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飼料用米の価格条件からみたコスト低減の課題と展望 農研機構 畜産草地研究所 恒川磯雄 はじめに 穀実を飼料として利用する飼料用米の生産は、 2010 年の戸別所得補償政策( 2013 年か ら経営所得安定政策)において水田利活用の所得補償の対象作物に位置づけられて以降本 格化した。制度導入当初の飼料用米の生産助成金は定額( 8 万円 /10a)であり増産が必ず しも収益増に直結せず、備蓄米等への転換もあって面積は一時減少したが、 2014 年から は数量払いや専用品種への助成など支援制度が拡充し、生産は回復した。今年度( 2015 年)は主食用米の生産目標の引き下げ、主食用米価格の低迷を受け、関係団体や農業者の 積極的な取組が行われたことなどにより飼料用米の作付面積は一気に約 8 ha (約 42 t 水準)にまで拡大している。 政府は 2015 3 月の食料・農業・農村基本計画(閣議決定)において飼料用米等の生 産拡大を位置づけ(2025 年の生産努力目標として 110 t )、その中で目標の確実な達成 に向けて水田活用の直接支払交付金など必要な支援を行うとしている。 現時点での飼料用米生産の意義と位置づけを政策的な面から整理しておくと、①食料(飼 料)自給率の維持・向上、②水田の機能を活かした食料生産基盤の維持、③食用米の価格 低下対策と耕種農家の所得の確保、などが考えられる。また、米の生産に関しては現在の 生産要素(土地、労働力、技術力、流通面も含めた機械施設)をそのまま活用できる点で 利点も大きい。しかし、飼料用米生産の最大の課題は飼料としての利用価値(取引価格) に対して生産コストが極めて高いことであり、生産者の経済性を確保する上で助成金は不 可欠となっている。その意味でも飼料用米の低コスト生産・利用は喫緊の課題である。 この報告では、飼料用米の取引(利用)段階における価格を念頭に置いて、まず飼料用 米の生産コスト低減に関して検討した研究成果に触れる。次に、米生産費の動向と特徴か らコスト低減の課題を整理し、さらに収穫調製から流通利用に至る飼料用米利用のコスト の実態と低減方策を検討する。最後にコスト低減の目標と収益性および飼料用米利用の定 着に向けての考察を加える。 米の生産費の構造と飼料用米の生産コスト低減 米の生産費調査でいうところの生産物は「玄米(正米)」であり、乾燥調製までが費用 を構成する。飼料用米の生産コストについては、現状では食用米と同様の生産方法で栽培 される場合も多く、その限りでは生産コストも変わらない。なお、農林水産省の「経営所 得安定対策の概要」の作物間の収益性比較における飼料用米の収益性は表1のとおりで、 -29-

飼料用米の価格条件からみたコスト低減の課題と展望...可欠となっている。その意味でも飼料用米の低コスト生産・利用は喫緊の課題である。この報告では、飼料用米の取引(利用)段階における価格を念頭に置いて、まず飼料用

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飼料用米の価格条件からみたコスト低減の課題と展望

農研機構 畜産草地研究所

恒川磯雄

1 はじめに

穀実を飼料として利用する飼料用米の生産は、2010 年の戸別所得補償政策(2013 年か

ら経営所得安定政策)において水田利活用の所得補償の対象作物に位置づけられて以降本

格化した。制度導入当初の飼料用米の生産助成金は定額(8 万円 /10a)であり増産が必ず

しも収益増に直結せず、備蓄米等への転換もあって面積は一時減少したが、2014 年から

は数量払いや専用品種への助成など支援制度が拡充し、生産は回復した。今年度(2015

年)は主食用米の生産目標の引き下げ、主食用米価格の低迷を受け、関係団体や農業者の

積極的な取組が行われたことなどにより飼料用米の作付面積は一気に約 8 万 ha(約 42 万 t

水準)にまで拡大している。

政府は 2015 年 3 月の食料・農業・農村基本計画(閣議決定)において飼料用米等の生

産拡大を位置づけ(2025 年の生産努力目標として 110 万 t)、その中で目標の確実な達成

に向けて水田活用の直接支払交付金など必要な支援を行うとしている。

現時点での飼料用米生産の意義と位置づけを政策的な面から整理しておくと、①食料(飼

料)自給率の維持・向上、②水田の機能を活かした食料生産基盤の維持、③食用米の価格

低下対策と耕種農家の所得の確保、などが考えられる。また、米の生産に関しては現在の

生産要素(土地、労働力、技術力、流通面も含めた機械施設)をそのまま活用できる点で

利点も大きい。しかし、飼料用米生産の 大の課題は飼料としての利用価値(取引価格)

