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89 子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点− はじめに 貧困な家庭と子どもの問題が注目されるな か、子どもの貧困対策推進法が制定され(厚労 省2013)、子ども期に貧困を経験した子どもへ のハイリスクアプローチとして学習支援が実施 されている。 各自治体では、生活困窮世帯の子どもへの学 習支援に取り組み、先駆けとして釧路市や他の 実践例がある。既存研究として、学習支援によ る子どもの自尊感情や自己肯定感への影響を捉 え、子どもの内面の変化に学習支援がどのよう に影響したのかという知見がある。しかし、自 分の生活をつくり出す主体としての子どもへの 自立支援という観点から、子どもと子どもの自 立を育む家庭(保護者)との関わりに、学習支 援でどのように支援したのかという検討は少な いと考える。子どもへの自立支援を学習支援で するために、どのような働きかけが、支援者に は求められるのかという面から知見の蓄積は未 だ多くない。 生活困窮世帯の子どもへの学習支援におい て、支援に関わる生活保護課ワーカーや教育支 抄 録 子どもの貧困に対する学習支援 −−支援の視点−− Educational support for poor children ---- The standpoint of Support Staffs and Case Workers ---- 教育学科(特任) 三 沢 徳 枝 生活困窮世帯の子どもへの学習支援において、自分の生活をつくり出す主体としての子どもへの自 立支援という観点から、どのような働きかけが支援に関わる生活保護課ワーカーや教育支援員(以下、 支援者)には求められるのか。さらに支援者は、子どもと子どもの自立を育む家庭(保護者)とどう関 わり、どのように支援したのかという研究の蓄積は多くない。 本研究では、支援者へのインタビューをSCAT法で分析し、子どもや保護者にどのように関わり、 支援の内容と方法を確定して、結果をどのように捉えているのか、支援の視点を示した。 結果として、支援者は、保護者には子どもをケアする余裕がないと捉え、相談支援を行った。また 支援者は、子どもの自立を支援する内容に、子どもの意見や感想を取り入れ、子どもが主体的に動け るように関わった。支援者は、子どもを受け入れ、褒めて、家族以外の人と接する機会をつくり、対 人関係や社会性を身につけさせることが必要だったことが分かった。 Key Words:子どもの貧困 学習支援 青年期 自立

子どもの貧困に対する学習支援 −−支援の視点−− · 1)分析例 ワーカーと支援員が子どもとどのように関わ り、学習支援を行ったのか、それぞれの立場の

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子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点−

はじめに 貧困な家庭と子どもの問題が注目されるなか、子どもの貧困対策推進法が制定され(厚労省2013)、子ども期に貧困を経験した子どもへのハイリスクアプローチとして学習支援が実施されている。 各自治体では、生活困窮世帯の子どもへの学習支援に取り組み、先駆けとして釧路市や他の実践例がある。既存研究として、学習支援による子どもの自尊感情や自己肯定感への影響を捉

え、子どもの内面の変化に学習支援がどのように影響したのかという知見がある。しかし、自分の生活をつくり出す主体としての子どもへの自立支援という観点から、子どもと子どもの自立を育む家庭(保護者)との関わりに、学習支援でどのように支援したのかという検討は少ないと考える。子どもへの自立支援を学習支援でするために、どのような働きかけが、支援者には求められるのかという面から知見の蓄積は未だ多くない。 生活困窮世帯の子どもへの学習支援において、支援に関わる生活保護課ワーカーや教育支

 抄 録

子どもの貧困に対する学習支援−−支援の視点−−

Educational support for poor children ---- The standpoint of Support Staffs and Case Workers ----

教育学科(特任) 三 沢 徳 枝

 生活困窮世帯の子どもへの学習支援において、自分の生活をつくり出す主体としての子どもへの自立支援という観点から、どのような働きかけが支援に関わる生活保護課ワーカーや教育支援員(以下、支援者)には求められるのか。さらに支援者は、子どもと子どもの自立を育む家庭(保護者)とどう関わり、どのように支援したのかという研究の蓄積は多くない。 本研究では、支援者へのインタビューをSCAT法で分析し、子どもや保護者にどのように関わり、支援の内容と方法を確定して、結果をどのように捉えているのか、支援の視点を示した。 結果として、支援者は、保護者には子どもをケアする余裕がないと捉え、相談支援を行った。また支援者は、子どもの自立を支援する内容に、子どもの意見や感想を取り入れ、子どもが主体的に動けるように関わった。支援者は、子どもを受け入れ、褒めて、家族以外の人と接する機会をつくり、対人関係や社会性を身につけさせることが必要だったことが分かった。

Key Words:子どもの貧困 学習支援 青年期 自立

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佛教大学教育学部学会紀要 第16号(2017年3月)

援員が、子どもと保護者に対してどう関わったのかという具体的な働きかけを分析し、支援方法と内容、支援の結果を明らかにする必要がある。

1 目的 生活困窮世帯の子どもへの学習支援で生活保護課ワーカーと教育支援員は、子どもや保護者にどのように関わり、支援の内容と方法を確定して、支援の結果をどのように捉えているのかを示すことを目的とする。なお、子どもとは、学習支援に参加した中学生と高校生であり、支援者とは生活保護課ワーカー(以下、ワーカー)と教育支援員(以下、支援員)の両方を表す。

2 方法(1)調査の方法 自治体BとCの生活困窮世帯の子どもへの学習支援を取り上げる。本研究では、自治体BとCの生活保護課ワーカー4名(男性3名、女性1名)と教育支援員2名を対象に、2011年11月〜 2012年12月に半構造化面接でインタビュー調査を行った。ICレコーダーに記録後、逐語

化しデータとした。 対象者には、インタビューガイドに捕らわれず流れに任せて自由に語っていただくよう心がけた。インタビュー項目は①学習支援の実施状況、②学校との連絡や学校への説明、③被保護者や子どもの希望、④学習支援の評価、⑤不参加の原因の把握、⑥今後の展開等の内容で構成した。倫理面への配慮 大阪府立大学大学院人間社会学研究科研究倫理委員会の審査を申請し承認を得て実施した。

(2)分析方法 本研究では、SCAT法(Step for Coding and Theorization)を用いた。SCAT法は大谷(2008)により提案された質的データ分析の手法である。まず、言語データをセグメント化し、①着目すべき語句、②言い換えるためのデータ外の語句、③それを説明する語句、④そこから浮かび上がる構成概念の4ステップコーディングを行う。 SCAT法を選択した理由は、インタビューデータを基に言い換える作業を行うことで、表面的な言葉に隠された意図や感情を浮き上がら

2)ストーリーライン

SCAT法では、構成概念からストーリーラインを述べる。ワーカーと支援員別々に構成概念からストーリーラインを記述し、表 2に示した。

表1 分析例番号 発話データ <1>テクスト中の注目すべき語

句<2>テクスト中の語句の言いかえ

<3>左を説明するようなテクスト外の概念

<4>テーマ・構成概念(前後や全体の文脈を考慮して)

ワーカーC

 私も毎月家庭訪問をしているわけではないので、その都度その都度の細かい変化までは、現状ではちょっと恥ずかしい話なのですが十分把握できていない部分があるのですが、細かい動きとかも結構教えてくれたりするので、そういった部分は有難いです。

その都度その都度の細かい変化までは、現状ではちょっと恥ずかしい話なのですが十分把握できていない部分があるのですが、

家庭訪問では細かく現状がつかめない

ワーカーは家庭訪問だけでは今起きている変化までつかめない

子どもや保護者の変化がつかめない

支援員E

 できるだけ声を大きめにしゃべってね、子どもの長所なんか語るとき、うんと大きい声でしゃべってね、じゃあ待ってるからね、とお伝えください、とわざわざ聞こえるようにね。

子どもの長所なんか語るとき、うんと大きい声でしゃべってね、じゃあ待ってるからね、とお伝えください、とわざわざ聞こえるようにね

子どものいいところを強調して保護者に言う

子どものいいところを保護者に気づかせる

長所に気づかせる

表1 分析例

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子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点−

