5
1 論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 東日本旅客鉄道株式会社 有澤 理一郎 1.はじめに わが国では官民挙げて訪日外国人旅行客の誘致を進めて おり、2013 年には最初の目標である年間 1000 万人を達成 1) し、その後も順調に増加している。 観光需要の増加は輸送の観点でみてもオフピーク時間帯 の需要喚起であり、リテール部門等の売り上げ増も相まっ て鉄道業界にとって好ましいことである。 一方、日本においては(特に都市部において)多数の鉄 道事業者の存在から事業者ごとの出入口の明示、路線案内 が必要な他、自然災害が多発することからこうした情報を いかに的確かつ正確に伝達するかが重要である。 案内の観点からどのような快適な支援ができるか、観光 立国実現のために政府等から求められている内容の紹介と 考察を行った。 2.外国人旅行客と鉄道業界 訪日外国人旅行客誘致施策であるビジットジャパンキャ ンペーンは 2002 年の「経済財政運営と構造改革に関する 基本方針 20022) で打ち出された。 それによれば「国土交通省は、関係府省と協力して、平 14(2003)年度から、外国人旅行者の訪日を促進するグロ ーバル観光戦略を構築し、個性ある日本の文化、自然環境 などの国際PRや、地域の特性、創意工夫を活かした観光 地づくりを推進する」(西暦部分のみ筆者追記)ことが謳わ れた。さらに 2003 1 月には 小泉総理大臣( 当時)は「2010 年に訪日外国人旅行者 1000 万人を目指す」 3) と目標を定め た。 こうしたことから国土交通省はグローバル観光戦略 4) 策定した。作成したパンフレット 5) によれば「日本を訪れ る外国人旅行者が少ないという現実は、わが国が観光旅行 の訪問先としての魅力に乏しい国と認識されていることの 現れ」と危機感が記されており、「2007 年までの 5 年間で 年間 800 万人台にする」目標も書かれている。 そして、実行に移すための4つの戦略が記されている 戦略1「外国人旅行者訪日促進戦略」の冒頭にビジット ジャパンキャンペーンがある。これに並行してビザ取得の 負担軽減などもあわせて打ち出している。 戦略2「外国人旅行者受入れ戦略」では複数国で使える 多機能 IC カードの記載などがある。 戦略3「観光産業高度化戦略」ではエンターテイメント 施設の充実や企業間連携の強化などが謳われている。 そして戦略4「推進戦略」では官民一体となって推進す ることが謳われている。 これらの戦略のうち、最も進捗しているのがビジットジ ャパンキャンペーンとそれに付随する諸施策であり、快適 な観光を支える環境は着実に進んでいる。 なお、2002 年は日韓ワールドカップ開催の時期であり、 既に先進的な取り組みが行われていた福岡に続いて東京を 含む都市圏で本格的に日英中韓4か国語対応が始まった時 期である。 その後、 SARS の流行(2003 年 )、リーマン ショ ック(2008 )、新型インフルエンザの発生(2009 年)、東日本大震災 2011 年)、日本を取り巻く東アジア外交情勢の変化(2012 年)など訪日観光需要の増加を鈍らせる要素はあったもの の、3年遅れながら 2013 年には年間 1000 万人を達成し、 現在も増加基調である。2015 6 月中旬時点では円安基 調(ただし、2015 6 月に懸案となっているギリシャ債 務問題の動向によっては今後激変する可能性もある)であ るため、海外から見た場合に割安感があることも好調な要 因と思われる。 現在は中国を中心とした旅行客によるいわゆる「爆買 い」の他、大都市圏でのホテル稼働率の高止まり 6) など、 観光需要が日本経済に影響を与えている。 なお、訪日外国人旅行客向けに廉価な乗車券を販売して いる。JR全線乗り放題(条件あり)のジャパンレールパ スを筆頭に期間限定のものを含め各種存在している。 3.インターネット環境 日本における旅行の不満点とされていた 7) 無料 WiFi 整備は各地で進み、携帯電話回線のないタブレット PC みの持参でも地図、美術館や博物館の営業案内などを Web サイトで閲覧することが可能となっている。観光ガイドブ ックも重い時刻表も持参不要である上、母国語対応の詳細 な地図や臨時の休館など最新の情報を得ることも容易であ る。 無料 WiFi サービスの提供方法は種々ある。インフォメ ーションセンター等にてアクセス用の設定(SSID やパス ワードなど)を受け取る方式、初期画面でメールアドレス 等の簡易な登録をする方法、全く設定が必要ない方法など 様々である。また、無料の対象を外国人旅行客に限定して いる場合と、広く開放している場合がある。 図1に観光地(京都)における無料 WiFi の案内例を記 す。 また、かつては有料であったホテルにおけるインターネ ット接続も現在はほとんどが無料であり情報収集の強い味 方となっている。