に対して生産コストが極めて高いことであり、生産者の経済性を確保する上で助成金は不

可欠となっている。その意味でも飼料用米の低コスト生産・利用は喫緊の課題である。

この報告では、飼料用米の取引(利用)段階における価格を念頭に置いて、まず飼料用

米の生産コスト低減に関して検討した研究成果に触れる。次に、米生産費の動向と特徴か

らコスト低減の課題を整理し、さらに収穫調製から流通利用に至る飼料用米利用のコスト

の実態と低減方策を検討する。 後にコスト低減の目標と収益性および飼料用米利用の定

着に向けての考察を加える。

2 米の生産費の構造と飼料用米の生産コスト低減

米の生産費調査でいうところの生産物は「玄米(正米)」であり、乾燥調製までが費用

を構成する。飼料用米の生産コストについては、現状では食用米と同様の生産方法で栽培

される場合も多く、その限りでは生産コストも変わらない。なお、農林水産省の「経営所

得安定対策の概要」の作物間の収益性比較における飼料用米の収益性は表1のとおりで、

-29-

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条件次第では主食用米

を上回る状況が示され

ている。ただし、これ

は飼料用米生産には食

用米用の既存の機械や

施設を使えるためその

分固定財費が低減する

ことを前提とした値で

あり、稲作面積を追加的に増大する場合は成り立つが、主食用米の生産減少分を飼料用米

で置き換える場合は単位あたり固定費は減少しない。また、現状で機械類の利用が手一杯

である場合も飼料用米の追加・拡大には固定財への追加投資は必要である。したがって、

固定費は本作化を前提とすれば今後は主食用米並みに考える必要があろう。

図1・2は農水省の米生産費調査のデータと、前年度までの「国産飼料プロ」委託研究

において示された低コスト飼料用米栽培の現地実証試験結果の比較であり、後者は一部修

正の上引用している。元データは笹原らによるもので、飼料用米の低コスト化を考える際

の現時点での基礎データである(1)。図1は 10a あたり費用の費目ごとの積み上げであり、

統計値では規模拡大によるコスト低減の状況も示している。飼料用米の実証試験の労働費

までの費用合計は全国 10ha 以上規模と同水準であった。試験では直播や乳苗粗植などの

省力技術を導入しており、労働費の低減効果が大きいことも注目点である。

統計値と飼料用米実証試験の費目構成で大きく異なるのは、後者で「賃借料および料金」

の割合が大きいことである。これは3地域とも共同利用施設で乾燥調製を行い、その料金

がすべてここに含まれるからである。乾燥調製の費用について統計では作業を外部に委託

する場合(賃借料及び料金に算入)と自ら所有する機械を用いる場合(機械償却費、労働

費、燃料費等に分解して算入)が各々の費目に合算されるため単独の費目としては扱われ

ない。また、実証試験地の値が特に大きいことの理由として多収の影響もある。実証試験

では実費として「地代・利子」を算入していない点も注意が必要である。

図2は生産物(玄米)1kg あたりでみた費用で、 終生産物あたり費用という点で本来

的な指標である。また、地代・利子の想定額も合わせて示した。実証試験は飼料用米向け

 表1 水田における麦、大豆、非主食用米等の所得(10アール当たりのイメージ)

うち畑作物

うち水田活用・ほか

標準単収 7 80 87 64 23 26

多収性品種+増収

9 117 126 76 50 28

116 7.5 123.5 87 36.5 26

農林水産省・経営所得安定対策の概要(平成27年度)・24頁表による.なお、ここでの経営費とは支払費用(物財費、支払利子・支払地代・支払労賃)の合計であり家族(自己)労働費は含まない.

