6
最近,子宮腺筋症を基礎疾患として血栓症を 発症した3症例を経験したので報告する.症例 1は,34歳の未経妊,子宮腺筋症にて外来通院 していた.GnRH アゴニスト療法を29歳より数 回施行.経過中,突然の左鼠径部痛,左下腿の 腫脹,疼痛を認め,下肢静脈血栓症と診断し, 血栓溶解療法を施行した.現在は酢酸ブセレリ ン投与にて症状軽快し,順調に経過している. 症例2は,44歳,3回経妊2回経産,妊娠9週 にて人工妊娠中絶術施行後,左下腿に発赤,疼 痛,腫脹が出現した.超音波にて深部静脈血栓 症と診断し,ワーファリンコントロール後,腹 式単純子宮全摘術に至った.症例3は43歳,1 回経妊で,子宮腺筋症に対し,低用量ピルを内 服後1ヵ月にて右下腿深部静脈血栓症を発症し た.ヘパリン・ウロキナーゼ使用中,肺血栓塞 栓症を併発したが,血栓除去術施行し,救命し 得た.ワーファリンコントロール後,腹式単純 子宮全摘術に至った.以上の3症例を臨床的に 検討し,報告する. Key words:子宮腺筋症,深部静脈血栓症,低 用量ピル 産婦人科領域において血栓症の危険因子とし て,良性疾患では子宮筋腫や卵巣腫瘍などの巨 大骨盤内腫瘍が挙げられている.これまで子宮 腺筋症と血栓症についての関連性は明確にされ ていない.今回われわれは子宮腺筋症に伴う血 栓症を発症した3症例を経験したため,若干の 考察を加えて報告する. 症例 :34歳,未経妊. :左下腿浮腫・疼痛. 家族歴:特記事項なし. 既往歴:29歳より子宮腺筋症にて加療. 月経歴:初経15歳,30日型,整. 現病歴:月経周期7日目より左下腿の浮腫,疼 痛が出現,しだいに増強するため当院受診した. 来院時現症:意識清明.身長150.0 cm,体重47.0 kgBMI 20.9,体温36.5℃,血圧112/70 mmHg心拍数84回/分,臍上に及ぶ腹部腫瘤を触知, 下腿疼痛・浮腫あり,歩行困難も認めた. 内診所見:腟分泌物は白色,中等量.子宮は前 傾前屈,超成人頭大,可動性不良.両側付属器 は触知せず. Douglas 窩に硬結は認めなかった. 血液検査所見WBC 12400/μLCRP 7.58 mg/ dlCA 125566.0 U/ml,プロテイン C 抗原量 50%,抗カルジオリピン抗体<8U/ml と異常 値を認めた(表1). 骨盤 MRI 所見図1):長径約20 cm の巨大な子 宮を認めた. 下腿静脈造影図2):大腿静 脈 造 影 で は 左 下 腿に途絶が認められ,深部静脈血栓症と診断さ れた. 表2):症 例1の 経 過 と し て は,子 宮 腺筋症に対し5年間にわたり,GnRH アゴニス トによる加療後,深部静脈血栓症を発症した. 本人の希望により子宮摘出術は行わず,その後 〔一般演題/臨床―その他〕 子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである ―深部静脈血栓症を併発した3症例の検討― 日本医科大学女性診療科・産科 岩崎 奈央,市川 雅男,明楽 重夫,峯 克也,桑原 慶充,山田 隆,阿部 裕子, 小野 修一,高屋 茜,山下恵理子,早川 朋宏,米山 剛一,竹下 俊行 エンドメトリオーシス研会誌 2008;29:103-108 103

子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである ―深 …...骨盤MRI所見(図1):長径約20cm の巨大な子 宮を認めた. 下腿静脈造影(図2):大腿静脈造影では左下

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Page 1: 子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである ―深 …...骨盤MRI所見(図1):長径約20cm の巨大な子 宮を認めた. 下腿静脈造影(図2):大腿静脈造影では左下

概 要

最近,子宮腺筋症を基礎疾患として血栓症を

発症した3症例を経験したので報告する.症例

1は,34歳の未経妊,子宮腺筋症にて外来通院

していた.GnRHアゴニスト療法を29歳より数

回施行.経過中,突然の左鼠径部痛,左下腿の

腫脹,疼痛を認め,下肢静脈血栓症と診断し,

血栓溶解療法を施行した.現在は酢酸ブセレリ

ン投与にて症状軽快し,順調に経過している.