論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 · トPC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加 えてサポート終了で余剰になったWindowsXP

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 · トPC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加 えてサポート終了で余剰になったWindowsXP

1

論文番号 212

外国人旅行客の快適な移動支援

東日本旅客鉄道株式会社 有澤 理一郎

1.はじめに

わが国では官民挙げて訪日外国人旅行客の誘致を進めて

おり、2013 年には最初の目標である年間 1000 万人を達成

1)し、その後も順調に増加している。

観光需要の増加は輸送の観点でみてもオフピーク時間帯

の需要喚起であり、リテール部門等の売り上げ増も相まっ

て鉄道業界にとって好ましいことである。

一方、日本においては(特に都市部において)多数の鉄

道事業者の存在から事業者ごとの出入口の明示、路線案内

が必要な他、自然災害が多発することからこうした情報を

いかに的確かつ正確に伝達するかが重要である。

案内の観点からどのような快適な支援ができるか、観光

立国実現のために政府等から求められている内容の紹介と

考察を行った。

2.外国人旅行客と鉄道業界

訪日外国人旅行客誘致施策であるビジットジャパンキャ

ンペーンは 2002 年の「経済財政運営と構造改革に関する

基本方針 2002」2)で打ち出された。

それによれば「国土交通省は、関係府省と協力して、平

成 14(2003)年度から、外国人旅行者の訪日を促進するグロ

ーバル観光戦略を構築し、個性ある日本の文化、自然環境

などの国際PRや、地域の特性、創意工夫を活かした観光

地づくりを推進する」(西暦部分のみ筆者追記)ことが謳わ

れた。さらに 2003 年 1 月には小泉総理大臣(当時)は「2010

年に訪日外国人旅行者 1000 万人を目指す」3)と目標を定め

た。

こうしたことから国土交通省はグローバル観光戦略 4)を

策定した。作成したパンフレット 5)によれば「日本を訪れ

る外国人旅行者が少ないという現実は、わが国が観光旅行

の訪問先としての魅力に乏しい国と認識されていることの

現れ」と危機感が記されており、「2007 年までの 5 年間で

年間 800 万人台にする」目標も書かれている。

そして、実行に移すための4つの戦略が記されている

戦略1「外国人旅行者訪日促進戦略」の冒頭にビジット

ジャパンキャンペーンがある。これに並行してビザ取得の

負担軽減などもあわせて打ち出している。

戦略2「外国人旅行者受入れ戦略」では複数国で使える

多機能 IC カードの記載などがある。

戦略3「観光産業高度化戦略」ではエンターテイメント

施設の充実や企業間連携の強化などが謳われている。

そして戦略4「推進戦略」では官民一体となって推進す

ることが謳われている。

これらの戦略のうち、最も進捗しているのがビジットジ

ャパンキャンペーンとそれに付随する諸施策であり、快適

