10
技術資料 電子航法研究所報告 No.132 2015. 1 Technical Report ELECTRONIC NAVIGATION RESEARCH INSTITUTE PAPERS No.132 January 2015 〔技 料〕 将来の航空用高速データリンクに関する研究 北折 潤 ,住谷 泰人 ,石出 明 A Study on Future Aeronautical High-Speed Transmission Datalinks Jun KITAORI, Yasuto SUMIYA, and Akira ISHIDE Abstract ICAO (International Civil Aviation Organization) has proposed future aeronautical datalink candidates that have much higher transmission rates than VDL (VHF Digital Link). The candidates, which will be operated in L-band, are collectively known as LDACS (L-band Digital Aeronautical Communication System). We have developed an LDACS physical layer experimental system, which is named LPES. The system is a test bed to evaluate BER (Bit Error Rate) performances under various conditions. LPES consists of PC and USRP (Universal Software Radio Peripheral) and its software is written in python scripts with the GNU Radio signal processing library. This paper describes some results of LDACS BER performances obtained with our LPES. 監視通信領域 ENRI Papers No.132 2015 51

〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

技術資料電子航法研究所報告

No.132 2015. 1

Technical Report

ELECTRONIC NAVIGATION

RESEARCH INSTITUTE PAPERS

No.132 January 2015

〔技 術 資 料〕

将来の航空用高速データリンクに関する研究

北折 潤∗,住谷 泰人∗,石出 明∗

A Study on Future Aeronautical High-Speed Transmission

Datalinks

Jun KITAORI, Yasuto SUMIYA, and Akira ISHIDE

Abstract

ICAO (International Civil Aviation Organization) has proposed future aeronautical datalink candidates that

have much higher transmission rates than VDL (VHF Digital Link). The candidates, which will be operated in

L-band, are collectively known as LDACS (L-band Digital Aeronautical Communication System).

We have developed an LDACS physical layer experimental system, which is named LPES. The system is a test

bed to evaluate BER (Bit Error Rate) performances under various conditions. LPES consists of PC and USRP

(Universal Software Radio Peripheral) and its software is written in python scripts with the GNU Radio signal

processing library. This paper describes some results of LDACS BER performances obtained with our LPES.

∗監視通信領域

ENRI Papers No.132 2015 51

Page 2: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

1 まえがき

ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術的検討を欧米共同作業 FCS(将来の航空通信システムに関する調査研究)に委ねた。FCSの最終報告 [1]によると,洋上通信,対空通信,空港面通信と,通信用途に応じて適切な航空通信システムを選択することが推奨された。しかし対空通信においては,VDL(VHF ディジタルリンク)に代わる候補システムは統一化されなかった。新たな対空通信システムの候補は LDACS(Lバンドディジタル航空通信システム)*1と総称されることとなった。しかし航空用 Lバンドには図 1に示すように他の航空無線システムが幾つかすでに割当てられており,LDACSとの電波共用性の検証が必須と考えられる。

さらに将来的には,航空用の高速データリンクにOFDM

(直交周波数多重分割)技術をはじめとして,各種の変調方式を通信環境に応じて自動的に選択する適応変調技術,製作コストに優れたソフトウェア無線技術等が導入されていくものと考えられている。

航空用データリンクを考える上で,広域・高速移動体の特性に起因する課題はいまだ多い。このため LDACS

を対象とした通信高速化技術および周波数有効利用技術

図 1 LDACS展開予定周波数帯の割当状況

*1当初は L-DACSとも表記されていたが,現在は LDACSの表記が主流である。

等の研究「将来の航空用高速データリンクに関する研究」(以下,本研究)を実施することで実装技術から通信性能に至るまでのさまざまな知見が得られ,将来の航空通信技術の発展に欠かすことのできない技術を蓄積できる。また,将来の航空用データリンク技術を確立し,他の航空無線システムと LDACSとの電波共用性の解決案等を国際標準に反映させることができる。また,日本の空域に適した将来の航空通信システムや運用方法の構築の検討にも役立つ。

