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1 国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点からー 早稲田大学政治経済学術院 白木 三秀 A Comparative Analysis of International Human Resource Management : From the View Point of “Multi-national Internal Labor Markets” By Mitsuhide Shiraki Faculty of Political Sceince and Economics, Waseda University 目 次

国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点か … · 5.マレーシアにおける日系メーカー2社:D社およびE社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア

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国際人的資源管理の比較分析

―「多国籍内部労働市場」の視点からー

早稲田大学政治経済学術院

白木 三秀

A Comparative Analysis of International Human Resource Management : From the View Point of “Multi-national Internal Labor Markets”

By

Mitsuhide Shiraki

Faculty of Political Sceince and Economics,

Waseda University

目 次

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序章 問題意識と本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 1.問題意識 2.本論文の構成 第1章 文献サーベイと研究視点の設定・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 1.はじめに 2.国際人的資源管理の定義と特徴 3.国際人的資源管理の枠組み 4.本国からの影響と国際人的資源管理 5.日本の HRM システム移転に関する研究の類型化 6.国際人的資源管理の実証研究 7.内部労働市場研究の展開 8.本論文の研究視点

第2章 多国籍内部労働市場の実証分析・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 1.はじめに 2. 分析対象企業の特徴 (1)データ・ソース (2)分析対象企業の諸特徴 3.海外における日系企業の経営諸課題と日本人派遣者 (1)経営諸課題に関する調査結果 (2)日本人派遣者の派遣理由 4.日本人派遣者比率の決定要因 (1)日本人派遣者比率の諸特性 (2)日本人派遣者比率の決定要因についての分析枠組みと考察 (3)日本人派遣者比率についての線形重回帰分析の結果 (4)検討 5.本社統制と現地人材の蓄積が利益率に及ぼす影響 (1)分析の枠組み

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(2)仮説の設定 (3)被説明変数の設定とその特徴 (4)売上高経常利益率の決定要因についての検討 (5)売上高経常利益率についての線形重回帰分析の結果 6.結論 第3章 ヨーロッパ系多国籍企業のアジアにおける人的資源管理・・・・・・ 79 1.研究の視点と研究方法 (1)研究の視点 (2)調査方法 2.Unilever (Malaysia) (1)企業の概要と歴史 (2)組織と経営理念 (3)グループ全体の変化 (4)親会社・子会社間の権限の配分と委譲 (5)国際人的資源の育成と管理 (6)考察 3.Siemens (Malaysia) (1)Siemens 企業グループならびにその国際人的資源管理の概要 (2)Siemens(M)の概要と歴史 (3)事業グループと子会社との関係 (4)国際人的資源の育成と管理 (5)考察 4.Siemens(Singapore) (1)企業の概要 (2)親会社・子会社関係ならびに派遣者 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 5.Nestle (Thailand) (1)企業の概要と歴史 (2)親会社・子会社関係 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 6.ABB (Thailand)

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(1)企業の概要と歴史 (2)親会社・子会社関係 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 7.ヨーロッパ系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 (1)世界本社による統制・統括 (2)多国籍人材の移動と研修 (3)ヨーロッパ系多国籍企業固有の諸課題 第4章 アメリカ系多国籍企業のアジアにおける人的資源管理・・・・・・122 1.本章の課題 2.Campbell Soup (Malaysia) (1)企業の概要と歴史 (2)親会社・子会社関係 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 3.Hewlett-Packard (Singapore) (1)企業の概要と歴史 (2)親会社・子会社関係 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 4.IBM (Singapore) (1)企業の概要 (2)親会社・子会社関係 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 5.P&G (Thailand) (1)企業の概要と歴史 (2)親会社・子会社関係 (3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 6.Bestfoods Asia(香港) (1)企業の概要と歴史 (2)本社・子会社関係

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(3)国際人的資源の育成と管理 (4)考察 7.アメリカ系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 (1)世界本社・地域本社による統制・統括 (2)多国籍人材の移動と研修 8.ヨーロッパ系・アメリカ系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」の比較検討 第5章 日系多国籍企業の ASEAN における人的資源管理・・・・・・・・・163 1.本章の課題 (1)視点 (2)調査方法と対象 2.自動車メーカーA社グループ (1)自動車メーカーA社:日本本社のグロ-バル化の現状 (2)自動車メーカーA社インドネシア (3)自動車メーカーA社タイ (4)自動車メーカーA社フィリピン (5)考察 3.家電メーカーB社グループ (1)家電メーカーB社:日本本社の海外子会社統括 (2)家電メーカーB社インドネシア (3)家電メーカーB社マレーシア (4)家電メーカーB社フィリピン (5)考察 4.食品メーカーC社グループ (1)食品メーカーC社:本社の海外子会社統括システム (2)食品メーカーC社インドネシア (3)食品メーカーC社フィリピン (4)考察 5.マレーシアにおける日系メーカー2社:D社およびE社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア (2)電機部品メーカーE社マレーシア (3)考察 6.日系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 (1)事例企業の基本的特徴

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(2)本社による統制・統括 (3)多国籍人材の派遣と移動 (4)欧米系多国籍企業と比べた日系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 終章 結論と今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・205 1.「多国籍内部労働市場」の概念整理 2.発見されたこととその意味 3.検討と課題 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・217 添付資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・223

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国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点からー

白木 三秀

序章 問題意識と本論文の構成 1.問題意識 多国籍企業における人的資源の開発と管理のシステム、つまり国際人的資源管理

(International Human Resource Management: IHRM)とは、多国籍企業がその固有の

価値、理念、方針、戦略の下に、様々な特徴を有する複数の国籍・文化的背景等から成る

従業員を雇用しながら、その能力を十全に活かすべく採用される人的資源管理システムに

他ならない。それがシステムであるためには、そのシステムを通じる一貫した何らかの合

理性、論理整合性、納得性が求められる。 例えば、同じ企業の同じ職種・職位の従業員でありながら、国籍・文化的背景等が違う

から、または働く国が違うからといって全く異なる評価システムや処遇体系が適用されて

は、当該従業員の納得を得、一定水準のモラール(志気:Morale)を維持することは困難

であろう。 しかし、かといって、例えば生活水準や技術水準の大幅に異なる地域間・職場間で、全

く同じシステムを適用することもできないであろう。現地にある労使関係の在り方を無視

して本国にすでにある親会社の労使関係制度をそのまま持ち込むことも困難であろう。さ

らに、人事評価制度も、本国と現地とで生活スタイル等が異なるために、全く同じという

わけにはいかないかもしれない。つまり、国や対象者によって適用される人的資源管理

(HRM: Human Resource Management)システムが異なる必要もあるのかもしれない。

このように、国際人的資源管理システムにおいては、その内に相対立する論理を含んでい

るのである。 そのような複雑な諸関係の中で機能する国際人的資源管理システムを次のような観点か

ら分析していきたいというのが、本論文のモティーフである。すなわち、上記のような対

立点を内部に抱える多国籍企業が海外でのオペレーションを息長く継続するには、現地で

の社会・経営環境に的確に反応(Responsive)し、それに適合(Adaptable)するような経

営を行い、同時に、その経営活動が本社統制の下に、技術・技能・知識・ノウハウの蓄積

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を伴い、競争の優位性(Competitive Advantage)を保持するものでなければならない。つ

まり、この海外オペレーションは、当該多国籍企業の事業活動の一環であることを前提と

しつつ、現地の社会・経営環境に根付きながら人的資源を蓄積し、かつ 終的に利益の出

る経営活動となることを求められるのである。 国際人的資源管理においては、世界本社(World Headquarters:WHQ)による統合・統

制の中の各種手段として、例えば理念の共有、海外子会社(Overseas Subsidiary)トップ・

マネジメントの世界本社による指名、投資・研究開発の世界本社による集中管理、経営管

理者の海外派遣などが行われる。この論理で行けば、世界本社からのトップ・マネジメン

トの派遣・技術移転を含む本社統制は当然のことという主張が生まれる。 他方で、現地法人における分散・自立の各種手段、たとえば自主的なマーケティング・

広報活動、賃金水準の決定などと並んで人材の育成・確保・蓄積が位置づけられる。能力

が高く、モティべーションも高いローカル・スタッフの育成・確保こそが、現地法人の競

争力の源泉であろう。この系として、世界本社からのトップ・マネジメントの派遣による

直接的統制を、ローカル・スタッフのモティべーションを下げるという観点から不必要で

あるとか、必要性があるにしてもその数を 小限にすべきであるという立場が生まれる。 しかし、人的資源に関連する重要なポイントは、多国籍企業経営の 終的なゴールは、

海外派遣者にその期待される役割・機能を果たさせ、また世界本社ならびに現地法人が現

地国籍は言うに及ばず多国籍からなる優秀人材の育成・確保で成功することだけにとどま

らない、という点である。つまり、これら国際人的資源管理システムは、多国籍企業経営

の 終的ゴールであるところの経営成果に結実してはじめて、 終的目的が達成されると

いうことになる。この意味で、国際人的資源管理は多国籍企業経営におけるプロセスの中

のきわめて重要な構成要素と見ることができる。 したがって、海外現地法人のスタッフに占める海外派遣者比率の低減、海外派遣コスト

の低減、世界本社の経営理念・人的資源管理システムの海外現地法人への導入、現地法人

における優秀人材の確保などはそれぞれに重要な意味を有するが、そのことだけを自己目

的的に追求することは許されないのである。このように、国際人的資源管理システムが、

多国籍企業経営の中で経営成果への貢献を求められる重要なサブ・システムとなっている

という点はきわめて重要である。 それと同時に、本論文で一貫して堅持しようとする視点は、国際人的資源管理システム

の重要な内実は本社において形成された「内部労働市場」(Internal Labor Markets)の国

際的外延化であるという観点である。換言すれば、本論文は、従来、国境を跨る多国籍企

業の組織に適用されることのなかった「内部労働市場」の概念をそこに適用することによ

り、「内部労働市場」の研究枠組みをそれに応じて拡張しようという目論見を持っている。 内部労働市場論を体系化したといってよい Doeringer & Piore (1971/1985) によれば、

①技能・知識の企業特殊性(Skill specificity)、②仕事を通じての訓練(OJT: On-the-job training)、③慣習(Custom)により形成されるということになるが、ここでの着想は、国

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際人的資源管理システムを構成する諸要素も、それになぞらえて捉えることができるので

はないかということである。例えば、海外派遣者を通じての経営ノウハウや技術・技能の

移転、現地スタッフの育成、経営理念・経営方針の浸透と共有などは、「当該多国籍企業に

特有の技能・知識」の存在を意味するであろう。海外派遣者(ライン・マネジャーである

場合とコーディネーターなどのスタッフである場合とがある)による日常の技能・知識の

移転、海外現地法人スタッフの本社・事業場へ派遣・研修は「仕事を通じての訓練」に他

ならないであろう。さらに、本社、海外現地法人で長期にわたり接触する多国籍からなる

スタッフ間にはフォーマルな行動規則・道徳律などに結実しないまでも何らかの社内コミ

ュニティ特有の人間関係の在り方、意思疎通方法、身の処し方など何らかの成文化されな

い諸規則、つまり「慣習」が自然発生的に生まれることが想定される。 これらの内部労働市場の国際的外延化(以下ではこれを「多国籍内部労働市場」

(Multinational Internal Labor Markets)と表現することにする)はこれまでの内部労働

市場の議論では明示的に意識されることはなかった。例えば、Doeringer & Piore と異なっ

て、OJT の在り方・内実をキャリアそのものと捉え、そのキャリアの組み方そのものが企

業特殊熟練と捉える小池(1987年)においても、「海外でその地の人の技能を高めるの

に、直接投資がまことに枢要となる」(注1)という場合に、その地での企業内でのキャリ

ア形成、熟練形成の重要性を指摘するにとどまっている。つまり、「その地での企業内」に

形成される内部労働市場と日本本社において形成される内部労働市場とは分けて、あるい

は「分断して」考察するというのが、これまでの研究方法であったといえる。 「多国籍内部労働市場」による研究枠組みについての詳細な議論は次の章に譲るが、こ

こでは、これが本論文を貫く視点であり、スタンスであるという点を強調しておきたい。

いずれにせよ、上記の問題意識の下に、日本の多国籍企業の抱える HRM 関連の諸問題を

内在的に一貫した論理で把握したいと考えた。内在的理解を求めるとはいえ、客観的であ

るためには、比較の視座は欠かせない。そこで、以下のような章立て構成でもって上記の

諸課題に接近しようと考えている。 2.本論文の構成 第1章は、第2章以降の分析に先立ち、上記の問題意識に則りながら、国際人的資源管

理の概念とその諸特徴、さらには日本での研究とその類型化を行っている。また、本社に

よる統制・統合と現地での人材蓄積などから成る国際人的資源管理の諸機能が多国籍企業

の経営成果にどのように関わっているのかを検討する。さらに第1章の 後では、これま

での内部労働市場研究の展開を概観し、それの国際的拡張を行うとともに、それと国際人

的資源管理とを融合させた形の研究視点である「多国籍内部労働市場」の概念を提示する。 第2章は、多国籍企業の海外でのオペレーションは、当該多国籍企業の事業活動の一環

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であることを前提としつつ、現地の社会・経営環境の中で人的資源を蓄積し、かつ 終的

に利益の出る経営活動となることを求められる中で、日本企業の国際展開に伴う HRM シ

ステムの現地展開の実情とその効果について実証的に検討する。具体的には以下の順序で

議論を展開する。 まず、海外における日系企業の経営諸課題と日本人派遣者との関連を整理し、また本章

の中で集中的に利用するデータ・ソースならびにその調査対象の特徴等について概観する。

なお、このデータ・ソースとは、1999年から2003年まで隔年ごとに全世界の海外

日系企業を対象に3回にわたり実施された大量サンプルのデータである。 これらを踏まえ、日本人派遣者比率の決定要因についての分析枠組みを提示し、それに

基づき諸変数を定義し、重回帰分析による計測を行う。ここでの課題は、日本人派遣者の

積極的な役割と機能をデータにより明らかにすることである。さらに、世界本社による統

制と現地人材の育成・蓄積の双方が利益率に及ぼす影響について、前節と同様に計測し分

析する。この場合には、日本人派遣者、外国籍の社長(COE: Chief Executive Officer)、本社の経営理念ならびに HRM システムの導入の程度、それに大卒や中間管理職等の現地

人材の蓄積などが利益率にどのように貢献しているのか、あるいは貢献していないのか、

またそれはなぜだろうか、という点を明らかにする。 第3章・第4章は、アジア、特に東・東南アジアにおいて欧米多国籍企業がどのような

国際人的資源管理システムを構築し、また実践しているのか、さらに、その場合の課題と

日本の企業への示唆にはどのようなものがあるのかという比較の視点から、現地法人での

実態を観察する。そこから欧米多国籍企業における「多国籍内部労働市場」の具体的展開

と日系多国籍企業における「多国籍内部労働市場」の展開との相違を明らかにすることに

した。 第3章ではヨーロッパ系多国籍企業5社を取り上げ、第4章ではアメリカ系多国籍企業

5社を取り上げる。いずれも9社までが製造業に属する巨大多国籍企業である。調査方法

は事例研究を採用した。東・東南アジアに所在する10社を訪問し、ヒアリング取材と資

料収集を行った。その際に、事前に共通の設問を準備し、訪問前に当該設問を送付してお

き、ヒアリング当日はその設問に沿ってインタビューを行った。また、簡単な企業情報等

に関するアンケート調査票を事前に送付し、インタビュー時に回収するという方法をとっ

た。 第5章は、第3章・第4章におけるヨーロッパ系ならびにアメリカ系多国籍企業の東・

東南アジアにおける「多国籍内部労働市場」の枠組みから整理した HRM の実情とその論

理を見ているが、比較の観点の下にほぼ同様の視点から、日系多国籍企業10社の ASEANにおける HRM の事例を「多国籍内部労働市場」の枠組みで整理を行った。調査方法は訪

問調査であるが、その前に行ったアンケート調査に回答をもらった企業を訪問して、アン

ケート調査への回答内容をより深く理解するというものであった。 終章は、以上の諸章から得られた諸結果を、当初に設定された「多国籍内部労働市場」

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の研究視点から再整理して論じることにする。 (注): (1)小池・猪木編、1987年、15ページ。 第1章 文献サーベイと研究視点の設定 1.はじめに 本章の目的は、後続諸章での実証的研究に先立ち、多国籍企業における人的資源とその

開発・管理に関する理論的諸側面、つまり、国際人的資源管理(International Human Resource Management: IHRM)の概念とその諸特徴、諸機能を、「多国籍内部労働市場」

の枠組みに概念的に位置づけることである。 そのため、まずは、多様で複雑な社会的、経済的、経営的な環境で活動する多国籍企業

が直面する人的資源管理の諸側面を理論的、かつ実証的に論じた主な文献のサーベイを行

う。ここでは、日系企業を特に念頭に置いた議論は行わず、やや幅広い観点を保持するが、

後の実証的な分析との関係で興味深い日系企業の特徴点の1つである日本人海外派遣者に

ついては明示的な指摘を行うことにする(注1)。 第2節は、国際人的資源管理を定義し、その特徴について検討する。 第3節は、国際人的資源管理の研究枠組みについて文献を通じて検討し、第4節では、

引き続き文献が中心となるが、国際人的資源管理システムの各国間でのアングロ・サクソ

ン型への収斂が論じられる中で、それに対抗する形で論じられる国際人的資源管理での本

国からの影響を強調する議論について検討する。 第5節は、日本の HRM システム移転に関する研究を整理し、それらを類型化する。 第6節は、日系企業に関して国外の実証研究で明らかになっている点について整理し、

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日系企業の諸課題として指摘されている点について検討する。 第7節では、内部労働市場に関する研究展開を展望する中で、内部労働市場の枠組みを

多国籍企業活動に当てはめ、それを拡張する意図を述べる。 後に、上記の諸議論を踏まえ、本論文全体の研究視点である「多国籍内部労働市場」

という概念図を提示する。 2.国際人的資源管理の定義と特徴(注2) 国際人的資源管理(IHRM)とは、多様な特徴を有する各国でオペレーションを行う多国

籍企業の人的資源管理のことである。換言すれば、国際人的資源管理システムとは、Taylor et al (1996)によると「人的資源を採用し、育成し、そして維持確保するための多国籍企業

による一連の明確な、諸活動、諸機能、そして諸過程と定義できる。このため、国際人的

資源管理とは国内ならびに国外における多国籍企業内部の人材を管理するのに用いられる

各種の人的資源管理諸制度の集合体のことである。(注3)」 ここでいう多国籍企業内部の人材には、世界本社の所在する国の人材である本国籍人材

(Parent-Country Nationals: PCNs)のみならず、子会社の所在する国の人材である現地

国籍人材(Host-Country Nationals: HCNs)、それに本国籍人材でも現地国籍人材でもな

い第三国籍人材(Third-Country Nationals: TCNs)が含まれる。従って、国際人的資源管

理においては、これら多様な国籍からなる人材をどのように組み合わせて活用するかとい

うことも重要な論点となる。この点は、図1-1に図式化されている。ここでは、国際人

的資源管理とは、人的資源管理の諸機能、従業員タイプ、それに企業が活動する国の3つ

の次元の相互作用であるということができる。この意味で、異なる国々で経営活動を行い、

様々な国籍の従業員を雇用する複雑さこそが、国際人的資源管理と国内人的資源管理とを

異ならせる主たる要因であるということができる(Dowling et al., 1994)。

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(出所)白木(1995年、3ページ)

ところで、本国を超えて政治・経済・社会・文化的に多様な諸国や地域で展開される多

国籍企業の特徴は、本源的に組織内部で統合(Integration)と分散(Differentiation)と

いう相対立する力が働くことである。Prahalad and Doz (1987)による図1―2に示される

ように、とりわけ複数のビジネスを展開する多国籍企業組織には、ワールドワイドにビジ

ネスを展開するに際して組織能力を同一方向に集中すべく内部の統合が必要である反面、

具体的にローカルにビジネスを展開し、組織の前線にある子会社では地域特性に十分配慮

できる感応性(Responsiveness)が不可欠である。子会社は親会社からある程度自律的な

側面が付与されないと、きめこまかな地域マーケットへの対応ができないともいえる。統

合と分散のどちらの側面に重点を置いたオペレーションを行うかは、産業、製品、地域、

文化特性などに影響を受けるものであり、同一組織内においても一義的には決定できない

のである。 図1-2 統合・感応性マトリックス:戦略的焦点と組織的適応

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(出所)Prahalad and Doz, 1987, p.25. Evans and Doz (1992)は、多国籍企業の複雑な組織内部における人的資源管理の問題を、

例えば自由と秩序、分散と統合、権限委譲と統制などの二元性(Dualities)という概念を

用いて理論的に論じている。「二元性はバランスされなければならない相対立する諸力―そ

れらは対立的あるいは逆説的に見えるが、実際には補完的な特性である―を反映している」

(注4)。複数の次元を同時に考慮しながらの意思決定が要請される組織では二元性が必要

であり、その二元性は組織構造や制度のようなハードウエアだけでバランスされることは

難しく、同時に、人的資源管理というより微妙な(Subtle)経営メカニズムでもってバラ

ンスされなければならない。このような二元性を組織内部に形成することを彼らは、文化

的重層化(Cultural Layering)と名付けている。「重層化とは、組織の従来の文化的強さを

補強しながら、その組織に新たな能力や特性を付加することである。新しく補完的な能力

が既存の能力の上に乗せられる」(注5)としている。 しかし、「重層化」により、前述のような多国籍企業組織の国際的統合と地域的感応性と

いう2つの一見相対立する諸力がどのようにバランスされるのだろうか。これは、人的資

源管理を具体的に実践するアクターであり、諸国の子会社間を数年ごとに異動する派遣マ

ネジャーによる調整により達成される。派遣マネジャーは数年間の子会社勤務の間にロー

カルからの観点を身に付けるが、同時に国際間の異動を通じてより広いグループ企業から

の観点も身に付けると考えられるからである(注6)。

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3.国際人的資源管理の枠組み 以上の議論から、国際人的資源管理のあり方においては、「中央集権化と分権化とのバラ

ンス」(Evans and Doz, 1989, p.220)がきわめて重要であることが分かる。 Evans and Lorange (1989) は、統合と分散の局面をさらに、製品・市場ロジック

(Product-Market Logic)と社会・文化ロジック(Socio-Cultural Logic)とに分け、そし

てそれらを統合する形で国際人的資源管理のあり方を考察すべきであると論じる。製品・

市場ロジックによると、プロダクト・ライフ・サイクルの異なる製品を取り扱う海外子会

社ではそれぞれに異なるタイプの経営責任者が必要であり、それに応じて人的資源管理の

あり方も異なる。さらに、複数の事業を含む多国籍企業における政策形成は、本社

(Corporate)レベル、事業部レベル、それに事業単位レベルに分かれ、それぞれに異なる

ミッションを有する。例えば、本社・事業部レベルの人的資源管理は企業グループの統合

に向けられており、3つの重要なタスクがある。すなわち、第1のタスクは、人的資源の

配分、主要役員の指名、それに後継者計画(Succession Planning)の策定である。第2の

タスクは、適材適所をもたらすべく適切なインセンティブ制度の設計と運用である。第3

のタスクは、機能間および事業部門間における経験の相互交流の促進である。 社会・文化ロジックについて、Evans and Lorange (1989) は、Heenan and Perlmutter

(1979) の概念を援用して次のような2つの戦略について論じる(注7)。第1の戦略は、IBM、

ヒューレット・パッカード(HP)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、ユニリーバ

などの「グローバル企業」(The Global Enterprise)のように、相対的に中央集権的に調整

された方法でグローバル人材を管理するものである。第2の戦略は、スイスのセメント企

業であるホルダーバンク、アメリカン・エクスプレス、イギリスの GEC、スウエーデンの

AGA やシュルンバーガー、それにネスレなどの「ポリセントリック企業」(The Polycentric Enterprise)のように、人的資源の管理を基本的にその子会社に任せるものである。これら

2つの戦略的アプローチは、多国籍企業を取り巻く異質な社会的、法的、文化的環境に対

処するために取られる相異なる適応戦略(Adaptation Strategy)を示している。こうして、

社会・文化ロジックに基づく適応は、世界本社というよりは現地経営でのタスクであると

いえる。 親会社の国際戦略とトップ・マネジメントの信念とから成る戦略的国際人的資源管理

(Strategic International Human Resource Management: SIHRM)という説明変数から、

トータルな分析枠組みを構築しようという試みも見られる(Schuler et al., 1993; Taylor, Beechler, and Napier, 1996)が、それらは未だ一般的な合意を得ているわけではない。例

えば、Taylor et al. (1996)の枠組みを見ると、図1-3の通りである。

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図1-3 戦略的国際人的資源管理モデル

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(出所)Taylor, Beechler, and Napier, 1996, p.965.

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この枠組みによる 終的な被説明変数は、従業員グループ別の人的資源管理のあり方で

ある。しかし、その間に、SIHRM に始まる一連の変数でもって整合的に国際人的資源管理

の諸側面を明らかにするという意図も含まれている。 親会社ならびにトップ・マネジメントの戦略的方針という側面を前面に出すのではなく、

相互規定的ないわゆる「コンテクスト要因」でもって海外子会社の人的資源管理(HRM)

のあり方を分析する枠組みは、図1-4のように、Rosenzweig and Nohria (1994)により

示されている。この場合の諸変数のディメンションは、①子会社の現地への密着度、②親

会社の特性、③親会社・子会社間の人的・資金的・情報的流量、それに④グローバルであ

るかマルティ・ドメスティックであるかというような事業の特性、という4つに分かれて

いる。 図1-4 海外子会社HRM慣行に影響を与えるコンテクスト諸要因

(出所)Rosenzweig and Nohria,1994, p.235. これまで見てきた各種の枠組みで欠落していると考えられる点は、現地人材の育成・蓄

積・登用、あるいは現地子会社における人材面での自立度の程度という変数である。もちろ

ん、現地人材の育成・蓄積・登用の進展は、親会社ならびに現地のトップ・マネジメントの

方針、考え方、経営手法などに規定されることは否めず、その限りで親会社の統制のあり

方に包摂される面はある。しかし、現地人材の育成・蓄積・登用、具体的には現地スタッフ

の経営管理層への登用、現地大卒社員の増大などという変数は、国際人的資源管理という

分析枠組みの中に明示的に組み込まれる必要があると考えられる。この要素を明示的に組

みこんだ分析は次章で行う。

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4.本国からの影響と国際人的資源管理 一般に、多国籍企業の海外子会社が現地で人的資源管理(HRM)システムを構築するに

際しては、図1―5に示されるように4つの諸力(同形化:Isomorphism)の影響を受け

る。本社側から見れば、本国ならびに親会社からの影響を与えることができるともいえる

(注8)。なお、ここで、「同形化」とは、「ある組織が、別の組織と同じ構造やプロセスを

取り入れる度合い」(注9)のことを意味している。 図1―5 海外子会社に対する4つの同形化への圧力

①クロス・ナショナル同形化

②コーポレート同形化③ローカル同形化

④グローバル・インターコーポレート同形化

本国

現地国

他企業

海外子会社親会社(WHQ)

(出所)Ferner and Quintanilla, 1988, pp.710-731 ならびに Evans et al., 2002, pp.61-65 の議論から筆

者作成。

第1が、現地におけるビジネスの制度や環境の影響であり、これを「ローカル同形化」

(Local isomorphism)と呼ぶ。海外子会社は、現地のビジネス慣行や法律・規則・文化の

影響から離れて存在することはできない。日系子会社であれ、欧米系子会社であれ、この

点は同様である。 第2が、親会社から子会社に対する国際的適合への圧力であり、これを「コーポレート

同形化」(Corporate isomorphism)と呼ぶ。企業はそれぞれ特有のHRMに関する理念や

戦略、制度・慣行を有するものであり、それを海外子会社に移転しようとするためにこの

同形化が発生する。既述の多国籍企業の二元性とは、「ローカル同形化」と「コーポレート

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同形化」との間の緊張関係に他ならない。 第3が、本国(The Country of Origin)からの影響であり、これを「クロス・ナショナ

ル同形化」(Cross-national isomorphism)と呼ぶ。「クロス・ナショナル同形化」の力は、

実際には、本国における制度的環境を体現するところの親会社を通じて海外子会社に伝わ

ることとなる。このため、図1―5の「クロス・ナショナル同形化」の矢印は、「コーポレ

ート同形化」の矢印に接するように描いてある。親会社は本国の制度的環境の中に埋め込

まれているとすれば、実際には、「コーポレート同形化」は「クロス・ナショナル同形化」

の制度的枠組みを含むものとも見ることもできる。 第4が、情報通信技術の発達した現代において他の先進的な競合多国籍企業からの影響

を積極的にも消極的にも受けやすくなっており、これを「グローバル・インターコーポレ

ート同形化」(Global inter-corporate isomorphism)と呼ぶ。他の組織におけるより良いシ

ステムやベスト・プラクティス( 善の実践)との作用・反作用を通じて、海外子会社の

HRM はこの面においては、一つの方向に「収斂」していく傾向を持つかもしれない。 このように、海外の現地法人には例外なく4つの「同形化」の力が働く。「コーポレート

同形化」が「クロス・ナショナル同形化」をも含むものとすると、実際には、「コーポレー

ト同形化」・「クロス・ナショナル同形化」、「ローカル同形化」、それに「グローバル・イン

ターコーポレート同形化」の3つの諸力の在り方こそが、特定多国籍企業の HRM システ

ムの在り方を規定するといえる。 Ferner and Quintanilla (1998) は、国際人的資源管理のアングロ・サクソン型への収斂

という近年の議論に対し、各国の多国籍企業は各国固有のビジネス・システム(National Business Systems)の特徴を色濃く保持するもので、この影響は国外の子会社の HRM シ

ステムにも反映されているとして、アングロ・サクソン型への収斂という議論に対し、実

証的に反論を行っている。我々も、さしあたりはこの Ferner and Quintanilla の立論に与

しながら、日本企業の国際人的資源管理、ならびにそのサブ・システムであるところの多

国籍内部労働市場を他国の多国籍企業の在り方と比較しながら分析していくこととする。 5.日本の HRM システム移転に関する研究の類型化 これまでの日本での研究では、日本国内の制度的環境の中で形成されてきた本社のシス

テムをどのように導入するか、どのように現地に受け入れられるのがよいのかという視点

からの議論に集中してきている。上記の Ferner and Quintanilla (1998)の議論になぞらえ

れば、「コーポレート同形化」・「クロス・ナショナル同形化」と「ローカル同形化」との間

の在り方について議論が行われてきたと表現することができよう。そこで、以下では、そ

れらの研究を類型化して、そこでの議論を整理しておきたい。 日系企業のオペレーションが HRM 面から見て現地環境とどのような適合関係にあるか

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という場合、2通りの見方がある。第1の見方は、日本の HRM システムが現地のオペレ

ーションにどのように導入されるかという見方であり、これを「導入側からの見方」と呼

ぶことにしよう。今1つの見方は、日本企業のオペレーションがどのように現地に同化さ

れるかという見方であり、これを「同化側からの見方」と呼ぶことにしよう。 これら「導入側からの見方」と「同化側からの見方」とに着目することにより、日系企

業 HRM システムの海外オペレーションへの導入に関する議論を次の3つの類型に分ける

ことができる。第1の類型は、日本の HRM システムのすべて、あるいはその一部を現地

のオペレーションに可能な限り導入すべきであるという視点で、これを「導入派」と名付

けることができる。これに対する第2の類型は、むしろ逆に可能な限り日本の HRM シス

テムを排除し、現地に同化したシステムで運営すべきであるという視点で、これを「同化

派」と名付けることができる。さらに第3の類型は、導入側と同化側の双方から海外オペ

レーションをとらえようとする視点で、これを「折衷派」と名付けよう。これらの諸類型

をより詳しく述べると以下の通りである。 第1類型の「導入積極派」は、日本の HRM システムをできるだけ多く、現地のオペレ

ーションに導入すべきであるという立場であるが、この「導入派」にとっては、日本の HRMシステム、とりわけ生産現場のそれは、先進的で、効率性が高く、したがって本来ならあ

らゆる海外オペレーションに適用されることが前提とされる。このため、彼らの主たる関

心事項は、日本の HRM システムは実際、どの程度、海外に導入可能であるかどうかとい

うことになる。日本システム導入の「導入派」の議論は、その導入可能性についての見方

によって、導入は①全面的に可能、②部分的に可能が存在し、さらに、それらとは別に③

時間軸で考えるサブ・タイプがある。 第1のサブ・タイプは、日本の HRM システムの本質的部分は普遍的で、その概念さえ

十分理解されれば海外あるいは全世界のオペレーションに適用可能であると主張する「知

的熟練全面適用可能型サブ・タイプ」である。これは、小池によりオリジナルに開発され

た「知的熟練の理論」に依拠しており、ここで知的熟練とは、職場で絶えず起こる問題や

変化、すなわち標準化しにくい異常をこなす技能とされる(小池、1987年(猪木と共

編著)・1998年・1999年、)。 第2のサブ・タイプは、日本の HRM システムは部分的にしか適用できず、日本システ

ムのいくつかの構成要素はまったく海外で適用できないという点を強調する「部分適用可

能型サブ・タイプ」である。典型的な主張者として高宮(1981年)と石田(1985

年)がいる。高宮は、イギリスにおける日本、イギリス、アメリカのカラーテレビ工場の

比較研究を行い、労働生産性、品質管理、従業員満足、欠勤率などで日本企業が優れてい

るのは、日本企業における品質への事細やかな配慮、弾力的な作業慣行、厳しい職場規律

の保持、部門間調整、労使関係のあり方など、要するに注意深い採用、骨の折れる訓練、

それに組織風土の確立という組織的慣行に依存するものであり、イギリスに直接投資した

からといって簡単に移転できるものではないと論じた(注10)。他方、石田はこれまでの

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研究を総括して、海外においても人的資源の重視、共同体志向、階層平等主義という理念

に基づく人的資源管理は実行可能であるが、集団主義、能力平等主義などはそのままでは

導入できないとしている。 さらに、第3のサブ・タイプは、時間軸で見るものでこれまでのサブ・タイプとは軸が

異なる「現地移転時間軸型サブ・タイプ」である。これは岡本(1998年・2000年)

が当てはまり、経営の現地化とは日本型経営システムが定着していくことであると解釈し

ている。 第2の類型は「導入消極派」であり、日本の HRM システムは現地のオペレーションに

導入すべきでないという立場にある。これの第1のサブ・タイプは、日本の HRM システ

ムの文化的側面を強調し、「コンテクスト」の違いから導入が困難とする「文化的適用不可

能型サブ・タイプ」である。主たる主張者は安室(1982年)で、「日本的経営は高コン

テクスト社会を前提として発展してきた、それ自体完結性の高い、完成された体系であ

る。・・・この日本的経営が機能するためには構成員の組織への一体化、同化(Acculturation)が不可欠である。ところが、こうした前提条件を海外諸国の人々に求めること自体が難問

である」(注11)と述べている。 「導入消極派」の中の第2のサブ・タイプは、日本の HRM システムは導入すべきでな

く、現地システムを全面的に取り入れた現地型オペレーションが行われるべきであるとい

う主張もあり、これを日本システム導入に反対する「現地化型サブ・タイプ」と名付ける

ことができる。この見解の代表的な論者は吉原(1996年)である。ちなみに、吉原の

現地化とは、海外子会社の外国企業(つまり日本企業)の性格を弱め、その国の企業の性

格を強めることとし、「ヒトの現地化は、本国親会社から出向する日本人社員の数を減らし、

投資受入国の従業員を管理者や経営幹部に多く登用すること」(注12)としている。 第3の類型は、「導入面」と「現地化面」とを兼ね合わせ、日本の HRM システムの導入

と現地化とを同時に考える立場で、これを日本システム導入の「折衷派」と名付けよう。「折

衷派」は「適用・適応型サブ・タイプ」ともいうべきで、その主たる主張者として安保(1

991年)・Abo (1994)があり、日本独特の社会的文化的背景のもとで生み出された日本的

経営・生産システムの異文化環境への「適用」と「適応」の可能性を検討している。具体

的には、日本的経営・生産システムの異文化環境への「適用」は、日本的経営の現地シス

テムへの「適応」と二律背反的なトレードオフの関係にあると規定し、日本的経営モデル

が海外の日系企業で実現されている度合いである「ハイブリッド度」を定量的に測定し、「適

用度」を評価している。この場合の研究方法上の問題点は、「日本的経営・生産システム」

の構成項目とその評価点をアプリオリに規定し、当該項目が現地で全面的に実施されてい

れば「適用」が進んでいると評価し、逆の場合は「適応」が進んでいると評価する点にあ

る。 以上の各種の類型ならびにサブ・タイプを整理すると表1-1のようになる。

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表1-1 日本の HRM システムの導入可能性に関する類型とサブ・タイプ 類型(派)/サブ・タイプ 主たる主張者

1.導入積極派 ①「知的熟練全面適用可能型」 ②「部分適用可能型」 ③「現地移転時間軸型」

小池和男(87・98・99)

高宮誠(81)、石田英夫(85) 岡本康雄他(99・2000)

2.導入消極派 ①「文化的適用不可能型」 ②「現地化型」

安室憲一(82) 吉原英樹(96)

3.折衷派 ①「適用・適応型」

安保哲夫他(91)、Abo (94)

以上の議論では、日本人海外派遣者が本社の経営ノウハウ、HRM システム等を現地のオ

ペレーションに移転し、またその受け手が現地子会社のローカル・スタッフであるという

ことは明示的には論じられていない。むしろ、日本におけるシステムの移転可能性や現地

環境への適合可能性の概念的整理に重点が置かれている。これの具体的な分析は次章以降

で行うことにしよう。次章に進む前に、続いて、海外における国際人的資源管理の実証的

研究結果を見ておこう。 6.国際人的資源管理の実証研究 アメリカに所在する外資系企業249社の分析を通じて、多国籍企業はより現地(アメ

リカ)に近い慣行を受け入れているのか、それとも世界本社のやり方をより強く持ち込ん

でいるのかを、機能別、世界本社所在国別に研究した Rosenzweig (1994)によると、以下の

ようであった。4種類の機能別では、マーケティング、人的資源管理、製造は現地慣行を

積極的に受け入れているのに対し、財務管理は世界本社のやり方をより強く持ち込んでい

た。このことから、「多国籍企業の子会社は一枚岩ではなく、ローカル企業と極めて近い慣

行を幾分か、また多国籍企業内部で整合的な慣行を幾分かというように、複数の慣行から

構成されている」(注13)。 同調査で見ると、6種類の人的資源管理慣行のうち、有給休暇の長さ、従業員訓練の程

度、管理職の性別構成、付加給付制度はローカル企業と極めて近かったが、業績に基づく

管理職のボーナス制度と意思決定への参加の程度はそれほどでもなかった。サンプル数の

比較的多いカナダ系、ドイツ系、日系、それにイギリス系の各子会社間で上記の機能別の

違いを比較した結果、全般的には上記の傾向を維持しつつも、日系企業では製造に関して

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より世界本社に近いシステムを導入していた。 以下の議論との関係で興味深い発見は、海外派遣者(Expatriates)の比率の比較と並ん

で、トップ・マネジメント、財務管理責任者、人的資源管理責任者のそれぞれの国籍比較

である。まず、表1-2で海外派遣者の比率をみると、日系企業では0%、1%の比率が

少なく、6%以上の比率が際立って多いといえる。このため、在米日系企業では海外派遣

者比率が高いとされる。 表1-2 在米外資系企業の海外派遣者比率(資本国籍別) (単位:社、%)

(出所)Rosenzweig, 1994, p.404. 他方、トップ・マネジメント、財務管理の責任者、人的資源管理の責任者の国籍比較を

みると、いずれの場合にも日系の場合、本国籍人材(PCNs)が相対的に多く、とりわけ、

トップ・マネジメントではこの傾向は傑出している。また、トップ・マネジメント、財務

管理、人的資源管理のいずれにおいても、日系では第三国籍人材(TCNs)が起用されてい

る事例は皆無となっている。なお、サンプル数の比較的多いドイツ系とイギリス系とを比

べると、ドイツ系の方で比較的日本と同様の傾向があるといえる(表1-3参照)。 表1-3 トップ・マネジメント、財務管理責任者、および人的資源管理者の国籍(資本

国籍別) (単位:社、%)

0% 1% 2~5% 6~10% 11%以上 合計(サンプル数)カナダ 64 18 14 4 ー 100( 22社)フランス 33 33 25 ー 9 100( 12社)ドイツ 34 24 22 5 15 100( 41社)日本 16 8 24 32 21 100( 38社)オランダ 56 22 11 ー 11 100(  9社)スエーデン 50 29 14 7 ー 100( 14社)スイス 47 13 26 ー 13 100( 15社)イギリス 54 23 15 2 6 100( 48社)合計 42 20 19 9 10 100(199社)合計(除く日本) 48 23 18 3 8 100(161社)

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Tung (1982) や Kopp (1994)など、これまでの多くの海外子会社のトップ・マネジメント

に関する議論では、ヨーロッパをひとくくりにした議論が多すぎ、ヨーロッパにおける国

ごとの多様性を無視してきたと批判するのが、Harzing (1999) である。Harzing は、多国

籍企業287社ならびに同海外子会社における1,746人分の社長の国籍を分析し、資

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本国籍別の HCNs(現地国籍)の社長比率を計算した。また子会社の歴史の長さと HCNsの社長比率の関係や世界本社と子会社の文化的距離による HCNs の社長比率の違いなどを

検討している。表1-4によると、日本とドイツの海外子会社では HCNs の社長比率は4

0%前後と 低で、同じヨーロッパでもフランスの同比率は74.8%とアメリカの同比

率に近いくらいに違いが大きいのである。 表1-4 海外子会社の現地人社長の比率(世界本社所在国別)

いずれにせよ、以上の実証研究から類推すると、日系企業は、世界を統合された1つの

市場と捉えてグローバルな効率向上のために、戦略や経営の決定権を中央に集中させてお

り、Bartlett and Ghoshal (1989) の類型によるグローバル企業(Global Companies)にき

わめて近いということを示していることになる。さらに、上掲の表1-3ならびに表1-

4に示されていたように、とりわけトップ・マネジメントにおいては、エスノセントリッ

ク(Ethnocentric: 本国人中心型)な特徴を有している。 確かに、現地子会社におけるトップ・マネジメント層の国籍を見る限り、日系企業は日

本人を据えている場合が多いようである。この点は前掲の文献のみならず、次章以降のデ

ータ分析ならびに事例研究からも明らかとなる。問題は、上記のようなエスノセントリッ

クな傾向が、我々の「多国籍内部労働市場」という枠組みの中でどのように評価され、そ

れが何故形成され、持続されるのか、また、そのことの現地経営に及ぼす影響はどのよう

なものであるのか、ということであろう。この点の実証的検討については、次章以降で数

量的計測と国際比較調査を通じて行うことにするが、その前に我々の研究枠組みを確定し

ておく必要がある。そのために次に内部労働市場研究の展開を概観する。

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7.内部労働市場研究の展開 既述のように、Doeringer & Piore (1971/85)によって内部労働市場概念が体系化されたと

いえるが、それ以前にも実は内部労働市場概念のパーツなり道具箱(Tool box)は示されて

いたのである。まず、Doeringer & Piore (1971/85)による内部労働市場概念は次のようなも

のである(注14)。 「本書が体系づけた中心的概念は“内部労働市場”であり、それは労働の価格づけと配

分が管理上の諸規則や手続きによって統制される製造工場などのような管理上の単位(An

administrative unit)である。管理規則によって統制される内部労働市場は、価格づけ、

配分、そして教育訓練の決定が経済変数によって直接的に制御される従来の経済理論にお

ける“外部労働市場”とは、識別されるものである。しかしながら、これらのふたつの市

場は相互に連結しており、それらの間の移動は、内部労働市場への“入職口”あるいは内

部労働市場からの“退職口”を構成する特定の職務群において生じる。内部労働市場にお

ける残りの職務は既に入職を果たした労働者の昇進と異動によって埋められる。したがっ

て、これらの職務は外部労働市場の競争力の“直接的”影響から遮断されている。」

(Doeringer & Piore, 1971/85, pp.1-2)

この道具箱のうち、「内部労働市場」の概念を 初に定式化したのは Dunlop であり、そ

れを「被用者の移動を律する一連の管理上の諸規則」(Dunlop, 1966, p.36)とした。ここ

での移動には、昇進、配置転換、レイオフ(Layoffs)、および退職が含まれる。さらに Dunlopは、賃金理論の課題は、一般賃金水準と賃金構造とを結びつける研究にあるとし、企業内、

企業間における賃金構造を分析するための概念として、「職務群」(Job cluster)と「賃金

等高線」(Wage contour)を提示した(Dunlop, 1957)。 同様に、労働市場の制度的側面を特に強調したのは、Kerr(1954)である。彼は、労働

市場は「賃金市場」(Wage market)と「ジョッブ市場」(Job market)とに分かれており、

前者は、各職務に対する需給が賃金率を決定する市場であり、経済学者の伝統的見解と一

致するが、後者は、市場が地域別、産業別、職業別に分断されており、各市場は各職務を

配分する市場であると捉えた。さらに「ジョッブ市場」により近い現実的概念として「制

度的労働市場」を提示し、そこでは職業別労働組合が支配する市場(クラフト市場)と企

業毎に成立する市場(企業別市場)とが存在するとした。内部労働市場との関連で重要な

のは、いずれの市場にも初めて参入する場合には、 下位の職務で構成される「入職口」

(Port of entry)だけがあるという点である。企業別市場においては、職務の階梯を上るこ

とは、労働者の位階組織を上ることに対応するが、その場合、先任権が重要な要素となる。

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企業内は、生産、保全、販売、ホワイトカラー等の「職務群」(Family of jobs)により構成

されており、それらはそれぞれ非競争集団を成している。解雇は、労働市場からの退場、

および先任権の喪失を意味するため、解雇をめぐる苦情が多くなる。企業間移動は不利な

ため少なくなり、逆に内部昇進による企業内移動は多くなる。こうして、中世の農奴が荘

園に緊縛されていたのになぞらえて、「工場労働者は・・・工場に永久に固執する傾向があ

る」(Kerr, 1954, pp. 33-34)と論じたのである。 内部労働市場概念が体系化される以前にすでに同概念の道具箱がすでに存在していたと

いう点に深入りし過ぎたかもしれない。Doeringer & Piore (1971/85)の貢献は、これら新制

度学派による新古典派的現状認識への批判を踏まえながら、しかも新古典派経済学者の次

のような理論的展開も入れて、概念の集大成を図った点にあるといえる。 すなわち、Oi(1961)は、伝統的理論において労働力は完全に変動的生産要素と扱われ

ていたのに対し、労働力は、変動費ばかりでなく企業内訓練費や採用費など固定的労働費

用も含む「準固定的」(Quasi-fixed)生産要素と定義した。これにより、伝統的理論体系に

おける労働力の限界生産力と賃金との等価関係は必ずしも成り立たなくなるというよりも、

むしろ成り立たない場合の方が一般的であることを示した。つまり、特定労働力の固定費

比率が高くなるほど雇用量削減の開始は遅くなることを示した。 さらに Becker(1964)は、企業内技能形成による人的資本(Human Capital)形成の重

要性を指摘したのみならず、その(投資)費用負担の主体、仕事に就きながらの訓練(OJT: On the Job Training)を導入することによる投資と収益の時間的ずれ、一般訓練・スキル

(General training/skill)と企業特殊訓練・スキル(Firm-specific training/skill)との違

いなどの要因を明示的に取り入れたモデルを、利潤極大化原理、効用極大化原理という各

経済主体の新古典派的行動原理により再構成した。こうして、とりわけ企業特殊訓練に対

する費用と収益の内部化が行われることに伴い、短期的な限界生産力と賃金との等価関係

が成り立つ必要はなくなり、市場モデルでありながらも長期的雇用関係が生まれてくる。 Doeringer & Piore (1971/85)はこれらの新古典派的概念の道具箱も活用しながら、内部労

働市場の成立とその特性、一次労働市場(Primary labor markets)と二次労働市場

(Secondary labor markets)への労働市場の分断、ならびに公共政策への含みを論じたの

である。企業特殊スキルの概念は、さらに、「取引費用」(Transaction costs)という概念

でもって市場と組織の代替関係を論じた Williamson(1975)の理論にも大きな影響を与え、

それは Williamson の議論のキー・ワードである「職務の特殊性」(Job idiosyncracy)とい

う概念にも現れている。組織論と内部労働市場との関連についての簡単なレビューは白木

(1982年)に譲るとして、ここでは、Doeringer & Piore の内部労働市場論が他の関連

分野にも大きな影響を与えたことを確認するにとどめる(注15)。 さてこのように1960年代、70年代に華々しく登場した内部労働市場論であるが、

Doeringer & Piore の著作が出てからは、理論的に見て、「内部労働市場論は大きく発展し

たとは言い難い」(鈴木、1997年b、122ページ)という評価がある。それは、Doeringer

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& Piore の描き出した内部労働市場の世界は1940年代から70年代のアメリカ社会に

当てはまったが、それ以降は必ずしも妥当しない面が多くなったということも関連してい

るかもしれない。1980年代はむしろ日本のモデルが持て囃される時代であり、日本の

企業内労使関係や HRM が脚光を浴びた時期に当たったが、アメリカにおいては内部労働

市場システムが縮小しているというまことしやかな議論も多くなった(Osterman, 1994)。 いずれにせよ、ここで確認したい点は、Doeringer & Piore (1971/85)の新版でも「内部労

働市場は企業あるいは企業の一組織、または職業ないし同業の団体において定義される」

(Doeringer & Piore, 1985, p.x)とはっきりと述べているように、内部労働市場理論では

各種内部労働市場の存在は理論的には容認されている。しかし、これまで内部労働市場の

展開を見ると、Doeringer & Piore (1971/85)も含めて、「ほとんどが例外なくブルーカラー

の工場モデル、それも特に組合のある伝統的なパターン」(Osterman, 1994, p.304)に研究

が絞られてきたことは否めない。 ホワイトカラーの内部労働市場に的を絞った研究はもちろんないわけではない。アメリ

カで典型的なのは Osterman(1984)の研究であろう。同書は、同一の企業内にも複数の

内部労働市場が存在しうるのは当然としても、ホワイトカラーの内部労働市場研究はさら

に細分化された詳細な部門別、職種別の研究を深める必要性があることを示した。他方、

日本の研究者の例を取ると、例えば内部労働市場研究を集中的に進める小池ならびに小

池・猪木を見ても、これまでのブルーカラー中心の研究(小池、1977年、小池・猪木、

1987年、小池、1999年)から、ホワイトカラーを含む研究(小池、1991年、

小池・猪木、2002年)へとそのウエイトを変える方向へのシフトが見られる。 鈴木(1997年b)は、内部労働市場と外部労働市場との「境界線」は何か、企業組

織の壁が「境界線」となるのか、一次労働市場と二次労働市場の「境界線」は何か、さら

に企業内のキャリア従業員と女性や中途採用従業員との「境界線」は何かなど、内部労働

市場の管理機能や権限の及ぶ範囲に大きな関心を示している。確かにこれは重要なテーマ

であろう。実際、これまで企業の範囲を超える内部従業員の移動を考えるに際して、例え

ば、「中間組織」(今井・伊丹・小池、1982年)という概念が提示されてきたし、内部

労働市場のグループ企業への拡大現象ということで「出向」の実態とメカニズムについて

の研究(永野、1989年)も進められてきた。内部労働市場の管理権限の及ぶ範囲の拡

大と縮小の起こる要因とそのメカニズムについての研究は今後のフロンティアであろう。 内部労働市場の国際比較研究もこれまで精力的に進められてきた。国際比較の視座を持

たない研究は、普遍性を求めるのが研究であるが故に、ほとんど存在し得ないと考えられ

るが、典型的または大がかりな研究としては、日本とアメリカ(小池、1977年、Lincoln and Kalleberg, 1990)、日本と東南アジア(小池・猪木、1987年)、日本とイギリス(Dore, 1973)、日本とヨーロッパ(小池・猪木、2002年)、フランスとドイツ(Maurice et.al, 1986)などが挙げられよう。確かに、国際比較を積み重ねることにより、特定国の内部労

働市場システムに関するより客観的で貴重な知見が深まることは否定できない。

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しかし、本論文で筆者が構想したいと考えているのは、多国籍企業内に形成されてきて

いると考えられる複数の内部労働市場のうち、特に海外派遣者を含む国際的内部労働市場

を的確に把握できる分析装置(An Analytical Appratus)の開発である。この目論見は明ら

かに、内部労働市場の新たな概念的拡張である。当該分析装置を用いて、日系多国籍企業

の HRM をより客観的で、内在的に捉えたいと考えている。そのためには、当該分析装置

を、これまで見てきた内部労働市場の視点と国際人的資源管理の視点との論理的組み合わ

せを行う必要がある。

8.本論文の研究視点 これまでのサーベイから明らかなように、多国籍企業経営においては、本質的に、一方

では「コーポレート同形化」・「クロス・ナショナル同形化」の一環として本社による統合・

統制という中央集権的な力が働き、他方では「ローカル同形化」という制度的環境の中で

分散・自立という権限委譲を求める力が働く。後者の分散・自立を促す諸力として現地法

人を取り巻く環境の特性、現地法人の置かれた戦略的位置づけ(ポジショニング)の違い

などが考えられるが、それに加えて、図1-5の「グローバル・インターコーポレート同

形化」の影響も考えられる。もちろん、この「グローバル・インターコーポレート同形化」

の影響は親会社も回り回って受けることになるであろう。 このように、時に対立し、時に補完的となる二元性こそが多国籍企業の強みであり、ま

たその経営管理上の難しさであるといえる。多国籍企業の人的資源管理上の強みは、本国

においてのみならず、グローバルに展開する各拠点において、人材を採用し、育成し、十

全に活用する可能性が与えられているということである。この強みはしかし、人的資源管

理上の必要条件であり、必ずしも、それが達成されるという意味での十分条件となるかど

うかは分からない。この点の解明は後続の諸章での課題である。 二元性の人的資源管理上の難しさは、本国籍人材中心的となると現地国籍人材のモティ

べーションの維持が難しく、ローカル・スタッフの採用、ひいては企業業績にもマイナス

の影響が出るかもしれないことである。本社からの派遣者を 小限に絞り、現地国籍人材

中心的となると、本社からの経営ノウハウ、技術の移転が先細りとなり、ローカル・スタ

ッフ育成の阻害要因となり、現地法人に人材が蓄積されず、ひいてはこの場合にも、企業

業績にマイナスの影響が出るかもしれないのである。 しかし、既述の内部労働市場の概念から見れば、国際人的資源管理の中は実はいくつか

の内部労働市場に分断されているのではないかと考えられる。つまり、主として親会社か

らの、時には国外兄弟会社からの派遣者と、海外子会社における当該派遣者と一緒に働き、

また親会社または国外兄弟会社に派遣される可能性のある人たちから成る内部労働市場が

あり、他方で、現地子会社でそのキャリアを終える可能性がきわめて高い人たちの内部労

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働市場があり、さらには、それらの会社で正社員ではなく別の雇用形態で勤務する人たち

の市場もあるかもしれない。 多国籍企業グループ間における人の移動、つまり、親会社・子会社間での人の移動なら

びに子会社・子会社間での人の移動を考えるとすると、それは上記の 初の労働市場に該

当するが、その場合には、図1-6のような移動が考えられる。ここで、これらの移動を

多国籍からなる人材移動で、また、それが一つの内部労働市場を形成しているという意味

で、「多国籍内部労働市場」と名付け、以下の諸章を通じる研究の枠組みとしたい。それに

は、以下のような理由がある。 図1-5 多国籍内部労働市場の研究視点

P T H

P T H

(国境)

PCN TCNHCN

PCN

TCN

PCN

TCN

HCN

A国

B国

P国

多国籍内部労働市場

(注)P国は本社所在国を表す。PCNs(または P)は本国籍人材を、HCNs(または H)は現地国籍人材

を、さらに、TCNs(または T)は第三国籍人材を表す。

多国籍企業における人的投資を考えると、明らかに投資主体は世界本社(WHQ: World Headquarters)であり、投資対象はそこに包摂される従業員ということになるが、その対

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象層の管理範囲をどこまで広げるかということがまず重要である。従来の内部労働市場の

考えでは投資対象は当該企業の全従業員ということになろう。この場合は1社における内

部労働市場が想定されている。投資対象が確定された後は、「投資の 終的目的=収益の回

収」という論理から投資対象者に対する利害関心が発生し、従ってその育成、活用、従っ

て監視ということは投資主体、つまり企業にとって重大な関心事項となる。 複数の子会社を各国に有する多国籍企業を想定すると、直接的投資対象者としては、ま

ずは本国企業(本社)内に雇用される本国籍従業員が考えられ、次に本社からの海外派遣

者、そして、この海外派遣者が直接に接し、経営ノウハウ・技術の移転対象となる現地ス

タッフならびに第三国籍スタッフということになろう。より具体的に世界本社の監視対象

者ということで考えると、海外子会社におけるシニア・マネジメントまたはそれ相当のス

ペシャリスト・専門職以上の現職人材、ならびにその可能性を有する若手人材ということ

になるであろう。その場合、監視対象は必ずしもホワイトカラーに限られないことに留意

する必要がある。当該企業がメーカーで、生産現場での技能蓄積を競争上の優位点とする

企業では、明らかに生産現場の熟練労働者が技術移転の担い手となり、海外にも派遣され、

また現地子会社から本社に派遣されてくる可能性は高まるであろう。図1-6で、「多国籍

内部労働市場」に包摂される人材層が海外子会社で雇用される全従業員となっていないの

はこのためである。 多国籍企業傘下の海外子会社を想定すると、海外子会社で直接雇用される従業員は海外

子会社において別途、形成される「内部労働市場」に包摂されることになろう。このよう

に、「多国籍内部労働市場」に包摂される従業員層と子会社ごとの「内部労働市場」に包摂

される従業員層との間には重複する層と重複しない層とに分かれると考えられる。多国籍

企業グループにおける大きな組織ピラミッドを想定すると、「多国籍内部労働市場」に包摂

され、ランク的、技能・技術的にその上層部を構成する従業員層と子会社ごとの「内部労

働市場」にとどまり、組織ピラミッドの中下層部を構成する従業員層とに分かれるといえ

る。こうして、「多国籍内部労働市場」の研究対象範囲は、国際人的資源管理のそれの部分

集合を形成しているともいえる。 ここで、これまでも言及してきた「内部労働市場」成立の3要件、つまり企業特殊熟練、

OJT、慣習をこの「多国籍内部労働市場」に適用してみると、以下のようになろう。 第1の企業特殊熟練は、グループ企業内で共有される経営理念・価値、世界本社の強み

である技術、経営ノウハウなどから成るであろう。 第2の OJT には、親会社からの派遣者(トップ・マネジメント、シニア・マネジメント、

アドバイザーなど)からの日常業務を通じての技術、経営ノウハウ、あるいは経営理念・

価値などの移転、共有などのプロセスが含まれよう。現地法人から現地スタッフを親会社、

兄弟会社へ派遣して実務研修をさせることもこれに含まれるかもしれない。これらの OJTを経てその結果として現地法人における経営管理層(A 国、B 国におけるピラミッドの白抜

きの三角形で示している)への内部昇進も発生するだろう。

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第3の慣習の生成には、本社、本国のやり方を色濃く持つ意思疎通の手段・方法、暗黙

のルール、思考パターンなどが含まれるであろう。これらの生成は、雇用の安定があり、

お互いが規則的かつ頻繁に接触を行うことにより、社会集団やコミュニティが形成される

ことに基づく(注16)。 もちろん、子会社間にはその戦略的位置づけ、ポジショニングが異なるため、当然それ

ぞれミッションも異なる。これに応じて、現地法人における経営管理層の厚さ・薄さの相

違が発生し、世界本社の直接的モニタリング対象層も異なることになり、その結果として、

当該子会社が「多国籍内部労働市場」に包摂される度合いも異なることとなる。また、「多

国籍内部労働市場」への入職口、経営理念の共有、訓練・研修、職務、昇進、処遇、労使

関係など一連の内部労働市場の取り決め(Arrangements)についても目配りをする必要が

ある。 このような「多国籍内部労働市場」という視点から、日本企業の国際人的資源管理の特

性を統一的に把握することが本論文の課題である。 (注): (1)大量データに基づく日本の海外派遣者の実状に関する 近の報告書としては、日本

労働研究機構(2005年)を参照されたい。また他国の事例も含む、理論的に整理され

た著書としては、Black et al. (1999)(邦訳『海外派遣とグローバル・ビジネス』2001

年)がある。 (2)バランスの良いテキストとしては、Evans, Paul, Vladimir Pucik, and Jean-Louis Barsoux (2002)がある。ヨーロッパの視点から見た国際人的資源管理に関するサーベイ論

文として、Harris and Brewster (1999) が優れている。さらに、人的資源管理論の発展に

関する要領の良いサーベイとしては、例えば、岩出(2001年)、同(2002年)を参

照されたい。 (3)Tayler, Beechler, and Napier, 1996, p.960. (4)Evans and Doz, 1992, p.85. (5)Ibid., p.96. (6)海外派遣者は本社から、統制・統合、技術移転・経営ノウハウの移転を担うことが

期待されるが、同時に現地法人側のスタッフからすると、現地法人の代表者でもある。異

文化の中でこのような複雑な役割を担っているのが海外派遣者であり、そのため、そのよ

うな複数の役割を同時に担えるような適性を備えた人材の育成・選抜が多国籍企業の大き

な課題となる。この点について詳しくは、Black et al. (1999)(邦訳『海外派遣とグローバ

ル・ビジネス』2001年)の特に第3章を参照されたい。 (7)Perlmutter は、人的資源管理政策が世界本社中心に策定される自民族(本国)中心

型(Ethnocentric)、それがワールドワイドに策定される地球全体型(Geocentric)、それが

子会社レベルで策定される現地中心型(Polycentric)、さらに、それが地域レベルで調整さ

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れる Regiocentric 型という4つの概念を提示した。グローバル企業(Global Enterprises)のそれは、自民族(本国)中心型と地球全体型とに基づき、他方、ポリセントリック企業

(Polycentric Enterprises)のそれは、現地中心型と地域中心型とに基づいている。 (8)Evans et al. (2002, pp.61-65)は、4つの「同形化」(Isomorphism)の概念を分かり

やすく解説している。しかし、オリジナルは、Ferner and Quintanilla (1988, pp.710-731)によるものである。Ferner and Quintanilla は、国際人的資源管理のアングロ・サクソン

型への収斂という近年の議論に対し、実証的に反論を行っている。この一連の国際的研究

チームによる調査研究は、Ferner のアイデアとリーダーシップの下に、 Tempel (2001), Wachter el al. (2003)のような著作に結実している。 (9)Ferner and Quintanilla, 1988, p.712. (10)これら「注意深い採用」、「骨の折れる訓練」、「組織風土の確率」という諸要素は、

Doeringer and Piore (1971/1985)(特に第2章)の内部労働市場成立のための3要件、す

なわち、技能の企業特殊性(Skill specificity)の存在、OJT(On-the-job training)の実

施、それに組織における慣習(Custom)の成立と軌を一にしており、このことは、在英日

系企業において内部労働市場が堅固に形成されていたということを示している。 (11)安室、1982年、130ページ。 (12)吉原、1996年、4ページ。 (13)Rosenzweig, 1994, p.401. (14)新版では”A Second Look”(再論)という27ページに及ぶやや長めの序文が付

加されており、旧版以来の関連研究の概観と評価が行われている。なお、新版には”A Second Look”の後に、旧版の本文がページまで含めてそのまま掲載されている。 (15)日本の労働研究においても、内部労働市場をどのように捉えるかということで議

論が活発に行われた。その例として隅谷(1974年)を参照されたい。 (16)Doeringer and Piore, 1971/1985, p.23. 第2章 多国籍内部労働市場の実証分析 1.はじめに 多国籍企業では、世界本社の経営方針、戦略においてその一貫性に加えて柔軟性が必要

とされるのみならず、活動する地域が多様であり、したがってその世界的組織内部に各種

の利害対立や異質性を抱えているがゆえに、組織内部では常時、内部葛藤が発生している。

このため、伊丹(1991年)も指摘するように、活動地域の複雑性に対応するためには

現地とのインターフェース、つまり良好なコミュニケーションが重要で、同時に利害対立

をミニマイズするための不断の努力と処方策の実施が必要であることは疑いようがない。

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このような諸課題を内部に抱える多国籍企業が海外でのオペレーションを息長く継続す

るには、現地での社会・経営環境に的確に反応し、それに適合するような経営を行い、同

時に、その経営活動が世界本社統制の下に技術・技能・知識・ノウハウの蓄積を伴う、競

争の優位性を保持するものでなければならない。つまり、この海外オペレーションは、当

該多国籍企業の事業活動の一環であることを前提としつつ、現地の社会・経営環境に根付

きながら人的資源を蓄積し、かつ 終的に利益の出る経営活動となることを求められるの

である。 本章では、国際展開に伴い形成される日本企業の「多国籍内部労働市場」システムの現

地展開の実情とその諸課題について実証的に検討する。叙述は次のような順序で進める。

まず第2節では、本章で集中的に利用する3つの調査、ならびにその調査対象について説

明し、その特徴を概観する。第3節では、海外における日系企業の経営諸課題と日本人派

遣者との関連を整理する。第4節ではこれらを踏まえ、日本人派遣者比率の決定要因につ

いての分析枠組みを提示し、それに基づき諸変数の定義と計測を行う。第5節では、世界

本社の統制と現地人材の育成・蓄積が利益率に及ぼす影響について、前節と同様に計測を

行い、その意味するところについて考察を加える。第6節では、以上の検討に基づき、本

章の結論を述べる。 2. 分析対象企業の特徴 (1)データ・ソース ここでは以下で利用する日本のグローバル企業の海外オペレーション拠点に対し実施さ

れた3回にわたる経年的企業調査データを利用して、実証的に考えてみる。調査票は本論

文末尾に添付したので参照願いたい。 データ・ソースは以下の3つである。第1が、1999年実施の「第1回調査」(日本労

働研究機構(2000年12月))、第2が、2001年実施の「第2回調査」(日本労働研究

機構(2002年))、第3が2003年実施の「第3回調査」(日本労働研究機構(2004

年))である(注1)。 なお、一連の上記3つの調査の対象は、駐在員事務所を除く、海外の現地法人と支社・

支店である。世界本社から海外の別法人に経営管理層を派遣する理由としては、世界本社

による海外現地法人の統制・調整、技術・ノウハウの移転、グループ企業間の調整・情報

流通の促進、派遣人材ならびに現地人材の育成、現地における情報の収集など様々なこと

が考えられる(注2)が、支社・支店は日本の本社機構の一部に他ならないということで、

以下で分析するサンプルは支社・支店を除いて、現地法人のみに限定した。このため、分

析対象企業数は若干少なめとならざるを得ないというデメリットを伴わざるを得なかった

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ことはいうまでもない。 以下の分析に先立ち、分析対象企業の諸特徴を見ておくことにする。

(2)分析対象企業の諸特徴 まず、現地法人の企業規模、主たる業種、現地での操業年数、所在地域、それに日本側

出資比率を見ると以下の通りある。 従業員規模は表2-1に明らかなように、3回の調査を通じて平均で約400人である。

ただし、標準偏差が平均値の2倍を超えており、規模の分散がきわめて大きいといえる。

規模別分布状況で明らかなことは、平均値は約400人であるが、これは一部の規模の大

きなサンプルに引っ張られているからであり、50人未満の企業の占める比率がきわめて

高い。すなわち、「第1回調査」27.8%、「第2回調査」34.7%、「第3回調査」3

5.6%と50人未満の小企業のシェアが約3分の1となっており、100人未満の企業

比率を同表により計算すると、「第1回調査」で約4割、「第2回調査」、「第3回調査」で

は5割を超えるのである。 表2-1 現地法人の従業員規模 (a)平均値(単位:社、%)

(b)規模別分布状況(単位:社、%)

製造業、非製造業別に分けてみた業種別構成は、表2-2の通りである。「第1回調査」

では製造業、非製造業の割合はほぼ同じであったが、「第2回調査」、「第3回調査」では、

製造業の方が若干多くなっている。

第1回調査 第2回調査 第3回調査10人未満 5.9 8.4 7.710~50人未満 21.9 26.3 27.950~100人未満 12.8 16.6 18.1100~200人未満 11.0 13.7 13.6200~500人未満 12.8 14.5 13.9500~1000人未満 6.5 8.9 8.51000~5000人未満 6.7 9.5 8.25000人以上 0.5 1.2 1.2無回答 21.8 0.8 0.9合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ(社) 794 841 742

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 365.0 440.2 406.9標準偏差 820.7 1015.7 952.2サンプル・サイズ(社) 621 834 735

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表2-2 現地法人の業種別構成 (単位:社、%)

表2-3に示されるように、操業年数は、平均で見ると、いずれの調査においても16

~17年である。標準偏差も12~13年と安定的である。このため、操業を開始して数

年の企業から30年におよぶ企業にまで幅広く分布していることが想定される。 表2-3 現地法人の操業年数

(単位:社、年)

企業の地理的分布、つまり所在地域は、表2-4のようになっている。所在地域で も

多いのがアジアで、約4割を占める。次に多いのがヨーロッパであるが、この比率は調査

回数が進むにつれて減少傾向にある。その後は北米、さらには中南米が続いている。 表2-4 現地法人の所在地域

(単位:社、%)

現地法人への日本側出資比率は、表2-5の通り、平均で85~87%となっており、

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 16.6 15.8 17.5標準偏差 12.2 12.8 13.3サンプル・サイズ(社) 768 837 735

第1回調査 第2回調査 第3回調査アジア 36.8 42.7 43.7中近東 2.5 2.5 2.8ヨーロッパ 27.3 24.4 20.6北米 14.5 14.5 13.3中南米 11.5 8.4 11.9アフリカ 0.5 0.8 1.6オセアニア 6.7 6.7 6.1不明 0.3 - -合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ(社) 794 841 742

第1回調査 第2回調査 第3回調査製造業 48.9 61.4 54.0非製造業 49.4 37.5 42.7不明 1.8 1.2 3.2合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ(社) 794 841 742

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標準偏差の値から見てほとんどの企業は日本側出資比率が100%かマジョリティと見ら

れる。実際、分析対象企業のうち、日本側出資比率が100%の企業は、「第1回調査」で

は62.5%(496社)、「第2回調査」では65.7%(533社)、「第3回調査」6

6.9%(480社)と過半数を占めている。 表2-5 現地法人への日本側出資比率

(単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査

平均値 84.6 86.0 87.4

標準偏差 27.1 26.5 35.8

サンプル・サイズ(社) 768 811 718

次に、分析対象の現地法人の親会社である日本本社の特徴も見ておく必要がある。まず、

表2-6(a)で従業員規模を見ると、平均で10,000人を大きく上回っており、現

地法人の平均規模約400人と格段の差がある。標準偏差は平均値の約2倍となっており、

分散が大きいことは否めないが、日本本社には大企業が多いといえよう。実際、規模別分

布状況を同表(b)により見ると、10,000人以上の企業のシェアが「第1回調査」

33.9%、「第2回調査」31.1%、「第3回調査」29.6%と漸減ながらも約3割

を占めているのである。 表2-6 日本本社の従業員規模 (a)平均値

(単位:社、%)