せていく可能性があるからである。さらに、見出した構成概念からカテゴリーとコアカテゴリーを生成した。結果はコアカテゴリーごとに構成概念と語りから説明する。1)分析例 ワーカーと支援員が子どもとどのように関わり、学習支援を行ったのか、それぞれの立場の違いから関わり方も異なる。そのため、別々に

コード化を行った。表1に分析例を示した。2)ストーリーライン SCAT法では、構成概念からストーリーラインを述べる。ワーカーと支援員別々に構成概念からストーリーラインを記述し、表2に示した。

3 分析結果と考察 表3に示した通り、構成概念から抽出したカ

【】は構成概念を示す 3 分析結果と考察

表3に示した通り、構成概念から抽出したカテゴリーから、〔状況がつかめない〕、〔子ども

の向こうにいる家族を意識したアプローチ〕、〔生活の見通しをつかむ支援〕、〔言語化し主体

的に動ける支援〕、〔支援の結果〕、〔ワーカーと支援員の感じる障壁〕の 6つのコアカテゴリーを見い出した。 学習支援を始めた頃は、支援員やワーカーは、子どもや保護者の〔状況がつかめない〕ため、相

互に情報共有しながら〔子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ〕によって支援の内容

と方法を模索し、子どもの意見を取り入れ、支援者間の協議によって支援の内容を確定していっ

た。支援員は、子どもに対して〔生活の見通しをつかむ支援〕と〔言語化し主体的に動ける支援〕

表2  ワーカーと支援員のストーリーライン

支援員は【学校以外で支援の必要な子どもが多い】として、【家庭の事情がある】が【生活保護世帯は閉じている】ので【学習の経緯がわからない】と感じた。また【子どもは目的意識がない】ことや【勉強が出来ないことを知られたくない】様子が見られた。そこで【参加者が一体感を持てるようにする】ことと【子どもとの関係をつくる】ことから始めた。その中で【子どもや保護者の現状を知る】ようにしたが、【子どもは自分の気持ちが言えない】、一方で【保護者は子どもの努力を認めることができない】ので、【保護者は将来の話ができない】と見た。そこで子どもには家庭でできない【話を聞かせる】ことや、身近な【モデルを見せる】ように働きかけた。また、保護者に子どもの【長所に気付かせる】ようにしつつ、子どもの【つまずきに寄り添う】ように支えた。さらに支援を【続けさせる】ために子どもに【出口の見える段取りを用意する】支援をした。そして子どもには【伝える力を身につけさせる】ことや【社会に訴えていく力をつけさせる】ように関わった。子どもに【学習支援を活用させる】ことで【目的意識を持たせる】ように働きかけた。しかし、【役所の制約がネックになる】ことや【縄張り意識が連携を阻む】と感じ、【人員が足りない】ことや【支援者の関わり方の差】がある。また【親への相談支援の必要がある】ことや、【参加者が相互に関わるプログラムが必要】であるが、【生活指導ができない】と感じている。

ワーカーは【子どもの意欲が低い】ことや【学校生活に適応できていない】として、【子どもの就労支援が難しい】と感じていた。また【親子で切り離せない問題がある】ことや【保護者の子どもへの期待感に差がある】、さらに【高校無償化による変化】もあり、【子どもの情報や世帯の細かい変化がわからない】とした。ワーカーは【家庭訪問で情報提供をする】過程で【子どもや保護者のニーズを感じ取る】ことがあった。学習支援を【手探りで始める】中で、【引きこもりの子どもに情報提供する】こともある。様々な支援の過程で【支援員と情報共有する】ようになり、【学生ボランティアは支援員と子どもの仲介役】となって、支援者間で【学校、子ども、保護者と相談する】仕組みができた。こうした【支援者間の協議で支援状況を確認】して、【子どもが自立して社会参加する力をつける】、また【親を扶養できる力をつける】ために【個別のやり直し指導をする】ようになった。さらに【子どもの変化を丁寧に見る】ように関わり、【子どもの意見や都合で支援内容を変更】している。学習支援で【子どもは夢をあきらめない】ようになり【勉強以外で大きな力を得た】と感じている。また【保護者の生活を変えた】として【子どもの変化が保護者を変えた】と見ている。しかし、【直接学校と支援員のやり取りはない】等の【学校との協力関係をつくることが課題】であり、【専門機関との連携はない】とした。

表2 ワーカーと支援員のストーリーライン

支援員は【学校以外で支援の必要な子どもが多い】として、【家庭の事情があ る】が【生活保護世帯は閉じている】ので【学習の経緯がわからない】と感じ た。また【子どもは目的意識がない】ことや【勉強が出来ないことを知られたく ない】様子が見られた。そこで【参加者が一体感を持てるようにする】ことと 【子どもとの関係をつくる】ことから始めた。そのなかで【子どもや保護者の現 状を知る】ようにしたが、【子どもは自分の気持ちが言えない】、一方で【保護 者は子どもの努力を認めることができない】ので、【保護者は将来の話ができな い】と見た。そこで子どもには家庭でできない【話を聞かせる】ことや、身近な 【モデルを見せる】ように働きかけた。また、保護者に子どもの【長所に気付か せる】ようにしつつ、子どもの【つまずきに寄り添う】ように支えた。さらに支 援を【続けさせる】ために子どもに【段取りを用意する】支援をした。そして子 どもには【伝える力を身につけさせる】ことや【社会に訴えていく力をつけさせ る】ように関わった。子どもに【学習支援を活用させる】ことで【目的意識を持 たせる】ように働きかけた。しかし、【役所の制約がネックになる】ことや【縄 張り意識が連携を阻む】と感じ、【人員が足りない】ことや【支援者の関わり方 の差】がある。また【親への相談支援ができない】ことや、【参加者が相互に関 わるプログラムができない】であるが、【生活指導ができない】と感じている。

ワーカーは【子どもの意欲が低い】ことや【学校生活に適応できていない】とし て、【子どもの就労支援が難しい】と感じていた。また【親子で切り離せない問 題がある】ことや【保護者の子どもへの期待感に差がある】、さらに【高校無償 化による変化】もあり、【子どもの情報や世帯の細かい変化がわからない】とし た。ワーカーは【家庭訪問で情報提供をする】過程で【子どもや保護者のニーズ を感じ取る】ことがあった。学習支援を【手探りで始める】なかで、【引きこも りの子どもに情報提供する】こともある。様々な支援の過程で【支援員と情報共 有する】ようになり、【学生・ランティアは支援員と子どもの仲介役】となって、 支援者間で【学校、子ども、保護者と相談する】仕組みができた。こうした【支 援者間の協議で支援状況を確認】して、【子どもが自立して社会参加する力をつ ける】、また【親を・・できる力をつける】ために【個別のやり直し指導をす る】ようになった。さらに【子どもの変化を丁寧に見る】ように関わり、【子ど もの意見や都合で支援内容を変更】している。学習支援で【子どもは夢をあきら めない】ようになり【勉強以外で大きな力を得た】と感じている。また【保護者 の生活を変えた】として【子どもの変化が保護者を変えた】と見ている。しか し、【直接学校と支援員のやり取りはない】等の【学校との協力関係をつくるこ とが課題】であり、【専門機関との連携はない】とした。

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佛教大学教育学部学会紀要 第16号(2017年3月)

表3 カテゴリー構成概念コアカテゴリー カテゴリー 構成概念 対象者

状況がつかめない

閉鎖的で入り込めない

学校以外で支援の必要な子どもが多い 支援員家庭の事情がある生活保護世帯は閉じている学習の経緯がわからない

子どもや保護者の変化がつかめない

子どもの意欲が低い ワーカー学校生活に適応できていない子どもの就労支援は難しい保護者の子どもへの期待感に差がある高校無償化による変化*親子で切り離せない問題がある子どもの情報や世帯の細かい変化がわからない