2 研究の概要本研究は 4年計画で行われた。本研究全体の流れとしては,ソフトウェア無線実装技術を用いてさまざまな変調方式や符号化方式の評価に柔軟に対応できるような新たな通信システム評価用機材の開発を行い,LDACSの高速化技術および周波数有効利用技術等について研究する。平成 21 年度は,主として以下の各項目について実施した。

• LDACSの技術仕様調査・解析• ソフトウェア無線実装技術の調査• ソフトウェア無線機材の予備実験• LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向調査

52 電子航法研究所報告 No.132 2015

Page 3: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

図 2 研究線表

平成 22 年度は,主として以下の各項目について実施した。

• LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向調査• 誤り訂正なし BER(ビット誤り率)特性の計算機シミュレーション

• LDACS物理層実験システム送信部の実装

• 発生信号の評価

平成 23 年度は,主として以下の各項目について実施した。

• LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向調査• 電波特性実験• ソフトウェア無線ライブラリ開発• 誤り訂正あり BER特性の計算機シミュレーション

平成 24 年度は,主として以下の各項目について実施した。

• LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向調査• ソフトウェア無線ライブラリ開発• 実験装置調整および通信特性評価実験• LDPC誤り訂正符号 BER特性評価• 技術指針の取りまとめ

図 2に本研究全体の線表を示す。

3 研究の成果3.1 平成 21年度3.1.1 LDACSの技術仕様調査・解析LDACSの仕様の最新版をユーロコントロールより入手し,物理層を中心に動作原理の解析を行った。当初 LDACSには 4種類のシステムが提案されていたがその後整理され,現在は LDACS1[2]と LDACS2[3]の2種類のシステムに集約されており,LDACS1の方が細かい仕様まで規定されていることが分かった。LDACS1

はOFDMA/FDD(直交周波数分割多元接続/周波数分割複信)を基本原理としたマルチキャリア広帯域伝送方式であるのに対して,LDACS2は TDMA/TDD(時分割多元接続/時分割複信)を基本原理とした単一キャリア狭帯域伝送方式である。また両システムとも誤り訂正符号に,外符号がリードソロモン符号,内符号が畳み込み符号という連接符号を採用している。両方式の主要諸元を表 1

に掲げる。以下に各 LDACSの物理層の概要を示す。LDACS1

LDACS1の OFDM方式に関する主要パラメータは表2のように定められている。図 3に示すように,LDACS1

の送信フォーマットは長さ 240 msのスーパフレームを基

ENRI Papers No.132 2015 53

Page 4: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

表 1 LDACS1/2主要諸元比較表

名称 LDACS1 LDACS2

使用周波数帯 960—1164[MHz] 960—975[MHz]

複信方式 周波数分割 時分割

アクセス方式 OFDMA TDMA

変調方式 (4QAM(QPSK), 16QAM, 64QAM)+OFDM GMSK

チャネル幅 498.05[kHz] x 2 200[kHz]

ビット伝送速度 833.33—2500.0[kbps] 270.83[kbps]

誤り訂正符号外符号 リードソロモン符号 リードソロモン符号内符号 畳み込み符号 畳み込み符号

表 2 LDACS1 OFDM主要パラメータ

FFTサイズ 64

サンプリング時間 1.6[µs]

OFDMシンボル長 120[µs]

サイクリックプレフィックス時間 17.6[µs]

サブキャリア数 50

サブキャリア間隔 9.765625[kHz]

本単位として,さらに細かい単位のフレームに分割している。地上局→航空機局方向の FL(Forward Link; フォワードリンク)と航空機局→地上局方向の RL(Reverse

Link; リバースリンク)とでは異なるフレームフォーマットが用いられている。FLは地上局からOFDM信号を連続送信し,各航空機局に対して個別指定または同時通報の伝送が行えるチャネルである。RLは地上局からの要求に応じて割り当てられた航空機局がバースト状に送信する OFDMA-TDMA 方式のチャネルである。このため,RLでは 50本あるサブキャリアを低い周波数の 25本と高い周波数の 25 本の 2 つに分け,別々のユーザに使用する。

また,受信 BER性能は「受信感度レベルの受信電力における誤り訂正後の BERが 10−6 よりも小さいこと」とされている [2], [4]。

LDACS2

LDACS2は 1秒が 1フレームで,図4に示すように,1フレームの開始時刻はUTC(Universal Time Coordinated;

