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1 令和 2 年 6 月 1 日 奈良国立博物館 報道発表資料 もん じゅ さつ ぞう (京都・大 だい 所蔵)の X 線 CT スキャン調査 木津川市木津雲村に位置する大智寺は、鎌倉時代に西大寺の僧・慈 しん (1231~1316)を開基 として創建されたと伝わる橋 柱 寺 きょうちゅうじ を前身とします。本堂の厨子 内に安置される本尊の木造文殊菩 薩騎獅像は、同寺創建期にさかのぼる鎌倉時代の優品であり、国の重要文化財に指定されていま す。令和元年(2019)の秋から始まった本堂の改修に際して、本像ならびに木造十一面観音菩薩 立像(重要文化財・平安時代)を当館で一時的にお預かりしました。調査研究の一環として文殊 菩薩騎獅像の X 線 CT スキャン調査を実施したところ、像内に厨子入りの文殊菩薩像をはじめ複 数の品が確認されました。なかでも、納入品の一部に書かれた文字が判読できたことは画期的な 成果といえます。 この成果を踏まえ、なら仏像館の名品展「珠玉の仏たち」において両像の特別公開を行います。 [1]なら仏像館 名品展「珠玉の仏たち」 「特別公開 文殊菩薩騎獅像・十一面観音菩薩立像(京都・大智寺所蔵)」 [2]展示期間 令和2年(2020)6月2日(火)~ [3]休館日 毎週月曜日 [4]開館時間 10時30分~16時(入館は30分前まで) ※7月3日(金)までは、上記の通り開館いたします。 以降の開館時間については、現時点では未定です。 [5]展覧会場 なら仏像館 [6]観覧料金 一般 700円 大学生 350円 高校生以下および 18 歳未満の方、満 70 歳以上の方、障がい者手帳をお持ちの方(介護者 1 名を含む)は無料です。 親子割引: 高校生以下および 18 歳未満の方と一緒に観覧される方は、一般 100 円引き、大学生 50 円引き。 ※資料に関するお問い合わせ先 奈良国立博物館 学芸部 情報サービス室 Tel 0742-22-4463(直通) Fax 0742-22-7221

報道発表資料 薩騎獅像(京都・大智寺所蔵)のX …...特別公開 文殊菩薩騎獅像・十一面観音菩薩立像(京都・大智寺所蔵) [2]展示期間

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Page 1: 報道発表資料 薩騎獅像(京都・大智寺所蔵)のX …...特別公開 文殊菩薩騎獅像・十一面観音菩薩立像(京都・大智寺所蔵) [2]展示期間

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令和 2 年 6 月 1 日

奈良国立博物館

報道発表資料

文も ん

殊じ ゅ

菩ぼ

薩さ つ

騎き

獅し

像ぞ う

(京都・大だ い

智ち

寺じ

所蔵)の X 線 CT スキャン調査

木津川市木津雲村に位置する大智寺は、鎌倉時代に西大寺の僧・慈じ

真しん

(1231~1316)を開基

として創建されたと伝わる橋柱寺きょうちゅうじ

を前身とします。本堂の厨子ず し

内に安置される本尊の木造文殊菩

薩騎獅像は、同寺創建期にさかのぼる鎌倉時代の優品であり、国の重要文化財に指定されていま

す。令和元年(2019)の秋から始まった本堂の改修に際して、本像ならびに木造十一面観音菩薩

立像(重要文化財・平安時代)を当館で一時的にお預かりしました。調査研究の一環として文殊

菩薩騎獅像の X 線 CT スキャン調査を実施したところ、像内に厨子入りの文殊菩薩像をはじめ複

数の品が確認されました。なかでも、納入品の一部に書かれた文字が判読できたことは画期的な

成果といえます。

この成果を踏まえ、なら仏像館の名品展「珠玉の仏たち」において両像の特別公開を行います。

[1]なら仏像館 名品展「珠玉の仏たち」

「特別公開 文殊菩薩騎獅像・十一面観音菩薩立像(京都・大智寺所蔵)」

[2]展示期間 令和2年(2020)6月2日(火)~

[3]休館日 毎週月曜日

[4]開館時間 10時30分~16時(入館は30分前まで)