症例2は,44歳,3回経妊2回経産,妊娠9週

にて人工妊娠中絶術施行後,左下腿に発赤,疼

痛,腫脹が出現した.超音波にて深部静脈血栓

症と診断し,ワーファリンコントロール後,腹

式単純子宮全摘術に至った.症例3は43歳,1

回経妊で,子宮腺筋症に対し,低用量ピルを内

服後1ヵ月にて右下腿深部静脈血栓症を発症し

た.ヘパリン・ウロキナーゼ使用中,肺血栓塞

栓症を併発したが,血栓除去術施行し,救命し

得た.ワーファリンコントロール後,腹式単純

子宮全摘術に至った.以上の3症例を臨床的に

検討し,報告する.

Key words:子宮腺筋症,深部静脈血栓症,低

用量ピル

緒 言

産婦人科領域において血栓症の危険因子とし

て,良性疾患では子宮筋腫や卵巣腫瘍などの巨

大骨盤内腫瘍が挙げられている.これまで子宮

腺筋症と血栓症についての関連性は明確にされ

ていない.今回われわれは子宮腺筋症に伴う血

栓症を発症した3症例を経験したため,若干の

考察を加えて報告する.

症 例

症例 1

患 者:34歳,未経妊.

主 訴:左下腿浮腫・疼痛.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:29歳より子宮腺筋症にて加療.

月経歴:初経15歳,30日型,整.

現病歴:月経周期7日目より左下腿の浮腫,疼

痛が出現,しだいに増強するため当院受診した.

来院時現症:意識清明.身長150.0cm,体重47.0

kg,BMI20.9,体温36.5℃,血圧112/70mmHg,

心拍数84回/分,臍上に及ぶ腹部腫瘤を触知,

下腿疼痛・浮腫あり,歩行困難も認めた.

内診所見:腟分泌物は白色,中等量.子宮は前

傾前屈,超成人頭大,可動性不良.両側付属器

は触知せず.Douglas窩に硬結は認めなかった.

血液検査所見:WBC12400/µL,CRP7.58mg/

dl,CA125566.0U/ml,プロテイン C抗原量

50%,抗カルジオリピン抗体<8U/mlと異常

値を認めた(表1).

骨盤MRI 所見(図1):長径約20cmの巨大な子

宮を認めた.

下腿静脈造影(図2):大腿静脈造影では左下

腿に途絶が認められ,深部静脈血栓症と診断さ

れた.

経 過(表2):症例1の経過としては,子宮

腺筋症に対し5年間にわたり,GnRHアゴニス

トによる加療後,深部静脈血栓症を発症した.

本人の希望により子宮摘出術は行わず,その後

〔一般演題/臨床―その他〕

子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである―深部静脈血栓症を併発した3症例の検討―

日本医科大学女性診療科・産科

岩崎 奈央,市川 雅男,明楽 重夫,峯 克也,桑原 慶充,山田 隆,阿部 裕子,

小野 修一,高屋 茜,山下恵理子,早川 朋宏,米山 剛一,竹下 俊行

エンドメトリオーシス研会誌2008;29:103-108 103

Page 2: 子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである ―深 …...骨盤MRI所見(図1):長径約20cm の巨大な子 宮を認めた. 下腿静脈造影(図2):大腿静脈造影では左下

T2強調画像 右 左

途絶

1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007

酢酸ブセレリン 1.8

酢酸リュー プロレリン

3.75

add back 療法

深部静脈血栓症発症

draw back療法

子宮腺筋症  と診断

血栓溶解療法

ワーファリン内服

もワーファリン内服継続し draw back療法を

施行中である.

症例 2

患 者:44歳,3回経妊2回経産.

主 訴:下肢発赤・腫脹・疼痛.