協定世界時)の秒に同期しており,フレーム内で FLとRL(LDACS2の用語ではそれぞれアップリンクとダウンリンクと称する)の送信時間帯が定められている。1フレームは 150個の基本スロットに分かれており,実際の信号は複数の基本スロットからなるバースト状の送信信

図 3 LDACS1 スーパフレーム構成 [4]

図 4 LDACS2 フレーム構成 [3]

号を用いる。また,LDACS2の物理層規格の一部は,世界中で広く使われている GSM(第 2 世代携帯電話)規格を流用して定められている。

受信 BER性能は「誤り訂正前の BERが最大で 10−3

であること」となっており,さらにこの条件下で誤り訂正後の BERが 10−7 を達成するよう定められている [3]。

3.1.2 ソフトウェア無線実装技術の調査

市販のソフトウェア無線開発キットの性能・諸元を調査し,3 種類の開発キット(Xprobe,Inrevium,GNU

Radio)について,構築可能回路規模,使用プログラム言語,入出力インターフェイス,対応周波数範囲,キット入手容易性等について比較検討した。その結果,GNU

Radioという開発ソフトウェア [5]とUSRP(汎用ソフト

54 電子航法研究所報告 No.132 2015

Page 5: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

図 5 GNU Radioと USRPの外観図

ウェア無線装置)と呼ばれる開発キットの組み合わせが本研究に適していることが分かった。図 5に GNU Radio

を搭載した PCと USRPの外観を示す。GNU RadioはC++言語で書かれたライブラリ関数を Python言語で組み合わせることによってソフトウェア無線機を構築できるため,VHDL(超高速集積回路ハードウェア記述言語)やVerilog言語でのプログラミングより汎用性に優れ,プログラムの構築・修正が容易であるという特徴がある。3.1.3 ソフトウェア無線機材の予備実験

USRPの動作特性を基礎実験で確認した。最も基本的な送受信回路で構成した場合には,受信時に特段のフィルタがないため中波~VHF帯を一括で受信しサンプリング周波数に依存したイメージ混信が起こることを確認した。またアンプもないため,テレビ/ラジオ放送のような強力な電波のイメージが受信対象周波数の近くにある場合には受信対象を十分に受信できないこともある。例えば,128.8 MHzは羽田空港の ATIS(飛行場情報放送業務)に使用されている周波数であるが,810 kHzの AM

放送のイメージが混入することがある。これは USRPのサンプリング周波数が 64 MHzであるため,サンプリング定理によって 128.8 MHz の信号が実質的に 800 kHz

の信号と等価なことが原因である。このような場合は適切なアンテナ,フィルタおよびアンプを導入する必要がある。その他の送受信回路には適切なフィルタおよびアンプがあるため,外部に別途回路を付加する必要はない。3.1.4 LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向

調査

本研究の実施を ICAO ACP WG-W(航空通信パネル全体作業部会)に報告 [6]したところ,ユーロコントロールから LDACSに関連した情報を提供してもらえることになった。また,FCSの関連情報として,IEEE 802.16e

規格をベースとした空港面通信システムを RTCA(米国航空用無線技術委員会)および EUROCAE(欧州民間航

空用装置団体)が共同で開発していくことが明らかにされた。3.2 平成 22年度

3.2.1 LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向

調査

LDACS物理層の動作解析を平成 22年度も進め,規定を計算機シミュレーションおよびソフトウェア無線での実装に適したアルゴリズムに置き換える作業を行った。3.2.2 BER特性の計算機シミュレーション

LDACS1物理層における誤り訂正なしでの BER特性を,計算機シミュレーションで検証した。LDACS1 はOFDM 方式で 50 本の副搬送波を使用し,一次変調は4QAM(直角位相振幅変調),16QAM,64QAMのいずれかを用いる。QAMの数字が大きいほど一度に送れる情報量が増える代わりに信号の耐雑音性能が劣化する。また一般的に航空機局の移動速度が大きいほどドップラシフトが大きくなり BER特性が劣化する。そこで,挿入したパイロット信号から伝送路特性を推定しドップラシフトの補正効果をシミュレーションで比較した。結果を図 6に示す。ドップラシフトの補正効果は 64QAMでは見られず BER劣化が非常に大きかったが,4QAMではドップラシフト 740 Hz(B747巡航速度相当)においても BER特性がかなり改善されていることが確かめられた。3.2.3 LDACS物理層実験システム送信部の実装

