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1 資料5-1 キトラ古墳の小前室および石室における菌類等生物調査報告 独立行政法人 東京文化財研究所 1.発掘調査が始まるまでの状況 キトラ古墳は,高松塚と同時代の壁画を有する古墳であり,2002 年に文化庁により 調査のための覆い屋が建設され,発掘計画が進められた。キトラ古墳の墓道部の発掘の 準備に伴い,2003 年夏以降,小前室内部,墓道部周辺墳丘土等にてカビが顕著に発生 した。この時,小前室内部は結露水でつねに濡れており,消毒用エタノールで処置して も,すぐにカビが再発する状況であった。カビの防除策を考慮する一方で,作業者の安 全対策を考慮するため,主要なカビの種類の同定を行なった。 その結果,2003 8 月,盗掘口付近の土のうの下でみつかった白い菌糸の塊につい ては,観察の結果,菌糸に担子菌類(キノコのなかま)に特有のクランプ構造がみられ たため,キノコのなかまと考えられた。 また,2003 9 月に小前室から主要に検出されたカビとしては,Trichoderma sp., Penicillium sp. , Aspergillus sp. , Fusarium sp. (以上,不完全菌類) , Cunninghamella sp. (接合菌類)などが主要な種として検出された。 いずれも,土壌のなかに一般的にみられるカビである。一般的には, Fusarium sp. や, 接合菌類には,薬剤耐性の高いものが多いと言われ,安易な防カビ剤による処理は,効 果の面からも作業環境の問題からも避けるべきであると考えられた。また,日和見感染 を起こすカビもあるので,カビが大発生しているときに作業を行う際は,カビを吸入し ないよう,十分な性能のマスクや手袋を着用し,作業後は手洗い,うがいを行うなどの 注意を促した。 なお,こののち,墳丘土におけるカビの大発生の問題は,墳丘土がポリシロキサン 系の樹脂 ER-002 ((株)ケミカルプロセスシーピー)で2回処置されたのちビフォロン (同社製)で仕上げ処置されたことと,小前室の天井部の結露対策が行なわれたことに よって,大幅に改善された。 2.発掘調査開始後の状況 キトラ古墳の墓道部の発掘,および 2004 1 月末から開始された石室内の調査に伴 い,2004 3 月以降,石室入り口や石室内にカビが発生した。しかし,その都度,即 座に殺菌,除去作業が行なわれ,壁画への拡大を抑制する努力が続けられてきた。カビ が発見された場合,滅菌綿棒等で採取された試料を培養し,主要なカビ等の種類を調査

資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

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Page 1: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

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資料5-1

キトラ古墳の小前室および石室における菌類等生物調査報告

独立行政法人 東京文化財研究所

1.発掘調査が始まるまでの状況

キトラ古墳は,高松塚と同時代の壁画を有する古墳であり,2002 年に文化庁により

調査のための覆い屋が建設され,発掘計画が進められた。キトラ古墳の墓道部の発掘の

準備に伴い,2003 年夏以降,小前室内部,墓道部周辺墳丘土等にてカビが顕著に発生

した。この時,小前室内部は結露水でつねに濡れており,消毒用エタノールで処置して

も,すぐにカビが再発する状況であった。カビの防除策を考慮する一方で,作業者の安

全対策を考慮するため,主要なカビの種類の同定を行なった。 その結果,2003 年 8 月,盗掘口付近の土のうの下でみつかった白い菌糸の塊につい

ては,観察の結果,菌糸に担子菌類(キノコのなかま)に特有のクランプ構造がみられ

たため,キノコのなかまと考えられた。 また,2003 年 9 月に小前室から主要に検出されたカビとしては,Trichoderma sp.,

Penicillium sp. , Aspergillus sp. , Fusarium sp. (以上,不完全菌類), Cunninghamella sp. (接合菌類)などが主要な種として検出された。 いずれも,土壌のなかに一般的にみられるカビである。一般的には,Fusarium sp. や,

接合菌類には,薬剤耐性の高いものが多いと言われ,安易な防カビ剤による処理は,効

果の面からも作業環境の問題からも避けるべきであると考えられた。また,日和見感染

を起こすカビもあるので,カビが大発生しているときに作業を行う際は,カビを吸入し

ないよう,十分な性能のマスクや手袋を着用し,作業後は手洗い,うがいを行うなどの

注意を促した。 なお,こののち,墳丘土におけるカビの大発生の問題は,墳丘土がポリシロキサン

系の樹脂 ER-002((株)ケミカルプロセスシーピー)で2回処置されたのちビフォロン

(同社製)で仕上げ処置されたことと,小前室の天井部の結露対策が行なわれたことに

よって,大幅に改善された。

2.発掘調査開始後の状況 キトラ古墳の墓道部の発掘,および 2004 年 1 月末から開始された石室内の調査に伴

い,2004 年 3 月以降,石室入り口や石室内にカビが発生した。しかし,その都度,即

座に殺菌,除去作業が行なわれ,壁画への拡大を抑制する努力が続けられてきた。カビ

が発見された場合,滅菌綿棒等で採取された試料を培養し,主要なカビ等の種類を調査

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している。カビが発生した箇所については,2005 年 9 月までは,消毒用エタノールを

主体とした薬剤により念入りに局所的な殺菌作業が行なわれ 注1),必要な場合には

パラホルムアルデヒド燻蒸を行う場合もあった 注2)注3)。しかし, 2005 年 1 月

頃から,褐色の剛毛を生じるカビが石室内石材上で発見され,またカビのみならず,バ

クテリア,酵母などが混合した粘塊状のコロニーも壁面に見い出されるようになった。 カビ等の微生物による影響を 小限に抑えるため,少なくとも週に2回,点検とカビ

等の除去作業が行なわれ監視が続けられているが,石室内での微生物の発生量,および

その種類は 2005 年以降明らかに増えてきている。とくに,濃い色を呈するカビや,バ

クテリア等が石室内に見い出されるようになっている。また,石室内で昆虫等の小動物

も頻繁に発見され,カビの被害の拡大や,一部漆喰壁の破壊や汚損につながっていると

思われる。 さらに,2005 年夏以降に,石室の微生物汚染はさらに進み,バクテリアを主体とし

たねばねば状の物質,ゲル状の物質が壁面を覆うように発生し,さらにその物質を基盤

としてカビなどの菌類の汚染がさらに進みつつある。さらに, 近,石室内の漆喰のと

ころどころに急に穴が生じ,穴が拡大していく現象が進みつつあることが確認された。 現在,その対応(可能な方法によるクリーニング,拡大防止等)に全力を尽くすとと

もに,可能な限り早期の壁画のとりはずし,保護作業が進められている。 以下に詳細を経時順に記す。 2-1. 2004 年 2 月石室開封時の空中浮遊菌について 2004 年 2 月 2-3 日に,キトラ古墳開封時の石室内の空気 50 リットまたは 250 リッ

