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第1章 主題設定の理由 1.久留米市の教育施策から 久留米市の学校教育においては,第2期教育改革プランの総括を受け,「効果の持続」と「課 題の改善」を基本方針として,平成28年度より第3期教育改革プランが策定され,「わかる授 業」,「たのしい学校」,「久留米版コミュニティ・スクールの推進」の実施に取り組み始めたと ころである。この教育改革プランにより,「まなぶ力【知】」「つながる知【徳】」「やりぬく力【体】」 の育成を図り,子どもたちが,周りの人と協調的・協働的に,そして自然環境との関係を意識 しながら変化の激しい社会をたくましく生きる力の育成が,目標とされている。 このような久留米市の教育施策を具現化すべく,本校では,「少人数のよさを活かし,自ら 進んで学び合う子どもの育成」を本年度の重点目標として,「思考力,表現力」「人間関係力」 「継続力」を子どもたちに育てたい力として設定し,日々教育実践に取り組んでいる。 そこで,重点目標を達成するために,どのような教育活動や組織運営の方略を推進していく べきなのかを明らかにすることが,教頭としての重要な役割だととらえ,本主題を設定して, 研究を推進することにした。 2.「教頭」の職務内容を明確にする必要性から 「教頭」の職務について,福岡県教育委員会から出された「活力ある学校運営の手引」(2011 p.30)には,「校長(副校長)の補佐」「校務の整理」「児童生徒の教育」「校長(副校長)の職務 の代理・代行」の4つの職務内容が示されている。また,教頭に求められる資質・能力として, 「組織・運営力」「リーダーシップ」「企画・調整力」「自己研鑽力」等の資質・能力が示されて いる。その中でも重要な資質・能力として, 同(2011 p.33)には,「教職員の指導力育成に関 するリーダーシップ」が明示され,「教科指導に関して,当該校の重点目標達成のための進捗状 況を把握すること。」や「成果と課題を共有しながら教職員自身が自らの成長を実感できるよう に指導,助言すること。」など教育活動を充実させるための教頭の役割が具体的に示されている。 現任校の教頭として3年目に入り,職務を遂行する中で,現任校が全校児童46名の小規模 校であるからこそ,きめ細やかな教育活動の充実を図るためには,全教職員が,それぞれの指 導の成果や課題の共有化や,自らの職能成長を実感できるようにすることが重要であると考え た。そのためには,教職員を意欲的に動かす必要があり,共通実践の同じベクトルに向かわせ るような「目的性」「具体性」や,活動の意義や価値をとらえさせる「価値性」を感じ取らせて いくことが大切であるととらえた。特に,昨年度の教務主任,研究主任の異動により,今年度 の教務主任,研究主任ともにこれまでに経験のない教師が担当することになった。 そこで,「教頭」という立場から学校の重点目標の達成を目指すためには,特に実践をリード し組織的な実践に繋げていく役割を担う主任教師に,「目的性」,「具体性」,「価値性」という観 点から自分の果たすべき職務内容,役割を明確にさせ,やる気・やりがいを引き出して,自ら の職能成長を実感できるよう職能育成を図っていくことが重要だと考え,本主題を設定した。 3.本校教師の年齢構成面から 本校の県費負担教職員は9名であり,そのうち担任は6名である。担任6名(常勤講師2名 を含む)の年齢構成を見ると,60歳代1名,50歳代1名,40歳代1名,30歳代2名, 20歳代1名(初任者)となっており,教職経験10年以上の担任は3名で,それ以外は10 学校の重点目標の達成を目指す教頭の役割 ~コーチングコミュニケーションを活用し,主任のファシリテーション力を高める工夫 を通して~ 久留米市立下田小学校 教頭 野田 亮一