※7月3日(金)までは、上記の通り開館いたします。

以降の開館時間については、現時点では未定です。

[5]展覧会場 なら仏像館

[6]観覧料金 一般 700円

大学生 350円

高校生以下および 18 歳未満の方、満 70 歳以上の方、障がい者手帳をお持ちの方(介護者

1 名を含む)は無料です。

親子割引:

高校生以下および 18 歳未満の方と一緒に観覧される方は、一般 100 円引き、大学生 50

円引き。

※資料に関するお問い合わせ先

奈良国立博物館 学芸部 情報サービス室

Tel 0742-22-4463(直通) Fax 0742-22-7221

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重要文化財

文も ん

殊じ ゅ

菩ぼ

薩さ つ

騎き

獅し

像ぞ う

木造 彩色・截金

像高(坐高)66.2cm

鎌倉時代(14 世紀)

京都・大智寺

元徳2年(1330)の奥書をもつ『橋柱寺きゅうちゅうじ

縁起え ん ぎ

』によれば、奈良時代に行基ぎょうき

が木津川に架けた 泉いずみ

大橋おおはし

は、正応元年(1288)の大雨と大風でほとんど落ちてしまった。このとき西大寺の僧・慈真

の勧めで信心ある者が、一本だけ残った行基建立時の橋柱をまつり、のちにこの橋柱を本尊の御衣み そ

木ぎ

(仏像を造るための木材)にして、文保2年(1318)に橋柱寺(現在の大智寺)が供養された

という。『縁起』に本尊の制作時期は記されず、実際に橋柱を御衣木としたかも不明だが、本像は

『縁起』にいう橋柱寺本尊にあたるとみられ、作風も鎌倉時代末のものとして矛盾しない(獅子座し し ざ

は後補)。左手に蓮茎、右手に宝剣を執り、左足を垂下する姿は、東大寺の鎌倉復興を指揮した勧進かんじん

僧そう

・重 源ちょうげん

が快慶かいけい

に制作させた奈良・安倍あ べ

文殊院もんじゅいん

文殊菩薩騎獅像(国宝)に近く、やや角張った面

相や上半身に着ける衣の形式、衣縁を波打たせる表現まで共通する。

安倍文殊院像に象徴される南都の文殊信仰は、勧進僧の大先だいせん

達だつ

で文殊菩薩の化身け し ん

とされた行基

に対する信仰とも重なりながら、以後、叡えい

尊ぞん

や忍 性にんしょう

ら西大寺を拠点とする律りっ

僧そう

により担われてい

った。本像造立の背景にも、慈真の行基・文殊信仰があるのだろう。

文殊菩薩騎獅像(獅子座とも) 京都・大智寺 同 像本体

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[X 線 CT スキャン調査により得られた像内納入品に関する知見]