トルをBIOサンプラー(ミドリ十字社製)によって培地(サブロー寒天培地)に吹き

つける方法で浮遊菌の調査が行われた。 その結果,石室内の浮遊菌数は非常に少なく,検出されたコロニー数は各平板培地上

に 1 コロニーから 4 コロニー程度であり,カビの種類は Verticillium sp. (TBK-11(m) , TBK-12(m))および Aspergillus sp. (TBK-13(m), TBK-14(m))であった。 なお,TBK 標記は,キトラ古墳関係で分離され,東京文化財研究所においてアンプ

ルで保管されている保存菌株であることを示す。 2-2. 2004 年 3 月-4 月の状況 西壁入り口付近に緑色のカビが,また,流入土表面にも白いカビの菌糸が発生した。

南壁にも白い菌糸が発生したため,絵のない部分については,滅菌ガーゼに消毒用エタ

ノールをしみこませて湿布を行なうことにより,殺菌が行なわれた。絵の上の部分のカ

ビは,修復技術者によりエタノールを浸した筆により,注意深く殺菌された。 滅菌綿棒で採取された試料を MA 培地に塗布し,室温にて培養したところ,緑色の

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カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真 1,2,3)。いずれも,土壌のなか

に一般的にみられるカビである。 2-3. 2004 年 5 月の状況 小前室の天井石側面に直径 10cm ほどのカビが発生していた。石室内については,東

壁の上端から天井石すき間などにカビが発生していた。 滅菌綿棒で採取された試料を MA 培地 に塗布し,室温にて培養したところ,小前室

の天井石側面からは,Acremonium sp., Penicillium sp.(濃い色のもの) が検出され

た。Acremonium sp.は,やや黒っぽい灰色を呈するものであった(写真 4)。そのほか

の部分からは, Trichoderma sp.が主要なカビとして検出された。 2-4. 2004 年 6 月-7 月の状況 石室内にカビが発生しているのが発見された。修復技術者により,消毒用エタノール

塗布あるいは消毒用エタノールによる湿布処置が施されて殺菌されたのち,パラホルム

アルデヒド燻蒸が行なわれた。 石室から見い出されたカビは,Trichoderma sp.,Penicillium sp. が主要種であり,こ

れまで石室内でみられたものから,ほぼ大きな変化はなかった。 2-5. 2004 年 8 月の状況 2004 年8月初旬に石室内にて,剥離している部分の壁面のとりはずし,保護作業が

行なわれた。青龍付近の壁面を無事,保護したあと,その下にカビの菌糸が発見された

(写真 5)。保護された壁画は,脱酸素剤(RP System-K タイプ, 三菱ガス化学株式会

社)とともに封入され,カビの発生を抑制した状態で保存されている。 小前室の閉塞石に,褐色の剛毛様の構造をもつカビが発見され,杉山純多東京大学名

誉教授による同定の結果,Phialocephala sp. のカビ(写真 6)であることがわかった。

黒褐色を呈し,とげ状の堅固なカビであるため,今後拡大しないよう,厳重な対策が必

要である。 2-6. 2004 年 9 月の状況 石室内では,小規模ながら Trichoderma sp., Penicillium sp. ,Fusarium sp.などが

主要種として発生していたが,カビの早期発見と処置で石室内でカビが大発生するよう

な事態には至らなかった。 閉塞石の Phialocephala sp.の発生範囲が拡大したことから,次亜塩素酸ナトリウム

10%溶液(水酸化ナトリウム 0.4%含有)で除去作業が行なわれた(9 月 29 日)。しか

し,進入口の裏側までカビがまわっているために根絶に至っておらず,今後も繰り返し

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処置が必要とされる状況である。 2-7. 2004 年 10-12 月の状況 石室内では,Trichoderma sp., Penicillium sp., Fusarium sp.などが主要種として

発生していた。 さらに,2004 年 12 月 9-10 日の点検,12 月 17 日の点検いずれにおいても,石室内

白虎前足周辺のレーヨン紙に茶色のカビが発生していた。培養の結果, Aspergillus sp. (TBK-30(m))と Cylindrocarpon sp. (TBK-31(m))(写真 7)が分離された。 また,白虎前足付近に貼られているレーヨン紙が,黄色ないしは褐色に着色する現象

がみられるようになった。レーヨン紙片を直接観察すると,カビのような構造はみえず,

色のついた不定形の塊状の物体が見えた。培養の結果,2-3 種類のバクテリアが分離さ

れ,なかには茶色い水溶性色素を出すものもあった。(財)食品分析センターに同定を

依頼したところ,この細菌は,土壌から普通に分離されるバチルス・メガテリウム

(Bacillus megaterium)という種類の細菌であることがわかった(写真 8)。 2-8. 2005 年 1 月の状況 <壁面の粘塊状物質> 2005 年 1 月以降,ねばねば状ないしはゲル状の物質が壁面のところどころに出現し

た。2005 年1月 7 日に東壁,南壁,西壁より採取したねばねばした物質を調べたとこ

ろ,いずれも細菌,酵母,カビの混合物であり(写真 9),カビとしては Acremonium sp.(写真 10)(TBK-23(m), TBK-24(m), TBK-26(m))がいずれの場所からも共通に分離さ

れた。西壁からは,そのほかに Aspergillus sp.(TBK-25(m))および褐色の Cylindrocarpon sp.(TBK-27(m))も分離された。また,バクテリアとしては,べたつくコロニーを形

成する Agrobacterium radiobacter(写真 11)のほか,東壁より Stenotrophomonas maltophilia, 西壁より Serratia liquefaciens などいくつかの種が検出された。 また,褐色の剛毛様構造をもつカビ Phialocephala sp.(写真 6)が,2005 年 1 月 21日,27 日の点検時,石室内西壁下床面に発見された。黒褐色を呈し,とげ状の堅固な

カビであるため,壁画部に転移しないよう細心の注意が必要とされた。8%ホルマリン-消毒用エチルアルコールにより,殺菌処置が行なわれた。そののちは,発見され次第,

消毒用エタノール-0.3%ホルマリンで殺菌,除去作業が行なわれた。 2-9. 2005 年 2 月-3 月の状況 2005 年 2 月の点検においては,石室内でカビのほか,昆虫等に由来すると考えられ

る褐色,黒色の物質が発見された(写真 12)。(財)文化財虫害研究所の山野勝次氏の

所見によると,褐色の細長いもの,球状のものは虫糞であると思われるが,昆虫の種類

は不明とのことであった。そのほか,昆虫以外の小動物の糞と思われるものや,ダニの

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死骸も同時に認められた。 2005 年 2 月 17 日および 2 月 25 日の点検では,ゲル状の物質が北壁,東壁にも観察