物理層実験システムの送信部の実装を行った [7]。本システムのハードウェアは PCと USRPからなり,PC上で信号処理ライブラリ GNU Radioを用いて送信部の動作を記述した。本システムでは LDACSの方式,搬送波周波数,信号の大きさ等を指定できる。なお,誤り訂正機能については平成 23 年度以降の実装とした。誤り訂正機能の動作検証では受信部での誤り訂正復号機能の実装も必要であり,また平成 22 年度に測定する送信信号の物理的特性自体は誤り訂正符号の存否に依存しないため,復号機能と同時期に実装する。本実装の概略を図 7

に示す。3.2.4 発生信号の評価

信号評価の便宜上,搬送波周波数を 970 MHzに固定したうえで,LDACS1,LDACS2の規定に沿ったそれぞれの信号スペクトラムを観測した。規定にあるスペクトラムマスクに当てはめた場合,いずれのスペクトラムもマスクから逸脱する部分があった。このうち,LDACSの必要周波数帯域幅から大きく離れた部分の逸脱については,USRP搭載ドータボードのノイズフロアレベルとダ

ENRI Papers No.132 2015 55

Page 6: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

図 6 LDACS1 BER特性シミュレーション結果(左:4QAM,右:64QAM)

図 7 LDACS物理層実験システム送信部概要

イナミックレンジからくる制約と考えられる。一方で,必要周波数帯域幅近傍でのマスク逸脱は直接的には隣接チャネル等への影響が懸念される。しかし,精密な信号発生器からの信号でも LDACSの現在のスペクトラムマスクをわずかに逸脱することを考慮すると,マスク自体が他の無線システムと比べて厳しく定義されていると考

えられる。今後スペクトラムマスクが改訂される可能性がある*2。

3.3 平成 23年度

3.3.1 LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向

調査

LDACS物理層の動作解析を平成 23年度も進め,規定が改訂されている部分を確認し,規定を計算機シミュレーションおよびソフトウェア無線での実装に適したアルゴリズムに置き換える作業を行った。

3.3.2 電波特性実験

LDACS1の信号スペクトラムについて,当初規定にあったスペクトラムマスクでは,搬送波周波数 ± 約 250 kHz

のチャネル幅以内でスペクトラムがマスクから逸脱する部分があった。精密な信号発生器で合成した信号でもこのスペクトラムマスクをわずかに逸脱していたため,マスク定義が厳しすぎるものと考えられた。その後,スペクトラムマスクの改訂により図 8に示すようにマスク逸脱が回避されることを実験で確認した。一方,LDACS2

信号スペクトラムの実験結果を図 9に示す。搬送波周波数 ± 100 kHzのチャネル幅以内では逸脱は認められないものの,図の矢印が示すように搬送波周波数 ± 200 kHz

の範囲でスペクトラムがマスクからわずかに逸脱していた。LDACS2の規格はGSMを原型としているが,GSM

*2その後 LDACS1 は仕様改訂がなされた [4]。

56 電子航法研究所報告 No.132 2015

Page 7: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

図 8 LDACS1信号とスペクトラムマスク

図 9 LDACS2信号とスペクトラムマスク

のスペクトラムマスクは LDACS2 での定義に比べてやや条件が緩いことから,LDACS2のマスク条件が厳しすぎるものと考えられる。

3.3.3 ソフトウェア無線ライブラリ開発

LDACS物理層実験システムの受信部,ソフトウェアインターフェイス部の実装を行った。信号処理ライブラリGNU Radio が提供するモジュールだけでは LDACSの処理を実現できないため,LDACSの仕様に合った誤り訂正機能,等化機能等の各種のインターフェイスモジュールを拡張プログラムライブラリという形で開発した。例えば,LDACS 仕様に合わせた OFDM に使うスキャッタードパイロット信号の挿入・削除,誤り訂正符号化・復号化に伴う情報ビットの挿入・削除等が挙げられる。これらは LDACS特有の動作を要求するものもあるが,実験システムにおいてパラメータを変更することができるように汎用性をもたせて開発した。また,実験システムの受信部を作成し,図 10に示すように,USRPを PCに接続して一方を送信機,他方を受信機として機能させるように実装した。これにより多岐にわたるさまざまな物

