと問われれば,説得力のある理由を説明

するのはやさしいことではないが,しいて説明すれば次のようになるだろう。この文章の「①

私の国と日本は……。②私の国も……。③~の面で似ている。」という形において,③にかか

る先行文は②ではなく,①であると考えられる。つまり②と③は同列の関係で,それぞれが

①につながる形になっている。そこで,その関係を形の上で明瞭にするために,「①私の国

と日本は……。②私の国至……。③(また)~の面で(至)似ている。」という形が望ましい

と考えられるのではないかと思う。

 (26)2041N1006今日本の社会{が}そんなことまで起っているがいつ解決できるか。

    {  }まず社会問題を解決しなければならないと思う。

 文章を直線的に考えた場合,先行文の問題提起である「いつ」に呼応するものが後続文に

は見当たらない。したがって,両者を論理関係において捉えることが必要になってくる。先

行文は「いつ解決できるか」という問題提起,後続文は「まず~しなければならない」とい

う解決案の提示である。両者の間にある意味関係は「今はそれを考えるよりも,まず(~が

必要だ)」ということになる。この関係が文章中に明示されれば,接続語は必要なくなるわけ

であるが,もとの文のままであれば, 「そのためには」などで強引な関係づけを行うことが

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必要になってくる。

4.4.不必要な接続語を使ったことによる誤用の例

 ここには,接続語が本来必要がないと思われる箇所に不適切に接続語を使った例を取り一i一

げてあるが,前節で述べたように,接続関係の明瞭度を増すために特に必要としなくても接

続語を使うことは可能であり,そう考えれば,ここでの誤用は〈意味の異なる接続語を使っ

た誤用〉の部類に含めて考えることもできると思う。

 (27)066TW1003どうして電話で返事する事ができないのだろうか。{で勉ら#}私

    は,日本人のこの習慣が理解できない。

 「だから」で導かれる理由・根拠が先行文には示されていない。会話などではありそうな形

のようにも思うが,文章では許されない言い方であろう。もし,「~のだろうか。これはお

かしい ふっ’は~のは である。血ら,私は日本人のこの習慣が理解できない。」とい

う形であれば正しくなる。この文章では,後続文の「この習慣」が先行文が言わんとする「EI

本人が(あることの代わりに)電話で返事をしないという習慣」を指しており,この指示語

句が文接続の役割を果たしていると言える。

 (28)090TW1005しばしば,授業中に,先生と学生と{}一緒に笑う場合もある。1っ

   ま並},この授業の雰囲気はほかの授業で{見っかる}ことはできない。

 「っまり」は先行文をまとめる形で言い換える際に用いるもので,この文章では先行文と後

続文がそういう関係になっていないので, 「っまり」が使えないわけである。この文章の場

合も前例(27)と同様に後続文の「この授業の雰囲気」という指示語句が先行文全体を言い

換えて,接続語句なしで両文の接続関係を緊密に保っている。

 (29)148TW1011今は, 「世界を愛せよ」とか, 「身のまわりの環境を愛せよ」とか,

   「核兵器をやめよう」とかという呼びかけが強まっている。{}それぞれ{は}人悶

   性の回復や人問性の省察ともいえよう。{しかし}人間は, {現代を真に生きる,生

   かされるのではなく,生きること}を深く考えねばならない時に,さしかかってきた

   のではないだろうか。

 「しかし」によって対立する関係が先行文と後続文の問には見出せない。後続文は先行する

文章の結論部分であるようにしか読あない。接続語句は必要ないところであるが,しいて使

うとすれば,結論であることを示す「このように」などが適当である。

5.まとめ

 本稿では, 〈接〉および〈CJ(接続語)〉の二つの誤用ラベルに限って分析を試みた。その

結果,実際の作文指導において有益と思われる点がいくっか明らかになったと考える。しか

し,依然明らかになっていない問題点も数多く残されており,それらについても今後地道に

分析を進めていく必要がある。また,連文レベルでの誤用にっいての分析では,今回のラベ

一20 一

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中・上級日本語学習者における誤用文の統語論的意味論的分析と研究 267

ル付けではまだ不十分な点が多いことが分かってきた。十分な研究成果を得るには,さらに

精密なラベル付け,あるいは様々な観点からの分析が必要である。

 なお,今回の調査では,句読法,段落構成に関する分析は,それらがディスコース分析の

上で重要なテーマであることは承知しっっ,データ・べ一スの構築,その他の制約から割愛

せざるを得なかった。                           (佐藤)

1この分析には和文編集構成ツール「Miss Checker J Ver.2」エデュカ(株)を使用した。

2 「Miss Checker J Ver.2」のマニュアルによると,わかりやすい文章は,ふつう,平均文長が35~45

字,漢字使用率が20~40%の範囲になるという(p.124)。(ちなみに,新聞の平均文長は55~75

字,漢字使用率は45~60%)。

3同上のマニュアルによる。

4 この誤用例については佐藤(1992)がすでに一度扱っている。

参考文献

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森田良行(1985)「誤用文の分析と研究」明治書院

森田良行(1989)「n連文型」r談話の研究と教育(H)」国立国語研究所

山本一枝(1989)「読解力の養成法」r講座日本語と日本語教育」(第13巻)明治書院

エデュカ(株)(1991)「Miss Checker J ver.2利用者マニュアル」

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                                 (さとう まさみっ)

                                 (とむら かよ)

一21一