学校の重点目標の達成を目指す教頭の役割...課題とする力であるので,学び合う活動を自分や友だちのよさを認め,相互の人間関係を豊か

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第1章 主題設定の理由

1.久留米市の教育施策から

久留米市の学校教育においては,第2期教育改革プランの総括を受け,「効果の持続」と「課

題の改善」を基本方針として,平成28年度より第3期教育改革プランが策定され,「わかる授

業」,「たのしい学校」,「久留米版コミュニティ・スクールの推進」の実施に取り組み始めたと

ころである。この教育改革プランにより,「まなぶ力【知】」「つながる知【徳】」「やりぬく力【体】」

の育成を図り,子どもたちが,周りの人と協調的・協働的に,そして自然環境との関係を意識

しながら変化の激しい社会をたくましく生きる力の育成が,目標とされている。

このような久留米市の教育施策を具現化すべく,本校では,「少人数のよさを活かし,自ら

進んで学び合う子どもの育成」を本年度の重点目標として,「思考力,表現力」「人間関係力」

「継続力」を子どもたちに育てたい力として設定し,日々教育実践に取り組んでいる。

そこで,重点目標を達成するために,どのような教育活動や組織運営の方略を推進していく

べきなのかを明らかにすることが,教頭としての重要な役割だととらえ,本主題を設定して,

研究を推進することにした。

2.「教頭」の職務内容を明確にする必要性から

「教頭」の職務について,福岡県教育委員会から出された「活力ある学校運営の手引」(2011 ,

p.30)には,「校長(副校長)の補佐」「校務の整理」「児童生徒の教育」「校長(副校長)の職務

の代理・代行」の4つの職務内容が示されている。また,教頭に求められる資質・能力として,

「組織・運営力」「リーダーシップ」「企画・調整力」「自己研鑽力」等の資質・能力が示されて

いる。その中でも重要な資質・能力として, 同(2011 ,p.33)には,「教職員の指導力育成に関

するリーダーシップ」が明示され,「教科指導に関して,当該校の重点目標達成のための進捗状

況を把握すること。」や「成果と課題を共有しながら教職員自身が自らの成長を実感できるよう

に指導,助言すること。」など教育活動を充実させるための教頭の役割が具体的に示されている。

現任校の教頭として3年目に入り,職務を遂行する中で,現任校が全校児童46名の小規模

校であるからこそ,きめ細やかな教育活動の充実を図るためには,全教職員が,それぞれの指

導の成果や課題の共有化や,自らの職能成長を実感できるようにすることが重要であると考え

た。そのためには,教職員を意欲的に動かす必要があり,共通実践の同じベクトルに向かわせ

るような「目的性」「具体性」や,活動の意義や価値をとらえさせる「価値性」を感じ取らせて

いくことが大切であるととらえた。特に,昨年度の教務主任,研究主任の異動により,今年度

の教務主任,研究主任ともにこれまでに経験のない教師が担当することになった。

そこで,「教頭」という立場から学校の重点目標の達成を目指すためには,特に実践をリード

し組織的な実践に繋げていく役割を担う主任教師に,「目的性」,「具体性」,「価値性」という観

点から自分の果たすべき職務内容,役割を明確にさせ,やる気・やりがいを引き出して,自ら

の職能成長を実感できるよう職能育成を図っていくことが重要だと考え,本主題を設定した。

3.本校教師の年齢構成面から

本校の県費負担教職員は9名であり,そのうち担任は6名である。担任6名(常勤講師2名

を含む)の年齢構成を見ると,60歳代1名,50歳代1名,40歳代1名,30歳代2名,

20歳代1名(初任者)となっており,教職経験10年以上の担任は3名で,それ以外は10

学校の重点目標の達成を目指す教頭の役割 ~コーチングコミュニケーションを活用し,主任のファシリテーション力を高める工夫

を通して~

久留米市立下田小学校 教頭 野田 亮一

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年未満の若年教師の構成である。

また,前述したように,教務主任を担当する40歳代のB教諭は,今年度本校に異動してき

たばかりで,なおかつ,初めて教務主任を務める。さらにA教諭は,本校勤務2年目で今年度

初めて研究主任を務める。つまり,管理職を除けば,前年度の役職内容を理解できている教職

員は,A教諭を含めて2名しかいないのである。

このような職員構成から,教頭として,以下のような2点を課題ととらえた。

①小規模校ゆえ,校務分掌の担当者は,一人一役として校内の重要な役職を担わなければな

らない。さらに,一人で複数の校務分掌の役職を担う必要がある。したがって,教職員一

人一人に,自分が主体的に動くというやる気と責任感をもってもらう必要がある。

②教職経験10年未満の若手教員に,授業実践力や主任として校内の教育活動を組織的に推

進していくための職能成長を図っていくために,新任教務主任と新任研究主任に授業実践

力や主任として校内の教育活動を組織的に推進していくための職能成長を図っていくこと

は,必要不可欠である。そして,このような新任主任の職能成長を図るための人材育成の

役割が,教頭の担うべき重要な役割の一つである。

以上のような状況から,指示されたように職務を行うだけでなく,主任教師が,自ら考え主

体的に職務の推進ができるようにやる気を引き出せるよう,職能成長を図ることが重要課題だ

と考えた。この課題解決のためには,クライアントの主体性の育成を重視するコーチングの手

法を取り入れ,新任主任に職務内容をより具体化,意識化させて職能成長を図る指示,支援の

あり方を明らかにしていくことが効果的だと考え,本副主題を設定した。

4.本校児童の実態から

平成27年度末の下田のよい子アンケートの調査結果から,本校の子どもたちは,学び合い

活動にも慣れてきて,「友だちの考えを教えてもらうことのよさ」を感じ取れるようになってき

ている。しかしながら,「自分の考えを書いて言えるようになってきた。」ものの,「言いたいこ

とをうまく説明できているか,自信がない。」などと,自分の思いや考えをわかりやすく伝え切

れていない状況が見られている。さらに,「授業がわかる」「友だちといる楽しさを実感できて

いる」子どもの割合は8割程度で,まだまだ高める必要がある。つまり,市の教育改革プラン

や本校の重点目標が目指す「まなぶ力【知】」「つながる力【徳】」「やりぬく力【体】」のバラン

スのとれた力の育成という視点から見ると,まだ課題が残っているといえる。

また,本校は,平成28年度より3・4学年が複式学級となり,平成29年度はさらに複式

学級が増える見込みである。複式学級では,担任が2学年を時間帯をずらしてわたるため,直

接指導ができない場面(時間帯)が生じてくる。その直接指導ができない場面(時間帯)で,

子どもたちが,自主的に学習を進め,学び合う力を育成し,子どもたち自身で学び合う楽しさ

や友だちといる楽しさを感じ取らせていくことが重要になってくる。

そこで,来年度からの教育活動への対応を見越し,子どもたちに「まなぶ力【知】」「つなが

る知【徳】」「やりぬく力【体】」のバランスのとれた力を育成する上からも,本校の重点目標の

達成が必要不可欠である。そして,このような課題を組織的に解決していくために,教頭とし

てどのような役割を果たすべきなのかを明らかにしていくことは意義あることと考え,本主題

を設定し,実践に取り組んだ。

第2章 研究主題と副主題の意味について

1.「学校の重点目標の達成を目指す」とは

本校の重点目標は,「少人数のよさを活かし,自ら進んで学び合う子どもの育成」である。前

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述したように,本校では複式学級で進んで学び合う力の育成が急務である。そこで,「めあて」

→「見通し」→「考えをつくる」→「交流活動(学び合い)」→「振り返り」の学習過程を位置

づけた「授業づくり」を全学級で実践している。本校の全校児童は46名であり,また学年に

よって4名~11名とばらつきがあるため,学び合いにより少しでも多様な考えに触れさせて

いくことは,主体的に学習を進めていく力の育成という課題解決に向けた重要な方策である。

特に,昨年度の久留米市学力実態調査等から算数科学習の「数学的な考え方」は,本校児童の

課題とする力であるので,学び合う活動を自分や友だちのよさを認め,相互の人間関係を豊か

にしていく場として設定することで,重点目標の達成につなげることができると考えた。さら

に,学習過程で「見通し」,「考えをもつ」,「振り返り」の活動を充実させわかる授業づくりを

進め,自分や友だちのよさの認め合いや学び合いにより,豊かな心や人間関係力,学び方を子

どもたちに育むことが期待できると考えた。

このようなことから,「少人数のよさを活かし,自ら進んで学び合う子どもの育成」に向けて,

算数科を校内研究の中核的教科に設定した。 そして,「確かな学力(思考力,表現力)」の育成

を中核とした主題研究を推進し,研究の成果をもとに研究の日常化を図り,体育的行事,各教

科,特別活動(縦割り班活動等)への関連を図っていくことにより,「まなぶ力」,「つながる力」,

「やりぬく力」をバランスよく育成できると考えた。このような共通実践が,本校の重点目標

の達成を目指す取組である。

2.「学校の重点目標の達成を目指す教頭の役割」とは

学校の重点目標を組織的に達成していくための管理職の役割として,矢野俊一(2014,p.28)