図 10 実験システム概略図

理層処理をソフトウェアで柔軟に記述でき,ハードウェアで信号送受信できるようになった。3.3.4 誤り訂正あり BER 特性の計算機シミュレーシ

ョン誤り訂正機能を組み込んだ LDACS1 物理層における BER 特性を,計算機シミュレーションで検証した。LDACS1は一次変調に 4QAM,16QAM,64QAMの 3

方式が定義されている。また,誤り訂正符号にリードソロモン符号と畳み込み符号を組み合わせた連接符号を使用しており,フレームの種類に応じて各符号のパラメータが異なる。シミュレーション結果によると,航空機の移動速度が小さい場合は,リードソロモン符号+畳み込み符号は雑音が相対的に大きい状態でも良好な BER特性を示す。しかし,航空機が高速移動している場合は,16QAM,64QAMの変調方式では誤り訂正を施しても十分なビット誤り率を確保できないという結果が得られた。図 11に,一次変調 16QAM で航空機の移動速度が静止,中速,高速の 3種類の場合の BER特性シミュレーション結果例を示す。実線が誤り訂正なし,点線が誤り訂正ありの結果で,誤り訂正符号の効果によって BERが改善されていること,その一方で B747巡航速度相当の高速移動条件では雑音が小さくてもある程度の BERが発生することがわかった。なお,シミュレーション実行上,設定条件が一部仕様と異なる部分もあり今後さらに検証していく。3.4 平成 24年度3.4.1 LDACSおよびデータリンク技術の国内外動向

調査平成 23 年度に引き続き LDACS およびデータリンク

ENRI Papers No.132 2015 57

Page 8: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

図 11 LDACS1誤り訂正あり BER特性シミュレーション結果例

技術に関する技術調査を行うとともに,LDACS物理層の誤り訂正符号に関する解析を行った。その結果,訂正符号のパラメータの一部に誤りを発見した。

3.4.2 ソフトウェア無線ライブラリ開発

平成 23年度に引き続き LDACS物理層実験システムの実装として,入出力・信号処理を容易にするためのソフトウェア無線ライブラリにランダマイザ等の追加機能・LDACS規定の改訂部分を追加した。

3.4.3 実験装置調整および通信特性評価実験

LDACS物理層実験システムを用いて LDACS実信号におけるBER等の通信特性評価実験を行った。図 12に,静的チャネルにおける LDACS1フォワードリンクおよびリバースリンク,LDACS2の各データフレームにおける誤り訂正能力の比較結果を示す。図の横軸は各データフレームの誤り訂正前 BERの平均値,縦軸はフレームとしての誤りが含まれる割合を表す。この図から,LDACS1

リバースリンクデータフレームは,他の種類のデータフレームに比べてわずかな誤り訂正前 BERでもフレーム誤りが発生していることなどがわかる。また,エンルート航行中のフェージング環境をフェージングシミュレータで模擬し静的チャネル環境と BER特性を比較したところ,エンルート環境の BER特性が劣化することを確

図 12 誤り訂正能力比較結果

認した。

3.4.4 LDPC誤り訂正符号 BER特性評価

LDACS1の規定では,誤り訂正符号としてリードソロモン符号と畳み込み符号からなる連接符号を用いる。これに対して,一般的に誤り訂正能力が高いことで知られている LDPC(低密度パリティ検査)符号の適用が欧州から提案された。しかし LDPC符号は同じ大きさのパリティ行列であっても行列の内容の違いにより訂正能力が大きく異なるため,LDACS1に最適なパリティ行列を直接求めることは非常に困難である。このため,当所は日本無線(株)と共同で他の通信規格で定義されている LDPC