子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ

子どもと保護者の生活を肌で感じる家庭訪問で情報提供をする子どもや保護者のニーズを感じ取る

子どもと関係者からの情報と併せて方向を模索する

手探りで始める引きこもりの子どもに情報提供する支援者と情報共有する学校、子ども、保護者と相談する学生ボランティアは支援員と子どもの仲介役

子どもの居場所をつくる

子どもは目的意識がない 支援員勉強が出来ないことを知られたくない子どもとの関係をつくる参加者が一体感を持てるようにする

子どもや保護者の状況を聴く

子どもは自分の気持ちが言えない保護者は子どもの努力を認めることができない保護者は将来の話ができない子どもや保護者の現状を知る

支援内容を確定

支援者間の協議で支援状況を確認 ワーカー子どもが自立して社会参加する力をつける親を扶養できる力をつける個別のやり直し指導をする

支援内容の精査子どもの意見や都合で支援内容を変更子どもの変化を丁寧に見る

生活の見通しをつかむ支援

見せる話を聞かせる 支援員モデルを見せる

試させる続けさせる段取りを用意する

良い体験に転換させる長所に気付かせるつまづきに寄り添う

言語化し主体的に動ける支援意思の言語化を促す

伝える力を身につけさせる社会に訴えていく力をつけさせる

主体的な行動を促す目的意識を持たせる学習支援を活用させる

支援の結果保護者は生活を見直す

保護者の生活を変えた ワーカー子どもの変化が保護者を変えた

子どもは見通しを持つ子どもは夢をあきらめない勉強以外で大きな力を得た

支援員の感じる障害

役所の制約や縦割り意識役所の制約がネックになる 支援員縦張り意識が連携を阻む

支援者間の温度差人員が足りない支援者の関わり方の差

親支援や生活指導の権限がない親への相談支援ができない生活指導ができない

ソーシャルワークの専門性がない 参加者が相互に関わるプログラムができない

ワーカーの感じる障害 学校や他の専門機関と連携ができない直接学校と支援員のやり取りはない ワーカー専門機関との連携はない学校との強力関係をつくることが課題*データを収集した当時は高校は無償だった

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子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点−

ワーカーの感じる障壁

状況がつかめな

い子どもの向こうにある家族を意識したアプローチ

ワーカー

子どもや保護者

の変化がつかめ

ない

支援員

ソーシャルワー

クの専門性が

ない

支援員の感じる障壁

図1 支援者と当事者が手探りで模索しながら見通しをつかむ支援

影響する方向

ワーカーによる支援

支援のプロセス

支援員による支援

相反する影響の方向

意思の言語化を促す

主体的な行動を促す

役所の制約や縦

割り意識

支援者間の温度差

親支援や生活

指導の権限が

ない

       試

せる   

 良い体験に転換させる

       見

せる

生保世帯は閉鎖

的で入り込めな

子どもの居場所

をつくる

子どもや保護者の

状況を聴く

子どもと保護者

の生活を肌で感

じる

支援の結果

学校や他の専門機関

と連携ができない

子どもは見通しを持つ

保護者は生活を見直す

生活の見通しをつかむ支援

言語化し主体的に動

ける支援

子どもと関係者

からの情報と併

せて方向を模索

支援の内容の確定

支援の内容の

精査

子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ

閉鎖的で入り

込めない

試させる

子どもと

関係者か

らの情報

と併せて

方向を模索する

支援内容の確定

支援内容の

精査

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佛教大学教育学部学会紀要 第16号(2017年3月)

テゴリーから、〔状況がつかめない〕、〔子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ〕、

〔生活の見通しをつかむ支援〕、〔言語化し主体的に動ける支援〕、〔支援の結果〕、〔ワーカー・支援員の感じる障壁〕の6つのコアカテゴリーを見い出した。 学習支援を始めた頃は、支援員やワーカーは、子どもや保護者の〔状況がつかめない〕ため、相互に情報共有しながら〔子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ〕によって支援の内容と方法を模索し、子どもの意見を取り入れ、支援者間の協議によって支援の内容を確定していった。支援員は、子どもに対して〔生活の見通しをつかむ支援〕と〔言語化し主体的に動ける支援〕で働きかけた。その過程では〔ワーカー・支援員の感じる障壁〕もあった。ワーカーは、子どもと保護者の学習支援による変化を〔支援の結果〕として振り返った。 以上の一連の流れを図1「支援者と当事者が手探りで模索しながら見通しをつかむ支援」とした。 分析結果をコアカテゴリーごとに、カテゴリーと構成概念の関連から説明し、考察を記述する。なお、〔〕はコアカテゴリー、『』はカテゴリーを表し、構成概念は【】を付して示している。インタビューデータの引用については「」により示し、アルファベットと数字は対象者の発話データからの引用を示している。データにはプライバシー保護により、特定できないように最小限の修正を加えた。語りの引用では、正確に表現するとともに、方言や慣用的な表現に読みやすくするために最小限の加工をしている。

(1)〔状況がつかめない〕 支援員は、学習支援を始めた当初、生活困窮世帯は『閉鎖的で入り込めない』と感じ、ワーカーは、『子どもや保護者の変化がつかめない』

としている。このように〔状況がつかめない〕とは、学習支援を開始した頃の支援者が、どのように支援したらよいのか見当がつかない様子を表している。1)カテゴリー:『閉鎖的で入り込めない』 支援員は、「いろんな複雑な背景があるんでしょうかね。不登校のこととか聞こえてきたりとかしたんで(F27−1)」と、【学校以外で支援の必要な子どもが多い】と理解している。また「なかなか子どもたちが来ないっていうんですか、いろいろ事情抱えてる、不登校だったりとか、それから生活保護世帯っていうことであまり外に向けたPR活動みたいのをしてないので、いわば言葉悪いけども、閉ざされた中での動きなので、どんどん来なさいとかそういう働きかけもできないし、また学校とは違うので個人にどんどん入り込むっていうわけにはいかないので、そこはちょっと距離を置きながらっていうことだったので(F2−2)」と語った。参加者には【家庭の事情がある】ことや、学校での子どもや保護者との関わりとは異なることから【生活保護世帯は閉じている】と感じ、【学習の経緯がわからない】と感じていた。こうしたことから支援員は、当初生活保護世帯の子どもとの関わり方に戸惑い、子どもと距離を置いていた。これを『閉鎖的で入り込めない』とした。生活に困窮し社会から孤立した家庭は、人との関係性がつくりにくくなっていることが考えられる。2)カテゴリー:『子どもや保護者の変化がつか        めない』 ワーカーは、子どもが「定時制とかそういう方法も取れないことはないと思うのです。そこは定時制なんかだと本人のかなり強い意志がないと、昼間何もしないで夜だけ定時制に行くというのもやはりそれはどうかという話になるので、昼は仕事をして夜は定時制というのはかなり厳しいと思うので、だからそのへんは正直支

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子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点−

援といっても、仕事を何か、アルバイトでも何でもいいから仕事を見つけてみようかというお話をするくらいになってしまうんです。本人たちに勉強の話をしても全然高等学校に行く気とかはないみたいです(D8−2)」と語り、【子どもの意欲が低い】とした。なかには「生活保護を受けていらっしゃるお子さんで、やはり不登校になっていらっしゃるお子さんとか、不登校とまではいかないけれども、朝起きられなくて昼頃から出ていくとか、やはり正規の学校に行っていらっしゃるお子さんからみると、若干ハンディがあるお子さんが結構多いんです(D6−1)」として、【学校生活に適応できていない】問題を捉えている。従って「こちらとしては、生活保護上でいうと結局進学をしていないということであれば、その能力に見合った活用をという話になった中で、果たして中卒で、しかも失礼ですけれどもきちんと中学校の勉強ができて、就学できたのかということも危ないような状態の人に仕事をしろという支援をしてもかなり難しいというか(D8−1)」と語った。このままでは【子どもの就労支援は難しい】とワーカーの立場で子どもの就労支援を考えている。 またワーカーは、「結局生活保護受ける理由っていうのも人それぞれなので、そこにも依ると思います。当然人の性格っていうのもあると思いますし。なので、そういった部分は本当にバラバラだと思いますね。学習に関する意欲であったりとか、教育に対する考え方っていうのは(A74−1)」として、子どもだけでなく【保護者の子どもへの期待感に差がある】こともあり、進学支援の難しさを示した。その当時【高校無償化による変化】(データ収集時)によって進学への影響が見られる。 ワーカーは、「(親と子どもの問題は)当然切り離せる問題と切り離せない問題があるのですけれども((A15−1)」とする、【親子で切り離せない問題がある】という認識を示した。「私