家族歴:父 肺癌.

既往歴:Basedow病(30歳),子宮腺筋症.

月経歴:初経13歳,30日型,整.

現病歴:2,3ヵ月前より左下肢腫脹を自覚.

以前より指摘されていた子宮腺筋症の定期検診

時,妊娠判明.人工妊娠中絶術施行後,発熱を

認め下肢疼痛・術後出血が持続し,当院紹介受

診となった.

来院時現症:意識清明.身長159.0cm,体重47.0

kg, BMI18.6,体温36.8℃,血圧109/87

mmHg,心拍数98回/分.腹部腫瘤を触知した.

左下腿の発赤・腫脹・疼痛を認めた.

内診所見:腟分泌物は血性,中等量.子宮は前

傾前屈,小児頭大で硬かった.両側付属器は触

知せず.Douglas窩に硬結は触知しなかった.

血液検査所見:WBC10000µ/L,CRP7.42mg/

dl,CA125216.4U/mlと異常値を認めた.血

栓素因に異常は認められなかった(表3).

表1 血液検査所見

<血算>

WBC 12400/µLRBC 338×104

Hb 9.9 g/dlHct 30.8%

Plt 27.5×104

<腫瘍マーカー>

CA125 566.0U/mlCA19―9 1.2 U/ml

<生化学>

GOT 36 IU/LGPT 40 IU/LLDH 295 IU/LCPK 26 IU/LT―Bil 0.2mg/dlT―cho 168mg/dlTP 6.4 g/dlAlb 3.7 g/dlNa 145mEq/LK 4.0mEq/LCl 108mEq/LBUN 10.5mg/dlCre 0.52mg/dlCRP 7.58mg/dl

<凝固線溶系>

PT/INR 1.05

APTT 32.9 secFib 491mg/dlTT >100%

AT蠱 74.4%

Dダイマー 17.9 µg/ml

<血栓素因>

プロテイン C抗原量 50%

プロテイン C活性 <10%

プロテイン S抗原量 81%

プロテイン S活性 101%

抗カルジオリピン抗体 <8U/ml

図1 骨盤MRI 図2 大腿静脈造影

表2 経過

岩崎ほか104

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T2強調画像

2007年1月 2007年2月 2007年3月 2007年4月 2007年5月 2007年6月

左下肢疼痛・腫脹

人工妊娠中絶術(8週)

深部静脈血栓症発症

ヘパリン ワーファリン

単純子宮全摘術

酢酸ゴセレリン1.8

(全摘子宮273g)

子宮腺筋症にて定期健診

骨盤MRI 所見(図3):骨盤MRIでは11cm程

度に腫大した子宮が認められた.

経 過(表4):症例2の経過としては,子宮

腺筋症にて定期健診を受けていたが,以前より

自覚していた左下腿疼痛・腫脹が中絶手術後増

悪し,深部静脈血栓症と診断された.診断後よ

りヘパリン,ワーファリン内服を開始し,子宮

腺筋症に対しては酢酸ゴセレリン投与を行い,

単純子宮全摘術を施行した.

症例 3

患 者:43歳,1回経妊.

主 訴:右下腿疼痛.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:39歳,うつ病.

月経歴:初経 11歳,不整,高度月経痛.

現病歴:月経痛,過多月経を主訴に前医受診.

画像上子宮腺筋症も疑われ,当科紹介初診.月

経痛に対し低用量ピル内服を開始するも,約1

ヵ月半後に右下肢の疼痛を自覚,しだいに増強

を認めたため来院となった.

来院時現症:意識清明.身長170.4cm,体重84.0

kg, BMI28.9,体温36.8℃ 血圧109/87

mmHg,心拍数98回/分.腹部腫瘤を触知した.

右下腿は硬く,Homans徴候陽性であったが,

下腿周囲径は右41cm,左40.5cmと大差は認め

なかった.

内診所見:腟分泌物は白色,中等量.子宮は前

傾前屈,手拳大で硬かった.両側付属器は触知

せず.Douglas窩に硬結は触知しなかった.

