4
_____________________________________________________________________________________________ © Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved. IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を 世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。 認知症患者における疼痛評価 認知症の人では、痛みが治療されていない危険性が特に高い。痛みを認識し、評価し、口頭で伝える能力 が、認知症が進むにつれて徐々に低下していくからである[34]。そこで、今後さらに増加する認知症という脆 弱な患者グループに対しては、痛みをタイムリーに正確に評価し、かつ、患者の自己申告能力に頼らない、代 替となる痛み評価法が必要となる。 認知症における疼痛評価:患者の自己報告 自己申告による痛みの評価の妥当性は認知症の進行とともに低下する。しかし、患者がまだ痛みを認識し、 言語化することが可能な認知症の初期段階では、自己申告は依然として痛み評価に適切な方法であろう [10]。ただし、認知症の場合では、痛みの自己申告を評価する際に、単純な尺度(例:言語を用いた評価 verbal descriptor scales)を使用する、痛みに関する質問やスケールを使用する方法の説明を繰り返し行 う、患者が応答するのに十分な時間をとる、などの特別な注意を必要とする[10]。さらに、各患者に特異的な 神経心理学的障害(例:記憶障害、失語症)や中心となっている認知手段を考慮に入れた、より個別化 されたアプローチが必要となる。短時間での神経心理学的スクリーニングによって、この個別化を達成することが できる。認知症が中等度から重度の段階に進行すると、痛みの自己申告はしばしば行われなくなる[7]。臨床 医はこのような状況を認識して、重度の認知症の人が痛みを自己申告しないからといって、痛みがない状態に あると解釈してはならない。 認知症における疼痛評価:観察的疼痛評価スケール

認知症患者における疼痛評価s3.amazonaws.com/rdcms-iasp/files/production/public/...© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 認知症患者における疼痛評価s3.amazonaws.com/rdcms-iasp/files/production/public/...© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved

_____________________________________________________________________________________________

© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved.

IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を

世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。

認知症患者における疼痛評価

認知症の人では、痛みが治療されていない危険性が特に高い。痛みを認識し、評価し、口頭で伝える能力

が、認知症が進むにつれて徐々に低下していくからである[3、4]。そこで、今後さらに増加する認知症という脆

弱な患者グループに対しては、痛みをタイムリーに正確に評価し、かつ、患者の自己申告能力に頼らない、代

替となる痛み評価法が必要となる。

認知症における疼痛評価:患者の自己報告

自己申告による痛みの評価の妥当性は認知症の進行とともに低下する。しかし、患者がまだ痛みを認識し、

言語化することが可能な認知症の初期段階では、自己申告は依然として痛み評価に適切な方法であろう

[10]。ただし、認知症の場合では、痛みの自己申告を評価する際に、単純な尺度(例:言語を用いた評価

法 verbal descriptor scales)を使用する、痛みに関する質問やスケールを使用する方法の説明を繰り返し行

う、患者が応答するのに十分な時間をとる、などの特別な注意を必要とする[10]。さらに、各患者に特異的な

神経心理学的障害(例:記憶障害、失語症)や中心となっている認知手段を考慮に入れた、より個別化

されたアプローチが必要となる。短時間での神経心理学的スクリーニングによって、この個別化を達成することが

できる。認知症が中等度から重度の段階に進行すると、痛みの自己申告はしばしば行われなくなる[7]。臨床

医はこのような状況を認識して、重度の認知症の人が痛みを自己申告しないからといって、痛みがない状態に

あると解釈してはならない。

認知症における疼痛評価:観察的疼痛評価スケール

Page 2: 認知症患者における疼痛評価s3.amazonaws.com/rdcms-iasp/files/production/public/...© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved

_____________________________________________________________________________________________

© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved.

IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を

世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。

過去 20 年間で、認知症患者に対する観察的痛み行動評価スケールが多数開発されている(例:

PACSLAC [2]、PAIC [1]、MOBID2 [6]、DOLO-Plus [9]、PAINAD [11])。表情、発声、体動などに関連した項

目が、これらのスケールには通常含まれている(最近の観察的痛みスケールのレビューについては[5]と[12]を参

照)。観察スケールは、患者が安静にしているとき(数分の観察の後)、または、患者が日常生活活動

(ADL)を行っているときに評価が行われる。安静時の患者の観察では、特に慢性痛では、痛みが良く解らな

いこともあるので、移動中または介助移動患者を観察することが現状では推奨されている[6]。

数多くのスケールが開発されているにもかかわらず、これらのスケールが臨床現場で用いられることはあまりない。

インセンティブの欠如、時間の不足、ケアを提供しながら同時に患者の痛みの行動を観察することの難しさ、ス

コアの取得法や結果解釈の理解不足、などがスケールを用いる際の障壁となっている。したがって、これらの障

壁を克服し、このような観察的スケールを用いることが認知症の人の世話をするときの日常的な基準となるため

に、さらなる努力が必要である。

認知症における疼痛評価:ビデオシステムによる自動的疼痛評価

自動痛み検出システム分野における新たな発展によって、人間の介護者を援助する補助的な道具として、そ

のようなシステムを使用できる可能性がでている。開発が試みられている自動痛み検出システムのほとんどは、

表情の自動分析が中心となっている[8]。自動痛み検出システムの開発の進歩は極めて印象的だが、臨床に

おいてこれらのシステムを使用できるようにするためには克服すべき障害がいくつかある。それにもかかわらず、この

分野での急速な発展を考えると、次の 10 年以内にそのようなシステムが利用可能になることがかなり期待でき

る。

結語

認知症の痛み評価は、常に自己報告と観察による痛みの評価との組み合わせとすべきである。認知症が重

症になるにつれて、痛みの行動指標の方を介護者はより重視する必要があるかもしれない。神経心理学的ス

クリーニングを行うことで、適切な痛み評価法を選択し、より個別化された評価法を用いることができる可能性

がある。

行動痛み評価スケールを用いての観察による痛みの評価は、安静時と移動時(または日常生活の他の活動

時)に実施する必要がある。

観察痛みスケールを用いることが認知症の人のケアをする際の標準となり、標準的に使われるようにするため、

認知症における痛み評価のために臨床で行うべきことをしっかりとまとめる必要がある。

Page 3: 認知症患者における疼痛評価s3.amazonaws.com/rdcms-iasp/files/production/public/...© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved

_____________________________________________________________________________________________

© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved.

IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を

世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。

将来的には、人間の介護者による痛み評価を支援する補完的道具として、認知症における自動痛み検出シ

ステムが用いられるようになるかもしれない。

北原雅樹 訳

(横浜市立大学附属市民総合医療センターペインクリニック)

REFERENCES [1] Corbett A, Achterberg W, Husebo B, Lobbezoo F, de Vet H, Kunz M, Strand L, Constantinou M, Tudose C, Kappesser J, de Waal M, Lautenbacher S; EU-COST action td 1005 Pain Assessment in Patients with Impaired Cognition, especially Dementia Collaborators: http://www.cost-td1005.net/. An international road map to improve pain assessment in people with impaired cognition: the development of the Pain Assessment in Impaired Cognition (PAIC) meta-tool. BMC Neurol. 2014 Dec 10;14:229. doi: 10.1186/s12883-014-0229-5. [2] Fuchs-Lacelle S1, Hadjistavropoulos T. Development and preliminary validation of the pain assessment checklist for seniors with limited ability to communicate (PACSLAC). Pain Manag Nurs. 2004 Mar;5(1):37-49. [3] Gibson SJ, Lautenbacher S: Pain Perception and Report in Persons with Dementia. In: autenbacher S, Gibson SJ (eds): Painin Dementia. Wolters Kluwer and IASP Press, 2017. pp 43-54. [4] Hadjistavropoulos T, Herr K, Prkachin KM, Craig KD, Gibson SJ, Lukas A, Smith JH. Pain assessment in elderly adults with dementia. The Lancet Neurology 2014, 13(12), 1216-1227. [5] Herr K, Zwakhalen S, Swafford K. Observation of pain in dementia. Current Alzheimer Research 2017, 14(5), 486-500. [6] Husebo BS, Strand LI, Moe-Nilssen R, Husebo SB, Ljunggren AE: Pain in older persons with severe dementia. Psychometric properties of the Mobilization-Observation-Behaviour-Intensity-Dementia (MOBID-2) Pain Scale in a clinical setting. Scand J Caring Sci 2010, 24(2):380- 391. [7] Kaasalainen S, Crook J. An exploration of seniors' ability to report pain. Clinical nursing research 2004, 13(3), 199-215. [8] Kunz M, Seuss D, Hassan T, Garbas JU, Siebers M, Schmid U, Lautenbacher S. Problems of video-based pain de-tection in patients with dementia: a road map to an interdisciplinary solution. BMC geriatrics 2017, 17(1), 33. [9] Lefebvre-Chapiro S. The DOLOPLUS 2 scale - evaluating pain in the elderly. European Journal Of Palliative Care. 2001;8:191–194. [10] Pautex S, Lautenbacher S: Methods of Assessing Pain and Associated Conditions in Dementia: Self-report Pain Scales. In: Lautenbacher S, Gibson SJ (eds): Wolters Kluwer and IASP Press, 2017. pp. 119-132. [11] Warden V, Hurley AC, Volicer L: Development and psychometric evaluation of the Pain Assessment in Advanced Dementia (PAINAD) scale. J Am Med Dir Assoc 2003, 4(1):9-15. [12] Zwakhalen S, Herr K, Swafford K. Observational pain tools. In Pain in Dementia, ed. Stephen J Gibson and Stefan Lautenbacher, Wolters Kluwer and IASP Press, 2017

AUTHORS

ミリアム・クンツ(Miriam Kunz, PhD)

Global Year Task Force共同議長

アウクスブルク大学医療心理および社会学部

ドイツ、アウクスブルク

Page 4: 認知症患者における疼痛評価s3.amazonaws.com/rdcms-iasp/files/production/public/...© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved

_____________________________________________________________________________________________

© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved.

IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を

世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。

シュテファン・ラウテンバッハー(Stefan Lautenbacher, PhD)

バンベルク大学生理心理学部

ドイツ、バンベルク

術後痛に対する世界的な年(Global Year)の一環として、IASP は術後痛に関連する特定のトピックをカバー

する一連のファクトシートを提供しています。これらのドキュメントは複数の言語に翻訳されており、無料でダウンロ

ードできます。詳細については、www.iasp-pain.org/globalyear をご覧ください。

国際疼痛学会®に関して

IASP は、痛みの分野における科学、実践、教育のための主要な専門フォー

ラムです。会員資格は、痛みの研究、診断、または治療に関与するすべて

の専門家に開かれています。IASP は 133 カ国に 7,000 人以上の会員がお

り、90 の国内支部、及び 20 の特別利益団体を擁しています