な観光を支える環境は着実に進んでいる。

なお、2002 年は日韓ワールドカップ開催の時期であり、

既に先進的な取り組みが行われていた福岡に続いて東京を

含む都市圏で本格的に日英中韓4か国語対応が始まった時

期である。

その後、SARS の流行(2003 年)、リーマンショック(2008

年)、新型インフルエンザの発生(2009 年)、東日本大震災

(2011年)、日本を取り巻く東アジア外交情勢の変化(2012

年)など訪日観光需要の増加を鈍らせる要素はあったもの

の、3年遅れながら 2013 年には年間 1000 万人を達成し、

現在も増加基調である。2015 年 6 月中旬時点では円安基

調(ただし、2015 年 6 月に懸案となっているギリシャ債

務問題の動向によっては今後激変する可能性もある)であ

るため、海外から見た場合に割安感があることも好調な要

因と思われる。

現在は中国を中心とした旅行客によるいわゆる「爆買

い」の他、大都市圏でのホテル稼働率の高止まり 6)など、

観光需要が日本経済に影響を与えている。

なお、訪日外国人旅行客向けに廉価な乗車券を販売して

いる。JR全線乗り放題(条件あり)のジャパンレールパ

スを筆頭に期間限定のものを含め各種存在している。

3.インターネット環境

日本における旅行の不満点とされていた 7)無料 WiFi の

整備は各地で進み、携帯電話回線のないタブレット PC の

みの持参でも地図、美術館や博物館の営業案内などを Web

サイトで閲覧することが可能となっている。観光ガイドブ

ックも重い時刻表も持参不要である上、母国語対応の詳細

な地図や臨時の休館など最新の情報を得ることも容易であ

る。

無料 WiFi サービスの提供方法は種々ある。インフォメ

ーションセンター等にてアクセス用の設定(SSID やパス

ワードなど)を受け取る方式、初期画面でメールアドレス

等の簡易な登録をする方法、全く設定が必要ない方法など

様々である。また、無料の対象を外国人旅行客に限定して

いる場合と、広く開放している場合がある。

図1に観光地(京都)における無料 WiFi の案内例を記

す。

また、かつては有料であったホテルにおけるインターネ

ット接続も現在はほとんどが無料であり情報収集の強い味

方となっている。

Page 2: 論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 · トPC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加 えてサポート終了で余剰になったWindowsXP

2

図2に部屋内 TV での案内例(ただし SSID とパスワー

ドは写真から消去)を記す。この他、リーフレットによる

説明やフロントでの掲示など案内方法は様々である。

無料のインターネットアクセスにより、定型の案内業務

に要する人手を減らせるメリットが出る。

さらに多言語案内のハードルも下がることを意味する。

特に超多言語対応が要求される場合、固定式サインの記載

には限界があり、多くの情報を盛り込むことは困難である。

クラウド環境の活用による案内をすることでより多くの言

語へ対応することが可能となる。

一方、WiFi よりも広いエリアでインターネット(や通話)

