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チリにおける経済法(一)
ー経済法の概念の普遍性に関する一考察ー
中 川 和 彦
一 はしがき
経済法の概念について、ドイツにおけるその論議の影響もあって、わが国では種々の説が行なわれており、定
説がない。しかし、いずれの説をとるとしても、経済法を、資本主義の進展、高度化現象という歴史的背景にお
いて見出し、資本主義の生理的現象ないし矛盾に対処するためのものであるとすることについて、大方は異論が
ないであろう。そして、だからこそ、英米のように経済法という用語が一般に親しまれないところにおいても、
わが国でいう経済法の内容に相当する現象が存立すると理解されるのである。この限りにおいて、経済法の概念
は、部分的にせよ、共通性をもち、普遍的性格をおびることになる。
ところで、さらに論をすすめて、経済の発達の程度が十分でない、いわゆる低開発国ないし発展途上国におい
ても「経済法」は存立するのであろうか。つまり、さしあたり、その内容は問わないこととして、「経済法」と
チリにおける経済法㈲
― 109 ―
いう一応の体系をもっものが存在しているであろうか。そして、もしも存在しているとすれば、その内容は果し
てどのようなものであろうか。われわれの考えている、先進諸国におけるものと概念ないし内容において共通す
るものがあるであろうか。それとも、経済法の概念は未成熟であるけれども、実質的内容に、幾分なりとも共通
する現象が存在しているであろうか。筆者はかねてからこのような疑問をいだいているが、これに対する一つの
解答をラテン・アメリカのアルゼンチンおよびチリ国における経済法の検討を通じて求めようというのが、この
ささやかな研究の目的である。
研究の対象としてラテン・アメリカを選んだのは、これら諸国(すべての国ではなく、その一部の国)における法
律文化が比較的高く、かつ経済法に関する研究が若干の国(アルゼンチンおよびチリ)においてなされていること
を筆者が確認し、文献の若干を入手できたためであり、本稿においては、その第一段階として、チリにおける経
済法を取上げて若干の考察を試みたい。
チリにおける経済法の検討に入る前に、順序として、ラテン・アメリカにおける経済法学ないし研究の実情を
大ざっぱに概観し、これによって、アルゼンチンおよびチリ2国のみを研究の対象として取上げる理由も明らか
にしてみよう。
―11o―
ニ ラテン・アメリカにおける経済法研究の現状
一 チリのモオレによれば、ラテン・アメリカで経済法の研究がもっとも進んでいる国はアルゼンチンであっち、
一九五九年にマール・デル・プラタ市において第一回経済法学会{rlmQrareuSldQDQreoh〇}?onomico)
幻
が開催されている由である。
現在までのところ、次のような学者の著書ないし論文を入手している(発表年度順に記す。※印は単行書)。
※
Hernan
Abel
Jfessagno。
Kxperiencta
de
La
Ley
No.
11210
sobre
Represicn
de
la
Especulacion
y
Mo710-
polios。
1944。
Buenos
Aires。
169p・
※
Ca目屎oviterbo。
Ensayos
de
Derecho
Coniercial
y
Economico。Coopに↑ogodQDr‘
LQopo}doMelo。
1948。
RobeはoGoldschmidt.
ElDagho一m.conomico。
La
Ley。
Tomoa{}u}{o‐∽りptぞ目bae1952}。
Seccぎ口doctrina
※JulioH.
G.
Olivera。
Derecho
Econortiico。
Conceptos
y
problemas
fundament
ales。
1954。
BuGnos
Aires。
xii十
}旨り・J
u}{oH・G.
Olivera。
Norma
y
Realidad
en
elDerecho
Economico。
Revista
de
Jurisprudencia
Argentina。
1954-1V(ORIDie.
)j
Doctrinapp.
49~53.
Enrique
R.