は,「第1は,学校のミッションや重点目標を共有化し,その進捗状況を把握する仕組みをつく

ることである。『チーム学校』に向け,目標の共有化は当然のことである。」と述べ,教師は,

単なる職員集団ではなく,「チーム」として目標を共有化し,実践できるようまとまらなければ

ならないと指摘している。このことから,教頭の役割としては,目標の共有化を図り,教師集

団を一つのチームとして組織化して,チーム力の強化を図ることが重要だととらえた。

また,河野英太郎(2014,p.18)は,「メンバーの育成や,その先にある組織目標の達成にか

かわるものは,リーダーの側面が前面に出ます。」と言及し,学校の重点目標の達成を目指すに

は,「リーダー」のコミュニケーション手法が重要であることを指摘している。この「リーダー」

のコミュニケーション手法により,各教師が,「そこにはプロとして尊重されているという肯定

感と,自分が主体的に動くという責任感が発生するはずです。」と述べ,担当教師に職務に対す

る主体性と責任感をもたせることの重要性を指摘している。さらに,永藤かおる(2014,p.23)

は,教職員との望ましいコミュニケーションのスタイルとして,「管理職は自他を『勇気づける』

言葉を選び,教職員の納得とやる気を引き出すことだ。」と言及し,納得とやる気をもたせるこ

との重要性を指摘している。

さらに,久米昭洋(2012,p.83)は,管理職には,「教師のモチベーションを高め,優れたア

イディアを引き出し,教師一人ひとりの自発的な行動を促すことが求められる。」と言及する一

方で,「『指示・命令型』のコミュニケーションでは,『答えを与える人』(管理職)と『行動す

る人』(教師)が異なるため,教師は管理職の指示どおりに取り組むことになる。」とも述べ,

指示・命令型のコミュニケーションでは,人材育成型のマネジメントは成り立たないことを指

摘している。現に新任の研究主任のA教諭は,1学期の初めには,教頭の指示や教務主任の指

導助言を受け,自分の果たすべき役割内容を推進してきたが,研究に対する自分の思いの達成

感や成就感・有能感,力量向上を十分に味わうことはできないでいた。新任教務主任のB教諭

も,同じような意識をもっていた。

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このようなことから,重点目標の達成をめざして教職員を組織的に動かしていくためには,

指示・命令型ではない“指示”のあり方を明らかにすることに加え,組織を動かす中心的な役

割を担う新任主任が,他の教職員との関係を深め,自分が何をすべきかを導き出し,やる気・

やりがいを引き出して,職能成長を図るための「コーチングコミュニケーション」のあり方と

「ファシリテーション力」を高める工夫を明らかにしていくことが,教頭の重要な役割だとと

らえた。

3.「コーチングコミュニケーションを活用し,主任のファシリテーション力を高める工夫を

通して」とは

「コーチング」とは,千々布敏弥(2011,p.95)によれば,「コーチとクライアントの一対一

の対話を通じ,クライアントの意欲を引きあげ,目標達成に向けた思考を身につけることがで

きるようにする」ことである。つまり,担当する教師自身が,指示された通りに動くのではな

く,「自分は何をしたいのか(目的性)」「自分は何をするべきか(具体性)」「何のためにその目

標達成をめざしているのか(価値性)」を明確にして職務に取りかかることにより,モチベーシ

ョンを持続的に保つことができる。それは,小山英樹(2011,p.106)の示す図1の中心に位置

づけられた担当者自身の「自立」につながる活動を支援することである。このような「自立」

につながる取組になることにより,担当者は「自ら可能性を探り,解決方法を見出せた。」とい

う達成感や成就感・有能感を味わうことができ,自ら職能成長に拍車をかけるというのである。

さらに,久米昭洋(2012,p.84)は,「コーチングのスキルは多岐にわたるが,学校の管理職は,

まず『傾聴』『承認』『質問』の基本的なスキルを身につけ,教師のモチベーションを創造し,

意図的に育成を図りたい。」と言及し,教師の職能育成に向けた重要な3つのコーチングスキル

を明示している。

これを受けて,副主題「コーチングコミュニケーションを活用し,主任のファシリテーショ

ン力を高める工夫を通して」とは,PDCAのサイクルにもとづき,「傾聴」「承認」「質問」と

いうコーチングの3大スキルを活かし,校長を補佐する教頭の役割として,特に新任主任に対

してコーチング型のコミュニケーションを実践していく。それにより,主任教師は,自分が担

うべき役割を自覚して,他の教師との関係の質を主体的に高めていく職能成長を図ることにつ

ながり,教師集団をリードして,チームとして重点目標の達成をめざしていこうとすることで

ある。そのために,コーチングの3大スキルの中でも,特に「質問」を重要視することにした。

図1 教育コーチングのイメージ図(小山 英樹,2011)

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そして,教師が担当する活動へのやる気を引き出し,活動への価値性・やりがいを感じ取り,