飼料用米米粉用米

主食用米

千円/10a

販売収入

経営所得安定対策等の交付金 収入

合計経営費 所得

労働時間(時間/10a)

-30-

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の多収品種を用いており、食用米の 1.5 倍の平均約 770kg/10a の高単収であったことから

労働費までの費用合計は 90 ~ 110 円 /kg となった。いずれも機械費の低減効果が小さいが、

これは規模や利用度の影響を大きく受ける費目であるため、現場段階ではさらに低減が見

込まれる。逆に全体に省力化による労働費の節減が大きいが、こちらは限界に近いと思わ

れる。生産費の費用構造の特徴からは、飼料用米の生産コストの低減には単収の高位安定

が も重要であり、さらには乾燥調製費と地代の低減も課題であることがわかる。

米の生産費の低減目標について、「日本再興戦略」(2013 年 6 月閣議決定)では、「担い

手の米の生産コストを現状全国平均(267 円 /kg)から4割削減」、さらに「日本再興戦略

・改訂」(2015 年 6 月閣議決定)では、「担い手の飼料用米の生産コストを 2025 年までに

現状から5割程度低減、本作化に向けた取組を推進」という旨(筆者要約)が記されてい

る。こうした目標水準を踏まえ、上のデータを改めて検討したものが図3である。食用米

に関して 10ha 以上規模層を担い手と見なせば現状でも平均に対し物財費は 71%、全算入

生産費は 74%の水準であり、土地集約等による一層の労働時間の節約と借地料水準の引き

下げ等が実現できれば接近できる位置にある。一方、飼料用米については多収品種を前提

に、福島の実証データに基づけば物財費と労働費の合計は「現状の主食用米平均」の 50%

の水準であり、大きな割合を占める乾燥調製費用が削減できればさらにコスト低減ができ

る。主食用米では

現状の乾燥調製費

を大きく削減する

ことは難しいが、

飼料用米に関して

は後述のように圃

場での収穫から利

用に至る費用の低

減方策は幾つかあると考えられる。

3 飼料用米の流通・利用コストの現状と低減の可能性

(1)飼料用米の取引価格

次に、飼料用米の経済性を考える際の前提となる取引価格と販売収入に関して整理を行

-31-

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う。飼料用米は飼料としての利用価値(重量あたり栄養価)がほかの飼料穀物と殆ど変わ