(b)規模別分布状況 (単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 15763.8 12741.1 12463.2標準偏差 28805.1 20370.0 24605.3サンプル・サイズ(社) 746 815 725

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表2-7の日本本社の業種別構成を見ると、いずれの調査においても、製造業の比率が

6割強となっており、他方で、非製造業の比率は3割強にとどまっている。現地法人の業

種別構成(前掲表2-2参照)と比べると、製造業の比率が高くなっている。 表2-7 日本本社の業種別構成

(単位:社、%)

そこで、日本本社の業種別構成と現地法人の業種別構成とを比べられるように整理した

のが、表2-8である。このクロス表から明らかなように、本社は製造業であるが現地法

人では非製造業となる比率(第1回調査では例えば26.1%)が、本社は非製造業であ

るが現地法人では製造業となる比率(第1回調査では例えば6.5%)を各調査で上回っ

ており、このことは、製造業は海外では販売やサービスなど非製造部門に進出する傾向が

より強いことを示している。 表2-8 日本本社の業種別構成

(単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査製造業 63.1 65.5 61.2非製造業 35.3 30.4 36.4不明 1.6 4.0 2.4合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ(社) 794 841 742

第1回調査 第2回調査 第3回調査100人未満 1.9 3.1 4.2100~500人未満 4.9 6.4 5.8500~1000人未満 3.7 6.1 6.91000人~5000人未満 26.8 28.3 31.75000~1万人未満 22.8 21.9 19.51万~5万人未満 26.1 24.6 24.55万~10万人未満 6.4 5.8 3.610万人以上 1.4 0.7 1.5無回答 6.0 3.1 2.3合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ(社) 794 841 742

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以上のような諸属性を持つ企業を分析対象としているということを念頭に置きながら、

続いて、日本企業の海外オペレーション上の諸課題と日本人派遣者との関連について検討

することにしよう。これは、後続の諸節での派遣者比率の決定諸要因、本社統制ならびに

現地での人的資源蓄積との企業業績との関連についての議論につなげていくために必要と

考えられるためである。 3.海外における日系企業の経営諸課題と日本人派遣者 現在の日本企業の海外オペレーションでは HRM 上の諸問題は存在しないのだろうか、

また存在するとすればそれは具体的にどのような問題だろうか。人材に関する経営諸課題

についての日系企業の各種調査のうち、ASEAN の日系企業に対する調査結果では、(a)

日本人派遣者とローカル・スタッフとの意思疎通、(b)採用難やジョッブ・ホッピング等

による現地の優秀人材の不足、(c)経営理念浸透の不徹底、(d)世界本社―子会社間の

意思疎通などが上位を占める大きな課題であった。(注3) そこで、以下では同様の設問を、約60の世界各国・地域に所在する日系企業に対して

実施した「第1回調査」(実査1999年)、「第2回調査」(実査2001年)、「第3回調

査」(実査2003年)によって検討してみよう。なお、すでに述べたように、ここでは、

特に断りのない限り支社・支店を除く現地法人だけを集計し、分析した。支社・支店は海

外に所在するとはいえ、世界本社機構の一組織と位置づけられ、原則として世界本社から

独立した別組織である現地法人とは異なる位置づけにあると考えられるためである。 (1)経営諸課題に関する調査結果 「第1回調査」、「第2回調査」、「第3回調査」により、人材に関する現地経営上の諸課

現地・ 現地・ 合計 サンプル・製造業 非製造業 サイズ(社)

本社・製造業 73.9 26.1 100.0 494第1回調査 本社・非製造業 6.5 93.5 100.0 277

合計 49.7 50.3 100.0 780本社・製造業 88.3 11.7 100.0 549

第2回調査 本社・非製造業 6.3 93.7 100.0 255合計 62.1 37.9 100.0 831本社・製造業 85.2 14.8 100.0 440

第3回調査 本社・非製造業 6.5 93.5 100.0 263合計 55.8 44.2 100.0 718

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題や問題点を尋ねた結果、3回の調査に共通して、日本人派遣者とローカル・スタッフと

の間の意思疎通が 大の課題であった。これに、現地一般従業員の志気(モラール)や能

力不足、現地中間管理職の能力不足、さらには、多国籍企業の構造的な問題である世界本

社―子会社間の意思疎通の3つの問題が続いている。人件費の高騰、それにローカル中間

管理職の日本本社の経営理念に対する理解不足もこれらに続く課題として指摘されている

(表2-9参照)。 前述のように、ASEAN の日系企業においては、採用難やジョッブ・ホッピング等による

現地の優秀人材の不足が第2番目の大きな課題として指摘されていたが、ASEAN をその一

部に含む世界各国・地域に所在する本調査では、従業員の定着・確保という問題は上記の

6課題に次ぐ第7番目の課題に後退している(注4)。 いずれにせよ、ここで確認したいのは、日本人派遣者が絡む 大の課題がローカル・ス

タッフとの間の意思疎通であるという点である。日本人派遣者の語学力、コミュニケーシ

ョン能力が現地でのオペレーション上、 大の課題となっている。さらに、これと世界本

社―子会社間の意思疎通の問題を除くと、主な課題は、現地一般従業員のモラール・能力

不足、現地中間管理職の能力不足、それに、ローカル中間管理職の日本本社の経営理念に

対する理解不足など、現地人材の質に関わる諸問題であることが分かる。明らかにこれら

の諸課題の存在は日本企業の「多国籍内部労働市場」のスムーズな運営にとっては大きな

障害であることは明らかである。 表2-9 現地経営上の人材に関する諸課題(複数回答、「第1回調査」・「第2回調査」・「第

3回調査」別)

1999年 2001年 2003年31.1 33.1 35.838.2 38.2 38.39.4 8.4 7.3

22.7 25.1 23.635.4 33.1 34.019.3 20.8 16.235.3 35 33.2

29 29.3 27.66.8 8.7 9.68.1 8.8 7.88.6 10.6 10.84.3 6.2 4.3

特に問題ない ー ー 14.65.5 4.8 0.5

合計 100.0 100.0 100.0有効票 794 841 742

不明

日本人派遣者の能力不足 日本人派遣者の人数不足 労使関係 その他

現地国籍中間管理職の能力不足 現地国籍中間管理職の定着・確保 現地国籍一般従業員の士気(モラール)や能力不足 人件費の高騰

意思の疎通(日本本社・子会社間) 意思の疎通(日本人派遣者・現地スタッフ間) パートナーとの意思の疎通 現地国籍中間管理職の本社の経営理念に対する理解不足

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(注)1)記号―は、当該の選択肢がないことを示す。

2)「第1回調査」、「第2回調査」には「特に問題ない」という選択肢がなかった。

これら諸問題の解決に日本人派遣者が強く関わっている、あるいは、これら諸問題の解

決のために日本人派遣者が本社から派遣されているということが想定される。そこで次に、

日本人派遣者の派遣理由を見てみよう。 (2)日本人派遣者の派遣理由 日本本社の海外オペレーションの統制・統合が特に強いため日本人派遣者を多く派遣す

るのか、あるいは逆に、日本人派遣者に多くを依存するがため、本社の海外オペレーショ

ンの統制・統合が強く見えるのかは、断定しがたい問題である。前掲の日本在外企業協会

調査によると、日本企業の海外現地法人の統括方法(複数回答)は、(a)日本本社からの

日本人経営管理職の派遣、(b)海外現地法人の財務データの世界本社による管理、(c)

現地法人トップの役員人事の世界本社による管理によるというのが も高くほぼ80%の

企業が選択をしている。明らかに日本人経営管理職の派遣という人を介しての統括・統制

が 重要な方法となっている(注5)。 こうして、上記の経営上の諸問題をミニマイズするため当の日本人派遣者に過重に負担

がかかっていることは容易に想像される。そこで、「第1回調査」、「第2回調査」、「第3回

調査」によって、日本人派遣者が必要とされる理由(複数回答)を取締役以上と中間管理

職とに分けて具体的に検討してみよう。表2-10と表2-11は、それぞれ、複数回答

により尋ねた取締役以上の派遣理由、中間管理職の派遣理由を示している。調査年が 近

のものになるほど、選択肢の数が多くなっているのは、調査票の進化の結果である。 表2-10に明らかなように、取締役以上、つまり、トップ・マネジメントとして日本

人が派遣されるのは、本来のミッションとして「現地法人の経営管理のため」(これは「2

003年調査」で新たに付け加えられた選択肢)であることは疑いがない。これを除くと、

「日本本社の経営理念・経営手法を浸透させる必要があるから」と「日本本社との調整が

必要だから」という2つの選択肢に回答が集中している。それ以外に「現地従業員が十分

育成されていないから」という選択肢が続くが、上の3つの指摘率と大きな差がある。ま

た、時系列的にこの比率は下がってきており、現地従業員の蓄積不足の緩和を示唆してい

るのかもしれないが、回収率、対象企業に変動があるためこれはあくまで参考値にすぎな

い。 こうして、日本人がトップ・マネジメントとして海外子会社に派遣される理由は、現地

法人を経営するという理由に加えて、世界本社による統制・統合と、世界本社・子会社間

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の調整のためであるということが分かる。 表2-10 日本人派遣者の派遣理由(取締役以上、複数回答)

(単位:%)

(注)記号―は、当該の選択肢がないことを示す。

次に日本人が部長、課長など中間管理職として派遣される主な理由を表2-11で見る

と、「日本本社との調整が必要だから」、「日本からの技術移転が必要だから」、「日本人従業

員にキャリアを積ませる必要があるから」、それに「現地従業員が十分育成されていないか

ら」などとなっている。これに次ぐ理由として、「日本本社の経営理念・経営手法を浸透さ

せる必要があるから」、「現地法人の経営管理のため」という取締役以上と同様の理由が挙

げられ、さらに「現地の取引先の交渉相手が日本人だから」などが挙げられている。 こうして、中間管理職の場合の派遣理由は、第1に、まだ現地での人材育成が不十分で

あるが故に日本からの技術移転や経営理念・経営手法の浸透が当面必要になるという、よ

り具体的理由があり、第2に、日本本社との調整役の理由がある。ただし、この日本本社

との調整役の内実はトップ・マネジメントの場合に比べるとより下位の部・事業部門レベ

ルなどに当たるものと想定される。さらに第3に、中間管理職の派遣理由の特徴として、

当該中間管理職としての赴任自体が将来のグローバルなキャリア形成の一環を成すという

育成的な理由が指摘される。第4に、より直截に現地の取引先の交渉相手が日本人だから

現地法人側の担当者も日本人であることを要請されるという外在的理由、より具体的には

相手先側優先の意思疎通の便宜上の理由もある。 表2-11 日本人派遣者の派遣理由(中間管理職、複数回答)

(単位:%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査日本本社の経営理念・手法を浸透させる必要があるから       ー  75.3 64.4日本からの技術移転が必要だから 20.9 18.3 18.2日本人従業員にキャリアを積ませる必要があるから 13.0 12.8 14.2日本本社との調整に必要だから      78.0 71.9 67.1現地法人の経営管理のため       ー        ー 81.9現地の取引先の交渉相手が日本人だから 15.5 15.2 17.5現地従業員が十分育成されていないから 39.8 32.1 26.1その他 8.4 4.3 0.9日本人派遣者はいない 0.6 0.6 1.8不明 6.7 4.8 3.8合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ 794 841 742

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(注)記号―は、当該の選択肢がないことを示す。

以上の検討から、日本人を派遣するのは、本社からの統制と調整を行うためであり、さ

らには現場において人材が十分育成されておらず、理念・方針の共有、技術・ノウハウの

蓄積が不十分であるがため、日本人取締役(トップ・マネジメント)や中間管理職を海外

に派遣せざるを得ないのが実態と見られていることがわかる。さらには、中間管理職の派

遣の場合には、中間管理職自身の国際的キャリア形成の一環をも構成しているという特徴

があった。 このように、日本の多国籍企業においては、海外オペレーションならびにその統制を基

本的に日本人派遣者に大きく依存する体制を堅持しているといえる。そこで次節以降では、

このような日本人派遣者依存体制がどのような要因により形成され、またそのことが企業

業績に与える影響や意味について考察してみよう。 4.日本人派遣者比率の決定要因 (1)日本人派遣者比率の諸特性 日本人経営管理者・技術者等がどのような要因により海外オペレーションに派遣される

のかを具体的に検討する前に、われわれの用いる現地法人サンプルで、被説明変数である

日本人派遣者がどの程度、海外に派遣されているのかを検討しておく必要がある。 まず、当該の分析対象企業では日本人派遣者のいない企業はごくわずかであるというこ

とを指摘する必要がある。「第1回調査」では日本人派遣者数がゼロという企業は4社で7

02社のうち0.6%に過ぎない。同様の数値は、「第2回調査」では12社で782社の

うち1.5%、「第3回調査」では5社で702社のうち0.7%となる。分析対象企業の

第1回調査 第2回調査 第3回調査日本本社の経営理念・手法を浸透させる必要があるから       ー  27.9 24.0日本からの技術移転が必要だから 38.8 43.0 40.6日本人従業員にキャリアを積ませる必要があるから 36.5 38.8 39.1日本本社との調整に必要だから        53.5 54.9 53.5現地法人の経営管理のため       ー        ー 30.5現地の取引先の交渉相手が日本人だから 21.9 20.7 23.9現地従業員が十分育成されていないから 45.0 44.9 37.9その他 2.1 2.9 1.8日本人派遣者はいない 6.4 5.7 11.1不明 15.6 17.1 14.2合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ 794 841 742

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ほぼ99%に日本人派遣者が存在することが分かる。もちろん、本章の(注1)で指摘し

たように、調査票が日本人商工会議所等に加盟する企業に対して配布されていることを勘

案すると、元々日本人派遣者のいない企業には配布されていない可能性もあるので、これ

らの数値は割り引いて考える必要があるかもしれない。 では、各社にどの程度の割合で日本人派遣者が存在するのだろうか。以下ではこの日本

人派遣者比率(注6)を、まずその全体の分布状況を押さえた後で、企業規模別、業種別、

操業期間別、所在地域別、それに日本側出資比率別に検討することにしよう。 図2-1は、各調査の日本人派遣者比率の分布状況を示したものである。「第1回調査」

における各企業の日本人派遣者比率の平均は12.6%、「第2回調査」のそれは11.0%、

「第3回調査」のそれは9.7%であった。時系列的に平均値は低下しているが、それが

海外日系企業全体という母集団の実態を真に反映しているかどうかは即断できない。いず

れにおいても標準偏差が平均値を上回っており、分散が大きいことが見て取れる。さらに

重要な特徴は、日本人派遣者比率の分布が正規分布と全く異なり、0~5%あたりに集中

して偏っていることである。平均は10%近傍あるいはそれをかなり上回るが、それは7

0%、80%という大きな数値に引っ張られているためである(注7)。 図2-1 日本人派遣者比率の分布状況 (a)第1回調査

(b)第2回調査

日本人派遣者比率

85.080.0

75.070.0

65.060.0

55.050.0

45.040.0

35.030.0

25.020.0

15.010.0

5.00.0

日本人派遣者比率

度数

160

140

120

100

80

60

40

20

0

標準偏差 = 15.70

平均 = 12.6

有効数 = 574.00

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(c)第3回調査

従業員規模別に見た日本人派遣者比率には顕著な特徴が見られる。それは、企業規模が

10人未満、50人未満と小さな企業においては日本人派遣者比率が15~43%と高い

ことである。他方で、1000人以上、5000人以上の大規模企業となると、その比率

は1%またはそれ以下となるのである。この傾向は3回の調査において一貫した傾向であ

日本人派遣者比率

80.075.0

70.065.0

60.055.0

50.045.0

40.035.0

30.025.0

20.015.0

10.05.00.0

日本人派遣者比率

度数

200

100

0

標準偏差 = 15.46

平均 = 11.0

有効数 = 749.00

日本人派遣者比率

75.070.0

65.060.0

55.050.0

45.040.0

35.030.0

25.020.0

15.010.0

5.00.0

日本人派遣者比率

度数

140

120

100

80

60

40

20

0

標準偏差 = 12.86

平均 = 9.7

有効数 = 526.00

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る(表2-12参照)。 日本人派遣者比率と従業員合計人数との相関係数を見ても、「第1回調査」マイナス0.

273(両側検定1%水準で有意、サンプル・サイズ574社)、「第2回調査」マイナス

0.264(両側検定1%水準で有意、サンプル・サイズ749社)、「第3回調査」マイ

ナス0.261(両側検定1%水準で有意、サンプル・サイズ525社)と、明らかに負

の相関を示している。 表2-12 日本人派遣者比率(従業員規模別)

(単位:社、%)

(注)「第2回調査」、「第3回調査」においては、5000人以上の区分はなく、1000人以上でくくら

れている。 製造業の方では現業部門で現地従業員の雇用吸収力が強く、勢い本社からの派遣者比率

は低くなると想定されるが、表2-13においてもこの点は妥当し、日本人派遣者比率を

業種別に見ると、製造業と非製造業とには大きな違いが認められる。製造業の日本人派遣

者比率はいずれも7~8%にとどまるが、非製造業の場合にそれは13~18%と高いの

である。ただし、標準偏差と平均との比較から見ると、相対的に製造業の方で日本人派遣

者比率の分散はより大きいといえる(表2-13参照)。 表2-13 日本人派遣者比率(業種別)

(単位:社、%)

操業時期が古く、したがって操業期間の長い企業では、現地法人におけるローカルのマ

ネジメント人材も育っているため派遣される日本人の対従業員比率は下がるであろうとい

うことは十分考えられることである。そこで表2-14を見てみると、必ずしもそのよう

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

製造業 7.1 270 11.9 7.8 461 13.9 7.3 292 12.6非製造業 17.7 295 17.1 16.2 285 16.5 13.0 217 12.6合計 12.6 565 15.7 11.0 746 15.5 9.7 509 12.9

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

1人以上10人未満 40.5 39 20.0 43.3 51 19.3 37.4 38 18.510人以上50人未満 20.6 168 16.6 17.7 205 16.1 15.0 144 11.850人以上100人未満 11.2 95 10.0 9.5 123 10.2 8.2 94 7.2100人以上200人未満 6.7 81 7.8 5.5 112 6.3 5.2 72 5.6200人以上500人未満 4.0 92 5.5 3.7 112 5.4 3.3 79 4.6500人以上1,000人未満 2.6 47 3.7 2.3 66 4.3 1.9 44 2.21,000人以上5,000人未満 1.4 49 2.7 0.8 80 0.5 0.7 55 0.75,000人以上 0.4 3 0.2 - - - - - -合計 12.6 574 15.7 11.0 749 15.5 9.7 526 12.9

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な想定通りになってはいず、むしろ1959年以前という古い時期に操業を開始した企業

ほど日本人派遣者比率が高く、1996年以降という比較的 近に操業を始めた企業ほど

同比率が低くなっているといえる。特に「第2回調査」、「第3回調査」でその傾向は顕著

である。 表2-14 日本人派遣者比率(操業時期別)

(単位:社、%)

(注)時期区分において、「第3回調査」だけは、1960年以前、1961~74年であるが、他の時期

と同様に表示した。

派遣者比率は各地域の特性、たとえば発展途上国が多い地域であれば政府の政策により

派遣者の人数がより制約される可能性が高く、このため日本人派遣者比率は低くなろうが、

他方で、そういう社会ではマネジメント層の蓄積が薄く、いきおい日本人派遣者の必要度

は高くなり、その結果、日本人派遣者比率は高くなってしまうことも考えられる。先進国

の多い地域では、これとは逆の論理が働くであろう。そこで、表2-15で所在地域別の

日本人派遣者比率をみると、アジアやアフリカ(アフリカはサンプル・サイズが小さいた

めあくまで参考値)では同比率は5~7%程度と低く、他方で、オセアニアを筆頭にヨー

ロッパ、北米では13~21%の高い比率となっている。 日本人派遣者比率がアジアで低く、オセアニア、ヨーロッパ、北米で高いという事実は、

すぐ上の表2-13で見たように日本人派遣者比率が製造業で低く、非製造業で高いとい

うことと関連を持つためかもしれない。つまり、この所在地域別の差異は、アジアでは製

造業が多く、オセアニア、ヨーロッパ、北米では非製造業が多いということを反映してい

るのではないかと考えることもできる。そこで、表2-16で、所在地域別の業種構成を

検討することにしよう。 表2-15 日本人派遣者比率(所在地域別)

(単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

1959年以前 18.6 34 10.9 14.6 33 10.3 16.6 26 11.91960年~74年 10.9 127 13.2 10.6 135 13.0 9.4 106 11.01975年~84年 13.2 108 17.1 14.9 111 19.1 10.5 76 14.21985年~91年 12.8 142 18.7 11.0 191 16.4 11.1 97 16.51992年~95年 11.7 72 14.2 8.9 114 16.3 8.1 84 11.91996年以降 12.2 83 14.7 8.9 162 11.7 8.1 132 10.8無回答      -    -      - 45.1 3 35.4 8.7 5 7.0合計 12.6 566 15.7 11.0 749 15.5 9.7 526 12.9

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表2-16で明らかなことは、アジアでは製造業が多く、オセアニア、ヨーロッパ、北

米では非製造業が多いという推測はかなり正しいが、そうでない場合もあるということで

ある。すなわち、確かに、すべての調査においてオセアニアでは非製造業の比率が極めて

高く、日本人派遣者比率が高くなることと整合的である。また「第1回調査」、「第2回調

査」ではオセアニア、ヨーロッパ、北米と比べてアジアで製造業が多くなっており、アジ

アで日本人派遣者比率が低いことと整合的である。しかし、「第3回調査」では必ずしもそ

うとはいえず、むしろヨーロッパ、北米の方でアジアより製造業が多く、このことはヨー

ロッパ、北米で日本人派遣者比率がより高いことと整合的ではないのである。 こうして、表2-15における日本人派遣者比率の所在地域別の差異は、所在地域にお

ける業種別構成の違いという理由だけでは説明しきれないということが分かる。 表2-16 現地法人の業種別構成(所在地域別)

(単位:社、%)

(注)1)表2-15と対象企業をそろえるため、現地法人で日本人派遣者を有する企業(ただし100%

を除く)のみを集計した。

2)上段は回答社数、下段は構成比である。

第1回調査 第2回調査 第3回調査製造業 非製造業 合計 製造業 非製造業 合計 製造業 非製造業 合計

アジア 120 70 190 224 88 312 122 95 21763.2 36.8 100.0 71.8 28.2 100.0 56.2 43.8 100.0

中近東 3 9 12 6 14 20 7 7 1425.0 75.0 100.0 30.0 70.0 100.0 50.0 50.0 100.0

ヨーロッパ 73 100 173 112 77 189 74 30 10442.2 57.8 100.0 59.3 40.7 100.0 71.2 28.8 100.0

北米 42 43 85 57 45 102 36 25 6149.4 50.6 100.0 55.9 44.1 100.0 59.0 41.0 100.0

中南米 26 40 66 38 31 69 33 37 7039.4 60.6 100.0 55.1 44.9 100.0 47.1 52.9 100.0

アフリカ 2 1 3 3 3 6 5 5 1066.7 33.3 100.0 50.0 50.0 100.0 50.0 50.0 100.0

オセアニア 3 32 35 21 27 48 15 18 338.6 91.4 100.0 43.8 56.3 100.0 45.5 54.5 100.0

合計 269 295 564 461 285 746 292 217 50947.7 52.3 100.0 61.8 38.2 100.0 57.4 42.6 100.0

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

アジア 7.3 193 11.9 5.0 314 7.2 6.2 222 9.2中近東 16.2 12 14.5 13.5 20 11.5 9.7 14 8.9ヨーロッパ 15.1 176 17.1 14.5 190 17.1 12.6 109 16.1北米 16.9 85 19.3 19.7 102 22.0 13.2 65 14.7中南米 10.8 67 9.8 9.4 69 9.1 10.3 71 9.6アフリカ 5.3 3 4.3 4.0 6 5.5 6.7 11 5.9オセアニア 20.9 36 17.9 20.4 48 22.7 16.2 34 19.5合計 12.6 572 15.7 11.0 749 15.5 9.7 526 12.9

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50

後に、表2-17によって日本人派遣者比率を日本側出資比率別に検討すると、本社

統制がより強まるということから当然ではあるが、日本側出資比率が100%またはそれ

にきわめて近い場合は、それ以外の場合と比べて日本人派遣者比率が顕著に高まっており、

これは各調査を通じて成り立っている。逆に日本側出資比率がマジョリティの場合もマイ

ノリティの場合にも、100%またはそれにきわめて近い場合を除いて、ほとんど違いが

見られない。 そこで日本人派遣者比率と日本側出資比率との相関係数を見ると、「第1回調査」ではプ

ラス0.191(両側検定1%水準で有意、サンプル・サイズ559社)、「第2回調査」

ではプラス0.149(両側検定1%水準で有意、サンプル・サイズ723社)と両調査

では弱い正の相関関係を示すが、「第3回調査」では同相関係数はプラス0.069(有意

水準に達しない、サンプル・サイズ514社)にとどまることになる。こうして、全般的

に日本人派遣者比率と日本側出資比率とには弱い正の相関が認められるということになる

が、それは主として日本企業の完全所有子会社の場合に日本人派遣者比率が高いためであ

る。いずれにせよ、日本側の出資比率が高くなればそれに応じて取締役の数も多くなり、

その結果として日本側の統制力の行使がより強くなると考えられる。 表2-17 日本人派遣者比率(日本側出資比率別)

(単位:社、%)

(2)日本人派遣者比率の決定要因についての分析枠組みと考察 日本人派遣者比率に影響を与える要因は様々考えられる。まず、これまでの検討から、

日本人派遣者比率は企業の属性や環境諸条件、すなわち企業規模、業種、操業期間、所在

地域、日本側出資比率により影響を受けていることが明らかである。また、日本人派遣者

を海外に派遣する理由についてはすでに検討したが、そのことから、日本本社の海外子会

社の統制要因、ならびに現地法人における人材の蓄積状況が、日本人派遣者比率に大きな

影響を与えているものと想定される。 従って、アンケート調査に基づく分析であるが故に説明変数の選択に大きな制約がある

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

1%未満 9.5 15 9.7 10%未満 10.5 27 11.6 同左 7.7 21 9.71%以上50%未満 4.6 44 5.8 10~50%未満 6.1 45 12.0 同左 7.0 32 10.050%以上70%未満 6.3 47 8.5 50% 4.3 19 4.7 同左 7.5 16 12.870%以上90%未満 8.6 39 14.9 51~100%未満 4.6 149 7.6 同左 6.7 95 10.690%以上 14.1 414 16.4 100% 13.6 483 17.0 同左 11.1 344 13.7無回答 -   -      -    -     -   -    -   無回答 7.5 18 12.5合計 12.2 559 15.4 合計 10.9 723 15.3 合計 9.7 526 12.9

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51

ことは否めないが、以下では図2-2のような日本人派遣者比率を被説明変数とする分析

枠組みを元に、企業の属性や環境諸条件、日本本社の海外子会社の統制要因、ならびに現

地法人における人材の蓄積状況の中のどのような要因が日本人派遣者比率に影響を与えて

いるのかを検討することにする。 図2-2 日本人派遣者比率の分析枠組み

図2-2の分析枠組みに基づき、以下のような具体的な説明変数を用いて、日本人派遣

者比率を被説明変数とする線形重回帰式を用いて分析を行う。 日本人派遣者比率 =f{(企業属性・環境諸条件変数),(日本本社の統制諸変数),(人材の蓄積状況諸変数)} =f{(従業員規模,業種,操業期間,所在地域,日本側出資比率),(社長の国籍,経営理

念の導入程度,日本本社HRMの導入程度),(ローカル部課長比率,ローカル大卒比率,

大卒の 高昇進職位,中間管理職現地化率)} 被説明変数ならびに説明変数、それにそれぞれの仮説的想定について若干の説明が必要で

ある。まず、被説明変数の日本人派遣者比率であるが、図2-1で検討したように、同変

数の分布は0%から100%(つまり0から1.0)の間に限定されており、しかもそれ

は0%から5%(つまり0から0.05)という狭い範囲に集中している。そこで、重回

帰分析を行うに際して、ロジスティック変換、すなわち、日本人派遣者比率(p)を log(p/(1-p)) へと対数変換を行うことにより、その分布を拡大したのである。

また、説明変数に就いては以下の通り想定した。これまでの検討から、企業属性・環境

    A 企業属性・環境諸条件

    B 日本本社の統制 日本人派遣者比率

    C 人材の蓄積状況

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諸条件変数に含まれる5変数、すなわち現地企業の(a)従業員規模、(b)業種、(c)

操業期間、(d)所在地域、(e)日本側出資比率は被説明変数に何らかの影響を与えてい

ると考えられるため、それらをコントロールするため(a)~(e)の変数をダミー変数

として投入した。具体的には表2-18のように定義している。 表2-18 日本人派遣者比率の説明変数一覧:企業属性・環境諸条件変数 企業属性・環境諸条件変数(ダミー変数) 定義 a.規模ダミー サンプル数の多い50人未満を基準(レファ

レンス・グループ)とし、50~99人、1

00~299人、300~999人、100

0人以上をそれぞれ1とした。 b.業種ダミー 調査票の中の業種コード表から、サンプル数

の多い商業をレファレンス・グループとし、

それ以外をそれぞれ1とした。 c.操業期間ダミー 0~4年、5~9年、10~19年、20年

以上に分け、サンプル数が 多の20年以上

をレファレンス・グループとして、他をそれ

ぞれ1とした。 d.地域ダミー アジア、中近東・アフリカ、ヨーロッパ、北

米、中南米、オセアニアの7つに区分した上

で、サンプル数の多いアジアをレファレン

ス・グループとし、それ以外をそれぞれ1と

した。 e.出資ダミー 日本側出資比率により0~50%未満、5

0%、50%超~75%未満、75~10

0%未満、100%と区分し、サンプル数が

多の100%をレファレンス・グループと

し、それ以外をそれぞれ1とした。

これまでの検討から、(a)規模ダミー、(b)業種ダミー、(c)操業期間ダミー、(d)

所在地域ダミー、(e)日本側出資比率ダミーはそれぞれ以下のような符号条件となること

が想定される。 (a)規模ダミーは50人未満をレファレンス・グループとするため、マイナスとなる

であろう。というのも、規模が大きくなるほど、日本人派遣者比率は低くなると考えられ

るためである。

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(b)業種ダミーは商業をレファレンス・グループとするため、とりわけ製造業の各業

種を中心にマイナスとなるであろう。というのも、製造業では非製造業と比べて、日本人

派遣者比率は低くなる傾向があるためである。 (c)操業期間ダミーは20年以上をレファレンス・グループとするため、多くのセル

でマイナスとなるであろう。というのも、操業期間が短くなるほど日本人派遣者比率は低

くなる傾向が見られたためである。 (d)所在地域ダミーはアジアをレファレンス・グループとするため、オセアニア、ヨ

ーロッパ、北米ではプラスとなるであろう。というのも、アジアと比べてオセアニア、ヨ

ーロッパ、北米では日本人派遣者比率が高くなる傾向があったためである。 (e)日本側出資比率ダミーは100%をレファレンス・グループとするため、多くの

セルでマイナスとなるであろう。というのも、日本側出資比率が低くなるほど日本人派遣

者比率も低くなる傾向が見られるためである。 次に、日本本社の統制諸変数として、社長の国籍、経営理念の導入、日本本社 HRM の

導入程度を設定したが、具体的には次のような変数として組み入れた。 まず、表2-19に明らかなように、社長の国籍は日本である場合が3回の調査を通じ

て約8割(不明を除けば約9割となる)と圧倒的に多い中で、社長の国籍が日本以外であ

る場合に日本人派遣者比率にどのような影響がおよぶのかを見ようとした。すなわち、社

長が日本人である場合をレファレンス・グループとして、社長の国籍が現地国籍である場

合、第三国籍である場合をそれぞれダミー変数として投入することにした。

表2-19 現地法人の社長の国籍

(単位:社、%)

具体的には、表2-20に示されているように、(f)ローカル COE ダミー、(g)第三

国籍 COE ダミーとして設定した。社長が日本人以外の場合、日本人派遣者比率が高くなる

第1回調査   第2回調査 第3回調査 度数  比率  度数  比率  度数  比率

日本 602 75.8 679 80.7 591 79.6現地国 62 7.8 64 7.6 71 9.6第三国 7 0.9 4 0.5 10 1.3不明 123 15.5 94 11.2 70 9.4合計 794 100.0 841 100.0 742 100.0

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のか、逆に低くなるのかは事前に想定することは難しいが、社長が日本人である場合より

そうでない場合の方が、現地国籍あるいは第三国籍従業員の起用がより進むのではないか

と考えれば、日本人派遣者比率に対してはマイナスの影響を持つことになると想定される。 表2-20 日本人派遣者比率の説明変数一覧:日本本社の統制諸変数 日本本社の統制諸変数 定義 f.ローカル COE ダミー 現地法人の社長が現地国籍人である場合を1とし、それ

以外をそれぞれ0とした。(注8) g.第三国籍 COE ダミー 現地法人の社長が第三国籍人である場合を1とし、それ

以外をそれぞれ0とした。(注9) h.経営理念の導入ダミー (理念同じダミー)

成文化された経営理念が日本本社のものと同じと回答

した場合を1、そうでない場合を0とした。(注10)

i.日本本社 HRM 導入程度 日本本社の人事制度を全面的に取り入れていると回答

した場合を5、・・・、全く取り入れていない場合を1と

した。(注11) (h)経営理念の導入ダミーと(i)日本本社の HRM の導入程度は、海外子会社に対

する日本本社の統制がより行き渡っていることの代理変数と考えられ、したがって、この

ために日本人が多く派遣されることが考えられ、この因果関係で日本人派遣者比率にはプ

ラスの効果を持つものと想定される。しかし、他方で、経営理念ならびに HRM システム

が本社・子会社間でよく共有されている場合には、日本人派遣者を送る必要性が下がると

いう因果関係も考えられる。この場合には、日本人派遣者比率にはマイナスの効果を持つ

ものと想定される。したがって、(h)経営理念の導入と(i)日本本社の HRM の導入程

度がどのような方向で影響を持つかは事前には確定しがたいといえる。 さらに、現地法人における人材の蓄積状況諸変数として、(j)ローカル部課長比率、(k)

ローカル大卒比率、(l)大卒の 高昇進職位、それに(m)中間管理職現地化率の4つを

設定した(表2-21参照)。一般的に現地法人内に経営管理を任せられる人材が内部で蓄

積されるに伴い本社からの派遣者のニーズは下がることが十分想定される。この意味で、

これら人材の蓄積状況諸変数はすべて、日本人派遣者比率に対してマイナスの影響を持つ

ことが想定される。例外事情は、現地法人内での人材蓄積を前提に本社からの新技術・新

製品の移転と投入が頻繁かつ積極的に行われる場合である。この場合にはこれら諸変数が

日本人派遣者比率にプラスの影響を持つことも想定される。このプラスの影響はさしあた

り、マイナスの影響より小さくなる可能性の方が高いのではないかと見られる。 表2-21 日本人派遣者比率の説明変数一覧:人材の蓄積状況諸変数

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人材の蓄積状況諸変数 定義 j.ローカル部課長比率 現地従業員に占める現地国籍中間管理職(部課長層)

の比率(単位:%)。(注12) k.ローカル大卒比率 現地従業員に占める大卒・大学院卒の比率(単位:%)。

(注13) l.大卒の 高昇進職位 「第1回調査」では社長・会長を4ポイント、副社長・

取締役を3ポイント、部長層を2ポイント、課長層を

1ポイントとして算出。「第3回調査」では社長・会長

を5ポイント、副社長・取締役を4ポイント、部長層

を3ポイント、課長層を2ポイント、課長層はまだい

ないを1ポイントとして算出。(注14) m.中間管理職現地化率 中間管理職(部課長層)合計に占める現地国籍中間管

理職の比率(単位:%)。(注15) 人材の蓄積状況諸変数の中の(j)ローカル部課長比率と(m)中間管理職現地化率と

については若干のコメントが必要である。というのも、これら2変数以外にも「ローカル

取締役比率」(注16)、「取締役現地化率」(注17)という変数も投入可能であったため

である。しかし、後者の2変数は、人材の蓄積状況を直接反映する代理指標というよりは

むしろ、資本構成の在り方によるもので現地パートナー資本の比率に応じてパートナーか

ら取締役として派遣されているという側面が強いと考えられるため、ここでは人材の蓄積

状況を表す指標としては利用しなかった。 また、(j)ローカル部課長比率と(m)中間管理職現地化率という変数の算出において

は、いずれの場合にも同じ現地国籍中間管理職(部課長層)数を分子に用いている。した

がって、回帰分析を行うに際しては両変数を同時に使うことはしなかった(注18)。 ともあれ、ここで、人材の蓄積状況を示す4変数間の相関係数を見ると、表2-22の

通りである。明らかに、①ローカル部課長比率とローカル大卒比率との間、②ローカル部

課長比率と中間管理職現地化率との間、それに③大卒の 高昇進職位と中間管理職現地化

率との間(ただし大卒の 高昇進職位の設問が欠落する「第2回調査」を除く)には強弱

の違いはあるものの、おしなべて正の相関関係が認められる。とりわけ、①ローカル部課

長比率とローカル大卒比率との間には比較的強い正の相関関係が見られるといえる。他方

で、④ローカル大卒比率と中間管理職現地化率との間には、弱いながらも有意な負の相関

関係が認められる。つまり、現地国籍従業員の大卒比率が高まると、中間管理職ポストの

現地国籍従業員による占有率が低くなるということであり、これは裏返せば、中間管理職

ポストの現地国籍従業員以外の者、つまり主として日本人派遣者による占有率が高くなる

ということを意味していよう。この点の意味することについては、後ほど再度議論する機

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会がある。 表2-22 人材の蓄積状況諸変数間の相関係数 (a)第1回調査

1 .325** -.034 .273**

. .000 .434 .000

564 477 519 544

** 1 -.010 -.141**

. .815 .002

615 551 470

1 .189**

. .000

696 519

** ** ** 1

.

566

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

相関係数は 1% 水準で有意 (両側)**.

(b)第2回調査

1 .331** .193**

. .000 .000

789 705 782

** 1 -.132**

. .000

706 699

** ** 1

.

792

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

中間管理職現地化率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

中間管理職現地化率

相関係数は 1% 水準で有意 (両側)**.

(注)「第2回調査」では大卒の 高昇進職位に関する設問はなかった。

(c)第3回調査

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1 .374** -.014 .162**

. .000 .731 .000

613 530 579 499

** 1 -.049 -.109*

. .265 .024

552 517 432

1 .289**

. .000

677 486

** * ** 1

.

516

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

相関係数は 1% 水準で有意 (両側)**.

相関係数は 5% 水準で有意 (両側)*.

以上の議論を、日本本社の統制諸変数ならびに人材の蓄積状況諸変数が日本人派遣者比

率にどのような影響を持つと想定されるかという観点から整理すると、以下のようになる。 第1に、日本本社の統制諸変数の中の社長の国籍であるが、社長が日本人以外の場合、

日本人派遣者比率に対してはマイナスの影響を持つと想定される。 第2に、日本本社の統制諸変数の中の経営理念の導入程度と日本本社の HRM の導入程

度がどのような方向で影響を持つかは、プラスとマイナスの両方が想定され、いずれとも

確定しがたい。 第3に、現地法人における人材の蓄積状況諸変数であるローカル部課長比率、ローカル

大卒比率、大卒の 高昇進職位、それに中間管理職現地化率は基本的に、日本人派遣者比

率に対してマイナスの影響を持つことが想定される。ただし、現地法人内での人材蓄積を

前提に本社からの新技術・新製品の移転と投入が頻繁かつ積極的に行われる場合には、人

材の蓄積状況諸変数は一部で日本人派遣者比率とにプラスの影響を持つ場合があることも

想定される。 このような想定を念頭に置きながら、次に、回帰分析の結果がこの想定をどの程度支持

しているのか、あるいは支持していないのかについて検討することにする。 (3)日本人派遣者比率についての線形重回帰分析の結果 線形重回帰分析(ただし被説明変数である日本人派遣者比率はロジスティック変換済み)

の結果は、表2-23(「第1回調査」)、表2-24(「第2回調査」)、表2-25(「第3

回調査」)に示される通りである。

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5つのモデルに分けて線形重回帰を行った。モデル1とモデル2では、本社の統制諸変

数ならびに人材の蓄積状況諸変数の両方を同時に投入したが、モデル1では人材の蓄積状

況諸変数のうち「ローカル部課長比率」を用い、モデル2では人材の蓄積状況諸変数のう

ち「中間管理職現地化率」を用いた。また、モデル3では、人材の蓄積状況諸変数をすべ

て落とし、本社の統制諸変数だけを投入した。モデル4とモデル5では逆に、本社の統制

諸変数をすべて落とし、人材の蓄積状況諸変数だけを投入したが、この場合にもモデル1・

モデル2と同様に、モデル4では人材の蓄積状況諸変数のうち「ローカル部課長比率」を

用い、モデル5では人材の蓄積状況諸変数のうち「中間管理職現地化率」を用いた。 各モデル式の当てはまり状態を「第1回調査」、「第2回調査」、「第3回調査」ごとに見

ると、次の通りである。「第1回調査」においては、モデル1からモデル5まですべてF値

が高く、モデル式の当てはまりが良いことが分かる。自由度調整済み決定係数も0.61

0から0.759までにあり、説明力が高いが、とりわけモデル2およびモデル5の自由

度調整済み決定係数が高い。これは、両モデルにおける「中間管理職現地化率」のt値が

モデル1およびモデル4の「ローカル部課長比率」より極めて高いことによるものと見ら

れる。これは、既述のように「中間管理職現地化率」は「ローカル部課長比率」と比べる

と、その定義上、より強く日本人派遣者比率と関係する度合いが強いためと考えられる。 「第1回調査」で指摘できることはほぼ同様に、「第2回調査」、「第3回調査」において

も指摘できる。なお、「第3回調査」の特にモデル1、モデル2、およびモデル3のサンプ

ル・サイズは他のどのモデル式のサンプル・サイズよりも小さいが、それに応じて決定係

数も低めとなるということはなかった。 さて、符号条件を見てみよう。符号条件については、これら3表から以下の6点が明ら

かになった。 第1に、企業属性・環境諸条件変数の符号条件はほとんどが想定通りであった。規模ダ

ミーは、日本人派遣者比率の高い50人未満をレファレンス・グループとしたため、想定

通り、すべての調査、すべてのセルにおいてマイナスであり、ほとんどの場合高い有意水

準を示している。商業をレファレンス・グループとした業種ダミーは、ほとんどがマイナ

スで、これは想定通り非製造業で多かった。その例外は石油・石炭製品業と鉱業で、これ

ら産業では有意にプラスとなっている場合が多かったある。20年以上をレファレンス・

グループとした操業期間ダミーは、想定を超えてすべてのセルでマイナスとなってなり、

またほとんど有意水準をクリアしていた。アジアをレファレンス・グループとした所在地

域ダミーは、とりわけ北米やヨーロッパ、さらに有意水準は余りクリアしていないがオセ

アニアでプラスとなる場合が際だっている。これは、地理的に日本から近接の位置にある

アジアの場合、北米やヨーロッパと比べて、統制、調整等で長期に本社人材を現地に駐在

させるより、短期の出張で間に合う場合が多いためではないかと考えられる。地域社会に

現地経営を任せられる人材の蓄積も、産業化の歴史が長いこれらの地域には相対的に多い

ことも想定される。 後に、日本側出資比率ダミーは100%をレファレンス・グループ

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としたため、当初の想定通り、ほとんどのセルでマイナスとなっている。ただ有意水準を

ほぼすべてクリアするのは、出資比率が50%未満のセルだけであった。 第2に、日本本社の統制諸変数の中の社長の国籍であるが、社長が日本人以外の場合は

日本人派遣者比率に対してマイナスの影響を持つと想定され、その通りほとんどのセルで

マイナスとなっており、有意水準も多くのセルでクリアしている。 第3に、日本本社の統制諸変数の中の、経営理念ならびに日本本社の HRM の導入程度

は、符号はすべてプラスであり、有意水準も約半分のセルでクリアしていた。このため、

経営理念を世界本社と海外子会社で共有し、日本本社の HRM システム(あるいは経営シ

ステム全般と解釈しても良いかもしれない)を積極的に海外子会社に導入しよういう方向

が明らかな企業においては、日本人派遣者比率は高くなる傾向にあるといえる。 第4に、、人材の蓄積状況諸変数に含まれるローカル部課長比率、大卒の 高昇進職位、

それに中間管理職現地化率の符号条件は、想定通りほとんどの場合に有意にマイナスとな

っていた。例外は、「第3回調査」のローカル部課長比率で、モデル1とモデル4でそれぞ

れ10%水準、1%水準でプラスとなっていることである。このため、全般的には、ロー

カル部課長比率、大卒の 高昇進職位、それに中間管理職現地化率に表されるように、現

地企業の大卒・大学院卒をはじめとするローカル・スタッフが部課長、もしくはそれ以上

の役職を担当できるまで育ってきた企業においては、明らかに日本人派遣者比率は低くな

ると言える。 第5に、人材の蓄積状況諸変数の中で当初の想定とは逆の動きを示している変数がある。

それは、ローカル大卒比率である。同比率はすべてのセルでプラスとなっており、ほとん

どのセルにおいて高い有意水準を確保している。 ここで明らかにすべきことは、ローカル大卒比率が高いと日本人派遣者比率も高くなる

という因果関係をどのように解釈するかということである。既述のように現地法人内で大

卒・大学院卒をはじめとする高度な人材の蓄積が進んだ場合に世界本社からの新技術・新

製品の移転と投入が頻繁かつ積極的に行われるようになる、という想定には無理があるだ

ろうか。そうではないであろう。筆者は1990年代初めにインドネシアでアンケート調

査を含む企業の事例研究を行ったことがあるが、その場合にも、大卒が多い日系企業ほど

日本人派遣者も多く派遣されており、それを独自の仮説図で説明したことがある(注19)。 したがって、ここでの解釈は、現地従業員の大卒比率の高さ、つまり高度人材の蓄積が

進めば進むほど、現地法人が取り扱う製品・技術・サービスのレベルが高くなるであろうし、

そうなればなるほど、日本人派遣者の必要性が減少する以上に、日本本社からの技術なら

びに経営管理ノウハウの移転、したがって世界本社と海外子会社との連携がより密になる

必要があり、世界本社からの人材の派遣がより多く必要となるだろうということである。

Page 60: 国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点か … · 5.マレーシアにおける日系メーカー2社:D社およびE社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア

60

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61 表2

-2

3 

日本

人派

遣者

比率

の線

形重

回帰

(「第

1回

調査

」)

デル

1全

変数

デル

2全

変数

デル

3本

社統

モデ

ル4

人材

蓄積

デル

5人

材蓄

積(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

)(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

値(定

数)

-1.9

45

-6.9

33

***

-0.7

45

-2.8

72

***

-1.5

76

-7.1

91

***

-1.3

81

-6.6

40

***

-0.3

14

-1.6

02

規模

ダミ

ー50-99人

-0.4

36

-3.0

15

***

-0.3

84

-3.1

16

***

-1.0

10

-7.3

03

***

-0.4

68

-3.4

88

***

-0.4

19

-3.6

12

***

規模

ダミ

ー100-299人

-1.0

97

-6.8

59

***

-0.9

84

-7.2

47

***

-1.5

29

-10.5

46

***

-1.1

65

-8.0

03

***

-1.0

69

-8.5

56

***

規模

ダミ

ー300-999人

-1.6

33

-8.3

13

***

-1.5

54

-9.5

92

***

-2.2

39

-13.1

87

***

-1.6

82

-9.3

70

***

-1.6

43

-10.9

43

***

規模

ダミ

ー1000人

以上

-2.1

86

-8.9

72

***

-2.0

55

-10.1

97

***

-2.9

43

-13.5

53

***

-2.2

67

-10.4

17

***

-2.1

98

-12.0

69

***

業種

ダミ

ー食

料品

-0.2

60

-0.9

12

-0.0

87

-0.3

64

-0.4

05

-1.3

65

-0.4

98

-1.8

89

*-0.3

15

-1.3

99

業種

ダミ

ー繊

維品

-0.8

24

-2.4

79

**

-0.5

09

-1.8

08

*-0.8

74

-2.3

28

**

-0.9

31

-3.1

04

***

-0.5

95

-2.3

05

**

業種

ダミ

ー木

材・家

具-2.4

81

-2.8

24

***

-1.8

55

-2.4

65

**

業種

ダミ

ーパ

ルプ

・紙

-1.3

14

-1.2

93

業種

ダミ

ー出

版・印

刷-0.0

99

-0.1

13

-0.1

74

-0.2

37

-0.3

60

-0.3

55

-0.0

25

-0.0

28

-0.0

59

-0.0

78

業種

ダミ

ー化

学工

業-0.3

17

-1.1

77

-0.0

80

-0.3

17

-0.1

49

-0.5

89

-0.3

43

-1.4

18

-0.2

11

-0.9

06

業種

ダミ

ー石

油・石

炭製

品1.5

03

1.7

13

*2.2

63

3.0

44

***

1.5

76

1.5

68

1.6

46

1.8

62

*2.4

14

3.1

86

***

業種

ダミ

ープ

ラス

チッ

ク製

品-0.2

33

-0.5

14

0.1

69

0.3

88

-0.5

92

-1.2

74

-0.3

49

-0.8

60

-0.1

49

-0.3

87

業種

ダミ

ーゴ

ム・皮

革-0.4

76

-1.0

36

-0.6

11

-1.5

87

-0.4

14

-0.7

91

-0.7

93

-1.7

73

*-0.8

00

-2.1

01

**

業種

ダミ

ー鉄

鋼業

-0.5

76

-1.1

04

-0.4

16

-0.9

51

0.0

35

0.0

68

-0.7

01

-1.3

40

-0.5

17

-1.1

58

業種

ダミ

ー窯

業・土

石-0.1

84

-0.4

07

-0.2

41

-0.6

31

-0.4

04

-0.7

79

-0.1

02

-0.2

25

-0.1

79

-0.4

63

業種

ダミ

ー非

鉄金

属-0.3

19

-0.5

08

-0.2

26

-0.4

29

-0.5

12

-0.7

11

-0.4

24

-0.6

75

-0.3

01

-0.5

61

業種

ダミ

ー金

属製

品-0.2

68

-0.8

73

-0.2

53

-0.9

81

-0.5

19

-1.5

18

-0.1

81

-0.6

63

-0.1

78

-0.7

60

業種

ダミ

ー一

般機

器0.1

31

0.3

87

-0.0

55

-0.1

83

-0.1

73

-0.4

59

-0.0

48

-0.1

57

-0.1

43

-0.5

27

業種

ダミ

ー電

気機

器-0.2

79

-1.6

03

-0.3

30

-2.2

20

**

-0.2

00

-1.1

38

-0.2

93

-1.8

43

*-0.3

10

-2.2

39

**

業種

ダミ

ー輸

送機

器-0.0

13

-0.0

54

0.0

31

0.1

50

0.0

40

0.1

71

-0.1

47

-0.6

83

-0.0

85

-0.4

63

業種

ダミ

ー精

密機

器-0.5

86

-2.0

45

**

-0.6

22

-2.4

14

**

-0.6

56

-2.1

92

**

-0.6

22

-2.3

00

**

-0.6

11

-2.3

54

**

業種

ダミ

ーそ

の他

の製

造業

-0.7

83

-3.3

88

***

-0.6

05

-3.0

87

***

-0.7

72

-3.6

14

***

-0.8

07

-3.9

03

***

-0.6

57

-3.6

90

***

業種

ダミ

ー農

林漁

業0.0

00

0.0

00

-0.4

91

-0.6

47

業種

ダミ

ー鉱

業-0.2

98

-0.3

39

-0.2

15

-0.2

92

0.5

82

0.9

83

-0.2

03

-0.2

31

-0.0

85

-0.1

14

業種

ダミ

ー建

設業

-0.0

44

-0.1

68

0.0

88

0.3

87

-0.1

10

-0.3

93

-0.1

25

-0.5

03

0.0

44

0.2

01

業種

ダミ

ー金

融・保

険業

0.0

88

0.3

30

0.1

45

0.6

46

-0.0

95

-0.3

87

0.0

26

0.1

11

0.0

54

0.2

70

業種

ダミ

ー不

動産

業-0.5

58

-1.3

64

-0.5

75

-1.6

77

*-0.7

26

-1.7

16

*-0.5

97

-1.4

56

-0.6

35

-1.8

22

*業

種ダ

ミー

運輸

・通

信業

-0.0

44

-0.1

77

-0.1

54

-0.7

45

-0.0

49

-0.2

16

-0.1

13

-0.4

81

-0.2

07

-1.0

41

業種

ダミ

ーサ

ービ

ス業

-0.4

40

-1.6

13

-0.4

60

-2.0

13

**

-0.0

63

-0.2

57

-0.3

35

-1.2

84

-0.3

72

-1.6

79

*業

種ダ

ミー

その

他の

非製

造業

-0.3

93

-1.5

49

-0.1

48

-0.6

46

-0.1

44

-0.5

93

-0.3

83

-1.6

65

*-0.1

61

-0.7

72

操業

期間

ダミ

ー0-4年

-0.2

30

-1.4

86

-0.2

30

-1.7

59

*-0.0

03

-0.0

22

-0.4

12

-2.9

50

***

-0.3

77

-3.1

46

***

操業

期間

ダミ

ー5-9年

-0.3

59

-2.3

95

**

-0.2

94

-2.2

28

**

-0.3

92

-2.6

29

***

-0.3

12

-2.3

24

**

-0.2

39

-2.0

05

**

操業

期間

ダミ

ー10-19年

-0.3

73

-2.8

54

***

-0.2

60

-2.3

08

**

-0.2

62

-2.0

36

**

-0.4

13

-3.3

51

***

-0.2

91

-2.6

98

***

地域

ダミ

ー中

近東

・ア

フリ

カ0.1

55

0.4

78

-0.3

65

-1.3

12

0.3

03

1.0

16

0.2

70

0.8

77

-0.2

34

-0.8

76

地域

ダミ

ーヨ

ーロ

ッパ

0.3

77

2.5

70

**

0.2

37

1.8

78

*0.1

76

1.2

91

0.3

27

2.4

52

**

0.2

37

2.0

54

**

地域

ダミ

ー北

米0.5

97

3.3

74

***

0.4

09

2.7

24

***

0.6

91

4.2

30

***

0.5

68

3.4

00

***

0.3

89

2.7

09

***

地域

ダミ

ー中

南米

0.0

50

0.2

66

0.1

33

0.8

32

-0.2

12

-1.1

23

-0.0

19

-0.1

17

0.0

67

0.4

85

地域

ダミ

ーオ

セア

ニア

0.2

80

1.1

16

0.3

04

1.4

29

0.0

66

0.2

77

0.2

48

1.0

77

0.2

66

1.3

54

出資

ダミ

ー=0<<50

-0.5

84

-3.4

53

***

-0.4

27

-2.9

66

***

-0.7

37

-4.4

63

***

-0.6

82

-4.3

45

***

-0.5

19

-3.8

28

***

出資

ダミ

ー=50

-0.1

66

-0.6

39

-0.1

22

-0.5

53

-0.2

81

-1.0

23

-0.2

99

-1.2

94

-0.2

44

-1.2

33

出資

ダミ

ー50<<75

-0.0

73

-0.3

84

-0.0

24

-0.1

48

-0.2

86

-1.5

34

-0.1

19

-0.6

75

-0.0

55

-0.3

64

出資

ダミ

ー75=<<100

-0.2

99

-1.8

17

*-0.1

67

-1.1

82

-0.4

14

-2.4

31

**

-0.4

55

-3.0

51

***

-0.3

09

-2.3

79

**

ロー

カル

CO

Eダ

ミー

-0.4

34

-2.1

95

**

-0.3

86

-2.2

80

**

-0.6

64

-3.5

82

***

第三

国籍

CO

Eダ

ミー

-1.1

50

-2.7

07

***

-0.7

52

-2.0

92

**

-1.1

05

-2.3

08

**

理念

同じ

ダミ

ー0.1

59

1.5

41

0.2

03

2.3

11

**

0.2

23

2.2

46

**

日本

本社

HR

Mの

導入

程度

0.0

73

1.7

11

*0.0

51

1.3

85

0.1

20

2.9

84

***

ロー

カル

部課

長比

率-0.0

10

-1.6

31

-0.0

11

-1.8

91

*ロ

ーカ

ル大

卒比

率0.0

13

6.3

90

***

0.0

10

5.5

01

***

0.0

14

7.0

97

***

0.0

10

5.8

73

***

大卒

の最

高昇

進職

位-0.1

44

-2.0

71

**

-0.0

87

-1.4

34

-0.2

36

-3.9

47

***

-0.1

37

-2.5

76

**

中間

管理

職現

地化

率-0.0

20

-10.9

69

***

-0.0

20

-11.6

65

***

自由

度調

整済

みR

20.6

58

0.7

59

0.6

10.6

63

0.7

56

F値

15.2

86***

23.4

84***

17.1

63***

19.2

23***

28.5

23***

サン

プル

・サ

イズ

341

328

454

407

390

(注

)***、

**、

*は

それ

ぞれ

1%

、5

%、

10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示し

てい

るま

た、

被説

明変

数で

ある

日本

人派

遣者

比率

はロ

ジス

ティ

ック

変換

済み

Page 62: 国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点か … · 5.マレーシアにおける日系メーカー2社:D社およびE社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア

62 表

2-

24

 日

本人

派遣

者比

率の

線形

重回

帰(「第

2回

調査

」)

デル

1全

変数

デル

2全

変数

デル

3本

社統

モデ

ル4

人材

蓄積

デル

5人

材蓄

積(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

)(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

(定数

)-2.3

91

-7.7

31

***

-1.3

90

-4.7

60

***

-2.0

97

-7.8

38

***

-1.5

79

-9.2

39

***

-0.6

38

-4.0

59

***

規模

ダミ

ー50-99人

-0.7

89

-4.4

01

***

-0.7

19

-4.5

68

***

-0.8

58

-4.9

67

***

-0.9

69

-7.9

94

***

-0.8

27

-7.9

04

***

規模

ダミ

ー100-299人

-1.3

28

-7.7

48

***

-1.2

11

-8.0

18

***

-1.3

93

-8.7

75

***

-1.5

98

-13.5

82

***

-1.3

68

-13.3

98

***

規模

ダミ

ー300-999人

-2.1

95

-10.6

10

***

-2.0

63

-11.3

05

***

-2.2

25

-12.3

06

***

-2.3

85

-16.4

99

***

-2.1

37

-17.1

89

***

業種

ダミ

ー食

料品

-0.3

99

-1.1

15

-0.3

94

-1.2

37

-0.4

80

-1.3

91

-0.7

35

-3.0

27

***

-0.7

07

-3.3

56

***

業種

ダミ

ー繊

維品

-1.2

54

-3.2

04

***

-0.9

42

-2.6

89

***

-1.3

71

-3.5

53

***

-0.8

55

-3.2

15

***

-0.7

15

-3.1

03

***

業種

ダミ

ー出

版・印

刷-0.8

70

-1.4

81

-0.4

18

-0.7

95

-0.8

94

-1.5

34

-0.4

22

-0.7

25

-0.1

67

-0.3

31

業種

ダミ

ー化

学工

業-0.3

22

-1.2

42

-0.1

12

-0.4

80

-0.3

30

-1.3

04

-0.1

31

-0.7

35

-0.0

75

-0.4

81

業種

ダミ

ー石

油・石

炭製

品0.1

08

0.1

10

0.6

19

0.7

07

-0.0

06

-0.0

06

0.8

24

1.4

10

0.4

75

0.9

41

業種

ダミ

ープ

ラス

チッ

ク製

品-0.6

50

-1.1

25

-0.4

88

-0.9

48

-0.7

85

-1.3

60

-1.0

88

-2.8

21

***

-1.1

60

-3.4

75

***

業種

ダミ

ーゴ

ム・皮

革-0.6

40

-0.6

65

-0.2

93

-0.3

43

-0.1

59

-0.2

29

-0.4

60

-0.4

66

-0.3

58

-0.4

18

業種

ダミ

ー鉄

鋼業

0.4

88

0.7

13

0.4

45

0.7

29

-0.2

12

-0.3

66

0.2

71

0.7

90

0.1

47

0.4

93

業種

ダミ

ー窯

業・土

石-0.7

20

-1.5

45

-0.3

40

-0.8

18

-0.7

12

-1.5

43

-0.5

21

-1.5

18

-0.4

37

-1.4

66

業種

ダミ

ー非

鉄金

属-0.2

57

-0.4

58

-0.3

75

-0.7

50

-0.4

16

-0.7

37

-0.1

99

-0.5

15

-0.4

58

-1.3

70

業種

ダミ

ー金

属製

品-0.5

69

-1.7

54

*-0.4

19

-1.4

06

-0.6

77

-2.2

46

**

-0.6

37

-2.5

08

**

-0.5

46

-2.4

34

**

業種

ダミ

ー一

般機

器0.3

71

0.9

50

0.4

03

1.1

60

0.1

44

0.3

77

-0.1

08

-0.3

30

0.0

70

0.2

48

業種

ダミ

ー電

気機

器-0.3

33

-1.6

12

-0.1

97

-1.0

65

-0.3

12

-1.6

26

-0.4

58

-2.9

48

***

-0.4

37

-3.2

45

***

業種

ダミ

ー輸

送機

器-0.3

39

-1.4

26

-0.2

45

-1.1

57

-0.3

89

-1.7

61

*-0.1

58

-0.8

88

-0.1

31

-0.8

52

業種

ダミ

ー精

密機

器-0.2

60

-0.8

69

-0.2

74

-1.0

29

-0.3

76

-1.3

97

-0.3

89

-1.6

84

*-0.4

22

-2.1

08

**

業種

ダミ

ーそ

の他

の製

造業

-0.8

34

-3.0

23

***

-0.5

66

-2.2

93

**

-0.8

30

-3.2

81

***

-0.5

98

-3.2

12

***

-0.4

76

-2.9

43

***

業種

ダミ

ー農

林漁

業1.2

55

1.7

91

*0.4

51

0.7

17

1.1

16

1.5

95

0.5

51

1.0

82

0.2

02

0.4

56

業種

ダミ

ー鉱

業1.3

34

1.8

23

*1.2

30

1.9

36

*1.6

92

2.3

49

**

1.5

58

2.1

81

**

1.2

54

2.0

43

**

業種

ダミ

ー建

設業

-0.3

89

-0.7

79

-0.6

80

-1.5

35

-0.5

63

-1.1

25

-0.7

54

-2.5

36

**

-0.8

48

-3.2

87

***

業種

ダミ

ー金

融・保

険業

0.0

94

0.3

15

0.2

02

0.7

75

0.2

25

0.8

11

-0.1

57

-0.6

94

-0.1

01

-0.5

16

業種

ダミ

ー不

動産

業0.2

50

0.3

60

0.8

47

1.3

58

0.2

11

0.3

00

-0.5

28

-1.1

73

-0.3

36

-0.8

60

業種

ダミ

ー運

輸・通

信業

-0.0

22

-0.0

56

-0.2

34

-0.6

57

-0.3

54

-1.0

60

0.1

87

0.8

74

-0.0

75

-0.4

05

業種

ダミ

ーサ

ービ

ス業

-0.7

81

-2.1

31

**

-0.5

36

-1.6

41

-0.6

08

-1.7

31

*-0.4

86

-1.9

94

**

-0.4

63

-2.1

93

**

業種

ダミ

ーそ

の他

の非

製造

業0.5

49

1.2

42

0.4

73

1.2

02

0.4

85

1.0

86

0.6

30

2.0

87

**

0.2

59

0.9

88

操業

期間

ダミ

ー0-4年

-0.2

79

-1.4

41

-0.2

28

-1.3

23

-0.3

10

-1.6

55

*-0.3

80

-2.7

55

***

-0.2

73

-2.2

95

**

操業

期間

ダミ

ー5-9年

-0.3

55

-1.9

67

*-0.2

56

-1.5

93

-0.4

20

-2.4

24

**

-0.3

39

-2.6

25

***

-0.3

00

-2.6

97

***

操業

期間

ダミ

ー10-19年

-0.0

69

-0.4

37

-0.0

36

-0.2

52

-0.1

34

-0.8

94

-0.2

16

-1.9

17

*-0.1

74

-1.7

71

*地

域ダ

ミー

中近

東・ア

フリ

カ0.0

91

0.2

61

0.0

15

0.0

48

0.0

58

0.1

64

0.1

12

0.4

73

-0.1

78

-0.8

60

地域

ダミ

ーヨ

ーロ

ッパ

0.3

85

2.2

89

**

0.2

93

1.9

47

*0.4

66

2.8

88

***

0.3

24

2.7

97

***

0.1

99

1.9

75

**

地域

ダミ

ー北

米0.4

13

1.9

27

*0.4

25

2.1

86

**

0.6

13

3.1

36

***

0.7

96

5.4

28

***

0.5

70

4.3

96

***

地域

ダミ

ー中

南米

-0.2

63

-1.1

94

-0.1

35

-0.6

87

-0.2

73

-1.2

97

-0.1

81

-1.0

95

-0.0

96

-0.6

70

地域

ダミ

ーオ

セア

ニア

0.2

84

0.9

98

0.3

88

1.5

37

0.2

59

1.0

09

0.6

15

3.2

16

***

0.4

65

2.8

03

***

出資

ダミ

ー=0<<50

-0.4

32

-2.0

18

**

-0.3

56

-1.8

41

*-0.4

47

-2.2

00

**

-0.3

15

-2.1

55

**

-0.2

26

-1.7

76

*出

資ダ

ミー

=50

-0.3

28

-0.9

40

-0.0

96

-0.3

07

-0.3

34

-0.9

45

-0.5

44

-2.0

97

**

-0.3

39

-1.5

04

出資

ダミ

ー50<<75

0.1

41

0.5

74

0.1

40

0.6

41

0.1

02

0.4

42

-0.1

91

-1.0

44

-0.0

92

-0.5

80

出資

ダミ

ー75=<<100

-0.1

85

-0.9

89

-0.0

83

-0.4

97

-0.2

24

-1.1

84

-0.3

50

-2.6

35

***

-0.2

53

-2.1

88

**

ロー

カル

CO

Eダ

ミー

-0.3

73

-1.5

17

-0.1

18

-0.5

29

-0.3

92

-1.7

41

*第

三国

籍C

OE

ダミ

ー-1.0

82

-1.5

35

-1.1

84

-1.8

93

*-1.1

05

-1.5

48

理念

同じ

ダミ

ー0.1

93

1.5

46

0.2

29

2.0

60

**

0.2

05

1.7

12

*日

本本

社H

RM

の導

入程

度0.1

93

3.9

93

***

0.1

33

3.0

72

***

0.1

70

3.6

92

***

ロー

カル

部課

長比

率0.0

06

1.2

51

0.0

00

-0.1

05

ロー

カル

大卒

比率

0.0

02

0.7

62

0.0

03

1.3

99

0.0

05

2.7

68

***

0.0

04

2.9

73

***

大卒

の最

高昇

進職

位中

間管

理職

現地

化率

-0.0

15

-7.7

76

***

-0.0

16

-12.9

47

***

自由

度調

整済

みR

20.5

90

0.6

74

0.5

74

0.6

17

0.7

11

F値

9.7

18***

13.4

38***

10.6

75***

23.1

41***

34.7

34***

サン

プル

・サ

イズ

273

271

309

563

561

(注

)***、

**、

*は

それ

ぞれ

1%

、5

%、

10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示し

てい

るま

た、

被説

明変

数で

ある

日本

人派

遣者

比率

はロ

ジス

ティ

ック

変換

済み

Page 63: 国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点か … · 5.マレーシアにおける日系メーカー2社:D社およびE社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア

63

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64

表2

-2

5 

日本

人派

遣者

比率

の線

形重

回帰

(「第

3回

調査

」)

デル

1全

変数

デル

2全

変数

デル

3本

社統

モデ

ル4

人材

蓄積

デル

5人

材蓄

積(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

)(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

値(定

数)