自分への自信を深めていけるように,以下に示す3つの段階で,コーチングコミュニケーショ

ンによる指示を行うようにした。

「質問」段階のコーチングコミュニケーションによる指示では,「~せよ」「やってください」

といった指示・命令ではなく,「打診」・「提案」・「依頼」というコミュニケーション・スタイル

を基本とし,「~をお願いできますか?」「~はいかがでしょう?」という形で自他の「勇気づ

け」をねらいとしたコミュニケーションを行っていくようにした。

<3つの段階でのコーチングコミュニケーションによる指示>

①計画段階(Plan)のねらい⇒

・担当する教育活動が,子どもたちのどのような力を育成することにつながるのかを意識

させる。ゴールイメージを明確にさせる。

※《指示内容の例》…いつまでに,誰に,どのようなことをしてもらうのか。誰が進捗状

況の確認を行うのか。担当者は,どのような準備が必要なのか。い

つ,どのような場で計画についての共通理解を図るのか。

②実践段階(Do)のねらい⇒

・担当する教育活動をどのように計画し,実践していけばよいのかをイメージしやすくさ

せる。教師一人ひとりの特性を活かした日常の声かけをする。

※《指示内容の例》…全体の進行役は誰か。進行役の支援体制はどのようになっているの

か。進行役以外の担当者の役割確認は,どのようにするのか。

③評価・改善段階(Check,Action)のねらい⇒

・何のために,その目標達成をめざし,行動しているのかを意識させる。

・子どもたちの達成感や喜びから,やりがいを感じ取らせる。

・担当した教育活動の成果や課題,改善のポイントを明確にさせ,次の活動につなげるこ

とができるようにする。

※《指示内容の例》…成果や課題について,いつ,どのような形で確認するのか。改善の

方向性をいつ,どのようにして確認するのか。成果については,ど

のように評価し,全体に広げていくのか。

もう一つ重要なのは,新任主任が,自分の担うべき役割を自覚できた上で,教師集団をリー

ドする際に担当者とどのようにかかわっていくかという点である。この点について中野民夫

(2016,p.19)は,右図1のダニエル・キム

教授の「成功の法則」をもとに,「図1にある

ように,いきなり結果を求めるのは無理なので

す。まず,集まる人たちの関係の質を上げるこ

とが必要です。(中略)関係の質が上がると,

思考の質が上がります。(中略)皆が同じレベ

ルで情報を共有し,目的を同じくして取り組め

ると,高いレベルで一緒に考えられます。そし

て,そこで考えたことが自然に皆にとってやり

たいことになっていれば,皆が主体的に取り組

める。これが結果につながる,という流れです。」。

と述べ,リーダーと担当者との「関係の質」を

上げることの重要性を指摘している。そして,

リーダーに求められる力が,「ファシリテーショ

ン力」だと言及している。

「ファシリテーション力」とは,中野民夫(2016,p.18)によれば,「人と人とが学び合う場

をつくって,しばらく任せる役割,愛を持って見守る役割が,ファシリテーターの力,すなわ

目的性

具体性

価値性

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ち『ファシリテーション力』です。」と定義されている。さらに,ファシリテーター型教員に必

要な4つの姿勢として,①待つこと,②よく見ること,③枠組みを管理すること,④自分も学

びの場の一員であることをあげている。

このようなことから,新任の教務主任と研究主任が,学校運営を効果的にリードしながら進

めていく上でまず身に付けるべき力は,「ファシリテーション力」だと考え,新任主任のやる気

を「コーチングコミュニケーション」を活用して高めながら,「ファシリテーション力」を育成

していくことが,「チーム下田」として全教職員で重点目標を達成していく上での教頭の重要な

役割ととらえ,実践に取り組んでいくことにした。

第3章 研究の目的と方法

1.研究の目的

◎ 組織的に重点目標の達成を目指すための教頭の役割として,どのように「コーチングコミ

ュニケーション」を活用した指示を行い,新任教務主任や研究主任の「ファシリテーション

力」を高めていくことが,新任主任のやる気・やりがいを引き出しながら,チームとしての

全職員の職能成長を図る実践として有効なのか,その実践のあり方を究明する。

2.研究の方法

○ 組織的に重点目標の達成を目指すために,3つの段階で行ったコーチングコミュニケーシ

ョンを活用した指示が,新任主任のファシリテーション力の育成に有効だったかを,主任教

師とのコミュニケーション内容の考察や,学期末に実施した「教育課程評価」,担当者への聴

き取りをもとに明らかにしていく。

調査対象者は,研究主任や教務主任という主要な役割を果たしているA教諭とB教諭の2

名の教諭を抽出し,各教諭とのコーチングコミュニケーション内容と反応の分析やファシリ

テーション力の高まりをもとに,実践の有効性を探っていく。

●校内研究主任担当…A教諭(研究主任1年目,3・4学年担任)

●教務主任担当…B教諭(教務主任1年目〈本校では1年目〉,初任者指導担当)

3.研究の仮説

◎ 重点目標の達成をめざした教頭の役割として,①計画段階,②実践段階,③評価・改善段

階の3つの段階で「コーチングコミュニーション」を活用し,新任主任のやる気・やりがい

を引き出すように指示を工夫しながら,ファシリテーション力を高め,職能成長を図ってい

けば,教職員の組織的な実践につながり,チームとして重点目標が達成できるであろう。

4.研究の具体的構想

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第4章 研究の実際と考察

1.研究主任を担当する教師の職能育成をめざしたコーチングによる指示の工夫

重点目標の「少人数のよさを活かし,自ら進んで学び合う子ども」の育成に向けて,その中

核となる算数科の校内研究(思考力,表現力)と研究の日常化に向けた取組については,全体

に指示を行い,新任研究主任とコーチングコミュニケーションを行いながら,以下のように推

進していった。

(1)算数科を中核とした校内研究の推進(研究主任A教諭とのコーチングを中心に)