も毎月家庭訪問をしているわけではないので、その都度その都度の細かい変化までは、現状ではちょっと恥ずかしい話なのですが十分把握できていない部分があるのですが、細かい動きとかも結構教えてくれたりするので、そういった部分は有難いです(C4−1)」と語っている。ワーカーの訪問時には子どもは学校に登校し不在で、子どもの家庭や学校での様子を知らない。家庭訪問だけでは生活保護受給者(保護者)の状況をつかみ切れないことが表れている。このようにワーカーは、【子どもの情報や世帯の細かい変化がわからない】のである。これを『子どもや保護者の変化がつかめない』とした。 本来ワーカーは、対象世帯の生活の状況を世帯単位で把握している。しかし、保護者とは本音の話ができないと感じ、子どもの状況が見えない。ワーカーが子どもに会う頻度は、半年に1回が33%、半年に2〜3回が29.3%である(小林 他2014)。ワーカーは、保護者の要望は聴くが、子どもから要望を聴く機会は少ないと見られる。子どもの成長発達に関する問題や、子どもの希望や学校生活の様子が分からず、子どもにとって必要な情報提供等の対応が十分できない。そのため、ワーカーは、子どもと保護者に接する機会のある支援員からの報告や連絡を必要とすると見られる。 

(2)〔子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ〕 学習支援で子どもと関わる中で、支援員は、

『子どもの居場所をつくる』ことに取り組み、子どもを通して『子どもや保護者の状況を聴く』関わりをした。ワーカーは、家庭訪問で『子どもと保護者の生活を肌で感じる』なか、『子どもと関係者からの情報と併せて方向を模索する』ようになる。そこから『支援内容を確定』し、

『支援内容の精査』をしていっている。〔子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ〕と

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佛教大学教育学部学会紀要 第16号(2017年3月)

は、支援者が、子どもと子どもの背景の家族の状況を把握し、対処する方法を探りながら子どもに関わっていくことを意味する。以下に支援員とワーカーのそれぞれの関わりから〔子どもの向こうにいる家族を意識したアプローチ〕について述べる。1)カテゴリー :『子どもと保護者の生活を肌で        感じる』 ワーカーは、保護者から家庭訪問で「生活上の指導。いわゆる訪問してお話をしたりとか

(A12−1)」と語り、【家庭訪問で情報提供する】とした。「家庭訪問しますし、子どもさんの進学先であったり志望校であったり、あとは三者面談の状況であったりというのを聞き取ってまとめておくというプログラムもあったんです

(A2−1)」というように、家庭訪問や学校の三者面談等での【子どもや保護者のニーズを感じ取る】ようにしている。「実際に担当している者が肌で感じた部分、やっぱりどういったところで困ってるのかなというのを考えた時に、なかなか塾に行くお金というのも捻出できないような家庭ってたくさんありますので、そういったようなニーズというのをケースワーカーが肌でくみ取ったものだと思ってます(B−1)」と語っている。ワーカーは、保護者の話を聴いたり、生活状況を見ている。これを『子どもと保護者の生活を肌で感じる』とした。ワーカーは、子どもと直接関わる機会が少ないが、家庭訪問や三者面談等からの断片的な情報と、どういうところで困っているのかという推察から、子どものニーズを掬い取ろうとしていると見られる。 これまでの子ども支援では、何等かの問題が発生してから、保護や救済という形で支援が行われてきた。この学習支援では、問題に対するニーズではなく、自分ではニーズを明らかにすることが十分にできない子どもに、学習支援が届くように、子どものニーズを汲み取ろうと

ワーカーは考えていると見られる。2)カテゴリー:『子どもと関係者からの情報と        併せて方向を模索する』 ワーカーは、「私も手探りな状態でまったくどういうことをやっているのか分からなかったのですけれどもC1−1)」として、学習支援を

【手探りで始める】。「去年関わったお子さんですと、中学3年生で父子家庭のお子さんだったんですね。お父さんは人工透析をされていて、ご本人も2年生の時引きこもりだったということであまり学校に行けていなくて、本当だったら3年生になって学校に行けていれば良かったのですけれども、なかなか毎日学校に行くのが難しくて。(学習支援には)ちょっと場所が遠かったので直接教室に参加というのは去年のお子さんはできなかったんです。ただその代り、NPOの方がお家のほうに訪問してくださって、ご本人の様子ですとかお父さんに事情を聞いてみたり、そういう支援をしてくださったみたいで。(支援員が)いろいろな情報を持ってきてくださったりということで、関わってくださった(D2−1)」というように、支援員が、不登校の子どもや保護者にアウトリーチで積極的に関わっているとした。このような【引きこもりの子どもに情報提供する】関わりもあった。 一方支援員からは、「支援の先生の提案もあったんですけども、やはり個別指導を行う上で、いってみれば私たち月に2回か3回しかその学習会がないわけなので、その場で4時間、結構長い時間ですけど、4時間顔合わせたからといってそのお子さんの性格をしっかり把握することが出来ないっていう意見があったんですね。個別指導でやはり隣に座って、年の離れた2人で話しながら勉強するというのは、信頼関係が必要であると。そこを構築するのを助けとして、あるいは問題解決の部分として投げっぱなしというか、任せきりではなくて、私たちも情報提供を行って、あるいはお話をしつつやら

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子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点−

なきゃいけないという形で今に至ったものです(A34−1)」として、支援員の提案でワーカーは、【支援員と情報共有する】ようになっていった。 学生ボランティアは、子どもとの関係から【学生ボランティアは支援員と子どもの仲介役】となり、支援員の指導を伝える役割である。ワーカーは、「(学生ボランティアの活用では)接続役になってくれるっていうメリットはあると思います。あるいはどうしても先生一人しかいないので、子どもが一教科に集中すると教えきれなくなっちゃうので、先生の指導を伝える役としてっていう活躍もしていますね(A68−1)」と語り、支援者間の役割分担がされているとした。 支援の過程で、支援員の判断から学校に連絡して、子どもと保護者と話し合う機会があり、ワーカーは、「家庭訪問してそのお話して必要に応じて学校さんと話して、本人さんも交えて話してっていうのがあった(A28−1)」とした。これを【学校、子ども、保護者と相談する】とした。 ワーカーと支援員は、子どもと保護者の情報を共有し、関係者との話し合いを持ち、様々な支援の内容と方法を模索している。これを『子どもと関係者からの情報と併せて方向を模索する』とした。 ワーカーは、支援員と協働で情報共有しながら、支援の在り方を模索している。ワーカー、支援員、学生ボランティアはそれぞれの立場で、それぞれが持つ情報を、共有し協議して、子どもを中心にした支援の方向を定めていると見られる。3)カテゴリー :『子どもの居場所をつくる』 学習支援の実際の場面では、支援員は、「ここの仕組みだと、まず来ないことには教えることできないですし、でも来たからといって目的意識がなければどこをどう教えていいのかですね(F10−3)」と語り、肝心の子どもの学習意

欲がないことを指摘した。このように【子どもは目的意識がない】と見ている。さらに「(子どもは)自分がこれが分からないということ知られたくない、って(E22−2)」として、【勉強ができないことを知られたくない】という子どもの気持ちを知る。支援員は、「向こうから、宿題はここ分かりません、というと、ああ、そうだよ、と教えることができますけどね。そういう基本的には、人間関係ができ上がっていけば物事っていうのは進みますね。それは学校の仕組みでも同じであって、こういう場所でもやっぱり(F10−4)」と語り、【子どもとの関係をつくる】ことから始めている。「引きこもってるよりは(学習支援に)来た方がずっとずっといいですからね(F43−1)」と考え、学校で孤立しがちだったり、社会と関われない子どもとの信頼関係を築こうとしている。それには【参加者が一体感を持てるようにする】ことが必要と考えた。 支援員は、子どもとの信頼関係を築き、将来が見えない状況や不安を受け止め、子どもが学習支援で分からないことを分からないと言えるような場をつくろうとした。これを『子どもの居場所をつくる』とした。 支援員は、学校で疎外され、あるいは家庭でも孤立している子どもがいる現状に対して、学校外で安心して学習できる場をつくろうとした。学校では分からない、できないと言えず、子どもと教師との関わりが少ないということが支援員の語りに表れている。現在では、学校でも家庭でもない居場所をつくることの重要性が認識されている。例えば京都府のひとり親家庭の子どもの居場所づくり事業や、貧困世帯を社会的に包摂するための居場所づくりとして、釧路市の例が見られる。孤立している子どもと保護者を社会に包摂するために、子どもと保護者の話や意見を聴く関わりが支援者に求められている。