された。2 月 25 日には,杉山純多博士に同行いただき,ゲル状物質の分析の協力を依

頼した。その結果,これまでと同様,バクテリアや菌類の混合物であるとの所見であっ

た(写真 13)。カビとしては Acremonium sp.が,細菌としては Agrobacterium sp.含ま

れているとのことであった。 2-10. 2005 年 4 月-6 月の状況 石室内では相変わらずゲル状の物質やカビの発生がみられ,点検ごとに除去,殺菌が

行なわれた。 4 月 28 日の点検で,石室内で生きたハサミムシが発見され,(財)文化財虫害研究所

の山野勝次氏によりヒゲジロハサミムシと同定された。さらに,5 月 12 日,5 月 18 日

の点検では,石室内で多数の小さなハエが発生し,(財)文化財虫害研究所の山野勝次

氏,小峰幸夫氏によりクロバネキノコバエと同定され,手作業で除去された。この虫の

幼虫は朽木中や土壌中にいることが知られており,おそらく石室内で羽化したものと思

われる。この後も,しばらくハサミムシ,キノコバエなどが捕獲され,5 月 19 日には,

キスイムシの一種,6 月 13 日にはムカデなど,この時期,石室内でさまざまな昆虫や

小動物が見つかった。 2-11. 2005 年 7 月以降の状況 2005 年 7 月,再び壁画のとりはずし,保護作業が開始され,南壁のメチルセルロー

ス(MC)による強化などが行われた。 2005 年 7 月 1 日,西壁の絵のない位置の漆喰片とりはずし作業の際,漆喰に小さな

黒い穴があいているのが発見された(写真 14)。 さらに,7 月 5 日の作業の際,東壁の漆喰の表打ちに使用されていたレーヨン紙に,

黒色のカビと黄色い汚れが発生していた。微少漆喰片にはカビの菌糸が絡みついて,漆

喰を汚している様子が観察された(写真 15)。また,西壁由来の微少漆喰片の裏面は,

黒色に汚れている様子が観察された(写真 16)。 さらに,7 月 15 日の点検時には,南壁朱雀に白いカビの菌糸が多く見られた(写真

17)ため,消毒用エタノール-0.3%ホルマリンで殺菌,除去作業が行なわれた。 8 月 12 日の点検では,北壁には,西壁との隅に広い範囲で,点々と黒いシミが多く

みられた。多くは泥上だが,漆喰壁にも拡がっていた。数カ所,3-5mm ほどの緑色の

シミがあった。玄武を含む全面にゲル状物質がみられた。 南壁では,朱雀画面上にも,細かい粘りのある粒が発生していた。東壁や西壁では,

泥部分に黒ずみがみられた。進入口附近には白いカビが薄く拡がっていた。 さらに,8 月 19 日の点検では,東壁十二支(寅)の画面上にもゲル状物質が及んで

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いた(写真 18)。 2-12. 2005 年 9 月の状況 2005 年 9 月 2 日の点検では,北壁に黒いしみが発生し,そのまわりに白いねばねば

した物質が拡がっていることが確認された(写真 19,21)。黒いしみの部分は,約 8%のホルマリン水溶液によって処置が行われた。さらに,南壁,朱雀画面上の細かい粘り

のある粒の数が増え,全体をねばねばした物質がおおっていた(写真 20,22)。これま

でのなかで,もっとも著しい被害状況と考えられたので,この日,消毒用エタノール

-0.3%ホルマリンで殺菌したのち,パラホルムアルデヒド燻蒸が行われた。 2005 年夏期の急激な生物被害の拡大のため,外部の微生物学,および防菌防黴の専

門家(高鳥浩介博士,杉山純多博士,古田太郎博士)同行のうえ,9 月 16 日,現地調

査が行われた。(専門家の所見については,別資料) その結果,総じて壁面のねばねばした物質やゲル状の物質には,おびただしい数のバ

クテリアとそれにカビや酵母などが混生している状態が観察された。また,培養の結果

からも同様の知見が得られた。 このようなねばねばした物質やゲル状の物質を壁面に放置すると,バクテリアが衰退

した後,カビや酵母がいっせいに繁殖,展開する可能性が指摘された。この状況を受け,

専門家から「できるだけ,早期に壁画をはずし保護すること。それが不可能であれば,

できる限りねばねばした物質,ゲル状の物質を除去すること」と,現地にて助言が行わ

れた。 古田博士の助言をふまえ,ねばねばした物質,ゲル状物質の除去方法の検討が行われ

た。 その結果,壁面の場所によって,漆喰の状態は大きく異なり,東壁の一部,北壁の一

部については,うすい過酸化水素溶液を用いる方法が効を奏すことがわかった(写真

23,24)。しかし,南壁朱雀近辺の漆喰の状態は,ぜい弱であり,同じ方法が使用でき

ないことが明らかとなった。場合によっては,抗菌剤などの使用も検討せざるを得ない

状況である。 また,同日を境に,壁面の消毒は,消毒用エチルアルコールの代わりに,消毒用イソ

プロピルアルコールを主体として用いる方法 注1)に切り替えられた。 9 月 22 日,9 月 29 日には,慎重に壁面の状態を確認しながら,ねばねばした物質の

除去作業が行われた。この方法で,東壁,西壁などの状況はかなり改善がみられた。し

かし,南壁など,同じ方法でクリーニングができない場所については,除去は困難を極

めた。また,南壁朱雀のゲル状物質のうえに粉状のカビが発生していた。消毒用イソプ

ロピルアルコールで殺菌,除去したものの,このような事態が繰り返されると,漆喰や

絵画の劣化が進んでいくため,できる限り早い壁画の保護が望まれる。 この9月の一連の壁面の精査の中で,漆喰にこれまでも部分的には認識されていた穴

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が,一部は拡大,またその数も 近,増えていっていることが明らかになった(写真

25,26)。特に,朱雀のクリーニングを試みた際に,尾羽の上に発見された小さい穴(写

真 27),朱雀上方の穴などは,ごく 近出現してきたものである。 この事態を受け,これまでの点検時の写真記録をたどったところ,今年にはいって穴が

大きくなったり,新たに穴が確認されるようになった箇所があった。 2-13. 2005 年 10 月の状況 2005 年 9 月に,微生物による壁面のねばねばした物質の被害に加え,漆喰の穴の数

