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静岡県における外来種ヤンバルトサカヤスデの生態特性と生息可能域の推定 神谷貴文(静岡県環境衛生科学研究所) ヤンバルトサカヤスデChamberlinius hualienensis Wang, 1956)は、ヤスデ綱 オビヤスデ目ヤケヤスデ科に属する多足類で、背面は薄い褐色で各背板の後縁に黒褐色 の横帯を持つ。ヤンバルトサカヤスデは一年一世代型の生活史を持ち、卵~幼虫(1~ 6齢)~亜成体(7齢)~成体(8齢)と脱皮によって変態を行う。普段は土壌中や落 葉の下など有機質に富んだ湿り気のある場所にいるが、毎年1012月の繁殖期になる と異常発生し、集団で壁によじ登ったり家屋に侵入するなどの不快性被害をひき起こす。 生態系被害防止外来種リストにも「その他の総合対策外来種」として挙げられている。 本種は1956年に初めて台湾で記載され、その後1983 年に沖縄島で確認されてからは、南西諸島や鹿児島本土、 八丈島に分布を広げており、近年では本州や四国でも局所 的に確認されている。 静岡県でも2002年頃から果樹園や茶園を中心に異常発 がみられ、生息域が拡大する懸念があったことから、県 内分布状況の把握とともに、現地調査と飼育試験により本 県におけるヤンバルトサカヤスデの生態特性を評価し、生 息可能域を推定した。 はじめに 沖縄 1983 1991 2000 鹿児島本土 2005 2002 静岡 2002日本における分布拡大状況 Chamberlinius hualienensis Wang,1956 静岡市内のヤンバルトサカヤスデ異常発生状況(2010 .10静岡県におけるヤンバルトサカヤスデ分布拡大状況 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 :その年に新たにヤスデ発生情報が寄せられた場所。 :前年までに発生情報が寄せられた場所。表示している西暦は生息情報を確認した年であり、侵入した年を表すものではない。 富士山 静岡市 浜松市 伊豆半島 県健康福祉センターおよび市町関係課に対してヤスデの苦情に関するアンケート調査を2008年から毎年実施し、分布状況の把握に努めている。 生活史調査 低温耐性試験 Apr. 卵塊 1静岡市(20092010卵塊 1齢幼虫 0 20 40 60 80 100 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1 5 7 10 15 o C 15 o C 成体の生存率 day 40 60 80 100 2 4 6 8 10 12 23456亜成体 成体 異常発生 May Jun. Jul. Aug. Sep. Oct. Nov. Dec. Jan. Feb. Mar. 沖縄 (比嘉ら, 1992) 鹿児島本土 (有馬ら, 2001) 静岡市内の生息地からヤスデを 採取した。 腐葉土を敷いた飼育容器に雌雄 の成体各 5 匹を投入し、温度 5 階で培養して生存率と産卵塊数 を調べた( 90 日以降はすべて 15に再設定した)。 産卵塊数(個(積算)) day 卵塊 123456亜成体 成体 異常発生 静岡市では1012月を中心に、亜成体・成体が混在した集団移動が起 き、一部4月頃にも成体の集団移動が発生する。沖縄や鹿児島の事例と比 べて産卵・孵化の時期が春先に集中しており、冬場の気温が影響している と考えられた。 飼育試験の結果、(1)5℃以上では成体の生存率が高い(2)10℃を下回ると 産卵行動に影響が出る(3)一定期間低温にさらされても雌は繁殖能力を失わな 、ことが明らかになった。 静岡市内は沖縄や鹿児島と比べて冬場の気温や土壌温度が低く、ヤスデは成体 のまま越冬した後、10℃を超える春先に産卵するという生活史をとることで移 入地の環境に適応したと考えられる。 静岡県におけるヤンバルトサカヤスデ生息可能域の推定 ヤンバルトサカヤスデの生息環境とし て温度(特に冬場の温度)が重要と考え られた。そのため、土地利用、最深積雪、 最寒期(1月)平均気温、年平均気温を 環境変数として、Maxentモデルを用い て、静岡県における本種の生息可能域 (生息適地)を推定し ꠩㌮㜨。その結果、 沿いの広範囲で本種が ㌮㜨息可能 であるこ とが判明した。生息域の拡大を防止する 対策の重要性が高まっている。 Maxentモデル 最大エントロピーモデル(maximum entropy modeling):現地調査で得 られた確認位置と環境データから動植 物の生息適地を推測するモデル。ロジ スティック回帰分析と異なり、不在 データが必要ないのが利点。 勉強中! 積雪量や気温の予測は、SRES A1Bシナリオに基づく(RCP6.0 に相当)。 気候変化レポート2015より 土地利用(H26最深積雪(cm) 1月平均気温() 年平均気温() 温暖化が進んだ場合(2076-2095年) Maxentモデルによる生息確率の解析結果。1に近いほうがヤンバルトサカヤス デの生息に適している地域を示す。 は現在の確認位置を示す。 土地利用 変化なし 最深積雪量 -11cmの減少 1月の平均気温 +3.2℃の上昇 年間平均気温 +2.9℃の上昇 ヤスデの適地は御殿 場市や山地に移動する。 ただし、今回は静岡県 における生息条件のみ 考慮した結果であり、 本来はもっと高温を好 むと考えられる。 静岡県の気温は、鹿 児島や南西諸島などに 近づくため、海沿いの 地域も生息適地である ことに変わりはないと 推測される。 確認位置のみ、 現在の環境条件 を反映している として解析した。

静岡県における外来種ヤンバルトサカヤスデの生態特性と生 …環境変数として、Maxentモデル を用い て、静岡県における本種の生息可能域

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Page 1: 静岡県における外来種ヤンバルトサカヤスデの生態特性と生 …環境変数として、Maxentモデル を用い て、静岡県における本種の生息可能域