血液検査所見(表5):WBC8200µ/L,CRP1.12

mg/dl,CA125295.0U/ml,CA19―9673.1U/

mlと異常値を認めた.血栓素因に異常は認め

なかった.

骨盤MRI 所見(図4):骨盤MRIでは約12cm

大に腫脹した子宮が認められた.

下腿静脈造影(図5):下腿静脈造影では,膝

表3 血液検査所見

<血算>

WBC 10000/µLRBC 408×104

Hb 8.7g/dlHct 30.7%

Plt 61.6×104

<腫瘍マーカー>

CA125 216.4U/mlCA19―9 1.0U/ml

<生化学>

GOT 15IU/LGPT 10IU/LLDH 315IU/LCPK 29IU/LT―Bil 0.2mg/dlT―cho 157mg/dlTP 8.2g/dlAlb 3.7g/dlNa 140mEq/LK 4.8mEq/LCl 102mEq/LBUN 7.2mg/dlCre 0.48mg/dlCRP 7.42mg/dl

<凝固線溶系>

PT/INR 1.03

APTT 29.4secTT 61.1%

AT蠱 119.2%

Dダイマー 7.5µg/ml

<血栓素因>

プロテイン C抗原量 126%

プロテイン C活性 98%

プロテイン S抗原量 157%

表4 経過

図3 骨盤MRI

子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである―深部静脈血栓症を併発した3症例の検討― 105

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T2強調画像

途絶

膝下静脈血栓

2007年1月 2007年2月 2007年3月 2007年4月 2007年5月 2007年6月 2006年

月経痛増悪

NSAIDs内服

深部静脈血栓症発症

低用量ピル内服

血栓溶解療法

ワーファリン内服

単純子宮全摘術

肺血栓塞栓症

(全摘子宮280g)

下静脈に血栓が認められ,浅大腿静脈から膝下

静脈にかけて途絶が認められ,深部静脈血栓症

と診断された.

肺動脈造影(図6):入院後,ヘパリン・ウロ

キナーゼ等による血栓溶解療法を施行していた

が,第3病日にベッド上で上体を起こそうとし

た際に突然の呼吸苦,血圧低下,意識レベルの

低下,冷や汗,顔面蒼白などのショック症状を

呈し,肺血栓塞栓症を発症した.肺動脈造影を

施行したところ,両側の肺動脈領域と両肺野に

わたる梗塞巣を認めた.抗ショック療法,血栓

吸引・溶解療法を施行し,CCU管理となり,

一命をとりとめた.

経 過(表6):症例3の経過としては,月経

困難症を自覚し,NSAIDS内服にて対処してい

たものの,症状増悪が認められたため,低用量

ピル内服を開始した.低用量ピル内服開始後1

ヵ月半で深部静脈血栓症を発症した.血栓溶解

表5 血液検査所見

<血算>

WBC 8200/µLRBC 87×104

Hb 11.2g/dlHct 34.4%

Plt 17.1×104

<腫瘍マーカー>

CA125 295.0U/mlCA19―9 673.1U/mlCEA 0.4ng/ml

<生化学>

GOT 11IU/LGPT 15IU/LCPK 15IU/LT―Bil 0.2mg/dlTP 6.9g/dlAlb 3.8g/dlNa 141mEq/LK 3.9mEq/LCl 106mEq/LBUN 11.6mg/dlCre 0.77mg/dlCRP 1.12mg/dl

<凝固線溶系>

PT/INR 1.05

APTT 32.9secFib 361mg/dlTT 40.0

AT蠱 109.6

Dダイマー 17.9µg/mlC

<血栓素因>

プロテイン C抗原量 115%

プロテイン S抗原量 91%

抗カルジオリピン抗体 <1.3U/ml

図4 骨盤MRI 図5 下肢画像所見

表6 経過

図6 肺動脈造影

岩崎ほか106

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療法施行中に肺塞栓症を発症したため,血栓吸

引術施行し,その後ワーファリン内服し,凝固

系のコントロールがついた後,単純子宮全摘術

を施行した.