Aftalion。
Derecho
EconomicoyDaQcho})e口匙図conomico
(En
la
1
a.
reunロロde
Derecho
Eco-
nomico-Mar
del
I)rta。
13/16de
Noviembre
1959)。
La
Ley。Tomo窃【図nQ吋oIMa】‥凶()
1960)。
Seccion
doct応n?
-111-
pp.
788-795.
※
Agustin
A.Gordillo。
Derecho
Adniinistrativo
de
la
Econoniia。
Prate
gene?'al。
1967。
Buenos
Aires。
xvi十
b4ip.
※
NelsonG゙Lふpade}Carril。
Integracidn
Latinoamericana
y
Derecho
Coniunitario。
1967。
Buenos
Aires。
65p・
この他、モントーヤ教授によれば、シブール(固ざuru)も研究を発表しており、また、フランスのりペールの
次の著書がスペイン語に飜訳され、発行されている由である。
Aspects
juridiques
du
capitalisme
moderne。
1946.
Le
Dec
Lin
du
droit。
1949。
(アルゼンチンにおける経済法については引続き執筆予定の拙稿を参照されたい)。
二 次に、モントーヤ教授によれば、チリでも、現在までに度々、経済法に関する学術会議が開催されている由
である。列挙すれば、
一九四一年にサンチヤゴで第二回ラテン・アメリカ犯罪学会(el
SegundocongresoLatinoamericanodQCrim-
-112 -
{no}o登)が開かれ、経済秩序に対する違反が論題の一つに取上げられ句
一九五四年に第一回チリ弁護士全国大会(el
PrimeroCon回aoZg{onal
de
AbogadosCh所no昌が開催され、
インフレーションと法律の問題が討議され、その中で経済法も取上げられた。
一九六〇年に法と経済に関す第一回ラテン・アメリカ・シンポジウム{FPriaa}or呂das
Latinoamericanas
de
Derecho
y
Econo∃r)がアリカで開かれ、地元チリの他に、アルゼンチン、ボリヴィア、ペルーおよびウ
ルグアイ各国の代表が参加し、経済開発計画が後進国の制度・法律構造において、必要とする変革が検討され
印
一九六二年に公法に関する第二回チリ・シンポジウム(FSegundas
Jornadaschilenasde
DerechoPIFo)
が開催され、経済法および経済行政法に関しても討議がなされ
た
。
経済法の研究機関としてチリ大学(サンチャゴ)の法学部に経済法研究所({nst{gode
Investigaciones
de
Jurぃd‐
ico
Econ6micode
la
FacultaddQDerecho
dLa
Universidaddec回り)がある。筆者は、昨年秋同研究所を訪問、
所長のオヤルスーン(夕a「匹n」教授およびコレーア(co「ry」助手と面談し、種々の教えを乞うとともに、同研
究所の機関誌「経済法」(内容については後述する)の寄贈を受けた。
現在のところ、筆者の入手しているチリの経済法に関する書物は次の通りである(発行年度順に記す)。
El
Derecho
ante
la
Inflacibn。
Primer
Congreso
Nacional
de
Abogados
Chilenos
27
al
31
de
octubre
de
1954。
1955。
saぽ即咬odQCh{Ft{+に口p・
Daniel
Moore
Merino。
Derecho
Econ6mico。
1962。
SantiagodaChile。
144p・
-113 -
吻自認'oOpdzo
Dvun。
l^a
^omtston
AntimonopoLios
y
iLstudios
del
Titulo
V
de
la
Ley
No.
13.305
1962
San{r叫odQCiiile。
129p.
雑誌「経済法」に収録されている経済法の概念ないし基礎理論に関する論文に次があかo
Fernp`〕
'doFueyoLaneri。
ElDerecho
jiconomico。
txevisia
ae
uerecno
ti。con6niico。
JNos.
4
y
5(?){olDy
de
1963}。
pp.
11-19.
RubenOM旨saoG.。
ElDagro図con■micoylas
Nuevas
Orientacionesen
la
Formacijn
Juridica。
Rev.
de
Der.
Econ.。
No.