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 学習支援を居場所とする木戸口(2010)は、子どもが安心していられて、大人との出会い直しを通して自他への信頼の回復がなされる場という位置づけをしている。本来子ども期に経験し形成しうるはずの基本的生活能力が未形成である(乾2007)。学習支援では大人との関係をつくることを通して、問題を一人で抱え込まず、自他への信頼を取り戻す場としての可能性を含んでいる。4)カテゴリー:『子どもや保護者の状況を聴く』 支援者は、子どもと保護者から話を聴く関わりをしている。ワーカーは、「(お母さんが)やはり下のお子さんの面倒をみてもらわないといけないのでお姉ちゃんに行かれちゃうと困ると言われてしまうと、確かにこちらもそれ以上のことは言えないですし。・・そういう支援があるので少し始めたらどうかという話をした時に、ちょっと今うちは無理みたいというのがお母さんから出て、お話を聞いたらそういう事情だということだったのです。ご本人に聞いても、お母さんがいるところで聞いてしまうので、正直本人の気持ちがどこまでかというのは分からないのです(D7−3)」と語った。子どもは、家事や兄弟の世話を分担しているために、それを代わる者がいないので親が困ることを慮って自分の気持ちを言い表せないとした。これを【子どもは自分の意見が言えない】とした。家庭の状況が困難で、子どもの教育まで考えられないケースもある。 支援員は、「父親がケガして働かなくなって生活保護を受けて、そういう世帯もあったりしたんですけども、結局生活保護をどうしても受けなければならないのかどうか、そういう根が深いっていうか、すごい突っ込んでいけないこういういろんな問題っていうのがはらんでるのかとかって。その家庭の中の子どもなので、やっぱり楽な方がいいですよね。だって働かなくてももらえるんだもん(F34)」と語り、生活保

護を受給する生活が、子どもの勤労意識に影響する要因を含んでいるとした。こうしたケースでは【保護者は将来の話ができない】と支援員は見ている。「親が今の生活が嫌だ、なんとかしなきゃならないって踏ん張っていれば、やっぱり子どもはそれにならっていくでしょうし。おとうさん、おかあさん大変だけども、これだけはしてあげるよとか。生活保護を受けながら車を運転したりとかちゃんといいテレビ見て、その子ども手当を自分がパチンコに使ったりとかしてれば、子どもはやっぱり、なんだろうってひそかに思い(F37−1)」という支援員の語りから保護者の様子が表れている。子どもに対してポジティブに接することができない保護者がいると考えた支援員は、「 (プラス思考で子どもと関わるのは)今のような話はね、家庭に求めれば厳しいと思うのね。(E43−1)」と語った。つまり子どもに対して【保護者は子どもの努力を認めることができない】とした。以上から支援員は、子どもだけでなく保護者の生活状況を知る必要があった。 一方ワーカーは、「(支援員に)一応報告書に生徒さんの様子を結構細かく書いていただいて、こんなふうで、生徒の様子ですとか、・・毎月、月ごとにこういう形の報告書が出てきていますので。あとはこちらで家庭訪問をした時に、昼間なのでなかなかお子さんと会えることが、会えてしまうほうが問題なのですけど、昼間なのでお母さんとお会いして、最近どうですか、というようなことで、こちらのほうにも行っているという話を伺っています、支援員さんとはこういった書類のやり取りでつないだあとは多いです。何か問題があると直接こちらにお電話があって、この家最近連絡が取れないのですけど、ということはあります。順調に逆にいっていると、こちらには直接電話はなくて、こういう報告書で今こんな状態ですというお話をしていただくという感じでしょうか(D3−1)」と語った。

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支援員とワーカーの両方の視点から子どもと保護者の状況を理解している。これを【子どもや保護者の現況を知る】とした。 支援員は、子どもとの関わりを通して、家庭訪問等で保護者の話を聴くなどの関わりを持った。ワーカーは、支援員との間で互いに持っている子どもと保護者の情報を共有して、子どもと保護者の支援に活かしている。 支援員は、ワーカーがつかめない子どもの学習や生活面での状況を、逐次報告し、ワーカーは、支援員の詳細な記録をもとに、家庭訪問で保護者と子どもの話ができるのである。 保護者は、学校以外の場での子どもの様子を知り、子どもに対する複数の視点が得られている。また保護者は、ワーカーや学校の教員と支援員を相手に、子どもの問題を話す対象が増えている。 学習支援の参加者の子どもの中には、貧困、不登校、その他の問題が見られ、これらの困難な状況が複合的に子どもに表れている。そうした状況に置かれた子どもの困難は、子ども自身の問題と、子どもには責任も解決力もないものがある。絡まり積み重ねられた問題を、複数の視点から支援者は見て、ほどいていくような支援が求められる。5)カテゴリー:『支援内容を確定』 学習支援では個別の指導が求められている。ワーカーは、「方法としては、たぶん行って実際に受けたお子さんのお話だとマンツーマンに近い状態、本当に何を聞いても答えてくれる、学校では聞けないような本当に小学生レベルのことを聞いても丁寧に教えてくれるので、それはとても学校よりもよく分かるという話を実際に行ったお子さんに聞いたので。それは良かったねという話ですので、そのへんは高等学校受験というはいうものの、そのくらいまでうまくフォローしていただくのが今後も必要になってくるかと思うんです。・・おそらく中学校レベ

ルの問題が果たして解けるのかどうかというお子さんとかも結構いらっしゃるので、本当にそういう支援を幅広くしていただく必要が今後もあるのかと感じます(D9−3)」と語り、子どもの学力や状況に個別指導の効果をあげている。このように学習支援では【個別のやり直し指導をする】とした。 さらにワーカーは、「子どもさんに勉強してもらって高校に入ってその後生活保護に戻ってくる、いわゆる再生産であったり連鎖であったり、そういったものを防ぐという点では意味があると思いますね。もちろんその子たちが将来的に社会を背負って立つわけですから、そういった部分に送り出す時に、社会に貢献できるような人にあるいは自分が思った通りに社会に参加していくという力をつけていただく意味でも必要なものだと思ってます(A6−1)」とした。学習支援の実践で目指すのは【子どもが自立して社会参加する力をつける】ことである。子どもには将来家族を養えるようになってほしいというワーカーの考え方を示している。ワーカーは、「進学してどういったところに就職して、出来ればね、お母さんお父さんを引き取り扶養してくれるとか。そういうふうなことにいってくれればという理想の元でやってるんですけども(B38−1)」と語り、【親を扶養できる力をつける】ことを目標としている。また「学校さんには給食費の免除とかの関係もあって、生活保護受けてるという情報は多少いってるんだと思うんですね。そういった意味で関係機関として協力してくださいとか指導をお願いしますということで依頼がくることがあります(A11−1)」と語った。支援者と関係機関とのやり取りや、支援員の聴取した子どもの意見や保護者の状況から、個別のケースで学校と協力関係を持ち、【支援者間の協議で支援状況を確認】している。このように支援者間で子どもや保護者の情報を共有し、状況を確認して、子どもが就労

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自立と社会的自立をする目標を持って支援内容を決定し『支援内容を確定』している。 ワーカーは、参加者の子どもの学力や学習意欲の低さに着目しており、子どもが能動的に人と関わる意欲の低さは、生活全般に対する意欲や社会に参加する力の喪失につながる根本問題と捉えていると見られる。そうした面でのやり直しを指導していくことが、単に学力面だけでなく、子どもが自立していくために欠かせないと考える。ワーカーの語りからは、学校等との関係機関で問題を共有していく必要性が表れている。6)カテゴリー:『支援内容の精査』 ワーカーは、「(支援員の所属する)委託NPO法人さんのほうで、学校に行けているのですか、という確認をしてくれたりしています。学校に行けていないという中でも、今この子がどうなのかという、対人関係がちょっと未熟であったりすることもあるのですけれども、リラックスして話ができるようになったとか、そうした細かい部分も評価してもらっているので