<①計画段階>

○実践的指導力の向上に向けての指示

算数科を中核とした授業づくりでは,「めあて」→「見通し」→「考えをつくる」→「交

流活動(学び合い)」→「振り返り」の学習過程で主題研究を推進するよう,研究主任に

指示し,共通理解を図った。特に研究授業では,単元を通して目指すスタイルの授業づ

くりをどこまで積み上げてきたかが見えるような指導場面を意図的に選択させ,実践に

取り組むよう研究主任に指示して共通理解させていった。

このようにして,子ども一人一人が,主体的に学習を進めていく力を育成していくよ

う,教師の実践的指導力の向上を図っていった。

研究の推進にあたっては,研究主任がファシリテーション力を発揮できるよう教頭と

のコーチングコミュニケーションを適時行い,研究主任に提案させる体制をとった。

○研究構想提案時の研究主任A教諭とのコーチングコミュニケーション内容

教頭「今年度初めて研究主任をしてもらいますが,研究の方向性はどのようにしたい

と思っていますか。何か気になることや心配なことがあれば,相談して下さい。」

A教諭「初めての研究主任で,わからないことばかりですが,複式学級での学習指導

に向けて,子どもたちで主体的に学習できるように,基本の学習過程を子ど

もたちが身につけることに重点を置きたいですね。」

教頭「私も賛成ですね。前年度の学び合いの力を活かして,さらに発展していけると

いいですね。そのために,現段階でどこまで考えがもてているのですか?」

A教諭「授業で言うと,主体的に学習を進めていくために,子どもたちが見通しをも

ち,自分の考えをつくるところに重点を置きたいと思っています。」

教頭「そのためのポイントは何ですか?もう少し具体的にイメージできるように,説

明してもらえますか?」

A教諭「まず,自分の考えを書き,ガイド役の子どもが学習を進めていく形をとりた

いと思っています。そのために,学習過程を可視化する板書と子どもたちの

ノートづくりを研究内容にしたいです。」

教頭「なるほど,そんなイメージなら,今年度の研究内容について,全職員での共通

理解が図りやすそうですね。研究内容や方法について,全職員のとらえ方,研

究への意欲,やる気を高める上でも大切ですからね。さらに検討して,イメー

ジを共有化できるようにして下さい。」

A教諭「わかりました。イメージの共有化を図りたいと思います。」

教頭「ところで,『ファシリテーター』って知っていますか?」

A教諭「授業整理会で聴いたことはありますけど,それは,何ですか?」

教頭「簡単に言うと,校内研究について思っていることを,気軽に言い合える関係を

つくることです。そんな関係をつくっていくのも,研究主任の役割ですから。」

A教諭「ありがとうございます。私も,相談したことでこれからの研究推進の見通し

がもてて,よかったです。」

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【考察】

A教諭は,40歳代で,本校に赴任して2年目で

初めて研究主任の役職を担っている。本校は担任が

6名と限られているため,年度初めの段階では,研

究をどのように推進すべきか研究推進委員にじっく

りと相談する余裕がなく,研究の見通しに対して,

少し不安で自信をもてずにいた。そこで,コーチン

グでは,まず「傾聴」「承認」のスキルを重視し,A

教諭に「今年度の研究の方向性をどうしたいのか?」

を明確にしてもらうために,「未来質問」を行った。

つまり,研究で子どもたちにどんな力を育成してい

くのかというゴールイメージを具体化してもらうように「目的性」と,さらに,研究主任とし

てどんなことに取り組むべきなのかという「具体性」をもってもらうように意図して,コーチ

ングを行った。その結果,A教諭は今年度の研究の具体的なイメージ,ポイント(写真1)につ

いて,全員で共通理解を図ることの大切さを自ら実感し,解決の見通しをもてるようになった。

このように,年度当初の段階で,子どもたちに身につけさせたい力やゴールイメージを明確

にもつという研究の目的性について,自ら実感することができたことから,コーチングコミュ

ニケーションを活用した指示により,A教諭に今後の研究推進へのやる気,「自立」を引き出す

ことができたと考える。

<②実施段階>

○ワークショップ型授業協議会を通した共通実践

研究授業の協議会では,全員参加型の授業反

省会を設定し,全員の出番を保障することによ

り,共通実践の意識が高まり,教師の実践的指

導力が高まるよう,指示していった(写真2)。

特にA教諭には,グループ協議のファシリテ

ーター役として進行役を担わせるとともに,

モデル化するようA教諭に指示した。この進

行役でファシリテーターの4つの姿勢を示し次回以降交替させることにより,全担任の

実践的指導力の向上を図るようコーチングコミュニケーションを行い,指示していった。

このことは,特に若手教師の意識を変容させ,職能成長を図ることにつながった。

○実施段階での研究主任A教諭とのコーチングコミュニケーション内容

<写真2…授業協議会でファシリテーター役

を務めるA教諭(右から2番目)>

教頭「研究主任として,いろいろ動いてくれて,助かっています。ところで,第1回

全体研修については,どのように進めたいと考えていますか?」

A教諭「共通理解した内容を確認するためにも,私が授業公開をしたいと思います。」

教頭「それは,いいことです。では,共通理解を図るために,どうするつもりですか?」

A教諭「授業研の前にオリエンテーションを設定して,事前に共通理解を図ります。」

教頭「それは大切なこと。研究のポイントについて,授業をもとに確認するといいで

すね。それと,授業後の協議会はどのようにする予定ですか?」

A教諭「やはりワークショップ型の協議会を行います。まだよくわからないのですが,

ファシリテーター役ついては,私がやってみたいと思います。」

教頭「ぜひ,そうしてください。今回は4つの姿勢と可視化を心がけてみませんか?」

A教諭「まずは,私がやってみて感じたことを伝えたいと思います。」

教頭「次は役を交替して,全ての先生を活かして下さい。よろしくお願いします。」

<写真1…ガイド役の子ども(右端)を中心に

主体的に学習を進めている子どもの様子>