-1.8

94

-4.5

61

***

-0.4

14

-1.0

75

-1.4

31

-5.2

33

***

-1.2

22

-5.4

24

***

-0.0

45

-0.2

16

規模

ダミ

ー50-99人

-0.2

81

-1.3

88

-0.2

73

-1.5

15

-0.6

16

-3.4

50

***

-0.4

99

-3.4

58

***

-0.5

63

-4.5

08

***

規模

ダミ

ー100-299人

-0.8

71

-4.3

02

***

-0.8

95

-5.1

88

***

-1.1

68

-6.8

37

***

-1.0

91

-7.4

79

***

-1.0

67

-8.5

39

***

規模

ダミ

ー300-999人

-1.4

92

-6.2

96

***

-1.5

11

-7.6

13

***

-2.0

19

-10.5

81

***

-1.4

99

-8.6

30

***

-1.6

05

-11.0

09

***

規模

ダミ

ー1000人

以上

-2.0

96

-7.6

22

***

-2.2

75

-10.1

03

***

-2.6

96

-12.0

27

***

-2.3

77

-11.0

57

***

-2.5

33

-14.0

32

***

業種

ダミ

ー食

料品

-0.4

99

-1.5

11

-0.3

95

-1.3

52

-0.7

83

-2.5

53

**

-0.3

44

-1.3

89

-0.3

83

-1.7

83

*業

種ダ

ミー

繊維

品-1.3

96

-2.1

20

**

-1.1

36

-1.9

61

*-1.8

16

-2.6

47

***

-0.8

02

-2.1

88

**

-0.7

25

-2.2

84

**

業種

ダミ

ーパ

ルプ

・紙

0.2

44

0.2

65

0.1

50

0.1

85

-0.2

40

-0.2

49

-0.6

31

-0.9

90

-0.6

64

-1.2

03

業種

ダミ

ー出

版・印

刷-1.3

23

-1.4

52

-0.8

50

-1.0

52

-1.1

53

-1.6

94

*-0.9

25

-1.4

35

-0.7

45

-1.3

34

業種

ダミ

ー化

学工

業-0.7

08

-2.1

14

**

-0.3

40

-1.1

29

-1.0

79

-3.5

25

***

0.0

38

0.1

65

-0.1

38

-0.6

91

業種

ダミ

ープ

ラス

チッ

ク製

品-0.1

14

-0.2

09

-0.7

27

-1.5

17

-0.7

21

-1.6

04

0.1

60

0.3

51

-0.2

32

-0.5

81

業種

ダミ

ーゴ

ム・皮

革-1.4

19

-2.1

64

**

-1.3

64

-2.3

76

**

-1.5

84

-2.3

32

**

-1.4

38

-2.2

49

**

-1.5

80

-2.8

61

***

業種

ダミ

ー鉄

鋼業

0.0

47

0.0

50

-0.8

99

-1.0

73

-0.4

15

-0.4

22

0.1

47

0.3

51

-0.0

88

-0.2

14

業種

ダミ

ー窯

業・土

石-0.3

01

-0.5

40

-0.7

13

-1.4

59

-0.9

25

-1.6

27

-0.5

39

-1.1

57

-0.8

70

-2.1

55

**

業種

ダミ

ー非

鉄金

属-1.0

17

-1.1

11

-0.8

38

-1.0

36

-1.3

96

-1.4

67

-0.0

84

-0.1

83

0.1

28

0.3

22

業種

ダミ

ー金

属製

品-1.0

88

-2.4

45

**

-0.9

85

-2.5

22

**

-0.8

25

-2.1

09

**

-0.9

52

-2.6

77

***

-0.8

48

-2.7

54

***

業種

ダミ

ー一

般機

器0.5

41

0.9

89

0.5

28

1.0

98

0.3

89

0.7

86

0.5

37

1.1

66

0.1

87

0.4

68

業種

ダミ

ー電

気機

器-0.3

13

-1.3

59

-0.2

30

-1.1

23

-0.6

39

-2.9

63

***

-0.4

05

-2.3

81

**

-0.4

03

-2.7

15

***

業種

ダミ

ー輸

送機

器-0.2

38

-0.9

74

-0.1

68

-0.7

70

-0.5

88

-2.5

70

**

-0.0

89

-0.4

84

-0.1

70

-1.0

58

業種

ダミ

ー精

密機

器-0.4

49

-1.4

65

-0.3

31

-1.2

19

-0.6

39

-2.1

57

**

-0.3

63

-1.4

20

-0.2

98

-1.3

40

業種

ダミ

ーそ

の他

の製

造業

-0.2

91

-1.0

02

-0.1

48

-0.5

75

-0.5

83

-2.1

89

**

-0.1

33

-0.5

93

-0.1

41

-0.7

26

業種

ダミ

ー鉱

業2.2

41

2.3

39

**

0.8

12

0.9

48

1.9

97

2.0

61

**

2.2

29

2.4

48

**

0.8

14

1.0

26

業種

ダミ

ー建

設業

-0.1

39

-0.4

29

0.1

29

0.4

45

-0.1

90

-0.6

30

-0.2

09

-0.8

19

-0.1

15

-0.5

19

業種

ダミ

ー金

融・保

険業

-0.2

76

-0.7

19

0.1

36

0.3

75

-0.1

93

-0.5

99

-0.2

76

-1.0

68

0.0

55

0.2

42

業種

ダミ

ー不

動産

業-1.0

74

-1.1

65

-0.7

96

-0.9

79

-1.6

21

-1.6

88

*-0.1

03

-0.1

93

-0.3

59

-0.7

76

業種

ダミ

ー運

輸・通

信業

-0.5

63

-1.7

57

*0.0

50

0.1

59

-0.6

38

-2.2

66

**

-0.4

15

-1.8

13

*-0.1

02

-0.4

81

業種

ダミ

ーサ

ービ

ス業

-0.5

52

-1.6

95

*-0.5

35

-1.8

29

*-0.7

54

-2.6

16

***

-0.4

23

-1.7

37

*-0.5

97

-2.7

76

***

業種

ダミ

ーそ

の他

の非

製造

業-0.0

59

-0.1

57

-0.3

60

-1.0

96

-0.2

30

-0.7

08

-0.0

33

-0.1

19

-0.1

16

-0.4

90

操業

期間

ダミ

ー0-4年

-0.0

34

-0.1

49

-0.2

02

-0.9

84

-0.1

30

-0.6

21

-0.2

50

-1.4

76

-0.2

72

-1.8

42

*操

業期

間ダ

ミー

5-9年

-0.4

65

-2.6

09

**

-0.5

05

-3.2

18

***

-0.4

61

-2.7

38

***

-0.4

00

-3.0

54

***

-0.3

49

-3.0

38

***

操業

期間

ダミ

ー10-19年

-0.2

82

-1.7

96

*-0.3

10

-2.2

21

**

-0.3

91

-2.7

57

***

-0.2

65

-2.1

85

**

-0.2

25

-2.1

09

**

地域

ダミ

ー中

近東

・ア

フリ

カ-0.0

52

-0.1

80

-0.6

21

-2.4

68

**

-0.2

74

-0.9

80

-0.0

90

-0.4

05

-0.6

04

-3.0

28

***

地域

ダミ

ーヨ

ーロ

ッパ

0.1

97

1.0

22

0.0

39

0.2

31

0.1

45

0.8

30

0.1

72

1.2

24

-0.0

39

-0.3

16

地域

ダミ

ー北

米0.8

19

3.2

71

***

0.7

10

3.0

14

***

0.5

43

2.6

79

***

0.6

31

3.5

65

***

0.4

13

2.5

83

**

地域

ダミ

ー中

南米

0.1

00

0.4

23

0.0

90

0.4

30

-0.1

28

-0.6

34

0.1

22

0.7

30

0.3

06

2.0

74

**

地域

ダミ

ーオ

セア

ニア

0.2

28

0.8

31

0.2

49

1.0

00

0.0

20

0.0

82

0.0

41

0.1

91

0.1

11

0.5

80

出資

ダミ

ー=0<<50

-0.4

83

-2.1

95

**

-0.2

55

-1.2

92

-0.5

27

-2.6

90

***

-0.3

26

-1.9

56

*-0.2

41

-1.6

57

*出

資ダ

ミー

=50

-0.4

68

-1.0

54

-0.6

12

-1.5

74

-0.6

50

-1.6

37

-0.9

61

-3.2

96

***

-0.8

25

-3.2

60

***

出資

ダミ

ー50<<75

-0.1

63

-0.7

51

-0.2

26

-1.1

71

-0.2

22

-1.1

07

-0.2

40

-1.4

04

-0.2

15

-1.4

24

出資

ダミ

ー75=<<100

-0.3

23

-1.5

12

-0.1

60

-0.8

48

-0.2

57

-1.3

50

-0.2

28

-1.4

76

-0.1

34

-0.9

86

ロー

カル

CO

Eダ

ミー

-0.3

79

-1.5

35

-0.2

24

-1.0

09

-0.4

86

-2.5

56

**

第三

国籍

CO

Eダ

ミー

-1.6

98

-1.6

41

-1.2

72

-1.3

99

-0.0

01

-0.0

01

理念

同じ

ダミ

ー0.0

13

0.0

91

0.1

03

0.8

40

0.1

23

0.9

60

日本

本社

HR

Mの

導入

程度

0.0

66

1.2

25

0.0

33

0.6

95

0.0

21

0.4

47

ロー

カル

部課

長比

率0.0

14

1.9

15

*0.0

12

2.9

82

***

ロー

カル

大卒

比率

0.0

07

2.4

71

**

0.0

07

3.2

58

***

0.0

09

4.5

44

***

0.0

08

4.9

83

***

大卒

の最

高昇

進職

位-0.2

11

-2.5

11

**

-0.1

20

-1.6

20

-0.3

54

-6.3

64

***

-0.1

87

-3.7

26

***

中間

管理

職現

地化

率-0.0

21

-7.5

96

***

-0.0

20

-11.1

42

***

自由

度調

整済

みR

20.6

43

0.7

21

0.6

07

0.6

71

0.7

51

F値

9.7

37***

13.1

59***

11.2

48***

19.1

89***

27.1

23***

サン

プル

・サ

イズ

223

216

285

375

364

(注

)***、

**、

*は

それ

ぞれ

1%

、5

%、

10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示し

てい

るま

た、

被説

明変

数で

ある

日本

人派

遣者

比率

はロ

ジス

ティ

ック

変換

済み

Page 65: 国際人的資源管理の比較分析 ―「多国籍内部労働市場」の視点か … · 5.マレーシアにおける日系メーカー2社:D社およびE社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア

65

(4)検討 業務経験の豊かな従業員が多くなるか大卒従業員が増えるかなどして現地法人で人材の

量的・質的蓄積が進展することは、現地法人の世界本社からの自立化を直接に促進するかと

いうと、これまでのデータの分析結果が示すところによると、それほど単純な関係にはな

っていない。人材蓄積の進展により、日本人派遣者が少なくなる側面もあるが、逆に、技

術的により高度で付加価値の高い製品を取り扱ったり、生産したり、さらには研究または

開発機能を担うようになるなど現地法人の経営活動が高度化するに伴い、かえって世界本

社からの技術者等の派遣をはじめ資金、技術・ノウハウなどの支援が必要とされる傾向が

強まる側面も、同時に存在するのである。 ブラック他(2001年)が述べるように、グローバル勤務には、「後継者ならびにリー

ダーシップの育成、海外オペレーションの調整と統制、世界本社・子会社間および子会社

同士の技術と情報の交換」(注20)という3つの戦略的機能が含まれている。海外派遣者

の役割・機能は多面的で、後継者あるいは自身の能力開発の他に、世界本社の統制ならび

に子会社への技術・経営ノウハウの移転という役割をも担っているのである。 本章のデータ分析の結果も、上記の諸機能との関連で日本人派遣者比率の高低が影響さ

れることを示している。すなわち、現地法人の企業属性・環境諸条件変数、日本本社の統

制諸変数、現地人材の育成・蓄積・登用状況などの諸要因により、日本人派遣者比率の高

低はかなりの程度まで決定されている。 データ分析が示すように、本社による海外オペレーションの統制・統合という機能は、

日本人派遣者比率にプラスの影響を与える。さらに、後継者の育成が進展し、人材の育成・

蓄積・登用がなされることは、明らかに日本人派遣者比率にマイナスの影響を与えていた。 他方で、大卒等高学歴者の蓄積の日本人派遣者比率に与える影響はプラスであった。こ

のことから、現地従業員の大卒比率の高さ、つまり高度人材の蓄積が進めば進むほど、現

地法人が取り扱う製品・技術・サービスのレベルが高くなり、そうなればなるほど、日本人

派遣者の必要性が減少する以上に、世界本社からの人材の派遣がより多く必要となるとい

う論理が考えられる。多国籍企業の経済活動が高付加価値化すればするほど企業グループ

間の連携がより必要となり、我々の分析枠組みで表現すれば、「多国籍内部労働市場がより

活発化する」といえよう。 ところで、世界本社が海外子会社に人材を派遣する 大の理由は、 終的には海外オペ

レーションを安定的に利益の生み出せる軌道に乗せるためである。日本人派遣者を増やし

たり、減らしたりすること自体が目的でないことは自明である。日本本社のやり方をその

まま導入した方が良いかどうかも、経営業績にプラスになるかどうかにより決定されてい

ると考えられる。また、日本人派遣者比率の高低は、世界本社による統制・統合という機

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66

能の一部に包含されると解釈できるため、日本人派遣者比率の高低を、世界本社による統

制・統合という説明変数の一部に組み込むことに無理はないであろう。 そこで、次に、同じ多国籍企業グループの一員として世界本社による統制を受け、統合

の圧力を受けるが、他方で、現地に特有の状況や環境に直面する中で、現地で人材を蓄積

し、同時に現地社会や政府との適合を図りつつ、経営成果を達成していくような現地法人

の HRM のあり方を、経営成果との関連の中において、以下で検討してみよう。 5.本社統制と現地人材の蓄積が利益率に及ぼす影響 (1)分析の枠組み グローバルにオペレーションを展開する企業は本来、コアとなる価値ならびにスキルを

保有しているものであり(Prahalad and Doz, 1987)、それを前提にそれらの進んだノウハ

ウ・技術、HRM システムを、注意深く現地の社会・経営環境に適合するように修正を施し

ながら海外子会社に導入・移転するものである。その場合の重要なポイントは、経営成果

あるいは利益の確保が 重要目標となっているということであり、上記の議論との関連で

は、世界本社から人材を何人派遣するか否か、本国の HRM システムを導入するか否か、

逆に現地のシステムに全面的に取って代えるか、あるいは別のシステムとするか等の議論

は、経営業績、とりわけ一定水準の利潤の長期的な保証が担保されて初めて成り立つもの

であるといえる。そこで、われわれが「多国籍内部労働市場」と経営成果との関連という

観点から多国籍企業の海外オペレーションを考える際には、次のような3つの要素がきわ

めて重要である。 第1の要素は、企業属性・環境諸条件である。企業は例えば環境条件として立地する国、

地域の制約を受けることは明らかであり、それに適合していく必要がある。また、規模、

業種、操業経験、資本構成などの企業自らの属性による制約も受けている。 第2の要素は、世界本社ならびにグループ企業の統制・統合であり、これまでの表現を

用いれば「コーポレート同形化」の影響力である。海外オペレーションは、多国籍企業活

動の一環であり、世界本社による統制・統合を受け、またグループ企業の1つとしての統合

の圧力を受けることを忘れてはならない。具体的には、以下のような(a)~(d)の制

約の下に経営成果の達成を指向している。 (a)世界本社からの統制(トップ・マネジメント人材の派遣、製品・資金・投資・新

規事業の規制、経営成果の達成要求など)。 (b)親会社 HRM システムからの影響。ただし、その影響の程度は、現地におけるシ

ステムや慣行の確立およびライバル他社からの影響のあり方の程度に応じて制約

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67

されることはいうまでもない。 (c)グループ企業としての経営理念、価値、ミッションの共有・分担。 (d)人材やノウハウ・技術のグループ企業内での国際的育成・開発・活用。

第3の要素は、現地人材の育成・蓄積・登用の程度である。人材の育成・蓄積・登用の程

度が、事業活動の成果を規定する。より付加価値の高いオペレーションを担保するには、

高度人材の育成・蓄積と人材の登用によるモティべーションの高揚、有能人材の確保が不可

欠である。ただし、ここで留意すべき点は、日本人派遣者の役割である。基本的には本社

による統制・統合の役割を果たしながらも、他方で、現地人材の育成等で果たす役割も大

きいと考えられる。この点は後ほどさらに検討することにする。 上記3要素、つまり説明変数と経営成果・業績との関連を示す枠組みを図式化すれば以

下のようになる。基本的な枠組みは図2-2で示したものと同様であり、両者間の違いは

被説明変数に利益が入り、説明変数に図2-2では被説明変数であった日本人派遣者比率

が加わっていることである。日本人派遣者比率は、図2-3では、ひとまず本社による統

制・統合に中に加えているが、現地人材の育成等にも深く関わっていると考えられる。 図2-3 「多国籍内部労働市場」と経営成果に関する分析枠組み

ただし前掲図2-3の分析枠組みにおいては、同図に示された HRM システムを中心と

する説明変数だけでは利益率を説明しきれないということに留意すべきである。すなわち、

利益率に影響を与える重要な諸変数には、例えば製品・サービスの種類や品質、研究開発・

設備への投資水準、営業・マーケティング活動の内容・方法、原材料・部品の価格や質な

ど他にも多々あるのである。前掲図2-3は、次の図2-4の枠組みの一部を構成するも

のと見ても良い。もちろん、図2-4においても国際人的資源管理(その下位概念が多国

籍内部労働市場である)が利益率に大きく影響を与えるという概念図にすぎず、それでも

って利益率を説明しきれるような枠組みとはなっていないが、ここでの目的は利益率を説

説明変数 被説明変数

    A 企業属性・環境諸条件

    B 日本本社の統制 利益率(日本人派遣者比率を含む) (売上高経常利益率)

    C 人材の蓄積状況

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68

明しきるというよりはどのような HRM 要因が利益率にどのように貢献するのかを確認す

ることに置かれているので、これで概念的には満足せざるを得ないであろう。 図2-4 国際人的資源管理・多国籍内部労働市場と経営成果との関連に関する概念図

経営成果

分散・自立 統合・統制

国際人的資源管理・

多国籍内部労働市場

海外派遣者人材蓄積

二元性

(2)仮説の設定

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69

前掲図2-3の分析枠組みの中の HRM 関連の説明諸変数による利益率の説明は、利益

率のごく一部を説明するにとどまることは明らかで、それに応じて決定係数の値も小さな

ものとならざるを得ないのである。すぐ下で述べる仮説の検証は、したがって主として説

明変数の係数が利益率に対しプラスであるかマイナスであるか、またその統計的有意性は

どうなのかという点に置かれざるを得ない。そこで、次のような3つの仮説を設定する。 仮説1: 日本本社の統制・統合の要素は、海外現地法人の経営成果にプラスの影響を与える。

その根拠: 世界本社による統制・統合とは具体的には、世界本社による子会社の統制・統合である

ことは当然として、他方で、技術・経営手法の親会社・兄弟会社から海外現地法人への移

転、世界本社・グループ企業とのネットワークの形成強化に他ならない。このことは、受

け手である海外現地法人の経営的・技術的能力を高めるとともに、世界本社・グループ企

業との連携を強めることになり、ひいては海外現地法人の生産性ならびに競争力を高める

ことになるであろう。こうして、世界本社・グループ企業の統制・統合は、海外現地法人

の経営成果にプラスの影響を及ぼすと考えられる。 仮説2: 海外派遣者比率の上昇は、海外現地法人の長期的な経営成果にプラスの効果を持つもの

の短期的には不明である。 その根拠: 世界本社・グループ企業の統制・統合とは技術や経営手法の親会社・兄弟会社から海外

現地法人への移転であるが、その具体的担い手は、世界本社等から現地子会社への海外派

遣者である場合が少なくない。海外派遣者の赴任は、派遣コストがかさむが故に海外現地

法人のバランス・シートを悪化させる場合も少なくないが、他方で、それは技術的・経営

的ノウハウの移転や人材育成や後継者育成を伴うものであり、現地法人の高付加価値生

産・経営活動を促進することとなる。つまり、海外派遣者比率の上昇はそれに付随するコ

スト以上に高付加価値生産・経営活動を促進するがゆえに、長期的経営成果にプラスの効

果を持つものの、短期的にはコスト等もあり、不明であると想定される。 仮説3: 現地人材の蓄積・登用は、海外現地法人の経営成果にプラスの影響を与える。

その根拠:

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70

現地人材の育成・蓄積・登用は、現地人材のモティべーションを高め、有能人材を引き

つけ、結果として付加価値のより高い生産を可能にするものと考えられる。 次に、これらの3つの仮説について線形重回帰による実証的検討を行おう。そのために

まず各種変数を具体的に設定することから始める必要がある。 (3)被説明変数の設定とその特徴 これまで述べてきた経営成果をどのようにして捕捉するかというのはきわめて重要なテ

ーマである。経営成果は、長期的に捉える場合、短期的に捉える場合、売上高や資産など

の規模で捉える場合、本業を重視して営業利益率で捉える場合、全体の経営活動を重視し

て売上高経常利益率で捉える場合など様々な指標を設定することができる。そうして、海

外現地法人のビジネスの成果を複数の観点からこれを検討することも可能であろうし、ま

たその必要もあろう。 しかし、アンケート調査であるが故にこれら企業機密に関連するデータの収集には自ず

から限界がある。本稿では単純に、「売上高経常利益率」を被説明変数に設定した。そこで、

以下ではまず、われわれの3回にわたるアンケート調査対象の企業における売上高経常利

益率の全体の分布状況を押さえ、その後で、企業規模別、業種別、操業期間別、所在地域

別、それに日本側出資比率別の売上高経常利益率を検討することにしよう(注21)。 図2-5は、各調査の売上高経常利益率の分布状況を示したものである。売上高経常利

益率の分布は日本人派遣者比率の分布(図2-1参照)と全く異なり、正規分布に近い分

布を示している。「第1回調査」における各企業の売上高経常利益率の平均は3.9%、「第

2回調査」のそれは4.5%、「第3回調査」のそれは6.7%であった。いずれにおいて

も標準偏差は平均値の2~4倍に上っており、分散がきわめて大きいことが分かる(注2

2)。 図2-5 売上高経常利益率の分布状況 (a)第1回調査

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71

(b)第2回調査

(c)第3回調査

利益率

90.080.0

70.060.0

50.040.0

30.020.0

10.00.0-10.0

-20.0-30.0

-40.0-50.0

-60.0-70.0

-80.0-90.0

-100.0

利益率

度数

500

400

300

200

100

0

標準偏差 = 12.64

平均 = 4.5

有効数 = 693.00

利益率

95.085.0

75.065.0

55.045.0

35.025.0

15.05.0-5.0

-15.0-25.0

-35.0-45.0

-55.0-65.0

-75.0

利益率

度数

300

200

100

0

標準偏差 = 14.18

平均 = 3.9

有効数 = 656.00

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72

売上高経常利益率を従業員規模別に整理したのが、表2-26である。同表から明らか

に、規模別の売上高経常利益率の差を3回の調査を通じて見い出すのは困難であることが

分かる。 表2-26 売上高経常利益率(従業員規模別)

(単位:社、%)

表2-27は、売上高経常利益率を製造業・非製造業という2業種で分けてクロス集計

したものである。同表から明らかなように、非製造業の平均の売上高経常利益率は製造業

のそれを常に1.4~2.7%ポイント上回っている。業種別の差異をもう少し詳しく見るた

めに、産業をより細分化したのが、次の表2-28である。

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

1人以上10人未満 7.5 33 16.9 1~10人未満 5.2 44 21.0 同左 9.1 31 13.010人以上50人未満 4.0 147 14.4 10~50人未満 5.0 170 12.1 同左 5.3 128 15.450人以上100人未満 2.1 85 15.0 50~100人未満 4.6 114 14.9 同左 7.4 86 18.9100人以上200人未 4.0 71 14.5 100~200人未満 3.7 100 9.9 同左 8.6 69 21.5200人以上500人未 3.7 88 18.4 200~500人未満 3.1 107 10.1 同左 7.0 70 16.5500人以上1,000人 3.1 44 8.3 500~1000人未満 5.8 63 8.7 同左 6.5 38 11.21,000人以上5,00 0.7 47 9.2 1000人以上 6.5 71 8.5 同左 3.3 46 6.55,000人以上 8.6 3 9.8 無回答 0.6 24 21.3 無回答 7.3 142 13.5合計 3.5 518 14.6 合計 4.5 693 12.6 合計 6.7 610 15.7

利益率

100.090.0

80.070.0

60.050.0

40.030.0

20.010.0

0.0-10.0-20.0

-30.0-40.0

-50.0-60.0

-70.0

利益率

度数

300

200

100

0

標準偏差 = 15.65

平均 = 6.7

有効数 = 610.00

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73

表2-27 売上高経常利益率(業種別)

(単位:社、%)

表2-28における産業別データを見ると、鉱業(ただしサンプル・サイズは3回とも

3社と小さい)と金融・保険業における売上高経常利益率は他の産業と比べると群を抜い

て高いことが分かる。不動産業の売上高経常利益率がこれら2産業を追っている。これら

の売上高経常利益率の高い産業は、非製造業に属していることはいうまでもない。製造業

の中で安定的に比較的高い利益を出しているのが、化学工業である。このように、売上高

経常利益率は産業別に大きな格差が認められる。 表2-28 売上高経常利益率(産業別)

(単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

製造業 3.1 322 12.3 3.6 442 11.2 6.0 348 14.4非製造業 4.5 321 16.0 6.3 244 14.9 7.9 243 17.7合計 3.8 643 14.3 4.5 686 12.7 6.8 591 15.9

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74

売上高経常利益率の操業時期別比較は、表2-29に示される通りである。「第1回調査」

と「第3回調査」とにおいては、操業時期の古い企業ほど売上高経常利益率は高くなって

いるように見えるが、「第2回調査」とにおいてはむしろ逆であるように見える。こうして、

操業期間別の売上高経常利益率の違いには、クリアな傾向を見いだすのが難しいが、どち

らかといえば操業時期の古い企業ほど売上高経常利益率が高くなる場合が多いといえる。 表2-29 売上高経常利益率(操業時期別)

(単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

1959年以前 6.9 34 15.5 2.0 29 6.0 15.7 26 25.31960年~74年 4.5 142 14.5 4.4 124 8.9 6.0 114 13.71975年~84年 6.0 123 13.7 8.0 101 16.4 8.2 93 13.61985年~91年 4.2 164 14.2 4.9 179 11.2 5.9 119 15.01992年~95年 2.1 102 13.1 3.2 113 13.4 7.5 102 13.31996年以降 0.6 83 14.6 3.2 145 14.0 4.9 151 17.7無回答     -    -     - 14.5 2 3.0 10.0 5 10.6合計 4.0 648 14.2 4.5 693 12.6 6.7 610 15.7

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

食料品 3.7 14 12.0 -0.6 22 15.4 13.6 20 23.2繊維品 4.6 13 6.1 6.6 21 7.3 6.9 12 8.5木材・家具 50.0 1 .    - -24.5 1 .    -     -    - .    -パルプ・紙 2.7 1 .    -    -     - .    - -1.4 3 20.4出版・印刷 -6.0 2 14.1 3.7 4 5.4 9.0 4 10.6化学工業 7.2 27 18.0 6.7 38 12.6 8.3 31 11.9石油・石炭製品 -6.5 3 14.6 -0.4 4 22.6 15.4 1 .    -プラスチック製品 0.5 11 13.1 6.6 10 11.1 10.2 9 18.7ゴム・皮革 3.0 5 13.6 5.9 5 10.9 6.5 7 9.9鉄鋼業 -2.5 5 5.4 -2.6 10 9.8 14.9 7 13.7窯業・土石 -2.1 7 34.1 6.5 12 8.3 7.1 4 23.8非鉄金属 1.3 5 9.0 8.4 8 12.6 3.9 6 10.0金属製品 0.2 18 14.1 2.6 24 8.8 1.4 12 25.8一般機器 2.0 15 5.4 1.3 14 2.3 0.2 11 12.1電気機器 2.2 98 5.5 4.5 121 7.0 6.0 89 10.6輸送機器 0.9 36 13.5 3.4 70 8.8 4.1 60 16.0精密機器 7.7 21 14.2 1.7 32 12.3 3.0 25 8.3その他の製造業 6.0 40 11.7 1.8 46 19.2 5.8 47 14.8農林漁業 -16.5 2 29.7 11.1 5 28.5 19.5 2 15.7鉱業 39.5 3 47.3 34.1 3 52.8 41.4 3 21.8商業 2.7 169 11.1 3.1 132 7.0 3.4 113 12.2建設業 -6.7 16 19.8 3.6 13 7.0 3.4 19 5.2金融・保険業 17.0 26 24.7 18.7 21 17.5 25.2 21 33.1不動産業 7.0 5 10.6 10.0 4 7.5 14.8 6 33.7運輸・通信業 7.8 35 10.2 6.2 29 15.3 9.2 31 14.9サービス業 3.4 33 20.4 8.4 23 10.8 6.9 31 11.3その他の非製造業 4.8 32 13.7 7.4 14 34.4 11.1 17 20.1合計 3.8 643 14.3 4.5 686 12.7 6.8 591 15.9

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75

売上高経常利益率を所在地域別にクロス集計したのが、表2-30である。この表から、

中近東における売上高経常利益率は3回の調査を通して平均の2倍くらいの高さを維持し

ていて高位安定的といえるが、アフリカ(ただしサンプル・サイズはごく小さい)はその

逆のようである。アジア、北米、ヨーロッパの3地域間比較では、アジア、北米が右上が

り気味であるため、ヨーロッパが相対的に低くなってきている。このように、売上高経常

利益率は地域間にも大きな差が見いだされる。所在地域別の特徴は、例えば中南米に示さ

れるように、調査時点により変動がきわめて大きいことである。 表2-30 売上高経常利益率(所在地域別)

(単位:社、%)

後に、日本側出資比率別に売上高経常利益率を見ると、「第2回調査」と「第3回調査」

とにおいては、日本側出資比率が高くなるほど売上高経常利益率も若干ながら高くなって

いるようである。ただし、「第1回調査」においてそのような傾向を見いだすのは困難であ

る(表2-31参照)。 表2-31 売上高経常利益率(日本側出資比率別)

(単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

10%未満 6.7 22 20.3 3.3 31 7.2 2.7 24 5.310~50%未満 3.2 57 15.5 0.9 45 18.9 5.8 43 7.8

50% 0.7 22 15.0 4.2 17 9.3 15.5 15 26.351~100%未満 4.6 121 18.1 4.5 156 10.7 7.4 115 17.5

100% 3.9 423 12.4 4.8 421 12.8 6.7 395 15.9無回答 2.0 11 3.0 7.9 23 13.7 3.8 18 5.7合計 3.9 656 14.2 4.5 693 12.6 6.7 610 15.7

第1回調査 第2回調査 第3回調査平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差 平均値 度数 標準偏差

アジア 3.2 237 16.7 5.0 300 12.7 6.6 271 16.3中近東 6.8 19 16.3 8.1 17 19.4 10.8 16 20.0ヨーロッパ 4.0 189 8.9 3.5 165 10.3 4.4 123 10.8北米 4.0 83 14.8 5.0 103 12.3 5.7 82 13.3中南米 5.2 77 15.2 1.6 60 12.5 10.5 71 21.5アフリカ 1.3 2 0.7 2.6 5 2.6 4.7 10 5.6オセアニア 3.7 47 14.7 6.9 43 17.7 9.1 37 14.7合計 3.9 654 14.2 4.5 693 12.6 6.7 610 15.7

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(4)売上高経常利益率の決定要因についての検討 使用したデータ・ソースは、日本人派遣者比率について分析した際に用いた調査データ

と同じである。すなわち、「第1回調査」(1999年)、「第2回調査」(2001年)、「第

3回調査」(2003年)である。また、ここでも、支社・支店を除いて現地法人だけを分

析対象とした。 ここで明らかにしたいことは、図2-3の分析枠組みならびにわれわれの仮説の検証と

いう問題意識に沿って、企業属性・環境諸条件変数をコントロールした場合に、日本本社

の海外子会社の統制要因、ならびに現地法人における人材の蓄積状況が、売上高経常利益

率にどのような影響を与えているかということである。 すなわち、われわれは、海外現地法人の企業規模、業種、操業期間、所在地域、ならび

に日本側出資比率をコントロールしながら、既述の枠組みに沿うような諸変数を作り、仮

説の妥当性について吟味したい。こうして、日本人派遣者比率の分析の場合と同様に、現

地企業の従業員規模、業種、操業期間、所在地域、日本側出資比率をダミー変数として入

れた。具体的な線形重回帰分析の式は以下のようである。 売上高経常利益率 =f{(企業属性・環境諸条件変数),(日本本社の統制諸変数),(人材の蓄積状況諸変数)} =f{(規模、業種,操業期間,所在地域,日本側出資比率),(日本人派遣者比率,社長の

国籍,経営理念の導入程度,日本本社HRMの導入程度),(ローカル部課長比率,ローカ

ル大卒比率,大卒の 高昇進職位,中間管理職現地化率)} 説明変数ならびにそれぞれの仮説的想定について若干の説明が必要である。まず、これ

までの検討から、企業属性・環境諸条件変数に含まれる4変数、すなわち現地企業の(a)

従業員規模、(b)業種、(c)操業期間、(d)所在地域、(e)日本側出資比率は被説明

変数に何らかの影響を与えていると考えられるため、それらをコントロールするため(a)

~(e)の変数をダミー変数として投入した。定義は、前掲表2-18の中の定義と同様で

ある。 これまでの検討から、(a)規模ダミー、(b)業種ダミー、(c)操業期間ダミー、(d)

所在地域ダミー、(e)日本側出資比率ダミーはそれぞれ以下のような符号条件となること

が想定される。 (a)規模別売上高経常利益率には系統的な違いは見出せなかったため、50人未満を

レファレンス・グループとする規模ダミーにおいても、系統的に有意な結果は出ないであ

ろう。

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(b)業種ダミーは商業をレファレンス・グループとするため、とりわけ金融・保険業、

不動産業などでプラスとなるであろう。というのも、非製造業の中でも金融・保険業、不

動産業で、売上高経常利益率が一貫して、しかも傑出して高かったためである (c)操業期間ダミーは20年以上をレファレンス・グループとするため、多くのセルで

マイナスとなるであろう。というのも、調査年度によっても異なるが、操業期間が短いほ

ど同利益率が低くなる方が多かったためである。 (d)所在地域ダミーはアジアをレファレンス・グループとする。このため、利益率が相

対的に低下傾向にあったヨーロッパや、比較的安定的な北米では「第1回調査」はプラス

で、「第2回調査」からはマイナスに転じるであろう。 (e)日本側出資比率ダミーは100%をレファレンス・グループとするため、「第2回

調査」と「第3回調査」の若干のセルでマイナスとなるかもしれない。というのも、これ

らの調査においては、日本側出資比率が低いほど同利益率が低くなる傾向があったためで

ある。 次に、日本本社による海外子会社の統制諸変数として、日本人派遣者比率、社長の国籍

(ローカル COE ダミー、第三国籍 COE ダミー)、経営理念の導入程度、日本本社 HRM の

導入程度を設定したが、具体的な算出方法は、表2-20に示される通りである。なお、

ここでダミー変数以外の日本人派遣者比率と日本本社 HRM の導入程度との相関係数と見

ると、「第1回調査」0.152(1%水準で有意、N=558)、「第2回調査」0.13

7(1%水準で有意、N=726)、「第3回調査」0.065(有意でない、N=508)

となっており、プラスで有意な場合が多いが、ほとんど無相関に近いことが分かる。 また、現地法人における人材の蓄積状況諸変数としては、表2-21で定義された諸変

数、すなわち、ローカル部課長比率、ローカル大卒比率、大卒の 高昇進職位、それに中

間管理職現地化率の4つを設定した。 なおここで、日本人派遣者比率と人材の蓄積状況を示す4変数との間の相関係数を見る

と、表2-32の通りである。第1に、明らかに、日本人派遣者比率と中間管理職現地化

率との間には、3回の調査を通じて一貫して、有意で強い負の相関が見られ、同様に日本

人派遣者比率と大卒の 高昇進職位との間にもそれほど強くはないが、有意な負の相関が

見られる(ただし第2回調査には大卒の 高昇進職位の設問がないため除く)。第2に、日

本人派遣者比率とローカル部課長比率・ローカル大卒比率との間には逆にかなりの正の相

関が有意に見られる。第3に、ローカル部課長比率とローカル大卒比率との間、ローカル

部課長比率と中間管理職現地化率との間にもそれぞれ、かなりの正の相関が有意に見られ

る。 このため、以下では、日本人派遣者比率を本社の統制等の説明変数としてのみならず、

現地人材蓄積にも大きな影響を及ぼす可能性の高い変数としても、独自の特性を持つ変数

として見ていくこととする。

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表2-32 日本人派遣者比率と人材の蓄積状況諸変数との間の相関係数 (a)第1回調査

(b)第2回調査

(注)「第2回調査」では大卒の 高昇進職位に関する設問はなかった。

相関係数

1 .225** .300** -.576**

. .000 .000 .000

749 728 660 734

.225** 1 .331** .193**

.000 . .000 .000

728 789 705 782

.300** .331** 1 -.132**

.000 .000 . .000

660 705 706 699

-.576** .193** -.132** 1

.000 .000 .000 .

734 782 699 792

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

日本人派遣者比率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

中間管理職現地化率

日本人派遣者比率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

中間管理職現地化率

相関係数は 1% 水準で有意 (両側) です。**.

相関係数

1 .199** .369** -.272** -.480**

. .000 .000 .000 .000

574 533 491 508 514

.199** 1 .325** -.034 .273**

.000 . .000 .434 .000

533 564 477 519 544

.369** .325** 1 -.010 -.141**

.000 .000 . .815 .002

491 477 615 551 470

-.272** -.034 -.010 1 .189**

.000 .434 .815 . .000

508 519 551 696 519

-.480** .273** -.141** .189** 1

.000 .000 .002 .000 .

514 544 470 519 566

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

日本人派遣者比率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

日本人派遣者比率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

相関係数は 1% 水準で有意 (両側) です。**.

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(c)第3回調査

日本本社の統制諸変数と人材の蓄積状況諸変数の各説明変数が、売上高経常利益率にど

のような影響を持つと想定されるかという観点から各符号条件を整理すると、以下のよう

になる。 第1に、差しあたり日本本社の統制諸変数に含まれる日本人派遣者比率であるが、既述

のようにプラスとマイナスの両方が想定されるため、事前に想定することは難しい。すな

わち、プラスの影響としては、世界本社から新技術・新製品等の知識や経営ノウハウの移

転、ならびに現地人材の育成とモティベーションの向上を通じて売上高経常利益率に貢献

する。他方で、マイナスの影響としては、海外からの派遣者を受け入れるために付随する

コストの発生である。前者のプラスの影響は比較的長期的なものであり、後者は比較的短

期的なものであるため、長期的な影響と短期的な影響のどちらが他方を凌駕する火にかか

っているとも言える。 第2に、社長の国籍であるが、社長が日本人以外の現地国籍人である場合と、第三国籍

人である場合とでは、売上高経常利益率に対しては異なる影響を持つものと想定される。

すなわち、社長が現地国籍人である場合、日本人社長である場合のような海外派遣者に付

随するコストが発生しないし、またローカル・スタッフのモティべーション向上にもなる

ため、プラスとなろう。他方で、社長が第三国籍人である場合、日本人社長である場合と

同様のコスト(赴任に付随する直接的コスト)がかかり、他方でモティべーションへの効

果を見ると、日本人以外からの派遣ということでプラスであるが、他方でローカルでない

ということでマイナスの影響が発生するであろうから、プラスともマイナスともいえない

相関係数

1 .345** .232** -.378** -.517**

. .000 .000 .000 .000

526 491 434 496 484

.345** 1 .374** -.014 .162**

.000 . .000 .731 .000

491 613 530 579 499

.232** .374** 1 -.049 -.109*

.000 .000 . .265 .024

434 530 552 517 432

-.378** -.014 -.049 1 .289**

.000 .731 .265 . .000

496 579 517 677 486

-.517** .162** -.109* .289** 1

.000 .000 .024 .000 .

484 499 432 486 516

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

Pearson の相関係数

有意確率 (両側)

N

日本人派遣者比率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

日本人派遣者比率

ローカル部課長比率

ローカル大卒比率

大卒の最高昇進職位

中間管理職現地化率

相関係数は 1% 水準で有意 (両側) です。**.

相関係数は 5% 水準で有意 (両側) です。*.

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が、どちらかといえばマイナスであろう。 第3に、日本本社の統制諸変数に含まれる経営理念の導入程度と日本本社の HRM の導

入程度がどのような方向で売上高経常利益率に影響を持つかは、プラスとマイナスの両方

が想定され、いずれとも確定しがたい。というのも、日本本社の経営理念とHRMの導入

が世界本社・子会社間ならびに海外派遣者とローカル・スタッフ間のコミュニケーション

をスムーズにしたり、従業員のモティべーションを向上させたりする場合にはプラスとな

ろうが、逆にそれが多大のコストを伴う場合にはマイナスとなろうからである。 第4に、現地法人における人材の蓄積状況諸変数であるローカル部課長比率、ローカル

大卒比率、大卒の 高昇進職位、それに中間管理職現地化率は基本的に、現地法人におけ

る競争力の向上を伴うものと考えられるために、売上高経常利益率に対してプラスの影響

を持つことが想定される。ただし、現地法人内での人材蓄積を前提に世界本社からの新技

術・新製品の移転と投入が頻繁かつ積極的に行われる場合には、人材の蓄積状況諸変数は

短期的に売上高経常利益率にマイナスの影響を持つ場合があることも想定される。 このような想定を念頭に置きながら、次に、売上高経常利益率に関する回帰分析の結果

がこの想定をどの程度支持しているのか、あるいは支持していないのかについて検討する

ことにする。 (5)売上高経常利益率についての線形重回帰分析の結果 売上高経常利益率についての線形重回帰分析の結果は、表2-33(「第1回調査」)、表

2-34(「第2回調査」)、表2-35(「第3回調査」)に示される通りである。日本人派

遣者比率についての場合と同様に、5つのモデルに分けて線形重回帰を行った(注23)。 各モデル式の当てはまり状態を「第1回調査」、「第2回調査」、「第3回調査」ごと見る

と、次の通りである。「第1回調査」においては特に、モデル1からモデル5まですべての

F値が1%の有意水準をクリアしており、モデル式の当てはまりに問題ないことが分かる。

自由度調整済み決定係数は、0.129から0.214までにあり、当初の見込みを超え

て、説明変数の売上高経常利益率に対する説明力が高いとはいえる。ともあれ、われわれ

にとっては、決定係数よりも説明変数の符号条件に着目することが重要である。モデル式

の当てはまりや説明力に関して「第1回調査」で指摘できることは、やや説明力の程度は

落ちるが、ほぼ同様に、「第2回調査」、「第3回調査」においても指摘できる。 そこで、符号条件を見てみよう。符号条件については、表2-33、表2-34、表2

-35の3表から以下の5点が明らかになる。 第1に、企業属性・環境諸条件変数の符号条件はほとんどが想定通りであった。規模ダ

ミーは、有意水準をクリアするセルが少なく、また傾向的なものは見いだせない。商業を

レファレンス・グループとした業種ダミーは、製造業で化学工業、非製造業で金融・保険

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81

業、不動産業でプラス、窯業・土石、建設業界はマイナス傾向が強かった。20年以上を

レファレンス・グループとした操業期間ダミーは、当初の想定以上に9年以下のセルでは

ほとんどマイナスとなっているが、有意水準をクリアするのは0~4年に多く、操業期間

の短い期間に黒字化するのは困難であることを如実に示している。アジアをレファレン

ス・グループとした所在地域ダミーは、北米やヨーロッパ、それに「第3回調査」を除く

中南米では、予想を超えてほとんどの場合にマイナスとなっており、これはアジア地域で

の経営業績の良さを示しているものと解釈される。 後に、日本側出資比率ダミーは10

0%をレファレンス・グループとしたが、想定とは若干異なり、「第3回調査」を除き、ほ

とんどのセルでマイナスとなっていた(ただし有意性は低い)。 第2に、ひとまず日本本社の統制諸変数に含まれる日本人派遣者比率は、利益率へのプ

ラス効果とマイナス効果が混じり合い、結果としてはプラスかマイナスか不明であろうと

想定したが、結果は半分をやや上回るセルでマイナスであったが、いずれも有意水準をク

リアするまでには至っておらず、日本人派遣者比率が利益指標に対し有意に影響力のある

説明変数の中には含まれていないといえる。しかし、他方で、「日本人派遣者が多いと現地

法人の利益を圧迫する」という主張も、少なくとも本分析結果からは支持されないことが

判明した。 第3に、社長の国籍に関して、社長が現地国籍である場合には海外派遣者コストを軽減

できるためプラスと想定されたが、マイナスとなることが多くなっていたが、有意水準を

クリアするのは「第3回調査」でのみで、それはマイナスであった。したがって、社長1

人の海外派遣者コストを超えて利益にプラスの影響を与えるものが日本人社長にはあると

見ることもできる。第三国籍社長の場合は、有意にならずはっきりとしたことは言えない。 第4に、日本本社の統制諸変数に含まれる経営理念の導入程度は、「第2回調査」、「第3

回調査」ではほとんど、有意にマイナスとなっている。このため、経営理念を世界本社と

海外子会社で共有するという場合には、日本人の派遣コストも含めて多大のコストが伴う

ということが分かる。また、日本本社の HRM の導入程度も、経営理念の導入程度と同様、

「第2回調査」、「第3回調査」でマイナスとなる傾向が見られ、このため、経営理念と同

様、HRM システムを積極的に海外子会社に導入するには多大のコストが伴うものと見られ

る。 第5に、人材の蓄積状況諸変数に含まれるローカル部課長比率、ローカル大卒比率、大

卒の 高昇進職位、それに中間管理職現地化率の符号条件で、想定通りにほとんどプラス

となっているのは、ローカル大卒比率だけである。ただし有意水準をクリアしているのは

「第1回調査」だけにとどまる。他に有意水準をクリアしてプラスとなっているのは、中

間管理職現地化率(「第2回調査」のモデル2)だけであり、他のセルはプラスとなったり、

マイナスとなったりするが、すべて有意水準をクリアしていない。こうして、現地法人の

人材の蓄積状況では、とりわけ大卒比率を高めて現地中間管理職の層を厚くすることが、

売上高経常利益率の向上に貢献するという因果関係が明らかとなる。

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82

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83

表2

-3

3 

売上

高経

常利

益率

の線

形重

回帰

(「第

1回

調査

」)

デル

1全

変数

デル

2全

変数

デル

3本

社統

モデ

ル4

人材

蓄積

デル

5人

材蓄

積(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

)(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

値(定

数)

6.3

91

1.3

37

1.0

54

0.1

75

3.7

06

0.9

84

5.0

93

1.4

11

1.4

76

0.3

19

規模

ダミ

ー50-99人

-2.5

31

-1.0

61

-2.7

76

-1.1

26

-4.0

29

-1.6

83

*-1.9

10

-0.9

20

-2.1

58

-1.0

01

規模

ダミ

ー100-299人

-0.0

90

-0.0

34

0.2

71

0.0

99

-0.2

92

-0.1

17

0.6

77

0.2

95

0.8

73

0.3

73

規模

ダミ

ー300-999人

-4.4

02

-1.3

27

-3.1

62

-0.9

45

-1.6

96

-0.5

76

-2.6

21

-0.9

16

-1.6

33

-0.5

66

規模

ダミ

ー1000人

以上

-5.0

07

-1.2

61

-3.8

04

-0.9

56

-3.1

60

-0.8

79

-3.9

28

-1.1

76

-2.9

86

-0.8

92

業種

ダミ

ー食

料品

1.2

36

0.2

57

0.4

68

0.0

96

2.2

41

0.4

15

4.8

15

1.1

73

4.3

12

1.0

35

業種

ダミ

ー繊

維品

3.6

50

0.7

12

4.1

46

0.7

95

4.3

46

0.7

55

1.9

00

0.4

36

2.5

41

0.5

70

業種

ダミ

ー木

材・家

具46.8

74

3.8

81

***

47.0

91

3.8

18

***

業種

ダミ

ー出

版・印

刷-19.1

24

-1.5

00

-18.7

31

-1.4

43

-16.6

79

-1.1

38

-17.0

34

-1.4

05

-16.7

18

-1.3

53

業種

ダミ

ー化

学工

業4.5

29

1.0

72

3.3

75

0.7

06

10.1

36

2.5

11

**

2.8

33

0.7

80

1.8

90

0.4

44

業種

ダミ

ー石

油・石

炭製

品-7.8

44

-0.5

93

-13.3

94

-0.9

47

-3.0

44

-0.2

07

-3.9

57

-0.3

16

-7.2

85

-0.5

52

業種

ダミ

ープ

ラス

チッ

ク製

品-10.1

52

-1.5

32

-11.6

88

-1.5

16

-9.2

21

-1.3

63

-6.8

46

-1.2

19

-6.6

91

-1.0

54

業種

ダミ

ーゴ

ム・皮

革-7.7

96

-0.9

84

-6.0

50

-0.7

50

-6.1

48

-0.6

84

-7.2

54

-1.0

19

-6.0

83

-0.8

41

業種

ダミ

ー鉄

鋼業

-2.5

51

-0.3

35

-1.3

10

-0.1

70

-3.6

81

-0.4

91

-2.0

48

-0.2

84

-0.7

97

-0.1

09

業種

ダミ

ー窯

業・土

石-15.4

36

-2.0

37

**

-14.0

83

-1.8

24

*-16.9

20

-1.9

60

*-16.0

99

-2.2

46

**

-14.9

35

-2.0

40

**

業種

ダミ

ー非

鉄金

属-7.5

68

-0.8

26

-6.7

48

-0.7

25

-5.7

91

-0.5

56

-8.2

70

-0.9

55

-7.3

86

-0.8

37

業種

ダミ

ー金

属製

品-7.1

53

-1.4

94

-6.5

09

-1.3

38

-3.1

43

-0.5

98

-5.1

86

-1.2

73

-4.4

81

-1.0

77

業種

ダミ

ー一

般機

器0.4

04

0.0

81

1.5

16

0.2

82

2.5

54

0.4

64

1.9

83

0.4

46

3.2

81

0.6

88

業種

ダミ

ー電

気機

器0.4

36

0.1

55

1.3

97

0.4

79

1.5

01

0.5

28

0.8

40

0.3

50

1.6

17

0.6

49

業種

ダミ

ー輸

送機

器-1.2

08

-0.2

97

-0.9

86

-0.2

38

-0.4

16

-0.1

07

-3.1

86

-0.9

42

-2.4

73

-0.7

18

業種

ダミ

ー精

密機

器4.4

20

1.0

02

6.4

67

1.3

37

5.4

20

1.1

15

4.8

51

1.2

40

7.9

06

1.7

45

*業

種ダ

ミー

その

他の

製造

業1.3

46

0.3

65

2.7

43

0.7

28

4.9

24

1.5

13

2.8

91

0.9

45

4.1

55

1.3

24

業種

ダミ

ー農

林漁

業-43.2

22

-3.5

42

***

-42.0

43

-3.3

72

***

業種

ダミ

ー鉱

業0.1

95

0.0

15

-1.2

97

-0.1

00

36.0

71

4.1

99

***

-1.4

13

-0.1

17

-2.8

06

-0.2

29

業種

ダミ

ー建

設業

-18.2

07

-4.2

51

***

-19.9

23

-4.3

53

***

-13.9

96

-3.0

96

***

-16.0

66

-4.1

97

***

-17.3

83

-4.2

57

***

業種

ダミ

ー金

融・保

険業

12.9

77

2.9

87

***

12.6

06

2.8

49

***

20.3

22

5.1

63

***

15.9

88

4.2

86

***

16.0

83

4.2

28

***

業種

ダミ

ー不

動産

業-2.2

04

-0.2

43

-2.8

54

-0.3

10

-0.8

72

-0.0

84

-1.3

87

-0.1

61

-1.4

13

-0.1

61

業種

ダミ

ー運

輸・通

信業

5.8

88

1.4

79

7.8

60

1.9

50

*7.7

38

2.1

77

**

6.5

01

1.8

41

*8.0

34

2.2

35

**

業種

ダミ

ーサ

ービ

ス業

9.1

00

2.2

63

**

9.6

50

2.3

74

**

6.1

93

1.6

65

*8.6

92

2.4

01

**

9.1

36

2.4

89

**

業種

ダミ

ーそ

の他

の非

製造

業-2.9

48

-0.7

65

-3.2

48

-0.7

72

1.7

60

0.4

83

-2.6

90

-0.8

21

-2.8

86

-0.8

17

操業

期間

ダミ

ー0-4年

-8.6

25

-3.5

00

***

-8.2

30

-3.2

56

***

-5.4

35

-2.2

06

**

-8.0

89

-3.8

26

***

-7.7

80

-3.5

84

***

操業

期間

ダミ

ー5-9年

-2.1

72

-0.9

24

-1.7

20

-0.6

90

-4.0

44

-1.7

47

*-2.1

08

-1.0

74

-1.7

56

-0.8

45

操業

期間

ダミ

ー10-19年

2.2

72

1.1

04

2.2

29

1.0

35

-1.0

89

-0.5

36

1.6

14

0.8

90

1.5

76

0.8

32

地域

ダミ

ー中

近東

・ア

フリ

カ-0.8

57

-0.1

57

1.1

31

0.1

96

5.0

02

1.0

70

-1.5

94

-0.3

32

-0.2

11

-0.0

42

地域

ダミ

ーヨ

ーロ

ッパ

-0.5

03

-0.2

16

-1.3

66

-0.5

66

0.0

26

0.0

12

0.3

86

0.1

93

-0.3

30

-0.1

60

地域

ダミ

ー北

米-4.5

39

-1.5

73

-5.2

82

-1.7

87

*-3.3

42

-1.2

47

-5.0

46

-1.9

92

**

-5.6

56

-2.1

66

**

地域

ダミ

ー中

南米

-3.1

83

-1.0

59

-3.6

98

-1.2

04

-0.5

84

-0.1

96

0.2

25

0.0

93

0.3

40

0.1

37

地域

ダミ

ーオ

セア

ニア

-5.6

37

-1.4

84

-7.2

56

-1.8

55

*-2.3

50

-0.6

63

-4.8

32

-1.4

63

-5.9

86

-1.7

68

*出

資ダ

ミー

=0<<50

-3.6

31

-1.2

38

-3.5

19

-1.1

76

-0.6

68

-0.2

41

-1.8

65

-0.7

38

-1.7

25

-0.6

67

出資

ダミ

ー=50

-5.9

67

-1.5

59

-6.4

34

-1.6

47

-2.9

00

-0.7

19

-7.4

58

-2.2

57

**

-7.9

14

-2.3

43

**

出資

ダミ

ー50<<75

0.5

79

0.1

93

0.5

09

0.1

67

0.2

95

0.0

95

0.0

75

0.0

29

0.0

17

0.0

06

出資

ダミ

ー75=<<100

-2.2

31

-0.8

36

-1.9

28

-0.6

96

3.0

45

1.1

27

-1.0

39

-0.4

60

-0.9

50

-0.4

05

日本

人派

遣者

比率

-0.1

06

-1.1

29

-0.0

19

-0.1

65

0.0

16

0.2

49

-0.1

18

-1.4

84

-0.0

6764

-0.7

18

ロー

カル

CO

Eダ

ミー

2.2

78

0.7

47

2.0

14

0.6

35

2.5

06

0.8

83

第三

国籍

CO

Eダ

ミー

6.0

70

0.7

37

5.5

96

0.6

65

6.5

14

0.7

08

理念

同じ

ダミ

ー2.3

27

1.4

18

2.4

19

1.4

26

1.6

44

1.0

29

日本

本社

HR

Mの

導入

程度

0.2

38

0.3

48

0.1

41

0.1

97

0.2

75

0.4

20

ロー

カル

部課

長比

率-0.1

09

-1.1

48

-0.1

04

-1.2

26

ロー

カル

大卒

比率

0.0

75

2.1

51

**

0.0

74

2.0

43

**

0.0

92

2.9

90

***

0.0

92

2.8

72

***

大卒

の最

高昇

進職

位0.2

56

0.2

31

0.4

36

0.3

74

0.5

41

0.5

98

0.5

96

0.6

22

中間

管理

職現

地化

率0.0

36

0.8

34

0.0

18

0.5

08

自由

度調

整済

みR

20.1

34

0.1

29

0.1

29

0.2

14

0.2

11

F値

1.9

59***

1.8

78***

2.2

8***

3.1

26***

2.9

9***

サン

プル

・サ

イズ

291

279

381

351

335

(注

)***、

**、

*は

それ

ぞれ

1%

、5

%、

10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示し

てい

る。

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84

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85

表2

-3

4 

売上

高経

常利

益率

の線

形重

回帰

(「第

2回

調査

」)

デル

1全

変数

デル

2全

変数

デル

3本

社統

モデ

ル4

人材

蓄積

デル

5人

材蓄

積(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

)(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

値(定

数)

14.8

89

3.9

38

***

6.1

42

1.3

70

11.7

82

3.7

05

***

7.4

60

2.9

45

***

6.8

10

2.2

25

**

規模

ダミ

ー50-99人

-0.7

29

-0.3

07

0.4

58

0.1

97

0.1

50

0.0

69

-0.0

99

-0.0

57

-0.1

65

-0.0

94

規模

ダミ

ー100-299人

-1.5

41

-0.6

69

-0.5

45

-0.2

38

-0.9

56

-0.4

63

-0.1

08

-0.0

61

-0.2

60

-0.1

47

規模

ダミ

ー300-999人

-1.5

40

-0.5

64

-1.0

50

-0.3

89

-0.6

51

-0.2

74

-0.5

44

-0.2

58

-0.7

38

-0.3

56

業種

ダミ

ー食

料品

-8.9

06

-2.1

58

**

-8.8

25

-2.1

57

**

-8.4

36

-2.2

42

**

-4.9

87

-1.4

64

-4.9

23

-1.4

41

業種

ダミ

ー繊

維品

-1.7

60

-0.3

98

-2.7

46

-0.6

25

-1.4

36

-0.3

49

2.2

05

0.6

32

2.0

99

0.6

01

業種

ダミ

ー出

版・印

刷1.8

12

0.2

73

-0.5

25

-0.0

80

0.8

88

0.1

43

0.8

56

0.1

16

0.6

99

0.0

95

業種

ダミ

ー化

学工

業8.8

06

2.7

81

***

7.1

20

2.2

24

**

8.1

75

2.7

85

***

4.8

95

1.9

56

*4.6

02

1.8

11

*業

種ダ

ミー

石油

・石

炭製

品-4.6

76

-0.4

28

-7.1

72

-0.6

60

-3.9

08

-0.3

76

-2.7

58

-0.3

69

-3.0

97

-0.4

17

業種

ダミ

ープ

ラス

チッ

ク製

品-6.5

25

-1.0

02

-6.9

33

-1.0

76

-5.3

29

-0.8

71

-1.7

22

-0.3

52

-1.6

78

-0.3

42

業種

ダミ

ーゴ

ム・皮

革-13.9

03

-1.2

93

-14.3

59

-1.3

48

-13.9

31

-1.3

50

-10.2

11

-0.8

20

-10.2

94

-0.8

25

業種

ダミ

ー鉄

鋼業

-1.9

10

-0.2

48

-2.6

86

-0.3

52

-0.9

04

-0.1

47

-4.6

79

-1.0

17

-4.7

92

-1.0

39

業種

ダミ

ー窯

業・土

石-0.5

34

-0.1

01

-2.7

17

-0.5

17

-1.1

32

-0.2

29

1.6

07

0.3

28

1.6

54

0.3

37

業種

ダミ

ー非

鉄金

属-4.3

76

-0.5

76

-2.0

94

-0.2

78

-3.8

11

-0.5

27

0.5

01

0.0

88

0.6

03

0.1

06

業種

ダミ

ー金

属製

品1.5

48

0.4

16

2.8

58

0.7

53

2.6

18

0.8

05

-0.2

35

-0.0

72

-0.1

35

-0.0

41

業種

ダミ

ー一

般機

器-2.3

84

-0.5

34

-3.3

19

-0.7

48

-2.3

25

-0.5

66

-1.8

66

-0.4

52

-2.1

13

-0.5

11

業種

ダミ

ー電

気機

器0.1

70

0.0

68

-0.1

44

-0.0

58

0.2

93

0.1

31

1.4

51

0.6

90

1.4

80

0.7

03

業種

ダミ

ー輸

送機

器-0.0

71

-0.0

24

-0.1

83

-0.0

64

0.0

85

0.0

33

2.5

65

1.0

66

2.5

07

1.0

41

業種

ダミ

ー精

密機

器-5.3

21

-1.4

79

-4.6

31

-1.2

97

-3.3

99

-1.1

11

-4.1

35

-1.3

03

-4.0

83

-1.2

85

業種

ダミ

ーそ

の他

の製

造業

2.3

36

0.6

70

0.8

22

0.2

39

2.8

29

0.9

22

0.1

27

0.0

50

0.1

02

0.0

41

業種

ダミ

ー農

林漁

業21.3

74

2.6

40

***

24.6

85

3.0

89

***

22.2

79

2.9

27

***

4.6

87

0.7

24

4.6

73

0.7

21

業種

ダミ

ー鉱

業-6.8

59

-0.5

88

-11.8

43

-1.0

20

-7.9

61

-0.7

30

-7.8

96

-0.6

21

-8.0

49

-0.6

32

業種

ダミ

ー建

設業

-4.5

45

-0.7

14

0.1

94

0.0

30

-3.1

08

-0.5

15

-2.3

95

-0.5

80

-2.1

43

-0.5

15

業種

ダミ

ー金

融・保

険業

12.0

52

2.7

28

***

8.7

70

2.0

43

**

12.4

32

3.3

41

***

15.2

28

4.3

31

***

15.1

44

4.2

94

***

業種

ダミ

ー不

動産

業9.5

96

1.2

23

6.9

26

0.8

84

10.2

50

1.3

64

11.7

90

1.6

19

11.5

59

1.5

83

業種

ダミ

ー運

輸・通

信業

1.0

95

0.2

11

1.3

80

0.2

69

0.2

11

0.0

53

5.4

10

1.8

68

*5.5

43

1.9

03

*業

種ダ

ミー

サー

ビス

業-1.7

28

-0.3

01

-2.5

00

-0.4

40

-3.0

19

-0.6

07

6.6

12

1.7

88

*6.4

98

1.7

60

*業

種ダ

ミー

その

他の

非製

造業

4.5

68

0.8

91

4.5

32

0.8

96

4.7

03

0.9

73

3.9

21

1.0

04

3.8

67

0.9

91

操業

期間

ダミ

ー0-4年

-5.5

81

-2.3

28

**

-5.5

97

-2.3

61

**

-4.5

68

-2.0

70

**

-5.8

88

-2.9

94

***

-5.9

68

-3.0

52

***

操業

期間

ダミ

ー5-9年

-3.9

71

-1.8

36

*-4.2

43

-1.9

80

**

-3.0

58

-1.5

60

-2.4

24

-1.3

77

-2.4

89

-1.4

23

操業

期間

ダミ

ー10-19年

-0.0

93

-0.0

47

0.0

14

0.0

07

0.5

67

0.3

23

-1.6

90

-1.0

94

-1.7

46

-1.1

28

地域

ダミ

ー中

近東

・ア

フリ

カ-6.9

75

-1.6

26

-5.4

98

-1.2

90

-6.6

95

-1.6

35

2.1

80

0.6

49

2.4

18

0.7

10

地域

ダミ

ーヨ

ーロ

ッパ

-6.2

71

-2.9

65

***

-6.3

49

-3.0

24

***

-6.0

21

-3.1

43

***

-3.4

99

-2.1

94

**

-3.3

73

-2.1

06

**

地域

ダミ

ー北

米-5.4

16

-2.0

20

**

-5.1

66

-1.8

98

*-4.4

48

-1.9

13

*-1.7

24

-0.8

38

-1.5

81

-0.7

59

地域

ダミ

ー中

南米

-8.1

33

-3.1

32

***

-8.1

96

-3.1

97

***

-6.6

88

-2.7

95

***

-6.1

04

-2.7

83

***

-6.1

73

-2.8

24

***

地域

ダミ

ーオ

セア

ニア

-0.5

61

-0.1

42

-1.5

65

-0.4

01

-2.0

62

-0.6

20

-2.6

22

-0.9

51

-2.5

63

-0.9

28

出資

ダミ

ー=0<<50

-1.1

37

-0.4

40

-1.4

88

-0.5

72

-1.1

03

-0.4

68

-0.6

58

-0.3

32

-0.9

04

-0.4

52

出資

ダミ

ー=50

-2.7

87

-0.7

01

-4.1

46

-1.0

45

-2.8

24

-0.7

45

-1.8

95

-0.5

54

-1.9

85

-0.5

79

出資

ダミ

ー50<<75

-3.8

31

-1.3

61

-3.1

99

-1.1

50

-3.2

38

-1.2

50

-2.0

81

-0.8

68

-2.1

31

-0.8

88

出資

ダミ

ー75=<<100

0.2

69

0.1

17

-0.3

36

-0.1

48

-0.1

83

-0.0

84

0.1

20

0.0

67

0.0

67

0.0

37

日本

人派

遣者

比率

-0.0

94

-1.1

80

0.0

05

0.0

58

-0.0

78

-1.1

09

-0.0

4417

-0.9

04

-0.0

3026

-0.5

37

ロー

カル

CO

Eダ

ミー

-1.5

65

-0.5

20

-2.4

45

-0.8

03

-1.5

31

-0.5

80

第三

国籍

CO

Eダ

ミー

-0.4

92

-0.0

62

2.3

19

0.2

95

0.9

99

0.1

32

理念

同じ

ダミ

ー-2.6

63

-1.7

51

*-2.9

09

-1.9

17

*-2.8

42

-2.0

68

**

日本

本社

HR

Mの

導入

程度

-0.9

18

-1.5

22

-0.6

70

-1.1

21

-0.5

00

-0.9

32

ロー

カル

部課

長比

率-0.0

96

-1.6

10

0.0

15

0.3

58

ロー

カル

大卒

比率

0.0

23

0.7

37

0.0

01

0.0

21

-0.0

08

-0.3

43

-0.0

08

-0.3

34

大卒

の最

高昇

進職

位中

間管

理職

現地

化率

0.0

94

2.9

36

***

0.0

12

0.5

15

自由

度調

整済

みR

20.1

24

0.1

45

0.1

29

0.0

45

0.0

43

F値

1.7

18***

1.8

52***

1.8

73***

1.5

34**

1.5

14**

サン

プル

・サ

イズ

233

231

260

479

477

(注

)***、

**、

*は

それ

ぞれ

1%

、5

%、

10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示し

てい

る。

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86

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87

表2

-3

5 

売上

高経

常利

益率

の線

形重

回帰

(「第

3回

調査

」)

デル

1全

変数

デル

2全

変数

デル

3本

社統

モデ

ル4

人材

蓄積

デル

5人

材蓄

積(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

)(ロ

ーカ

ル部

課長

比率

)(中

間管

理職

現地

化率

値(定

数)

10.3

00

1.4

40

12.2

25

1.4

59

10.1

46

1.8

71

*-2.3

16

-0.4

39

-0.2

69

-0.0

40

規模

ダミ

ー50-99人

-1.8

41

-0.5

31

-0.5

92

-0.1

69

2.1

02

0.6

54

2.1

65

0.7

06

2.3

27

0.7

39

規模

ダミ

ー100-299人

-0.0

44

-0.0

13

1.0

24

0.3

18

1.7

17

0.5

64

5.6

43

1.8

34

*5.1

77

1.6

76

*規

模ダ

ミー

300-999人

1.7

37

0.4

31

3.6

41

0.9

35

1.6

79

0.4

61

7.0

68

1.9

71

*6.9

12

1.9

21

*規

模ダ

ミー

1000人

以上

-0.8

34

-0.1

79

0.5

98

0.1

35

-0.3

95

-0.0

94

1.2

70

0.2

81

0.7

02

0.1

56

業種

ダミ

ー食

料品

7.7

40

1.3

84

7.9

08

1.4

38

4.8

07

0.8

76

17.2

81

3.4

05

***

17.0

46

3.3

33

***

業種

ダミ

ー繊

維品

-4.3

60

-0.4

40

-3.7

95

-0.3

91

-3.2

54

-0.3

05

3.6

97

0.5

24

3.2

04

0.4

52

業種

ダミ

ーパ

ルプ

・紙

-41.1

50

-2.9

53

***

-41.3

30

-3.0

32

***

-35.6

46

-2.3

85

**

-11.2

49

-0.9

29

-11.7

86

-0.9

67

業種

ダミ

ー出

版・印

刷-0.3

09

-0.0

22

1.4

94

0.1

10

0.2

85

0.0

27

19.3

22

1.5

73

19.9

59

1.6

13

業種

ダミ

ー化

学工

業5.2

44

0.9

76

6.2

55

1.1

66

2.8

02

0.5

15

8.0

01

1.7

02

*7.4

65

1.5

88

業種

ダミ

ープ

ラス

チッ

ク製

品3.4

05

0.4

13

2.0

54

0.2

52

12.9

79

1.8

35

*3.8

28

0.4

39

3.2

47

0.3

69

業種

ダミ

ーゴ

ム・皮

革7.0

17

0.7

01

7.6

98

0.7

88

6.8

18

0.6

39

5.7

73

0.4

72

4.5

20

0.3

68

業種

ダミ

ー鉄

鋼業

7.9

89

0.5

51

6.6

64

0.4

61

9.6

64

0.6

20

2.5

72

0.3

19

6.6

79

0.7

34

業種

ダミ

ー窯

業・土

石14.8

93

1.4

59

13.7

27

1.3

67

17.0

26

1.5

78

3.2

99

0.3

23

2.6

96

0.2

61

業種

ダミ

ー非

鉄金

属4.9

76

0.3

60

8.9

40

0.6

59

7.4

34

0.5

03

1.9

79

0.2

27

2.0

20

0.2

28

業種

ダミ

ー金

属製

品-2.4

19

-0.3

49

-0.6

74

-0.1

00

-2.6

10

-0.4

17

-3.9

25

-0.5

71

-4.1

11

-0.5

95

業種

ダミ

ー一

般機

器-10.9

15

-1.3

14

-10.7

88

-1.3

24

-9.1

57

-1.1

66

-6.6

48

-0.7

54

-7.8

94

-0.8

95

業種

ダミ

ー電

気機

器2.2

76

0.6

02

2.3

15

0.6

26

0.9

76

0.2

65

4.3

84

1.2

61

4.0

94

1.1

66

業種

ダミ

ー輸

送機

器0.1

39

0.0

35

0.7

76

0.2

00

0.9

27

0.2

40

2.9

08

0.8

02

2.5

74

0.7

01

業種

ダミ

ー精

密機

器3.2

59

0.6

35

3.1

54

0.6

26

0.9

83

0.1

94

3.9

35

0.7

59

3.9

47

0.7

53

業種

ダミ

ーそ

の他

の製

造業

1.7

73

0.3

78

2.4

40

0.5

29

0.5

00

0.1

10

5.7

67

1.2

90

5.6

61

1.2

56

業種

ダミ

ー鉱

業30.5

17

1.8

45

*31.9

41

1.9

85

**

35.8

14

2.2

03

**

32.6

60

1.8

02

*30.2

86

1.6

72

*業

種ダ

ミー

建設

業-3.6

88

-0.7

26

-3.2

15

-0.6

41

-2.5

89

-0.5

31

1.7

15

0.3

50

1.7

10

0.3

45

業種

ダミ

ー金

融・保

険業

14.9

29

2.4

37

**

8.9

28

1.3

85

20.3

98

3.8

48

***

20.1

75

3.6

86

***

18.9

47

3.3

92

***

業種

ダミ

ー不

動産

業6.9

69

0.4

13

4.7

93

0.2

82

業種

ダミ

ー運

輸・通

信業

3.2

18

0.5

99

1.6

24

0.2

77

8.1

75

1.6

99

*6.8

82

1.3

91

5.6

62

1.0

68

業種

ダミ

ーサ

ービ

ス業

4.4

65

0.8

38

5.1

61

0.9

95

3.1

86

0.6

61

7.3

81

1.4

67

7.1

45

1.4

13

業種

ダミ

ーそ

の他

の非

製造

業8.1

37

1.0

57

6.5

84

0.8

73

1.4

65

0.2

38

18.5

92

2.8

62

***

17.9

46

2.7

39

***

操業

期間

ダミ

ー0-4年

-11.6

90

-2.9

61

***

-13.1

92

-3.3

26

***

-11.9

89

-3.1

42

***

-8.8

64

-2.4

66

**

-9.7

13

-2.6

47

***

操業

期間

ダミ

ー5-9年

0.6

50

0.2

24

0.7

84

0.2

77

-0.8

19

-0.2

88

0.5

94

0.2

26

0.7

66

0.2

86

操業

期間

ダミ

ー10-19年

-0.6

00

-0.2

38

-0.3

07

-0.1

23

-1.4

67

-0.6

15

1.1

55

0.4

72

1.4

31

0.5

75

地域

ダミ

ー中

近東

・ア

フリ

カ-1.1

14

-0.2

28

-1.5

38

-0.3

18

-2.1

30

-0.4

18

0.5

24

0.1

13

-0.6

36

-0.1

30

地域

ダミ

ーヨ

ーロ

ッパ

-0.8

25

-0.2

63

-1.3

73

-0.4

41

-0.4

50

-0.1

54

-3.4

02

-1.1

83

-3.8

02

-1.2

99

地域

ダミ

ー北

米0.6

77

0.1

68

-2.2

12

-0.5

36

-1.5

61

-0.4

67

2.8

53

0.8

02

2.1

60

0.5

89

地域

ダミ

ー中

南米

-0.6

20

-0.1

58

-0.2

59

-0.0

68

0.1

13

0.0

33

7.0

50

2.0

55

**

7.5

05

2.1

54

**

地域

ダミ

ーオ

セア

ニア

-0.5

65

-0.1

23

-0.5

37

-0.1

15

-2.9

61

-0.6

87

-0.7

72

-0.1

78

-0.4

76

-0.1

06

出資

ダミ

ー=0<<50

2.5

79

0.7

14

2.8

72

0.8

07

0.1

54

0.0

48

-0.3

54

-0.1

03

-0.4

64

-0.1

34

出資

ダミ

ー=50

5.7

09

0.8

43

5.2

17

0.7

85

5.1

37

0.7

11

2.2

58

0.3

50

1.9

50

0.3

02

出資

ダミ

ー50<<75

-2.5

79

-0.7

51

-2.1

74

-0.6

30

-3.5

76

-1.0

66

2.9

68

0.8

78

2.4

60

0.7

09

出資

ダミ

ー75=<<100

4.2

99

1.2

00

4.8

02

1.3

69

1.1

59

0.3

55

3.7

58

1.2

19

4.0

76

1.2

92

日本

人派

遣者

比率

0.1

16

0.7

26

0.0

68

0.3

72

0.0

46

0.3

47

0.1

56

1.2

98

0.1

54

1.1

07

ロー

カル

CO

Eダ

ミー

-10.3

00

-2.5

61

**

-9.0

57

-2.2

65

**

-3.9

66

-1.2

43

第三

国籍

CO

Eダ

ミー

-14.0

06

-0.8

88

-13.3

73

-0.8

61

-8.0

15

-0.4

77

理念

同じ

ダミ

ー-4.2

59

-1.9

19

*-3.8

13

-1.7

30

*-3.4

26

-1.6

07

日本

本社

HR

Mの

導入

程度

-1.8

44

-2.1

29

**

-1.8

27

-2.1

31

**

-1.3

67

-1.6

82

*ロ

ーカ

ル部

課長

比率

-0.0

61

-0.5

06

0.0

80

0.9

15

ロー

カル

大卒

比率

0.0

05

0.1

04

0.0

18

0.4

42

0.0

01

0.0

28

0.0

25

0.6

27

大卒

の最

高昇

進職

位0.4

16

0.3

01

0.1

93

0.1

41

-0.7

32

-0.6

07

-0.5

86

-0.4

82

中間

管理

職現

地化

率-0.0

48

-0.8

33

-0.0

21

-0.4

37

自由

度調

整済

みR

20.0

82

0.0

91

0.0

93

0.0

83

0.0

79

F値

1.3

72*

1.4

09*

1.5

79**

1.6

88***

1.6

39**

サン

プル

・サ

イズ

192

188

242

328

320

(注

)***、

**、

*は

それ

ぞれ

1%

、5

%、

10

%水

準で

有意

であ

るこ

とを

示し

てい

る。

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88

6.結論 本章では、海外の現地法人は、企業属性・環境諸条件の中で、海外への経営管理層、技

術者の派遣を伴いながら実施される世界本社の統制・統合の影響力、ならびに現地におけ

る人的資源の蓄積という時には統制・統合とは相矛盾する「多国籍内部労働市場」の大枠

の中で活動するという枠組みを採用した。その枠組みの中での日系の海外現地法人に関す

る検討から、次のような結論を導き出すことができた。 まず、世界本社の統制・統合を直接に担い、また現地での人材形成、人材蓄積に直接関

わる日本人派遣者の対現地従業員比率(日本人派遣者比率)を企業属性・環境諸条件をコ

ントロールして回帰分析を行った結果、高い説明力の下、以下のような点が明らかになっ

た。ただし、この場合の日本人派遣者比率は回帰式の説明力を高めるために、ロジスティ

ック転換を行っている。 第1に、現地法人の社長の国籍が日本人以外のローカルまたは第三国籍である場合、日

本人派遣者比率を引き下げる方向に働く傾向があることが分かった。逆に言えば、社長が

日本人である場合は日本人派遣者をそうでない場合より増やす傾向があるということであ

る。しかし、同時に重要なことは、社長が日本人以外となったからといって、それは、世

界本社からの派遣者がすべて要らなくなるということを意味しているわけではないという

ことである。 第2に、日本本社の統制諸変数では、世界本社と海外子会社で経営理念を共有するとい

う方向が明らかであればあるほど、また日本本社の HRM システムを積極的に海外子会社

に導入しようとする企業であればあるほど、明らかに日本人派遣者比率は高くなることが

判明した。 第3に、現地法人における人材の蓄積状況諸変数のほとんどは日本人派遣者比率を下げ

る方向に作用しており、このため、現地企業におけるローカル・スタッフが部課長、もし

くはそれ以上の役職を担当できるまで育ってきた企業においては、明らかに日本人派遣者

へのニーズは低下するといえる。 第4に、興味深い発見は、現地法人におけるローカル大卒比率が高いと明らかに日本人

派遣者比率も高くなるという因果関係が存在するということである。このことは、高学歴

人材の蓄積が進めば進むほど、現地法人が取り扱う製品・技術・サービスのレベルが高くな

るであろうし、そうなればなるほど、日本本社からの技術ならびに経営管理ノウハウの移

転、したがって世界本社と海外子会社との連携がより密になり、「多国籍内部労働市場」の

活動がより活発になるということを表していると考えられる。別言すれば、このことは、「多

国籍内部労働市場」の現地法人という 前線の中で、技術、製品の組織におけるウイリア

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89

ムソンの言う「職務特殊性」(Job idiosyncracy)の高まりを証明しているとも解釈できる

(注24)。 以上の諸発見から引き出されることは、日本人派遣者比率の高低は相対立する諸力が働

く結果決まることであり、他の条件を一定にして同比率を下げるという選択は、世界本社

からの HRM システムをはじめとする各種経営システムの導入を止め、またさらには技術

ならびに経営管理ノウハウの移転を止めるという方向への決定に他ならず、換言すれば、

それは「多国籍内部労働市場」の本来の活動を阻害することに他ならない。現地法人にお

ける人材や技術等の蓄積が競争力を担保できていない場合にこのことは、経営活動の停滞、

組織の萎縮以外に選択肢がなくなるといえる。ただし、「日本人」派遣者比率の引き下げが、

日本国籍以外の派遣者比率の引き上げにより代替される場合は、この限りでないであろう。 他方、日本人派遣者比率に対する回帰分析の場合とほぼ同様の枠組みの下に、売上高経