を可能とする携帯電話通信網については離島や山岳部を除

きほぼ日本全国をカバーしている。ただし、リッチコンテ

ンツ時代には厳しい通信総量制限(2015 年 6 月現在、主

要3携帯電話事業者である NTT ドコモ、au、ソフトバン

クはいずれも月間 7GB の通信で規制がかかり、通信速度

が低下する)があり、2003 年頃から提唱された「ユビキタ

ス社会」8)の実現にはまだハードルが残る。

通信料金については日常利用が可能な月額数千円レベル

になったものの、IoT(Internet of Things モノのインタ

ーネット:センサーや機械類同士がインターネット通信を

すること)的な利用に適した価格感(月額 1000 円レベル

もしくはそれ未満)にはまだ至っていない。GPS 等を活用

し、安価に列車の位置を把握することができるトレインロ

ケーションシステム実用化の際には発報頻度 9)やパケット

内容の工夫を行い、通信費の削減を行った。

なお、トレインロケーションシステムでは通信費用の問

題から長期試験を行ったものの本導入に踏み切れなかった

線区が存在する。

通信量の制限についてはヘビーユーザー対策として大

手移動体通信事業者各社が設けている。サービス開始時は

ノーリミットを武器に成長した UQ コミュニケーションズ

も WiMAX2+サービスの本格化に際して追随した。追加料

金を支払えばリミットを解除できるケースも存在する。例

えば NTT ドコモの 4G サービスである Xi の場合、2GB ご

とに税抜 2500 円を支払えば解除可能である。

いずれにしてもサーベイランスやプロモーションなど

のライブ動画利用においては厳しい制限である。

4.一般的な案内について

案内の自動化についても 2002 年頃から将来を見据えた

研究を行っていた。JR 東日本ではフロンティアサービス

研究所を中心に「さわれる案内板(駅周辺等をインタラク

ティブに案内するデジタルサイネージ)」「ルートファイン

ダー(主要な観光地案内と目的地までの列車時刻・乗り換

えの案内)」そして「列車運行情報提供装置」10)などを開発

した。「さわれる案内板」の試験運用がされていた頃はまだ

大形のタッチパネルが珍しく、「さわれる」ことを明示して

いても実際に触って操作されるお客さまは少なかった。

試作機の試験運用などを経て現在は実機が主な駅等に

存在する。特に「異常時案内用ディスプレイ」として JR

東日本が実用化 11)した列車運行情報案内のディスプレイ

は現在、多くの鉄道事業者に普及している。

5.自然災害とその対応

日本は各地に温泉が存在し、宿泊に際しての付加価値と

なっている。風光明媚な場所も各地に数多く存在し、目的

地のみならず車窓など移動そのものも楽しみの一つとなっ

ている。

一方でこれらは自然災害と表裏一体のものである。

風光明媚と自然の脅威は言わばセットであり、海岸の絶

景や美しい渓谷は荒天となれば波浪や洪水となって鉄道設

備に害を及ぼしかねない。温泉と火山は密接な関わりがあ

る他、火山と地震もまた相互に影響を及ぼす。そして、地

震は日本全国いつでもどこでも起きるものである。

本論文執筆中の 2015 年 6 月に浅間山が小規模の噴火を

起こしている他、口永良部島は噴火警戒レベル5、箱根は

大涌谷周辺で噴火警戒レベル3である。

5.1 地震の対応

多くの外国人旅行客にとってなじみが薄いものが地震と

図1 観光地における無料 WiFi 案内例

図2 ホテルにおける無料 WiFi 案内例

Page 3: 論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 · トPC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加 えてサポート終了で余剰になったWindowsXP

3

思われる。外国では通常の自然現象で地震が発生すること

がない場所も多く、地面が揺れることだけで強い恐怖を抱

く可能性がある。

大地震(震度5クラス以上)の場合においては安全な場

所への避難誘導、さらに津波被害の発生が予測される場合

は津波避難ビルなど高い場所への避難誘導も必須であるが

いずれも案内や避難のハード・ソフトの改良や多言語対応

は進みつつある。

5.2 火山災害の対応

火山災害は地震に比べると予兆を把握しやすい。(ただ

し、2014 年 9 月の御嶽山噴火のように予兆がほとんどな

いケースも存在する。)