(C8−1)」と語っている。このように子どもの細かい変化をすくい取っていくような関わり方をしており、これを【子どもの変化を丁寧に見る】とした。 ワーカーは、アンケートで子どもの意見を聴き、それを学習支援の内容に入れている。「(実施は月に)2回か3回ですね。当初私と先生たちで話し合った時は少ないんじゃないかという声も当然ありました。けど、お子さんたちにアンケートをとった結果ですと、今がちょうどいいというのが一番多かったですね(A59−1」と語った。これを【子どもの意見や都合で支援内容を変更】とした。ワーカーは、支援員からの子どもの報告を通して、子どもが成長していくプロセスを捉えて、それに沿った関わり方を示している。 以上のように、子どもの意見を知り、子ども

の変化を支援の中に取り入れて、支援の内容や方法を改善している。これを『支援内容の精査』とした。 支援者は、子どもが継続して参加できるように、子どもの意見や感想などを表す機会を設けて、学習支援の内容の見直しや変更をしていた。子どもの意見を活用することで、子ども自身を学習支援に参画させること、それによって子どもを主体として、子どもが自分らしく学べるように支援内容を精査していると考える。

(3)〔生活の見通しをつかむ支援〕 支援員は、ワーカーとの情報共有を通して支援の内容を考えている。具体的には、子どもを前向きにさせる話をしたり、将来を考える身近にいる学生ボランティア等をモデルとして『見せる』ことで子どもが将来を考え、いろいろな経験が得られて自分で失敗と成功を繰り返し

『試させる』ようにしている。これまでの意欲のない生活を『良い体験に転換させる』ようにした。これを〔生活の見通しをつかむ支援〕とした。1)カテゴリー『見せる』 支援員は、保護者が子どもの能力を前向きに捉えていないと考え、子どもを前向きにするような話をしている。「家庭ではなかなかしてもらえない話も聞けるというようなね。じゃないかと思うんです。お父さんお母さん方、生活が忙しい方々にこれ(世界観を広げる話を)期待しても難しいと思うからね(E44−5)」と語り、生活に追われる親に期待できない話をして、子どもの視野を広げ前向きにする支援の方法を示した。このように【話を聞かせる】ように関わっている。 また「ずっと来れてる生徒は気の合う学生

(ボランティア)さんも来てますので、そういう話し相手がいてよかったなっていう(F43−1)」として、子ども等と年齢も近い学生ボラン

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ティアが、子どもの話し相手になっているとした。子どもは、身近にいる大人と接する機会を得ることで将来を考えるようになる。これまで身の周りで見かけなかった大学生ボランティアがロールモデルとなっていく。これを【モデルを見せる】とした。子どもにこれまでにない世界観を持たせて将来の生活を考えさせるので、

『見せる』とした。 支援員は、子どもの話を聴くだけでなく、子どもに前向きな話を聴かせるようにして、子どもの視野を広げられるように考えて関わっている。子どもがこれまでに経験した出来事に対してどのように意味を付与し、価値づけるのかという点で、多様な観点から解釈していくことができるように、身近にいる大人との関わりを通して、将来を考えられるようにしていたと考える。2)カテゴリー『試させる』 支援員は、「今私の隣にいる子はね、いわばずいぶん曲がりくねったと言えばいいか、紆余曲折ある子なんだけど、まじめで1回も休まないんです。だから着実に伸びてきてる(E20−1)」とした。子どもが休まずに続けることで支援の効果が表れるとした。これを【続けさせる】とした。さらに支援員は、子どもに先のことを示しながら今やることを一つ一つ丁寧に指導している。支援員は、「私の見に来るわけ。こうやってこうやっていけばね、これはね、高校行ってからもすごく使えるし、今の受験でもこれでやっていけば時間もぐっと短縮できるし、間違いも最後で約分するから少ないんだよ、途中一つ一つやってくればね、途中で間違うところ一杯あるんだよ、ということを言ってね、やれば、そうかって言ってやったりしてね(E57−1)」と、子どもに先の見通しを見せて、そこに至るプロセスをスモールステップで子どもが分かるように具体的に示している。子どもの意欲を高め主体的に学べるように段取りをしてい

る。これを【段取りを用意する】とした。子どもは先にやることを見越しながら、自分から繰り返してできるようにする方法として、『試させる』とした。 学校で疎外、孤立している子どもや、良い思い出がない子どももいる。子どもへの支援では、子どものボルネラビリティ(脆弱性、もろさ)をどう緩和・軽減して援助していくのか(浅井他2008)を配慮すべきとされる。こうした子どものもろさに対する学習指導と人間関係を通したケアが必要である。また、本調査の対象者は、中学生と高校生で、将来の生活を模索する時期にある。学習支援は、子どもを前向きにして希望を育む自立支援である。3)カテゴリー『良い体験に転換させる』 支援員は、子どもの良いところを保護者に意図的に伝えるようにしている。「子どものいいところから入っていってね、そして、ここちょっと直せばもっと良くなる、というような言い方していけばね、かなりうまくいくんだよ(E53)」として、保護者の子どもに対する見方を変えようとしている。これを【長所に気付かせる】とした。 また支援員は、子どもに対して「それからつまずきもとらえてね、この子一杯ハンデ背負って、それ全部つまずいたところから見てあげますよ、ということはね(E36−2)」とつまづきに気付き、子どもと共有できる関係をつくることを支援のポイントとしている。支援員は、子どものつまずいた経験を受け止め、子どもが前向きになれるように、保護者が成長発達していく子どもの姿に気づき子どもを認められるように、子どもや保護者に働きかけている。これを

『良い体験に転換させる』とした。 支援員は、これから良くなっていくことを子どもに感じさせるものになっていると考える。さらに、支援員は、子どもの問題点だけでなく、ちょっと直せば良くなるというように、改善の

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方策を示して、子どもが実際にやってみながら気付き改善していけるように支援していたと見られる。このように学習面への指導を通して、先々のことを考えさせ生活の見通しをつかむ支援をしている。

(4)〔言語化し主体的に動ける支援〕 支援員は、子どもの『意思の言語化を促す』とともに、『主体的な行動を促す』支援をした。これを〔言語化し主体的に動ける支援〕とした。以下に説明する。1)カテゴリー『意思の言語化を促す』 参加した子どもは概して言葉が少なく、支援員とコミュニケーションが上手く取れない様子が見られた。支援員は、「最初のほうはずいぶん私も苦労だなと思ったけど、よし、と思ってやったけど。そしたら今は終わっていったら、ちょこちょこちょこちょこ来たらね、わりかしこう、いくんだね、言葉がね。それでも今の若い子たちみたいなペラペラペラとはいかないけどね(E40−2)」と語った。支援員は、子どもとコミュニケーションがとれるように関わった。これを【伝える力を身につけさせる】とする。また一方で「だからやっぱりこういう子たちに手を差し伸べるっていう仕組みは一見すると素晴らしいことだけども、結局そういう子どもたちを生み出してしまった社会的などこをつついて直していけばいいのかですね。そこも背景にあった方がやっぱり訴えていく力っていうのが出てくるんじゃないかなっていう気がします(F51−1)」と語り、子どもには社会に出て自分の意思を表明できるようになってほしいと考えている。これを【社会に訴えていく力をつけさせる】とした。支援員は、社会に出ることに不安のある子どもが意見を言えて、他者とコミュニケーションがとれるように、社会性を高める支援をしている。これを『意思の言語化を促す』とした。