常利益率についての回帰分析を行った結果、以下のような諸点が明らかになった。 第1に、世界本社統制の代理指標の1つである日本人派遣者比率は、利益指標に対し有

意に影響力のある説明変数とはなっておらず、「日本人派遣者が多いと現地法人の利益を圧

迫する」という主張は、少なくともここでは成り立っていないといえる。日本人派遣者は

「多国籍内部労働市場」という枠組みの中で短期的ならびに長期的な役割・機能を果たし

ており、それにより惹起されるコストとそれによりもたらされるベネフィットの両方を有

するといえる。したがって、派遣者が各種の役割・機能を有することを軽視して、海外派

遣者コストを過度に強調することによって日本人派遣者比率の高さや日本人社長の存在の

みを捉えて、それが現地経営を圧迫する元凶であるという見解は「角を矯めて牛を殺す」

議論になる危険性を有するといえる。 第2に、他方で、経営理念や日本本社の HRM の導入は積極的になればなるほど利益を

圧迫する場合が多かった。このため、それらを積極的に海外子会社に導入するには多大の

コストを伴うことは明らかである。しかし、かといって、それらを積極的に海外子会社に

導入することを止めることが企業グループにとって長期的な利益の向上につながるかどう

かは一概には言えず、「企業内特殊熟練・知識」の蓄積を共有しないでどのように企業成長

をはかることができるのかどうか、さらに検討をする価値がある。いずれにせよ、これは

すぐれて経営戦略の選択に依存する問題である。 第3に、現地法人における人材の蓄積状況に関する諸指標のうち、とりわけ大卒比率を

高めて現地中間管理職の層を厚くすることが、売上高経常利益率の向上に貢献するという

因果関係が明らかとなった。人材の質的向上が製品・サービスの質や付加価値を向上し、

また、組織内部での昇進は従業員のモティべーションを高め、ひいては当該企業の競争力

を向上させるためであろうと考えられる。良い人材を採用して、しかるべき評価と処遇の

下に能力と業績のある人材を的確に登用し、活用し、確保していくこと、つまりは「多国

籍内部労働市場」を十全に機能させることは長期的な利益に貢献するともいえよう。

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90

(注): (1)一連の3つの調査は各時点での日本企業の海外オペレーションを郵送・手渡し双方

によりアンケート票を配布し調査したものである。筆者はいずれの調査にも調査企画委員

会の主査として参画した。各調査の調査時点、配布先、回収状況を記すと以下の通りであ

る。 「第1回調査」である日本労働研究機構(2000年12月)は1999年9月30日時

点での日本企業の海外オペレーションを調査したものである。調査対象は、原則として外

務大臣官房領事移住部領事移住政策課編『海外における法人および日系人団体一覧表』に

より海外56カ国・2地域の日本人商工会議所、日本人会等の77団体に加盟する法人数

を特定化しそれを基礎数とし、その基礎数に一定の抽出率、すなわち、基礎数500社以

上には10%、同100~499社には20%、同50~99社には30%、同20~4

9社には40%、同5~19社には50%、さらに同4社以下には100%という抽出率

をかけて、調査対象数を確定した。その結果、2,262社が調査対象となったが、調査

票配布先の選定は上記の日本人商工会議所、日本人会等に依頼し、その場合、配布先が会

員企業のうち駐在員事務所を除いた現地法人(支社・支店も含む)の中から、製造業と非

製造業の双方が含まれるように依頼した。その結果、963社からの回答を得た。回収率

は42.6%であった。 「第2回調査」である日本労働研究機構(2003年3月)は、第1回調査と全く同様

の方法、抽出率で、2001年9月1日現在の状況について2,522社を対象に調査票

を配布した。対象地域・協力団体は59カ国、2地域の84団体であった。その結果、9

67社から回答を得、回収率は38.3%であった。 「第3回調査」である日本労働研究機構(2004年5月)も、第1回調査・第2回調

査の方法・抽出率を踏襲し、2003年9月1日現在の状況について2,569社を対象

に調査票を配布した。対象地域・協力団体は61カ国・地域の84団体であった。その結

果、851社から回答を得、回収率は33.1%であった。 (2)ブラック他(1999年、邦訳2001年)によると、海外派遣、つまりグローバ

ル勤務は以下のような戦略的意義を有している。「グローバル勤務は、後継者ならびにリー

ダーシップの育成、海外オペレーションの調整と統制、世界本社・子会社間および子会社

間同士の技術と情報の交換などの戦略的役割を果たすことができる」(邦訳、43ページ)

と述べている。 (3)日本在外企業協会(1997年・2000年)、白木(1999年)を参照のこと。

ただし、経営と人材管理上の諸問題を問う設問で、日本在外企業協会(1997年)にお

いては「採用したくても優秀な現地人が少ない」、「優秀な現地人は日系企業に来たがらな

い」、「優秀な現地人社員のジョブ・ホッピング」などの選択肢がなかったが、日本在外企

業協会(2000年)ではこれらの選択肢が加えられた。その結果、「優秀な現地人社員の

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91

ジョブ・ホッピング」47.4%、「採用したくても優秀な現地人が少ない」21.7%、

「優秀な現地人は日系企業に来たがらない」3.4%となり、とりわけジョブ・ホッピン

グの問題はもっとも指摘率の高い「日本人派遣者とローカル・スタッフとの意思疎通の問

題」50.3%に次ぐ、大きな課題となっていることが明らかとなった。 (4)ただし、「第3回調査」で中国を別掲して集計すると、「現地中間管理職の定着・確

保」の課題は29.3%と極めて高くなっており、「ローカル中間管理職の日本本社の経営

理念に対する理解不足」(17.4%)、それに「人件費の高騰」(9.8%)を上回り、諸

課題の中で5番目となっていた。 (5)この点については、日本在外企業協会(1997年・2000年)、白木(1999

年)を参照されたい。1996年(サンプル・サイズ105社、回収率27.0%)なら

びに2000年(サンプル・サイズ125社、回収率37.3%)に、日本在外企業協会

会員企業に対し実施された調査により、日本本社の海外子会社の統括方法(複数回答)に

関する調査結果を示すと以下の通りである。(日本在外企業協会(2000年)16ページ

より引用) 注図2-1 日本本社の海外子会社の統括方法(複数回答)

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92

(6)以下で日本人派遣者比率という場合に、日本人派遣者比率0%と100%を除いて

論じることに留意されたい。日本人派遣者の役割やその派遣理由を検討するに際して、わ

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93

ずかな数サンプルであるとはいえ、同比率が0%の企業については論じる意味がないし、

また同比率が100%というのは日本人だけで経営しているのであるから、企業組織の中

で日本人派遣者の果たす役割を論じるには適切なサンプルでないと考えるためである。 (7)経済産業省(第6回以前は通産省)による「海外事業活動基本調査」(第6回、第7

回、第8回)においても、それぞれ1996年3月31日現在、1999年3月31日現

在、2002年3月31日現在の「日本人派遣者比率」を算出することができる。しかし、

その場合の定義は「日本人派遣者(役員・従業員)総数÷役員・従業員総数×100」と

なり、本章での1社ずつ日本人派遣者比率を算出してから平均を算出する我々の定義とは

異なる。ちなみに、この定義による「日本人派遣者比率」は1996年3月31日現在2.

0%(うち製造業1.4%、非製造業4.3%)、1999年3月31日現在1.8%(う

ち製造業1.4%、非製造業3.8%)、2002年3月31日現在2.3%(うち製造業

1.9%、非製造業4.7%)であった。なお、「海外事業活動基本調査」においては、海

外子会社とは日本側出資比率が10%以上の外国法人を指し、金融・保険業、不動産業は

調査対象に含まれていないことに留意されたい。 (8)「第1回調査」では、問1(5)で選択肢2を選択した企業、つまり、現地法人の社

長が現地国籍人である企業を1とし、それ以外を0とした。「第2回調査」では、問1(7)

で選択肢2を選択した企業、「第3回調査」は、問1(7)で選択肢2を選択した企業では

それぞれ、現地法人の社長が現地国籍人である企業を1とし、それ以外を0とした。現地

法人の社長が現地国籍人である比率は注表2-1の通りである。同比率は、3回の調査に

おいて9~10%である。 注表2-1 現地法人の社長が現地国籍人である比率

(単位:社、%)

(9)「第1回調査」では、問1(5)で選択肢3を選択した企業、つまり、現地法人の社

長が第三国籍人である企業を1とし、それ以外を0とした。「第2回調査」では、問1(7)

で選択肢3を選択した企業、「第3回調査」は、問1(7)で選択肢3を選択した企業では

それぞれ、現地法人の社長が第三国籍人である企業を1とし、それ以外を0とした。注表

2-2に示されるように、現地法人の社長が第三国籍人である比率は、3回の調査におい

て1%前後とごくわずかであることが分かる。

第1回調査    第2回調査    第3回調査 度数  比率  度数  比率  度数  比率

0(でない) 609 90.8 683 91.4 671 90.41(である) 62 9.2 64 8.6 71 9.6合計 671 100.0 747 100.0 742 100.0

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注表2-2 現地法人の社長が第三国籍人である比率

(単位:社、%)

(10)「第1回調査」では、成文化された経営理念があり、しかもそれが日本本社と同じ

とする企業を1とし、それ以外の企業を0とした。つまり、問8の回答が1で、また(付

問1)も1と回答した企業を1とし、それ以外の企業を0とした。「第2回調査」では、問

7の(2)ならびにその(付問1)でいずれも1と回答した企業を1とし、それ以外の企

業を0とした。「第3回調査」は、設問番号も設問の選択肢も「第2回調査」と同じであっ

た。その分布状況は注表2-3に示されている。日本本社と同じ経営理念を有する企業比

率は、41~49%となっている。本文中に指摘されていたように、日本側完全所有企業

比率が63~67%であったことを勘案すると、日本側完全所有企業であっても、日本本

社と異なる経営理念を有する企業がかなりの比率で存在することが分かる。また、日本本

社と同じ経営理念を有するかどうかをダミー変数化したが、その場合のレファレンス・グ

ループは同じ経営理念を有さないという企業ということになる。 注表2-3 日本本社と同じ経営理念を有する企業比率

(単位:社、%)

(11)「第1回調査」では、問17の現地法人が日本本社の人事制度を取り入れている程

度(全面的に取り入れているから全く取り入れていないまで)を、「全面的に取り入れてい

る」を5ポイント、…、「全く取り入れていない」を1ポイントとして(つまり調査票の問

17とは逆転指標として)算出した。「第2回調査」では、同様の設問は問14にあるが、

「全面的に取り入れている」が5ポイント、…、「全く取り入れていない」が1ポイントと

なっており、「第1回調査」のように逆転指標とする必要がなかった。「第3回調査」は、

   第1回調査    第2回調査    第3回調査 度数 比率  度数  比率  度数  比率

0(異なる) 453 58.6 259 52.9 231 51.21(同じ) 320 41.4 231 47.1 220 48.8合計 773 100.0 490 100.0 451 100.0

   第1回調査    第2回調査    第3回調査 度数  比率  度数  比率  度数  比率

0(でない) 664 99.0 743 99.5 732 98.71(である) 7 1.0 4 0.5 10 1.3合計 671 100.0 747 100.0 742 100.0

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同設問の番号は問12となっているが、形式は「第2回調査」と同じであった。その結果

は注表2-4に示されている。何らかの形で日本本社の人事制度(HRM)を取り入れてい

る企業比率は25~29%であるのに対し、それをほとんどあるいは全く取り入れていな

いという企業比率は49~54%に達しており、日本本社の HRM を取り入れている企業

の方が少数派となっている。 注表2-4 日本本社の人事制度(HRM)の導入程度

(単位:社、%)

(12)現地従業員(ローカル)部課長層比率は、ローカル・スタッフがどの程度育成さ

れ、昇進しているかを見る代理指標として次のように算出した。「第1回調査」では問2(2)

のマトリックス中の現地国籍中間管理職(部課長層)数を現地国籍従業員数で除して求め

た。「第2回調査」・「第3回調査」も同様に、問2(2)のマトリックス中の現地国籍中間

管理職(部課長層)数を現地国籍従業員数で除して求めた。その結果、ローカルの部課長

層比率はばらつきが大きいながらも経年的には、1999年11.4%(標準偏差10.

23、サンプル数564票)、2001年12.4%(標準偏差14.56、サンプル数7

89票)、2003年15.1%(標準偏差14.52、サンプル数613票)と高まって

きており、海外現地法人において人材の育成・蓄積が進んでいることを示しているものと

推測される。いずれにせよ、ローカルの部課長層比率は10%以内に集中して多くなって

いる。 (13)現地従業員(ローカル)大卒・大学院卒比率は、ローカル・スタッフ人材の質的蓄

積レベルの代理指標として次のように算出した。「第1回調査」では、問2(2)(付問1

-1)の現地国籍大卒・大学院卒従業員数を問2(2)の現地国籍従業員数で除して求めた。

「第2回調査」も同様に、問2(2)(付問1-1)の現地国籍大卒・大学院卒従業員数を

問2(2)の現地国籍従業員数で除して求めた。「第3回調査」では、問2(2)の(付問

1)の現地国籍大卒・大学院卒従業員数を問2(2)の現地国籍従業員数で除して求めた。

   第1回調査    第2回調査    第3回調査 度数  比率  度数  比率  度数  比率

1全く取り入れていない 238 31.1 302 37.1 248 34.82 151 19.7 137 16.9 102 14.33どちらともいえない 172 22.5 171 21.0 154 21.64 180 23.5 167 20.5 180 25.25全面的に取り入れている 25 3.3 36 4.4 29 4.1合計 766 100.0 813 100.0 713 100.0

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ローカル大卒・大学院卒比率は3回の調査を通じて10%以内の頻度が多いが、ばらつきが

大きく、平均は27~29%となっている。具体的には、1999年27.8%(標準偏

差28.70、サンプル数615票)、2001年26.7%(標準偏差28.37、サン

プル数706票)、2003年28.7%(標準偏差28.97、サンプル数552票)と

推移している。 (14)「第1回調査」では、問13にある現地採用の大卒・大学院卒従業員の内部昇進の

高昇進職位を社長・会長を4ポイント、副社長・取締役を3ポイント、部長層を2ポイ

ント、課長層を1ポイントというように、調査票(問13)とは逆転指標として作成した

(不明は除いた)。「第2回調査」では、同様の設問は削除されていたので、同様の 高昇

進職位を算出することはできなかった。「第3回調査」では、同様の設問が問2の(付問4)

に復活し、同時に「社長・会長」を5ポイント、「副社長・取締役」を4ポイント、「部長

層」を3ポイント、「課長層」を2ポイント、さらに「まだ課長層はいない」を1ポイント

というように番号が付されており、ここではそのままの数字を、現地採用従業員の内部昇

進での 高昇進職位の代理指標として利用した。したがって、「第1回調査」と「第3回調

査」では 高昇進職位のポイント数が異なっていることに留意されたい。注表2-5に示

されるように、大卒・大学院卒従業員の 高昇進職位が社長・会長、副社長・取締役とい

う比率は「第1回調査」、「第3回調査」ともにそれぞれ約8%、約29%と同じくらいに

なっている。 注表2-5 大卒・大学院卒従業員の 高昇進職位

(単位:社、%)

(15)中間管理職現地化率を中間管理職(部課長層)合計に占める現地国籍従業員の比

率と定義し、中間管理職ポストのうち、どれくらいが現地国籍従業員により占められてい

るかを示す代理指標とした。具体的には、現地従業員に占める現地国籍中間管理職(部課

長層)の比率を以下のように算出した。「第1回調査」では、問2(2)のマトリックス中

の現地国籍中間管理職(部課長層)数を中間管理職(部課長層)合計数で除して求めた。「第

2回調査」・「第3回調査」も同様に、問2(2)のマトリックス中の現地国籍中間管理職

第1回調査   第2回調査 第3回調査ポイント  度数  比率  度数  比率 ポイント  度数  比率

社長・会長 4 56 8.0 - - 5 52 7.7副社長・取締役 3 202 29.0 - - 4 195 28.8部長層 2 282 40.5 - - 3 263 38.8課長層 1 156 22.4 - - 2 128 18.9課長層はいない - - - - - 1 39 5.8合計 - 696 100.0 - - - 677 100.0

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(部課長層)数を中間管理職(部課長層)合計数で除して求めた。その結果、中間管理職

現地化率が100%となっている企業も多く、そのため平均は66~71%という高さに

ある。具体的には、1999年71.0%(標準偏差25.19、サンプル数566票)、

2001年65.8%(標準偏差31.38、サンプル数792票)、2003年70.8%

(標準偏差28.01、サンプル数516票)であった。 (16)「ローカル取締役比率」は、「ローカル中間管理職比率」(注17の説明参照)と同

様に、ローカル・スタッフ全体のうち、どの程度が取締役に就任しているかを見る代理指

標として次のように算出した。「第1回調査」では問2(2)のマトリックス中の現地国籍

取締役数を現地国籍従業員数で除して求めた。「第2回調査」・「第3回調査」も同様に、問

2(2)のマトリックス中の現地国籍取締役数を現地国籍従業員数で除して求めた。0%

である場合が多く、したがって平均値も「第1回調査」1.6%(標準偏差3.71、サ

ンプル数422票)、「第2回調査」1.4%(標準偏差5.49、サンプル数792票)、

「第3回調査」2.3%(標準偏差8.98、サンプル数617票)と低い。ただ高い比

率の企業サンプルに引っ張られ、分散が極端に大きい状態にある。また、「ローカル取締役

比率」と「ローカル中間管理職比率」との相関係数を見ると、「第1回調査」0.253(1%

水準で有意、N=400)、「第2回調査」0.060(有意でない、N=784)、「第3回

調査」0.030(有意でない、N=606)となっており、第2回、第3回の調査ではほ

とんど無相関となっている。 (17)「取締役現地化率」は、「中間管理職現地化率」(注14の説明参照)と同様に、取

締役合計に占める現地国籍取締役の比率と定義し、取締役ポストのうち、どれくらいが現

地国籍者により占められているかを知る代理指標とした。具体的には、「第1回調査」では、

問2(2)のマトリックス中の現地国籍取締役数を取締役合計数で除して求めた。「第2回

調査」・「第3回調査」も同様に、問2(2)のマトリックス中の取締役数を取締役合計数

で除して求めた。取締役現地化率が0%となっている企業も多く、平均は20~31%の

範囲にある。具体的には、1999年30.5%(標準偏差26.14、サンプル数43

6票)、2001年19.7%(標準偏差25.14、サンプル数799票)、2003年

19.9%(標準偏差24.86、サンプル数588票)であった。また「取締役現地化

率」と「中間管理職現地化率」との相関係数は、0.351(1%水準で有意、N=401、

1999年)、0.322(1%水準で有意、N=786、2001年)、0.243(1%

水準で有意、N=499、2003年)と、きわめて高く、また3回とも有意となっている。 (18)後掲の表2-29~表2-31におけるモデル1とモデル2、モデル4とモデル

5では、「ローカル部課長比率」と「中間管理職現地化率」という変数を同時に使うことを

避けて別のモデルとしている。 (19)白木三秀(1995年、第2章)を参照されたい。

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(20)ブラック他、邦訳2001年、43ページ。 (21)3回のアンケート調査から「売上高経常利益率」を算出するに際して、異常値と

考えられるサンプルに対しては以下のような処理をしているので留意されたい。「第1回調

査」では、①売上高が0の11サンプルも除いた。②経常利益がアンケート用紙所定の記

入枠1億ドル以上となっている2サンプルは除いた。③売上高≦経常利益となっている1

5サンプルは除いた。もちろん理論的には売上高≦経常利益となる場合もあり得るが、き

わめて特殊な場合と考えられるためである。④売上高経常利益率がマイナス100%未満

の4サンプルも除いた。「第2回調査」では、①売上高が0、売上高≦経常利益、売上高≧

100億ドルとなっている19サンプルを除いた。②売上高経常利益率がマイナス10

0%未満の4サンプルも除いた。「第3回調査」では、①売上高が0、売上高≦経常利益と

なっている14サンプルを除いた。②売上高経常利益率がマイナス100%未満の4サン

プルも除いた。 (22)前掲の(注7)でも引用した経済産業省(第6回以前は通産省)による「海外事

業活動基本調査」(第6回、第7回、第8回)においても、それぞれ1996年3月31日

現在、1999年3月31日現在、2002年3月31日現在の売上高経常利益率が示さ

れている。それによると、1996年3月31日現在1.9%(うち製造業3.1%、非

製造業不明)、1999年3月31日現在1.6%(うち製造業1.9%、非製造業不明)、

2002年3月31日現在2.0%(うち製造業2.2%、非製造業1.8%)であった。

このように、「海外事業活動基本調査」においては、我々のサンプル調査による売上高経常

利益率よりも低く、また、製造業の方が非製造業より同比率は高くなっている点で我々の

サンプル調査の結果とは異なる。ただし、既述のように「海外事業活動基本調査」におい

ては、我々のサンプル調査では利益率の高い金融・保険業、不動産業をその調査対象に含

めておらず、このことが影響しているかもしれない。 (23)すなわち、モデル1とモデル2では、世界本社の統制諸変数ならびに人材の蓄積

状況諸変数の両方を同時に投入したが、モデル1では人材の蓄積状況諸変数のうち「ロー

カル部課長比率」を用い、モデル2では人材の蓄積状況諸変数のうち「中間管理職現地化

率」を用いた。また、モデル3では、人材の蓄積状況諸変数をすべて落とし、世界本社の

統制諸変数だけを投入した。モデル4とモデル5では逆に、世界本社の統制諸変数をすべ

て落とし、人材の蓄積状況諸変数だけを投入したが、この場合にもモデル1・モデル2と

同様に、モデル4では人材の蓄積状況諸変数のうち「ローカル部課長比率」を用い、モデ

ル5では人材の蓄積状況諸変数のうち「中間管理職現地化率」を用いた。 (24)Willimson, Oliver E., Markets and Hierarchies: Analysis and Antitrust Implications, The Free Press, 1975.(浅沼萬里・岩崎晃訳『企業と市場組織』1980年)

の第2章参照。

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第3章 ヨーロッパ系多国籍企業のアジアにおける人的資源管理 1.研究の視点と研究方法 (1)研究の視点 前章においては、日系多国籍企業における海外現地法人のオペレーションを「多国籍内

部労働市場」という視点から大量のデータにより考察をしてきた。そこで明らかになった

点は豊富であるが、前章におけるわれわれのデータ分析の発見によると、例えば日本人派

遣者の存在が経営成果にマイナスの影響を与えているという証拠はなかった。むしろ、そ

ういう消極的な意味を超えて、日本人派遣者は現地採用の大卒で内部昇進した人材が多け

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れば多いほど多くなる傾向があり、日本人派遣者と現地採用の大卒者はいわば車の両輪の

ように機能しているということが明らかとなった。現地法人における人材の蓄積は利益率

にプラスの貢献をしているので、日本人派遣者は本社からの技術、経営ノウハウ等の現地

子会社への移転に大きく貢献していると見ることができる。第1章、第2章で指摘したよ

うに、残される問題は「日本人」派遣者という国籍的な偏りの問題が残される。そこには、

日本人スタッフに過重な負担がかかっていないかどうかという問題も含まれる。 そこで、その問題を考える1つの方法として、それでは東・東南アジアにおいて欧米多

国籍企業はどのような「多国籍内部労働市場」を構築し、また実践しているのか、つまり、

日系多国籍企業において見られるような本国籍派遣者の大きな役割を超えて、国籍等を超

えた人材の活用システムの構築がどれくらいなされているのか、なされていないのか、ま

たそのシステムがどの程度まで現地に適合的に活用されているのか、その場合の課題は何

か、という点を中心に検討する。さらに、その場合の課題と日本の企業への示唆にはどの

ようなものがあるのだろうか、という比較の視点も入れて、当該地域でオペレーションを

行っている欧米多国籍企業の現地法人での実態を観察することにしたのである。このよう

に、本章と次章では、日系企業との比較を念頭に、ヨーロッパ系ならびにアメリカ系多国

籍企業における海外現地法人のオペレーションにおける「多国籍内部労働市場」の一端を、

事例研究を通じて明らかにする。フィールドは東・東南アジア、具体的には ASEAN と香

港である(注1)。 事例企業をヨーロッパ系とアメリカ系とに分けて考察することにしたのは、第1章の図

1-4で示した用語で表現すれば、「ローカル同形化」は東・東南アジアという点では共通

であるにしても、「クロス・ナショナル同形化」・「コーポレート同形化」においては本国に

おける影響があるため、ヨーロッパ系とアメリカ系とでは相互にかなり異なった傾向を示

すであろうと想定したためである。ただし、Ferner el al. (1988) などの問題意識からすれ

ば、ヨーロッパ系に含まれるイギリス系企業とアメリカ系企業はアングロ・サクソン系と

しては同じ分類とした方が良いという考えもあるかもしれない。この点については事例の

中で適宜、言及する。 (2)調査方法 調査方法として事例研究を採用した。10社の現地を訪問し、ヒアリング取材と資料収

集を行った。その際に、事前に共通の設問を準備し、訪問前に当該設問を送付しておき、

ヒアリング当日はその設問に沿ってインタビューを行った(注2)。 また、簡単な企業情報等に関するアンケート調査票を事前に送付し、インタビュー時に

回収するという方法をとった。アンケート調査票(Questionnaire A)ならびに共通の設問

(Questionnaire B)は本論文の巻末に添付した。 訪問できた企業は以下の10社である。すなわち、マレーシアでは①Unilever、②

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Campbell Soup、③Siemens の3社、シンガポールでは④Siemens、⑤Hewlett-Packard、⑥IBM の3社、タイでは⑦Nestle、⑧P&G、⑨ABB の3社、さらに香港では、⑩Bestfoods Asia である。このうち、Bestfoods Asia のみが地域本社である。 事例企業の業種は、製造業9社と製造機能も持つエンジニアリング・サービス業1社か

ら成る。また事例企業を世界本社所在地によりヨーロッパ系とアメリカ系とに仮に区分し

てみると、ヨーロッパ系が5社、アメリカ系も5社となる。ヨーロッパ系の世界本社所在

国は、イギリス、オランダ、ドイツ、スイスと4カ国にまたがる。 以下の叙述は、本章の第2節から第6節まで、ヨーロッパ系現地法人5社でのヒアリン

グ内容を1社ずつ叙述する。叙述は、Unilever、Siemens(マレーシアとシンガポールのオ

ペレーションを別々に叙述する)、Nestle、ABB の順で行う。 後の第7節ではこれらの事

例研究に基づき、「多国籍内部労働市場」の視点から検討を加える。 また、第4章では、同様の観点からアメリカ系5社について検討を加え、 後に「多国

籍内部労働市場」の視点からアメリカ系5社をまとめるとともに、本章で行うヨーロッパ

系との比較も行い、さらに日系企業への示唆についても議論する。

2.Unilever (Malaysia) (1)企業の概要と歴史 ①親会社の概要 親会社であるユニリーバ・グループ(以下、ユニリーバとする)の歴史は1929年、

オランダのマーガリン製造業者(Margarine Unie)とイギリスの石鹸製造業者(Lever Brothers)とが合併したときに遡り、すでに70年の歴史を有する消費財メーカーの老舗

である。 ユニリーバには、オランダの Unilever N.V.とイギリスの Unilever PLC というそれぞ

れ独立した親会社が存在するが、両社は実態として1社として運営され、また連結会計表

示のために1企業グループを構成している。ユニリーバには2人の会長がおり、また 2 人

の会長と取締役は全員、Unilever N.V.と Unilever PLC 双方のフルタイムの執行役員、

取締役である。かれらはユニリーバのビジネスに対する全責任を負っている。 ユニリーバの売上高は、1997年約430億ユーロ(約489億ドル)である。売上

高の地域別構成は、ヨーロッパが46%を占め 大で、他は北アメリカ21%、アジア・

太平洋15%、ラテン・アメリカ11%、アフリカ・中東・トルコ7%となっている。 製品別の売上高は、食品が50%、ホーム・ケアが21%、パーソナル・ケアが23%

などであった。 さらに、従業員数は全体で約28.7万人であるが、地域別には、ヨーロッパ地域に8.

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9万人、アジア・太平洋地域に7.6万人、アフリカ・中東・トルコ6.5万人、ラテン・

アメリカ3.0万人、北アメリカ2.7万人となっており、売上高の割には北アメリカの

従業員数が少ないといえる(注3)。 ②Unilever (M)の概要 Unilever (Malaysia)(Unilever (M)と略称)の正式な名称は、Unilever (Malaysia) Holdings Sdn. Bhd.であり、イギリス(ロンドン)とオランダ(ロッテルダム)に本拠をお

く多国籍企業ユニリーバ社のマレーシアにおける持株会社である。Unilever (M)は傘下に子

会社2社を有しているが、それら子会社も含め、実質的に1社として経営されている。主

たる事業は日用消費財の製造・販売で、ホーム・ケア製品(洗剤、食器洗い洗剤)、パーソ

ナル・ケア製品(スキン・クリーム、デオドラント、シャンプー)、それに食品(アイスク

リーム、紅茶、マーガリン)の3つがある。1997年は、マレーシアにおける会社設立

50周年に当たっている。 1998年現在の従業員数は約1,100人(うちマネジャーは約100人)で、うち

国外からの派遣者(Expatriates)は4人である。派遣者比率は0.4%となる。 売上高は約5億マレーシア・リンギ(1マレーシア・リンギ約30円換算で約150億

円)である。1991年以降の伸び率は高いが、97年後半は従来売上高の約20%を占

めていたユニキマ社(Unichema)の売却やアジア通貨危機に伴う経済停滞の影響などによ

り、伸びが著しく減少してきている。なお、税引き前利益はここ2~3年、約4,000

万マレーシア・リンギで推移している。 ③Unilever (M)の歴史 ユニリーバ社のマレーシアにおけるビジネスの歴史は古く、プランタ・マーガリンを輸

出し出した1930年にさかのぼる。その後、1947年にはユニリーバ社100%出資

の会社組織を設立し、今日に至っている。この間の主な出来事を拾うと、52年、バング

サー(Bangsar)工場の開設、62年、ウオールズ(Wall’s)アイスクリームの販売開始、

65年、同アイスクリームのバングサー工場での製造開始、82年、ブキ・ラジャ(Bukit Raja)工場の開設と油化製品の製造開始(ユニキマ社)、85年、リプトン(Lipton)の併

合、87年、洗剤のブキ・ラジャ工場での製造開始、94年、現在の社名への変更と新ア

イスクリーム工場のブキ・ラジャ工場での製造開始、それに97年7月、親会社の決定に

応じたユニキマ社の ICI への売却などが続いている。 なお、現在の資本構成は、ユニリーバ社が70%で、あとの30%は現地の準政府機関

と個人がそれぞれ23%、7%を保有している。既述のように当社は元々ユニリーバ社1

00%出資の形態であったが、1980年のマレーシア政府の新経済政策(NEP)、いわゆ

るブミプトラ政策に応じて現地資本比率を30%にすべく変更したのである。

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(2)組織と経営理念 ①組織 Bartlett & Ghoshal(1989)によると、ユニリーバの組織的特徴は、フィリップス、I

TTとならんで、Multi-national という点にある。つまり、世界本社の下には国ごとの独

立的子会社がぶら下がり、それぞれの子会社に自治権が与えられており、いわば「権力分

散型連合体」というようなものである(注4)。 実際、ヒアリングを行うと、世界本社の下に地域統括組織があり、その下に国ごとの子

会社があるという3段階に分かれる階層組織となっている。戦略の具体的執行と利益責任

は地域統括組織におかれている。組織上の指示・命令・報告の関係は具体的には以下のよ

うである。 Unilever(M)は、シンガポールにある東アジア・パシフィック・ビジネス・グループ(East Asia Pacific Business Group)にリポートすることになる。東アジア・パシフィック・ビ

ジネス・グループは当該地域本社に当たる。元々この機能はロンドンにあったが、199

7年、より市場に近いところで世界本社から独立した形で地域をコントロールすべく移転

してくると同時に、人員規模も大きくなったのである。同ビジネス・グループの所管国は

旧ASEAN諸国、インドシナ諸国、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本な

どである。同ビジネス・グループは40~50人で構成されており、半分以上はヨーロッ

パからのスタッフで占められている。 なお、中央アジア、中国、中南米など世界各地域に別々のビジネス・グループが14カ

所に所在しており、全世界の国別のコントロールを行っている。これら地域別のビジネス・

グループの代表(President)は、所管地域の利益の全責任、戦略の地域的展開、経営資源

の地域内配分、地域でのユニリーバ社の代表など各種の責任を負っている。 Unilever(M)の組織図は図3-1のようである。Chairman(社長)の下に、3つの事

業部、営業、コマーシャル、技術、HR などの部門が存在する。なお、各部門の右肩に*印

を付しているが、これはその部門のトップが国外からの派遣者であることを示している。

Chairman にはシンガポールからの派遣者が就いている。

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図3-1 Unilever(M)の組織図

(出所)同社資料による。

Unilever(M)の意志決定を行う経営委員会(Management committee)は、図3-1

の各部門のトップである7人の執行役員(Director)と Chairman により構成されている。 ②経営理念 Unilever(M)では94年以来、マレーシア独自のビジョン、ミッション、それに戦略を

打ち出している(注5)。 ビジョンでは「われわれユニリーバ・チームは 善であり続けることに専念する」と謳

い、ティーム・ワークと 善であり続けること(Being The Best: BTB)とを明確に打ち出

している。またミッションは、これまで培ってきたベストの価値を持つブランドでもって

消費者と顧客を満足させることとしている。 以上のビジョンとミッションを達成するための戦略は2つの部分から成っている。第1

が、革新を生み出すために消費者の行動、態度、習慣というものを深く研究することであ

り、第2が、教育訓練、ティーム・ワーク、競争力のある処遇、それに幅広い仕事の機会

を通じて従業員を動機づけることである。 このようなビジョン、ミッション、戦略がこの時期に打ち出されたのにはわけがある。

それ以前の Unilever(M)はきわめて硬直的で組織間の意思疎通が行われにくい構造を持

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っていたという。重要な情報は特定の部門のマネジャーに集中し、伝播しなかったのであ

る。このような状況を打ち破るために、共に働く、つまりティーム・ワークが強調される

ことになった。 興味深い点は、親会社であるユニリーバ社がグループ全体の経営理念ともいうべき

Corporate Purpose を打ち出したのが97年であり、子会社の Unilever(M)がそれより

3年も早かったことである。それ以前には、ユニリーバ社には公式的な経営理念はなかっ

たという。ユニリーバ社は Corporate Purpose の中で、「われわれは、豊富な知識と国際的

なノウハウをローカルの消費者向けのサービスに投入する、真にマルティ・ローカルな多

国籍企業である」と謳っている(注6)。この場合のローカルは国とも地域(Region)とも

解釈できる。 (3)グループ全体の変化 97年からの変革の一環で、グループ全体の経営理念が明確にされただけではない。ま

ず、98年には組織が世界的に改革された。すなわち、これまで、17階層(level)から

成っていた組織が8階層にフラット化された。これに伴い、ユニリーバ・グループの階層

のあり方は次のように単純なものとなった(表3-1参照)。 表3-1 ユニリーバ・グループの階層

また給与体系も変わった。これまで一般的であった定期昇給制度(Annual increment)はなくなり、給与は市場価値、業績、それに潜在能力で決まるようになった。各レベルの

給与の競争力の維持はベンチ・マーキング・ジョブの給与を比べて市場価値を考慮に入れ

ることにより可能になり、また、マネジャーの潜在能力の測定は国際的にグループ企業内

で共通の11の能力測定尺度(Competency Measures)によってなされ、それが給与に反

映されるようになった。これらの運用により給与はフレキシブルになったという。

 階層  職位  組織 level- 8 Unilever社 Chairman 世界本社 level- 7 Unilever社 Directors level- 6 Business Groups' Executive councils 地域本社 level- 5 Country Chairman 国別子会社 level- 4 Board of Directors level- 3 Heads of Departments level- 2 Managers level- 1 Others

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(4)親会社・子会社間の権限の配分と委譲 親会社・子会社間の権限配分は、同社の「権限管理規定」(A Schedule of Authorities)によりきわめて標準化されている。まず人材登用については以下のように明瞭である。level-2、つまり Manager 以下の人事については完全に Unilever(M)で決定できるが、level-3、つまり事業部長(Head of Department)の任命については、シンガポールの東アジ

ア・パシフィック・ビジネス・グループの関連部署の承認が必要である。level-4、つま

り役員(Board of Director)の任命については、東アジア・パシフィック・ビジネス・グ

ループの代表の承認が必要である。さらに level-5、つまり社長(Country Chairman)になると、ロンドンまたはロッテルダムに所在する Unilever 社 Chairman の承認が必要と

なる。 投資については次のようである。年次計画に含まれる投資やM&Aは、すでに地域本社

の承認済み事項であるので、Unilever(M)だけで決定できる。しかし、年次計画以外の投

資については、シンガポールの東アジア・パシフィック・ビジネス・グループの代表の承

認が必要となる。 このように、様々なやりとりが標準化されているので、親会社・子会社間のコミュニケ

ーション問題はほとんど存在しないという。 (5)国際人的資源の育成と管理 ①派遣者の受け入れ・送り出し 派遣者の出身母体は、親会社だけとは限らない。既述のように現在、4名の派遣者の受

け入れをおこなっている。社長(Country Chairman)を含む3人の役員と1人のホーム・

ケア事業部長である。出身国はばらばらで、イギリスの親会社からは1人で、あとはオー

ストラリア、韓国、シンガポールの兄弟会社からの派遣である。社長(Chairman and M.D.)はシンガポーリアンで親会社からではない。なお、この社長の前職は同社におけるコマー

シャル・ダイレクターであった。 派遣者の費用は100%、受け入れ企業の負担となる。派遣者の給与は、派遣先の現地

水準の給与、派遣元の国内給与の30%、それに若干のインセンティブ(Gratuity)から

成っている。 ポストに空きがあるときは、まずそのジョブ・ディスクリプションとそれに必要なスキ

ルに基づき自社内で適任者を捜すことになるが、それが可能でない場合には、国外のグル

ープ企業からの派遣者の受け入れということになる。グループ企業内にも適任者がいない

場合、初めてグループ企業外部からリクルートすることになる。 派遣者の受け入れで level-3、つまり事業部長クラス以上の場合には、東アジア・パシ

フィック・ビジネス・グループのネットワークを活用しながら適任者を捜すことになる。

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この場合、東アジア・パシフィック・ビジネス・グループは調整役を果たすことになる。 他方、Unilever(M)からも国外へ派遣者を出している。98年10月現在、イギリス、

タイ、中国、オーストラリアの兄弟会社へ4人派遣している。ランクはすべてマネジャー

(level-2)としてである。 また、訓練のため、国外の兄弟会社へ3ヶ月から6ヶ月の期間、派遣することもある。

98年10月現在、3人が、シンガポール、イギリス、オーストラリアにそれぞれ1人ず

つ派遣されている。宿泊費用は受け入れ企業が負担してくれるが、それ以外の給与、旅費

等すべて、派遣元企業が負担する。 ②人材評価制度 Unilever(M)の人材評価制度は、本社と同じフォーマットの業績能力開発計画

(Performance Development Planning : PDP)と呼ばれるもので、それは通常の目標管理

制度(MBO)とは区別されている。まず期首に目標設定があり、それに基づく業績評価が

行われることは両者に共通しているが、PDP ではさらに個々人の目標達成に不足するスキ

ルや能力(Competencies)についての診断と開発訓練が行われ、個人別のキャリア計画も

策定されるのである。 具体的な訓練プログラムは、Unilever(M)がローカル仕様で開発するが、その場合に、

Unilever 本社で開発・実施されている「ベスト・プラクティス」(Best Practices)を十分

参考にすることはいうまでもない(注7)。また、専門分野の人材育成に関する相談を地域

本社である東アジア・パシフィック・ビジネス・グループに持ちかけることはあるが、実

施の責任はあくまで Unilever(M)となる。 ③マネジャーの育成計画 マネジャー層の5年間の育成計画、つまり後継者育成計画は毎年、更新しながら作成し、

それに応じて訓練計画も策定している。その中で特に PDP による評価の高い人材をハイ・

ポテンシャル人材として識別している。現在、level-2から level-4までのマネジメント

層の人材は100人ほどいるが、そのうちの15人ほどがハイ・ポテンシャル人材として

識別されている。 ハイ・ポテンシャル人材にはモティべーションとして様々なチャレンジングな仕事が課

され、育成がはかられることになる。ハイ・ポテンシャル人材は level-2から level-4ま

でというように異なるレベルに存在するので、年齢もバラバラとなる。ただ下位のマネジ

メント・レベルであれば35歳を超えることはないという。 ハイ・ポテンシャル人材を登録し、モニターするのは、主として地域本社が行っている。 ④マネジャーの離職とそれへの対策 現在、Unilever(M)のマネジャーの年間離職率は8%から10%位である。特に高い水

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準であるとは認識されていない。むしろ、健全な水準といえる。これは、日頃、マネジャ

ーへの権限委譲(Empowerment)や自由度が進んでいるためとみられている。このため、

特別な離職対策はとられていないというのが実状である。 ⑤派遣者とローカル・スタッフとの間のコミュニケーション問題 国外からの派遣者とローカル・スタッフとの間のコミュニケーション問題はほとんどな

いという。というのも、派遣者は選抜される過程で適切な人格であるか、価値観が偏って

いないかをチェックされており、また、事前に Briefing といわれる任地に関する情報提供

を受けているからである。ただし、この Briefing はインフォーマルなものであり、定まっ

た手続きやプログラムがあるわけではない。多くの場合、HR部門や関連事業部門の人と

の意見交換が行われる程度である。 (6)考察 Unilever 社のグループ全体としての組織は、これまでの世界本社と各国の子会社という

単純なものから、世界本社と各国の子会社の間に本社から分離するという形で地域統括会

社をおき、三層構造になってきている。地域統括会社は当該マーケットでの利益、戦略の

実施、経営資源の地域内配分、それに子会社間の各種機能での調整などに大きな責任を負

っている。さらにハイ・ポテンシャル人材の育成は子会社が行っているが、その登録とモ

ニタリングは地域統括会社が行っていた。こうして、地域統括会社に重点を置くという分

権型(Decentralized)であるという意味では、これまでと軌を一にするとみることもでき

よう。 経営理念の確立や浸透は、弱いティーム・ワークや強いなわばり意識の面で危機意識の

強かったローカルの Unilever(M)の方で先行しているようであった。Unilever 社はこれ

まで複数の有力な世界的ブランドをもっていたがため、これまでの分権型のオペレーショ

ンの下では統一的な理念の必要性が薄かったのかもしれない。ただし、97年からは積極

的な経営理念の確立・浸透、組織のフラット化などがなされている。 人的資源の国際的な活用のシステムには次のような特徴がみられる。まず、親会社から

の派遣者はごく少なく、兄弟会社からの派遣者も従業員1,100人のうち4人(0.4%)

とごく少ないものである。トップ・マネジメントを必ずしも、本国から送るというシステ

ムはすでに存在しないようにみえる。 ポストに空きがでた場合の必要に応じて、第1に、自社内の適任者の探索、第2に、グ

ループ企業からの派遣者の受け入れ、第3に、グループ企業外部からのリクルートという

手順が確立している。派遣者の処遇については、グループ全体のグレード(Level)に応じ

て、一定のフォームがあるといえる。 派遣者とローカル・スタッフとの間のコミュニケーション問題が存在しないというのは、

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英語でコミュニケーションが可能という点だけで理解できるものかどうかわからない。派

遣者は派遣に際して特別のフォーマルな訓練も受けていないようである。Unilever グルー

プのマネジャー・クラスの人材にはそのような問題をクリアできる水準の人しかいないと

いうことであろう。 3.Siemens (Malaysia) (1)Siemens 企業グループならびにその国際人的資源管理の概要 ①企業グループの概要 Siemens グループ(注8)は、ドイツのミュンヘンに所在する Siemens AG を親企業と

する世界的総合電機メーカーである。ビジネス分野は、エネルギー、建設、自動化設備、

コミュニケーション、情報、ヘルス・ケア、交通運輸、電機・電子部品(半導体を含む)、

照明器具などに広がっている。同グループは1997年に創立150周年を迎え、ドイツ

国内に67社、国外に298社、全世界合計で365社を連結子会社として傘下に抱えて

いる。 1997年度(96年10月~97年9月)の同グループの売上高は対前年度比16%

増の1,069億マルク(1マルク=70円の為替レートで換算すると約7兆円)、税引き

前利益は対前年度比9%増の35億マルクで、研究開発費に81億マルクを投入している。

また、グループの従業員数は1997年9月末現在、38万6千人となっている。 同グループは、売上高から見ても、従業員数から見ても、ドイツを含むヨーロッパのウ

エイトがいずれも約6割、約7割ときわめて大きいが、ここ数年の傾向としてドイツ国内

のウエイトが下がり、ドイツ以外の地域の比重が高まる傾向にある。 ②管理組織上の特徴 Siemens グループの管理組織上の特徴は、グループ企業を製品別の事業グループごとに

分け、経営資源と権限をそれらの事業グループに完全に委譲する事業部制を採用している

ことである。各事業グループのトップは、”Target Agreement”を通じて本社取締役会に経

営責任を負っており、ほとんど独立の企業と変わらないような意思決定上の裁量権を与え

られている。 事業グループは、97年10月に防衛関連の事業グループを売却・縮小し、他方で、フ

ァイナンシャル・サービスを追加しているので、同年末現在、事業グループは16になっ

ている。

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③世界本社の経営理念とその明文化 既述のように、Siemens グループは1997年に創立150周年を迎え、それに合わせ

て、全社的な経営理念(Principle)を新たに策定し直した。新たな経営理念は、①顧客こ

そが我々の行動を支配する、②技術革新が将来を決定する、③利益こそが経営成功の指標

である、④優秀なリーダーが 高の結果をもたらす、⑤学習こそが継続的な向上をもたら

す、⑥われわれの協力関係には制限がない、⑦企業市民を世界中で実践するという7項目

からなっている。 さらに、97年10月には世界中から約2,500人のマネジャーがベルリンに集まり、

主要目標の策定を行った。この中には、①革新力の解放、②競争力とリーダーシップの活

用、③学習と協力を通じた世界的競争力の取得、④グローバルな思考と行動、⑤価値の創

造、それに⑥ビジョン:グローバル・ネットワークという項目が入れられている。 ただし同グループは強い事業部制(SBU)を採用しており、各事業グループがそれぞれ

独自の経営方針を持っているのが実状である。 ④コア人材の登録制度 グループ全体のコア人材の登録と改訂は、毎年の”Strategic Management Reviews”を通

じて行われている。これにより、現在部長レベルのキー・ポジションを占める約200人

とそのポジションの候補者である約400人のハイ・ポテンシャル人材(Promising Junior Managers)の合計トップ600人が本社の HR 部門に登録され、個人のこれまでのキャリ

アや現在の仕事での評価などのデータが集積されるとともに、HR 部門では一人一人の顔と

名前が一致するよう当該個人との接触を試みている。 400人のハイ・ポテンシャル人材には、次の4つの課題を与えて一人一人の必要に対

応した育成が行われる。第1に国際的勤務経験を持たせる。第2に異なる事業グループで

のビジネス経験を持たせる。第3に異なる機能(職能)の経験を持たせる。というのも、

1989年から組織変更で、グループの組織はそれまでの6つの産業別組織から16の事

業グループに細分化されたが、その結果、経験できる領域が狭くなり、従業員の視野もそ

の事業グループだけに限定されるというマイナス面が目立ってきたためである。将来の経

営幹部層には幅広い視野を要求している。第4に200の部長ポストのどれかを経験させ

ることである(2回までチャレンジできる)。 (2)Siemens(M)の概要と歴史 ①Siemens(M)の概要 Siemens Components Advanced Technology Sdn. Bhd.(以下では Siemens(M)と略

称)は、半導体事業グループに属している。1980年3月、Siemens AG 社100%出資

の子会社としてマレーシアのマラッカに設立された。98年度の売上高は13億2,60

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0万マレーシア・リンギ(1マレーシア・リンギ約30円換算で約400億円)、資本金は

600万マレーシア・リンギである。 従業員は98年9月末現在、4,316人で、うち約40人がマネジャーである。ボー

ド・メンバーは4名から構成されており、うち社長(MD:オランダ人)と財務担当重役

(Financial Controller)の2名はドイツからの派遣者で、マレーシア常駐である。残る1

名は非常勤のボード・メンバーで年1回の取締役会議の際にドイツから出張してくる人で、

もう1人は内部昇進したマレーシア人である。ボード・メンバーの下に各事業部門や管理

部門のトップである執行役員(Director)が8人おり、すべてマレーシア人となっている(図

3-2の組織図参照)。

図3-2 Siemens (M)の組織図

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(出所)同社資料による。

②マレーシアにおける Siemens グループ

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マレーシアには Siemens(M)の他に発電システムや汎用電気機器システムなど他の事

業グループ傘下の企業が5~6社存在する。この中で歴史の古い Siemens(M)が 大の

規模となっているが、マレーシアで Siemens グループを代表する場合には規模が 小の汎

用電気機器システム事業グループの子会社がその任に当たっている。これはその会社の社

長がもっとも年長であるからである。このような代表はスピーカー(Speaker)と呼ばれて

いる。 なお、これら在マレーシアの兄弟会社の社長は毎月1回、クアラルンプールに集まり、

情報交換のための執行役員会議(Exco Meeting)を持っている。 (3)事業グループと子会社との関係 ①半導体事業グループの経営方針とその伝達 半導体事業グループの も重要な経営方針は、時間 適化工程(Time Optimize

Process :TOP)といわれる時間の効率的活用の推進である。たとえば、オペレーターにエ

ンパワーメント(Empowerment)が実施され、10人くらいのオペレーターの職場には監

督者をおかず、オペレーターが自分たちで即断即決できる体制をとっている(これは Self Management Team : SMT と名付けられている)が、これなど監督者と相談する時間を節

約するという意味で TOP の実践そのものである。このように、この方針は TQM (Total Quality Management: 全社品質管理経営)運動を通じて実践されている。 TQMをはじめとする各種の考え方や具体的手法は、マラッカの Siemens(M)内に所

在する教育訓練センターである Siemens Academy において HR Director らのスタッフに

より指導されている。新入社員も同様で、Siemens Engineer や Siemens Clark など、

Siemens 何々となれるようトレーニングを受ける。たとえば、Siemens Engineer は専門

的・技術的知識の獲得を超えて、マネジメントを知り、企業家精神を備えるべく訓練され

る。具体的には、「受け身でなく積極的になれ」、「リーダーに従うこととエンパワーメント

との違いを知る」、「問題を造るより解決策を考える」、「問題からの責任逃れより問題の所

有者たれ」など TQM と SMT の基本的な考え方を徹底的に植え付けられるにより、他社の

技術者と異なるプラス・アルファを持つ Siemens ならではの技術者が育成されるのである。 なお、Siemens Academy はこれまで社内およびグループ企業内の従業員のみの訓練セン

ターであったが、徐々に Siemens と無関係の会社の訓練ニーズにも応じていくこととして

いる。 ②権限移譲 予算計画、製品のライン・アップ計画、ならびにボード・メンバーの選任を含む経営計

画が世界本社の事業グループで承認された後は、Siemens(M)の社長に100%の権限が

委譲されている。ただし、社長と管理部門の執行役員(例えば HR)との間で見解の相違が

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あり、執行役員の方で承服できない場合には、Siemens 世界本社の HR Director に調整を

依頼することも担保されている。 こうして、研究開発の推進、執行役員以下マネジメントまでの昇進の決定などは現地の

専権事項となっている。R&D 施設も当社にすでに移転されており、当社は強い独立性を保

持しているといえる。 (4)国際人的資源の育成と管理 ①派遣者の状況とコミュケーション問題 既述のように、社長と財務担当重役の2名がドイツの世界本社事業グループからの派遣

である。かれらは世界本社の派遣プログラムでは1年以上の長期派遣(Long-term delegation)に位置づけられる。この場合の費用は、受け入れ企業である Siemens(M)の

100%負担となる。ただし、計画では、この2つのポストは3年以内に現地スタッフに

委譲される予定であるという。 他方、数ヶ月の期間の短期派遣(Short-term delegation)は、世界本社事業グループか

らの一方的派遣であることが多く、Siemens(M)は一切の費用負担を行わない。 派遣者とローカル・スタッフとの間に基本的なコミュケーション上の問題はない。ただ

し、文化的・宗教的な理解不足によるトラブルは時折発生する。例えば、直截に表現する

ことをマレーシア人は嫌がるが、ドイツ人は平気でそれを行いマレーシア人に嫌がられる、

また、ドイツ人はマレーシア人に接する場合に使用者・使用人の関係にあると誤解する場

合があるなどである。 深刻な事態が発生するのは、ムスリム(回教)を理解せず、それに対する敬意を払わな

いドイツ人が派遣される場合である。これは仕事以前の問題であり、その場合には本人の

理解を促すが、それでも無理な場合は世界本社事業グループに訴えて本人を帰任させるこ

とにならざるを得ない。これまで、このような理由で2人の派遣者を本国に帰したことが

ある。 ②世界本社や国外の兄弟会社へのスタッフの派遣 新たな製品と技術が導入される場合には、当然ながら Siemens(M)のスタッフがその

技術習得のため世界本社や国外の兄弟会社へ派遣されることがある。また、Siemens(M)

の執行役員以上は全員、ドイツ本社での1週間程度の異文化訓練を受講済みである。 国外の同じ半導体製造の兄弟会社へ現在、4人のマネジャーを派遣している。派遣期間

は全て3年である。1人は台湾へ品質管理のマネジャーとして派遣されており、2人はシ

ニア・エンジニアとしてアメリカへ派遣されており、さらに1人は、Director として中国

の無錫(Wuzi)へ派遣されている。このうち、アメリカへ派遣されている2人は、後述の”

Junior circle”の一員である。ちなみに、Siemens(M)では、意識上のギャップが大きい

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とみられるドイツへの赴任希望はごく少ないという。 ③人材育成システムと評価処遇制度 人材育成の方向性やビジョンはドイツの本社から提示されるとはいえ、その具体的な実

施方法の開発とその適用は地元で行われている。既述のような Siemens Academy での教育

訓練の実践は兄弟会社でも注目されているものであり、毎年どこかの国で開催されるアジ

ア・パシフィック地域内の HR 担当者の会議では Siemens(M)がリーダー役を果たすこ

とが多く、また Siemens Academy で開発されたプログラムやノウハウはドイツ本社に移転

しているくらいである。 あらゆる面で卓越していること(Total excellence)が Siemens(M)のミッションであ

るため、資格、経験、技能、仕事態度、ティーム・ワーク精神などで卓越した人材を獲得

し、適切なプログラムで訓練することが必要条件となっている。さらに、それらの人材を

保持する(Retain)ためには、MBO(目標管理制度)で捕捉できない業績を上げた人材に

インセンティブを注入することも必要である。当社では、与えられた職務を超えて行った

活動、例えばクラブ活動の会長をしているような人には、金一封の報奨金を出している。 このように、Siemens(M)独自の評価処遇制度を適用しているが、それは世界本社が開

発した評価処遇制度が必ずしもマレーシアに合わないからである。これの一環で、本社が

全世界のグループ企業を通じて、当社なら Director 以上の層を統一的なグレード制で評価

し、位置づけしようとしているが、Siemens(M)では独自の評価処遇制度を持っており、

世界的なシステムは当初の計画通りには機能していないという。 ④ハイ・ポテンシャル人材 1996年から新たに導入された制度として”Junior circle”がある。これは、若くて(2

7~30歳くらい)ポテンシャルの高いいわゆる「クリーム」の人材を識別し、それらの

人材には付加的なプロジェクト業務や研修を課し、早期にマネジメント人材を育成しよう

というものである。彼らには必ず数年の外国勤務が課される。Siemens(M)の”Junior circle”には約30人いるが、彼らは毎年、再評価されており、その結果、30人のうち10%位

は常に入れ替わる。 シニア・マネジャーとともに、上記の若いハイ・ポテンシャル人材は、世界本社の HR部門でそのキャリアや評価などのデータが集積され、監視されている。 (5)考察 Siemens(M)は創立が1980年と半導体生産工場としては歴史が古く、独自の研究開

発機能や教育訓練センターを保持するなど、機能面で充実している。グループの中でも、

国内でも、名実ともに地域内のリーディング・カンパニーであるといえる。それにともな

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い、事業グループからの独立性も強く、ミッションやビジョンは事業グループ内で共有し

ながらも独自の人材育成や評価制度などを実施している。 本社事業グループからの派遣者もトップ・マネジメントの2人だけで、4,300人の

企業としては現地化が著しく進んでおり、予定では数年以内に完全に本社事業グループか

らの派遣者もゼロになるという。と同時に、これまで、一種の文化的コミュニケーション

のトラブルで、派遣者を本国に強制帰任させていたという点もドイツの多国籍企業を考え

る上で興味深い点である。 ハイ・ポテンシャル人材の識別と育成・監視はここでも導入され、積極的に育成しよう

という姿勢が感じられた。 事業部による子会社管理が基本ではあるが、国内にはスピーカーと呼ばれる年長の代表

者をおき、その人に様々な国内グループ企業間の利害調整と対外的な顔役的機能とを果た

させていた。また同時に、事業グループを超えて、機能別の地域内グループ企業間の情報

交換などが定期的に実施されていた。 4.Siemens(Singapore) (1)企業の概要 ①シンガポールにおける Siemens グループ Siemens グループのシンガポールにおけるプレゼンスは大きく、かつ多様である。98

年10月現在、グループ企業は15社存在し、約4,000人を雇用している。前節で

Siemens(M)を論じた際に説明したように、Siemens グループは16の事業グループか

ら成っているが、シンガポールでは、自動車電装品システム事業等一部を除くすべての事

業を何らかの形で展開している。 より具体的には、Siemens グループを構成する16の事業グループは、約150の事業

単位(Business Units)に分けられるが、そのうちの約60の事業単位がシンガポールに

存在するのである。後述するように、このような多様な事業単位の存在が、本社あるいは

グループ企業からの派遣者を多くする大きな要因となっている。 ②管理組織上の特徴 本節で取り上げる企業は、Siemens Advanced Engineering Pte Ltd.(以下では Siemens(S)と省略)である。同社は1979年、Siemens Finazierungsgesellshaft fur Informationstechnik mbH, Munich が100%出資して設立された。形式上は、Siemens AG の孫会社ということになるが、実質的には Siemens AG の子会社であり、一切の指示

命令関係は Siemens AG とのみ有している。なお、同社の社名は、 初の頃は Siemens Pte Ltd.であったが、途中で社名変更して今日に至っている。

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同社が取り扱う業務はきわめて多岐にわたっており、自動車電装品システム事業、受動

部品・電子管システム事業、および半導体事業を除き、すべての事業グループの製品・サ

ービスを扱っている。より具体的にみると、シンガポールで活動する約60の事業単位の

うち30以上の事業単位が同社で取り扱われている。同社の事業内容は大きく分けて、(a)

ゼネコン業務および各種建設業務、(b)電気・電子設備のエンジニアリング、販売、およ

びサービス、の2つとなっている。 この取り扱い業務の多様性から管理組織上の特徴が生じる。図3-3にイメージ的に示

されるように、Siemens(S)は、30以上の事業単位を1社で取り扱っており、1人の社

長(MD)だけでは、本社の各事業部との連絡調整は時間的にも技術的にも不可能である。

そこで、Siemens(S)の社長は社内の事業単位から直接報告を受け(実線でつながる)、

社内の事業単位はドイツ本社の同一事業単位から間接的に指示命令を受ける(点線でつな

がる)ということになる。同社長は、これら事業単位間の各種調整を行い、また自社の利

益責任を負っている。 図3-3 Siemens(S)の指示命令系統

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(注)ヒアリングにより筆者作成。

③従業員構成の特徴 Siemens(S)の97年度の売上高は、約2億シンガポール・ドル(約150億円)であ

る。ボード・メンバーは5名で構成されており、うち3名は常勤の執行役員、2名は非常

勤である。常勤の執行役員はすべてドイツ本社からの派遣者となっている。社長はドイツ

人で、これまでポルトガル、アメリカでの勤務経験を有している。 従業員数は544人で、うちマネジャーは162人、エンジニアは157人となってい

る。全従業員数544人のうち、本社からのドイツ人派遣者は46人である。この46人

のうち45人はマネジャーであるが、当社がエンジニアリング主体の企業であるというこ

ともあり、ほぼ全員がエンジニア出身となっている。また、地域内のインドネシア、イン

ド、マレーシアなどの兄弟会社からの派遣もあり、その人数はエンジニア13人である。

13人のうち、マネジャーは6人である。こうして、国外からの派遣者は合計で59人と

なり、従業員に占める海外派遣者の比率は10.8%となる。しかし、これに上記の執行

役員の本社からの派遣者3人も含めると、11.3%(62人÷547人×100)とな

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る。 (2)親会社・子会社関係ならびに派遣者 ①経営方針とその伝達 新入社員に対してはオリエンテーション・プログラムの中で徹底した経営理念教育を行

っている。経営理念を覚えさせ、その出来不出来により、シンガポール全体の中から上位

優秀者に賞を出している。少なくとも、マネジャーになる前には、完全に Siemens の経営

理念を体得するということが必要である。経営理念の浸透は、グループ企業全体で共有さ

れている。 ②権限委譲 権力分散のために、親会社とは一定の距離を保つのが基本方針である(Arm’s length principle)。もちろんこの原則は、事業の性質により異なることはいうまでもない。 親会社と一定の距離を保つとはいえ、Siemens(S)で自由にできる資金については上限

があり、M&A の決定には世界本社あるいは事業部の同意が必要で、それに、取締役ならび

のその直近下位のポストの人選については、世界本社あるいは事業部門の直近上位のボス

の同意を得る必要がある。 ③国外からの派遣者の状況 国外から派遣者を受け入れるのは、その人材が専門的知識やノウハウを有していること

が前提であるが、同時に派遣者はその自分のポシションを担える現地人材を育成するとい

う任務も負っている。派遣者受け入れに伴い必要となる費用は、全額受け入れ企業が支払

うことになる。ただし、インドやインドネシアなどのまだ支払い能力のない企業について

は、派遣元の企業または事業部門が負担することもある。 既述のように、当社の海外派遣者比率は11.3%であったが、この数は同様の規模の

日系企業の海外派遣者比率に比べて著しく高いといえる。すなわち、例えば前章の表2-

12に示されるように、500~1000人規模の日系企業の海外派遣者比率はどの調査

で見ても、1.9~2.6%である。このように海外派遣者比率が高い理由は、Siemens(S)の取り扱う事業単位が30種類と多様なためである。各事業単位にはそれ独自の専門

的知識が必要なため、勢い派遣者数が多くなる。 企業の方針としては、派遣者の数を少なくしたいと考えている。各ポジションに 適の

人が据えられれば、コストからみても、現地従業員のモティべーションからみても、派遣

者でなく現地のスタッフの方がよいのに決まっているからである。当社は内部優先(Inside first)の方針を持っているので、各事業単位で技術移転が進むにつれて内部人材が蓄積・登

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用され、派遣者数の減少が進むこともあり得る。ただし、R&D 機能が本社にあり、技術革

新と新製品の投入が激しい場合には、この通りにはならず、新技術や新製品が投入される

都度、派遣者数の増大が起こり、結果として長期的には派遣者数の変化はより緩慢なもの

となるかもしれないのである(注9)。 他方で、シンガポールから外国のグループ企業への派遣や研修も行われている。例えば、

シンガポールの半導体部門では、15人の人がインドネシアなど外国に派遣されているし、

Siemens(S)からも数人の範囲で海外の兄弟会社へ派遣されている。台湾の兄弟会社の社

長は Siemens(S)出身のシンガポーリアンであるし、上海や台湾の兄弟会社にも HR のマ

ネジャーが派遣されている。 トレーニングの目的で海外の世界本社や兄弟会社へ派遣する事もあるが、人数も期間も

事業単位により異なり、ケース・バイ・ケースである。 ④親会社あるいは派遣者とのコミュケーション問題 89年以前は、Siemens グループの公用語はドイツ語であったが、それ以降は英語が公

用語となっている。このため、現在のシンガポールでは親会社あるいは事業本部との間で

コミュケーション上の問題はないといえる。少なくとも、コミュケーション問題は克服で

きる問題で、主要な問題とはなっていない。しかし、これは一般論である。Siemens グル

ープのコミュケーションに関して次に3点が指摘できる。 第1は、コミュケーションの状況は事業単位により大いに異なることである。国際事業

に不慣れな事業単位の本部では、英語がスムーズには通用しないところもあるという。 第2は、Siemens の組織が大きすぎるために起きる問題で、特定の課題に関してどの人

と話せば も適切な回答が得られるのか分からない場合が少なくない。これは、言葉の問

題を超えてインターフェースをどのようにすべきかという問題に他ならない。 第3に、コミュケーションの課題は、シンガポーリアンよりドイツ人の方にこそ多く、

要するに派遣されてくるドイツ人はもう少しシンガポールの文化に理解を示したり、敏感

になったりする必要があるということである。 (3)国際人的資源の育成と管理 ①人材育成プログラム 企業グループの経営方針や経営理念に関する訓練プログラムは世界本社で作成されたも