18{}yao-Mpaode
1967)。
pp・り~{0・
以上の他、モンントーヤ教授によれば、次の学者も経済法の研究に従事している由である。チリ大学法学部の
スタッフのうちのリオセコ(Alberto
Rioseco)、ピント(Francisco
AntonioP{nto}、メリノ(R乱rigues
Merino)、
オルグイーン{H品oO}智{n}の諸教授、ヴァレラ(回叱varQy)、カトリック大学のアラマョ教授(〇∽cμりμロー
0
日々o)、ヴァルパライソ・カトリック大学のアイモネ教授(図qJuQとmog)な払。
― 114 ―
Revista
de
Derecho
Economico。
No.
3
(Abril~Jμ巴ode
1963)
法の頽廃
Ruben
OyarziinGailegos
税法と有価証券
汐r叫一oCarvalloHederra
LAFTyの加盟商国の商法に対する影響
Julio
Olavarrla
Avila
新規産業の享受する特典
Gloria
Lafourcade
Jimenez
経済行為および経済学の存在理由
vrto吋Gacitua
Navarrete
大統領と経済文書
Pedro
But訟回on1
A.
y
SergioC回us吻・
農業家族財産
SergiocorreaReya
国家に対する納税者の保証
Hugo
AranedaDCM
財政心理学
R昨日doc{aov・
金取引の法規制
Octavio
Aguilar
Maggi
短期および長期分析
Andre
Marchal
Rev.
de
Der.
Econ.
Nos.
4/5
(Julio~Dic.dQ白色)
統合への途上
Ruben
OyarztinGaliegos
経済法
Fernando
Fueyo
Laneri
チリにおける経済教育の歴史
Sergiocag{}oHederra
国内漁業の法的地位
SergioCorrea
Keyes
余剰農地の買入れ
ytrioHurtadoPaSrQ
農地改革の普及
Gaston
Salvatorey}″odorigo
SantaC2s
-115-
実用発明 victorGazitua
Navarrete
再調整の考察 Leonardo
Morenocavieres
憲法改正 FranciscoC∃nplidoCQrQcedp
住宅貯蓄・融資制度 Julio
Nietovaa
税制改革シンポジウム
Kev.
de
Uer.
Kcon.
JNos.6/7{}yero~JuliodQ芯汲)
法と経済の関係 Henry
Laufenburger
ラテン・アメリカ統合の命令
FranciscoA.P{nto
チリにおける国家
CFdomiro
Almeyda
Medina
チリ法における国定および所有権の概念
mdgrdo一ZOVoaMonreal
社会立法とLAFTy
哨QMnando
Fueyo一にnQ叱
新漁業法
SergioCOMrea
Reya
チリ=カリフォルニア技術援助計画
吻ed3にIG匹o
通貨価格の調整の法律制度
にo~rdoMo`11りnoCavieres
仮説・情況および発明
vioaGazitiia
Navarrete
経済開発の手段としてのContrato-Ley
FernandoRios
Ide
Rev.
de
Der
Econ.
Nos.8/9
(Julio~Dic.de応宏)
租税の減免と国家経済への影響
Sergioc回回{}oHederra
新所得税法
Alvaro
RencoretB.
-116-
反独占委員会の審決 oscar
iUanes
Edwards
商事立法とラテン・アメリカ統合
Julio
Olavarria
Aviia
c〇RFOの農業債権の再調整
Luis
PardoTorres
税制の弾力性
carlos
Oyarzun
Salinas
経済学序説
vio『Gazitiia
Navarrete
Rev.
de
Der.
Econ.
No.
10
(Enero-MarzodQさ呂)
経済発展と軍隊
Ruben
OyarzunGallegos
制度とラテン・アメリカ統合
Alberto
Baltracortes
財政統制
Hugo
Araロ'eda
Do:rr
CORV{の住宅融資政策
SergioCarvalloH乱erra
課税に関するイタリア憲法の原則
GiancarlocSg'to
経済学の重要問題
vioMGazitiia
Navarrete
比較課税基準
?自rμrs自営gta
中央銀行の信用操作
Rene
Moraga
Neira
Rev.
de
Der.