Page 9: 学校の重点目標の達成を目指す教頭の役割...課題とする力であるので,学び合う活動を自分や友だちのよさを認め,相互の人間関係を豊か

【考察】

A教諭は,計画・実施段階において,研究主任として自ら提案授業をするなど意欲的に役割

を果たそうとする姿が多く見られるようになってきた。そこで,ここではコーチングスキルの

「質問」,特に「未来質問」を重視しながら,コーチングコミュニケーションを進めていった。

A教諭は,第1回目の全体研修で自主的に授業公開を行おうとするやる気を見せるとともに,

コーチングを通して,授業後の協議会の方法等についても,自分の力で明確にすることができ

るようになってきており,研究主任としてリーダーシップを発揮してくれていた。コーチング

後の感想では,「教頭先生とお話したことで,自分がやるべき仕事が段々と見えてきました。そ

れとともに,研究主任の仕事って,大変なんだなと改めてわかってきました。」と述べ,「やり

がい」と「価値性」につながる取組の必要性を,全教師に対して主張することができていた。

また,ノートづくりについては,研究

主任から図2のノートの形式を提示して

もらい,この形式を基本型として,各学

年ともノートづくりに継続的に取り組ん

でいった。その実践の過程で,A教諭は,

ノートづくりの実践の効果を上げるため

に,全担任に「きらりノート」として,

友だちに参考になるノートを掲示するこ

とを提案し,全担任の同意を得て掲示板

を作成していった(写真3)。

このことから,A教諭は,コーチング

コミュニケーションを通して,これまで

の自分の動きを振り返り,自分の役割を見通して次第に自覚できるようになってきたのがわか

る。つまり,A教諭に実践段階でのコミュニケーションにより,自分の役割の「具体性」「価値

性」を明確にさせることができたという点で,コーチングコミュニケーションが有効であった

と言える。

<③評価・改善段階>

○校内研究の成果や改善点

ワークショップ型の協議会では,「思考力,表現力」,「人間関係力」,「継続力」とい

う視点から自分の考えや意見が進んで言える雰囲気ができてきたことから,授業後の協

議会の活動に意欲を示す教師が増えてきた。このことは,やる気を高めたA教諭の意識

した働きかけが,全職員に広がっていった組織的な実践の成果である。それとともに,

<写真3 研究主任が提案し作成したきらりノート>

図2 研究主任A教諭が提示したノート形式

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参加した教職員の関係の質を上げたA教諭のファシリテーション力が高まった成果と

も言える。

また,資料1は,「4」を最もよい評価とする4段階で学校運営について全教職員が

評価を行ったものである。1学期と2学期の学校評価を比較したものだが,わかる授業

1は,1・2学期末ともに変わらない評価だが,ともに2.9と3に近いポイントを示

している。さらに,自由記述には「自分なりの言葉でまとめようとする児童の姿が見ら

れた。」との記述が見られ,数値には表れない子どもの変容も見られている。これらは,

校内研究を通して,学習過程やノートづくりに子どもたちが慣れてきて,見通しをもち

ながら自主的に学習を進めることができるようになってきた成果ととらえることがで

きる。このことから,校内研究を推進する際に行った計画段階でA教諭と行ったコーチ

ングコミュニケーションは,個々の教師の共通実践へのやる気を引き出し,学習過程と

ノートづくりに重点を置いた授業づくりを進める上で有効に働いたと考える。それとと

もに,全職員が共通実践を進められるように研究内容を具体化し,関係の質を上げてや

る気を引き出したことから,A教諭のファシリテーション力が高まった結果と言える。

評 価 の 観 点 1学期平均 2学期平均

わかる授業

めあて、交流活動(学び合い)、まとめのある

授業(ユニバーサルデザインの授業)づくりに努

めたか。

2.9 2.9

わかる授業

読書タイム,業間タイム,放課後タイムでの基

礎的基本的な学習の計画的・確実な実施及び家庭

学習の徹底に努めたか。

3.0 3.5

たのしい

学校

人権の木の取組,縦割り班活動,クラブ活動,

委員会活動において,子どもの実態をつかみ,人

間関係力の育成に努めたか。

2.9 2.8

組織・

運営

チーム下田の一員として,下田プランを具体化

し,校務分掌や学級経営に意欲的に取り組むこと

ができたか。

3.0 3.0

研修 校内研修や校外研修で学んだことを日常の授

業や学校経営に活かすことができたか。 2.9 3.0

一方で,協議会で授業者に対してあまり質問が出ないのが気になった。特に若手教師

の授業力,実践的指導力の向上につなげ,チーム力を高めていくためにも,今後の改善

点として,研究主任に指示したいと考えている。

(2)研究の日常化に向けての指示

<①計画段階>

○日常の授業スタイルの確立へ

研究の日常化のための各担任への指示で最も大切にしているのは,教科の学習では,

できる限り共通実践としての授業スタイルで進めていくよう,指示していることである。

このスタイルを本校のユニバーサルデザインとして,担任が繰り返し指導することによ

り,子どもたちが,自分たちでどのように学習を進めていくのかという学び方を意識し

ながら,取り組むことができるようになってきた。

<資料1…1・2学期末の学校評価>

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また,基礎的基本的な内容の確実な定着に向けて,始業前,中休み,放課後の取組を

計画的に進めていくよう研究主任と教務主任に指示し,全職員に共通理解を図った。

<②実施段階>

○日常活動に向けて

日常活動の実践では,主に始業前,中休み,放課後の3つの取組があげられる。その

中で,以下のように研究主任と教務主任に指示し,全職員に共通理解を図った。

(始業前)

・朝の活動の中で,読書活動や算数の計算スキル,漢字の書き取りなどを計画的に進め

ていくよう全職員に共通理解を図った。

(中休み)

・算数の計算スキル,漢字の書き取りなどを,1・2校時の学習内容や3校時の学習内

容と関連づけて計画的に進めていくよう全教職員に共通理解を図った。

(放課後)