のであり、これはワールドワイドで一律に適用される。他方、製品に関する訓練や技術的

な訓練は、事業単位ごとに異なったプログラムが作成されることになる。しかし、この場

合にも実施はワールドワイドで一律になされる。 マネジャー候補者(Management potentials)以上のレベルの訓練では、S5、S4、S

3、S4、S1というランク別に、きわめてシステマティックなプログラムが全世界一律

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に実施すべく準備されている。それぞれのプログラム次のように命名されている。 S1:Siemens Executive Program S2:General Management(GM)Program S3:Advanced Management(Sr. Mgt.)Program S4:Basic Management(Mgt.)Program S5:Management Introduction Program S5とS4はローカルで実施され、また使用言語もローカル言語である。S3はアジア・

パシフィックなど複数の国にまたがるリ-ジョン・ベースで実施され、使用言語は英語で

ある。S2とS1は、ドイツ(Feldafing)で全世界のシニア・マネジメント以上の層を対

象に実施され、この場合の使用言語も英語である。 これらプログラムの特徴は、事前に各人に適切なプログラムが選択され、ワークショッ

プ・フェーズ(3~6日間)とプロジェクト・フェーズとが交互に実施され、それにより、

チーム作業により企業ごとの現実的な問題に取り組めること、それに、 新のメディアで

ある Intranet やマルティ・メディアにより遠隔地においても、しかも自分のペースで課題

に取り組めることなどにある。各プログラムの実施期間はS5とS4は仕事に従事しなが

ら(Job-parallel)1年間、S3は同1年半、S2は同2年間、S1はケース・バイ・ケー

スとなっている。 なお、単に”Potentials”とも呼ばれるマネジャー候補者は、一定の基準の下にマネジャー

により見極められ、S5の訓練プログラムを受講するよう勧められる。”Potentials”の識別

は、後継者育成プログラムの一環として機能している。このような制度はドイツでは従来

から長い間、行われてきたが、シンガポールでこの制度が公式に導入されたのは98年か

らのことである。Siemens(S)で”Potentials”と識別されているのは約50人で、シンガ

ポール全体では100~150人くらいである。”Potentials”には、チャレンジングなプロ

ジェクトに配属されたり、シンガポールに所在する15社の兄弟会社間を異動したりしな

がら、様々なチャンスが与えられる。 なお、GM(事業部長)クラス以上の人材はドイツ本社で登録され、そのキャリアについ

て監視されている。 ②”Club”と優秀人材の確保 シンガポールにも、”Junior Circle”あるいは”Club”と呼ばれる若いエリート養成システム

がある。これは、ポテンシャルの高い人材を早期に識別し、それらの人材には付加的なプ

ロジェクト業務を課し、自分こそが将来の当社を担っていくという意識を植え付けようと

いうものである。 彼らは、付加的なプロジェクトをこなし、月に1回はプロジェクト業務の後で社内のト

ップ・マネジメントを含む上司たちとの夕食会に参加する。”Club”の一員に選ばれたからと

いって必ずしも昇進が保証されるわけではないが、企業がどうしても手放したくない人材

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と認められた場合には、比較的速い昇進により、より高い給与も支給されることとなる。 ローカルの優秀人材の確保策として、(a)比較的高い給与を保証する、(b)上記の”Club”に参加させる、(c)重要な意思決定に直接または間接に参画させる、などの手段が採用さ

れている。シンガポールという経済成長の速い社会では、事業単位により差はあるが、マ

ネジャーが必然的に若くなる傾向にある。 ③評価処遇制度 Siemens 本社でのヒアリングでは次のような点が確認されている。すなわち、評価制度

としてグループ全体で「360度システム」が採用され出しており、これはフェース・ツ

ー・フェースのインタビューに基づく評価を上司が部下に対して行うだけでなく、部下も

上司を評価するというものであるが、この評価制度の導入に伴い、評価の公平さがより保

障されること、また上司と部下の間のコミュニケーションが促進されるものと期待されて

いる(注10)。 しかし、シンガポールという現場では、「それはドイツ国内でのこと」という反応であっ

た。評価制度は一部のシニア・マネジメント層ではドイツと同じものが適用可能であるが、

それ以外の大多数の層ではまだそれは無理で、ボスに対して直截に意見を言うのを避けた

がる現地の風土に合うよう若干の修正が施されざるを得ないのである。 なお、国外からの派遣者もローカル・スタッフも全く同じ評価表(Appraisal form)で人

事考課を受ける。派遣者も評価に関して現地システムに統合されているといえる。 ④人材と現地化に関する課題 アジア全体の景気が停滞する中で、それでもなお情報産業(IT)や R&D 部門では、適切

な人材を採用するのに苦労している。特に、例えば半導体部門ではICデザイナーが不足

し、Siemens(S)ではネットワーク・エンジニアが足りない状況である。 現地化が必要なのは、単に派遣者のコストが高いという金銭的な問題だけではない。現

地の市場に食い込むには、外国の派遣者よりローカル・スタッフの方が優位性を持ってい

るのである。しかし、世界本社と海外子会社との調整というテーマは派遣者の方が当面は

優位性を持っていることは否めず、これは長期にわたる課題であろう。Siemens グループ

は南米でのオペレーションが長く、ドイツ本社での勤務経験を持つローカル・スタッフが

数多く蓄積されており、世界本社との調整をローカル・スタッフが行うのに問題がないく

らいとなっているのが参考になる。 (4)考察 Siemens(S)の特徴は、その数多い事業単位の社内での併存である。各事業単位はリポ

ート・チャネルを通じて世界本社のそれぞれの事業単位につながっている。このため、技

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術的理由から世界本社からの派遣者が数多く派遣されざるを得なくなっている。もちろん、

このように派遣者が多くなるのは、本社組織が大きく複雑で、そのネットワークに習熟し

ないと円滑な意思疎通ができにくいということも大きな要因である。この要因の克服は、

世界本社での勤務経験を持つローカル・スタッフの蓄積という長期的な変化を待たざるを

得ないようである。 コミュニケーションに関して、ドイツからの派遣者にいくつかの注文が付けられている。

総じて、海外派遣者はローカルの慣行や文化的背景に配慮し、できるだけそれに溶け込む

努力が必要ということになる。他方で、ドイツ本社での英語の通用性は、事業単位・事業

グループによって大きく異なるようである。前章の表2-9で明らかなように、海外の日

系企業が抱える諸課題の中で意思疎通(日本本社・子会社間ならびに日本人派遣者・現地

スタッフ間)の問題が も大きなものとなっていたが、この状況と Siemens の置かれた状

況とには一脈相通ずるものがあるといえよう。 人材育成プログラムは、ランクに応じて、ローカルでローカルの言語を通じて実施され

るジュニア・マネジメントから、リージョナルに英語で実施されるシニア・マネジメント、

それにドイツ本社の研修センターにおいて英語で実施される GM およびエグゼクティブま

で、きれいに階層化され、しかも全世界一律のプログラムで実施されている。 他方で、評価制度はそのようには行かないようで、基本的には世界本社のシステムを持

ち込みながらも、ローカル・フレーバーを利かせながらの微調整が行われているのが実態

である。派遣者もこの評価制度に包摂されている。 シンガポールにも、ポテンシャルの高い人材を早期に識別し、エリート養成を行うべ

く”Club”制度が導入されている。これに選ばれたからといって、直接の金銭的メリットはな

いが、社内のトップ・マネジメントと定期的にフェース・ツウ・フェースで接触でき、お

互いが顔見知りになるということが、若い社員の大きなインセンティブになっており、他

方でトップ・マネジメントにとっては、会社の方針や抱える問題を彼らと共有することに

より、優秀人材を会社に統合できるというメリットがあるといえよう。 5.Nestle (Thailand) (1)企業の概要と歴史 ①親会社の概要と経営理念 Nestle は、スイスの Vevey に本拠を置く世界 大規模の食品会社である。創業は186

6年と古く、その後の各種ブランドの積極的な買収を行うことにより、1997年末には

全世界77カ国に495の工場を有するまでになっている。1997年度の売上高は70

0億スイス・フラン(483億ドル)、純利益40億スイス・フラン(28億ドル)である。

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(注11) 1997年度の売上高は、地域別ではヨーロッパが36.7%と 大である。なお、ス

イスの売上高は全体の2%に過ぎない。これにアメリカ(米州)が31.8%で続いてい

る。地域はヨーロッパ、アメリカ、それにアフリカ・アジア・オセアニア(AAO)の3地

域(zone)に分けられているが、この区分は後述のように、世界本社の General Manager(GM)の担当地域と一致している。売上高の製品別の構成は、飲料と乳製品・栄養食品・

アイスクリームとがそれぞれ27~28%と 大のシェアを占めている。これに調理用食

品が続いている。 全世界の従業員数は1997年末現在で225,808人である。従業員の地域別分布

を表3―2に見ると、ヨーロッパが40.9%と 大で、これにアメリカ34.9%、AAO24.2%と続いている。1997年と1996年とを比べると、ヨーロッパのシェアが

縮小し、AAO のシェアが拡大していることが分かる。 表3―2 Nestle の従業員の地域別分布(1996年、1997年) (単位:%)

(注)1997年のヨーロッパにはスイスの6,336人が含まれる。

Nestle グループの経営は、1997年末現在、オーストリア人の CEO(ボード・メンバ

ーを兼ねる)と7名の GM により執行されている。CEO も含む8名は、それぞれプロダク

ト、機能(職能)、地域の執行責任を分担している。ヨーロッパ、アメリカ、それに AAOの3地域は一人ずつの GM により担当されているが、これら GM は Zone Director と呼ば

れることもある。Zone Director はスイスに常駐し、年間の過半数を担当地域の巡回に当て

ているという。 Nestle はコーポレート・ミッションを持たない。その理由は、コーポレート・ミッショ

ンによる表現は一般的すぎる場合には意味をなさない場合が多く、逆に明確化しすぎると

それを世界のどこにでも同様の程度に当てはめるということが困難となるからである。こ

のため、Nestle は一連の方針(A set of principles)を示し、同社の態度や文化を表現して

いる。同社の経営方針は以下のような項目から成る(日本語訳ならびに手短なコメントは

筆者による)。 (a)人間第一(People first):一般の従業員から執行役員に至る人間こそが、制度や手段

より優先される。 (b)高品質の製品(Quality products):高品質の製品を生み出すことこそが企業の存在

1996年 1997年ヨーロッパ 44.7 40.9南北アメリカ 33.4 34.9アフリカ・アジア・オセアニア 21.9 24.2合計 100.0 100.0

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理由である。 (c)長期的視野(Long-term view):長期を見通す思考こそが、様々なコンフリクトやグ

ループ間の対立を取り除くことができる。 (d)分権化(Decentralization):地域の環境、気質、状況などに適応し、生産や販売な

どのオペレーショナルな責任を地域に任せる。 (e)統一性(Uniformity):分権化の中にも、経営理念、方針、行動規則などの整合性に

関する 小限の統一性は必要である。 (f)多様性(diversification):ビジネスはグローバル化の中で多様化するが、コングロ

マリットと異なり食品関連に限定する。 (g)柔軟性と単純性(Flexibility & Simplicity):柔軟で単純な組織こそが重要である。 (h)研究開発(R&D):医薬と食品関連が中心となるが、今後はこれに加えて環境保全に

適合的な包装などの R&D も重要となろう。 (i)洞察(Forsight):今後も増大し続ける人口に十分な食物を供給し続けることが Nestleの責務である。 ②Nestle (T)の概要 以下では、タイで操業する Nestle の子会社11社を、総称して Nestle (T)と呼ぶことに

する。11社はそれぞれの特徴や歴史を持っているが、タイではそれらを統轄するコーポ

レート本部を置き、11社それぞれを1社の中の部門として取り扱い、またそのように機

能させている。1997年度のタイでの売上高は約150億バーツである。なお、Nestle (T)の販売会社としての歴史は約80年であるが、工場が稼働しだしたのは約30年前のこと

である。 これら11社のうち2社が販売会社(国内向けと貿易専門に分かれる)で、9社が製造

会社である。11社のうち2社はここ2~3年以内に買収されたものである。Nestle の子

会社に関する方針としては完全所有(Sole ownership)を望んでいるが、法律を含む様々

な要因により11社の中で合弁企業が多くなっている。 Nestle (T)の組織は、マーケット・ヘッド(Market head)と呼ばれる社長(President)の下に、財務・コントロ-ル、サプライ・チェーン、HR、マーケティング・営業、コミュ

ニケーション(PR)、総務、それに製造を担当する7人の部門長(Division head)が従う

形となっている。マーケット・ヘッドはイギリス人で、部門長には日本人を含む外国から

の派遣者が含まれる。 1998年9月現在の従業員数は3,027人となっており、これ以外に臨時工

(Temporary)が942人雇用されている。3,027人のうちマネジャー以上は248

人、スーパーバイザー層は628人である。外国からの派遣者はすべてマネジャー以上で

約30人(派遣者比率1.0%)である。 派遣者約30人のうち15人はスイス本社からの派遣で、これらの派遣者は

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International staff と呼ばれる。上述のイギリス人マーケット・ヘッドも International staffである。彼らのキャリアはスイス以外の子会社を生涯の任地とするもので、国内勤務を基

本としながら国外勤務も経験する「交流型」(Exchange type)と異なるいわゆる「分離型」

(Separate type)のキャリアをその基本としている。スイス本社ではこれら International staff を約800人抱えている。他方、日本、フィリピン、インドなどアジア域内からの派

遣者(残る15人)のことを、Regional Expatriates と呼び、International staff と区別し

ている。これらの違いに関する詳細については後述する。 さてスイスに常駐しながらタイも含む AAO 地域を見る Zone Director であるが、平均し

て年間3~4回くらいの頻度でタイを訪問するようである。もちろん、この回数は固定的

なものでなく、マーケットの重要性やビジネスの必要に応じてフレキシブルな対応がなさ

れている。たとえば、マーケットの小さなバングラディッシュには年に1度も訪問しない

かもしれない。 (2)親会社・子会社関係 ①経営方針とその適用 既述のような経営方針はどのようにして Nestle (T)に具体的に適用されているのだろう

か。これは次のような方法による。まず、各国のマーケット・ヘッドをスイスに召集して、

経営方針の共通理解を行う。各マーケット・ヘッドは、それぞれの国でマネジメント・ミ

ーティングを開催し、各マネジャーの理解を促し、さらに各マネジャーはミーティングや

トレーニング等各種チャネルを通じて職場への浸透を図るのである。 しかし、経営方針は現場で実践されてこそ意味がある。そこで、Nestle (T)では人事考課

の具体的項目の中に経営方針の理解と実践がどの程度行われているかを組み込み、これの

現場への適用を試みている。 ②権限委譲 年間の予算が世界本社の取締役会で承認された後は、投資も含めてその実施は Nestle (T)に任される。人事に関しては次のようである。マーケット・ヘッドの選任は完全に世界本

社の専権事項である。マーケット・ヘッドのすぐ下の部門長の人事は、マーケット・ヘッ

ドが Zone Director と協議して、決定する。部門長より下位のランクの人事は完全にマーケ

ット・ヘッドの専権事項となっている。 基本的な分業の枠組みとして、スイス本社は技術と品質に責任を持ち、各国の子会社は

市場、製品、それに人材育成を担当している。 ③派遣者の受け入れ状況と派遣前訓練 スイスからの International staff にせよ、アジア域内のグループ企業からの Regional

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Expatriates にせよ、派遣に関わる費用は一切、受け入れ企業、つまり Nestle (T)が負担す

る。 International staff の派遣期間は3年以上と比較的長い場合が多いが、フレキシブルな対

応が可能である。Regional Expatriates の派遣期間は1~3年となっており、2年くらい

が平均的である。派遣期間はマーケットの状況により異なるが、本人の CDP(Career Development Program)、つまり職歴開発の意味で、幅広い経験を積ませるために派遣され、

Nestle (T)が受け入れるということもある。この場合にも、受け入れる企業において派遣者

の専門性が必要であることが前提となる。 全世界の Nestle で英語が共通語となっているので、コミュニケーション上の問題は基本

的に存在しない。しかも、International staff も Regional Expatriates も、必要な場合、

派遣前に現地語の訓練を受けたり、資料提供などを受けたりしているし、さらに派遣先に

着任後、例えば Nestle (T)では2日間にわたるタイ社会になじませるための異文化訓練を実

施している。さらに必要な場合はタイ語の習得のチャンスも与えられる。 (3)国際人的資源の育成と管理 ①人的資源の育成方針 Nestle にはスイス本社で作成された「HR ガイドライン」があり、世界の子会社がこれ

を共有している。「HR ガイドライン」の中では、改善運動などに従業員が積極的に関与す

るよう謳われている。しかし、具体的な訓練計画は Nestle (T)など各国で独自に作成される

ことになっている。既述のように人材育成は各国子会社の責任となっているからである。 とはいえ、スイスにある Nestle グループの中央トレーニング・センターである The Rive-Reine International Training and Conference Centre から毎年年間のセミナーやワ

ークショップの開催プログラムが送られてくるので、必要に応じて人材を派遣している。

訓練コースに要する費用はスイス本社が負担するが、滞在や交通に関する費用は派遣元企

業が負担することになる。なお、The Rive-Reine International Training and Conference Centre が1997年に開催したセミナーは82回で、参加者は全世界の Nestle 子会社から

1,899人に上った。 Nestle (T)が、海外研修に派遣する人数は年間で40人から50人である。うち、スイス

へは年間で約20人となる。 これ以外にも海外での経験を積ませるという人材育成の目的で近隣の兄弟会社を中心に

2年前後という比較的短い期間、派遣しており、1998年10月現在、その数は10人

である。派遣先はスイスに2人以外はすべてアジア諸国とオーストラリアに限定されてい

る。この10人のうち、インドネシアとスイスに派遣されている人は、マネジャーとして

派遣されている。また現在の工場のマネジャーはすべて外国での勤務経験を有している。

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②優秀人材の育成と確保 Nestle では、全世界的にポシションごとに後継者候補を準備することになっている。マ

ーケット・ヘッドも部門長もこの例外でない。しかし、マーケット・ヘッドと部門長の後

継者候補だけはスイス本社にリポートする必要がある。それ以外のポシションの後継者候

補者リストは各子会社で管理することになる。 ローカルのハイ・ポテンシャル人材の識別は、ごく秘密裏に行われている。Nestle (T)でハイ・ポテンシャル人材と識別されているのは約60人である。年齢は、28歳から40

歳までばらついている。ただし、ハイ・ポテンシャル人材の識別とそのモニタリングはス

イスではなく Nestle (T)で行っている。スイス本社がモニタリングしているのは、マーケッ

ト・ヘッドとそのすぐ下位の部門長までである。ただしハイ・ポテンシャル人材の識別の

アイデアはスイスから来ている。 このような優秀人材には各種プロジェクトやタスク・フォースに参加させ、要するにチ

ャレンジングな仕事を与えるよう計画されている。こういう優秀人材を組織内に確保する

には、昇進でも部門間異動でもとにかく一般の従業員より速く動かす必要があるという。

例えば、そのうちの一人である人材は30代後半ですでに部門長の次の次くらいのポジシ

ョン(Assistant Vice President)に格付けされている。 Nestle (T)では、優秀人材の確保に特別の対策を立てていない。5年ほど前の景気が過熱

気味の頃は Nestle (T)の離職率も10%くらいに高まったが、現在では0.8%程度に収ま

っている。離職がそれほどの問題とならないのは、Nestle (T)における職務満足度が高く、

企業イメージも良く、CDP 制度も充実しており、さらに職場環境も良いためと見られてい

る。 ③評価制度 Nestle (T)では他の Nestle 子会社と同様、マネジャーに対しては Performance Management System(PMS)と名付けられている人事考課制度を実施している。この PMSは、一種の目標管理制度(MBO)であるが、それ以上のものであると認識されている。と

いうのも、PMS では期末の目標達成度に応じて評価が決まるが、目標が達成できなかった

場合に不足している知識や技能を補完すべく訓練メニューが準備されているからである。 ローカルの一般社員には、Nestle (T)独自の評価制度を適用している。 (4)考察 Nestle グループの経営は、分権化(Decentralization)という特徴を色濃く残している。

食品という分野に強くこだわりながら、またそれ故にマーケットごとに嗜好や習慣が異な

るということで、オペレーショナルな権限と責任を国別子会社に委譲している。同時に、

ハイ・ポテンシャル人材の識別とモニタリングも子会社に任せている。これは他のグロー

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バル企業と著しく異なる点であろう。 分権化の中にも 小限の統一性は必要である。そうでないと、グループとしての経営が

維持できないからである。 小限の統一性の中には、マーケット・ヘッドの本社への招集

を通じての経営方針、行動規則の浸透・共有などがあるが、人的資源に関するものでは各

国のトップの2階層(First layer and second layer)のみを世界本社で管理するということ

と、マネジャー以上の人事考課制度を同じフォームで実施することとが含まれよう。 人間第一(People first)という経営方針に則り、MBO での人材育成面の重視や国際研修

センターの充実、それに Zone Director が年に数回にもわたり各子会社を巡回し、フレキシ

ブルな人的ネットワークを構築していることも、Nestle グループの特徴といえよう。 6.ABB (Thailand) (1)企業の概要と歴史 ①親会社の概要 ABB Asea Brown Boveri Ltd.(以下では ABB と呼ぶ)は、スウエーデンの ABB AB 社

とスイスの ABB AG 社とが50%ずつ出資し、スイスに本拠を置く多国籍企業である。主

たる事業分野は、発電、送変電・配電、自動化機器や設備、インテリジェント・ビルなど

各種エンジニアリング分野である。ABB AB 社、ABB AG 社とも欧米の株式市場に上場さ

れている。 1997年度の ABB グループと親会社(ABB AB 社ならびに ABB AG 社)の’Annual Report 1977’によると、ABB は全世界に約1,000社の子会社を有しており、発電、送

変電・配電、産業・建築システム、金融サービスから成る4事業区分(Business segments)に37の事業分野(Business areas)を抱えている(図3-4参照)。従業員総数は213,

057人である。 上記’Annual Report 1977’によると、1997年度の受注額は348億ドル、収入(売上

高)は313億ドル、純利益は5.72億ドルとなっている。また R&D に27億ドルを支

出しており、これは収入の8.6%にあたる.収入の地域別内訳は、ヨーロッパ54.7%、

アジア・中東・アフリカ24.9%、アメリカ20.4%となっており、ヨーロッパが過

半のシェアを占めている。従業員の地域別分布は、ヨーロッパ65.5%、アジア・中東・

アフリカ19.7%、アメリカ14.9%となっており、収入以上にヨーロッパのシェア

が大きい。

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図3-4 ABB グループの概念図

(出所)同社’Annual Report 1977’による。

②組織変更 従来の ABB 組織の際だった特徴として、マトリックス・マネジメントが指摘されてきた

(注12)。実際、1998年8月までは、上記の4つの事業区分を縦軸として、他方、ヨ

ーロッパ・中東・アフリカ、アメリカ、アジアの3つの地域を横軸とするマトリックス・

マネジメントが実践されていた。President/CEO も含む執行役員(Group executive committee)メンバー8名は、それぞれ事業区分、地域、機能を1つまたは複数を担当する

ことによって、事業軸と地域軸でもって世界のグループ企業をコントロールしてきた。他

方、1,000社を超える子会社の社長は、4事業区分の下位組織である各事業分野のボ

スと、3地域の下位組織である各国のボス(Country Manager)の双方にリポートするこ

とになっていたのである。

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ところが、1988年8月11日より、このマトリックス・マネジメントは放棄され、

ビジネスを軸とする組織が採用されることになった。マトリックス・マネジメントが放棄

された理由として、事業軸に沿うグローバルなアプローチがより重要になってきたことと、

スピードがより重要になったこととが指摘されており、要するに複雑でコストのかかるマ

トリックス・マネジメント組織はスピーディでフレキシブルな対応が要請されるグローバ

ル・ビジネス時代には不適合と判断されたことになる。 現在のABBの組織図では、それ以前の4事業区分から7事業区分となり、President/CEOと CFO を除く6名の執行役員が1ないし2ずつ、7つの新事業区分を担当している。また

執行役員8人のうち3人が入れ替わり、これまでの3つの事業分野の責任者(Manager)が執行役員に昇格している。 この組織図の変更に伴い、これまで置かれていた3カ所の地域本社はなくなり、アジア

では香港に置かれていた地域本社がなくなった。しかし、各国には依然として Country Manager が置かれている。Country Manager の役割は、国内各事業分野間の調整役、そし

て各国の代表役であり、利益責任は負わない。 ③価値と経営理念 ABB は、経営ビジョン(Vision)、使命(Mission)、それに価値(Values)を決め、これ

らに基づく経営を各国で展開している。経営ビジョンは、世界で も信頼される企業とな

ることである。また使命は、世界中の顧客に対し期待以上のエネルギーおよび工程におけ

るソリューションを提供することである。価値については項目しか示されていないが、パ

ンフレットには各項目に関する詳細な説明が付いている(注12)。 ④ABB(T)の歴史と概要 ABB のタイでの事業の歴史は約100年と長い。1998年現在、6社の事業会社と

ABB100%出資の管理会社(ABB Limited、1978年設立)が存在する。しかし、事

業経営上は1社のように運営されており、これらを総称してここでは ABB(T)と呼ぶこ

とにしよう。ABB(T)の従業員総数は1997年10月現在、1,156人である。ABB(T)の97年度の売上高は1.1億ドルである。

また、組織図は図3-5に明らかなように、Financial seivices を除く従来の3つの事業

区分から構成されている。また、図の中の15のマネジャー以上のポストは3つを除いて

すでにタイ人で占められている。 取締役員数は4名であるが、Country Manager を除いて、親会社からの派遣者で占めら

れている。Country Manager は、内部昇進したタイ人である。3名の派遣役員のうち1名

は非常勤で、常勤の2名の国籍はスイスとスウエーデンである。 従業員総数1,156人のうちマネジャーは171人である。国外からの派遣者は20

人(1.7%)で、そのうち12人がマネジャーということになる。20人の派遣者の国

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籍はヨーロッパを中心としながらアジアも含んでおり、全部で13~14カ国に上る。こ

の20人以外に短期のプロジェクトのために滞在する外国人が5人いる。 タイでの事業内容は、発電、送変電・配電、工程自動化・管理システムなど ABB の得意

分野である。タイでは工場設備と並んで独立の教育訓練センターも設置されている。 図3-5 ABB (T)の組織図(1998年8月18日現在)

(出所)同社資料による。

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(2)親会社・子会社関係 ①経営理念とその浸透方法 ABB の基本的スタンスは分権化と国際化であり、「グローバルに考え、ローカルに行動す

る」という一文に良く表されている。しかし、グループとしての統合もまた必要であり、

報告システムは当然ながら集権化しているし、また統合は、前掲の経営の方針、使命、そ

れに価値について、組織のあらゆるレベルにおいて徹底的に議論しながら実践していくこ

とに求められる。このため、あらゆるコミュニケーション・チャネルを通じてこれらの理

念の浸透が図られている。例えば、これらの理念は各国語に訳されている。 ②Country Manager の役割と権限 1988年8月の組織変更に伴い各ポジションの権限のあり方も変化した。特に、地域

軸がなくなったことにより Country Manager の権限は著しく縮小した。タイ人 Country Manager(45歳)は過去2年間、同じ人であるが、直接報告を受けることがなく、また

利益責任もなくなった。 この場合の Country Manager の役割は次の様なものである。第1にタイ全体の戦略的ビ

ジネス・プランを中心になって練ることである。第2に、複数のビジネスの協力関係やシ

ナジーを生み出すべく、働きかけることである。第3に、国内のグループ企業を代表して

の対外的な働きが期待される。 ③派遣者の受け入れ 派遣者を受け入れるに際しては、各ビジネスの責任者であるマネジャーがまずその必要

性ならびに派遣者の資格要件を Country Manager に伝え、その承認をとる必要がある。そ

の後、当該資格あるいは分野で強みのある国にコンタクトをとり、適任者を派遣してもら

うということになる。 派遣に伴う必要な費用はすべて受け入れ組織・部門が負担することになる。 ④コミュニケーション問題 英語が公用語で、しかも4~5年前からe-mailがグループ企業内で自由に使える

ので、意思疎通に問題はない。 (3)国際人的資源の育成と管理 ①人的資源の育成・評価システム ビジネス、それに人材の現地化ということがきわめて重要であると認識されている。派

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遣者もこの例外ではなく、ローカルに適合して行動することが要請される。Country Manager もできるだけ、ローカル・スタッフに任せる必要があり、実際タイの現職の

Country Manager は子会社の社長(President)から2年前に昇進し、それまで派遣者が就

いていたポジションを引き継いだのである。 人材の現地化を進めるためには、人材の育成が不可欠である。このため、第1に、国内、

地域内、世界の各レベルで様々な人材育成プログラムが組まれている。第2に、企業グル

ープ全体でハイ・ポテンシャル人材の識別が行われており、後述のようにスイス本社がこ

れに強くコミットしている。これらのプロセスのことを ABB では ”Management Localizaiton Process ”と呼んでいる。 人材の評価制度の構築もローカルに任されている。ABB(T)では給与に直結する実績評

価とマネジメント育成のためのアセスメントとは異なるものと見ている。マネジメント育

成のためのアセスメントの一環として、ABB(T)では1998年より初めて評価結果を本

人にフィードバックする「180度評価制度」を導入した。 ②優秀人材の育成と確保 ABB では、空きポストがあると次のような原則で選抜を行っている。まず2人以上の候

補者を立てて競争させるのが原則となっているが、その場合に、ローカルの内部人材、つ

まり ABB(T)の人材を第一位の優先順位とする。続いて、人材の現地化ということから

ABB(T)以外の他社のローカル人材から適任者を選抜する。 後に、それでも適任者が見

つからない場合、国外のグループ企業から派遣者を呼ぶということになる。 ABB では、各種各様の人材育成プログラムを準備している。例えば、マネジャーのため

の基礎コースとしてスイスで年に6~8回行われるものとして、Busieness Unit Program(BUP)、International Management Workshop(IMW)、Global Project Management(GPM)などが約2週間のコースとして開催されている。 ABB(T)におけるマネジャーに対するトレーニングや人材育成プログラムには次のよう

なものがある。まず「ミニ MBA コース」といわれるもので、これは4ヶ月間かけて内部で

行うマネジメント教育である。これら以外に、心理学の研修コースや、1ヶ月間にわたる

管理能力開発のためのマネジリアル・グリッド(Managerial Grid)などが開催されている。 ABB では人材育成の基本はなんといっても OJT が基本であると見ている。大ざっぱに人

材育成の80%は OJT によるものであり、人材育成でトレーニング・コースの果たす役割

は20%くらいとみている。ただし、OJT ではチャレンジングなアサイメントを与え、適

切なコーチングが不可欠である。チャレンジングなアサイメントの中には海外派遣が含ま

れる。 しかし、人材育成システムについて本社が何らかの模範を示すということはなく、明ら

かに分権化しており、各国で独自のシステムを開発する必要がある。本社が関与するのは、

グループ企業間の派遣者のコントロール、それにハイ・ポテンシャル人材のデータ・ベー

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スの管理である。現在、ABB では約1,500人のハイ・ポテンシャル人材が登録されて

おり、この中にタイ人は12人含まれている。ハイ・ポテンシャル人材は、特定のポジシ

ョンに就いているシニア・マネジャーと若いジュニア・マネジャーとから構成されている。

若いジュニア・マネジャーの年齢は30歳から35歳までくらいである。 このようにして育成した優秀人材を確保するために ABB(T)で特別な対策を講じては

いない。給与で他社に引っ張られる人は止めようがないと考えている。給与は業界の中で

は平均的な水準である。ただし、産業全体の平均より10%プラスくらいの水準にはして

いるという。 ③国外への派遣 国外への派遣には2つのものがある。第1は、ABB グループで行っている”Asia Pacific Training Program”で、これは若いスタッフを各種ビジネスや機能の実務研修をさせるとい

うもので、3ヶ月から2年の期間、ヨーロッパのグループ企業に派遣する制度である。ア

ジア全体では年間80人から100人がこの制度に乗ってヨーロッパで研修を受けており、

タイからは毎年20人から25人くらいを派遣している。このプログラムにかかる費用は、

給与と航空運賃は派遣元が負担し、宿泊費と日々の諸手当は受け入れ先が負担するという

具合に分担し合っている。 第2は、既述のハイ・ポテンシャル人材をプロジェクト・ベースで派遣するもので、こ

の場合には受け入れ企業が100%、費用の負担を行う。ABB(T)から33歳のマネジャ

ーを1人、ブリュッセルにマネジャーとして派遣しようとしたが、子供が小さいというこ

とで延期になっている。 ちなみに、ABB では国外のグループ企業からトレーニーの受け入れも頻繁に行っている

し、逆に送り出しも多い。例えば、ABB(T)では中国から10人のテクニシャンを受け入

れているし、インドからのHRのトレーニー1人を3ヶ月間ということで受け入れている。

逆に、ABB(T)から20人のエンジニアを1年間、マレーシアのグループ企業に派遣し、

7~8人のエンジニアを1年間、フィリピンに派遣している。これからエジプトのグルー

プ企業にも2人、派遣する計画がある。 ④地域内でのグループ企業間の交流 1年に1度、Asia Pacific Conference と呼ばれる域内の HR どうしのワークショップを

行っている。開催場所は持ち回りのため一定していない。全世界の HR どうしのワークシ

ョップは2年に1度、開催されている。ABB では国際的なトレーニング・センターがない

ので、ホテルなどで開催する。 ⑤派遣者のコミュニケーション問題 深刻ではないが、派遣に伴う若干のコミュニケーション問題がこれまでにも発生してい

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る。1つは、製造現場での派遣者と現場のブルー・カラーとの言語上のバリアである。派

遣者はタイ語が分からず、ブルー・カラーは英語を理解しないために、意思の疎通が難し

い場合がある。 いま1つは、アングロ・サクソン系派遣者の態度の問題である。アジア人から見て彼ら

の態度は時には不遜に映ることがあり、この場合にはお互いが反目し合うことになる。こ

れまで1人だけであるが、文化的にタイに不適合ということで帰国させたことがある。 (4)考察 ABB ではこれまでのマトリックス組織による管理が廃止され、事業を軸とする組織に変

わった。マトリックス組織の持つ指示命令系統の葛藤とそれに伴う意思決定のスピード・

ダウンが、現在のスピードが求められるグローバル時代にそぐわなくなったのであろう。

これに伴い地域本社もなくなっている。 ABB では分権と集中が様々に組み合わされている。顧客へのサービスが第一という経営

理念の精神はローカル化、分権化のベクトルといえるし、また現地化の具体的な進展も同

様のものとして理解できよう。他方、事業を軸とする組織への変更や経営理念の浸透の努

力、あるいはハイ・ポテンシャル人材の本社による一元管理などは集中化の有力なベクト

ルといえる。 7.ヨーロッパ系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 (1)世界本社による統制・統括 ①権限の配分と委譲、透明化 親会社・子会社間の権限の配分と委譲に関してどの事例にもほぼ共通している点として、

本社専権事項のため 終的に世界本社が決定するという項目は、(a)一定額以上の投資、

(b)新規事業への進出や新製品の投入、それに(c)ローカルのトップ・マネジメント

からその直近下位クラスまでの人事である。これは、日系多国籍企業の場合にも同様に当

てはまる(注14)。 もちろん、若干のバリエーションがあり、例えば、Unilever では、地域本社(東アジア・

パシフィック・ビジネス・グループ)がローカルのトップ・マネジメントからその直近下

位クラスまでの人事を決定している。すなわち、子会社の事業部長の任命については、地

域本社の関連部署の承認で決定でき、子会社の役員の任命については、地域本社の代表の

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承認が必要となっている。Unilever では権限の配分と委譲は同社の ”A Schedule of Authorities” により周知されている。きわめて独立的な Siemens(M)では、予算計画、

製品のライン・アップ計画、ならびにボード・メンバーの選任を含む経営計画が世界本社

の事業グループで承認された後は、Siemens(M)の社長に100%の権限が委譲されてい

る。R&D 施設も当社にすでに移転され、研究開発の推進、マネジャーから執行役員への昇

進などは現地の専権事項となっている。 ②経営理念の浸透と共有 経営理念を明確に打ち出していない事例はない。「グローバル接着剤」(Global Glue)(注

15)としての経営理念の浸透こそは、多国籍企業のアイデンティティを保つ上で決定的

に重要なポイントとなる。 Unilever(M)のように、親会社より以前に独自の経営理念(Vision)を制定していると

いう事例もあるが、一般的には本社主導で経営理念や価値が策定され、様々なチャネルや

方法を通じてそれが下位の組織に伝達されていく。多国籍企業ならではであるが、ABB の

ように、経営理念等が複数の言語に翻訳されている場合もある。 もちろん経営理念は知識として浸透するだけでなく、日々の中で実践されて初めて実質

的な意味を持つ。Nestle(T)では、経営理念をさらに職場や個人の目標に細分化し、それ

に即して MBO が実施され、さらに評価およびトレーニングに結びつかせている。 ③子会社人材の育成と監視

シニア・マネジャーとハイ・ポテンシャルから成る優秀人材インベントリーの作成と管

理には、フォーマルなものからインフォーマルなものまで、また多くは世界本社がその管

理を行うが、中にはローカル(Nestle(T))または地域本社で行うもの(Unilever(M))

まで様々な実施方法がある。名称も Siemens ではジュニア・サークルと呼ばれる。いずれ

にせよ、何らかの形で子会社の優秀人材の登録と管理を行っていない事例はない。また、

このインベントリーの管理上の特徴は、入れ替えが常時行われているということである。 Siemens では、ハイ・ポテンシャル人材には、次の4つの課題を与えて一人一人の必要

に対応した育成が行われていた。第1に国際的勤務経験を持たせる。第2に異なる事業グ

ループでのビジネス経験を持たせる。第3に異なる機能(職能)の経験を持たせる。第4

に部長ポストのどれかを経験させることである。事例中の多国籍企業においてハイ・ポテ

ンシャル人材の育成で重要視されているのが、国外のアサインメントである。これは、国

を超えての育成を行い、広い視野を付与するためである。 一般的にハイ・ポテンシャル人材の識別はローカルのトップ・マネジメントに任されて

おり、その基準は曖昧な場合が多い。ハイ・ポテンシャル人材のマネジメントで重要な点

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は、長期的にその人材を OJT を通じて、いかに育成していくかということであり、その人

たちを取り巻くインフォーマルなモニタリング装置とメンター制度がとりわけ重要である

とみられる。 ④評価制度の共通化 マネジメント層以上の評価システムは、ローカル向けに開発した独自のものを適用する

Siemens(M)や ABB(T)を例外として、多くが本社のシステムを導入しており、グルー

プ企業間で共通のシステムが導入されているといえる。ただし、本社から来ているといっ

ても幅がある。Siemens(S)のように、ボスに対して直截に意見を言うのを避けたがる現

地の風土に合うよう若干の修正が施さざるを得ないという理由でローカル向けに若干の修

正が行われている場合もある。Nestle (T)では他の Nestle 子会社と同様、マネジャーに対

しては PMS と呼ばれる一種の目標管理制度(MBO)を導入している。ただし、各事例が

異口同音に述べていることは、評価システムは対象者を評価するだけでは完結せず、評価

の後に人材育成のためのアドバイスならびに教育訓練メニューを付加することが重要であ

る。 (2)多国籍人材の移動と研修 ①親会社からの派遣者 従業員に占める派遣者の比率は、表3―3に示されるように、企業により大きなばらつ

きがある。同じ Siemens グループでも、Siemens(M)のように半導体に特化している場

合は派遣者数が少なく、Siemens(S)のように多くの事業部に関連するビジネスを展開す

る場合には派遣者数が多くなる。 派遣者比率の単純平均は、2.9%である(表3―3参照)。この2.9%という高さは、

1996年に日本の大手企業の ASEAN5カ国における子会社183社の調査結果(注1

6)の1.8%と比べると、やや高いといえる。他方、この比率はほぼ同時期に実施され

た日系企業への「第1回調査」(1999年)の中のアジアでの比率7.3%(第2章表2

-15参照)と比べるとかなり低い。これは、在アジアの日系企業に小規模の現地法人が

かなり含まれていたためである。そこで、アジアのサンプルだけを取り出して、企業規模

を揃えて比較してみたのが、表3―4である。

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表3―3 従業員に占める派遣者の比率(企業別)

(単位:人、%)

表3-4に明らかなように、アジア所在の現地法人の企業規模を揃えてヨーロッパ系と

日系とで比較すると、事例研究のサンプルが少なく断定できないが、その差のほとんどは

とりわけ100人未満のサンプルが日系に多く含まれることによることがわかる。こうし

て、企業規模をコントロールすればヨーロッパ系と日系との間で海外派遣者比率に関する

差は小さく、大きな差は派遣者の国籍構成の違いにあるといえる。

表3―4 海外派遣者比率のヨーロッパ系・日系比較(企業規模別) (単位:社、%)

(注)日系企業のデータは、「第1回調査」(1999年)による。アジアのサンプルだけを取り出し再集

計を行った。

そこで、派遣者の国籍構成を見ると、以下のようである。Unilever(M)は、4名の派遣

者の受け入れをおこなっているが、出身国はばらばらで、イギリスの親会社からは1人で、

あとはオーストラリア、韓国、シンガポールの兄弟会社からの派遣である。社長はシンガ

ポーリアンで親会社からではない。Siemens(M)は、社長と財務担当重役の2名のドイツ

人だけを世界本社事業グループから派遣している。Siemens(S)では、ドイツから常勤の

執行役員2名以外にマネジャーを46人受け入れているが、それ以外にも地域内のインド

ヨーロッパ系多国籍企業 日系多国籍企業(在アジアのみ)従業員合計人数 派遣者比率 サンプル数 派遣者比率 サンプル数 標準偏差1-10人未満 - - 47.5 6 23.010-50人未満 - - 14.7 35 13.250-100人未満 - - 10.4 33 9.1100-200人未満 - - 4.3 27 3.9200-500人未満 - - 2.7 37 3.7500-1000人未満 11.3 1 1.3 22 0.81000-5000人未満 0.8 4 0.8 31 0.45000人以上 - - 0.3 2 0.3合計(平均) 2.9 5 7.3 193 11.9

従業員数 海外派遣者数 派遣者比率Unilever(M) 1100 4 0.4Siemens(M) 4316 2 0.04Siemens(S) 547 62 11.3Nestle(T) 3027 30 1.0ABB(T) 1156 20 1.7単純平均 2029.2 23.6 2.9

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ネシア、インド、マレーシアなどの兄弟会社からの派遣もあり、その人数は13人にのぼ

る。ここで留意したい点は、派遣者の国籍は複数で、したがって第三国籍の派遣者がきわ

めて多く含まれていることである。例えば ABB(T)では、20人の派遣者の国籍はヨー

ロッパを中心としながらアジアも含み、全部で13~14カ国に上るのである。

空席が発生した場合の人材活用の優先順位は、第1に内部人材、第2にグループ企業か

らの海外派遣者、第3に外部から採用というように、まずは企業内部のローカル・スタッ

フの登用を優先している。企業内部の適切なローカル・スタッフが見つからない場合には、

国外のグループ企業から派遣を要請し、それでも適任者がいない場合に、はじめて企業外

部の人材を募ることになる。例外的に ABB では、空きポストがあると次のような原則で選

抜を行っている。まず2人以上の候補者を立てて競争させるのが原則となっているが、そ

の場合に、ローカルの内部人材、つまり ABB(T)の人材を第一位の優先順位とする。続

いて、人材の現地化ということから ABB(T)以外の他社のローカル人材から適任者を選

抜する。 後に、それでも適任者が見つからない場合、国外のグループ企業から派遣者を

呼ぶということになる。 派遣の行い方には、「分離型」と「交流型」の2種類が存在する。ほとんどの場合、「交

流型」であり、通常は本属企業を持ち、数年間国外勤務を行い、アサインメントが終了し

た後はまた本属企業に戻るというものである。 他方、「分離型」を採用している事例として Nestle がある。Nestle(T)では、派遣者約

30人のうち15人はスイスからの派遣で、これらの派遣者のキャリアは、スイス以外の

子会社を生涯の任地とし、いわゆる「分離型」のキャリアをその基本としている。ただし、

これらの人たちの国籍がスイスとは限らない。他方、日本、フィリピン、インドなどアジ

ア域内からの派遣者(残る15人)のことを、Regional Expatriates と呼び、区別してい

る。 ②トップ・マネジメントの国籍 トップ・マネジメントの国籍をみると、表3-5に示されるように、5社のうち1社が

現地国籍の人材(HCNs)、残る4社は外国からの派遣者となっている。外国人派遣者の国

籍をみると、本社所在国からの派遣者(PCNs)は Siemens(S)のドイツ人のみで、後の

3社は第三国からの派遣者であることが分かる。

表3-5 トップ・マネジメントの国籍(企業別)

国籍 種類Unilever(M) シンガポール人 TCNsSiemens(M) オランダ人 TCNsSiemens(S) ドイツ人 PCNsNestle(T) イギリス人 TCNsABB(T) タイ人(現地国籍) HCNs

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こうしてトップ・マネジメントに関する事例から、ヨーロッパの多国籍企業は TCNs に

依存する傾向が強い(前掲の表1-3でもこの点は裏付けられる)といえる。第2章の分

析から、日本企業の場合はこれらと異なり、PCNs、つまり日本人に依存する傾向が顕著で

あるといえよう(前掲表1-2、表1-3でもこの点は裏付けられる)。 派遣者の役割は、多くの企業で指摘されているように、まずは与えられたアサインメン

トを十全にこなすことであり、いまひとつの役割は、現地の後継者を育成することである。

現地の後継者が育っていないうちは派遣者に頼ることになるが、その場合にも派遣者が本

社所在国からでない方が少なくともここでの事例に関する限り、一般的となっている。 ABB(T)では、ビジネスと並んで人材の現地化ということがきわめて重要であると認識

されている。Country Manager もできるだけ、ローカル・スタッフに任せる必要があり、

人材の現地化を進めるために、第1に、国内、地域内、世界の各レベルで様々な人材育成

プログラムを組み、また、第2に、グループ全体でハイ・ポテンシャル人材の識別が行わ

れており、スイス本社がこれに強くコミットしている。 ③兄弟会社への派遣 Unilever(M)は、98年10月現在、イギリス、タイ、中国、オーストラリアの兄弟会

社へ4人派遣している。ランクはすべてマネジャーとしてである。 Siemens(M)の執行役員以上は全員、ドイツ本社での1週間程度の異文化訓練を受講済

みであるし、また国外の同じ半導体製造の兄弟会社へ現在、4人のマネジャーを派遣して

いる。派遣期間は全て3年で、地域は台湾、アメリカ(2人)、中国である。 Nestle (T)は、海外での経験を積ませるという人材育成の目的で近隣の兄弟会社を中心に

2年前後という比較的短い期間、派遣しており、1998年10月現在、その数は10人

である。派遣先はスイスに2人以外はすべてアジア諸国とオーストラリアに限定されてい

る。また現在の工場のマネジャーはすべて外国での勤務経験を有している。 国外への派遣には2つのものがある。第1は、ABB グループで行っている”Asia Pacific

Training Program”で、これは若いスタッフを各種ビジネスや機能の実務研修をさせるとい

うもので、3ヶ月から2年の期間、ヨーロッパのグループ企業に派遣する制度である。タ

イからは毎年20人から25人くらいを派遣している。第2は、ハイ・ポテンシャル人材

をプロジェクト・ベースで派遣するものである。 ④人材育成と人材インベントリー 多くの事例では、人材の採用に際してローカル・マーケットでベストの人材を採用する

という方針を堅持している。次に、このようにして採用した人材をどのように育成・確保

するかということが、HR 部門の重要な課題となる。一般的には、本社で開発された育成シ

ステムや訓練プログラムを導入し、さらに現地仕様に加工した後、現地で実施するという

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のが基本的なパターンである。 例外的にワールドワイドのトレーニングが行われているのが Siemens(S)である。

Siemens(S)では、企業グループの経営方針や経営理念の訓練プログラムは本社で作成さ

れ、これはワールドワイドで一律に適用される。他方、製品に関する訓練や技術的な訓練

も、事業単位ごとに異なったプログラムが作成され、この場合にも実施はワールドワイド

で一律になされる。マネジャー候補者以上のレベルの訓練では、ランク別にシステマティ

ックなプログラムが全世界一律に実施すべく準備されている。 本社や本社の訓練センターに人材を派遣し、そこで専門的知識を得るのみならず、人材

のネットワークを意図的に行わせている場合が多い。例えば、Nestle(T)ではスイスにあ

る中央トレーニング・センターから毎年年間のセミナーやワークショップの開催プログラ

ムが送られてくるので、このような目的で必要に応じて人材を派遣している(ABB(T)に

も同様の指摘がある)。Siemens(S)にも、”Junior Circle”あるいは”Club”と呼ばれる若い

エリート養成システムがある。これらは、自分こそが将来の当社を担っていくという意識

を植え付けようというものである。社内のトップ・マネジメントと定期的にフェース・ツ

ウ・フェースで接触でき、お互いが顔見知りになるということが、若い社員の大きなイン

センティブになっており、他方でトップ・マネジメントにとっては、会社の方針や抱える

問題を彼らと共有することにより、優秀人材を会社に統合できるというメリットがあると

いえよう。 ただし、人材育成の基本は仕事を通じてなされるものであり、人材を育成するには挑戦

的な仕事やプロジェクトに配属することがポイントとなることはどの事例にも当てはまる。

ABB(T)では人材育成の基本はなんといっても OJT で、大ざっぱに人材育成の80%は

OJT によるものであり、人材育成でトレーニング・コースの果たす役割は20%くらいと

みている。ただし、OJT ではチャレンジングなアサイメントを与え、適切なコーチングが

不可欠である。なお、チャレンジングなアサイメントの中には海外派遣が含まれる。 (3)ヨーロッパ系多国籍企業固有の諸課題 ①コミュニケーション ヨーロッパ系多国籍企業においては、現在では使用言語は英語に統一されており、ロー

カルでもオフィサー以上では英語能力のあることが前提となっているので、派遣者とロー

カル・スタッフとの間にコミュニケーション上の問題は基本的には存在しないとされる。

もちろん、ブルー・カラーなど現場作業者とは言語上のコミュニケーションは直接にはう

まくいかない。また Siemens では1989年以前はドイツ語が公用言語であったし、現在

でも、Siemens(S)のローカル・スタッフは、本社の英語のコミュニケーション能力に疑

問があるという。 言語のみでなく、コミュニケーション問題が発生しないのは、派遣際して、事前視察が

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組み込まれていたり、あるいは、異文化訓練や現地語の習得が実施されたりしているため

とみられる。 しかし、若干の例外事例は存在しており、これらの問題は、派遣者の派遣先国の文化や

風習への無理解、悪い態度などにより惹起されたものである。Siemens(M)で深刻な事態

が発生するのは、ムスリム(回教)を理解せず、それに対する敬意を払わないドイツ人が

派遣される場合であるという。その場合には本人の理解を促すが、それでも無理な場合は

本社事業グループに訴えて本人を帰任させることにならざるを得ず、実際これまで、この

ような理由で2人の派遣者を本国に帰したことがある。ABB(T)でも、アングロ・サクソ

ン系派遣者の態度の悪さで問題が発生し、これまで1人だけであるが、文化的にタイに不

適合ということで帰国させたことがある。 ②アングロ・サクソナイゼーション(Anglo-Saxonization)の影響:管理組織の変化と給

与の市場化 Siemens(S)では社長(Managing Director)が複数事業の利益責任を負っている。ま

た、ABB は1998年8月から従来のマトリックス組織から事業軸の組織へと転換してい

る。これは、ビジネス上、グローバルなアプローチがより重要になってきたことと、スピ

ーディな対応が必要になってきたためである。 ABB で従来のマトリックス組織から事業軸の組織へと転換したことは、他面で国際的な

管理組織のフラット化、単純化の一環であるといえる。管理階層の数を大きく減らし、文

字通り組織のフラット化を行った企業に、Unilever がある。Unilever では、1998年、

従来の17レベルに分かれる管理階層を8レベルにまで減らした。 給与制度の市場化の動きも見られる。Unilever(M)の給与は市場価値、業績、それに潜

在能力で決まるようになった。各レベルの給与の競争力の維持はベンチ・マーキング・ジ

ョブの給与を比べて市場価値を考慮に入れることにより可能になったという。 (注): (1)日系企業の ASEAN における事例調査については、さしあたり白木(1999年)

を参照されたい。 (2)日本在外企業協会は1998年度に「アジア人材活性化委員会」を設け、日本にお

ける代表的10社から海外事業や国際人事の責任者を招き、委員会を構成した。筆者はこ

の委員会に主査として参画し、1998年10月25日~11月7日にかけて、同協会の

浅野征道業務主幹とともに、それぞれ約2時間ずつのインタビューと関連資料収集を実施

した。帰国後、そのインタビューに基づき執筆・分析を行った。本章はこの時、筆者が執

筆したインタビュー調査の結果(日本在外企業協会、1999年参照)に基づき、本論文

の研究視点から再構成したものである。

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第3章、第4章で取り上げたのは、以下の10社である。すなわち、マレーシアでは①

Unilever、②Campbell Soup、③Siemens の3社、シンガポールでは④Siemens、⑤

Hewlett-Packard、⑥IBM の3社、タイでは⑦Nestle、⑧P&G、⑨ABB の3社、さらに香

港では、⑩Bestfoods Asia である。ヨーロッパ系が5社、アメリカ系が5社となる。 またヒアリング対象者は以下の通りである: ① Unilever Malaysia Holding Sdn.Bhd.- Chairman & Management Director,

Human Resource Director, ② Campbell Soup Southeast Asia Sdn. Bhd.(Malaysia)- Management Director, ③ Siemens components Advanced Technology Sdn. Bhd.(Malaysia)- Director of

Human Resources, ④ Siemens Advanced Engineering Pte. Ltd.(Singapore)- Management Director,

Manager of Human Resource Department (from Siemens Advanced Engineering Pte. Ltd.), Director of Human Resources (from Siemens Microelectronics Asia Pacific Pte. Ltd.),

⑤ Hewlett-Packard Singapore Pte. Ltd. – Director of Human Resources & Quality, ⑥ IBM Singapore Pte. Ltd. Storage System Division - Human Resources Director,

Human Resources manager, ⑦ Nestle Group(Thailand)- Executive Vice President, Finance & Control (Nestle

Products Thailand Inc.), Vice President of Human Resources, Assistant Vice President of HR planning & Development,

⑧ Procter & Gamble Manufacturing Thailand Ltd. - Human Resources Director, Training and Recruitment Manager,

⑨ ABB Thailand Group – Personnel Director, Human Resources (from Asea Brown Boveri Limited),

⑩ Bestfoods Asia Ltd. (Hong Kong) – President, Director of Human Resources (from Bestfoods Asia Ltd.), Vice Chairman (from CPC/AJI Asia Ltd.) .

(3)ユニリーバ社のロンドン本社のCorporate HR Groupで筆者が行った「コア人材」に

関するヒアリング結果については、社会経済生産性本部(2002年3月)71~77ペ

ージを参照されたい。また、1997年の売上高、従業員数のデータは以下のユニリーバ

本 社 の ホ ー ム ・ ペ ー ジ に よ る 。

(http://www.unilever.com/Images/1994%20-%202004%20Charts_tcm13-11995.pdf) (4)ユニリーバならびに P&G は、Bartlett & Ghoshal(1989)(邦訳、1990年)の分

類によると、いずれもローカル・マーケットへの適応が主要戦略として必要とされる中で、

ユニリーバはローカル・マーケットへの適応性(Responsiveness)を重視してそれにふさ

わしいマルティ・ナショナル戦略を選択し、P&G は本社で開発した知識や能力を子会社に

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移転(Transfer of knowledge and competencies)するインターナショナル戦略を選択した。

これに対し、花王は標準化した製品設計、中央集中的な製造、それに本社主導型の意志決

定による効率性(Efficiency)を追求して、グローバル戦略を選択したのである。花王ばか

りでなく、Bartlett & Ghoshal(1989)(邦訳、1990年)が取り上げた NEC も知識の移

転(Transfer of knowledge)が必要とされる通信機業界にありながら、本社で開発した知

識や能力を子会社に移転するインターナショナル戦略でなく、花王と同様の効率性を追求

するグローバル戦略を採っている。(cf. Op. cit., pp.20-25、同上書邦訳27-34ページ参

照) (5)Unilever(M)のビジョンとミッションは以下のようなものである。なお、注図3-

1の右上方にある丸、三角、四角を組み合わせた図形はいろいろな人材が共に働く姿

(Working together)をシンボリックに表している。 注図3-1 Unilever(M)のビジョンとミッション

(出所)同社資料による。

(6)ユニリーバ社の”Corporate Purpose”は以下のような文章である。

注図3-2 ユニリーバ社の”Corporate Purpose”

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(出所)Unilever, ”Unilever’s Corporate Purpose”.

(7)ベスト・プラクティスについてはさしあたり、白木「ベスト・プラクティスとは何

か?GE の事例を中心に考える」(『日外協マンスリー』1998年10月号所収)を参照さ

れたい。 (8)シーメンス・グループの本社での国際人的資源管理については、日本在外企業協会

の報告書『欧米多国籍企業の組織・人材戦略』(1998年3月刊)を参照されたい。本章

の本社の特徴に関する叙述は、同上報告書と Siemens, Annual Report 97。に基づいている。 (9)この点の説明は、白木(1995年)第2章の56~57ページならびに図2-1

(同書57ページ)を参照されたい。 (10)日本在外企業協会、同上書(1998年3月刊)115ページ参照。 (11)Nestle 社の本社でのヒアリング結果については、日本在外企業協会、同上書(1

998年3月刊)101-105ページを参照されたい。なお、経営理念については同社

のホーム・ページによる。 (12)ABB 社の本社でのヒアリング結果については、日本在外企業協会、同上書(19

98年3月刊)106-110ページを参照されたい。 (13)ABB のビジョン、ミッション、およびバリューは注図3-3に示される通りであ

る。

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注図3-3 ABB のビジョン、ミッション、およびバリュー

(出所)同社資料による。

(14)日本在外企業協会『ASEAN における日本企業の子会社経営と人的資源管理のあり

方』(1997年3月刊)19ページおよび36ページを参照されたい。 (15)”Global Glue”; Bartlett & Ghoshal, 1989, p.175; 邦訳、1990年、242ペー

ジ) (16)日本在外企業協会同上報告書、19ページ、ならびに、白木(1999年)第2

章、64ページを参照。

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第4章 アメリカ系多国籍企業のアジアにおける人的資源管理 1.本章の課題 本章ではアメリカ系多国籍企業5社を取り上げて検討する。具体的には、マレーシアの

Campbell Soup、シンガポールの Hewlett-Packard、IBM、タイの P&G、さらに香港の

Bestfoods Asia を順次、取り上げて検討する。業種はすべて製造業である。視点と課題は前

章と同様であるが、 後に、ヨーロッパ系多国籍企業とアメリカ系多国籍企業とを「多国

籍内部労働市場」という観点から比較する。 2.Campbell Soup (Malaysia) (1)企業の概要と歴史 ①親会社の概要 Campbell Soup Company はその社名に示されるとおり、スープを事業の主体とするアメ

リカの多国籍企業である。100年以上の歴史を誇る老舗である。経営理念では、消費者

に提供する同社の製品・サービスの質の高さを 初に謳い、続いて、同社の顧客である卸

売・小売業者、従業員、同社へのサプライヤー、地域社会、それに株主への責任などを謳

っている(注1)。 1997年度の売上高は約80億ドルとなっており、ここ4~5年、前年度比7~8%

の成長を続けている。主たる事業は、3種類の食品関連ビジネスから成る。第1が、スー

プおよびソース事業で、97年度の売上高が42億ドルに達している。第2の事業が、ビ

スケットおよび菓子類で同売上高は15億ドルである。第3が、フード・サービス事業で

同売上高は0.5億ドルにとどまる。残る約20億ドルはその他の各種事業から成ってい

る。97年9月には、上記3事業に経営資源をさらに集中的に投入するために、3事業に

含まれない7つの事業の切り離し(スピン・オフ)を行った。 97年度の全世界の従業員数は約37,000人で、これは前年度の約41,000人

より1割減となっている。

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②Campbell Soup(M)の歴史と概要 1995年以前の Campbell Soup 社のマレーシア市場との関わりは、駐在員事務所を構

えてデンマーク資本の現地販売代理店を通じて自社製品を販売していたにとどまる。同社

のマレーシアでのプレゼンスが高まるのは、1995年、地元で各種ソースを製造してい

たメーカーCC 社を買収したことに始まる。この買収により、Campbell Soup 社100%出

資の販売会社 Campbell Soup Southeast Asia 社(Campbell SS 社)と、製造機能を持つ合

弁会社 Campbell CC 社が誕生した。Campbell CC 社の出資構成は、Campbell Soup 社7

0%、地元 CC 社30%である。なお、CC 社は元々同族企業であった。 このように、Campbell Soup 社はマレーシアに販売・マーケティングの Campbell SS 社

と製造の Campbell CC 社の2社を保有することになるが、これは法的にみた場合の側面で

あり、実体的には両者は同じ社屋にあり、役員も全く同じとなっていることから単一の会

社と見なすことができる。このため、以下では両者を区別せず、まとめて Campbell Soup(M)と呼ぶことにする。 97年度の売上高は6,200万マレーシア・リンギ(1マレーシア・リンギ約30円

換算で約19億円)である。従業員数は約250人で、うち管理職は12人である。国外

からの派遣者は2人で、2人とも米国人である。後に詳しくみるように、派遣者2人のう

ちの1人は財務の役員であるが、いま1人は製造部門のマネジャーである。 (2)親会社・子会社関係 ①Campbell Soup(M)の多国籍企業組織への変革 既述のように Campbell Soup(M)は地元の CC 社を95年に買収することにより成立

したが、その直後は社長として本社からアメリカ人を派遣していた。ところが、この社長

が昇進して香港の地域本社に転出し、しばらくは地域本社役員とマレーシア子会社社長を

兼務していたが、それも体力的に不可能ということになり、香港の地域本社専任となって、

98年に社外から現社長をスカウトしたのである。ちなみに現社長は、これまで P&G、P

epsi、レブロンなどアメリカ系多国籍企業での勤務経験を有している。 これまでの同族会社を多国籍企業の一子会社にするにはかなりの変革が行われざるを得

ないことは明らかである。Campbell Soup(M)では次のような2つの内部変革が行われた。

第1は、Campbell Soup 社の世界標準を目に見える形で導入したことである。具体的には、

製造では親会社の水準を達成するために、”Good Manufacturing Practices”(GMP)を導

入し、人事制度では親会社のグレード制を導入した。第2は、Campbell Soup 社の Valueを持ち込んだことである。それ以前には、文書になったものがなく、上司・部下の関係は

親分・子分の関係であった。このような恣意的な慣行をなくし、従業員の意識(Mind-set)を変え、組織に透明性と一貫性を持たせるには、時間のかかるプロセスとなることは否め

ない。

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Campbell Soup(M)には4人の執行役員(Executive directors)がいる。社長(MD)

の下に、財務担当役員、製造担当役員、営業・マーケティング担当役員がいる。人事担当

はまだマネジャーである。この中で、財務担当役員はアメリカのグループ会社からの派遣

者で、直接に社長の指揮命令下に入ると共に、間接的にではあるが香港にある地域本社の

ファィナンス・コントローラーの指揮命令下にも入っている。製造担当役員は被買収企業

である現地のCC社の出身者である。なお、登記上の役員(Directors)はこれら4人の他

に、企業外部から会長が、また香港の地域本社からファィナンス・コントローラーが2人、

非常勤で加わっている。 ②グループ企業の世界的な統括組織

Campbell Soup 社の世界的な統括組織は図4-1のようであり、規模の差を除外すれば

ユニリーバ社のそれによく似ている。すなわち、アメリカにある世界本社のすぐ下には3

つの地域統括会社が置かれ、その下に各国の子会社が置かれているのである。

図4-1 Campbell Soup 社のグローバル統括組織

(出所)ヒアリングから筆者作成。

Campbell Soup(M)は、香港にあるアジア・パシフィック地域本社の傘下にある。香港

の地域本社の規模は、社長(President)、4人の Directors、それに2人の秘書の総勢7人

だけの組織である。 地域本社の役割は次の3点にある。第1は、各国に所在する子会社と世界本社との橋渡

し役である。第2は、各国の子会社のボスとして、各国の子会社を統括することである。

第3は、地域(Region)内の利害、経営資源の配分等を調整することである。 なお、親会社・地域本社・子会社の間でコミュニケーションが問題になることはほとん

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どない。親会社がアメリカにあり、当社がマレーシアに所在することにより、時差が12

時間あることが、コミュニケーションする場合、若干負担となる程度である。さらに、派

遣者とローカル・スタッフの間のコミュニケーションも英語が通じるため、問題がない。 ③権限委譲とグレード 権限委譲について論じるには、親会社から子会社への権限委譲よりは、香港の地域本社

と Campbell Soup(M)との権限委譲の関係を考える方がより適切である。というのも、

Campbell Soup(M)が直接、世界本社と関連を持つことはほとんどないからである。 売り上げ・利益の達成目標、製品製造での一定の品質の維持、それに現地政府の政策や

規則の遵守などについては、はっきりと基準が与えられるが、それ以外の点では現在のと

ころ、Campbell Soup グループ全体として明確なガイドラインがあるわけではない。子会

社の独自の意思決定が大幅に認められているといえる。ただし、投資については15万マ

レーシア・リンギまでは Campbell Soup(M)で決められるが、それを超える案件につい

ては、香港の地域本社、より具体的にはファィナンス・コントローラーの承認が必要とさ

れる。 また、毎年、人的資源計画(HR Planning : HRP)の会議が、香港で地域本社社長の同

席の下で開催されている。その場で、自分の部下の長所や短所、昇進可能性などの評価が

なされるのである。昇格の決定は、Campbell Soup グループ全体でグレード制がとられて

おり、以下のようなグレードごとに所管が異なる。 マネジャー層以上のグレードは、表4-1に示されるように、レベル20から始まりレ

ベル66まで47グレード存在する。レベル66に格付けされるのは、世界本社の会長で

ある。Campbell Soup(M)など子会社の専権事項となるのはレベル25以下のマネジャー

層に限られる。それ以上となると、地域本社以上の決定となるのである。レベル33以上

はストック・オプションを受けられる層である。 表4-1 Campbell Soup のグレード制

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(出所)ヒアリングから筆者作成。

(3)国際人的資源の育成と管理 ①国外からの派遣者 既述のように現在、2人の派遣者がいる。2人とも米国人で、1人は財務の役員で、い

ま1人は製造部門のマネジャーである。アメリカ人の派遣者受け入れはコスト的に高いの

で、必要 小限の戦略部門でのシニアな人材の受け入れに限られる。本来なら内部人材で

まかないところだが、現状ではそういうわけにもいかないのである。派遣に当たっては心

の準備を目的として事前に夫婦での現地視察も行われている。基本的にアメリカ人は国外

勤務を望んでいないとみられている。 グループ全体で派遣のあり方を考えると、先進国からそれ以外への異動しかありえない。

というのも、Campbell Soup グループの場合、技術やノウハウはアメリカを中心に集約さ

れているからであり、また、兄弟企業間を異動していくというのは P&G やユニリーバのよ

うにそれぞれに歴史が異なる子会社が世界中に存在しないと不可能だからである。 さて、財務の役員は年齢40歳で、Campbell Soup グループでの勤続年数は10年を超

えている。MBA と CPA(公認会計士)資格を有する財務の専門家である。元々の派遣期間

は2年間であるが、あと2年ほど継続的に勤務してもいいという本人の申し出もあり、そ

うなる予定である。製造部門のマネジャーは37~8歳で、技術系の修士課程修了者であ

る。Campbell Soup グループでの勤続年数は約5年と比較的短い。 派遣者受け入れのコストは100%、Campbell Soup(M)の負担である。処遇はアメリ

カでの給与プラス諸手当ということになる。 ②親会社の人的資源管理システムの移転

 階層  職位  組織レベル66 本社 Chairman 世界本社が決定

  ~ ストック・オプション対象層

レベル33

レベル32 世界本社・地域本社が決定

  ~

レベル30

レベル29 地域本社が独自に決定

  ~

レベル26レベル25 Managers 子会社が独自に決定

  ~レベル20

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現在、親会社からのシステムを精力的に移転中であり、人的資源管理システムの導入も

この例外ではない。できるだけ親会社システムを植え付けたいと考えている。しかし、人

的資源管理システムは生身の人間に適用されるものであり、その面に関する配慮は欠かせ

ない。具体的には以下のような事情について十分配慮する必要がある。 当社の生産現場の従業員は、買収した地元の CC 社の従業員がほとんどである。彼らの半

分以上の人は英語の読み書きができないのが実態である。このため、学歴が高く、英語力

で問題のないマネジャー層と同じような発想では対応できない。 他方、マネジャー層の処遇を決める場合にも、現地の事情というものを十分組み込む必

要がある。たとえば、社用車(Company car)を貸与するのはアメリカではきわめて高い

職位の役員等に限られるが、マレーシアでは中間管理層にも貸与するのが慣行になってい

る。この制度がないと、いい人材を集められない。この事情を香港の地域本社などに理解

させるために、マレーシアのユニリーバ、P&G、コルゲートなど他の多国籍企業の状況を

例にあげて説明する事になる。 ③人材の育成計画と評価 コア人材の育成計画は、地域本社で開催される既述の人的資源計画(HRP)の会議を通

じて具体化されていく。傑出した能力や業績を示すハイ・ポテンシャル人材については、

リストが作成され、毎年その後の成長について追跡が行われる。しかし、Campbell Soup(M)はまだ若い会社であり、このシステムは十分には公式化されていない。 ただし、人材の評価や育成は職種により異なり、難しい場合が多い。たとえば、製造技

術やファイナンスの能力は測定しやすく育成もしやすいが、会社を興したりもするマーケ

ティングや営業の評価やその能力育成などは難しい。 人材の評価方法は企業グループ全体で同じシステムを適用している。評価項目は大きく

分けて、業績(Performance)、能力(Potential)である。人的資源計画(HRP)ではマネ

ジャーの評価を行ったあと、個々人について今後どのようなスキルや能力の開発が必要で

あるかまで議論し、その結果を自社まで持ち帰り、HR マネジャーも含めて具体的な計画の

作成、実施を行っている。ただ当社の場合、HR部門はマネジャーとアシスタントの2人

体制で、その補強が今後の課題である。また、能力の評価は特にマレーシア、あるいは東

洋という風土では難しく、どうしても生ぬるい中庸的な考課となることが多い。 グレードのランクが30を超えるシニアなマネジャーは、世界本社で登録しモニターす

ると共に、毎年、見直しを行っている。Campbell Soup(M)でこのレベルに達しているの

は、執行役員クラスの3~4人のみである。全世界では、300~400人くらいではな

いかとみられている。 ④マネジャーの離職とそれへの対策 当社の歴史は新しく、確かにマネジャーの離職は大きな問題である。しかし、このとこ

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ろマレーシア経済が不調であるので、離職率も下がってきている。給与水準を、業界トッ