Econ.
Nos.
11/12
(Abril'-^'Sep.dQ応呂)
技術援助、統合および開発
Ruben
OyarzunGallegos
税法の目的論の基礎
Hugo
AranedaD0:a
推定最低所得の基礎
Andres
Zaldivar
推定所得税
Alvaro
Rencoret
Bravo
-117-
開発銀行 yngel
Fernandezv巴Qmayor
中央銀行
JorgeMarshallSilva
新森林法
SergioCorrea
Reya
mMcにおける商事代理人
Juan
Luis
Sanfuentes
保険および再保険に関するラテン・アメリカ統合の新計画
A乱res
Bande
歴史的世界の存在および効用分析の基礎
vlRGazitiia
Navarrete
Rev.
de
Der.
Econ.
Nos.
14/15(Enero-
Jun{ot応呂}
政治学・社会科学に関する第二回ラテン・アメリカ会議
Ruben
Oyaxzun
Gallegos
チリの農地改革
汐rg{oCorrea
Reya
祖税犯罪
Rubencelis
Rodriguez
所得税法の基本概念
GalvarinoPalaciosGomez
中米経済統合とLAFTA
Hernan
Sanchez
Naranio
開発銀行
A品el
Ferna乱ezv‘臣日々oM
大学の自治
Rev.
de
Der.
Econ.
Nos.
16/17(?){o~}‥)‘c・胆む呂)
第二回ラテン・アメリカ政治学・社会科学大会の提案・決議
同大会における講演
Lucianocat日o゙ydro
J.
Rodriguez。Eugeniovelasco。
Julioc'catanos
Es-
pairllat。FelipeHerreraLane.
ソ連におけるラテン・アメリカ研究の課題
Andrei
M.
Sivolobov
-118-
経済、財政および技術援助
RubenOyarziinG.
ラテン・アメリカにおける単作
HeinzBleckert
ラテン・アメリカにおける鉱業法改革
CarlosFerdinandoCuadros
社会変動における宗教
MiguelA品elcavallosH.
制度的・社会的および精神的構造としての軍隊
AnibalSalvatierra
L.
ソ連の接近と続合
BorisRudenko
超国家的統合のための国内政治の条件
HansJurgenPuhle
C〇MECOZ.加盟諸国間の経済関係規制の法的側面
IgorE.Lisijin
現在の公共管理、ラテン・アメリカの発展および続合のための官僚制の障害
Franciscocumplidoc・
中米における共通法の教育
carlosJoseGutierrez
法的統合の段階
EduuardOZ0voay.[〇nreal
Rev.deDer.Econ.No.18(Enero-Mayode1967)
経済法と法律体系における新方向
RubenOyarziin(ぃ・
所有権の改革
IgnacioSantaMariay
RaulNovoa
ラテン・アメリカ有価証券続一法草案の基礎
RaulCervantesA.
信用証券統一法草案
RafaelLasalviac・
チリ、加速された民主化の過程
bduardohlainuy
ラテン・アメリカの社会変動における軍隊
{}omi品ocereceda
経済統合過程における法の役割INTAL
-119-
㈲ Montoya。
op.
cit.。p.
11()・
三 他の諸国では経済法の概念は未成熟のようであ恥・わずかに、ペルーで次の書物が刊行されているにすぎな
い。
Ulises
Mon{oya
Albert!。
El
Derecho
Economtco。
1966。
Lima。
119p.
T-* たとえば、メキシコでは、商法の代表的概説書であるロドリーゲスの商法概論の中で、商法の公法化を説明する際に
経済法に言及するにすぎない。Joaquin
Rodriguez。
Curso
de
Derecho
Mercantil。
Tomo
I。
6
a.
ed.
1966。
p.
17.