・放課後学習としては,1~4年の各学級で「のびのびタイム」を実施し,学習ボラン

ティアに来ていただき,5・6年生で毎週月曜日に「放課後タイム」を設定している。

特に「放課後タイム」においては,学習ボランティアとともに,教務主任に指示して,

1~4年の担任が,児童下校後に5・6年生の指導に分かれて入り,管理職も含めた

全職員で組織的に指導する体制を整備し,学習効果を高めるよう実践を進めている。

<③評価・改善段階>

○日常活動の評価・改善に向けて

資料1から,「わかる授業2」の放課後タイムの取組の評価は,1学期の3.0から2

学期には3.5へ0.5ポイント上がっている。これは,5・6年の基礎基本の定着に

重点を置いて,全教職員で組織的に実践を進めた成果である。さらに,自由記述に「放

課後タイムは,全職員で取り組めてよかった。」とやりがいを示した担任が見られている

ことからも窺える。一方,「1~4年ののびのびタイムの時間は,十分に確保されていな

い。」という声も上がっているので,この点については,今後改善していく必要がある。

このようなことから,毎週月曜日の放課後に組織的に実践された「放課後タイム」の

成果を校長,教頭,教務主任を含めた全教職員が感じ取っているのを窺うことができる。

つまり,基礎的基本的な内容の確実な定着に向けた共通実践として,始業前,中休み,

放課後の取組,特に放課後タイムの取組を組織的に進めていくよう研究主任と教務主任

に指示したコーチングコミュニケーションは,関係の質を上げ,有効だったと言える。

2.組織を活かし,全教職員で基礎基本の定着をねらいとした教務主任とのコーチングの工夫

前述したように,今年度から5・6年の基礎的基本的内容の定着に重点を置いて,毎週月

曜日の16:00~16:25まで,校長,教頭,教務主任,学習ボランティアを含めて全

教職員で「放課後タイム」に組織的に取り組むようにし,その推進を教務主任が進めていく

ようにした。

そこで,新任教務主任のB教諭の組織的推進役の職能育成をねらいとして,B教諭に対し

て,以下のような指示とコーチングコミュニケーションを行い,実践を推進していった。

<①計画段階>

○教務主任B教諭とのコーチングコミュニケーション内容

教頭「今年度から,基礎基本の定着を充実させるために,放課後タイムを計画的に進

めたいのですが,B先生はどのように進めていくのか考えがありますか?」

B教諭「4年生までを5校時までで下校させ,1~4年の担任の先生にも指導しても

らう体制をとり,5・6年の基礎基本の定着を充実したいと思っています。」

Page 12: 学校の重点目標の達成を目指す教頭の役割...課題とする力であるので,学び合う活動を自分や友だちのよさを認め,相互の人間関係を豊か

【考察】

組織を活かしながら子どもたちの基礎的基本的な内容の定着を図るために,教務主任のB教

諭に指示して,全教職員のやる気を高め,職能成長に向けた指導を行ってもらうように,コー

チングコミュニケーションを行った。計画段階では,「ファシリテーターをしてほしいのです

が。」と「未来質問」を重視しながらコーチングコミュニケーションを行ったので,B教諭は,

その役割を担うことに意欲を示し,取組を進めていくことができていた。しかしながら,「いま

私も指導にいくのですか?」と活動への意欲は示しつつ自分の動き方に「これでいいのか?」

と迷いをもっている担任が見られたので,その点をB教諭に指導助言し,担当割りの可視化を

てっていしてもらうようにした。実は,この可視化は,ファシリテーション力の一つで,重要

な技術の一つでもあるので,そのことをB教諭に指導助言して,活動のよさを感じ取らせてい

くようにして,やる気を引き出していくようにした。

このようなコーチングコミュニケーションをもとにした実践により,校長,教頭,教務主任,

学習ボランティアを含めて全教職員で指導にあたる組織的な体制がだんだんと築かれていった。

このようにして,自身のが見られたことになる。これらのことから,コーチングコミュニケー

ションを活用したことは,B教諭のやる気・やりがいを引き出し,職能成長を図る上で有効だ

ったと言える。

<②実施段階>

B教諭の担当者割りを可視化する改善,教務主任から週末に出される「週指導計画案」

での確認等の改善策,担当者への声かけによる「関係の質」を上げる取組により,「今日

は放課後タイムがあるから,私は○年生の指導に…」のように,全職員のやる気・やり

がいを引き出しながら,「自立」への職能成長を図っていくことができるようになってき

た。これらは,コーチングコミュニケーションを活用した組織的な実践を推進していく

過程で,B教諭がファシリテーション力を高めてきたことから見えてきた成果と言える。

<③評価・改善段階>

○教務主任B教諭とのコーチングコミュニケーション内容

教頭「私も賛成ですが,1~4年の担任の先生の指導体制はどうしますか?」

B教諭「指導者を私の方で5・6年のいずれかに振り分けたいと思います。」

教頭「B先生にこの組織的な実践のファシリテーターをしてほしいのですが。」

B教諭「それってどうすればいいのですか?」

教頭「簡単に言うと,リーダーシップをとってもらい,先生たちが思ったことを遠慮

なく言えるような関係にしてほしいのですが…。また,担当者が,いつ,どこ

で何をすればよいのかを明確にして,活動の意欲をたかめてほしいのです。」

B教諭「それなら,担当割りを黒板に貼って,先生方に声かけをしていってはどうで

しょうか?」

教頭「担当割りを可視化してわかりやすくするのは,いいですね。指導内容について

も,5・6年の担任と事前に打合せして,伝えられるとさらに具体化しますね。」

B教諭「わかりました。やってみたいと思います。」

教頭「進行状況も,ぜひ把握してくださいね。」

教頭「これまでの実践で,よかった点と改善点はどんなことですか?」

B教諭「放課後タイムの時には,全ての先生が忘れずに5・6年生の指導に当たって

もらえるようになってきたことですね。」

教頭「さらにやる気を引き出すために,成果と課題もしっかり伝えた方がいいですね。

成果と課題の把握はどのようにしたいですか?」

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【考察】

B教諭は,<②実施段階>までの実践に意欲的に取り組み,自信をもてるようになってきた

ことで,<③評価・改善段階>では,これまで以上に意欲的に評価活動を行う姿を見せること

ができた。また,実践後の感想でC講師は,「取りかかり初めは先の見通しがもてず,どうした

ものかと思いましたが,先生方の協力も得ることができて,主任の仕事をスムーズに進めるこ