 自分を主張することは、自分の視点を持つことを意味する。それを伝えることで責任が生じ、他者と違う自分を区別するということでもある。そして自分を言い表すことで、他者からの応答を引き出し、コミュニケーションが促進されていく。支援員は、子どもとコミュニケーションが取れるように関わり、子どもの社会性を高めるように支援したと考える。2)カテゴリー『主体的な行動を促す』 支援員は、「去年の例でいうと、去年は何名かここを勉強したいっていう目的意識のはっきりしてる子がいたので、ぜひどこどこ高校に入れたいとか結構質問が多かったんですよね(F5−1)」と語り、子どもが主体的に学習支援を活用できるように対応している。このように子どもに【目的意識を持たせる】とした。そして「例えばこういう話したらね、一生懸命メモしてね、帰る子がいましたから。・・今でも年に一、二回来るんです。面接のことだ何のことだって聞きに来るんです(E38−1)」とした。子どもに【学習支援を活用させる】ようにしている。このように支援員は、子どもが主体的に動ける支援をしているので、『主体的な行動を促す』とした。 生活困窮する家庭の子どもは保護者の所得水準や養育能力に依拠せざるをえない(浅井他2008)ので、自分の意見を言うことや自分で決めること、主体性が形成されない弱さがある。子どもが自分の考えと他者との違いを明確にしていていく個性化の過程を通して、子どもは自律的になる。 支援員は、子どもに目的意識を持って学習支援を活用できるようにしたいと考えている。ワーカーや支援員は、家庭では、子どもの意見を聴き、意思を尊重して支えることを期待できない保護者もいるとしている。子どもが主体(浅海1999)となって積極的自発的に動けるように、子どもが自分の意見を言い、他者とコミュニケーションをとり、主体的な行動がとれるよ

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うに支援していると考える。

(5)〔支援の結果〕 ワーカーは、学習支援を振り返って『子どもは見通しを持つ』ようになり、『保護者は生活を見直す』とする成果を〔支援の結果〕としてあげた。1)カテゴリー『子どもは見通しを持つ』 ワーカーは、「去年高校に行ったお子さんたちからは、自分の夢を諦めかけていたけれどもそこになんとか辿り着けそうだ、というふうな反響なんかはかえってきていますね(A7−1)」と、困難な経験の積み重ねから希望が持てずに先が見えない不安に駆られていた子どもが、支援者との関わりの中で、希望が見えるところまで辿りつけるように育っていった様子を語った。これを【子どもは夢をあきらめない】とした。 またワーカーは、「お子さんのほうで引きこもりがちだった子とかもいるのですけれども、外出する機会になったというケースもありますし、あとは本当に部活ばっかりで勉強を全然しなかったのだけれども多少はやるようになったとか、前向きな発言が見られるようになったとか、あとは親にも話せない悩みを支援員さんに話をしてちょっと落ち着いたということも何件かありましたので、勉強以外の部分でも大きな力になっているなというのはあります(C6−1)」とその変化を感じている。子どもは【勉強以外で大きな力を得た】とした。子どもが将来を考えることができるようになり、希望が見えるようになった感じているとして、『子どもは見通しを持つ』とした。 子どもが夢をあきらめず、自信を持てるようになっている。ワーカーは「大きな力を得た」と言った。このようにワーカーは、学習支援によって、子どものモチベーションが高められて、建設的に将来を考えられるようになったと見ている。

2)カテゴリー『保護者は生活を見直す』 ワーカーは、「お子さんだけの問題ではなくて、ご家族といったら失礼ですがお母さんが朝起きられないとか、他のお子さんたちも学校を休むことに抵抗がないと言ったら失礼なのですけど、もう起きられなかったからいいや、みたいな、兄弟が多くてもそうですし。そのへんはやはり支援員さんなんかを入れて、すぐ変わるということではないかもしれないのですけれども、一つのきっかけにはなるのかなという感じですね(D6−3)」と語り、学習支援が親子の生活を見直すきっかけになるとした。これを【保護者の生活を変えた】とした。 また「ちょうど中学3年生のお子さんが二人いらっしゃいまして、両方とも母子家庭で、どちらかというとお母さんがご病気がちというお子さんです。一人のお子さんには、夏休みくらいに「こういう支援があるけれどもどうですか」というお話をしたら、最初はやはり2年生くらいの時に不登校で3年生になってようやく教室に入れたというお子さんだったので、最初はあまり興味がなさそうなお話しだったので、こちらもちょっと難しいかと思っていましたら、ご本人が結構進んで出席されているみたいで、このお子さんについては本人が高校入試に向けて努力したいというお話があって、こちらから、こういう情報がありますよ、というお話しをした中で、お母さんとお話しして、お母さんも一緒に見学に行ってくださったということで・・このご家庭については良かったかなという(D2−2)」と語っている。これを【子どもの変化が保護者を変えた】とした。 学習支援による子どもの前向きな変化とともに保護者も変わり、結果的に子どもへの支援を通して保護者の子どもとの関わりや生活の仕方を変えるきっかけになったとする『保護者は生活を見直す』とした。 ワーカーは、子どもへの学習支援が子どもと

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保護者の双方に変化を促す効果を見ている。子どもと保護者は生活困窮からくる困難を抱えている。子どもの高校への移行期が、不登校や引きこもりから抜け出して新たな生活を築くチャンスとなるように、学習支援で情報提供や支援者と関わりが、子どもと保護者の変化を促していると考える。

(6)〔ワーカー・支援員の感じる障壁〕 支援員は、【人員が足りない】ことや支援者の様々な背景から動機や熱意等によって、どのくらいできるかという稼働性や、どこまでやるのかという判断に違いが見られるとした。「温度差っていうかそれは致し方ないことであって何もやってくれてないっていう意味じゃなく

(F17−1)」と語っている。こうした【支援者の関わり方の差】を指摘している。支援員は、多様な人材で、支援方法や子どもへの関わり方に差がある。これを『支援者間の温度差』とした。 支援員は、「基本的には親がどうしたいかなんですよ。もっとこうやらせたいとか、どうにかしたいという意欲がなければ子どもはよくならないから。そうかといって親に働きかけるのもこっちはできないですからね(F12−1)」と語り、【親への相談支援ができない】とした。その結果「1人1人の中にもっと入って、あなたはこういうところが、学校であれば生活面のアドバイスであるとかできるわけですけど、ここではもう純粋に勉強に限られてますし(F3−1)」と語っている。これを【生活指導ができない】とした。つまり、支援員には、ワーカーのような職権がないとする『親支援や生活指導の権限がない』とした。 さらに、支援員は、「お互いこういいところを探しましょうとか、そういうのはやってないです。まあできないっていうことです(F20−2)」と語り、新たにプログラムを開発し、それを学習支援で実践できない限界を示しているの

で、【参加者が相互に関わるプログラムができない】とした。支援員はワーカーとは違い、ソーシャルワークの技術や制度の様々な事業につなぐことが出来ない。プログラムの開発や事業につなげ、施策を拡充したり、担当部局との連携・調整して、事業を展開する『ソーシャルワークの専門性がない』とした。 支援員は「いろんな子どもたちからもアンケートを取って、例えば短い時間にして回数を増やすとか、いろんなことも話されたんですけども。1つには役所の制約上の、半日でやるっていうものがあったとかボランティアでさらに回数増やしても、今度は最近の安全確保とかいうの面倒くさいですよね。こっちがサービスで場所借りて教えますよといっても、そこに子どもが1人で来たときに行き帰りの安全を誰が保障するんですかとか(F11−1)」と語っている。子どもの実態に合わせて支援方法や内容を設定しても、所管部局の判断で実現できない場合があるとして、【役所の制約がネックになる】とした。 その結果「こうする術や段取りがないというね。それに対して私は、課題を指摘して解答も教えて、ということをやってきたんだけどね、一歩も進まないもんね。何ゆえに進まないの、と本当にね、思いましたね。何と言うんでしょうかね、縄張り意識というのか、何意識というんでしょうかね、よく分かりませんけどね。何か進まない、こちらの皆さんの私聞いた話から行けば、進まないようですね。こちらの人たちは、向こうに行ってしゃべるとなれば、こちらが行政まで、向こうは指導主事というと教員上がり一杯いるからね、あっちはね。だからつらんでしょ、こっちももっと行って攻めるといっても大変だと思うからね、静かにはしてるけどね。何の壁だというのか、あるようですね(E26−2)」と支援員は語り、【縦割り意識が連携を阻む】としている。こうした支援員の感じる障