バレーラ・グラーフは経済に対する国家の干渉の問題に言及しながら、商法と行政法の関係という態度に終始する。
Jorge
Barrera
Graf。
Tratado
de
Derecho
Mercantil。
Vol.
1。
1957。
p.
20ysgtes.
三 ダュエル・モオレの経済法理論
一 前章において紹介したチリにおける経済法の概念に関する研究ないし学説を本章および次章において考察す
る。まず、詳細かつ体系的な形で公刊されているダュエル・モオレの説くところから始める。
二 著者ダュエル・モオレ(Daniel
Moore
Merino)の経歴について筆者は寡聞にして何も知らない。しかし、自
序のなかで、一九五九年に経済法特殊講義を聴講し、云々、という文章のあることから、研究生活が始まって間
もない少壮の方のようである。
モオレの著書「経済法」の内容を大別すると、第一に、経済法の概念に関する考察、第二に法学の他の部門と
-120-
の関係、第三に経済法の法源、そして第四に経済法の教授に分けられる。ここでは主として第一、第二および第
四の部分を取上げる。その前に同書の目次の大要をかかげよう。
第一部 経済の概念を求めて
第1章 法と経済の諸関係
第2章 経済法の先駆者
第3章 戦時における経済法
第4章 概念限定のための学説の努力
第5章 経済法の内容に関する著者の立場
第二部 経済法の一般原則、特色および関係
第1章 一般原則と特色
第2章 法の他の部門との関係
第三部 経済法の法源
第1章 経済法の法源としての憲法
第2章 経済法の法源としての法律
第3章 経済法の洗源としての非常時立法
第4章 経済法に属する条約・国際協定
第5章 経済法の法源としての命令・規則
- 121 ―
第6章 経済法に関する判例、慣習および学説
第7章 経済法に関する予想できる法源
第四部 経済法の教授
第1章 経済法研究の必要性
第2章 経済法講座の位置および講議要綱
三 モオレは法と経済の関係に関するシュタムラー、デル・ヴェツキオ、カルネルッティ、およびモッサの説くと
ころを紹介した衝、経済法の先駆者として、一九世紀中頃のフランスのプルードン(?0乱r引)、一八八六年の
イタリテのレヴィ(とlor一ご、それから下って今世紀初頭のレーマンおよびへーデマンの名をあげる。しか
し、これらの学説について原典を直接参照しているわけではなく、注記によれば、主として、スペインのアント
ニオ・ポロ教授の次の論文によっているようである。
Antonio
Polo。
El
nuevo
derecho
de
la
Economia。
Revista
de
Derecho
Mercantil
(Madrid')。
No.
3
(Mayo-Junio
1948)。
p.412
y
sgtes.
-122-
㈲ 本論文の抜刷を著者ポロ教授から、本年春バルセロナにおいて寄贈を受けた。
四 戦時法としての経済法と題して、第一次世界大戦および第二次世界大戦の経済生活の変転期において唱えら
れたドイツの学説を紹介する。
まず、経済法の概念に否定的のカーンおよびヌスバウム、次に、へとアマソが第二次世界大戦中に、経済法は
戦時および革命の法につきるものではない、戦争が終了すると、経済法は自主性ある学問として存続する、と説
㈲
いたところが紹介される。
五 第四章は経済法の概念と限定づけるための努力と題し、経済法の概念に関する諸説(大部分はドイツの)をモ
ォレは取上げるが、それらを大別して、第一、世界観説ないし方法論説と第二、対象説に二分する。
第一のグループに入る学説として、ヘーデマンの旧説(いわゆる世界観説)、ルンプ、クロンシュタイン、ヴェ
ストホーフ、ガイラー、ニッパーダイの法社会学的方法説、そして、ジンツハイマーおよびクラウジングの説を
-123-
あげる。
第二の対象説を説く学者として、シブール(アルゼンチソ)、ホゥーク、キラリ、カスケル、レーマン、ヴュル
ディンガー、ギーゼケ、モンクマイヤー、ラウトナー、ハンス・ゴールドシュミット、ロベルト・ゴールドシュ
ミット、モッサなどの名をあげ、その学説を紹介する。しかし、これらの説くところはすべて概念として漠然、