符号のうち LDACS1のフレーム構成に近いサイズのものを選定し,それらと従来規定の連接符号の誤り訂正能力について計算機シミュレーションで検証を行った。図 13

に IEEE 802.11nで使われている LDPC符号と LDACS

の連接符号との BER性能比較結果を示す。これによると,LDPC符号の方が連接符号より誤り訂正能力が高いことがわかった。また,符号長においても LDPC符号の方が連接符号より約 10%短くて済み,LDPC符号の優位性が確認できた。

3.4.5 技術指針の取りまとめ

本研究で行ってきた各種結果について取りまとめた。例えば

• 単位帯域幅当たりの実効ビットレートは LDACS1の方が高かった,

• 基準となる BERを満たす信号雑音比は LDACS1の方が小さかった,

• 誤り訂正前 BERが高い状態(10−2 程度以上)でのフレーム誤り率は LDACS1 フォワードリンクデー

58 電子航法研究所報告 No.132 2015

Page 9: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

図 13 LDPC符号と連接符号の性能比較

タフレームが最も低かった,

等の結果から,伝送性能の点において LDACS1 はLDACS2 に比べて優位であると考えられる。またLDACS1 仕様案にある誤り訂正符号パラメータの一部が矛盾しており要修正と考えられた。

これらの結果の一部および誤り訂正符号パラメータの修正に関する件を ICAO 航空通信パネル作業部会へ報告した [8]。報告はさらに欧州の LDACS 開発チームへフィードバックされ,LDACS規格の補強・修正に寄与することができた。

4 まとめ

本研究では,LDACS物理層実験システムおよび計算機シミュレーションを用いて LDACS物理層での各種特性を検証してきた。検証結果は LDACS規格の根拠として活用でき,また規格の補強・修正に寄与することができた。

参考文献[1] N. Fistas, B. Phillips, and J. Budinger: “Future

communications study — action plan 17, final con-

clusions and recommendations report,” 26th DASC,

pp.1–14, 4.B.6, IEEE, Oct. 2007.

[2] EUROCONTROL: “L-DACS1 System Definition

Proposal: Deliverable D2,” EUROCONTROL,

Feb. 2009. http://www.ldacs.com/wp-content/

uploads/2014/02/LDACS1-Specification-Proposal-

D2-Deliverable.pdf (参照,Dec. 2014)

[3] EUROCONTROL: “L-DACS2 System Definition

Proposal: Deliverable D2,” EUROCONTROL, May

2009. http://www.eurocontrol.int/sites/default/

files/article/content/documents/communications/

11052009-ldcas2-d2-deliverable-v1.0.pdf (参照,Dec.

2014)

[4] EUROCONTROL: “Updated LDACS1 System

Specification,” SESAR Joint Undertaking, Aug.

2011. http://www.ldacs.com/wp-content/uploads/

2014/02/LDACS1-Updated-Specification-Proposal-

D2-Deliverable.pdf (参照,Dec. 2014)

[5] E. Blossom: “Gnu radio: tools for exploring the

radio frequency spectrum,” Linux J., Vol.122, No.4,

June 2004.

[6] Y. Sumiya, J. Kitaori, and N. Kanada: “Status

of Air-Ground Datalink Study in ENRI/Japan,”

ICAO ACP WG-W3/IP-2, Jan. 2010.

[7] 北折潤,住谷泰人,石出明:“対空データリンクLDACS

物理層の実装,” 第 11 回電子航法研究所研究発表会講演概要,pp.25–28,平成 23年 6月.

[8] J. Kitaori: “Results of LDACS PHY BER per-

formances with GNU Radio,” ICAO ACP WG-

M20/IP-8, Jan. 2013.

付録 掲載文献以下は,本研究に関連した研究成果を掲載した文献の一覧である。1) 北折潤:“VDLモード 2と VHF ACARSの通信性能比較,” 第 9 回電子航法研究所研究発表会講演概要,平成 21年 6月.

2) 北折潤:“空地データリンク技術,” 日本航空宇宙学会誌,Vol.57, No.666,平成 21年 7月.