火山の場合、火山弾や溶岩流、火砕流などの物理的な危

険に加え硫化水素をはじめとした有毒な火山ガスなど化学

的な危険も存在する。対応策は制限区域内に立ち入らない

ことであり、正しい情報が提供されさえすれば比較的容易

である。噴火規模にもよるが地震よりも影響範囲が狭い傾

向にあることもポイントである。

5.3 水害の対応

かつて水害と言えば台風の被害が代表例であったが近年

はこれに加えゲリラ豪雨が多発するようになった。

ゲリラ豪雨の場合、河川が付近にない場合でも浸水被害

が発生するケースがある。特に大都市は地下鉄や地下街、

アンダーパスなどが発達しており、水没に伴う犠牲者が出

る痛ましい事故も起きている。ゲリラ豪雨の予測は 2015

年現在でも困難とされており、事後対処が重要である。

浸水の懸念が発生した場合には速やかに高い場所への移

動を広報する必要があるが、津波対策の案内強化が進むこ

とで、解決が進みつつある。

6.案内

一般的な観光案内、乗換案内については案内サイネージ

類の充実により情報を容易に入手できるようになった。こ

れらの多くが英語にも対応している。加えてインターネッ

ト環境の充実により Web サイトへのアクセスも容易にな

りつつある。

一方で災害関連など安全情報についてはどちらかと言う

とネガティブな情報と言うこともあり、一部にとどまる。

こうした案内情報の一例として、箱根についての注意書

きが japan-guide.com に記載 12)されている。

6.1 案内のタイミング

案内のタイミングは日本入国時が一番分かりやすいもの

と思われる。

初めての訪日旅行客向け案内に「日本の家屋では靴を脱

いで上がる」「チップは不要」「水道水は飲用可能」「免税対

象商品の拡大」など日本滞在時の常識やおトク情報などと

あわせて安心・安全情報を案内すると注目されやすいもの

と思われる。

案内方法は紙(ポスター)、ホワイトボード、サイネー

ジなど様々である。

かつてサイネージ類は高価であったが、現在はタブレッ

ト PC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加

えてサポート終了で余剰になった WindowsXP の PC をス

タンドアロンで案内表示に活用することで廉価に案内をす

ることができる。

6.2 Web 活用の考察

インターネット接続環境が充実してきた今日、Web ベー

スでの案内も十分役立つものになっている。

Web ベースによる案内は即時性に加え、比較的容易に発

信ができるところに特徴がある。

Web での情報提供にも様々な方法がある。表1に Web

での情報提供方式とメリット・デメリットを記す。

表1 Web での情報提供方式とその得失

提供方式 メリット デメリット HTML (1)作成が容易

(2)管理が容易 (3)互換性が高い

(1)見栄えに劣る (2) インタラクティ

ブ性に劣る Adobe Flash活用

(1)見栄えが良い (2)インタラクティブ性

に優れる (3)動画との高い親和性

(1)作成には一定のリ

テラシーを要する (2)非対応のブラウザ

ーが存在( iOS 系な

ど) HTML5 (1)見栄えが良い

(2)インタラクティブ性

に優れる (3)将来のスタンダード

となる見通し

(1)作成には一定のリ

テラシーを要する (2)古いブラウザーは

非対応

SNS、 ブログ

(1)作成が容易 (2)管理が容易 (3) インタラクティブ

性に極めて優れる

(1) SNS やブログの

サービス提供会社の

意向を無視できない

(ポリシー、広告表

示等) (2)不意のサービス停

止・終了の恐れ (3)企業によりセキュ

リティーポリシーや

プライバシーポリシ

ー等に不適合

メール (1)作成が容易 (2)互換性が高い(メー

ルが受信できる端末は

ほとんどが対応可能) (3) インタラクティブ

性に優れる (4)少ないデータ量によ

り低い通信コスト

(1)見栄えに限界があ

る (2)動画や音声の対応

が困難 (3)提供先のメールア

ドレスの取得が必要

通信輻輳が懸念される状況(特に震災時)であればデー

タ容量が少ないメールが有効である。

ただし、情報提供先のメールアドレスを取得する必要が

あり、利用者側には登録の手間が発生する。加えて、取得

したメールアドレスを適切に管理するなど、管理・運用上

の手間が発生する。

Page 4: 論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 · トPC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加 えてサポート終了で余剰になったWindowsXP