らないことから、利用する畜産側でも同等の単価が使用の条件となる。飼料用米利用の開

始当初は様々な試行錯誤の中で商品差別化や産直販売を前提に飼料用米単価を輸入穀物よ

り高く設定することもみられたが、生産量の増大と生産助成施策の拡充によってかつては

高値で取引していた例も含めて多くの場合は一般飼料並の単価となっている。

飼料用米の大口の実需者のひとつは配合飼料工場であるが、ここでは飼料用米はあくま

でも飼料穀物としての扱いであり、とうもろこしなどの輸入穀物の買入価格がほぼそのま

ま取引価格を規定するとみられる。その一方で、畜産側生産者が耕種側から直接購入し自

家配合等で利用する場合も少なくない。この場合は単体飼料の調達価格が指標となるが、

各地の飼料用米の取引事例では、配合飼料工場における飼料穀物の買入価格水準がほぼそ

のまま地域での飼料用米の取引単価に反映されている。したがって購入の際に上乗せされ

る配送費分は含まないことになり、利用側のメリットが生じている。その理由として、利

用者側からみて飼料用米の飼料としての利用価値や供給の安定性に対する認知が不十分な

こと、場合によっては従来の飼料に比べ貯蔵や調製・配合・給与に手間がかかること、他

方で供給する生産者からみれば輸入穀物並の低価格での供給でも生産者団体等を通じた遠

方への出荷に比べて経済的利点が大きいことなど、総じて買い手市場の状況にあるためと

考えられる。

飼料用米の具体的な取引単価について

は、各地の事例では玄米 1kg あたり 30 円程

度が目安となっている。主要な輸入穀物飼

料であるとうもろこしの価格は、国際相場

の変動の影響が大きいが、 近のシカゴ相

場ではおおよそ 20 円 /kg で、

これに日本までの運賃約 6 円

と諸経費が加算される。他方、

全農扱いの飼料用米の販売単

価は、公表データによれば表

2のとおりで、飼料工場が輸

入穀物並の価格で買い入れて

いることが伺われる。

一方、国内の配合飼料等の価格は表3のとおりで、高い水準で推移している。単体とう

もろこしの単価も表3の値に運賃を加算すれば利用者段階で 45 ~ 50 円程度になると見込

まれる。したがって、飼料用米を地域内の直接取引で安価に調達し配合飼料等の一部と代

替すれば飼料費の節減効果は大きい。実際、この点に関する事例報告も出されている。飼

料用米の利用や流通取引の方法の違いによって経済性に差が生じるのは、いまのところ飼

料用米の利用が「市場の成熟(均衡)」に至っていないためと考える。

 表2 飼料用米の販売単価(全農扱い)

年度(年産米) 2011 2012 2013

東北地方A県共同計算結果

30.7 34.9 28.6

中国地方B県共同計算結果

34.1 28.0

各農協等公表資料による.

全農A県本部資料

C農協資料

円/kg

 表3  配合飼料等の飼料の工場渡価格

2010 2011 2012 2013 2014 2015.8

全畜種全加重平均

53.1 57.5 60.1 66.4 67.8 66.5

乳牛用 バラ 54.1 57.4 59.6 65.8 66.8 65.1

飼育18月~ 袋もの 59.0 62.7 65.1 71.9 71.8 69.9

肉牛用 バラ 50.2 54.1 55.9 61.6 62.2 61.3

肥育6月~ 袋もの 55.3 59.3 61.7 67.7 67.0 66.5

バラ 35.9 40.8 41.7 43.9 41.6 41.5

袋もの 40.4 44.3 45.2 47.4 45.2 45.2

農水省・流通飼料価格等実態調査による.