3) 角田岳志,北折潤,小園茂:“航空移動無線のディジタル伝送特性の評価,” 電子情報通信学会 宇宙・航行エレクトロニクス研究会技術研究報告,Vol.109,

No.181, 平成 21年 8月.4) J. Kitaori: “A Performance Comparison between

VDL Mode 2 and VHF ACARS by Protocol Simu-

lator,” 28th Digital Avionics Systems Conference,

Oct. 2009.

5) D. T. Ho, J. Park, S. Shimamoto, and J. Kitaori:

“Oceanic Air Traffic Control based on Space - Time

ENRI Papers No.132 2015 59

Page 10: 〔技術資料〕 将来の航空用高速データリンクに関す …132_04 1 まえがき ICAO(国際民間航空機関)では,将来の航空通信需要 の増大に備えるため,高速データリンクシステムの技術

132_04

Division Multiple Access,” 28th Digital Avionics

Systems Conference, Oct. 2009.

6) 住谷泰人:“航空衛星通信システムの現状と将来動向,” 第 47回飛行機シンポジウム講演集,平成 21年11月.

7) Y. Sumiya, J. Kitaori, and N. Kanada: “Status

of Air-Ground Datalink Study in ENRI/Japan,”

ICAO ACP WGW3, Jan. 2010.

8) 北折潤:“VDLモード 2と VHF ACARSの通信性能比較,” 航空無線,第 63号,平成 22年 3月.

9) D. T. Ho, J. Park, S. Shimamoto, and J. Kitaori:

“Performance Evaluation of Communication Sys-

tem Proposed for Oceanic Air Traffic Control,”

IEEE Wireless Communications and Networking

Conference 2010, Apr. 2010.

10) 北折潤:“航空用データ通信の研究と GNU Radio,”GNU Radioワークショップ,平成 22年 7月.

11) D. T. Ho, J. Park, S. Shimamoto, and J. Kitaori:

“Performance Evaluation of Multi Hop Relay Net-

work for Oceanic Air Traffic Control Communica-

tion,”電子情報通信学会論文誌英文誌B,平成 23年 1

月.12) 住谷泰人,北折潤,石出明:“OFDM-QAM方式の航空への適用に関する伝送特性の予備的検討,” 2011年電子情報通信学会総合大会講演論文集,平成 23年 3

月.13) 北折潤,住谷泰人,石出明:“対空データリンクLDACS

物理層の実装,” 第 11回電子航法研究所研究発表会講演概要,平成 23年 6月.

14) 北折潤:“将来の航空用高速データリンク,” 電子航法研究所出前講座,平成 23年 11月.

15) 北折潤,角田岳志,禮助安亨,小園茂:“航空移動通信ディジタル狭帯域伝送路の評価,” 電子情報通信学

会論文誌和文誌 B,平成 24年 8月.16) 北折潤,住谷泰人,石出明:“航空用高速データリンク LDACSの BER特性,” 電子情報通信学会宇宙・航行エレクトロニクス研究会技術研究報告,Vol.112,No.360, 平成 24年 12月.

17) J. Kitaori: “Results of LDACS PHY BER perfor-

mances with GNU Radio,” ICAO ACP WGM20,

Jan. 2013.

北折潤

1990年電通大・電気通信・電子卒。1992年同大大学院博士前期課程了。同年運輸省電子航法研究所(現独立行政法人電子航法研究所)入所。以来,航空無線通信に関する研究等に従事。現在,監視通信領域上席研究員。

住谷泰人

1993年北大・工・電気工卒。同年運輸省電子航法研究所(現独立行政法人電子航法研究所)入所。以来,航空機衝突防止装置,画像によるパイロット視覚援助システム,航空通信システムの研究に従事。2011年北大大学院・情報科学研究科博士後期課程了。博士(工学)。現在,監視通信領域上席研究員。

石出明

1971年東工大・工・電気卒。同年運輸省電子航法研究所(現独立行政法人電子航法研究所)入所。以来,航空機及び船舶用フェーズドアレー,アダプティブアレー,移動体衛星通信・測位の研究に従事。1992年電子情報通信学会業績賞受賞。2004~2008年日本航海学会航空宇宙研究会会長。2012~2013年神奈川工科大講師。博士(工学)。現在,監視通信領域研究員。

60 電子航法研究所報告 No.132 2015