4

手軽であり、かつ見栄えとインタラクティブ性を追求し

た場合は SNS やブログが最善策である。情報提供を重視

し、フィードバックも必要なケースではブログ、双方向性

を重視する場合は SNS が最適な選択となる。

SNS やブログの活用が難しい場合は Web 活用時の初期

技術である HTML 活用が最適である。

いわゆるホームページ作成ソフトがない、あるいは企業

のセキュリティーポリシーからそのようなソフトのインス

トールや利用を禁止・制限されている状況であっても、

HTML タグなどの知識があれば Windows のメモ帳など

OS 付属のテキストエディターで作成できる他、ワードプ

ロセッサーなどから HTML へ変換することも可能なケー

ス(Microsoft Word など)がある。

HTML は内製ができるなどプロトタイプ運用やスモー

ルスタートと言う観点で優れている。

加えてブラウザーの互換性が高く、PC、携帯電話、スマ

ートフォン、タブレット端末のいずれにおいてもレイアウ

トは別として閲覧が可能である。

HTML で作成したテスト用の同一コンテンツ(文字+写

真、誰でも閲覧可能な Web に UP したため災害情報ではな

く観光情報にしている)を図3に PC(Internet Explorer)

で、図4に携帯電話(フィーチャーフォン)で表示した例

を記す。単純な HTML であれば、どのような画面スタイ

ルでも最低限の情報は提供可能である。

ただし、閲覧数の要となる見栄えには課題が残る。また、

ワードプロセッサーから変換した HTML ファイルの場合、

Web での閲覧を必ずしも考慮したものではないため互換

性の面で問題が出るケースがある。

画面サイズなどに応じた作り込みをすると見栄えは良

くなるか閲覧端末ごとに別々のページが必要になり、それ

だけ管理が困難になる。専任の担当者を置くことが困難な

鉄道事業者にとっ

ては極めてハード

ルが高いことを意

味する。

なお、SNS やブ

ログにおいては多

くの場合、情報提供

者側が意識しなく

とも PC などの大

形画面とスマート

フォンなどの小型

画面の両対応にな

っていることが多

く、この点で管理は

容易である。また、

見栄えについても

元から吟味されて

いる上にカスタマ

イズもでき、媒体としての訴求力は高い。

案内ではないが、ブログで鉄道会社の窮状を訴えたとこ

ろ、副業の商品が品薄になるなど社会的な反響をもたらし

た例も存在する。

PC での閲覧に重点を置いた場合、見栄えを重視した場

合は Adobe Flash の活用が一般的である。ただし、日本で

普及している iPhone に搭載している iOS は Flash 非対応

であるため、将来的には HTML5 へ移行するものと思われ

る。

表1には掲載していないが、3次元での案内と言う概念

も存在する。

バーチャル空間でのプロモーションや情報提供を目指

し、アメリカのリンデンラボが提供するセカンドライフと

呼ばれるサービスが 2007 年頃に日本で一時流行 13)した。

百貨店や銀行がバーチャル空間に「支店」を設置するなど、

盛り上がりを見せた時期があった。JR 東日本グループで

もジェイアール東日本コンサルタンツが実験的にコンテン

ツを設置 14)していた。

しかし、仮想 3D 空間の移動と言う操作性に癖があるこ

と、それに起因してスマートフォンとの親和性に難がある

ことから、2015 年現在は情報提供手段としては考慮されて

いない。

セカンドライフでの試行錯誤は 3D 空間を用いた案内シ

ステムは時期尚早との示唆をもたらしたと考える。一方で、

コンピューターを扱う知識や作法(リテラシー)やデバイ

スに変化が出た場合(例えばメガネ型のウェアラブル端末

の一般化など)には再挑戦する価値があることも同時に示

唆している。

なお、セカンドライフのサービス自体はブームから 8 年

を経た 2015 年 6 月現在も健在であり、バーチャル空間で

の生活を楽しむ本来のコンセプトを維持している。

図3 PC での表示例

図4 携帯電話での表示例

Page 5: 論文番号 212 外国人旅行客の快適な移動支援 · トPC など、処理部を持つ表示デバイスも豊富である。加 えてサポート終了で余剰になったWindowsXP