とができました。」と述べている。このことから,1年目の教務主任としての職能成長をB教諭

が感じていたことが窺える。さらに,全職員の共通理解を図るような重点的な取組について見

通しをもち,チームの一員としての職能成長を図り,信頼を得ることが大切である。

以上のようなことから,①計画段階,②実践段階,③評価・改善段階の3つの段階で「傾聴」

「承認」「質問」のコーチングスキルを活用し,コミュニーションを行い,B教諭の職能成長を

図っていったことは,B教諭の主任としてのやる気を引き出し,自分の役割への「価値性」を

見出す職能成長を図って,教職員のチーム力を高める組織的な実践につながってきたと言える。

3.全体考察

全体考察では,①研究主任A教諭と教務主任B教諭に対して行ってきたコーチングコミュニ

ケーションが,A教諭とB教諭の「自立」に向けた職能成長につながったのか。また②A教諭

とB教諭の「自立」に向けた職能成長を図ることにより,本校の教師集団のやる気・職務意識

を引き出し組織的活動につながって,重点目標を達成することができたのかを考察する。

(1)研究主任と教務主任に対して行ってきたコーチングコミュニケーションの成果について

これまでの第4章1と2の実践研究の考察から,研究主任のA教諭と教務主任のB教諭に行

ってきたコーチングコミュニケーションの活用によって,A教諭とB教諭のやる気を引き出し,

活動当初は曖昧だったファシリテーション力を高めてきて,「自立」に向けた職能成長が見られ

たことから,それぞれに行ったコーチングコミュニケーションは有効だったと言える。

(2)本校の教師集団の職務意識が高まり組織的活動につながり,重点目標が達成できたか

p.10 資料1の1学期と2学期の評価が,大きな変化は見られないものの3.0近くを維持し

ていることから,研修および研修の日常化に対して,教師のやる気が高まっているのが窺える。

このようなことから,①計画段階,②実践段階,③評価・改善段階の3つの段階で職務内容

が明確になるようコーチングコミュニケーションの工夫を行い,主任を担う教師のやる気を引

き出し職能育成を図ってきたことが,教師全体の活動意欲や組織力を高め,活動への価値性・

やりがいを共有化させて,重点目標の達成につながってきたと言える。

しかしながら,資料1のわかる授業2の評価が伸びていないのは課題である。この原因につ

いて,教師に聞き取りをしてみると,組織的な実践に対する評価はされつつも,5・6年生の

基礎的基本的な内容の定着に重点化されたことで,1年~4年の「のびのびタイム」の実践が

物足りなくなっていることに課題があるようなので,この点の改善を行う必要がある。

第5章 研究の成果と課題

教頭として,重点目標の達成をめざして,3つの段階でどのように主任教師とコーチングを

行いファシリテーション力を高めていくことが,主任教師のやる気を引き出し職能成長を図っ

て,教師集団を組織的に動かしていくのかを明らかにする実践は,少しずつ成果が見られるよ

B教諭「これまでよかったところはしっかり賞賛してきましたので,他の先生方の声

を把握して伝えたいと思います。」

教頭「ご苦労様。大変でしょうけど,ぜひやっておいてくださいね。」

B教諭「はい,そうですね。すぐに取りかかりたいと思います。」

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うになってきた。

そこで,これまでの取組を振り返って,成果と課題を下記のように考えた。

1.研究のこれまでの成果

(1)重点目標の達成に向けた教頭の役割として,①計画段階,②実践段階,③評価・改善段

階の3つの段階でねらいと職務内容が明確になるように,主任教師とのコーチングを工夫

し,ファシリテーション力を高めてきたことは,主任教師が自己の職務への「目的性」「具

体性」「価値性」を感じ取ることにつながることでやる気・やりがいを引き出し,見通しや

自分の考えをもち自主的に学習を進め学び合う姿が,子どもたちに見られるようになった。

(2)新任主任にコーチングコミュニケーションを活用し,ファシリテーション力を高めてき

たことにより,主任教師のやる気・やりがいを引き出し職能成長が見えてきたことで,全

教師の意欲的,組織的な共通実践につながり,重点目標が達成されてきた。

2.今後の課題

(1)新任主任とのコーチングコミュニケーションにより,主任教師のやる気を引き出し職能

成長を図ることができるようになってきたが,全教師をリードする職能成長はまだ十分で

はないと考えられる。そこで,重点目標の達成をさらに充実させていくためには,全教師

の組織的な実践を充実させるための主任教師のさらなる職能成長を図ることが大切である。

(2)組織を活かすためのコーチングの工夫により,主任教師の職務へのやる気は引き出せた

が,資料1のわかる授業2の評価に教職員間の意識のずれが見られたことから,重点目標

の達成を目指すためには,研修の日常化に向けた「授業スタイル」と「ノートづくり」の

徹底を図っていくことが重要である。そのために,研究推進員会や近接学年会を機能化さ

せるようコーチングコミュニケーションを工夫し,さらにやる気を引き出していくことが,

教頭の重要な役割だと言える。

《引用文献》

1 福岡県教育委員会編著「活力ある学校運営の手引」(2011)

2 矢野俊一「教職員のやる気を左右する管理職の『コミュニケーションスキル』」『教職研修

12月号―「チームワーク」の要素からコミュニケーション活性化の仕組みを

つくる―』教育開発研究所(2014)

3 河野英太郎「教職員のやる気を左右する管理職の『コミュニケーションスキル』」『教職研

修12月号―リーダーに求められるコミュニケーション・スキル―』教育開

発研究所(2014)

4 永藤かおる「教職員のやる気を左右する管理職の『コミュニケーションスキル』」『教職研

修12月号―“アドラー心理学”から学ぶ教職員を勇気づける「聴き方」「話

し方」―』教育開発研究所(2014)

5 久米昭洋「学校の人材育成にコーチングをどう取り入れるか」『教職研修7月号―「コーチ

ングを取り入れた学校の人材育成―』教育開発研究所(2012)

6 千々布敏弥「教育界におけるコーチングの意義」『教職研修1月号―「管理職の“コーチン

グ”入門―』教育開発研究所(2011)

7 小山英樹「次世代リーダーを育成する」『教職研修1月号―「管理職の“コーチング”入門

―』教育開発研究所(2011)

8 中野民夫「『ファシリテーション力』とは何か」『教職研修8月号―「チームづくりにも,ALにも!

校内研修で「ファシリテーション力」を育てよう』教育開発研究所(2016)

[参考文献]小学校学習指導要領解説『総則編』文部科学省(2008)