考 察

血栓症の危険因子としては表7に挙げられる

ようなものがある.今回の3症例に関しては,

血栓素因や肥満,巨大子宮筋腫・卵巣腫瘍,ピ

ル服用,妊娠などがあった.3症例を比較して

みると(表8),3症例ともに子宮腺筋症を認

めた.また,子宮の大きさは大きく,背景には

それぞれ,肥満,妊娠,血栓素因や喫煙などの

危険因子が存在し,かつ2症例においては経口

避妊薬内服をしていた.まず,巨大な子宮腺筋

症や,骨盤内腫瘍に関しては,腫瘍自体が腸骨

静脈や下大静脈を圧迫することで血液のうっ滞

が起こり,血栓が生じると考えられている.今

回の3症例に関しては,子宮の腫脹は認めるも

のの,静脈系を圧迫するまでの大きさとは考え

にくく,その他の危険因子が重なることで,よ

り深部静脈血栓症の危険性が高まったものと考

えられる.また,子宮腺筋症に関しては近年さ

まざまな研究がなされており,腺筋症患者の異

所性内膜にはアロマターゼの発現が認められ,

とくに腺筋症病変においては,アロマターゼ活

性の異常な亢進が認められていることが知られ

ている.エストロゲンは卵巣や脂肪組織などか

ら供給されるが,子宮腺筋症病変においては,

アロマターゼ活性の亢進により局所的にエスト

ロゲン産生が行われている.また,局所的エス

トロゲン濃度は卵巣由来のエストロゲン濃度よ

り高いことが知られている.よって,今回2症

例において使用されていた低用量ピルに関して

は,子宮腺筋症症例において使用する場合,そ

のエストロゲン濃度をさらに高めてしまう恐れ

や何らかの凝固系亢進が生じるため,血栓発症

の危険を高めるという推測も可能であり,ピル

に関しては,慎重投与が必要であると考えられ

る.さらに GnRHアゴニストとアロマターゼ

阻害薬の併用療法が有効であることが木村らの

研究において示されており,GnRHアゴニスト

の使用が有効でなかった症例においてはアロマ

ターゼ阻害薬の使用を考慮することは,意味の

あることであると考えられる.また,アロマタ

ーゼ阻害薬の使用により,腺筋症病変の改善が

認められる症例においては,病変部におけるア

ロマターゼ活性の亢進がかなり強いとも考える

ことが可能であると思われる.

ま と め

骨盤内において巨大な体積を占める病変は血

栓の原因になりうると考えられるとともに,巨

大な腺筋症にさらなる血栓症の危険因子が加わ

った場合,血栓症発症の危険は大きいと考えら

れ,腺筋症に対しての低用量ピルの使用は十分

な注意を要するとともに,腺筋症症例に関して

は,可能であれば D―ダイマーや TATなどの凝

固系検査を定期的に施行する必要があると考え

られる.

表7 血栓症の危険因子

一般的 婦人科領域

血栓症の家族歴・既往歴

抗リン脂質抗体症候群

血栓素因

悪性腫瘍

心疾患

高年齢

重症感染症

長期安静臥床

血液濃縮

肥満(BMI25以上)高脂血症

喫煙

長時間の手術など

巨大子宮筋腫・卵巣腫瘍

卵巣癌手術

子宮癌手術

骨盤内高度癒着手術

卵巣過剰刺激症候群

ピル服用者

閉経後ホルモン補充療法

産科領域

妊娠(特に高齢妊娠)

重症妊娠中毒症・前置胎盤

・重症妊娠悪阻・切迫早産

等による長期ベッド上安静

常位胎盤早期剥離

帝王切開術

著明な下肢静脈瘤など

表8 3症例の比較

年齢 子宮腺

筋症

サイズ 子宮

重量

BMI≧26

妊娠 血栓

素因

経口

避妊薬

喫煙

症例

34歳 ○ 20.7

×15.8

○ △ ○

症例

44歳 ○ 11×7 273g ○

症例

39歳 ○ 12×6 280g ○ ○

子宮腺筋症は深部静脈血栓症のリスクファクターである―深部静脈血栓症を併発した3症例の検討― 107

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岩崎ほか108