5

6.3 留意点

SNS など双方向コミュニケーションを行う場合にはプ

ライバシーに留意する必要がある。

特に外国人旅行者には宗教に起因するタブーがあり、的

確な案内をする必要がある。一方で宗教は個人情報保護法

によれば「センシティブ情報」であり、みだりに取得すべ

きではないもの(個人情報保護に関する JIS 規格である

JIS Q 15001 では収集禁止)である。

特に東南アジアの経済成長に伴い、今後はアジアのムス

リム(イスラム教徒)の訪日旅行客が増えると予想される。

このため、あらかじめ豚とアルコールを避けた仕様(本来

は宗教の教義に適合した「ハラル」であることが望ましい

が、日本での認証体制はこれからである)の設備が進むと

思われ、同時に案内も重要になる。

7.まとめと展望

西欧諸国は長い歴史がはぐくんだ文化と相まって観光資

源に恵まれ、観光立国として機能している。

日本についても同様に長い歴史と東洋文化と西洋文化

の融合・咀嚼による独特な文化があり、世界へアピールで

きる要素は存在する。

安全・安心で快適な観光を支援するために、垣根を越え

たオールジャパン体制で今後もおもてなしを図る必要があ

る。このために案内はますます重要になる。

観光立国実現のために求められる要望は各事業者にとっ

てコスト・運営の面等でハードルがあるが、実現可能なも

のを洗い出し、連携してサービスレベルを上げていく必要

がある。

今回は自然災害を中心とした案内に焦点を当てたが、本

論文執筆時の日本は梅雨である。快適な観光をする上では

傘を差さずに済む仕組み(ハード整備のみならず屋内の経

路案内や傘を差さずに楽しめる観光地案内なども)など、

新たな視点での快適移動についての考察も進めたい。

参考文献

1) 日本政府観光局 訪日外客数の動向

http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/tourism_data/visitor

_trends/index.html

2) 経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2002

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizai/tousin/020621f.h

tml

3) 中小企業庁 Web サイト

http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H26/h26/

html/b2_1_2_2.html

4) 国土交通省 グローバル観光戦略

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha02/01/011224_3/01122

4_3.pdf

5) 国土交通省 グローバル観光戦略パンフレット

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/01/010129/010129.p

df

6) NHK 特報首都圏「ビジネスホテルが取れない ~都心の

宿泊困難 解決策は~」2015.6.19 放送

http://www.nhk.or.jp/tokuho/program/150619.html

7) 観光庁 外国人旅行者の日本の受入環境に対する不

便・不満

http://www.mlit.go.jp/common/000205584.pdf

8) 総務省 世界に拡がるユビキタスネットワーク社会の

構築

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h

16/pdf/index.html

NTT ドコモ Xi 料金プラン

https://www.nttdocomo.co.jp/charge/bill_plan/xi/

9) 有澤理一郎、高橋竜也、井之本渉、鈴川尚毅:五能線ト

レインロケーションシステムの開発 2008 年サイバネ・シ

ンポジウム論文 2008.11

10) 角田史記、栁澤 剛 運行情報の提供に関する研究・開

発 JR EAST Technical Review No.16

https://www.jreast.co.jp/development/tech/pdf_16/Tech-1

6-65-71.pdf

11) JR 東日本プレスリリース 首都圏主要駅の改札口に

異常時案内用ディスプレイを設置します。

https://www.jreast.co.jp/press/2006_2/20061205.pdf

12) japan-guide.com 箱根

http://www.japan-guide.com/e/e5200.html

2015 年 6 月 29 日閲覧

13) 東洋経済オンライン

セカンドライフが返り咲く日は来るのか?

http://toyokeizai.net/articles/-/12859

14) 土木学会 インターネット放送技術の研究

3.3 セカンドライフを使った三次元表現の可能性

http://committees.jsce.or.jp/cceips05/system/files/H20 報

告書_v06.doc

なお、この報告書にはセカンドライフの特徴やできること

が簡潔に記されている。また、当時流行した用語(Web2.0

など)も垣間見え、興味深い。