大智寺文殊菩薩騎獅像は、全身に入念な彩色さいしき

が施され、また像底には板が貼られている。その

ため像内をうかがうことはできないが、今般の X 線 CT スキャン調査により納入品の詳細が明ら

かになってきた。

納入品は、首枘くびほぞ

内に厨子が一基、体部の内刳う ち ぐ

り部に巻子状の品を中心に十数点が確認された。

像本体は保存状態がたいへん良好で過去に解体された形跡がないため、像内は納入時の状況が保

たれているとみられる。納入の手順や方法を復元的に考えるうえで貴重な情報といえるだろう。

首枘内の厨子は断面楕円形だ え ん け い

・観音かんのん

開びら

きで、内部に極小の文殊菩薩坐像(像高約 2.7cm)を納め

ている。厨子に納め、布製とみられる巾 着きんちゃく

に入れる丁寧な仕様から、念持仏ね ん じ ぶ つ

の類かと推測される。

本像造立の背景には、慈真の行基・文殊信仰があると思われるが、この文殊菩薩の小像もそうし

た信仰に関わる品の可能性が考えられ、本像の制作背景をいっそう明らかにするための手がかり

となることが期待される。

体部に納入された品のうちとくに注目されるのは、内刳り部の後方にある、紙を何重にも折り

たたみ包紙でつつんだ長方形の品(長さ約 20cm、幅約 7.9cm)である。今般のCT調査で、包

紙に書かれた文字の一部を読み取ることができた。X線の透過度からすれば文字は墨書ぼくしょ

ではなく、

朱しゅ

漆うるし

や金泥きんでい

等の金属を含む顔 料がんりょう

を用いて書かれていると推測される。これらの文字は、『金剛こんごう

般若経はんにゃきょう

』の注釈書に記される真言しんごん

であることから、長方形の品は同経の可能性も考えられよう。

なお、『金剛般若経』を像内に納入する事例として、文永 10 年(1273) 康こう

円えん

作の東京国立博物

館(興福寺旧蔵)文殊五尊像のうち中尊の文殊菩薩がある(納入品は東京・大東急記念文庫蔵)。

文殊菩薩の智慧ち え

、すなわち般若はんにゃ

(完全な悟り)を象徴する品であろうか。

このほかにも、体部には複数の巻子状の品が納められているが、なかでも注目されるのは胴の

内刳り部の右端に納められた品(長さ約

18.6cm)である。これは軸じく

棒ぼう

が太く、八はっ

双そう

みられる半円形の木製の棒が付き、掛け紐を付

けるための金属製の鐶かん

や風帯ふうたい

らしきものが確

認できることから、掛軸かけじく

と考えられる。軸端じくばな

六角形で、X 線の透過度から水晶製すいしょうせい

と推測さ

れる。仏像の像内に軸装された品を納めるのは

めずらしく、入念な作りであることからも、本

像の制作に関わった人物にゆかりの画像が納

められたのかと想像される。

前述のとおり、本像は保存状態が非常に良好

なため、納入品を直接目にすることはできない

が、像とともに後世へと伝えてゆくべき貴重な

文化財である。

文責:山口隆介(奈良国立博物館主任研究員/

専門:日本彫刻史)

文殊菩薩騎獅像 垂直方向の断面画像

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首枘内の納入品

厨子【①】内の文殊菩薩の小像【②】

は、左手に経 巻きょうかん

、右手に宝剣ほうけん

を執り、

うずくまる獅子上の蓮華座れ ん げ ざ

に坐す。

宝冠ほうかん

・光背こうはい

はともに金属製。

体部内の納入品(水平方向の断面画像)

胴の内刳り部には、紐で束ねた巻子状の品(経巻

や結 縁 交 名けちえんきょうみょう

などか)が多数納められている。向か

って左端にみえるのが、掛軸と推測される巻物【③】。

太い軸棒や、八双とみられる断面半円形の木製の棒

が確認できる。後方には長方形の品【④】がみえる。

体部内の納入品(垂直方向の断面画像)

中央にみえるのは掛軸と推測される巻物【③】。

掛け紐を付けるための金属製の鐶がふたつ付き、

別画像では風帯らしきものも確認できる。

下方には短冊形たんざくがた

の木札【⑤】があり、表面に「諸

仏所深種善根□為 」の文字が読み取れる。④と同様

に朱漆や金泥等を用いて書いていると推測される。

この文言は『法ほ

華け

経きょう

』普ふ

賢げん

菩ぼ

薩さつ

勧かん

発ぼつ

品ほん

の一節。こ

の一節を選んで記した意図や、ほかの納入品との

関係は、いま明らかではない。

体部内後方にある納入品(部分画像)

長方形の品【④】の包紙には、向かって右から

「金剛心真言」、「補欠真言」、「般若無尽蔵真言」の

文字が確認され、それぞれの左脇に真言が書かれる。

これらは『金剛般若経』の注釈書に記される真言で

あることから、同経を包んでいる可能性がある(画

像は折りたたまれた包紙を左右に展開したもの)。

※画像は X 線 CT スキャンデータから任意の箇所を切

り出したものである。

②(①の拡大)