静岡県における外来種ヤンバルトサカヤスデの生態特性と生息可能域の推定

神谷貴文(静岡県環境衛生科学研究所)

ヤンバルトサカヤスデ(Chamberlinius hualienensis Wang, 1956)は、ヤスデ綱

オビヤスデ目ヤケヤスデ科に属する多足類で、背面は薄い褐色で各背板の後縁に黒褐色

の横帯を持つ。ヤンバルトサカヤスデは一年一世代型の生活史を持ち、卵~幼虫(1~

6齢)~亜成体(7齢)~成体(8齢)と脱皮によって変態を行う。普段は土壌中や落

葉の下など有機質に富んだ湿り気のある場所にいるが、毎年10~12月の繁殖期になる

と異常発生し、集団で壁によじ登ったり家屋に侵入するなどの不快性被害をひき起こす。

生態系被害防止外来種リストにも「その他の総合対策外来種」として挙げられている。

本種は1956年に初めて台湾で記載され、その後1983

年に沖縄島で確認されてからは、南西諸島や鹿児島本土、

八丈島に分布を広げており、近年では本州や四国でも局所

的に確認されている。

静岡県でも2002年頃から果樹園や茶園を中心に異常発

生がみられ、生息域が拡大する懸念があったことから、県

内分布状況の把握とともに、現地調査と飼育試験により本

県におけるヤンバルトサカヤスデの生態特性を評価し、生

息可能域を推定した。

はじめに

沖縄 1983

1991 ~2000

鹿児島本土~2005

2002

静岡 2002~

日本における分布拡大状況

Chamberlinius hualienensis Wang,1956

静岡市内のヤンバルトサカヤスデ異常発生状況(2010 .10)

静岡県におけるヤンバルトサカヤスデ分布拡大状況

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

:その年に新たにヤスデ発生情報が寄せられた場所。 :前年までに発生情報が寄せられた場所。表示している西暦は生息情報を確認した年であり、侵入した年を表すものではない。

富士山

静岡市

浜松市 伊豆半島

県健康福祉センターおよび市町関係課に対してヤスデの苦情に関するアンケート調査を2008年から毎年実施し、分布状況の把握に努めている。

生活史調査 低温耐性試験

Apr.

卵塊 1齢 静岡市(2009~2010)

卵塊 1齢幼虫

0 20 40 60 80 100

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1 5 7 10 15

oC

15oC

成体

の生

存率

day

40 60 80 100

24

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1012

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1[, 4

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2齢 3齢 4齢 5齢 6齢

亜成体 成体

異常発生

May Jun. Jul. Aug. Sep. Oct. Nov. Dec. Jan. Feb. Mar.

沖縄 (比嘉ら, 1992)

鹿児島本土 (有馬ら, 2001)

•静岡市内の生息地からヤスデを採取した。

•腐葉土を敷いた飼育容器に雌雄の成体各5匹を投入し、温度5段階で培養して生存率と産卵塊数を調べた(90日以降はすべて15℃に再設定した)。 産

卵塊

数(

個(

積算

))

day

卵塊 1齢 2齢 3齢 4齢 5齢 6齢

亜成体 成体

異常発生

静岡市では10~12月を中心に、亜成体・成体が混在した集団移動が起

き、一部4月頃にも成体の集団移動が発生する。沖縄や鹿児島の事例と比

べて産卵・孵化の時期が春先に集中しており、冬場の気温が影響している

と考えられた。

飼育試験の結果、(1)5℃以上では成体の生存率が高い、(2)10℃を下回ると

産卵行動に影響が出る、(3)一定期間低温にさらされても雌は繁殖能力を失わな

い、ことが明らかになった。

静岡市内は沖縄や鹿児島と比べて冬場の気温や土壌温度が低く、ヤスデは成体

のまま越冬した後、10℃を超える春先に産卵するという生活史をとることで移

入地の環境に適応したと考えられる。

静岡県におけるヤンバルトサカヤスデ生息可能域の推定 ヤンバルトサカヤスデの生息環境とし

て温度(特に冬場の温度)が重要と考え

られた。そのため、土地利用、最深積雪、

最寒期(1月)平均気温、年平均気温を

環境変数として、Maxentモデルを用い

て、静岡県における本種の生息可能域

(生息適地)を推定した。その結果、海

沿いの広範囲で本種が生息可能であるこ

とが判明した。生息域の拡大を防止する

対策の重要性が高まっている。

Maxentモデル

最大エントロピーモデル(maximum entropy modeling):現地調査で得られた確認位置と環境データから動植物の生息適地を推測するモデル。ロジスティック回帰分析と異なり、不在データが必要ないのが利点。

勉強中!

積雪量や気温の予測は、SRES

A1Bシナリオに基づく(RCP6.0

に相当)。 気候変化レポート2015より

土地利用(H26) 最深積雪(cm) 1月平均気温(℃) 年平均気温(℃)

温暖化が進んだ場合(2076-2095年)

Maxentモデルによる生息確率の解析結果。1に近いほうがヤンバルトサカヤス

デの生息に適している地域を示す。 は現在の確認位置を示す。

土地利用 変化なし

最深積雪量 -11cmの減少

1月の平均気温 +3.2℃の上昇

年間平均気温 +2.9℃の上昇 ヤスデの適地は御殿

場市や山地に移動する。

ただし、今回は静岡県

における生息条件のみ

考慮した結果であり、

本来はもっと高温を好

むと考えられる。

静岡県の気温は、鹿

児島や南西諸島などに

近づくため、海沿いの

地域も生息適地である

ことに変わりはないと

推測される。

確認位置のみ、

現在の環境条件

を反映している

として解析した。