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壁があった。これを『役所の制約や縦割り意識』とした。 ワーカーは、「教育委員会とは、(連携)してないですね(A66)」として、子どもの状況や情報を持つ教育委員会と連絡を取りあい、情報交換をすることが出来ていない。「ご本人と支援員さんとの間のやり取りで、お子さんのほうから電話がかかってきて、こういうふうな話があったのだけど、ということだったので、それについては最終的に決めるのはご本人なので、倍率だけで低いからそこがいいというわけにもいかないので、入ったあとのことを考えてご自分でやりたいところに行っほうがいいのではないのかというお話はしましたけれど。直接学校と支援員さんはあまりやり取りしていないのかもしれません(D5−2)」と、支援員と学校との間で連絡が取れていないとした。これを【直接学校と支援員のやり取りはない】とした。 こうした個別ケース以外で組織的には、「本当に必要であれば、その都度ケースによって連絡とるっていうものだと思いますね(A18−1)」と【専門機関との連携はない】とした。特に【学校との協力関係をつくることが課題】である。ワーカーは、学校と連携出来ないことを課題としてあげている。これを『学校や他の専門機関との連携ができない』とした。このようなワーカーの感じる障壁があった。 積極的に家庭訪問をする支援員と、家庭訪問はワーカーの業務として学習指導を中心にしている支援員等、子どもや家庭への関わり方に違いがある。支援員個人の裁量による支援活動に差があり、個人情報の扱いに対する判断の違いが考えられる。学校に出向き情報交換するなどについても、学校の保有する子どもの個人情報の取扱いと共有について、どのような目的でどのように活用するのかについて、基本的に保護者の同意を得て、支援者間と学校で共通理解を図る必要がある。さらにワーカーと支援員の役

割分担がはっきりしない。支援員とワーカーの役割について、調整するマネジメントが必要である。 生活困窮者自立支援制度では、子どもの状況と必要に応じて学習支援や生活支援等、包括的に実施する(文部科学省2015)としているが、実際には支援者と関係機関で双方の制度運用の理解や情報提供で難しい面が見られる。子どもの状況や必要な情報は学校でも把握されている。支援者は、学校とつながって必要な情報交換を行い、学校の教員も生活困窮者や生活保護世帯について理解して、子どもが必要とする就学援助や奨学金の資料などを用意する、そうした協力関係をつくる必要がある。

4 総合考察 学習支援でワーカーや支援員が互いに子どもと保護者の情報を共有して、支援の内容を確定していった。その結果から、支援の視点について述べる。 ワーカーや支援員は、経済的な困窮等で家庭の生活基盤が脆弱で、保護者には子どもをケアする余裕がないと捉えている。こうした子どもの背景にある保護者への支援が求められていることが明らかだった。 子どもへの支援の提供によって、子どもを育てる保護者との関わりができ、保護者と支援者は子どもの問題を共に考え、子どものウエルビーイングにつながる環境を創り出している

(浅井2008)。学習支援で支援者は、保護者に対して相談支援を行い、問題に向き合えるように寄り添った。つまり、子どもの問題を通して保護者の問題が表れ、そこにワーカーや支援者等の支援者が介入して、子どもと保護者が前向きになるように支援者は学習支援を実践したと考える。 子どもと保護者が先を見通せるようにするために、支援者は、どのように学習支援を実践し

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たのか。ワーカーや支援員は、子どもを中心とするアプローチ、子どもの成長と発達を支えるの2つの視点から子どもと保護者に関わっていたと考える。

(1)子どもを中心とするアプローチ 子どもの意見や感想を支援に取り入れている点、子どもが主体的に動けるように関わっている点が見られる。支援者は子どもが意見を表明する機会を設け、子どもの意見を支援者が聴き、支援に取り入れる方法をとっていた。それによって子どもの学習支援への参加を促した。大人である支援者が学習支援の実践に子どもを参加させ、子どもの意見をくみ取っていった子どもを中心とするアプローチである。 支援者は子どもがサービスを受けるだけでなく、行為の主体として子どもを捉えている。子どもは保護者の所得水準や養育能力に依拠せざるをえない(浅井他2008)存在である。保護者の判断や価値観による影響が大きいと見られる。 本調査の対象者は中学生と高校生で、主体性が意識され始める時期(浅海1999)と考えられる。支援者は、学習支援で子どもとコミュニケーションをとりながら、子どもの主体性を尊重しながら関わったと考える。

(2)子どもの成長と発達を支える まず支援者は、子どもが社会の一員として自立することを目標に支援している。子どもに基礎学力を身につけさせ、主体的に行動できるように、子どもの成長と発達の過程をポジティブに捉えていた。 学力の低い子どもは、勉強する意味がわからず、勉強の仕方もわからないことから進学をあきらめている。不登校によって、学校で学ぶべきところが欠如した子どももいる。子どもの「わからない」が積み重なっていった様子がうかが

えた。 支援員は、子どもに学習の見通しを持たせ、各自の学習到達度に沿って段階的に指導し、意欲を高め、さらに褒めるルールをつくっていた。そうして子どもが勉強する意味を理解して、自分から勉強できるように支援していた。 学習支援では、家庭で育まれる親子の関わりと、学校での子どもへの支援を、補完あるいは代替として行う役割があったと考える。また生活困窮する家庭の子どもの生活経験が欠如しているとする指摘(浅井他2008;池谷2008)があり、特に家族以外の人と接する機会をもち、実体験を通して対人関係や社会を学ばせることが必要である。本来子ども期に経験し形成される基本的生活能力が未形成(乾2007)である。子どもの基本的生活習慣や生活的自立ができているかどうかについては本論の結果からは明らかでないが、ワーカーは、親子で切り離せない問題があり、実際に子どもが動き出すまでが大変としている。一方支援員は、保護者の生活支援の必要性を示しているが、実際に学習支援において生活支援まではしていない。しかし、子どもが学習支援に参加することで、引きこもりがちだった子どもが外出できたり、支援員との話ができた等の子どもの生活の変化が見られ、そうした変化が親を変えるきっかけになるとワーカーは考えている。 学校生活で良い思い出がない子どもに対して支援者は、こうした体験をつまずきと捉え、克服できるように支援している。支援者は、学習支援を家庭や学校以外の居場所として考え、子どもが家族以外の人との人間関係を築けるように支援していた。学習支援での居場所とは、子どもが安心していられて、大人との出会い直しを通して、自分と他者への信頼を回復する場という意味(木戸口2010)である。結果から、支援者は、子どもを受け入れ、褒めて、少しずつ直させるように関わり、主体的な行動がとれる

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子どもの貧困に対する学習支援−支援の視点−

ように、子どもの自立を支援したと考える。 引用・参考文献

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池谷秀登(2008)「生活保護現場からみる子どもの貧困-自立と自己実現に向けた福祉事務所の支援-」『子どもの貧困-子ども時代のしあわせ平等のために-』明石書店p172-192

乾彰夫(2007)「不安定化する若者と生活指導の課題‐ 不安定・危機の共通性と多様性 ‐ 」日本生活指導学会『生活指導研究』№24、p26

文部科学省(2015) 「生活困窮者自立支援制度と教育施策との連携について(平成27年3月27日厚生労働省通知)」

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木戸口正宏(2010)「自他に対する『信頼』の回復を軸に据えた『学習支援』の取り組み:釧路市『学校進学希望者学習支援プログラム』の取り組みを手がかりに」釧路論集:北海道教育大学釧路校研究紀要第42号p61-69

小林理、 岡部卓、三宅雄大(2014)「生活保護受給有子世帯における子ども支援の課題 ‐ 生活保護ワーカー調査から子ども支援の現状と課題を中心に‐」日本社会福祉学会第62回秋季大会発表要旨 p391−392

松本伊知郎(2013)「教育は子どもの貧困対策の切り札か」『貧困研究』vol.11

内閣府(2011)平成23年度「困難を有する子ども・若者の支援者調査」

大谷尚(2008)4ステップコーディングによる質的データ分析手法SCATの提案 −着手しやすく小規模データにも適用可能な理論化の手続き−. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要(教育科学). Vol.54. No2, 27-44

www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/shiensya/h23/pdf_index.html(2016年5月10日閲覧)