が増えていっていることを受け,2005 年 10 月 13 日,コンクリート微生物の専門家(森

永力博士)同行のうえ,現地調査が行われた。 また,同日,2005 年 3 月にすでにはぎとりが行われ,保管されていた漆喰片を確認

したところ,漆喰の裏側にくぼみがあり,そこに黒い物質がたまっている箇所がある場

合があることも確認された(写真 28)。漆喰表面に穴があいてきた箇所の裏側は,この

ような構造から進んで穴が大きくなった可能性も示唆された。 森永博士の所見については,別資料にあるが,肉眼観察の段階でいただいた所見を要

約すると,以下のようになる。 「表面部分には見えなくても,はがされた漆喰の裏側に穴が開いていたということ,

小さな穴がかなりのスピードで大きくなるということから,漆喰裏側になんらかの原因

があると思われる。石室内部は 100%近い湿度であることから,漆喰の裏側に水の流れ

道が存在している可能性もある。少量の水がくぼみなどに溜まり,そこに微生物が繁殖

し,その代謝産物と漆喰の炭酸カルシウムが反応して溶けてくるという可能性も考えら

れる。今回,漆喰部分の穴について外側から観察したが,広い範囲にわたって漆喰部分

が浮いている箇所があることがわかった(南壁)。漆喰が落下崩壊することを避けるた

めのベストな方法は,できるだけ早く剥ぎ取り,保存することだと思う。穴の部分から,

抗菌性物質を注入することも考えられるが,すでに浮いている部分には効果がないと思

われる。」 この他,天井南側の漆喰部分で 10 月に撮影した写真を,昨年 4 月の写真と比較した

ところ,剥落した部分があることがわかった。週 2 回の点検の際には床に落ちた漆喰片

が確認されていないので,この箇所は粉状になって少しずつ剥落したと考えられる。

3.現時点での所見 相対湿度がほぼ 100%の古墳環境においては,常にカビや細菌等微生物の発生による

被害と隣り合わせの状況である。微生物の混合集合体であるねばねばした物質,ゲル状

物質の増加,色の濃いカビの発生など,微生物による望ましくない影響が全体に増加し

ている状況であり,また漆喰面に発生している穴の増加など,壁画の管理の点で困難を

きわめ,非常に厳しい状況にあるといわざると得ない。

gokichi
長方形
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微生物制御の方法の検討を併行しつつも,今後も厳重な警戒のもと,できる限りすみ

やかに壁画の保護作業が進められることが強く望まれる。

注1) 石室内で使用する局所的な殺菌処理用の薬剤 (2005 年 9 月以前)局所的な殺菌には,

主に消毒用エタノールが用いられ,場合によっては,消毒用エタノール-0.3%ホルマリ

ンや消毒用エタノール-8%ホルマリンまたは 8%ホルマリン水溶液が用いられた。

(2005 年 9月以降)エタノールは低濃度で残留した際,微生物が栄養源として利用する

可能性が指摘されたため,消毒用イソプロピルアルコール(約 70 v/v%)を主体とする

方法に切り替えた。このようなアルコールを主体とする殺菌法は,壁画への影響や,と

りはずし作業への影響がもっとも少ないと考えられる方法である点から採用されてい

る。

注2) パラホルムアルデヒド燻蒸は,従来高松塚古墳の石室においても行なわれてきた殺菌法

である。局所的なカビの処置だけでは対応できない場合に使用されてきた。キトラ古墳

石室におけるパラホルムアルデヒド燻蒸の日時と使用薬剤量は,以下の通りである。

2004 年 2 月 7 日 6g,2 月 13 日 6g,3 月 21 日 6g,4 月 9 日 9g,4 月 30 日 12g,

5 月 20 日 4g,6 月 16 日 12g,7 月 3 日 12g,7 月 16 日 10g。これ以降は,とり

はずし時の作業者安全の観点から,必要がなければ特に行なわないこととした。しかし,

2005 年夏期以降の微生物やダニの増加に伴い,2005 年 9 月 2 日,9 月 16 日に,それぞ

れ 6g を使用して,パラホルムアルデヒド燻蒸が行なわれた。

注3) パラホルムアルデヒドによる影響がもっとも懸念されるのは,漆喰壁の鉛系の顔料と考

えられるが,漆喰の成分については,部分的ではあるが,2004 年の2件の調査による知

見がある。早川(泰弘)・佐野による EDAX(株)蛍光エックス線分析装置 XT-35 による

南壁の朱雀の赤色部および周縁部の白色の漆喰の現地調査では,朱雀赤色部からは水銀

が検出されており,赤色部と白色漆喰面のいずれからも鉛は有為に検出されていない。

また,肥塚らによる石室 E区の白色漆喰片(顔料なし)の ICP 発光分光分析法および原

子吸光法による分析によると,漆喰片の酸化鉛含有量は極めて少なく,原料にもともと

含まれる微量成分程度であると考えられている*)。

*奈良文化財研究所埋蔵文化財センター Conservation Information Networks NNRICP Vol011,

12 月号

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写真 1. 2004 年 3 月に石室内で発生した Trichoderma sp. (TBK-1)

左 培養したプレート(MA) 右 微分干渉顕微鏡写真 (490 倍)

写真 2. 2004 年 3 月に石室内で発生した Trichoderma sp. (TBK-3)

左 培養したプレート(MA) 右 微分干渉顕微鏡写真 (490 倍)

写真 3. 2004 年 3 月に石室内で発生した Penicillium sp. (TBK-2)

左 培養したプレート(MA) 右 微分干渉顕微鏡写真 (490 倍)

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写真 4. 2004 年 5 月に石室外の天井石側面で検出された Acremonium sp.

左 培養したプレート(PDA) 右 微分干渉顕微鏡写真 (980 倍)

写真 5. 2004 年 8 月に東壁の青龍を取り外した跡に見られたカビ

(写真提供 修復技術部 川野邊渉氏)

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11

写真 6. 2004 年 8 月に小前室の天井石側面で発生したカビ

左上 現地での拡大画像 (50 倍) 右上 明視野顕微鏡写真 (100 倍)

下 明視野顕微鏡写真 (400 倍)(バーの長さは 0.1mm)

写真 7. 2004 年 12 月の石室内の白虎前足付近のから分離された褐色の Cylindrocarpon sp.

(TBK-31(m))

Page 12: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

12

写真 8. 2004 年 12 月の石室内の白虎前足付近レーヨン紙の着色部位から分離された細菌

Bacillus megaterium 褐色の色素を産生している

写真 9. 2005 年 1 月の石室内東壁の粘塊状物質を観察した像 (微分干渉 ×510)

細菌,酵母様細胞,カビなどが混じっている様子が窺える

写真 10. 2005 年 1月 7日,石室内東壁,西壁,南壁の粘塊状物質に共通に含まれていた

Acremonium sp.

Page 13: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

13

写真 11. 2005 年 1月 7日,石室内東壁,および西壁の粘塊状物質から分離された,べたつき

のあるコロニーを形成する Agrobacterium radiobacter

写真 12. 2005 年 2 月に石室内で発見された褐色,黒色の物質

(写真提供:奈良文化財研究所 降幡順子氏)

写真 13. 2005 年 2月 17 日,石室内の粘塊状物質の観察像(写真提供:杉山純多博士)

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14

写真 14. 2005 年 7月 1日,石室西壁からとりはずした漆喰片に見られた穴

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

写真 15. 2005 年 7月 5日,石室東壁の表打ちに使用されていたレーヨン紙に付着していた微

小漆喰片にカビがからみついている様子 (上 ×22, 下 ×32)

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15

写真 16. 2005 年 7月 5日,石室西壁の微小漆喰片の裏面が黒色化している様子(×40)

写真 17. 2005 年 7月 15 日,石室南壁に発生していたカビ等

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

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写真 18. 2005 年 8月 19 日の寅

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

Page 17: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

17

写真 19. 2005 年 9 月 2日に北壁に発生していた黒いしみ,および白いねばねばした物質

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

写真 20. 2005 年 9 月 2日朱雀

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

Page 18: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

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写真 21. 2005 年 9 月 2日 北壁濃緑色部 (実体顕微鏡 X10)

写真 22. 2005 年 9 月 2日 南壁朱雀尾の上 白色の粒 (実体顕微鏡 X10)