プではなく、市場平均より1割2割くらい高い水準に設定することを行っている以外に、

特別な離職対策はとっていない。 ⑤国外への派遣 当社の歴史はまだごく新しく、また Campbell Soup グループの場合、技術やノウハウは

アメリカを中心に集約されているという既述の理由から、当社から兄弟会社への経営管理

者としての派遣の実績は皆無である。 1週間、2週間くらいの短期の訓練のための派遣はあるが、半年、1年という長期の訓

練のための派遣もまだない。 (4)考察 Campbell Soup(M)は、95年の現地企業の買収により生まれた会社である。現在、こ

れまでの同族企業カラーから多国籍企業グループの一員への変革がまさに行われている

中である。Campbell Soup グループの価値観、標準的技術、ワールドワイドな人事制度が

積極的に導入されている。 組織では、地域本社に権限を大きく委譲する形が取られている。ただし、地域本社の人

員はごく少なく、10人に満たない。多国籍企業としては、技術、ノウハウをアメリカ本

社に大きく依存する度合いが強いといえる。 人的資源制度では、長大なグレード制がとられており、これに基づいて組織のどのレベ

ルで管理すべきかが決められている。若いハイ・ポテンシャル人材の登録とモニターは香

港の地域本社が行い、シニア・マネジャーは世界本社で登録しモニターするという分業体

制がとられている。 3.Hewlett-Packard (Singapore) (1)企業の概要と歴史 ①親会社の経営理念 Hewlett-Packard 社(注2)は1939年設立の世界的ハイテク機器メーカーである。

1997年度の売上高は429億ドル(前年度比12%増)、純利益31億ドル(前年度比

21%増)となっており、ここ数年きわめて好調に推移している。売上高の構成は、コン

ピュータ関連が356億ドルと82.2%を占めており、後は計測機器、医療電子機器、

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電子部品、化学分析機器などとなっている。 従業員数は、12万1,900人で、これは前年度の11万2,000人より約1万人

の増加である。この増加した従業員数約1万人のうち、約4,000人は企業買収による

ものである。 Hewlett-Packard 社の特徴は、技術集約的機器メーカーであることに加えて、その経営

理念が1957年の“The HP Way”として全面に出されていることにある。“The HP Way”は、組織の価値観、会社の目的、それに戦略と実践から成り立ち、基本的に組織の価値観

は未来永劫に変わらないもの、会社の目的も長期的に不変のものととらえられ、実際、組

織の価値観は1957年の制定以来変わっておらず、会社の目的も1997年に若干の修

正が加えられたにとどまる。戦略と実践は内外の変化に応じて、組織の価値観と会社の目

的という基礎の上に柔軟に構築されることになる(図4-2参照)。 図4-2 “The HP Way” の構成要素

(出所)同社資料“The HP Way”による。 “The HP Way”は全世界の言葉に翻訳され、その浸透が図られている。組織の価値観は以

下の項目から成っている(一部筆者による意訳)。 (a)我々は従業員一人一人を信頼し、尊敬する (b)我々は、顧客の期待に応えて高いレベルの達成と貢献に努力する (c)我々は、あくまでも誠実(Integrity)をモットーにビジネスを行う (d)我々は、ティーム・ワークを通じて共通の諸目的を達成する

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(e)我々は、創造性と柔軟性を奨励する さらに Hewlett-Packard 社では、” Hewlett-Packard Standard of Business Conduct”(1

993)という Q&A 形式の20ページ程度のパンフレットを作成している。これを全世界

の子会社に配布することにより、同社の倫理的・法的な基本原理を従業員に徹底して浸透

させている。同パンフレットの中でルー・プラット(Lew Platt)会長は、この基本原理に

抵触する場合には解雇もあり得るとはっきりと警告している。 上記のような、経営理念やビジネス行為の基本原理の徹底的な浸透こそが、以下で述べ

る各地域における Hewlett-Packard グループの組織的柔軟性、自律性をもたらしていると

解釈される。 ②Hewlett-Packard(S)の概要 Hewlett-Packard Singapore(以下では Hewlett-Packard(S)と省略)は、1970年、

アメリカの Hewlett-Packard 社の100%子会社として、62人のスタッフで設立された。

当初、Hewlett-Packard(S)は、低コストで労働集約的な電卓等の生産拠点として設立さ

れたが、現在では、電卓やキーボードなど Hewlett-Packard グループの世界標準となる製

品に加えて、パソコン、サーバー、ジェット・プリンターおよびその周辺機器、スキャナ

ー、IC、それにオプトエレクトロニック製品などの製造、R&D、マーケティング、販売、

サポート・サービス、それに流通などの各機能を有する東南アジアの一大拠点となってい

る。 Hewlett-Packard(S)は、1992年にはモバイル・プリンター、94年にはハンド・

ヘルド・インフォーメーション機器、96年には赤外線ワイヤレス部品、97年にはワイ

ド・フォーマット・プリンターなどの製品の設計、開発、製造、マーケティングの各機能

をワールドワイドに展開できる特権を与えられた。こうして、今日の Hewlett-Packard(S)は、コンピュータ、通信、それに測定システムなどの総合的 IT(Information Technology)企業となっているといえる。 また、Hewlett-Packard(S)では、1984年に設立された”Asian IC Design Center”を通じて、各種 IC や LED・ディスプレイの開発などを行ってきたが、それを基礎に 近

ではアジア向けの製品開発も手がけだしている。例えば、同社は、1991年、 初の日

本語プリンターを開発し、その後、韓国ならびに中国向けのプリンターも開発している。 ③売上高と従業員構成 1997年度の製造部門の売上高は約83億シンガポール・ドル(約6,200億円)

である。 役員は4名で構成されており、うち2名はシンガポーリアン、各1名はマレーシア人、

イギリス人となっている。社長(MD)は、シンガポールに永住権を有する華人系マレーシ

ア人であるが、Hewlett-Packard グループ内での呼称は、”Country General Manager”で

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ある。同社長の前職は、Hewlett-Packard Malaysia の社長(MD)である。 従業員数は、9,166人で、うち120人が海外からの派遣者となっている(派遣者

比率は1.3%)。海外からの派遣者は、世界中の兄弟会社から来ているが、Hewlett-Packard(S)と同様、いずれも Hewlett-Packard 社100%出資の子会社であり、したがって、

同一企業内の支店間異動のようなものである。なお、従業員9,166人のうちマネジャ

ーは625人、エンジニアは1,365人、それ以外が7,176人である。 (2)親会社・子会社関係 ①組織的特徴 Hewlett-Packard( S)は Hewlett-Packard 社100%出資の子会社であり、

Hewlett-Packard(S)は組織上、企業内の一部門と考えられている。実際、Hewlett-Packard(S)の社長は、社内では”Country General Manager”と呼ばれているのである。細かくみ

ると、Hewlett-Packard(S)は2つの組織から成っている。1つは、ASEAN 諸国を傘下

におさめる Southeast Asia(SEA)HQ で、いま1つは、シンガポール一国の担当会社で

ある。 この関係は図4-3に示される通りである。各ビジネスの事業部ならびに管理部門の各

部門は、それぞれの上位の組織の事業部に直結しており、これがパロ・アルト(Palo Alto)の世界本社にまで連続している。なお、ASEAN の各国のマーケットはまだごく小さいので、

SEA-HQ の管轄下に入っている。例えば、Hewlett-Packard(S)の全9,166人のうち、

シンガポールのマーケットのみのビジネスに特化している従業員数は約300人にとどま

る。 このように、東南アジアの地域統括会社はシンガポールに置かれるが、アジア・パシフ

ィック地域の統括会社は香港に置かれ、その傘下に日本、オーストラリア、韓国、SEA、

台湾、香港、中国、インドなどの子会社が包摂されている。 各国の社長(MD)の役割は、各部門間の利害関係を調整し、政府に出向くときには会社

を代表し、また複数の事業部とビジネス関係がある顧客とクレームなど何らかの対応が必

要になった場合に前面に立って対応するなど、が主たるものとなる。売り上げや利益に関

する責任は持たない。このため、”Country Manager”は、リーダーシップがあり、外部と

のコミュニケーション能力に優れ、さらに従業員から一目置かれるような人材でないとつ

とまらない。

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図4-3 Hewlett-Packard (S)の指示命令系統

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(出所)ヒアリングから筆者作成。

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②権限委譲のあり方 Hewlett-Packard(S)は組織上、企業内の一部門と考えられているのであるから、投資

についても、大きなものになればなるほど、決定権限が上位の組織に移っていくことにな

る。もちろん、これは一般論で、各事業部門の必要に応じて柔軟に決定がなされる。 他方、製品により、世界的な意思決定の場所が下位組織に委譲されている場合もある。

既述のように、Hewlett-Packard(S)では、現在、モバイル・プリンター、ハンド・ヘル

ド・インフォーメーション機器、赤外線ワイヤレス部品、ワイド・フォーマット・プリン

ターなどの製品の設計、開発、製造、マーケティングの各機能をワールドワイドに展開で

きる特権(Worldwide Charters)を与えられているが、この場合には、投資を始め各レベ

ルでの意思決定は、各部門の責任者によりなされることになる。このように、

Hewlett-Packard は、すでに Bartlett & Ghoshal (1989)(邦訳、1990年)の「トラン

スナショナル・マネジメント」の型に近づいていると見られるのである。

③グローバル・コミュケーション 組織間のコミュケーション問題は存在しないといってよい。全世界の組織間、上司・部

下間ではインフォーマルかつフレキシブルなコミュケーションが毎日のように、しかもコ

ンピュータ・ネットワークを通じて高速で行われている。要するに、全世界に散らばるグ

ループ企業が1つの会社のように動いているということである。 例えば、世界のどこかである問題が起こると、その問題を処理できる人材をグループ企

業内で探し出し、その人を当該問題の発生している場所に派遣し、問題を解決した後は直

ぐさま元の部署に戻すということは日常茶飯事のことである。このように、 Hewlett-Packard グループは、巨大多国籍企業としての大きな利点をフルに活用している

といえる。 (3)国際人的資源の育成と管理 ①人的資源の育成と管理に関する基本方針 Hewlett-Packard(S)の人的資源に関する基本方針は、既述の“The HP Way”に則りな

がら、”Learning Organization”を生み出したいということにある。個々人のキャリア形成

は個々人の責任の下に行われるが、HR 部門としては、個々人に対し教育訓練のメニューや

受講可能性に関する情報やアドバイスを十分に提供し訓練インフラを充実させるばかりで

なく、将来のキャリア形成に関するロード・マップを作成することなどにより、個々人が

学習する環境を作り出したいとしている。 マネジャーの訓練制度は、”Training Management System”で行われており、これは世界

一律である。ただし、どこかの部門や国で参考になるような訓練の「ベスト・プラクティ

ス」が行われている場合には、すぐに取り入れ、実践し、ワールドワイドに広げることに

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なる。 ②優秀人材の育成と確保 優秀と思われる若い人材(”Key People”)に対しては、特別な注意を払い、教育訓練のた

めの支出を惜しまない。ただし、留保条件がある。 第1に、”Key People”であるには、国を超えての異動可能性が高くなければならない。そ

うでないと、育成のための異動配置がベストな形でできないからである。 第2に、将来の昇進について約束するような言質を与えず、しかも評価は短期的として

いる。長期にわたりその人が”Key People”であり続ける保証はないからである。このた

め、”Key People”を登録するということもせず、いわばインフォーマルな形での捕捉にとど

まる。 他方で、シニア・マネジメントの登録制度(Inventory)は存在し、全世界で500~6

00人が世界本社で登録されている。世界的なスケールでポシションのランキングがなさ

れており、そのランキングの際のメルクマールは、金額でみたビジネスの規模および組織

に含まれる従業員の数である。シニア・マネジメントとして世界本社に登録されるには、

一つの目安として、ビジネスの規模は5,000万ドル以上、従業員規模は2,000人

以上くらいではないかとみられている。それらの人材には、ストック・オプションが与え

られる。 留意すべきは、同じランキングにあるシニア・マネジメントがともに同じ給与とは限ら

ないということである。給与は、国により異なる。それは、国により給与水準も労働市場

の状況も異なるからである。例えば、シンガポールではマーケティングの専門家の供給が

少なく、給与は高くなるが、逆に営業の専門家であれば、供給が豊富にあるので給与は低

くなる。給与については毎年、地域の給与調査を行い、マーケットの動向を捉えるよう努

力している。 優秀人材の確保について特別の方策を採っているわけではない。様々な点から当社の環

境は悪くないためである。シンガポールは他の近隣諸国と比べて全体としては離職率が高

く、当社でも年間10%位になる。しかし、この水準は同業他社と比べると、きわめて低

いと考えている。 ③人事評価制度 人事評価制度は、年功意識の強い日本を除き、世界中で同じものを適用している。基本

的には MBO(目標管理制度)による人事考課を行っているが、当社ではこれを”Performance Management System”と呼んでいる。同システムには次のような特徴がある。 第1に、管理・監督職となった人は全員、この評価方法について4日間の研修を受けな

くてはならない。この研修プログラムは、 ”Program of Coaching and Managing Performance ”と呼ばれる。

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第2に、 初に設定したターゲットと達成度との間にギャップがある場合には、その長

所・短所の原因を検討し、不足するスキルについては HR が準備する各種訓練を受けさせ

る。HR は必要とされる各種スキルの形成のためのロード・マップ作りを支援する。 第3に、評価結果は全員1番から 後までランキングしている。それを、ベスト、普通、

ワーストの3グループに分け、本人にもこのレベルまでのフィードバックは行っている。 なお、1997年以前の人的資源管理上の 大の課題は、Hewlett-Packard(S)の事業

の拡大が急速であったので、とりわけマネジメント人材をいかに速く育成するかにあった。

97年のアジア通貨危機以降現在に至るまで事業が下降気味となり、人的資源管理上の課

題は一転して、従業員を如何に動機づけるかという問題に移行している。 ④従業員の海外への派遣と受け入れ スタッフの昇進や、部門や国を超えての異動などは、人事のガイドラインの提示やアド

バイスなどを受けながらも 終的には各部門の責任者により決定される。ある国の、ある

部門の、あるポストが空席となっているというジョブ・オープニングの情報は、Intr

anetを通じて世界中に知らされ、それに もふさわしい人材を社内でリクルートする

というのが普通である。国とランクを超える異動は当然であるが、時には部門を超えた異

動も行われる。 なお、異動が国を超える場合、これは派遣(Expatriation)ということになるが、派遣に

伴う費用負担は、100%受け入れ組織が行う。 従業員の海外への派遣は、海外からの派遣と同じく、きわめてフレキシブルに、必要に

応じて行っている。 海外派遣に伴うローカル・スタッフとのコミュケーションの問題は、どこでも英語が通

用するので基本的には存在しない。ただし、派遣前訓練が必要に応じて実施されている。

そのプログラム等は固定的なものでなく、フレキシブルに策定される。また、事前の現地

視察(Preview trip)も必要に応じて実施されている。 (4)考察 当社の特徴は、強い世界本社の理念・モラル上のリーダーシップの下、各国の子会社が

社内の一部門として機能していることである。基本的には事業ごとのプロフィット・セン

ター制を導入しており、子会社の社長はそれら複数事業部門間の利害調整役を果たしてい

る。いずれにせよ、国際人材異動など様々な側面における当社のフレキシビリティの高さ

は、印象的である。 権限の委譲をみると、製品により、子会社の特定事業部門に下ろされている場合もある。

この場合には、当該事業部門が、設計から製造、販売まですべての責任を負うことになる。

こうなると、世界本社の役割は大きな投資や戦略的事業を統括し、また基礎的 R&D の方向

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とその実施ということに絞られてくる。もちろん、シニア・マネジメントの登録と管理は

世界本社の役割として残る。 4.IBM (Singapore) (1)企業の概要 ①親会社の概要 IBM は、97年度の売上高が785億ドル、純利益61億ドルのアメリカに本拠を置く

世界的巨大コンピュータ・メーカーである。売上高は95年度、96年度、97年度と7

19億ドル、759億ドル、785億ドルと堅調に伸びてきている。売上高の事業別内訳

は過去3年間、ハードウエアの販売が一貫して 大ではあるが、そのシェアはこの間、若

干低下し、サービスのシェアが高まってきている。 IBM グループの従業員数は過去3年間、着実に増大してきており、世界本社ならびに1

00%出資の子会社のみで構成される従業員数は、1997年末現在、約27万人である。 ②IBM(S)の概要 ここで取り上げる IBM(S)は、正確には IBM Singapore Pte Ltd, Storage Systems Division と呼称するシンガポールにおける IBM の製造工場の Storage Systems 部門であ

る。設立は1994年9月とまだ歴史が浅い。他方、シンガポールにおける販売部門は、IBM Singapore Pte Ltd の中に別組織として存在する。両部門の関連を簡単に図示すると、図4

-4のようになる。二重線で囲った Storage Systems Division が、以下で詳しく検討する

「IBM(S)」(以下では IBM(S)と呼ぶことにする)である。 図4-4 IBM (S)の指示命令系統

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(出所)ヒアリングから筆者作成。

IBM グループの世界組織は同図に明らかなように、地域(Area)と事業部門(Business)によるマトリックス組織により成り立っている。まず、地域はヨーロッパ、アジア・パシ

フィックなどの大きな地域に分かれ、その下にさらに区分された地域(仮に Sub-area と名

付けよう)に別れ、我々が考察する IBM Singapore Pte Ltd は、Sub-area のうちの

ASEAN-South Asia に包摂されている。この Sub-area の本部である ASEAN-South Asiaに直接リポートする関係にあるのは Sales and Distribution 部門(販売部門で従業員数は約

1,000人)である。 他方、上記の製造工場には、ハード・ディスク・ドライブを製造する Storage Systems部門と、新たに設けられた Networking Hardware 部門の2つの部門がある。IBM(S)が

直接に指示命令をうける関係にあるのはアメリカの San Jose にある SSD(Storage Systems Division)事業本部である。IBM(S)のように SSD 事業本部に直属する生産拠

点は世界で8カ所に分散している。 ③従業員構成と派遣者 製造工場の責任者、つまり工場長(Managing Director: MD)はシンガポール人で、同

社内部から昇進した人である。と同時に、同工場長は、シンガポールにおける Storage

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Systems 部門と Networking Hardware 部門の2つの部門の事業責任者(MD)で、San Joseの事業本部に直接リポートし、事業上の指示を受けているが、IBM Singapore Pte Ltd の

社長(Country Manager)に対しては、点線で結ばれる間接的な指示命令関係にとどまる。 また IBM(S)には、ダイレクター(ボードメンバーでない)は14人おり、うち1人の

み SSD 事業本部から派遣されている財務担当のアメリカ人(Director of Finance)で、残

る13人はシンガポール人となっている。 IBM(S)の全従業員数は約3,700人である。うち、いわゆる正社員は約1,500

人で、残る2,200人は外国人労働者とシンガポール人契約社員とから成っている。外

国人労働者はマレーシア人が約1,000人、中国人が約150人であり、契約社員は約

1,050人である。 正社員約1,500人の内訳をより詳しく見ると、マネジャー以上が65人、エンジニ

アが81人となっている。1998年10月現在、世界本社からの派遣者(すべてアメリ

カ人)は4人であり、すべてマネジャー以上のポジションを占めている。海外派遣者比率

は0.3%である。 (2)親会社・子会社関係 ①経営理念とその職場での展開 IBM の経営理念(Principles)には確固としたものがあり、それは全世界のすべての部門

長に配布される。各職場では、それぞれの部屋に経営理念が掲げられる。経営理念は掲げ

られるだけでなく、それぞれのレベルでその具体的展開が行われる(注3)。 経営理念はマクロ(巨視的)な視点であり、それぞれの職場や個々人は、これに即しな

がらもミクロ(微視的)な視点でより具体的な目標を掲げる必要がある。この考え方を具

体的に推進するための制度が WET といわれるものである。WET は、”Win, Execute, Team”の頭文字を並べたものである。Win は、具体的な目標を立て、それを勝ち取ることを意味

しており、また Execute は、その目標をどのように実行するかという方法を意味し、さら

に Team は、立てた目標を達成するためにはどのような人材が必要で、その人とどのよう

にすればうまく協働できるのかというティーム・ワークの考え方が重要であることを意味

している。 Win によって個人の各現場における目標設定を行い、それに基づいて評価が行われる。

これが当社で”Personal Business Commitment”(PBC)と呼ばれる、いわゆる、MBO(目

標管理制度)である。他社の MBO と異なるところは、その目標を達成するための手だて、

つまり不足する知識や技術などの教育訓練などがまず提供され、さらに必要な場合には同

僚の助力も得られるという点である。このようなWET制度が導入されたのは1996年

からのことである。

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②権限委譲のあり方 San Jose の SSD 事業本部と IBM(S)との間では、事業の方針、計画の策定から実施に

至る過程で次のようなやり取りが行われる。まず IBM(S)で年度の事業方針を策定し、そ

れの承認を SSD 事業本部から文書で受ける。さらにその方針に基づく事業の実行計画をシ

ンガポールで策定し、同様にそれの承認を SSD 事業本部から受ける。その後、計画が実行

に移されるが、計画終了後は SSD 事業本部による監査が行われる。 こうして、基本的には上記のような SSD 事業本部と IBM(S)との間の合意の下に事業

が遂行されるが、投資や人事に関する権限配分は次のように規定されている。投資のシン

ガポールでの裁量権に関しては、投資分野の種類ごとに投資額の上限が決められている。

その金額を超える案件については、SSD 事業本部との上記のようなキャッチボールが必要

とされる。 人事に関しては次のようにはっきりと規定されている。マネジャー以下の人事は、IBM(S)の MD が SSD 事業本部から独立的に決定できる。実際には、マネジャー以下の人事

は、MD、HR 担当者、それに部門長の3者が決定に参画することになる。現在14人いる

ダイレクターの人事は、SSD 事業本部が決定する。実際にはダイレクターを決める場合に、

SSD 事業本部からシンガポールに面接のための人材が派遣され、その後、決定される。 ③国外からの派遣者の状況 IBM(S)では、既述のように現在4名の国外派遣者を受け入れている。全員、San Joseの SSD 事業本部から派遣されてきたアメリカ人である。1人は、San Jose ではマネジャー

であった財務担当のダイレクターで、年齢は30歳代後半である。ビジネス・コントロー

ル、つまり各ビジネス・ラインの監査を担当するマネジャーとして40歳代の人が現在2

人いる。先頃までビジネス・コントロール・マネジャーは3人であったが、タイの兄弟会

社に異動した。さらに、製品開発などを担当する40歳代のプロダクト・エンジニア(ラ

ンクはマネジャー)が1人いる。これら、派遣者の必要費用はすべて IBM(S)が負担して

いる。 他に、製品開発などを担当するアドバイザーが短期出張の形で、時たまシンガポールを

出たり入ったりしている。なお、社歴の浅い当社から他社または世界本社への当社スタッ

フの国外派遣はまだない。 ④コミュニケーション問題 シンガポールは多国籍企業の投資を長く受け入れてきており、また英語に不自由しない

ので、外国からの派遣者との文化的あるいはコミュニケーション上の問題はほとんど発生

していない。 (3)国際人的資源の育成と管理

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①人的資源の育成方針 IBM(S)シンガポールの人的資源に関する基本方針は、個々の従業員が自らのリーダー

シップの下に業績を上げ、品質向上に積極的となり、さらに顧客へのサービスに熱心とな

るような”Learning Organization”を構築することにあるという。そのために積極的な教育

訓練が実施されている。実際、従業員の教育訓練に熱心であるということがシンガポール

政府にも認められており、例えば当社は1998年の”The National Training Award”を受

賞している。 社内で実施される教育訓練コースの中身のほとんどは IBM(S)で開発されたものである。

現在、1日から5日間までの期間にわたって実施される社内の教育訓練コースは50種類

準備されている。従業員は平均で年間、4コースを受講しており、その合計時間は年間、

1人あたり50~60時間に上っている。もちろん、これら以外に必要がある場合には、

社外の教育訓練にも参加させている。 教育訓練コースは、必ず受講しなくてはならないコア・プログラムとそうでないノン・

コア・プログラムとに分かれている。 ②マネジャーの教育訓練 技術的な訓練内容は San Jose の SSD 事業本部で開発されるが、マネジャー用の教育訓

練メニューの基本的な内容は、ニューヨークにある”IBM Learning Center”で開発される。

その実施は、他の国の場合と同様、現地、つまりシンガポールで行われることになる。ト

レーナーは IBM 本社から派遣されてくる。年間3回実施されており、ベテラン・マネジャ

ー、新人マネジャー、マネジャー候補者などのレベル別に1クラス28人ほどで約1週間

実施されている。98年のコースのタイトルは”Managing in the New Blue”である。ちな

みに、Blue は、IBM カラーである。 ③優秀人材の育成と確保 優秀人材(”Potential Employees”)の識別は、これまでのパフォーマンス、態度、貢献、

教育レベルなどにより行っている。”Potential Employees”は具体的には、オペレーターを

除く、各レベルの従業員のなかの約10%位を目処に選抜している。現在、IBM(S)では

約100人がこの”Potential Employees”として登録されている。年齢は下限が27~28

歳からであるが、ダイレクターも含まれているため、年齢の上限は中高年齢層にまで広が

っている。そうして識別された人材に対し、IBM(S)は、その人の持つ現在のスキルの種

類とレベルをチェックし、今後のキャリア開発を効率的にするための各種支援を行う。 他方で、シニア・マネジャーのうちのトップ5%に対する San Jose の SSD 事業本部本

社でのモニタリング(Career tracking)が行われており、現在、全世界で数百人がその中

に入っているようである。歴史の浅い IBM シンガポールからは1人か2人という人数しか

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その中には含まれていないのが現状である。 また次のような動機付けを行い、優秀人材の社内での確保と定着を図っている。ストッ

ク・オプションを付与する、社内で顕彰する(”Blue Ribbon Award”)、各種インセンティ

ブを付与する、さらに積極的に教育訓練コースに参加させるなどである。 当社の移動率はきわめて低い水準にある。オペレーターの離職率は2~3年前には3~

4%に達していたが、98年は2%くらいとなっており、またマネジャー層の離職率はほ

ぼゼロ・パーセントとなっている。しかし、シンガポールでは他社でも共通に行っている

が、余人を持って代え難く、しかも当社にとってきわめて重要なスキルを持つ人材につい

ては、一度退職した後も1年以内であれば再度雇用している。 ④評価制度 IBM グループ全体で世界的に共通に行っているのが既述の ”Personal Business Commitment”(PBC)と呼ばれる一種の MBO である。これは、WET の精神に沿いなが

ら年度始めに上司と本人とで個人の目標を設定した後は、年度末に360度アセスメント

を行うというものである。360度アセスメントにおける評価者には上司のみでなく、被

評価者本人、職場内の同僚、関連部門の同僚、それにクライアントなども含まれることに

なる。 (4)考察 IBM(S)では、世界本社の”Learning Organization”を目指そうという基本方針に沿っ

て積極的な教育訓練活動が展開されていた。 IBM(S)が製造部門であるためか、直属の世界本社事業部門である San Jose の SSD 事

業本部の統制がかなり強くきいている。特に派遣者の受け入れや技術的教育訓練などの側

面でそのような傾向が強いようである。他方、経営理念、マネジメント訓練、評価制度な

どは世界本社によるリーダーシップが強く発揮されている。 IBM(S)の歴史がまだ浅いために、SSD 事業本部以外との国際的人事交流は現在のとこ

ろ、ほとんどない。社内に人材や技術が蓄積されるに従い、今後そのような可能性はより

広がるのではないかとみられる。 5.P&G (Thailand) (1)企業の概要と歴史

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①親会社の歴史と概要 P&G の歴史は、石鹸製造業者である James Gamble と蝋燭製造業者である William Procter が、オハイオ州の Cincinnati で共同事業を始めた1837年にさかのぼり、すで

に160年を超える歴史を持つ。国際化の嚆矢は1915年のカナダでの製造開始である

が、中国や東南アジアでの操業は1980年代になってから本格化した。1998年の P&Gは60カ国にオペレーションを持ち、従業員数も約11万人になっている。 1998年現在、P&G は約300種類のブランドを持つ Laundry & Cleaning Products、Paper Products、Beauty Care Products、Health Care Products、それに Food & Beverage Products などに区分される消費財製品を全世界で製造・販売している。1998年6月期

の売上高は372億ドル(前年度比4%増)、純利益は38億ドル(同11%増)に達して

いる。売上高の地域別構成は、北米が185億ドルとほぼ半分のシェアを占め、ヨーロッ

パ・中東・アフリカも118億ドルと31.7%を占めている。これらに比べるとアジア

やラテン・アメリカのシェアはまだ小さい。 ‘Annual Report 1998 ’によると、P&G の取締役数は17名である。うち現職の執行役員

(Corporate Officer)を兼務する取締役は4名となっている。執行役員は全体では33名

構成で、CEO と COO を除くメンバーはすべて地域あるいは機能の責任者、または地域別

のプロダクトの責任者となっている。こうして、P&G の世界的指示命令系統は機能を別と

して、まずは地域を軸に分けられ、さらに地域の中をプロダクトで分ける形となっている

といえる。世界本社と北アメリカの地域本社(HQ)はオハイオの Cincinnati に置かれ、

他の地域本社はヨーロッパ(ベルギー)、アジア(日本)、それにラテン・アメリカ(ベネ

ズエラ)に設置されている。 ②価値と経営理念 P&G は、経営理念として、PVP と呼ばれる経営目的(Purpose)、 重要価値(Core Values)、それに経営方針(Principles)を定め、これに基づく経営を全世界で展開している。経営目

的は10年ほど前に成文化されたが、3つのPVPの中で も重要であると見られており、

また PVP がこのように整ったのは4~5年前のことであるという。(注4) 経営目的では、 高の品質を持つ製品でもって世界の消費者の生活改善に寄与すること

を謳っており、それぞれの現場で新規のビジネス等を企画する場合にはそのことがこの経

営目的に合致するかどうかを照らすことになる。価値の中で取り上げられている項目には

自明のものが多いが、”Ownership”だけは若干のコメントが必要であろう。ここでい

う”Ownership”とは、各従業員がそれぞれ経営者(”Owners”)のように考え、行動するこ

とを意味しており、会社の資産を自分のものであるかのように取り扱い、会社の長期的成

功を考えながら行動することを意味しているのである。 ③P&G(T)の歴史と概要

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P&G のタイにおけるオペレーションの正式名称は、Procter & Gamble Manufacturing Thailand Co., Ltd.であるが、以下では P&G(T)と呼ぶことにする。P&G(T)は、Procter & Gamble Co. USA の100%出資の子会社である。 P&G(T)の操業開始は登記上、1988年11月ということになるが、より正確にはそ

れよりやや早いことになる。というのも、1985年に P&G がワールドワイドで

Richardson-Vicks を買収し、それにしたがって Richardson-Vicks のタイにおけるオペレー

ションもまた P&G の傘下に入ったのが1987年のことであるからである。いずれにせよ、

P&G(T)の歴史は10年あまりとまだ短い。1998年度の P&G(T)の売上高は約5

7億バーツである。操業開始直後の1988年度の売上高が2億億バーツであったことを

考えると、急成長したといえる。 P&G(T)の取締役の人数は6名であるが、うち4名までが外国からの派遣者で占められ

ている。2名のタイ人取締役の執行上の責任はそれぞれ HR と IT である。派遣者の国籍は

アメリカ人2名、インド人、フィリピン人各1名となっている。社長(MD)はインド人で

ある。 P&G(T)の従業員数は1998年10月現在、880人である。うち260人がマネジ

ャーであるが、さらにこのうちの30人(全従業員の3.4%)が外国からの派遣者であ

る。外国からの派遣者は、アジア・オセアニアの兄弟会社からの派遣者20人と世界本社

などアジア・オセアニア以外からの派遣者10人とに分かれる。 (2)親会社・子会社関係 ①経営理念とその浸透方法 前述の経営理念は、英語版だけでなく各国語に訳されて従業員に配布されると同時に、

各職場でポスターなどとして壁に貼られ、組織の隅々まで従業員の目に触れるようになっ

ている。新入社員研修では経営理念はトレーニング・パッケージに必ず組み込まれ、その

浸透が図られている。 経営理念のタイへの浸透では、タイ人の価値観である「グレンチャイ」(妥協)が必要で

ある。すなわち、若干のタイ風の解釈が行われる必要がある場合もあることは否めない。

しかし、あまりにも現地に「妥協」し過ぎては困るので、ごく若干の拡大解釈にとどめて

いるという。 他方、具体的なビジネス上の目標が下部の組織に降ろされ、各国の中で具体的に展開す

る必要がある。例えば1995年に打ち出された10年後の目標では2005年の売上高

を1995年の2倍にするというものがあり、タイでは全体で年間10%近い売り上げ増

を図る必要がある。アジア危機の中で、このような厳しいグループの目標を達成するため

には、”Speed, Stretch, Innovetion”ということがさらに追求される必要がある。

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②権限委譲 投資決定に関しては、戦略的に地域内でのプロダクトごとの供給のあり方が決められて

おり、各国が独自に投資計画を立てるわけには行かない。次のような考慮が必要である。

例えば、タイでは Health Care Products、日本や中国では紙おむつなどのPaper Products、また日本では R&D などというように、地域内での分業が地域本社主導で決められており、

これに沿う投資しかあり得ないのである。 人事の意思決定は以下のような権限委譲がなされている。P&G(t)の職位は上位から

Genarel Manager(社長)、Director、Group Manager となっているが、Genarel Managerと Director の人選は地域本社(Regional Office)の責任者(President Asia)の専権事項

であるが、第3階層である Group Manager 以下の人事はすべてローカルに任されている。

国外からの派遣者が第3階層以下の Manager となる場合も同様に、出身企業(ホーム・カ

ントリー)を考慮することなく P&G(T)が独自に人事を行うことが認められている。 ③派遣者の受け入れ 国外からの派遣者には2つの役割が期待されている。第1は、与えられたアサインメン

トで期待されただけの結果を出し、業績を上げることである。第2は、組織開発といって

も良いが、要するに3年から5年の任期中にローカルの自分の後継者を育成することであ

る。任期中にできれば2人くらいの後継者育成が期待されているが、その場合、後継者と

目される人物にはそのことは秘密裏に遂行される。また、アシスタントは置かない。これ

は、既述の P&G の価値の中にあった”Ownership”、つまり仕事は自分で責任を持ってやり

遂げるということに抵触するからである。 派遣者の受け入れに伴うコストは100%、受け入れ企業が負担する。トレーニーとし

ての6ヶ月くらいの短期での派遣については、派遣元企業の負担となる。 国外からの派遣者がタイで文化的なトラブルに遭遇しないように、あるいはトラブルに

遭遇してもダメージを 小限にするために、赴任後、タイ国内での異文化トレーニングな

らびに語学訓練を無料で受けられるような制度が準備されている。これは家族にも同様に

適用されており、語学の習得の場合には家庭教師に自宅まで来てもらうこともできる。 ④コミュニケーション問題 英語が公用語で、しかも国際的な通信ネットワークがグループ企業内でほぼ完璧に構築

されているので、意思疎通に問題はない。 ⑤地域本社の役割 地域本社の役割は、傘下の国別子会社を様々な側面からサポートすることであって、管

理することではない。多様な各国をまとめて管理することは元々できない。アジアの地域

本社(神戸に所在)には、President Asia(アメリカ人)がおり、また財務、HR、IT、Product

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Supply などの機能別責任者(Functional Head)がいて、各種のサポートを行っている。

機能別責任者を中心に、例えば HR では、年2回、各国回り持ちで”Regional HR Meeting”を開催し、情報交換と人脈作りを行っている。ちなみに、日本に常駐する HR の Regional Head はインド人で、P&G インドを皮切りに、香港、中国での駐在を経て、Regional Headに昇進した人物である。 President Asia は各国を必要に応じて巡回しており、P&G(T)を訪問するのは、平均で

年間2回くらいである。なお、アジアの地域本社では、President Asia の直近下位の職位と

して Vice President(VP)が3ポスト置かれており、香港、台湾を含む中国担当 VP(アメ

リカ人)、日本、韓国などの北東アジア担当 VP(アメリカ人)、インド・ASEAN 担当 VP(オーストラリア人)がいる。インド・ASEAN 担当 VP はシンガポールに常駐している。 (3)国際人的資源の育成と管理 ①人的資源の評価・育成システム P&G(T)では、世界本社で開発された世界共通のHRの評価・育成システムを適用して

おり、これは”Employee Development & Planning System”(EDPS)と呼ばれている。一

種の MBO であるが、次の点でそれを超えるものとされる。 EDPS では、まず期首において各人にワーク・プランを策定させる。その中で優先度の

高い目標を設定させる。目標設定は具体的でなければならない。例えば、HR であれば、1

年間に離職率をa%からb%まで下げるというような、結果が測定可能な具体的な目標で

ある必要がある。期末に目標の達成度を測定、評価する。その結果を給与水準に反映させ

ると同時に、今後の異動計画などに反映させ、各人の CDP に役立てるのである。 このように、P&G(T)では世界共通のHRシステムを活用しているが、それは P&G の

ような国際企業ではスタッフがグループ企業内を常時異動しているため、共通のシステム

が不可欠なためである。この点はトレーニングについても同様に当てはまり、とりわけコ

ーポレート・トレーニングでは各国で全く同じパッケージの訓練がなされている。ちなみ

に、世界本社のある Cincinnati には”Learning Center”があるが、これは主として北米の

P&G スタッフ用であり、トレーニング場所は必ずしも世界本社でというわけではない。ま

た機能(職能)のトレーニングでは現職のマネジャーがトレーニング・リソースとして有

効に活用されている。 ②優秀人材の育成と確保 重要なポシションに就く人材は、グループ企業内の人材、いわゆる”P&G People”から選

抜するのが原則である。この場合、”P&G People”は、タイ人とは限らない。アジアの地域

本社では、各国の Second Layer 以上、つまり Director 以上の人材のデータ・ベースを持

っており、この中から 適任者をその都度選抜することになる。

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優秀人材を育成する特別のプログラムとして P&G では、”Top Development Program”(TDP)を持っている。将来、国内の機能の責任者(Director)あるいは地域内の機能の責

任者あたりまで昇進できそうな人材をハイ・ポテンシャルとして識別し、登録している。

ハイ・ポテンシャルの識別は、入社後2~3年後、遅くても30歳までくらいに行い、

Director クラスに昇進するまで CDP を準備し、モニタリングする。速ければ30代半ばで

Director クラスに昇進する者もいる。P&G(T)では10人ほどがこのハイ・ポテンシャル

として登録されている。 この CDP の中の重要な項目として、外国へのアサインメントがある。例えば、P&G(T)からカナダの兄弟会社に派遣されている30代半ばの人材は将来の Plant Manager 候補者

であり、カナダでのアサインメントが終わった後はもう1カ所くらいで別のプロダクトの

経験をさせて、その後、予定通りの能力水準に到達している場合には国内で Plant Managerに就けようと考えている。Plant Manager となるには、複数のプロダクトを経験する必要

があると見られているからである。ただし、TDP に組み入れられているかどうかは、本人

には知らせていない。 このように、世界本社や地域本社で登録され、モニターされる人材は、各国の Second Layer 以上のシニア・マネジメントと、若いハイ・ポテンシャルとである。ただし、このよ

うにして登録されたリストは、期待された結果がでない場合にはシャッフルされることに

なるので、固定的なものではない。 市場の中でベストの人材を採用し、処遇も毎年の処遇に関するサーベイを踏まえて、

善のものを準備するようにしている。労働組合の結成がないのもこの理由によるところが

大きいと見られている。また、離職があった場合には、離職理由を調べている。給与のよ

り高いオファーがあったという場合は対応のしようがないが、それ以外の場合には対応策

を検討することになる。これまでの事例では、ベストの人材を取り扱う場合に特に問題と

なるのが、その人たちの上司となる経験の浅い若いマネジャーである。このため、部下の

管理や育成のあり方、あるいは人間関係について、これらの若いマネジャーの知識を深め

るための訓練が実施されている。 ③国外への派遣 現在、P&G(T)から国外への派遣されている人は、トレーニーを除くと5人ほどである。

アメリカ、カナダ、シンガポール、インドネシア、日本に各1名ずつ派遣している。この

うちアメリカへの派遣はマーケット・リサーチの業務での派遣である。既述のカナダへ派

遣されている技術者と同様、これらの人たちは将来、P&G(T)で各機能の責任者となるこ

とが期待されている人たちである。 国外派遣では、派遣者は与えられたアサインメントを遂行するだけでは十分ではない。

P&G は国際企業であるため、外国のビジネス環境に置かれる経験が多様性に耐えられる人

材を育て、同時に各地に人的ネットワークが出来て将来の職務の遂行にメリットが大きい

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と考えられているので、それらの面でも能力を発揮する必要がある。 ところで、国外派遣の際の処遇は P&G グループ内で以下のようにシステム化されている。

すなわち国外派遣により受ける給与は以下の項目を足し上げたものとなる。 (a)国内での給与(”Home Country Salary”) (b)国外勤務手当(国内給与総額の10%) (c)同一グレード、同一経験で比べた場合の給与差額の調整(これはタイから日本へ行

った場合など生活費のより高い地域への移動の場合に支払われるが、その逆はない) (d)諸手当(住宅、教育、電気・ガス・電話などのユーティリティ代など) また、”Look-See Travel”という派遣前の任地の事前視察も制度化されている。事前視察

後に派遣を拒否することも権利として保障されている。ただし、これまで検討してきたよ

うに、P&G では国外派遣は人材形成のきわめて大きな部分を占めており、派遣を拒否する

ことはそのようなチャンスを失うというリスクを負うことになる。 (4)考察 Bartlett and Ghoshal(1989)によると、P&G の世界組織は、International Companyに分類され、調整型連合体的な特徴を持つという(注5)。すなわち、Global Company ほ

ど中央集権的でなく、他方で、フィリップスやユニリーバほど国ごとに独立的子会社を持

つ権力分散型の Multi-National Company でないというわけである。 以上の P&G(T)の観察によると、P&G は中央集権的な部分と権力分散的な部分とを明

らかに併せ持っている。各国の Second Layer 以上のシニア・マネジメントと若いハイ・ポ

テンシャル人材の登録とモニタリング、さらに人材の育成パッケージや評価処遇制度など

はかなりグローバルな視野の下に本社主導で設計され、運用されているといえる。またプ

ロダクトに関する投資などは地域ごとに地域本社による戦略上の分業が確立している。こ

れら以外の面では国別の多様性が認められているといえる。 またグローバル企業であるが故でもあるが、国外派遣にはアサインメントをこなす以上

の特別の意味、つまり長期にわたる人材育成の一環という意味が込められている。いわば

グループ企業全体で国際人材を育成しているということができる。このため、人材登用も

グループ内優先になっていると考えることができる。 6.Bestfoods Asia(香港)

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(1)企業の概要と歴史 ①親会社の歴史 アメリカの New Jersey に本社を置く Bestfoods 社は、1838年創業のドイツの Knorr A.G.、1842年創業のイギリスの Brown & Polson 社、1912年創業のアメリカの

Richard Hellman, Inc.(旧 The Bestfoods, Inc.の前身)にその源流を持つとされる。しか

し、現在のような Bestfoods 社の創立は、複数の大規模コーン精製会社の合併により、Corn Products Refining Co.が発足した1906年とされている。このため、Bestfoods 社の歴史

は1998年の調査時点において90年あまりということになる。 戦後の1958年、Corn Products Refining Co.と旧 The Bestfoods, Inc. とが合併し、

Corn Products Co.となる。翌年の59年には、Knorr A.G.の株が、Corn Products Co.のド

イツ子会社に取得され、Knorr A.G.は Corn Products Co.に併合される。 このようにして、Corn Products Co.が存続会社となるが、1969年には社名が CPC International Inc.に変わった。その後、同社はベーカリー、パスタ、ジャム、ポテト製品

など各種の食品事業(Consumer foods businesses)を買収し、業容を拡大すると共に、他

方でその間、リストラクチャリングの一環として、87年以降、ヨーロッパに所在する Corn Refining のオペレーションを売却していくのである。1997年には、CPC International Inc.は Corn Refining のオペレーションを完全に切り離すことを発表し、それを実行すると

共に、1998年1月には社名を現在の Bestfoods 社とし、現在に至っている。(以上の叙

述は同社 ”Corporate Profile” 1998. による。) ②親会社の概要 ”1997 Annual Report”によると、Bestfoods 社の1997年の売上高は84億ドル(前年

度比マイナス0.9%)であり、また、リストラクチャリングに要した費用を除く営業収

益は11億ドル(前年度比プラス7.9%)であった。地域部門別の売上高は、ヨーロッ

パが 大で35億ドル、北米が34億ドル(ほぼ北米だけのビジネスであるベーカリーを

含む)などとなっており、アジアが 小で3.8億ドルとなっている。 また、製品グループ別の売上高構成をみるとスープ、ドレッシング、それにベーカリー

が三大品目となっており、これらには若干のフード・サービスも含まれている。 Board of Directors の構成メンバーは14名であるが、うち3名のみが社内重役である。

この3名の役職は、(a)Chairman, President, and CEO、(b)Executive Vice President、それに(c)Executive Vice President, President of Bestfoods Europe となっている。執

行役員(Corporate Officers)は6名から構成されており、上記3名の他に、(d)Human Resources、(e)Finance and Administration、それに(f)President of Bestfoods North America のポシションを占める Senior Vice Presidents がいる。ちなみに、後述の Bestfoods Asia の社長(President)は、(b)の Executive Vice President と指示命令・報告関係に

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ある。 同グループには全世界の60カ国でオペレーションがあり、従業員数は約4万5千人に

上っている。地域別では北米が 多で1万6千人、ヨーロッパが1万3千人などとなって

おり、アジアでは約4千人を雇用している。 ③親会社の経営理念 経営理念は、’Vision,Policies’という冊子にまとめられている。それは25の言語に翻訳

され、全世界の子会社に配布されている。 “The Bestfoods Vison”、つまり「世界で 善の国際的食品企業たること」というあるべ

き姿は、図4―5のような構造により達成される。コア・ビジネス、コア・バリュー、コ

ア・ストレングス(強み)とう3要素の同時的追求によりビジョンは達成され、また、そ

のビジョンの達成度は Balanced Scorecard により、測定されるのである。各要素ならびに

Balanced Scorecard をやや詳しく説明すると以下のようである。 図4―5 Bestfoods Asia 社のビジョンとその構造

(出所)同社’Vision,Policies’ (June,1998)による。

コア・ビジネスは、世界的コア・ビジネスと地域的コア・ビジネスとから成っており、

地域的コア・ビジネスは将来の M&A や自らの成長により世界的コア・ビジネスになること

もある。現在の世界的コア・ビジネスにはスープを始めとする風味製品(Savory products)、

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ドレッシング、それにケータリングから成り、地域的コア・ビジネスはベーカリー、基礎

的栄養食品、クリーミー・スプレッド、それにデザートから成っている。 コア・バリューは、成長(Growing)、配慮(Caring)、共有(Sharing)、それに進取(Daring)から成る。コア・バリューは後述の”Policies”の基礎的価値を成している。 コア・ストレングスは、同社のユニークな企業文化や技術や人材の活用能力のことであ

る。 これらコア・ビジネスの成長、コア・バリューの尊重と実践、それにコア・ストレング

スの発揮により、同社のビジョンが達成されることになる。 ビジョンの達成度を測定する Balanced Scorecard は、顧客満足(Customer Satisfaction)、人材開発、ビジネス実践、革新・学習という4つの分野から構成され、それぞれが十全に

達成されて初めて財務的パフォーマンスも向上し、株主の満足度向上に貢献することにな

るというものである。各分野の戦略的指標(Drivers)として具体的に次のようなものが提

示されており、それぞれの指標の具体的な展開は各地域、各事業、各機能により様々なバ

リエーションがあるとされる。顧客満足の分野では、Knorr スープ、ドレッシング、それ

にケータリングのさらなる国際展開と、コア・ビジネスの戦略的買収の実践とが含まれ、

人材開発の分野ではグループ内の世界人材(”World Team”:後で詳述する)のパフォーマ

ンスの 大化が含まれ、ビジネス実践の分野では、コスト削減の継続的な推進が含まれ、

さらに革新・学習の分野では、新しいマーケット・チャンスの獲得と、スピード、行動力、

リスク・テーキング、それに投機行動(Leveraging)などの奨励が含まれている。 ”Policies”は、上述のコア・バリューを実践するためのガイドラインを示すものである。

ここでは、顧客との関係、従業員との関係、健康・安全・環境、地域社会との関係、法律

遵守、企業情報のディスクロージャー、インサイダー取引の問題、それに企業倫理などの

各領域における高いモラルと倫理性が企業ならびに全従業員に要請されている。とりわけ、

企業倫理においては、 大の紙幅を割いてより具体的に論じられている。 ④Bestfoods Asia の概要 日本で Bestfoods 社と味の素社との合弁会社が設立されたのは1964年のことである

が、1998年現在、両社の関係はライセンシング協定のみとなっている。このため以下

のアジアでの展開に日本は含まれないことになる。 1967年、ヨーロッパのブリュッセル、アジアの香港、ならびにラテン・アメリカの

ブエノスアイレスの3カ所に地域本社が設立された。香港の地域本社が本事例の Bestfoods Asia に他ならない。その後、1987年には Bestfoods 社は味の素社をパートナーとして

アジア6カ国で合弁会社を設立している。 このようにして現在、Bestfoods Asia は、アジア12カ国に所在する15社の子会社・関

連会社を統轄している。15社のうち、6社は味の素社との折半出資による合弁会社(社

名は CPC-Aji)である。このため、Bestfoods Asia には、事実上、Bestfoods 社のアジア地

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域本社という役割と CPC-Aji の各社の統轄という役割のダブル・ファンクションが課され

ている。実際、構成員45人のうち、30人が前者の役割に、15人が後者の役割に張り

付けられている。 以下では、Bestfoods Asia のアジア地域本社という役割を中心に論じることにする。 (2)本社・子会社関係 ①経営理念等の検討や伝達 Bestfoods Asia の子会社を含む組織図は図4-6の通りである。同地域本社では毎月1回、

9人から成る執行委員会(Executive committee)を開催し、前述の Balanced Scorecardに照らしながらグループ企業に関わる諸問題を議論し、処理している。執行委員会のメン

バーは、社長の他に、中国地域、CPC-Aji グループ、それに南西アジア地域から成るサブ・

リージョンを統轄する Vice Presidents3人、それに HR、財務・管理、技術、R&D、それ

にコントローラの各機能の責任者5人の合計9人で構成されている。サブ・リージョンが

日常の業務責任を有している。この9人のうち7人はアメリカからの3人、ヨーロッパか

らの3人など各国からの派遣者で構成されている。国別子会社の社長(Country Managers)はそれを含むサブ・リージョンの責任者の指揮命令下にあることはいうまでもない。 図4-6 Bestfoods Asia の組織図

(出所)ヒアリングにより筆者作成。

経営理念やポリシーの伝達は、地域本社における執行委員会以外にも、New Jersey の本

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社に Country Manager や後述の一部のハイ・ポテンシャル人材を召集して毎年開かれる会

議の席上でも行われる。この世界会議には各国から約50人が参加して、約2週間にわた

って年度方針等について突っ込んだ議論がなされる。 さらに、ビジョンやポリシーなど基本的な方針に関する議論は、全世界から Country Manager 全員を召集して3年に1度開かれる世界会議で見直しが行われることになってい

る。 ②権限委譲 基本的に地域ごとの自律性が認められている。営業利益の目標設定、ポリシーの解釈、

地域内の戦略、それに具体的な利益に関する数値は、地域本社における執行委員会の決定

に委ねられている。 M&A や新規投資など資本支出計画については、ある一定の金額を超える場合は本社の承

認が必要であるが、それ以外の案件は地域内で処理できる。 子会社の役員人事については、国ごとの法的状況を踏まえた上で、地域本社の社長が決

定し、その結果を New Jersey 本社に報告しているというのが実態である。また、Country Manager の異動は New Jersey 本社の事前承認を得て行われる。しかし、例えば、 近中

国の上海でCountry Managerが必要であったので台湾の社長をそのポストに異動させたが、

そのような異動の事実上の決定は、地域内の状況をよく理解する地域本社の社長が行った。 ③派遣者の状況 既述のように、Bestfoods Asia の傘下には12カ国に約4,000人の従業員がいる。約

4,000人の従業員のうち、海外派遣者は約80人(全従業員の2%に当たる)で、2

6の国籍の人で構成されている。80人のうち30人は他のアジア諸国からの派遣であり、

残る50人はヨーロッパ、ラテン・アメリカ、アメリカからの派遣である。ちなみに、

Bestfoods Asia の社長の国籍はオーストリアであり、1992年から社長を務めている。 海外派遣者の役割は、第1に、とりわけ後継者を中心とする人材を育成すること

(”People’s development”)であり、第2に、与えられた義務範囲にある事業を発展させる

こと(”Business development”)である。派遣に関わる費用の一切は受け入れ企業が負担

するのが規則である。当然ながら、派遣者費用は割高であるが、その高い費用を十分埋め

合わせられるだけの派遣となるべく上記の第1と第2の役割が付与されているといえる。 ④本社・子会社のコミュニケーション・ギャップ 本社・地域本社間では月ベースで公式文書のやり取りが行われており、基本的にコミュ

ニケーション・ギャップは存在しないといってよい。ただし、本社と現場とではビジネス

上の時間の長短に関する発想が異なる。本社では短期的に物事を考えがちとなるのに対し、

地域本社を含む現場ではビジネスの展開を長期的に見ようとする傾向がある。これは立場

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による違いであり、本質的な問題というわけではない。 本社・地域本社間で考え方の違いがあるとすれば、それは期待のあり方であろう。本社

のアジア地域に対する期待が大きすぎて非現実的である場合がある。アジアでは人材を含

む資源の制約が欧米とは比べられないほど大きく、これが制約条件となって本社の期待に

応えられないことが多いのである。 ⑤地域本社の役割と機能 地域本社の役割は、第1に、地域内の戦略を具体的に策定し、地域内の子会社を統轄す

ることにより利益責任を達成することであり、第2に、子会社間ならびに本社と子会社間

とで利害や見解等の調整を行うことにある。たとえば、上述のような本社と子会社間で期

待と現実とのギャップが大きい場合に、地域本社はその中間に入って、より現実的な見解

を示す必要があるのである。 (3)国際人的資源の育成と管理 ①人材育成システムと評価処遇制度 シニア・マネジャーや後述のハイ・ポテンシャル人材は、New Jersey 本社で教育訓練を

受けるチャンスがある。この意味である一定以上の層については統一的な訓練が行われて

いるといえる。アジア地域との関連では、1998年に初めてバンコックでマネジメント

のリーダーシップ訓練が実施された。訓練メニューは本社のものと同様のものが利用され

ている。このようなセミナーでのコストの負担方法は、講師等に要する費用は本社が持ち、

セミナー参加者の交通費や滞在費は派遣元会社が負担することになっている。 有望な人材に対するモティベーション策として以下のような方法が採用されている。ま

ず、チャレンジングな仕事、より目標達成責任の重い職務への配属を行うことである。同

社ではGEと同様に、これを「ストレッチ」と呼んでいる。第2のモティべーション策は、

昇進やいろいろな仕事へのチャンスを多く準備することである。第3のモティべーション

策は、給与以外にボーナスやストック・オプションなどの報酬パッケージをより魅力的な

ものにしている。これらの対策は、有望人材の転職防止にも役立つと見られている。 評価制度として、現在の業績評価と今後の育成目標・計画を含む ”Performance Enhancement Process Form”が全従業員に適用されている。この評価システムの中でユニ

ークな点は、”Multi-Source Input”といわれるプロセスを含んでいることであり、これは被

評価者を知る誰かに率直に被評価者の長所、短所、今後の課題やアドバイスなどを匿名あ

るいは実名で記入してもらい、それを評価者が評価の中に反映するものである。このよう

な上司以外の第三者の評価は、アジア、とりわけタイなどのような直接的な評価を嫌う社

会では導入に困難が伴ったという。

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②グループ企業間での人材活用 人材の育成と登用は基本的に内部育成・内部昇進であるといえる。昇進する人材は社内

で与えられた業務をこなしながら力を蓄え、さらに高度な職務もこなせるようになってい

くとみられているからである。 例えば、Country Manager のポストが空席になった場合には、2週間の間、世界中の兄

弟会社内で応募者募集の周知が行われる。これにより、内部人材に昇進の優先度を与えて

いるといえる。 しかし、いくつかの新設の子会社では後継者の育成が間に合わず、外部人材をそのポス

トに当てることもある。例えば、インドの Country Manager はユニリーバ・インドから、

またパキスタンの Country Manager はペプシ・コーラからリクルートした人材である。 アジアの有望な人材を育成目的で本社や兄弟会社に派遣したいが、現状ではトップが海

外からの派遣者で占められ、その後継者が国内で育っていない人材不足の状況にある中で、

それはきわめて困難である。現在は人材を取り込む段階にあり、派遣する段階にないとい

える。 同様に、マネジャー・クラスを本社や兄弟会社に派遣できる子会社はごく限られており、

現在全体で5~6人がそのような形で国外に派遣されているに過ぎない。 ③ハイ・ポテンシャル人材とハイ・プロフェッショナル人材 Bestfoods 社では、”World Team”と呼ばれる世界人材のプールとして、ハイ・ポテンシ

ャル人材とハイ・プロフェッショナル人材とをリスト・アップし、登録している。 現在、アジア地域本社ではハイ・ポテンシャル人材として100人が登録されている。

年齢は25歳から40歳くらいまでである。ハイ・ポテンシャル人材になれる資質や素養

は、表4-2に示されるとおりである。これまでの業績が抜群で、過去3年間の評価も常

に高く、さらにはリスクにも果敢にチャレンジでき、かつ異なった機能や国・地域のアサ

インメントを進んで受けられるような人材である。 表4-2 Bestfoods 社のハイ・ポテンシャル人材

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(出所)同社資料による。

同表に明らかなように、ハイ・ポテンシャル人材は3つのカテゴリーに分けられている。

第1のカテゴリーは、Coutry Manager程度のシニア・マネジメント・ポジ

ションにすぐにでも就けるような人材で、Bestfoods Asia では、ハイ・ポテンシャル人材1

00人のうち10~15人がこの第1カテゴリーに入っている。このレベルの人材は New Jersey 本社の全社的なミーティングで取り上げられる。第2、第3のカテゴリーのハイ・

ポテンシャル人材は将来の Country Manager 候補者といってよい。 ハイ・プロフェッショナル人材は、表4-3に示されるように、特定の分野でのエキス

パートであり、これまで Bestfoods 社に技術的、精神的に継続的に大きな貢献をし、今後の

社内の人材育成にも大きな期待がもたれるベテランのことである。アジア地域本社ではハ

イ・プロフェッショナル人材として50人が登録されている。年齢は40歳以上である。 表4-3 Bestfoods 社のハイ・プロフェッショナル人材

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(出所)同社資料による。 ④派遣者とローカル人材とのコミュニケーション問題 基本的に派遣者とローカル人材との間にコミュニケーションの問題は存在しないといっ

てよい。ただ、中国の合弁会社では言語上の問題が存在することは否めない。 (4)考察 Bestfoods 社グループは、すでに世界的ブランドをいくつか持つ食品メーカーになってい

るといえるが、これまで Consumer Products Business に業務を集約するまでに幾多の国

際的M&Aなり、業務のリストラクチャリングを行ってきた。このためもあり、ビジョン

とバリュー、それの実践的規則であるポリシーの策定とグループ企業間での浸透は徹底し

ているといってよい。これらの一連のビジョンやポリシーでもって、世界60カ国に分散

する子会社を統合している。 もう一つの統合の方法として、同社で World Team と呼ばれる世界人材の蓄積を本社主

導で行っていることである。人材育成も評価システムも本社主導で行われている。 Bestfoods 社グループの組織的特徴は、地域別に統轄されていることにある。地域別の違

いの中で、アジアの特徴は、アジア全体が基本的にエマージング・マーケットにあるとい

う点に強く関連しており、要するに、人材を中心とする経営資源の蓄積がまだまだ発展段

階にあるということである。このため、人材の移出段階には到達していず、現状はトップ・

マネジメント層を欧米など他地域からの移入によりまかなっている状態にある。 7.アメリカ系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 (1)世界本社・地域本社による統制・統括

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①権限の配分と委譲 親会社・子会社間の権限の配分と委譲においては、前章のヨーロッパ系多国籍企業と本

章のアメリカ系多国籍企業、あるいは日系多国籍企業の間に違いはない。一定額以上の投

資、基礎的 R&D に関する意志決定、ローカルのトップ・マネジメントの人事などは、本社

専権事項のため 終的意志決定は本社に任される。 こういう中で、HP では、製品によっては世界的な意思決定の場所が下位組織に委譲され

ている。HP(S)では、現在、複数の製品の設計、開発、製造、マーケティングの各機能

をワールドワイドに展開できる特権(Worldwide Charters)を与えられているが、この場

合には、投資を始め各レベルでの意思決定は、各ビジネス部門の責任者によりなされるこ

とになる。親会社・子会社という関係で見ると、特定の子会社では親会社の専権事項的な

権限が委譲されており、その場合には当該子会社に各種リソースが集まるであろうし、こ

れに伴い、子会社から親会社へ、あるいは兄弟会社間での技術、ノウハウなどの交流が柔

軟に行われていくことになろう。それに伴い、内部人材の移動も、本社から子会社へとい

う流れを中心とする動脈的なものから、逆に静脈的なものも多くなるという意味で、さら

に変化していくことが十分想定される。 Bestfoods Asia(香港)のような地域本社の場合は、利益責任も負っており、単なるロー

カル子会社と比べて投資や人事に関してより大きな権限が付与されていることはいうまで

もない。興味深いのは食品や消費財を取り扱う P&G(T)では、地域本社が投資決定に関

して戦略的に地域内でのプロダクトごとの供給のあり方、つまり、地域内での分業を決め

ており、また人事の意思決定においても、地域本社社長である President Asia が、子会社

の社長、役員の人選を行っており、業種的な特性を表している。 ②経営理念の浸透と共有 ヨーロッパ系多国籍企業と同様、いずれの企業においても、本社主導で経営理念を明確

に打ち出し、その浸透に大きなリソースを投入している。多国籍企業のアイデンティティ

を保つ上で決定的に重要なためである。 多国籍企業ならではであるが、経営理念等が複数の言語に翻訳されている場合が普通で、

例えば Bestfoods では、経営理念や方針は、冊子にまとめられ、25の言語に翻訳され、全

世界の子会社に配布されている。同様に、HP では”The HP Way”を全世界の言語に翻訳し、

その浸透を図っていた。 もちろん経営理念は知識として浸透するだけでなく、日々の中で実践されて初めて実質

的な意味を持つ。例えば、IBM(S)では、経営理念をさらに職場や個人の目標に細分化し、

それを実現する WET 運動を実践させるのみでなく、それに即して MBO が実施され、さら

に評価およびトレーニングに結びつかせていた。

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③子会社人材の育成と監視 シニア・マネジャーとハイ・ポテンシャルから成る優秀人材インベントリーの作成と管

理は、多くは世界本社がその管理を行っているが、中には P&G(T)のように、地域本社

が主体となっている場合もある。 呼称も様々で、HP(S)では”Key People”と呼んでいたが、何らかの形で優秀人材の登

録と管理を行っていない事例はない。また、このインベントリーの管理上の特徴は、入れ

替えが常時行われているということであり、そのため誰がそこに入っているかを明らかに

しないことが多くなる。 事例の多国籍企業においてハイ・ポテンシャル人材の育成で重要視されているのが、国

外のアサインメントである。これは、国を超えての異動可能性が高くないと育成のための

異動配置がベストな形でできない(HP(S))、Plant Manager となるには複数のプロダク

トを経験する必要がある(P&G(T))、などの理由のためである。 一般的にハイ・ポテンシャル人材の識別はローカルのトップ・マネジメントに任されて

おり、その基準は曖昧な場合が多い。そういう中で、Bestfoods では、ハイ・ポテンシャル

人材になれる資質や素養を比較的明確にしている。つまり、ハイ・ポテンシャル人材に識

別されるのは、これまでの業績が抜群で過去3年間の評価も常に高く、さらにはリスクに

も果敢にチャレンジでき、かつ異なった機能や国・地域のアサインメントを進んで受けら

れるような人材のこととなっている。 ④評価制度の共通化 マネジメント以上の層の評価システムは、いずれも本社のシステムを導入しており、グ

ループ企業間で共通のシステムが導入されているといえる。これは、Hewlett-Packard(S)は組織上、企業内の一部門と考えられていたように、また、P&G のような国際企業グルー

プではスタッフがグループ企業内を常時異動しているため、共通のシステムが不可欠とな

るためであろう。 評価システムの運用は MBO によるものである。ただし、各事例が異口同音に述べている

ことは、評価システムは対象者を評価するだけでは完結せず、評価の後に人材育成のため

のアドバイスならびに教育訓練メニューを付加することが重要という点である。 Campbell Soup(M)ではグループ企業内全世界一律で Job Grade を決め、それぞれの

マネジャーをその Job Grade の中で格付けしている。ただし、給与は現地水準で調整して

いる。 (2)多国籍人材の移動と研修

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①親会社からの派遣者 従業員に占める派遣者の比率は、表4―4に示されるように、0.3%から3.4%ま

で企業によるばらつきがあるが、それほど大きくはない。派遣者比率の単純平均は、1.