円/kg

単体飼料用トウモロコシ

年度平均

配合飼料

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(2)飼料用米の乾燥調製費用の現状と低減方策

上述のように、飼料用米の生産コストにおいては乾燥調製費の割合も大きい。この費用

は生産量に比例するため、多収によるコスト低減効果は期待できない。ライスセンター

(RC)やカントリーエレベータ(CE)の共同利用施設の利用料金を調べると、玄米 1kg

あたり 20 ~ 35 円程度と各地で幅があり、高い水準の場合はこれだけで飼料用米の販売単

価を上回る場合もある。これは乾燥と調製(籾擦り・選別)に大きく分けられ、乾燥と調

製の料金を区分している施設の例も少なくない。その場合、乾燥のみで籾米のままの料金

は玄米の5~6割であり、籾米としての利用であればそれだけで 5 ~ 15 円 /kg 程度のコス

ト低減につながる。籾米は容積・重量が増えるのが欠点だが、常温貯蔵も可能なため貯蔵

費用の実質の増減は比較的小さいとみられる。

乾燥調製費用の内訳を事例調査等から検討した結果から 1kg あたりの目安として示す

と、機械償却費 5 ~ 15 円、燃料費 2 ~ 3 円、労働費(人件費)3 ~ 5 円、その他(建物費、

修繕費等)3 ~ 5 円と見積もることができ、機械費の占める割合が高い。また、茨城県に

おける立毛乾燥の効果を検討した試験結果では燃料費は 1.53 円から 0.63 円へと6割の削

減効果を認めている(2)。ただし、そこでの費用低減の絶対額は1円弱と大きくはない。

筆者の調査でも乾燥経費に占める燃料費の割合は小さかった。なお、労働時間の減少分も

含めて評価すれば実質的な効果はこれより大きくなる。乾燥費は燃料費のみならず総合的

な評価が必要であり、実際に RC 等によっては持ち込み水分で料金に差をつける例も少な

くなく、こうした場合には立毛乾燥の効果が見込まれる。いずれにしても脱粒・鳥害・降

雨などのリスクまで含めて考えると、乾燥機利用を前提とした場合には立毛乾燥の効果は

生産現場の実態に応じて検討する必要があろう。

飼料用米の利用において乾燥調製費用を根本的に低減する方法としては、乾燥機を使わ

ない、すなわち自然乾燥のみで利用するか、あるいは生籾のまま破砕してサイレージ化ま

たは直接保存し利用時にリキッド等に調製する方法等が考えられる。自然乾燥のみについ

ては実践事例も報告されているが、晩秋期に乾燥した地域であること、低温期に使い切る

ことなどが条件になると思われる(3)。また、籾米サイレージについては原物の調製費用

が 10 円 /kg(玄米あたり約 13 円 /kg)という目安も出されている(4)。乾燥調製費の高コス

ト問題にはこうした方法で対処することが今後は重要になると思われる。

(3)飼料用米の流通費用

一般の商取引では取引価格は流通費用を含めての買取であり、生産段階の収支計算では

流通費用が本来の生産物価格に上乗せされ実費として差し引かれる。飼料用米についても

同様に実需者の買入価格(約 30 円 /kg)から流通経費を差し引いたものが生産者の手取り

(本来であれば生産原価の回収分)となる(表1における「販売収入」もこの値)。

この費用は貯蔵保管費・輸送費・事務手数料・検査料などからなる。主食用米について

の各地の農協の共同販売の精算結果をみると、経費の合計は概ね 20 ~ 30 円 /kg 程度とな

-33-

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っている。飼料用米の場合は特別な

販売促進費は不要であろうが、その

他の経費は食用米と同程度を要しよ

う。表4はある農協の飼料用米販売

の精算結果の事例である。ここでの

流通費用の合計は約 17 円 /kg となっ

ている。保管料・入出庫料として区

分される経費割合が高い。また、一

般に穀物の国内での運送経費は数百

キロの距離で 5 ~ 10 円 /kg 程度とさ

れるのに対し、この例では運賃が小

さいが、これは配合飼料工場が近くに立地しているためと思われる。以上から、生産者団

体(農協など)による一般的な流通の場合の販売経費は 20 円 /kg 程度で、遠距離輸送など

条件次第ではそれ以上になることもあるとみられる。

(4)飼料用米の低コスト利用の可能性

以上の検討や筆者の現

地調査および飼料用米利

用に関する各種の情報な

どに基づき、圃場での収

穫以降の利用に至るまで

のコストの現状と課題、

低減方策とその効果につ

いて整理する。

表5は収穫以降の費用

を、調製・利用方法ごと

に 一 覧 に し た も の で あ

る。実際には生産と利用の現場の事情や生産者団体・流通関係者の取組状況によって費用

の詳細は変わるものであり、これはあくまでも目安として、また幅も持たせて示している。

飼料用米の流通と利用について、耕種側生産者では手間などの理由から生産者団体(農

協)への出荷が も取組やすいであろう。また、玄米での流通は食用米の貯蔵輸送手段や

ノウハウがあるため、特に大量の生産物の取り扱いに適している。こうした場合、他県へ

の輸送を前提とするような取組では乾燥調製費約 20 円 /kg、流通経費 20 円 /kg として 40(34

~ 61)円 /kg 程度の費用が見込まれる。これに対して籾米(乾籾)利用による籾摺り費削

減と地域内取引による輸送費低減、直接取引による手数料等の事務的経費低減などを組み

合わせれば経費合計は 19 円 /kg 程度、また、籾米サイレージについてもこれとほぼ同様の

費用低減が見込まれる。仮に差額を 20 円とすれば、収量 500kg/10a の場合 1 万円、750kg

  表5 飼料用米の収穫以降の費用の比較(目安)玄米換算・円/kg

乾燥調製 輸送 貯蔵加工 手数料等 合計

20 8 4 8 40(18~35) (5~10) (3~6) (34~61)

20 4 4 4 32(18~30) (1~5) (3~6) (26~45)

12 4 4 4 24(10~15) (1~5) (3~6) (18~30)

12 5 2 4 23(10~15) (1~6) (17~27)

8 5 2 4 19(5~10) (1~6) (14~22)

1 16 2 19

(13~16) (16~19)注:( )内は下限と上限の目安.JA等の貯蔵費等の区分には詳細が不明のことも多い.