Page 19: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

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写真 23. 2005 年 9 月 16 日 外部専門家の視察とねばねばした物質の除去法の検討

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

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写真 24. 2005 年 9 月にクリーニングをしたのちの 2005 年 10 月 13 日の寅部分

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写真 25. 2005 年 9 月 29 日 天井の穴の例

写真 26. 2005 年 9 月 29 日 天井の穴の例

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写真 27. 2005 年 9 月 29 日 朱雀の上のゲル状の汚れ(滅菌水で膨潤させて動かしたところ)

および尾羽の上の穴

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

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写真 28. 2005 年 3 月 17 日にはぎとりが行われて現在保管されている漆喰片の裏側にみら

れる黒いくぼみ (上: 漆喰表面 表面には穴は到達していない。黒い線は植物の根。)

(下: 漆喰裏面 黒いくぼみ(穴状)が生じている。)

(写真提供:国宝修理装こう師連盟)

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キトラ古墳壁画  西

穴がみられる壁面の箇所 資料5-22005年11月9日現在

北 南

②南壁 朱雀上部

①南壁 無地場上部東壁 無地場

③南壁 朱雀尾羽先

西壁 取り外し済小片

⑤天井 二箇所穴

天井 元々の穴が拡大

天井の漆喰の変形が見られる箇所

天井 新たに出来たと思われる細かい穴が多い箇所(他,黄色の箇所)

天井 朱線の上の穴・周辺の穴元々の凹み部分が黒ずみ,穴に変化したと思われる箇所 ④南壁朱雀腹部

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①南壁 無地場上部

↑2005年3月8日撮影  南壁 無地場上部

↑2005年10月13日撮影  南壁 無地場上部 サンプリング箇所あり

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②南壁 朱雀上部

↑2004年9月24日撮影  南壁 朱雀上部

↑2005年9月29日撮影  南壁 朱雀上部

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③南壁 朱雀 尾羽先

↑2005年6月10日撮影  南壁 朱雀 尾羽先

↑2005年11月4日撮影  南壁 朱雀 尾羽先

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④南壁 朱雀腹部

  ↑2005年 8月12日撮影   南壁 朱雀腹部

  ↑2005年11月2日撮影 朱雀腹部

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⑤天井 二箇所の穴

↑2004年6月3日撮影  天井 二箇所の穴

↑2005年7月4日撮影  天井 二箇所の穴

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   資料 5-3

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資料5-4

キトラ古墳石室調査(平成17年9月16日実施)の中間報告

東京大学名誉教授

(株)テクノスルガ(旧 NCIMB Japan)

学術顧問

杉 山 純 多

文化庁の要請によりさる9月16日行なったキトラ両古墳石室壁面の実地検分ならびに

採取サンプルより得られた微生物学的データに基づいて古墳壁面の状態ならびに生物劣化

の所見を以下に記します。

1,9月16日の目視による観察所見

キトラ古墳石室壁面の状態は本年2月25日調査した時点よりも壁面全体に湿っていて,

あちこちに微生物のものと思われるゲル状コロニー(乳白色~クリーム色の色調を呈す)

が展開していた。壁面は全体として劣化が進み,微生物が増殖,繁殖しやすい状態にある

と感じた。

2,採取サンプルの直接検鏡による所見(9月16日現場で)

(1)キトラ古墳石室壁面の採取サンプルの現場での検鏡所見

東文研スタッフが持参した簡易小型光学顕微鏡を用いて,壁面から採取したサンプル数

点について前室で検鏡した。その結果,粘性ゲル状サンプル中に細菌とカビを検出した。

(2)採取サンプルの直接検鏡による所見(9月19日静岡市,NCIMB Japan のラボで)

以下の2点のサンプルについて,微分干渉顕微鏡を用いて検鏡した(NCIMB Japan のラ

ボで)。

検鏡の結果,2点とも細菌と菌類の混合コロニーであることが判明した。

検出微生物は下記の通り(検鏡の写真は,写真1~2参照)。

K5916-1: 細菌(長桿状細胞),菌類(菌糸,菌糸体)が含まれる。

K5916-7: 細菌(短桿状細胞),菌類(菌糸,菌糸体)が含まれる。

アオカビ属(Penicillium)の特徴であるペニシルス (penicillus)様分生子形成構造体を

認めた。

3,微生物の分離培養に基づく所見

NCIMB Japan (10月1日付けで株式会社テクノスルガに組織統合)技術チームが,古

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墳石室壁面から採取したサンプル(添付のサンプルリスト参照)について菌類(カビ,酵

母)および細菌(バクテリア)の分離,培養を行なった。これまで得られたデータは,別

紙別表にまとめられている。

(3-1)菌類について

菌類の分離法はこれまでと同じ方法を用いた。現時点の結果は,表1(キトラ古墳(2

005年9月採取サンプル)菌類(カビ)分離菌株リスト:中間報告)ならびに表2(キ

トラ古墳(2005年9月採取サンプル)菌類(カビ)分離菌株の特徴一覧:中間報告)

に要約されている。

(1)11点のサンプル全てから高松塚古墳壁面と共通する Penicillium sp. 1 (K5217-2,

4/K5225-16/T4906-8 に類似)が分離された。

(2)緑色系色調のコロニーを形成する Trichoderma spp. (EF-1α Group 1 に近い)が

6点のサンプルから分離された。

(3)オレンジ系色調のコロニーを形成する Acremonium sp. 1 (28S-Acremonium sp.:キ

トラ石室内分離株 K5217/K5225 と同じ)が5点から分離された。

(4)サンプル K5916-10 (石棺の粘着物)から多種類のカビ,酵母が分離された。

(5)暗色系のカビ(不完全菌類) Phialocephala sp. が西壁中央下部に出現しているこ

とを確認した。

考察:キトラ古墳石室壁面のゲル状部分にはカビや酵母が細菌と混生していると結論づけ

られる。

(3-2)細菌について

キトラ両古墳壁面から採取したサンプルから常法により4種類の培地を用いて細菌を分

離,培養した。現時点の結果は,別表(キトラ古墳サンプル分離状況)に要約されている。

なお,表中の「その他」の欄は分離,培養した細菌の群別を示す。

(1)11点全てのサンプルから細菌が分離された。それらは表現形質により15グルー

プに分けられた。複数の細菌種に同定されることが予想される。

(2)Bacillus 属と推定されるグラム陽性,芽胞形成,桿状細菌がゲル状サンプル1点(南

壁朱雀)からのみ分離された。この細菌のコロニーはほとんど粘稠性を示さない。

(3)粘稠性,黄色系コロニーを形成するグラム陰性,短桿状細菌がほとんどのサンプル

7点から分離された。

(4)滑走運動 (gliding movement) 様のコロニー展開をするグラム陰性,短桿状細菌が

5点のサンプルから分離された。

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考察:壁面のゲル状ないしはベタベタ状の部分は細菌の活動に由来するコロニーそのもの