6%である。この1.6%という高さは、1996年に日本の大手企業のASEAN5カ

国における子会社183社の調査結果の1.8%と比べると、ほとんど同じ水準である(注

6)。また、前掲表3-3のヨーロッパ系多国籍企業の平均2.9%と比べると、かなり低

いが、これはヨーロッパ系多国籍企業では突出して高い1社の比率に引っ張られていたか

らであり、同時に企業規模もヨーロッパ系多国籍企業(平均従業員数2,029人)より

アメリカ系多国籍企業(同3,159人)の方がかなり大きいことも影響しているものと

考えられる。 表4―4 従業員に占める派遣者の比率(企業別)

(単位:人、%)

他方、この比率をほぼ同時期に実施された日系企業への「第1回調査」(1999年)の

12.6%(第2章表2-18参照)と比べると、ヨーロッパ系多国籍企業の派遣者比率

はきわめて低いということになる。これは、日系企業に小規模の現地法人が含まれていた

ためである。そこで、企業規模ならびに現地法人の所在地域を揃えて比較してみたのが、

表4―5である。明らかに、現地法人の企業規模を揃えてアメリカ系・日系を比較すると、

平均では1.6%と7.3%と著しく差があるように見えるが、それは「第1回調査」の

日系企業では規模の小さなサンプルが多く含まれているためであり、その差はほとんどな

いことがわかる。 こうして、アメリカ系と日系との間で海外派遣者比率に関する差はほとんどなく、大き

な差は派遣者の国籍構成の違いにあるといえる。本章の事例にあったように、歴史の浅い

Campbell Soup(M)を除いて、派遣者の国籍は複数で、したがって第三国籍の派遣者がき

わめて多く含まれていたことである。

従業員数 海外派遣者数 派遣者比率Campbell Soup(M) 250 2 0.8HP(S) 9166 120 1.3IBM(S) 1500 4 0.3P&G(T) 880 30 3.4Bestfoods Asia(HK) 4000 80 2.0単純平均 3159.2 47.2 1.6

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表4―5 海外派遣者比率のアメリカ系・日系比較(企業規模別)(単位:社、%)

(注)日系企業のデータは、「第1回調査」(1999年)による。アジアのサンプルだけを取り出し、再

集計を行った。

また空席が発生した場合の人材活用の優先順位は、まずは企業内部のローカル・スタッ

フの登用を優先する。企業内部の適切なローカル・スタッフが見つからない場合には、国

外のグループ企業から派遣を要請し、それでも適任者がいない場合に、はじめて企業外部

の人材を募ることになる。例えば、Hewlett-Packard では、ある国の、ある部門の、ある

ポストが空席となっているというジョブ・オープニングの情報は、Intranet を通じて世界

中に知らされ、それに もふさわしい人材を社内でリクルートしていた。Bestfoods(HK)

も、人材の育成と登用は基本的に内部育成・内部昇進に置いている。昇進する人材は社内

で与えられた業務をこなしながら力を蓄え、さらに高度な職務もこなせるようになってい

くとみられているからである。例えば、Country Manager のポストが空席になった場合に

は、2週間の間、世界中の兄弟会社内で応募者募集の周知が行われる。これにより、内部

人材に昇進の優先度を与えている。しかし、いくつかの新設の子会社では後継者の育成が

間に合わず、外部人材をそのポストに当てているという実態が存在することも否めない。 各企業では派遣に際して、任国事情の説明や資料提供、それに現地語の訓練などを必要

に応じて行っている。さらに Campbell Soup(M)など若干の事例では派遣先の事前視察

を実施しており、また P&G(T)では派遣の受け入れ後に異文化訓練や語学研修などを、

本人のみならず家族にも行っている。 ②トップ・マネジメントの国籍 トップ・マネジメントの国籍をみると、表4-6に示されるように、5社のうち3社が

第三国からの派遣者(TCNs)で、2社が現地国籍の人材(HCNs)となっており、本社所

アメリカ系多国籍企業 日系多国籍企業(在アジアのみ)従業員合計人数 派遣者比率 サンプル数 派遣者比率 サンプル数 標準偏差1-10人未満 - - 47.5 6 23.010-50人未満 - - 14.7 35 13.250-100人未満 - - 10.4 33 9.1100-200人未満 - - 4.3 27 3.9200-500人未満 0.8 1 2.7 37 3.7500-1000人未満 3.4 1 1.3 22 0.81000-5000人未満 1.2 2 0.8 31 0.45000人以上 1.3 1 0.3 2 0.3合計(平均) 1.6 5 7.3 193 11.9

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在国、つまりアメリカからの派遣者(PCNs)は皆無である。既述のように、日系企業の場

合は、日本人派遣者(PCNs)がアジアでは8割から9割を占めることを想定すると、アメ

リカ系企業の場合は対照的であるといえる。 表4-6 トップ・マネジメントの国籍(企業別)

これを、表3-5のヨーロッパ系企業の場合と比べてみると、第三国派遣者(TCNs)が

多用されている点は共通するが、ヨーロッパでは本国籍の派遣者(PCNs)がドイツから派

遣されていた点が異なる。事例の中で、「基本的にアメリカ人は国外勤務を望んでいない」

(Campbell Soup(M))という指摘があったが、表4-6にもその点が反映されているも

のと見られる。筆者の別の調査結果によると、アメリカ系多国籍企業からの派遣者の赴任

期間は2~3年と、日系企業の場合よりも1年ほど短くなっているのは、このような事情

を反映してのことと解釈される(注7)。 こうして、アメリカ系多国籍企業は、ヨーロッパ系多国籍企業と比べて、HCNs に依存

する傾向が強く、ヨーロッパ系多国籍企業の場合には、PCNs を活用する傾向があるといえ

る。実際、前章の Siemens の事例にあったように、派遣者の構成内訳においてもドイツで

はドイツ人に頼る傾向が顕著であった。ドイツ企業のこの辺は、コミュニケーションでも

課題を抱えている点も含め、日系企業に近似する面があるといえよう。もちろん、これは、

アメリカ系多国籍企業とヨーロッパ系多国籍企業とを比べた場合のことであって、両者が

TCNs に大きく依存しているという点は、日系多国籍企業と決定的に異なっていることを忘

れてはならない。この点については後ほど再度検討する。

③兄弟会社への派遣

従業員数880人の P&G(T)から国外への派遣されている人は、トレーニーを除くと

5人ほどで、アメリカ、カナダ、シンガポール、インドネシア、日本に各1名ずつ派遣し

ている。この数が多いか少ないかは、判断が難しい。しかし、以下の事例を見ると、アメ

リカ系企業の中では多い方と見ることができる。 すなわち、Campbell Soup(M)は、マレーシアでのオペレーションの歴史がまだ数年と

国籍 種類Campbell Soup(M) マレーシア人(現地国籍) HCNsHP(S) マレーシア人 TCNsIBM(S) シンガポール人(現地国籍) HCNsP&G(T) インド人 TCNsBestfoods Asia(HK) オーストリア人 TCNs

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新しく、また Campbell Soup グループの場合、技術やノウハウはアメリカを中心に集約さ

れているという理由から、同社から兄弟会社への経営管理者としての派遣の実績は皆無で

あった。同様に、社歴の浅い IBM(S)から他社または世界本社への当社スタッフの国外派

遣はまだない。Bestfoods(HK)も、アジアの有望な人材を育成目的で本社や兄弟会社に

派遣したいが、現状ではトップが海外からの派遣者で占められ、その後継者が国内で育っ

ていない人材不足の状況にある中で、それはきわめて困難であるとしている。上記3社と

も、現在は人材を育成し、派遣を受け入れる段階にあり、マネジャー・クラスを本社や兄

弟会社に派遣する段階にないといえる。 これらの事例から、我々の「多国籍内部労働市場」という枠組みにとって重要な示唆は

以下の点である。子会社から親会社へ、あるいは子会社間で技術の移転、ノウハウの移転

が伴う人材の移動が常時発生する「多国籍内部労働市場」が成立するためには、子会社側

にも他社に移転可能な技術、経営ノウハウの蓄積と人的資源上の余裕の存在が前提となる

ということである。 ④研修制度 例えば P&G(T)では、人材の採用に際してローカル・マーケットでベストの人材を採

用するという方針を堅持している。次に、このようにして採用した人材をどのように育成・

確保するかということが、HR 部門の重要な課題となる。一般的には、本社で開発された育

成システムや訓練プログラムを導入し、さらに現地仕様に加工した後、現地で実施すると

いうのが基本的なパターンである。”Learning Organization”を自認する IBM(S)では、

社内で実施される教育訓練コースの中身のほとんどは同社内で開発されたものである。現

在、1~5日間にわたって実施される社内の教育訓練コースは50種類準備され、従業員

は平均で年間、4コースを受講しており、その合計時間は年間、1人あたり50~60時

間に上っていた。これら以外にも必要に応じて社外の教育訓練にも参加させている。 HP(S)も同様で、マネジャーの訓練制度は、”Training Management System”で行われ

ており、これは世界一律である。ただし、どこかの機能・部門や国で参考になるような訓

練の「ベスト・プラクティス」が行われている場合には、すぐに取り入れ、実践し、ワー

ルドワイドに広げている。 8.ヨーロッパ系・アメリカ系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」の比較検討 以上の検討から、ヨーロッパ系・アメリカ系多国籍企業の共通点と違いをいくつか指摘

すると以下のようであろう。 第1に、ヨーロッパ系多国籍企業もアメリカ系多国籍企業もともに「グローバル接着剤」

としての経営理念等の確立とその子会社への浸透・共有にきわめて積極的である。Bestfoods

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で、経営理念や方針を25の言語にも翻訳し、全世界の子会社に配布していたし、また、IBM(S)や Nestle(T)では、経営理念をさらに職場や個人の目標に細分化し、実践させ、評

価およびトレーニングに結びつけていた。また、人材の評価制度は、ある一定以上のラン

クでは世界的に共通化し、公平な評価ができるようになっていることも共通している。 これらの「多国籍内部労働市場」のいわばプラットフォームの形成は、世界本社の統制・

統括の手段というだけでなく、「多国籍内部労働市場」の必要条件であり、多国籍な人材の

多国籍な移動にとって透明性を高め、内部人材の企業へのコミットメントを高めるであろ

う。 第2に、多国籍人材の移動の状況を見ると、ヨーロッパ系多国籍企業とアメリカ系多国

籍企業との間には若干の違いが見られ、他方で、日本企業との差が歴然とする。まずトッ

プ・マネジメントの国籍は、TCNs が双方とも過半を占め、その上で、ヨーロッパ系多国籍

企業、とりわけドイツ企業は PCNs を派遣し、アメリカ系多国籍企業は HCNs に依存する

傾向があるのである。この点は、第1章の中でも示されていた。トップ・マネジメントの

国籍のみでなく、派遣者の国籍の構成が文字通り多国籍となっており、第三国籍人材の育

成と活用が進んでいる。 これは、派遣者の役割としてまずは与えられたアサインメントを十全にこなすことにあ

るが、同時に現地の後継者を育成することにあることも何らかの影響を与えていよう。し

かし、より根本的な理由は、シニア・マネジャーならびにハイ・ポテンシャル人材の識別

と登録、それに国外勤務経験の付与が各国で実施されていることもこれに大きく寄与して

いるものとみられる。 さらに、子会社への技術、経営ノウハウの蓄積が行われていることがその基礎に存在す

る。「多国籍内部労働市場」における人材移動が親会社から子会社へというだけでなく、そ

の逆あるいは子会社間で行われるには、当該子会社内での人的資源の蓄積が不可欠なため

である。このため、子会社への技術、経営ノウハウの蓄積も「多国籍内部労働市場」形成

の必要条件であろう。 第3に、人材の登用が、企業内部優先で、しかもグローバルな観点からなされているこ

ともヨーロッパ系多国籍企業とアメリカ系多国籍企業で共通している。ローカル・マーケ

ットでベストな人材を採り、それらの人材をグローバルな観点から育成し、活用するとい

うシステムができている。これは、上記の「多国籍内部労働市場」の成立を確実なものに

するものであって、「多国籍内部労働市場」の十分条件と見ることができよう。 第4に、本社や本社の訓練センターでの訓練の目的は、そこで専門的知識を得るのみな

らず、国籍や部門を超えた人材のネットワークを意図的に形成することにあることである。

このようなインフォーマルな人材形成のネットワークのなかで、同僚としてお互いの悩み

を相談できたり、あるいは先輩後輩としてアドバイスをもらえたりする人間関係を形成す

ることが積極的に構想される必要があろう。ヨーロッパ系多国籍企業とアメリカ系多国籍

企業においてこの点で違いは認められない。

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第5に、日本の現地法人では 大の問題である派遣者とローカル・スタッフとの間にコ

ミュニケーション上の問題は、とりわけアメリカ系多国籍企業においては基本的問題とし

ての指摘はほとんどなかった。ヨーロッパ系多国籍企業、とりわけここでの事例ではドイ

ツ企業においては、ごくわずかであるが、言語的、宗教的・文化的な摩擦があったが、日

本企業で問題とされるほどの程度ではないようである。事例による限り、 大のポイント

はやはり派遣者とローカル・スタッフの相互の語学力であろう。英語だけで社内のコミュ

ニケーションが可能になっている状況の意義は大きい。日本人派遣者の語学力の向上が急

がれる。同時に、派遣後の異文化訓練や語学研修などを日本人派遣者にも準備する必要性

が大きい。というのも、異文化ギャップを実感し、悩むのも、派遣されてから数ヶ月して

からのことだからである。

(注): (1)Campbell Soup Company の経営理念を示すと以下のようである。 注図4-1 Campbell Soup Company の経営理念

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(出所)同社資料による。

(2)Hewlett-Packard 社の本社でのヒアリング結果について詳しくは、日本在外企業協

会『欧米多国籍企業の組織・人材戦略』(1998年3月刊)57-60ページを参照され

たい。 (3)IBM の経営理念(Principles)は注図4-2の通りである。

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注図4-2 IBM Principles

(出所)同社資料による。

(4)P&G の経営理念等は注図4-3に示されるとおりである。 注図4-3 P&G の経営理念等

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(出所)同社資料による。 (5)Bartlett, Christopher A. and Sumantra Ghoshal (1989), Managing Across Borders: The Transnational Solution, Harvard Business School Press.(吉原英樹監訳『地球市場

時代の企業戦略:トランスナショナル・マネジメントの構築』日本経済新聞社、1990

年)による。 (6)日本在外企業協会同上報告書、19ページ、ならびに、白木(1999年)第2章、

64ページを参照。 (7)白木(1999年)第1章を参照されたい。

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第5章 日系多国籍企業の ASEAN における人的資源管理 1.本章の課題 (1)視点 これまでの第3章、第4章においてもすでにいくつかの点で日系多国籍企業についての

言及がなされている。海外派遣者比率に関しては日系とヨーロッパ系・アメリカ系との間

には企業規模を揃えてみるとほとんど差がなく、あるとすれば当該派遣者の国籍構成にお

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ける多様性の有無とトップ・マネジメントにおける本国籍比率の偏りである。すなわち、

トップ・マネジメントの国籍構成を見ると、ヨーロッパ系・アメリカ系では第三国国籍

(TCNs)ならびに現地国籍(HCNs)の比率が多く活用されており、それに対し日系の場

合は本国籍(PCNs)中心型となっており、まったく異なっているのである。 重要な点はそのように表面に現れた現象を再確認することではなく、むしろ、その背後

に存在する論理とそれを支える根拠を、「多国籍内部労働市場」という本論文の視点から確

認し、評価することであろう。本章での事例研究ではその点を特に念頭に置きながら進め

ることにする。 (2)調査方法と対象 本章の事例は、1996年日本在外企業協会で実施したアンケート回答企業のうちの若

干の企業に対してフォローアップを行った結果に基づいている。ヒアリング項目はアンケ

ート調査(本論文末尾に別添)の項目に沿ったものであり、叙述も基本的にそれに沿って

行われたことは事例分析の中に明らかである。訪問時期は、第1回目が1996年10月

末から11月初旬にかけてで、第2回目が1997年8月から9月にかけてである。96

年には、インドネシア3社、マレーシア3社、それにタイ1社のメーカー7社を訪問した。

97年には、フィリピンのメーカー3社を訪問した。したがって、本章には合計10社の

事例が含まれている(注1)。 以下は、ここで取り上げた事例10社を次のようなグループに分類した。第1のグルー

プが、自動車メーカーA社の子会社3社であり、これらはインドネシア、タイ、それにフ

ィリピンに所在する。第2のグループが、家電メーカーB社の子会社3社であり、これら

はインドネシア、マレーシア、それにフィリピンに所在する。後述のように、東南アジア

における家電メーカーB社の製造拠点はマレーシアに置かれている。第3のグループが、

食品メーカーC社の子会社2社であり、これらはインドネシアとフィリピンに所在する。

残る2社は、マレーシアに所在する精密機器メーカーD社と電機部品メーカーE社である。 本章の 後では、本論文の視点に沿って総括する。 2.自動車メーカーA社グループ (1)自動車メーカーA社:日本本社のグロ-バル化の現状 ①海外事業の地域別現状 海外事業は、米州、欧州・アフリカ、それに豪州・アジア・中近東の3地域に分けて統

括されている。各地域の特徴および現状は以下のようにとらえられる。

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北米では、57 年に現地販売会社を設立して販売を開始した。製造は現地化要請を受け 80年代前半から開始した。96 年に資本関係等が統合され、地域の製造統括会社が設立される

に至っているが、今後、製造事業体を中心にネットワ-ク化が加速されると見込まれてい

る。 欧州では、販売技術管理会社、英国製造会社、および各国の販売代理店という体制でビ

ジネスが行われている。各国の販売代理店は現地との合弁がほとんどで、今後、販売技術

管理会社を販売中心の地域本社としていく方向で検討中である。 アジアでは、歴史的には販売およびノックダウン(KD)生産主導で開始したため他地域

とは状況が異質となっている。国毎の状況、出資形態も様々であり、「地域」として括って

議論することが困難な状況にあるといえる。 なお、1997年3月現在の3地域における製造企業数と従業員数をみると表5-1の

通りである。企業数でみても、従業員数でみても、アジア(豪州・アジア・中近東)のウ

エイトが 大である。 表5-1 自動車メーカーA社の海外製造企業数と従業員数

②今後のグロ-バル化の方向 集中と分散のベスト・バランスを考慮しつつ、世界本社的組織を中心とするネットワ-

ク型グロ-バル・マネジメントを目指し、「総合戦略は世界本社で」・「現地独自のオペレ-

ションは地域本社に」を推進中である。 (2)自動車メーカーA社インドネシア ①企業の概要

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当社は1971年に設立され、翌年から操業を開始した。1988年に4社が合併し、

現在、鋳造、エンジン、プレス、組立・溶接の各工程、ならびにパーツ・センター、トレ

ーニング・センターを包含する自動車製造会社となっている。なおトレーニング・センタ

ーではA社インドネシアの整備工の養成のみならず、代理店などの整備工、修理工場の経

営希望者、さらに職業訓練校のトレーナーなど社外の人に対しても個別のプログラムを準

備して対応している。1985年から95年までに受講者は1万5,000人強に上った

が、そのうち86%はA社インドネシアの社員、14%は社外の人であった。 乗用車、商用車などの製品は、国内では主要5社のディーラーを通じて販売され、また

国外ではブルネイ、パプアニューギニア等には商用車が、マレーシアには商用車用エンジ

ン、日本には同シリンダー・ブロックがそれぞれ輸出されている。インドネシアにおける

新車市場は1992年の17万台から95年には約40万台に到達したが、当社のマーケ

ット・シェアはここ数年約25%を持続している。日本本社の資本比率は49%で、ロー

カル・パートナーのそれは51%である。 現在、従業員数は5,105人(うち男子97%)に達している。日本人派遣者は28

人で、日本人比率0.5%となる。うち大卒は350人(6.9%)、アカデミー(日本の

高専卒に相当)卒は364人(7.1%)である。オペレーターの採用は現在、高卒以上

となっている。 なお、当社は1974年以来、400万ドルの基金を設け、中学生、高校生、大学生に

対し奨学金を出している。他に、大学教員の学会発表の旅費の一部援助や研究助成も行っ

ている。また既述のように、トレーニング・センターでは、インドネシア労働省とタイア

ップして、職業訓練校の自動車整備科のトレーナーの教育訓練にも協力している。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 進出の動機は、現地市場の開拓ならびに現地政府の優遇策が中心であった。現在では、

豊富な労働力の存在ならびに現地市場の開拓が大きなメリットであるが、近年では近隣諸

国への輸出も出てきており海外拠点としての位置づけも加わってきている。 現地市場の開拓が進出目的であり、親会社とは地域別市場で分業しているといえる。 現地法人で決定できることは幅広く、利益処分や貸付・借入も現地で決定している。た

だし、日本側は49%の出資であるため、パートナーとの調整が必要である。これまでで

は利益処分の仕方をめぐってパートナーの見解と異なった。つまり、少なくともこれまで

の日本本社の立場は、配当性向20%を維持した上で、後は内部留保を行い再投資に向け

るというものであったが、パートナーはそれより配当性向を高める方の意見が強かった。

人件費総額の決定は当然ながら、現地法人に任されている。 労働組合は組織されており、労使関係は良好である。 近では、労使交渉での賃上げは、

ジャカルタの CPI 上昇率プラス生活向上分2%プラス本人の評価分平均3%(1~5%の

幅)とう算出根拠により、一発回答で決めている。

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③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 役員数は12人で、インドネシア人、日本人が半々となっている。社長はパートナー企

業グループの役員が兼任しており、C社にきて14年、副社長は日本本社からの派遣でC

社にきて8年経っている。現地人役員6人のうち2人は、パートナー企業からの派遣では

ない。1人は元々はパートナー企業出身ではあるが当社の経理部長から4年前に抜擢し、

いま1人は当社生え抜きの技術者(46歳、勤続20年の大卒)で1年前に工場担当役員

に抜擢した。 現地人役員の職務はすべての部門にわたるが、当社の特徴はほぼすべての職務を現地人

役員と日本人役員がペアで担当しているという点にある。例外は人事・総務であり、これ

は現地人役員だけで担当しているが、日本人の財務担当役員が当該役員のコーディネータ

ーを行っている。なお、役員会の決定は多数決でなく、全員一致が原則であり、意見が対

立した場合は社長・副社長一任となることが多い。 部長は25人いるが、図5-1で○印と●印で示されるように、インドネシア人が18

人、日本人が7人である。後述するように、多くの場合、インドネシア人部長には日本人

のエグゼクティブ・コーディネーターが付いている。課長は87人いるが、すべてインド

ネシア人である。

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図5-1 自動車メーカーA社インドネシアの組織図と役職ポスト

(注)○印はインドネシア人、●印は日本人であることを示す。

④経営の実状と人事諸制度 既述のように、当社では大卒と並んでほぼ同数のアカデミー卒がいる。当社では大卒も

入社後6ヶ月間は見習い期間として現場実習を義務づけているが、これが当地の大卒には

受けが悪い。むしろ、アカデミー卒の方が、現場実習を素直に受け入れる素地がある。こ

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のため、いきおいアカデミー卒が比較的多くなる。 当社の資格等級はクラス1からクラス12までに分かれている。入社すると、高卒はク

ラス3に、アカデミー卒はクラス5に、そして大卒はクラス7にそれぞれ配属される。た

とえばクラス3からクラス4への昇格は 短で2年、平均で4年かかるから、高卒が新卒

のアカデミー卒の資格等級に到達するには 短で4年、平均で8年かかることになる。初

任の基本給でみると、高卒19万ルピア、アカデミー卒44~53万ルピア、大卒100

万ルピアと学歴間格差が大きい。大卒は入社後 短4年で課長相当の資格に到達する。 当社も操業後25年を経過し、資格に比してライン・マネジャーのポストの数がとりわ

け生産技術系では不足するようになってきている。そこで、日本本社の提案を受けて「デ

ュアル・ラダー・システム」(Dual Ladder System)、つまり資格等級で処遇するが、資格

等級とライン・マネジャーの職位とが一対一で対応しないことも可能なシステムに変えた。 これに応じて、日本人派遣者が就いている部長ポストは出来るだけ現地スタッフに譲り、

日本人派遣者はエグゼクティブ・コーディネーターという名称で位置づけている。ただし、

この場合、人事権はライン部長とコーディネーター双方が持つ。そうでないと、コーディ

ネーターがその役割を十分に果たしきれなくなるとみられているためである。また日本人

コーディネーターがいないと、現地のライン部長だけでは日本本社との連絡調整がうまく

行かないというのが現状である。 ただし、人事部と総務部には日本人コーディネーターはいない。マーケティング関連の

各部長は現地人でそれに日本人コーディネーターが付いている。逆に経理部と購買部の部

長はいずれも日本人が就いているが、その大きな理由は取引銀行も部品サプライヤーも日

系が多いということがある。工場部門では一般的にいって、各工程のエンジニアリング部

長は日本人で、生産部長は現地人でそれに日本人コーディネーターが付いているという形

になっている。 当社では、採用は長期雇用を前提としている。また5カ年計画に基づき各部で年次計画

を策定し、それを各課に下ろして目標管理を実施している。年に2回評価を行うが、個人

レベルでの目標管理までは至っていない。大学、学部による初任給格差は導入していない

が、アカデミー卒の場合は技術系か事務系かにより初任給に差がある。しかし、職務・職

種によっては特殊手当(溶接手当やコンピュータの資格手当など)を付けることにより若

干の差がある。職務記述書は基本的には準備されている。しかし、個人別に分けることは

難しく、マーケティングなど事務系の方は職務範囲を厳密に決めることは難しい。生産現

場では多能工化を意識的に進めている。その意味でローテーションを頻繁に行っている。

他方、内部の優秀人材の抜擢人事は既述のように、実施している。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 現在の経営の諸課題には日本本社との意思の疎通が難しいという点がある。日本本社か

らすれば、これくらいは出来るだろうとみていることも現地ではなかなか対応できないこ

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とがある。現地では言葉の問題などがあり、何をやるのにも時間がかかるという点につい

ての本社側の理解が足りない。これは、本社の人が現地にいないために無理もない点もあ

る。他方、現地法人を子会社とみて、本社でこうしているからこうせよという形の一方通

行的なコミュニケーションは困る。というのも、当社は合弁でしかも若干なりとも日本側

がマイノリティであるためである。 現地スタッフには当社の経営理念をより深く理解してもらいたい。また、まだまだ日本

人コーディネーターが必要とされるほど現地人幹部の能力が日本側の期待水準に達してい

ない。他方で、日本人派遣者の能力不足の問題が大きい。特に生産部門の日本人コーディ

ネーターのマネジメント能力、リーダーシップ能力が不足する場合がある。 経営の現地化とは、社長は日本人でも現地に貢献し、溶け込んでいることがポイントで

ある。その場合、経営の意思決定過程に現地人幹部がどれだけ参画しているかが重要であ

るという。 (3)自動車メーカーA社タイ ①企業の概要 当社は、1962年、四輪車の製造会社として設立された。95年の生産台数は、乗用

車と商用車を合わせて14.6万台となっている。これは、前年、前々年の11万台強か

らみると大きく伸びている。 現地には当社以外に当社から分社していった関連会社が6社あり、それぞれ、ボディ工

場(h社、79年稼働)、ディーゼル・エンジン工場(i社、89年稼働)、特装車のフレ

ーム溶接工場(j社、88年稼働)、修理工場(k社)の会社であり、また、割賦販売(l

社)、輸送(m社)などを担当する会社である。このうち、h社、j社、k社などにはそも

そも間接部門がなく、すべて当社に依存おり、実質的に当社の分工場とみてよい。また、

i社を除く5社は当社の社長が兼任しているし、役員は当社の部長クラスから出したり、

兼任させたりしている。このように、工程や機能を分社化していったのは、当社の子会社

とはいえタイ企業と認知されることにより経営活動上のフリーハンドが大きくなるからで

あり、また当社生え抜きの部長クラスの処遇の可能性が広がるからである。なお、ディー

ゼル・エンジンを製造するi社は、現地の財閥系資本であるS社と当社との合弁であり、

当社からみて独立的な会社とみられている。 資本構成は日本本社が60%、現地のパートナー10%、金融機関14%、日本の販売

会社9%、その他8%などとなっている。 従業員数は約4,200人で、うち大卒者が700人(16.7%)である。大卒者7

00人のうち、技術者が250人、間接・販売が450人となる。日本人派遣者は96年

現在36人で、日本人比率0.9%となる。

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創立15周年を迎えた独立系の労働組合が存在する。何か行事があると、社長の隣に組

合委員長を座らせたりして、労使が対等で、風通しのよい関係を築けるよう努力している。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 1960年代に当地に進出するに当たって も重要であったのは、現地市場の開拓であ

り、CKD(完全ノックダウン)による輸出代替が目的であった。これら以外に、海外拠点

の多極化が可能になることも進出動機となっていた。このような進出動機は基本的には現

在も変わらない。 親会社との分業のあり方はいくつかの側面からとらえることが出来る。第1は、四輪車

という同様な製品を地理的な市場で分けているという側面で、CKD による現地市場の輸出

代替がこれに当たる。第2は、工程別分業の側面である。もともと組立工程、つまり部品

をほとんどすべて日本から持ってきて現地で組み立てるという形態から、 近では成形工

程も現地に導入するなどのように徐々に工程を現地にシフトしてきている。また、アセア

ン産業協力計画(AICO スキーム; ASEAN Industrial Cooperation Scheme)もあり、工程

別分業がより重要になってきている。第3に、高級品は日本本社で、それ以外は現地でと

いう具合に、品質による分業も行われている。 現地法人への権限委譲についてみると、規模や程度によるが、基本的に、固定資産の購

入処分、利益処分・再投資、貸付・借入、生産販売数量の決定、新事業の企業化、それに

役員人事などは、 終決定権が本社にあるという意味で本社マターである。ただし、例え

ば修理工場の設立などのような新規事業の場合は当社側からの発案によるものであり、本

社マターとはいえ、本社・子会社間で相談して決めているのが実態である。他方、現地広

報活動や人件費総額の決定は当社独自で決めている。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 常勤役員は9人で、日本人が7人、タイ人が2人である。社長は日本の親会社から派遣

された日本人で、タイ勤続1年、営業出身である。これまで、アメリカ、インドネシアの

勤務を経験しており、今回が海外勤務3回目である。 タイ人役員の属性は以下のようである。専務取締役のN氏は、製造技術が担当で、勤続

25年、47~48歳である。アセアン自動車工業会会長を務めている。取締役のS氏は

販売担当で、やはり勤続25年の生え抜きである。この2人の役員以外にも、役員一歩手

前の参与(Associate Director)と呼ばれる身分に勤続25年の人事総務担当者と新工場の

責任者の生え抜きが2人控えていたが、この総務担当者が 近、退社して独立したため、

人事・総務担当の役員がローカルから出る時期が先に延びることになった。 品質管理、財務、購買調達の役員は日本人が就いている。財務の場合、タイ人財務担当

者のレベルは高いが、親会社からの人が 終的にみるという意味で、日本人が就いている。

購買調達の場合は、親会社の購買調達でのVA・VEの概念やサプライヤーとの共存共栄

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という考え方が現地にまだ十分根付いていないため、日本人3人が役員やコーディネータ

ーとして、これに当たっている。95年度で約700億円に上る部品購買のうち8割は日

系サプライヤーからとなっており、この面からも購買調達には日本人が必要となる場合が

多い。 部長は31人、次長は24人、課長は44人いるが、すべてタイ人が就いている。日本

人スタッフの立場は、コーディネーターである。 コーディネーターの仕事は、技術移転に伴う技術的なアドバイスを行う。また、経理な

どの間接部門では監査機能も兼ねている。人事・総務では日本側からの問い合わせに対す

る対応なども大きな仕事となっている。生産・販売では日本の親会社との連絡調整も担当

する。多くの場合、日本本社の国際化が遅れているため、いきおい日本人派遣者数が増え

ている面は否定できない。 ④経営の実状と人事諸制度 人事権は 終的にライン・マネジャーにある。しかし、個人のライン・マネジャーの恣

意性が入り込む余地が少ないように、タイ人だけの昇格委員会でまず昇格予定者の提案を

行うような仕組みが出来ている。他方、日本人コーディネーターには自分の人事評価のや

り方をパートナーであるライン・マネジャーに押しつけないよう人事の方から注意してい

る。これは、日本人コーディネーターは短期滞在者であり、中長期的な視点で評価するこ

とが難しいためである。日本人コーディネーターはパートナーに自分の意見を述べるにと

どまる。 同様に、ライン・マネジャーが交替した後、これまでの昇格予定者以外の人間(内部人

材の場合と外部のスカウト人材の場合とがあり得る)が推薦されてきた場合、人事制度・

方針の連続性の観点から人事部の方でその決定を覆すということは頻繁に起こっている。

このように、また一般的にも、タイの企業においては総務・人事は強い権限を持っている

といえる。 人事諸制度では、年功は加味していない。現地基準と比べて昇進が遅いかどうかは判断

が難しい。というのも、大卒を中心とする労働の需給バランスが極端に逼迫する中で、新

たに進出してきた日系企業の中にも高給、高職位でスカウトを行っている企業もあり、こ

れらに比べると、当社の昇進スピードは遅いといえるかもしれない。しかし、当社には”Early Channel”と呼ばれる内部人材の抜擢制度があり、例えば、今年各部門から1人ずつ34歳

の次長を出した。このスピードで行くと30代の終わりには役員に到達する可能性が濃厚

である。こうみると、当社の昇進が遅いとはいえない。 採用に際しては長期雇用を前提としているが、特に重視しているというわけでもない。

結果としては、ホワイトカラーの特にマネジャー手前のオフィサークラスやクラークの移

動は多い(年間10%弱でバンコク全体の半分の水準)が、ブルーカラー、特にフォアマ

ン、スーパーバイザー・クラスの移動は全くないという状況にある。これは当社では、ブ

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ルーカラーの長期勤続者の給与水準が破格といってよいほど高く、また学歴による格差が

固定的でなく、大きくないからである。例えば、生産現場では中卒、高卒で入社して生え

抜きの部長になっている人もいるし、また総務ではメール・ボーイで入社して課長になっ

た人もいる。 また、大学や学歴、職務・職種により初任給に格差がある。職務記述書は作成されてい

る。外部からの中間管理職人材のスカウトは行っている。応募は多いが、当社のロケーシ

ョンの問題や個人のオファーが高すぎるなどという理由で、なかなか採用できないのが実

状である。 当社では、人事の5カ年計画を作成し、毎年見直している。具体的には、現在の部・次

長クラスから将来の役員を抜擢する青写真を作成しているということで、既述のように、

現在、製造と販売の現地役員がいるので、差し当たりは、渉外広報担当ならびに労務担当

の役員が欲しいと考えている。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 現地経営の諸課題としては、まず日本本社との意思の疎通が難しいということがある。

これは、日本本社がアジアのことを余り理解せず、「国際化」というと「アメリカ化」とい

うことをイメージしているためとみられる。本社の各ファンクションでのアジアに関する

知識が圧倒的に欠落しているといえる。 タイ語の問題があり、日本人派遣者とタイ人スタッフとの間の意思の疎通が難しいとい

うこともある。 タイ人の部・次長クラス以下では、まだ本社の経営理念や本社のグローバルな動向につ

いての理解が浸透していないところがある。一つの問題は内部昇進であるので、目が外に

向いていないということが関連しているとみられる。同時に、当社の成長が速いために、

その動きに付いていけないローカル人材がいることは否めない。企業の器にあった人材が

必要である。スカウトも試みているが、まだ実現していない。 他方、現地の人材が育っているため、日本人派遣者には高い能力が要請される。少なく

とも、本社は現地の人材の事情について十分な理解を持つことが重要であろう。 経営の現地化と社長の国籍とは関係ない。むしろ、資本構成でマジョリティを占める企

業から社長を出すのが当然である。経営の現地化とは、現地国籍の幹部を育て、その人た

ちを経営に参画させることであるとみられる。要は「国際的に競争力ある現地企業にする

ためには何が必要か」という視点が重要であり、経営幹部の多くが日本人であるよりタイ

人である方が企業の成長が見込まれるので現地化が必要ということになる。 R&Dを現地に移転して、アジア・カーをタイの技術者で企画し、タイで生産し、タイ

から販売するというのは理想ではあるが、それはまだまだ先のことであろう。

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(4)自動車メーカーA社フィリピン ①企業の概要 当社は1988年に設立された自動車組立の合弁企業である。日本側の資本比率は4

0%で、ローカル・パートナーのそれは60%である。日本側の出資40%は、自動車メ

ーカー25%と総合商社15%とを合わせたものである。フィリピン側からの出資は華人

系商業銀行から行われている。 現在、従業員数は約2,000人に達している。そのうち大卒は600人(30%)と

多い。日本人派遣者数は19人で、日本人比率1.0%となる。なお労働組合は組織され

ていない。 日本の親企業から見て当社は再進出企業である。というのも、1960年代に日本資本

100%で進出したが、84年に撤退した経緯があるからである。80年代半ば頃のアジ

アの自動車市場は全般的に縮小していたが、フィリピンの場合は社会変動が激しい中で、

それが顕著であったといえる。例えば、78年の新車の市場規模は6.4万台であったが、

86年には0.4万台弱にまで落ち込んでいる。新車市場が本格的に回復し出すのは、9

2年のラモス政権に移行してからである。 96年の新車市場は年間で約16万台である。当社の販売台数は4万台強であるので、

台数ベースでみた当社のマーケット・シェアは約25%である。当社では商用車と乗用車

の双方をほぼ同じ台数ずつ生産している。なお、登録ベースでみた自動車市場は24万台

を上回っているが、これは、日本のエンジンを搭載したフィリピン独自の小型乗り合いバ

スであるジプニー(8万台)などが含まれるためである。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 進出の動機は、現地自動車市場の開拓が唯一であった。現在では、比較的低廉で豊富な

労働力の存在、ならびに優秀な技術者が採用できることが大きなメリットとなっている。

日系の部品メーカーも進出してきており、部品産業が徐々に育ってきているが、大きなメ

リットなるにはもう少し時間がかかりそうである。このように進出動機は現地市場の開拓

であり、現地マーケット向けの製品を生産することで親会社と分業しているといえる。 90年代に入ってからであるが、現地政府の現地化計画に従って部品の現地生産・組立

にも着手している。第1に、エンジン・サブ・アッセンブリは1992年末より始まり、

日本から送られてくる CKD(完全ノックダウン)による乗用車エンジンの組立を行ってい

る。第2に、部品製造工場ではシート組立フレーム、燃料タンク、シャーシー・フレーム、

それに排気管などの製造を始めた。第3に、主として商用車向け車体のプレスを開始し、

このプレス工場では ASEAN ブランド間補完協定(BBC スキーム ; The ASEAN Brand-to-Brand Complementation Scheme)の一環として台湾向けのプレスも行っている。 他方、92年、日本の親メーカーが95%、当社が5%を出資して操業を開始したパー

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ツ・メーカーでは、商用車向けのトランスミッションを製造している。製造されたトラン

スミッションの10%は当社に供給されるが、残る90%は BBC スキームに入るアジア域

内の兄弟会社に供給されている。 なお、2003年に AFTA が実施に移されるとなると、ASEAN 内における部品の国別

分業・相互供給が避けられないが、当社の親企業グループでは、フィリピンではトランス

ミッション、タイやインドネシアではエンジン、マレーシアではステアリングという形の

域内の分業となるのでではないかとみられている。 現地法人で決定できることは、パートナーとの関連も含めて、定款で決まっている。日

本の親メーカー側がマイナーであるため、親会社の権限規定の通りには出来ないことはい

うまでもない。一定額内の固定資産の購入処分、貸付・借入・債務保証、生産販売数量の

決定、それに人件費総額の決定などは、現地法人マターといってよい。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 役員数は12人で、うち7人がフィリピン人で、5人が日本人となっている。ただし、

7人のフィリピン人役員のうち、6人は非常勤役員で、フィリピン人常勤役員の担当職務

は財務と人事である。日本人役員のうち2人は非常勤で、それぞれ日本の自動車メーカー、

総合商社から1名ずつ出ている。日本人常勤役員3人のポストは社長、副社長、それに工

場長である。 会長はパートナーから出ており、社長は日本の親メーカーから派遣されている。日本人

社長の当社での勤続は5年であるが、以前、タイの現地法人で勤務した経験がある。 部長は19人いるが、フィリピン人部長が9人、日本人部長が10人である。フィリピ

ン人部長が就いている部門は情報処理、人事労務、総務、営業、サービスなどとなってい

る。課長は23人いるが、すべてフィリピン人となっている。 なお、日本人コーディネーターは9人いるが、当社社長の方針としては、日本人コーデ

ィネーターを減らしたいという。とうのも、現地人ライン・マネジャーがいる中で、日本

人コーディネーターの責任は曖昧となりがちであり、技術的にコーディネーターが必要な

場合は、出張ベースで日本から呼ぶ方が適切であるからである。ただし、ジグ製造部門な

どではどうしても日本人コーディネーターが必要で、そういうところではこれからも残す

ことになる。現社長が、日本人コーディネーターを減らそうとしているもう一つの理由は、

ローカル人材を育成し、然るべきポストに就かせるということに対するパートナーのプレ

ッシャーが強いためでもある。 ④採用状況と人事諸制度 当社では、採用は長期雇用を前提としている。また現地基準からみるとローカル・スタ

ッフの昇進スピードは遅いかもしれない。しかし、優秀人材の抜擢人事は行っており、

も速い昇進者として37歳の部門長(ディビジョン・マネジャー)がいるし、パートナー

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出身の副社長は42歳である。年齢に対するこだわりは日本ほどではないようである。 初任給は職業訓練校卒(高卒)で、月に約4,000~5,000ペソ、大卒で8,0

00~1万ペソくらいである。大卒でエンジニア資格や会計士資格を有するものには、こ

れに月500~1,000ペソくらいの上乗せがある。その意味で初任給には職種・職務

により若干の差があるといえる。しかし、基本的には、大卒なら大卒の「マーケット・バ

リュー」という世間相場が出来ており、これから大幅に逸脱することは出来ない。 総務・人事の中間管理職やマーケティングなどで外部人材のスカウトも行っているが、

なかなかいい人材が採れないのが実状である。特に障害となるのは、年齢や経験の割に高

い処遇を求める傾向が強いことである。この場合の処遇とはポジションのことで、ポジシ

ョンには自ずからそれ相応のフリンジ・ベネフィット(カンパニー・カーの貸与や家賃補

助など)が付くのが相場になっている。このため、単なる給与よりポジションやフリンジ・

ベネフィットの内容の方が大きな意味を持っているし、求職者の関心も強い。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 現在の経営の諸課題として 大のものは、現地国籍幹部の日本の親メーカーの経営理念

に対する理解不足と現地国籍幹部の能力不足にあると認識されている。 親メーカーには、独自に開発してきた「A生産システム」があり、これはやはり日本の

土壌で生まれ育ってきた、あるいは日本の社会、日本人に「なじみやすい」やり方であっ

たのであろう。例えば、「5S」という生活習慣に基づく職場のあり方や、緊密な人と人と

の協力体制が要請される「車づくり」というものに、フィリピン人は元来が「不向き」で

あった、または「馴染んでいなかった」のであり、そういう人々や社会に「A生産システ

ム」を理解してもらうのは、日本での場合と比べて格段に困難であるということである。

このような状況の中で、管理職の意識改革が現在の 大の課題である。 経営の現地化で重要なことは、経営の意思決定過程に現地人幹部が数多く、実質的に参

画していることであろう。このような体制を早急に作っていく必要がある。 (5)考察 立地する国により、また、資本の出資比率により、バリエーションがあるが、以下の点

は各社で共通している。まず親会社の経営理念の浸透・共有で十分でないという問題を抱

えている。 本社との連絡調整役で日本人派遣者が必要という側面が少なくない。同様に、現地での

購買、サプライヤーとの取引では交渉相手で日系企業が中心となっていて、その場合に日

本人の駐在が要請されるという面もあるようである。こうして本社の統制のためだけでな

い日本人の派遣が多くなっている。そのため、勢いタイ語でのコミュニケーションで苦労

する場面も多くなる。

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さらに、A社グループの際立った特徴は、インドネシアにもタイにもフィリピンにもロ

ーカルのライン・マネジャーにはほぼ必ず日本人コーディネーターを付けている点である。

時には部下の人事権もライン・マネジャーと日本人コーディネーターとで共有している場

合もあり、組織運営上、難しい課題を抱えているといえる。 A社の本社が独自に開発し、

日本の土壌で育まれてきたという「A生産システム」の各子会社への浸透・伝播に並々な

らぬ労力を注入する同社グループ特有の課題は、ローカル・スタッフ側の受け入れ体制、

精神風土である。この問題は、A社がローカルのライン・マネジャーにマン・ツー・マン

的に日本人コーディネーターを付け続ける理由でもある。 他方、操業年限がかなりたっているのもかかわらず、このように海外子会社の経営で日

本人派遣者に多くを頼るという面が強いため、日本人派遣者にも高い能力やリーダーシッ

プが求められてきている。 3.家電メーカーB社グループ (1)家電メーカーB社:日本本社の海外子会社統括 ①6地域本部制 B社では、世界を6つの地域に分け、それぞれの地域での活動を統括・支援するため、

北米、中南米、欧州、CIS・アフリカ・中近東、アジア大洋州、中国に6つの地域本部

がある。このうち、北米本部長と欧州本部長は日本本社役員を兼ね、現地に常駐している

が、他の4つの本部のベースは日本におかれている。 地域本部の基本的役割は、地域での事業の推進、支援と地域での営業活動を担当する部

門として市場責任を全うすることであり、職能部門および事業部門(各製造事業部)と連

携して担当地域での海外事業推進活動を行なうことにある。ただし、部品、資本財等の生

産財の営業活動については、顧客への窓口を一本化することを目的に、国内外をグロ-バ

ルに担当するよう営業本部を一元化している。 B社の地域別機能別の海外会社数、現地従業員数、および日本人出向・駐在者数は表5

-2のようになっている。アジア・大洋州における海外従業員数は7万5,000人とほ

ぼ全世界の海外従業員数の半分を占めていることが分かる。日本人派遣者数についてもほ

ぼ同様のことがいえ、全世界2,000人のうち、800人がアジア・大洋州に派遣され

ている。 現在当社はそれぞれの地域本部管轄の下に、米国、欧州に統括会社、アジア(シンガポ

ール)、中国に支援会社をそれぞれ有している。 統括会社・支援会社の役割と責任は、地域本部との適切な役割分担の下に担当地域にお

ける海外会社への経営支援を行なうことであり、職能部門と緊密な連携の下に、人材開発、

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金融為替、物流、R&Dなど各種職能サポ-トセンタ-を傘下に設置している。 表5-2 家電メーカーB社の海外会社数と現地従業員数

(単位:社、人)

なお、当社のアジアへの進出は基本的に輸出代替型の進出であり、現地市場の確保を目

的とするものである。これまで各国で、それぞれ各種の家電製品を製造する、いわゆる複

品生産型であったが、これからの国際分業における効率性を考えると各国を製品により拠

点化する必要性が高まってきているといえる。当社のアジアでの展開は、1962年のタ

イを皮切りに、63年台湾、65年マレーシア、68年フィリピン、70年インドネシア

と続いている。 ②現地採用社員の登用とその方法 現在当社には海外の製造・販売会社が173社存在し、常勤役員数は482名、内13

7名が現地社員役員となっている(全体の28%)。現地社員の育成と役員登用の仕組みは

以下の通りである。 まず、海外会社社長が現地社員を役員登用したい場合、事前に本社人事部海外研修所主

催の役員登用研修(年1回・10日間コースを実施)に候補者を派遣し研修を受講させる。

あわせて日本事務局では役員候補としての能力、資質についての観察と見極めも行なう。

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役員登用に関しては、海外会社社長が役員登用の決裁書を起案し地域本部長の決済を仰

ぐ。もちろん、この際日本での役員登用研修の観察ノ-トも大きく参考にされる。 人材育成、特に幹部人材の育成を図るため、日本での役員登用研修に派遣する前に部長

職、上級者を対象に各地域本部管轄の統括会社・支援会社の人材育成開発センタ-におい

て部長職上級研修を実施している。そのねらいは当社の経営理念を学ぶ機会を与え経営幹

部としての視野拡大をはかることと、本来の役割、資質、能力を理解するきっかけ作りと

することにある。 以上が現地部長職を対象とした役員登用研修のステップであるが、新入社員から主任、

課長までの階層別研修も実施している。部長職までの昇格研修は海外会社が独自に実施し、

昇格決定は海外会社社長の決裁事項である。 (2)家電メーカーB社インドネシア ①企業の概要 当社は1970年創業の総合家電メーカーである。資本金は1996年9月現在、2千

万ドル(約22億円)で、日本本社の出資比率が55%、インドネシア人プリブミ(非華

人)の出資比率が40%、あとは日本の商社が5%出資している。95年度実績で売上高

は3,800億ルピア(約180億円:1996年10月現在、1ルピア0.048円で

換算)、輸出比率は6%である。ラジオ生産から始め、現在はTV、オーディオ、ファン、

エアコン、冷蔵庫、洗濯機などを生産している。これまで販売機能、部品製造機能は別会

社化され、現在は製品製造機能に特化している。 当社は96年よりシンガポールからオーディオの生産拠点を引き継いでいる。アジア地

域の管理統括機能は日本本社のアジア大洋州本部におかれている。ただし、教育訓練、物

流、R&Dなどの一部機能はシンガポールにもおかれている。他方、インドネシアにおけ

るグループ企業の中では当社が規模的にも、歴史的にも代表であり、グループ6社をまと

める必要があるときは、国内の統括機能的役割を果たしている。なお、インドネシアにお

けるグループ6社の従業員総数は8,279人で、うち日本人は72人(0.9%)とな

っている。 当社単体の従業員数は2,800人(男子約80%)で、うち大卒25人(0.9%)、

日本人派遣者23人(日本人比率0.8%)である。平均年齢は男女とも32歳で、平均

勤続年数は10.5年となっている。 全インドネシア労働組合連盟(FSPSI)支部の労働組合が結成されており、役員以外は

すべて組合員となっている(組織率100%)。労働協約は2年毎に改訂される。毎月1回

労使会議が開催され、労使関係はきわめて良好と評価されている。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について

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進出時から現在に至るまで、低廉で豊富な労働力の存在ならびに現地市場の開拓が大き

なメリットであるが、近年では中東も含む近隣諸国への輸出拠点としての位置づけも加わ

ってきている。当社が96年よりオーディオの生産拠点となっているのはその例である。 元々地域のマーケットに合わせた製品開発・販売が進出目的であり、親会社とは地域別

市場で分業しているといえる。各製品毎の製造・販売の決定は、各製品毎に製品事業部が

行う。 現地法人で決定できることは、1億円以下の固定資産の購入処分、生産販売数量、それ

に人件費総額の決定である。いずれも事業計画を立てて、本社のアジア大洋州本部の承認

を得る必要がある。現地法人の役員人事は現地側の推薦に基づき、本社が決定することに

なる。 ③トップ・マネジメントの属性と人材の登用状況 社長は、日本本社から派遣されている日本人で、現地での勤続年数は2.7年である。

これまでTV事業部の人事、ビデオ事業部の輸出を担当してきたが、ビデオ事業部の輸出

が も長い。インドネシアに派遣される前は、アジア大洋州本部で経営企画を担当してい

た。 社長を含む役員は7人で、うち日本人4人、インドネシア3人の構成である。インドネ

シア人3人の役員は、副社長、取締役(2人)のポストを占めている。副社長はローカル・

パートナーの二代目で、現在34歳と若い。47歳の人事総務担当取締役であるa氏は、

高卒でTV部門に入り、現場オペレーターからのたたき上げで工場長を経て、5年前に取

締役に就任している。現在37歳のb氏は経営企画担当取締役で、父親が日本人である関

係で日本の大学で経営工学を学んだ後入社している。32歳で取締役に抜擢された。この

ように、取締役は2人とも当社の生え抜きである。 部長は5人いるが、うち4人はインドネシア人である。日本人部長は1人いるが、この

人はシンガポールから移管されたオーディオの輸出を担当している。これまで当社は国内

マーケット中心でやってきたため、ローカル人材には輸出のノウハウ・経験がないため、

日本人が担当している。21人の課長はすべてインドネシア人である。 したがって、残る18人の日本人派遣者はアドバイザー(顧問)として、ラインには入

っていない。操業年数が長いためローカル・スタッフは育っているが、本社事業本部との

連絡調整あるいはコミュニケーション上、まだアドバイザーは欠かせない存在である。ア

ドバイザーは各事業部から派遣されている。図5-2に、同社の組織図とローカル・スタ

ッフの登用状況が示されているが、ローカル・スタッフの登用が進んでいることが分かる。 ここ数年12%から21%までの範囲で、とりわけ国内販売が激増し、市場が変化する

中で、日本人派遣者数は増えざるを得ない方向にある。というのも、新しい市場ニーズに

即応した製品を作るには、本社からのより高度な技術がさし当たり不可欠だからである。

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図5-2 家電メーカーB社インドネシアの組織図とローカル・スタッフの登用状況

(1996年9月現在)

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④人事諸制度ならびに教育訓練施設の実状 人事諸制度ではいくつかの特徴がある。まず、職務範囲についてであるが、職務範囲は

日本の労働者より狭いといえる。それは熟練の程度がまだ低いからである。他方、職務と

職務との間の区分は日本と同様、曖昧な点が多い。また MBO(目標管理制度)はまだ導入

していない。 初任給は、職務職種で差は付けている。しかし、これまでは大学別で初任給格差を付け

るということはしてきていない。しかし、特別に優秀な大卒については他の大卒より初任

職位を若干高めに設定するなどしてでも確保する必要が出てきている。当社では、現在、

大卒初任給は70万ルピアであるが、今年初めて1人だけグループ・リーダーに格付けし

100万ルピアで採用した。 大卒、高専卒クラスで優秀な人材は、当社で3年勤続すると2倍くらいの給与を提示さ

れてスカウトされることも多い。これは、経済が急成長する中でやむを得ない状況である

とみられている。他方で、生産現場の労働者の定着率は他社より高いようである。それは、

当社の福利厚生が手厚いからであると考えられる。 日本の技術者は「日本の物づくり」を導入しようとする。つまり、現場を大切にする。

ところが、インドネシアの大卒は現場をいやがる傾向が強い。しかも、当社の初任給をみ

ると、高卒が12.8万ルピアのところ、大卒は70万ルピアと、5倍以上の開きがある。

高専卒は両者の中間ぐらいの水準である。そこで、「日本の物づくり」を導入しようとする

と、いきおい現場をいやがらなくて、コストの安い高卒・高専卒で大卒を代替させようと

いうことになる。当社もそのような方針で望んでいる。このため、大卒比率が0.9%と

極端に低くなっている。 当社ではローカル人材の育成に力を入れており、すでに1978年には教育訓練センタ

ーが設立され、また1982年には、日本人創業者から100万ドルの私財を受けB教育

財団が発足している。このセンターではローカル従業員を対象に社員登用研修、階層別研

修、職能別研修、それに語学研修など主として実務研修が実施されており、1993年度

の年間受講者数は延べ2,286人に上っている。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 経営の諸課題として、本社・子会社間ならびに日本人・現地スタッフ間の意思の疎通の

問題がある。また、派遣者の能力不足の問題が大きい。特に日本人アドバイザーはもっと

レベルが高くないと通用しない。一般的には、幅広い技術力・知識、とりわけリーダーシ

ップに欠ける人が多いようである。 経営の現地化とは、現地でR&D機能を持つこととみられている。というのも、当社の

マーケットは現地が中心であるから、機能面では現地で決定していくのが適切と考えられ

るからである。ただし、マジョリティは日本側にあるので、社長は日本人であるというの

が前提になっている。

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今後、国際経営のマニュアル化を進める必要があるのではないだろうか。というのも、

トップ・マネジメントが代わっても経営に一貫性が保てるようにする必要があると考えら

れるからである。 (3)家電メーカーB社マレーシア ①企業の概要 当社は、1965年、日本の親会社 初のマレーシア現地法人として設立された。乾電

池、白黒TV、ならびに扇風機の生産を当初の目的とし、日本本社側出資比率は49%で

あった。その後、業容は拡大し、現在ではこれらにカラーTV、洗濯機、冷蔵庫、掃除機、

炊飯器など数多くの家庭電化製品を生産している。操業の翌年の66年には株式が上場さ

れ、現在の日本本社の株式所有は43%となっている。 当社の売上高は約8.2億リンギット(約330億円)で、輸出比率は35%である。

96年9月末現在、従業員数は2,600人余りで、うち男子が68%、平均年齢は29

歳、平均勤続年数は8年である。全従業員の人種別構成はマレー系63%、華人系15%、

インド系22%となっている。 製品の設計開発機能を現地化するために、ライフ・スタイル・アンド・デザイン・セン

ターを設立し、現地にあった製品の開発を行い始めている。ただし、これは現地市場にフ

ィットした製品の設計までであり、要素技術、開発技術は日本本社の方に優位性があるた

め、製品化の段階では現地の設計技術者を日本に逆出向させて 終商品の開発を行ってい

る。なお、R&Dへの投資は対売上高で約10%とかなり高い。 なお、マレーシアにおけるB社のグループ企業は18社(うち製造会社14社)、従業員

数31,000人に上り、グループ全体の売上高は128億リンギット(約5,000億

円)で、輸出比率は70%となっている。この輸出額はマレーシア全体の輸出額の約4%

に達している。当社の社長は、マレーシアにおけるB社グループ企業の地域代表を兼務し

ている。 全従業員のうち大卒は80人(3.1%)である。日本人派遣者は96年現在19人で、

日本人比率0.7%となる。 労働組合があり、EIWU(Electric Industry Workers’ Union; マレーシア電機労連)と

いう産業別組合に加盟している。マレーシア電機労連の委員長は、当社の組合の委員長(4

4~45歳、品質管理担当者)が就任している。当社では労働組合と定例的な労使協議を

行っている。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 1965年に進出したのは、現地政府の強い要請があったからである。また現地市場の

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開拓も大きな動機であった。現在のメリットは、優秀な人材が確保できること、部材の調

達が容易であること、それに、海外拠点の多極化が出来るということである。 また、日本本社各事業部とは、同様の製品を作りながらも市場で分業するということで

連携している。 当社は、既述のように複数の製品を製造しており(いわゆる複品会社)、そのため複数の

事業部と技術的、市場的に結びついている。また、当社は、現地に上場している企業であ

り独立性が強い。このため、かなりの自由が認められており、基本的には事業計画を本社

で承認された後は、新事業を興すこと以外は、ほとんどの項目を独自に決定できる。一方、

他の兄弟会社のように、製品事業部直轄の子会社の場合には、組織から技術まですべて本

社が決定しているという意味で、現地法人には権限委譲はないことになる。また、その場

合は出先機関のトップとして社長にローカルの人材を据えることも可能であろう。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 常勤役員数は6人で、日本人3人、ローカル3人となっている。ローカル3人の役員は

全員華人系であり、社長は勤続2年の日本人である。本社からの社長の出向期間は5年く

らいが目途となっている。現地人役員の仕事は、財務担当、総務・企画・情報システム担

当、生産担当という3つの職務に分かれる。 部長は14人いるが、マレーシア人が半分の7人、日本人が7人である。課長は30人

いるが、9割である27人までマレーシア人である。 日本人スタッフの立場は、アドバイザーとライン・マネジャーとの混合であるが、やや

アドバイザーの方が多い。アドバイザーの仕事は、技術的なアドバイスをすることと、日

本本社事業部などとの連絡調整役ということになる。日本からの新しい技術の受け入れを

継続するためには日本人の存在が不可欠といえる。他方で日本本社の国際化が十分でない

ということも大きな理由になっている。現地の日系企業とのやり取りも原則としてマレー

シア人が行っている。特に、日本の商社との交渉のように日本人が行った方がいい場合は

日本人アドバイザーが関与する。 ④経営の実状と人事諸制度 人事諸制度では、まず年功序列が加味されており、昇進が遅いという特徴がある。例え

ばその結果として、当社には20代の課長はいないし、30代の部長はいない。 採用に際しては長期雇用を前提としている。大学、学部、職務・職種による初任給格差

は導入していないが、これから文系・理系により差を付ける計画がある。 職務記述書は準備されており、職務範囲は日本と比べて厳密に決められている。ただし、

上位職位者の職務範囲はこれから幅広くしていこうとしている。というのも、自分の部門

の目標達成には熱心であるが、将来の会社全体をどうするかというマインドが弱いとみら

れるからである。

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内部の優秀人材の抜擢人事は積極的に実施している。例えば、これまで次長から部長に

上がるには2年間の滞留年数が必要であったが、これを1年に短縮し、また、資格を2ス

テップ、ジャンプさせることも行っている。昇格と同時に職責もこれまで以上に重くなる

方向で改革中である。他方で、指示された職務をこつこつとこなす人材も重要であり、当

社では、コツコツ型の人材も評価しようと、10年同じ資格にいれば自動的に1ステップ

上げることも行っている。 なお、原則として外部からの人材のスカウトは行わず、日本本社ならびに地域本社の研

修センターや関連事業部へ人を派遣するという形で、内部人材の育成と蓄積を中心にやっ

てきた。これからの技術的変化のスピードを考えると、例えば研究関係の人材の給与体系

や勤務制度を別にして外部からスカウト人事を行うことも今後必要かもしれないとみられ

ている。しかし、当社は30年の歴史があり機動的に動きにくいという課題を抱えている。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 既述のように、当社は複数の事業部の製品を製造している。したがって、構造的に複数

事業部にわたる日本本社との意思の疎通が難しい。 また現地の人材が育っているため、日本人派遣者には高い能力が要請される。本社は、

前任者より極端に経験が浅く若い、能力の低い後任の人を送れないため、派遣可能な人材

が底をつくという問題に直面することになる。つまり、本社からの派遣人材は量的にも能

力的にも不足しがちである。 現地法人を経営する上で難しい点は、本社から派遣される社長に任期があり、社長が代

わる毎に基本方針が変わり得ることである。現在の日本人常務が社長に昇進するなら継続

性が保証されるが、そうはなっていない。したがって、現地法人社長の悩みは、このよう

に経営方針・制度を変更した場合にそれが持続されるのかどうか、持続されないとかえっ

てローカル・スタッフに迷いを残すだけではないかという点にある。単純にみて、社長が

財務の出身であるか、営業の出身であるか、あるいは技術の出身であるかにより、その基

本方針が異なる場合も少なくないであろう。 経営の現地化とは、社長は日本人でも当該企業が現地に貢献し、溶け込んでいることで

あろう。同社日本人ならびに現地人トップ・マネジメントは各種経営者団体や工業技術の

各種規格委員会等に数多く参加し、また、積極的に各種地域貢献を行っている。資本の現

地調達は上場企業であるのですでに終わっている。要は「国際的に競争力ある現地企業に

するためには何が必要か」という問題である。 現地化の推進には日本本社の国際化が前提となる。というのも、当社の日本人アドバイ

ザーの仕事の多くは本社と当社の間の通訳・調整業務であり、これがなくなると、本社派

遣の日本人は社長、財務担当役員、及び技術担当役員の3人だけの常駐だけとなる。日本

人技術者等の必要があるときはその都度、応援ベースで短期的に滞在するだけでよくなる

はずである。

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(4)家電メーカーB社フィリピン ①企業の概要 当社は、1967年、それまでラジオを製造していた現地の企業と日本の家電メーカー

との合弁で設立された。設立当初の従業員数は122人であったが、96年現在の従業員

数は約2,000人に増大している。この間、社名は現地の企業名をそのまま使っていた

が、1992年の設立25周年を機に増資するとともに、日本の親会社のグループ企業名

を使うべく社名変更して現在に至っている。フィリピンの名門企業としてその名を知られ、

「フィリピンにおけるトップ50社」に毎年、選ばれている。生産品目は、テレビ、オー

ディオ、電気アイロン、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、扇風機、クーラーなどと

なっている。 現在の資本金は約3.5億ペソ(約14億円:97年8月現在、1ペソ4円で換算)で、

うち80%は日本側の出資である。96年度の売上高は約65億ペソ(約260億円)で

ある。95%までが国内販売に向けられ、輸出は日本向けのオーブン・トースターなどご

く一部に限られる。過去5年間の売上高は順調に推移している。 従業員数は2,000人であるが、うち900人は大卒で、大卒比率は45%と他の

ASEAN の兄弟企業と比べて高い。また日本人派遣者数は28人で、日本人比率は1.4%

となっている。 労働組合が結成されており、比較的穏健といわれる上部団体(ナショナル・センター)

である FDTU(Federal Democratic Trade Union)に加盟している。組合費は全員一律で、

月額50ペソとなっている。97年6月よりこの額になったが、それより前は20ペソで

あった。これは FDTU への上納金がそれまでの1人当たり10ペソから20ペソへ引き上

げられたことにも連動している。なお、この FDTU は日系の自動車メーカーの労働組合も

傘下に収めており、様々な産業を包摂している。 ちなみに、フィリピンには同社の兄弟企業として、フロッピー・ディスク・ドライブ、

監視用カメラ、それにビジネス電話などを生産する従業員2,000人の企業と、96年

より事務機器を製造し出したばかりの企業(従業員数100人)がある。これら兄弟会社

の製品は全量輸出に回されている。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 進出の動機は、低廉な労働力の存在ならびに現地市場の開拓であるが、これは現在でも

大きなメリットとなっている。 既述のように輸出は少なく、元々地域のマーケットに合わせた製品製造・販売が進出目

的であり、親会社とは地域別市場で分業している。地域の市場に合わせた製品開発の例と

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して、洗濯機と炊飯器がある。洗濯機は日本では全自動か二槽式かということになるが、

フィリピンでは脱水機のない一槽式を市場に出したところ大ヒットし、当社製品が市場の

8割を占めたことがある。また、日本の米ではなく、現地の米がおいしく炊ける炊飯器の

開発は不可欠であり、実際、外部の米専門の研究所の協力を得て現地向けの炊飯器を開発

している。 現地法人で決定できることは、一定額以下の固定資産の購入処分、生産販売数量、それ

に現地広報活動である。いずれも事業計画を立てて、本社のアジア大洋州本部の承認を得

る必要がある。現地法人の役員人事は現地側の推薦に基づき、本社が決定することになる

が、役員候補者は昇格前に日本の本社におけるエグゼクティブ・コースの研修を受ける必

要がある。この研修中、本社は当該人材が役員として適切であるかどうかを見極めるので

ある。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 社長は、日本本社から派遣されている日本人で、現地での勤続年数は4年である。社長

を含む役員は96年10月現在、11人で、うち日本人7人、フィリピン人4人の構成で

ある。フィリピン人役員の担当職務は財務を除くすべてである。技術部門の役員もフィリ

ピン人であるが、日本人の技術アドバイザー(顧問)を2人を張り付けている。 なお、97年8月現在、フィリピン人役員は3人となり、1人が空席となっている。

近フィリピンに進出してきた欧州メーカーにその人がスカウトされたためである。このた

め、急遽、日本人役員がその穴埋めしている状況であるが、97年には役員候補者(現在

ジェネラル・マネジャー)を日本本社のエグゼクティブ・コースに派遣し、その下の部長

(マネジャー)をジェネラル・マネジャー候補者として日本本社のアドバンスト・マネジ

メント・コースに派遣して、急いで内部人材で補充すべく対応中である。 部長は32人、課長は56人いるが、全員フィリピン人である。日本人派遣者28人の

うち、役員の7人を除く21人の日本人派遣者はアドバイザーとして、ラインには入って

いない。操業年数が30年と長く、人材育成に力を入れているためローカル・スタッフは

育っているが、技術移転上や本社事業部との連絡調整上、まだアドバイザーは欠かせない

存在である。たとえば、事業部の国際経験の豊富さの度合いにもよるが、事業部によって

はモデル・チェンジの激しい製品の技術ドキュメントを日本語で書いて送ってくる場合す

らある。 ④経営の実状と人事諸制度の改革 94年以降、フィリピンでは日系、欧米系、NIES 系電機メーカーの進出ラッシュが続い

ており、「ミニ・バブル」と呼べるような状況にある。この中で当社のような操業後30年

を経ている企業は、管理職、技術者、それに熟練技能者の格好の供給源となっているよう

である。

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94以前は従業員の定着が良かった当社で、95年以降、日系以外の外資系企業からの

引き抜きが際立ってきている。引き抜きされる対象者は30代が中心といえるが、例えば、

95年、96年の技術者の離職率は年間で10~20%の高さにあり、深刻な事態となっ

ている。彼らの諸手当込みの給与水準は1カ月ほぼ3万ペソであるが、4~5万ペソの給

与に加えてカンパニー・カーを付けるというくらいの条件が提示されているようである。

既述のように、トップ・マネジメントさえもヘッド・ハンティングされている。 そこで、当社では95年5月より本社から人事の専門家を派遣して、以下のような対応

策を打っている。第1に、処遇の改善を行っている。上述のような引き抜きを防ぐために

給与水準自体を上げていっては切りがないので、エンジニアに対し基本給の10%くらい

に当たるエンジニア手当を付けることにした。この手当はグレードに対応しており、グレ

ードが高くなるほど手厚くなる。 第2に、これまでのような年功的な昇格の運用を止めて、昇格のための資格要件をゆる

め、昇格をしやすくし、同一資格での滞留年数を実質的に短くする一方で、能力査定をよ

り客観的に行うようにした。つまり、外部機関が実施するペーパー・テストやテーマ研修、

つまり1つのテーマを半年間くらいかけて職場で追求させ、 後にその成果のレベルを評

価する研修を導入するなどして、能力重視としたのである。これらの研修は、管理職への

抜擢人事の基礎資料とする。 当社では人材育成に力を入れており、設立25周年の翌年である93年には「人材開発

センター」(Human Development Center)が設立されている。このセンターは、会社敷地

内に独立の建て屋を保有している。ここでは主として、新入社員研修とスーパーバイザー・

クラスの実務研修が実施されている。さらに年間100名くらいは、日本あるいはシンガ

ポールなどで実施される中間管理職の実務研修や女性社員研修(ビッグ・シスター・コー

ス)に派遣している。役員候補者を日本本社のエグゼクティブ・コースに派遣しているこ

とは既に述べたとおりである。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 当社は既述のように、フィリピンの名門企業の1つになっており、そのため人材が引き

抜かれるという皮肉な課題を抱えている。名門企業であるが故に、人材募集用のパンフレ

ットにも、「我々企業グループのミッションは、利潤動機と国への貢献とを調和させ、フィ

リピン国民の福祉を増進し、フィリピン労働者の社会的地位を高め、さらには国のため外

貨収入を生み出すことにある」と述べている。 経営の現地化とは、社長は当面日本人であるにしても、やはり現地に溶け込み、受け入

れられる企業となることであると認識されている。しかし、現地人人事部長の目には、フ

ィリピン人取締役の数もまだ限られており、経営の現地化はまだ40%しか達成されてお

らず、まだまだ将来の目標であると映っているようである。

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(5)考察 家電メーカーB社は、グローバルな視点での人材育成をシステマティックに実施してい

る。すなわち、部課長層には地域本社・機能別拠点の研修センターで、それ以下の場合は

各社・各工場に人材育成センターでそれぞれ研修を行い、さらにこれらのレベルを超える

役員候補者には本社での役員登用研修を実施している。とりわけ役員登用研修では、職能

研修を超えて、経営理念の共有や視野の拡大を図っている。また、その研修は本社による

研修生のアセスメントも兼ねている。 当社の海外製造子会社は少なくとも従来、複合製品製造会社としての役割が通常であっ

たため、勢い、複数の本社事業部門との折衝が多く、日本人派遣者、アドバイザーの駐在

は不可避となっていた。他方で、マレーシアのように、上場し、また本社の特定事業部の

出先機関となることはなかったため、独立性を保持できた面もある。 これに加えて、インドネシアでは近年、製品需要の拡大に伴い、新製品・新技術の導入

が活発で、勢い、技術の受け入れ支援として日本人の派遣者、アドバイザーの人数は増大

せざるを得なくなっている。本社からの派遣者数の増減はこのように、技術的、製品的変

動によっても影響を受けることになる。 またインドネシアでは「日本の物づくり」という技術・技能体系、あるいは現場での取

り組み姿勢を導入しようとするととりわけ大卒エンジニアには受容体制ができていないよ

うで、そのため工場では高専・高卒の人材に頼ることとなっている。メーカーとしてのB

社にとっては、現地の風土と折り合いを付けながらも、独自の技術・技能体系を導入しよ

うとし、そのため技術アドバイザーの一定人数を確保する必要性もなくならないのであろ

う。 マレーシアやフィリピンのケースでは、製品開発機能の一部も現地に移譲されているが、

これは、製品がローカル・マーケット向けであるため必然性があるといえる。要素技術や

研究開発機能の移譲となれば、組織上も HRM 上も、別のより大きな影響が生まれるであ

ろう。 当社グループにおいても本社・子会社間、派遣スタッフとローカル・スタッフ間におけ

る意思疎通の問題は解決されていない。また、社長が変わると経営方針の一貫性の保持が

保障されないという問題がある。これはマレーシアのように、子会社が独立性を比較的強

くもつ場合の宿命なのかもしれない。 4.食品メーカーC社グループ (1)食品メーカーC社:本社の海外子会社統括システム

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①海外事業展開の歴史と現状 当社の海外事業展開の歴史は古く、80年前にニュ-ヨ-クおよび上海に駐在員事務所

を開設し、海外市場の開拓に乗り出した。その後も、東南アジアおよび米国において各地

に販売拠点を開設し日本からの輸出を飛躍的に拡大させた。1960年代に入って、タイ

を皮切りに、東南アジア、中南米、欧州に於いて現地生産を次々に展開するとともに、食

品分野だけでなく、医薬分野から農業分野にかけて、世界市場を舞台にグロ-バルな事業

の多角化を推進してきた。 現在、22カ国に84ヵ所の海外拠点を有し、このうち生産拠点は14ヵ国に39工場

を有する。この内訳は、アジア24、欧州5、米州9工場であり、海外における総従業員

は18,000名である。 ②海外事業の統括体制 当社の海外事業の展開は輸出によりまず市場を開拓し、市場が形成された所で現地生産

に切り替えるという方法で事業を展開してきた。このため当社の組織体制は、地理的な拡

がりによる地域軸と、製品や事業単位による事業部軸を機能的に組合わせた「グロ-バル・

マトリックス」となっている。 地域統括組織としては、欧州本部(パリ)と米州本部(ニュ-ヨ-ク)が存在しそれぞ

れ管轄下の現地法人を統括管理している。アジアについては実質的に本社直轄であるが、

中国については96年、統括会社を設立した。なお、R&Dについては、一部に出先機関

を有するが実質的に日本で一元管理する体制である。 ③現地採用社員の登用とその方法 当社では、比較的早い時期からナショナル・スタッフ(現地従業員のこと)の登用を積

極的に推進してきた。それは、文化も習慣も異なる海外において製品の市場開拓を行なう

には、現地社会に溶け込んで「現地主義」を徹底する必要があるからである。さらに近年

になってM&Aによる海外展開が増えてきたことも経営の現地化の割合を高める結果とな

っている。 役員にナショナル・スタッフがどの程度登用されているかを経営の現地化度合として捉

えると、当社の場合以下のようになっている。後掲のインドネシアとフィリピンの2社は

Bグループに含まれる。 A)ナショナル・スタッフを社長に登用している子会社:12社(主要現地法人43社

の28%) B)役員の内ナショナル・スタッフが過半数を占める子会社:17社(同40%) C)役員の内ナショナル・スタッフが3分の1以上を占める子会社:27社(同63%) ナショナル・スタッフの育成は、現場におけるOJTがあくまでも基本であるが、OF

F-JTとして、毎年1回、子会社の役員もしくは近い将来役員に登用される人材を召集

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し「経営幹部研修」を行なう。中堅管理層を対象にした制度としては営業、マ-ケティン

グ、生産管理等分野のプロフェッショナルを育成する為の「部門別研修制度」がある。 海外進出の初期の段階では日本人出向者がライン業務につくが、次第にナショナル・ス

タッフが成長してくると共に、日本人出向者とナショナル・スタッフの役割分担をどうす

るかという問題が生じてくる。この問題は海外進出が長い企業の共通の問題であるが、現

状では概ねライン業務はナショナル・スタッフに、日本人出向者はスタッフ業務(新規事

業や新製品開発も含め)に付くことで役割分担している。 (2)食品メーカーC社インドネシア ①企業の概要 当社は、1969年に設立され、1971年から操業を開始した各種調味料の製造会社

である。日本本社の資本所有は95%である。現在、臨時工も入れて従業員数は約1,2

00人に達している。日本人派遣者は20人で、日本人比率1.7%である。当社製品の

販売会社は別会社化している(d社、従業員数1,500人)。 従業員約1,200人のうち大卒は70人(5.8%)である。スラバヤ近郊の工場で

技術系大卒は採用しやすくて定着率も良いが、ジャカルタ本社の大卒は採用はしやすいが、

定着率は悪いという。これは同じ建て屋にある販売会社(d社)との関連で出勤時間が7

時と早いことや、立地場所がオフィス街から遠いことにもよるようである。また、スラバ

ヤ近郊の工場内には地域貢献として技能訓練センターを設立し運営している。 なお、当社のスラバヤ近郊の工場敷地内に、日本本社100%出資の日本向け輸出専門

製造会社b社が1989年に設立されている。b社では末端消費者向け以外の製品を製造

している。従業員数は約100人である。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 現地市場の開拓と確保(輸出代替)、ならびに原料であるをサトウキビが得られるという