区 分乾燥作業

費     用

玄米

全国流通 委託

地域内取引 委託

地域内取引 自家

サイレージ・地域内取引

なし生籾

乾籾

地域内取引 委託

地域内取引 自家

年産 2012年 2013年

内訳 円/kg 円/kg

販売代金 34.1 28.0 品代

その他 0.5 1.1 繰越金等

収入合計 34.6 29.0流通保管経費 小計 13.2 12.4

保管料入出庫料等 9.0 8.5

運賃 1.3 1.1 飼料工場が近い

集約保管等経費 2.8 2.8

その他経費 小計 1.6 1.7 フレコン使用料等

手数料 小計 3.0 2.8

全農手数料 1.3 1.4

JA手数料等 1.7 1.4

支出合計 17.8 16.9生産者精算額(繰越除く) 16.5 11.5 玄米出荷の手取り

 表4 飼料用米の農協共同計算結果の例

備 考項目

収入

支出

注:中国地方B県C農協の公表データによる.なお、2013年産主食用うるちの支出合計は19.4円/kgであった.

-34-

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の多収であれば 1.5 万円の差を生むことになる。さらに、牛への給与を前提とした地域内

取引では家畜糞堆肥の圃場還元による耕畜連携にも取組易いであろう。

地域内流通の 大の課題は、飼料用米の生産者と利用者とのマッチングである。この点

では耕種側では多数の生産者をまとめる生産者団体(地域の単位農協)の対応が重要であ

る。特に、上に触れたように内容次第で耕種側生産者に対する経済的メリットも見込まれ

る。畜産側についても、輸入飼料依存型経営から地元産飼料利用に向かうことは地域内の

経営の存立基盤を強化することもにもつながるため、積極的な対応が望まれる。

4 コスト低減効果の影響とコスト目標に関する考察

飼料用米の生産と利用に関するコスト低減は、生産者と利用者双方に経済的メリットを

もたらすが、同時に農業生産力の向上の視点からみた点でも重要である。そこで 後に、

飼料用米生産の収益性の視点も含めて飼料用米の生産と利用におけるコスト低減が持つ意

味を、コスト目標にも関連させて考察する。

表6は上でみた図1・表1のデータを用いて、生産条件等が変化した場合の経済的影響

を耕種農家の収益性の観点から試算し整理したものである。収益性として 10a あたり所得

と労働時間あたり所得の双方を示した。他作物の収益性や他産業との比較、或いは規模拡

大の効果を考える場合は後者の時間あたり所得(収益)を重要すべきと考える。

① 表1の経営所得対策の概要の収支双方に流通費用同額を加算 【A】

標準単収 500 17.0 80.0 97.0 74.0 23.0 26.0 885 256

多収性品種+増収

750 24.0 117.0 141.0 91.0 50.0 28.0 1,786 197

② 【A】の経営費の固定費を全額に修正、平成25年度全国平均を採用 【B】

標準単収 528 17.6 80.0 97.6 95.6 2.0 23.8 84 274

多収性品種+増収

750 24.0 117.0 141.0 112.0 29.0 25.8 1,125 219

③ 【B】の経営費と労働時間を10ha規模階層の値に修正 【C】

標準単収 536 20.4 80.0 100.4 79.7 20.7 13.7 1,513 201

多収性品種+増収

750 24.0 117.0 141.0 96.0 45.0 15.7 2,872 169

④ 【C】の乾燥調製費と流通費用合計を40→20円に引き下げ

多収性品種+増収

750 24.0 117.0 141.0 81.0 60.0 15.7 3,822 149

⑤ 【C】の経営費を実証試験地・福島のデータ(一部修正値)で置き換え 【D】

多収性品種+増収

753 24.1 117.0 141.1 92.7 48.4 10.1 4,768 154

⑥ 【D】の単収を800kg、乾燥調製費と流通経費合計を40→20円、借地料5割減、販売単価@35円、助成金変更

多収性品種+増収

800 28.0 80.0 108.0 73.3 34.7 10.1 3,416 117

注:福島の実証試験データは図1・2参照、支払利子地代・副産物価額は生産費調査10ha以上層で加筆修正.全算入生産費の自己資本利子・自作地地代は対応する生産費調査による.労働費単価は1,377円.全算入生産費とは物財費+労働費+利子地代の(支払・自給・自己帰属の)費用合計から副産物評価額を差し引いた主産物の値.流通経費は@20円とした.