と考えられる。それらのコロニーにはカビや酵母が混生している。

4,現時点の総合所見

キトラ古墳石室壁面のゲル状ないしはベタベタ状の部分は粘稠性,グラム陰性,短桿状

細菌を主し,カビ・酵母を従とする混生コロニーであると思われる。従って,石室壁面の

ゲル状ないしはベタベタ状の部分には,細菌が衰退した後,条件次第でカビや酵母が一斉

に繁殖,展開する可能性がある。分離した細菌は少なくとも4つ以上の属に所属すること

が判明している。

石室壁面のゲル状ないしベタベタ状部分を解明するには,分離した微生物について,さ

らに詳しくそれらの諸形質を調べ,種レベルの同定をする必要がある。

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写真1 K5916-1 (南壁 朱雀 ゲル状サンプル) (×600)

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写真2 K5916-7 (北壁 玄武下 濃緑ゲル状 培養平板から作製) (×600)

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SIID3994

検体情報(キトラ古墳)

検体名 SIID 受取日 分析承認日 検体荷姿 数量 分離源

K5916-1 3994-01 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 南壁朱雀/ゲル状

K5916-2 3994-02 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 南壁朱雀 突起物

K5916-3 3994-03 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 南壁朱雀上のカビ

K5916-4 3994-04 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 西壁北寄り/緑のカビ

K5916-5 3994-05 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 北壁/白いゲル

K5916-6 3994-06 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 北壁/緑のカビ

K5916-7 3994-07 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 北壁玄武下/濃緑ゲル状

K5916-8 3994-08 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 東壁南寄り

/黒変した泥の上のカビ 菌糸

K5916-9 3994-09 2005 年 9 月 19 日 2005 年 9 月 19 日 シャーレ 1 キトラ古墳 北面 レーヨン紙

K5916-10 3994-10 2005 年 9 月 21 日 2005 年 9 月 21 日 シャーレ 1 キトラ古墳 石棺粘着物

K5902-1 3994-11 2005 年 9 月 30 日 2005 年 9 月 30 日 シャーレ 1 キトラ古墳 北壁/濃緑

K5902-3 3994-15 2005 年 10 月 13 日 2005 年 10 月 13 日 シャーレ 1 キトラ古墳 北壁/濃緑色しみからの

分離平板 No.1

K5929-1 3994-17 2005 年 10 月 13 日 2005 年 10 月 13 日 シャーレ 1 キトラ古墳 西寄り天井

漆喰に空いた穴② No.3

K5929-2 3994-18 2005 年 10 月 13 日 2005 年 10 月 13 日 シャーレ 1 キトラ古墳 西寄り天井

漆喰に空いた穴③ 中身の黒色 No.4

K5929-3 3994-19 2005 年 10 月 13 日 2005 年 10 月 13 日 シャーレ 1 キトラ古墳 西寄り天井

漆喰に空いた穴③ 表層の黒色 No.5

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SIID3994

表 1.結果一覧

サンプル No. SIID コロニー色 コロニー

粘稠性 グラム染色性 細胞形態 芽胞形成 滑走運動 目視による グループ

K5916-1 3994-01-1b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-1

3994-01-2b クリーム色 - + 桿菌 + - Kitora-2

K5916-2 3994-02-1b 明るい黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-3

3994-02-2b 淡黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-1

3994-02-3b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

K5916-3 3994-03-1b 透明感ある黄色 + - 短桿菌 - + Kitora-5

3994-03-2b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

3994-03-3b 鮮やかな黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-6

K5916-4 3994-04-1b 透明感ある黄色 + - 短桿菌 - + Kitora-5

3994-04-2b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

3994-04-3b 灰色 - + 分岐状桿菌 - - Kitora-7(放線菌)

K5916-5 3994-05-1b 鮮やかな黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-6

3994-05-2b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

K5916-6 3994-06-1b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

3994-06-2b 鮮やかな黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-6

K5916-7 3994-07-1b 鮮やかな黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-6

3994-07-2b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

3994-07-3b 透明感ある黄色 + - 短桿菌 - + Kitora-5

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SIID3994

続く

サンプル No. SIID コロニー色 コロニー

粘稠性 グラム染色性 細胞形態 芽胞形成 滑走運動 目視観察による グループ

K5916-8 3994-08-1b 鮮やかな黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-6

3994-08-2b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

K5916-9 3994-09-1b 透明感ある黄色 + - 短桿菌 - + Kitora-5

3994-09-2b 透明感ある黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-8

3994-09-3b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

K5916-10 3994-10-1b 褐色(水溶性) + - 短桿菌 - - Kitora-9

3994-10-2b 淡黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-10

3994-10-3b 明るい黄色 + - 短桿菌 - - Kitora-11

3994-10-4b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

K5902-1 3994-11-1b 黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-12

3994-11-2b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-4

3994-11-3b 明るい黄色 - - 短桿菌 - + Kitora-13

K5902-3 3994-15b 淡黄色 - - 短桿菌 - - Kitora-14

K5929-1 3994-17b クリーム色 - - 糸状桿菌 - - Kitora-15

K5929-2 3994-18-1b クリーム色 - - 糸状桿菌 - - Kitora-15

3994-18-2b 灰色 - + 分岐状桿菌 - - Kitora-16(放線菌)

K5929-3 3994-19b クリーム色 - - 糸状桿菌 - - Kitora-15

+:陽性 -:陰性

目視観察によるグループ:目視観察により同一菌種の可能性が高い菌株は 1 グループとし,それぞれ番号で区分しました。

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サンプルNo.枝番 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1 2 3 4 1 2 1 2 3(SIID番号) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (15) (16) (13) (14) (17) (18) (19)

西壁 北壁 東壁 北面 -

朱雀 朱雀 朱雀 玄武 (北壁?) 石棺 No.1 No.2 No.3 No.4 No.5

突起物朱雀上のカビ

北寄り 玄武下

南寄り黒変した泥の上のカビ 菌糸

レーヨン紙

ろ紙上分離平板 (MA)黄色素

濃緑色のしみからの分離平

濃緑色のしみからの分離平

中央下部

中央下部

しっくいに空いた穴②

しっくいに空いた穴③

しっくいに空いた穴④

特記事項 ゲル状緑のカビ

白いゲル

緑のカビ

濃緑ゲル状

粘着物濃緑

ゲル状濃緑

ゲル状粘状

(白色)桜色真菌

茶とげからの分離平

茶とげからの分離平

黒色物質

中身の黒色

表層の黒色

カビ

Acremonium sp. 1 ○ ○ ○ ○ ○

Acremonium sp. 2 ○ ○ ○

Acremonium sp. 3 ○

Acremonium sp. 4 ○

Acremonium (Gliomastix ) sp. ○

Cladosporium sp. ○ ○ ○

Cylindrocarpon sp. ○

Gliocladium sp. ○

Paecilomyces sp. 1 ○

Paecilomyces sp. 2 ○

Penicillium sp. 1 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

Penicillium sp. 2 ○ ○ ○

Penicillium sp. 3 ○

Phialocephala sp. ○ ○

Trichoderma spp. ○ ○ ○ ○ ○ ○

Unidentified sp. ○

酵母

Yeast-④ ○ ○ ○ ○

Yeast-⑤ ○

Yeast-⑥ ○

K5929 (SIID3994)

西寄り天井南壁

分離源

表1. キトラ古墳 (2005年9月採取サンプル) 菌類(カビ)分離菌株リスト:(2005年10月27日時点).