過度に広義、余りに多様、基準が欠除、等々の理由により、いずれも不完全な学説である、とモオレは言う。
六 それでは、モオレ自身の考えはどうか。多くの学説を批判の後、次のように自身の考え方を示す。
「経済発展に対して法が果している役割を素描することが本研究の意図である以上、新しい学問のより正確
― 124 ―
七 モオレの前述の経済法の概念を分析して若干の点、すなわち、国家の干渉、経済発展および経済法の法的性
格について、その説くところをみる。
印 まず、国家の干渉について彼は次のように述べる。
「一世紀前には、国家は、国の内外の安全、正義の維持、および、ある程度、教育のような古典的と呼ばれる
問題にのみ関与した。社会、経済秩序が、恒久的の安定および不確定の進歩を保証する形で規整されていたか
ら、国家は経済事項に干渉することなく、その機能を果していたのである。
ところが、第一次大戦前から現われ始め、さらに、最近、再び明らかとなった若干の徴候により国家はその態
度の変更を余儀なくされた。要するに、それらは、労働に関する社会問題、技術革新、公共事業施行の必要、そ
して、就中『資本主義』経済の景気循環の問題、これらは前例のない両家的手続を決定するにいたったのであ
な、かつ限定された概念を明確にしなければならない。……本質上の定義は試みないが、われわれは経済法を、
より加速された経済発展の促進を指向する国家の経済政策を規整する、一般的に公法に属する法規および公法を
形成する法原則の全体、と考える。」
つまり「経済政策がその目標達成の条件として、必要とする行為の履行を求めることができるのは、法律のみ
である」。
「すべての法治国家において、恣意的行動に対する保障として理解されている適法の原則(Principios
deleg-
回dad)に従って、経済生活への国家の干渉に用意し、かつ誘導する特別の法律制度が存す癩」・
-125 -
る。これに加えて、いわゆる市場の配給機構、その価格制度は、国家の干渉により修復されるべき多くの不完全
をもっている。
経済的に弱い構造では、近代国家は、その生活水準の改善に対する住民の増大する要望を無視することができ
ない。
必要に応ずるため、国家は求められる福祉条件を創設するのに必要な干渉手段を自由に用いる。この経済政策
の手段は、所得の再分配、生産資源の完全な利用、生産性の向上、または経済力集中との闘いを指向するもので
ある。要するに、最終目的達成のためのすべての干渉は経済発展の促進を何んらかの形で目指しているのであ
る」と。
㈲ 経済発展の概念は相対的であって、モオレも種々の学説を紹介するが、法学的考察を目的とする本橋では
深く立入らないこととい、経済発展に関するラテン・アメリカに特有の若干の問題にふれる。
第一に外国資本の問頭である。
モオレによれば、「ラテン・アメリカの経済が成長するとき、外国資本の将来の寄与に幻想をいだくことは現
実的ではない。最近の経験は楽観論に理由を与えない。ラテン・アメリカの経済発展過程の性質および意味が与
えた深い変更に外国資本は対応していない。
発展の目標の変更は、同時に、外国資本の役割も変える。ラテン・アメリカ経済は、国際経済の膨張力が起こ
す刺激の下に、外部に向って(hacia
afuera)発展していたのである。ところが、一九二九年から外部の刺激は
力を失い、ラテン・アメリカは増加する人口に雇庸、食糧および文化を与えるため、内部で発展を促進する新し
― 126 ―
い力を求めねばならなかった」。
ところが「外国の民間資本はラテン・アメリカ諸国の社会資本の形成を目的とする投資に余り関心を示してい
ない。国内の消費を満足させる活動にしか関心を示していない。過去も現在も、外国の民間資本は第一次産業へ
の投資を求めており、外国の民間投資家が慣れているところと類似する法律および経済条件が提供されるとき、
大量に流入する」。
「資本輸出国に外国企業が返却する価値は国家経済から弾力的刺激を奪い、これらの価値が貯蓄され、資本化
される外国経済に刺激を与える。つまり、輸出品の生産国から福祉が奪われ、投資した外国に与えられるのであ
る」と・外資の役割について消極的である・