 表6 飼料用米のコスト低減等が収益性に及ぼす影響の試算

時間あたり所得

(円/時)

10aあたり金額 (千円)

単収kg/10a

労働時間(時間/10a)

全算入生産費+流通経費

(円/kg)

飼料用米助成金収入

取引(販売)価格

収入合計

経営費+

流通経費所得

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Page 8: 飼料用米の価格条件からみたコスト低減の課題と展望...可欠となっている。その意味でも飼料用米の低コスト生産・利用は喫緊の課題である。この報告では、飼料用米の取引(利用)段階における価格を念頭に置いて、まず飼料用

①は表1の値であり、平均規模の費用を想定した標準単収では収益性は低い。②は固定

費の全額を算入した場合で、この前提では平均規模では専用品種で多収でなければ殆ど収

益がないことがわかる。③は生産費を 10ha 以上階層の値とした場合で、専用品種で多収

を前提とすれば時間あたり所得は 2,900 円程度まで増加する。

上述のとおり、乾燥調製と流通経費は取組次第で低減の可能性がある。この点を踏まえ、

③まで計 40 円 /kg としていたこれらの費用合計を 20 円に引き下げた場合が④である。ま

た⑤は乾燥調製と流通費用を計 40 円のままとし、福島での現地試験のデータを採用して

収益性をみたものである。その特徴は投下労働時間が 10.1 時間 /10a と小さいことで、この

ため④と比べ費用合計は大きく 10a あたり所得は減少するものの、時間あたり所得の増大

効果は大きい。このことは、飼料用米生産における収益性の確保と総所得拡大には省力技

術の採用による大規模栽培が条件となることを示している。 後の⑥は④と⑤の条件をと

もに採用し、単収を 800kg に、また助成金単価と借地料についても変化した場合の収益性

とコストの試算値である。飼料用米の原物の取引単価と生産性を踏まえた助成水準の確保

が将来的にも必要と思われる。

飼料用米の生産コストの引き下げ目標に関しては、多様な流通利用の形態があることを

考慮に入れる必要があろう。つまり、生産費に含まれる乾燥調製コストとともに流通利用

コストを含めた低減方策の検討である。全算入生産費に流通経費を含めたコスト単価は第

6表の 右列に示したとおりで、日本再興戦略でいう飼料用米の生産コスト半減目標に関

連して言えば、⑥の 117 円 /kg は平均規模を前提に専用品種・多収とした②の 219 円の

53.4%、また現在の主食用米 10ha 規模層・基準収量の全算入生産費 201 円 /kg の 58.2%とい

う水準になる。コスト半減の目標達成に向けて、安定多収技術の確立と普及、各費目ごと

の削減可能性の洗い直しと再検討、営農現場における条件整備、流通利用面での取組等を

今後とも併行して進めていく必要がある。

参考文献等

(1)笹原和哉・吉永悟志(2014)多収・低コスト生産技術による飼料用米の生産費と普及の

可能性、関東東海農業経営研究 104,73-79.

(2)茨城県農業総合研究センター(2011)、「飼料用米「べこあおば」の立毛乾燥技術」、研

究成果情報.

(3)小林正己(2013)岐阜県の酪農における飼料用米利用の一事例、平成 25 年度飼料イネ・

TMRセンターに関する情報交換会資料(畜産草地研究所平成 25-5 資料)、103-108.

(4)畜産草地研究所(2015)既存の穀物用施設を活用した籾米サイレージ調製技術マニュア

ル<第2版>.

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平成27年度 農研機構シンポジウム 資料 編集・発行 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 畜産草地研究所

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