K5916 (SIID3994) K5906(SIID3994)

K5902 (SIID3994)

北壁 西壁北壁

Page 44: 資料5-13 カビは,Trichoderma sp. (主に2種類,TBK-1(m), TBK-3(m)) その他は, Penicillium sp. (TBK-2(m))が主要なカビとして検出された(写真1,2,3)。いずれも,土壌のなか

色調 表面性状 胞子タイプ 色素産生

カビ

Acremonium (Gliomastix ) sp. olive-yellowish white 羊毛状/菌糸束 湿性 - 高松塚石室内床面 (T4519-5) 分離株と同じ -

Acremonium sp. 1 light orange-pale orange 湿性~ビロード状 湿性 -28S-Acremonium sp. (キトラ石室内分離株K5217/K5225)と同じである可能性が高い。

Acremonium sp. 2 olive yellow-yellow ビロード状 湿性 + (olive yellow PDAで顕著) 初出 匂いあり

Acremonium sp. 3 yellowish white-white ビロード状 湿性 - 初出 -

Acremonium sp. 4 pale red-reddish white ビロード状 湿性 - 初出 -

Cladosporium sp. olive ビロード状 乾性 - 高松塚石室内落下菌 (T4922-1)分離株 sp. 1に類似 -

Cylindrocarpon sp. brown-brownish yellow 羊毛状 湿性 - 28S解析済み-Cylindrocapon sp. (TBT-1/2, TBK-22)と類似 暗褐色の厚膜胞子形成

Gliocladium sp. yellowish white-white ビロード状 湿性 - 初出 -

Paecilomyces sp. 1 dull red-pale red ビロード状~羊毛状 乾性 - 高松塚石室床面 (T4519-7)分離株 sp.1に類似 -

Paecilomyces sp. 2 pale red-reddish white ビロード状~羊毛状 乾性 - 初出 -

Penicillium sp. 1 deep green ビロード状 乾性 - sp. 2 (K5217-2, 4/K5225-16/T4906-8)に類似 -

Penicillium sp. 2 deep green~dark green ビロード状 乾性 - 検討中 -

Penicillium sp. 3 orange white~deep green ビロード状 乾性 ± (yellowish white薄い) 検討中 -

Phialocephala sp. brown-deep orange ビロード状 湿性 + (無色)キトラ石室外天井石表面 (K4910)および小前室 (K5225-12)分離株と同じである可能性が高い。要検討。

仮根の発達が顕著

Trichoderma spp. Dark green-yellowish green 羊毛状 湿性 - 検討中 (EF-1α Group 1に近い) 生育速い

Unidentified sp. yellowish white-white ビロード~羊毛状 湿性 - 検討中 -

酵母 -

Yeast-④ yellowish white-white 平滑~菌糸状 湿性 - 検討中 仮性菌糸形成

Yeast-⑤ white 菌糸状 (ビロード状) 湿性 - 初出 仮性菌糸形成

Yeast-⑥ yellowish white-white 平滑~菌糸状 湿性 - 検討中 -

表2. キトラ古墳 (2005年9月採取サンプル) 菌類(カビ)分離菌株の性状一覧:(2005年10月27日時点).

培養性状昨年度の菌株との比較 (-は今回初出の分離株) 備考

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資料5-5

キトラ古墳の微生物調査についての所見

国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部長 高鳥 浩介

(独)文化財研究所東京文化財研究所からの研究協力依頼で平成17年9月16日特

別史跡キトラ古墳石室(奈良県明日香村)の微生物調査を行った。 同石室内での微生物調査サンプリングは現地の専門係官に採取箇所を依頼して行い,

真菌(カビ酵母)および細菌の微生物検査を実施した。 同石室の温度湿度環境は低温ではあるが高湿度であり,温度は最近3ヶ月で1~2

度上昇し調査時はほぼ17度であり,カビにとってやや生えやすい条件でもあった。調

査時の石室壁面のところどころがゲル状であり,こうした状態が壁画に強く影響を及ぼ

すものと考えられた。また,カビを含めた微生物が生えやすい状況にあり,微生物汚染

が著しくなっている現状を考えると早急に何らかの対応が急がれるところである。

9月16日調査時のキトラ古墳石室の現地調査に合わせて実施した微生物検査結果

の所見をまとめた。 表はキトラ古墳石室10カ所および小前室3カ所から採材した微生物汚染程度を示し

たものである。 表中のサンプル状態は採取された専門係官からのコメントをそのまま表示してある。

汚染程度の表示は以下に基づいて記載した。 +3:著しく汚染 +2:やや汚染 +1:わずかに汚染 -:微生物を認めない なお,「全体」表示は,カビ・酵母の汚染状態を示す。 また,Penicillium および細菌については,汚染程度の表示の下に検出した種類数を

示している。

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キトラ古墳石室の微生物検査結果の要約 (1)ほとんどの石室箇所からカビと細菌が確認された(ただしNo5天井のみ不検出)。 (2)いずれの箇所ともにカビ・酵母・細菌が強く汚染していた。 (3)ある特定される数種類の微生物が汚染していた。つまり多種類の微生物汚染では

なく,石室環境に影響を受けた微生物数種に限られた。 (4)特にカビでは Penicillium が主要汚染カビであり,Penicillium 以外では

北壁:Paecilomyces lilacinus 南壁:Trichoderma が確認された。

(5)北壁と東壁のところどころに Acremonium が確認された。(4)のカビと併せて

いずれも湿性な場所で生えるタイプのカビである。 (6)細菌も強く汚染していた。

汚染している場所として北壁(ゲル状),東壁(ネバネバ)であり,種類は1種

類ではなく数種であった。 (7)サンプリング番号 No.1,2,3,4,6は「ゲル状」と「ネバネバ」であり,

いずれも数種の細菌が確認された。 (8)「ゲル状」および「ネバネバ」物質を直接顕微鏡で確認したところ多量のカビと

細菌の細胞が確認された。

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キトラ古墳

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

北壁

北壁

北壁

北壁

天井

東壁

南壁

南壁

東壁

東壁

小前室

小前室

小前室

丑左下

丑左下

丑左

左上

南側

寅 朱雀上

朱雀

右下

050317-2

石部分

石部分

(ゲル状

乳白色

(ゲル状

透明

(ゲル状

漆喰が黒ずんでいるところ

劣化

茶変漆喰

ネバネバ

(無色

ツブツブ状のもの及び

周辺のネバネバ状のもの

表面にはえている

フワフワ

(綿

)状のカビ

緑色菌糸のあるフワ

ッと

したカビ

ネバネバ

(無色

白い部分

全体 +2 +3 +3 +2 - +2 +3 +3 +3 +2 +3 +3 +1 Acremonium +2 +2 +2 Fusarium +1 Paecilomyces lilacinus +1 +1 +3 +2 Penicillium +2 +3 +1 +1 +3 +3 +3 +1 +3 +1 +1 Penicillium の種類 2 2 1 1 1 1 Trichoderma +1 +3 +3 +3 +2? +1 Verticillium +3 Cylindrocarpon +1 接合菌 +1 酵 母 +2 +1 放線菌 +3 +1 細 菌 +3 +3 +3 +3 +1 +3 +1 - - +3 +2 +2 - 細菌の種類 数種 数種 数種 数種 数種 数種