第二に、ラテン・アメリカ経済発展の障害として、内部蓄積の不十分、投資資本の不十分、所得分配における
不平等、おょび人口の爆発的増加の事情をあげる。
第三に、チリに限らず、ラテン・アメリカ諸国の貿易の特色であって、国の歳入が貿易収入に大きく依存して
いること、輸出品が主として一次産品であると同時に、輸出先が主としてドル地域であること、輸出産業が大体
において外国資本に支配されていること、外資の償還および役務が対外収支において大きな負担となっているこ
と、不利な交易条件により対外収支が慢性的に赤字となっていること、などの事情を列挙する。
㈲ 経済法の法的性格、すなわち、公法なりや、私法なりやの問題。
モオレは法を公法と私法に区分する基準として、周知の利益説、主体説および権力説を持出して説明する。ま
ず、保護する利益により区別する立場をとると「経済法は近代的経済政策の目的というすぐれて公共的性格の故
― 127 ―
に公法に属することになる」。次に、権力の主体により区別する立場をとると、「大体において、公法的規定が経
済法において主をしめ、しからざる規定も、少なくとも公序に関する規定であると結論できる」と。第三に、平
等関係なりや、権力服従関係なりやを区別の基準とする立場をとれば、経済法の規定が公法に属することは明ら
かである、という。
しかし、モオレは次のように付言する。「多くの場合、経済法の役割は国家の活動を規制することではなくて、
私的活動の規制である。その対象は多くの場合、経済面における個人の行動である。これらのすべての場合、経
済法はその対象の故に私法であり、その事由(causa)により公法となる。経済法は私的活動を規制する。しかし
公的目的をもって規制をなすのである」と。
しかも、「経済法は規制すべき経済政策目的の達成のため、新しい民事制度もしばしば採用している」。こう考
えると「法の旧い、古典的な公法・私法の区分は経済法を特色づけるために適用できない。経済法において、公
法的要素と私法的要素が密接に交錯していか」といい、経済法の概念において、公法に属すると断定的に述べた
ことと一貫しない。
-128 -
ハ 経済法の法体系中の地位。
モオレは、まず、経済法が自主性ある部門であることを明らかにし、その後に、経済法と他の法学部門との関
係を論ずる。
田 経済法の自主性に関しモオレの説くところは次のようである・
自主性否定論者が、経済法の対象というものは法的現実(la
realidad
juridica)の一部としてすでに存在してお
り、断片的、分析的であるとしても、法律科学の種々の部門が研究されている、と言うのに対し、経済法の諸制
度が、本質上、種々の伝統的の法律部門に分けられていることが現実であるとしても、体系的かつ総合的の見方
が特別の部門、少なくとも形式と自主性のある部門を提供していることも確かである、と反論できる。しかし、
いずれにせよ、経済立法の重要な部分を現在の法律の枠の中に入れることは困難である。
ここで明らかにされるべきことは法学の部門として特定部分の法律関係を規制していること、特殊の原理を有
していること、ならびに法律の制定に影響を与え、かつ、適用、解釈にも影響する法律的および哲学的考えに従
っていることであって、この意味において、公法および私法の概念を利用しているにもかかわらず、自主性のあ
る経済法ということができるのであり、他方、他の法学部門の概念を修正または補完して、自己の概念を作って
いるLと経済法の自主性を肯定すると同時に、だからと言って、「法の一部門の自主性を主張することは、他の
-129-
部門とのすべての結びつきを否定することを意味するものではないし、他の部門の概念を利用しないことを意味
するものではないL。
このように、経済法に「独立性を与えることを適当とするならば、それは可能であろう。しかし、基本的な民
法、刑法、行政法と並べて分類中に決して挿入することができないことを念頭に入れるべきである」。つまり、
「経済法は、前述の法学部門に対置されるものではなく、あらゆる場合、非経済法(Derecho
noeconimico)に対
置される。要するに、経済法の概念の下に、一連の法律制度をまとめることは、技術的な、完全に正当な方策に