ことで設立された。また、装置産業であることから全般的には資本集約的であるが、一部

包装工程が労働集約的であることから、低廉な労働力が得られるということも大きな進出

動機となっていた。 現在のメリットは、低廉な労働力が得られる、現地市場の開拓と確保という点にあるが、

さらに、海外拠点の多極化という要因が大きくなっている。海外拠点の多極化の意味は、

輸出専門会社b社に特に当てはまるが、安い原料、安いエネルギー、それに円高という条

件を利用して、生産拠点を戦略的に多極化することを意味している。 当社は、親会社とは同様な製品を市場で分業している。当社はイスラム教徒向けの製品

に強いという特性を活かして、インドネシアのマーケットの他に中東のマーケット向けの

製品も製造している。

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現地法人への権限委譲のあり方については、日本本社で「海外法人管理要綱」を20年

くらい前から整備している。現地側で決定できることは、限度枠内での固定資産の購入処

分、限度枠内での貸付・借入、生産販売数量の決定、現地広報活動、人件費総額の決定な

どである。 本社マターは、資本金関連事項(増資・減資など)、役員人事、重要な販売政策の変更、

商標関連、製造設備の投資案件、限度額を超える借入、それに年度計画・中長期計画であ

る。年度計画については、インドネシア地区代表者でもある当社社長が毎年、日本本社で

の「海外法人会議」に行き、地区各社(当社、b社、c社(94年設立の飲料メーカー、

従業員数90人)、d社)の計画を報告し承認を得る必要がある。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 現社長は日本本社から派遣されている日本人で、タイ2回、マレーシア2回、インドネ

シア1回目という赴任経験があり、東南アジアでの勤務経験が通算で26年というベテラ

ンである。逆に日本国内勤務は9年と短い。インドネシアB社の社長に就任してから6年

弱である。これまでのキャリアをみると、技術分野と現地営業以外、つまり管理部門はす

べて経験している。 社長を含む役員は14人で、うち日本人4人、インドネシア10人の構成である。社長、

副社長は日本人派遣者である。インドネシア人の役員10人のうち3人は生え抜きの技術

者、経理担当者、人事労務・総務・購買調達担当者で、残る7人の役員はパートナー会社

出身である。ただし、経理担当部長は役員であるが、 終責任者は日本人出向者としてい

る。技術と品質管理は日本人出向者が担当している。B社の基本方針はモチベーション対

策の意味もあるが、なるべく役員までの昇進到達者を増やそうというものである。 部長は15人であるが、そのうち10人はインドネシア人となっている。課長以下のポ

ストすべてインドネシア人が就いている。 日本人派遣者の立場は、管理部門では担当役員としてラインに入っているが、工場では

工場長を除けば技術者がアドバイザーとして入っている。工場では数年に1度くらいの頻

度で行われる新製品・新技術の日本からの移転をスムーズにするよう、日本人技術者がア

ドバイザーとして配置されている。 ④人事諸制度とその運用 当社では、採用は長期雇用を前提として行っている。また目標管理は部単位、支店単位

で実施している。初任給は学部別、職種・職務で差がある。職務記述書は基本的には準備

されているが、職務範囲は非公式にオーバーラップさせて、能力が高くやる気のある人に

多くをやってもらうようにしている。外部人材のスカウトはやりたいがまだやっていない。

他方、内部の優秀人材の抜擢人事は実施している。たとえば、輸出と購買を担当している

現在の課長は、年齢30歳の高卒で、社歴も6~7年と短いが、優秀でやる気もあるので

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課長に抜擢した。 しかし40歳までに役員になった人はいない。若いうちから優秀なエリートを指名して

特別枠で育成するということはしていない。というのは、そうすると多くの従業員の志気

を殺ぐことになるし、また潜在的な才能や能力を生む土壌をなくすからである。実際、そ

れまで全く注目されていなかった人材が上司の交替により俄然能力を発揮し、伸びていっ

た事例が当社にはある。 工場には労働組合が結成されているが、労使関係上の問題はない。毎年、4月の昇給に

関する交渉を行っているが、96年は前年のCPI上昇率が8.6%のところ、17%で

決着した。本社従業員の給与もそれに合わせて改訂している。なお、当社での大卒初任給

は60~70万ルピアである。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 経営上の課題は、現地スタッフに日本本社の経営理念をより深く理解してもらいたいと

いう点くらいで、大きな問題は差し当たり抱えていない。 経営の現地化とは、社長は日本人でも現地に貢献し、溶け込んでいることが当面、ポイ

ントとなろう。遠い将来においては、社長の国籍如何はその重要性を下げ、むしろ、本社

の経営理念等をどれだけ具現できているかどうか、本社からどれだけ信頼されているかど

うかがより重要となろう。 食品の場合には、現地の人の口に合うかどうか、いわゆる「ベロ・メーター」が重要で

あり、ローカル向けの製品はローカルで開発するのがベストである。しかし、R&Dの効

率性ということを考えると、基礎技術に関しては日本の方に優位性があるので、日本で研

究開発する方が合理的である。要は、経営の現地化を考える場合に、 終的に本社の根源

的な技術的・文化的強み、つまり「コア・コンピタンス」(Core competence)をいかに守

り、経営活動の中でそれをいかに具現化するかが重要である。 (3)食品メーカーC社フィリピン ①企業の概要 当社は、1962年に華人系現地資本と合弁で設立された食品会社である。日本本社の

出資比率はもともと40%であったが、85年以降、日本本社の出資比率は50%に引き

上げられて現在に至っている。なお残る50%の資本は25%ずつ、現地華人が兄弟で出

資している。 生産品目は売上高の95%が調味料(グルタミン酸ソーダ)で、グルタミン酸ソーダの

販売は国内シェアのほぼ100%を占めている。これ以外に 近では新規事業の一環とし

て炒め物の調味料や醤油なども製造し出している。96年度の売上高は約8,000万ド

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ル(約100億円)でここ数年の伸び率は2~3%で推移しているが、97年度は8%の

伸び率を目標に掲げている。 現在、臨時工(Casual workers)も入れて従業員数は約1,000人に達している。う

ち大卒は約400人(40%)と他の ASEAN の兄弟会社と比べて多い。部門別構成は、

本社管理部門に80人、支店(営業拠点)に330人、工場に580人(うち臨時工80

人)となる。支店は全国に29カ所設けており、地方の営業はセールスマン、運転手、そ

れに助手の3人組で公設市場、いわゆるパブリック・マーケットを巡回して行くのが基本

的パターンとなる。 日本人派遣者は8人で、日本人比率0.8%となる。日本人派遣者は本社管理部門に4

名、工場に4名が配置されているが、工場に配置されている4名は、工場長を除いて技術

アドバイザーを務めている。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 60年代はじめの進出動機は、現地市場の開拓、原料確保、それに低廉な労働力という

要因が大きかった。市場の近くで生産するという意味では、海外拠点の多極化ということ

にもなる。なお、進出当初はキャッサバ芋を原料としていたが、70年代半ば以降からは

サトウキビを原料としている。 現在の現地生産上のメリットとしては、低廉な労働力という側面はすでに当てはまらな

くなっている。とうのも、97年7月現在、工場部門における現地従業員の平均年齢は4

3.7歳、平均勤続年数は20.5年となっており、確実に高齢化、高賃金化が進んでい

るためである(表5-3参照)。 表5-3 食品メーカーC社フィリピンの工場従業員の構成

(1997年7月現在)

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ワーカー(日給者)の平均基本給(Basic pay)は月額で8,000~9,000ペソに

達しており、これにクリスマス・ボーナス(基本給の2カ月弱に相当)、シフト手当、残業

手当などの付加給付(Fringe benefits)を加えると平均で2万ペソ弱になっている(注2)。

この水準は、勤続年数が長いためとはいえ、現地企業水準の2倍を超えるくらいである。

シニア・スタッフや月給労働者についても同様の状況にある。 現地法人の生産機能の役割は、親会社と調味料という同様な製品を市場で分けて生産し

ているといえる。 日本側の現地法人への権限委譲のあり方は日本本社の「海外法人管理要綱」に決められ

ているが、あらゆる点でパートナーとの意見のすり合わせは不可欠である。現地側で決定

できることは、限度枠内での固定資産の購入処分、生産販売数量の決定、人件費総額の決

定などである。後述のように、現地生え抜き社員の役員への登用に関しては、日本本社側

の見解とパートナー側との見解に相違がある。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 現社長は日本の親会社から派遣されている日本人で、96年3月から就任している。そ

れまで創業以来34年間はフィリピンのパートナー側から社長を出していたが、95年末

の事故によりフィリピン人社長が死去してから、50%を出資する日本側が社長を出すこ

とになった。副社長は、25%ずつを出資するファミリーから1名ずつ出している。この

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社長、副社長の3名で毎週、経営会議を開き、様々な意思決定を行っている。 社長を含む役員は9人で、うち日本人4人、フィリピン人5人の構成である。日本側派

遣の役員は社長、総務担当取締役、販売担当取締役、それに取締役・工場長ということに

なる。フィリピン人の役員5人はすべてパートナー側から出ており、2人の副社長以外は

非常勤取締役である。一方の副社長の担当職務は経理・購買で、他方の副社長の担当職務

は人事・渉外となっている。こうして、日本側役員の主たる担当分野は、営業と製造(技

術・生産・品質管理)ということになる。 日本の親会社の基本方針は、出来るだけ早い段階でポストを現地スタッフ(ナショナル・

スタッフ)に委譲するというものであり、操業後35年を経た現在、その候補者もいるが、

当社生え抜きのスタッフが取締役ポストに就くにはパートナーの「従業員=使用人」とい

う発想が変わるのが前提で、それにはまだ時間がかかりそうである。現日本人社長に代わ

るまでの当社の組織風土はフィリピン人社長の意見は絶対というものであったという。ち

なみに、工場のフィリピン人管理職(28人、全員男性)の平均年齢は49.2歳で、平

均勤続年数も25.1年となっている。このため、古参の上級管理職は60歳の定年年齢

に到達してきている。 部長は15人、課長は63人であるが、全員フィリピン人である。日本人派遣者の立場

は、本社管理部門では基本的に担当役員としてラインに入っているが、工場では工場長を

除けば技術アドバイザーとして入っている。工場での日本人アドバイザー3人の担当分野

は発酵、精製処理、工務である。なお、既述のように、当社はこれまでほぼグルタミン酸

ソーダのみの生産を行ってきたが、これからは新製品の分野にも進出しようとしており、

新商品コンセプトならびにその技術的サポートも現地で対応できるようにしたいというこ

とで新事業開発セクションを本社内に新設し、ここに専任スタッフ4人と日本人アドバイ

ザー1人を置いている。 ④経営の実状と人事諸制度 当社では、採用は長期雇用を前提として行うともに、実際に従業員の定着率も高い。こ

のため年齢構成が高くなり、また年功序列的となり昇進スピードが遅くなっている。職務

範囲も大括りで不明瞭となっている。採用の後の初任給では、会計士、エンジニアの資格

を有しているものは別途優遇している。 これまで外部人材のスカウトを実施したことがあるが、現地従業員の反発も強く、その

人が定着しなかったこともあり、今は実施していない。内部の優秀人材の抜擢人事もこれ

まで実施していない。というより、抜擢人事は後述のような、パートナー、労働組合のス

タンス・反対のために実施できなかったといえるであろう。 日本への研修制度はある。この1年でみると、親会社でのマネジメントの仕組みを知っ

てもらうという目的で経営幹部候補生1人を日本本社の経営幹部研修に参加させたし、毎

年2~3人は日本の技術研修に参加させている。

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⑤経営の諸課題と経営の現地化 経営上の課題は、第1が、労使関係の改善、第2がパートナーとの関係のあり方に集約

される。 第1の労使関係の問題は次のようである。当社の労働組合は日給者の労働組合と月給者

の労働組合とに分かれているが、いずれも戦闘的といわれる旧 KMU(Kilusang Mayo Uno; 5月1日運動)から分派した労働組合の傘下にある(注3)。労働協約(CBA)の改訂は3

年に1回行われるが、労使双方の主張のギャップが大きく、交渉がまとまるのに半年はか

かるという。これまで労使紛争も経験しており、72年には32日間、87年には78日

間に及ぶストライキがあった。人事考課は行っているが、労働組合の処遇差別に対する反

対があり、考課結果をベースアップなどの処遇に反映させられないのが実状である。当社

では労働組合の抵抗があり、日本と同様の労務管理がこれまで出来なかったといえる。 第2のパートナーとの問題は、意志疎通の問題である。既述のように、当社の資本構成

は3つのパートナーから構成されており、既述のような生え抜き社員の役員への抜擢につ

いても全く異なった見解があるように、意見をまとめるのが難しい面があり、そのため意

思決定が遅くなるという面は否めない。この問題を解決するには時間がかかるが、社長を

日本側から出すようになったこともあり、徐々に「変化の風」が吹いてきているといえる。

しかし、生え抜き社員の役員への抜擢は、日本側出資比率が50%超とならないと難しい

かもしれない。 日本本社の意向でもあるが、定常業務の現地化、ポストの現地化(ナショナル・スタッ

フ化)は今後一層進める必要がある(もちろん生え抜き社員の取締役への抜擢はパートナ

ーとの意見のすり合わせが大きな障害として残る)。しかし、経営の現地化とは、フィリピ

ン・ウエイで経営を行うことではない。経営の現地化とは、競争力があり、利益を生み出

せる経営を行うことであり、このため、今後付加価値を生み出す新しいビジネスの柱を親

会社・兄弟会社と連携して見つけだしていけるシステムを現地社会に作ることである。当

面は、社長は日本人でも現地に貢献し、現地社会に溶け込んでいることが経営の現地化の

前提であろう。 (4)考察 食品メーカーC社グループでは、現地市場に食い込むためにも現地スタッフのシニアま

たはトップ・マネジメントへの登用を積極的に行いたいとしている。その上、近年、M&

Aで他社の買収も増えているが、この場合は本社から日本人を派遣することなく元の経営

者に運営を任せることも多く、勢い、現地トップ・マネジメントが増える傾向にある。 役員候補者に対しては日本本社での「経営幹部研修」を受講させ、システマティックに

今後の昇進と権限委譲、それにグループ企業の統合体制に備えさせている。

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日本人派遣者と現地のシニア・スタッフとの間では、現地のシニア・スタッフがライン

業務、日本人派遣者はスタッフ業務(新規事業の立ち上げ、新製品の開発・探索など)に

それぞれ従事するという形で分業し、役割分担している。ただ、工場では、インドネシア

でもフィリピンでも工場長以外の数人の日本人派遣者は、アドバイザーとして投入されて

いる。 本社の統括に関する課題は、経営理念が現地管理職に浸透していないということと、価

値観の相違でパートナーとの意思疎通が難しいということである。さらに、とりわけフィ

リピンでは偶々かもしれないが、戦闘的な労働組合に組織され、ストライキを経験するの

みならず、人事考課結果を処遇に反映させられない状況に陥っている。 5.マレーシアにおける日系メーカー2社 (1)精密機械メーカーD社マレーシア ①企業の概要 当社は、1988年、カメラ・ビデオ用レンズの生産を目的に日本の大手精密機械メー

カーのカメラ事業本部のマレーシアにおける一工場として100%出資で設立され、翌年

からレンズの生産を開始した。1990年には、同じ敷地内にコンパクト・カメラ生産会

社が設立されたが、1995年、両者が合併し、現在のD社となっている。事業内容は、

カメラ・ビデオ用レンズ、ペンタプリズム、ならびにコンパクト・カメラ等の生産である。

製品は全量日本等に出荷しているため、営業活動は行っていない。売上高は約2.5億リ

ンギット(100億円)で、レンズが3分の1、カメラが3分の2という構成である。 現在、従業員数は2,100人、うち女子が7割強、平均年齢は25.8歳である。マ

レーシア経済の高い成長率(93年8.3%、94年9.2%、95年9.5%)を反映

して、従業員の移動率は高く、年間退職率をみると92年19.5%、93年12.9%、

94年20.3%、95年25.4%となっている。特に採用者の半分は 初の6ヶ月で

辞めるのが実態であるため、近年では採用が増えるにともない離職率も高まるという関係

にある。採用が多くない割に離職が多かったのは92年で、これは世界的な景気後退が原

因である。また、賃上げ率も94年10.2%、95年12.5%、96年11.5%と

常にCPI上昇率(93年3.6%、94年3.7%、95年3.4%)を大幅に上回っ

ている。なお出勤率は92%である。 全従業員のうち大卒は44人(2.2%)、カレッジ卒は225人(10.8%)である。

日本人派遣者は1992年の54人から年々減少しているが、96年現在29人で、日本

人比率1.4%となる。 労働組合はない。

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231

②進出動機と生産分業・権限委譲について 当地に進出するに当たって、設備投資に関する政府の税制上の優遇は大きなメリットで

あった。低廉で豊富な労働力のメリットは現在では享受できなくなった。ワーカーについ

ては、95年に2回に分けて2年契約で100人、人頭税を払ってインドネシア人を雇用

したくらいである。ちなみに、マレーシア政府は外国人労働者の導入を規制する方針で、

年間の人頭税もこれまでの年間540リンギットから96年からは1,080リンギット

へと倍にした。 また、高級品は日本、台湾、中級品はマレーシアなどというように、日本本社とは生産

機能を製品の品質により分けている。 現地法人だけで決定できることは、100%子会社であることもあり、限られている。

現地側で決定できることは、限度枠内での固定資産の購入処分、ならびに人件費総額の決

定くらいである。生産数量は本社の事業部で決定される。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 社長は日本人で、日本本社からの派遣である。役員は6人で、常勤3人、非常勤3人で、

全員日本人である。ローカル・スタッフで 高の職位は副部長で、現在5名がこのポスト

にある。このため、部長ポストはすべて日本人が就いている。 3人の役員と1人の工場長を除く、残る25人の日本人スタッフの立場は、コーディネ

ーターとライン・マネジャーの混合であるが、ややライン・マネジャーの方が多い。コー

ディネーターの仕事は、技術的なアドバイスをすることと、日本本社や台湾などの兄弟会

社との連絡調整役ということになる。 当社の副部長または課長で日本語が出来る人も何人かおり、また日本本社の事業部と直

接に連絡なり交渉なりが出来る人も数人いるが、数はそれほど多くない。それと同時に、

本社の事業部の特に生産現場の方で、英語で直接受け答えできる人がどれくらいいるかと

いうことが問題となる。日本人の連絡調整役が不可欠という現状は、当社にそういう仕事

が出来るローカル人材の層が薄いということと、他方で日本本社の国際化が十分でないと

いう双方の理由による。 当社の部材の現地調達率は、ICやバッテリーを別として、部品点数では95%程度に

達している。ベンダーの担当者もローカルの人が多く、そのため購買調達担当者もローカ

ル・スタッフというになる。マレー人はその点で信頼できるという。 ④経営の実状と人事諸制度 全従業員の人種別構成は表5-4に示されるように、マレー系89%、中華系3%、イ

ンド系4%、外国人労働者(インドネシア人)4%となっている。しかし、マネジメント

層だけをみると、マレー系58%、華人系33%、インド系9%となっており、マレー系

はワーカー・クラスに集中し、華人系、インド系はマネジメント層に多く就いていること

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が分かる。 表5-4 精密機械メーカーD社マレーシアの従業員構成

(単位:人、%)

人事諸制度では、まず昇進が速いという特徴がある。例えば大卒はアシスタント・エン

ジニアで入社し、早ければ3年後の26~27歳でアシスタント・マネジャーに昇進する。

ちなみに、大卒の初任給は1,600リンギット、ワーカーの初任給は415リンギット

である。 採用に際しては長期雇用を前提としている。個人レベルでの目標管理制度の導入は現在

検討中の段階にある。大学による初任給格差は導入していないが、職務・職種によっては

若干の差がある。直接部門の職務範囲は日本と比べて厳密に決められている。しかし、日

本と比べると担当職務の範囲がきわめて狭い。内部の優秀人材の抜擢人事は実施している。

例えば、現在のカメラ部門の副部長は35~36歳の若さであるが、部品の購入、受け入

れ検査を経て現在では組立の責任者に抜擢されている。外部からのスカウト人事は行わず、

内部育成中心で行っている。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 日本本社との意思の疎通が難しいという問題はない。むしろ、日本人派遣者と現地スタ

ッフとの間の意思の疎通がうまくいっているかどうか、日本人からの一方通行だけに終始

していないかどうかという点で疑問が残る。 現地スタッフには生産管理教育を通じて本社の経営理念を浸透させているので、少なく

とも課長層以上には問題がない。しかし、まだまだ現地人幹部の能力は日本側の期待水準

に達していない。他方、日本本社からはオールマイティにこなせる人を派遣してもらって

いるので、日本人派遣者の能力不足の問題は発生していない。 経営の現地化とは、社長は日本人でも現地に貢献し、溶け込んでいることであろう。資

本の現地調達は本社のポリシーからあり得ない。人材を育成し蓄積することがまず先決で

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あろう。当社で新製品の開発ができるには少なくとも、あと5年はかかるであろう。 (2)電機部品メーカーE社マレーシア ①企業の概要 当社は、1980年、日本の大手総合電機メーカーのマレーシアにおけるテレビ部品の

製造会社として設立された。製造品目には偏向ヨーク(DY)、フライバック・トランス(FBT)、チューナー・フロントエンド、それにサーキット・ボードユニットがある。製品は、本社

のグループ企業とそれ以外に50%ずつ供給している。地域別にみると、マレーシア国内

が56%と 大である。これは、マレーシアのジョホールでテレビを製造しているグルー

プ企業があるためである。残る44%はシンガポールをはじめとする東南アジアを中心に

輸出している。 本社工場は首都クアラルンプールに近い南部の工業団地にあるが、93年には労働力を

求めて北部のイポーに分工場を設立した。イポー工場では偏向ヨークのみを製造している。

イポー工場には常駐の日本人はいない。 出資比率は日本本社が64%、日本本社の日本での関連会社14%、日本本社のシンガ

ポール子会社12%、それに現地パートナー11%である。 従業員数は約2,400人で、うち大卒者が100人(4.2%)である。日本人派遣

者は96年現在10人で、日本人比率0.4%となる。外国人労働者は雇っていない。 ②進出動機と生産分業・権限委譲について 当地に進出するに当たって、低廉で豊富な労働力の存在は大きなメリットであった。ま

た部材の調達のメリットも大きかった。実際、当社の部品の70%は現地調達となってい

る。ただし、70%のうち多くは現地の日系企業からのものである。残る30%は半導体

を中心として日本から輸入している。 これら以外に、海外拠点の多極化が可能になること、現地政府の税制上の優遇策、関連

企業の要請が大きかった。元々、当社がマレーシアに立地したのは、シンガポールのテレ

ビ工場ならびにマレーシアのブラウン管工場のために部品が必要とされ、地場のマレーシ

アが選ばれたことによる。 現在では、上記の進出動機のうち、豊富な労働力の存在は当てはまらなくなった。この

点は当社がイポーに分工場を設立したことからも明らかである。 また、製品は原則として、日本と中国以外に販売するというように、出資元である日本

の関連会社のマーケットと競合しないようにしている。 現地法人だけで決定できることは多い。というのも、テレビで親会社と競合するメーカ

ーにもトップ・セールスで販売する部品メーカーであるためである。価格と品質が合えば

どこのメーカーにも納入できる。もちろん、基本的技術は依然として日本の親会社・関連

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会社に依存している。具体的には、一定額以上の貸付・借入、および現地法人の役員人事

は本社の承認を得る必要があるが、それ以外はほとんど現地側で決定できる。 ③トップ・マネジメントの属性とその登用状況 常勤役員は3人で、全員日本人である。社長はマレーシア勤続6年、製造部門の技術者

出身である。非常勤役員はこれ以外に4人いるが、それぞれの出資元から代表を出してい

る。したがって、非常勤役員のうちの1人はマレーシア人である。 部長は12人いるが、マレーシア人が半分の6人、日本人が6人である。マレーシア人

部長6人のうち、華人系は4人となっている。課長は22人いるが、全員マレーシア人で

あるが、そのうち過半数は華人系となっている。 日本人スタッフの立場は、アドバイザーとライン・マネジャーとの混合であるが、ライ

ン・マネジャーの方が多い。アドバイザーの仕事は、新製品を立ち上げる場合、設備の選

定や立ち上げに関する技術的なアドバイスを行うことである。また、日本の親会社・関連

会社との連絡調整も担当している。 ④経営の実状と人事諸制度 人事諸制度では、まず年功が加味されているが、昇進は現地流で速いという特徴がある。

例えば、現在、ローカル・スタッフの 高昇進職位(Job ranking)は副部長(Deputy General Manager)であるが、96年に昇進した2人は勤続15年、40歳の大卒技術者である。

そもそも現地では、同じランクに4年も5年も置くと辞めるか、スカウトされる。例えば、

大卒の初任職位は”Executive”であるが、2~3年ごとに”Senior Executive”、 ”Assistant Manager”、 ”Manager”、・・・という具合に上がっていく。つまり、大卒は勤続7~8年、

年齢では30歳ちょっと位で課長になる。しかし、昇進に実力が伴っていない場合も多く、

今後は職務内容をより厳密に決めて昇進管理を行う必要があるとみられている。ただし以

上の「職位」は、組織図上の職位(ポジション)ではなく職能等級的なランクであり、組

織図上のポジションは部長、課長、ユニット・リーダーとなっており、それ以外はコーデ

ィネーターと呼称している。 採用に際しては長期雇用を前提としている。また、職務・職種により初任給に格差があ

る。職務記述書は作成されているが、職務範囲は厳密に決められているとはいえない。 内部の優秀人材の抜擢人事は行っていない。というのも、企業の歴史も相対的に古く、

長期勤続のプロパー人材が内部に育っており、抜擢するとデメリットも大きいからである。

外部からの人材のスカウトも行っていない。これは必要性がないからである。むしろ、当

社はスカウトされて人材の供給源となっている。 グループ企業間で東南アジア域内での人材育成のためのプログラムが徐々に整備されつ

つある。例えば、BPM(Basic Management Program)では、年2回、東南アジアのグル

ープ企業のマネジャーを対象に1週間コースで基礎的なマネジャー訓練を行う。当社から

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も今年、3人参加しており、開催場所はペナンである。 MMC(Middle Management Course)は、96年からの新規プログラムであるが、先輩

企業のローカルのベテラン・マネジャーが自社の経験を他のグループ企業のマネジャーに

教えるというコースで、期間は3日間、シンガポールで開催された。当社からは講師を派

遣した。 これら以外に、全世界のマネジャーを集めて日本の本社で研修が行われるコースもある

ことはいうまでもない。 ⑤経営の諸課題と経営の現地化 当社では、コミュニケーションの問題より、ローカル・スタッフの上層部が本社の経営

理念を十分に理解していないことや、そもそもまだまだ上層部の能力が十分でないという

問題が大きい。 また、労使関係ではこれまで苦労してきている。1990年には、EIMU(マレーシア電

機労連)の結成をめぐって、ストライキを経験している。この時は、電子部門においては

産業別労働組合の結成を認めないという政府の方針で、今後、企業内組合(In-house union)を結成するということで決着を見ている。その後、95年に、企業内組合が結成され、3

3回の交渉の末、96年7月に労働協約の締結を行っている。労働協約は3年間有効のも

のであるが、近年の労務コストの上昇を鑑みて賃上げの部分だけは毎年交渉するよう規定

している。また、ボーナスの支給については経営側の専権事項としている。ちなみに、組

合委員長はマレー系であるが、その下の役員はすべてインド系である。こうして、労使関

係の安定と労使協力関係の構築にはもう少し時間がかかるという状況にあるといえる。 経営の現地化とは、社長は日本人でも当該企業が現地に貢献し、溶け込んでいることで

ある。ヒトの面で現地化した場合には、お手盛りが始まり、企業の競争力が低下するので

はないかと懸念される。 理想的には、ヒトの面も含めて現地化した方がよいが、日本企業グループの一員として

の経営理念の共有化がまだ出来ておらず、また技術的な独立可能性が低く、今はまだ現地

化が出来る状況にないといえる。日本本社の方も、日本人の雇用をどのように保障するか

を考えておく必要があろう。 (3)考察 D社は日本の親会社100%出資の子会社であるため、委譲される権限少なく、意思決

定の範囲が極めて狭く限られている。また、本社事業部の生産現場とのコミュニケーショ

ンが頻繁に行われる必要があるが、マレーシア側にその職務を担当できる人材が育ってい

ないということと、本社事業部の生産現場の方で英語での問い合わせに答えられる体制に

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なっていないため、勢い、日本人派遣者が必要とされることとなる。 経営理念の浸透は、課長以上には生産管理教育で徹底しているのでほぼ問題ない状態と

なっている。ただ、日本人派遣者と現地スタッフ間の意思疎通の問題は抱えている。 E社は東南アジア域内で各種の人材育成プログラムを運営しており、ますます整備され

つつある。全世界のマネジャーを日本の本社に一堂に会しての研修も行われている。ただ、

シニア・マネジャーの間に経営理念が十分理解されてしてないという問題を抱えている。 D社とE社に共通する特徴は、日本人派遣者はラインに配置される場合と、コーディネ

ーターあるいはアドバイザーに配置される場合とが混在しているという点である。 6.日系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 (1)事例企業の基本的特徴 本章で取り上げた10社を若干の指標で整理すると、表5-5のようになる。創業時期

は1962年から1988年までに広がるが、そのうち5社は1960年代と早い時期に

進出している。日本側出資比率をみると、1社を除いてすべて合弁であるが、マジョリテ

ィ(50%も含む)が6社と過半数となっている。合弁企業に固有の問題ともいえるが、

パートナーとの見解の相違で悩みを抱えている企業もある。 社長の国籍は1社の現地国籍人(HCNs)を除いて、日本本社側から日本人(PCNs)を

出している。第三国籍人(TCNs)が社長になっている事例は皆無であった。 従業員数は1,000人から5,105人にまで広がるが、多くは2,000人から3,

000人の範囲に収まっており、現地法人としては大企業ばかりである。大卒比率は国に

よる違いが大きく、フィリピンに所在する企業のそれが突出して高く、現地労働市場の特

徴としてフィリピン従業員の学歴構成が極めて高いことを示している。日本人派遣者の比

率は0.4%から1.7%までの範囲に収まっており、単純平均すると0.96%という

ことになる。 後に、労働組合の有無をみると、10社のうち8社までが労働組合を有している。現

地の労働組合との関係で、ストライキを経験し、現在も日本と同様の HRM を適用出来な

いという悩みを抱えている事例もあった。 表5-5 事例企業10社の基本的特徴

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(2)本社による統制・統括 本章の事例では合弁企業が多く、そのため、日本本社からの統制・統括には一定の制約

があることは明らかである。その中でも、日本本社からの統制・統括に若干の違いがある。 ①権限の配分と委譲 まず、そもそも親会社からの権限の配分と委譲は、多国籍企業の組織構造の中で当該現

地法人がどのような位置づけにあるかにより大きく制約されるであろう。たとえば当該現

地法人が、例えば精密機械メーカーのマレーシアD社のように、日本側100%出資で本

社事業部の分工場的な位置づけにあると、権限委譲の範囲とレベルがきわめて狭く、制約

されざるを得ない。 逆に、家電メーカーB社マレーシアのように、複数の製品を製造し、そのため複数の事

業部と技術的、市場的に結びついていて、さらに、現地株式市場に上場しているような場

合には、本社からの独立性がきわめて強くなる。このため、基本的には事業計画を本社で

承認された後は、新事業を興すこと以外は、ほとんどの項目を独自に決定できるという立

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場に立つことができる。 ②経営理念の浸透と共有 経営理念の浸透と共有では、本章の事例に関する限り、過半数の企業が不十分であると

いう評価であり、課題を抱えている。 例外はまず、家電メーカーB社で、このグループでは各種、各レベルにおける積極的な

研修を通じて経営理念の共有を図っていることが、奏効していると言える。同様に、マレ

ーシアD社では、生産管理教育というセミナーを通じて経営理念の浸透を図り、この結果、

課長以上層における経営理念の共有に自信を示している。 ③子会社人材の育成、研修、監視 生産現場におけるメーカーの人材育成は「物づくり」と絡み、きわめて積極的に行われ

ていると言える。この点は、親会社からの派遣者についてすぐあとで述べる箇所で再度触

れることにする。 子会社における将来のトップ・マネジメント候補者層の育成と監視については以下のよ

うな状況である。まず、将来のトップ・マネジメント候補者層の識別と育成に早い段階か

ら組織的に日本本社が絡むことは、少なくとも1990年代後半のこの段階では、なされ

ていない。本社が関与することは、家電メーカーB社に顕著なように、子会社における役

員候補者に対し本社研修センターで役員登用研修を実施することである。この役員登用研

修は同時に、本社による研修生の評価の機会となっている。食品メーカーC社や電機部品

メーカーE社でも同様のトップ・マネジメント候補者に対する研修を実施している。 こうして事例に見る限り、1990年代後半現在の日系多国籍企業では世界的視野によ

る国際人材育成・研修制度はまだ緒に就いたばかりと判断されざるを得ない。 ④評価制度の共通化 一定ランク以上の人材に対し、世界的にグループ企業内で共通の評価制度を導入し、公

平な評価に結びつけようとする動きは、本調査実施時点では事例企業では皆無であった。 もちろん、実態としては部分的に日本で適用している制度を用いている場合もあろうが、

ブルーカラー層に比べると現地労働市場に関わる度合いが相対的に低いと考えられる、と

りわけシニア・マネジャー層に対し、戦略的に評価制度の共通化を試みている事例は存在

しなかった。 (3)多国籍人材の派遣と移動 ①トップ・マネジメント等の国籍 既述のように、日本側がマイノリティである1社を除いて、社長の国籍はすべて日本本

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社から派遣された日本人であった。明らかに、従業員の国籍別構成は、PCNs と HCNs だ

けであり、TCNs のいないものとなっていた。 事例に見る限り、トップ・マネジメントばかりでなく、親会社からの派遣者の国籍はす

べて、日本であった。ということで、日系多国籍企業において、「多国籍内部労働市場」の

形成は未だしという感がある。 ②親会社からの派遣者 技術者、シニア・マネジメントしての親会社からの派遣は、トップ・マネジメントも含

めて、全員日本人であった。この点はこれまでの調査でも明らかなとおりである。本事例

で明らかに示された点は、派遣者がライン・マネジャーに就任する場合よりもむしろ、コ

ーディネーターやアドバイザーとして滞在している場合も多いことである。 例えば自動車メーカーA社では、ローカルのライン・マネジャーにはほぼ必ず日本人コ

ーディネーターを付け、同コーディネーターに人事権も付与していた。これは、「A生産シ

ステム」を日本とは異なる社会的、精神的土壌に徹底的に浸透・伝播させるというA社ミ

ッションの表れであろう。 他社でも同様に、コーディネーターまたはアドバイザーとしての派遣者が滞在している

が、その理由はA社とは若干異なり、例えば家電メーカーB社では、新技術の受け入れ支

援としてアドバイザーの人数が増大していたし、食品メーカーC社で は同様の理由の他に、派遣者は基本的にアドバイザーまたはスタッフ職に就かせることを

原則としていた。上記とほぼ同様のことはD社、E社にも該当する。 ③兄弟会社への派遣 事例10社の中で兄弟会社に派遣しているケースは認められなかった。これは、当該事

例企業が親会社、または世界本社からの技術、ノウハウの受け手にとどまっているためと

解釈できる。研修で短期的に訪問しあうことを除けば、一定の技術的、経営的能力の蓄積

による優位性がない限り、兄弟会社に派遣される理由はないためである。 ただし、内部人材の蓄積が進展していることは確かであり、このことが、コーディネー

ターやアドバイザーを中心とする親会社からの派遣者に対する要望を高めている背景にあ

ると解釈される。 (4)欧米系多国籍企業と比べた日系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」 以上のような日系多国籍企業の HRM に関する検討から、これまでのヨーロッパ系、ア

メリカ系多国籍企業と比べた場合の共通点と相違点を若干指摘すると以下の通りである。 第1に、経営理念の浸透・共有化、ならびに一定ランク以上の人材に対する評価制度の

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共通化、つまり、「多国籍内部労働市場」の必要条件としてのプラットフォームの構築では、

ヨーロッパ系、アメリカ系に比べた場合の日系多国籍企業の立ち後れが際だっていた。 第2に、主として親会社から派遣されてくる派遣人材の状況を見ると、そこには TCNsが全く含まれておらず、多国籍人材の移動と活用という面で、日系多国籍企業の PCNs(日

本人)への加重依存という特徴が認められる。これは、シニア・マネジャーならびにハイ・

ポテンシャル人材の識別と登録が少なくともこの段階の日系多国籍企業では導入されてお

らず、したがってそれらの人材に国外勤務経験の付与が義務づけられていないことがこれ

に大きく寄与しているであろう。また、日系多国籍企業における子会社への技術、経営ノ

ウハウの蓄積がまだ不十分であることが想定される。というのも、人材移動が親会社から

子会社へというレベルを超えて、その逆あるいは子会社間で行われるには、当該子会社内

での人的資源の蓄積が不可欠なためである。 第3に、ヨーロッパ系ならびにアメリカ系多国籍企業に共通していたのは、人材の登用

が、企業内部優先で、しかもグローバルな観点からなされていることであったが、その前

提として、現地の労働市場でベストな人材を採り、それらの人材をグローバルな観点から

育成し、活用するというシステムができていることがあった。これに比べると、日系多国

籍企業の場合は、現地での登用と育成に限定されており、そこまでは到達していない。む

しろ、自社グループの強みである生産システムの徹底した導入や物づくりのための人材育

成を積極的に行い、そのために多くの派遣者をコーディネーターやアドバイザーとして投

入しているという状態であった。 第4に、ヨーロッパ系ならびにアメリカ系多国籍企業では、本社ならびに本社訓練セン

ターで国籍や部門を超えた人材の研修が積極的に行われており、その目的は、専門的知識

の獲得のみならず、むしろそれを超えて、グローバルな人材ネットワークの形成であった。

日系多国籍企業の場合にも、例えば家電メーカーB社グループのように、それが積極的に

構想され、実施されている事例もあったが、しかし、調査の段階では少なくともまだ少数

派であったといえる。 第5に、海外派遣者とローカル・スタッフとの間、ならびに現地法人と本社との間のコ

ミュニケーション上の問題は、日系多国籍企業の場合に大きく、この点は、程度の差を除

けば、とりわけヨーロッパ系多国籍企業の事例と共通する。 大のポイントは、事例によ

る限り、前者の場合はやはり派遣者とローカル・スタッフの相互の語学力であり、後者の

場合は、派遣元の日本本社が国際的なコミュニケーション体制を整えていないためである。 こうして、日系多国籍企業においては、本来の「多国籍内部労働市場」を形成する途上

にあるといえよう。 (注):

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(1)アンケート調査結果と事例7社を含む報告書は、以下にまとめられている(筆者執

筆)。社団法人日本在外企業協会『ASEAN における日本企業の子会社経営と人的資源管理

の在り方―国際課のための調査研究委員会―』(1997年3月)。なお、1997年に訪

問した3社は同報告書を超えて、筆者が独自に行ったものである。これら10社を含めて、

白木三秀著『アジアの国際人的資源管理』(1999年、社会経済生産性本部刊)の第3章

に収められている。本章の文章も基本的に同3章に基づき再構成したものである。 (2)97年7月現在の当社の工場部門における日給者(352人、平均年齢42.9歳、

平均勤続年数19.9年)、月給者(115人、平均年齢44.9歳、平均勤続年数21.

0年)のベーシック・ペイの実在者の 高額、 低額、平均は以下の通りとなっている(単

位はペソ)。ただし、フリンジ・ベネフィットを加えると、実際の総収入はこれらの2.1

1倍(日給者)、2.16倍(月給者)となる。 注表5-1 C社フィリピンのベーシック・ペイの状況

(単位:ペソ)

(3)旧 KMU は93年に分裂し、97年現在、 KMU 、BMP ( Bukluran ng Manggagawapara sa Pagbabago; 変化のための労働者連盟)、NFL(National Federation of Labor)、それに NAFLU(National Federation of Labor Union)に分かれている。当

社の日給者の労働組合は BMP 傘下にあり、月給者の労働組合は NAFLU 傘下にある。ち

なみに、地場の名門企業であるサン・ミゲル社(San Miguel)や外資系のネスレ社の労働

組合も KMU の傘下にある。

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終章 結論と今後の課題 以上で、当初の問題意識に沿った各種の分析、検討を終える。以下では、各章で明らか

になったことを踏まえて、 後に結論と今後の課題を述べることにする。 1.「多国籍内部労働市場」の概念整理 これまでの分析を通じて、本論文の冒頭で提示した「多国籍内部労働市場」の具体的イ

メージが形成されたであろう。終章での議論を行うために概念を整理しておきたい。 第1章の図1-6の「多国籍内部労働市場」の概念図を想起してほしい。多国籍企業世

界本社の人的資源管理上の義務と責任は、経営理念や評価制度の海外子会社への浸透、海

外子会社との共有、さらには内部人材の育成、つまり教育訓練制度の構築、海外子会社の

人材育成の支援などを通じて、海外子会社を戦略的に統合することである。これらの具体

的な展開については、第3章、第4章、第5章でヨーロッパ系、アメリカ系、それに日系

多国籍企業の事例でも検討したとおりである。 海外子会社におけるホワイトカラーおよびブルーカラーから構成される基幹人材の育

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成・管理、そのための親会社の直接的・間接的取り組み・支援は、多大な人的投資に他な

らない。このため、基幹人材が如何に育成され、どのように活用されるかが、世界本社の

大きな関心事となるのは当然である。「多国籍内部労働市場」の形成という観点からこれを

見ると、海外子会社の基幹人材あるいはその候補者の育成は、「多国籍内部労働市場」が形

成されるための必要条件である。そうでない場合には、「多国籍内部労働市場」の形成はあ

り得ないからである。「多国籍内部労働市場」形成の十分条件は、これら内部で育成された

人材がグループ企業内に定着し、十全にその能力を発揮することである。このためには、

処遇条件やキャリア、担当業務内容などで特段の工夫が必要となる。 一般に技術・ノウハウ、従って優位性を持つ人材を蓄積しない海外子会社にあっては、「多

国籍内部労働市場」に積極的に関与することが出来ない。このことは特に第4章の事例で

も、社歴が短いため本社やグループ企業に派遣する人材がいないという形で示されていた。

グループ内の兄弟会社に提供する技術・ノウハウの蓄積のない企業、あるいは、提供する

余裕のない企業は、「多国籍内部労働市場」において本社・グループ内兄弟会社からの派遣

者を通じての技術・ノウハウの一方的受け手と成らざるを得ない。第5章の事例研究とな

った日系多国籍企業の ASEAN 子会社にはこの立場にとどまる企業が多かったと言える。 このことをより一般化して表現すると、海外子会社に独自の技術・ノウハウが蓄積され、

人的資源が蓄積されないと「多国籍内部労働市場」も循環しないといえる。つまり、海外

子会社に独自の技術・ノウハウが蓄積されてはじめて、親会社から子会社への人の移動だ

けでなく、子会社から親会社へ、あるいは兄弟会社間で人の移動、ノウハウの移動が行わ

れるのである。その意味で、海外子会社の強化・育成という親会社の取り組みこそが、「多

国籍内部労働市場」の前提となる。血液循環を用いて比喩的に述べれば、親会社から子会

社への「動脈」だけでなく、子会社から親会社へ、あるいは兄弟会社間での「静脈」があ

ってはじめて、体内の血液、つまり「多国籍内部労働市場」が循環するのである。 世界本社の行う一連の公式の制度・規則(子会社管理規定や評価制度など)の策定は、

世界本社による「多国籍内部労働市場」における「ハード・プラットフォーム」作りであ

るということが出来る。これに対し、海外派遣者を通じて経営理念や方針を海外子会社の

スタッフに浸透させたり、子会社トップ・マネジメント、シニア・マネジメントを例えば

年に一度の割で一堂に会して共有したりするのは、そのいわゆる考え方を内部化する過程

に他ならず、本社による「多国籍内部労働市場」の「ソフト・プラットフォーム」作りで

あると見ることが出来よう。これら硬軟の仕組み作りを合わせて世界本社はグループ企業

の統合を行う。 「多国籍内部労働市場」で特有の焦点は、移動する人材の国籍はどうであるかというこ

とであり、国籍が重要な意味を持つ。このため、これまでの議論では、グループ企業内の

人材を、PCNs、HCNs、TCNs という具合に分けて考察したのである。日系多国籍企業に

おいては PCNs が重要な役割を果たし、アメリカ系多国籍企業・ヨーロッパ系多国籍企業

においては、TCNs が重要な役割を演じていたことはすでに検討したとおりである。

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2.発見されたこととその意味 本論文での検討を通じていくつかの点が明らかになった。 第1に、日本人派遣者の役割と機能について次の点が明らかになった。海外現地法人に

おいては本社からの派遣者の継続的かつ長期にわたる存在は、確かに、コスト負担の面か

らも、またローカル・スタッフのモティべーション維持の面からも、デメリットであるこ

とは疑問の余地がない。短期的利益にも必ずしもプラスにはならないであろう。これらの

点は第2章でも明らかにしたとおりである。 しかし、本社からの派遣者が海外子会社に一定程度存在するのは、第3章、第4章、第

5章の事例研究で具体的に明らかになったように、何も日本の多国籍企業に限ったことで

はなく、欧米の多国籍企業にも同様に見られることである。海外派遣者の役割は本社の統

制機能、本社との調整機能の発揮であるが、それと同時に、本社からの技術、経営ノウハ

ウの移転という面がきわめて大きいのである。これの系で、後継者となるローカル・スタ

ッフの育成も、海外派遣者の大きな役割の1つとなっている。 われわれの実証研究での興味深い発見は、現地法人におけるローカル大卒比率が高いと

明らかに日本人派遣者比率も高くなるという因果関係の存在である。このことは、高学歴

人材の蓄積が進めば進むほど、現地法人が取り扱う製品・技術・サービスのレベルが高くな

り、そうなればなるほど、日本本社からの技術ならびに経営管理ノウハウの移転、したが

って本社と海外子会社との連携がより密になる、つまり「多国籍内部労働市場」の動脈を

太くする必要があるのではないかという解釈である。そうであれば、他の条件を一定にし

て日本人派遣者比率を下げるという選択は、現地法人における人材や技術等の蓄積を阻害

し、現地法人の競争力にとって致命的なマイナスとなるかもしれないのである。 さらに、現地法人における人材の蓄積状況に関する諸指標のうち、とりわけ大卒比率を

高めて現地中間管理職の層を厚くすることが、売上高経常利益率の向上に貢献するという

因果関係が明らかとなった。人材の質的向上が製品・サービスの質や付加価値を向上し、

また、組織内部での昇進は従業員のモティべーションを高め、ひいては当該企業の競争力

を向上させるためであろうと考えられる。 こうして、結論的には、海外派遣者の存在をコスト面だけで捉えるのは一面的すぎるの

であり、よりダイナミックな技術移転、ビジネス展開という観点から考える必要があると

いうことである。長期的には、海外子会社に技術・ノウハウが蓄積されるに伴い、親会社

から子会社への人材移動(動脈)だけでなく、子会社から親会社へ、あるいは兄弟会社間

での人材移動、つまり「多国籍内部労働市場」の静脈の発達につながるであろう。さらに、

「多国籍内部労働市場」が健全に運行されているかどうかが、当該多国籍企業の国際人的

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資源管理システムが順調に運営されているのかどうかの指標の1つになりうるかもしれな

い。 第2に、第5章でも具体的に明らかになったように、日系企業の「多国籍内部労働市場」

の入職口には、他国の企業の「多国籍内部労働市場」と比べて、日本国籍というフィルタ

ーがより強くかかっているということである。もちろん、第3章の事例にもあったように、

ドイツの企業にも同様の傾向がないでもないが、日本企業ほどではないようである。 すなわち、日本の多国籍企業の場合には、世界本社の統制機能・調整機能、それに技術・

ノウハウ移転機能、能力開発機能がほとんど日本人派遣者により担われているということ

が本論文でも確認された。このように、この多国籍に広域化した内部労働市場が主として、

日本人という国籍のフィルターがかけられているのが、日本の「多国籍内部労働市場」の

現在の特徴であるといえる。この点は、以下で若干の議論が必要であろう。 まず、第1章の図1-6と対比しながら、図終章-1を見てほしい。図終章-1は、日

系企業の「多国籍内部労働市場」が日本人という国籍のフィルターがかけられていること

を示している。換言すれば、日系多国籍企業の「多国籍内部労働市場」においては PCNsだけが親会社・子会社間、子会社・子会社間を移動し重要な役割を果たしており(実線で

表示している)、また各海外子会社は「二国籍企業」(注1)にとどまっているという極端

なイメージ図となっている。 図終章-1 日系企業の「多国籍内部労働市場」

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(国境)

PCNTCN

HCN

PCN

TCN

PCN

TCN

HCN

A国

B国

P国

多国籍内部労働市場

(注)実線は移動が多いことを表示し、破線は移動がほとんどないことを示している。

なぜ、これまで日系多国籍企業では、早急に現地人材の育成を行ったり、あるいは海外

のグループ企業内に含まれる複数国籍から成る即戦力の管理職や専門人材を第三国籍人材

として活用したりするよりも、ローカル・スタッフとのコミュニケーション問題の発生と

いう第5章でも例証されたリスクを冒してまで日本人の派遣という形に過度に依存するよ

うになったのであろうか?供給要因、需要要因、あるいは制度的要因など、いくつかの解

釈が考えられる。次の解釈1~4がそれである。 解釈1:国内に勤勉で企業への帰属意識の強い経営管理層の人材が豊富であった。 日本国内に勤勉で当該企業への帰属意識の強い人材が多い、つまり PCNs 要員の供給が

豊富な場合には、いきおい海外オペレーションも日本人派遣者に依存しがちとなるであろ

うし、また、これが家族との別居もいとわない勤務形態である単身赴任の発生する土壌で

もあると見られる。しかも、この間、海外派遣者に占める単身赴任者の比率はさらに増大

する傾向にあり、このメンタリティは堅固であると見られる。すなわち、大量のサンプル

により経年的に海外派遣者の動向を追跡している調査によると、同比率は、1993年1

6.2%、1998年23.2%、2000年28.7%、2002年30.1%、20

04年31.3%と推移している。(注2) しかし、このことは逆にも解釈可能である。つまり、日本企業の統制力あるいは管理能

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力、同僚従業員のプレッシャーが、本人の意向にかかわらず、「前向きに」海外派遣を受け

入れるように働くために、結果として見せかけの「帰属意識の強さ」が表出しているとい

うことも考えられる。今後の検討課題である。 解釈2:これまで国際的評価制度がなく、人材の国際的インベントリー制度がなかった。 これまでの親会社での評価制度は職能資格等級に基づき、しかもこの制度は日本国内で

展開され、日本人スタッフの評価・選抜はできるが、グローバルに広がるグループ企業内

の人材を適切に評価・選抜ができず、このため、いきおい海外オペレーションの責任は日

本人派遣者に過度に依存することとなったのである。ただし、現在、日本の大企業では、

仕事の大きさによる格付けの方向へのシフトが起きているし、また海外のグループ企業内

の人材の選抜も共通のフォーマットで行われつつあるため、現地ならびに第三国籍の人材

活用可能性の土壌は今後、このような動きをとる大企業からそれ以外の企業にも徐々に広

がっていくかもしれない(注3)。 「多国籍内部労働市場」という視点からこの点を考えると、日系多国籍企業においては、

他の多国籍企業と比べて、「多国籍内部労働市場」に包摂されるべき対象が狭く、端的に言

えば日本本社という入職口から入った人だけをその対象としていたと見ることができる。 解釈3:現地社会に経営管理を担える人材が蓄積されていなかった。 現地中間管理職・一般従業員の世界本社への帰属意識の希薄性、モラールや能力の不足

については、前掲の表2-9にも示されていたとおりである。換言すれば、HCNs 人材、

TCNs 人材の供給不足が存在していた。 これは現地で採用された大卒・大学院卒従業員で昇進した も高い職位がどこであるか

によっても類推することができる。表終章-1を見てほしい。「第1回調査」において、

高昇進職位が全般的には部課長という中間管理職止まりの場合が調査対象現地法人の過半

数(55.2%)を占めており、取締役以上のトップ・マネジメントに昇進しているのは

32.5%の企業にとどまる。この事情は「第3回調査」においても同様で、52.7%

の企業では大卒・大学院卒従業員の 高昇進職位が中間管理職にとどまり、トップ・マネジ

メントに昇進している比率は、33.3%と少なく、しかもこの比率は「第1回調査」と

ほとんど変わらない。 ただし、この事情には国・地域による差異が大きく、「第1回調査」を見ると北米では取

締役以上にまで昇進している比率は52.1%と高く、アジアの同比率26.0%と対照

的である。「第3回調査」でも取締役以上にまでの昇進比率は、北米が50.5%であると

ころを、アジアの同比率は28.7%と大きな格差がある。 このため、解釈3はとりわけアジアに特有の理由であると見られる。実際、表終章-2

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によって、現地人材に関する諸課題をアジアと北米とで比べてみると、現地中間管理職の

能力不足と現地一般従業員の士気(モラール)・能力不足という選択肢でのみ、北米に比べ

てアジアの方で顕著に比率が高いことが分かる。 これらのことが生じる理由は以下のことが考えられる。第1に、アジアでは企業組織の

歴史が相対的に短く、従って、社会全体として近代的産業部門で働ける人材の層が薄かっ

たことが考えられる。第2に、図終章-1に示されるような「多国籍内部労働市場」はア

ジアで多いとすると、当該地域では良質の人材を採用するのは難しくなるということが考

えられる。 「多国籍内部労働市場」という視点からこの点を見ると、日系多国籍企業においては、

他の多国籍企業と比べて、アジアで「多国籍内部労働市場」に包摂されるべき対象を狭く

設定していたと見ることができる。今後この入職口を、世界本社の指令の下、どのように

変えていくのかを注視する必要がある。

表終章-1 現地大卒・大学院卒従業員の 高昇進職位(所在地域別) (1)「第1回調査」(1999年)

(単位:社、%)

課長層 部長層 副社長・ 社長・会長 不明 合計取締役

アジア 79 114 62 14 23 29227.1 39.0 21.2 4.8 7.9 100.0

中近東 5 5 3 4 3 2025.0 25.0 15.0 20.0 15.0 100.0

ヨーロッパ 35 72 51 21 38 21716.1 33.2 23.5 9.7 17.5 100.0

北米 13 26 51 9 16 11511.3 22.6 44.3 7.8 13.9 100.0

中南米 16 41 23 6 5 9117.6 45.1 25.3 6.6 5.5 100.0

アフリカ 1 2 1      ―      ― 425.0 50.0 25.0      ―      ― 100.0

オセアニア 7 21 10 2 13 5313.2 39.6 18.9 3.8 24.5 100.0

合計 156 281 201 56 98 79219.7 35.5 25.4 7.1 12.4 100.0

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(2)「第3回調査」(2003年) (単位:社、%)

(注)1.第2回調査(2001年)には同様の設問が設けられていない。

2.第1回調査には第3回調査の「まだ課長層はいない」という選択肢は設けられていなかった。

3.支社・支店を除き現地法人のみを集計した。

4.上段は回答社数、下段は構成比である。

表終章-2 現地人材課題のアジア・北米比較(複数回答) (単位:社、%)

第1回調査 第2回調査 第3回調査アジア 北米 アジア北米 アジア 北米

20.6 21.8 24.3 28.7 24.3 3340.8 23.3 44.9 14.7 39.3 27.416.9 27.1 18.4 32.2 18.1 17.943.9 24.1 44.9 23.8 37.7 25.5

サンプル・サイズ(社) 355 133 408 143 382 106

現地国籍一般従業員の士気・能力不足

現地国籍中間管理職の経営理念の理解不足 現地国籍中間管理職の能力不足 現地国籍中間管理職の定着・確保

まだ課長層 課長層 部長層 副社長・ 社長・ 不明 合計はいない 取締役 会長

アジア 14 71 128 75 18 18 3244.3 21.9 39.5 23.1 5.6 5.6 100.0

中近東 1 5 8 4 2 1 214.8 23.8 38.1 19.0 9.5 4.8 100.0

ヨーロッパ 11 16 55 39 13 19 1537.2 10.5 35.9 25.5 8.5 12.4 100.0

北米 4 13 21 41 9 11 994.0 13.1 21.2 41.4 9.1 11.1 100.0

南米 2 14 34 26 4 8 882.3 15.9 38.6 29.5 4.5 9.1 100.0

アフリカ 1 4 4     ― 2 1 128.3 33.3 33.3     ― 16.7 8.3 100.0

オセアニア 6 5 13 10 4 7 4513.3 11.1 28.9 22.2 8.9 15.6 100.0

合計 39 128 263 195 52 65 7425.3 17.3 35.4 26.3 7.0 8.8 100.0

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(注)支社・支店、現地法人を含む集計値である。

解釈4:日本の企業には国際的で国籍ミックス型の人材活用のノウハウがなく、そのニー

ズも不足していた。 日本所在の「外資系企業」における海外からの派遣者調査により当該派遣者の国籍を調

べてみると、1社平均で約3.0カ国であり、1カ国という場合が32.6%であるが、

6カ国以上の企業も8.8%を占めていた。社長の国籍が第三国籍である場合が16.7%

であった(注4)。 これに対し、ほぼ同じ調査票で日本人派遣者に対して実施した調査によって、日本企業

の海外子会社における社長の国籍を見ると、日本国籍90.4%、現地国籍7.5%、第

三国籍1.1%となっていて、第三国籍の比率において大きな違いがあるのである(注5)。

この点は、その2年後に実施された日本人の海外派遣者に関する調査によっても同様に認

められる。すなわち、2004年10月1日現在において日本人海外派遣者の現勤務先に

おける社長の国籍は日本国籍88.7%、現地国籍9.3%、第三国籍0.9%となって

おり、この2年間で現地国籍社長の比率が約2%ポイント増えた以外に大きな変化は見ら

れないのである(注6)。企業調査による社長(支社長、支店長も含む)の国籍別比率を見

ても、不明を除くとほぼ同レベルである(表終章-3参照)。 表終章-3 現地法人の社長(支社長、支店長も含む)の国籍(単位:社、%)

(注)現地法人に加えて支社・支店も含む集計値である。

また、すぐ上で述べたように、日本所在の外資系企業における海外からの派遣者の国籍

をみると、1社平均で約3.0カ国であるが、1カ国という場合が32.6%であった。

つまり、この1カ国というのが本国からの派遣だけであると解釈すると、日本所在の外資

系企業のうち約3割は第三国籍従業員を含まないものと解釈される。そこで、日本の海外

オペレーションにおいて第三国籍従業員を含まない企業の比率を見ると、表終章-4の通

りである。同表の脚注2で指摘があるように「第1回調査」の数値が低めになっているこ

とを考慮すると、全般的に日本企業の海外オペレーションにおいて第三国籍従業員を含ま

第1回調査 第2回調査 第3回調査日本国籍 77.2 81.6 80.8現地国籍 7.1 7.0 9.2第三国籍 0.7 0.4 1.4不明 15.0 11.0 8.6合計 100.0 100.0 100.0サンプル・サイズ(社) 943 967 851

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ない企業比率、つまり日本人と現地スタッフからのみ構成される「二国籍企業」比率は、

ほぼ7割から8割の間にあると見られる。 表終章-4 第三国籍従業員を含まない企業の比率(単位:社、%)

(注)1.現地法人に加えて支社・支店も含む集計値である。

2.第1回調査における各種従業員数(国籍別、職位別、性別)に関するデータの記入率は悪いが、これ

は性別のデータの記入を求めたためと考えられる。第2回調査、第3回調査では、性別のデータの記入を

求めなかった(巻末の調査票を参照されたい)ため、記入状況の改善が見られる。第三国籍従業員を雇用

していない企業は表2-9より多いと見られるが、これらも含めて第1回調査では未記入が多く、このた

め、第1回調査の第三国籍従業員のいない企業比率は実態より低めとなっていると見られる。

さらに、企業ごとの第三国籍従業員比率は、表終章-5に明らかなように、平均で5.

9%(第1回調査)、2.4%(第2回調査)、4.1%(第3回調査)である。ただし、

標準偏差が大きく、データの分散がきわめて大きい。現地法人の所在地域別に比べると、

中近東における第三国籍従業員比率が際だって高く、18%から34%の範囲にある。中

近東では第三国籍のスタッフに依存するところが大きいという地域特性が現れている。サ

ンプル数の比較的多いアジア、ヨーロッパ、北米間を比べると、ヨーロッパにおける第三

国籍従業員比率が高くなっているが、これはヨーロッパ諸国間では地理的に近接しており、

国境の垣根が低く、同比率が高くなりやすい経営環境にあることを表していよう。 表終章-5 第三国籍従業員比率(所在地域別)

(単位:社、%)

(注)1.記号Nはサンプル・サイズを表す。

2.現地法人に加えて支社・支店も含む集計値である。

所在地域   第1回調査   第2回調査   第3回調査平均値  N 標準偏差平均値  N  標準偏差 平均値  N 標準偏差

アジア 5.0 146 12.0 1.7 384 8.7 1.9 273 6.5中近東 34.2 18 34.5 18.0 30 28.7 28.3 19 32.7ヨーロッパ 6.5 108 10.0 2.8 223 7.1 7.4 124 15.7北米 3.0 57 6.5 2.2 134 6.5 3.8 66 10.1中南米 0.8 50 2.1 0.3 77 1.0 1.8 75 9.4アフリカ 0.0 2 0.0 0.6 12 1.5 0.5 13 1.5オセアニア 6.0 25 10.3 2.2 57 6.5 3.3 33 8.0合計 5.9 406 13.5 2.4 917 9.4 4.1 603 12.3

第1回調査 第2回調査 第3回調査サンプル・サイズ 424社 918社 603社第三国籍従業員がゼロの企業数 231社 725社 424社同比率(%) 54.5 79.0 70.3

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3.第1回調査における各種従業員数(国籍別、職位別、性別)に関するデータの記入率は悪いが、これ

は性別のデータの記入を求めたためと考えられる。第2回調査、第3回調査では、性別のデータの記入を

求めなかった(巻末の調査票を参照されたい)ため、記入状況の改善が見られる。第三国籍従業員を雇用

していない企業は多いと見られるが、これらも含めて第1回調査では未記入が多く、このため、第1回調

査の第三国籍従業員比率に関する数値は実態より高めとなっていると見られる。 第3に、第3章、第4章で強調されていたように、欧米の多国籍企業では「ハイ・ポテ

ンシャル人材」と識別された30歳代前半くらいの若い段階で、海外での子会社勤務経験

をさせていたが、このことは日本の多国籍企業にとっても示唆的であろうということであ

る。第5章でいたように少なくとも1990年代半ばの段階では日系多国籍企業にはその

ような制度はなかった。既述のように、日本人派遣者の現在の平均年齢は約45歳である

(注7)。海外子会社のトップ・マネジメントとしてはふさわしい年齢かもしれないが、将

来のグローバル組織におけるトップ・マネジメント層を育成する目的で派遣する年齢とし

ては、やはり遅いように思われる。もちろん、この場合には、その前提として、上記の日

本人という国籍のフィルターを取り払った透明性の高い、あるいは種類の異なる入職口を

沢山設けてある「多国籍内部労働市場」が形成される必要がある。そうでないと、海外へ

派遣可能で、異文化での適応能力に優れ、職務遂行能力の高い万能型の日本人人材には限

りがあり、急速に払底するであろうからである。 以上から、上記のような日本人という国籍のフィルターを取り払った透明性の高い「多

国籍内部労働市場」を形成する前提として、まずは全体的に「多国籍内部労働市場」の入

職口の種類を増やし、またその数も増やすよう変更を加える必要がある。とりわけ、ホワ

イトカラーについては、グローバルな基準で統一的な評価と処遇のために、世界本社が自

ら、世界に広がる子会社に適応できるようなシステムを早急に構築し、実施していく必要

がある。日本国内だけを意識した評価・処遇制度は「多国籍内部労働市場」には不向きで

あろうからである。 また、「多国籍内部労働市場」にとって、安定的な雇用の維持は欠かせない。安定的な雇

用の前提条件は、多国籍企業の利益の確保であることは言うまでもない。第2章で「多国

籍内部労働市場」と利益率との関連について検討したのは、この点を明らかにするためで

あったのである。 3.検討と課題 後に、「二国籍企業」からの脱却、または、「多国籍内部労働市場」の形成について具

体的に検討しておきたい。換言すれば、「多国籍内部労働市場」の「静脈」を活性化するた

めの対応策、また、PCNs を中心とする日系多国籍企業の Ethnocentric な「多国籍内部労

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働市場」からの脱却のための対応策について考えてみよう。これまでの分析から以下のよ

うな2つの対応策が考えられる。 第1に、本社の海外オペレーションへのコミットメントをさらに深めることである。つ

まり、派遣者を通じての技術・ノウハウの子会社への導入を積極的に行い、それにより現

地大卒比率の増大、中間管理職の増大、従って人材の蓄積を進める。このことは、子会社

における技術・ノウハウの蓄積と同義的であり、つまりは子会社における付加価値生産を

増大させることになるであろう。そうすると、子会社から親会社へ、またはあるいは同時

に、子会社から子会社へという人・知識・ノウハウの移転が発生し、その結果、「多国籍内

部労働市場」の「静脈」の活性化が惹起されるであろう。 第2に、この「静脈」の活性化をさらに促進するには、そのための環境整備、すなわち、

「多国籍内部労働市場」への入職口の種類・数を増化、評価制度の共通化、透明化、本社

による多国籍優秀人材の登録・育成への支援という「多国籍内部労働市場」におけるイン

フラストラクチャーの整備が不可欠である。 これら2つの対策を実施することにより、「動脈」のみならず「静脈」の活性化が起こり、

ひいては本来の「多国籍内部労働市場」が出現することになると想定される。 本論文における分析視点が企業サイドからの視点に偏っていた嫌いがあることは否めな

い。したがって、今後、「多国籍内部労働市場」における人の側面、つまり、具体的アクタ

ーに関する分析を進めることが今後の大きな課題として残された。「多国籍内部労働市場」

におけるアクターとして、PCNs、HCNs、TCNs が考えられるが、それぞれに固有の特徴、

役割、課題を抱えているであろう。また、多国籍企業の業種、本社所在地域の違いにより

それら固有の特徴、役割、課題にも大きな違いがあるかもしれない。 いずれにせよ、今後、本論文で示した「多国籍内部労働市場」についての理論的、実証

的研究をさらに深めていく必要があるであろう。「多国籍内部労働市場」の管理主体、管理

範囲、諸規則の改定、入職口の在り方、内部キャリア形成の在り方など研究すべき余地が

多く、それぞれについて深みのある研究が求められる。それにより、本社所在地ならびに

現地子会社におけるナショナル・ビジネス・システムの違いや、業種、子会社のポジショ

ニングの違いによる「多国籍内部労働市場」、ひいては国際人的資源管理の具体的なパター

ンや展開について知識が蓄積されるとともに、諸課題に対する政策的対応策もより具体的

なものとすることが出来るからである。

(注): (1)第2回から第6回までの海外派遣者調査(日本労働研究機構編(1994年12月)・

日本労働研究機構編(1999年7月)・日本労働研究機構編(2001年12月)・同(2

003年9月)・同(2005年9月))のそれぞれの調査基準年月、サンプル・サイズ、回

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収率等は、注終章-1の通りである。なお、これら調査すべてに筆者も加わっている。 注終章-1 海外派遣者調査一覧(第2回から第6回まで)

調査基準年月 報告書発行

年月 サンプル・サイズ

(人) 有効回収率

(%) 第2回派遣者調査 1993.9.1 現在 1994.12 1,675 67 第3回派遣者調査 1998.9.1 現在 1999.7 2,240 59

第4回派遣者調査 2000.11.1 現

在 2001.12 1,810 53.3

第5回派遣者調査 2002.7.1 現在 2003.9 1,919 50.3

第6回派遣者調査 2004.10.1 現

在 2005.9 1,460 39.1

(2)前掲の注図2-5の日本在外企業協会(2000年)の図にも明らかなように、日

本在外企業協会に加盟する代表的多国籍企業を多く含む会員企業において「日本本社と現

地法人との間の統一的な人事制度の採用」を行っている企業の比率も、「日本本社と現地法

人との間の統一的な教育制度の採用」を行っている企業の比率も、ともに5~9%にとど

まる。また、大企業における統一的な人事・育成制度の動向については例えば次のような

報道がある。 a.トヨタ自動車は「世界規模で経営幹部を育成する体制を整えた。海外法人の重要ポス

トの人事を日本の本社で一元管理する専門組織を新設、全世界で約1,000人の幹部社

員(日本在籍の800人を含む)を将来の幹部候補として教育する制度を設けた。・・・第一

弾として海外の管理職ポストのうち約200を『グローバルポスト』として、人事情報を

データ・ベース化した。・・・日本在籍の経営幹部である室長クラス以上の約800人を含む

合計約1,000人を『グローバル人材』に選び、世界のどこでも経営幹部として活躍で

きるように教育する」(1999年12月8日付日本経済新聞)。 b.松下電器産業は「世界中にある海外の現地法人を渡り歩いて経営できる外国人経営者

を育てようと4月から海外エグゼクティブ制度を導入する。・・・さらに、海外現地法人の役

員のうち、外国人が占める割合を現状の30%から50%以上に高める。エグゼクティブ

制度は、松下の海外子会社約220社のうち、米国の販売法人など経営上重要な企業を選

んだ上で、その中の外国人幹部を対象に取り入れる」(2001年1月27日付朝日新聞)。 c.ソニーは「日米欧アジアの四局にあるグループの人材データを一元的に管理し、将来

の幹部候補の選考に当たる。幹部社員の研修は昨年(2000年)11月に東京・品川の

本社に開設した『ソニー・ユニバーシティ』を活用する」(2001年3月18日付朝日新

聞)。

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d.キヤノンは「スイスのビジネス・スクールの IMD と協力し、世界本社や海外現地法人

の経営幹部を養成する研修制度を始めた」(2001年7月18日付日本経済新聞)。 (3)企業分析は、各調査対象者(海外派遣者)がそれぞれ特定企業の代表という設定で

行われているが、これら2つの調査では現在海外赴任中の調査対象者を必ずしも1企業か

ら1名だけを抽出しているとは限らない。このため、企業分析としては必ずしも厳密なも

のとはいえないことに留意されたい。(日本労働研究機構編(2001年9月)のデータ参

照。)同様のことは、注4、注5にも当てはまる。 (4)日本労働研究機構編(2001年12月)参照。 (5)日本労働研究機構編(2003年9月)参照。 (6)「二国籍企業」(Bi-National Corporations: BNCs)は筆者の造語である。 (7)海外派遣者の年齢は調査年が 近になればなるほど高くなってきている。すなわち、

調査対象者の平均年齢は、第2回調査から第6回調査まで41.3歳、42.7歳、44.

1歳、44.6歳、45.0歳へと一貫して高くなっている。 参考文献 (日本語文献:アイウエオ順) 安保哲夫編著(1998年)『日本企業のアメリカ現地生産』東洋経済新報社。 伊丹敬之著(1991年)『グローカル・マメネジメント:地球時代の日本企業』日本放送

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