※PDA培地とSA培地で培養した結果を示す

細菌

測定日:2005.09.16

Sample

カビ・酵母

の右

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資料5-6

2005年9月16日キトラ古墳の微生物調査についての所見

サラヤ株式会社 商品開発本部 研究開発担当取締役,日本防菌防黴学会 理事

古田太郎

■微生物の生育環境としての石室

微生物の生育には適度の水分,温度および栄養が必要であるが,現状の石室を見る限

り,これらの条件を満たしており,微生物の生育に好適な環境であるといえる。

温度:石室内の温度は十数℃であり,環境に存在する細菌,カビ,酵母は十分発育可能

である。

水分:石室内の湿度は 100%であり,微生物の発育に好適である。局所的な温度変動が

あれば(ヒトの出入りなど),結露が起こっていて何ら不思議でない。また,石室内で

見られたネバネバ状物質はバイオフィルムと考えられる。このバイオフィルム中で微生

物(ここでは特にグラム陰性菌)は自身が分泌した多糖類とともに保水した状態で存在

している。湿度 100%の条件下ではバイオフィルム中の微生物は自由に水分を取り込めると

考えてよい。石室内での作業は,結露を招くおそれがある。

栄養:発見以前の栄養状態がどの程度か,またどのような菌相が存在していたか不明であ

るが,発見以降もたらされた栄養分としてはいくつか考えられる。一つは人体からの呼気

であり,有機物の量としてはわずかであっても,結露すれば十分に微生物が発育すること

が可能である。もう一つはパラホルムアルデヒド燻蒸の結果もたらされる有機物の残存で

ある。さらにエタノールなどの消毒剤の残留も考えられるが,それぞれがどの程度,微生

物の発育に寄与しているかどうかは不明である。セルロース系の水溶性ポリマー塗布によ

る補強もされているとのことであるが,ポリマー自身が栄養素となるおそれもある。一例

として,細菌の Pseudomonas は hydroxyethylcellulose(HPEC)などのセルロース系の水溶性

ポリマーを分解する事例が報告されている。

■石室内の微生物制御

石室内は微生物の生育に必要な適度な温度,水分および栄養条件に保たれており,そ

れらの状態を変化させる(温度低下,乾燥,洗浄)ことができないのであれば,外的な

ストレスによる微生物制御しか手段はない。しかし,現場で行える手段として現実性が

あるかどうかの検証が必要である。

バイオフィルムの除去:バイオフィルム中の微生物は殺菌することが困難である。外か

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らの殺菌剤を作用させても,バイオフィルムの内部に潜む微生物まで殺菌剤が到達でき

ない場合がある(拡散)。過酸化水素処理はバイオフィルムの除去に有効と思われる。

微生物はカタラーゼを持っており,過酸化水素を作用させるとバイオフィルム内で酸素

が発生し,それとともにバイオフィルムが除去できる。

殺菌処理:過酸化水素単独でもある程度の殺菌効果はあるが,根絶させるには,アルコ

ール処理が有効と思われる。過酸化水素のアルコール溶液も使用できるのでは。アルコ

ールは細菌芽胞を除くすべての微生物に有効であり,低濃度の場合を除き,耐性菌の出

現は報告されていない。

防菌防黴処理:カビの菌糸は壁面の内部にまで存在していることがある。表面だけの処

理では限界がある。高湿度条件下において,バイオフィルムを形成する菌(例えば,グ

ラム陰性菌)に有効な薬剤として Kathon CG の利用も一つの方法である。また,細菌や

カビの多くはアルカリ条件下で発育が困難であり,石室内の床を含め,アルカリ性を高

めることも有効であると考えられる。

いずれの手段をとるにせよ,壁画そのものに悪影響を与えないことを確認しておく必

要がある。微生物制御は一つの手段だけでは成功することは少なく,それらを効果的に

組み合わせることが肝要と思われる。

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資料5-7

2005年10月13日キトラ古墳の調査についての所見

県立広島大学 生命環境学部環境科学科 微生物工学研究室教授

森永 力

(1) 石室内の微生物の状況について 石室内のカビは,Trchoderma, Penicillium, Aspergillus が主要なものであった。壁

の粘性部分については杆菌が多数見られた。壁のべたべたした部分からは,Sphingomonas

と Pseudomonas が分離された。Sphingomonas や Pseudomonas はバイオフィルムを作る菌と

してよく知られており,Sphingomonas は多糖を作ることでも知られている。 (2)現在,石室内に微生物が多くみられている要因について 石室を開くまでは,暗黒で,石室内の酸素や二酸化炭素も低濃度であり,微生物,特に

カビが生育するにはよい条件とはいえなかったと思われる。そして,開かれたことにより,

大量の空気が供給され,光も注ぐこととなった。また,人による外部からの微生物の持ち

込みもあったと思われる。また,植物の根が岩や漆喰に食い込んでおり,そのまま死滅し

ているところも見られる。自然界の植物の根の周りには,常に根圏微生物が存在し,植物

と共存している。植物の根の周辺には,ホルモンや多糖類なども放出されているので,微

生物にとってはよい栄養源となる。それらをもとにした細菌の繁殖,そして細菌の死骸な

ども他の微生物,カビなどの栄養源となる。カビが生育するとそれを栄養とするダニなど

が繁殖する。今回,漆喰内側にダニが見られたことは,内側にはカビなどが繁殖している

可能性が大きい。 (3) 漆喰の穴について 表面部分には見えなくても,はがされた漆喰の裏側に穴が開いていたということ,小さ

な穴がかなりのスピードで大きくなるということから,漆喰裏側に何らかの原因があると

思われる。石室内部は 100%近い湿度であることから,例えば,雨水が山にしみ,漆喰の裏

側にそのしみた水の流れ道が存在しているのではないか。もちろん大量の水ではないと思

われるが,少量の水がくぼみなどに溜まり,そこに微生物が繁殖し,代謝産物が溜まる。

その代謝産物と漆喰の炭酸カルシュウムが反応して溶けてくるということも考えられる。 (4) 今後の対策の方向性について

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今回,(南壁上部の)漆喰部分の穴について外側から観察したが,広い範囲にわたって

漆喰部分が浮いているのがわかった。ということは,(南壁上部の)漆喰裏側は漆喰を塗っ

た岩盤部と遊離していると思われる。遊離して,落下崩壊することを避けるためのベスト

な方法は,できるだけ早く剥ぎ取り,保存することだと思う。穴の部分から,抗菌性物質

を注入することも考えられるが,すでに浮いている部分には効果がないと思われる。微生

物の栄養とならない合成樹脂などで,遊離,崩壊を防ぐことも考えられる。