他ならず、体系的説明的かつ教授的作業のために、現代の法律科学はその方法から手を借りているのである」と。
② 憲法と経済法。経済の法源として憲法を研究する際、最近の憲法制定者が基本的な経済法的原理および制
度を夫々の基本憲章の中でいかに神聖化している(consagrar)かを見ることができる。チリの現行憲法の中にも
経済的および社会的性格の宣言および原則が含まれている。
㈲ 行政法と経済‰。経済発展の促進の計画化を担当する行政官庁または自治組織の設置および機能を規制す
る法律、命令、規則などが経済行政法の内容を構成する。他方、経済法は行政法の固有かつ局知の制度や原理を
利用しているが、経済法を行政法の構成部分とみなして、経済法の自主性を否定する者もある。
㈲ 国際経済洗・経済ブロックの形成および地域統合の漸進的発展を目指す世界的傾向を考えると、国際経済
法は経済法研究に対する大きい利益を重要性を得ている。
㈲ 税法と経済洗・租税は国の経済への干渉の其の一つにもなっている。チリの現行税制をみると、この種の
租税として次のようなものがある。
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a 国民所得の再分配を目的とするもの
b 内国産業の保護、外国の同種産業との競争、または奢侈品の輸入阻止のために設定されるもの
c 農業生産の増加を目的とするもの
d 産業振興を目的として、特定産業、特定地域等に与えられる税の減免
経済政策目的を追求する税法の規定の多くは経済法を構成する。しかし、税法がすべて経済法ではない。
㈲ 刑法と経済法。経済法は目的達成の手段の一つとして刑法の抑圧制度を用いる。経済刑法は多くの特異性
をもつ。
⑦ 私法と経済作経済法と私法の諸部門との関係というよりも、経済法が私法制度にもたらした影響ないし
変化(所有権、意思の自由などにもたらされた変化)についても言う方が適当である。
㈲ 社会法と経詩作経済法を経済政策の法的規制者と考え、追求する最終目標が与えられている場合、経済
法は、生活の連帯思憩(ロna
concepcionso回aria
de
la
vida)および其同正義の固有の原理(un
principio inma-
nentede
la
iusticiacolectiva)を、社会法同様に、基礎とする、と。
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九 経済法の教授に関して。モオレは詳しく論じている。その要旨を次に紹介する。
第一に、経済法研究の重要性。これについて今更言うまでもないであろう。モオレによれば、弁護士の再教育
のため、大学院に経済法の特別コース、ゼミナールなどが設けられている由である。
第二に、既存の他の学科との関係。まず経済学の基礎知識を必要とするため、経済学、経済政策、国際経済
学、財政学などを履修の後に経済法の学習に入るべきであるという。次に、法律関係の学科目との関係は、特に
チリの大学におかれてある農業法および産業法との関係であるとし、これらは経済法の一部を構成する、とモオ
レはいう。
そして、モオレは、次のような経済法の講義要綱を示す。少し長くなるが大要を紹介しておく。
経済法講義の構成
1総 論
2 法と経済
3 経済法の起源
4 経済法に関する学説
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5 国家の経済への干渉
6 経済法の基本原理と特色
7 法の他の部門と経済法
8 経済法の法源
9 各 論
a 憲 法
b 予 算
c 貿易関係法
d 外資関係法
e 特定地域振興関係法
f 特定産業関係法(銅鉱山・硝石)
g エネルギー関係法
h 農工業振興関係法
i 金融関係法
j 経済行政法
k 経済刑法(独禁法も含む)
1 国際経済法
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印 図0〇re.
0p.
cit.。
p.
131
y
sgtes.
(未 完)
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